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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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第2次落書き裁判第5回口頭弁論
 警視庁東村山警察署千葉英司元副署長がブログの記事によって名誉を毀損されたなどとして千葉県の行政書士を提訴していた裁判は平成21年11月9日、東京地裁立川支部で第5回口頭弁論が開かれた。傍聴席には行政書士を支援する「行動する保守」Aら支援者7名のほか、「行動する保守」らの動向に興味を持っているらしい6名の男女が最後に入廷した。

 千葉は訴状で、

〈(記事は)「原告も創価学会員である」かのような、また「万引き捏造事件をでっち上げた洋品店や謀殺を自殺として処理した検事らと利害をともにしている」かのように印象付け、原告があたかも「万引き捏造」に関与したかのような印象を与え〉

〈被告は万引き被害現場の洋品店前による原告の写真を原告に無断で掲載し、原告の顔部分に「ウソ 万引」、右胸部分に「チバー」との文字を書き込んだ。〉

〈(これらの記載および書き込みは)「原告が、創価学会員がデッチあげた万引き捏造事件に関与した」との虚偽の事実を摘示するものであり、原告の社会的評価を低下(させた)〉

 と主張し、また千葉の写真を掲載したことなどが原告の肖像権を侵害したと主張している。

 この裁判はこの日で5回目の口頭弁論を迎えたが、記事について被告の行政書士は「本件ブログの記述が、事実を摘示したものか又は意見、論評の表明であるのか判然としないから、真実性・相当性の主張、立証をすることができない」などとして求釈明を繰り返した。真実性・相当性に関して行政書士は9月28日行われた第3回口頭弁論で朝木明代関連裁判の判決書を証拠として提出したものの、もちろん裁判で千葉が「万引事件を捏造した」などと認定した判決は存在しない。

 また写真について行政書士は「第三者が撮影し、公開されていたもの」で「千葉は先に公開した写真について異議を申し立てていないから黙示的に公表を承諾している」などとし、したがって被告には責任がないなどと主張している。

「12月は多忙を極める」と行政書士

 さて11月9日開かれた第5回口頭弁論で、裁判長は「本件では記事に現れたものが争点になる」と双方に述べた上、行政書士に対し次回口頭弁論までに本件記事掲載に至る事情等についての陳述書を提出するよう求めた。行政書士が前回提出した証拠申出(証人として万引き被害者および千葉に対する尋問)および千葉が申し立てた行政書士に対する尋問の申請についてはいっさい触れなかった。尋問は必要ないと判断したものとみられる。その上で裁判長は「次回結審するかもしれません」と述べ、行政書士に対して「陳述書は弁論期日の1週間前には提出してくださいね」と念を押した。

 あとは次回期日を決めて終了となるところだが、期日が簡単に決まらなかった。裁判長が12月はどうかと検討を始めると、行政書士が手帳をめくりながら「12月は多忙を極めていているので、来年にしてほしい」と訴えたのである。

 裁判所は係属部によって開廷曜日が決まっており、この裁判の開廷日は月曜日と決まっている。行政書士によると、なんでも「自治体の行政協力をやっておりまして、12月は毎週月曜日が行政協力の日になっておりますので、無理です」という。開廷曜日と行政協力の日がぴったり重なっている、これは12月はちょっと無理かなと思っていると、裁判長が口を開いた。

裁判長  それは終日無理ということですか。午前とか午後とか……。

行政書士  はい、ちょっと無理です。

裁判長  でも、あなたが訴えられた裁判なんですから……。

行政書士  ……。

 こんなやりとりがあったが、裁判長の年内結審の方針は固かったらしい。裁判長は書記官と相談した上、開廷曜日を金曜日に変更したのである。裁判長が12月18日10時45分と指定すると、行政書士は了承した。したがって、12月10日前後には陳述書が提出されるものとみられる。

市職員の説明と食い違い

 余談だが、私はあることで千葉県行政書士会に問い合わせをしたついでに、行政協力なるものの実情について聞いてみた。すると、行政書士会による法律相談などの行政協力なるものが実際に存在することがわかった。事務局長によれば、行政協力は各地の行政書士会単位で行っているという。千葉市なら千葉市に事務所を開設している行政書士が行政協力にあたるという。疑ったわけではないが、行政書士のいうとおりである。

 そこでこの行政書士が事務所を開いている浦安市に、行政協力がいつ行われているのか、また12月は月曜日に行われているのか聞いてみた。すると担当者は、「特に12月ということではありません」と私の聞いた話とは異なる説明を始めた。浦安市では、法律相談は年間を通じて水曜日と金曜日に行っているというのである。担当者に紹介された同市のホームページを確認すると、その説明に誤りはなかった。さらに「行政相談」という日もあるが、それは火曜日と木曜日で、月曜日には何の相談も予定されていないこともわかった。

 浦安市をみるかぎり、行政書士が法廷でいった「12月は月曜日がすべて埋まっている」という話とは食い違うようである。ただ、右翼の行政書士はどこの市での行政協力とはいっていないから、実在するどこか別の自治体の話ということなのだろう。最終的に12月中に期日が指定されていることでもあり、行政書士が相談を担当している自治体がどこかまでは詮索の必要はあるまい。

 はたして行政書士は12月18日の口頭弁論を前にいかなる陳述書を提出するのか。とりわけ、千葉の写真に「ウソ 万引」などと書き込んだ理由を知りたいものである。その内容だけでなく、行政書士が懇意にしている東村山市議の矢野穂積の文体と酷似しているかどうかもきわめて興味深い。

(宇留嶋瑞郎)

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第2次落書き裁判第6回口頭弁論
 千葉英司元東村山警察署副署長がブログの記事および写真を無断掲載されたことなどによって名誉を毀損され、肖像権を侵害されたとして千葉県浦安市の行政書士黒田大輔を提訴していた裁判は平成21年12月18日、和解が成立した。和解調書に記載された和解条項は以下のとおりである。



和解条項

1 被告は、原告に対し、被告が開設するインターネットブログ「日本を護る市民の会のブログ(仮)」の平成20年(2008年)9月5日付け記事中の原告の写真に不適切な記載をしたことについて、遺憾の意を表する。

2 被告は、前項のブログの原告の写真及び同写真の説明書(せつめいがき)6行分(「13年前の」から「おかしくない?」まで)を、平成21年12月25日限り、削除する。

3 原告と被告は、今後、お互いに誹謗中傷しないことを誓約する。

4 原告はその余の請求を放棄する。

5 原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

6 訴訟費用は各自の負担とする。



 なおこの和解は、書類上は12月18日に成立しているが、実際には黒田が和解条項に定めた削除を実行したのちに和解調書が作成されることになっていた。千葉に対して和解調書が送達されたのは12月23日で、消印は12月22日である。一方、記事および写真の削除に同意した黒田は12月23日午後になってもまだ削除義務を果たしていなかったが、夕方になって当該箇所の削除が実行されたことが確認されている。

 この経過をみると、裁判所が当該箇所の削除を確認しないうちに和解調書を作成することはあり得ないから、裁判所は22日に黒田に対して23日中に削除を実行するよう要請し、確約を取り付けた上で和解調書を作成し、千葉に送達したものとみられる。仮に黒田が18日に同意した削除を25日までに実行しなければ和解は不成立となり、判決となった可能性もないとはいえない。

 いずれにしても、黒田が当該箇所を期限よりも早く削除したことはさすがに法律家らしい賢明な判断である。和解協議当日に削除していればもっとよかったが、和解協議から6日間放置したのは法律家としてのプライドが関係していたのだろうと推測する。1日も早く削除することが彼自身の社会的信用を回復させることにもなる、ということにまでは考えが及ばなかったらしい。黒田を「若手のリーダー」として高く評価している「行動する保守」Aは先輩として何かアドバイスをしてやらなかったのだろうか。

和解成立直後にお礼参り

 さて、「チバー」「ウソ」などと落書きをした写真とともに黒田が削除した「説明書」とは以下の記述である。

〈13年前の「万引き捏造事件」の捜査指揮を取った当時の東村山署の千葉副署長が○○(洋品店)前へお出まし。彼ら(創価)にとって非常事態であることの表れだろう。瀬戸さんのブログから拝借した千葉さま♡ なんで、店の人間でもないのに西村さん達を排除したのか? 既に退職してるなら公権力の行使はできないぞ? おかしくない?〉

 和解協議では当初、削除対象は落書き付きの写真のみだったが、千葉が「万引き捏造事件は存在しない」などと主張して削除を要求。裁判所も千葉の主張を認容し、最終的に黒田も削除を受け入れた。

 削除の経過をみると、黒田が裁判官の勧告に納得したのかどうかは定かではない。むしろ12月18日午後、和解成立の直後に仲間を引き連れて洋品店に行ったところをみると、和解内容に不満を持っていたらしいことがうかがえる。千葉では相手が悪いから、指南役である矢野穂積のいう「弱いところ」を攻めようとしたようにもみえる。

 問題箇所がブログから消えてなくなったことは、実は彼自身のためでもある。そのことに気がつけという方が無理な注文なのだろうか。

(了)

(宇留嶋瑞郎)
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