FC2ブログ
ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

多摩湖寿会事件 第97回
 平成30年5月24日に当事者らに対する尋問が終了し、裁判長は同年7月12日に最終弁論を開くこととし、原告被告双方に対し、必要な書面・書証を弁論の1週間前までに提出するよう命じた。

 山川が最終準備書面を提出したのは平成30年7月5日である。山川が提出した最終書面の骨子は大きく2点あった。1つは、清水に対する尋問で裁判長が確認した誓約書に対する認識と、それに反する示談書の関係について。2点目は、清水と朝木が「入浴の事実がないにもかかわらず、あったものとしてその1万円を着服した」と主張しているおくたま路の「入浴料」についてだった。

センター職員との会話を捏造

 清水澄江は裁判長による尋問において、誓約書の「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」という誓約事項について、山川だけでなく「寿会としても申し立てをしない」という意味だったと認めた。「金銭的な内容について一切申し立てをしない」とは、「今回の会計問題はこれですべてが終結した」という意味にほかならない。したがって、誓約書の締結後に「山川は寿会の金を横領した」と主張するなどあり得ないことになる。

 しかし、現実はそうではなかった。誓約書の締結からわずか4日後、清水は「山川は横領を認めて謝罪する」旨の条項を盛り込んだ示談書の作成を朝木に依頼した。一方、朝木は東村山市議会において「山川は寿会の金を横領した」とする趣旨の発言を行った。

 最終準備書面で山川がまず主張したのは、上記の清水と朝木の行為が誓約書を無視するものであるということだった。誓約書を無視したことに正当な理由がなければ、清水が朝木に依頼して示談書を作成したこと自体、山川を陥れることを目的としたものということになろうか。清水が進めようとした示談書の作成に正当な理由はあったのか。

 清水は尋問で、誓約書の締結からわずか4日後に示談書を作成しようとした理由を聞かれて次のように答えている。

「8月17日にふれあいセンターの窓口で、山川氏がセンターの職員に対し『清水澄江にはめられた』といったと聞きました」(趣旨)

 つまり清水は、山川が誓約書を締結した当日に、誓約内容とりわけ山川が務めていた団体の役員を辞任することになったことを清水澄江に責任転嫁する発言を第三者にしていた、したがって山川は今回の会計問題について何も反省していないから、「山川は横領を認めて謝罪する」旨を記載した示談書を作成しようとしたことには理由があると主張したいようだった。

 しかし事実は、山川がふれあいセンターの職員と言葉を交わしたのは同年8月19日の夕方だった。この日、清水は寿会の役員会に朝木を招き入れたため、役員の何人かが退席するという出来事があったという。その様子を見ていた職員が原告に「何かあったんですか」と聞いてきた。これに対して山川は「時間が解決すると思います」と答えたのであって、「清水澄江にはめられた」などという発言をした事実はないと山川は主張している。

 示談・和解に等しい「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を一方的に反故にするには、山川の側に明確な誓約違反があった事実を主張しなければならない。そこで清水は、山川が誓約書の内容に不満をもっており、「清水澄江にはめられた」との不誠実な発言をしたとする話を捏造したのであると、山川は主張している。

示談書作成の画策

 同年8月19日、寿会の役員会に朝木が来たことは、出席していた役員の一人が誓約書の立会人でもあった大野清吉に電話して来てくれるよう頼んだという事実からも裏付けられる。これは山川が大野本人から直接聞いた話である。

 清水は同年8月21日に初めて朝木と会ったと供述している。清水はその日のうちに会計問題のすべてを説明し、朝木もまた「山川は寿会の金を横領した」と判断した。だからその結果、「山川は横領を認めて謝罪する」旨の示談書を作成することに同意したのである。

 初めて会計問題について話を聞いたはずの朝木が、資料の精査もすることなく「山川は寿会の金を横領した」と結論付けたとはあまりにも判断が速いと思うが、清水と朝木が最初に会ったのが8月21日ではなく19日だったとすれば、21日の会合の際に話がスムーズに進んだとしても不思議はない。

 8月19日の役員会に清水が朝木を招き入れたとすれば、当然、連絡した時点で朝木に十分な説明をしており、朝木もまた行く価値があると判断して出向いたということである。8月21日に2人が会った時点で、朝木の胸の内には示談書の腹案があったのだろう。だからその日のうちに、清水は朝木に「山川は横領を認めて謝罪する」旨が記載された示談書の作成を依頼するという流れになったのではあるまいか。

 この点について山川は最終準備書面で次のように主張している。

「平成28年8月21日、被告清水と被告朝木は山川を横領犯に仕立て上げようとする共通の意図の下に会い、山川を横領犯に仕立て上げる具体的方法として、「山川は横領を認めて謝罪する」という内容の示談書を新たに作成し、山川に署名捺印させることで合意したのである。」

完成を急いだ理由

 朝木は依頼を受けた翌日の8月22日に示談書を完成させ、清水の元に届けた。9月議会の一般質問の通告期限は8月24日に迫っていた。朝木には示談書の完成を急ぐ理由があったことになる。

 示談書への署名捺印を通告に間に合わせたいとする朝木の思惑を裏付けるのが尋問における清水澄江の供述である。山川が「私に示談書の内容を知らせなかったのは、なぜでしょうか」と聞くと、清水は「間に合わなかったからです」と答えた。この供述について山川は最終準備書面で次のように主張している。

「『間に合わない』とは被告朝木の市議会質問に『間に合わない』という意味にほかならない。よってこの供述は、被告清水が『横領を認めて謝罪する』とする示談書の内容を原告に認めさせるだけでなく、それを被告朝木が市議会質問で取り上げることを予定していたことを裏付けている。」

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第96回
誓約書に関する質問

 清水が山川に対していっさいの説明もしないまま署名捺印だけをさせようとした示談書の存在について、裁判官もまた疑問を持っていたのかもしれない。

 今度は陪席裁判官に代わり裁判長が自ら示談書に関する質問を続けた。



(誓約書に関する清水の供述①)

裁判長  誓約書なんですけれども、先ほど来からときどき話に出ているんですが、「誓約書」と書いてあってずっと本文がありますよね。

清水  はい。

裁判長  で、「一切申し立てをしない」と書いてありますよね。

清水  (うなずく)



 上記のやり取りの中で、裁判官の「『一切申し立てをしない』と書いてありますよね」との発言は、「示談書との関係で重要な意味がある」という趣旨だろうか。示談書の「山川は横領を認めて謝罪する」との条項は、「一切申し立てをしない」という誓約条項とは矛盾するのではないか、と。続けて尋問をみよう。



(誓約書に関する清水の供述②)

裁判長
  この部分(筆者注=誓約書の本文の部分)というのは、山川さんが全部書いたんですか。

清水  そうです。

裁判長  その左に、「甲」「乙」「立会人」と書いてありますよね。

清水  はい。

裁判長  この字は誰ですか。

清水  それぞれが書きました。

裁判長  そうすると、甲の部分はあなたが書いたということ。

清水  はい、そうです。

裁判長  あなたと。

清水  副会長の清水昇さんです。

裁判長  細かい話ですけど、「甲」という字もあなたが書いたの。

清水  いえ、山川さんです。

裁判長  そうすると、「甲」「乙」「立会人」というところは、厳密に言うと山川さんが書いたということですか。

清水  はい。

裁判長  その余の肩書と名前がありますよね。それは、それぞれ清水さん、あるいは加藤さん、大野さん、ほかにもいますけど、その方が書いたということですか。

清水  御自分の名前だけは書きました、住所と。



 裁判官は誓約書に記載された清水や加藤ら当事者の署名が、自らの責任でなされたものであり強制されたものではないことを押さえておきたかったのだろう。当事者の署名がそれぞれの意思で行われたものであることに間違いなかった。

誓約の当事者

 続いて裁判官が誓約書の趣旨について聞くと、清水は「この問題は返金されたからといってすむ問題ではないとの意見が新役員の間から多数出たため、どうするかを聞いたところ、山川さんの公的な役職は降りてもらいたいという結論に達した」などとし、山川がその要求に沿って役職を降りることを了承したことを説明した。誓約書の前段の部分である。

 その部分だけを見れば、誓約書は山川が寿会の要求に従ったもので、山川のみが遵守すべきものであると理解できる。しかし、後段の「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」については、清水がこれまで主張しているように、山川だけが遵守すべきものなのか。裁判官はこの点について踏み込んだ。



(誓約書に関する清水の供述②)

裁判長
  「誓約書」と書いてありますよね。

清水  はい。

裁判長  これは、後ろの方に「甲」「乙」と書いてあるから、「甲」に書いてある方と「乙」と書いてある方がそれぞれ誓約したという意味なのか、それとも山川さんが誓約したという意味なのか、どういう意味ですか。

清水  山川さんが誓約したんです。



 上記の清水の供述は、誓約書の前段にある、山川が団体の役職を退くことについてである。

 では後段の「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」についてはどうなのか。



(誓約書に関する清水の供述③)

裁判長
  一番末尾に、「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」と書いてあるのは、これはどういう意味なんですか。

清水  山川さんがお書きになった、だから、私たちはこれで彼女がこのとおり、文面どおり全ての役職を降りて、責任を取って辞めてくれれば、それで今後のことはもうないことにしようという思いがありましたから、素直にこの文書を受入れました。

裁判長  私が先ほどから聞いているのは、山川さんが誓約したというようなことをさっきおっしゃってたでしょう。

清水  はい。

裁判長  ただ、今のお答えと、最後の2行の意味がちょっとよく分かりにくいんですけど。

清水  その時点では、彼女がこれだけの、私たちの要職を辞めてほしいということを受け入れたので、そして、その後の文面についても、私たちはなるべく早くもう決着をつけたかった、この問題の整理をしたかった、だから、今後一切申立てないという文面も受け入れました。



 これまで清水は誓約書の記載事項の履行義務は山川のみが負うものであると主張していた。山川が役職を辞することを記載した誓約書の前段については山川だけが誓約するものであることは理解できる。しかし、続けて後段の「今後一切申立てない」について清水に聞いたところ、清水は「責任を取って辞めてくれれば、それで今後のことはもうないことにしようという思いがありましたから、素直にこの文書を受入れました」と供述した。

裁判長の関心事

 これはどういう意味なのか。改めて裁判長が聞くと、清水は、山川が役職を退くことを受け入れたので、「今後一切申立てないという文面も受け入れました」と答えた。「文面を受け入れた」とはまたよくわからない表現である。そこで裁判長は、さらにこの点について聞いた。



(誓約書に関する清水の供述④)

裁判長
  そうすると、それはあなたたちが、あるいは寿会として申立てをしないと、そういう意味なんですか。

清水  この時点ではそうでした。彼女が全ての役職を8月17日付けで退任させていただきますということを信頼して、この2行も信頼して署名捺印いたしました。



 この答えを確認すると、裁判長は清水に対する尋問を終えた。清水の最後の供述が何を意味するかは明らかだった。清水も他の寿会役員も、その場に居合わせた当事者のすべてが、誓約書の内容について納得し、これですべてが終わったと考えていたということだった。裁判長はそのことを確認したかったのだろう。

 それがなぜ、わずか4日後、清水が朝木と会ったとたん、誓約書の内容を破棄する示談書を作成するという話になったのか。どうしても「山川は寿会の金を横領した」ということにしたかったということではないのだろうか。

 裁判長の尋問終了後、清水の代理人はすかさず清水に対して再尋問を行い、誓約書について「寿会の現役員としては、山川さんがこの内容を守りますという誓約書だというふうに受け止めていたんですね」と、裁判長に対する清水の供述を修正しようとした。しかし、清水が後段の誓約事項について「寿会としても申し立てをしない」という趣旨であると供述したあとでは、すでに手遅れという感じは否めなかった。

 最後に山川に対して裁判官からの質問および清水、朝木の代理人から尋問が行われた。山川はこれまで準備書面や陳述書で述べてきたとおり、今回の会計問題に関して不適切な処理があったことは認めたが、寿会の金を着服したとする被告らの主張に対しては一貫して否認した。

 こうして、平成30年5月24日、午前10時15分から午後遅くまでかけて実施された関係者に対する尋問のすべてが終了した。尋問の中で最も印象に残ったのは、平成28年8月17日に清水ら新役員と山川との間で交わした誓約書の「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」との文言について、清水が「その時点では寿会としても申し立てをしないという認識だった」と供述したことである。

 その後に「その時点」での認識が覆されるどんな事情があったのだろうか。思い当たるのは、誓約書の署名捺印から4日後に清水が朝木と会ったことだけだった。尋問の結果を清水がどう受け止めているかはわからないが、清水ら新役員が、いったんは誓約事項を容認していたことを清水が認めた事実はきわめて重いように思えた。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第95回
内容の説明をしなかった清水

 示談書の作成が清水と朝木の意思形成によるものであったとしても、清水と朝木はその事実を簡単に認めることはできない。それを認めれば、示談書に「山川は横領を認めて謝罪する」との文言を入れたことが山川を強引に横領犯に仕立てるためだったことも認めることになる。だから、それを避けるために、清水も朝木も示談書の作成は寿会役員の意見に基づくものであると説明している。

 しかし、それならなぜ、山川だけでなく誓約書の当事者である前会長の加藤幸雄や立会人の大野清吉に対しても署名の当日までなんらの説明もしなかったのか。山川はその点について聞いた。



(示談書に関する清水の供述⑤)

山川
  ……この示談書については、内容は、加藤さん、大野さん、私、当事者であるそれぞれに何の説明もなかったのはなぜでしょうか。

清水  いや、説明はいたしました。

山川  どのように、いつ、誰に。

清水  出席した方には、これで今夜の話合いをもって示談書を作成し終わりにしたいので、お集りいただきたいという旨は皆さんにお知らせしております。

山川  出席した人というふうに言いましたけれども、事前の話合いはなかったと当日大野さんからも加藤さんからも伺ってきておりますが、それはなぜですか。

清水  いや、私は説明したつもりでおります。



 ここで山川が聞いているのは、「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とした誓約書の内容を覆し、「山川は横領を認めて謝罪する」との文言を記載した示談書を作成することについて加藤らに説明したのかということである。しかし、ここで清水が供述しているのは、「示談書を作成し終わりにしたい」ということのみで、「なぜ誓約書の趣旨を否定する示談書を作成するのか」について説明したということではない。

 清水の供述によれば、むしろ誓約書の内容はいっさい変更せず、なにか示談書という名の正式に思える書類を作成するだけのように聞こえよう。上記の尋問の中で清水は「説明したつもりでおります」と供述するが、清水が内容の変更について伝えていなければ、示談書について説明したことにはならない。

朝木と清水の狙い

 午前中の加藤の供述からも清水が示談書の趣旨とその内容について事前に説明していないことは明らかだった。加藤は「示談書の内容について、いつ誰から知らされましたか」との山川の質問に「覚えてません」と答え、「清水さんが帰ってから大野さんが示談書は初めて見たというふうに言って、で、加藤さんもそのようにおっしゃいましたね。一緒に聞いてましたよね」と念を押され、加藤はあっさり「はい」とその事実を認めている。

 上記の清水と加藤の供述から、清水が誓約書の内容を変更して示談書を作成することについて他の出席者に何も説明していなかったことは事実であるとみるべきだろう。この事実が示すのは、示談書の作成が清水と朝木の2人の間の意思形成によって企図されたということにほかならない。

 清水と朝木は、誓約書の内容が変更されることを伏せ、あたかも誓約書を正式の書類にするために示談書を作成するかのように、つまり誓約書の内容を変更しないまま正式の書類を作成するだけのように思わせ、舞台を整えたのだろう。清水と朝木は、山川に「横領」の事実を認めさせ、さらに責任を追及しようとしたが、内容の変更に気づいた山川から署名を拒否され、彼らの企みは失敗に終わったというのが事実なのではあるまいか。

示談書の意味

 示談書については清水に対して裁判官からも質問があった。裁判官がまず聞いたのは、金銭に関する記載についてだった。



(示談書に関する清水の供述⑥)

裁判官  先ほど示談書について反対尋問でもお尋ねがありましたけれども、示談書には、金銭をこれまでに返還したとか、この金額が横領の金額であるというような金額の記載はあったんでしょうか。

清水  いえ、ございませんでした。

裁判官  その横領を認めて謝罪をするという内容以外にはどういう記載があったんでしょうか。

清水  謝罪をしますという文章の後に、これをもって、こちらから提訴するとかそういった行動には出ない旨の記載はありました。これをもって終わりにすると、一度もそれまで彼女から、17日(筆者注=平成28年8月17日)の話合いでも、7月1日の返金のときにでも、謝罪の言葉が一言も出てませんでしたので、やはり自分でその罪をお認めいただき、謝罪してほしかったんです。

裁判官  そうすると、返金のときや、その示談書を作成して示したというときには、金額に争いがあったわけじゃないんですね。

清水  そうです。全てのことをこの件でお互いに判こを押して終わらせましょうという文章でございます。



 上記のやり取りの中で清水が供述しているのは、示談書の時点では山川との間で金銭(返金額)の争いはなく、示談書にも金銭に関する記載はないこと山川に対しては示談書の中で謝罪してほしいと考えていたこと――の2点である。金銭に争いはないのだから、清水が示談書で山川に対して求めているのは「謝罪」だけということになる。しかし山川は、「横領などしていないのだから、謝罪の必要はない」と署名を拒否したのである。

 清水は上記の供述の最後で、示談書は「お互いに判こを押して終わらせましょうという文章でございます」と説明している。しかしそれでは、「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書の条項を無視して、再び問題を蒸し返すことになる。

「横領を認めて謝罪してほしい」という清水の要求は、まさに金銭的な責任に対する追及にほかならない。そのことを含めて「金銭的な申し立ては一切しない」というのが誓約書の趣旨である。したがって、誓約書に署名捺印した時点で、清水のいう「お互いに判こを押して終わらせましょう」という状況は実現しているのだった。

 つまり、これまでの裁判官の質問に対する清水の供述では、どうしても示談書の必要性について納得のいく説明がなされたとは思えなかった。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第94回
説明さえも拒否

「今後、金銭的な内容について、これをもって一切申し立てをしない」とする誓約条項を覆し、「山川は横領を認めて謝罪する」旨の示談書を作成することについては多摩湖寿会役員の間で合意を得たものではなく、朝木と清水澄江の2人によって企図されたものである可能性が高かった。署名捺印が予定されていた平成28年8月25日まで、山川や大野清吉、前会長の加藤幸雄に対してその内容をいっさい知らされていなかったことから明らかだった。

 示談書をいきなり突きつけられた山川が署名を拒否したあとも、清水は示談書になぜ誓約書を覆す「山川は横領を認めて謝罪する」旨の条項を入れたのかについて一言の説明もしなかった。それはなぜなのか、山川は続けて清水に聞いた。



(示談書に関する清水の供述②)

山川
  あなたは私が(筆者注=示談書への)署名を拒否すると怒りだして、清水昇さんと一緒に、内容の説明もしないで、出席者に配っていた示談書を手際よく回収して帰ってしまいましたけれども、それはなぜでしょう。

清水  まず、横領を認め、深く反省し、皆さんに謝罪しますということで、私たちはこの件を終わりにしようと思っておりました。決着をつけて、本来の寿会の行事とか運営に携わっていきたかったのです。そのためにも、誓約書も書いたことだし、もうこの辺は、ここですっぱり終わらせて、本人が認め謝罪したので、終わりにしようという意思のもとにそのような示談書を作り話し合いを持つことにしたのです。



 平成28年8月25日、清水が山川に示談書を提示した際、示談書の趣旨についても作成の目的についても、また示談書を作成することになった経緯についても清水はいっさい説明しなかった。山川が聞いたのは、清水が1度も説明せずに帰ってしまったのはなぜなのかということである。

 ところが、上記の供述の中で清水が山川の質問にいっさい答えようとしていないことがよくわかろう。上記の供述の中で清水が述べたのは、示談書を作成することになったとする「経緯」にすぎない。仮にその内容が事実だったとすれば、清水はなおこのこと、8月25日にその「経緯」なるものを山川に説明すべきだったのである。それを説明しない理由は考えられない。

 しかし清水は、8月25日に示談書についてなんらの説明もしなかったことについていっさい答えようとはしなかった。これは清水がその事実を認めた上で、山川に説明しなかったことについてなんらかの後ろ暗い理由があるからとみるのが自然である。

朝木と清水による意思形成

その理由は、次の山川の質問とそれに対する供述からうかがい知ることができた。



(示談書に関する清水の供述③)

山川
  横領とか着服とか身に覚えのないことに署名するはずがないじゃありませんか。誓約書を交わした後で、更に示談書を作成しようとしたのは、私が横領を認めて謝罪するという、この1文が、文言が欲しかったからじゃありませんか。

清水  そのとおりです。



 示談書に記載された「山川は横領を認めて謝罪する」という文言は、「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」との誓約書の趣旨を真っ向から、かつ一方的に否定するものである。したがって当然、山川に示談書の作成を納得させるには相応の説明が必要となる。

 清水は「山川は横領を認めて謝罪する」とする文言が欲しかったことを認めたが、その一方で、山川に対して示談書作成の趣旨についてなんらの説明もしていない。この事実は何を意味するだろうか。誓約書を否定する示談書の作成について、清水には寿会役員の間で示談書を必要とする意見が出たかどうかを含めて、山川を納得させる正当な理由を持ち合わせていないからであると判断するほかない。

 平成28年8月25日夜の山川に対する清水の行動は、誓約書の趣旨に反する示談書の内容と合わせて判断すれば、清水は朝木との間の2人だけの意思形成に基づき、山川を横領犯人に仕立て上げるために、示談書に強引に署名捺印させようとしたものとみられても致し方あるまい。

 清水は示談書に記載された「山川は横領を認めて謝罪する」との文言が誓約書の内容を一方的に破棄するものであることを十分に理解していた。だから清水は、山川が署名を拒否したとたん、急いで示談書を回収して、大野宅を出て行ったのであると理解できる。

 示談書の作成は朝木と清水の2人の意思形成によって企図されたものではないか――そのことをはっきりさせるために、さらに山川は聞いた。



(示談書に関する清水の供述④)

山川
  横領を認めて謝罪するという文言を必要としたのは、あなたというよりも、一般質問の期限が迫っていた朝木さんとお2人だったんじゃありませんか。

清水  いいえ、その書類については受け取ったままで、彼女に対しては提出する予定はございませんでした。



 上記の供述は朝木を庇う意図だったのかもしれない。しかし、朝木に提出しないから、「山川は横領を認めて謝罪する」との文言を朝木は必要としていなかったという理屈は成り立たない。これまで見てきた流れからみて、朝木に示談書の作成を依頼した清水が、朝木に対して山川が示談書に署名捺印したかどうかを報告しないことはあり得ない。「署名した」という報告だけで朝木には十分なのである。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第93回
 東京地裁立川支部(405法廷)で平成30年9月27日に予定されていた本件裁判の判決言い渡しは、平成30年10月25日午後1時15分に延期となった。前日、書記官から当事者に連絡があった。理由はわからないが、判決言い渡し期日が1カ月延びることは珍しいことではない。

訊問の前提事実

 さて、清水澄江に対する山川の尋問を続けてみよう。清水に対する尋問の最後に山川が聞いたのは示談書についてである。

 平成28年8月17日、清水は山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする内容の誓約書を交わした。ところがその4日後、朝木と会った清水は誓約書の内容を一方的に破棄する趣旨の示談書を作成することで朝木と合意。早くも翌日の同年8月22日には、朝木は示談書を作成して清水の元に届けた。示談書には「山川は横領を認めて謝罪する」旨の条項があった。

 誓約書の内容を破棄するにあたり、清水も朝木も「寿会役員の間で意見が出た」と主張する。しかし、それがいつ、どこで、誰の口から出たものなのかについて具体的な回答をしていない。

 誓約書を破棄するのなら、当然、誓約書の当事者である山川をはじめ立会人の大野清吉、山川と並ぶ当事者である前寿会会長の加藤幸雄に対しても相当の話が伝わっていなければならない。しかし、山川が示談書の内容を知ったのは同年8月25日、まさにこれから署名捺印しようとする直前のことであり、大野も加藤も示談書の中身をその夜になって初めて知ったと話している。

 清水と朝木がいうように、「山川は横領を認めて謝罪する」旨を記載した示談書が必要という話が寿会役員の間で出たのなら、それは多摩湖寿会としての意思なのだから、よけいに誓約書の当事者である山川や加藤に対して事前に示談書の内容と作成目的を知らせなければならないだろう。にもかかわらず、署名捺印の直前までその内容を明らかにしなかったということはどういうことなのだろうか。

 事実経過から推測できるのは、示談書作成に関わったのは朝木と清水だけだったということではないのだろうか。だとすれば、朝木と清水は、2人だけの意思によって、寿会役員や前会長が関与した誓約書の内容を覆そうとしたことになる。清水澄江に対する尋問で山川が確認したかったのは、多摩湖寿会は本当に示談書の作成を必要としていたのか。本当に必要だったのは清水であり、朝木だけだったのではないかということだった。

何に「間に合わない」のか

 上記の背景事情を前提に山川の尋問をみよう。



(示談書に関する清水澄江の供述①)

山川
  平成28年8月25日、あなたから示談書に書名するように言われました。示談書の当事者である私に示談書の内容を事前に知らせなかったのはなぜでしょうか。

清水  間に合わなかったからです。

山川  何かどさくさに紛れて判こだけを押せばいいというような感じではなかったですか。

清水  いいえ、そんな意思はございません。


 
 清水の上記の供述の中に示談書作成の目的が現れていた。山川に示談書の内容を事前に知らせるには「間に合わなかった」と清水は供述した。「間に合わない」とは、いったい何に間に合わないというのだろうか。

 当時、示談書作成にあたって、清水の意思が及ばないところで期限が限られているものといえば、朝木直子が東村山市議会に提出する一般質問通告書の提出期限以外にはない。仮にそれが「間に合わない」対象だったとしても、山川には何の関係もない。

 朝木と清水にとっては重要であるかもしれないが、山川が示談書の内容を事前に知らせられなくていい理由になるはずもなかろう。つまり「間に合わない」とは、あくまで清水・朝木側の一方的な都合にすぎず、山川に対して事前に内容を知らせなかったことを正当化する理由にはならない。

 清水は朝木の質問通告期限である8月24日までに山川の署名捺印を取りつけようと動いたが、なんらかの事情で会合を設定することができなかった。それでもまだ実際の一般質問には間に合うから、なるべく早く署名捺印を取りつけてほしいという要望が朝木からあったのかもしれない。

 山川は誓約書を交わした時点ですべてが終わったと考えていた。清水からではなく立会人に大野清吉から8月25日の昼に、夜の会合の件を知らされても、示談書は誓約書の内容が踏襲されると考えていたのであり、まさか示談書に誓約書の内容を覆す文言が書かれているとは考えもしなかった。だから、会合に出席することを了承し、約束の時間に大野宅へ出向いたのである。

2つの意味

 誓約書の合意事項が変更されるなど夢にも思っていない山川が、事前に内容を知らせず、いきなり示談書を突きつけられ、署名捺印を求められれば、誤って中身を確認しないまま、清水の言葉に従ってしまう可能性がないとはいえない。言い換えれば、清水がその場で行った行為は、山川に中身の確認をしないまま署名捺印させてしまう危険性を持っていたということである。

 常識的にみて、山川に突きつけた示談書が数日前に交わした誓約書の内容を覆す内容であることを一言も説明しないということはあり得ない。しかし、清水は山川から署名を拒否されるまで示談書の内容についていっさい説明しなかったのである。山川が上記の尋問で述べたように、当日、清水が示談書への署名捺印を迫った様子が「どさくさに紛れて判こだけを押せばいいというような感じ」だったといわれても仕方があるまい。

 示談の内容について清水が山川に一言の説明もしなかったことについては、山川に「どさくさに紛れて判こだけを」押させようとしたと理解できることのほかにもう1つの意味があるように思う。

 清水と朝木は、示談書の作成が寿会役員の間で出た意見、つまり寿会役員の総意に基づくものであると主張している。しかし、示談書の作成が役員の総意だったとすれば、清水はなおのこと山川だけでなく立会人の大野清吉、前会長の加藤幸雄に対して、新たに示談書を作成するが、その内容は誓約書の内容を覆すものであることを十分に説明しなければならなかったはずである。

 ところが清水は作成の当日まで、山川や大野、加藤に対して示談書の内容についていっさい説明しなかった。この事実が意味するのは何か。清水は他の役員に対して、山川や大野、加藤に対して事前に説明する責任を負っていなかった。だから説明しなかったということではないのだろうか。つまり、示談書の作成について「寿会役員の意見」などいっさい存在していないということである。

 では、誰の考えによって「山川は横領を認めて謝罪する」旨が記載された示談書の作成が企図されたのか。考えられるのは朝木と清水以外にはいない。彼ら2人だけなら、山川らに対して事前に説明する必要があるかないかを判断するのも彼らだけでいいということになる。示談書作成当夜の山川に対する清水の姿勢こそ、示談書作成を企図したのが朝木と清水の2人であることを示していたとあらためて理解できるのではあるまいか。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第92回
レシートを紛失した可能性

 清水は領収書綴りから入浴料の出金伝票を剥ぎ取ったのか。出金伝票を剥ぎ取ったのが清水だとすれば、その際に入浴料のレシートも脱落し、そのまま紛失してしまった可能性を否定できなくなる。山川は清水に対して出金伝票を剥ぎ取ったかどうかを聞いた。



(「入浴料」の出金伝票に関する清水の供述①)

山川  ……(筆者注=山川は入浴料の出金伝票を含む4枚の出金伝票がまとめられた4Aのファックスを示した)左下に入浴料の出金伝票があるのがわかりますよね。で、出金伝票に貼り付けていたのだから、領収書つづりの№44の箇所から剥がしたということがはっきりすると思いますが、剥がしましたでしょうか。

清水  最初からございませんでしたので、剥がすも剥がさないもございません。最初から領収書はなかったので調べに行ったのです。



 山川は出金伝票について聞いたのだが、清水はそのことについては答えなかった。出金伝票を剥がせば、レシートも剥がれ落ちる可能性があることを認識していたのだろうか。山川は続けて聞いた。



(「入浴料」の出金伝票に関する清水の供述②)

山川 
 (筆者注=山川はおくたま路に支払ったことを裏付ける食事代等、入浴料以外の領収書を示した)寿会がおくたま路に支払った入浴料以外の領収書です。……これもまた出金伝票を貼って、そして出金伝票が剥がされているということがわかりますよね。……出金伝票は、あなたが剥がしたのではありませんか。

清水  最初から領収書はありませんでした。



 清水はどうしても領収書綴りから出金伝票を剥ぎ取ったことを認めたくないようだった。認めないように代理人から指示されていたのだろうか。

 清水はすでに領収書綴りに「出金伝票だけが貼ってあった」と認めた。その貼ってあった出金伝票が、清水が市老連に提出した際には領収書綴りから剥ぎ取られ、A4の用紙に別の出金伝票とまとめて貼り付けられていた事実からは、少なくとも何者かが入浴料の出金伝票を領収書綴りから剥ぎ取ったことは明らかである。

 では、いったい誰が入浴料の出金伝票を領収書綴りから剥ぎ取り、わざわざ他の出金伝票とまとめたのか。そんなことができるのは、すべての帳簿類を管理していた清水澄江以外にはいない。

 清水は領収書綴りから「入浴料」の出金伝票を剥ぎ取った。その際に、出金伝票の下に貼ってあったレシートが脱落し、紛失してしまった可能性を否定することはできない。自分が出金伝票を剥ぎ取ったことを認めれば、同時に「入浴料」のレシートを紛失した可能性があることを認めることになる。だから清水は、出金伝票を剥がしたのではないかとの質問に、最後まで正面から答えようとしなかったのだろう。

 しかし、領収書綴りに出金伝票が貼られていたことを認めたことで、清水はその出金伝票を剥ぎ取ったことを認めたに等しい。つまり、清水は領収書綴りから出金伝票を剥ぎ取った際、レシートも剥ぎ取り、紛失した可能性を否定できないということだった。

証拠の作成日を虚偽申告

 さて、清水は入浴料のレシートは最初から存在しなかったと主張し、その証拠として「平成27年」に作成したと称して領収書綴りのコピーを提出している。平成27年といえば、山川が清水に会計帳簿類を引き渡す前の年である。すなわち清水は、その領収書綴りを山川が作成したままの状態にあるもの、未だ清水が触り得ない時期に作成されたものとして提出したのである(丙第21号証)。

 その領収書綴りの№44の欄には「入浴料」として1万円が支出された旨の出金伝票が貼られており、それをめくると、下に貼られているはずのレシートはなかった。平成27年の時点、つまり山川が作成した時点で入浴料のレシートは存在しなかったことを裏付ける証拠として提出したものだった。

 平成28年10月に清水が市老連に提出した際には上記の出金伝票も剥ぎ取られ、他の出金伝票とまとめられたかたちで提出されていたから、清水は上記平成27年の状態のものから出金伝票だけを剥ぎ取って提出したものということになろうか。もっとも、最初からレシートはなく出金伝票だけが貼られた状態だったことを立証したいのなら、出金伝票は剥ぎ取るべきではなく、「山川が作成した状態」で提出する方がよほど説得力があったのではあるまいか。

記憶にない付箋

 しかし、山川が清水が提出したその領収書綴りをよく見ると、そのページの端に身に覚えのない多くの付箋が貼られていることに気がついた。その付箋は自分はつけたものではない、ではそれは誰がつけたものなのか。山川はこの点について聞いた。



(領収書綴り(丙第21号証)に関する供述)

山川
  私はこんな付箋は貼ったことがありませんし、28年5月に業務を引き継いだ時点では、付箋は貼ってませんでした。で、これは私が書類を引き渡した後にあなたが付けたものだと思いますが、いかがですか。

清水  どれを指してるんでしょう。

……

裁判長  この出金伝票そのものではなくて、その右側に、例えば上のほうに「92」、「98」って番号付いてますよね。これが付箋じゃないかっていうふうにおっしゃってるんだと、そういう意味だと思いますが。

清水  はい。これは私が付けました。

山川  そうすると、この丙第21号証をコピーしたのは、平成27年度じゃなくて、平成28年度以降ということですね。

清水  もちろんです。

山川  すると、あなたの文書(筆者注=清水が証拠として提出した領収書綴りに関する証拠説明書における記載)が違うということになりますね。

清水  はい。



 清水はこの領収書綴りのコピー(丙第21号証)をどんな意図で提出したのかわかっていないようだった。清水が提出したこの領収書綴りのコピー(丙第21号証)が平成27年度のものなら、山川が作成した時点で入浴料のレシートは存在しなかったことの証拠となったかもしれない。しかし清水があっさり認めたように、これが山川が清水に引き渡した後でコピーしたものということになると、最初から入浴料のレシートは存在しなかったことを裏付けるものとはなり得ない。したがって、この丙第21号証を提出した意味さえなくなってしまうということなのだった。

 丙第21号証の作成が平成27年ではないことをもう1度山川が確認すると、清水は次のように応じた。

清水  ええ。27年度は私会長でもございませんでしたし、手元に領収書も何も引き継いでおりませんので、27年度中にコピーすることは不可能なことでございます。

 清水はこう開き直った。しかし、この丙第21号証を清水が平成27年作成の証拠として提出した事実は、たんにそれが誤りだったということではすまない。入浴料のレシートが最初から存在しなかったことにするために清水は作成年を意図的に偽ったと判断されることもあり得る、つまり証拠の偽造が疑われ得るということなのだった。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第91回
問題視されていなかった「入浴料」

 清水澄江に対して山川が次に聞いたのは「入浴料」のレシートについてである。

「入浴料」とは、平成25年7月1日、多摩湖寿会が温泉宿泊施設「おくたま路」で研修を行った際に支払った20名分の入浴料1万円のことである。会計役員だった山川は、この入浴料1万円を会計帳簿に支出として記載するとともに、「領収書綴りにおくたま路が発行した領収書を貼り付け、さらにその上に出金伝票を貼り付けた」と主張していた。その後、欄外(出金伝票の左上)に整理番号(「№44」)を手書きで記載したと山川は説明している。

 上記の山川の説明のかぎりでは特に問題があるとは思えない。ところが清水は、領収書綴りには入浴料のレシートは最初から存在しなかったとし、したがって、「山川は入浴料1万円を支出したことにしてその1万円を懐に入れたのだ」と主張していた。清水はその上で、「『おくたま路』における入浴の事実はなかった」と主張している。

 多摩湖寿会は「おくたま路」での研修に先立ち、加藤幸雄会長名義の「日帰りバス研修会のお知らせ」と題する案内を配布している。案内には「持参品タオル」とあり、持参しなければ現地で購入の必要がある旨の記載がある。多摩湖寿会はこの研修で温泉への入浴を想定していたことがわかる。

 また研修会後の平成25年7月26日には、やはり加藤会長名で「多摩湖寿会日帰りバス研修会報告」と題する報告を行っている。その中の「会計報告」の欄には「入浴料1万円」の記載がある。

 当時、この報告に対してなんらかの異議が出された記録もない。つまり「『おくたま路』で入浴をした事実はない」とする主張は清水が初めてしたものだった。それも平成28年10月7日に清水が市老連に対して領収書綴りを含む会計帳簿類のコピーを提出した後だったのである。清水が提出したその領収書綴りのコピーには「入浴料」のレシートは貼られていなかった。

なくなったレシートと出金伝票

 山川は自分では確かに貼り付けたはずの「入浴料」のレシートがなぜ貼られていないのか疑問だった。これはどういうことなのか――山川はその点をまず確認しようとしたのである。



(「入浴料」のレシートに関する清水の供述①)

山川
  これは、あなたが平成28年10月7日に市老連に提出した領収書つづりのコピーです。……№44の箇所(筆者注=山川が「入浴料」のレシートを貼り付けていたと主張している箇所。ここには「まずレシートを貼り、その上に同額を出金した旨の出金伝票を貼り付けていた」と山川は主張している)は空白になってますね。で、ファックスの送り状(筆者注=市の担当者が山川宛に送付したもの)には……、「白紙の部分は提出された状況から白紙でした。こちらでは加工しておりません。」というふうに書かれてあります。……加工してないのに、なぜそこのところの部分が空白になってるんでしょうか。

清水  最初からなかったからです。



 東村山市内の老人クラブを所管する東村山市健康福祉部の担当者から山川に送られてきた入浴料のレシートに関わる部分のファックスは、整理番号№44の箇所がまったくの空白状態だった。山川は清水に対して、自分がレシートとそれに対応する出金伝票を貼ったにもかかわらず、なぜ空白になっているのかを聞いたのである。

 それに対して清水は、「最初からなかった」とだけ答えた。すると、№44の箇所にはレシートだけでなく出金伝票もなかったと清水はいうのだろうか。その点を確認するために、山川は続けて聞いた。



(「入浴料」のレシートに関する清水の供述②)

山川
  №44で白いところがありますが、「№44」だけ書いてあって、白紙になっている。

清水  はい。出金伝票だけが貼ってありました。それは2度目の精査、皆さんで調べたときに領収書がない、おかしいねということになりました。最初から貼ってございませんでした。



 清水は№44の箇所には「出金伝票だけが貼ってあった」と供述している。

剥ぎ取られた出金伝票

 では、その「貼ってあった」出金伝票はどこへ行ったのか。山川が出金伝票の行方を健康福祉部の担当者に確認すると、問題の出金伝票を含む4枚の出金伝票がA4の用紙に並べられた状態にあることがわかるファックスが送られてきた。「最初からその状態になったものがコピーで提出された」と担当者はいう。

 レシートが最初から存在しなかったのかどうかは別にして、領収書綴りに貼られていた(このことは清水も認めている)出金伝票を剥ぎ取ったとなると、出金伝票を剥ぎ取る行為は領収書綴りの原本を改ざんするものにほかならない。剥ぎ取ったのが清水とはまだ断定はできないものの、出金伝票が剥ぎ取られていたことについて、清水は何とも思っていないのだろうか。

 ところで、山川が領収書綴りの№44の箇所に入浴料のレシートとそれに対応する出金伝票を貼り付けていたことは出納簿にも記載されている。このことについても山川は清水に確認した。



(「入浴料」のレシートに関する清水の供述③)

山川
  (筆者注=出金簿の№44の箇所には)「日帰り研修入浴料」と書いてあります。領収書つづりの№44の箇所に貼ってあるのは、日帰り入浴料の領収書と出金伝票であると説明してるわけですよね。

清水  私は見ておりません。



 清水はこの期に及んで、出金簿の№44の箇所を「見ていない」という。 一応、№44の箇所を含めて、平成25年度の出金簿の内容は社協の監査を通っている。当然、出金簿に記載された領収書綴りの内容についても監査を通っていると理解していいものと思う。これだけ入浴料を支出したことについて疑義があると主張しながら、出金簿を「見ていない」とは、清水はどんな精査をしたというのだろうか。

 それどころか、領収書綴りの№44の箇所から当初は「存在していた」という出金伝票が剥ぎ取られていることはきわめて重要な事実である。仮に山川が主張するように出金伝票の下に入浴料のレシートが貼られていたとすれば、出金伝票が残った状態で、レシートのみがなくなることは通常は考えられない。しかし、出金伝票が剥ぎ取られていたということになると新たな可能性が生じる。出金伝票が剥ぎ取られた際にレシートも脱落した疑いを否定できなくなるのである。

 清水は領収書綴りから出金伝票を剥ぎ取ったのだろうか。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第90回
示談書の裏側

 示談書の作成は朝木が提案したもので、その目的は「山川は横領を認めて謝罪する」との文言を入れることによって、有無をいわせず山川を横領犯に仕立て上げることにあったのではないか――そう思わせるやり取りを、続く尋問の中にみることができた。

 朝木の代理人は清水に対して、朝木と初めて会ったのが平成28年8月21日だったのかについて確認したあと、示談書の作成を依頼した後、清水と朝木がその後どのようなやり取りをしたのか聞いた。



(示談書を依頼した後の清水と朝木とのやりとり)

朝木代理人
  8月21日に会われた後、朝木さんの一般質問通告が8月24日にあるんですけれどもね、それまでの数日間に、朝木さんとの間ではどういうやり取りがありましたか。

清水  全ての帳簿を渡し、なお、不足する議案書とかそういったものはうちにありましたので、うちのほうにお越しいただき、それも見ていただき、矛盾点を全て解決していただくように2人で調べたり、そういったことで日にちを費やしておりました。

代理人  朝木さんのほうから、あれを見せてくれ、これを見せてくれという要望もあったんですか。

清水  はい。これはどういうことに基づいてこの数字なんだという質問もありましたので、議案書その他をお見せして説明いたしました。

代理人  大体どのくらい時間を掛けて、その話をされたんですか。

清水  もうほとんど昼夜を問わず、夜12時頃のお電話もありましたし。で、私としても、もうなるべくきちんとした形で、間違いないような資料をということで務めておりましたので、それこそ昼夜を問わず、時間があれば私どもにお越しになったり、ファックスでのやり取りなどをしておりました。



 朝木の代理人も清水も、この質問と供述によって、朝木が清水と初めて会って話を聞いた後、資料の精査にどれほどの時間とエネルギーを費やし、市議会の一般質問に臨んだかを裁判官に訴えようとしているように思える。つまり、朝木が本件に関して議会で発言した内容には、仮に確かな証拠がなかったとしても相当の理由があったと印象付けたかったのではあるまいか。

 このやりとりが、もう1つの重要な事実を示していることに代理人も清水も気がついていないようだった。朝木は「山川は横領を認めて謝罪する」との文言を入れた示談書を同年8月22日に清水に手渡している。その時点で朝木は、「山川は横領した」と断定したということである。

 ところがその後、質問通告の締め切りである同年8月24日までの間に、清水は朝木に「全ての帳簿を渡し、なお、不足する議案書」を見せ、さらに「矛盾点をすべて解決していただくように2人で調べたり」したと供述している。すると、朝木が示談書に「山川は横領を認めて謝罪する」との文言を入れた時点ではまだ、朝木も、朝木に「山川が横領した」と訴えた当の清水本人さえも、すべての会計資料を精査していたわけではなかったということになろう。

示談書の「意図」をも説明

 上記の清水の供述は、たんに朝木が一般質問までに相当の調査をしたと主張するのみならず、朝木と清水が客観的な根拠がないにもかかわらず、山川に「横領」を認めさせることを企んだことを物語っている。山川自身に認めさせてしまえば、あとはどうにでもごまかすことができるのである。

 朝木代理人は上記の質問によって、朝木の一般質問をはじめとする議会質問の相当性を主張しようとしたものと思う。ところがこの質問は、かえって、示談書が確かな裏付けを欠いたもの、すなわち山川を陥れることを目的に作成されたものにすぎないことを説明する供述を引き出してしまったようだった。

 同年8月21日の時点で、朝木と清水が会計帳簿の中で未精査の部分があると認識しており、朝木の質問通告書の締め切りまで検討を続けていたというのなら、8月22日に示談書を完成させる必要はない。精査を完了し、「山川は横領した」とする確かな裏付けをもって作成すればいいのである。

 しかし現実には、朝木と清水は精査が完了していない8月21日の時点で「山川は横領した」と決め付ける内容の示談書を作成することで合意し、翌日、朝木は完成した示談書を清水の下に届けた。これはどういうことを意味するだろうか。

 清水や朝木が主張する「多摩湖寿会で発生した不正会計問題(横領事件)」の真相を究明することが目的なら、清水の説明を聞くだけでなくすべての資料を精査することが優先なのではあるまいか。どうしても誓約書を反故にし、「山川は横領を認めて謝罪する」旨の文言を記載した示談書の作成が必要というのなら、資料の精査が終了し、「横領」が確定した時点でもけして遅くはなかろう。

 しかし事実は逆で、清水と朝木は資料の精査よりも示談書の作成を優先させた。この事実経過こそ、「不適切な会計処理」を力づくで「横領」と決めつけ、山川に示談書に署名させることによって「横領」を「山川自身が認めたもの」にしようとしたものであることを示している。

 朝木の議会発言の相当性を印象付けようとした朝木代理人による上記の最後の質問と清水澄江の供述は、朝木が作成した示談書が、山川を陥れる目的で作成されたものであることを裏付けるものにほかならない。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第89回
深々とお辞儀をした清水澄江

 平成30年5月24日、集中的に行われた被告側に対する尋問の最後に証言台に立ったのは多摩湖寿会会長の清水澄江である。清水はまず傍聴席から当事者席に入ってきて、証言台の横に立つと、3人の裁判官が並ぶ裁判官席に向かって深々とお辞儀をしたものである。

 通常、原告であろうが被告であろうが、裁判官の指示に従って証言台に立ち、事実(あるいは事実として意図的な虚偽)を述べるだけであり、証言に先立ってことさら裁判官に挨拶をすることはない。裁判所は事実に基づいて原告被告どちらの主張に正当性があるかを判断する場所であり、裁判に無関係の事情によって判断が左右されるような場所ではないのである。

 清水は、裁判官に対して礼儀を失すると不利益を蒙るとでも思ったのだろうか。だとすれば、清水はなにか大きな勘違いをしていたようだった。

「初対面の日」へのこだわり

 さて、清水は主尋問でこれまでの主張を繰り返し、特に真新しい主張は出てこなかった。主尋問の中でやや注目されたのは、朝木の代理人が最後に訊いた質問である。清水の代理人に代わって質問に立った朝木代理人は、多摩湖寿会の会計問題をめぐり、清水と朝木がいつ会い、どのような調査を行ったかについて訊いた。



(清水と朝木が初めて会った時期)

朝木代理人
  ……あなたが被告の朝木さんと初めて会われたのは、今回の不正会計問題が発覚した後のことですか。

清水  はい。平成28年8月21日、センター祭りで、私どもの出番が終わった後に、初めてお目にかかりました。



 清水と朝木は「初めて会ったのは平成28年8月21日」であると強調する。2人が「初めて会った」と強調するこの日、清水は朝木に誓約書の履行条項を一方的に破棄する内容の示談書を作成するよう依頼している。そのような重大な書面の作成を、弁護士でもない初対面の人物に依頼するとは、どう考えてもあり得ない話である。

 常識的に考えれば、それ以前に2人はどこかで会って、誓約書を破棄し、「山川は横領を認めて謝罪する」とする文言を記載した示談書を新たに作成する相談をしていたのではあるまいか。仮に会っていなかったとしても、何者か第三者が仲介し、少なくとも電話での打ち合わせが行われていたとみるのが自然ではあるまいか。そうでなければ、初対面の人物にいきなり4日前に交わされた誓約書の内容を一方的に破棄する示談書の作成を依頼することなどあり得まい。

 清水と朝木が事実に反して「初めて会ったのは平成28年8月21日」であると強調しているとすれば、それには理由がある。

 平成28年8月17日、清水澄江は山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わした。その場には他に、誓約書の当事者として多摩湖寿会副会長の清水昇、同前会長の加藤幸雄も署名捺印し、さらに立会人として大野清吉が署名捺印している。その誓約書を、調印からわずか4日後に、一方的に破棄する趣旨の文言が記載された示談書なるものを作成することを、寿会会長である清水が誓約書の関係者の承諾なしに独断で朝木に依頼するということがあり得るだろうか。

 その点について清水も朝木も、誓約書の成立後に「示談書が必要との話が役員の間から出た」とする曖昧な理由によって示談書の作成を肯定している。しかし、そのような話が「いつ、誰から出たのか」という山川の質問に、朝木は明確に答えなかった。

 それどころか、午前中に行われた加藤幸雄に対する尋問では、加藤も大野も、清水が示談書の調印を行うとして招集した会合の場で、その日に清水から示談書を見せられるまで、「山川は横領を認めて謝罪する」旨の文言が含まれていることを知らなかったことが明らかになった。「役員の間で示談書が必要という話が出た」などという事実が存在しないことは、朝木と加藤の供述から明らかというべきだった。

私怨との境界

「役員の間で示談書が必要という話が出た」ことが、4日前に調印した誓約書を一方的に破棄する内容の示談書を作成する根拠ではないということになると、示談書はいかなる理由で、誰によって発案されたものということになるのか。寿会の側からでないとすれば、最も有力な可能性として浮上するのは、「山川は横領を認めて謝罪する」との文言が記載された示談書の作成をもちかけたのは朝木だったのではないかということである。

 朝木がもちかけたと仮定すれば、示談書の作成は寿会の見解を代表して清水が朝木に依頼したのではなく、朝木が誓約書の内容を覆す示談書の作成を提案し、これを清水が独断で了承したものということになる。――これが示談書作成の実情だったのではないか。

 示談書の作成は朝木がもちかけたものだったということになると、部外者である朝木がいったんは誓約書に納得していた寿会役員らの意向を無視して、誓約書を一方的に破棄する内容の示談書を作成したことになる。寿会役員の意向が反映されていない示談書とは、山川を横領犯に仕立て上げたい朝木と清水による個人的願望を実現させようとするものにすぎなくなる。そうなれば、以後の山川に対する追及についても、公益性に関して疑問符が付けられることになりかねない。

 しかし、尋問で朝木の代理人が確認したように、清水が朝木に示談書の作成を依頼したと主張する平成28年8月21日に2人が初めて会ったということになると、いかに朝木でも初対面の清水から本件の話を初めて聞き、誓約書ではなく示談書を作成すべきとの提案までやってのけたと考えるのは難しいということになろう。清水も朝木もそれ以前には電話での打ち合わせをしたともいっていない。したがって、清水と朝木は同年8月21日に初めて会ったことが確認されれば、やはり役員の意向を受けた清水が朝木に示談書の作成を依頼したという説明が自然なものとなるのである。

 朝木の代理人が本人訊問の最後で確認した質問にはこのような意味が含まれていたのではあるまいか。

(つづく)
TOP
多摩湖寿会事件 第88回
『東村山市民新聞』の発行状況

 朝木に対する裁判官の質問は『東村山市民新聞』の発行状況にも及んだ。山川は平成28年10月31日付『東村山市民新聞』第188号の記事に対しても損害賠償を請求している。同記事の名誉毀損を認定し損害賠償を命じる場合には、発行部数や配布範囲もまた名誉毀損被害の程度の認定に少なからず影響してくる。



(『東村山市民新聞』に関する尋問①)

裁判官  それから、もう1つ、東村山市民新聞についても今回請求の対象になっていますけれども、この東村山市民新聞は、そもそも発行元はどこになるんでしょうか。

朝木  東村山市民新聞社ということで、責任者は相被告の矢野穂積になっています。

裁判官  あなた自身は、その、法人なんでしょうかね、どういう立場なんですか。

朝木  私は編集長という立場です。

裁判官  編集長としては、この市民新聞の作成についてはどのように関わっているんですか。

朝木  原稿を集めて最終的にレイアウトをして確認をするということですね。

裁判官  あなた自身が原稿を作成することもあるんですよね。

朝木  はい、あります。



 ここまでは矢野が発行人、朝木が編集長を務める『東村山市民新聞』の作成、発行状況の概要に関する質問である。本件との関係では、「朝木自身もまた原稿を作成することがある」という点が重要だろう。

本件記事の作成者

 問題の『東村山市民新聞』第188号には「元公明市議が横領! 老人クラブから」などの記事が掲載されていた。山川は「元公明市議」が山川を指していることは明らかであり、「横領したと断定したことによって名誉を毀損された」と主張している。裁判官は続いて、具体的に今回の記事に関する部分に踏み込んだ。



(『東村山市民新聞』に関する尋問②)

裁判官  今回の問題を採り上げた記事は、あなたが作成したものですか。

朝木  そのとおりです。

裁判官  この市民新聞を見ますと、定期購読料1部150円というふうに記載されていまして、購読料を払う方に配布されることになるんでしょうか。

朝木  そこの購読料というのは、市外の方から結構購読したいという要望が多い新聞ですので、その方には郵送料プラス手数料として実費相当分を頂くというふうな形をとっております。

裁判官  では、市内の方には特に購読料を払った方のみというわけではなくて、一定の範囲の住宅に配布されると、そういうことになるわけですか。

朝木  そのとおりです。

裁判官  この市民新聞は、あなたは編集長あるいは原稿を提供した方として報酬などは受け取っているんですか。

朝木  おりません。

裁判官  この東村山市民新聞というのは、発行部数というのはどれぐらいなんですか。

朝木  ちょっとはっきりした数字は、なんですが、6万部前後、6万部弱ぐらいではないかと思います。



 ここで裁判官が確認したのは、記事の作成者が朝木かどうか、また『東村山市民新聞』がどの程度の部数が、どの程度の範囲に配布されているものかということである。これに対して朝木は、問題の記事が、自分が作成したものであることをあっさり認めた。傍聴に詰めかけた多くの多摩湖寿会会員の前では、ここで記事の作成者が誰かを曖昧にするよりも、堂々と自分が記事を作成したことを明らかにする方が「朝木という市議会議員が元議員の不正行為を糾弾している」という強い印象を与えられると判断したのかもしれない。

 ただ、問題とされている記事が名誉毀損に該当しないと裁判所が判断しているとすれば、あえてここまで聞く必要があったのかどうか。朝木にとって、記事の作成者が自分であることを明らかにすることは、当然、責任の所在を自ら明らかにすることであり、朝木にとって不利な状況を背負い込むことでもあるのだった。

 なお、これまで矢野は『東村山市民新聞』の発行部数を4万5000部と称していた。今回朝木が6万部と供述したのは、多くの多摩湖寿会会員が傍聴に来ていたために、若干見栄を張ったのかもしれない。市民に対しては多少の自己宣伝になったとしても、名誉毀損が認定された場合には、当然、不利な材料となる可能性が高いと思われた。

掲載責任にも言及

 最後にもう1人の陪席裁判官が『東村山市民新聞』の問題の記事について最後の質問を行った。



(『東村山市民新聞』に関する尋問③)

裁判官  先ほどから聞かれている東村山市民新聞の今回問題とされている元市民市議(筆者注=原文ママ。「市民」は「公明」の誤りと思われる)が横領って書かれた記事ですけれども、これを採り上げるのを決めたのはあなたですか。 

朝木  はい。

裁判官  これは、相被告の矢野さんとも相談されているんですか。

朝木  はい。



 裁判官による最後の質問は、原告が問題にする記事が朝木1人の判断で掲載したものなのか、矢野も関与していたのかを確認するものである。記事の作成者である朝木のみならず、発行人の矢野にも掲載責任があるかどうかを確認したものとみていいだろう。

 記事が名誉毀損であると認定された場合、裁判所はその掲載責任が誰にあるかを確定しなければならない。裁判官による最後の質問は、『東村山市民新聞』の記事に関して矢野にも責任があるかどうかを確認するためのものだったように思える。

 こうして朝木に対する尋問は終了した。総合的にみると、最後に裁判官が『東村山市民新聞』に関する上記の尋問を直接行ったことだけでなく、議会だよりに朝木の原稿が掲載された経緯を確認したことも重要な意味を持っていたように思えてならない。

(つづく)
TOP