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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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多摩湖寿会事件 第72回
改ざんと公益性

 朝木が平成29年12月1日に東村山市議会で行った一般質問をめぐり、山川は平成30年1月5日までに2回にわたり準備書面を提出し、朝木が平成28年9月以降に繰り返し行った議会質問には「公益性がない」と主張した。山川がこう主張する根拠は、朝木が山川の提出した陳述書の一部を改ざんして引用した上で「山川は福祉募金を盗んだ」とする趣旨の主張をしたことだった。

 朝木はそれまで「山川は寿会の金を横領した」とする主張を繰り返してきたが、1度たりとも客観的な証拠を示したことはない。これだけでも公益性があるのかどうか疑わしいと思うが、それだけでなく朝木は「山川は寿会の金を横領した」とする主張を正当化するために山川が提出した陳述書の一部を改ざんして引用したのだった。

「横領した」とする主張を正当化するために、その根拠を「捏造した」と言い換えることもできよう。よって、「一連の東村山市議会における朝木の発言には公益性がない」と山川は主張したのである。

 もちろん、山川がこう主張したからといって、裁判所がどう判断するかはわからないし、裁判所が朝木の議会発言の「公益性」を争点にするのかどうかさえわからなかった。確かなのは、山川が朝木の議会発言に関する最初の準備書面を提出した後に、裁判所が「公益性が問題になる場合は合議制にすることになっている」という理由で裁判官の構成を変えたということだった。

「公益性」主張の趣旨

 しかし、公益性が争点になる可能性があると考えたのは山川だけではなかったようだった。当然、ここでいう「公益性」とは、直接的には多摩湖寿会の会計問題に関する朝木の議会発言に公益性があるのかという問題にほかならない。

 朝木の発言の公益性が疑われる事態となれば、その影響が多摩湖寿会会長、清水澄江にも及ぶのは避けられまい。清水もまた、「山川は寿会の金を横領した」と主張するだけで、その証拠はいっさい示していない。朝木が議会で「資料を改ざんして『山川は寿会の金を横領した』と主張した」ということになれば、同じように清水も、「根拠もなく山川に濡れ衣を着せたのではないか」との疑念を持たれることになりかねない。

 通常、他人に向けられた批判が、正当な根拠もなく、最初から他人を貶めることを目的になされたものと断定される場合には、その批判自体が不当なものと評価される。朝木と清水が行ってきた山川に対する追及に公益性が否定されることになれば、真実性とは関係なく、名誉毀損が成立することになる。平成28年12月1日に朝木が行った議会質問以降に山川が提出した2つの準備書面における主張にはそのような意味があった。

「特段の意図なく」と主張

 朝木の質問後に山川が準備書面を提出したことと裁判所の構成が変わったこととの関係を朝木がどうみていたのか。実は山川が新たな準備書面を提出しようとしていた矢先の平成30年2月21日、朝木は山川の公益性に関する主張に対する反論とみられる準備書面4を提出した。

 それによると、朝木はまず、平成29年12月1日に朝木が行った一般質問に関して、山川が「朝木は山川が提出した陳述書の一部を改ざんした上で『山川は虚偽の説明をしている』と主張した」とし、「朝木の上記一般質問には公益性がない」と主張したのに対して次のように反論していた。



(「朝木は山川の準備書面を改ざんした」とする主張に対する朝木の反論)

 原告は、被告朝木が市議会における質問の中で原告の陳述書を引用する際、意図的に「翌年から」という文言を読み飛ばし、事実に反して原告が福祉募金について虚偽説明をしているかのような状況を作出することによって、原告を陥れ、横領犯人に仕立て上げようとした等と主張する。

 ……この点、当然ながら、被告朝木が原告の陳述書を書き換えた(文書を変造した)事実は一切ない。



 朝木はこう主張した上で、朝木が議会で行った「山川は上記陳述書で、『会計帳簿に福祉募金の出金だけを記載したのは社協に指導されたからだ』と説明している」との質問について、「ごく自然な理解を前提として市議会での質問を行ったに過ぎない」と主張していた。

 朝木は「原告の陳述書を書き換えた(文書を変造した)事実は一切ない」と主張するが、一般質問において「翌年から」の文言が脱落しているのは明らかであり、故意であろうと過失であろうと、山川の陳述書を書き換えた状況となっていることに変わりはない。朝木はその事実さえも認めないというのだろうか。

 山川は「朝木は準備書面の一部を改ざんし、全体の趣旨を意図的に歪めようとしている」と主張している。しかし朝木の準備書面には、この点に関する明確な説明も反論もいっさいなかった。上記の朝木の主張は脱落があろうとなかろうと、自分の理解には変わりはないということなのだろうか。

 さらに朝木は、「朝木は準備書面の一部を改ざんし、全体の趣旨を意図的に歪めようとしている」とする山川の主張には正面から反論せず、むしろ次のように山川の主張を批判していた。

「被告朝木が『翌年から』という文言を特段の意図なく読み飛ばした事実をもって、『原告が福祉募金について虚偽説明をしていることになってしまう』、これにより被告朝木が『原告を陥れ、横領犯人に仕立て上げようとした』等と主張すること自体、論理に飛躍がある。」

 ことは山川が福祉募金について虚偽の説明をしたかどうかであり、山川の名誉に関わる。したがって、東村山市議会という公の場においてそのような質問を行うにあたり、当然、朝木は議員として、山川の陳述書を引用するにあたり、間違いがないようにより慎重でなければならないし、そのことを朝木が自覚していないはずはあるまい。

 その朝木が、山川の説明内容を左右する重要部分を脱落させた。これが意図的だったのか、朝木が主張するように「特段の意図」のないものだったのか。

「特段の意図」が最初からなかったというのなら、山川の訂正を申し入れに応じなかったのはなぜなのか。すぐに訂正に応じてもよかったのではあるまいか。

 朝木が訂正に応じなかったこと自体、朝木が意図的に「翌年から」の文言を脱落させた証拠であると山川は主張している。この点については裁判所の判断にまかせるほかないが、いずれにしても、朝木の一般質問とその公益性をめぐる山川の主張に対して朝木が正式に記録に残るかたちで反論を行ったことで、朝木の市議会発言の公益性が晴れて争点化することになったことだけは確かなようだった。公益性が論点となることに関して山川には何もマイナスはなかった。

話題にならなかった求釈明

 なお、この準備書面の末尾で朝木は山川に対し、「福祉募金の『出金』のみを会計帳簿に記載した理由」について明らかにするよう求釈明を行った。山川は当初から一貫して「知識不足のため」であると説明しているのだが、朝木はいったい何が納得できないというのだろうか。

 朝木としてはやはり、「山川は社協からそう指導されたから会計帳簿に『出金』のみを記載した」と説明しているといいたいのだろうか。山川が社協から指導された時期については、朝木の一般質問後に開かれた口頭弁論の場で「平成25年の監査の際」であることを明確に答えており、「山川は社協からそう指導されたから会計帳簿に『出金』のみを記載した」などとは説明していない。

 あるいは裁判官も、山川が説明する「会計帳簿に『出金』のみを記載した理由」について朝木と同じ疑問を持っていただろうか。しかしその後に開かれた口頭弁論の席で、朝木が準備書面で蒸し返した求釈明について裁判官が山川に答弁を求めることはなかった。裁判官から「無視された」と理解すべきなのだろうか。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第71回
「要望書」に対する回答

 平成29年12月20日に第7回口頭弁論が行われて以後、平成30年3月13日に第8回口頭弁論が開かれるまでの間に、山川から2通(①平成30年1月5日付準備書面5B、②平成30年2月22日付準備書面6B)、朝木から1通の準備書面(平成30年2月21日付準備書面4)が提出されている。その内容はいずれも平成29年12月1日に朝木が行った一般質問、および平成28年9月から始まった朝木による多摩湖寿会の会計問題に関する一連の議会質問に公益性があったか否かに関するものだった。

 前回口頭弁論の後、準備書面を提出したのは山川である。山川は朝木が平成29年12月1日、山川が提出した陳述書の一部を改ざんして、福祉募金の処理に関して山川が社協から指導を受けた時期を偽っているとする質問を行った箇所について、平成29年12月12日付で東村山市議会議長宛て要望書を提出し、朝木に対して同議長を介して訂正を求めた。要望書に記載していた「要望の趣旨」は、

①朝木議員は、朝木議員は、議員が本件質問で「引用」した本件記載のうち、「前年に市の担当者から『募金の入金は会計簿に記載しないように』との指導を受けたので記載しなかった」(反訳の重要箇所③)との部分を、原文どおり、「前年に市の担当者から『募金の入金は会計簿に記載しないように』との指導を受けたので、翌年から記載しなかった」と正しい引用に訂正してください。

②朝木議員は、反訳記載の重要箇所①②(「山川は福祉募金の『入金』のみを帳簿に記載したことについて、前年に社協の担当者から指導されたといい始めている」と朝木が主張している箇所)について、引用の誤りに基づきその解釈にも誤りがあったと判断される場合には、上記部分について自主的に訂正してください。

 ――の2点である。

 これに対する回答書が、ちょうど第7回口頭弁論が開かれた平成29年12月20日、山川に対して送付された。回答の内容は以下のとおりだった。



(「要望書」に対する回答)

 12月14日に議長より朝木議員に対し本件要望書の趣旨を説明し、訂正に応じるか確認したところ、「発言を訂正する意思はない」とのことであり、12月定例会中における訂正はありませんでした。

 また、議会としても本件に関し、特段の措置はいたしておりません。



 以上である。朝木は山川の訂正を求める要望にはいっさい応じず、仮に朝木の発言に客観的な誤りがあり、その誤りに起因して山川が不利益を被るとしても、東村山市議会としていっさいの措置をとることはないということ。つまり、朝木が行った一般質問の内容は一言一句訂正されることはないということだった。

悪用される懸念

 議会における議員の発言は、本人の了解なしに勝手に訂正することはできない。一般論として、仮に議員が議会で資料を引用するに際して客観的な間違いを犯していることが明らかで、当該資料の作成者から訂正を求められた場合であっても、規則上、議会の判断で訂正させることはできないという。

 今回の、少なくとも誤りであることが明らかな朝木が行った引用について、それが意図的であるか否か、またその「誤り」が質問全体の趣旨に影響を与えていたか否かを問わず、事実に反する引用が黙認されても仕方がないとする東村山市議会のルールにはやや違和感を禁じ得ない。朝木が再び意図的に引用部分を改ざんし、それを他人を誹謗中傷する材料に使うこともないとはいえないし、東村山市議会はそれを悪質な行為と認識しても、現状では、本人が訂正勧告に応じない以上は、発言を訂正させる手段を持たないのである。

 そうなれば当然、それがどのような悪意に基づく発言だったとしても、そのまま議事録に記載され、あたかも誤りのない正当な発言として残ることになる。めったにあることではないとは思うが、議員の発言を尊重する東村山市議会の規則が悪用される懸念を払拭できず、ひいては市民を不安にさせる一面があることは否定できない。

訂正に応じない真意

 さて、議会のルールはさておき、朝木が山川の「要望」を拒否した事実は何を意味するだろうか。

 あらためて山川が提出した要望の趣旨を確認すると、①は「引用の誤りを訂正してほしい」というもの、②は「引用部分の解釈に誤りがあったと認識するならば、解釈の部分も訂正してほしい」というものである。このうち②はあくまで朝木の理解の問題で、当該箇所をどう理解しようと朝木の自由だから、「訂正しない」という回答が返ってきてもやむを得ないだろう。

 では、上記①の「引用の誤り」の訂正にも応じない事実をどう評価すべきだろうか。仮に朝木がこの質問によって行政行為の事実関係を確認しようとしたのであれば、少なくとも単純な「引用の誤り」に限っては、なぜ訂正に応じないのか、その理由を想定することは困難というべきではあるまいか。

 すると、「引用の誤り」さえも訂正に応じなかった朝木の対応から判断すれば、朝木は「引用の誤り」を訂正することによって質問全体の趣旨がおかしくなると判断したと考えられる。したがって山川は平成30年1月5日付準備書面5Bにおいて、「(朝木が「引用の誤り」さえも訂正に応じなかったことは)被告朝木の引用の誤りが過失ではなく故意だったことを裏付けている」と主張している。

「引用の誤り」が故意だったとすれば、それに基づく質問に公益性があるといえるのかという根本的な疑問が生じよう。この点について山川は、準備書面5Bにおいて次のように主張している。



(朝木の一般質問に対する山川の主張)

 上記の事実(筆者注=朝木が訂正に応じなかったこと)は、それが故意によるものであったこと、及び被告朝木が最初からまともな問題提起を行う意思など持っていなかったことを示すものであり、本件質問が公益目的に出たものではないことを自ら認めるものにほかならない。本件質問の目的は、原告が「福祉募金について虚偽の説明をしている」とし、「多摩湖寿会の金を横領した」と主張することにあったのである。

 よって、本件質問は原告を陥れることを目的とした悪質なものであり、公益目的に出た議員の発言として保護されるべきものとは到底いえない。

 被告朝木は平成28年9月以降、多摩湖寿会に関する議会質問を執拗に、繰り返し行ってきた。本件質問は一連の質問の延長線上にある。被告朝木は引用の誤りの訂正に応じなかったことで、一連の議会質問の目的が「原告を横領犯人に仕立て上げること」にあったことを自ら明らかにしたのである。



「引用の誤り」が故意でなかったとすれば、朝木は山川に直接事情を確認したのち、あらためて回答することもできた。しかし、朝木が山川に事実関係を確認することもなく、ただちに訂正を拒否したのである。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第70回
かなり珍しい事例

 平成29年12月1日、朝木が東村山市議会12月定例会で、山川の陳述書の一部を改ざんし、この裁判で自分が有利になるような質問を行ったことを境に、東京地裁はそれまで1人だった裁判官を3人の合議制に変更した。裁判官はその際、「公益性に関することは合議制にすることになっている」と述べた。

 その意味するところが何なのか、しかと確認できたわけではない。しかし、それまで検討するまでもなく認められると判断していた公益性について、少なくとも検討の必要があるとする判断に傾いたことだけは確かなようだった。

 記事や発言等における名誉毀損裁判においては、その内容に①公共性、②公益性があり、かつ③その内容が真実であることの証明があったとき、④またはその表現者が、表現した事実が真実であると信じたことについて相当の理由があったと認められる場合には、記事等が他人の名誉を毀損するものであったとしても違法性が阻却される――というのが最高裁の判例であり、この裁判もその基準に従って判断されることになる。

 多摩湖寿会は会員から集めた会費と東村山市から交付された補助金によって運営されている老人クラブである(現在、補助金の交付はストップされている)。この裁判において問題とされている表現内容は「山川は多摩湖寿会の金を横領した」というものだから、当然公共性があり、普通なら「山川は多摩湖寿会の金を横領した」と追及することには公益性があると判断される可能性が高い。

 まして議員による議会発言は、通常は公益目的に基づくものと認識されているし、判例でも議員による議会質問に対して公益性が否定された例はほとんどない。仮にその発言に十分な客観的根拠が認められなかったとしても、「自分はそう認識した」ということなら、真実性・相当性が認められなかったとしても、質問そのものの公益性までが否定されることはめったにないのである。

 国会議員は憲法51条で議会における発言の自由が保障されている。一方、地方議会議員には発言の自由を保障する法律上の規定はないが、民主主義社会において地方議員が行政上の問題を質すことは不可欠かつ重要と考えられており、よほどのことがないかぎり発言の自由が最大限に認容されている。つまり、その発言は公益性を有するものとみなされている。

 ただ、地方議員が議会においてなんらかの違法性が疑われる行為の存在を指摘する場合に、それが相当の根拠に基づくものとはいえないにもかかわらず、公開の場で関係者を名指しし、行為の内容や根拠を問うことに止めるのではなく、自ら当該行為が違法であると断定し、第三者の名誉を毀損したことが明らかであると判断されるような場合には、例外的に議員の職責に対する考慮を超えた判断を示した判例もないわけではない。平成28年9月以降に行われた朝木直子による「山川は多摩湖寿会の金を横領した」と断定した質問について、東京地裁は上記のような理由で公益性を検討する必要性を認めたのだろうか。

改ざんに基づいた質問

 さてタイミングからみて、東京地裁が裁判官の構成を変更するきっかけとなったのは、平成29年12月議会における朝木の一般質問であると思える。その質問内容を簡単に振り返ると、概要は以下のとおりだった。

  山川は多摩湖寿会の会計に就いた初年度(平成24年)に、福祉募金を市老連に送金した際、知識不足から会計帳簿に福祉募金の「出金」のみを記載した。このことをめぐり、山川は翌年の監査の際(平成25年=平成24年度会計の監査)に社協の担当者から「福祉募金については入金も出金も記載しないように」と指導されたと準備書面で説明していた。ところが朝木は一般質問において、山川が社協の担当者から上記の指導を受けたと説明している時期を意図的に曲解し(「平成23年」と主張)、それによって山川が会計帳簿に誤った記載をしたことについて虚偽の説明をしていると主張したのである。

 つまり朝木がいおうとしていたのは、山川は横領を隠蔽するために、「福祉募金の入金を記載せずに出金だけを記載したのは社協の担当者からそのように指導されたからだ」と行政側に責任を転嫁しようとしているということだった。その目的は福祉募金の横領を隠蔽することであるとする主張と理解できた。

 質問の際、朝木は山川の陳述書の一部を引用したが、朝木は山川が説明する社協による指導がなされた時期を特定する重要な箇所を意図的に脱落させた。朝木は山川の説明した箇所を改ざんして引用し、社協の指導時期について山川が虚偽の説明をしていることにしたのである。

 このため山川は、平成29年12月7日付で朝木が行った上記一般質問(朝木と清水が主張する「山川による横領」の根拠のうちの「福祉募金」に関する質問)について、音声記録を証拠提出し、朝木が「原告が提出した陳述書の一部を改ざんして質問を行った」こと」を具体的に示した。その上で「本件質問は、議会質問を利用して原告を陥れようとするものであることが明らかであり、市議会議員の議場での発言として保障されるべきものとは到底いえない。本件質問は、被告朝木が原告を横領犯人に仕立てるために一貫して議会質問を利用している事実を雄弁に物語るものにほかならない。」と主張したのだった。

否定できなかった代理人

 この準備書面を見た朝木の代理人は、その後の平成29年12月20日に開かれた口頭弁論の際、福祉募金の帳簿への記載について山川が社協から指導された時期がいつなのか、山川に対して不意に口頭で回答を求めた。この日、山川は平成25年以降(山川が多摩湖寿会の会計担当として最初に会計監査を受けた年)に社協から指導を受けた日を記録した手帳を持参していて、その記載に基づき、指導を受けた年月日を正確に答えた。

 その年月日とは、「平成25年4月19日」だった。朝木が「山川は福祉募金を盗んだ」と主張しているのは平成24年の福祉募金であり、「山川はその前年に『指導を受けた』と説明している」と主張していたのである。朝木の代理人に対する山川の回答は、朝木の主張を完膚なきまでに葬り去るものにほかならなかった。

 山川の回答を聞き届けた代理人は、裁判官に対して上記のやりとりを「調書に残しておいてください」と念を押した。その意図を理解するのは難しいが、この結果、山川が社協から指導された時期について明確にしたことは動かせない事実となった。

 少なくとも、朝木なり朝木の代理人が山川の回答を覆す証拠でも握っているのでないかぎり、山川の回答が調書に残ったことは山川にとってプラスであってもマイナスとなることはない。実際にこの日、朝木の代理人はただ「調書に記録しておくように」と主張するのみだった。山川の回答を否定できなかった時点で朝木の負けだったのである。

 前回口頭弁論ではこのようなやり取りがあった。それから第8回口頭弁論(平成30年3月13日)が開かれるまでには、被告側の都合で3カ月という異例な長期のブランクがあった。しかしこの間には、公益性をめぐり、書面のやりとりが行われていた。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第69回
要望を出さなかった清水

 朝木の供述も清水の供述も、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」という点で一致している。しかしこれまでみてきたところによると、清水が朝木に示談書の作成を依頼するに至った経緯および作成目的についての供述はいずれもとうてい信用できるものではない。

 これをどう判断すべきなのだろうか。経緯については信用できないが、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」という結果だけは信じるに足るとみるべきなのだろうか。

 朝木と清水の供述を総合すると、多摩湖寿会役員の間で「示談書を交わす必要がある」との意見が出たため、清水が朝木に示談書の作成を依頼した、ということになっている。そういうことなら、流れとしては自然にみえる。

 しかし、清水が朝木に示談書の作成を依頼する原因となる「役員間の話し合い」なるものは、これまでみてきたとおり、実際にはなされていない可能性がきわめて高い。役員間の「話し合い」が行われていなければ、「示談書を作成する必要がある」などという話は役員の間から出てきたものではないと判断できる。

 すると、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」というのが事実とすれば、示談書は清水が独断で必要と判断し、その作成を朝木に依頼したということになる。もちろん、示談の当事者は清水だから、示談書の作成を依頼するにあたり、清水は示談書に盛り込みたい内容について朝木に要望を伝えたはずである。ところが、清水の陳述書には「経緯を伝え、資料を見てもらい、示談書の案を作ってもらえないか、と頼みました」とあるのみで、具体的な要望は一言も記載されていない。

 それは朝木の陳述書でも同様である。朝木の陳述書の記載はもっと淡白で、「澄江さんから私に、示談書を作成してくれないかとのご依頼がありました」とあるのみだった。依頼者である清水からなんらの要望も出ないとはどういうことなのだろうか。またこの事実は、何か別の意味を持つのだろうか。

「役員間の話し合い」なるものは存在せず、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」とする事実の前提に関する清水と朝木の供述は全く信用できない。清水が朝木に示談書の作成を依頼したとする事実の前提が怪しい上に、清水が朝木に依頼するにあたってなんらの要望も出していないということになれば、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」とする事実自体も信用するのはよけいに難しいということになるのではあるまいか。

 すると、寿会役員の間で「示談書を交わす必要がある」との意見が出たという話も、示談書は清水が朝木に作成を依頼したことにするために捏造されたものである可能性すら疑われよう。言い換えれば、示談書は清水が依頼したものではなく、朝木が提案し、作成した可能性も十分に想定できるということである。

2人の間の意思形成

 示談書の発案者が当事者である清水ではなく、実は朝木だったとする明確な根拠はない。しかし、清水が山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わしてからわずか4日後に、誓約書の趣旨を覆す内容(「山川が横領を認めて謝罪する」との条項を含む)の示談書を作成することに合意したことは疑いのない事実である。

 これは2人にとって、誓約書の内容が不服だったことを意味しよう。しかも、他の寿会役員の中に、2人の間でそのような合意がなされたことについて知る者は1人もいなかった。

 これらの事実を総合して、示談書が作成された意図と目的について山川は平成29年11月22日付陳述書で次のように述べた。

「朝木さんと清水さんが述べる示談書作成の理由は信用できるものではありません。清水さんと朝木さんにとって、誓約書の内容は、私が『横領を認める』という文言が入っていないという理由で不満なものでした。また、誓約書に従えば、これ以上山川を追及することもできないということになってしまうのです。このため、誓約書の内容を反故にするために、『正式の示談書を作成する』との方便をでっち上げ、その中に『(筆者注=山川が)横領を認める』という文言を入れたということではないかと思います」

 その上で山川は、朝木と清水によって現在も「山川は多摩湖寿会の金を横領した」とする宣伝が行われている状況と示談書の位置付けについて次のように結論付けている。



(山川が主張する「示談書の位置付け」等)

 この示談書作成に至る朝木さんと清水さんの意思形成こそ、その後の私に対する数々の名誉毀損行為の出発点となったのではないかと推測しています。朝木さんと清水さんは、私にこの示談書に署名させることによって、力づくで私に横領を認めさせようとしました。しかし私が示談書への署名を拒否したため、今度は朝木さんが議会質問を利用して私を横領犯人に仕立て上げようとしたのです。



 誓約書の時点までは、清水の意見が重要な位置を占めていたとしても、一応は多摩湖寿会としての意思に従ってものごとが進んでいたようにみえる。しかし、清水が朝木と会った平成28年8月21日以降、2人を中心として山川を追及する方向へ大きく変わったことは事実だろう。

 山川の上記の主張にあえて追加すれば、山川が示談書に署名しようがしまいが、朝木がこの会計問題を「横領事件」として議会で取り上げるつもりだったことにはなんら変わりはなかっただろう。ただ、山川が示談書に署名しなかったことで、議会での追及の仕方が難しくなったことは確かなようだった。

 その一例が、平成29年12月定例会一般質問で、山川の陳述書を改ざんして引用し、自らに有利な質疑を作り上げようとしたことだろう。それが原因だったのかどうか、東京地裁はそれまでの方針を見直し、「公共性」が論点になるとの理由で裁判官3人の合議制に変更したのである。

 その最初の口頭弁論は、平成30年3月13日午後4時に開かれることになっている。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第68回
事実の裏付けを欠く「経緯」

「横領を認めて謝罪する」旨が記載された示談書の目的は、山川が署名捺印することによって多摩湖寿会がことを収めようとするものではなく、朝木と清水が山川を「横領」容疑で告訴(東村山市に対しては告発させること)するための根拠にすることにあった可能性が高い。ことを穏便にすませようとする目的だったとすれば誓約書で十分だったのであり、それでもまだ足りないというのなら、事前に山川や加藤前会長になんらかの話がなければおかしい。

 では、いったいどんな経緯で示談書を作成しようということになったのだろうか。清水は次のように供述している。

「私は、朝木議員に連絡し、経緯を伝え、資料を見てもらい、示談書の案を作ってもらえないか、と頼みました。」

 清水がいう「経緯」とは、1つは平成28年8月17日に山川との間で誓約書を交わしたこと、さらに清水が「経緯」として供述しているのが、「新年度の役員の間で話し合ったところ、正式な示談書を取り交わす必要があるのではないか、との意見が多くでました」という事実だった。

 しかし、これまでみてきたとおり、新役員である大野は調印の日まで示談書の内容を知らなかったし、同じく新役員の小川康子は示談書の件には触れてもいない。清水自身も「話し合い」があったというだけで、それがいつ、どこで、誰が集まって行われたのか具体的な説明はしない。

 それに何より、示談書が誓約書の内容を覆すものである以上、誓約書の当事者である山川に調印の当日までなんら中身を教えないというのは通常はあり得ない話だった。これらの状況は、清水のいう示談書に関する「話し合い」など行われていないと推測するに十分であるというほかなかった。

 すると示談書の作成を朝木に頼んだ経緯に関する清水の説明のうち、「新年度の役員の間で話し合ったところ、正式な示談書を取り交わす必要があるのではないか、との意見が多くでました」との部分については、虚偽だということになる。

 一方朝木は、「清水さんから示談書の作成を依頼された」とし、その経緯について「寿会の役員からも『もう一度、山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべきだ』という慎重な意見が出ているとのことであり」と供述している。しかし、そもそも寿会役員の間で示談に関する「話し合い」が行われた形跡は認められないから、朝木が供述するような「慎重な意見が出ているとのことであり」というのも事実に基づくものではないということになる。

前言と矛盾する供述

 朝木が供述する示談書作成の経緯については、朝木自身のもう1つの供述がその信憑性をさらに否定している。朝木は上記の「経緯」を述べた直後に、次のように供述している。

「この一般質問の通告の段階(筆者注=平成28年8月24日)では、(山川さんが横領を認めて謝罪し、お金を返せば)刑事告訴をとりやめる可能性があった」

 この供述によれば、同年8月22日に朝木から示談書を受け取った清水は、質問通告の締め切り期日である同年8月24日までに(締切日に合わせて)山川から署名捺印を取り付けるつもりだったことがうかがえる。当然、このことは朝木の要望でもあったのだろう。通告の締め切りに間に合えば、「山川は寿会での横領を認めて謝罪した」と、質問通告書に堂々と記載することができるのである。

 しかし現実には、清水の何かの事情によって日程の調整ができず、調印のための会合は同年8月25日にずれ込んだもののようだった。ただ、調印のための会合は通告締め切りには間に合わなかったものの、朝木の一般質問には十分に間に合う時期に設定された。

 清水が山川に示談書を示し、山川が署名に応じていれば、「刑事告訴をとりやめる可能性があった」と朝木は供述している。言い換えれば、山川が示談書に署名捺印しなければ、多摩湖寿会は山川を刑事告訴するつもりだったということになる。朝木がいうように、多摩湖寿会として本当にそんな意図があったのか。

 同年8月25日、山川が示談書への署名捺印を拒否したのに対し、多摩湖寿会が山川を刑事告訴した事実はない。この事実は、多摩湖寿会として、山川が「横領を認めて謝罪する」趣旨の示談書に署名すれば刑事告訴はしないなどという考えなどなかったことを示している。したがって、示談書の目的は山川を告訴するか否かを決定しようとするものではなかったということになる。

 すると、「寿会の役員からも『もう一度、山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべきだ』という慎重な意見が出ているとのことであり」とする示談書の作成に関する朝木の供述はなぜこれほど事実と矛盾しているのだろうか。その理由は、朝木が示談書の本来の目的を隠そうとしているからであるとみるべきではあるまいか。示談書の本当の目的は、山川に「横領」を認めさせることにあった。少なくとも、そのような趣旨の文書を形として残すことにあったのではないのだろうか。

 朝木、清水、大野らの陳述書に現れた事実を総合すると、朝木が示談書を作成した目的は、当然、今度こそ山川を告訴するためだった――こうみるのが自然であるように思われる。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第67回
こじつけの作成理由

 誓約書を交わしたにもかかわらず、また本来は示談を持ちかける側ではない清水が、あえて示談書を作成する必要があると考えたのはどういう理由によるのか。その点について清水は自分の陳述書では「まだ、正式な示談書というものは取り交わされていませんでした」としか書かれておらず、なぜ示談書が必要だったのかについては明言していない。

 ところが朝木は、示談書を作成した理由について次のように供述していた。

「山川さんを刑事告訴することについては、寿会の役員からも『もう一度、山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべきだ』という慎重な意見が出ているとのことであり、澄江さんから私に、示談書を作成してくれないかとのご依頼がありました」

 示談の当事者である清水が示談書を作成する理由について自らはいっさい述べず、朝木が清水から聞いた話として供述するのか。不可解というほかない。

 朝木の陳述書には上記の供述以前に「刑事告訴」の文言はいっさい登場しておらず、この文言は唐突に出てきたものである。平成28年8月17日に行われた寿会の会合の中で上記の朝木の供述のような話し合いがあったとすれば、清水や大野の陳述書の中に「刑事告訴」の文言が出てくるのが自然と思うが、清水、大野、加藤の陳述書の中には、刑事告訴について検討された旨の供述はおろか「刑事告訴」の文言さえ一言も出てこない。

 誓約書を交わしたあと、清水が示談書に調印させようとした平成28年8月25日までの間に関しても同様である。また「横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない」とする方針の下で示談書が作成されたとすれば、同年8月25日、清水から山川に対してその旨の説明がなされるのが当然である。しかし当日、清水から山川に対して「横領を認めて謝罪する」旨の示談書に署名捺印すれば刑事告発はしないとする説明はなかった。

 これらの事実は何を意味するだろうか。上記の示談書作成の前に寿会内で「刑事告訴」が検討されたかのような朝木の供述は、不自然きわまる示談書の作成の理由をこじつけるための方便としてひねり出されたものにすぎない――そうみるのが自然である。

自ら虚偽を明らかに

 その証拠に、朝木はその後の平成28年11月30日、一般質問で東村山市長に対して「山川を刑事告発すべき」と主張した後、傍聴席にやってきて、清水にこう話しかけた。

「(市長が告発をやらないから)こっちで告訴するしかないよ」

 朝木は陳述書で清水から聞いた話として「(示談書で)横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない」とする趣旨で示談書を作成したという。その示談書に山川は署名しなかった。しかし、その時点で寿会は告訴をしていない。その一方で「東村山市が告発しないからこっちで告訴するしかない」と発言するとはどういうことなのか。

 朝木は陳述書で山川が示談に応じるか否かにかかわらず、多摩湖寿会の会計問題を議会で追及することを決めたと供述している。その最終目的が、東村山市長に山川を刑事告訴(あるいは告発)させることだったことは平成28年11月30日に行った一般質問の内容からも明らかである。

 東村山市に山川を告訴させるためには、「多摩湖寿会において山川による犯罪行為(横領)があった」ことを市に認識させなければならない。「横領」という犯罪行為を確かな根拠をもって立証するのは簡単なことではない。しかし、わかりやすい方法が1つあった。それが山川に、「横領を認めて謝罪する」との文言が記載された示談書に署名捺印させることだった――こういうことではなかっただろうか。

示談書の本当の狙い

 朝木が今回の会計問題を最初に議会で取り上げたのは平成28年9月議会である。同議会の一般質問の通告期限は同年8月24日だった。清水が山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わしたあと、朝木に最初に会ったのは同年8月21日である。

 朝木にとって、同年8月24日の質問通告締め切りまでに、山川に「横領を認めて謝罪する」とする内容の示談書に署名捺印させるのがベストだった。そうなれば、朝木は堂々と「山川は横領を認めている。この示談書がその証拠だ」と議会質問の中で断定することができる。これが朝木の思惑だったのではあるまいか。

 だから朝木は、質問通告に間に合わせるために、示談書の作成を急いだ。朝木が清水から「依頼された」という示談書を、その翌日の同年8月22日に届けたのにはこのような背景事情があったのだと推測できよう。

 示談書に調印させるために清水が設定した日程は、何かの事情で、朝木の思惑に反し、同年8月25日にずれ込んでしまった。しかし、質問通告の締め切りは過ぎたが、通告はしていなくても、「横領を認める」とする示談書に山川が署名捺印したという事実があれば、「山川は横領を認めている」と主張することはできる。朝木が一般質問で「山川は寿会の金を横領した」と主張するには十分な材料となっていただろう。

 同年12月議会で朝木が山川を告発するよう迫ったのに対し、市長は「本人も横領を否定している」などとして告発の意思がないことを明言した。これは一般に、「横領」を認定するには本人がそれを認めていることが必要とされていることをふまえた答弁である。

 朝木もそのことを知っていた。だからこそ一般質問の前に、「横領を認めて謝罪する」旨が記載された示談書に署名捺印させたかったのだろう。市長に告発を迫るには、平成28年12月議会に間に合えばそれでよかったはずである。

示談書はワナか

 平成28年8月21日に清水が朝木に会ったとき、すでに「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書が交わされていたこと、その後、寿会役員の間で示談に関する話し合いが行われていた形跡がいっさい存在しないこと、誓約書の当事者である山川、新役員の大野、前会長の加藤が、調印の当日まで示談書の内容をいっさい知らなかったこと、そもそも示談書の内容が誓約書を反故にするものであること――これらの事実を総合すれば、「『山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべき』との理由で示談書を作成した」とする朝木の供述を信用するには無理があるというほかない。

「横領を認めて謝罪すれば刑事告訴はしない方針だった」という話が事実なら、示談書への調印前に、清水から山川に対して相当の事情説明なり相談がないはずがない。しかし山川には示談書の内容はいっさい知らされず、しかも調印の日程を知らされたのは当日の昼という差し迫った時間だった。つまり、示談書は多摩湖寿会が今回の事態を収めるためのものなどではなく、山川を犯罪者に仕立て上げるため、告訴告発のためのワナだった可能性がきわめて高い。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第66回
誓約書を反故にする示談書

 平成28年8月17日、清水は山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わしたあと、4日後の同年8月21日、多摩湖ふれあいセンターで朝木と会い、それまでの経過を説明した。誓約書の内容からすれば、山川による不適切な会計処理の問題は、山川が簿外で保管していた金を返還したこと、および誓約書を交わしたことによってすべてが終結したものとみることができた。

 ところが、清水が朝木と会った翌日の平成28年8月22日、朝木は山川が「横領を認めて謝罪する」とする条項が記載された示談書を作成し、清水に届けた。示談書は誓約書の内容を覆すものにほかならない。

 誓約書には「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」と書いてある。一方、加藤によれば、示談書には山川が「横領を認めて謝罪する」との文言があったという。

「横領を認めて謝罪する」とはすなわち、寿会側(清水澄江会長側)が山川に対して「金銭的な内容」について追及し、山川がこれに応じたということを意味する。誓約書を交わしたわずか4日後に、清水は上記の示談書を作成しようとしていた。

 示談書の内容が誓約書の条項に反するものであることは、誰が見ても明らかである。誓約書の内容を否定する示談書を作成することを、寿会の役員がそうやすやすと受け入れるだろうかという疑問が出てくるのは、常識的にみて、むしろ当然ではあるまいか。少なくとも誓約書の当事者である山川が、その内容を覆す内容の示談書の作成に同意することは考えられなかった。

あり得ない「話し合い」

 誓約書を交わしたあと、「役員の間で示談書について話し合いが行われた」と清水は供述する。それが仮に事実だったとしても、それ以前に「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わしている以上、その「話し合い」には当然、示談書の当事者である山川をはじめ、前会長の加藤も立会人の大野も参加させなければならないのではあるまいか。

 ところが、誓約書の重要な当事者である山川も前会長の加藤も、大野もその「話し合い」には参加しておらず、その内容についてはもちろん、そんな「話し合い」が行われたことすら知らなかった。こんな理不尽な「話し合い」があり得るだろうか。

知っていたのは2人だけの可能性

 示談書の内容について、清水が指定した調印当日まで、清水以外の出席者の誰もがその内容を知らなかったとはどういうことを意味するだろうか。確かなのは、調印日以前に示談書の内容を知っていたのは、示談書を作成した朝木と、朝木に示談書の作成を依頼した清水だけだということだった。

 すると、最も考えられるのは、清水の供述する誓約書後の役員間での「話し合い」など存在しなかったのではないかということである。誓約書から4日後の平成28年8月21日に清水と朝木が会ったことは疑いがない。その場で清水が朝木に示談書の作成を依頼し、朝木は翌日の同年8月22日に作成した示談書を清水に渡した。

 この事実から確かなのは、少なくとも清水と朝木だけは示談書の作成とその内容について話し合ったということであり、朝木が作成する前に、この2人だけは示談書の内容を知っていたということである。さらに、この2人以外に、平成28年8月25日以前に示談書の内容を知っていた人物の名前はどこにも出て来ず、「話し合い」なるものが、いつ、どこで、誰が出席して行われたのか、まったく明らかにされていないということだった。

 誓約書を交わしたあと、清水が朝木と会ったのは平成28年8月21日、多摩湖ふれあいセンターだった。2人が会った日と場所がこれほど明らかである一方、役員間の「話し合い」がいつ、誰が集まり、どこで行われたのかまったく明らかにされないとはどういうことであると判断すべきか。

 清水、朝木、大野、加藤の供述に現れた事実を総合すると、多摩湖寿会の役員が集まって示談書に関する「話し合い」が行われた事実など存在しないと判断するほかないのではあるまいか。そもそも、「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わした直後に、それを反故にする示談書を作成する必要があるなどと誰が考えようか。つまり、誓約書の内容を反故にする内容の示談書を作成することを相談し、決定したのは清水と朝木の2人であるという結論にならざるを得ない。

「示談書」の意味合い

 そもそも示談とは、裁判に訴えられる可能性のある者が、裁判になるのを避けるために話し合いで解決できないかと相手方に持ちかけるものである。つまり寿会の場合をみると、不適切な会計処理をした山川の側が持ちかけたというのならまだわかる。ところが有利な立場にあるはずの寿会の側が示談書の作成を求めるとはどう考えてもおかしな話なのだった。

 するとこの「示談書」はどういう意味を持っているのだろうか。多摩湖寿会で起きた会計問題について、平成28年8月17日、東村山市は「問題ない」との見解を示し、寿会の清水会長らと山川らとの間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」との誓約書を交わした。

 この会計問題は、本来なら誓約書によってすべて終結したはずである。しかし「これではまだ終わっていない」というのが示談書の意味合いではあるまいか。示談書が作成される経過の中に、「まだ終わりではない」、あるいは「これで終わらせるわけにはいかない」という強固な意思を秘めた者がいたということと理解できた。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第65回
すでに出来上がっていた「示談書」

 山川の供述によれば、平成28年8月25日夜、清水はカバンから示談書を取り出すと集まった関係者に配布し、山川に対して署名捺印を求めたという。示談書はすでに出来上がっていたということであり、大野宅における会合は話し合いの場ではなかったということになる。

 寿会前会長の加藤幸雄は、清水から「山川さんの……会計処理問題について、現役員らとしては、正式な示談書を作って終わりにしようということになったとのことで……」との連絡を受けたとして、誓約書の当事者である加藤自身は清水のいう示談書についての「話し合い」にはいっさい関与しなかったことを明らかにしている。その上で加藤は、大野宅での状況について次のように供述している。

「示談書に、山川さんが横領を認めて謝罪する、との文言があり、山川さんが、横領でない、寿会のためにお金を貯めていたのだなどと言い出し、署名押印を拒否しました。山川さんが示談書への署名押印を拒んだため、清水さんら新役員は、これでは示談はできない、として帰ってしまいました。」

 示談書を見せられた山川が「横領はしていない」として署名捺印を拒否したとする状況は山川の供述と一致している。加藤の上記の供述からは、山川がすでに出来上がっていた示談書を突きつけられたこと、山川が署名捺印を拒否すると、清水は「これでは示談はできない」と何の説明も話し合いもしないまま帰っていったことが明らかである。つまり、清水にとって大野宅での集まりは示談書に何を盛り込むか等の話し合いの場ではなく、山川に署名捺印させるためだけのために設定された会合だったということである。

何も知らなかった加藤と大野

 山川に示談書への署名捺印を拒否された清水が帰ったあと、前会長の加藤は山川、大野とともに大野宅に残っていた。大野はそのとき山川に、「示談書に捺印するよう説得した」と供述する。加藤もまた「その後、私と大野さんで、山川さんに対して、示談書への署名押印をするよう説得を試みました」と供述する。しかし加藤は具体的にどう「説得」したのかについては言及していない。

 大野同様、加藤も、清水が供述する寿会で行われた示談書に関する話し合いには参加しておらず、示談書に記載された内容に盛り込まれた当事者の意思や趣旨についていっさい知らなかった。誓約書の当事者でもあった加藤は示談書においても当事者だったのだろう。すると、加藤の立場からすれば、清水から渡された示談書の内容について、どんな経緯でこの内容になったのか聞くのが当然だろう。

 清水としても、示談書の当事者から内容について聞かれれば答える義務がある。しかし加藤自身はもちろん、清水や大野の陳述書には、大野と同じく加藤が示談書の趣旨等について清水に聞いたという供述はない。加藤は当事者であるにもかかわらず、清水からいわれるままに署名捺印するつもりだったのだろうか。

 示談書の内容についても目的についてもなんら聞いていない加藤が、山川にいったい何を「説得」するというのだろうか。大野同様に、これでは加藤が山川を「説得」する根拠はない。それに山川を「説得」するのなら、清水がいるときにしなかったというのは不自然だった。これらの事実を総合すると、清水が帰ったあとで加藤が山川を説得したという供述は信用できないという結論にならざるを得ない。

知らせたくなかった可能性

 前会長の加藤と寿会の新理事で、立会人である大野が、調印を行いたいというその夜に清水から示談書を渡されるまでその内容を知らなかったことは明らかである。重要な当事者であるこの2人が知らない示談書の内容を、それでも他の役員は知っていたとは、常識ではとうてい考えられなかった。

 すると当然、清水が供述する示談書に向けた「話し合い」などなかったのではないかという疑いが、かなりの信憑性をもって浮上してこよう。清水にとって最も重要な当事者である山川に対して示談書の必要性を伝えず、さらには調印するという当日の昼まで調印の日時を知らせなかった事実からすると、山川に対してギリギリまで示談書の内容を知らせないつもりだったのではないかとさえ思える。

 山川に事前に内容を伝えず、調印の日時をギリギリになるまで知らせなかったのは、清水は山川の署名捺印だけが欲しかったということと理解すべきだろう。清水にとって、山川が内容をよく理解しないまま署名捺印してくれればそれでよかったのである。示談書には山川が「横領を認めて謝罪する」とする条項が記されていた。山川が署名捺印すれば、一応、山川が「横領を認めた」と主張できる文書が残ることになる。

 示談書の内容を山川に事前に知られないためには、誓約書の立会人である大野と前会長の加藤にも知らせない方がいい。大野や加藤、あるいはそれ以外の役員の口から山川に情報が洩れる可能性がないとはいえない。

 こうして清水は、山川はもちろん、調印の場所を提供した大野や前会長の加藤にさえ知らせないまま、示談書の調印を決行しようとしたのではあるまいか。山川に判を押させるために、山川だけでなく、大野をはじめとする役員にもいっさい知らせない作戦でいくことは、当然、示談書を作成した朝木も承知していたのだろう。

 ただ、清水が示談書の内容を山川だけでなく大野、加藤にまで知らせなかった理由は、それだけだったろうか。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第64回
いきなり署名捺印を要求

 平成28年8月25日夜、山川は仕事を終えて大野宅を訪ねた。もちろんこのとき山川は、清水が自分だけには直接連絡してこなかったことなど知らなかったし、連絡がギリギリだった理由など考えもしなかった。山川の頭にあったのは、示談書の内容は具体的にはわからないものの、とにかく今夜の会合ですべてが片付くということだけだった。

 大野宅にはすでに加藤前会長と新役員の神山が来ていた。その後の様子について山川は次のように供述している。



(大野宅での状況①)

 間もなく清水さんが清水昇さんといっしょにやってきました。清水さんはすぐにカバンから示談書を取り出して出席者全員に配り、私に対して「署名捺印をお願いします」と言いました。この間、清水さんから私に対しても他の出席者に対しても、改めて示談書を取り交わす理由やその内容について説明はありませんでした。



 少なくとも山川、大野、前会長の加藤は示談書の内容はいっさい知らされていない。仮に清水が示談書を配布した時点で他の役員がその内容を知っていたとしても、示談書の当事者である山川および加藤、立会人で調印の場所を提供した大野に対しては、誓約書の上に示談書を作成することになった経緯とその内容について説明しなければならないだろう。ところが山川によれば、清水は示談書を配布しただけで何も説明せず、山川に対していきなり署名捺印を求めてきたというのである。

示談書を回収した清水

 署名捺印を求められた山川は、示談書に目を走らせるとすぐに署名を拒否した。示談条項の中に「山川は横領を認めて謝罪する」旨の記載があることが確認できたからだった。誓約書の時点で横領を否定しているのだから、山川がそのような記載のある示談書の署名に応じないのは当然だった。

 このとき山川は、示談書をあらためて作成することおよびその内容についてなんらの説明もなかったこと、この日の連絡がぎりぎりになされた理由を理解した。清水は山川に、事前に検討の時間を与えず、いわれるがままに署名捺印させられる状況を作り上げようとしていたのではないか――そう考えるのが自然なように思われた。

 山川が「横領はしていないのでこの示談書には署名できない」と拒否しても、清水から誓約書以降に行ったという役員間の「話し合い」やその内容等について説明はなかった。それどころか、清水は「一方的に怒り出し」(山川)、すぐに出席者に配布していた示談書を回収すると、清水昇とともに大野宅から出ていったのである。

 清水は山川や加藤、大野からは事前に意見を聞いていなかったのだから、すぐに回収などせず、役員間で行った「話し合い」について説明した上で、いったん持ち帰って検討してもらうなどの対応もできたはずである。しかし怒って帰るとは、ことが思うように運ばなかったことに苛立ったようにしか思えない。

示談書の狙い

 朝木は清水から聞いた話として示談書について次のように供述している。

「山川さんを刑事告訴することについては、寿会の役員からも『もう一度、山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべきだ』という慎重な意見が出ていたとのことであり、……」

 しかし、何の説明もなしに署名を求めた清水のやり方は、とうてい「示談をもちかけてみる」というようなものとはいえない。それが清水1人の考えによるものでないのなら、当然、寿会役員の総意によるものであるとの説明があってしかるべきではあるまいか。しかし、清水の口からそのような説明はなかったのである。

 すると、この夜、清水は山川に示談書の詳細を知らせないまま、強引に署名捺印をさせようと考えていたのではないか――そう疑われても仕方があるまい。当然、その場合には、朝木の上記の供述も信用性が疑われることになる。

 平成28年8月25日夜、山川が示談書の中身も読まず、清水からいわれるままに署名捺印していれば、山川は「横領」を認めたことになっていた。それが、清水と朝木の狙いだったのだろうか。

大野の「説得」は事実なのか

 清水が出ていったあと、大野宅には大野のほか、山川と前会長の加藤が残された。そのとき大野は「加藤前会長と私とで、山川さんに対し、示談書に署名押印するよう説得を試みました」とし、次のように供述している。



(山川を「説得した」とする大野の供述)

 私は、山川さんに、「目的が別であっても、(寿会の役員の)誰にも言わないで、帳簿の外に会のお金を持っていた、それを横領と言うんだよ。」と説明し、この不正会計処理の問題について収めるには山川さんが示談書に署名押印するしかないのではないか、と改めて説得しましたが、山川さんはこれに応じず、帰ってしまいました。



 この大野の供述に対して、山川は次のように反論している。

「清水さんがいなくなった会合の場で、大野さんは私に『示談書は初めて見た』と言いました。誓約書を作成した際の立会人であり、新役員(理事)でもある大野さんが、示談書の内容について清水さんが配布するまで見ていなかったというのです。大野さんは私にこの示談書に『署名押印するよう説得した』と言っていますが、この日示談書を初めて見た大野さんが私を説得できるはずがあり得ませんし、そのような事実もありません」

 清水から示談書の調印場所を提供してほしいと連絡を受けた状況に関する大野の供述からすれば、大野が示談書の「話し合い」に参加していなかったのは明らかである。示談書の内容や経緯を知らない大野が、示談書に署名するよう山川を説得する立場になどあるはずがなかろう。

 また、この日まで示談書の内容さえ知らせず、署名を拒否されたあとになって署名の説得をするとは、本末転倒もはなはだしいというべきではあるまいか。説得する必要があるというのなら、示談書を作成するよりも前の段階、清水が行ったと主張する役員の「話し合い」の場で行うのが常識だろう。

「清水が帰ったあとで説得した」という話も不自然である。清水がいるときに説得すればよかろう。山川を「説得した」とする上記の大野の供述は信憑性に欠けるものというほかない。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第63回
何も知らなかった立会人

 多摩湖寿会新理事の大野清吉は、立会人として誓約書を交わす場に立ち会ってから「数日後」(=大野の供述)に会長の清水澄江から受けた連絡の内容について次のように供述している。

「山川さんの不正な会計処理について、きちんと示談書をつくって終わりにしたい、ついては、そこに立会人として私に立ち会ってもらえないか、できれば私の家にて(平成28年8月25日の夜)示談書の調印を行えないか、と新年度の役員らが考えている旨伝えられました」

 清水によれば、示談書を作ること、その調印を大野の家で行いたいというのは「新年度の役員らが考えていること」という。大野は寿会の理事であり、理事は役員である。ところが大野は清水がいう示談に関する「話し合い」には参加しておらず、それどころか「話し合い」があったことすら知らなかったことがこの供述から明らかである。

 しかも大野は、自分が寿会の役員であるにもかかわらず、この「話し合い」に加わらなかったことについてその理由も述べない。誓約書を交わした際、大野は清水に請われて立会人を務めた立場でもあるにもかかわらず、大野はなぜ「話し合い」に加わらなかったのか。

 寿会の役員であり、誓約書の際には立会人を務めた大野が、示談書の「話し合い」の存在自体を知らされなかったとは不自然というほかなかった。「話し合い」など本当にあったのかという疑念が生じたとしても仕方があるまい。

不可解な無関心

 また大野は、清水から示談書の調印の話は聞いたが、その中身について何らかの説明を受けたとも、自ら確認したとも、それをうかがわせる供述はいっさいしていない。内容については聞いていないということと理解していいのではあるまいか。

 そもそも誓約書は、大野が「(山川さんがやった)行為自体は1円でも横領、詐欺だよ。収めるには不祥事として、(山川さんが事実を)認めて頭をきちんと下げれば(清水澄江会長ら)現執行部も話し合いに乗れるんだから」と発言したことをきっかけに作成されたことになっている(清水らの供述による)。しかし、誓約書には「山川が横領を認めて謝罪する」旨の内容が盛り込まれておらず、「正式な示談書を取り交わす必要があるのではないか」ということになったと清水は供述している。「正式な示談書」とは、「山川が横領を認めて謝罪する」旨の内容が盛り込まれたものという趣旨であると理解できよう。

 つまり清水や大野の供述によれば、示談書の作成に至る一連の経過のきっかけは「大野発言」にある。ところが清水は、大野に場所の提供は求めても、示談書の内容は話さなかったようである。一方、問題解決に向けた道筋を最初に提案し、誓約書の立会人も務めた大野もまた、最終的な決着点であるはずの示談書の内容について清水に問いかけもしなかった。

 山川に対して「「(山川さんがやった)行為自体は1円でも横領、詐欺だよ」といった人物なら、当然、誓約書の内容にも不満を持っていておかしくない。とすれば、その大野が示談書の作成に向けた「話し合い」が行われたこと自体を知らず、さらに示談書を作成することを知らされてもなお、その具体的中身について清水に聞きもしないとは、ますます不可解というほかなかった。示談書に対するこだわりにおいて、清水と大野の間にはそれほど大きな差があったということのようだった。

 なお、清水から示談書に関する連絡を受けた時期について、大野は「8月17日の後、数日してから、私は清水澄江さんから連絡を受けた」と供述するのみで、正確な日時についてはなぜか明言しなかった。

 誓約書で山川と並んで清水の相手方だった前会長の加藤は、8月25日の会合について「8月17日の会合後、清水さんから連絡を受けた」と供述している。その際、清水は「新役員らとしては、正式な示談書を作って終わりにしようということになった」と説明したという。しかし加藤もまたその中身について聞いたとは供述しておらず、清水からの連絡がいつだったのか、具体的な日時は述べない。

間接的な連絡

 さらに不可解なのは、大野が清水から連絡を受けた時点で、山川は示談書について何も聞かされていなかったことである。山川は大野から連絡を受けたのである。大野は清水から山川に連絡するよう依頼されたのだろう。大野から連絡を受けた状況について山川は次のように供述している。



(山川が供述する「大野から連絡を受けた状況」)

(誓約書から)1週間後の平成28年8月25日昼ごろ、大野さんから電話がありました。大野さんは「清水さんから示談書を取り交わしたいという連絡があった。ついては、今夜自宅に来てもらえないだろうか」というのです。大野さんから示談書の内容について説明はなく、私も職場だったので、「誓約書の内容がさらに確実なものになるのなら」と思い、「仕事の帰りなら伺えます」と回答しました。



 驚いたことに、示談書の最も重要な当事者である山川に、調印したいという日時の連絡があったのは当日の昼だった。夜の予定を押さえるのに、その日の昼に連絡してくるとは急な話だが、大野はなぜ当日の昼まで連絡しなかっただろうか。忘れていたのか、非常識なのか。

 示談書の内容について大野から説明はなかった。大野としても、清水から聞かされておらず、確認もしていないのだから、説明を求められても答えられるはずもなかったのだが。

 誓約書とは異なる新たな内容を盛り込んだ示談書を作成するということになれば、普通なら事前に当事者である山川に何の連絡もないということはあり得ないし、まして昼に連絡してきてその夜に調印ということもあり得ない。だから、山川としては、すでに誓約書を交わしているという安心感から、清水がいってきたという示談書なるものは、自筆で書いたものを活字できれいに書き直す程度のものと考えたのだろう。

 ところで、清水は大野と山川と並ぶ相手方である加藤に対しては自分で連絡したにもかかわらず、山川への連絡だけはなぜ自分でしなかったのか。仮に電話した際に示談書の趣旨について山川から聞かれた場合、答えられるのは清水しかいない。清水は山川から質問される可能性があるとは考えなかったのだろうか。

 通常、これほど重要な連絡を、事情も知らない者に依頼することはあり得ない。そう考えると、むしろ清水は山川からなんらかの質問をされる可能性があると考えたがゆえに、あえて自分では電話しなかった、事情のわからない者に連絡させたということだったのかもしれない。とすれば、当日の昼に連絡したことも同じ理由で説明がつくのではあるまいか。

(つづく)
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