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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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多摩湖寿会事件 第76回
新たな証拠を提出

 平成30年5月24日に行われる尋問に先立つ1週間前、山川は新たな証拠を提出していた。

 平成28年6月26日、多摩湖寿会会長に就任した清水澄江は、「山川が会計を務めていた過去4年間の会計帳簿類を確認したところ不足金がある」として山川に対して請求書を送付した。山川はすぐに清水宅を訪ねてただちに返還する意思を伝えた。しかし、清水は「請求するまで誰にも秘密にして隠匿していたのであり、それこそ山川に横領の意思があった証拠だ」(趣旨)と主張している。

 山川が寿会の金を、わずかでも簿外で保管していたことについては山川に非があることは否定できない。しかし、清水らが請求するまで山川が1人で隠匿していたというのは事実ではなく、まして着服の意思など毛頭もなかった。

 山川は簿外で保管していた金について、それをどんな形で寿会に返還すべきか、清水が山川に請求書を送付する以前に当時会長だった加藤幸雄に相談していた。清水が山川に請求書を送付したのは平成28年6月26日で、山川が加藤前会長のところに相談に行ったのは同年6月17日のことだった。

「50周年記念行事」が目的

 平成28年に多摩湖寿会は創立50周年を迎えた。加藤が会長在任時、盛大に創立50周年記念行事をやろうということになっていた。加藤も山川も、自分たちで記念行事をやるつもりで、50周年記念行事を執行するための積み立て口座まで作っていた。しかし、平成28年4月時点で積立金は10万円にも満たず、100名の会員を抱える多摩湖寿会の記念行事をまかなうにはかなり心細い状況にあった。

 そこへ、その前年ごろ、多摩湖寿会とは別にいわば「第二多摩湖寿会」を作ろうとする動きがあるという話が山川の耳に入ってきた。それが実現すれば、現在の多摩湖寿会が分裂する可能性がある。そうなれば、50周年記念行事のための積立金も分割される恐れがある。――そう考えた山川は、記念事業のための資金を帳簿外で保管しておこうと考えたのだという。

 その行為自体は不適切といわれても仕方がない。しかし、多摩湖寿会が存続しているにもかかわらず、それまで加藤会長を中心に計画していた記念行事の計画を外部的な事情によって頓挫させたくないという思いが強かったのである。

 結果として「第二多摩湖寿会」設立の話は立ち消えになった。しかし思わぬかたちで、加藤前会長や山川が50周年記念行事を行うことはできなくなった。平成28年5月の総会で、会長をはじめとする役員の改選が提案され可決、清水澄江が会長に就任することになったのである。会計も新役員が選任された。

 加藤や山川にはまったく予期しない展開だった。しかし賛成多数では反対のしようもない。そんな、なにか割り切れない役員交代劇が起きたことで、新役員に「簿外に50周年記念行事のための保管金」があることを打ち明けるきっかけを失ってしまったと、山川はいう。

前会長の提案

 しかし、この簿外の保管金は多摩湖寿会に返還しなければならない。だから山川は平成28年6月17日、前会長のもとにこれをどう返還すべきか相談に行ったのである。

 その際、加藤前会長は「多摩湖寿会が今年迎える50周年記念の祝い金として渡したらどうか」と提案し、山川も加藤の提案に従うことで話がまとまっていた。同年6月26日に清水から請求書を受け取るより前に、山川が会長に返還方法を相談していたということは、山川には最初から横領の意図はなかったということである。

 尋問の1週間前に山川が新たに提出したのは、そのことを立証するための証拠だった。1週間前に提出したのは、当日提出したのでは相手も検討する時間がなくなるような、アンフェアな証拠提出になることを避けるためである。

当初の証言を撤回した前会長

 山川が、清水が請求書を送付するより前に加藤前会長に相談していた事実を証明するための証拠を提出したことには理由がある。

 山川が提訴した直後の平成29年2月4日、山川は上記の事実を証明するために加藤に証言を求めた。これに対して加藤は次の内容の上申書に署名してくれた。



(加藤前会長の上申書)

 私は、平成28年6月17日午後4時ころ、山川さんが自宅を訪ねてきて、「多摩湖寿会50周年の記念事業のために簿外で保管していたお金があって、寿会に返還しなければならないが、どういう名目で返せばいいでしょうか」という相談を受けたことに間違いありません。



 ところが、その日のうちに加藤から電話があった。「『平成28年6月17日に来た』というだけなら署名するが、『50周年記念事業のため』という文言があると署名できない。よく読まないで署名した。すぐ返してほしい」というのだった。

 その理由について加藤は次のように説明したという。加藤はすでに新役員には「50周年のことは知らなかった、山川が勝手にやったこと」と説明したから、いまさら清水が山川に請求書を送付するより前に保管金のことを知っていたとはいえない、と。山川は当初の上申書を加藤に返し、加藤は新たな上申書を書いた。



(加藤が新たに渡した上申書)

 平成28年6月17日午後4時頃、山川さんが寿会の件で自宅を訪ねてきたことに間違いありません。



 加藤が当初の上申書を撤回して新たに渡してくれた上申書の内容はたったこれだけだった。加藤はいまさら「50周年の話は聞いていた」などというと、「東村山には住んでいられなくなる」とまでいったという。だから、証言できるのは「自宅を訪ねてきたこと」だけだというのである。多くの団体の役職を務めていて多忙を極める山川が、何の用件もなく加藤の自宅を訪ねるわけがないのだった。

 山川はたまたま、最初の上申書をコピーしていた。あとになって加藤が事実を証言することを拒否したため、山川はやむなく、加藤が渡してくれた上申書に加えて、加藤が撤回した最初の上申書をセットにして裁判所に提出した。

 それに対して加藤は、平成29年9月15日付陳述書でも、撤回した上申書について、山川から「これを書いてくれないと裁判所に来てもらわないといけなくなる」などと脅され、また当時体調も悪かった上に、寒かったので早くすませたい一心で安易に署名捺印してしまったなどと供述していた。

 このため山川は、平成28年6月17日に加藤宅を訪ねたのは、50周年記念事業のための保管金をどう返還したらいいか相談するためだったことを改めて立証するために、新たな証拠を提出したのである。

 午前10時15分、尋問はその加藤から始まった。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第75回
傍聴ツアー

 平成30年5月24日、元東村山市議会議員の山川昌子が名誉を毀損されたとして同市議会議員の朝木直子と矢野穂積、多摩湖寿会会長、清水澄江らを提訴していた裁判の第9回口頭弁論が東京地裁立川支部405法廷で開かれた。

 平成29年1月30日に提訴されたこの裁判は、第2回口頭弁論以後、前回口頭弁論まで弁論準備手続きという非公開のかたちで行われてきており、この裁判が公開の法廷で行われるのは第1回口頭弁論以来2度目だった。この日は原告の山川、被告の清水、朝木、さらには清水側証人として多摩湖寿会の前会長、加藤幸雄に対する尋問が行われることになっていた。

 加藤は山川が平成28年4月まで会計を務めていた当時の会長で、当時は山川と協力して寿会の運営にあたっていた人物である。山川から見ると、加藤はもう敵に回ったということになる。

 東京地裁立川支部405号法廷は、同支部の中でも50人以上の傍聴者が入れる広い法廷である。前回の口頭弁論終了後、多摩湖寿会会長の清水澄江は「会員をバスで連れてくる」と豪語していた。山川が尋問でやり込められるところを会員たちにみせつけようと思ったのか、数で圧倒しようとでも思ったのか。

 今回の裁判では、裁判所は清水が連れてきた傍聴人を含めて被告側を先に入廷させ、傍聴人も被告側に座らせるという異例の措置を取った。無駄なトラブルの発生を避けるための配慮だった。

 405号法廷に入ると、すでに入口側(被告席側)の傍聴席は傍聴人で埋まっていた。ざっと20名以上はいただろうか、いずれもそこそこの高齢者である。聞くと、清水が予告していたとおり、彼らは地元のマイクロバスを仕立ててやってきたようだった。

 東村山市多摩湖町から東京地裁立川支部に行くにはバスや電車、モノレールを乗り継がねばならないから、寿会会員が高齢であることを考慮すると、傍聴希望者が多く集まるのなら、マイクロバスをチャーターして傍聴ツアーを企画するというのもあり得ないことではないのかもしれない。清水の企画とすれば、ツアーの参加者が清水の支援者であることはいうまでもあるまい。

 ツアーに参加した会員たちが裁判の状況について清水からどう説明されていたかはわらかないが、もちろん応援の傍聴者が多く集まったからといって、そのことが判決に影響するわけではない。また、尋問の結果によってただちに判決が左右されるものでもない。清水を含め、傍聴にやってきた寿会会員たちがそのことを十分に理解していたかどうかは定かではない。

複数の東村山市議が傍聴

 傍聴人の中には、数名の東村山市議の姿もあった。最近、東村山市議会の自民党会派から除名された蜂屋健次、裁判の当事者である「草の根市民クラブ」の矢野穂積(朝木明代の万引き事件でアリバイ工作を共謀した)、それから何を考えているのか、共産党の山口みよが姿をみせた。矢野はともかく、蜂屋と山口はこの裁判の内容と進行状況をどこまで理解していたのだろうか。

 蜂屋は東村山の自民党からは排除されたとはいえ、清水澄江が後援会幹部を務めていたから、立場上も応援しないわけにはいかないという事情もあろう。そういえば、被告の1人である武蔵村山市議の天目石も傍聴席に座っていた。この裁判では、天目石はそれぐらいしか役に立つことはないと思う。

 傍聴席には多摩湖寿会会員だけでなく清水と関係の深い市議会議員、朝木、矢野と親密な共産党の議員と、清水、朝木を支援する主要メンバーがおおかた顔を揃えたことになる。矢野を除いて、傍聴に駆け付けることが清水や朝木への支援になると信じていたのだろうか。

足を引っ張った市議

 ただ、清水や朝木の支援にやってきた傍聴人の中に、傍聴席から大きな声を出して書記官からとがめられたり、私語を発して裁判長から何度か注意を受けたりする者がいたことは、支援という意味ではプラスにはならなかったのではあるまいか。とりわけ、昼休みに入る直前、東村山市議の蜂屋が喉から絞り出すような怒声を発した際には、書記官が顔色を変えて傍聴席に近づき、「今声を出したのは誰ですか?」と強い口調で注意したほどだった。

 法廷で書記官がここまで強い口調で傍聴人に注意するという光景はめったに見られるものではない。私の経験では右翼との裁判以来である。

 もちろんこの怒声は山川か裁判官に向けられたものだったろう。午後にも、傍聴席から大きな声を出し、再び書記官から注意を受けた者がいたが、その声も午前中に聞いた声とよく似ていた。他の傍聴人によれば、武蔵村山市議の天目石もなにか不満の声を漏らしていたらしい。何の役にも立たないのだが。

 議会と異なり法廷での不規則発言は厳格に禁じられており、場合によっては、かえってその発言が支援する側に不利な心証を形成してしまうことになりかねない。傍聴席のどこからどこまでが被告の支援者であるかが裁判官から見ても明らかな今回のような場合にはなおさらではないかと思う。判決を左右することはないと思うが、裁判官の心証という点では、蜂屋の怒声は清水や朝木にとって必ずしもプラスとはならなかったのではあるまいか。

 いうまでもないが、裁判は大きな声を出せばどうにかなるというものではない。注意を受けた市議は、議会と法廷とは違うということがよくわかっていないのだろう。

象徴的な光景

 清水は執拗に「山川は寿会の金を横領した」と主張、宣伝し、朝木もまた東村山市議会でこれまで10回にわたり同様の主張を繰り返してきた。この日、傍聴席に陣取った寿会会員や東村山市議はいずれも、清水や朝木の主張を事実と信じている。つまり、清水や朝木を支援する寿会会員らが集結した傍聴席の光景は、どれほどの人たちが清水や朝木の宣伝の影響を受けているかを具体的に示すものだったといえる。

 清水は寿会役員が集まった席で「『山川は寿会の金を横領した』と東村山中に触れ回って、東村山を歩けないようにしてやる」と発言したと山川は主張している。仮に山川の請求が認容されるとすれば、この日の傍聴席の光景は、山川が主張する名誉毀損被害の深刻さを裁判官に生々しく実感させてしまった――そう評価されることになるのかもしれない。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第74回
指導時期を法廷で確認

 山川は朝木が平成29年12月1日に行った一般質問(「山川は福祉募金の会計帳簿への記載について社協の指導に従って『出金』のみを記載したと主張している」とする内容)に対して訂正を求める要望書を提出した。しかし朝木は、山川の要望にいっさい応じなかった。

 この問題の争点は、「福祉募金の会計帳簿への記載の仕方について山川が社協から指導を受けた時期はいつだったのか」という点にあった。

 朝木の一般質問における主張によれば、その時期は「平成24年よりも前」ということになっていた。これに対して、山川はずっと前に提出していた準備書面でも、その時期は「平成24年度会計の監査の際、つまり平成25年」であると説明していたのである。

 朝木は山川から訂正を求める要望書が提出されても、山川に対して、自分が行った質問の一部が脱落したかどうか、あるいは社協から指導された時期について直接確認することはなかった。しかし、上記の朝木の一般質問について、山川が「山川の準備書面における記載を改ざんした上で、山川が社協から指導されたと説明している時期を偽って主張している」と準備書面で主張したためか、同年12月20日、第7回口頭弁論の場で朝木の代理人から突然「社協から指導された時期」について質問がなされた。

 朝木の代理人としても、朝木が東村山市議会で山川の主張を改ざんした質問を行ったということになれば、裁判に重大な影響を与えかねないと考えたのかもしれなかった。これに対して山川は、備忘録を見ながら、社協による指導がなされたのは平成24年度の会計監査の際、つまり平成25年4月19日であることを明確に回答した。

 社協の指導内容は「福祉募金は入金も出金も記載しないように」というものだった。集めた募金は集計したのち、そのまま市老連に振り込む。したがって、寿会の会計に入ることはないからだった。

 山川がそのことを知らず、会計帳簿に誤って「出金」のみを記載した福祉募金は平成24年に行われたものであり、山川が記載したのもその直後だったのである。山川が社協から指導を受けたのは平成25年なのだから、社協の指導内容からみても、山川が平成24年の時点で「社協の指導に従って『出金』のみを記載」することなどあり得ないのは明らかだった。

 朝木は同年12月1日に行った一般質問で山川の準備書面の一部を改ざんすることによって、山川が社協から指導を受けた時期について虚偽の主張をしていることにしたかったように思える。しかし同年12月20日、山川が朝木の目の前で社協から指導を受けた時期を詳細かつ明確に回答した時点で、「山川は社協の指導に従って『出金』のみを記載したと主張している」と主張するのは無理があることを確認したはずである。当然、「議会だより」の原稿として提出していた「(山川は)入金の記載をしなかったのは『市の担当者の指導によるものだ』と言い始めている」との原稿についても同様ではないかと思う。

2度あった訂正機会

 一方、議会事務局は平成29年12月4日以降、各議員に対して「議会だより」に掲載する原稿内容に変更がないかどうか確認を行い、同年12月28日、議会事務局は各議員から提出された原稿の内容について再度確認を行うため、議会内に設置されている広報広聴委員会に送付した。なお、朝木の原稿については本人に直接送付して確認を求めた。

 朝木は同年12月20日に山川から目の前で社協から指導された日時を聞いた時点で、提出していた原稿内容が事実に反するものであることを認識していた。だから朝木は、同日以降あるいは同年12月28日に議会事務局から確認を求められた際に原稿を訂正する機会があった。しかし朝木はその時点で原稿を訂正しなかった。

 年が明けて平成30年1月4日、広報広聴委員会が開催され、「議会だより」の掲載内容について最終チェックが行われた。当然、この日までに訂正の申し出があれば訂正がなされる。しかしこの日になっても、朝木から訂正の申し入れはなかった。

 山川が社協から指導を受けた日時を直接答えて以降、朝木には2度の修正か差し替えの機会があったことになる。しかし朝木は山川の回答を無視し、「山川は福祉募金の帳簿への記載について虚偽の説明をしている」とする主張を「市議会だより」にも掲載させたのである。

 こうして、朝木の山川に関する虚偽の記事が掲載された「議会だより」は東村山市内に全戸配布された。もちろん朝木が、「議会だより」が市内に全戸配布されるものであることを知らないはずがない。

「議会だより」を虚偽宣伝に利用

 朝木が山川から引用の誤りを指摘されても訂正せず、社協から指導された時期についても明確な回答をしたにもかかわらず、最終的に修正も差し替えもしないまま、山川の説明について事実に反する主張を「議会だより」に掲載させた事実をどう評価すべきだろうか。山川は福祉募金に関する朝木の一連の主張と山川の反論への対応について、平成30年2月22日付準備書面6Bで次のように主張している。

「上記被告朝木の姿勢は、本件一般質問が行政上の問題点を指摘し、その是正をうながそうとする公益目的を有するものではなく、単に原告を陥れようとする強固な意思に基づいてなされたものであることを歴然と示している。」

 その上で、山川は次のように結論付けた。

「被告朝木は第7回口頭弁論における原告の明確な回答によっても本件議会だよりの原稿を訂正せずに掲載させ、本件議会だよりを東村山市内に全戸配布させた。これによって朝木は、まさに被告清水の『山川が横領した証拠を東村山中にばらまけばいい』、『山川が横領したと東村山中に触れ回ってやる』との発言を実行に移した。被告朝木は、『原告は寿会の金を横領した』との誹謗宣伝をするために議会と行政を最大限に利用しているのである。」

 山川がこの準備書面を提出する直前に朝木は準備書面を提出し、「引用の脱落は故意ではなく、質問には公益性がある」(趣旨)と主張していた。山川は朝木の上記の主張に対して直接的な反論はしなかった。しかし朝木の直後に提出した山川の準備書面の内容は、そのまま朝木の主張に対する反論であるといってもいいのではあるまいか。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第73回
発行された「ひがしむらやま市議会だより」

 朝木が準備書面4(本連載第72回)を提出した日の翌日である平成30年2月22日、山川は朝木が平成29年12月1日に行った一般質問以後に主張している朝木の議会発言の公益性に関する新たな準備書面を提出した。これは朝木の準備書面4に対して反論したものではなく、それ以前から準備していたものだった。偶然にも朝木と相前後して提出することになったのである。

 山川が新たに準備書面を提出すべきと判断した理由は、東村山市議会が平成30年2月1日付で発行した「ひがしむらやま市議会だより」(東村山市議会平成29年12月議会を対象としたもの)にあった。同「議会だより」には各議員が行った「一般質問の要旨」が掲載されていた。

 各議員が議会事務局に一般質問のどの部分を「要旨」として掲載したいかを伝えるか、または議員自身が「要旨」として掲載する原稿を自ら作成し、議会事務局に提出したものが「要旨」として掲載される。朝木の「一般質問の要旨」を見ると、「多摩湖寿会で発生した元公明党市議による横領事件について」とのタイトルを付した上で、次のような「要旨」が掲載されていた。



(平成30年2月1日付「ひがしむらやま市議会だより」における朝木の「一般質問の要旨」)

「多摩湖寿会で発生した元公明党市議による横領事件について」

 「元会計は、会員から集めた社協の福祉募金を会計帳簿に入金せず、支出の記載だけして、集めたお金を簿外に置き自分が持っていた。入金の記載をしなかったのは『市の担当者の指導によるものだ』と言い始めている。これが本当であれば大変な事態だが、このような指導はあったのか。」

健康福祉部長 「そういった指導はないものと思う。」



 この記載によると、山川は会計帳簿に福祉募金の入金の記載をせずに支出だけを記載したことについて「市の担当者の指導によるものだ」と虚偽の説明をし、その「支出」分について自分が持っていた(=「盗んだ」との趣旨)ことの責任を行政に転嫁しようとしている――ということになる。平成29年12月1日に行った一般質問と同様の趣旨だった。

あえて「福祉募金」の部分を掲載

「議会だより」は一般質問の要旨を掲載するものだから、同じ趣旨であることは当然である。しかし事情によっては、発言した議員本人が訂正するか、あるいは一般質問の他の部分の「要旨」に差し替えることもできる。朝木の一般質問にも他に掲載すべきテーマがないわけではなかったように思える。

 なにより、山川が平成24年、福祉募金について会計帳簿に「入金」を記載せず「出金」だけを記載した理由について、「山川は『社協の指導に従った』と説明している」とする朝木の理解は間違っていると根拠を示して何度も主張している。にもかかわらず、朝木は福祉募金に関する部分を掲載したのである。

 朝木はたんに一般質問の中で自分が掲載したい部分を選んだにすぎないのだろうか。しかし、「議会だより」の上記部分が掲載された経緯を確認すると、朝木があえて山川の説明を無視し、この部分を掲載した状況が見えてくる。

 この一般質問が行われたのは平成29年12月1日で、すべての議員の一般質問が終了した同年12月4日、議会事務局は各議員に対して「議会だより」に一般質問のどの部分を掲載したいか問い合わせを行った。朝木は特定の部分を指定するのではなく、原稿を自ら作成して提出した。「議会だより」に最終的に掲載された上記の記載の原稿である。

 この時点ではまだ、山川から「朝木議員の引用部分には『翌年から』の文言が脱落しているから訂正してほしい」等の要望は提出されていない。したがって、文言の脱落が意図的なものでなかったとすれば、同年12月4日の時点で朝木が一般質問と同趣旨の原稿を提出したとしてもまだわからないこともないということになる。

 朝木は平成30年2月21日付準備書面で、文言の脱落について「特段の意図なく読み飛ばした」と主張している。しかし、朝木が「議会だより」の原稿を提出して以後の経過は、とうていその主張を鵜呑みにできるようなものではなかった。

いっさい確認しなかった朝木

 同年12月12日、山川は東村山市議会議長に対して、朝木が行った一般質問には引用において脱落箇所があること、またそれによって山川の主張に対する理解を誤っていることを指摘し、少なくとも引用の誤りについては訂正してほしい旨の要望書を提出した。同年12月14日、議長は朝木を呼び、山川から提出された要望の趣旨を伝えるとともに、要望に応じるかどうかを尋ねた。これに対して、朝木はその場で引用の誤りさえも訂正を拒否した。

 普通に考えれば、また仮に意図的な脱落でなかったとすれば、朝木にとって山川から要望書が提出されたことは意外だったはずである。とすれば、朝木はいったん回答を保留し、自らの発言内容の確認および訂正を申し出た本人に事実関係を確認してもよかったのではあるまいか。

 しかし、山川の要望を知った朝木が、山川本人に事実関係を確認した事実はない。朝木は山川に対して社協から指導された時期についてなんら確認をしないまま、陳述書の一部を脱落、改ざんしたかたちで一般質問で取り上げ、追及した。それだけでなく、山川本人から引用の誤りを指摘され、訂正を求められてもなお確認しようとはせず、訂正にも応じなかったのである。

 これが公益目的に基づく質問といえるのだろうか。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第72回
改ざんと公益性

 朝木が平成29年12月1日に東村山市議会で行った一般質問をめぐり、山川は平成30年1月5日までに2回にわたり準備書面を提出し、朝木が平成28年9月以降に繰り返し行った議会質問には「公益性がない」と主張した。山川がこう主張する根拠は、朝木が山川の提出した陳述書の一部を改ざんして引用した上で「山川は福祉募金を盗んだ」とする趣旨の主張をしたことだった。

 朝木はそれまで「山川は寿会の金を横領した」とする主張を繰り返してきたが、1度たりとも客観的な証拠を示したことはない。これだけでも公益性があるのかどうか疑わしいと思うが、それだけでなく朝木は「山川は寿会の金を横領した」とする主張を正当化するために山川が提出した陳述書の一部を改ざんして引用したのだった。

「横領した」とする主張を正当化するために、その根拠を「捏造した」と言い換えることもできよう。よって、「一連の東村山市議会における朝木の発言には公益性がない」と山川は主張したのである。

 もちろん、山川がこう主張したからといって、裁判所がどう判断するかはわからないし、裁判所が朝木の議会発言の「公益性」を争点にするのかどうかさえわからなかった。確かなのは、山川が朝木の議会発言に関する最初の準備書面を提出した後に、裁判所が「公益性が問題になる場合は合議制にすることになっている」という理由で裁判官の構成を変えたということだった。

「公益性」主張の趣旨

 しかし、公益性が争点になる可能性があると考えたのは山川だけではなかったようだった。当然、ここでいう「公益性」とは、直接的には多摩湖寿会の会計問題に関する朝木の議会発言に公益性があるのかという問題にほかならない。

 朝木の発言の公益性が疑われる事態となれば、その影響が多摩湖寿会会長、清水澄江にも及ぶのは避けられまい。清水もまた、「山川は寿会の金を横領した」と主張するだけで、その証拠はいっさい示していない。朝木が議会で「資料を改ざんして『山川は寿会の金を横領した』と主張した」ということになれば、同じように清水も、「根拠もなく山川に濡れ衣を着せたのではないか」との疑念を持たれることになりかねない。

 通常、他人に向けられた批判が、正当な根拠もなく、最初から他人を貶めることを目的になされたものと断定される場合には、その批判自体が不当なものと評価される。朝木と清水が行ってきた山川に対する追及に公益性が否定されることになれば、真実性とは関係なく、名誉毀損が成立することになる。平成28年12月1日に朝木が行った議会質問以降に山川が提出した2つの準備書面における主張にはそのような意味があった。

「特段の意図なく」と主張

 朝木の質問後に山川が準備書面を提出したことと裁判所の構成が変わったこととの関係を朝木がどうみていたのか。実は山川が新たな準備書面を提出しようとしていた矢先の平成30年2月21日、朝木は山川の公益性に関する主張に対する反論とみられる準備書面4を提出した。

 それによると、朝木はまず、平成29年12月1日に朝木が行った一般質問に関して、山川が「朝木は山川が提出した陳述書の一部を改ざんした上で『山川は虚偽の説明をしている』と主張した」とし、「朝木の上記一般質問には公益性がない」と主張したのに対して次のように反論していた。



(「朝木は山川の準備書面を改ざんした」とする主張に対する朝木の反論)

 原告は、被告朝木が市議会における質問の中で原告の陳述書を引用する際、意図的に「翌年から」という文言を読み飛ばし、事実に反して原告が福祉募金について虚偽説明をしているかのような状況を作出することによって、原告を陥れ、横領犯人に仕立て上げようとした等と主張する。

 ……この点、当然ながら、被告朝木が原告の陳述書を書き換えた(文書を変造した)事実は一切ない。



 朝木はこう主張した上で、朝木が議会で行った「山川は上記陳述書で、『会計帳簿に福祉募金の出金だけを記載したのは社協に指導されたからだ』と説明している」との質問について、「ごく自然な理解を前提として市議会での質問を行ったに過ぎない」と主張していた。

 朝木は「原告の陳述書を書き換えた(文書を変造した)事実は一切ない」と主張するが、一般質問において「翌年から」の文言が脱落しているのは明らかであり、故意であろうと過失であろうと、山川の陳述書を書き換えた状況となっていることに変わりはない。朝木はその事実さえも認めないというのだろうか。

 山川は「朝木は準備書面の一部を改ざんし、全体の趣旨を意図的に歪めようとしている」と主張している。しかし朝木の準備書面には、この点に関する明確な説明も反論もいっさいなかった。上記の朝木の主張は脱落があろうとなかろうと、自分の理解には変わりはないということなのだろうか。

 さらに朝木は、「朝木は準備書面の一部を改ざんし、全体の趣旨を意図的に歪めようとしている」とする山川の主張には正面から反論せず、むしろ次のように山川の主張を批判していた。

「被告朝木が『翌年から』という文言を特段の意図なく読み飛ばした事実をもって、『原告が福祉募金について虚偽説明をしていることになってしまう』、これにより被告朝木が『原告を陥れ、横領犯人に仕立て上げようとした』等と主張すること自体、論理に飛躍がある。」

 ことは山川が福祉募金について虚偽の説明をしたかどうかであり、山川の名誉に関わる。したがって、東村山市議会という公の場においてそのような質問を行うにあたり、当然、朝木は議員として、山川の陳述書を引用するにあたり、間違いがないようにより慎重でなければならないし、そのことを朝木が自覚していないはずはあるまい。

 その朝木が、山川の説明内容を左右する重要部分を脱落させた。これが意図的だったのか、朝木が主張するように「特段の意図」のないものだったのか。

「特段の意図」が最初からなかったというのなら、山川の訂正を申し入れに応じなかったのはなぜなのか。すぐに訂正に応じてもよかったのではあるまいか。

 朝木が訂正に応じなかったこと自体、朝木が意図的に「翌年から」の文言を脱落させた証拠であると山川は主張している。この点については裁判所の判断にまかせるほかないが、いずれにしても、朝木の一般質問とその公益性をめぐる山川の主張に対して朝木が正式に記録に残るかたちで反論を行ったことで、朝木の市議会発言の公益性が晴れて争点化することになったことだけは確かなようだった。公益性が論点となることに関して山川には何もマイナスはなかった。

話題にならなかった求釈明

 なお、この準備書面の末尾で朝木は山川に対し、「福祉募金の『出金』のみを会計帳簿に記載した理由」について明らかにするよう求釈明を行った。山川は当初から一貫して「知識不足のため」であると説明しているのだが、朝木はいったい何が納得できないというのだろうか。

 朝木としてはやはり、「山川は社協からそう指導されたから会計帳簿に『出金』のみを記載した」と説明しているといいたいのだろうか。山川が社協から指導された時期については、朝木の一般質問後に開かれた口頭弁論の場で「平成25年の監査の際」であることを明確に答えており、「山川は社協からそう指導されたから会計帳簿に『出金』のみを記載した」などとは説明していない。

 あるいは裁判官も、山川が説明する「会計帳簿に『出金』のみを記載した理由」について朝木と同じ疑問を持っていただろうか。しかしその後に開かれた口頭弁論の席で、朝木が準備書面で蒸し返した求釈明について裁判官が山川に答弁を求めることはなかった。裁判官から「無視された」と理解すべきなのだろうか。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第71回
「要望書」に対する回答

 平成29年12月20日に第7回口頭弁論が行われて以後、平成30年3月13日に第8回口頭弁論が開かれるまでの間に、山川から2通(①平成30年1月5日付準備書面5B、②平成30年2月22日付準備書面6B)、朝木から1通の準備書面(平成30年2月21日付準備書面4)が提出されている。その内容はいずれも平成29年12月1日に朝木が行った一般質問、および平成28年9月から始まった朝木による多摩湖寿会の会計問題に関する一連の議会質問に公益性があったか否かに関するものだった。

 前回口頭弁論の後、準備書面を提出したのは山川である。山川は朝木が平成29年12月1日、山川が提出した陳述書の一部を改ざんして、福祉募金の処理に関して山川が社協から指導を受けた時期を偽っているとする質問を行った箇所について、平成29年12月12日付で東村山市議会議長宛て要望書を提出し、朝木に対して同議長を介して訂正を求めた。要望書に記載していた「要望の趣旨」は、

①朝木議員は、朝木議員は、議員が本件質問で「引用」した本件記載のうち、「前年に市の担当者から『募金の入金は会計簿に記載しないように』との指導を受けたので記載しなかった」(反訳の重要箇所③)との部分を、原文どおり、「前年に市の担当者から『募金の入金は会計簿に記載しないように』との指導を受けたので、翌年から記載しなかった」と正しい引用に訂正してください。

②朝木議員は、反訳記載の重要箇所①②(「山川は福祉募金の『入金』のみを帳簿に記載したことについて、前年に社協の担当者から指導されたといい始めている」と朝木が主張している箇所)について、引用の誤りに基づきその解釈にも誤りがあったと判断される場合には、上記部分について自主的に訂正してください。

 ――の2点である。

 これに対する回答書が、ちょうど第7回口頭弁論が開かれた平成29年12月20日、山川に対して送付された。回答の内容は以下のとおりだった。



(「要望書」に対する回答)

 12月14日に議長より朝木議員に対し本件要望書の趣旨を説明し、訂正に応じるか確認したところ、「発言を訂正する意思はない」とのことであり、12月定例会中における訂正はありませんでした。

 また、議会としても本件に関し、特段の措置はいたしておりません。



 以上である。朝木は山川の訂正を求める要望にはいっさい応じず、仮に朝木の発言に客観的な誤りがあり、その誤りに起因して山川が不利益を被るとしても、東村山市議会としていっさいの措置をとることはないということ。つまり、朝木が行った一般質問の内容は一言一句訂正されることはないということだった。

悪用される懸念

 議会における議員の発言は、本人の了解なしに勝手に訂正することはできない。一般論として、仮に議員が議会で資料を引用するに際して客観的な間違いを犯していることが明らかで、当該資料の作成者から訂正を求められた場合であっても、規則上、議会の判断で訂正させることはできないという。

 今回の、少なくとも誤りであることが明らかな朝木が行った引用について、それが意図的であるか否か、またその「誤り」が質問全体の趣旨に影響を与えていたか否かを問わず、事実に反する引用が黙認されても仕方がないとする東村山市議会のルールにはやや違和感を禁じ得ない。朝木が再び意図的に引用部分を改ざんし、それを他人を誹謗中傷する材料に使うこともないとはいえないし、東村山市議会はそれを悪質な行為と認識しても、現状では、本人が訂正勧告に応じない以上は、発言を訂正させる手段を持たないのである。

 そうなれば当然、それがどのような悪意に基づく発言だったとしても、そのまま議事録に記載され、あたかも誤りのない正当な発言として残ることになる。めったにあることではないとは思うが、議員の発言を尊重する東村山市議会の規則が悪用される懸念を払拭できず、ひいては市民を不安にさせる一面があることは否定できない。

訂正に応じない真意

 さて、議会のルールはさておき、朝木が山川の「要望」を拒否した事実は何を意味するだろうか。

 あらためて山川が提出した要望の趣旨を確認すると、①は「引用の誤りを訂正してほしい」というもの、②は「引用部分の解釈に誤りがあったと認識するならば、解釈の部分も訂正してほしい」というものである。このうち②はあくまで朝木の理解の問題で、当該箇所をどう理解しようと朝木の自由だから、「訂正しない」という回答が返ってきてもやむを得ないだろう。

 では、上記①の「引用の誤り」の訂正にも応じない事実をどう評価すべきだろうか。仮に朝木がこの質問によって行政行為の事実関係を確認しようとしたのであれば、少なくとも単純な「引用の誤り」に限っては、なぜ訂正に応じないのか、その理由を想定することは困難というべきではあるまいか。

 すると、「引用の誤り」さえも訂正に応じなかった朝木の対応から判断すれば、朝木は「引用の誤り」を訂正することによって質問全体の趣旨がおかしくなると判断したと考えられる。したがって山川は平成30年1月5日付準備書面5Bにおいて、「(朝木が「引用の誤り」さえも訂正に応じなかったことは)被告朝木の引用の誤りが過失ではなく故意だったことを裏付けている」と主張している。

「引用の誤り」が故意だったとすれば、それに基づく質問に公益性があるといえるのかという根本的な疑問が生じよう。この点について山川は、準備書面5Bにおいて次のように主張している。



(朝木の一般質問に対する山川の主張)

 上記の事実(筆者注=朝木が訂正に応じなかったこと)は、それが故意によるものであったこと、及び被告朝木が最初からまともな問題提起を行う意思など持っていなかったことを示すものであり、本件質問が公益目的に出たものではないことを自ら認めるものにほかならない。本件質問の目的は、原告が「福祉募金について虚偽の説明をしている」とし、「多摩湖寿会の金を横領した」と主張することにあったのである。

 よって、本件質問は原告を陥れることを目的とした悪質なものであり、公益目的に出た議員の発言として保護されるべきものとは到底いえない。

 被告朝木は平成28年9月以降、多摩湖寿会に関する議会質問を執拗に、繰り返し行ってきた。本件質問は一連の質問の延長線上にある。被告朝木は引用の誤りの訂正に応じなかったことで、一連の議会質問の目的が「原告を横領犯人に仕立て上げること」にあったことを自ら明らかにしたのである。



「引用の誤り」が故意でなかったとすれば、朝木は山川に直接事情を確認したのち、あらためて回答することもできた。しかし、朝木が山川に事実関係を確認することもなく、ただちに訂正を拒否したのである。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第70回
かなり珍しい事例

 平成29年12月1日、朝木が東村山市議会12月定例会で、山川の陳述書の一部を改ざんし、この裁判で自分が有利になるような質問を行ったことを境に、東京地裁はそれまで1人だった裁判官を3人の合議制に変更した。裁判官はその際、「公益性に関することは合議制にすることになっている」と述べた。

 その意味するところが何なのか、しかと確認できたわけではない。しかし、それまで検討するまでもなく認められると判断していた公益性について、少なくとも検討の必要があるとする判断に傾いたことだけは確かなようだった。

 記事や発言等における名誉毀損裁判においては、その内容に①公共性、②公益性があり、かつ③その内容が真実であることの証明があったとき、④またはその表現者が、表現した事実が真実であると信じたことについて相当の理由があったと認められる場合には、記事等が他人の名誉を毀損するものであったとしても違法性が阻却される――というのが最高裁の判例であり、この裁判もその基準に従って判断されることになる。

 多摩湖寿会は会員から集めた会費と東村山市から交付された補助金によって運営されている老人クラブである(現在、補助金の交付はストップされている)。この裁判において問題とされている表現内容は「山川は多摩湖寿会の金を横領した」というものだから、当然公共性があり、普通なら「山川は多摩湖寿会の金を横領した」と追及することには公益性があると判断される可能性が高い。

 まして議員による議会発言は、通常は公益目的に基づくものと認識されているし、判例でも議員による議会質問に対して公益性が否定された例はほとんどない。仮にその発言に十分な客観的根拠が認められなかったとしても、「自分はそう認識した」ということなら、真実性・相当性が認められなかったとしても、質問そのものの公益性までが否定されることはめったにないのである。

 国会議員は憲法51条で議会における発言の自由が保障されている。一方、地方議会議員には発言の自由を保障する法律上の規定はないが、民主主義社会において地方議員が行政上の問題を質すことは不可欠かつ重要と考えられており、よほどのことがないかぎり発言の自由が最大限に認容されている。つまり、その発言は公益性を有するものとみなされている。

 ただ、地方議員が議会においてなんらかの違法性が疑われる行為の存在を指摘する場合に、それが相当の根拠に基づくものとはいえないにもかかわらず、公開の場で関係者を名指しし、行為の内容や根拠を問うことに止めるのではなく、自ら当該行為が違法であると断定し、第三者の名誉を毀損したことが明らかであると判断されるような場合には、例外的に議員の職責に対する考慮を超えた判断を示した判例もないわけではない。平成28年9月以降に行われた朝木直子による「山川は多摩湖寿会の金を横領した」と断定した質問について、東京地裁は上記のような理由で公益性を検討する必要性を認めたのだろうか。

改ざんに基づいた質問

 さてタイミングからみて、東京地裁が裁判官の構成を変更するきっかけとなったのは、平成29年12月議会における朝木の一般質問であると思える。その質問内容を簡単に振り返ると、概要は以下のとおりだった。

  山川は多摩湖寿会の会計に就いた初年度(平成24年)に、福祉募金を市老連に送金した際、知識不足から会計帳簿に福祉募金の「出金」のみを記載した。このことをめぐり、山川は翌年の監査の際(平成25年=平成24年度会計の監査)に社協の担当者から「福祉募金については入金も出金も記載しないように」と指導されたと準備書面で説明していた。ところが朝木は一般質問において、山川が社協の担当者から上記の指導を受けたと説明している時期を意図的に曲解し(「平成23年」と主張)、それによって山川が会計帳簿に誤った記載をしたことについて虚偽の説明をしていると主張したのである。

 つまり朝木がいおうとしていたのは、山川は横領を隠蔽するために、「福祉募金の入金を記載せずに出金だけを記載したのは社協の担当者からそのように指導されたからだ」と行政側に責任を転嫁しようとしているということだった。その目的は福祉募金の横領を隠蔽することであるとする主張と理解できた。

 質問の際、朝木は山川の陳述書の一部を引用したが、朝木は山川が説明する社協による指導がなされた時期を特定する重要な箇所を意図的に脱落させた。朝木は山川の説明した箇所を改ざんして引用し、社協の指導時期について山川が虚偽の説明をしていることにしたのである。

 このため山川は、平成29年12月7日付で朝木が行った上記一般質問(朝木と清水が主張する「山川による横領」の根拠のうちの「福祉募金」に関する質問)について、音声記録を証拠提出し、朝木が「原告が提出した陳述書の一部を改ざんして質問を行った」こと」を具体的に示した。その上で「本件質問は、議会質問を利用して原告を陥れようとするものであることが明らかであり、市議会議員の議場での発言として保障されるべきものとは到底いえない。本件質問は、被告朝木が原告を横領犯人に仕立てるために一貫して議会質問を利用している事実を雄弁に物語るものにほかならない。」と主張したのだった。

否定できなかった代理人

 この準備書面を見た朝木の代理人は、その後の平成29年12月20日に開かれた口頭弁論の際、福祉募金の帳簿への記載について山川が社協から指導された時期がいつなのか、山川に対して不意に口頭で回答を求めた。この日、山川は平成25年以降(山川が多摩湖寿会の会計担当として最初に会計監査を受けた年)に社協から指導を受けた日を記録した手帳を持参していて、その記載に基づき、指導を受けた年月日を正確に答えた。

 その年月日とは、「平成25年4月19日」だった。朝木が「山川は福祉募金を盗んだ」と主張しているのは平成24年の福祉募金であり、「山川はその前年に『指導を受けた』と説明している」と主張していたのである。朝木の代理人に対する山川の回答は、朝木の主張を完膚なきまでに葬り去るものにほかならなかった。

 山川の回答を聞き届けた代理人は、裁判官に対して上記のやりとりを「調書に残しておいてください」と念を押した。その意図を理解するのは難しいが、この結果、山川が社協から指導された時期について明確にしたことは動かせない事実となった。

 少なくとも、朝木なり朝木の代理人が山川の回答を覆す証拠でも握っているのでないかぎり、山川の回答が調書に残ったことは山川にとってプラスであってもマイナスとなることはない。実際にこの日、朝木の代理人はただ「調書に記録しておくように」と主張するのみだった。山川の回答を否定できなかった時点で朝木の負けだったのである。

 前回口頭弁論ではこのようなやり取りがあった。それから第8回口頭弁論(平成30年3月13日)が開かれるまでには、被告側の都合で3カ月という異例な長期のブランクがあった。しかしこの間には、公益性をめぐり、書面のやりとりが行われていた。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第69回
要望を出さなかった清水

 朝木の供述も清水の供述も、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」という点で一致している。しかしこれまでみてきたところによると、清水が朝木に示談書の作成を依頼するに至った経緯および作成目的についての供述はいずれもとうてい信用できるものではない。

 これをどう判断すべきなのだろうか。経緯については信用できないが、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」という結果だけは信じるに足るとみるべきなのだろうか。

 朝木と清水の供述を総合すると、多摩湖寿会役員の間で「示談書を交わす必要がある」との意見が出たため、清水が朝木に示談書の作成を依頼した、ということになっている。そういうことなら、流れとしては自然にみえる。

 しかし、清水が朝木に示談書の作成を依頼する原因となる「役員間の話し合い」なるものは、これまでみてきたとおり、実際にはなされていない可能性がきわめて高い。役員間の「話し合い」が行われていなければ、「示談書を作成する必要がある」などという話は役員の間から出てきたものではないと判断できる。

 すると、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」というのが事実とすれば、示談書は清水が独断で必要と判断し、その作成を朝木に依頼したということになる。もちろん、示談の当事者は清水だから、示談書の作成を依頼するにあたり、清水は示談書に盛り込みたい内容について朝木に要望を伝えたはずである。ところが、清水の陳述書には「経緯を伝え、資料を見てもらい、示談書の案を作ってもらえないか、と頼みました」とあるのみで、具体的な要望は一言も記載されていない。

 それは朝木の陳述書でも同様である。朝木の陳述書の記載はもっと淡白で、「澄江さんから私に、示談書を作成してくれないかとのご依頼がありました」とあるのみだった。依頼者である清水からなんらの要望も出ないとはどういうことなのだろうか。またこの事実は、何か別の意味を持つのだろうか。

「役員間の話し合い」なるものは存在せず、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」とする事実の前提に関する清水と朝木の供述は全く信用できない。清水が朝木に示談書の作成を依頼したとする事実の前提が怪しい上に、清水が朝木に依頼するにあたってなんらの要望も出していないということになれば、「清水が朝木に示談書の作成を依頼した」とする事実自体も信用するのはよけいに難しいということになるのではあるまいか。

 すると、寿会役員の間で「示談書を交わす必要がある」との意見が出たという話も、示談書は清水が朝木に作成を依頼したことにするために捏造されたものである可能性すら疑われよう。言い換えれば、示談書は清水が依頼したものではなく、朝木が提案し、作成した可能性も十分に想定できるということである。

2人の間の意思形成

 示談書の発案者が当事者である清水ではなく、実は朝木だったとする明確な根拠はない。しかし、清水が山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わしてからわずか4日後に、誓約書の趣旨を覆す内容(「山川が横領を認めて謝罪する」との条項を含む)の示談書を作成することに合意したことは疑いのない事実である。

 これは2人にとって、誓約書の内容が不服だったことを意味しよう。しかも、他の寿会役員の中に、2人の間でそのような合意がなされたことについて知る者は1人もいなかった。

 これらの事実を総合して、示談書が作成された意図と目的について山川は平成29年11月22日付陳述書で次のように述べた。

「朝木さんと清水さんが述べる示談書作成の理由は信用できるものではありません。清水さんと朝木さんにとって、誓約書の内容は、私が『横領を認める』という文言が入っていないという理由で不満なものでした。また、誓約書に従えば、これ以上山川を追及することもできないということになってしまうのです。このため、誓約書の内容を反故にするために、『正式の示談書を作成する』との方便をでっち上げ、その中に『(筆者注=山川が)横領を認める』という文言を入れたということではないかと思います」

 その上で山川は、朝木と清水によって現在も「山川は多摩湖寿会の金を横領した」とする宣伝が行われている状況と示談書の位置付けについて次のように結論付けている。



(山川が主張する「示談書の位置付け」等)

 この示談書作成に至る朝木さんと清水さんの意思形成こそ、その後の私に対する数々の名誉毀損行為の出発点となったのではないかと推測しています。朝木さんと清水さんは、私にこの示談書に署名させることによって、力づくで私に横領を認めさせようとしました。しかし私が示談書への署名を拒否したため、今度は朝木さんが議会質問を利用して私を横領犯人に仕立て上げようとしたのです。



 誓約書の時点までは、清水の意見が重要な位置を占めていたとしても、一応は多摩湖寿会としての意思に従ってものごとが進んでいたようにみえる。しかし、清水が朝木と会った平成28年8月21日以降、2人を中心として山川を追及する方向へ大きく変わったことは事実だろう。

 山川の上記の主張にあえて追加すれば、山川が示談書に署名しようがしまいが、朝木がこの会計問題を「横領事件」として議会で取り上げるつもりだったことにはなんら変わりはなかっただろう。ただ、山川が示談書に署名しなかったことで、議会での追及の仕方が難しくなったことは確かなようだった。

 その一例が、平成29年12月定例会一般質問で、山川の陳述書を改ざんして引用し、自らに有利な質疑を作り上げようとしたことだろう。それが原因だったのかどうか、東京地裁はそれまでの方針を見直し、「公共性」が論点になるとの理由で裁判官3人の合議制に変更したのである。

 その最初の口頭弁論は、平成30年3月13日午後4時に開かれることになっている。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第68回
事実の裏付けを欠く「経緯」

「横領を認めて謝罪する」旨が記載された示談書の目的は、山川が署名捺印することによって多摩湖寿会がことを収めようとするものではなく、朝木と清水が山川を「横領」容疑で告訴(東村山市に対しては告発させること)するための根拠にすることにあった可能性が高い。ことを穏便にすませようとする目的だったとすれば誓約書で十分だったのであり、それでもまだ足りないというのなら、事前に山川や加藤前会長になんらかの話がなければおかしい。

 では、いったいどんな経緯で示談書を作成しようということになったのだろうか。清水は次のように供述している。

「私は、朝木議員に連絡し、経緯を伝え、資料を見てもらい、示談書の案を作ってもらえないか、と頼みました。」

 清水がいう「経緯」とは、1つは平成28年8月17日に山川との間で誓約書を交わしたこと、さらに清水が「経緯」として供述しているのが、「新年度の役員の間で話し合ったところ、正式な示談書を取り交わす必要があるのではないか、との意見が多くでました」という事実だった。

 しかし、これまでみてきたとおり、新役員である大野は調印の日まで示談書の内容を知らなかったし、同じく新役員の小川康子は示談書の件には触れてもいない。清水自身も「話し合い」があったというだけで、それがいつ、どこで、誰が集まって行われたのか具体的な説明はしない。

 それに何より、示談書が誓約書の内容を覆すものである以上、誓約書の当事者である山川に調印の当日までなんら中身を教えないというのは通常はあり得ない話だった。これらの状況は、清水のいう示談書に関する「話し合い」など行われていないと推測するに十分であるというほかなかった。

 すると示談書の作成を朝木に頼んだ経緯に関する清水の説明のうち、「新年度の役員の間で話し合ったところ、正式な示談書を取り交わす必要があるのではないか、との意見が多くでました」との部分については、虚偽だということになる。

 一方朝木は、「清水さんから示談書の作成を依頼された」とし、その経緯について「寿会の役員からも『もう一度、山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべきだ』という慎重な意見が出ているとのことであり」と供述している。しかし、そもそも寿会役員の間で示談に関する「話し合い」が行われた形跡は認められないから、朝木が供述するような「慎重な意見が出ているとのことであり」というのも事実に基づくものではないということになる。

前言と矛盾する供述

 朝木が供述する示談書作成の経緯については、朝木自身のもう1つの供述がその信憑性をさらに否定している。朝木は上記の「経緯」を述べた直後に、次のように供述している。

「この一般質問の通告の段階(筆者注=平成28年8月24日)では、(山川さんが横領を認めて謝罪し、お金を返せば)刑事告訴をとりやめる可能性があった」

 この供述によれば、同年8月22日に朝木から示談書を受け取った清水は、質問通告の締め切り期日である同年8月24日までに(締切日に合わせて)山川から署名捺印を取り付けるつもりだったことがうかがえる。当然、このことは朝木の要望でもあったのだろう。通告の締め切りに間に合えば、「山川は寿会での横領を認めて謝罪した」と、質問通告書に堂々と記載することができるのである。

 しかし現実には、清水の何かの事情によって日程の調整ができず、調印のための会合は同年8月25日にずれ込んだもののようだった。ただ、調印のための会合は通告締め切りには間に合わなかったものの、朝木の一般質問には十分に間に合う時期に設定された。

 清水が山川に示談書を示し、山川が署名に応じていれば、「刑事告訴をとりやめる可能性があった」と朝木は供述している。言い換えれば、山川が示談書に署名捺印しなければ、多摩湖寿会は山川を刑事告訴するつもりだったということになる。朝木がいうように、多摩湖寿会として本当にそんな意図があったのか。

 同年8月25日、山川が示談書への署名捺印を拒否したのに対し、多摩湖寿会が山川を刑事告訴した事実はない。この事実は、多摩湖寿会として、山川が「横領を認めて謝罪する」趣旨の示談書に署名すれば刑事告訴はしないなどという考えなどなかったことを示している。したがって、示談書の目的は山川を告訴するか否かを決定しようとするものではなかったということになる。

 すると、「寿会の役員からも『もう一度、山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべきだ』という慎重な意見が出ているとのことであり」とする示談書の作成に関する朝木の供述はなぜこれほど事実と矛盾しているのだろうか。その理由は、朝木が示談書の本来の目的を隠そうとしているからであるとみるべきではあるまいか。示談書の本当の目的は、山川に「横領」を認めさせることにあった。少なくとも、そのような趣旨の文書を形として残すことにあったのではないのだろうか。

 朝木、清水、大野らの陳述書に現れた事実を総合すると、朝木が示談書を作成した目的は、当然、今度こそ山川を告訴するためだった――こうみるのが自然であるように思われる。

(つづく)
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多摩湖寿会事件 第67回
こじつけの作成理由

 誓約書を交わしたにもかかわらず、また本来は示談を持ちかける側ではない清水が、あえて示談書を作成する必要があると考えたのはどういう理由によるのか。その点について清水は自分の陳述書では「まだ、正式な示談書というものは取り交わされていませんでした」としか書かれておらず、なぜ示談書が必要だったのかについては明言していない。

 ところが朝木は、示談書を作成した理由について次のように供述していた。

「山川さんを刑事告訴することについては、寿会の役員からも『もう一度、山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべきだ』という慎重な意見が出ているとのことであり、澄江さんから私に、示談書を作成してくれないかとのご依頼がありました」

 示談の当事者である清水が示談書を作成する理由について自らはいっさい述べず、朝木が清水から聞いた話として供述するのか。不可解というほかない。

 朝木の陳述書には上記の供述以前に「刑事告訴」の文言はいっさい登場しておらず、この文言は唐突に出てきたものである。平成28年8月17日に行われた寿会の会合の中で上記の朝木の供述のような話し合いがあったとすれば、清水や大野の陳述書の中に「刑事告訴」の文言が出てくるのが自然と思うが、清水、大野、加藤の陳述書の中には、刑事告訴について検討された旨の供述はおろか「刑事告訴」の文言さえ一言も出てこない。

 誓約書を交わしたあと、清水が示談書に調印させようとした平成28年8月25日までの間に関しても同様である。また「横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない」とする方針の下で示談書が作成されたとすれば、同年8月25日、清水から山川に対してその旨の説明がなされるのが当然である。しかし当日、清水から山川に対して「横領を認めて謝罪する」旨の示談書に署名捺印すれば刑事告発はしないとする説明はなかった。

 これらの事実は何を意味するだろうか。上記の示談書作成の前に寿会内で「刑事告訴」が検討されたかのような朝木の供述は、不自然きわまる示談書の作成の理由をこじつけるための方便としてひねり出されたものにすぎない――そうみるのが自然である。

自ら虚偽を明らかに

 その証拠に、朝木はその後の平成28年11月30日、一般質問で東村山市長に対して「山川を刑事告発すべき」と主張した後、傍聴席にやってきて、清水にこう話しかけた。

「(市長が告発をやらないから)こっちで告訴するしかないよ」

 朝木は陳述書で清水から聞いた話として「(示談書で)横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない」とする趣旨で示談書を作成したという。その示談書に山川は署名しなかった。しかし、その時点で寿会は告訴をしていない。その一方で「東村山市が告発しないからこっちで告訴するしかない」と発言するとはどういうことなのか。

 朝木は陳述書で山川が示談に応じるか否かにかかわらず、多摩湖寿会の会計問題を議会で追及することを決めたと供述している。その最終目的が、東村山市長に山川を刑事告訴(あるいは告発)させることだったことは平成28年11月30日に行った一般質問の内容からも明らかである。

 東村山市に山川を告訴させるためには、「多摩湖寿会において山川による犯罪行為(横領)があった」ことを市に認識させなければならない。「横領」という犯罪行為を確かな根拠をもって立証するのは簡単なことではない。しかし、わかりやすい方法が1つあった。それが山川に、「横領を認めて謝罪する」との文言が記載された示談書に署名捺印させることだった――こういうことではなかっただろうか。

示談書の本当の狙い

 朝木が今回の会計問題を最初に議会で取り上げたのは平成28年9月議会である。同議会の一般質問の通告期限は同年8月24日だった。清水が山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わしたあと、朝木に最初に会ったのは同年8月21日である。

 朝木にとって、同年8月24日の質問通告締め切りまでに、山川に「横領を認めて謝罪する」とする内容の示談書に署名捺印させるのがベストだった。そうなれば、朝木は堂々と「山川は横領を認めている。この示談書がその証拠だ」と議会質問の中で断定することができる。これが朝木の思惑だったのではあるまいか。

 だから朝木は、質問通告に間に合わせるために、示談書の作成を急いだ。朝木が清水から「依頼された」という示談書を、その翌日の同年8月22日に届けたのにはこのような背景事情があったのだと推測できよう。

 示談書に調印させるために清水が設定した日程は、何かの事情で、朝木の思惑に反し、同年8月25日にずれ込んでしまった。しかし、質問通告の締め切りは過ぎたが、通告はしていなくても、「横領を認める」とする示談書に山川が署名捺印したという事実があれば、「山川は横領を認めている」と主張することはできる。朝木が一般質問で「山川は寿会の金を横領した」と主張するには十分な材料となっていただろう。

 同年12月議会で朝木が山川を告発するよう迫ったのに対し、市長は「本人も横領を否定している」などとして告発の意思がないことを明言した。これは一般に、「横領」を認定するには本人がそれを認めていることが必要とされていることをふまえた答弁である。

 朝木もそのことを知っていた。だからこそ一般質問の前に、「横領を認めて謝罪する」旨が記載された示談書に署名捺印させたかったのだろう。市長に告発を迫るには、平成28年12月議会に間に合えばそれでよかったはずである。

示談書はワナか

 平成28年8月21日に清水が朝木に会ったとき、すでに「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書が交わされていたこと、その後、寿会役員の間で示談に関する話し合いが行われていた形跡がいっさい存在しないこと、誓約書の当事者である山川、新役員の大野、前会長の加藤が、調印の当日まで示談書の内容をいっさい知らなかったこと、そもそも示談書の内容が誓約書を反故にするものであること――これらの事実を総合すれば、「『山川さんに示談をもちかけてみて、横領を認め謝罪すれば刑事告訴はしない方向で納めるべき』との理由で示談書を作成した」とする朝木の供述を信用するには無理があるというほかない。

「横領を認めて謝罪すれば刑事告訴はしない方針だった」という話が事実なら、示談書への調印前に、清水から山川に対して相当の事情説明なり相談がないはずがない。しかし山川には示談書の内容はいっさい知らされず、しかも調印の日程を知らされたのは当日の昼という差し迫った時間だった。つまり、示談書は多摩湖寿会が今回の事態を収めるためのものなどではなく、山川を犯罪者に仕立て上げるため、告訴告発のためのワナだった可能性がきわめて高い。

(つづく)
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