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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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東村山市議会議場外報告①
響き渡る咆哮

 東村山市議会3月定例会の一般質問が行われた平成22年3月3日、開会時間の午前10時少し前、議場前のロビーを通りかかると、なにやら咆哮のような声が響き渡っていた。東村山市議会には何が起きてもおかしくない議員が存在しているとはいえ、今日はまた朝っぱらから何事だろうか。そう思いながら、私の足は咆哮の方に向いていた。

 すると、いつもは閉まっている議長室のドアが開いたままになっていて、ドアのそばには有名な「草の根市民クラブ」の朝木直子が部屋の内側に向かって立ち、何かしきりに大声を張り上げている。ドアと朝木の間から議長室を覗き込むと、議長が議長の机の前に座っており、その目の前に矢野穂積が立って議長に大声で何か非難あるいは抗議しているように見えた。咆哮の主は矢野だったのである。それに対して議長は反論している。

 矢野の激昂ぶりはただごとではない。そこで私はとりあえず、目の前で矢野を応援している朝木に聞いた。

「朝からどうしたの?」

 矢野の応援に集中していた朝木はようやく私の存在に気づいた。しかし朝木は私の方を振り向くと、ただ一言だけこういった。

「ゴキブリ」

 取り込み中であるのはわかるが、市議会議員として必ずしも推奨できるセリフではない。少なくとも私に対して好意的に思っていないとしても、朝一番から人に向かって「ゴキブリ」などというセリフが口をついて出てくる市会議員も珍しかろう。

 さて、その後まもなく矢野が議長室から出てきたので、矢野に聞いてみた。

「先生、朝からエンジン全開ですね。どうしたんですか?」

 矢野は最近なぜか私の質問にまともに答えてくれたことがなく、いっさい口を開かないことの方が多い。その日も最初はそうだった。ところが一瞬の間を置いて、矢野は口を開いた。どうやら矢野は、その日は私に対しては少し気分が違ったようである。矢野は「草の根」の控室に向かって歩きながら、私の質問には答えず、どうしたのか矢野は「アハハハハ」と声を立てて笑ったあと、こういったのである。

「おまえ、逆転敗訴だな。弁護士から聞いていないのか」

 一瞬で論点をそらす発想力は常人ではなかなか真似できない。矢野からすれば、これで攻守逆転ということなのである。普通の人間なら聞かれたことについてどう対応するかの判断をしようとするから思考は相手の質問の範囲に制限されるが、矢野にはそもそも相手の質問に対応しようとする発想がないのだろう。こうして矢野はそのまま朝木とともに控室に消えた。

水の持ち込み許可を求めた矢野

 やむなく私はただちに議長に取材を申し入れた。判明したのは以下のような事実である。

 市会議員は議会に来るとまず議会事務局に立ち寄り、議会に来たことを議長に報告しなければならない。矢野はその際、議会事務局を通じて議長に対し議場への水の持ち込みを許可してくれるよう申し入れた。議長はこれを許可しなかった。このため矢野は議長室に乗り込んで議長への抗議に及んだものという。

 議会傍聴規則には傍聴席において「飲食及び喫煙をしないこと」(第7条の4)という規定があるが、東村山市議会会議規則には禁煙の規定はあるものの飲食に関する規定はない。議場内で議員が飲食をすることは想定されていないということである。

 ところで私の知る限り、矢野が議場内に水の持ち込みを申し入れたのは初めてのことである。ということは、よほど何かのっぴきならぬ理由があったのかもしれないが、それならそれなりの事情を説明しなければなるまい。矢野は議長室で事情を話したようだが、議長にはどうしても水を持ち込むほどの体調であるとは思えなかったのだろう。

 喉の調子が悪かったにしては、ロビーまで響き渡るほどの大声が出るほどだから、喉とは関係がないように思えた。その日矢野は一般質問に立ったが、質問のスピードが落ちたような気がするものの、どうしても水が必要と思えるほど体調がすぐれないようには見えなかった。
 
 その矢野が、議場への水の持ち込み許可を求めたこと、それを拒否されて激昂したのはどういう事情だったのだろう。何か、矢野にしか認識できない体調面の理由があったことは確かなのだろう。ただ、だからといって、朝一番から議長室で大声を張り上げることは議員としてあまりほめられたことではあるまい。

逆転敗訴の可能性

 さて、矢野が私に「逆転敗訴だな」といったのは、平成18年2月5日早朝、不審者が朝木直子宅敷地内に侵入して騒いだ事件に関する裁判のことである。矢野と朝木はこの事件を「殺人未遂事件」で、「この事件によって明代の転落死事件も他殺であることがはっきりした」などと主張していた(現在も東村山市民新聞に掲示中)。

 これに対して私は、事件がたんなる酔っ払いによる騒動にすぎず、それを「殺人未遂事件」などと主張し、あたかも明代の転落死事件と関連性があるかのように主張するのは「自作自演」であるとする記事を書いた。これに対して矢野と朝木が、記事は彼らの社会的評価を低下させるものであるとして提訴していたものである。

 一審の東京地裁立川支部は平成21年11月13日、「記事はいずれも原告ら(矢野と朝木)の社会的評価を低下させるものではない」と認定し、矢野らの請求を棄却。当然、矢野らは控訴していた。その第1回口頭弁論が開かれたのが平成22年2月23日。矢野が議長室で騒いだ1週間前である。私は当日都合が悪く、出廷できなかった。

 後日、代理人に聞いたところでは、東京高裁の判断は「記事は控訴人ら(矢野と朝木)の社会的評価を低下させる」というもので、裁判長は和解を勧告したいとのことだった。一審の認定は「記事は社会的評価を低下させない」という理由で矢野らの請求を棄却していたから、東京高裁の認定は地裁とはまったく正反対のものだったということになる。そのかぎりでは明らかに風向きが変わったことがうかがえた。

  これが、矢野が「逆転敗訴だな」と喜んだ理由である。高裁の判断を聞いた矢野が嬉々として「逆転敗訴だな」といったということは、やはり矢野は一審の敗訴判決がよほど悔しかったものとみえる。

「記事が控訴人らの社会的評価を低下させた」とすれば、記事の真実性あるいはそう信じるに足りる相当な理由があったかどうかが問題となる。そこで私の方は4月6日に開かれた第2回口頭弁論において真実性・相当性の抗弁を記載した準備書面を提出した。

 第2回口頭弁論で和解の斡旋があるかと予想していたが、裁判長は「やはり本件は和解は難しいようです」とし、和解の話はなくなった。裁判長は「もう主張はよろしいですね」と双方に確認すると、判決言い渡し期日を6月17日午後1時15分と指定して結審した。

 判決の行方はまったく予断を許さない。しかし事件そのものは、東京地検が平成18年3月16日に「住居侵入事件」として不起訴処分の決定をしていることが明らかとなっている。したがって私としては、裁判を通じて事件が少なくとも「殺人未遂事件ではなかった」ことの根拠が得られたと判断しており、記事を書いた目的は十分に達成できたと考えている。詳細は判決後にあらためて報告しようと思う。

 なお、朝木明代の万引きを苦にした自殺をめぐり千葉英司東村山警察署元副署長が「行動する保守」の重鎮、西村修平を提訴していた裁判の判決が4月28日午後1時30分言い渡されることがわかった。この裁判で矢野と朝木は全面的に西村を支援してきた。はたして彼らの主張がどこまで裁判所に通用するか、注目したい。

(了)

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アニマルポリス請願事件 第1回
 平成21年12月21日、「二本松アニマルポリス」の女性から東村山市議会議長に対して「朝木明代議員殺害事件に関する請願」が提出された。請願の提出に必要な紹介議員は「草の根市民クラブ」の矢野穂積だった。請願人の欄にはアニマルポリスの本名が記載されているが、実際に請願文を議会事務局に持参したのは矢野だった。

 その趣旨を聞くと、矢野と朝木直子が東村山市議会本会議などでことあるごとに口にする「朝木明代議員殺害事件」「何者かによって駅前のビルから突き落とされ、殺害された朝木明代議員」などという文言が議事録副本から削除されるのは、事実からみても不当な扱いであり、是正されるべきである――というものだという。

 確かに議事録副本の矢野らの発言から「殺害事件」という文言を探すことはできない。議事録を読んだだけでは、削除された文言があったことも、ましてその内容がどんなものだったかを知ることは不可能である。したがってアニマルポリスは、矢野が議場で「朝木明代議員殺害事件」と発言したのを傍聴席で聞いたことがあったか、あるいは当該発言をした当事者、すなわち矢野と朝木からその発言内容を知らされたということになる。ところでアニマルポリスは福島市在住で、少なくとも私はこの5年以内に議場内でアニマルポリスをみかけたことはない。

卓抜な行動力 

 アニマルポリスは矢野や朝木と密接な関係にある右翼グループ「行動する保守」の裁判の傍聴に平成21年冬ごろから何度か訪れている。「行動する保守」関連の裁判はすべて騒乱を避けるために多くの裁判所職員が駆り出され、厳重な警戒態勢を敷くのが通例である。

 東京地裁立川支部では職員が事前に傍聴人の持ち物などをチェックし、開廷5分前になるとようやく法廷のドアが開錠され、1人ずつ順番に整然と入廷させる。だから、早く着いた傍聴人は入廷が許可されるまで法廷前の廊下で待たされるわけだが、その日、「行動する保守」一行の中にいた1人の女性が近づいて声をかけてきた。みかけたことのない顔だった。

 女性の表情や目の色から、なにか尋常とは異なるものを秘めているように感じた私は、とっさに女性に背を向けた。しかし女性はすっと前方に回り込み、「取材をお願いします」と話しかけてきたのだった。

 やはり普通ではなかった。通常、名前も名乗らず、どこの誰なのか、取材内容が何なのかもいわないような相手の取材に応じる者はいない。まして「行動する保守」一行の中の1人とあっては、とうていまともな話のできる人間ではないと判断するほかない。私はやむなく、女性を追い払うために「取材はお断りします」と強い調子で通告した。すると女性は、おとなしく「行動する保守」一行の中に戻っていった。

 しかし、この女性の傍若無人の行動は私に対してだけではなかった。その後、女性は千葉に対しても法廷内で下から顔を覗き込み、また「食事をしませんか」「いつなら空いてますか?」などとたたみかけた。やはり最初に私が感じた尋常とは異なる印象は間違っていなかったようだった。

 この女性を2度目に見かけたのは平成21年12月18日、千葉が浦安の行政書士を提訴していた裁判の法廷だったと記憶している。口頭弁論は午前中に行われ、行政書士と女性らはその足で東村山に行き、東村山警察署の前で記念写真を撮ったり、あるいはビラ撒きなどをしていたことがわかった。この女性が福島市在住のアニマルポリスという人物であると知ったのはその後のことである。アニマルポリスはこんなことをするために、わざわざ福島からやってきたのだろうか。常識では考えられない行動力というほかなかった。

 アニマルポリスが請願人となり、紹介議員の矢野が「朝木明代議員殺害事件に関する請願」を提出したのはその3日後のことである。浦安の行政書士と矢野はその半年以上前から親密な関係にあり、行政書士が議会傍聴に訪れた際には「草の根」の議員控室に長時間にわたって滞在していたことも判明している。矢野、朝木とそれほど親密な関係にある行政書士がアニマルポリスを伴って東村山を訪れた際に2人に引き合わせた可能性はあろう。その席で請願提出に関する相談がなされたのではないかと私はみている。

まったく別の資料を提出

 さて、アニマルポリスが平成21年12月21日に提出した請願の内容は以下のとおりである。



朝木明代議員殺害事件に関する請願

請願の趣旨
1.朝木明代殺害事件における「殺害」という文言を、理由なく、発言取り消しの扱いとし、会議録副本から削除した理由を、東村山市議会本会議において、速やかに説明を行うよう、議長へ求めます。

請願の理由
1.最高裁で本年7月14日に確定した朝木明代議員殺害事件に関する最新の判決では、「朝木明代議員事件は“他殺”と考えうる相当な理由がある」と判示されていますので、市議会が、司法の最終判断に従わないことは許されません。

2.先の2009年8月30日の選挙を機に、国民は、朝木明代殺害事件への関心を強く持ち続けています。貴議会においても最高裁判決に従い、事実を正確に取り扱うべきです。



 第1回目の請願審査は平成22年2月15日、午前10時から市議会委員会室で行われた。この日の審査では、請願人の主張だけでは請願の根拠である「平成21年7月14日最高裁判決」の事実およびその内容が確認できないから、請願人に資料の提出を求めるべきという意見が委員から出され、審査が継続されることになった。

 翌2月16日、議会事務局は資料の提出を求める文書を送付した(本来なら、請願が提出された時点ですぐに資料を請求すべきだったとは思うが)。文書では第2回審査が行われる1週間前の「3月2日まで」に資料を送付するよう求めていた。ところが3月3日にアニマルポリスから電話があり、「今開封したところ」だという。議会事務局が送付した文書は遅くとも2日後には着いているはずである。するとアニマルポリスは2月18日から3月2日まで留守だったということらしい。結局、アニマルポリスから東村山市議会に資料が届いたのは第2回審査の前日、3月8日のことだった。

(つづく)

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アニマルポリス請願事件 第2回
 審査前日に資料が届いたのでは当然、委員に資料が配布されるのは委員会当日ということになろう。これでは委員が審査までに資料を十分に吟味、検討することは難しい。そうなれば当然、審査は継続となる可能性が高まる。ところがさらに問題があった。アニマルポリスから送られてきた資料は「請願の理由」に記載している判決とは別物だった。この結果、委員会はこの資料を検討の対象にすることさえできなかったのである。

 アニマルポリスが送ってきた資料とは東京高裁平成19年9月26日判決だった。創価学会が乙骨正生と矢野を提訴していた「フォーラム裁判」の判決である。この裁判は雑誌に掲載された発言をめぐるもので、一審は乙骨と矢野の不法行為を認定したが、東京高裁は名誉毀損自体がないとして創価学会の請求を棄却。最高裁も創価学会の上告を受理しなかった。

 この資料が請願に記載した根拠とは別物であることはともかく、アニマルポリスが送付してきたということは、この判決もまた「明代が殺害された」とする根拠と考えているものと理解できよう。しかしこの判決が「明代の他殺」を認定したものかといえば、たんに矢野らの発言は「『朝木明代殺害事件』に創価学会が関与したと断定するものとは読み取れず、創価学会の名誉を毀損するものではない」とするものにすぎなかった。したがって判決で東京高裁は、矢野らの発言の真実性・相当性についてなんらの判断もしていないのである。

説明もいっさいしない不思議

 この判決をどう読めば「裁判所が他殺と認定した」と読めるのか。常識的に考えれば、なんらかの説明があってしかるべきケースである。しかし委員によれば、アニマルポリスから送られてきた資料には具体的な説明はいっさいなく、わずかに判決文の端に「○○ページ○○行目」というメモ書きがあり、該当箇所に下線が引かれていただけだった。

 下線部は、明代の遺体の上腕内側部に残されていた皮下出血の痕が他人につかまれた痕であると矢野が主張している部分だった。アニマルポリスは矢野が主張しているというだけでそれが客観的にも認められた事実だと考えたのか。あるいは判決文に記載された矢野の主張部分が裁判所の認定であると読み違えたのか。いずれにしても、真実性・相当性をいっさい判断していない「フォーラム裁判」で東京高裁が上腕内側部の皮下出血の痕を「他殺の証拠」などと認定するはずもないし、他の関連裁判においてもそのような認定がなされた例はただの1件もない。

 ここまでの状況を見ただけでも、アニマルポリスが請願の「根拠」(判決)をまったく整理できていないというだけでなく、自分が送付した判決の内容についてもほとんど理解できていないとしか考えられなかった。これはいったいどういう請願人なのか。

 議運としては「まともな根拠も提出せず、審査に値しない」としてただちに不採択の結論を出すこともできたのではないか。しかし、ことは議会の意思決定に関わることであり、一定の時間はかかっても正否を明確にすることが重要だろう。そう主張していたのは佐藤真和である。3月9日開催された第2回議会運営委員会は、「送付された資料が請願に記載されたものとは異なる」という理由で、再度請願人に対して資料の送付を求めることとし、継続審査とした。

 事件の当事者である矢野が紹介議員としてついていながら、請願人が審査に値する資料も提出せず、なんら具体的説明もしないというのはきわめて不可解である。もちろん請願人であるアニマルポリスが上京して議会運営委員会を傍聴することも、委員会での意見陳述を申し出た事実もない。
 
 請願提出後のアニマルポリスの対応はどうみても消極的というほかないが、裁判所では千葉の顔を覗き込み、私に対してもしきりに「取材」「取材」と追いかけた特異な積極性と行動力はどうしたのだろうか。「根拠を具体的に示せ」といわれたとたんに逃げ腰になるのは、創価学会の関与を匂わせる発言を繰り返しながら、法廷では「そんなことはいっていない」と逃げ回る矢野、朝木や行政書士の応訴姿勢にも似ていよう。

紹介議員自身ができた異議申立

 かつて朝木明代は、本会議中の発言を削除されたことを不服として何度も東村山市議会を提訴している(「議会の自律権の問題」としていずれも却下されている)。つまり今回の発言削除をめぐっても、矢野と朝木は自ら裁判に持ち込むこともできたのである。それがなぜ、アニマルポリスという第三者を介した請願というかたちをとったのかという根本的な疑問がある。

 仮に今回の請願がアニマルポリスが自発的に提案したのだとしても、遠い福島に住み、一連の裁判のことも知らず、資料も持っていない女性にわざわざ請願人になってもらうよりも、矢野と朝木自ら提訴する方がよほど手っとり早いし現実的でもある。しかし、仮に提訴しても、かつての朝木明代の経験、さらに転落死事件関連裁判の状況からすれば、請求が認容される可能性はきわめて低い。そのことは矢野と朝木自身が知悉するところである。

 矢野と朝木は平成20年8月以降、「行動する保守」一行を煽動して「朝木明代は創価学会に殺された」と騒がせながら、常に自分たちだけは安全な場所に身を置いてきた。するとあるいは今回の請願も採択されることを期待したのではなく、むしろ請願の提出によって「行動する保守」一行を刺激し、市役所前での街宣などの騒ぎにつながることを期待したのではないかという見方もできよう。その場合には、請願人にはなんらの知識も能力も必要ない(実際にアニマルポリスは、「請願の根拠」とは異なる資料を送ってきただけである)。

 この間、アニマルポリスは何度か上京していた。請願提出後、運の悪いことに、私は霞が関の東京地裁でもアニマルポリスと遭遇している。私が法廷前の廊下の突き当たりで開廷を待っていると、それらしい女性がやってきた。目が合ってはまずいと思った私はとっさに気づかないフリをしたが、アニマルポリスは見逃してくれなかった。アニマルポリスは私の前に仁王立ちすると、両腕をバッと横に広げたのである。私には「逃がさない」という意思表示のように見えた。

 開廷が迫っており、アニマルポリスはそのまま法廷に入っていったのでなんとか難を逃れたが、さすがに矢野と朝木の妄言を信じ込み、「行動する保守」一行や浦安の行政書士と行動をともにするだけのことはあると、私はただ感心するほかなかった。もちろんアニマルポリスは、矢野と朝木の本心を知るよしもないのだろう。

 なお、第2回審査までに、本来の当事者である矢野と朝木は傍聴には来なかった。その事実こそ、今回の請願の本質と目的を物語っているような気がした。

(つづく)

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アニマルポリス請願事件 第3回
 東村山市議会からの「資料を提出してほしい」との2回目の要請に対して、アニマルポリスが資料を送付してきたのは3月23日である。今度は間違いなく、請願にある平成21年7月14日付最高裁決定調書とともに最高裁が追認した東京高裁判決が添付されていた。いずれも正本の写しは裁判当事者しか入手することはできない。したがって、アニマルポリスが送付してきた最高裁決定と東京高裁判決の写しは矢野の提供によるもの以外ではあり得ない。

 アニマルポリスが2度目の請求でやっと送付してきた資料とは、千葉英司東村山警察署元副署長が矢野、朝木の共著『東村山の闇』の記載をめぐって提訴していた裁判の最高裁決定調書と東京高裁判決である。東京高裁は明代の転落死を「他殺」とする矢野らの主張について「控訴人ら(矢野と朝木)が本件転落死につき他殺の可能性を示す証拠があると信ずるについて相当の理由がなかったとはいえないというべきである。」などとして千葉の請求を棄却する判決を言い渡していた。この判決について矢野と朝木は「朝木の転落死について『他殺』と認定された」と主張し、最高裁決定後、矢野らの主張を鵜呑みにした「行動する保守」らが最高裁前で街宣活動を行ったことは記憶に新しかろう。

東京地裁立川支部が明快な結論

 しかし、3回目の審査をひかえた平成22年4月28日、アニマルポリスと矢野、朝木にとってそれぞれに不都合な判決が言い渡された。千葉が「行動する保守」のリーダーの1人である西村修平を提訴した裁判で東京地裁立川支部は、「『東村山の闇』裁判において明代の他殺が認定された」とする矢野の主張について、次のように述べてこれを排斥したのである。

〈矢野及び直子らが本件転落死事件につき「他殺の可能性を示す証拠があると信ずるについて相当の理由がなかったとはいえないというべきである。」とするにとどまり、他殺の可能性を示す証拠があることが真実である旨認定するものではない〉

 またついでながら、アニマルポリスが最初に「他殺」の資料として提出した「フォーラム」裁判判決における上腕内側部の皮下出血の痕に関しても、

〈上腕部内側の皮膚変色部については、「明代の司法解剖鑑定書には他人と揉み合った際に生じることがある上腕内側の皮膚変色部が存在したことが記載されている」と記載するにとどまる。また別件訴訟の東京高等裁判所平成19年6月20日付判決(「エフエム東村山」裁判)も、本件上腕部内側の皮膚変色部が「他殺を疑わせる証拠となるようなものであること」が真実であるとは認定しておらず、矢野において、本件上腕部内側の皮膚変色部が「他殺を疑わせる証拠となるようなものであること」を信じたことについては「相当の理由があるというべきである。」とされたにとどまる。〉

 と述べて矢野と朝木の主張を否定している。「フォーラム裁判」の判決と「『東村山の闇』裁判」の判決のどっちを根拠にしようと、すでにいずれも「他殺の証拠とはいえない」と認定されているということである。6月11日に予定されている第3回審査をひかえたアニマルポリスと矢野にとってはタイミングが悪すぎたというべきだろうか。

 矢野と朝木にとっては、この判決によってアニマルポリスだけでなく「行動する保守」一行もさすがに事実すなわち矢野らの虚偽宣伝の実態に気がつくのではないかと考えたとしても不思議はない。アニマルポリスにしても、西村判決をもらえていれば、この判決が請願審査によくない影響を及ぼす可能性があることは理解できるはずである。

 アニマルポリスが西村裁判の判決をもらえたかどうかはわからないものの、情報ぐらいは入手しているのではあるまいか。アニマルポリスもそろそろ事態を理解してもいいと思うが、「行動する保守」一行がそうであるように、やはり妄想から解放されることは難しいのだろうか。

全員一致で不採択

 さて、第3回審査が行われた6月11日、委員会室にはこの日も請願人本人はもちろん紹介議員の矢野穂積も、朝木直子も姿を見せなかった。矢野、朝木にしてみれば、4月28日に言い渡された西村判決がよほどこたえていたのだろうか。あるいは当初から表に出る予定はなかったのか。

 審査では、アニマルポリスが2度目に送付してきた資料に基づき佐藤真和委員が意見を述べた。その内容は、「東村山の闇」判決で矢野の主張する「他殺が認定された」事実はないこと、また西村裁判判決でも「東村山の闇」判決に対する矢野の主張が否定されていることからも本件請願は不採択とすべきというものである(詳細は佐藤ブログ参照)。他の会派から異論は出ず、わずか10分程度でアニマルポリスの請願は不採択と決した。

 佐藤の意見に対して何らの異論も出なかったということは、つまり東村山市議会は明代の転落死が(万引きを苦にした)自殺であるという共通認識を持っているということでもあった。きわめて正常な感覚である。

 審査が終わり、私がエレベーターで降りようとすると、たまたまある委員と乗り合わせた。顔と名前はよく知っているが、ほとんど口を聞いたことのない議員である。私は「議員さんも大変ですねえ」と声をかけた。すると降りぎわ、その議員は私に向かって一言こういった。

「あれは自作自演ですよねえ」

 何のことかよくわからなかったが、私は特に問い返す必要を感じなかった。

(つづく)

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アニマルポリス請願事件 第4回
沈黙の意味

 6月18日の6月定例会最終日、本会議場で請願審査に関する委員会報告が行われ、アニマルポリスによる請願が委員全員一致で不採択になったことが報告された。当然、矢野が質疑を行うだろうとみられていた。ところが矢野は沈黙したままだった。矢野からは質問通告書が出されていなかったという。

 この請願は実質的には矢野自身というだけでなく朝木明代の名誉に関わる問題である。にもかかわらず矢野はなぜ黙っているのか。矢野を知る者からすれば、これはきわめて異例なことである。

 だから、佐藤は矢野に「やらないの?」と聞いた。すると矢野は、

「お仲間がまた敗訴したなあ。殺人の時効も廃止されたんだよ」

 と、請願とは無関係の反応をしたという。「お仲間の敗訴」については稿を改めようと思うが、「万引きを苦にした自殺」に殺人事件の時効がどう関係するというのか。確かなのは、矢野と朝木が万引き被害者を加害者呼ばわりしていることについてだけは、すなわち彼らの道義的責任、反社会的行為に対する時効はないということである。

 さて、この佐藤と矢野のやりとりから判明したのは、矢野が委員会報告に対して質疑の意思を持っていなかったこと、どうも請願については触れたくない様子であること――の2点である。

 矢野がこの請願によって「明代は殺された」とする発言の正当性が認められることを本当に期待していたとすれば、委員会を傍聴もせず、質疑もしないのはきわめて不自然である。しかし、最初から採択を期待していなかったとすれば、傍聴に来なかったことも質疑をしなかったことも一応理解できる。矢野の対応にはそれなりの一貫性がうかがえるのである。

「やらないの?」と聞く佐藤に対して話をそらしたのも、目的はともかく、最初から本気ではなかったことを悟られまいとする思いがあったのではあるまいか。一般に紹介議員がすべての請願に対して請願人と同等の責任を負わなければならないということはないだろう。しかし、今回の請願はほかでもない明代の死因についての問題である。紹介議員であるとはいえ、明代の万引きを否定しつづけている矢野が本気ではなかったなどということは彼らの支持者に対して、「行動する保守」一行に対して、もちろんアニマルポリスに対しても許されることではあるまい。

 しかしどう見ても、矢野の一連の対応を本気と評価することはとうていできない。矢野自身もそのことをよく自覚しているからこそ、「やらないの?」という佐藤の一言に対して論点をはぐらかすしかなかった、ということなのではあるまいか。不採択の報告に対して何の質疑もしなかった矢野の対応もまた、十分に矢野の真実を物語っていよう。

 遠い福島から送料を負担し、東村山までわざわざ書類を送り届けたのは何のためだったのか、アニマルポリスもよく考えてみるべきなのではないか。その上で、できればもう二度と私の前で仁王立ちしたり、千葉の顔を下から覗き込んだりするのはやめてもらいたいものである。

 私はまだいいとしても、千葉に対する侮蔑行為は、国会議員や警視庁内部の圧力に耐えて事実を曲げなかった一警察官の職務行為をあざ笑い、否定することにほかならない。なんらの調査もしていない者が、一方的に他人の人生を否定することは許されないということを知るべきである。

きわめて不適切な発言

 余談だが、この6月定例会でも、朝木直子の発言に関して削除が検討されるという出来事が起きていた。6月3日に行われた一般質問で朝木は市長の市民税徴収の姿勢について質した。市長は「滞納については厳しい態度で臨む」方針のようだが、これについて朝木は「すべての滞納者に対して区別なく厳しい対応をするのは人としてどうかと思う」とする趣旨の発言をしたのである。

 市長は答弁で朝木が使用した「人としてどうか」との文言を問題視、議長に対してすみやかな対応を求めた。渡部市長がこれほど色をなすのはめずらしいことである。議会は行政について議論する場であり、人格を問う場所ではない。「人としてどうか」とは市長の人格に疑問を呈するものと受け取られる可能性もあり、市長が無視できないと感じたとしても無理はない。議会の場においては不穏当であり、不適切な発言であると私は思う。

 議長は答弁終了後ただちに休憩を宣言し、議会運営委員会が開かれた。再開後、議長は特に名指しはせず「発言は議会としての品位をもって行うよう注意していただきたい」とする一般的注意にとどめた。「人として問題がある」とまでは断定していないこと、またこれ以上の混乱を招きたくないという思いも多分にあったのだろうと推測している。

 議長の注意を聞いた議場内は野次が飛ぶでもなく、反応は静かだった。朝木が市長に対して「人としてどうか」と発言したことについては、議員各個や傍聴人にはそれぞれ思うところがあったかもしれない。しかし、その思いを軽々しく口に出すことは、朝木と同じ浅慮に陥ることになりかねないのだった。

 今回の朝木の不適切発言に対して一般的注意にとどめた東村山市議会の対応はやむを得まい。しかし議長の注意を聞いた議員は、その注意に重い意味が含まれていることを十分に理解したはずである。

 なお、矢野と朝木がこの東村山市議会の対応をどう受け止めたかについては定かではない。

(了)

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東村山市議会傍聴記(平成26年12月-1)
恒例の「抗議」

 平成26年12月3日、東村山市議会ではこの日から一般質問が行われた。質問は朝木明代の万引き事件と議席譲渡事件で知られる矢野穂積、朝木直子が所属する「東村山を良くする会」(代表=奥谷浩一)から始まった。午前11時40分になろうとするころ、朝木直子の順番が回ってきた。肥沼議長は昼の休憩に入るかどうか一瞬考え、すぐに「続けましょう」と議事を進めた。

 朝木は「質問時間制限に抗議して」と恒例の前置きをしてから、質問を始めた。行政をいたずらに遅滞させることはできないから、当然、議会の決議も不必要に遅れるようなことがあってはならない。したがって議員による質問も時間無制限というわけにはいかないから、東村山市議会では会派の人数に基づいた持ち時間を設けることが議決されている。

 その時間制限に「東村山を良くする会」の朝木と矢野は反対し続けている。2人以外では共産党も採決の際に全員反対しているが、共産党が一般質問の中で「反対」を表明することはない。なお、4人で構成する「東村山を良くする会」は、矢野、朝木以外の2人は時間制限に反対していない。「東村山を良くする会」とは、他の議案裁決においてもたびたび賛否の割れる常識外の会派なのである。

 矢野と朝木が一般質問の冒頭で質問時間制限に抗議する光景は「草の根市民クラブ」時代から10年以上繰り返されている。一般質問で「抗議」したところでどうにかなるものでもなく、彼らが「時間制限」についてそれ以上論陣を張ってみせるわけでもない。

 また彼らもそういいながら、現実的には「時間制限」に従っている。つまり限られた時間の中で、何の効果も生まない発言を繰り返すということは、時間を制限するなといいながら、自ら自分の質問時間を制限する結果にしかならない。彼らの「抗議」に対して議長がたびたび「質問をしてください」と促すのも当然だった。

 何のための「抗議」なのか、矢野と朝木の考えはやはり通常では理解しがたい。言い換えれば、この発言は矢野と朝木の特異性を表している。

理解を超えた質問

 さて、朝木は「抗議」に続いて「秋水園リサイクルセンターに関する諸問題」と、市内の中学生が「失神ゲーム」で逮捕された件の2つのテーマについて質問を行った。矢野と朝木はリサイクルセンターの建設についてかねてから反対の意思を示していた。

 最初の質問は、「ビン缶の収集について、現在のビニール袋に入れて収集する方法からゴミ袋に入れない方法に移すことはできないか」という趣旨で、ここまではまだ普通だった。ところが次の質問になると誹謗・中傷記事を満載した彼らの政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』の編集長らしい詰問、追及調を取り戻した。

 リサイクルセンター管理棟の建設をめぐり、当初落札した会社が直後に倒産し、事業の遂行ができなくなるという事態が起きていたという。朝木は市幹部に対し「その会社がすぐにも倒産するような会社であることがわからなかったのか」と追及したのである。幹部はもちろん「そのことは予測できなかった」と答弁するほかなかった。

 朝木はその答弁に不満だったらしく、同じ質問を繰り返した。しかし当然だが、返ってきた答弁は同じだった。企業に倒産の恐れがあるかどうかは、よほど内情に精通していなければわかることではあるまい。

 朝木は倒産を予測できなかったことが市のミスだといいたかったのか。そういうことならそれなりの根拠を示すべきだと思うが、それもない。これでは市を責めることを目的にした質問とみられても仕方があるまい。

保身に聞こえた答弁

 もう1つの質問は、平成26年10月に中学3年の男子生徒に「失神ゲーム」という行為をしたとして警視庁が暴力行為法違反の疑いで市内の中学生を逮捕した事件について。質問の趣旨としては「事件発生から逮捕に至る経緯と教育委員会はどのような対応をしたか」というものだった。質問と答弁を聞いて私なりに感じたのは、朝木が確認したかったのは、被害者側、加害者側の生徒への対応を含め、教育委員会としてこの事件にどう関わったかということのようだった。

 報道によれば、事件は被害者生徒の親族が警察に被害届を提出したことで事件化した。刑事事件になったことで、事件は警察の手に委ねられた。ただ、それによって事件として片づいても、教育問題として捉えた場合、どうしてそんな事態に発展したのか、教育現場は理解しておく必要があろう。

 教育委員会は事件をどう把握しているのか、またそれを今後にどう生かそうと考えているか。朝木はその点を聞きたかったようである。

 ところが担当者の答弁はどうも歯切れがよくない。教育委員会がどう対応したかについて、私には担当者の答弁が最後までリアリティーをもって感じることができなかった。

 また担当者が事件を「いじめ」ではなく「暴行事件」と明確に区別したこと、「この件に関して教育委員会は警察と一体」と述べたことにはやや違和感を覚えた。「もはや教育委員会が対応すべき問題ではない」(=だから、教育委員会には責任がない)といっているように聞こえたのである。

 朝木の質問はいつものように尋問調、詰問調で、担当者は必要以上に保身的な答弁になったのかもしれない。しかし所管としてなんらかの方針を持ち、それに従って的確な対応をしたのなら、何も臆することはないのではあるまいか。所管の答弁はその場しのぎの印象を免れなかった。

自ら質問時間を制限

 一方、そんな所管に一言いいたかったらしい朝木も、最後は詰めの甘い終わり方となった。朝木が最後の質問をしようとした際、質問の仕方について後方の公明党議員からクレームの不規則発言が飛んだ。すると朝木は後ろを振り返って反論し始め、朝木の一般質問はそのまま尻切れとんぼに終わった。

「時間制限に抗議」などと質問時間を浪費しなければ、あるいは最後の質問も可能だったかもしれない。いずれにしても、あまり恰好のいい終わり方とは思えなかった。

 議会は昼の休憩に入った。傍聴席から議員控室前のロビーに戻ると、そこでは朝木が不規則発言を行った公明党議員に食ってかかっていた。貴重な時間を自ら浪費している自分を顧みるのが先決だと思うが、朝木にそんな期待をする方がよほど時間の無駄なのだろう。

(つづく)
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東村山市議会傍聴記(平成26年12月-2)
再び出てきた「越境通勤市議」

 この日の一般質問は、かつて朝木明代の万引き事件でアリバイ工作を共謀した今はなき「草の根市民クラブ」の矢野穂積(「東村山を良くする会」=代表・奥谷浩一)、の質問に注目していた。矢野は「東村山市議会に越境通勤市議がいる」とする内容の通告書を提出していた。

 名指しこそしていないが、矢野はこの議員が東村山に生活の本拠がないと主張したいようだった。東村山に生活の本拠がないということになれば当然、この議員には東村山市議の資格がないことになる。事実なら大変な事態だが、矢野がいう「越境通勤市議」とは誰のことを指しているのか。

 東村山市議の任期はあと半年である。平成23年4月に行われた選挙の際、その半年ほど前に近隣市から転入してきた人物が立候補し、当選したことは周知の事実だった。仮にその議員の住所に問題があるとすれば、矢野がそのことを知ったのは最近のことなのか。偶然かどうか、当選して市議になった直後ではなく3年半もたった、半年後には選挙を控えるという時期になり、矢野が現職市議の議員資格を左右する「住所」を問題にしたのはこれが初めてではない。

 矢野が最初に「越境通勤市議」の文言を使用したのは平成18年秋、佐藤真和市議に対してだった。

〈前代未聞の「越境通勤市議」!! 佐藤市議、日野市内で生活 公選法違反・詐欺登録罪の疑惑〉

 ――矢野は佐藤に関してこんな見出しのビラを東村山市内外にばらまいた。

 矢野が佐藤を「越境通勤市議」(=「もともと東村山市に生活の本拠がなく、被選挙権がないから、佐藤には東村山市議の資格がない」という趣旨)と宣伝したことについて東京地裁は平成23年1月24日、上記ビラなどの表現が名誉毀損にあたると認定したものの、矢野の不法行為責任を否定する判決を言い渡した。しかしこれは矢野が主張していた「越境通勤市議」の真実性を認めたのではなく、矢野がそう信じたことについて相当の理由があったと認定したからにすぎなかった(したがって、この判決以後、同じ理由によって佐藤に関して「越境通勤市議」と宣伝すれば、今度は不法行為責任が認められる可能性が高い)。

 矢野は佐藤には東村山市の被選挙権がないから、当選も無効だと主張していた。当然、矢野が主張する「越境通勤市議」という表現に相当性が認められたとしても、それによって佐藤の議員資格がなくなるわけがない。矢野は佐藤に対して「越境通勤市議」などと主張したが、結局佐藤の議員資格を失わせることできなかった。その意味で、最初の「越境通勤市議」をめぐる争いは矢野の実質的な敗北に終わったということになる。あるいは今回の質問は、矢野が負けたことと関係があるのだろうか。

「住所」に特別な執着

 ところで、市会議員の「住所」をめぐり、日本の選挙制度そのものを危うくする問題を最初に引き起こしたのは矢野と朝木直子である。彼らの場合は東村山に転入したのではなく、平成7年4月に執行された東村山市議選で当選した朝木直子が、千葉県松戸市に架空の転出をして自ら被選挙権を喪失させ、当選を放棄した。何が目的だったのかといえば、次点で落選した矢野を繰り上げ当選させるためだった。これこそ本当に「前代未聞」の、有権者の意思を踏みにじった有名な議席譲渡事件である。

 東村山市選管は朝木が東村山市外に転出し、東村山の被選挙権を喪失したと判断、矢野の繰り上げ当選を決定した。しかしその時点で、朝木は本当に松戸市に生活の本拠を移していたのか。

 朝木は平成7年4月末から5月末までのわずかひと月の間に、松戸市内で3回もの転居を繰り返していた。「民意を愚弄する暴挙」と市選管の決定に異議を唱えた市民ら(「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」)は、転居先と称する住所地を直接訪ね、朝木が実際に生活しているかどうか調査を行った。すると、どうも生活実態がないらしいことがわかった。朝木が松戸に引っ越したと主張していた日の翌日の夜に東村山市民が朝木の自宅に電話をかけたところ、朝木が電話に出て会話を交わしたという事実もあった。

 矢野はいったんは繰り上げ当選が認められて東村山市議の地位を得た。しかし最高裁が矢野の繰り上げ当選を無効とする判決を下し、最終的に矢野は東村山市議の地位を失った。最高裁が繰り上げを無効と判断したのは、朝木が生活の本拠を移したと主張した松戸の住所で生活していた実体はないと認定したことによる。矢野と朝木によって引き起こされた議席譲渡という前例のない反社会的な企みは、市民の地道な調査によって食い止められたのである。

 矢野と朝木は彼らを追及した市民に対してそのことで逆恨みしていたフシがある。佐藤に対して「越境通勤市議」とするキャンペーンを始めたあと、朝木は知り合いの市民にこういったという。

「私たちがやられたことを、やり返しているのよ」

 と。矢野の繰り上げが無効となった当時、佐藤はまだ東村山市民ではなく、矢野からやり返される理由はない。しかし朝木の口からそんな言葉が出てきたのは、市民によってようやく手に入れた市議の座から引きずり降ろされたことを屈辱としか考えていないことの裏返しである。彼らには反省も市民に対する謝罪の気持ちもさらさらないということをよく表していた。

(つづく)
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東村山市議会傍聴記(平成26年12月-3)
思わせぶりな一文

 矢野が再び市議選の半年前という時期に、一般質問で真実性・相当性がなければ名誉毀損となりかねない「越境通勤市議」という文言を持ち出し、〈越境通勤市議はゆるされるか〉と題する質問をするという。通告書には、何がいいたいのか、今回の質問とは直接には関係のないこんな一文も付け加えていた。

〈数年前にも越境通勤市議がいるというので、問題になったが、このような人物が再び出てきたということか。〉

「数年前」の話は矢野と朝木が騒いだだけだし、裁判所は「越境通勤市議」と呼ぶことには真実性はないと認定している。まして質問通告書からは、矢野が問題とする議員は佐藤ではないことがうかがえる。にもかかわらず矢野はなぜ、今回の質問とは無関係の佐藤を連想させるような文言をあえて加えたのか。すでに裁判所が真実性を否定した佐藤の件についてもついでに蒸し返そうとしていたのだろうか。

「妻子」の存在と「生活実体」

 さて、矢野は「まず質問時間制限に抗議して」と朝木と同じく意味のない前置きをしたあと、こう切り出した。



矢野  東村山市の住人でなかった人物が、今期の市議会議員選挙の半年前に、単身、東村山市内の廻田町に転入手続きをとった。一見、3カ月の住所要件を満たしているようにみえますが、この行政境を越えて接するところにご自分の自宅を持ち、妻子が住んでいる。要するに生活の本拠を当市の直近の位置に有していながら、3年半前の市会議員選挙に出るということはできるのか。

 生活の本拠である住所を持っていなければならないということだと思うんですが、その「生活の本拠」とはどういうふうに理解したらいいんですか。



 公選法では、被選挙権は「引き続き3カ月以上区域内に住所を有する者」となっているだけで、近隣市に妻子が住んでいる自宅があるという理由で被選挙権は認められないなどとする規定はない。公選法は、公職に立候補しようとする区域に住所を置いているかどうかだけを被選挙権の条件としているように思える。

 今期の任期が始まった当初、この議員が半年前に東村山に転入してきたことは市議会の中ではすでに話題になっていたと聞く。しかしこの議員について東村山市内の住所が公選法との関係で問題にされたことはない。

 矢野はこの議員が選挙の半年前に転入したことをこれまで知らなかったのだろうか。あるいは松戸に住民票を移動したと主張していた朝木に生活実体がなかったように、この議員もまた、現在もなお、東村山市内に生活本拠を置いていないと主張しているのだろうか。

「生活の本拠」とは何かについて、東村山市選管はこう答弁した。



選管事務局長  生活の本拠であるか否かの認定は、客観的事実を基礎とし、これに当該居住者の主観的居住意思を総合して決定することとされています。解釈としては客観的事実を重視すべきである、とあります。……住所の有無は各種の実情を斟酌し、個々に定めるほかないと考えております。



 市選管もまた、当該市議が東村山市に住所を置いているかどうかだけが問題で、近隣市に妻子が住んでいる家があるかどうかは特に問題にしていないようである。しかし矢野はそうは考えていないようだった。矢野はこう聞いた。


 
矢野  単身者の場合ですね、その人はどこに住むかはその人の考えで決まる、しかも住んでるところが住所、そういう言い方はできるんでありますが、ご当人に妻子がいて、自分の居住する家があるような場合に、生活の本拠というのはどういうふうに理解しますか。



 近隣市に妻子が住んでいる自宅があるという事情は、東村山市内の住所を認定するにあたり考慮の対象となるのか。矢野の再度の質問に対して所管はこう答えた。



選管  個々具体的に定めるほかないのかなと思います。その方がいまいわれた場合でも、生活の本拠が、たとえ奥様がほかのところにいても、こちらで生活しているということが客観的にいえれば、そこが住所と認定されるというふうに考えております。



 市選管としては公選法で定められた範囲で判断するほかなく、あくまで本人の生活実体だけが問題という立場であるのは致し方ないのではないかと思う。

担当者の気遣い

 しかし矢野はさらに聞いた。



矢野  客観的にいえるのは、その場所で生活してればいいんですか。具体的に60歳を超えているような場合に、どういう判断をするんですか。本来、同居世帯を構成している者が、ことさら世帯を分けて、妻の方は、夫の方と別々に住所を持つという場合に、これは生活の本拠という場合、これはどういう解釈をしたらいいんですか。



 矢野は今度は、「妻子が住む実家」に加えて「60歳を超えた年齢」という新たな条件を加えた。その場合には、生活実体が疑わしいと主張しているのだろうか。「法律に詳しい」矢野にしては、やや論理性に欠ける主張のように思われた。矢野よりは30歳以上若いと見える担当者は淡々とこう答えた。



選管  個々の具体的な例を見て定めるほかないということです。この段階でどうこうとはいえないと感じております。

 担当者は「『近隣市に妻子が住む実家があること』や『60歳を過ぎていること』が東村山市の住所に生活の本拠を置いていないことの根拠になるわけがないでしょ」といっているのだった。そうはっきりいわないのは、年長者に対する気遣いでもあろうか。

 東村山市に生活の本拠を置いていないとする具体的な根拠を示せない矢野は、ついにわけのわからない話を持ち出すしかなかったようである。



矢野  本件の場合もそうですが、過去になんだか別居して、離婚が間近いというような、そういうことを公言しながら、しばらくしたら元の鞘に収まって一緒に住んでると、いうような中で生活の本拠が問題になったケースがありますが、……今度も問題になるんじゃないですか。

 矢野のいう別の「ケース」とは何を意味するのか。佐藤の話を蒸し返したいが、はっきりわかるような形ではいえない矢野の事情がうかがえた。いずれにしても、現職議員を問題にしておきながら最後に別の話を持ち出さざるを得ないとは、どうみても矢野の敗色濃厚である。

 矢野の一般質問はそのまま時間切れとなり、議長はこういって質問を終わらせた。

議長  問題になりませんよ。

 議会の公正かつ円滑な進行を管理すべき議長が、議員の質問内容に踏み込んだ感想を洩らすとは異例だった。

 そもそも議席譲渡裁判で矢野は「生活の本拠」の定義について知悉していよう。矢野の繰り上げ当選を無効と判断した最高裁が述べた「生活の本拠」の定義は担当者の説明と同じである。

 矢野の質問が終わって控室前に戻ると、そこに朝木が通りかかった。すると朝木明代の万引き事件を捜査した元東村山警察署副署長の千葉英司がこう声をかけた。

「居住実体のことを矢野に教えてやれ」

 かつて「実体としても引っ越している」と主張しながら、最高裁から居住実体を否定された朝木からは何の返答もなかった。とても人の生活実体をあれこれいえる立場でないことだけは理解しているのだろう。

(了)
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東村山市議会がヘイトスピーチの禁止の法整備を求める意見書採択
切っても切れない関係

 平成26年12月18日、東村山市議会は最終日を迎えた。この日の議案予定表の最後には、議員提出議案(「ヘイトスピーチ(憎悪の煽動)に反対し、拒絶のための法整備を求める意見書(案)」)の採決が行われることが記載されていた。

 在特会や「行動する保守」Aらの右翼とその支持者らは全国各地でヘイトスピーチとデモを繰り広げている。したがって、ヘイトスピーチに反対するとは事実上、在特会や「行動する保守」が行っている運動に反対するということであり、彼らを敵に回すということでもある。

 東村山と在特会、「行動する保守」はまんざら知らない間柄ではない。平成20年9月、当時はまだ無名だった在特会の桜井誠、「行動する保守」A、「主権回復を目指す会」の西村修平、「政経調査会」の右翼M、浦安の行政書士らが東村山駅東口で一堂に会した。彼らは創価学会に対する誹謗中傷を行い、ハンドマイクで「万引き事件を捏造した」などと騒ぎながら市民の店に大挙して押しかけ、雑言を浴びせた(=洋品店襲撃事件)。

 この東村山における街宣活動のネタを提供したのが、東村山市議の矢野穂積と朝木直子(現「東村山を良くする会」)だった。私の知るかぎり、それまで別々の団体名を掲げて活動していた右翼らは、結果として以後、一体となって多くの差別的街宣やデモを行うようになった。

 翌平成21年には、「行動する保守」らが東村山市議会本会議場にも顔を出した。彼らはビデオカメラで議場を撮影し、インターネット上に公開した。ところが、その動画には傍聴席が映り込んでおり、傍聴者が確認できる状態になっていた。右翼らは意図的に傍聴席が映り込む角度で撮影していたのだった。傍聴人に対する嫌がらせであることは容易に推測することができた。

 当時、東村山駅前での街宣に参加した者の1人が矢野の控室に出入りしており、その仲間が集まって矢野が発行したビラの配布活動をした事実もある。配布場所まで彼らを車で送り届けたのは朝木直子だった。

 それほど矢野、朝木と今回の意見書によって批判対象とする者たちは親密な関係にあった。以後も、「行動する保守」らは毎年のように東村山で街宣活動を繰り返し、平成26年8月31日にも「行動する保守」Aが東村山駅東口で矢野が提供したネタをもとにデマ街宣を行ったばかりである。

「行動する保守」Aはその街宣で、「この街宣は矢野さん、朝木さんとは無関係」であると強調したが、街宣の内容は矢野、朝木が流したデマをそのままなぞるものにほかならなかった。つまり「行動する保守」Aがその街宣と矢野との関係をいかに否定しようと、「行動する保守」Aの主張が矢野のデマに基づくものであるかぎり、矢野との関係は切っても切れないのである。

かなり不自然な釈明

 しかも、街宣と矢野、朝木との関係を否定する「行動する保守」Aの釈明が5分におよぶ執拗なものだったことはやや不自然に思えた。

 平成20年9月1日、「行動する保守」Aらが矢野と朝木とともに「朝木明代謀殺事件の真相を究明する」などと称する街宣活動を行って以後、右翼らは顔ぶれは異なるが、今回を含めて5回以上の街宣を行っている。

 一方、在特会や「行動する保守」によるヘイトスピーチは年を重ねるごとに社会的批判を浴びるようになってきた。そのような者たちと協力関係にあるとみられることは選挙にも大きなマイナスとなる――矢野がそう考えてもなんら不思議はない。矢野にとって正直なところ、選挙の半年前に「行動する保守」Aが東村山で街宣活動を行うことは迷惑な話だったのではあるまいか。そうでなければ、矢野と朝木が街宣に参加しない理由はない。

 ただ参加しなかったとしても、それだけでは「矢野と朝木がやらせている」と世間はみるだろう。そこで矢野は「行動する保守」Aに対し、「矢野、朝木とは無関係」と街宣で表明するよう依頼したということではないかと推測していた。

いっさい答えなかった矢野

 本当のところはどうなのか。採決の日の昼休み、議員控室前で矢野が私の方に歩いてきたので直接聞いた。

――矢野先生、瀬戸さんに協力しないんですか?

 矢野は何も答えないまま私に背を向けて、あらぬ方向に行こうとした。仕方なく私は追従してさらにこう聞いた。

――街宣で「関係ない」といわせたんですか?

 すると矢野はようやく一言だけ口を開いた。

矢野  お前と話しているヒマはないんだよ。

「行動する保守」Aが街宣をした日、私にいったセリフ(「あんたには用はないんだよ」)によく似ていた。矢野が「行動する保守」Aにそんなことはいっていないというのなら、「いっていない」と一言そういえばいいのではあるまいか。かつてあれだけ利用し、襲撃事件まで引き起こしておきながら、都合が悪くなると知らん顔を決め込もうとしているように私にはみえた。

今も襲撃事件を容認

 午後2時過ぎ、「ヘイトスピーチ(憎悪の煽動)に反対し、根絶のための法整備を求める意見書」の提案議員の1人である佐藤真和が提案理由の説明に立った。矢野は今期の一般質問で佐藤を「越境通勤市議」などと誹謗中傷している。その佐藤の提案に矢野は賛成するのか。

 佐藤に対する質問はなく、ただちに採決に入った。すると矢野も朝木も、なんらためらう様子もなく起立、賛成したのである。こうして東村山市議会は、在特会や「行動する保守」らが全国で行っているヘイトスピーチを排除するための法整備を求める意見書を全議員の賛成で採択した。

 矢野から「関係ない」といわせられたらしい「行動する保守」Aはその日、東村山市内の別の場所でりんごを売ると伝えられていた。ちょうどその日、販売場所から数キロ離れた東村山市議会では矢野と朝木が自分たちを否定する決議に賛成していたとは、かつてはあれほど親密だった「行動する保守」Aの心中やいかばかりだっただろうか。

 意見書の採択後、佐藤のもとには在特会支持者から抗議が寄せられているという。しかし採択したのは佐藤だけではない。仲間と思っていた矢野も朝木も賛成したのだから、彼らにも理由を聞くべきだろう。

 こうして矢野は、表面的にはヘイトスピーチに反対し、在特会や「行動する保守」Aの主張を否定する意思を示した。しかしだからといって矢野が、彼らを全面的に否定しているかといえばけっしてそんなことはない。

 矢野は洋品店襲撃事件について、現在も、あたかも千葉が洋品店に待機していて、右翼らに口を出したことが騒ぎの原因だと主張している。しかし、右翼らが洋品店に向かって大声で誹謗中傷していたから千葉が出ていって抗議したというのが事実であることは明らかである。

 つまり矢野は事実を曲げてまで、いまだに在特会や「行動する保守」の襲撃事件を擁護しているのだった。「襲撃事件」をなかったことにすることは、千葉だけでなく被害者である洋品店の人権を無視するということにほかならない。

「襲撃事件」の責任が右翼らにあることを否定しなければ、最終的にその責任は右翼らをそそのかした自分にはね返ってくることを矢野はよく理解しているのだろう。保身のためなら他人の人権を蹂躙することもなんらいとわない矢野と朝木の本質になんら変わりはないのである。

(了)
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東村山市議会傍聴記(平成27年6月--その1)
 4月に行われた市議選をへて新しい顔ぶれとなった東村山市議会平成27年6月定例会はさる6月25日、最終日を迎えた。議場には「草の根市民クラブ」の矢野穂積の姿もあった。

 議員なのだから当たり前だろうと思われるかもしれない。しかし実は、この6月定例会では、矢野が議場にいるのは当然とは必ずしも思わせない出来事が起きていた。矢野にとって絶対にあってはならない事態でもあった。しかも、それはどうも前期の平成27年3月定例会最終日から続いている状態のようだった。

議長以外は知らない不思議

 平成27年3月定例会の最終日、矢野は午前中は普通に本会議に出席していたが、昼の休憩を挟んで再開した午後の会議には姿を現さなかった。欠席の場合には倒される議席の名札は立ったままで、矢野の不在理由について議長からは何の説明もなかったから、出席していた議員たちは矢野が議場に戻ってこない理由を知らなかった。のちに議会事務局に確認したところ、その日の本会議が始まる前、矢野は議長に対して「通院のため午後の会議を欠席したい」旨、届け出ていたという。

 東村山市議会会議規則には、議員が本会議を欠席する場合には、事前に議長に届け出ることが定められている。したがって、3月定例会の最終日に矢野が早退したことは、ルール上は特段問題視されるようなことではない。

 しかし、議員席の名札は、本人が早退したにもかかわらず立ったままで、しかも他の議員が、その議員がいない理由もわからないという状況はどうなのだろうか。もちろん議場にいる議員にわからないことが傍聴人にわかるわけがない。名札が立ったままでは、他の議員だけでなく傍聴人も、「そのうち帰ってくるのだろう」と思ったとしても不思議はない。しかし矢野は、帰ってはこなかったのである。

 議場内にいるべき議員がいないことについて議長が議場内になんらのアナウンスもせず、そのことについて他の議員からなんらの確認もないというのもほめられたことではあるまい。「草の根」の矢野や朝木だけでなく、議員が本会議中にたびたび席を外すのは珍しいことではない。

 また矢野が「特異な議員」と認識されているという事情は理解できないではない。しかしそんな事情は矢野の実像を知らない市民には理解できないし、やはり名札が立ったまま議員本人がいないことについては不可解な思いだけが残ろう。「傍聴に来てください」と市民に呼びかける一方で、傍聴者には理解できない状況が議場内に生じるようなことは避けるべきではあるまいか(名札が倒されていれば、欠席ということぐらいはわかるだろう)。

議員の病欠を非難

 矢野が早退(午後欠席)した事実とその理由を本会議の場で明らかにしておくことにはもう1つ重要な意義がある。矢野は前期の任期中に体調不良で長期にわたって欠席がちだった議員に対して口を極めて非難するとともに辞職を迫っており、『東村山市民新聞』でも同様の内容を市民に宣伝していた。その矢野が体調を理由に本会議を早退するのは、それまでの主張に矛盾することになる。

 他の議員の病欠については非難しながら、自分は体調不良を理由に本会議を早退したという事実を矢野は公人として明らかにしなければならない。矢野が体調不良を理由に本会議を早退した事実を議会で明らかにするとはそういうことでもある。

 もちろん本会議場にいる他の議員が、矢野がそれまで欠席した議員に対してどんな誹謗を続けてきたかを知らないことはない。だから、なぜたった1人の議員も、矢野が議場に帰って来ない理由を議長にたださなかったのか、私には不思議に思えた。

白いリストバンド

 市議選後の5月19日に開かれた臨時議会には矢野も出席した。臨時議会では議長選挙や各委員会への所属などが決められる。この間、議員は何度も名前を呼ばれるが、「草の根市民クラブ」の矢野穂積と朝木直子の2名だけは1度も返事もしない。よくわからないが、これが彼らのプライドなのだろうか。東村山市民は議場で名前を呼ばれても返事もしない人物に民意を負託したということになろうか。

 ところで、3月定例会の最終日に体調不良を理由に午後の議会を欠席した矢野は、それから1カ月近くたち、めっきり痩せたように見えた。右手首には上着の袖から白いリストバンドのようなものがのぞいている。よく入院患者がつけるタグのようでもある。3月議会最終日の早退とかなりの痩せ具合となにか関係があるのだろうか。

 5月1日の議員任期開始の日、議員が本会議場に集まって集合写真を撮影した。その写真を見ると、矢野だけが映っていなかった(現在、東村山市議会のホームページに掲載されている写真ではない)。朝木は前列のほぼ中央に座っているが、矢野はその日、出席しなかったようだった。

 その理由は定かではないが、やはり体調と関係があったのではないか……。そう思わせる事実が6月定例会の会期中に起きた。一般質問の2日目が行われた6月8日午後、またしても矢野は「体調不良」を理由に早退したのである。

 その日の午前中は私も傍聴していたが、矢野に特段変わった様子はないようにみえた。ところがのちに聞くところによると、その日の朝、矢野が体調面になんらかの不安を抱えているのではないかと疑わせる出来事が起きていたのだった。

(つづく)
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