FC2ブログ
ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

東村山街宣事件控訴審判決(その1)
弱々しい抵抗

――不当判決だ。社会通念上許されない。当然、上告します。

 平成23年4月21日午後2時。東京高裁824号法廷で右翼Mの声がむなしく響いた。その声はあまりにも弱々しく、よく聞き取れないほどだった。傍聴席にいた支援者らしき女が 一言だけ右翼Mに呼応したものの、それに続く者はなく、法廷内はすぐに静まり返った。

 東村山市議の矢野穂積、朝木直子(「草の根市民クラブ」)と結託、東村山市内などで行ったデマ街宣により名誉を毀損されたとして、創価学会が右翼Mと浦安の行政書士(いずれも「行動する保守」と称する右翼グループの活動に参加していた)を提訴していた裁判で東京高裁は平成23年4月21日、連帯して110万円の支払いおよび街宣禁止を命じた一審判決を支持し、右翼Mと行政書士の控訴を棄却する判決を言い渡した。

 判決言い渡しを聞いた右翼Mは、抗議してみたものの、抗議したからどうなるものでもないことはよくわかっていたし、脅しや大声が通用する世界でもないことを理解していたようにみえる。傍聴に来てくれた支援者の手前、何か抵抗しなければ恰好がつかなかったというところだろう。

 一審で右翼Mは元暴力団組長に対する証人申請が却下されると裁判官の壇上に駆け上がって裁判官を追いかけ、裁判官専用出入り口のドアノブに手をかけた。自らの主張を容認しなかった裁判官に対して実力を行使しようとするもので、裁判制度の根幹を揺るがしかねない異常な出来事だった。

 以後、東京地裁は「行動する保守」関連裁判では厳戒態勢を敷き、一審の判決言い渡しの法廷では屈強な警備員が2名、裁判官の脇を固めた。右翼らの襲撃に備えたものであることは明らかで、右翼に対する裁判所の強い意思を示すものでもあった。

 女傑Mなど傍聴にやってきた数人の支援者も、いかに判決に納得がいかなくても、法廷で大声を上げても無意味であることを学習したものとみえる。ただ彼らにとって、判決をすべて理性で受け止めるのはまだ難しかったようである。その腹いせか、女傑Mはそばにいたジャーナリストに絡み、右翼Mは法廷の壁を殴りつけていたという。彼らはまだ世の中の仕組みと折り合いがつけられないらしい。

右翼と矢野との親密な関係

 平成20年夏、朝木明代の万引きを苦にした自殺をめぐり、「(宗教団体による)他殺」と主張する東村山市議、「草の根市民クラブ」の矢野穂積と朝木直子によるデマを盲信し、積極的な街宣活動を展開する珍しい勢力が突如出現した。「行動する保守」Aなど複数のグループを糾合した「行動する保守」と称する一団である。

「行動する保守」Aらのシンポジウムに招かれた矢野と朝木は明代の「万引き冤罪」と「他殺」を主張。平成20年9月1日には右翼が東村山東口駅前で明代の転落死事件の「真相究明」を求める集会を開催し、集会の最後には矢野と朝木も駆けつけた。この日、右翼らは「万引きは捏造だ」とする矢野と朝木の主張に触発されたのか、万引き被害者の店に押しかけ「万引き捏造を許さないぞ」などの罵声を浴びせるなどした。いわゆる「行動する保守」による「洋品店襲撃事件」である。

 同年11月16日には右翼らが再びシンポジウムを開催、矢野は右翼らに向かって明代の万引き被害者に対して電話をかけろなどと煽動した。すでに彼らの一部が被害者の店に押しかけて罵声を浴びせている事実からすれば、嫌がらせが繰り返される可能性が高いとみられた。現実にその後、被害者の店には不審な電話が相次いだ。

 こうして矢野と朝木は「行動する保守」と称する右翼グループと急速に関係を深めていった。翌平成21年3月議会には右翼が傍聴に訪れ、傍聴人をビデオで撮影するなどして物議をかもしたこともある。

 問題となったいわゆる東村山街宣は右翼グループと矢野・朝木が関係を深める中で行われたが、その直前には右翼らが矢野と朝木の発行する政治宣伝ビラの配布活動に従事していたとして右翼Mは控訴理由書の中で次のように述べている。

〈当時の状況として、……(行政書士)と共に十数人のメンバーで東村山・東大和両市内においてミニコミ紙(矢野の政治宣伝ビラ=筆者)を各家庭のポストに投函する活動を実施していた。この活動は、(行政書士らが)……矢野穂積東村山市議、故朝木明代の長女である朝木直子東村山市議が発行する「東村山市民新聞」「北多摩新聞」を各家庭のポストに投函することで、部数に応じて代金を受け取るという有料ボランティア活動であり、(行政書士ら)は既に2週間ほど続けていたものである。〉

 右翼Mによれば、矢野と朝木は右翼らに代金を支払ってビラを配らせていたということになろうか。右翼Mが行政書士らとともに東村山で問題の街宣を行ったのはその直後である。矢野の関与について右翼Mはこう述べている。

〈(行政書士から)「Mさん、矢野さんからの伝言ですが、『当たり屋に気をつけてください』、と言うことです」、と言われた。……この一言を聞いて(右翼M)としては、本日の宣伝活動は被告K(行政書士)が矢野穂積の承諾を得て実施しているものであると理解した。〉

 この街宣には矢野も朝木も姿をみせていない。しかし右翼Mは、行政書士の背後で矢野がなんらかのかたちで関与していたとみていたようである。右翼Mは思い込みが強い傾向があるので、上記「理解」については少し割り引いて受け止める必要があろう。ただ、矢野の承諾があったかどうかはともかく、街宣の内容からして右翼Mらが矢野と朝木のひとかたならぬ影響下にあったことは疑問の余地がない。

「認識」と「現実」の間

 さて後に詳述するが、右翼Mは控訴審で「行動する保守」Aが「聞いた」とする「内部告発」の存在を根拠に明代の「他殺説」を主張した。少なくとも右翼Mは「行動する保守」Aが主張する「内部告発」を真実であると信じていた。

 一方、右翼Mの絶大な信頼をよそに、「行動する保守」Aは千葉との裁判で「内部告発」の立証からさっさと手を引き、千葉の要求をほぼ丸飲みする条件での和解が成立している。千葉のもとに送付された和解調書には、平成23年4月25日付で、それが「正本」であることを証明する旨の書記官の署名が付されている。和解が成立していることは、争いようのない客観的事実である。

 ところが仄聞するところによれば、「行動する保守」Aは「千葉との裁判はいまだ係争中との認識」という。「認識」は「認識」でよいが、その「認識」が客観的事実と一致しているという証明はない。

 そもそも「行動する保守」Aの「認識」など、どうでもいい。「行動する保守」Aが「認識」という言葉によって客観的現実から目をそらせようとしたとすれば、まれにみる卑怯者という評言もあながち的はずれとはいえないようである。

(つづく)

TOP
東村山街宣事件控訴審判決(その2)
矢野・朝木の代理

 平成21年6月14日、東村山市内および東大和市内をダークグリーンの街宣車が走り回った。乗っていたのは右翼Mと千葉県浦安の行政書士である。彼らは以前に東村山駅前で行われた「朝木明代転落死事件の真相究明を求める」と称する街宣活動にも参加しており、右翼Mは明代による万引き被害者の店にも押しかけている。行政書士は議会内の「草の根」の控室にも出入りするほどの関係にある。要するにいずれも、「行動する保守」の中でも矢野と朝木のデマを盲信した代表的な存在といえる。

 この日午前9時30分、右翼Mは東村山駅東口において次のような演説を行った。これが東村山街宣の始まりである。



〈○○(政党名等)の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。……これは明らかに○○による犯罪なんです〉

〈朝木明代市議が万引きして警察につかまったことを苦にして自殺したんだというストーリーまで作り上げているんです。これが○○の狡猾なやり方なんです〉

〈○○というのはまさに犯罪者の集団なんです〉

〈日本の国を牛耳ってやりたい放題。不正、犯罪のオンパレードなんです〉



 これをそばで聞いていた行政書士は右翼Mの発言に合わせて「そうだー」などと同調し、街宣を盛り上げた。

 その後、右翼Mと行政書士らは街宣車に乗り込み、東村山および東大和市内での街宣に出発。走行中にはスピーカーで次のような録音テープを流し続けた。

〈今こそ○○の犯罪をあばき、東村山に安全な暮らしを取り戻しましょう。……殺人罪の時効まであと1年。14年前の朝木明代市議会議員の転落死は自殺ではありません。事件を担当した東村山警察署、担当検事もカルト教団関係者。これで公正な捜査ができるのでしょうか〉

 右翼らはさらに市内数カ所において同趣旨の内容の街宣活動を繰り広げたのである。いずれも平成7年に朝木明代が万引きを苦に自殺を遂げて以後、矢野と朝木が宣伝してきた内容そのものである。矢野と朝木が直接参加していなくても、この街宣は彼らが長年にわたって繰り広げてきたデマ宣伝の成果であることはいうまでもなかった。

 矢野と朝木は同じ内容のデマ宣伝によって、政治宣伝ビラ関係で300万円(2件)、『週刊現代』におけるコメントで200万円の損害賠償が命じられている。したがって彼らは同様のデマ宣伝をすれば再び不法行為に問われることを知っているから、右翼らのようなマネはしない。右翼Mと行政書士は危険を冒して矢野と朝木の代理としてデマ宣伝役を務めたようなものである。矢野と朝木に「止めた方がいい」と忠告する義務はなく、何も知らない右翼が勢いにまかせてやってくれるのはありがたかったにちがいない。

無謀な証人申請

 これに対して創価学会は提訴し、平成22年7月30日、東京地裁は右翼Mと行政書士に対して連帯して110万円の支払いと東村山市内および東大和市内において同趣旨の街宣活動を禁止する命令を言い渡している。一審で右翼らは東村山デマの集大成『東村山の闇』(矢野・朝木著)などを提出し、「朝木明代の転落死が他殺であること」「万引きが捏造であること」に関する真実性・相当性を主張したものの、証拠提出などの立証活動を積極的にやったとは思えない。

 同じく明代の転落死をめぐり千葉から提訴されていた西村修平が、明代の「万引き冤罪」と「他殺」を主張して相当数の書証を用意して真実性・相当性を立証しようとしたものの、その主張がことごとく排斥されたという事情もあったかもしれなかった。しかも、西村の裁判は証拠から主張とその組み立てに至るまで矢野と朝木が全面的に支援していた。西村の代理人もそのことを隠そうともしなかった。

 ところがその裁判で、東京地裁は明代に「自殺の動機がなかったとはいえない」と認定して、西村は全面的に敗訴し10万円の支払いを命じる判決を言い渡されている(平成23年3月15日、最高裁が西村の上告を棄却し、上記判決が確定)。右翼らとしても、これだけの判決を出されたあとでは西村と同様の主張をすることを躊躇したとしても無理はない。書証のコピー代がかさむだけである。

 かといって、矢野と朝木にそれ以上の証拠があるかといえば、そんなものがあるはずもなかった。あるとすれば、彼らとしても可能なかぎりの支援を惜しまなかったはずである。しかし西村修平が提訴された裁判では全面的に支援に乗り出した矢野と朝木は、この裁判でなんらかの支援を行った形跡はみられなかった。右翼らと結託した矢野と朝木も無様な結果になることは避けたかったものと思われた。

 一審で最も注目を集めたのは、終結も間近という段階になって行政書士が「明代の他殺」を立証するためと称して暴力団の元組長を証人申請しようとしたことである。元組長の著書には「明代の暗殺」と「宗教団体の関与」が示唆されているという主張らしかった。これもまた矢野と朝木が宣伝している内容だった。

 しかし裁判長はこの証人申請をあっさり却下した。元組長の著書には「明代の暗殺」と「宗教団体の関与」をうかがわせる具体的な記述はなく、元組長を証人申請する理由はないという判断とみられた。しかも証人申請に際して、証言してもらう人に対して事前に了承を得ているのが通常だが、行政書士の申請にはそんな様子もなかった。裁判所がこの申請を認めなかったのはきわめて常識的な判断だったのである。右翼Mが裁判官を追いかけるという信じがたい行為に及んだのはその直後のことだった。

「内部告発者」に一縷の望み

 ただ右翼らにとって、雲を掴むような話ではあるとはいえ、控訴審で逆転勝訴の一縷の望みをつなぐ「証拠」がないわけではなかった。そもそも右翼Mらが東村山デマに参入するきっかけとなったのは、「行動する保守」一行の重鎮である「行動する保守」Aが最初に行った八王子での街宣で「東村山署は朝木明代殺害犯3名を確認していたが、検察はそれを隠蔽したという現職警察官による内部告発があった」と演説したことにある。

 この「内部告発」については矢野も朝木も、少なくとも彼らの口からは1度も主張されていない。つまり、裁判所では1度も検討されていない事実だった。したがって、この「内部告発」が正式に立証され、その内容が真実であると証明されれば「万引きを苦にした自殺」という朝木事件の本質さえ覆る可能性がある。右翼Mは控訴にあたり、控訴理由書で「内部告発」に触れながら次のように明代の転落死が「他殺」だったと主張していた。



〈平成20年9月1日に東村山駅前において、……主宰者の訴外(「行動する保守」A)は演説の中で、「創価学会の関与は疑いの余地がない。警察関係者からの内部告発があった」、と断言している。当時の事件に関った警察関係者が創価学会の関与を知っているものであるから、この警察関係者が真実を証言すれば、創価学会が殺害事件に関与したことは明白となる。

 しかしながら現在はまだ、当の警察関係者が公に証言を行うことを躊躇しているものと思われる。警察関係者からの綿密且つ、正確な情報収集と証拠が提出できれば、事件の真相が解明されることは間違いない。今現在、関係者を通じて警察関係者との交渉で調査・聞き取りを継続している。〉



 ここで右翼Mがいう「(調査している)関係者」が誰なのか、いつ、どこで「調査・聞き取り」を行っているのかについては、残念ながらまったく具体性がない。あるいは右翼Mは「行動する保守」Aからこんな曖昧な説明を聞かされて、いまだにそれが本当だと信じているのかもしれない。

 どこまでが具体的事実でどこからが想像なのか、あるいはその中に事実があるのかさえ判然としないような話が「他殺」の根拠として裁判所に通用するものかどうか、常識で考えればわかりそうなものである。しかし右翼Mとしては「内部告発」を持ち出すことで判決が覆る可能性もあると考えたのだろう。

 裁判官がこの「内部告発」をどう捉えたか。裁判官の内心はわからないものの、特に「内部告発」についてそれ以上の資料の提出を求めなかった。また、行政書士は控訴審でも再び暴力団元組長を証人申請したが再び却下され、裁判は終結した。私にはほぼ順当な進行と思われた。

(つづく)

TOP
東村山街宣事件控訴審判決(その3)
「『東村山の闇』は推測にすぎない」

 では、東京高裁は右翼Mらの主張に対してどう判断したのか。まず東京高裁は右翼Mが相当性の根拠として提出した矢野と朝木のデマの集大成『東村山の闇』に対する評価をみよう。当然、その内容の評価によっては相当性が認められる可能性もないとはいえない。東京高裁は『東村山の闇』の記載内容について次のように述べた。

〈同書(筆者注=『東村山の闇』)には、……「司法解剖鑑定書」により、朝木市議の死因が紛れもなく殺害事件であったことが確認できたとする部分があることが認められる。……同書の全体の記述を読むと、同書の著者らは、朝木市議の死因が殺害であると断定したうえで、同市議の殺害行為に対する被控訴人関係者の関与やその可能性を示唆していることが窺えるというべきである。しかしながら、これらの記述は、あくまでも推測の域を出ないというべきであり(……朝木市議の死因について、これを殺害であると認定するに足る証拠が存するとまではいえない)、これによって、本件事件に対する被控訴人やその会員の関与を認定することはできないというべきである。〉

 東京高裁は、『東村山の闇』の記述は推測にすぎず、したがってその記載内容をもって朝木明代は殺されたと信じることに相当の理由はないとし、さらに明代の転落死が「殺害」であると認定するに足る証拠が存するとまではいえないと述べている。

「内部告発」を一蹴

 では、右翼Mが真実性を主張するために控訴審で持ち出した「行動する保守」Aが「聞いた」とする「内部告発」についてはどうか。「内部告発」の存在を証明する書証さえ提出しないただの主張についてまともに検討する必要もないと思うが、右翼らの街宣が繰り返されていることなどの現実に照らして東京高裁は「内部告発」について一応触れておく必要があると考えたのかもしれない。東京高裁は「内部告発」については次のように述べた。

〈控訴人(右翼M)は、客観的にみたすべての状況証拠、犯行に至るまでの経緯からみても、朝木市議殺害事件に被控訴人が関与していると確信するなどと主張し、平成20年9月1日に行われた「東村山市議朝木明代さんの謀殺事件の真相を究明する集会」において、主宰者である(「行動する保守」A)が「創価学会の関与は疑いの余地がない。警察関係者からの内部告発があった。」と断言しているなどと主張する。

 しかしながら、(「行動する保守」A)が述べたとされる内容は伝聞にすぎず、「警察関係者」なる者がいかなる人物であるかも明らかにされていないのであるから、これをたやすく採用することはできない。〉

 ついでにいえば、「内部告発」の内容(現場)を「行動する保守」Aがいう「警察関係者」が直接目撃したのかどうかも定かでない。つまりこの「内部告発」の内容とはどこからが当事者の直接の経験なのかさえ確定できない代物であり、普通は裁判所でなくてもにわかに信用する者はいないレベルの話だろう。東京高裁が「行動する保守」Aのいう「内部告発」を真実性の根拠と認めなかったのは当然だった。

「調査中」という言い訳

 しかしそれでも右翼Mは「行動する保守」Aの話を信じ、控訴に際してあらためて「行動する保守」Aに聞いたのかもしれない。「行動する保守」Aは誰が誰に対して行っているというのか具体的に明らかにしないまま「調査中」とのみ回答したらしいことが右翼Mの書面からはうかがえる。

 右翼Mが提出した控訴理由書は平成22年12月21日付である。この時点で「行動する保守」Aは「内部告発」の裏付け調査中だったということになろうか。それから4カ月後の平成23年4月20日、「行動する保守」Aは千葉と和解した。「行動する保守」Aは「内部告発」の真実性立証を放棄したのである。

 ところで右翼Mが問い合わせたとき、「行動する保守」Aが「内部告発」について調査中だったというのも私には疑問に思える。なぜなら平成20年の段階で「行動する保守」Aは「内部告発者に直接会った」と述べている。この「内部告発者」が本当に存在しており、その内容が朝木明代の転落死が「万引きを苦にした自殺」ではなく「謀殺」であることを立証するものであるとすれば、その「証言」等をいち早く証拠化しておくべきである。

 公表時期の問題があったとしても、「行動する保守」Aはなぜそれをしなかったのか。証拠化したくても、その話は最初から具体性を持った「内部告発」と呼べるような代物ではなかったということではなかったのか。要するに右翼Mを含め「行動する保守」一行はすべて「行動する保守」Aの「内部告発」話に騙されていたのではないかという気がしてならない。いずれにしても、「内部告発」の信用性は「行動する保守」A本人のあずかり知らぬところで否定されていたようである。

 さらに東京高裁は行政書士が行った元暴力団組長に対する証人申請にも触れてこう述べた。

〈そもそも「暗殺依頼密会ビデオ」なるものの存在自体が明らかでないし(そのようなビデオが存在すると聞いたなどとする伝聞にとどまる。)、後藤忠正の著作の内容等に照らしても、……証人として尋問することによって、「被控訴人が朝木市議を殺害したこと」を直接、間接に推認させる事実が明らかになるとは認められないものである。〉

 つまり、存在自体が明らかでないものに基づいて尋問を行うことには意味がない(=存在自体が明らかでないものに基づいて行う主張にも意味がない)ということである。この「密会ビデオ」なるものについては矢野と朝木も「他殺の証拠」などと騒いでいるが、存在自体が明らかでないものが「他殺の証拠」である道理はないというべきだろう。

「『鈴木意見書』は信用できない」

 行政書士は朝木が秋田大学名誉教授(当時)に依頼した司法解剖鑑定書に対する「鑑定」(=「鈴木意見書」)に基づき、明代の遺体の上腕内側部にあった皮下出血の痕が「他殺の証拠」などと主張していた。司法解剖鑑定書のみによって「(上腕内側部の皮下出血の痕は)他人と争った際に生じたと考えるのが妥当」と結論付けた「鈴木意見書」について東京高裁はこう述べた。

〈朝木市議の死亡の翌日に東京慈恵会医科大学法医学教室の医学博士2名が行った法医鑑定においては、同創傷(=上腕内側部の皮下出血)も含めて朝木市議の遺体の外表に認められる創傷は「いずれも鈍体による打撲、圧迫、擦過等により形成されたと思われる。」「これら部に作用した当該凶器の性状を詳らかにするのは困難である。」とされているのであり、この法医鑑定よりも鈴木意見書のほうが信用できるという事情は認められないものである。したがって、鈴木意見書の鑑定意見を直ちに採用することはできない。〉

 なお鈴木教授は朝木の求めに応じ、「意見書」に続いて「鑑定書」を提出、これが裁判所に否定されると今度は同趣旨の「鑑定補充書」を提出したが、これもまた客観的に信用できるものとは扱われなかった。しかも鈴木教授の鑑定が裁判所から否定されるのはこれが初めてではない(もちろん西村修平の裁判でも否定されている)。いかに法医学の権威であろうと、そもそも遺体も現場も直接見ないまま、司法解剖を行った医師の意見に反駁すること自体、無理があろう。

 こうみると、右翼Mと行政書士を被告とするこの裁判で東京高裁が否定した「他殺の根拠」なるものは、いずれも矢野と朝木によるものであることがわかろう。彼らはみごとに矢野と朝木から利用されたということである。

 さらにこの裁判では「他殺の根拠」として「行動する保守」Aが言い出した「内部告発」という新たな作り話も加わった。とりわけ「内部告発」話は右翼Mに大きな影響を与えたらしい。

 しかし残念なことに、「行動する保守」Aに「内部告発」を調査する気があるとは思えない。だからこそ「行動する保守」Aは千葉と和解したのである。そんなたわいない話にやすやすと乗せられた自らの不明から、また「行動する保守」Aの不誠実さから右翼Mは目をそらすべきではあるまい。

(了)

TOP