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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第1回)
 平成20年11月30日午後、私は東村山警察署元副署長、千葉英司とともに東村山東口駅前ロータリーを見渡せる喫茶店にいた。この日は午後から東村山商工会館で「朝木明代議員追悼の集い」(主催者名は「議員殺害事件真相究明の会」)が行われていた。

 9月1日、右翼集団が同駅前で「東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明」と題する街宣活動を行った際、参加者の一部十数名が明代による万引き被害者の洋品店を訪問し、「万引きの捏造を許さないぞ」などと大騒ぎするという出来事があった。さらに2週間前の11月16日には、平成7年に明代が窃盗容疑で書類送検された当時、被害届を撤回させることを目的に明代とともに被害者に対して再三にわたって威迫行為を繰り返した東村山市議の矢野穂積が、右翼が開催した「第3回政治と宗教を考えるシンポジウム」と題するシンポジウムで右翼の支援者を前に被害者への嫌がらせを煽動する発言をしていた。



矢野  さきほどちょっとお話しした万引きに関しては、具体的な関係者がいるわけです。で、この前の9月1日に、あの東村山においでになったみなさんの○○(実名)洋品店の前に行っただけで千葉元副署長とさっき名前が出た創価系のライターが、とうせんぼするとかガードに入るわけです。どうしてそういう態度に出るかというとですねえ、私の判断では、○○洋品店(実名)の洋品店主はおそらく創価学会そのものの、いわゆるシナリオ実行部隊ではないように思うんですよ。

 で、そうすると、一番弱い、そこへみなさんが抗議の声を、ちょっと距離が離れていても届けると、それだけで千葉元副署長は自分の書類送致をして、誤認送致をしたあとのその後の状況ってのは非常に不安ですよね。どこかでボロが出たり、どこかで真相を主張するような人が出てくると困るわけですよ。したがって、ああいうふうな千葉副署長自らがですねえ、洋品店のガードマンをやってのこのこと腹を突き出して、ガードに入るみたいなことをやるわけですねえ。

 したがって、これから先は具体的にはお話しはいたしませんが、一番弱い、そして一番効果的なところをお考えになって、事件の真相が解明するようなですね、たとえば東村山事件であればですね、そういう行動をお取りになっていただくと非常に効果的かなあというふうに思います。

 えー、千葉副署長は誤認送検の最大の責任者ですし、それから洋品店主については、それについて加担をその後しているわけですから、書類送致前はひょっとしたら自覚的じゃなかったかもしれない。ところが、証人尋問をしたり千葉副署長といろいろ会話をすれば、事実がどうだったのかということはもうすでにわかっているはずですから、そういったことについて、その部分についてですね、抗議をするないしは意見を聞き出していくということをおやりになるとですねえ、具体的な効果は絶大ではないかと思います。それは東村山警察に対しても同じだとおもいます。

 ちょっと気になる部分があるかもしれませんが、1人でも2人でもそういう声が届くことは彼らにとっても、とてもつらいことになるんじゃないかと思います。



 矢野は「一番弱い」洋品店に「抗議」することが「最も効果的だ」という。しかし、「明代が万引き犯である」という事実=真相はいくら「抗議」したからといってなんら変わるわけではないし、そのことを最も自覚しているのは平成7年当時に自分自身が威迫行為を繰り返したほかならぬ矢野自身である。つまり、「明代が万引き犯である」という事件の真相を知る者のいう「抗議」とは「嫌がらせ」にほかならない。矢野は嫌がらせを煽動したのである。

11月16日以後に相次ぐ嫌がらせ

 11月16日、矢野が煽動した翌週にはさっそく、「杉本」と名乗る者から洋品店の隣の不動産屋に「洋品店に電話したが出なかった」といって非通知の電話がかかってきた。通常、洋品店に用のある者が隣の不動産屋に電話をかける理由は考えられない。この電話にかぎっていえば、矢野の煽動を真に受けた者というよりも、平成7年当時矢野が洋品店に脅しの電話をかけた際、店主に助けを求められた不動産屋の社長が矢野に向かって「泥棒の仲間か」と怒鳴りつけたことを知っていた人物のうちの誰かであるとみるのが自然である。

 翌週の25日夕方には「インターネットを見た」という者から洋品店に電話がかかった。発信元は公衆電話だった。その日はパート店員が留守番をしていたが、電話の相手は名前を聞いても名乗らず、「あんたが奥さんだろ」「パートは何人いる」「名前を教えろ」「何時に閉店だ」などと聞いてきたという。

 いずれも身元を隠そうとしていることは明らかであり、電話の内容もどうみても嫌がらせのたぐいであることは明らかである。日曜日になると車の中から「万引き捏造を許さないぞ」などと大声で叫んでいく者も現れ、あるときには店の前を通りかかった男が突然、「万引き捏造」と大声を上げたこともあった。

 これらの嫌がらせが、矢野が11月16日のシンポジウムで行った煽動の結果であるという証拠はない。しかしいずれにしてもこれらの嫌がらせ行為が、矢野が13年間にわたりあらゆるメディアを動員して行ってきた虚偽宣伝によるものであることは疑う余地がなかった。

 この13年間、追悼集会はほぼ毎年行われてきたが、その内容はともかくとして、追悼集会の出席者がその当日、大挙してであろうと単独であろうと、万引き被害者の店を訪れ、嫌がらせなり抗議なりをしたという事実は聞いたことがないし、そのような恐れを感じたこともない。なぜならすでに証人威迫罪での立件も検討された矢野自身は、再び被害者を脅すようなまねをすれば自分自身が危ないことはおそらく自覚しているから、無言電話や匿名の電話をかける可能性はあっても、洋品店に対してそれが矢野と直接わかる形での嫌がらせをするとは考えにくかった。また、平成12年に「聖教新聞」裁判と万引き被害者から提訴されていた裁判で敗訴して以降、矢野は万引き事件にはあまり表立って触れないようになっていたからである。

 しかし今回だけは、これまでの追悼集会とは少し様相が異なるとみていた。9月1日の被害者に対する襲撃事件以降、右翼らは万引き事件に執拗にこだわるようになった。捜査機関および裁判での結果にもかかわらず大挙して押しかけ、被害者に対して「創価学会員」「万引き捏造洋品店」などという暴言を浴びせた行為に対して各方面から痛烈な批判が浴びせられた。右翼らはこれに反撃するためにも、万引き事件が「捏造」でなければならなかったのだろう。

 矢野もまた11月16日のシンポジウムで万引き事件を中心とした話をしていた。また右翼は追悼集会の開催について宣伝していたから当然、右翼グループのかなりの人数が出席するものと予測できた。シンポジウム後に嫌がらせが続いている状況も合わせ考えれば、追悼集会の前か後に右翼グループが被害者の店に再び立ち寄り、被害者に詰め寄る可能性は否定できない。私と千葉はそう考え、右翼らの動向をうかがうために駅前の喫茶店で待機していたのである。 
                            (宇留嶋瑞郎)


(その2へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第2回)
 午後3時を過ぎても駅前に動きはなかった。追悼集会は午後1時30分に始まっているはずだから、もう2時間近くになる。そろそろ追悼集会も終わるのではないか。右翼らが駅に戻ってくるのももうすぐだろう。やつらはすんなり帰途につくのか、それとも今日も9月1日のように、何の罪もない、ただ万引き被害を申告したにすぎない一市民を罪人扱いしようとするのか――。何事もなければいいが。

 ちょうどそのころ東村山駅前で行われていた北朝鮮拉致被害者の救済を訴える別の団体の街頭宣伝活動を眺めながら、私と千葉はそんなことを話していた。すると、3時30分を20分ほど回ったころだったろうか、偶然とはいえないが、私たちがまったく予期していなかったことが起きた。なにか妙にタイミングが合ってしまったといえばいいのだろうか、私たちがその動きを警戒していた右翼の一団が向こうから喫茶店に入ってきたのである。駅前方面ばかりに気を取られていた私たちにとってはまったく想定していない動きだった。右翼らは全部で5、6名。追悼集会の帰りであると推測できた。

 右翼らも私たちの存在にすぐに気がついて、グループのトップと目される人物がさっと1人で私たちのそばにやって来て、すぐ隣のテーブルに座った。さながら敵陣にたった1人で乗り込むとは、さすがにトップだけのことはあって度胸がすわっている。「久しぶりですねえ」などという右翼の唇は震えているように見えたが、彼にとっては当面の敵である私たち2人を目の前にしての武者震いだったのだろう。残りの者たちは少し離れ、私たちが見える位置に席を占めた。千葉はほどなくして手洗いに立った。

「盛会ではなかった」追悼集会

 今日の追悼集会の様子はどうだったのだろう。

――今日の追悼集会は盛会だったんですか?

 私がこう聞くと、右翼はただ一言だけこう答えた。

右翼  そうでもないよ。

 右翼はあっさり「盛会ではなかった」という。追悼集会の主催者である矢野穂積はすぐに「東村山市民新聞」のホームページで、〈★朝木明代議員追悼の集い 11月30日(日)、多数参加し行われる。〉と書いたが、具体的な人数も内容も書いていないところをみると、右翼がいったことは彼の率直な感想だったのだろう。8月に八王子で街宣を行って以来、右翼グループの間では「真相究明活動」にあれほど盛り上がっていたのに、地元に行ってみるとそうでもないことに拍子抜けしたのだろうか。あるいは参加者の多くが右翼関係者だったということなのだろうか。

 それにしても矢野や朝木の手前、敵に対してこれほど率直に本当のことをいってしまってもいいのか。また、どうみても場違いな話であるにもかかわらず、大まじめに「ウンコ事件」の報告をした西村修平に対しても同志としていささか配慮を欠いた発言だったのではないかという気もするが、この右翼もなかなか正直なところがあると私は感じた。

被害者を訪ねるつもりだった右翼

 では、右翼らはこれから被害者のところへ行くつもりなのか。

――まさかこれから、被害者のところへ行くつもりなんじゃないでしょうね?

右翼  今日はおれが1人で行こうかと思ってね。

 この右翼が本当に1人で行くつもりだったのかどうかはともかく、右翼らがこの喫茶店に入ったのはたんにひと休みするためではなかったことだけは確かなようだった。隣のテーブルに座った右翼が被害者の店を仮に単独で訪問するにしても、他のメンバーが「お先に」といって帰ってしまうとは考えにくい。被害者の店には誰が行くのか、被害者に何を聞き、どう追い詰め、どんな発言を引き出すか、誰がその様子を撮影するのか――など、彼らは被害者の店に行くことを前提に、そのための最終的な打ち合わせをするために喫茶店に入ってきたとみて間違いないようだった。

 右翼らが追悼集会後に洋品店を訪問するに際し、矢野と朝木を誘ったのかどうかはわからない。しかし、当事者である矢野が行こうとはしないのに、まったく無関係の、しかも事件から13年もあとに(おそらくは)思いつきで首を突っこんだだけの自分たちだけが、警察に通報される危険を冒してまで再び行こうとしていることについて、右翼らは何も疑問を感じなかったのだろうか。とすれば、私にはむしろそのことの方が不思議に思えてならなかった。


(その3へつづく)



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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第3回)
執拗な報復行為

 最初は「(他殺だったにもかかわらず事実を隠蔽し、他殺として処理したとする)内部告発があった」として自ら接近したようにみえるとはいえ、この右翼らはどこまで矢野にいいように利用され、無実の市民に迷惑をかければ気がすむのか。右翼が被害者の店に行ったからといって明代の万引きの事実が消えるわけでもないし、捜査結果が覆るはずもない。彼らが矢野の宣伝に乗って9月1日にやったこと、そしてこれからやろうとしていることは悪質な嫌がらせ、人権侵害行為にほかならず、その行為は彼ら自身にとっても取り返しのつかない汚点となり、社会的信用をなくすことにしかつながらないだろう。

 一方、万引き被害者からすれば、被害者は単純に明代による万引き被害を申告したにすぎず、そのことについて非難されるいわれはみじんもない。客観的な状況を調べもせず、一方的な情報のみによって「朝木明代を陥れた」と決めてかかる相手に対して、それも事件から13年もあとになっていちいち自分の無過失を説明しなければならない理由もない。

 洋品店が13年間にわたり裁判や矢野のデマ宣伝と闘うことを余儀なくされてきたことを考えれば、とうの昔に捜査機関の結論が出ているにもかかわらず、「万引きを捏造した」などといわれること、そのような疑いをかけられること自体が、矢野による威迫行為が実行行為者を変えて、あるいは匿名化されて繰り返されるに等しい。「犯人は朝木明代に間違いない」と主張すること、「ウチは創価学会員ではない」と反論するだけでも精神的な負担であることを想像するのは難しくない。

 逆にいえば、矢野の主張に基づいて洋品店を訪ね、あるいは電話をかけるだけで洋品店には大きな精神的負担となる。被害者をそんな目に遭わせることが、嫌がらせを煽動した矢野の狙いであり目的なのだろう。逆恨みに基づく執拗な報復である。

右翼との30分

 はたしてこの右翼は、矢野とちがって普通の会話が成立し、洋品店に行こうとしている彼らの判断がどれほど常軌を逸したものであるかについて理解してくれるのか。以下は右翼との会話の一部を要約したものである。



――いいかげんに、被害者をいじめるようなことはやめてもらえませんか。あなた方はいったいどんな根拠があって、無力な市民を責め立ててるんですか。東京地検は明代の万引きの事実を認定しているし、裁判所も洋品店の主張を認めている。洋品店が矢野を訴えた裁判では矢野に100万円の損害賠償が命じられているんです。「直子さんを信じる」なんていっていないで、資料を精査してください。あなた方はたんに矢野の言いなりになって乗せられているだけですよ。 

右翼  俺たちが矢野さんに煽動されているというのか?

――この前のシンポジウムでは、矢野は「一番弱い」洋品店に抗議しろといってるでしょ。煽動そのものじゃないですか。矢野は自分がやればお礼参りになるから、矢野がやったとわかるかたちではできない。だから矢野は、自分の手を汚さずに他人にやらせようとしてるんですよ。

右翼  「抗議しろ」といってたかな。俺はまだ動画をみていないんだよ。じゃあ、今度見てみようか。

――よく見直してください。現に、シンポジウムの後、洋品店に対して嫌がらせが起きているんです。あなたの支持者は、あなたが矢野に乗せられて「万引き捏造」だというからそれを信じ込んでいる。あなたは組織のトップに立つ人なんだから、あなたが間違った判断をすると支持者全員を間違った方向に導くことになるんですよ。
 それにしても、この前の(西村の)裁判にあんなに支援者が集まるとは思わなかったですよ、驚きました。

右翼  50人以上来たよ。

――すごいですねえ。あなたはそれだけ影響力があるということなんですよ。裁判所に来た人だけで50人なんですから、インターネットを見ている支援者はその数倍はいるということでしょう?

右翼  この前の参院選に出たときは1万8000票だよ(この数字は私の記憶)。

――そうなんですか、それは本当にすごいですねえ。だからね、それだけの支持者があなたを信じてるということなんですから、あなたは責任ある判断をしなきゃいけない立場にあるわけでしょう。あなたほどの人が、なぜ矢野のデマ宣伝に簡単に引っかかるんですか? それが私にはまったく理解できない。あなたがやすやすとデマに乗せられるから支持者も右へならえをしてるんでしょう? 支持者の判断を誤らせないためには、あなたが間違った判断をしちゃいけないんですよ。資料を精査してください。

右翼  俺たちは反創価学会活動をしているんだ。



 私は右翼に対して何度も事実を精査し、責任ある判断をしてほしいとお願いしたが、最後になると右翼は「反創価学会活動だ」と理解しにくい飛躍を繰り返した。当たり前だが、もちろん私は「反創価学会活動」がダメだなどといっているのではない。右翼とて、創価学会を批判することと明代の事件について客観的な判断をすることとはまったく別の話であることがわからないということはあるまい。

駅に向かった右翼

 右翼は「反創価学会活動」を持ち出し、事実を「精査してください」という私の申し出に対する回答を避けたように思えた。私はそれ以上、右翼に東村山事件に関する説明をしなかった。右翼がその気になりさえすれば、いくらでも調べることは可能なのだし、差し当たって重要なのは、右翼らが洋品店に行くのを思い止まらせることだった。

 なお、千葉は途中、やや長い手洗いから戻るとすぐ、「私は先に失礼します」といって喫茶店を出ていった。千葉はよほど右翼と同席するのがいやだったのだろうか。

 右翼が「そろそろ行くか」といってメンバーに合図を送ったのは喫茶店に入って30分もたったころだった。私は急いでレジをすませ、右翼らのあとを追った。喫茶店を出てまっすぐ歩き、左へ曲がれば洋品店、右へ曲がれば駅である。どっちへ曲がるのか見ていると、右翼らは迷うことなく右へ曲がり、改札口につながる階段の方向に歩いていった。曲がりしな、右翼が上半身をこちらに向けて振り返った。私がまだ見ているかどうかを確かめたかったのか。あるいは私とは別に、何か気になることでもあったのか。右翼は背後の様子を確認するとそのまま階段の入り口に消え、もう戻ってこなかった。

 その日、右翼が洋品店に行くのをあきらめた理由はわからない。しかし理由はともかく、重要なのは何をしたかである。洋品店に行かなかった右翼の判断は正しく、それも当初の予定を寸前で取りやめたとっさの状況判断は、9月1日に洋品店に押しかけた連中、とりわけ店に押し入ろうとした者や念仏を上げるなどした者たちとは少し違う、さすがにグループの指導者だけのことはあるというべきだろうか。
 
 ただ残念なことに、その後、右翼がそれまでの主張を撤回したり、支援者に対して洋品店への嫌がらせを止めるよう呼びかけた様子はうかがえない。


(その4へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第4回)
ナメられた右翼

 平成20年11月30日、私に対して11月16日の矢野の発言を「聞いてみる」といった右翼が、はたしてその言葉どおり聞き直したのかどうかわからない。もしまだなら、これからでも遅くないのでぜひ聞き直してもらいたいと思うが、矢野は右翼らに「万引き被害者に抗議しろ」とけしかける前に、明代の万引き事件に関して明らかに虚偽とわかる説明をしている。明代の万引きが捏造されたものであるとする主張を正当化させるためである。右翼らがこれまでの裁判記録を持っていないこと、あるいは持っていても精査などするはずがないとナメていたのだろうか。

 矢野の説明とは、万引き事件当日の明代の服装に関するものである。平成12年2月7日、「聖教新聞」裁判で矢野は初めて「万引き事件当日の明代の服装」と称する写真を提出し、被害者に対する尋問を行ったが、矢野はその尋問で「万引き事件が冤罪事件だったことが明らかになった」と主張しているのである。右翼が開催したシンポジウムにおける矢野の説明を聞こう。



矢野  2000年の2月の7日に証人尋問がありまして、○○(実名)洋品店主がですね、証言をすることになります。で、こちらはですね、実はその、問題の警察が銀行から押収して静止画像にした問題の写真というのはですね、朝木議員の服装の写真ですね、これは私どもは2回ほど見てるんです現物を。

 で、「東村山の闇」をご覧になった方はおわかりだと思いますが、実は信田検事、さきほど乙骨さんのお話から出ましたね、で、この人から1度、朝木(直子)議員が見たんですね。それからそのあと、後任の検事も私どもに一応あの、いろいろと事実関係を押さえるということで、確認させる意味で見せたんだと思いますが、私どもは見ました。したがって、その写真のことは2回も見てますから、朝木議員が当日着ていた服装の特徴というのはしっかりと頭の中に入ってるわけですね、記憶に。

 で、どういうことがわかったかというと、かいつまんでいうと、ベージュ色のパンツスーツ。襟がない、これは男の場合、こうやって折り返しの襟がありますが、襟のないスーツで、ベージュ色で、縦にストライプというかピンストライプが入ってます。こう縦縞のデザインになってるわけですね。

 で、それから裾が、上着の裾に紐が入っていて絞れるようになってる洋服で、しかもブラウスは襟がフラットで普通のタイプのブラウスで、ショルダーバッグをかけていたということなんですが、



不明確な「時期」と「回数」

 矢野と朝木が、平成7年6月9日の万引き事件当日、明代が銀行に立ち寄った際に映った防犯ビデオの静止画像を見せられたのは東京地検八王子支部においてである。矢野は「2回見た」といっているが、これは「2回も見たのだから自分たちの記憶は確かだ」といいたいのだろう。

 この「2回」というのは、この日の矢野の説明によれば、まず最初に朝木が見て、2回目は矢野と朝木が2人で見たように聞こえるが、「聖教新聞」裁判で矢野が平成11年1月11日付で提出した陳述書では、

〈私と朝木直子さんは、地検八王子支部で別件事件の事情を話した際、検察官から、合計2度に渡って、東村山署が「万引き」関係事件で作成した1995年7月22日付捜査報告書にはりつけてある何枚かの写真を見せてくれました。〉

 と述べている。陳述書では矢野と朝木の2人とも2度見たといっているように読める。ところが平成11年11月15日に行われた同裁判の本人尋問では、

矢野  私自身は、直子さんが見た翌年(平成8年)ですので、……。

 と供述し、平成12年2月7日に行われた同裁判の2回目の本人尋問では、

矢野  (見たのは)たしか97年(平成9年)の春だったと思いますが、……。

 と「矢野が見たのは1回」と供述している。同じ裁判に提出した陳述書と供述の間でさえ矢野が見た回数、さらにその時期についても食い違いがあるのはなぜなのか。「2回目」に見せられたのが矢野1人だったのか朝木と一緒だったかについても明確ではない。いつ、誰が、どこで本物の静止画像を見たのか、この基本的な事実関係を矢野がなぜ明確に述べないのか不思議だが、ともかく矢野はシンポジウムで「(2回も見たから)しっかりと頭の中に入ってるわけですね、記憶に」とし、その「記憶」を元に万引き事件当日の明代の服装を割り出し、「ベージュのパンツスーツだったことが判明した」と述べたのである。

 矢野は東京地検八王子支部で本物の静止画像を見たのがいつかをなぜ明確にしないのか。平成7年10月5日、矢野と朝木は東京地検で事情聴取を受けているが、この日は静止画像を見せられなかったのかどうか。その2日後の10月7日、矢野は東村山署でアリバイに関する取り調べを受けているが、矢野の口から明代の服装に関する質問はいっさい出ていない。

現物を捜査機関に提出しない不思議

 矢野によれば、彼らが明代の服装が「ベージュ」であると「確認」したのは平成8年か、平成9年春らしい。なぜここに1年もの開きがあるのか不可解だが、このとき矢野と朝木は被害者が供述した朝木の服装についても聞かされなかったのか。

 矢野が被害者の認識の誤りが明らかになったという被害者に対する尋問が行われたのは平成12年2月7日である。不思議なのは、明代の死後「万引き犯の汚名を晴らす」と言い続けてきた矢野と朝木が、「万引き当日の明代の服装を確認した」といい、それが「冤罪」の証拠であると主張しているにもかかわらず、「明代の服装を確認」してから2~3年もの間、なんら服装に関する主張をしていないことである。

 矢野と朝木はなぜこの日まで写真を出そうとしなかったのだろう。矢野・朝木の主張する「明代の服装」なるものが事実「襟のないベージュのスーツで、上着の裾に紐が入っていて絞れるように」なっているものだというのなら、その現物を東京地検にでも東村山署にでも持ち込んで本物の静止画像と照合・分析してもらえばよかったのではないか。

 地検の側から被害者の供述内容をいわなかったとしても、矢野が明代の万引きが冤罪だと確信しているというなら、被害者の主張する服装の特徴を聞けばいいだけの話である。捜査機関は当然、被害者が供述した明代の服装の特徴も調書に記録しているから、矢野が主張する明代のスーツの現物と静止画像の同一性が証明され、さらに被害者の供述と食い違っていることが証明されれば、明代の「万引き犯」の汚名はただちに晴らされ、裁判も一気に有利になった可能性がきわめて高いのである。

 それまで数多くの行政訴訟も起こし、全共闘に加わっていた学生時代から権力と闘うことには慣れているはずの矢野が、なぜそんな簡単なことをしようとしなかったのだろう。


(その5へつづく)




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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第5回)
なんら裏付けのない「服装」

「これが万引き事件当日の明代の服装だ」と主張するにもかかわらず、それが「判明」して以後3年間、矢野と朝木がなぜこれを捜査機関に持ち込み、明代の万引き犯の汚名をそそごうとしなかったのかはわからない。はっきりしているのは、矢野が右翼主催のシンポジウムで主張した「明代の本物の服装」なるものは、地検にある防犯カメラの静止画像との照合を経て初めて客観的に「本物」と認められるということである。

 したがって、矢野が「聖教新聞」裁判で「本物」と主張した明代の「事件当日の服装」なるものが客観的に本物であるという裏付けはどこにもないことになる。そのなんら客観的裏付けのない服装の写真を一方的に「本物」と主張し、それを前提に行ったのが万引き被害者に対する平成11年11月15日と平成12年2月7日の尋問だったということを十分に理解しておく必要がある。

矢野はシンポジウムで被害者の供述内容について次のように続けた。



矢野  で、これを覚えておいていただきたいんですが、問題の目撃証言、これはどういうふうに出たかというと、実はですね、一貫して今も同じです。目撃者、被害者であるという○○(実名)洋品店主がいってるのは、パンツスーツ、これは一致してるんです。上下がズボンで上が上着。ただ、その特徴は具体的には言ってません。

 次にですね、ブラウス。ブラウスは、ここがポイントなんです。チャイナカラーだといってるんですよ、わかります? スタンドカラー、要するに中国風を思い出していただくと、襟が立ってるチャイナカラー、ここは決定的に違いますね。それから黒のかばんをかけていたという、これはわかります。そこで問題は、チャイナカラー。ここが決定的に違うんですね。

 それと、問題のその朝木さんの当日の服装と、目撃証言の店主の内容とは具体的に不一致の部分があるというのが、わかったことですね。これは前からわかってたんです。で、ところが、さっきいった2000年の2月7日のその証人尋問で、さらにですね、この○○(実名)店主は具体的に当日の、万引き犯の服装の特徴を供述しています。

 どういうふうにいってるかというと、黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ、これも違いますよね。えー、ベージュ色ですからむしろ白っぽい洋服を朝木さんは、パンツスーツを着ていた。

 で、次はですね、チャイナカラー。これも一貫してるんです。襟は寝てなくて立ってる。それからですね、問題は、そのパンツスーツの、洋服のですね、ストライプは入っていない、こういう縦縞はありませんでしたってはっきり言ってます。おわかりになりますか?



ブレのない被害者の供述

 この矢野の説明の内容が事実なのかどうか。「聖教新聞」裁判と被害者が矢野を提訴していた裁判における明代の服装に関する被害者の実際の供述をみてみよう。



「聖教新聞」裁判主尋問(平成11年11月15日)

被害者代理人  それで、服の色なんですけど、ずばり万引き犯人の服の色というのは、あなたが見た色、何色でしたか?

被害者  グリーングレーです。

代理人  これについて、原告(矢野・朝木)のほうから、当時、明代さんが着ていたスーツはグリーングレーのスーツじゃないというようなことはいわれているんですけど、本当に犯人の服装で、あなたがごらんになったのはグリーングレー?

被害者  そうです。

代理人  どんな感じの色でしたか?

被害者  グレーで、でも緑っぽい。

代理人  緑っぽい。

被害者  はい、緑がかった色です。

代理人  濃い色でしたか? 薄い色でしたか?

被害者  どちらかといえば、薄い色だと思います。

代理人  黒っぽい服じゃなかったでしたか?

被害者  黒は、ブラウスです。

代理人  あなたが万引き犯人と対峙したとき、面と向かっていたとき、黒のブラウスの上にその薄い緑っぽいスーツを着ていたということですか?

被害者  はい。グリーングレーのスーツを着てました。

代理人  その下の黒いブラウスの部分というのは、かなり見えてましたか?

被害者  見えてました。

代理人  ということは、スーツの前ボタンはつけてなかった。

被害者  はい、外してました。



「聖教新聞」裁判反対尋問(平成12年2月7日)

矢野側代理人  あなたが現認したという万引きの犯人、この犯人の着ていた服装の特徴というのは今、いえますか?

被害者  はい。グリーグレーのパンツスーツに、黒のチャイナカラーのブラウスに、バッグが黒っぽいバッグを持っていました。



被害者が矢野と朝木を提訴した裁判での主尋問(平成12年2月23日)

被害者代理人  あなたが見た犯人の服装をもう1度いってください。

被害者  グリーングレーのパンツスーツに黒のチャイナカラーのブラウス、それから黒っぽいバッグを持っていました。

代理人  それだけあなたは犯人の服装を明確に覚えているわけですよね。

被害者  はい。



被害者が矢野と朝木を提訴した裁判での反対尋問(平成12年2月23日)

矢野側代理人  あなたはパンツスーツの色がグリーングレーであったと当初いってましたよね。

被害者  はい。

代理人  それが後に、灰色っぽい薄い緑色であり白っぽい感じのものと変遷しているんですが、これはどうしたんでしょう。

被害者  それは弁護士さんに、黒っぽいものか白っぽいものかといわれましたので、どちらかといえば白っぽいスーツだということをお話ししましたら、そのように書いてくださったんだと思います。



 このように、被害者は万引き事件当日の明代の服装について一貫して「グリーングレー」のパンツスーツだったと供述している。矢野にしても、この日のシンポジウムまで被害者が「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」だったといっているなどと主張したことは1度もない。しかしこの日、矢野が続けて「えー、ベージュ色ですからむしろ白っぽい洋服を朝木さんは、パンツスーツを着ていた」と続けているところを見ると、単なる勘違いではないことは明らかだった。


(その6へつづく)



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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第6回
襲撃事件を正当化しなければならなくなった右翼

 万引き事件当日の明代の服装について万引き被害者が一貫して「(どちらかといえば白っぽい)グリーングレー」と証言していることを矢野はこれまで何度も確認している。にもかかわらず、矢野はなぜ右翼主催のシンポジウムで「洋品店主は黒っぽいグリーングレーと供述している」などとすぐにわかる嘘をいったのか。やはり、右翼らはこれまでの経過を何も調べてもいないし、今後調べることもないとナメていたとしか考えられない。

 これは推測だが、平成20年8月末の段階で右翼との連携に消極的だった矢野は、しだいに右翼らの動きに引きずられるようになり、9月1日の東村山街宣と万引き被害者に対する襲撃事件を経て、11月16日のシンポジウムになると右翼の支持者の前で自ら積極的に「万引き冤罪説」と「他殺説」を主張しなければならなくなったようにみえる。とりわけ万引き被害者の店に日章旗を持ったヘルメット姿の男たちなどがプラカードを掲げて大挙して押しかけ、「万引き捏造を許さないぞ」などと大騒ぎした襲撃事件は右翼らの社会的信用を決定的に揺るがした。

 それまで「現職警察官による内部告発があった」として、朝木明代の転落死が「他殺」だったとする主張を行ってきた右翼はこの襲撃事件以後、明代の自殺の動機とみられる万引き事件の「追及」に焦点を移した。被害者への襲撃事件で(右翼の認識の範囲では)予期せぬ批判にさらされたために、右翼らは襲撃の大義名分を示さなければならないと考えたらしい。

 一方矢野は、襲撃事件は自分が街宣に参加する前のことで、襲撃そのものに関してはなんらあずかり知らないことでもあり、襲撃事件に対しては、否定はしないものの積極的に肯定的な発言をすることもなかった。よくいえば、矢野は右翼らと一定の距離を置いていたといえる。被害者が「万引き事件を捏造した」という根拠があるのなら、襲撃事件に対する批判が沸き上がった時点で、事件の当事者として、また右翼らによる被害者襲撃の原因を作った者として矢野には当然、なんらかの見解を出すべき責任があろう。しかし矢野はなぜか、11月16日のシンポジウムの日まで襲撃事件に対する態度を直接的には明らかにしなかった。

 右翼からみれば、襲撃事件を正当化させるには「万引き捏造」の根拠を示す以外になく、それができるのは矢野だと考えたのも無理はなかったろう。こうして矢野は11月16日、「万引き捏造」の根拠ないしは「万引き犯が朝木明代である」とする被害者の証言が「事実に反する」根拠を支援者の前で説明しなければならなくなったということではあるまいか。

目撃者Sさんの証言

「万引き犯は朝木明代に間違いない」とする被害者の証言を否定するために、右翼らは書類送検後に明らかになった新たな目撃証言の存在を持ち出していた。その目撃者はイトーヨーカドー付近で騒ぎを目撃し、「犯人は黒っぽいスーツ姿だった」と証言していた。銀行の防犯カメラに映った明代は白っぽいスーツを着ていた。すると、この新たな目撃証言が記憶違いでなく事実とすれば、万引き犯は明代とは別人ということになる。

 この目撃者Sさんの存在を矢野が知ったのは遅くとも平成7年7月23日である。Sさんの記憶によれば、Sさんが東村山署の事情聴取を受けたのは書類送検から5日後の同年7月17日のことという。Sさんが東村山署の事情聴取を受けることになった経緯について野田峯雄というジャーナリストが矢野に送った書面には次のように書いてある。ちなみに野田峯雄とは、今も朝木明代の「他殺説」を主張し、矢野と連携を取っている人物である。

〈(当日、)私は帰宅のためタイム・カードを押した。タイム・カードの時刻は、あとでみたら「午後3時13分」だった。ヨーカドーから表の道路に出た。駅のほうへ向かった。すると、前方の道路端で2人の女の人が何やら言い合っていた。この時刻は、タイム・カードの時刻から考えると、それから2~3分後だから、午後3時15分過ぎか16分過ぎだった。〉

〈2人のうちの1人はすぐにヨーカドーのほうへ歩いていってしまった。「黒っぽいスーツ姿だった」としか思い出すことができない。顔はよくみていない。どんな顔だったのか、はっきりしない。私は朝木さんの名前は聞いたことがあったけれど、顔はまったく知らなかった。〉

〈店の前(表)に、こぎれいな感じの、40代の、地元の人らしい女が一人いて、私がそっちへ(女のほうへ)いくと(つまり、駅方向へいくと)、女は「あれは朝木市議だ」といった。あのとき、「朝木」といったのは彼女だけ。彼女は店の人(○○)に「警察へいけ」としきりにいっていた。客はこの女以外だれもいなかった。私はたまたま通りがかっただけ。〉

〈7月13日、私はこの出来事を(たこやき屋の)店長(○○の妻のほうと思われる)に話した。と、店長が客の○○(夫)に(私の話したことを)話し、7月17日に警察の事情聴取を受けることになった。事情聴取は(7月17日の)午後4時から9時ごろまでです。〉(実名を伏せた部分以外は原文のまま。文中の「私」とはSさん、「客」とは被害者の夫である)

 Sさんは被害者の夫を通じて東村山署の事情聴取を受けたということのようである。Sさんが事情聴取で供述した内容と野田が取材した内容に齟齬はない。Sさんは事情聴取でも万引き犯のスーツの色について被害者とは食い違う証言を行っている。矢野は被害者と捜査機関がグルになって朝木明代を陥れた(「万引き捏造説」)などと主張しているが、被害者が「無関係」の明代を陥れようとしていたのなら、わざわざ被害者とは異なる証言をするような人物の存在を警察に教える必要もないし、東村山署もまた書類送検後にどんな証言をするかわからない新たな証人を事情聴取するなどという危険を冒す必要はあるまい。明代を陥れようとしていたのなら、すでに書類送検によって目的は達成されていたはずだからである。

 さて、矢野はSさんの「犯人は黒っぽいスーツを着ていた」という部分に着目し、証言のこの部分をもって「犯人は明代ではない」とする主張の根拠の1つとし、右翼らもまた矢野の主張のままSさんの証言を「万引き捏造」の根拠とする主張を繰り返した。矢野が11月16日のシンポジウムで明代の万引き当時の服装に関する被害者の供述を捏造(「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」)したのも、右翼らがSさんの証言をしきりに取り上げていたからにほかならない。防犯カメラに写っていた明代が白っぽいスーツを着ていたことは間違いない事実であり、一方で目撃者の1人が「黒っぽいスーツ」と証言していた上に、被害者自身も「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」と供述していたということになれば、明らかに明代は万引き犯ではなかったということになる。矢野は右翼もその支援者も確かな資料をもって事実を検証することはないと踏んでいたのだろう。

 しかし、はたしてこのSさんの証言のみをもって明代の万引きを否定することができるのだろうか。


(その7へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第7回
被害者の供述と矛盾しないSさんの証言

 矢野は警察が銀行の防犯カメラに映った明代の姿を確認したのが書類送検後だったこと、およびSさんの事情聴取をしていなかったことをもって「ろくな捜査をしないまま書類送検した」などと主張している。注意していただきたいのは、矢野のこれらの主張がいずれもアリバイを崩されたあとのものであり、被害者の証言が明代の「服装」の点において「食い違いがある」と強弁するためのものにすぎないということである。

 通常、人が犯罪行為を目撃したときに最初に認識するのは「行為」と「風貌」である。とりわけその犯罪者が顔見知りだった場合には、それが誰だったか(顔)を忘れることはない。警察が目撃情報によって犯罪者を特定するための最も重要かつ基本的な要素は「誰が、何をしたか」なのである。被害者はファッションの専門家だったから、明代と至近距離で対峙した際に明代の服装を細部にわたって克明に記憶したが、普通ではそうはいかないし、服装の記憶はあくまで副次的な要素にすぎない。

 その点において、東村山署は書類送検までに被害者自身と現場に居合わせた目撃者2名に対する事情聴取を行い、被害者に対しては明代の事情聴取の際にマジックミラー越しの面通しを行うなど十分な特定作業を行っていた。矢野と明代による被害者に対するお礼参りの事実が明らかになり、明代の主張するアリバイも崩れていた。書類送検後には、銀行の防犯カメラに映った明代の静止画像を被害者が確認し、万引き事件当時の明代の服装(静止画像は白黒で、明代の服装は白っぽく写っていた)、髪形、持ち物(黒いバッグ)が酷似していたことも確認している(画像が不鮮明であるため100%の断定はできなかった)。そのような状況においてSさんの証言はどのような意味合いを持つだろうか。

 野田峯雄のレポートの中で、Sさんが明代の服装以外に直接見聞した事実として述べているのは、「前方の道路端で2人の女の人が何やら言い合っていた」という状況と、「そばにいた女性が『あれは朝木市議だ』といった」ということである。Sさんのこの部分の供述は、「(被害者が)明代を追いかけて行って問い詰めた」「店にいた客も『あれは朝木市議だ』といった」という被害者の供述となんら矛盾しない。被害者も店にいた客も、明代の顔を知っていたから万引き犯が明代であると供述したのである。

 矢野はSさんの証言の「犯人は黒いスーツを着ていた」という部分のみを取り上げて「だから万引き犯は明代ではない」と短絡的に主張するが、目撃者Sさんの「犯人は黒いスーツを着ていた」という証言の信憑性は、被害者や2人の目撃者が「犯人は明代」と証言していること、防犯カメラに映った白っぽいスーツを着た女性の画像を確認した被害者が「明代によく似ている」と証言していることなど、それまでの捜査結果をふまえた上で総合的に判断しなければならない。

 万引き当日の明代の服装が白黒映像で見た場合に「白っぽいスーツ」だったことは防犯カメラの静止画像から明らかで、仮にSさんの記憶に間違いがなく、Sさんが目撃した人物が実際に「黒っぽいスーツ」を着ていたとすれば、明代は万引き犯ではないということになる。しかし、被害者や2人の目撃者の証言、さらに防犯カメラの映像からは明代のスーツに関するSさんの記憶は誤りだったと判断するのが自然である。また、「黒」という部分に関しては被害者の「黒いチャイナカラーのブラウスを着ていた」「黒いバッグ」という供述からすれば、ブラウスの「黒」を「黒っぽいスーツ」と混同した可能性が高く、服装を「黒」と認識した点においては被害者の証言と一致しているとみることもできよう。

 むしろ東村山署は、(服装以外の)万引き事件当日の状況についてのSさんの証言は被害者や2人の目撃者の証言と矛盾せず、とりわけ店のそばにいた女性が「犯人は朝木市議だといっていたのを聞いた」とする証言を重視し、Sさんの証言を明代の万引きの事実を裏付けるもの、少なくとも明代が万引き犯であることを否定するものではないと判断し、供述調書を追送致していた。この東村山署の判断が合理性を欠くものとはいえないだろう。また、確認できた範囲の証人の供述をすべて送致している点において東村山署の捜査姿勢が明代を意図的に陥れようとするものと見ることはできず、「捜査が不十分」(矢野)といえるものでもないことがわかるのではあるまいか。その一方、矢野は「聖教新聞」裁判で野田峯雄が矢野に宛てたレポートを証拠として提出し、「明代は万引き犯ではない」と主張したが、東京地裁は矢野の主張を斥けている。

法廷ではいっさいしなかった主張

 矢野は、平成20年11月16日のシンポジウムの時点で、内心では「万引き犯のスーツは黒だから明代は犯人ではない」と主張するにはSさんの証言だけでは弱いと考えていたのではあるまいか。しかし、被害者も「黒だった供述していた」といえばSさんの証言はがぜん説得力が増すことになる。だから矢野は、「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」を着ていたなどと、被害者の法廷での供述を捏造したのであると理解できよう。
 
 これは単純な捏造だから、矢野のシンポジウムでの発言と調書を照合するだけで簡単に確認できる。真相を究明しようという気がありさえすれば、主催者の右翼にもそれほど困難な作業ではあるまい。

 右翼らが被害者への襲撃事件で批判にさらされていたという状況の中で、矢野が右翼とその支援者たちの支援を失わないために、なにか説得力のある説明をしなければならないという心理状態にあっただろうことは推測に難くない。私には、これほど明らかな虚偽を述べたことで矢野は逆に自ら明代の万引き犯の汚名を逆にますます確かなものとしてしまったように思える。右翼が調書を確認するとすれば、(単純な間違いではない)矢野の捏造をどう評価するのだろうか。


(その8へつづく)

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第8回
目撃されていた「チャイナカラーの黒のブラウス」

 万引き事件当日の明代の服装の問題は、矢野と明代がアリバイを主張するためにニセのレシートを提出したものの、それが他人のものであることが見破られたためにアリバイ主張をあきらめ、万引きを否定するための次なる手段として持ち出したものにすぎない。そもそも明代は取り調べの際に「事件当日の服装は覚えていない」と供述しており、書類送検までにはなんら争点とはならなかったのである。むしろ明代が当日の服装を覚えていれば、明代の犯人性はより確かなものとなっただろう。

「聖教新聞」裁判で白黒で映せば本物に近いものになる偽物のスーツを用意した矢野は、スーツだけでなく被害者が証言した「チャイナカラーの黒のブラウス」についても平成12年2月7日の尋問で次のように否定している。



矢野側代理人  (被害者が供述している)チャイナカラーの黒のブラウス、これはあなたの記憶あるいは御遺族の話で、(明代が)持っていたという話は聞いたことがありますか。

矢野  ああいう派手なものを着るような方ではありませんし、このスタンドカラーというんですか、詰め襟みたいに立っていて、しかも斜めに切れているというような、そういうものを、朝木さんは議員ですし着ません。見たことがありません。



 矢野はこう供述し、明代は「議員だから」チャイナカラーのブラウスなど着ないと主張した。しかし、そもそも裏付けのない偽造写真を提出したあとの供述では裁判官が矢野の供述を信用するはずもなかった。

 ところで、スーツの下に着るブラウスがチャイナ服タイプというのは見る人が見れば印象的なのだろう。実は、明代がこのブラウスを着ているのを見て「しゃれた服を着ているな」と思ったという人物が東村山にいた。その人物によれば、万引き事件以前に一度見かけ、万引き事件当日にも東村山駅で「チャイナカラーの黒のブラウス」を着た明代を見かけたという。もちろん、その人物が誰であるかを明らかにすることはできない。

提出されないことを前提にした尋問

 ブラウスに関しては被害者が矢野と朝木を提訴した裁判における平成12年2月23日の尋問でさらに次のようなやりとりがあった。まず、原告である被害者に対する矢野側からの反対尋問。



矢野側代理人  防犯カメラから(明代が)チャイナカラーのシャツを着ていたのはわかりましたか?

被害者  その襟だと、私は判断しました。

代理人  その判断の根拠は襟だけですか?

被害者  はい。

代理人  後ろからの写真で、チャイナカラーであることはわかるんですか?

被害者  いえ、わからないと思います。



 確かに、後方から見て襟が立っているというだけでは、それがチャイナ風のブラウスかどうかはわからない。防犯ビデオの静止画像は明代が機械操作をしている写真で、前方から映したものではない。矢野側の代理人はその点をついたのである。このやりとりをふまえ、続く矢野に対する本人尋問では次のようなやりとりがあった。



矢野側代理人  警察で見せられたものは後ろ姿しかないわけでしょう?

矢野  だから警察としては、一連の流れで写っているはずですから、前から映る写真もビデオではあったんではないかと。

代理人  当然あるわけですよね。

矢野  なぜこういうものだけになっているのかがわかりません。

代理人  ところがわれわれには見せてくれないと。

矢野  そうですね。

代理人  ○○さん(被害者)にも見せてくれない。

矢野  (捜査書類に)貼りつけてないわけですから、捜査自体除いているということです。

代理人  目撃者がチャイナカラーを着ていたんだということであれば、この再現写真を正面から撮ったものを出せば一発でわかるわけでしょう。

矢野  そのとおりだと思います。



 この尋問では矢野と代理人が、裁判官に対して「正面から撮った映像があるはずだ」という仮説、憶測を前提に、なにか東村山署が真実究明に関わる重要な写真を意図的に隠蔽しているかのように印象づけようとしていることがうかがえる。自らの主張が認められないと自覚したときに、今度は相手の主張や証拠の欠点を探し出し、そこに論点をすり替え、自らの主張を押し通そうとする矢野の得意とする手法である。

母親を演じた朝木直子

 明らかな根拠もなしに、矢野がここまで大胆に、あたかも東村山署や東京地検八王子支部が証拠を隠蔽したかのような主張ができるのには理由がある。民事裁判に刑事事件の証拠が出てくることはないからである。矢野がシンポジウムで主張した「再現写真」が本物かどうかは、地検の捜査資料にある静止画像と照合すれば一目瞭然だろう。しかし、地検が保管している静止画像が民事の法廷に出てくることはない。そのことを知悉しているからこそ、矢野は直子に白黒で映せばよく似た色調になる偽物を着せ、「万引き事件当日の明代の服装」と称して法廷に提出することができたのである。

 徒労に終わったとはいえ、矢野が「聖教」裁判であらゆる手段を尽くして明代の万引きを隠蔽しようとしたことだけはおわかりいただけよう。ただ、矢野と朝木の裁判での努力は逆に彼らの特異性を際立たせた。

 いかに捜査機関が刑事事件の証拠を民事の法廷に出すことはないことを知っていたとしても、万引きを隠蔽するために偽物を実の娘に着せ、それをわざわざ同じ防犯カメラで撮影して「再現」するなどという手の込んだ芸当は普通の良心を持った人間にできることではない。矢野の目的を知りながら亡き母親のスーツを着、ショートカットのかつらまでかぶり、キャッシュディスペンサーの前で母親役を演じた娘の心境もまた、常人にはとうてい推し量ることはできない。


(その9へつづく)

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第9回
シンポジウムでのもう1つの嘘

 平成20年11月16日に開かれた右翼のシンポジウムにおける矢野の発言の中には、「被害者が『(明代は)黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ(を着ていた)』と供述した」というもののほかにもう1つの重要な虚偽がある。「千葉副署長が『書類送検前に防犯カメラの画像を確認していた』と嘘の説明をした」とする趣旨の発言である。シンポジウムにおける矢野の発言をみよう。



矢野  ということで、かばんをかけていたというのは同じですが、はっきりいえることは、私どもがちょっと気がつかなかったのは、書類送致の前には振込明細からわかった銀行からのその押収した静止画像の写真、朝木さんの服装が映ってる写真ですね、これは警察は入手をしていない、したがって、今申し上げたように一致してないわけですね。

 犯人と朝木さんの服装の特徴は、決定的にブラウスの襟が違う、チャイナカラーとフラットカラーとではまるで違います。それが一番大きいところ。それから縦縞が入っていないというところ。こういったことがはっきりわかって、これは供述調書の中に残っていますから、みなさんも確認することができます。

 で、にもかかわらずですね、千葉副署長は、書類送致をした理由として、あたかもこの銀行から押収した静止画像の朝木さんの写真ですね、朝木さんの服装と目撃者、被害者の戸塚洋品店主が語っている供述内容は一致してたので書類送致をしたというふうにいってるんですね。

 だから、今のお話でおわかりになったと思いますが、この万引きうんぬんの件に関しては非常にやっかいですが、今はっきりわかったことは、実は、警察は犯人と朝木議員の同一性をきちんと確認しないまま書類送致をしたんだということ、そしてその後ですね、銀行から押収した、この服装の違いをですね、具体的にはどこにも言ってないんです。



 矢野の発言は明確さに欠けるものだが、要約すれば、被害者の主張と静止画像の服装は一致していないということ、また千葉副署長が「書類送致前に」静止画像を被害者に見せたといっているが、その事実はない(だから判断を誤った)ということのようである。

千葉副署長の供述

 このシンポジウム以後、矢野は「東村山署の誤認送検の事実が明らかになった」などと宣伝しているが、これは被害者の主張する万引き当日の明代の服装が防犯カメラの画像と一致していないとの虚偽の事実を前提とするものである。矢野が裁判で提出した画像が朝木に偽物のスーツを着せて撮影したものにすぎず、本物の静止画像と目撃者の供述が一致していたことはこれまで説明してきたとおりだが、書類送検とSさんの証言および静止画像の関係について副署長千葉英司はどう供述しているのか。平成12年2月7日、「聖教新聞」裁判での反対尋問をみよう。



(Sさんについて)

矢野側代理人  (Sさんから)初めて事情を聞いたのは、このSさん(実名)の場合には送致よりあとということになりますね。

千葉  はい。

代理人  これはなぜ、その捜査が終了したというふうに先ほどおっしゃいましたけれども、当然目撃証人がもう1人いらっしゃれば、送致前に事情を聞かなければいけないかと思うんですが、そのへんの捜査を尽くさなかった理由というのはどういうことなんでしょうか?

千葉  捜査を尽くさなかったというご質問ですか? 送致の段階では捜査を尽くしたと確信しましたので、私の判断で送致したわけです。

代理人  尽くした尽くさないじゃなくて、特にそのSさん、この方の事情聴取をされなかった何かの合理的な理由はいうのはあるんですか?

千葉  合理的な理由ですか? 目撃者がわかった段階で、私どもは聞いております。わからない段階では調べることは不可能じゃないですか。

代理人  当時は、要するに送致の段階では、まだ彼女がわからなかったということですね。

千葉  そういうことです。

代理人  ただ、もう1人、そういう人がいたかどうかというのはわかっていたんですか? 1人、だれかいたんだろうと。

千葉  私どもではわかっておりませんでした。



 千葉が「書類送検までに捜査は尽くした」といっているだけで、Sさんの事情聴取が送致前だったとは一言もいっていない。矢野はSさんを聴取していなかったことをもって「捜査が不十分だった」と主張したいようだが、千葉はSさんの聴取は補充捜査であると認識していたのである。 



(防犯カメラの静止画像との同一性について)

矢野側代理人  (静止画像の確認は)これは当然、裏付け捜査ですね。要するに本当にそこに寄ったのかということの捜査をされたかと思うんですけど、これは送致前にされたんですか?

千葉  裏付け捜査を完了したのは送致後です。

代理人  で、これは○○さん(被害者)には見せたですね?

千葉  そうです。

代理人  これは、顔は写っていたわけですか?

千葉  顔は正面撮影でございませんので、横顔あるいは後ろだと記憶しております。

代理人  それで、○○さん(被害者)の供述とは、これは合致したわけですか?

千葉  合致いたしました。



 千葉は被害者が静止画像を確認したのは送致後であることをなんら隠しておらず、被害者の証言と静止画像が一致したと明確に供述している。「千葉は『書類送検前に静止画像を確認した』と主張した」とする趣旨の矢野の説明が虚偽であることは調書から明らかである。


(その10へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第10回(最終回)
                      ★第1回から読みたい人はこちら


嘘に嘘を重ねる矢野・朝木

 矢野はシンポジウムでなぜ、調書を確認するだけですぐに嘘とわかる説明をしたのだろうか。静止画像に映った明代の服装と被害者の供述に食い違いがあることを千葉は自覚しているから、静止画像を確認したのが書類送致後であったにもかかわらず、送致前に確認していたと嘘の供述をしたとすることで、書類送致そのものに事実の隠蔽あるいは改竄があったと印象づけるためであるとしか理解できない。千葉が真実を隠蔽するために嘘の供述をしていたということにすれば、「被害者が『黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ』と供述していた」とする説明がより説得力を増すと考えたものらしい。

 しかしこうして資料を精査すれば、平成20年11月16日、矢野が右翼らを前に洋品店襲撃を正当化するために行った説明に一片の真実も存在しないことが容易にご理解いただけるのではあるまいか。矢野のデマを妄信した右翼におもねるために矢野は嘘を重ね、自分自身の嘘によって矢野はそれまでの主張が嘘であることをもあらためて実証したということである。

 平成20年11月30日、私は右翼に「(矢野の主張の内容を)精査してください」とお願いし、右翼はシンポジウムでの矢野の発言を聞き直してみるとはいったが、いまだ2月に予定しているという名古屋でのシンポジウムに矢野と朝木をパネラーとして招くと公言しているところから判断すると、右翼はいまだに矢野の発言内容が誠実に真実を述べたものであるかどうか精査していないようである。このまま矢野と朝木をシンポジウムに呼べば虚偽宣伝を繰り返すことは疑いなく、右翼の支援者たちに洋品店襲撃事件のような過ちを繰り返させるような事態を招きかねない。

 右翼がこのまま矢野と朝木の主張を鵜呑みにし、行動をともにすることは、たんに矢野らの虚偽宣伝に協力するということではすまない。むしろ右翼は矢野らの反社会的な企みに自ら積極的に加担することになる。ということはすなわち、誠実な日本国民すべてを敵に回すことを意味する。

白川勝彦との対決

 13年前の平成7年秋、政治レベルでは矢野穂積が発信した虚偽情報を政争の具として利用した亀井静香と白川勝彦を中心とした政治家どもの暗躍によって捜査結果の発表が3カ月も引き延ばされ、一方社会のレベルでは矢野のデマを鵜呑みにした一部マスメディアが「創価学会疑惑」を騒ぎ立てた結果、デマが真実を駆逐しかねない状況にあった。右翼らが今しようとしていることは、スケールこそだいぶ違え、まさに13年前に亀井と白川が働いた犯罪行為(捜査介入すなわち捜査への政治圧力)と本質的になんら変わらない。矢野はことあるごとに国会で千葉が名指しで批判されたことを持ち出すが、これこそまさしく国会議員による政治圧力の動かぬ証拠である。

 それから13年後のある日千葉は、今は弁護士となった白川勝彦に会う機会があった。そこではこんな興味深い会話がなされた。



千葉  東村山事件についての、白川先生の現時点での白か黒かの所見をうかがいたい。

白川  事件というのは証拠をもって論じるもので、憶測ではだめですね。

千葉  そのとおりですね。矢野市議とは現在も親交があるのですか。

白川  いや、ありません。



 表面上はきわめて短い淡々としたやりとりだが、その背後には当事者にしかわからない怒りと怯懦がある。白川は目の前の人物が「東村山署副署長だった千葉」と名乗った時、一瞬にして、政治権力をカサに様々な裏工作を行った13年前を鮮明に思い出したにちがいない。当時、白川は国家公安委員長として朝木事件に関するすべての捜査記録を見られる立場にあったし、警視庁上層部に報告させることもできる地位にあった。

 その人間が、国会でも名指しで厳しく追及された一介の副署長の質問に一般論で逃げ、「矢野とはもう接触していない」と素直に告白した事実をどう評価するべきか。この短い会話は当時の政治家による情報操作とそのからくり、および不当な捜査圧力の実態を雄弁に物語っているように私には思える。政治家が暗躍する陰で、すべてのデマの発信元である矢野穂積は望外の成果にほくそえんでいたのだろう。

 平成7年の民主国家日本の中枢で、事実を曲げ、さらに誠実に真実を訴えただけの市民、公正な捜査を行った警察官の忠実な職務行為とそれによって解明された真実が闇に葬られようとしていた。これこそ謀略と呼ぶにふさわしい。白川は謀略の実行者であり、その一部始終を知る者の1人である。弁護士バッジをつけた白川にとって13年前の出来事は暴かれてほしくない過去ということなのだろう。だからこそ白川は一般論に逃げ込むしかなかったのである。

 それでも右翼がなお矢野の主張を信用するというなら、元警察官僚の亀井静香と元国家公安委員長の白川勝彦に協力を要請すればよかろう。右翼は当時亀井、白川と近かったジャーナリスト乙骨正生の知己を得ているから間に入ってもらうこともできよう。首尾よく彼らの協力を得られれば、まさに右翼のいう「国民運動」にもつなげることも可能かもしれない。もちろん相手が千葉副署長と聞いて亀井と白川が尻尾を巻いて逃げ出さなければの話だが。

東村山に残っていた千葉

 ところで私が右翼と遭遇した日、千葉はそそくさと喫茶店を出て行ったが、ずいぶん冷たいなと思った読者もおられるかもしれない。しかし、千葉はそのまま帰宅したのではなかった。あとから聞いた話だが、千葉はすっかり日も暮れた午後6時近くまで東村山駅周辺の監視を続けていた。千葉は右翼が帰るのを確認した後も、残った支援者が被害者の店に行く可能性があると考えていたのだという。

 千葉がなぜこれほどまで被害者を守ろうとするのか。念のためにいっておくが、その理由は間違っても、矢野や右翼らのいうように「万引き捏造の事実が発覚するのを恐れるため」などではない。

 万引き事件の捜査は遂げたが、捜査の途中から矢野と明代のお礼参りが始まり、書類送検後も嫌がらせはやまなかった。被害者がどれほど矢野の電話におののき、不快な思いを重ねてきたか。嫌がらせ電話の中には「人殺し」呼ばわりするものまであった。矢野と明代の嫌がらせは千葉の責任ではないが、事件の渦中で現実に被害者と加害者の両方を見てきた捜査官の千葉には被害者を守れなかったという悔恨に似た思いが今も強く残っている。だから可能なかぎり、千葉は被害者を守ろうとしているのである。

 仮にも右翼を自称する者が、13年間の嫌がらせに耐えてきた被害者の思いをあざ笑い、誹謗していいのか。誰にでも過ちはある。しかし、同志や支援者たちに1度襲撃事件という過ちを犯させている以上、右翼はすでに「直子さんを信じる」は通用しない段階にさしかかっている(世間の常識では最初から通用しないが)。この程度の事実関係を把握もできず、何の罪もない1市民に苦痛を味わわせて一言の謝罪もできないような者に国を語る資格はない。矢野が作出した捏造話に支援者たちを巻き込ませないためにも、右翼は早急に事実関係を精査すべきだろう。名古屋シンポジウムまでにはまだ時間は十分にあるはずである。

(了)

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