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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『東村山の闇』裁判・インターネット「創価問題新聞」裁判判決
 平成20年4月15日、元東村山警察署副署長、千葉英司氏が名誉を毀損されたとして東村山市議、矢野穂積氏と朝木直子氏を提訴していた2件の裁判の判決が東京地裁で言い渡された。

『東村山の闇』裁判

 1件目は、第三書館発行の書籍『東村山の闇』(東村山市議、矢野穂積氏と朝木直子氏の共著=平成15年11月発行)の記述をめぐる裁判。

 平成7年9月1日夜、矢野氏の同僚市議で、朝木氏の母親である東村山市議(当時)の朝木明代氏が転落死を遂げた。故朝木氏は当時、東村山市内の洋品店で万引きをしたとして書類送検されており、警視庁は「犯罪性はない」(すなわち「万引きを苦にした自殺」)と結論付けた。平成9年には東京地検も「自殺の疑いが濃い」として捜査を終結している。

 一方当時、矢野氏や朝木氏は「万引きは政治的陰謀によるでっち上げで、転落死も創価学会による謀殺」などと主張、平成8年以降、「万引き冤罪」と「他殺」を主張して多くの裁判を起こしてきた。しかし、いずれの裁判でも矢野氏らの主張が排斥されただけでなく、万引き被害者から提訴された裁判では100万円、創価学会から提訴された裁判では200万円(講談社とともに提訴された裁判を含めると計400万円)の支払いを命じられている。

『東村山の闇』は一連の法廷での主張がことごとく排斥されたあとに出版したもので、捜査機関や裁判所の結論を覆す内容。その中で矢野氏と朝木氏は捜査責任者だった千葉氏に関して、

①〈事件の中で登場する「キーパーソン」の何人かについてふれておくことにしたい。〉〈第2番目は、(中略)東村山警察署の千葉英司副署長。このひとも重要な登場人物だ。千葉副署長は、朝木明代議員事件の捜査責任者であり、報道関係者に対する広報責任者である。この千葉副署長は、1995年7月12日に朝木明代議員を「万引き容疑」で書類送検した。9月1日の殺害事件発生直後は、捜査結果判明した事実をどんどん書き換え、「自殺説」を広報した。〉

②〈千葉副署長の「万引き」、「自殺」という判断も、2002年3月28日の判決によって否定された。また、関係者に対して発表した内容が、ころころ変わっていった〉

③〈東村山警察は動かなかった。動かないだけでなく、朝木明代議員自身が「飛び降りていない」というダイイング・メッセージをはっきり残しているにもかかわらず、事実を書き換えるようにして、自殺説をことさら強調していった。千葉英司副署長が、事実と異なる広報をしたり、ろくな捜査をしていない点を週刊誌の記者が指摘すると、逆ギレして、出入りを禁止するなどした。真剣な「捜査」がなされる様子は全くみられなかった。〉

 などと記載した。この裁判は、これらの表現に対して千葉氏が「原告の職務に対する誠実性、廉潔性や、ひいては公正さまでを疑わせ、原告の社会的評価を低下させた」として損害賠償を求めていたものである(原告の指摘箇所は全部で12カ所)。

 千葉氏の主張に対して矢野氏らは、

〈被告らが本件著作物で記述したのは、事件を担当した東京地方検察庁八王子支部の指揮による東村山署の捜査活動についてであって、原告につき批判言論を記述したのは、原告が公務員として担当したところの広報活動が適切であったか否かにすぎず、……原告個人の名誉権を侵害するような記述は一切ない。〉

〈原告による上記広報活動自体に違法性があるから、被告らによるこれらに対する批判言論たる本件著作物は、そもそも名誉毀損性がなく、不法行為は成立しない。〉

〈被告らにおいて、原告が本件窃盗被疑事件について真実に反して明代を書類送検し、また、本件転落死が殺人事件であるにもかかわらずそれを知りながら捜査で判明した事実を意図的に偽るなどして、本件転落死を自殺扱いするなど公正な捜査・広報を行わなかったと信じたことに相当の理由がある〉

 などと主張した。

 これら双方の主張に対し東京地裁は、上記①~③以外の記述については千葉氏個人に向けられたものとは認めがたいとして名誉毀損の成立を否定したものの、①~③については〈原告(千葉氏)が殺人事件を隠ぺいしているとの印象を与えるもの〉として、千葉氏の社会的評価を低下させる記載であると認定。その上で、真実性については、

〈原告が本件窃盗被疑事件について真実に反して明代を書類送検し、また、本件転落死が殺人事件であるにもかかわらず、それを知りながら捜査で判明した事実を意図的に偽るなどして、本件転落死を自殺扱いするなど公正な捜査・広報を行わなかったとの事実までは認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉

 と認定。相当性についても矢野氏らの主張を退け、矢野氏と朝木氏に対して30万円の支払いを命じた。

インターネット「創価問題新聞」裁判

 2件目は、矢野氏と朝木氏が運営するインターネットホームページ「創価問題新聞」(平成18年までのもの。現在は閉鎖)の記載をめぐる裁判。

 矢野氏らは旧「創価問題新聞」において矢野氏らが発行する政治宣伝ビラ「東村山市民新聞」のバックナンバー(平成12年4月1日付)を掲載したが、同ビラは千葉氏について、

①〈朝木議員殺害を、自殺扱いした千葉元副署長〉〈千葉元副署長の捜査が全くデタラメだったことが判明しました〉(記事1)

②〈(千葉は)政治的中立という法的義務のあることを忘れ、創価べったりです。〉(記事2)

③〈千葉英司副署長が指揮した東村山署は、捜査をするのではなく証拠を証拠として取り上げない態度〉(記事3)

 などと記載。これらの記載に対して千葉氏が名誉を毀損されたとして提訴していたもの。

 千葉氏の主張に対して矢野氏らは、記事は〈組織としての東村山署の捜査及び広報のあり方につき、明代の遺族及び同僚議員としての立場から明代関係事件の捜査が何らなされていないという重大な疑問があるとの批判を記述したものにすぎ〉ず、千葉氏個人に対する批判ではなく〈組織体を代表しての公的立場からの公的言動に関する批判〉であり、原告個人の名誉権を侵害するものではない、などと主張した。

 これに対して東京地裁は、記事①については、

〈(千葉氏は)殺人事件である本件転落死を敢えて自殺扱いしたとの事実を摘示していると認められる〉

 記事②については、

〈原告の警察官としての職務執行が創価学会に不当に肩入れし、警察の責務として法定されている不偏不党かつ中立公正に反していると論評したものと認められる〉

 記事③については、

〈原告は、本件転落死について、証拠を正しく評価せず、真実究明のための捜査を十分にしなかったと論評したものと認められる〉

 などと認定。記事が〈東村山署の捜査のあり方のみならず、原告個人の行動に対する記述と認め〉られるとし、上記記載が千葉氏の社会的評価を低下させるものであると認定した。その上で東京地裁は、記事の真実性ついてそれぞれ以下のように述べて矢野氏らの主張を否定した。

①〈本件全証拠によっても、本件転落死が殺人事件であると認めるに足りない。したがって、本件記事1はその重要な部分において真実であることの証明がない〉

②〈この論評の前提となっている原告が創価の御用記事ばかり書いているアングラ誌の関係者と親しげに談笑していたとの事実が真実であると認めるに足りる証拠はない〉

③〈本件記事3は、原告が本件転落死について、証拠を正しく評価せず、真相究明のための捜査を十分にしなかったと論評したものであるが、その論評の前提となる事実については、本件記事3の中で何ら触れられておらず、結局、論評の前提となる重要な部分において真実であることの証明がないというほかない。〉

 東京地裁は相当性についても、〈論評した前提となる事実について、明確に一定の具体的事実を認識し、それを根拠として論評したと認めるに足りる証拠はなく〉(すなわち思い込み、憶測にすぎない)などとして矢野氏らの主張を退け、名誉毀損の成立を認定。矢野氏と朝木氏に対して10万円の支払いを命じた。

 なお、この裁判で矢野氏らは、千葉氏が別件裁判に提出した陳述書の内容が矢野氏らの名誉を毀損したなどとして反訴を提起したが、東京地裁は矢野氏らの請求を棄却している(つまりこの日、矢野氏らは3件の裁判で敗訴したことになる)。

千葉英司氏の話
「『東村山の闇』では私だけでなく、他の捜査員もまた事実の隠蔽に加担したかのように書かれた。この判決によって、矢野氏らの虚偽宣伝に耐えながら地道な捜査を続けた捜査員たちの無念さを少しでも晴らせたのではないかと思う」

(宇留嶋瑞郎)

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創価問題新聞事件 第1回
 元東村山警察署副署長千葉英司がインターネットホームページの掲示によって名誉を毀損されたとして東村山市議、矢野穂積と朝木直子を提訴していた裁判の控訴審で、東京高裁(大谷禎男裁判長)は平成21年1月29日、矢野らに10万円の支払いを命じた一審判決を支持し、矢野らの控訴を棄却する判決を言い渡した。
 問題となった記事は、矢野と朝木がインターネット上にかつて開設・運営していた「創価問題新聞」(平成12年8月5日~平成15年6月頃閉鎖)に平成15年2月19日以降掲示された

①平成12年4月1日付『東村山市民新聞』記事
②平成12年12月1日付『東村山市民新聞』記事
③「創価問題新聞」創刊号「はじめに」に掲載された記事

――の3本。それぞれの記載内容は以下のとおりである。



①見出し
〈証人尋問〉〈「謀殺」の構図が〉
本文
〈前号予告の通り、朝木議員殺害を、自殺扱いした千葉元副署長の証人尋問が(平成12年)2月7日と23日に行われました。
が、千葉副署長は、熊谷グループと一緒に、自分と関係がない事件なのに、○○(万引き被害者の実名)尋問を傍聴。7日も23日も尋問終了後、○○(万引き被害者の実名)店主夫婦と千葉副署長は人目もかまわず、法廷の外で公然と打合せ。誰がみても、グルになっている風景です。
○○(万引き被害者の実名)店主の目撃証言や千葉元副署長の捜査が全くデタラメだったことが判明しましたので、次号から連載で報告を掲載します。〉

②見出し
〈警察、マスコミの中にも〉〈「べったり」さん!〉
本文
〈(平成12年12月1日の裁判所でのこと。朝木議員謀殺事件当時の例の東村山署・千葉英司副署長が、自分が被告になっている裁判で、法廷の傍聴席に姿を見せました。
 が、自分の裁判が終わった後、自分の裁判とは無関係の法廷に、創価の御用記事ばかり書いているアングラ誌の関係者と親しげに談笑しながら再び登場。
 スリ・痴漢の多い鉄道警察隊から、定年まで2年でやっと大井警察署の署長となったのですが、現職の警察官には、政治的中立という法的義務のあることを忘れ、創価べったりです。〉

③見出し
〈はじめに〉
本文
〈1995年(平成7年)9月1日、現職の市会議員だった朝木明代議員は、西武新宿線・東村山のビル5階裏階段から、何者かによって落とされ、謀殺されました。

 朝木議員は、議員活動の重要な柱の一つとして、他の議員がタブー視して取り上げようとしなかった政教一致の創価・公明の民主主義否定の危険性を訴え、創価や創価信者に被害を受けた人の活動を続けている最中に謀殺されました。ビルから落とされた翌日には高知市での創価問題シンポジウムに講師として出席するため空路出発を予定していました。事件後にわかったことですが、出発の数日前には、シンポ主催者に
「講師が五体満足で高知の地を踏めると思ったら大間違いだぞ。」
という脅迫電話もかかっていました。

 すでに事件から4年と7ヶ月が過ぎようとしていますが、95年9月当時、マスコミでは連日のように、この謀殺事件が報道され、この謀殺事件までに東村山の朝木市議周辺に頻発した一連の事件や嫌がらせに創価信者の関与が実際にあったことから、疑惑として大きく取り上げられました。しかし他殺であることははっきりしていても、同僚の私や朝木議員遺族は、まだ実行犯の特定ができていない事や決定的証拠に乏しい事から、現在まで刑事告訴の手続はとっておりません。

 1997年(平成9年)4月に東京地検が、この殺害事件について嫌疑不充分で不起訴処分を決め、創価本部は事件が終わったと宣伝しているようですが、実は、私たちが刑事告訴したものが不起訴になったわけではないのです。マスコミが大きく取り上げたことから、東京地検が殺人被疑事件として司法解剖を決定し、一定の捜査の後、結論を出したに過ぎないのです。皆様もご承知のとおり、当時の千葉英司副署長が指揮した東村山署は、捜査をするのではなく証拠を証拠として取り上げない態度でしたから、当然の結果ですが、自分達で殺人被疑事件で司法解剖しておきながら、嫌疑不充分で不起訴を決めるというのは、捜査をろくにしなかったことを自分で証明したような、まるでマンガみたいな話です。しかしながら、私達は、殺人事件としての時効にはまだ時間もありますので、落ち穂を拾うようにコツコツと真相究明の戦いを続け、犯人を特定し、朝木議員謀殺事件で刑事告訴を行い、捜査を促したいと考えております。〉



 それまで虚偽宣伝の手段としてほぼ毎月1回、新聞折り込みによって市内に全戸配布していた『東村山市民新聞』という紙媒体しか持っていなかった矢野と朝木は平成12年8月5日、インターネットという手段を手に入れた。矢野と朝木にとってインターネットもまた、デマ宣伝と誹謗中傷の道具として以外の利用法はいっさい想定されないようだった。

 これらの記事によって名誉を毀損されたとして千葉が提訴したのは警視庁を退職(平成13年3月)後の平成15年2月21日。それまで矢野と朝木は『東村山市民新聞』で再三にわたり千葉を誹謗し、「万引き被害者と共謀して万引き事件を捏造して明代を陥れ、創価学会を利するために殺害事件を隠蔽して自殺として処理した」とする宣伝を繰り返してきた。「千葉と被害者がグル」「創価べったり」と印象づけることで、矢野が関与したアリバイ工作および被害者に対するお礼参りと明代がそれによって追い詰められることになった事実を隠蔽するためにほかならなかった。しかし千葉は公務員という立場上、矢野と朝木の宣伝にじっと耐えるしかなかったのである。

 その間、矢野と朝木は平成12年にインターネットによってますますデマ宣伝を加速・拡大させ、また万引き被害者や千葉など彼らに敵対する者たちへの攻撃を強めていた。矢野と朝木の主張は裁判ではことごとく排斥されたが、矢野と朝木が裁判でいくら敗訴を重ねようと、現実社会の中で彼らの主張が生き延びたのでは意味がない。インターネットの普及とともに彼らのデマ宣伝が現実社会において一定の効果を持つことも十分に懸念された。そんな状況の中、千葉が初めて矢野・朝木を提訴したのがこの裁判だった。
                                                     (宇留嶋瑞郎) 


(その2へつづく)



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創価問題新聞事件 第2回
「草の根掲示板」の支配者

 本題に入る前に、初代「創価問題新聞」の閉鎖と重要な関係があると推測できるもう1つの出来事についてお話ししておきたい。

「創価問題新聞」には「草の根掲示板」という掲示板があった。この掲示板は投稿は自由だが、ひとたび矢野・朝木の主張に疑問や異論・反論を唱えたら最後、ただちに MIDNIGHT MESSENGERあるいはTWILIGHT MESSENGERなるハンドルネームの投稿者が現れ、交代で袋叩きにしたあげく、一方的に勝利宣言するという光景が繰り返された。掲示板を舞台にした言葉による公開処刑さながらだった。「管理人」あるいは「管理人代理」なる者が出てきて「矢野議員・朝木議員に対する名誉毀損」を理由に一方的に投稿を削除することもあった。

 矢野も朝木も「草の根掲示板」に登場することは1度もなかったが、当然MIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERが矢野側の人間であることは明らかで、むしろたとえば今日あった裁判の詳細をその日のうちに把握しているなどの投稿内容をみると、この2人が矢野・朝木にきわめて近い人物であると推測された。あるいは、最近右翼の街宣活動に参加し、「追悼」集会にも参加したらしい矢野・朝木の支援者であるNは「MIDNIGHT MESSENGERは矢野議員、TWILIGHT MESSENGERは朝木直子議員」と断定し、「なぜ実名で堂々と書き込まないのか」と詰め寄ったほどだった。正論というべきだろう。

 Nは(敗訴が続いたため)支持者に裁判の報告をしない矢野・朝木に対して「報告すべきだ」と当然の疑問を呈したにすぎなかった。たったそれだけのことが発端となり、NはMIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERから集中砲火を浴びたのである。本人が覚えているかどうかはともかく、当然NはMIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERから激しい非難を浴び、「創価の仲間」呼ばわりされ、ついには掲示板から追放された。しかしいまだに街宣に参加しているところからすると、Nはもうそんなことは忘れているらしい。あるいはよほど寛容な人物なのだろう。

比類のない雑言

「草の根掲示板」では、矢野・朝木に対する批判に対しては一方的な集中非難、削除が頻繁に行われたが、その一方で矢野・朝木の敵側の人間に対する誹謗中傷に類する投稿に対してはきわめて寛容という偏向的管理姿勢もきわめて顕著だった。とりわけMIDNIGHT MESSENGERの千葉に対する投稿内容は常人の域をはるかに超えるものとしかいいようがなかった。今はもう見ることのできない、自然な四国訛りを感じさせる比類をみない雑言の数々をごらんいただきたい。



もうひとつ、ある!「ウリシマタロー」やい 投稿者:MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月9日 
 あのな、あの殺人事件の現場のビルじゃ、東村山駅のそばの朝木議員が落とされて殺されたあのビルじゃ。あのビル2階で「焼肉や」の店員が朝木議員の持ってた金色のはでなわっかのついた「かぎ束」ひろたちゅうて、交番にとどけたはええが、警察のよびだしにも、地検の呼び出しにも拒否したあの「焼肉や」じゃ。東村山警察の千葉のあほが、証拠消すために、立ち入り禁止のロープも貼らんかったよって、野次馬から「ブンヤ」まで、あのビル中をじゃ、さがしまわったのに、でてこんかった「かぎ束」が12時間もたって、この2階の「焼肉や」の裏口ドアあけたところで、見つけたちゅうて、駅前交番に持ってたのが、この「焼肉や」の女じゃ。名前もわかっとる。……東京地裁の裁判官・下田め、「掻垢」を勝たせたんじゃ、あいつは、臭い!「掻垢」じゃ。風呂に入ってない、臭い!ぷんぷん、におうぞー!

※(事実かどうかは別にして、事件に関する主張は矢野のまったくのコピーである。私は矢野と朝木から何度も「臭い」「風呂入れよ」などといわれたことがある)

あはれじゃから、ひとつだけ、おしえといてやろートーメイこと「うりしまたろー」 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月9日
 東村山署の元・副署長じゃった千葉じゃ、千葉英司のどあほ、でもじゃ、「朝木議員が自殺した」ちゅうなんぞ、言ってないちゅう、証言を法廷でしたちゅうことは、ちゃあんと、情報はいっとる、何とか企画ちゅう「虫害日報」以下のあほ、そうじゃ「○○きかく」のあほが「ウシオ」にあほ記事書いたがじゃ、「警察は自殺と断定」ちゅう、記事書いて、あのあほの千葉から「そんことゆーとらん」ちゅうこと、法廷でバラされてしもうて、大恥かいたのもしらんのか、おまえも、なーんも、しらんで、よーこの掲示板でてくるのう、そうとうの「どあほ」じゃ、やっぱり、なあ。「○○きかく」の「○○」にきけ、このうすらばか!

※(この人物は証人尋問の内容、「ウシオ」執筆者の会社名まで知っているようだが、矢野が第三者に対してここまで細かく教えたというのは考えにくい。よくわからないが、どうもこのMIDNIGHT MESSENGERは「うりしま」が「トーメイ」のHNで掲示板に投稿していると勘違いしているらしかった。そういえば、私は矢野から「ネットカフェに行ってるらしいな」などと探りを入れられたことがある。もちろん私がこの掲示板に投稿したことはない)

「ウルシマタロー」のトーメイ、もひとつ、おしえたろか 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月9日
 あのあほの千葉はじゃ、証拠、消しくさった千葉じゃ、あいつは、いまはじゃ、どじのなれのはてじゃのう、「すりチカン」係り、やっとる。鉄道警察隊のぞいて、やってくれや!やりすぎるとのう、しまいは、あはれじゃ。

※(「どじのなれのはて」が誰かについては異論もあろう。千葉が「やりすぎた」というが、これは第三者の言葉とは思えない)

[ 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月10日
 ……ところがじゃ、「透明人間」こと、「らんほう」こと「掻垢」の手先・「月刊タイムズ」に巣食っておる「宇留嶋瑞郎」はじゃ、指名して、わしに小生意気、言ってきよったくせして、わしの一太刀に、なんの反論もできずにおる。
 しかもじゃ、「警察が朝木明代議員は自殺と断定した」うんぬんと大嘘かきくさってながら、らじゃ(あほの千葉ですらじゃ、こんなことはいっとらんのんじゃ)……。

※(私が投稿したとまだ勝手に思い込んでいる)

つかいふりしのアホネタじゃ 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年11月4日
「店側は朝木市議が同日来店しなかったこと、同市議が他人の領収書の写しを後日もっていったことを証言した。」ちゅう、なんの根拠も証拠もないこつ、わめいとるな。いよいよ、おいつめられたようぢゃ。わしは、この点も十分に東村山市で調査したんぢゃ。先ず第一にぢゃ、95年6月19日午後、朝木明代議員と矢野議員がこの「びっくりドンキー」東村山店に来店してないなんちゅう証言は、店関係者は誰もしてないな!ふれまわっとるとすればぢゃ、千葉英司副署長らクサーイ連中のでっちあげぢゃ。

※(普通は裁判当事者か、つぶさに取材している者にしか把握し得ない情報である。「まず」を「先ず」と表記する例はあまり見ないが、矢野の準備書面では必ず「まず」が「先ず」と表記される)

いまさらでもないで 投稿者:M 投稿日 平成14年3月25日
■矢野議員はんや朝木議員はんの周辺の話しではぢゃ。千葉ちゅうのは、警察定年でひまちゅうこともあるが、自分に関係ない裁判まで、せっせと傍聴しに、きちょるそうぢゃ。
■しかもぢゃな、掻垢手先のウリシマとなかようしとるのを隠しもせんよってに、これはもう、掻垢側の人間ぢゃろ、いまさらゆうまでもでもないがの。
■こうゆうのが、警察におるんからこまったもんよ。
■警察だけやないがな、ほれ、地検八王子支部の朝木明代議員殺害事件当時の事件担当検事・信田昌男と地検支部長・吉村弘が掻垢信者ちゅうことは、裁判所でも認定された事実ぢゃからの。
■オウムの事件をオウム検事が捜査でけるか!これはもう、疑惑のレベルやないで。

※(MIDNIGHT MESSENGERはいつの時期からかMに短縮された。本件裁判で問題とされた『東村山市民新聞』の記載②と内容的に同一)



 MIDNIGHT MESSENGERほか矢野・朝木自身によるとみられる4年分の投稿は膨大な数にのぼるが、一般人が一時に読むにはもう限度と思う。

削除要求に応じた矢野と朝木

 千葉はこれらの投稿によって名誉を毀損されたとして平成15年1月21日、矢野と朝木に対して削除と謝罪を求める内容証明を送付した。これに対して矢野と朝木は謝罪には応じなかったもののMIDNIGHT MESSENGERおよびMの名誉毀損発言を削除した。さらに千葉は同年2月25日、重ねて謝罪とMIDNIGHT MESSENGERおよびMの身元を明らかにするよう求める内容証明を送付したが、これに対する回答はなかった。

「草の根掲示板」における誹謗中傷は千葉や私に対するものだけではなかった。「草の根掲示板」が開設された当時はまだプロバイダ責任法もなく、匿名での投稿はそれが人権を侵害するものであっても発信元が特定されないかぎり責任を問うことはできなかった。そのインターネットの法的不備を見逃すことなく最大限に利用しようとしたのが矢野・朝木だった。仮にMIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERが矢野・朝木ではなかったとしても、掲示板を運営する者として彼らの雑言の数々を放置することは許されない。

 平成14年5月にはプロバイダ責任法が施行され、投稿者の身元が明かされなくても管理人の責任が問われることになった。「草の根掲示板」を放置しておけば、千葉以外の者からも提訴される可能性が十分にあった。MIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERが誰なのかを追及される恐れもあろう。矢野は千葉が2度目の内容証明を送付してからほどなくして「草の根掲示板」を閉鎖。その2カ月後には本体である創価問題新聞も全面的に閉鎖したのである。


(その3へつづく)




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創価問題新聞事件 第3回
不可解な答弁書

 千葉が平成15年2月21日に提訴したこの裁判で、矢野と朝木が実質的な争点である朝木明代の万引きと転落死に関する主張を始めたのは提訴から4年半も過ぎた平成19年9月12日のことである。平成15年11月10日、矢野と朝木は『東村山の闇』を刊行、その中で平成11年、聖教裁判で行われた尋問と裁判途中で入手した司法解剖鑑定書の記載から、「明代の万引き容疑が冤罪だったこと、および転落死も他殺であることがはっきりした」と書いている。すなわち、彼らが「東村山の闇」で主張する内容は平成11年末の時点で明らかになっていたことになる。

 平成8年、東京弁護士会館で開いた『聖教新聞』提訴の記者会見で朝木は「母がかぶせられた万引き犯の汚名を晴らしたいと思う。万引きと自殺は表裏の関係にあるので、まず万引きが冤罪であることを明らかにしたい」などと語った。彼らはその後も一貫して「真相究明活動」を続けている。その主たる手段が裁判で警視庁(千葉)を提訴して「真相究明」のための材料を引き出すことで、平成11年末の段階で一定の成果を収めたと彼らは考えているらしい。するとなぜ彼らはこの裁判で、中身の主張を始めるまでに4年もかけたのだろうか。矢野と朝木の本音を知る上で興味深い事例でもあるので、それまで彼らがどんな主張をしてきたのか簡単に紹介しておこう。

 訴状に対して矢野と朝木がまずやったのは東京地裁への回付申立である。申立の理由は、明代の万引きと転落死に関して東京地裁で多くの裁判が行われていること、東京地裁に資料が集積していること、代理人の事務所が東京都内にあることなどである。これに対して千葉は、迅速な審理を最優先すべきと判断して回付に同意した。

 東京地裁に回付され、同裁判所において第1回口頭弁論が開かれたのは平成15年6月10日。この日ようやく矢野・朝木側から答弁書が提出されたが、「本案前の答弁」としてこう記載されていた。

〈訴状記載「請求の原因」によれば、その概略は、「警視庁東村山警察署副署長として在職中の原告の捜査指揮を被告らがインターネット上で批判した行為が、原告の名誉を侵害した」とするものであるが、原告の公職者としての職務行為に関する批判言論について、詩人として当事者適格を有しないことは明らかである。〉

〈さらに、原告は、名誉毀損であるとする被告らの批判言論が虚偽であると断定するが、かかる主張に関する原告の立証ないし反証活動は、原告が司法警察員警察官在職中の職務に関する事実を自ら明らかにすることを意味し、原告が負担する守秘義務に進んで違反することを前提としているものである。

 かかる違法行為を当然の前提とする訴訟提起は、訴えの利益を欠くものと言わなければならない。〉

 要するに矢野と朝木はこの本案前の答弁で、自分たちは千葉個人ではなく東村山警察署の捜査を批判しているにすぎず、また捜査に関わっていた千葉が裁判で自分たちの主張に反論すること自体が違法で許されないと主張しているもののようだった。それではなぜ記事で千葉個人を名指しで非難したのか、また公務員が職務行為をめぐり個人の名誉を毀損されても提訴できないのかという疑問が生じよう。

捜査員を脅した明代

 平成7年7月12日、朝木明代は万引き事件の取り調べで偽のアリバイを主張したが、捜査員から明代の主張するアリバイが捜査結果と矛盾していること、書類送検することを告げられ、「今日の調書はなかったことにしてください」と自らそれまでの供述をすべて撤回する意思表示をした。そして最後に明代は捜査員に向かってこういった。

「私のアリバイを含め、マスコミや他の者に対し、捜査内容について守秘義務を守ってもらいたいと思います。この件に関し、名誉毀損および誣告で相手方を告訴したいと考えております」

 明代のこの発言は、「公務員の守秘義務に背くと今度はあなたたちが地方公務員法違反に問われますよ」という趣旨の脅しであると捜査関係者は受け取ったという。明代はいったんは詳細なアリバイを供述したが、それまで一貫して主張してきたアリバイの矛盾を指摘されてすべて撤回したなどという事実が公表されれば、明代が「万引き犯」に間違いないという評価は動かしがたいものとなる。嘘をついたという自覚がないのなら、また万引きも身に覚えがないのなら、公表するなという理由はない。公表されるのはまずいと思ったからこそ明代は「守秘義務を守れ」と釘を差した。

 任意の事情聴取で、しかも自ら嘘の供述をしておきながら、それは黙ってろとは、普通ではなかなかとっさに出でくるセリフではない。矢野と朝木が千葉との裁判で行った本案前の主張も明代の取調室での脅しに似ていよう。

 少なくとも矢野と朝木は、地公法違反を匂わせることで千葉の動きを鈍らせようとしたのではあるまいか。仮にこの主張が裁判所に認められれば、その後彼らは思い通りに千葉を非難、誹謗できるお墨付きを得ることができる。そこまで見越した主張だったと推測できた。

 かつて矢野と朝木は、『週刊現代』の記事(「明代は創価学会に殺された!」)をめぐって創価学会から提訴された際には「かえって真相究明の手間が省けた」、万引き被害者から「東村山市民新聞」の記事をめぐって提訴された際には「飛んで火に入る虫」とうそぶいた。「真相究明」活動を継続している矢野と朝木としては、捜査責任者である千葉から提訴されたことも、まさに「真相究明」のまたとない機会ということになろう。

 まして矢野と朝木は『東村山の闇』で明代の「万引き冤罪」と「他殺」を証明する「新事実」が明らかになったと主張しているのだし(発行は提訴後だが、「新事実が明らかになった」と主張する時期は提訴の3年前)、その「事実」をあらためて確定的なものにする絶好のチャンスである。にもかかわらず、なぜ矢野と朝木は正面から千葉の主張を受けて立たず、却下によって内容に踏み込むことなく裁判を終結させようとしたのか。

 これでは自ら「真相究明」の大きなチャンスを逃がすことになりかねまい。現実的かつ限定的な裁判戦術としてあり得ないこととはいえないものの、あれほど「明代の万引き犯の汚名を晴らすため」「真相究明」をと訴えてきた上に、「新事実が明らかになった」と主張する矢野と朝木の取るべき対応としてはきわめて不自然だったような気がしてならない。


(その4へつづく)



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創価問題新聞事件 第4回
提出された反訴状

 提訴から7カ月後、訴因に対する実質的な答弁はいまだなされず、平成15年9月18日、矢野と朝木がその代わりに提出したのが反訴状だった。請求額は本訴における千葉の請求額と同額の400万円。千葉の請求が容認されても、矢野と朝木の請求が容認されれば相殺となる金額である。

 矢野と朝木が訴因として問題にしたのは、彼らの議席譲渡を追及し、矢野の繰り上げ当選無効判決を勝ち取った「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」(以下、「許さない会」)がビラの記載をめぐり提訴されていた裁判に提出した陳述書の内容だった。矢野と朝木はこの陳述書の内容によって名誉を毀損されたと主張していた。

 反訴状によれば、矢野と朝木が名誉を毀損されたと主張しているのは、平成7年10月7日、東村山署が明代の万引き事件(アリバイ関係)をめぐり矢野に対して行った取り調べの内容に関する箇所だった。取り調べに際して、矢野の代理人弁護士である中田康一から東村山署に対して双方録音を条件に行うよう申し入れがあり、東村山署はこの要求を受け入れたという経緯がある。

取調室でみせた動揺

 矢野はこの録音に基づく(と称する)反訳書を裁判に提出していたが、千葉は「許さない会」裁判でその反訳書に改竄があると指摘していた。ではどんな改竄がなされていたのか、該当個所を具体的にみよう(7月12日の取り調べで、万引き事件が発生した時間帯に明代が矢野と食べたと主張して提出した「レギュラーランチ」のレシートが他人のものであることを指摘され、明代がそれまでの主張をすべて撤回したあと、矢野は地検八王子支部の取り調べで「食べたのは『レギュラーランチ』ではなく『日替わりランチ』だった」と主張を変遷させた。以下の会話は、矢野が「明代が7月12日に提出したレシートは間違いで、食べたのは『日替わりランチ』」と主張しようとしていることを前提にお読みいただきたい)。



(ここでは、矢野と明代がレストランに入ったのが平成7年6月19日午後2時12分以降であることを前提としたやりとりがなされている)

取調官  ただ、2時12分の時点では、「日替わり」がないんです。

矢野  ええっ? ウソっ!

取調官  ホントなの。だから、私がそれを、先生(朝木明代)に聞いたの。

矢野  ウソだ。

取調官  先生、そうなんですよ。先生(朝木明代)、ホント、どうなんですか。2時12分の時点では、「日替わり」はありませんよ、と。売り切れてますよ、と。



 ここまでの反訳のうち、「先生(朝木明代)」となっている部分は「先生(矢野)」が正しい。矢野は自分が直接聞かれたことになってはなにかまずいと感じたらしい。続くやりとりをみよう。



矢野  じゃあ、ちょっと待って。仮に、それが正しいとするよね。そうしてもね、あの、それ以外にもあるの、こっち。その、たとえばね、その2時12分より前に食べたか、後に食べたかって問題があるでしょ。その問題あるんだけど、私はね、後に食べたというふうに考えるのが自然なんですよ。それはもう1つの事情があるんだけど。

取調官  うん、うん。

矢野  つまり、あの事務所にいない、2人ともいないわけ。つまり、一緒に行動取ってるわけだから、朝木さんだけが、ほら。

取調官  私も一緒だと思ったの。と、思ってるんですよ。だから、

矢野  あの、なんで。「ない」っていうのは本当なの? それ、ちょっと、わかんないな。

取調官  いや、ホントなの。それは。

矢野  私は、確かに。

取調官  私はあの日のカード(=店側の注文伝票と支払い伝票)、全部調べたの。

矢野  それはおかしいよ。

取調官  いやいや。おかしくない。あの日のカード全部調べたら、もうね、すでにね、ええ、たとえば1時半ごろ入ったとしても、ああ、2時に入ったとしても、この時間に入ったとしても。

矢野  うん、うん。

取調官  もう、売り切れなの。

矢野  売り切れてないよ、それ。

取調官  売り切れ。 

矢野  たとえば、私は食べたんだから、だったら、その前になるよね。

取調官  うん、だから、前かな、と。

矢野  ちょっと待って。その、この前でもね、前でも、それが、ちょっと記憶がはっきりしないけれども。



 矢野と明代がレストランに入ったという時間帯に「日替わり」が売り切れていたという取調官の説明に対して、急に「記憶がはっきりしない」と言い出すなど矢野は動揺を見せている。しかし一方、それでもなお矢野は「それはおかしい」「売り切れてないよ」などと抵抗している様子がわかる。

リストを見せられていた矢野

しかし、次のやりとりでは矢野の発言が微妙に変化してくる。



(中略)
取調官  「日替わり」がないのに、「日替わり」食べたっていうと、逆におかしくなっちゃうわけですよ。

矢野  だから、それはね、記憶の間違いもあるの。
(中略)
矢野  なんでアリバイがね、それだけで、あるとかないとかなんないよ。

取調官  うんだから、むしろこれ、なかった方がよかったんだよね。

矢野  それは、私が、私の記憶間違いになるわけ、それだったら。彼女は忘れてたんだから。

取調官  うん。

矢野  だから、確かにあそこへ行った記憶は、どう、だったらこの前にあるの?

取調官  いやわからない、だからわからないから。

矢野  それだったら、こっちを調べないと。

取調官  どっちを?

矢野  2時12分より前の、この「日替わりの2組」を。

取調官  だから、うん、2時12分より前にはあるんだけど、それはもう12時台なの。

矢野  12時何分?

取調官  これ、「日替わり」が、「日替わり」がね、ええ、売り切れたのが12時台。

矢野  そんなに早く行ったかなあ。



 ここに至ると矢野は、矢野と明代が食事をしたという時間帯に「日替わり」が売り切れていることを認め、彼らの主張する時間帯に「記憶違い」があったとするニュアンスに変化している。

 午前中は2人とも議会にいて、午後2時ごろまで議員控室にいたと一貫して明確に述べている矢野と朝木が、間違っても12時台に「日替わりランチ」を食べることはあり得ない。ましてその矢野の口から「そんな早く行ったかなあ」などというセリフが出るとはどういうことなのか。そのこと自体異常というべきであり、矢野の混乱ぶりを示していよう。この変化の理由は何か。千葉は陳述書で次のように述べている(趣旨)。

〈矢野に対する事情聴取の状況について検証した結果、取調官が原告矢野に対して、警察が作成した日替わりランチの注文状況と品切れの事実を記載した「リスト」を提示し「『日替わりランチ』を食べたとの虚偽の主張を続けるのか」と追及した文言が削除されるなど、自説の「日替わりランチのアリバイ」に都合のいいように改竄されていることが判明した。〉

 この部分の反訳の中には、

矢野  それだったら、こっちを調べないと。
取調官  どっちを?
矢野  2時12分より前の、この「日替わりの2組」を。

 と、明らかに「リスト」を見ながらであると推認できるやりとりがある。つまり、このやりとりの前に取調官は矢野に「リスト」を提示しているはずだが、矢野が提出した反訳書には取調官が「リスト」を提示した際の発言がどこにも存在しない。これはきわめて不自然というよりなく、矢野の反訳書から取調官の発言が削除されたとする千葉の説明の方がより合理性があるように思える。

 矢野は今でもレストラン側に対してリストの提示を求めたものの拒否されたとして、そのことをもってリストの中に彼らが食べたと称する「日替わりランチ」が含まれているかのように印象づけようとしている。しかし実は、矢野はすでに東村山署において万引き当日のすべてのメニューを見せられており、彼らが主張する時間帯にすでに「日替わりランチ」が売り切れていたことを確認していたのである。その事実を否定するためにも、千葉の陳述書の内容を否定しておく必要があった。それがこの反訴のもう1つの目的だったのではあるまいか。

 ちなみに矢野は、同レストランで食事をしていたことを証明する資料を探すといっておきながら、平成7年11月、東村山署でレシートはどうなったかと聞かれると「もう頭に来たからここには来ない」と捨てぜりふを残したきり、アリバイを証明する資料はなんら提出していない。矢野は明代の「冤罪」を晴らすのではなかったのか。矢野はリストを見せられたことで、「レギュラーランチ」から「日替わりランチ」にメニューを変更したことが自らの首を締める結果にしかならなかったことにようやく気づいたのである。


(その5へつづく)

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創価問題新聞事件 第5回
醜態を繕う弁明

 矢野と朝木はいまだに「レストランから万引き事件当日の注文リストを提出されていない」などと主張しているが、矢野が平成7年10月の取調べにおいて取調官から当日の「リスト」を提示されていたことは取調べのやりとりの矢野の反訳以外でも明らかだった。矢野自身が別件裁判での尋問で「リスト」を見せられたことを認めており、朝木も別件裁判の陳述書でその旨を述べている。具体的にみよう。



(許さない会裁判・平成14年11月28日)

許さない会代理人  ○○課長代理(取調官)と10月7日、明代さんがもうなくなった後ですね、この問題(食事内容)で話し合ってる。このときは、もうあなたの頭の中では、この日食べたのは日替わりランチであるというふうに思ってたわけね。

矢野  さきほど申し上げたとおりですが。

代理人  ところがこの日、○○さん(取調官)のほうから、乙60号証(矢野作成の反訳書)のやりとりをみると、当日、日替わりランチはその時間帯、あなた方がそこに行ったという2時半から3時半の間の時間帯には、もう日替わりランチ切れてますよと、お店では売ってませんというふうにいわれたということは記憶してますか。

矢野  売り切れたという時間を聞いたら、何か12時前なのか1時前なのかよくわからなかったんですね。で、そのときに今朝がた作った21食、日替わりランチを作ったというリストを見せられました、手書きの。これじゃあ○○さん信用はできないでしょうと言ったんですよ。本物を出したらすぐアリバイがあるかないかわかるんだから、出したらいかがですかと、出しますよ出しますよと言ってましたけど、最後まで出さなかったですね。

代理人  そのときには、日替わりランチが切れてるといわれて、あなたはびっくりした。

矢野  びっくりしたんじゃなくて、通常50食作るらしいということは聞いておりましたから、20食ぐらいで、それも12時に売り切れたのか1時に売り切れたのかわからないようなことじゃ、これは信憑性ないですよね。

代理人  それ信憑性ないですよじゃなくて、そのとき指摘した?

矢野  何をですか?

代理人  そのときそれは信用できないと。

矢野  さきほど申し上げたとおりです。

代理人  指摘した。

矢野  ええ、こんなことじゃ朝木さんに罪を着せるようなことになりますよと、だから6月19日のレジジャーナルそのものの写しをお出しになったほうがいいんじゃないですかというふうに言いました。
 
代理人  ○○さん(取調官)が「ただ、2時12分の時点では、『日替わり』がないんです。」とおっしゃった。で、あなたは「ええっ? ウソっ!」というふうにいっている。で、○○さんは「ホントなの。だから、私がそれを先生(朝木明代)に聞いたの。」、で、矢野さんは「ウソだ。」と、で、○○さんは「先生、そうなんですよ。」というふうにおっしゃった。

矢野  これはだから信用できないという、そのもの自然な表現だと思いますが。

代理人  今聞きたいのは、あなたが今おっしゃった、出しなさいよと、もともとのやつを、というのはどこでいっているの。信用できないとかいう話。

矢野  この中にたしかあったと思いますが、そういうやりとりをしてると思いますけどね、ちょっと今すぐにはわからないですけどね。たしか会話の中でいってます。



 ここで矢野は、リストを見せられたことを前提に、その場で「それは警察側が作成したもので信用できない」と指摘したと主張している。しかしあらためて矢野が提出した反訳書をつぶさに検証したが、矢野は何度も自分の「記憶違いもある」と弁解してはいるが、リストが「信用できない」とか、「ジャーナルを出しなさい」などという発言はどこにも存在しない。



(平成14年3月4日付朝木直子陳述書)

〈原告らの調査に対して従業員は(日替わりランチは)1日50食用意している旨の回答がありましたが、原告矢野議員が○○課長代理(取調官)から東村山警察署で示された署員作成の集計表によると、当日の日替わりランチは合計20食と記載されていたものであり、全体の調理数を敢えて少なくしている可能性が濃厚だといわざるをえないのであって、いまだに、レジジャーナルの写しが公表しない警察側の態度からしても、改ざんされた可能性は極めて大きいといわざるをえません。〉



 朝木はこの陳述書において、警察が作成したリストは「改ざんされた可能性は極めて大きい」と主張している。しかし重要なのは平成7年10月7日、矢野が取調官からリストを示されたこと、またそれに対して矢野がその場でリストの信用性についてなんらの反論もできなかったという事実である。

 矢野と朝木が中田弁護士を通じてレストラン側にレジジャーナルの謄写・閲覧を求めたのは矢野の取り調べから9カ月もあとの平成8年6月4日にすぎない。警察が作成したリストに改竄があり、それが明代のアリバイを証明する上で重要であることを認識していたのなら、矢野はただちに謄写・閲覧を依頼しなければならない。矢野と朝木がそれをなぜしなかったのか。きわめて不可解というほかない。

提出されない録音テープ

 平成7年10月7日はアリバイに関する取り調べに先立って、転落死関係の事情聴取も行われていた。その際矢野は、素直に調書の署名に応じている。ところが取り調べがアリバイに移ると、矢野は「(何を食べたかについては)あの地検では言ったんだわ。……だから、それはちょっと勘弁してもらいたいんだけど」となぜか東村山署では「日替わり」のアリバイ供述を渋っている。

 万引き事件があった時間帯に矢野が明代と本当に「日替わりランチ」を食べていたというのが真実なら、矢野は地検であろうと警察であろうと堂々と事実を述べればいいだけである。それを矢野はなぜ、東村山署においては供述を渋ったのか。明代が主張した「レギュラーランチ」が否定されたあと、矢野は急遽メニューを「日替わり」に切り換えた。しかしこれが、事実を「思い出した」のではなく、たんに明代の主張したメニューが否定されたからという理由のみによるものだとすれば供述を渋った理由も理解できよう。

 実際にアリバイ捜査をしたのは地検ではなく東村山署である。矢野は明代のアリバイが崩された取り調べの一部始終を知っていた。そこで矢野が別のアリバイを主張するということは、明代のときと同じように矢野もまたアリバイを崩される危険性があるとみるべきだった。それにアリバイの話となると矢野もりっぱな当事者である。今度は矢野が当事者として追及される可能性が高い。おそらくそれらを直感した矢野は、「ちょっと勘弁してもらいたい」と身構えたということではなかったか。

 矢野が法廷に提出した取り調べの反訳からは、その日、矢野は「日替わり」だったと自白させられた上で万引き事件当日の「リスト」を突きつけられ、追い詰められていった状況がうかがえる。もちろん取調官は、矢野が地検でそれまでの「レギュラー」から「日替わり」にメニューを変えたことを知っていた。つまり、あえて矢野に「日替わり」といわせ、追い詰めようとしたのがこの日の取り調べだったようにみえる。

「リスト」を突きつけられ、「記憶がはっきりしない」と逃げるしかなくなった矢野にとって、当然ながらこの取り調べの結末は芳しいものとはいえなかっただろう。なぜなら矢野は、アリバイの取り調べについては調書化を拒否したのである。7月12日、自ら自発的かつ積極的に主張した「レギュラーランチ」のアリバイが崩され、調書に署名しないまま退出した明代の場合と状況はきわめて似ていよう。

 矢野と朝木の反訴に対し千葉は答弁書で、矢野側に対してテープを提出の上、主張事実を立証するよう求めた。しかし矢野が録音したテープが提出されることはなかった。

 この年(平成15年)の11月、矢野と朝木は『東村山の闇』を出版。千葉はその記載内容について平成16年3月5日提訴した。その後、本件裁判は矢野の反訴に加え、『東村山の闇』裁判とともに同じ法廷で扱われることとなった。

(その6へつづく)



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創価問題新聞事件 第6回
東村山署ではなく地検でメニューを変更した不思議

「創価問題新聞」裁判は提訴から丸4年後の平成19年12月18日結審となるが、最終準備書面を除き、矢野と朝木は彼らが主張する明代の「万引き冤罪」と「他殺説」の具体的な根拠に関してはほとんど踏み込まなかった。平成7年10月7日行われたアリバイに関する矢野の取り調べをめぐる反訴についても、千葉が別訴で提出した陳述書の内容が虚偽であると主張するのなら所持している録音テープを(改竄しない状態で)提出すれば話は早いと思うが、矢野は最後までテープを提出しなかった。

 平成7年7月12日の取り調べで明代が「レギュラーランチ」のアリバイを否定されたことを知った矢野は東京地検八王子支部での取り調べで「日替わりランチ」だったとメニューを変更した。そもそも明代は7月12日、取調室を退去する際、「もう1度調べさせてください」と言い残した。にもかかわらず、矢野はなぜまず最初に東村山署に「メニューが違っていたこと」を申し立てず、地検八王子支部でメニューを変更したのか。

 矢野は明代が東村山署でアリバイ主張が崩され、明代がそれまでの主張を「なかったことにして下さい」と自らすべて撤回に追い込まれた経過を知っていた。だから、いまさらメニューを変更してもそれが言い逃れにすぎないことを簡単に見破られる恐れがあることを予測していたのだろう。東村山署が万引き当日のすべての売上記録(レジジャーナル)を調べ上げているとすれば、「日替わりランチ」の主張もその場で否定されかねない。そうなれば、メニューの変更は矢野と明代のアリバイ工作の意図をより明らかにすることとなるのである。

メニューを切り出さない矢野

 そうならないためにも矢野は地検で主張した「日替わりランチ」の主張を東村山署では、できればしたくなかったようにみえる。平成7年10月7日の取り調べは次のようなやりとりから始まっている。



矢野  あの、何? 「レジの記録」の話?

取調官  そこらへんから、やった方がいいでしょ。

矢野  ええ、まあ。

取調官  時間がほら、たとえば1時間2時間あればね。

矢野  ええ。

取調官  あれでいいんだけど。

矢野  あの、「レジの記録」が間違ってる、といいたいの?

取調官  いや、そうじゃなくて、そういうことじゃなくて。

矢野  どういう?

取調官  あの、いわゆる1番問題は、まあ、あの、朝木先生もおっしゃってたしね。

矢野  ああ。

取調官  あるいは、矢野先生もおっしゃってたと思うけど。

矢野  うん。

取調官  うん、それはアリバイのこと。

矢野  うん、そうそう。



 10月5日、矢野は東京地検八王子支部での取り調べでアリバイについて「明代の供述した『レギュラーランチ』は誤りで実際には『日替わり』だった」とメニューを変更した。それなら10月7日、取調官の顔を見るなり「食べたのは実は『日替わり』でした」と主張してもおかしくない。ところが妙なことに、それほどの「確信」とは裏腹に矢野はなかなか自分から「日替わりランチ」とは切り出そうとはしない。



取調官  うん、だから、私はそれは、「アリバイありませんよ」と、こういったの。だから。

矢野  うん。「アリバイがない」っていうのは? だから、その決め手は?

取調官  あ、そ、それはね、確かに、あのう、ほら、朝木先生にこれもらったの(注・「レギュラーランチ」のレシートか)。

矢野  ああ、これでしょう? これは違うんだっていってるじゃないよ。

取調官  そうすると、これ、どう違うかですね。

矢野  それは食べたもんじゃないんだもん、こっちの。

取調官  ところがね、それじゃ、食べたもんじゃない、そうすると?

矢野  食べたものが違うの。

取調官  あっ、そう。うん、じゃ、そこら、まあそのへんから聞いてみます。食べたもんが違うんだと。

矢野  うん。

取調官  まあ、アリバイでね。

矢野  ああ、そう。

取調官  そうすると……。

矢野  これの、レジが……。

取調官  これ、これが。じゃあね、7月12日に出したのと、違うってわけね。

矢野  そう、それ違うの。これは間違って、店長が、つまりこちらの言い方もまずかったんだけど。だから、こういうものあるかって聞いたときに、向こうもあのう、正確な聞き方してないわけですよ。こちらも正確な言い方をしてないわけ。

取調官  なるほど。

矢野  それはしょうがないじゃない。9月30日、ああいや、えっと、何だっけ、6月30日、6月30日だっけ。

取調官  うん、そうそうそう。

矢野  その、あなたに最初に呼ばれて。

取調官  うん。

矢野  朝木さんも、すっぽりこれ抜けちゃってんだから、カッと来てて。

取調官  んーまあ、そうだね。

矢野  そりゃそうでしょ。



 矢野はまだ自分から「日替わり」を切り出さない。むしろ「決め手は?」と逆に質問し、警察がどこまで裏付捜査をしているのか、「日替わり」を出して大丈夫なのかどうか、探りを入れようとしている様子がうかがえる。


(その7へつづく)


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創価問題新聞事件 第7回
レシートのメニューを確認しなかった理由

 ここ(前回掲載の取り調べ内容)では、「こちらも正確な言い方をしなかったせいもあるが、店長が間違ったレシートを渡した」とする趣旨の供述をしている点も注目される。

 矢野が「聖教新聞」裁判で提出した平成11年5月31日付陳述書によれば、矢野と明代がこのレシートを店から受け取ったのは平成7年7月1日深夜である。その経緯について矢野はこう述べている。

〈その「レジ・ジャーナル」を見ると、店を出た時刻は15時21分となっていたので、おおよその記憶と一致していたので、特に質問もしないまま、帰宅しました。〉

 明代がそのレシートを警察に提出したのは7月3日である。ということは、レシートを受け取ってから警察に提出するまでに丸2日もありながら、矢野と明代は「レギュラー」と書かれてあるそのレシートが「日替わりランチ」のレシートかどうか確認もしなかったということになる。それによって明代のアリバイが証明されれば万引き容疑は晴れるという重要なレシートであるにもかかわらず、メニューも確認しなかったとは、いつも冷静で思慮深い矢野にしてはちょっとうかつである。

 しかし、別の見方もあろう。矢野と明代にとって重要なのはメニューではなく万引き現場にはいなかったことにすること、すなわち別の場所にいたことの「証明」ができればよく、矢野がメニューはどうでもよいと考えていたとすれば、矢野がメニューを確認しなかったことにも合理的理由があったということになる。

 だから矢野が取調室でいうように、明代がレストランにレシートがないかと問い合わせた際にも「正確な言い方をしなかった」。7月12日まで明代が「レギュラーランチ」を主張したのは、受け取ったレシートの表示がたまたま「レギュラー」だったからにすぎない。明代はレシートのメニュー表示に合わせ、メニューの内容を店のパンフレットからきわめて正確な記憶力でみごとに暗記し、取調室で供述した。そのアリバイが崩れると今度は矢野が「日替わり」に変更したということである。

 ちなみに、レストランの店長は朝木から電話があった際、朝木は「食事の内容についてはあいまいな言い方をした」と証言している。したがって、取調室における矢野の「こちらも正確な言い方をしなかった」という供述はめずらしく事実に近いものだったことになる。

今度は店長に責任を転嫁

 ところが一方、平成7年10月7日には取調官に対して「こちらも正確な言い方をしなかった」と供述しているにもかかわらず、矢野は平成11年の陳述書ではこう書いている。

〈朝木議員が、すぐに事務所から「びっくりドンキー」に電話をかけ、6月19日の午後2時から4時の間で、「日替わりランチ」とコーヒーを注文した2人組のレシートの控えがあると思うので、探しておいてほしいと依頼したのです。朝木議員がこの電話をかけた際、私はそばで聞いていたので、その様子ははっきり覚えています。〉

 取り調べから4年後の陳述書では「正確な言い方」をしていることが明らかである。たった1つの事実を説明するのに、取調室での供述と陳述書ではなぜこれほど違いが出るのか。

 取調室の供述の時点では矢野はまだ「日替わりランチ」の主張をしておらず、矢野はまだ東村山署の捜査状況と取り調べの成り行きについて探っている状況にあった。ところが陳述書の段階ではすでに「日替わり」も否定されており、明代は「何の落ち度もなく誤ってレギュラーランチのレシートを提出してしまった」ことにしなければならなかったということではあるまいか。

 そのために矢野は、今度はレストランの店長に対してもまるで明代が書類送検された原因を作ったかのように主張したということである。たまたま矢野と明代が行ったことがあるというだけで明代からの電話を受け、背景も知らないまま客の要望に応えただけで責任を転嫁されてしまうのだから、店長もたまらない。店長は電話の主が人の善意も平気で踏みにじり、利用しようとするきわめて特異な市会議員であろうとは考えもしなかっただろう。

(食べたメニューは)「勘弁してもらいたい」

 さて、取り調べの続きをみよう。



――中略――

取調官  そうすと、これでいくと、時間とかそれはもう関係ない、食べ物も違うということですね。

矢野  そう、そうそう。

取調官  そうすると、まあ、ここで聞きたいのは、あの。

矢野  アリバイの理由?

取調官  うん、そう。食べたものが違うっていうことでしょ。

矢野  そうそう、違う。

取調官  食べたものが、ああ、そうすると、矢野先生方は何を食べたんですか、この日。

矢野  いいたくはないんだけど、調べたいの?

取調官  いや、そうじゃなくて、どうなのかって聞いてるの。あの、もしあれだったら、まず1番のそれは。

矢野  それでね、それについては、あの地検ではいったんだわ。

取調官  うん、うん。

矢野  地検ではね、この話を。だからそれはちょっと勘弁してもらいたいんだけれど、それ以外にもね、あるの。

取調官  うん、ああ……。

矢野  こちらが、ほら。

取調官  他にやったところ……。

矢野  いやそうじゃなくて、3時15分にあの現場に行ってないという、ものがあるんですよ。客観的に一応こちらで。

取調官  ああなるほど。そうすっとこれは、あれですね、あの、ド、ドンキーじゃなくて。あ、ドンキーには行ってるわけ?

矢野  ドンキーは、飯、食ってるの。

取調官  あ、ドンキーは間違いないわけ。

矢野  その日の午後、行ったのはね。私はとにかく、議会が終わってから、とにかくドンキーへ行って、事務所に帰って来たの。

取調官  うんうん。

矢野  彼女が、要するに、銀行振込をしてるわけでしょ。それと、ドンキー行って、帰ってる。それだけしか、3ヶ所しか行ってないんだもん。

取調官  なるほど、なるほどね。

矢野  だから、これ(レジ・ジャーナル)は、これはもう、アテにしない方がいいの。

取調官  ああ、なるほどね。

矢野  お互いに不幸な結果になるから。



 矢野は明代が7月12日に提出したレシートとは食べたものが違う(すなわちレシートも間違えた)という。そうなれば次は、では「食べたのは何だったのか」となるのが当然の流れというものである。ところが矢野は「地検ではいったんだわ」「だから、ここでいうのは勘弁してもらいたい」といい、「それ以外にも(アリバイが)ある」と話を別の方向に持っていこうとしている。ほかにもアリバイがある、「これ(レジ・ジャーナル)はもう、アテにしない方がいい」とは、レシート以外にアリバイを立証できるということだろうか。

「お互いに不幸な結果になる」とは、一種の脅しのようにも聞こえる。あまりレジ・ジャーナルの記録にこだわらない方がいい、レジ・ジャーナルでアリバイを崩そうとしても失敗するよ、という趣旨だろうか。いずれしても矢野は懸命にレジ・ジャーナルから取調官の目をそらそうとしているように思えてならない。


(その8へつづく)




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創価問題新聞事件 第8回
得意の論点のすり替え

 もともと、レジ・ジャーナルの記録に基づいてアリバイを主張したのは明代の方であり、東村山署がアリバイを証明しろといったわけではない。したがって東村山署が、「お互いに不幸な結果になるから」、あまりレジ・ジャーナルの記録にこだわらない方がいいなどと矢野からいわれる筋合いの話ではない。本来なら取調官は「アテにしたのは明代の方ではないか」と反論してもよかった。しかし、取調官はあわてなかった。取調官は「うん、じゃ、これしない(アテにしない)」とあっさり矢野の言い分を受け入れたのである。続くやりとりを見よう。



矢野  ただ、これはね、だからあの、誰だっけ、店長も、あの、いい加減なもんじゃないかって、いってんじゃないかと思いますよ。つまり、こちらであるかないかという点では。

取調官  うん。

矢野  そういうこと。

取調官  そうすっと、まあね、ええ、これ(レジ・ジャーナル)はきちっと合わせないで、時間的ね、たとえば、ええ、ドンキーに行った時間。

矢野  そうそうそう。



 矢野のいう「いい加減なもんじゃないか」というのは、「レギュラー」だろうが「日替わり」だろうが、同じ時間帯にたくさん注文があるからメニューの間違いはあり得るという趣旨だろう。この時点では矢野はまだ、万引き事件の時間帯には「日替わり」の客もいるはずと勝手に思い込んでいたのだろう。取調官はしばらく矢野に適当に合わせようとしたようである。



取調官  ね、ドンキーに行った時間っていうのはだいたい何時ごろ?

矢野  ええと、だから、このだから。

取調官  これは。

矢野  はっきりいってね、はっきりいって、2時40分から3時2、30分の間は、これはね、食事をしたと考える以外にないんですよ。アリバイをこちらが工作したなんて書いとかないでくださいよ。工作のしようがないんだから。これだって、なんで工作できんのよ。

取調官  うん。

矢野  店長にいったら、これが出てきたから、そのままそっくり3日に渡した分じゃない。

取調官  うん、そうそうそうそう。

矢野  そうでしょう。これ、3日に私が、あの、課長に渡した分じゃない。

取調官  そうそう、そうそう。

矢野  隠す、隠し立てする必要ないじゃない。



「日替わり」を認めざるを得なくなった矢野

 明代は提出したレシート自体には確かに変造したりといった「工作」の形跡はない。しかし、行ってもいないレストランのレシートを提出して「行った」と言い張れば、これは立派なアリバイ工作になる。取調官はやんわり話をメニューに戻していった。 



取調官  うん、ないない。うん、だからまあ、これ、違う。ね、ということは、まず違うっていうことは、食べ物が違うってことでしょ、これ。

矢野  食べたものが違うの。

取調官  違うのね。

矢野  これ「レギュラーランチ」とか書いてあるのね。これ、あとで教えてもらったの、12日に。

取調官  ああ、なるほど。

矢野  あなた、「じゃあ、調べてきます」って、朝木さん、いって、帰ったでしょ。

取調官  うん。

矢野  で、そのあと、その足で行ったんだもん。

取調官  うん、ああこれね。

矢野  これ。

取調官  あ、そしたら「レギュラー」になってたわけだ。

矢野  「レギュラー」、これ「ランチ」っていうのは、どういう意味かって聞いたら、聞いたら「レギュラーランチ」だっていうから、ああ、じゃ、食ったのと違うって話になって、初めてそこではっきり確認できたの。

取調官  うん、そうすっと、食ったのと違うってことになると、んー、矢野さんとそれから、ええ、朝木、朝木さんは、ええ、「日替わり」を食べたっていうことですよね。

矢野  まあ、そういうことになりますよね。誰に聞いたんですか? それと、あと、何か食べてんだけど、あの、飲んだり食べたりしてんだけど。



「食べたものが違う」、そういいながら矢野は、けっして自分からは何を食べたのかはいわない。矢野が自分から「日替わり」といわなかったのは、万引きの時間帯に日替わりを食べた客はいるだろうとは期待していたものの、確証が持てなかったからだろう。だからこそ「(何を食べたのかをいえば)互いに不幸になる」などと取調官を揺さぶったりもした。

 しかし、自分から「食べたものが違う」という認識に至ったとする具体的な理由を自白し始めたことで、食べたものが何だったのかについていわなければならない状況へとしだいに追い詰められていったようである。取調官から指摘されてごまかしきれなくなった矢野はついに「食べた」ものが「日替わり」だったと認めざるを得なくなった様子がわかる。だがこの時点では、万引きの時間帯に「日替わり」が売り切れていたことを矢野はまだ知らされていない。


(その9へつづく)



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創価問題新聞事件 第9回
最初から「日替わり」だったことにしようとした矢野

 矢野は取調官から指摘されて、万引き事件の時間帯に「食べた」のが「日替わりランチ」だったということをようやく認めた。しかし矢野は、明代が7月12日に主張した「レギュラー」が否定された時点で、矢野も明代も食べたものは「日替わり」だったと認識していたが、店長が間違って「レギュラー」のレシートを渡してしまったために明代が自分のものとは異なるレシートを提出してしまった、という話にしようとしていたようである。書類送検後にメニューを変更したのではなく、店長が間違ったのだと。矢野は「聖教新聞」裁判で提出した平成11年5月31日付陳述書で次のように供述している。

〈同年(平成7年)7月11日、○○代理(取調官)から「明日、いつでも都合をあわせるから、もう1度だけ来てほしい」との連絡があったので、朝木議員は12日午前に東村山署に出向きました。

 その際、朝木議員は、課長代理から指摘される前に、7月3日に提出した「レジ・ジャーナル」は店長が間違えて渡して寄越したものであることを自ら伝えて「必要なら再度調査して、店長に間違いないものを出してもらい、また出向くことにしますがどうしますか」と伝えたところ、課長代理は「ではそうしてください」と同意し、朝木議員は東村山署を出たのです。〉

 しかし、「明代が課長代理から指摘される前にジャーナルが間違いであることを伝えた」とする矢野の陳述書の内容が虚偽であることは次の取調記録からも明らかだった。

見え透いた改竄

 矢野が自らの取調記録の反訳を裁判所に提出したのは、「7月12日の取り調べで明代が自らレシートの誤りを指摘していた」すなわち、明代も7月12日の時点ですでに、食べたのは「日替わり」だったと認識していたことにするためだった。それが前回に続くやりとりの場面である。その様子をみよう。



取調官  うん、これは、あの、あの人がいってたの、朝木先生が。

矢野  ああ、そのときいったの?

取調官  そうそう。

矢野  12日に?

取調官  うん。

矢野  じゃあ、もう聞いてんじゃないよ。

取調官  うん、だから、それ(食べた「日替わり」)はこれ(「レジ・ジャーナル」の写し記載)ですねって、私、確認したの。

矢野  「日替わり」じゃないじゃあない。

取調官  いや、だから、それ(食べた「日替わり」)は、これ(「レジ・ジャーナル」の写し記載)ですねって、聞いたの。

矢野  聞いたら、なんていったの?

取調官  ああ、そしたら、一瞬見ながら、ああ違いますってこう。

矢野  だったら、もうそのときわかってんじゃない。

取調官  いや、だから、いや、だから、それは、だから……。

矢野  どうして書類送検なんかするのよ。

取調官  いや、いや、書類、すぐ出してらっしゃいと。「すぐ持ってきます」、こうだったもん。で、待ってたの。

矢野  ところが、待ってたって、その日に送っちゃったんじゃない。

取調官  いや、待ってたの。

矢野  その日に出すっていったの? うそでしょ、それ。

取調官  いや、いや、「すぐ持ってきます」って。

矢野  「すぐ持ってきます」って?

取調官 「すぐ持ってくる」って。

矢野  いや、それはちょっと違うよ。

取調官  ああそう。まあ……。

矢野  私、その足で行ったもん。

取調官  まあ、まあ、今いってもしようがないけどね。

矢野  それでね、その日、行ったんですよ、すぐ足で。行ったら、全部おたく(警察)が全部持って行った。持って行って、「ない」っていうんだから。それじゃ話になんない。

(※上記太字カッコ内はいずれも矢野による注釈)



 矢野は取調官から「日替わりですね」と聞かれてやっと認めたが、「日替わり」と供述を変えたことの不自然さを説明するために、あらためて7月12日の明代の供述について話そうとしているのが取調官の最初の発言である(「うん、これは、あの、あの人がいってたの、朝木先生が」=この発言中、「これ」とは「レギュラーランチ」を指している)。しかし矢野は、この部分のやりとりを、「7月12日の時点ですでに明代が『日替わり』といっていた場面にしようとしている。

 それがカッコ内の(食べた『日替わり』)と矢野が付加した注釈で、これは裁判所を欺くための工作にほかならない。この場面で取調官が「それ」といっているのが「レギュラーランチ」を指していることは、続く矢野の「『日替わり』じゃないじゃあない」という発言から明らかである。つまりこの場面は、矢野が「日替わり」だったといったのに対し取調官が、明代が7月12日、食べたのは「レギュラー」だと供述したこと、その証拠がすでに提出されていたレシートであると明代が主張していることを確認したことを矢野に説明しているやりとりなのである。


(その10へつづく)



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