ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

『聖教新聞』事件 第69回(最終回)
傷つけられた信頼

『聖教新聞』記事と千葉の広報の間に因果関係を認めた東京地裁の判断は、千葉の責任すなわち捜査結果を前提とする千葉の広報そのものの是非が問われるということでもある。千葉には自らの職務行為について公の場で黒白をつけたいという思いもあった。自分が行った広報内容と記事との因果関係を否定しなかったのは、千葉の自信と捜査に関わった捜査員らに対する信頼と誇りの現れでもある。

 かつて千葉の自信とプライドは、政治家とその圧力を受けた警察組織によってズタズタに踏みにじられた。明代の転落死事件は、「事件性は薄い」とする千葉が公表した見解に変化のないまま、9月下旬の時点であとは書類を送致するだけという状況になっていた。ところが書類送致のゴーサインは出なかった。

 その理由は、平成7年11月初旬に発売された『週刊朝日』の中にあった。当時の自民党組織広報本部長だった亀井静香が〈「東村山市議転落死事件は調べ直せ」〉というタイトルで登場し、こう述べていたのである。

〈東京東村山で創価学会に批判的だった女性市議が転落死しました。私は、どこの誰がやったなどというつもりはありません。でも、警察庁長官や警視総監には「これをたんに自殺事件として片づける度胸はあるのか」といいました。……警察も継続して捜査しているはずです。〉

 亀井は警察庁や警視庁を威圧し、国会では自民党代議士が「捜査がいまだ不十分であるにもかかわらず、自殺と決めつけている」と千葉を名指しで非難した。ところが、当時の警察庁刑事局長は、不当な政治権力の介入を阻止すべき立場であるにもかかわらず、捜査の現場を守るどころか国会議員にへつらい、「今後、自殺・他殺の両面を視野に入れ、早期に捜査を遂げるよう努めているところ」(趣旨)などと答弁したのだった。警察行政のトップが政治権力の前にひざまずいたのである。

 刑事局長の答弁は現場の信頼を裏切り、捜査結果を曲げるものというだけにとどまらなかった。「自殺」の判断に待ったをかけるということは、結果として万引き被害者の申し立てに疑念を差し挟むものにほかならない。千葉にとって国会議員の質問と刑事局長の答弁は受け入れがたいものだったことは想像に難くない。

 捜査当局に政治家が圧力を加えようとしていることを、すでに早い段階で矢野は知っており、国会質問がなされるやいなや、それを「他殺疑惑」の宣伝に利用した。国民の代表である国会議員が捜査に疑義を呈するとは、矢野にとってこれほどの宣伝材料はなかろう。少なくとも現実に、国会質問と警察庁刑事局長の答弁はみごと矢野に利用されたのである。

 亀井や国会議員の主張や警察庁刑事局長の答弁内容に正当な理由があったのかどうか。千葉に対する東京地裁の判断はそれに対する最初の公的かつ客観的な判断ということになろう。千葉が自らの広報内容と記事の因果関係を否定しなかったのはもちろん、国会議員や警察上層部の対応を質すことが目的だったのではない。しかし結果として『聖教新聞』裁判は、東村山署の捜査を非難した者たちの主張の是非が問われる場ともなったといえる。

千葉に対する判断

 千葉の広報について東京地裁はどう判断したのか。東京地裁は次のように述べた。

〈千葉副署長は、東村山署の広報担当官として、本件窃盗被疑事件については検察官送致をなした段階で、また本件死亡事件については初動捜査を終え、警察内部で討議を終了した段階で、……予め署長の許可を得て用意した広報案文に基づいて、本件各事件の捜査進行状況につき客観的事実経過を広報したものであって、本件各事件につき実施された捜査の内容、広報時点で把握できていた状況証拠等の客観的状況からみても、……千葉副署長に故意又は過失を認めることはできない。〉(筆者注=なお控訴審判決も、上記部分について一部文言の変更はあるが、趣旨としては一審と変わりがない)

 こう述べて東京地裁は、千葉に対する矢野らの請求を棄却した。東京地裁が、千葉が行った広報の違法性を否定しているだけでなく、〈本件各事件につき実施された捜査の内容、広報時点で把握できていた状況証拠等の客観的状況からみても〉という文言から、その内容についても違法性を否定していることがわかる(東京地裁は具体的な捜査内容についてはすでに事実認定しており、上記の「本件各事件につき実施された捜査の内容、広報時点で把握できていた状況証拠等の客観的状況」とはそのことを示している)。

 本件裁判で矢野が提訴したのが『聖教新聞』だけで、千葉を提訴していなければ、東京地裁が東村山署の捜査内容の正当性にまで言及することはなかった。矢野は千葉を提訴したことで、捜査内容とその結論(明代の万引きは事実で、転落死は「自殺」だった)が正当なものであることを改めて確認しただけだったということになる。矢野は控訴したが、控訴審の判断も一審と大きく変わるものではなかった。

「明代の転落死は自殺」とする結論が否定されなかったということは、当然、明代の万引き事件で矢野が主張したアリバイも虚偽であることが認定されたに等しい。矢野は少なくとも、アリバイ工作と被害者に対する隠蔽を目的とした威迫行為の共犯だったのである。

過ちを認めた白川勝彦

 千葉が明代の万引き事件について広報したのは平成7年7月12日、自殺について広報したのは平成7年9月2日である。その広報内容は、平成7年12月22日に東村山署が記者会見を開いて行った正式な発表においても変わらなかった。この事実もまた、千葉が行った広報の内容(すなわち捜査内容)が少なくとも不当なものではないことを示していた。

 その1カ月前に亀井静香や他の自民党国会議員が行った千葉に対する非難がいかに事実に反するものだったかがわかろう。亀井はもともと警察官僚であり、捜査情報は警察上層部から入手できる立場にあった。亀井は東村山署の捜査状況を把握した上で、警察庁長官と警視総監に対して「これを自殺として片づける度胸があるのか」と迫ったのだろう。朝木事件を新進党(=公明党)攻撃に利用するためだった。しかし、千葉に向けられた政治家たちの非難がいかに不当なものだったかがこの判決によってあらためて裏付けられたといえる。

 判決から数年後、千葉は東京地裁の1階ロビーで、元自治大臣で国家公安委員長だった白川勝彦に遭遇した。明代の転落死をめぐり、亀井静香の下で千葉に対して「捜査員の宗派を名乗れ」などの圧力をかけた人物である。

 千葉はすぐに白川に近づき、「『東村山事件』当時の東村山警察署の副署長、千葉でございます」と名乗った。すると白川は当時のことをすぐに思い出し、驚いたような表情をみせた。千葉は間髪を入れずこう聞いた。

「先生は今でもあの事件を『他殺』だと考えていらっしゃいますか?」

 すると、かつてあれほど「(創価学会による)謀殺」を主張していた白川は、一言だけ、こう答えたのである。

「捜査は客観的証拠に基づかなければなりません」

 と。もう白川の口から「謀殺」の文言は出なかった。「謀殺」なる主張には「客観的証拠」など存在しないことを白川が認めたということにほかならなかった。

(了)
TOP
『聖教新聞』事件 第68回
広報と記載の表現に乖離

 次に東京地裁は、東村山署の捜査とそれに基づく結論(明代の万引きの事実を認定し、転落死には「犯罪性はない」と結論付けたこと)を広報した際の千葉副署長の発言と『聖教新聞』記事の因果関係について検討している。発言と記事との間に因果関係が認められないと判断されれば、その時点で千葉副署長に対する請求は棄却あるいは却下されることになろう。

『聖教新聞』記事は千葉の発言として、万引き事件については〈(朝木明代は)同僚の男性議員(矢野)とアリバイ工作をした疑いも濃く〉と記載し、転落死については〈飛び降り自殺した可能性が極めて高い〉と記載している。それに対して、千葉副署長の発言内容がどのようなものだったかについての東京地裁の認定は以下のとおりだった(いずれも趣旨)。

〈(千葉は、万引き事件に関して)単に「捜査の結果アリバイは信用できない」との発言をしたのみであった〉

〈(千葉は)本件死亡事件に関して、「現場の状況、関係者からの聴取及び検視の結果等から事件性は薄いと認められる」との発言をしたにすぎないことが認められる。〉

 この認定の限りでは、記事の表現と千葉副署長の広報内容には開きがあるように思える。「アリバイは信用できない」という文言は、あくまで厳密な意味としては、それが企図されたものかどうかについて千葉は断定しておらず、「矢野と明代のたんなる記憶違いだった」という可能性を否定するものではない。したがって「アリバイは信用できない」という文言は、ただちに「アリバイ工作」を意味するものではない。また「事件性は薄い」という表現は「事故」の可能性を完全に排除するものではない。千葉の広報はいずれも意味を限定せず、解釈の幅を持たせたものだった。

「アリバイ工作」の表現を容認

 したがって、本件裁判において千葉は、『聖教新聞』の記事は広報内容とは文言も異なるから、広報内容は記事との因果関係がないとして却下を主張することもできた。ところが証言台に立った千葉は、「アリバイ工作」とする表現について、〈「アリバイは信用できない」と発言すれば、取材記者によっては「アリバイ工作をした」と受け取られてもやむを得ない〉と述べ、「事件性は薄い」とする表現についても、〈「事件性がない」とは要するに「明代が飛び降り自殺をした可能性が高い」と判断していた〉と述べた。

 アリバイ主張の文言について、「取材記者によっては『アリバイ工作をした』と受け止められる可能性がある」ではなく、あえて「取材記者によっては『アリバイ工作をした』と受け止められてもやむを得ない」といい、転落死について「事件性は薄い」と広報したことについても、千葉は証言台ではあえて「自殺をした可能性が高い」と広報内容を超えた表現をしている。

 千葉のこの供述は、自分が行った広報内容と記事との因果関係を否定するのではなく、暗に『聖教新聞』が記載した表現を追認し、支援するものにほかならなかった。千葉もまた、創価学会が矢野と朝木による「疑惑」宣伝の被害者であると認識していた。東京地裁は千葉の上記の供述に対し、「東村山署の見解として、『アリバイ工作をした』あるいは『飛び降り自殺をした』と書かれることは十分に予見しており、それをも容認していた」ものと認定した。

〈「アリバイは信用できない」と発言すれば、取材記者によっては「アリバイ工作をした」と受け取られてもやむを得ない〉と述べ、〈「事件性がない」とは要するに「明代が飛び降り自殺をした可能性が高い」と判断していた〉と千葉が法廷で供述したことは、自ら現場で指揮した捜査の結果について積極的に責任を果たそうとしていたとみることもできよう。

 積極的に取材に応じ、コメントもしていたにもかかわらず、創価学会から提訴されると、「取材も受けておらず、コメントもしていない」とすべての責任を『週刊現代』に押しつけた朝木直子とは天地の差があるというべきだろう。「万引きは冤罪」で「転落死は他殺」という主張に根拠があるのなら、記事に対する千葉と朝木の対応は逆でなければならないのではあるまいか。

因果関係に対する判断 

 また東京地裁は、千葉がすでに『聖教新聞』に情報を提供した記者の取材に応じて「明代がアリバイ工作をした疑いが濃く、また自殺した可能性が高い旨」を語っていたことを認定している。仮に千葉が上記の発言をしたことを隠そうとしたとすれば、その際に口止めしたかもしれない。しかし千葉は口止めをしなかった。この千葉の対応について東京地裁は、「その提供した情報がその他の者にも広がって記事として掲載される可能性がある」と認識していたと認定している。

 さらに『聖教新聞』記者が千葉に取材を申し入れた際には、千葉は「すでにさまざまなマスコミに出ている記者発表の内容を使ってほしい」旨要請している。したがって東京地裁は、「『聖教新聞』が記載した内容が掲載されることを千葉は予見していたものというべきである」と認定、『聖教記事』と千葉の広報との間には相当因果関係があると結論付けた。 東京地裁のこの結論は、記事の責任は『聖教新聞』のみにあるのではないというものである。捜査の結果に対して自らも責任を果たそうと考えていた千葉にとって、これはむしろ望むところだった。

(つづく)
TOP
『聖教新聞』事件 第67回
千葉副署長の広報内容

『聖教新聞』が公表した記事について千葉の責任が問われるかどうかは、記事と千葉の広報活動との間に因果関係があるか否かが前提となる。矢野は『聖教新聞』を提訴するに際して千葉も提訴した理由について、記事は千葉の発言に基づいていると主張している。記事との間に因果関係がないということになれば、当然、千葉に対する請求は却下されることになろう。

 東京地裁は千葉の広報内容について、次のように認定している(趣旨)。

(万引き事件)

 千葉は東京地検に送致した段階で署長の許可を得た上で、広報案文に基づき「書類送致月日、被疑者の住所、職業、氏名、年齢、被害者の住所、職業、氏名、事案の概要」を口頭で広報した。また千葉は、新聞記者や週刊誌の記者らが「朝木市議側は別の場所にいたとしてアリバイを主張しているが、どうか」、「政治的な陰謀という見方もあるが、どうか」などと質問したのに対して、上記案文に基づきこう答えた。

「朝木被疑者(筆者注=朝木明代。現東村山市議の朝木直子はその長女で、いまだ明代の万引きを認めようとしない)は『アリバイがあり、政治的陰謀による冤罪である』と主張して、犯行を否認している。捜査の結果、アリバイは信用できないことや目撃者が多数いることなどから、警察は朝木市議による犯行と認め、被疑者を窃盗罪で地検に書類送検した」

(転落死)

 千葉副署長は朝木明代の転落死について、初期捜査を終了した平成7年9月2日午前7時ころの時点で、検察官、検死に立ち会った医師、東村山署本部及び刑事課長らを交えて討議し、「現場の状況、亡明代の死亡直前の言動、死体の状況、関係者の供述」()などを総合して検討した結果、明代は現場ビルから転落したものであり、事件性は薄いという判断を下した。(①ビルの裏側に倒れている明代を発見したモスバーガー店長が何度か「大丈夫ですか」と聞くと明代はそのつど「大丈夫です」と答え、被害を訴えなかったこと、②同店長が「落ちたのですか」と聞くと、「違う」と答えたこと、③同店の店員が「救急車を呼びましょうか」と聞くと、「いいです」と拒否したこと――など)

 その上で千葉副署長は、署長の許可を得て広報案文を作成し、同日午前7時ころ、東村山署を訪れた新聞記者や週刊誌の記者らに対し、「本部鑑識課員等の応援を得て、事件、事故の両面から捜査中である。今後は、不明の靴やカギの発見、目撃者の発見等事実解明のため所要の捜査を行う」と広報した。また記者らがさらに詳細な説明を求めたため、千葉副署長は続けて「発覚日時、発生場所、発覚端緒、死亡者、事案経過、発見者からの聴取事項」のほか、「現場の状況、関係者からの聴取及び検死の結果等から事件性は薄いと認められる」と広報した。

継続捜査で判明した事実

 さらに、その後、東村山署が引き続き捜査を遂げた結果、以下のような事実が判明した(東京地裁の認定)。

事件発生前後に現場付近で争うような声や物音等を聞いた者がいないこと

倒れている明代が発見された場所の真上に当たるマンションの5階から6階に至る階段の手すりには外側からつかまった形の指の跡が3カ所ついているのが発見されているが、同所付近には争ったような特異な痕跡がなかったこと(筆者注=直後に現場マンションを見たある市民によれば、その手すりの外側にも線状の指の跡のようなものが下に向かってついていたという)

明代が発見されたマンション裏側の通路には隣地との境界に鉄製のフェンスが設置されているが、手指跡の真下の位置、明代が倒れていた付近のフェンスが上部から押しつぶされた形で折れ曲がっているが、仮に(矢野や朝木直子が主張するように)亡明代が何者かによって突き落とされたとすると、その場合には弧を描いて落下するから、明代のように真下に落ちることは考えられない

第一発見者が転落した明代に「大丈夫ですか」と聞くと「大丈夫です」と答えるなど、被害を訴える言葉がなかったこと、「救急車を呼びましょうか」と聞いたのに対して「いいです」と救急車を断ったこと

検視の結果、明代の遺体には他人と争った際にできる防御創傷がなかった
筆者注=矢野と朝木直子は本件裁判で、明代の上腕内側部には掴まれたような痕があると主張し、明代の司法解剖鑑定書に添付された遺体の写真を提出した。矢野らは上腕内側部の皮下出血の痕こそ明代の転落死に第三者が関与した証拠であると主張したのである。

 しかし矢野らが提出したその写真は、鑑定書の写真としてはあり得ないほど不鮮明なもので、内出血の状態を客観的に物語るようなものではなかった。言い換えれば、矢野らが「他人から掴まれた痕だ」と主張すれば、そうではないと断定もできないというような代物だった。

 のちに本物の鑑定書の写真を確認すると、その写真は鮮明なもので(考えてみれば当然である)、明代の左右の上腕内側部には上腕後方部から続く1本の輪状の内出血の痕がくっきりと残っていた。転落の際、フェンスの上部に激突してできたものと思われた。「明代はマンションの手すりに残された手指の痕の真下に、フェンス側を背にして転落し、フェンスに激突した」という東村山署の推測を裏付けるものといえた。

 ところがその一方、矢野らが主張する「他人から掴まれた痕」と思われるような内出血の痕を発見することはできなかった。その証拠に、司法解剖鑑定書には「第三者の介在が疑われる」などとする所見は存在しない。

 すると、矢野らが提出した鑑定書の写真がきわめて不鮮明だった事実は何を意味するのか。写真が鮮明なら、矢野らは「上腕内側部に内出血の痕」があるとも、それが「他人から掴まれた痕」であるとも主張できなかった。矢野らは意図的に鑑定書の写真を不鮮明に加工して提出した可能性が高かった。事実と異なる結論を導くためにあえて不鮮明に加工したとすれば、これはむしろ証拠の偽造といわれても仕方があるまい。

 そうでなければ、鮮明だった写真をわざわざコピーを繰り返し、不鮮明な状態にして提出する必要は考えられなかった。改竄の可能性もないとはいえない。矢野と朝木直子はそれほど手段を尽くし、自殺を他殺と主張しようとしていたのである。恐るべき執念というべきだろうか。)

明代が着用していた衣服の見分(筆者注=転落状況の裏付け、および第三者の介在を疑わせる状況があったかどうか。)

解剖結果(筆者注=明代の遺体に他殺を疑わせる状況があったかどうか。司法解剖鑑定書には、第三者の介在が疑われるとする所見は存在しない)

関係者の供述及び亡明代が転落現場付近を歩いているところを目撃した者の供述等(筆者注=転落1時間前には現場付近を1人で歩いているのが目撃されている)

 これらの捜査結果から総合的に判断し、東村山署は平成7年12月22日、記者会見を開き、明代の転落死事件について「他人が介在した状況はなく、犯罪性はない」と認定したことを発表した。

(つづく)
TOP
『聖教新聞』事件 第66回
提訴の意味

 東村山署の取調室で、矢野がそれまで主張していたアリバイを自ら否定したという事実経過がありながら、それから1年後に『聖教新聞』を提訴した裁判で同じアリバイを主張するなど、普通は考えないだろう。明代の万引き事件は明代の死亡により不起訴となり、万引き事件に対する地検の結論は公的には存在しない。民事裁判でのなりゆきしだいでは、「明代の万引き」をなかったことにできると矢野は考えたのかもしれない。いずれにしても、常人の発想とは思えなかった。

 こんな見方もできるかもしれない。「明代の自殺と万引きは表裏一体の関係にある」(朝木直子)。当時、矢野と朝木にとって最大のテーマは明代の自殺を否定し、「(創価学会による)他殺」を世間にアピールすることだった。明代の転落死は「他殺」と主張するためには、矢野は否応なく「万引きは濡れ衣」であると主張しなければならなかったのだと。

 しかし自ら提訴した裁判で新証拠も提出できず、(矢野の主張する)アリバイが立証できなければ、明代の万引きの事実があらためて確認されることになる。そうなれば、必然的に明代の転落死は「自殺」であることを認めることになってしまうのである。東村山署の取調室で自ら主張したアリバイを根底から否定してしまうという醜態に追い込まれた矢野が、そのことを自覚していなかったはずはない。

 矢野が万引きのアリバイを立証できる自信があれば、問題の『聖教新聞』が発行後ただちに提訴してもよかった。それどころか、「万引き犯という明代の汚名を晴らす」といっていたことを考えれば、むしろすぐに提訴すべきだったろう。しかし、矢野はすぐには提訴しなかったのである。

1年後の提訴
 
 朝木父娘のコメントを掲載した『週刊現代』(平成7年9月23日号)が発行されたのは同年9月11日、創価学会が『聖教新聞』紙上で『週刊現代』や矢野、朝木に対して反論を行ったのは同年9月21日付である。同年10月6日、創価学会は『週刊現代』を発行する講談社と同誌にコメントした朝木父娘を提訴している。

 創価学会は『聖教新聞』で矢野らの主張を「呆れ果てた誹謗」などと真っ向から批判していた。朝木明代が書類送検された万引きは「捏造」、「冤罪」で、転落死も「万引きを苦にした自殺」ではなく「(創価学会が関与した)他殺」と主張していた矢野と朝木はすぐに提訴すべきだった。ところがどんな事情があったのか、結局、朝木父娘が創価学会を提訴したのは、記事が出てから1年後の、平成8年8月7日のことだった。

 その間、すでに朝木父娘は『週刊現代』の記事をめぐり創価学会から提訴されていた。矢野らが主張・立証するための基礎事実(明代の万引きは「冤罪」で、転落死は「他殺」であるとの事実)は共通していよう。したがって、『週刊現代』裁判を有利に運ぶためにも、彼らが『聖教新聞』を提訴してもおかしくなかった。しかし結果的に、(矢野と)朝木は1年後の平成8年8月7日まで提訴しなかったのである。

『週刊現代』のコメントを全面否定

 その理由は定かではないが、少なくとも矢野や朝木にとって現実的にも、また週刊誌報道によって形成された「朝木明代は万引き犯の濡れ衣を着せられて殺されたのだ」というイメージを維持するためにも、最も効果的な時期を選んだ結果だったのではあるまいか。『聖教新聞』に対する訴状には「朝木父娘が『週刊現代』の取材を受けてコメントした事実はいっさいない」と記載されていた。したがって、『週刊現代』における朝木父娘の主張を非難する『聖教新聞』の記事は前提を欠くものであると。

 この主張は同時に、朝木父娘が被告となっている『週刊現代』裁判にも、当然ながら、重大な影響をもたらした。『週刊現代』は、創価学会と闘う同志であるはずの朝木と矢野から、いきなりハシゴを外されたのだから。

 提訴されてから1年間、朝木は『週刊現代』に対して取材を受けたことを前提とする協議を重ねていたが、資料によれば、当初から矢野は、「記事は『殺した』と断定しているから敗訴の可能性が高い」と考えていた。しかし、朝木父娘が「取材も受けておらず、コメントもしていない」のなら、朝木父娘に対する訴えは成立しない。

「取材を受けていない」というのなら、提訴された時点でそう主張すべきだろう。しかし、訴えられてすぐにそんな主張をしたのでは、『週刊現代』以外のメディアからも不信感を買うことは十分に予想できよう。

 そうなれば、メディアや一部政治家の間で盛り上がりをみせる「(創価学会による)朝木明代謀殺説」のムードが一気にしぼみかねない。「殺された女性市議の遺族と元同僚」は、「万引き市議の娘」と「万引き事件でアリバイ工作を共謀した市会議員」という事実が暴かれる恐れさえないともいえなかった。

 いずれは『週刊現代』(『週刊新潮』も)のハシゴを外すつもりであることに変わりはない。だが、まだその時期ではないと矢野は判断していたのだろう。矢野が「『週刊現代』にコメントはしていない」と主張して『聖教新聞』を提訴するまでの間には、亀井静香を中心とする当時の自民党が衆院選に向けて矢野の主張を鵜呑みにした記事を『自由新報』で連載、幸福の科学も「創価学会の関与」を断定する雑誌を発行。また四月会(自民党と反創価学会ジャーナリストや創価学会に敵対する宗教団体が結集した政治集団)が全国各地で開催していたシンポジウムで「創価学会疑惑」を宣伝し、自民党支持者や創価学会以外の宗教団体信者に対して自民党への支持を訴えた。

 矢野と朝木が『週刊現代』のハシゴを外した(『聖教新聞』を提訴)のはそれらの熱狂的な「創価学会疑惑キャンペーン」がひととおり終わったあとだった。『週刊現代』や『週刊新潮』『週刊文春』といった有名週刊誌が「遺族らに騙された」と、自ら恥をさらすようなこともしないという読みもあったのだろう。実際に、矢野の主張に乗せられ、客観的な根拠もないまま「創価学会疑惑」という妄想を世に広めることに貢献したメディアのうち、それが事実無根だったという訂正記事を掲載したメディアは、残念なことにただの1社も存在しない。

(つづく)
TOP
『聖教新聞』事件 第65回
創価学会に対する名誉毀損と認定

『聖教新聞』事件は、たんに東村山市議の矢野穂積と朝木直子らが同紙の記事をめぐって提訴したというものではない。元をたどると、朝木直子の母親で、当時東村山市議だった朝木明代が万引きを苦に自殺、ところが万引き事件でアリバイ工作を共謀した矢野と長女の朝木らが『週刊現代』の取材に対して「明代は創価学会に殺された」などと主張した内容がそのまま同誌の記事となって掲載されたことに始まっている。

 これに対し『聖教新聞』は、警視庁東村山署千葉副署長のコメントなどに基づき、同記事および同誌にコメントした朝木父娘らに対する創価学会秋谷会長の反論を掲載した。本件は、矢野らがこの『聖教新聞』記事が矢野らの名誉を毀損したとして『聖教新聞』や創価学会を提訴したものである。この裁判で矢野らは、『聖教新聞』だけでなく、その主張の根拠となる主張を行った(明代による)万引き被害者と、万引き事件で明代を書類送検し、明代の転落死を「自殺」として処理した警視庁および捜査を指揮した千葉副署長も提訴した。

 矢野らは訴状で「朝木父娘は『週刊現代』の取材を受けておらず、同誌に掲載されたようなコメントはいっさいしていない」とした上、「朝木明代が万引きをした事実はなく、『万引きを苦に自殺』したものではない」と主張していた。『聖教新聞』の記事は朝木父娘が『週刊現代』の取材に応じて同誌に上記のようなコメントをしたことを前提にしたものだから、その主張が認められれば『聖教新聞』の記事はその前提を欠くことになり、矢野らの請求が認められる可能性もないとはいえなかった。

 しかし平成12年6月26日、東京地裁は『週刊現代』裁判の判決と同様に『週刊現代』において朝木父娘は〈(『週刊現代』の記者に対して)朝木ら発言をしたものと認めるのが相当〉と認定。その上で、

〈原告ら(筆者注=矢野と朝木ら)は、被告創価学会が本件各事件(筆者注=朝木直子のポケベルに「4444」の数字が打ち込まれるなど、「創価学会が関与している」と矢野らが主張した様々な事件)に関与したと認められるような客観的な証拠もなく、被告創価学会に対し、さきに判示したとおりの名誉毀損行為をしたものである〉

 と述べ、〈原告朝木ら発言を中心にした原告らによる被告創価学会に対する名誉毀損行為に対する反論という目的に必要な範囲でなされたものと評価することができる〉などとして、『聖教新聞』紙上における創価学会の反論が正当なものだったと認定し、創価学会に対する矢野らの請求を退けた。

矢野のアリバイ工作も確認

 万引き被害者に対する請求についても、万引き犯が明代ではないと知りながら被害届を提出したなどという証拠は存在しないなどとして、矢野らの請求を退けた。東村山署が捜査を尽くした結果、明代を万引き犯と認定し、東京地検八王子支部に書類送検したことからも、被害者の申告内容が真実だったことが裏付けられていよう。

 矢野と朝木はこの裁判で明代の万引きが「冤罪」であると主張しようとしたが、逆にあらためて明代の万引きの事実が認定されたことになろうか。言い換えると、明代の万引きを隠蔽することを目的に矢野が明代と共謀したアリバイ工作の事実も確認されたということになろう。

取り調べに応じなかった朝木

 さて、矢野と朝木が創価学会や万引き被害者を提訴したことはともかく、捜査を指揮した東村山署副署長、千葉英司をも被告に加えたことにはやや違和感がないではない。2つの理由がある。

 1つは、原告である朝木直子は、明代が自殺を遂げた際、東村山署が事情を聴くために再三にわたって来署を求めたが、ついに1度も聴取に応じなかったことである。転落死の直後であり、当然、まだ警視庁は結論を出していなかった。「他殺」を主張するなら、自殺の動機がないことについて、警察に対して遺族として真摯に説明すべきだろう。

 東村山署は朝木の弟を聴取した際、直子にも来てくれるよう伝言を依頼した。それでも朝木は出頭しなかったのである。その朝木が、明代の万引きと自殺に関する千葉の広報内容について民事で訴えるというのは理解しにくい話というほかなかった。

取調室で混乱した矢野

 2つ目の理由は、もう1人の原告である矢野は明代の万引き事件でアリバイを主張しているが、万引き事件の時間帯には東村山市内のレストランで食事をしていたというアリバイは、東村山署の取調室において矢野自らがすでに放棄していたからである。明代だけでなく矢野もまたそれまで、「午後2時12分過ぎにレストランに行った」と何度も何度も供述していた。ところが、彼らがいたと主張する時間帯よりも2時間も前(12時台)にそのメニュー(「日替わりランチ」)が売り切れていた事実を突きつけられると、矢野は「そんなに早く行ったのかなあ」と動揺をみせた。

「午後2時12分過ぎに行った」というのが事実なら、どんな証拠を突きつけられようとこれほど時間にブレが生じるはずがない。つまり当初の主張が虚偽であることを自白したに等しかった。

 そもそも矢野と朝木は当日、「午後12時過ぎまで議会の委員会室にいて、その後、午後2時ごろまで議員控室で打ち合わせをしていた」と説明していた。その矢野が、12時台にレストランに行っていることはあり得ないのである。取り調べでアリバイが成立しないことを説明された矢野が、前後の時系列も無視し、議会にいたはずの時間帯にレストランに行っていたなどと口走ってしまうほどの取り乱したことがよくわかる場面だった。

 朝木明代の自殺によって、万引きによる窃盗容疑は不起訴となった。しかし東京地検は、東村山署に対する通知の中で「明代の万引きの事実は認定する」との付言を加えていた。

潰されたプライド

 矢野と明代は、明代が書類送検されたあと、東京地検に上申書を提出した。その上申書で彼らは、東村山署の取調室で破綻したアリバイのメニューを「レギュラーランチ」から「日替わりランチ」へと変更したのだった。東村山署が裏付け調査を行うと、「日替わり」は12時台で売り切れていた。その証拠を突きつけられた矢野が、あわてふためいたのが上記の取調室の場面である。

 もはや矢野は、少なくとも明代のアリバイ主張に関してただの「証人」ではなく、りっぱな当事者であることがこの場面からも明らかだった。矢野は明代の死後も、アリバイ工作の当事者としてあらゆる手段を尽くして捜査機関を騙し、丸め込もうとしていた。そのたくらみは、東村山署の丁寧な裏付け調査によってすべて潰された。

 東村山署は当然、この取り調べの状況も東京地検に報告している。東京地検は東村山署による矢野の取り調べ状況も含めて、「明代の万引きの事実は認定する」という判断を示したということだった。

 矢野の面目もプライドも、完膚なきまでに潰されたということでもあったと思う。

(つづく)
TOP
元市議名誉毀損事件 第24回
「詐欺事件への関与」を全面的に否定

 さて、一応記事の「公共性」「公益性」を認めた上で、東京地裁は真実性および真実と信じるに足りる相当の理由があったかどうかについて検討している。東京地裁がその前提として事実認定した事実を要約すると以下のとおりだった。



(真実性・相当性判断の前提事実)

①「原告が平成10年頃、マッサージ師をしていたMと客として知り合ったこと」
②「被害者Tが友人の紹介でMと知り合ったこと」
③「MがS(筆者注=Tから多額の借金をした中心人物)をTに引き合わせたこと」
④「Sが平成21年頃、Tから次々と合計約2140万円を借りたこと」
⑤「Sが借金の返済をしないため、Tが平成22年、原告に相談したこと」
⑥「原告がT弁護士を紹介するなどして支援したこと」
⑦「TがSらに対し貸金返還訴訟を提起したこと」
⑧「上記訴訟で、Sが分割で返済する内容の和解が成立したこと」
⑨「Sが借金のうち1860万円を返済していないこと」
(※○囲み数字は筆者)



 東京地裁によるこの認定事実において最も注目すべきは、上記認定のすべてが原告の陳述書と原告が提出した被害者Tの陳述書の内容に依拠している点である(①⑤⑥⑦⑧⑨が原告の陳述、②③④がTの陳述書の記載内容)。少なくとも基本的な事実関係について裁判官が本件事件および、その後のTに対する支援活動の当事者であるTと原告の陳述内容を信用したということだろう。裁判官が判断の前提として示した事実関係になんら誤りは見当たらない。 

 矢野らは本件記事の冒頭で〈(被害者Tは)山川昌子・元公明市議の紹介で……Mというマッサージ師と知り合い……〉と記載し、裁判でも「『詐欺グループの一員』であるMをTに紹介したのは原告」であると主張していた。しかし上記②のとおり、東京地裁はMをTに紹介したのは山川ではなく「Tの友人」であると認定している。

 また矢野らは裁判で、「山川がMに対し『Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね』と話したことが本件詐欺事件の端緒となった。このことは本件詐欺行為を仲介したものである」などと主張し、本件記事の真実性を主張していた。

 しかし東京地裁は山川がMに対してTの近況を話したことについて、違法性判断の前提とする事実の中で一言も触れていない。裁判官は山川がMに対してTの近況を話したことは、SがTから多額の借金をするに至ったこととは無関係であると判断したということと理解できた。「山川がMに対し『Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね』と話したことが本件詐欺事件の端緒となった」、すなわちそれが「関与」の根拠とする矢野らの主張は排斥されたということである。

 最終準備書面になると、矢野らは「詐欺事件に関与した根拠」どころか、「『原告がMに対しTが一人暮らしになったという個人情報を報せたことが詐欺事件になった』ということが本件訴えの争点事実」とまで主張したものだった。ところが、裁判官は矢野らが「本件訴えの争点事実」と主張した事実に一言も触れていない。これは、判断の対象とさえ認定しなかったということのようでもあった。

すべて否定された記事内容

 上記認定事実に基づき、東京地裁は真実性・相当性について次のように述べた。

〈原告がMをTに紹介したことについては、これを認めるに足りる証拠がなく、被告らが原告がMをTに紹介したと信じたことに相当の理由があることを認めるに足りる証拠もない。〉

 矢野らは最初にMをTに紹介したのは山川であると主張し、これに対して山川は「MからTを紹介された」と主張しており、双方の主張が対立していたという経緯はあった。矢野らはことさらそのことをもって、山川が詐欺事件に関与した根拠であると主張したわけではなかった。矢野らは、山川がMに対して「Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね」と報せたことが関与の根拠であると主張していたのである。

 しかし東京地裁は、TにMを紹介したのが山川だったのか否かを重視したようだった。山川は矢野らの主張を否認し、Tは陳述書で〈私の友人の紹介でMさんと知り合いました〉と述べていた。東京地裁は山川の主張およびTの陳述書の記載から、TにMを紹介したのが山川であるとは認定せず、また矢野らがそう信じたことに相当の理由は認められないとした。

 その上で、本件記事の違法性について次のように結論付けた。

〈そうすると、本件記事のうち、原告がMをTに紹介したとの事実を摘示して、原告が、お金を巻き上げる連中の口ききであり、上記行為について、仲介のような役割を果たしており、上記貸金が返済されないことについて、知らん顔をしているあきれた人だと述べる部分については、事実を摘示して原告の名誉を毀損する行為であるというべきである。〉

 東京地裁はこう述べて本件記事の違法性を認定し、〈原告が上記記事によって相当の精神的苦痛を被ったことは、上記記事の内容から容易に推知できる〉と述べた。こうして東京地裁は、矢野らに15万円の支払いを命じる判決を言い渡したのである。

 本件記事の評価に関して、原告の主張(「原告が詐欺事件に関与した」)と裁判官の認識には温度差があったようである。しかし上記の認定によれば、本件記事のうち、山川が詐欺犯側の人間だったと思わせるような部分についてはすべて否定されたものと理解できる。少なくとも山川に関して本件記事の真実性は否定されたという結果に変わりはないということになる。これではもはや、記事としての体をなさないのではあるまいか。

 本件記事が掲載された『東村山市民新聞』第186号(平成27年7月31日付)が発行、配布されたのはちょうど1年前である。それ以後、山川は記事について聞かれるたびに、それが虚偽であることを説明しなければならないなど、本来なら必要のない多大な労力を割かざるを得なかった。しかし、今回の判決は山川に関する部分を否定するものだった。少なくともその意味で、提訴したことには大きな意義があったといえるのではあるまいか。

矢野と朝木が控訴 

 なお、矢野と朝木が一審判決を不服として平成28年7月29日までに控訴したことがわかった。

(つづく――「控訴審」開始後に再開)
TOP
元市議名誉毀損事件 第23回
東京地裁の認定

 双方の主張に対して、東京地裁立川支部はどんな理由によって主文のような判決を言い渡すに至ったのか。判断の基準となるのは、裁判官が本件記事の内容をどういうものと判断したかである。

 その意味内容がどういうもので、それが原告の社会的評価を低下させ、名誉を毀損するものであるかどうか。名誉を毀損しているとすれば、記事に公共性・公益性があるかどうか、また真実性あるいは真実と信じるに足りる相当の理由があるかどうか――である。

 記事の内容が人の名誉を毀損するかどうかは一般読者の普通の注意と読み方を基準に判断すべきとされている。東京地裁は一般読者が普通の注意に基づいて本件記事を読んだ場合の読み方について、次のような判断を示した。

〈本件記事は、……S(筆者注=被害者Tから直接貸金をした人物)が被害者女性から約2140万円を借り、うち1860万円を返しておらず、この行為が詐欺まがいの行為であり、市議会議員である原告がM(筆者注=矢野らが「詐欺グループの一員」と主張している人物)を被害者女性に紹介し、Mが妹のSを被害者女性に仲介したことにつき、原告が、お金を巻き上げる連中の口ききであり、上記行為について、仲介のような役割を果たしており、上記貸金が返済されないことについて、知らん顔をしているあきれた人だと述べていると読むことができる。〉

 本件記事には〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉との見出しが付いている。東京地裁は、本件記事について普通の読者は、原告が〈お金を巻き上げる連中の口ききであり、上記行為について、仲介のような役割を果たし〉〈上記貸金が返済されないことについて、知らん顔をしているあきれた人だ〉と読むものと認定したが、原告が主張するように「山川が詐欺事件に関与した」と読むとまでは認定しなかったことがうかがえた。

 一般的な認識としては、詐欺に「口きき」や「仲介」をしたといえば「関与した」と受け取られても仕方がないようにも思える。しかし本件記事における「口きき」や「仲介」については、「詐欺の仲介」ではなく「紹介」に近いものと裁判官は認定したということなのだろう。

 見出しには〈元公明市議らが関与〉の文言がある。しかし本文の記載内容を合わせて読んだ場合、本件記事の「普通の読者の読み方」という点において、裁判官は「山川が詐欺事件に関与したとする記事である」とする原告の主張を採用しなかったということになろう。

 しかしそれでも、上記のとおり認定した本件記事の名誉毀損性について東京地裁は次のように認定した。

〈本件記事が上記のように読めることからすれば、本件記事は原告の社会的評価を低下させるものというべきである。〉

 本件記事は直接的に「山川が詐欺に関与した」とまでは読めないとしても、「お金を巻き上げる連中の口きき」をし、「紹介」したにもかかわらず、被害者が多額の貸金が返済されない状況になっても「知らん顔」をしているというのは、やはり原告の社会的評価を低下させる内容であると認定したということのようだった。

単純な事実誤認

 記事に名誉毀損が認定された場合でも、記事が公共の利害に関わるものであり、公益を図る目的を持ち、かつ真実性あるいは真実と信じるに相当の理由があったと認められる場合には違法性が阻却される。

 東京地裁はまず公共性・公益性について検討している。東京地裁はまずこう述べた。

〈本件記事は、本件新聞発行時において市議会議員であった原告が詐欺行為に関係したか否かについてのものであるから、一応公共の利害に関する事実に係わるものであり、そうであれば本件記事の掲載は一応公益を図る目的でなされたものと推認される〉

 したがって、東京地裁は本件記事の公共性・公益性を認定する判断を示している。

 しかし、上記判断の前提事実には明らかな事実誤認があった。本件記事の発行時において原告山川は東村山市議会議員ではなく、一般市民にすぎない。裁判官は本件貸金および、原告が被害者から相談を受けて弁護士を紹介するなどの支援をした時期に山川が市議会議員だった事実と混同したもののようだった。

 東京地裁は〈本件新聞発行時において市議会議員であった原告が詐欺行為に関係したか否かについてのものである〉との理由によって、一応、本件記事の公共性を認めている。すると、この論理構成によれば、本件記事は一般市民にすぎない原告が詐欺行為に関係したか否かについての記事ということになるから、記事の公共性には疑問符がつく可能性がある。

 続いて公益性について、東京地裁は上記に記載した「公共性」の判断に基づき、次のように述べている。

〈そうであれば本件記事の掲載は一応公益を図る目的でなされたものと推認される〉

 東京地裁は、本件記事には公共性があるから、一応、公益目的性が推認できると述べる。だから本件記事は、「公共性」「公益性」に関しては違法性が阻却されるというのだが、単純な事実誤認に基づく「公共性」認定に疑問があるということになれば、公益性についての判断を導いた上記の論理も危うくなるのではあるまいか。

(つづく)
TOP
元市議名誉毀損事件 第22回
『東村山市民新聞』第186号(平成27年7月31日付)に掲載された記事によって名誉を毀損されたとして、元東村山市議の山川昌子が東村山市議の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)を提訴していた裁判の判決が平成28年7月13日、東京地裁立川支部(渡邉左千夫裁判官)で言い渡された。

 原告の山川は出廷したが、被告の矢野と朝木、および代理人の田中弁護士はいずれも姿をみせなかった。その代わりかどうか、前回の口頭弁論で田中弁護士に矢野らの準備書面を届けた武蔵村山市議他1名の計2名が判決を聞きに来ていた。内容をどこまで理解しているかはともかく、なにかしらの関心があったのだろう。なおこの武蔵村山市議と親しい関係にあり、またかつて矢野、朝木と共闘関係にあった「行動する保守」Aはもう来なかった。

 判決主文は以下のとおりだった。



(判決主文)

1.被告らは、連帯して、原告に対し、15万円及びこれに対する、被告矢野穂積については平成27年10月30日から、被告朝木直子については同年11月1日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2.原告のその余の請求を棄却する。

3.訴訟費用は、これを20分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

4.この判決の第1項は仮に執行することができる。



 ネトウヨAの知り合い2名も、矢野と朝木が負けたということだけはわかったのではあるまいか。

原告側の主張

 矢野と朝木は彼らの政治宣伝紙『東村山市民新聞』第186号(平成27年7月31日付)1面において、〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉〈言葉巧みに、一般市民から、借りて1860万円も返さず〉との見出しの下、〈山川元公明市議は口では被害者の女性の味方になってお金を取り戻すそぶりをしていたが、結局はお金を巻き上げる連中の口ききでしかなかった。〉などと記載。

 2面では、〈本山破門『ご本尊』放棄の政治集団化の先は、『詐欺師集団?』〉などの見出しの下、〈元議員の立場で、貸金の仲介者のような役割を果たしながら、山川元市議は「知らん顔」、あきれた人たちです。〉と記載した。

 これらの記事について山川は、「本件記事は『山川が詐欺事件に関与した』と断定するもので、原告の名誉を毀損した」と主張し、300万円の損害賠償の支払いを求めていた。

変遷を重ねた矢野らの主張

 これに対し被告の矢野と朝木は次のように違法性を否定する主張を行った。矢野らの主張は以下のとおりだった。



(矢野と朝木の主張)

①もともと、TにMを紹介したのは山川である。

②原告山川が、被害者Tが一人暮らしをしているという個人情報を詐欺グループの一員であるMに漏洩したため、SがTから2140万円を詐取し、そのうち1860万円が返金されていない。よって、原告山川が詐欺事件を仲介し、関与したことは明らかであって、〈結局はお金を巻き上げる連中の口ききでしかなかった。〉〈元議員の立場で、貸金の仲介者のような役割を果たしながら、山川元市議は「知らん顔」〉との記載は客観的真実と一致する。

③本件記事は原告山川が詐欺を働いたという記載ではなく、「結局は口ききでしかなかった」という記載内容である。「私が、『Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね』とMさんにしゃべったことがありました」と原告山川自身が自白しているとおりである。よって、記事には信じるに足る相当な理由がある。

④記事は「結果的に口ききとしての役割を果たしたに過ぎない」と批評しているのであって、原告山川が直接的に詐欺を働いたと読み取れる箇所はない。(以上、被告ら準備書面2)

⑤原告が、詐欺グループの一員であるMに対し、「Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね」と話したことが、本件詐欺行為の端緒となったのみならず、詐欺に荷担したことは事件の経過から見て間違いない。(被告ら準備書面3)

⑥本件訴えの争点事実は、原告山川がMにTが独居になったという個人情報を報せたことが詐欺事件の引き金になった、というものである。

⑦原告山川が、詐欺被害を発生させるに至る第一級の個人情報(筆者注=Tが一人暮らしになったこと)を詐欺グループに漏洩したことによって本件詐欺事件が発生したことが真実であることは明らかである。(⑥⑦=被告ら準備書面4)



 矢野らの主張には、上記②では〈原告山川が詐欺事件を仲介し、関与したことは明らか〉として「原告山川は詐欺事件に関与した」といいながら、④では〈口ききとしての役割を果たしたに過ぎない」と批評しているのであって、原告山川が直接的に詐欺を働いたと読み取れる箇所はない〉と主張するなど、それ自体に齟齬もみられた。しかし最終的に、矢野らは〈原告が、詐欺グループの一員であるMに対し、「Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね」と話したことが、本件詐欺行為の端緒となったのみならず、詐欺に荷担したことは間違いない〉と主張するに至った。

 原告がMに対して「Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね」と話したことは、原告自身が陳述書で認めている。よって、「本件記事には確かな根拠があり、違法性が阻却されるから、本件請求は棄却されるべきである」(趣旨)と被告らは主張していた。

(つづく)
TOP
元市議名誉毀損事件判決(速報)
 元東村山市議、山川昌子が『東村山市民新聞』第186号(平成27年7月31日付)の記事によって名誉を毀損されたとして、同紙を発行する現職東村山市議の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)を提訴していた裁判で、東京地裁立川支部は平成28年7月13日、矢野らに対し連帯して15万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 矢野らは同紙1面で〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉などとするタイトルのもと、

〈山川元公明市議は口では被害者女性の味方になってお金を取り戻すそぶりをしていたが、結局はお金を巻き上げる連中の口ききでしかなかった。〉

 などと記載。また2面では〈……政治集団化の先は、「詐欺師集団?」〉〈新興宗教の衣を脱ぎ捨てた集団〉とのタイトルのもと、

〈少なくとも仲介のような役割を果たした山川もと公明党市議も1860万円を返そうとしていないことについて、知らん顔をしています。〉

〈元議員の立場で、貸金の仲介者のような役割を果たしながら、山川元市議は「知らん顔」、あきれた人たちです。〉

 などと記載した。これに対し原告の山川は、「記事は山川が詐欺事件に関与したと断定するもの」と主張していた。

名誉毀損を認定

 判決で東京地裁立川支部は、〈原告がM(筆者注=被告らが詐欺グループの一員と主張する人物)をT(筆者注=被害者)に紹介したことについては、これを認めるに足りる証拠がなく、被告らが原告がMをTに紹介したと信じたことに相当の理由があることを認めるに足りる証拠もない。〉と指摘した上で、

〈そうすると、本件記事のうち、原告がMをTに紹介したとの事実を摘示して、原告が、お金を巻き上げる連中の口ききであり、上記行為について、仲介のような役割を果たしており、上記貸金が返済されないことについて、知らん顔をしているあきれた人だと述べる部分については、事実を摘示して原告の名誉を毀損する内容である〉

 などと述べ、〈原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料を支払う義務がある。〉と断じた。

TOP
元市議名誉毀損事件 第21回
Tの陳述書を持っていた可能性

 最終準備書面に至り、矢野らが「山川は詐欺事件に関与した」というものから「山川がMに対して『Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね』と話したことが詐欺事件の引き金となった」というものへと主張を変遷させたのはなぜなのだろう。

 矢野らが「詐欺事件の引き金となった」と主張するようになる直前に、原告は矢野らが「提出する必要はない」と強弁していた被害者Tの陳述書を提出した。陳述書には、TがSと知り合い、最終的に2600万円を貸してしまうまでのいきさつと経過が詳細かつ具体的に記載されている。その一方、山川の名前はいっさい記載されておらず、もちろん山川の関与をうかがわせるような記載もなかった。そのことを矢野らが初めて知ったわけではあるまい。

 矢野らは第3回口頭弁論(平成28年2月10日)において、被害者TがSに返金を求めた裁判で和解調書のほか、「原告山川がTの個人情報を報せた」と主張するMから借金で迷惑をかけられたとする複数の市民による陳述書も提出していた。これらの陳述書はTの貸金問題とは別件の事案に関するものである。すると、矢野らはどうやって別の市民の陳述書の存在を知り、または入手し得たのだろうか。

 上記陳述書を提出したのが2月だったというタイミングから推測すると、山川から提訴されたあと、矢野らは被害者TにSを提訴、告訴した際の資料の提供を依頼したのだろう。Tは関連資料一式をそっくり手渡した。その中に、Mから借金で迷惑を被ったという市民の陳述書が含まれていたということではあるまいか。

 その資料の中に、Sに大金を貸してしまったいきさつや経緯を詳細に記載したT自身の陳述書だけが含まれていなかったと想定するのはかなり無理があろう。この陳述書は被害者Tが貸金被害を訴える基礎事実を記載した最も重要な資料である。したがって、Tが矢野らに渡した資料の中にはTの陳述書が含まれていたと推測する方がよほど自然だろう。

 矢野らは山川から300万円の損害賠償を求めて提訴されているわけだから、当然、Tから提供された資料を精査しただろう。その結果、「山川が詐欺事件に関与した」とする事実を裏付ける資料を発見することはできなかった。

 それどころか、Tは陳述書でSに大金を貸してしまった背景事情とともに、Tが最終的に精神的にも追い込まれた状態だったことまで告白しており、「貸さなければ返してもらえないのではないか」との思いからさらに貸金を重ねてしまった経緯を詳細に記載している。その一方で、山川の関与をうかがわせる記述はいっさい存在しなかった。Tが陳述書で記載したSへの貸金の経過の中に多少の記憶の混乱があったとしても、山川の名前さえいっさい出てこないということは、この件について山川がいっさい関与していないことを裏付けていると判断できた。

 貸金に関する記憶の問題なら、矢野としてもまだつけ込む余地があったかもしれない。しかし、名前がいっさい出てこないということになると、もはやTの記憶の問題でさえない。だから矢野らは、Tの陳述書を提出するのは得策ではないと判断した――矢野らがTの陳述書を「不要」などとして提出しなかったのはこういうことではなかっただろうか。

変遷を重ねた事情

 終結が予定されている口頭弁論の前にそのTの陳述書が、本来は被告側が提出すべきであるはずのTの陳述書が原告側から提出された。被告側からすれば、どうみても、あってはならない事態だったのではあるまいか。立場上、Tは矢野側の人間のはずだからである。原告山川がTの陳述書を提出したことを確認した矢野らが、これで「山川が詐欺事件に関与した」とする主張を押し通すのはますます難しくなったと考えたとしてもなんら不思議はなかった。

 そこで思いついたのが、「山川がMに対して『Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね』と話したことが詐欺事件の引き金となった」という主張だったのではあるまいか。「詐欺事件の引き金となった」というだけなら、事実関係としては「詐欺事件」が発生する前の話であり、まったく別個の出来事ということになる。

「山川がSとの間に意思疎通があった」と書いていなければ、「引き金」となるかならないかは結果論にすぎず、「山川が詐欺事件に関与した」ということにはならない。「詐欺事件」そのものではなく、「詐欺事件の引き金となった」とする記事だということにすれば、「山川は詐欺事件に関与した」とする事実とは関係がないから、「山川は詐欺事件に関与した」とする事実について立証する必要はないということになるのである。

 だから、矢野らは準備書面4でこうも主張している。

〈(被害者Tの陳述書)と同様に、(Oの陳述書等)を含め、原告山川がMに被害者女性(T)が……独居となったという個人情報を報せたことが詐欺事件の引き金となった、という本件訴えの争点事実とは全く無関係な内容である。〉

 したがって、いかにTが陳述書で山川にいっさい触れていなかったとしても、そのことは「争点事実」とは無関係だから、原告がTの陳述書を提出したことには意味がないと主張しているのだった。この裁判にTの陳述書を提出する意味がないということになれば、矢野らが提出しなかったことも正当化されるという理屈だろう。

尋問申請を却下した背景

 問題は、「山川がMに対して『Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね』と話したことが詐欺事件の引き金となった」とする事実が「争点事実」であるとする矢野らの主張を裁判官がどう判断するかである。変遷を重ねた主張である上に、新たな争点のすり替えのようにみえる。

 本来、矢野らが上記の主張をするのなら、和解調書を提出した第3回口頭弁論で主張していても不思議はなかった。矢野らは第3回口頭弁論で、山川がMに「Tさんが一人暮らしになっちゃったのよね」と話したとする内容を記載した山川の陳述書を提出していたからである。しかし矢野らはこのとき「山川が詐欺事件の引き金となった」とは主張せず、「結局はお金を巻き上げる連中の口ききでしかなかった。」とする記載が「摘示事実」であるなどと主張したのである(=被告ら準備書面2)。

 結局、矢野らは平成28年4月に提出した準備書面3でも「山川が詐欺事件の引き金となった」とは主張せず、原告が被害者Tの陳述書を提出した時点で初めてこう主張したのである。

 双方の主張の流れをみると、原告が「詐欺事件に関与した事実はない」と一貫して主張しているのに対し、矢野らは口頭弁論のたびに主張を変遷させている。「山川が詐欺事件の引き金となった」とする最後の主張にしても、原告がTの陳述書を出したために新たな主張をせざるを得なかったようにみえる。

 裁判官がこの流れをどう捉えているかは定かではないが、朝木直子に対する尋問申立をめぐり、「不要」であるとする原告の主張を容れ、申立を却下したところに、裁判官の心証の一端がうかがえるように思えた。

(「判決後」につづく)
TOP