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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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千葉英司元東村山警察署副署長が西村修平を提訴(その1)
 平成20年9月1日、右翼らが東村山駅前で行った「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える!」と題する街宣の内容をめぐり、千葉英司元東村山警察署副署長が「主権回復を目指す会」代表の西村修平を9月26日、東京地裁八王子支部に提訴していたことがわかった。
 
 この街宣では何名かの支援者がプラカードを掲げていたが、その中に「創価学会の四悪人」として、

東村山署  須田豊美?
  〃 ?  千葉英二副署長
地検八王子 吉村弘
         信田昌男

 と記載したものがあった。西村は演説でこのプラカードを指さしながら、

「東村山署須田豊美刑事係長、千葉英司副署長、この2人が朝木さんが謀殺された事件を自殺として覆い隠した張本人」

「(創価学会検事と)同じ穴の狢」

「この4人が殺人を自殺に仕立て上げた」

 などと演説した。千葉は西村のこれらの発言によって名誉を傷つけられたとして100万円の損害賠償を求めて提訴したもの。

 西村のこの発言内容は、故朝木明代の転落死が「殺害事件」であるにもかかわらず、「創価学会員である」千葉らが事実を隠蔽して「自殺」として処理したとする趣旨で、その内容が千葉の名誉を毀損するものであることは明らかだろう。すると当然、裁判では西村の発言内容の真実性・相当性が争点となろうが、西村がどのような主張・立証を行うのか注目される。

 第1回口頭弁論は東京地裁八王子支部で11月13日午後1時30分を予定している。

願ってもない真相究明の舞台

 さて、西村が街宣での主張内容の真実性(相当性)を主張するには、前提として故朝木明代の転落死が「万引きを苦にした自殺」ではなく「他殺」であることを立証する必要がある。そこで思い出されるのは、西村の同志である右翼が突然言い始めた「現職警察官による内部告発」である。私はその発言を聞いて、いまだに「(創価学会による)他殺説」を信じ込んだのみならず、人前で堂々と訴える人物が現れたこと自体に「度肝を抜かれた」。彼は平成20年7月29日、八王子駅前の街宣でこう訴えた。



 私がなぜこの問題を今回取り上げるか。その最大の理由はですね、これは現職の警察官が私に内部告発をしたからであります。これは今日、初めて明らかにします。現職の警察官は、「自分たちは犯人を特定した」と。「3名であった」と。「しかし、検察側からの圧力があって捜査を断念せざるを得なかった」と、そういうふうにはっきりと述べました。

「だから、瀬戸さんたちはこの運動を時効前に国民運動として盛り上げてくれるならば、われわれはその全貌を明らかにする用意がある」と、こういうふうにはっきりと断言したのであります。

この件について今日、初めて明らかにさせていただきます。



 翌7月30日付ブログではこう書いている。 



 私がなぜこの事件を取り上げてこのような訴えに立ち上がったのか。それは内部告発です。現職の警察官から、この事件をこのままにしておくことはできない。これは自殺などではなく殺人事件であり、3人の犯人と思われる人物の特定もなされていました。



 街宣では「3名の犯人を特定した」と明言しているが、翌日のブログでは「3人の犯人と思われる人物」となった。「思われる」があるとないとでは大違いで、ブログでは犯人の特定に関してやや後退がみられるような気もしないではないが、このへんのあいまいさはともかく、この「内部告発」なるものが彼らのいう「他殺という事件の真相」に深く関わっていることだけは確かなのだろう。

 その「内部告発」なるものは現在のところ、内部告発者が何人で(複数であるらしいことは右翼の発言からうかがえる)、事件当時警視庁のどのような立場にいた者であるのかを含め、内部告発の信憑性を証明する事実はいっさい公表されていない。この右翼の説明を総合すれば、内部告発者および告発内容を保護するためであるらしい。

 しかし今回、西村修平が立証を求められるのは法廷という公正さが担保された場所である。内部告発者(ら)自身も捜査を中断させられたことに義憤を感じているようであり、「われわれはその全貌を明らかにする用意がある」ともいっているのだから、この期に及んで証言に尻込みすることもあるまい。少なくとも確たる証拠なしに「その言葉を信用した」というだけでは、支援者はともかく裁判官を納得させることは難しかろう。「真相究明」のため、同志西村を助けるためにも、法廷の場で「真実」を明らかにしてもらいたいものである。

 なお、これまで矢野穂積と朝木直子は「朝木明代は殺された」と主張して多くの裁判を起こしてきたが、被告となった事件も含めてことごとくその主張は排斥されている。したがって、矢野らが提出した証拠等(司法解剖鑑定書の記載等)によって「他殺」を立証することはきわめて困難と思われる。                                       
                                                         (宇留嶋瑞郎)



(その2へつづく)



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千葉英司元東村山警察署副署長が西村修平を提訴(その2)
 余談だが、明代の自殺後13年にわたって他殺デマを発信し続けてきた矢野は、右翼のいう「内部告発」についてどう考えているのだろうか。平成20年7月29日、八王子街宣が行われた当日の午前11時30分ごろ、東京地裁八王子支部で矢野に直接聞いた。

――今日の集会には行くんですか?

 しかし矢野は、その日に集会が行われる予定であることについては知っているらしい表情で私を見たものの、なぜか私の質問にはいっさい答えなかった。明代の転落死の「真相究明」を求める集会に、13年間にわたって「真相究明活動」を続けてきた遺族の朝木直子と同僚の矢野穂積が顔を出さないというのでは、どうみても間の抜けた話である。彼らは右翼の集会には顔を出さないのだろうか。

 午後1時前、八王子駅前には右翼ら10名ほどの者たちが横断幕やプラカードを持って集まってきた。しかし、矢野と朝木の姿はどこにもなかった。そこで主催者である右翼に「矢野は来ないのか」と聞いた。すると彼はこう答えた。

「彼とは方針が違う。われわれは独自にやっている」

「方針が違う」ということは、矢野には参加を申し入れたが断られたということを意味しよう。連絡してそれなりの話をしなければ「方針が違う」かどうかはわからない。それにしても、重要な「内部告発」が明らかにされるというのに、矢野はなぜ断ったのだろう。どういう「方針の違い」かはわからないが、「真相究明」につながる「新事実」があるのなら矢野も「方針」にこだわっている場合ではあるまい。あるいは、遺族の朝木にも矢野に対してもこの重要な「内部告発」の事実は知らされなかったのだろうか。

そっけない矢野の対応

 それにこの「内部告発」者は、告発の相手としてなぜ13年間にわたって「真相究明活動」を続けてきた(と称している)当事者の矢野と朝木ではなく、それまでなんら「真相究明活動」などしてこなかった右翼を選んだのだろう。「内部告発者」が警視庁の人間なら、矢野が「他殺説」を主張してきたことを知らないはずはないし、朝木はほかでもない明代の長女である。また矢野は「殺害犯人」に関する有力情報には1000万円の懸賞金まで払うと宣伝しているのだから、矢野に「内部告発」する方が現実的なメリットもよほど大きかろう。にもかかわらず朝木と矢野に対しては「内部告発」はなかったのか。その点について8月7日、私は東京地裁八王子支部で矢野に直接聞いた。

――「内部告発」があったそうですが……

矢野  何焦ってんの。

――先生のところには(「内部告発」は)なかったの? 右翼のところにあって、先生のところにないというのはおかしいですよね。

矢野  (お前には)用がないんだよ。

 矢野はなぜか「内部告発」の件には触れたくないようだった。矢野は「内部告発」の内容を知らないか、あるいは聞かされてはいたが眉唾だとでも考えていたのだろう。なぜなら、明代の自殺の動機とみられる万引き事件でアリバイ工作に関与し、事件を隠蔽するために被害者へのお礼参りを繰り返したのは矢野自身である。アリバイ工作を企て、被害者を脅したという事実こそ、明代の万引きが事実であることを矢野が知っていたことを裏づけるものにほかならない。仮に明代の自殺を否定する「内部告発」があったとしても、それが事実を覆すようなものであるはずがないことを誰より知っているのは、アリバイ工作と被害者威迫の共犯、矢野穂積なのである。

 矢野は右翼のいう「内部告発」の信憑性が強調されればされるほど、化けの皮がはがされたときには矢野と朝木自身にとってもより大きなダメージとなる。矢野はそのことを予感していたのではあるまいか。とすれば、そのような「内部告発」があったとする右翼とは最初から関わりを持たない方が無難だと矢野が考えたとしても、それはむしろ矢野と朝木にとって自然であり、賢明な判断だったろう。関わりを持ってさえいなければ、「実情を知らない右翼が勝手にやったことで自分たちは無関係」といえるのである(だから矢野のホームページでは「内部告発」とはいわず「新たな情報」という曖昧な表現で逃げている。「そっくりさん」と同じでどんな荒唐無稽なガセネタでも「情報」は「情報」)。

 いずれにしても私はそのとき、矢野が右翼との関係を持つことについて少なくともあまり積極的とはいえないのではないかという印象を持った。その一方、右翼は右翼で、7月30日付ブログで〈私が告発を続ける地元の市民団体(=矢野と朝木以外にはない)と連絡を取らずとも、この問題を取り上げた理由については理解いただけるものと思います。〉と書いて「内部告発」そのものの重大性を力説していた。右翼は右翼なりに、矢野と朝木の協力が得られないことを少しは気にしていた様子がうかがえる。

 ところがその後の8月24日、矢野と朝木は何事もなかったかのように右翼主催のシンポジウムに参加している。判断の是非は別にして、右翼の側にも矢野の側にもそれまでの間になんらかの「方針変更」があったということになろう。しかし、明代の「冤罪」を信じ、またアリバイについても転落死の夜の状況についても最もよく知るはずの矢野が、「真相究明」の場であるにもかかわらず、朝木にだけしゃべらせたとはどういうことなのか。明代の「万引きを苦にした自殺」という汚名を晴らすためにも、矢野は口内炎を乗り越えて「事実」を語るべきだったのではないか。

「断れなかった」矢野

 私の矢野に対する印象を裏づける発言もあったと聞いた。9月1日、東村山駅前で行われた街宣活動の翌日のことである。街宣の現場で「(この人たち=右翼らと)あまり関わり合いにならない方がいいよ」と矢野から親切な言葉をかけられた市民が議会で矢野と出くわした。その人は矢野とおおむねこんな会話を交わしたという。

――昨日の集団はどういう人たちなのよ。

矢野  あれは極右だよ。

――あなた、なんで極右と付き合ってんの?

矢野  「真相究明」のためといわれれば仕方ない。

 つまり、本音は付き合いたくないが「断れない」という趣旨の発言であると理解できた。それにしても、ものには言い方というものがあろう。矢野の立場にあって、彼らをたんに「極右」で片づけるというのはいかがなものか。だがその人に対しては「明代の転落死の真相究明をしてくれている人たち」ともいえなかったのだろう。なぜならその人物は、矢野の正体を知り尽くしている人だったから。

 右翼らが街宣の途中で暴走し、白昼堂々、集団で万引き被害者の店を襲撃するという行動に出たことも、矢野にとって「自分の協力者」と呼ぶことを強くためらわせたのだろう。

「朝木明代さんの謀殺を許さないぞー!」

「万引きのでっちあげを許さないぞー!」

 どうみても正気の沙汰ではないが、矢野としては襲撃事件について右翼との関係から表立って否定できず、肯定すれば不法行為を容認することにもなりかねないからそれもできない(だからホームページでも触れない)。矢野の本心としては、このような「極右」と積極的に付き合っていると思われたくはない(実際に付き合いたくもない)というところだったのではあるまいか。


(その3へつづく)

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千葉英司元東村山警察署副署長が西村修平を提訴(その3)
                             ★その1から読みたい人はこちら



お邪魔虫

 7月29日の八王子街宣に始まり9月1日の東村山街宣と万引き被害者襲撃に至った右翼について矢野はどう思っているのか。想像や推測ばかりでは仕方がないので9月17日、決算特別委員会の傍聴席でたまたま矢野が近くに座っていたので単刀直入に聞いてみた。

――あの右翼にはいい迷惑でしたね。

矢野  お邪魔虫。

――先生、あの右翼には困っちゃったね。

矢野  お邪魔虫。

――いつまで付き合うんですか、あの右翼と。

矢野  黙って聞きなさい。

「黙って聞きなさい」といわれても委員会は休憩中で、何も聞くことはない。だから矢野に聞いたのだが、返ってきたのは「お邪魔虫」の一言だけだった。還暦を過ぎた市議会議員の言葉とも思えないが、それはともかく、この「お邪魔虫」という言葉はいったい誰に向けられたものと理解すればいいのだろうか。右翼なのか、それとも私なのか。私とも右翼とも取れるし、私も右翼も両方「お邪魔虫」なのだとも取れる。少なくとも「いい迷惑でしたね」といわれて一言も否定しなかったのは右翼に対して失礼というものではなかっただろうか。

「本人に聞け」と矢野

 矢野が右翼をどう思っているかはともかく、こと「内部告発」については矢野自身が自らのホームページで「(他殺を裏づける)新たな情報」と位置付け、街宣についても「真相究明行動」などと紹介している。これは西村らが行った万引き被害者に対する集団による誹謗中傷行為を事実上容認するものであり、「内部告発」についても「新たな情報」として一応敬意を表しているようにも見える。「新たな情報」という限りは、矢野も「内部告発」の内容を知っているということか。普通の感覚では、内容を確認していなければ「新たな情報」などとはいえない。

 右翼のいう「内部告発」=矢野のいう「新たな情報」をめぐっては、矢野と朝木が千葉から提訴されている裁判でも話題にのぼった。その裁判も朝木明代の転落死をめぐるものである。9月26日開かれた口頭弁論で千葉は矢野にこう聞いた。

「ある右翼が『新事実』(内部告発)があると主張している。あなたは自分のホームページでも紹介しているし、東村山で行われた集会にも参加している。あなたも『真相究明を求める』と称して闘っているわけだから、この裁判でその『新事実』について説明したらどうだ」

 すると矢野は、「(右翼)本人に聞け」といって自分から説明することを拒んだ。「新事実」が明代の「他殺」を証明するものなら千葉との裁判も有利になるはずだが、なぜ矢野は「新事実」について説明しようとしないのか。自分のホームページでは「新事実」などと宣伝に利用しておきながら、説明を求められると「(右翼)本人に聞け」とはまたずいぶん虫のいい話のようにも思える。退廷後も、矢野はまだ朝木や弁護士に「本人に聞けばいいんだよな」としきりに同意を求めていたという。

 これはどういうことなのだろう。「内部告発」の事実自体は確かに「新事実」なのだろう。だが、それは矢野の口からは説明できないものだということのようである。なぜ矢野が説明できないのか。「(右翼)本人に聞け」とは、①聞いているがとうてい法廷で堂々と主張できるような代物ではないと判断している②聞かされていないが、矢野は明代の万引きを苦にした自殺の事実を知っているから、右翼から聞かなくてもそれが荒唐無稽なものであることがわかっている――このどちらかということになろう。この点については西村裁判で明らかになるのではなかろうか。

口も目も閉じてしまった矢野

 ところで右翼は、西村裁判の口頭弁論の3日後、11月16日に再び「真相究明」のためのシンポジウムを開くという。10月14日、東京地裁八王子支部の書記官室前に矢野が1人で椅子に座っていた。矢野がこちらをちらっと一瞥したので、私はシンポジウムのことについても聞こうと近づいた。私に気がついた矢野は目を閉じてしまったが、かまわず聞いた。

――11月にまた集会をするそうですね。

矢野  ……(瞑目した状態)

――無視することはないでしょう?

矢野  ……(瞑目した状態)

 矢野は一言も発せず、目を閉じたままだった。「真相究明」ができるというのならもっと積極的に答えてくれてもよさそうだが、この矢野の態度はどうしたことなのだろう。右翼は「徹底究明」すると独りいきり立っているようだが、やはり矢野としては右翼から誘われるのがよほどいやなのだろうか。

「社会運動家」か、ただのハッタリ屋か

 それはともかく、はたして千葉から提訴された西村の裁判で、矢野はなんらかの形で協力するのかどうか。また、西村の同志である右翼は「内部告発」の具体的内容を明らかにするのかどうか。実は「内部告発者」に関して、9月1日の東村山街宣の最中、右翼が私のところに近づいてきたので一言だけ聞いた。

――あなたは「内部告発者」に直接会ったのか。

すると右翼は「当然でしょ」といわんばかりにこう答えた。

右翼  もちろん会ってますよ!!

 取材対象に会うことは取材の基本である。したがって右翼が「内部告発者」に会ったこと自体に対しては素直に評価するが、右翼が「内部告発者と会った」という事実と、その人物が本物の「真実を語る内部告発者」なのか、あるいは単なる思い込みと憶測を述べただけの自称「内部告発者」にすぎないのかは別問題である。

 しかし、右翼がこれほど自信たっぷりに「会ってますよ!!」という以上は、その「告発内容」もよほど確たる裏付けがあり、右翼自身もそれを客観的に確認したということなのだろう。「社会運動家」としての責任を果たすためにも、西村や右翼を信じきっている無辜の支持者を失望させないためにも、ぜひとも法廷で明らかにしていただきたいものである。

 法廷外の「余裕」など何の意味もないし、いつまでたっても中身が明らかにされない「内部告発」では内部告発の体をなさないのだから。

(了)


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西村修平裁判第1回口頭弁論
 右翼が主催した東村山駅前街宣(平成20年9月1日)での発言で名誉を毀損されたとして、千司英司元東村山警察署副署長が「主権回復を目指す会」代表の西村修平を提訴した裁判の第1回口頭弁論が11月13日、東京地裁八王子支部で開かれた。

 私が法廷に行ったのは開廷10分前である。西村の支援者が傍聴に来るだろうとは予測していたが、傍聴席が16席しかない法廷でも1人ぐらいは入れるだろうと考えていた。しかし、エレベーターを降りて法廷に続く廊下を曲がってすぐ、私は自分の認識の甘さを思い知らされた。法廷前の廊下にはざっと40名近い人たちが長椅子にずらりと座っていたからである。他の裁判に来た人も含まれるものの、その大半が西村の支援者であることはその服装や雰囲気からおおよその察しがついた。彼らのほとんどがその日の午前中に行われたという八王子駅前での街宣に参加し、そのまま裁判所にやって来たもののようだった。

 いったい彼らは何を判断基準とし、矢野の虚言を信じ込んでいるのか。地裁八王子支部の廊下に集結した西村の支援者らに対して私があらためて感じたのは、彼らが事実評価に対する通常とは異なる判断基準(思い込みや飛躍、こじつけなど)に異常なまでに固執しているようだということだった。

 13年前の平成7年秋から年末にかけて週刊誌メディアを中心に繰り広げられた朝木明代の転落死をめぐるいわゆる創価学会疑惑報道は、明代による万引き被害者をはじめ事実を知る人たちにたとえようのない不快感を与え、あるいは事実が曲げられて伝えられることに対する強い不安を与えた。とりわけ一市民にすぎない万引き被害者はすでに何本もの嫌がらせ電話を受けていた。仮に電話をかけた主が嫌がらせであることに無自覚であるとすれば、むしろその方が恐ろしい。

 何かいいようのない違和感というのだろうか。私は法廷の廊下で西村の支援者たちの顔を眺めながら、矢野と週刊誌メディアによる虚偽情報に影響された、よくいえば不幸な人たちの実像を、明代の万引き事件発生から13年目にして初めて実感させられた気がした。

訴状と答弁書

 さて、裁判は始まったばかりで、実質的には平成21年2月4日に予定されている第2回口頭弁論からが本格的な審理ということになろう。そこで今回はとりあえず、訴状を紹介しておこう。



訴状

請求の趣旨
1 被告西村修平は原告千葉英司に対し、金100万円を支払え
2 訴訟費用は被告西村修平の負担とする
 との判決、1項につき仮執行宣言を求める

第1 当事者
 略

第2 不法行為
 被告(西村)は、平成20年9月1日午後3時30分、東京都東村山市本町2丁目1番地西武線東村山駅東口広場において開催された「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える!」集会において、「創価学会の4悪人 東村山署須田豊美? 東村山署?千葉英二副署長 地検八王子 芳村弘 信田昌男」と掲載されたプラカードを指差しながらマイクを使い約30名の聴衆に向け
「東村山署須田豊美刑事係長、千葉英司副署長 この2人が朝木さんが謀殺された事件を自殺として覆い隠した張本人 須田豊美刑事係長、千葉英司副署長 さらにこの事件を取り上げた東京地検八王子の吉村弘 信田昌男は筋金入りの創価学会員 須田豊美 千葉英司も同じ穴の狢 この4人が何をかしでかして殺人を自殺に仕立て上げた」と演説した(以下「本件演説」という。甲1)
 しかし、原告が、朝木さん謀殺事件を隠蔽して自殺に仕立てたとの事実は一切なく、本件演説は、「創価学会員の4悪人の1人である原告が、朝木明代殺害事件を隠蔽した」との虚偽の事実を摘示し、原告の社会的評価を低下させるものである。

第3 虚偽性及び悪質性
 1 虚偽性
  原告は、創価学会員ではなく、また、女性市議の遺族・関係者が流布した虚偽風説である「女性市議万引き冤罪及び殺人事件は創価学会が関与した」との事実も存在しない。捜査当局が「他殺を否定した」判断を覆す新事実も一切ない。

 2 悪質性
 (1)被告は、本件演説の夜に、被告のインターネット「主権回復を目指す会」上の動画で、本件演説の際に使用したプラカードをアップ撮影し「謀殺を『自殺』にすり替えた4悪人」と解説し、本件演説の内容を追認し、原告に対する名誉毀損の被害を拡大させた(甲2)。
 (2)被告は、上記虚偽風説を何ら検証することもなく、また、原告に確認の取材をすることも一切なく、虚偽風説を妄信して本件演説に及んだものである。



 したがって、本件裁判の争点は、千葉が訴状で述べる西村の街宣での上記発言が千葉の名誉を毀損するものであるかどうか、またそうであるとすれば、西村の上記発言内容は真実か、または西村が自分の上記発言内容を真実と信じたことについて相当の理由があったかどうか(免責要件)である。
 
 西村は第1回口頭弁論において書証として文藝春秋の記事(矢野絢也)を提出したが、それが明代の転落死と具体的にどんな関係があるのかについての主張はない。答弁書の末尾で西村は、

〈膨大な証拠があるためこれを整理し、証拠とともに次回までに提出する予定である。〉

 と主張しているので、次回(2月4日)には「千葉が明代の殺害事件を隠蔽した」ことに関する「膨大な証拠」を提出するのだろう。次回口頭弁論で西村がいかなる「証拠」を提出するのか、右翼がいう「内部告発」の内容がいつ明らかにされるのかを含め、注目したい。

街宣後も万引き被害者を威圧・中傷

 平成20年9月1日、暴走した西村ら右翼の一団が被害者の店の前に集まり、「万引き捏造洋品店」などの暴言を浴びせたのも矢野穂積による虚言に踊らされたものである。その後も何度か、被害者の店には「万引き捏造」などと叫んでいく者が現れたという。危惧していたことが現実に起きていたのだ。その者は店主に暴言を浴びせることがどういうことなのかわかっているのか。彼の行為は矢野穂積が働いた威迫行為を継続させるものであり、13年前の明代による万引き被害を拡大させるものにほかならない。

 その責任は当然、今も「万引きをでっち上げた」と主張する東村山市議、矢野穂積と朝木直子に及ぶことはいうまでもあるまい。その時期からして、9月1日に洋品店を襲撃した西村修平と西村の行動を容認している街宣主催者の右翼の影響を受けた者である可能性も十分に考えられよう。

 きわめて特異な人物として知られる矢野はともかく、愛国を旗印に掲げる右翼が弱者である被害者を威迫するとはどういうことか。万引き事件の事実を認識したとき、この右翼らはどう責任を取るのか。被害者に謝罪してまっとうな右翼に戻るのか。あるいは事実を受け入れることを頭から拒否するのか。右翼が矢野と同様に、虚偽にまみれて、自らをだまし続ける悲惨な晩年を送るのは勝手だが、それが市民社会に具体的かつ重大な害を及ぼすとすれば放置することはできない。

 11月16日、右翼が主催したシンポジウムと称する内向的な集会には乙骨正生に並んで矢野穂積と朝木直子も参加した。矢野は集会で参加者から「何かお手伝いすることはないか」と問われ、「最も弱いところ、洋品店に抗議してもらうと効果的」などとする趣旨の回答をしている。この発言は西村らの襲撃行為および矢野や右翼に洗脳された者による誹謗、威圧行為を容認するものであるのみならず、むしろ威圧活動を積極的に煽動するものである。自分の手を汚さず、他人を騙し利用しようとする矢野のどこまでも卑劣な本性はいうまでもなく、そのような人物をあたかも不正義と闘う闘士であるかのように称揚し、煽動に加担する右翼に、いったいいかなる存在価値があるのだろうか。
                              
(宇留嶋瑞郎)

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西村修平事件第2回口頭弁論
 平成21年2月4日、警視庁東村山警察署元副署長、千葉英司が、「創価学会の四悪人の1人である千葉が朝木明代殺害事件を隠蔽した」とする趣旨の発言などによって名誉を毀損されたとして右翼団体代表の西村修平を提訴していた裁判の第2回口頭弁論が東京地裁八王子支部で開かれた。この日も右翼らはJR八王子駅前で街宣活動を行い、その足で法廷に向かったという。

 集まった支援者は30名程度(正確に数えたわけではないので主催者発表とは誤差があるかもしれない)。支援者たちは幟のたぐいを持っていたと聞くが、目撃者によれば法廷あるいは裁判所の入り口で職員に預けさせられたもようである。なお傍聴席には5名ほど、支援者とも取材者とも若干雰囲気の異なる人たちもいた。行政書士は家が遠いためか、この日は来なかった。

 平成20年11月13日に開かれた第1回口頭弁論で、西村側は矢野絢也元公明党委員長の手記(乙1)を書証として提出、本件といったい何の関係があるのかと原告側を当惑させたが同日、西村側代理人は「膨大な証拠があるので次回提出する」と述べており、第2回口頭弁論でどんな主張を展開するのか注目されていた。
 通常の裁判では、準備書面や書証は口頭弁論の1週間前に提出するのが常識である。ところが、第1回口頭弁論から正月休みを除いても優に2カ月の準備期間があったにもかかわらず、前日までに西村側からの書面はいっさい提出されなかった。

提出された「膨大な書証」

 ところが口頭弁論当日、代理人は厚さ10センチにも及ぼうかという「膨大」な量の書証を持参していた。さすがは「膨大な証拠がある」と豪語しただけのことはあったのである。では、西村側が提出した書証とはどんなものだったか。詳しくみてみよう。

乙2の1~24 東村山市民新聞35号~41号、同43号~47号、同49号~51号、同54号~57号、同59号~60号、同62号、同速報版№095、同67号
乙3の1 「放火現場の撮影写真」
乙3の2、3 矢野穂積の診断書
乙3の4 襲撃された矢野穂積の写真
乙3の5 ○○所有の軽トラックの写真
乙3の6 95年7月29日付読売新聞「東村山市議殴られ怪我」
乙4の1 野田峯雄の矢野宛連絡メモ
乙4の2 ○○(万引き被害者)の証人調書
乙5の1 中央三井信託銀行東村山支店のキャッシュコーナーでの写真
乙5の2 同上
乙5の3、4 亡朝木明代議員の平成7年6月19日の服装と同じ服装した朝木直子の写真
乙6 FORUM21の2004年1月15日号
乙7 「創価学会を折伏する!」
乙8の1 草野敬の陳述書
乙8の2 事件現場ビル1階モスバーガー店主の共同記者会見
乙9の1 ○○(防衛医大医師)の陳述書
乙9の2 同上 救急救命及び死亡時の説明
乙10 日本音響研究所所長鈴木松美の鑑定書
乙11 司法解剖鑑定書
乙12 平成7年8月27日付読売新聞「3日に宗教シンポ」
乙13の1 レジ・ジャーナルの謄写・閲覧について(依頼書)
乙13の2 証人等目録
乙13の3 文書送付嘱託申立書
乙13の4 送付依頼書
乙13の5 株式会社アレフの弁護士中田康一宛レジ・ジャーナルの謄写閲覧についての回答書
乙14の1 龍年光の陳述書
乙14の2 昭和56年11月16日付聖教新聞
乙15 97年5月5日付国会タイムス
乙16 野中広務「差別と権力」(魚住昭著)
乙17 月刊現代04年6月号
乙18 月刊現代04年2月号
乙19 週刊新潮96年5月2・9特大号
乙20 読売ウィークリー04年2月1日号
乙21 週刊文春 平成7年9月14日号
乙22 平成7年9月8日付夕刊フジ

 以上である。しかし、西村側代理人は「膨大な」書証を提出しただけで証拠説明書(その書証によっていかなる事実を立証しようとするのかについてそれぞれの趣旨等を記載した書類)を提出しなかった。

 通常、書証には「証拠説明書」を付さなければ書証として受領されない。この日、西村側が提出した「膨大な」証拠は正式には受領されなかったということである。こうして第2回口頭弁論は、西村側が書証と称する書類を提出し、次回期日を決めただけで、実質的な審理としてはなんら進展のないまま、わずか5分で終了した。

弁護士の発言にも責任

 西村側の代理人は、ベテランであるにもかかわらずなぜ正式に受領されないような書証を提出したのだろうか。2カ月半もの十分な時間を与えられて準備書面も作成できず、何らの書類も提出できなかったのでは恰好がつかない。だから、形だけでも提出したことにしなければならなかったとみるのが自然なのではあるまいか。

 しかし、西村修平は右翼として街宣する以上は何らかの根拠を持っていたのではないのか。とすれば、その範囲においてなんらかの主張を準備書面にまとめ、その真実性なり相当性なりを裏付ける書証を提出すればよかったのではないかという気もする。

 西村の同志である右翼によれば、この代理人自身が右翼や支援者に向かって「私は西村さんが追及したこと(創価と千葉英司の関係、故朝木による万引き事件が創価による『でっち上げ』であるとした見解)は事実であると確信しております。それは事実であると考えるに至る客観的な事由はあったからです」と述べたともいう。弁護士は依頼者に過大な期待をさせるような発言をしてはならないことを、この代理人が知らないはずはない。だからこの代理人は根拠もなく説明したわけではあるまい。とすれば、代理人はその「確信」を準備書面にまとめ「客観的な事由」である書証を証拠説明書を付して提出すればよかったはずである。

 こう考えると、西村や代理人が能書きだけで準備書面も作成せず、書証と称するものしか提出しないとはどういうことなのか、きわめて不可解というほかない。裁判手続き上は何も提出しなかったに等しい第2回口頭弁論の様子からは、西村側のあわてぶり、混乱ぶりしか伝わってこない。

注目される右翼の戦略

 西村側にもそれなりの訴訟戦略があるのかもしれないので軽はずみな評価は慎まねばならないが、2月4日提出された書証はすべて矢野がこれまでの裁判で提出したもので目新しいものは何1つなく、矢野が朝木事件でこれらの書証によって勝訴した例はただの1度もない。質より量で勝負しようとしているわけではあるまいが、それ以前に、これらの書証によって「創価学会の四悪人の1人である千葉が朝木明代殺害事件を隠蔽した」という事実を立証できるとも考えにくい。

 代理人によれば、「まだ入手していない証拠がある」とのことである。それが何なのか、入手したとして、どれほどの証拠価値を持つものなのかどうか。いずれにしても、「千葉が朝木明代殺害事件を隠蔽した」という事実を立証するのは容易ではなかろう。わずかに可能性があるとすれば、西村の同志である右翼が他殺の根拠と主張する「内部告発」しかないように思える。万が一、右翼が「内部告発」の事実を証言しないまま敗訴ということになれば、右翼の責任は免れまい。

 ただ裁判所はブログとはちがって、右翼が「内部告発」について証言したとしてもそれは伝聞にすぎず、証拠能力は認められない可能性が高い。したがって右翼は「内部告発者」自身を法廷に連れてきて「内部告発者」自身によって証言してもらう必要があるが、その「内部告発」者にしても「人から聞いた」では相手にされまい。

 もちろん、右翼はその「内部告発者」に「会った」といっているのだから、意図は不明だが、最後の切り札として登場させる戦略なのかもしれない。「内部告発者」を登場させないまま西村敗訴ということにでもなれば、右翼は西村だけでなくカンパをしてくれた上に毎回遠路八王子まで傍聴に来てくれた多くの支援者たちをも裏切ることになりかねまい。次回口頭弁論(4月22日東京地裁立川支部)以降の西村側の主張・立証が注目される。

(宇留嶋瑞郎)

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西村修平事件第3回口頭弁論
 千葉英司元東村山警察署副署長が名誉を毀損されたとして右翼団体代表、西村修平を提訴していた裁判の第3回口頭弁論が、平成21年4月22日、東京地裁立川支部で開かれた。傍聴者は西村の支援者が別の右翼を含めて約30名。この日も口頭弁論に先立ち、彼らは午後12時過ぎから立川駅前でこの裁判の不当性を主張するなどの内容の街宣活動を行った。その内容はともかく、彼らの結束力の強さにはあらためて感心させられ、あるいは若干の違和感を覚えた。

 傍聴人の入廷前、係官が西村の支援者らに対し、法廷内に写真を持ち込まないよう注意した。前回の口頭弁論では前列中央に座った支援者2人がA4サイズほどの朝木明代の遺影を掲げていたため、係官から遺影をしまうよう命じられるという出来事があった。このため係官が事前に注意したものと理解できた。

 ただ、支援者らは遺影の持ち込みが認められないことをすでに学習していたらしく、10センチ四方ほどの大きさのバッジ状のケースに入れた写真を用意していた。その数10個以上はあったように見えた。経費としてはこちらの方がかかるのではないかと思うが、彼らにとってはそれほど朝木明代に対する敬意が深いということなのだろう。

 万引きという普通ではかなり恥ずかしい犯罪を犯し、だからこそ嘘の主張を続けた明代にこれほどの敬意を示すことがどれほど滑稽なことか、彼らは気がついていないらしい。洗脳と思い込みは彼らをここまで悲惨な状況に追いやったということだろうか。彼らをおだて上げた矢野穂積と朝木直子、情報を精査することによって軌道修正する機会は十分にあったにもかかわらず、矢野の情報操作に赤子の手をひねるようにたやすく乗せられた指導者の責任も小さくない。

今回も膨大な書類を提出

 前回の第2回口頭弁論で西村は数百枚に及ぶ未整理の書証と称するものを提出して原告を当惑させたが、今回提出した書類は口頭弁論に提出する書面としての体裁が整っていた。平成21年4月22日付準備書面は添付書類約80ページを含めて約100ページ。証拠説明書は前回未整理のまま提出した分の説明を含めて31ページ。書証は乙33まで。乙23~乙33の内容は以下のとおりである(乙22までは前回紹介)。

乙23  週刊新潮「創価学会に占領された東村山市役所の歪み」
乙24  週刊文春「創価学会脱会者3000人大調査」
乙25  階段手すり付近の構造図(朝木直子作成)
乙26  丹後ちりめん無地レース使いマオカラー
乙27  「創価学会・公明党の犯罪白書」(山崎正友著)
乙28  「怪死」(乙骨正生著)
乙29  衆院特別委員会議事録
乙30  参院特別委員会議事録
乙31  潮裁判判決
乙32  「東村山の闇」(矢野穂積・朝木直子著)
乙33  東村山の闇裁判控訴審判決(原告千葉=矢野・朝木逆転勝訴判決) 

 準備書面ではざっと、①朝木明代の議会活動②朝木明代の創価学会批判③万引き事件④転落死事件⑤政教分離問題――などについて主張していたが、現段階では具体的な紹介の必要はないように思われる。

 千葉が名誉を毀損されたと主張している西村発言をあらためて確認しておこう。平成20年9月1日、西村は東村山駅前の街宣で「創価学会の4悪人 千葉英二(ママ)副署長」などと記載したプラカードを指差しながら次のように演説した。

〈東村山署須田豊美刑事係長、千葉英司副署長、この2人が朝木明代さんの謀殺事件を自殺として覆い隠す、物事を握りつぶそうとした張本人。須田豊美刑事係長、千葉英司副署長、さらにこの事件を取り上げた東京地検八王子支部の吉村弘、信田昌男、この2人は紛れもしない創価学会の執拗、筋金入りの学会員。須田豊美、千葉英司も同じ穴の狢。この4人が一体何をしでかして朝木明代さんの謀殺を自殺事件に仕立て上げようとしたか〉

 千葉が名誉を毀損されたと主張しているのは、西村が「千葉を『創価学会の4悪人』と呼んだこと」「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」と主張した点である。したがって、西村が発言内容の真実性・相当性を主張しようとすれば、①千葉が「創価学会の4悪人」であるとする根拠②「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」とする主張の根拠③「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」とする主張の根拠――でなければならないことになろう。ところが、西村の大部にわたる準備書面のどこを探しても上記名誉毀損発言に関する直接的な記載はなかった。

 西村は準備書面で、明代の万引きが「冤罪」で転落死が「他殺」であると疑われる理由を長々と述べている。西村が「冤罪」と「他殺」を疑うことについてそれなりの理由があり、東村山署の捜査結果について疑義を表明することは自由だろう。西村は第3回口頭弁論に先立って立川駅前で街宣活動を行っているが、その中でこう主張している。

「われわれ一国民がね、当然、この朝木明代さんの謀殺事件は限りなく転落ではなく突き落とされた他殺事件じゃないか、このように思うのはもっともであって、それを私は昨年の9月1日、朝木明代さんの亡くなったその命日にあたる日に、東村山署、警察署の前で私は、この事件はあと2年でもって時効になる、みなさん、この事件を風化させてはならないと訴えてきたわけであります」

 このような発言内容に対して提訴するのは不当だと西村は訴えているわけだが、この内容なら千葉が提訴することはなかっただろう。

 しかし、西村自身も答弁書で認めているように平成20年9月1日の街宣内容はたんに「朝木明代さんの謀殺事件は限りなく転落ではなく突き落とされた他殺事件じゃないか」と主張したものではなく、第3回口頭弁論の日に西村が行った街宣内容は事実に反している。西村が第3回口頭弁論当日の街宣で、なぜ9月1日の街宣内容とは異なる事実を前提に不当な提訴と主張したのかは私にはよくわからないが、東村山署の捜査結果に疑義を表明することと、千葉に対して「創価学会の4悪人」という雑言を浴びせ、「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」、「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」と断定することとは次元が異なろう。

 少なくとも今回提出された準備書面には千葉に対する上記3点に関する主張・立証はない。しかし西村にはプロの代理人もつき、仲間の右翼も「東村山署は殺人犯の存在を確認していながら捜査をしなかった」とする内部告発者と「会った」と主張しているから、いずれは千葉の主張する名誉毀損発言に関する立証がなされるのだろう。そのあかつきには、多忙を押して毎回裁判所に足を運ぶ支援者たち、それから珍しい「明代バッジ」制作者の労苦も報われよう。

直接的な主張はわずか3行

 西村が第3回口頭弁論で提出した準備書面における真実性・相当性の主張は千葉が問題とする西村の発言内容とは直接には関係しないように思える。しかし、膨大な準備書面のうち1ヶ所だけ不法行為の成否の判断に直接的に関わる主張があった。末尾の3行である。西村はこう主張していた。

〈被告の批判は、朝木市議事件の捜査機関としての東村山警察署の機関としての副署長の捜査指揮を批判したもので原告個人を対象としてのものではない。よって原告の請求は失当として棄却されるべきである。〉

 西村の発言は捜査機関としての東村山署に対する批判にすぎず、個人としての千葉に向けられたものではないという主張である。この主張が認容されれば、千葉に対する名誉毀損そのものがなかったということになるが、はたして裁判所が西村の発言内容をどう判断するのか注目される。

 さて、口頭弁論終了後、法廷内で千葉は西村の代理人に対して「書証はまだ出されるんですか」と聞くと代理人はこう答えた。

「朝木さんと相談します」

 朝木もまた矢野穂積との共著『東村山の闇』で「千葉が殺害事件を隠蔽して自殺として処理した」とする趣旨の記述をしている。これまで提出した膨大な書証の中にはいっさい含まれていないものの、右翼の「内部告発」証言とともに、今後西村が「朝木さんと相談」の上、「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」、「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」とする西村の発言内容を直接的に立証する証拠を提出するのかどうか、きわめて興味深いところである。

(宇留嶋瑞郎)

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西村修平事件第4回口頭弁論
 平成20年9月1日に行われた街宣によって名誉を毀損されたとして警視庁東村山警察署元副署長、千葉英司が「主権回復を目指す会」代表の西村修平を提訴していた裁判は平成21年9月2日、第5回口頭弁論を終え、次回11月11日午後1時30分から原告・被告双方に対する本人尋問を行うこととなった。

 この間の進行と双方の主張内容については第3回口頭弁論まで報告したが、第4回以降、とりわけ被告の西村がどんな主張をしてきたのかあらためて確認しておこうと思う。

具体性を欠いた主張

 第4回口頭弁論が開かれたのは平成21年6月17日。第3回口頭弁論で西村側から提出されたページ数だけは膨大な書証と準備書面に対して事前に千葉が反論を行い、西村側はそれに対する反論(準備書面)と書証を提出している。前回口頭弁論終了後に西村の代理人がいったように、「朝木と相談」した上で提出したのだろう。

 本件裁判の争点は、西村が「千葉を『創価学会の4悪人』と呼んだこと」「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」と断定したことに真実性・相当性があるかどうかである。しかし第3回口頭弁論までに、西村は明代の転落死が「他殺である」、万引きは「冤罪である」と主張したのみだった。

 千葉は第3回口頭弁論で西村が提出した準備書面に対して、①西村が争点に関する主張をしていないこと②明代の万引きの事実および転落死が「他殺でないこと」がこれまでの多くの裁判で認定していることなどを主張(準備書面2)。これに対して西村は第4回口頭弁論において、千葉の準備書面2に対して平成20年9月1日に西村が行った街宣の内容を認めた上で次のように主張した。

〈平成20年9月1日、東村山駅東口広場で被告がした演説の内容は、……東村山警察と東京地検八王子支部の公正を欠く捜査に対する批判という公共の利害に関する事実に関するものであり、その目的は、東村山警察と地検八王子支部に対し、公正な捜査を求め、国民の立場で上記殺人事件の真犯人を検挙するよう求めるという専ら公益を図ることにあり、演説の内容は真実であり、仮に真実でなかったとしても被告が真実であったと信ずるに足る相当な理由があり、不法行為は成立しない。〉(準備書面2)

 さらに西村は、「千葉東村山警察副署長の捜査の問題点」と題する書面を添付するとともに、新たに5点の書証を提出している。西村が第4回口頭弁論で提出した書証は以下のとおりである(乙33までは第3回までを参照)。

乙34 「亡朝木明代殿に関する鑑定補充書」(山形大学名誉教授・鈴木庸夫)
乙35  転落死後に発見された鍵束の写真
乙36 「THE POWER OF SOKA」(雑誌「TIME」)
乙37  FM東村山事件控訴審判決
乙38  手帳返還請求事件控訴審判決(矢野絢也)

 要するに西村は明代の万引きと転落死事件の捜査(とりわけ千葉の捜査)は不公正なもので、明代の万引きは「冤罪」であり、転落死も「他殺」だったと主張していた。しかし、いずれも「他殺」の根拠としてはこれまでに裁判所から排斥されてきたものばかりである(手帳返還事件については何の関係があるのか私にはわからない)。仮に西村が「万引き冤罪」と「他殺」を信じたことに相当な理由があったとして、ではどんな根拠によって千葉が「創価学会の4悪人」であり、「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」といえるのかについては依然としてなんら具体的な主張がなかった。

 また西村の街宣が、捜査機関に対して「真犯人の検挙を求める」ことを目的としていたのなら、なぜ千葉個人を名指しで「同じ穴の狢」などと非難する必要があったのか。この点についても準備書面2までの主張をみるかぎり、その理由は判然としなかった。

興味深い回答

 千葉は準備書面2において西村に対し2点の求釈明を行っている。

 西村が提出した乙4ないし乙11、乙25、乙32(乙6、乙32を除き、他はいずれも矢野・朝木によってしか入手不可能とみられる書証)を入手した時期はいつか。

 西村に近い人物が朝木事件の捜査結果を覆すような現職警察官による内部告発を入手したと公表しているが、抗弁に際してこの内部告発を利用するのかどうか。

 千葉の求釈明に対し西村は準備書面2において、1については「答える必要がない」、2については「現段階では取材源を明らかにすることはできない」と回答している。

 1について、証拠の入手時期を答えられないとは相当性との関係で「答えるとまずい」ということとみるのが自然だろう。なぜなら、街宣以前に入手していたのなら、入手時期を答えられない理由はないからである(入手時期が平成20年9月1日より後ということになれば、相当性の主張は成立しない)。

 2については、求釈明に正面から答えたものとはいえないものの、内部告発は利用しないという婉曲な回答であるとも理解できよう。ただこの回答からすれば、西村自身も内部告発の内容を知っているように受け取れないこともないし、「現段階では」という条件付きだから、裁判終結までに明らかにする可能性もないとは断定できない。

 ところで、最初に西村に対する尋問を申し出たのは千葉ではなく西村自身である。しかも当初は千葉に対する尋問は申し立てなかったことからすると、西村には立証についてそれなりの自信があったとも考えられよう。

 とすれば、あるいは西村は11月11日に迫った本人尋問で「内部告発」の内容を明らかにする腹づもりなのかもしれない。その際には当然、「内部告発者に直接会った」という「行動する保守」Aの証言(陳述書)も提出することになろう。

「行動する保守」の中には、なにか民主党関係者と接触した者がいるという話も聞く。いずれにしても、その後、政権政党が民主党に変わったことでもあり、「内部告発」を表に出すタイミングとしてはけっして悪くないのではあるまいか。

(宇留嶋瑞郎)

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西村修平事件第5回口頭弁論(その1)
 平成21年9月2日に開かれた第5回口頭弁論では、事前に千葉が準備書面3を提出し、これに対する反論として西村が準備書面3を提出、さらに千葉が準備書面4を提出している。また西村は、前回第4回口頭弁論において口頭で西村本人の尋問を申し入れていたが、この日、正式に証拠申出書を提出、千葉と西村の尋問を申し立てた。

 通常、事実関係をめぐる民事裁判で人証(尋問)を申し立てる場合に相手方に対する尋問を求めないことは考えられない。前回口頭弁論で西村の代理人は人証を申し立てたが、その対象は西村だけだった。なぜ千葉に対する尋問を求めないのか、妙な弁護士もいるものだと感じたが、2ヶ月の間に考え直したものらしい。

「創価学会の4悪人」に言及

 本件裁判の争点は、西村が「千葉を『創価学会の4悪人』と呼んだこと」「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」と断定したことに真実性・相当性があるかどうかである。この点について西村は第4回口頭弁論で提出した準備書面3で初めて具体的な主張らしい主張を行っている。西村の主張は以下のとおりである。



 朝木明代の万引き被疑事件は冤罪であり、転落死事件は殺人事件である。ところが千葉は、捜 査責任者として当然なすべき基礎的な捜査もしないまま書類送検し、転落死事件については、捜査もしないうちから「万引き事件を苦にした自殺で事件性は薄い」と広報した。
  転落死事件は東京地検八王子支部が殺人被疑事件として司法解剖の手続をとっていながら、司法解剖の鑑定結果が出る前に東村山署は「自殺」として捜査を打ち切り、地検八王子支部も不起訴処分とした。これは捜査機関が遵守すべき犯罪捜査規範の規定に違反した著しい不公正な捜査であって、日本国民の警察及び検察に対する伝統的な強い信頼を根本から揺るがすもので、許されない。

 創価学会の機関紙及び創価学会寄りのライターは、確たる根拠もないにもかかわらず、千葉が万引き事件による書類送検を広報すると、「朝木市議は万引きをするような卑劣な人物である」といっせいに報道。転落死事件については、「万引きを苦にした自殺」といっせいに報道、宣伝した。

 東京地検八王子支部長も担当検事もともに創価学会員であり、不公正な捜査をした疑惑が極めて濃厚である。一般国民からみれば、千葉の捜査指揮も地検八王子支部の不公正な捜査と符節を 合わせたものである。千葉は国会において、「捜査もしないうちから自殺で事件性は薄いと広報した 千葉は捜査のイロハも知らない」と名指しで批判された。

 以上の経緯からみて、西村が「(創価学会員である千葉は)創価学会の4悪人」「(地検八王子支部検事らと)同じ穴の狢」といったとしても、それは「(上記のような)不公正な捜査は許されず、日本国民として公正な捜査により一日も早い犯人の検挙を求める」との趣旨であり、そのように信じる相当の理由があった。したがって、西村の演説が千葉に対する人格攻撃を目的とするものではなかったことは明らかである。 

 「東村山の闇」判決により、「創価問題新聞」判決は覆されている。よって、西村の演説には相当の理由がある。

 (いずれも要旨)



「創価学会の4悪人」「同じ穴の狢」という表現をどう読めば「公正な捜査により一日も早い犯人の検挙を求める」という趣旨(上記4)になるのか、また仮に千葉が「ろくな捜査もせずに転落死を自殺と断定した」として、その場合なぜ千葉が「創価学会の4悪人」で「同じ穴の狢」ということになるのか、私にはよく理解できない。

朝木直子の「回答」

 さらに西村は、千葉(東村山署)が「ろくな捜査もしなかった」点を立証するために、当時の捜査状況について朝木に事情を聞いたらしい。西村の準備書面3における主張のうち、その部分を要約なしで紹介しよう。

〈被告代理人田中平八が平成21年8月27日、朝木直子に電話で照会したところ、「東村山警察の誰からも朝木明代市議の自宅も草の根事務所も捜索するとの話は一切なかった。東村山警察に対し、朝木市議の遺族は自宅及び草の根事務所の捜索に反対した事実などないし、矢野穂積市議も反対などしていない」との回答を得た。
 従って、この点に関する原告の主張は明らかに事実に反する。〉

 いうまでもなく、東村山署が「捜索」まではしなくても「調査」の申し入れもしていなければ、「ろくな捜査もしていない」と主張したい矢野・朝木にわずかながらスキを与えることになる。その一方、申し入れはしたが拒否された結果、調査できなかったという事実が明らかなものとなれば、「他殺」を主張する遺族・関係者の行動の矛盾、不可解さ、つまり「他殺」と主張する矢野・朝木の真意がどこにあったのかについて深い疑念を生じさせることになろう。

 田中弁護士の質問に対する朝木の「回答」には二重の仕掛けがある。

 1つは、あえて「調査」ではなく「捜索」という言葉を使っている点である。田中弁護士は本当の法律家だから、「捜索」という言葉の法律的な意味を瞬時に理解しただろう。「捜索」とは裁判所が令状を交付して初めて可能となるもので、法的な強制力を持つ。令状を提示されれば当事者は捜索を拒否することはできない。「捜索」に反対などできないのだから、朝木のいう「朝木市議の遺族は自宅及び草の根事務所の捜索に反対した事実などないし、矢野穂積市議も反対などしていない」という説明自体、あり得ない話ということになる。

 警察が裁判所に捜索令状を請求するのは、その案件に事件性があると認め、捜索が必要不可欠と判断した場合である。明代の転落死では、東村山署も東京地検八王子支部も事件性は薄いと判断していた。したがって東村山署が「捜索」することはなく、矢野と朝木に対して事務所や自宅を「捜索するとの話」がそもそもあるはずもない。しかし、「捜索」は申し入れ自体がなかったのは事実で、朝木の説明は嘘とはいえないことになる。

 ただし、朝木の説明にはその先がなかった。「捜索」の申し入れがなかったということは「調査」の申し入れがなかったということではない。東村山署が矢野と朝木に申し入れたのは「調査」だった。「調査」に応じるかどうかは「捜索」と違って任意で、事務所は矢野から、自宅は大統から拒否され、東村山署は立ち入り調査をすることができなかったというのが事実である。

 つまり朝木が田中弁護士の質問に誠実に答えようとするなら、「捜索はなかったが調査の申し入れはあった」と回答すべきなのである。朝木が「調査」の申し入れがあったことを話さなかった事実は何を意味するだろうか。朝木は「捜索の申し入れはなかった」とのみ答えることで、東村山署が「調査」を含めたいっさいの捜査をしようとしなかったと田中弁護士が勝手に誤解するように仕向けた、あるいは期待したと考えるのが自然だろう。これが2つ目の仕掛けである。

 結果は朝木の思惑どおり、田中弁護士は「捜索の申し入れはなかった」という朝木の回答を真に受けてくれたのである。赤子の手をひねるようにとは、まさにこういうことをいうのだろう。

 ところで、このような「重要な」証言は陳述書として署名・捺印してもらい、証拠として提出すべきものである。弁護士なら普通はその程度のことは考えようが、現在までに朝木の陳述書は提出されていない。この弁護士は朝木に陳述書を依頼しなかったのか。あるいは依頼したものの、体よく断られたのだろうか。いずれにしても、このベテラン弁護士も、朝木から適当にあしらわれていることだけは間違いないようである。

(宇留嶋瑞郎)

(つづく)

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西村修平事件第5回口頭弁論(その2)
矢野自身が申し入れの事実を認める供述

 東村山署が調査の申し入れもしていなければ「ろくな捜査もしていない」という矢野と朝木の主張をわずかなりとも実証することになる。一方、申し入れをしたものの、矢野と大統から立ち入りを拒否されたのが事実とすれば、矢野と朝木は「他殺」を主張しているにもかかわらず警察の捜査に協力しなかったことが明らかになる。「他殺」を主張する遺族、関係者としてはきわめて不可解な対応ということになろう。

 千葉はこれまで多くの裁判で調査を申し入れた事実を主張しているが、この点に関して、2つの裁判で重要な供述がなされている。1つは平成11年11月15日、「聖教新聞」裁判で行われた矢野に対する東京都(警視庁)による反対尋問である。



千葉代理人  どうして、事務所だとか自宅、この自宅というのは監禁されていた可能性が強いわけですよね、そこの捜査というか調査を警察にさせなかったんですか。

矢野  だから、それが千葉さんの一流の虚偽の発言だと申し上げているんですよ。そんなことは1回もありませんですよ。拒否したなんてのはとんでもない話で、それはやってくれといっているのにやらなかったのが警察じゃないですか。



 矢野も、「他殺」を主張する遺族・関係者が警察の調査の申し入れを拒否するのはおかしいということは十分に自覚しているようである。それどころか矢野はここで、東村山署に対して「調査をしてくれ」とお願いしたといっている。代理人は質問を続けた。



代理人  警察はまったく?

矢野  やってないですよ。

代理人  申し入れもしてないんですか?

矢野  申し入れはしましたよ、何回も。



 矢野は東村山署に「何回も調査の申し入れをした」という。しかし千葉によれば、東村山署には、捜査員が矢野に何度も事情聴取に来てくれと申し入れても矢野が警察には寄りつかなかったという記録はあっても、矢野から調査の申し入れがあったという記録はない。警察が調査の申し入れもしなかったというのは本当なのか。



代理人  そうじゃなくて、警察の方で事務所をちょっと見せてくれといったでしょう。

矢野  そんな話があれば、もうすでにやってますよ。だから、千葉さん一流のというふうに申し上げているんですよ。

代理人  千葉さん一流かどうか知りませんけども。

矢野  一流と申し上げた、これは。遺族なり同僚の気分としては、それ以外ないですよ、言い方が。

代理人  では、まったく警察から、自宅の下駄箱なり、そういう中を見せてくれといわれたことはないですか?

矢野  ちょっと待ってくださいよ。○○代理(刑事課長代理)が、彼は非常に純粋な方ですから、1回だけ来られて見せてくれといわれたから、1回だけ見せてあげただけですよ。拒否している事実なんかないんですよ。



 最初、矢野は東村山署から調査の申し入れは1度もなかったと供述していたにもかかわらず、ここでは「1回だけ来られた」と変遷している。矢野はここでは「調査」を拒否した事実を否認したが、ここで重要なのは東村山署が調査の申し入れをしたという事実だろう。

 朝木の「捜索するとの話は一切なかった」とする証言が事実なら、矢野も「そんな申し入れは1度もない」というはずである。すると、矢野の「1回だけ来られて見せてくれといわれた」とする供述は、文言の意味は別にして、朝木の「捜索するとの話は一切なかった」とする証言を否定するものということになる。

矢野の供述を否定したジャーナリスト

 では朝木の自宅についてはどうか。自宅については平成12年12月15日、「週刊新潮」裁判においてジャーナリストの乙骨正生が興味深い供述をしている。ちなみにこの裁判で「週刊新潮」は、記事のすべての情報源である矢野と朝木に証言を依頼したが、裁判の途中で矢野と朝木が出頭を拒否したため、急遽代役として乙骨を証人に立てたという経緯がある。乙骨の供述を聞こう。



創価学会代理人  あなたは朝木市議が履いていた靴と草の根事務所の鍵がみつからなかったことにも疑問を呈していますね。

乙骨  はい。

代理人  草の根事務所については矢野さんが、自宅については朝木大統さんが警察の捜査を拒否した事実は知っていましたか。

乙骨  知らないです。

代理人  そういった話は矢野さんからも、大統さんからも聞いていませんか。

乙骨  はい。

代理人  警察は靴と鍵が見つからないから、捜索をお願いしたんだけど拒否されたということなんです。

乙骨  ああ、そういえば拒否というか……なんとなくそういえば、「自宅から何か持っていかれるといやだから」というようなことをちらっといっていたことはありましたね。

代理人  それは聞いていますね。

乙骨  ええ、そういうことはありました。



 乙骨に「自宅から何か持っていかれるといやだから」と話したのが矢野なのか大統なのかはわからないものの、この言葉がなんらかの行為の理由であることだけはわかろう。「自宅から何か持っていかれるといやだから」どうしたというのか、それに続くのは「拒否した」ということ以外にはない。「拒否した」ということは、東村山署から「調査」の申し入れがあったということである。

 しかもこの尋問の流れをみると、乙骨は当初、矢野あるいは大統が捜査を断ったことについて「知らない」「聞いていない」で逃げようとしているフシがうかがえる。本当に忘れていたのか、いいたくなかったのかはわからないが、いずれにせよ「ああ、そういえば拒否というか……」に続く乙骨の供述は、弁護士から追及された結果出てきたものであること、捜査拒否だけでなく、その理由を具体的に述べている点できわめて信憑性が高いと判断できる。

奇妙な統制

 千葉によれば、捜査員が自宅を訪ねたときに応対したのは朝木大統である。捜査員は「下駄箱を見せてもらいたい」と依頼したが拒否された、という報告を受けているという。ただ、捜査員が自宅を訪問した際に調査を拒否したのは大統だが、その判断はどうも大統がしたものではないようだった。平成13年2月1日、「週刊現代」裁判の尋問において大統は次のように供述している。



創価学会代理人  東村山署の千葉副署長は、あなた方が殺人事件ということをいうので、見つかっていない明代さんの靴を探すためにあなたの自宅の捜索を要請したけれども、あなたが断ったという話を別件の裁判でしているんですが、どうして断ったんですか。

大統  私が断ったということですか? それは私の記憶にはございません。

代理人  そういった自宅を捜索させてほしいという要請はなかったですか。

大統  そのへんはすべて直子と矢野さんに任せておりましたんで、私にはそういう話はありません。



 大統は「私にはそういう話はありません」と、「調査」の要請があったことを否定する供述をしている。しかし、矢野が「調査の申し入れがあった」と供述していること、乙骨が「自宅から何か持っていかれるといやだから(調査を拒否した)」といっているのを聞いていること、千葉の供述を総合すれば、大統がその場しのぎの口裏合わせをしているものと判断できよう。捜査員が大統と朝木や矢野を見間違うはずがなく、別人を「大統だった」とする理由もない。大統は捜査を拒否した理由を聞かれたくないために、聞かれていないことにしたのだろう。

 この大統の供述の中で重要なのは、警察の対応は「すべて直子と矢野さんに任せておりました」としている点。朝木は「聖教新聞」裁判の尋問で「矢野さんは私の代理人」と供述している。当時、マスコミや捜査機関の対応など様々の判断を矢野に委任していたという意味と理解できる。つまり、東村山署からの「調査」の申し入れを拒否したのは矢野の指示によるものだったということである。「殺された」と主張している遺族・関係者が警察の調査を拒否し、しかもその対応は明代の夫である大統を差し置いて矢野がすべて取り仕切っていたとは奇妙な統制というべきではあるまいか。

 警察の対応についてなぜ大統を排除する必要があったのか。「調査」の拒否といい、矢野が対応を管理していたのは、明代の転落死に関する重要な何かが露顕することを恐れたからとみるのが自然だろう。

 ところで矢野は「聖教新聞」裁判での尋問で、自ら「東村山署に何回も(事務所や自宅の)調査を申し入れた」と供述している。しかし、これまでみてきたように、事務所は矢野が、自宅は大統が調査を拒否したことは明らかである。東村山署の「調査」の申し入れを拒否した人物が、自らすすんで「調査を何回も申し入れる」ということがあるのだろうか。常識的には、そのようなことはあり得ないとしか考えられない。

(つづく)

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西村修平事件第5回口頭弁論(その3)
西村が提出した尋問事項

 第5回口頭弁論では、被告・原告両名に対する尋問を申し立てた西村側から双方に対する尋問事項の一部が提示されている。そのうち、千葉に対する尋問事項を紹介しておこう。



 朝木市議万引き被疑事件につき、犯人は、ビニールの中からTシャツを取り出してこれを窃取したというが、東村山警察は、何故そのビニール袋について指紋採取をしなかったのか。

 万引き被疑事件の被害者は、別件民事訴訟において、万引き犯人が着ていた洋服は、朝木市議が当日北海道拓殖銀行東村山支店から現金送金した際に映っていた朝木市議の洋服とは襟の形、洋服の色が違うし、犯人が着ていた洋服には朝木市議が着ていた洋服のような縞模様はなかったと述べている点について。

 万引き事件の現場の目撃証人は、万引き事件の現場近くにいた中年の婦人が、被害者○○に対し、(万引きして逃げたのは)朝木市議会議員だからすぐ警察に告訴するように言っていた。そのとき、万引き犯人が朝木市議だといったのはその人だけであったと東村山警察でも、検察官にも申しあげたといっているがその点間違いないか。

 株式会社アレフに対し、同社経営の「びっくりドンキー東村山店の平成7年6月19日のレジジャーナル」に対し、東京地方裁判所民事30部合議係から文書送付嘱託したが同社はこれに応じなかった。

  東村山警察が同レジジャーナルを押収しており、原告は、「万引き被疑事件について朝木市議のアリバイの主張は信用できない」と言っているがその理由はなにか。

  朝木市議の遺族と原告らの間の民事訴訟で、原告や東京都が同レジジャーナルを開示しない理由はなにか。

 原告は、東村山警察の捜査の指揮者として、朝木市議のビル落下殺人被疑事件につき、捜査もしていない段階で、「朝木市議は万引き被疑事件を苦にした自殺の可能性が高く事件性は薄い」と何を根拠に広報したのか。

  又、同事件につき司法解剖の手続をとっており、司法解剖による鑑定が出る前に東村山警察は「朝木市議のビル転落死は自殺事件として捜査を打ち切った」のは何故か。

 被告の準備書面(2)添付の「千葉東村山警察副署長の捜査の問題点」第2に記載した各事項について。
(筆者注=上腕内側部の内出血など明代の死因(自殺か他殺か)に関する事項)

 平成7年7月16日、矢野穂積東村山市議が草の根事務所から自宅へ帰る途中、創価学会員Sから殴る蹴るの暴行を受け、前歯を折るなどの傷害を受け、同年8月2日午前零時50分ころ、矢野市議が自宅へ帰る途中、創価学会員Sの運転する軽トラックと2tトラックが待ち伏せして矢野を2台の同自動車で挟みながら50m位の間フラッシュをたいて威迫した件について東村山警察に告訴したが、東村山警察は、創価学会員Sに対してはほとんど捜査らしい捜査をしないまま被疑者を釈放したというが本当か。



 この7項目以外にも事件に関する尋問がなされることと思う。とりわけこの裁判の最も重要な争点である「創価学会の4悪人」の真実性立証に関わる尋問も当然もなされよう。

 矢野と朝木はこれまでの裁判で、捜査が不十分であるとする趣旨の主張はしたが、千葉が「創価学会員」である、あるいは「千葉が創価学会の意図に基づいて捜査した」とまでは主張していない。西村は街宣で矢野・朝木以上の主張をしたことになるが、西村のベテラン弁護士が尋問を通して「千葉が創価学会の4悪人」であることをどう証明していくのか注目される。

「切り札」は出るか

 千葉に対する反対尋問は、もちろん西村の街宣内容の真実性・相当性を立証するためである。それに対し千葉は、自らの経験に基づき事実を述べるだろう。これは千葉にとってなんら難しい話ではない。その内容は当然、西村の主張を否定するものとなる。

 代理人の能力および西村街宣の相当性・真実性を裏付ける証拠がどれほどあるかが問われるのはそれから先である。予告された尋問の狙いを否定された西村側代理人は、今度は彼らが考える千葉の供述の矛盾点や嘘を暴くために質問を重ねていくことになろうが、はたしてそれがどう功を奏するのか。

 最初の質問で西村の主張が明確に否定され、再質問も跳ね返された場合には、逆に尋問を申請したことによって西村を不利にしてしまう結果ともなりかねない。まさに代理人の腕の見せどころで、どんな質問が飛び出すのか興味深いところである。

 ちなみに平成11年に行われた「聖教新聞」裁判の尋問では、矢野・朝木の代理人が2人がかりで千葉を追及したものの、東京地裁は矢野と朝木の主張する「万引き冤罪」と「他殺説」を排斥するとともに、東村山署(千葉)の捜査にはなんらの落ち度もなかったことを認定している。西村としてはまずこの認定を覆さなければならないだろう。どうするのか。

 西村にその秘策がないことはあるまい。いうまでもなく、同志「行動する保守」Aが「直接会った」という「内部告発者(現役警察官)」を明らかにし、その証言内容を証拠とともに法廷に提出することである。平成21年6月17日に提出した準備書面で西村は「現在の段階では取材源を明らかにすることはできない」としたが、千葉に対する尋問の場こそ、その全容を明らかにするこの上ない機会ではあるまいか。「内部告発」の事実およびその内容が信用に値するものと考えているなら、同志「行動する保守」Aとしても公表に反対する理由はないだろう。

「内部告発」の全容を明らかにすることは、一人西村を救うことになるのではない。彼らが常日頃憂いてやまない「一宗教団体に支配された国家の危機的状況」を救うことになるのである。仮に尋問の場でも「内部告発」の全容を明らかにしないということになれば、その信憑性はないものと評価されてもやむを得まい。まさに「行動する保守」の真贋が問われる尋問ということになろう。

 平成7年当時、自民党は「創価学会疑惑」キャンペーンを継続させるために、警視庁に対して「犯罪性なし」として捜査を終結させないよう国会質問という形で圧力をかけた。政治家が政治権力をもって真実の隠蔽を画策した民主主義社会における歴史的汚点ともいえる事件である。西村はその国会質問についても千葉の捜査指揮が恣意的だった根拠であると主張している。
 
 それなら、当時の国会質問の裏舞台を知悉している現在の内閣府特命大臣亀井静香、あるいは当時の国家公安委員長で現在は弁護士事務所を開設している白川勝彦を証人として新たに申請すれば、西村からすればもう1つの「切り札」となる可能性もないとはいえない。最近、「行動する保守」の中には白川の人脈と接点を持つ者もいるようだから、白川なら証言を依頼できるのではあるまいか。亀井、白川が出廷すると聞いて、千葉が恐れをなすかどうかは保証の限りではないが。

 千葉と西村に対する尋問期日は11月11日。その1週間ぐらい前までに双方から陳述書が提出されることになっている。西村は11月4日にも別件で尋問を控えている。なお、私が西村を提訴した裁判の第1回口頭弁論期日は11月2日だが、現時点ではまだ答弁書は届いていない。

(了)

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