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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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東村山街宣事件一審判決(その1)
 右翼Mと浦安の行政書士が東村山市内等で行った街宣活動によって名誉を毀損されたとして創価学会が提訴していた裁判で東京地裁は平成22年7月30日、右翼Mと行政書士に対して、連帯して110万円の支払いと街宣禁止を命じる判決を言い渡した。

矢野穂積に煽動された右翼M

 平成21年6月14日、右翼Mと行政書士は東村山市および東大和市で街宣車を使用し、

「今こそ創価学会の犯罪を暴き、東村山に安全な暮らしを取り戻しましょう。もう許さない、創価学会の横暴を。創価学会・公明党による議会の私物化をやめさせましょう。創価学会の被害者は声を上げて立ち上がりましょう。日本を滅ぼす諸悪の象徴、創価学会を追放しましょう。殺人罪の時効まであと1年。14年前の朝木明代市議会議員の転落死は自殺ではありません。事件を担当した東村山警察署、担当検事もカルト教団関係者。これで公正な捜査ができるのでしょうか」

 とする録音を流し、さらに右翼Mが拡声器で、

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」

「創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです」

 などと創価学会を誹謗中傷する街宣活動を行った(行政書士もまた同様の発言を行い、また右翼Mの街宣に積極的に賛意を示す発言を繰り返した)。この裁判はこれらの街宣を行った右翼Mと行政書士に対して創価学会が2640万円の慰謝料の支払いおよび上記内容の街宣禁止を求めて提訴していたものである。

 当時は東京都議選を控えた時期で、この街宣活動の前後には行政書士が東大和市や武蔵村山市内で公明党都議を誹謗中傷するビラを配布している。またこのビラ配布には、東村山市議の矢野穂積と朝木直子が関与していたことが明らかになっている。

 問題となった街宣活動もその流れに沿ったものとみられる。ただし街宣の情報源である矢野と朝木は、「朝木明代は創価学会に殺された」とする趣旨の発言やビラ(「東村山市民新聞」)の発行によってすでに損害賠償と謝罪広告の掲載を命じられているためか、右翼Mらの街宣活動にはいっさい姿を見せなかった。賢明な対応だった。

千葉を取り囲んだ「行動する保守」一行

 この日、私には判決の行方とともにもう1つの関心事があった。5月21日の結審の日、 
証人申請を却下された右翼Mが退廷する裁判官を追って裁判官席の壇上に駆け上がり、裁判官席の奥にある裁判官専用の入口ドアのノブに手をかけガチャガチャ回そうとするという異常な出来事が起きていた。

 裁判所が証人申請を却下するのはよくあることで、そのことと判決は別である。しかし右翼Mらは、これを自分たちの「敗訴宣告」に等しいものと受け止めたようだった。そうでなければ裁判官を追いかけるという珍しい行動に出ることもあるまい。

 この法治国家ではあり得ない光景に、右翼の代理人もただ呆然とするだけだった。法治国家において、訴訟指揮が気に入らないからといって直接行動に出ることは許されない(私が見聞するのは初めてである)。仮にその場に裁判長が残っていたとすれば、右翼Mがつかみかかった可能性もある。

 それから2カ月後の7月28日、右翼Mの行為を裁判所が重く見ていることがうかがえる出来事があった。その日は私が「行動する保守」の重鎮、西村修平を提訴していた裁判の控訴審判決言い渡しの日だった。判決言い渡しの15分ほど前に私が法廷に近づくと、待合室の方向がなにやらざわついていた。どこかの市民団体が関係する裁判があってその説明でもしているのだろうと思っていると、ざわめきを抜けて「東村山」という一言が私の耳に飛び込んできた。どうやら「行動する保守」一行がいるようだと判断した私は、おそるおそる待合室に近づき中を覗き込んだ。

 すると、左手前の隅で右翼Mら「行動する保守」3名が誰かを取り囲むようにして口々に何か詰問している光景が目に飛び込んできた。どうも右翼Mがしきりにいっているのは、「情けない右翼」とはどういう意味なのかということのようだった。おもむろに待合室の中に入り3名の後ろに近づいてみると、3名に包囲されていたのは千葉英司だった。千葉は椅子に腰をかけた状態で、広げた扇子を「行動する保守」らの方に掲げて何かを防いでいるようにみえる。3名のうちの1人は、右翼Mの詰問の間を縫って「この創価学会が」などと千葉に罵倒を浴びせかけている。

 右翼Mは「『情けない右翼』とはどういう意味なのか説明しろ」としきりにいっているが、どうみても冷静に説明を求めている光景ではなく、1人を大勢で取り囲み、つるし上げているようにしかみえない。しかも長椅子の隅に座っている千葉は、3人から隙間なく包囲されていて、その場を逃れようにも逃げ場がない。話を拒否する人物に対し、逃げ場のない状態にして口々に回答を求めたり罵倒を浴びせるのは、どう見ても尋常ではない。そのうち騒ぎを聞きつけた裁判所の職員が駆けつけて右翼Mらを千葉から引き離そうとしていたが、「行動する保守」は聞く耳を持たなかった。

 どうせ千葉に聞くのなら、そんなくだらない個人的なことではなく他にもっと重要なことがあろう。右翼Mはいったい何のために洋品店に行ったのか。「行動する保守」一行全般にいえることだが、彼らはどうも明代の「他殺」など立証できないことを薄々感じてはいるものの、個々のメンツの問題から非を認められなくなっているようにみえる。

「行動する保守」Aの器

 反対側の長椅子の入口付近には当日の私の訴訟相手方である西村修平と女闘士のMが並んで腰掛けて、右翼Mらの行為を傍観しながら時折なにごとか挑発的な言葉を発していた。私は西村に「あれはやり過ぎです。止めさせた方がいいですよ」と右翼Mらの行為を止めさせるよう求めた。すると西村は、右翼Mに自制を促すどころか大声でこう言い返した。

「おまえは関係ないんだよ」

 大声を上げた時点で、私はこれ以上西村を説得するのは困難であると判断した。西村の対応を確認した私は西村の左方向を見渡した。すると西村から少し離れた奥の方に、われ関せずといった様子で携帯電話か何かを見ている人物がいた。「行動する保守」の指導者Aだった。私は「行動する保守」Aなら右翼Mを諫めてくれるのではないかと期待して話しかけた。

「A先生、あれはやり過ぎでしょう。止めさせた方がいいんじゃないですか」

 1人の人間を取り囲んで返答を強要するような行為は「行動する保守」の評判を低下させるだけですよという趣旨だった。しかし、下を向いていた「行動する保守」Aは私の方を見上げたものの、チンピラかと思わせるような下卑た笑いを浮かべただけでいっさい口を開かなかった。その顔からは、ことあるごとに訳知り顔で「高説」を述べる指導者らしい見識も上に立つ者としての器の大きさも感じ取ることはできなかった。

 西村にせよ「行動する保守」Aにせよ、この程度の人物が指導的立場を維持できるのが「行動する保守」一行だということらしかった。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その2)
未熟な自尊性

 仕方なく私は裁判所職員に近づいて、右翼Mらの行為をやめさせるよう要請した。しかし、職員にしてもこんな場面に遭遇することはめったにないのだろう。数人の職員が応援に来てようやく右翼Mらが千葉のそばを離れるまでに5分近くを要した。右翼Mらは10分近く千葉を包囲し、ほとんど一方的に難詰していたのである。

「行動する保守」一行が待合室から法廷へ移動したあと、私と千葉はしばらく待合室に止まっていた。むやみに一行に接近して刺激してはいけないという判断だった。そばにいた職員に、右翼Mが以前、裁判長の壇上に駆け上がってドアを開けようとした人物であることを話すと、職員は右翼Mによる裁判長襲撃未遂事件の事実を把握していた。すでに東京地裁では、「行動する保守」一行に関する情報が担当部だけでなく裁判所全体の情報として共有されていることをうかがわせた。

 職員は私と千葉に対し「今日はもう法廷には入らない方がいいのではないか」という。私と千葉は職員のアドバイスもあって、この日は法廷には入らずにそのまま書記官室で待機し、判決文を受領して帰ったのだった。

 仄聞するところによれば、「行動する保守」一行の異常な興奮状態は法廷に入っても冷めなかったらしい。法廷内で「行動する保守」Aの弟子は傍聴人に体当たりを食らわせ、右翼Mは傍聴席に座った同じ傍聴人の足を蹴りつけたという。裁判でまともな対応ができず、敗訴を重ねていることに対する腹いせ、八つ当たりとみるべきだろう。裁判長襲撃未遂といい、この日の千葉や傍聴人に対する威圧、暴行といい、「行動する保守」一行は救いがたい未熟な自尊性とそれに基づく場当たり的攻撃性をあらわにしつつある。

 傍聴人に悪態をついたところで裁判には何の影響もないどころか、むしろ心証を悪くし、自分たちの評価を貶めるだけだということが彼らには理解できないのだろう。一行の指導者である「行動する保守」Aは高らかに公言した「朝木明代他殺説の根拠(=内部告発者の存在)」について具体的に立証する方針さえもいまだになんら明らかにせず、リーダーたちが相次いで提訴され、敗訴を重ねるに及んで焦慮を募らせていることの表れのようにもみえる。裁判のたびに行う街宣もシュプレヒコールにも虚しさを禁じ得ない。

 なお、私が西村修平を提訴していた裁判はその日、東京高裁で西村の控訴が棄却された(西村は平成22年8月6日付で上告)。また私が浦安の行政書士を提訴していた裁判では、行政書士に対して10万円の支払いを命じた東京高裁判決を不服として行政書士が上告していたが平成22年6月11日、最高裁が上告を棄却する決定をして東京高裁判決が確定。私は一審の仮執行宣言に基づき平成21年10月6日に4万9543円を差し押さえていたので、残金5万457円と遅延損害金を請求したところ、平成22年7月28日(西村裁判の判決当日)に行政書士から振込があり、この事件は完結した。

厳戒態勢の法廷

 さて、彼らが提訴されている裁判の中でも、おそらく彼らが最も警戒しているのが創価学会から提訴されているこの裁判だろう。なにしろ請求金額が2640万円とケタが違う。右翼Mらが千葉をつるし上げてからわずか2日後でもあり、法廷の混乱は容易に予測できた。

 その一方で裁判所が「行動する保守」一行に対する警戒を強めているのは明らかだった。したがって、仮に法廷で混乱が起きれば再び拘引などの措置が取られる可能性もあると私はみていた。法秩序を脅かす輩に対して裁判所が毅然とした対応をするのは当然である。

 7月30日、判決言い渡しは午後1時10分である。私は午後1時前に法廷に着いた。法廷前に行くと、通常はいない裁判所の職員が3、4名立っているだけで、「行動する保守」一行の姿はまだなかった。判決前、右翼Mが裁判所前での街宣を予告していたから、一行はまだ法廷に向かっている途中なのかもしれなかった。

 判決言い渡し5分前になり、裁判所の職員が「もう入れますよ」と教えてくれた。「行動する保守」一行関連の裁判に限っては、当事者以外は開廷5分前まで入廷させない方針になっているようである(立川支部も同様)。法廷内でも当事者に暴言を浴びせたり、傍聴人に対する威嚇を繰り返してきた実績からすれば、この対応もやむを得まい。

 この時点でもまだ法廷前は、普通の法廷のように平穏そのものだった。職員の表情にもまだ切迫した警戒感はうかがえない。彼らはまだ法廷のある5階には上がってきていないようである。

 法廷に入ってほどなく、入口のドアを開ける音が聞こえた。見ると、右翼Mのほかに10名前後の支援者が法廷に入ってきたところだった。右翼Mが2名の弁護士と被告席に向かっている。しかし、相被告である浦安の行政書士の姿はなかった。どうやらブログで予告していたとおり、行政書士は判決には立ち会わないらしい。原告席には創価学会側代理人の姿はなく、無人のままである。法廷に行けば「行動する保守」一行をいたずらに刺激するだけで無益と判断したのかもしれない。

 意外に感じたのは、傍聴席に着いた支援者の少なさである。ざっと見渡したところでは10名もいなかった。支援を表明していた「行動する保守」Aと西村修平の姿はなく、比較的知られたところでは「行動する保守」Aの弟子と女闘士Mぐらいである。前回の法廷で証人申請を却下されたことでさすがの「行動する保守」一行もかなり分が悪いことを感じており、わざわざ法廷まで出向くのは見合わないと考えたとしても不思議はあるまい。

 それでも傍聴席の後ろには数名の裁判所職員が立って警戒に当たっている。判決言い渡しの時刻が近づき、傍聴人が息を殺して裁判官の入廷を待っていたそのときである。傍聴人は民事裁判ではめったに見ることのできない光景を目にした。法廷の左奥のドアが開き、2名の見るからに屈強なガードマンが入ってきて、原告席側と被告席側の裁判官席寄りにそれぞれ仁王立ちしたのである。右翼Mが裁判官席に突進するのを想定した配置であることは、おそらく「行動する保守」一行を含め法廷の誰もが瞬時に理解した。並の警戒体制ではなかった。裁判所は右翼Mが再び裁判官を襲撃しかねないと考えていたということである。

「行動する保守」一行に対して裁判所の姿勢を十分に認識させた上で、3人の裁判官が入廷してきた。



 それでは判決を言い渡します。

主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成21年6月14日から支払い済みまで年5 分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告に対し、別紙1禁止行為目録記載の行為をしてはならない。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを20分し、その1を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
5 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。



 主文の宣告が終わり、「以上です」と裁判官が退廷しようとすると、敗訴を告げられた右翼Mが何事か抗議らしい声を上げた。その言葉は不明瞭で私にはまったく聞き取れず、なにか独り言のように聞こえた。他の傍聴人に聞くと、右翼Mはどうやら「審理が尽くされていない不当判決」という趣旨のことをいったらしいが、いずれにしてもその声には街宣のときのような迫力はなかった。

 それはそうだろう。被告席からわめいたところで110万円の支払いを命じた判決が覆るわけもない。一昨日の西村修平の敗訴に続く「行動する保守」の連敗である。そのせいか、わざわざ傍聴に来た支援者の間からは右翼Mの「抗議」に呼応する声は上がらなかった。法廷に虚しく響いた中途半端な右翼Mの独り言が「行動する保守」一行のショックの大きさを物語っているように思われた。

「行動する保守」一行のショックの大きさとは、110万円の支払い命令という現実と、右翼Mらの街宣活動を煽動した矢野穂積と朝木直子の主張との間の不整合感からくるものなのだろう。しかし、右翼Mらの街宣には近づきもしなかった矢野と朝木だけは、今回の判決になんらの違和感も抱かなかったはずである。

「行動する保守」一行は、なんらの責任も取ろうとしない矢野と朝木に対してどんな気持ちを持っているのだろうか――そんなことを思いながら私は法廷をあとにした。右翼Mらはその直後、再び判決の不当を訴えて街宣活動を行ったとのことである。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その3)
 判決から数日後、私は判決文の内容を具体的に知ることができた。その内容は、創価学会側にとっては完勝、右翼Mらにとってはその主張がことごとく排斥された無残としかいいようのないものだった。判決内容を見ていこう。

執拗な街宣

 まず東京地裁の認定によれば、右翼Mと行政書士が平成21年6月14日に行った街宣活動は9回で、その内容はそれぞれ以下のとおりである。



①街宣車を走らせての街宣(午前および午後/東村山市内および東大和市内)
 右翼Mは東村山市内および東大和市内において街宣車を走らせながら、街宣車に搭載したスピーカーで、

「今こそ創価学会の犯罪をあばき、東村山に安全な暮らしを取り戻しましょう。もう許さない、創価学会の横暴を。創価学会・公明党による議会の私物化をやめさせましょう。創価学会の被害者は声を上げて立ち上がりましょう。日本を滅ぼす諸悪の象徴、創価学会を追放しましょう。

殺人罪の時効まであと1年。14年前の朝木明代市議会議員の転落死は自殺ではありません。事件を担当した東村山警察署、担当検事もカルト教団関係者。これで公正な捜査ができるのでしょうか?」

 などと録音したテープを繰り返し流し、行政書士はテープの内容に合わせて「許さない」「追放しましょう」「カルトです」などの発言を繰り返した。

 街宣車には、「殺人罪の時効まであと1年」「創価学会の犯罪を許さない」「朝木明代市議は自殺じゃない」「東村山警察署・担当検事もカルト教団関係者」と記載した横断幕を取り付けてあった。

②東村山駅東口における街宣活動1(午前9時30分ごろ)
 右翼Mは東村山駅東口において同日午前9時30分ごろ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」

「朝木明代市議が万引きして警察につかまったことを苦にして自殺したんだというストーリーまで作り上げているんです。これが創価学会のやり方なんです」

「創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです」

「日本の国を牛耳ってやりたい放題、不正、犯罪のオンパレードなんです」

 行政書士は右翼Mの街宣に合わせて「そーだ」と繰り返し、街宣終了の際には「よろしくお願いしまーす」「ありがとうございまーす」と発言した。

③創価学会東村山文化会館前における街宣活動1(午前10時30分ごろ)
 浦安の行政書士は創価学会東村山文化会館前において同日午前10時30分ごろ、街宣車を降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「数々の嫌がらせ、犯罪行為をやってきた創価学会に宗教法人を名乗る資格はありません」

 右翼Mも街宣車を降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「朝木明代市議が駅前のビルから突き落とされて殺されました。殺人罪の時効、当時、あと1年で時効になります。いまこそ、この薄汚い創価学会の犯罪に対し、われわれ国民が、市民が糾弾の声、鉄槌を下していかねばなりません」

「創価学会はこの日本における最大最悪の犯罪集団」

「創価学会の犯罪を許すなー」

「創価学会は殺人をやめろー」

「犯罪者集団創価学会を許すなー」

 行政書士はその際、右翼Mの発言に合わせて「そーだ」と大声で賛意を示す発言をした。

④東村山駅東口における街宣活動2(午前11時ころ)
 右翼Mは東村山駅東口において同日午前11時ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」

「創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです。日本の国を牛耳ってやりたい放題。不正、犯罪のオンパレードなんです」

⑤東大和駅前における街宣活動(午後0時ころ)

 右翼Mは東大和駅前において同日午後0時ころ、街宣車を降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「殺人事件の時効まであと1年。朝木市議は自殺ではない。カルト教団創価学会が事件に関与している。朝木市議の事件を担当した警察の人間はカルト教団の関係者」

「カルト教団創価学会を糾弾し、東村山市議会を正常化させよう。カルト教団は許さない。創価学会の被害にあっている皆さん、立ち上がろう」

⑥創価学会東大和文化会館前における街宣活動(午後3時ころ)
 右翼Mは創価学会東大和文化会館前において同日午後3時ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「平成7年に、えー、殺害されました東村山市議朝木明代さん、その事件があと1年で時効になろうとしております。殺人事件の時効まであと1年。この創価学会による謀略」

「なんといっても宗教団体の皮を被りながら実際は犯罪のオンパレード、殺人組織化されているのが創価学会でありましょう」

「創価学会が殺人部隊を擁するということの証ではないですか」

「われわれ国民は創価学会の犯罪を許さないぞー」

「創価学会による殺人を許すなー」

 右翼Mの街宣の際、行政書士は拡声器で「叩き出せー」などと大声で発言し、右翼Mの発言に合わせて「そーですねー」「許さないぞー」などと賛意を繰り返すとともに「犯罪者集団、創価学会を日本から叩き出せー」「宗教の皮をかぶった詐欺師集団、創価学会を叩き出せー」などと発言した。

⑦創価学会東村山文化会館前における街宣活動2(午後3時43分ころ)
 右翼Mは創価学会東村山文化会館前において同日午後3時45分ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「創価学会によって殺害された朝木明代さん」

 行政書士はその際、右翼Mの発言に合わせて「許さない」「そうだ」「そうです」などと賛意を示す発言を行った。

⑧公明党市議会議員宅前における街宣活動(午後4時10分ころ)
 右翼Mは公明党東村山市議宅前において同日午後4時10分ころ、街宣車から降り、以下のような街宣を行った。

「創価学会というのは犯罪者の集団。殺人部隊さえ持った集団だ。暴力団も持ってるし、創価学会は右翼の街宣車だって自由に動かせるんだ」

⑨東村山駅東口における街宣活動3(午後4時50分ころ)
 右翼Mは東村山駅東口において同日午後4時50分ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署はたんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです。創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです。日本の国を牛耳ってやりたい放題。不正、犯罪のオンパレードなんです」



 東京地裁が認定した①~⑨の街宣をみると、右翼Mと浦安の行政書士が東村山および東大和で行った街宣活動は9時30分の東村山駅前街宣1(②)を皮切りに4時50分の東村山駅前街宣3(⑨)まで行い、各街宣地点への移動の間には街宣車から録音テープを流していた(①)ものとみられる。

 なお上記街宣のうち、について行政書士は「創価学会側が提出した録音データには改ざんまたは加工した可能性がある」と主張したが、東京地裁は「改ざんまたは加工がなされたことをうかがわせる証拠はない」と行政書士の主張を斥けている。またについて右翼Mは「創価学会によって殺害された朝木明代さん」との発言について否認し、行政書士はここでも「創価学会側が提出した録音データには改ざんまたは加工した可能性がある」と主張したが、東京地裁はいずれの主張も斥け、右翼Mが上記発言をした事実を認定している。

 街宣の内容を要約すれば「朝木明代を殺したのは創価学会である」「創価学会は犯罪者の集団だ」というものである。つまり右翼Mと行政書士は平成21年6月14日、東村山市内と東大和市内において午前9時30分から午後5時まで8時間近く、創価学会に対する誹謗中傷を繰り返したということになる。内容もさることながら、とりわけその執拗さは、仮に彼らなりの正当性があったとしても、それだけではとうてい理解しがたいものというほかなかった。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その4)
右翼Mの「予告」

 浦安の行政書士はこの日の街宣までに、同年5月31日、6月7日、6月13日と矢野穂積が作成した公明党批判のビラ(『北多摩市民新聞』)の配布に精を出しており、この日の街宣もその延長線上にあることがわかる。行政書士は当時、平成19年9月1日に東村山駅前で行った街宣活動をきっかけとして2件の裁判を提起されており、それが一層「創価学会批判」へと駆り立てたようにみえる。

 一方、右翼Mは西村修平が千葉から提訴された裁判では西村支援を鮮明にして、口頭弁論当日に行われた街宣活動にも参加している。したがって当時、右翼Mはまだ裁判の当事者ではないものの、行政書士が置かれた状況や動きに触発されるところがあったのかもしれない。右翼Mは街宣前日のブログにこう書いている。



 去年の9月1日行ったきりご無沙汰だなあ。またそろそろ行かなくちゃならない時期かも。……高級婦人洋品専門店「○○」か、懐かしいな。



 東村山の話題を持ち出してまず朝木明代の万引き被害者の店を懐かしむとは、右翼Mにとって「洋品店襲撃事件」がよほど印象に刻まれていたものとみえる。あるいはこれは、「お礼参りはさせてもらう」という右翼Mなりの脅し(強がり)だろう。なかなかの凄味だが、客観的根拠を欠いては負け犬の遠吠えと一般社会からは相手にされまい。

 いずれにしてもこの時点で、すでに右翼Mと行政書士の間で街宣の打ち合わせができていたとみるのが自然である。6月14日になぜ東村山で街宣をする気になったのか、確かなところはわからないものの、右翼Mは6月17日昼には立川で千葉を誹謗する街宣に参加したあと、その足で地元中野に向かい、公明都議を追及する街宣を行っている。右翼Mは翌6月18にも中野で同様の街宣を繰り返した。7月12日に迫った東京都議選に向け、右翼Mもまた「創価学会批判」活動をより活発化していたことがうかがえる。

 ちなみに右翼Mの平成21年6月18日付ブログによれば、右翼Mの街宣車に搭載しているスピーカーは「巨大音量」を発生できる「高性能・ハイ出力の最新式ハイパースピーカー」なのだそうである。街宣対象となった公明都議は6月19日、右翼Mを名誉毀損罪で告訴している。

「高性能スピーカー」の「真実性」

 さて、創価学会側は6月14日の街宣について、①大音量でなされたこと(争点1)、②右翼Mと行政書士が共謀して行った(争点2)、③「創価学会が朝木明代を殺害した」との虚偽の事実を摘示した(争点3)ことによって創価学会の名誉が毀損され、平穏な宗教活動が妨害されたと主張し、右翼Mらに対して連帯して2640万円の損害賠償および街宣禁止を求めていた。これらの争点について右翼Mらはいかなる主張を行い、裁判所はどう判断したのか、順を追ってみていこう。

争点1 街宣の態様

 ある発言が他人の社会的評価を低下させたか否かについては、その発言が不特定多数を相手になされたものであるかどうかが基本的な構成要件となる。右翼Mは一部の街宣について、不特定多数に向けられたものではなかったと主張しようとしたものとみられる。



(右翼Mの主張)
 本件街宣活動のうち①、⑤ないし⑨(本連載「その3」参照)は大音量ではない。また、街宣車のスピーカーは出力35Wの極めて音量の小さなものであり、区役所の広報宣伝カー(軽自動車)に搭載しているものと同種のタイプで、大音量は出せない。



 右翼Mは①街宣車の移動中における街宣と午後の街宣(⑤ないし⑨)については大音量だったことを否認している。それも音量を絞ったからではなく、そもそも街宣車に搭載したスピーカーの性能上、大音量は出せないとする主張のようである。行政書士もまた、街宣が大音量だったとする点については否認している。

 右翼Mは東村山街宣の4日後に中野区で行った街宣のあとブログで、街宣車のスピーカーは〈「巨大音量」を発生できる「高性能・ハイ出力の最新式ハイパースピーカー」〉であると自賛しているが、右翼Mは中野での街宣に備えて4日の間にスピーカーを付け替えたということなのだろうか。しかし裁判で、右翼Mが東村山街宣から中野街宣までの間にスピーカーを取り替えたと主張した形跡は見当たらない。すると右翼Mは、東村山街宣の大半が不特定多数に向けられたものではない(少なくとも「大音量」ではないから、「不特定多数」の度合いは低い)と主張することで損害賠償額を減らそうと姑息な努力をしたということだろうか。

 この点について東京地裁はどんな判断をしたのか。



(東京地裁の判断)
 本件街宣車に取り付けられている拡声器は、一見して区役所等が広報宣伝活動に用いる軽自動車等に取り付けている拡声器よりも高性能なものであること、本件街宣活動は本件街宣活動を除き、本件街宣車に取り付けられている拡声器又は手持ち式の拡声器を用いて行われていたことの事実が認められる。――略――

 他方、甲12(創価学会側が提出した書証)にも、本件街宣活動が拡声器を用いてなされたものであることや大音量でなされたことの記載はなく、これらの事実を認めるに足りる証拠は他にもない。したがって、本件街宣活動⑧については、近隣に住宅があることを配慮し、極力音量を絞り、ハンドスピーカーを○○宅の方にのみ向けたとの被告Mの主張は、否定されず、そのような程度にとどまるものであったものと認められる。



 東京地裁はこう述べて、右翼Mが主張した⑧以外の街宣について「大音量だった」と認定し、街宣の公然性を認定している。しかしこの認定によって、ただちに名誉毀損の不法行為が認められるわけではない。公共性、公益性があり、かつ真実性・相当性が認められれば不法行為責任は阻却される。右翼Mらは街宣内容の真実性・相当性を正面から主張・立証すればよいのである。

 したがって、街宣の音量問題だけに限定すれば、右翼Mがブログで自賛したとおり、右翼Mの街宣車のスピーカーが〈「巨大音量」を発生できる「高性能・ハイ出力の最新式ハイパースピーカー」〉であることの真実性が裁判所によって認定されたということだから、これは右翼Mにとってむしろ名誉なことと受け止めるべきなのではあるまいか。

 公明議員宅前の街宣については、使用した拡声器がハンドスピーカーだったとしても、私が確認したかぎりにおいてはかなりの音量であり、議員宅の周辺に聞こえないような音量だったとは考えにくい。この点に関する判断には疑問があると私は考えている。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その5)
右翼Mと行政書士の主張に微妙なズレ

争点2 共同不法行為

 創価学会側は右翼Mと行政書士の街宣行為について次のように主張している。



(創価学会側の主張)
本件街宣活動①について
(行政書士は)その内容を認識しながら下車をするわけでも、本件テープを止めるわけでもなく、本件街宣車に乗車し続けていたこと、本件テープの内容を復唱していたことからすれば、(行政書士は)本件テープの内容を自己の発言として利用していたものである。

本件街宣活動②ないし⑨について
(行政書士が)被告Mの発言内容を認識しながら、その演説を復唱したり、賛成の意を示す合いの手を入れたりしていたことからすれば、(行政書士は)被告Mの本件街宣活動②ないし⑨を利用していたものである。

 加えて、被告らは、平成20年9月1日、東村山駅前において、朝木市議が原告によって殺害されたことを断定する内容の街宣活動をしたことがある。

 したがって、被告らは、原告に対する誹謗中傷を内容とした本件街宣活動を行うことを共謀したものである。



 これに対し右翼Mと行政書士は次のように反論している。



(右翼Mの主張)
 被告らの間には、組織的繋がり、意思の疎通及び思想性に共通するものはなく、また、被告M及び(行政書士)以外の者も本件街宣活動に参加していたことからしても、被告らの間において、各自の本件街宣活動に関する共謀はない。

(行政書士の主張)
 被告らはいずれも本件街宣活動の主催者ではないこと、被告らはお互いに何らの依頼もしていないこと、被告(行政書士)は被告Mの発言内容について何も行っていないこと、同車に取り付けられた横断幕の作成、通行地の選定、本件テープの作成には関与していないこと及び被告らはたまに第三者主催の街頭活動で顔を合わせる程度の関係であったことなどからして、被告らの間には、相互利用補充関係及び共謀関係がない。

 また、デモ等の一般的な街宣活動においては、参加者の繰り返し発言及び「そうだ」などの合いの手は、聴衆の注意を引き、演説者の心理的緊張を和らげ、演説者と参加者の一体感を演出するために行われる技法的なルーティンワークでしかなく、それ自体が演説内容への当否又は同意の意味合いをもつことはない。

(行政書士)は、被告Mの、原告が朝木明代議員を殺害したと断定していると一般人が認識する可能性のある演説部分に関しては一度も合いの手を入れていない。したがって、この点からも、被告Mと(行政書士)の間において、各自の本件街宣活動に関する共謀はない。



 東村山街宣はその大半が、右翼Mが演説を行い、行政書士が右翼Mの使用した文言を復唱したり合いの手を入れるというものだった(本連載「その3」参照)。創価学会側は、行政書士の行為も右翼Mの演説内容を自分の主張として認容するものだから、右翼Mの演説を借りて行政書士自身が演説しているのと変わらないと主張している。

 これに対して右翼Mも行政書士も争う姿勢を見せている。しかしどうも、そのニュアンスは微妙に異なる。とりわけ気になるのは行政書士の主張である。

 右翼Mは行政書士とは思想的にも異なるなどとし、単純に共謀性を否定するが、一方行政書士は合いの手が右翼Mの演説内容に賛意を示す意図を持つものではないとしただけでなく、右翼Mが「創価学会が朝木明代議員を殺害したと断定していると一般人が認識する可能性のある演説部分に関しては一度も合いの手を入れていない」と念を押している。行政書士は、右翼Mは創価学会の名誉を毀損する発言をしたかもしれないが、それについて自分は関与していないと主張しているのである。

 要するに行政書士は、右翼Mには責任があったとしても自分に責任はないと主張していることになる。右翼Mはともかく、自分だけは賠償責任を免れたいということだろうか。

「そーだっ」にも共謀性を認定

 これに対して東京地裁はどう判断したのか。



(東京地裁の判断)
(行政書士は)……被告Mの発言に対し呼応する発言、行動をし、その後の街頭宣伝活動においても、被告Mの発言内容を認識した上でこれに呼応する発言をやめることはなく、行動を共にし続けたこと、……(行政書士)自身の演説においても、「数々の嫌がらせ、犯罪行為をやってきた、創価学会」、「創価学会の犯罪」、「創価学会による殺人」などと、被告Mと同様、原告による犯罪行為の存在を前提とした発言をしたこと、被告Mが(行政書士)の発言に対してもこれに呼応する発言をしたことが認められる。

 そして、これらの事実に照らせば、被告Mと(行政書士)とは、その主張をお互いに認識した上で、他方の行為を自己の行為として利用する意思のもと、本件街宣活動に及び、かつ、これを継続したものと認められるから、被告Mと(行政書士)とは、……相手方が行う発言内容等を理解した上で、これらを内容とした本件街宣活動……を行うことについて共謀したものと認められる。

 なお、(行政書士)は、……(行政書士)の発言はいわゆる「合いの手」であり、……それ自体が演説内容への当否又は同意の意味合いをもつことはないなどとして、被告らの共謀を争うが、……自己の発言が聴衆や演説者に一定の効果を及ぼすとの認識がありながら、これを行ったとの状況が認められるところであるから、上記認定は、左右されない。



 東京地裁はこの日の街宣における行政書士の発言や行動を総合し、行政書士が右翼Mと共謀していたものと認定したが、「行動する保守」一行にとって重いのは弁士の発言の際に支援者が行う合いの手についても共謀性を認定した点だろう。当然、西村らが街宣の最後に常に行うシュプレヒコールの際に支援者が行う「そーだっ」「許さないぞー」などの呼応についても、弁士の発言が名誉毀損を含むものであれば、共謀性が認定される可能性があると考えた方がよかろう。

 行政書士は「合いの手にすぎない」として自らの違法責任を逃れようとしたが、この主張によって、街宣活動に違法性があった場合には主催者や弁士だけでなく、無名の参加者であっても賛意を示しただけで法的責任が問われるということをあらためて明確化してくれたことになる。強固な意思をもって参加したわけでなくても責任を負わなければならないということである。

(つづく)
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東村山街宣事件一審判決(その6)
腰の引けた主張

 街宣の不法行為責任が発生するかどうかは、街宣の内容が創価学会の社会的評価を低下させるものであるかどうか、またそうだとすれば、その内容に真実性・相当性があるかどうかである(争点3)。

争点3 「創価学会が朝木明代を殺害した」との虚偽の事実を摘示した(名誉毀損の成否)



(創価学会の主張)
 被告らによる本件街宣活動は、横断幕、本件テープ、被告M及び(行政書士)の発言があいまって、平成7年9月1日に発生した朝木市議の転落死が、自殺ではなく、原告の殺害によるものであるとの事実を摘示するものであるから、原告の社会的評価を低下させ、名誉毀損となる。

(右翼Mの主張)
 被告Mは、本件街宣活動において、朝木市議が原告により殺害されたと直接摘示しておらず、原告による様々な犯罪的行為により追い詰められた死であるとする論評をしたものである。

(行政書士の主張)
 本件街宣活動①の本件テープの内容は、何ら具体的事実を摘示するものではないから、原告の社会的評価を低下させるものではない。

 また、原告は、長年にわたり、犯罪行為、反社会的行為を繰り返しているから、そもそも原告には保護すべき社会的評価がない。仮に(行政書士)の発言が、原告の社会的評価を低下させるとしても、社会通念上の受忍限度の範囲内である。



 少なくとも右翼Mの東村山街宣のうち、

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」(街宣②、④、⑨

「この薄汚い創価学会の犯罪」(街宣③

「創価学会によって殺害された朝木明代さん」(街宣⑦
 
 との部分はどうみても直接的に事実を摘示するものであると思うが、右翼Mはいまさら自らの発言内容を否定するつもりなのだろうか。とすれば、東村山街宣の内容は、提訴されたとたんに自ら否定しなければならない程度のものだったことを自ら認めたことになろう。いずれにしても、かなり腰の引けた主張である。

 東京地裁は右翼Mと行政書士の主張に対して次のように述べた。



 認定事実(=街宣における発言内容および街宣車に取り付けられた横断幕の記載)を総合すれば、被告らの本件街宣活動①ないし⑨がいずれも……横断幕の記載とも相まって、原告が朝木市議を殺害したとの事実を摘示するものであることは、社会通念に照らし明らかである。

(行政書士)は、原告には保護すべき社会的評価がない、原告の社会的評価の低下は社会通念上の受忍限度の範囲内のものであるとも主張する。しかしながら、本件全証拠によっても、原告について、原告が朝木市議を殺害したとの社会的評価が定着していたなどという事実は認められないし、また、被告らの本件街宣活動による社会的評価の低下を原告が受忍すべき根拠もない。



 東京地裁は東村山街宣が「創価学会が朝木明代を殺害した」との事実を摘示したものと認定した上で、この街宣が創価学会の社会的評価を低下させたと認定したのである。

3たび否定された「鈴木鑑定書」  

 街宣の内容が創価学会の社会的評価を低下させるものだったとしても、公益性、公共性があり、かつその内容に真実性・相当性があれば、違法性は阻却される。では、東村山街宣の真実性・相当性について東京地裁はどう判断したのか。

真実性

 右翼らは社会的評価の低下を否認する一方、真実性・相当性を主張していた。その根拠の1つが、司法解剖鑑定書を「鑑定」した山形大学名誉教授による「意見書」だった。この「意見書」は朝木直子が平成20年5月12日、千葉との裁判に際して依頼したものである。これについて東京地裁はこう述べた。



 鈴木意見書については、法医鑑定においては、朝木市議の遺体に認められる創傷はいずれも鈍体による打撲、圧迫、擦過等により形成されたと思われる。これらの部に作用した当該凶器の性状を明らかにするのは困難であるとされているにとどまり、また、上記創傷がいかなる凶器等により形成されたのかを特定するに足りる証拠もないのにもかかわらず、上記皮下出血が手指によるものであるとしている点においてそもそも疑問があるものであって、合理的な根拠を欠くといわざるを得ないものである。



 鈴木名誉教授の「鑑定書の鑑定」についてはすでに2件の裁判(「創価問題新聞」事件西村修平事件)でその信用性が否定されており、名誉教授の「意見書」は3たび裁判所から否定されたことになる。(矢野と朝木は「鈴木鑑定書」を「東村山の闇」裁判でも提出している。この裁判では明確な評価はなされていないものの、「鈴木鑑定書」の意見を採用したのは「人と争った場合には上腕内側部にアザができることが多い」とする一般論の部分のみである)

 一方、行政書士は、「創価学会が朝木の殺害を暴力団に依頼した可能性がある。その密会の現場を撮影したビデオがある」などと主張し、元暴力団組長の著書などを書証として提出したが、東京地裁はいずれも〈原告が朝木市議を殺害したことを証するものではない。〉として斥けた。

 その上で東京地裁は真実性について次のように結論付けた。



(真実性に関する東京地裁の判断)

 その他本件全証拠を併せ検討しても、朝木市議の死が、そもそも他殺によるものであるとも、また、原告の会員が朝木市議の殺害に関係したとの事実も認められないところであって、原告が朝木市議を殺害したとの事実は、これを認めることができない。

 したがって、被告らの摘示事実の重要部分である原告が朝木市議を殺害したとの事実については、真実であることの証明がなされたとはいえない。



相当性

 では相当性はどうだろうか。右翼Mらは過去に矢野穂積が別件裁判で提出した「日本刀を持った男が創価学会元幹部の事務所に乱入する事件があった」とする記載や、「創価学会代理人と東京地検検事の電話での会話内容」(矢野がたびたび主張して排斥されている)に関する記載などをもって相当性を主張した。これに対して東京地裁は、

〈これらの記述には、本件事件との関係を窺わせる部分はないから、その真否以前の問題として、これらをもって、被告らにおいて、原告が朝木市議を殺害したとの事実について、これを真実と信ずるについて相当の理由があったとする根拠とはなしえない。〉(「乱入事件」等について)

〈その文面からも別件で担当検察官と話をしていた際、たまたま原告側代理人からかかってきた電話に同検察官が対応するのを耳にしたというものであり、同検察官の発言がどのようなやり取りの中でなされたものであるかが不明なものであり、……仮に疑いが否定できないとの発言がなされたとしても、それをもって本件事件に対する原告の関与が肯定されるものでもないから、被告らにおいて、原告が朝木市議を殺害したとの事実を信ずるについて相当の理由があったということはできない。〉(矢野の主張する「検察官発言」について)

 などと述べた上で次のように結論付けた。



(相当性に関する東京地裁の判断)

 その他本件全証拠によっても、被告らにおいて、原告が朝木市議を殺害したと信ずるについて相当の理由を認めることも、また、これを窺うこともできないところである。



「相当の理由」を認めなかったどころか、「これを窺うこともできない」とはあまり見ない認定である。平たくいえば、「常識的に考えて、これだけでは創価学会が朝木を殺害したということにはとても結びつかないでしょ」という趣旨だろう。

 相当性を否定するのにそこまでいう必要はないし、主文にはなんらの影響もない。つまり、東京地裁はあえて「これを窺うこともできない」という文言を加えたということである。この文言には東京地裁の、東村山デマに対する断固とした姿勢と、そのような資料だけで「創価学会が殺した」と信じ込んでしまう右翼Mらに対する特別な認識が現れているように思えてならない。

 矢野穂積と朝木直子の主張もまた、裁判所にはまったく通用しないこじつけと認定されたに等しかろう。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その7)
冷めつつある熱狂

 この裁判は原告が創価学会であるという点で「行動する保守」一行にとってきわめて重要な裁判と位置付けられていたようである。「行動する保守」Aが「内部告発者」が存在するとし、創価学会および千葉元副署長らの関与を断定的に主張して以後、一行はたびたびこの東村山街宣と同趣旨の街宣を繰り広げてきた。この間、一連の街宣に関連して西村修平や行政書士は千葉から提訴されていたが、創価学会による提訴は初めてだった。

 裁判では当然、「創価学会の関与の有無」が争点となることは「行動する保守」一行にも予測できたから、第1回口頭弁論の傍聴席は一行の支援者でほぼ埋めつくされた。傍聴にはざっと30~40名が訪れたと記憶している。彼らはいずれも「行動する保守」Aらの街宣によって彼らの主張する「東村山事件」のストーリーを真実であると思い込んでいたものとみられる。

 具体的な裏付けがなくても、白昼、「行動する保守」の指導者であるAが駅頭で堂々と演説すれば、彼らにはそれが信用できると思えたのだろうか。また、「行動する保守」Aが「内部告発」の具体的状況と内容をいつまでたっても明らかにせず、そのこと自体がおよそ信用できないものである証拠ではないかと批判されてもなお、彼らは「行動する保守」Aを信頼していたらしい。聴衆の質にもよろうが、街宣という糾弾、告発の手法はなにか聴衆を一種の熱狂に導き、演説の中身までも熱狂とともに正当化されるのだろうか。

 いずれにしてもこの裁判は、街宣した者だけでなく支援者にとっても、それまでの「創価学会批判」の前提すなわち彼らの行動の根幹に誤りがなかったかどうかの客観的な判定がなされる場でもあった。だから傍聴席にはあふれんばかりの支援者が集まったのだと私は考えている。なんらの知識も持たない支援者たちを糾合した最大責任者、「行動する保守」Aの心中のほどは定かでないものの、第1回口頭弁論に集まった支援者らが「創価学会の犯罪」が暴かれることを本心から期待していたのは間違いあるまい。

 しかし「行動する保守」一行にとって、第1回口頭弁論から1年の間に事態は大きく変わったようである。指導者と目されている者たちの相次ぐ敗訴があり、西村修平が千葉から提訴されていた裁判では平成22年4月28日、東京地裁立川支部が創価学会の関与を明確に否定するとともに、「殺害された」はずの朝木明代に「自殺の動機がなかったとはいえない」とまで言及する判決を言い渡した。

 このころを境に、傍聴する支援者の数はめっきり減った。少なくとも、裁判所まで足を運ぶまでの気が起きなくなったということと理解できた。平成22年7月30日の判決言い渡しの日、傍聴席に現れた有名どころは西村、「行動する保守」Aの弟子、警察官に凌辱を強要したりもする女傑Mぐらいで、支援者も10人に満たなかった。彼らにしても、その表情はいまひとつさえないようにみえた。

将来にわたって禁止された街宣

 そんな「行動する保守」一行にとって追い打ちとなったのが街宣禁止命令である。110万円の損害賠償責任を負うのは右翼Mと行政書士だけだが、街宣禁止命令は間接的に「行動する保守」一行全体に大きな影響を及ぼすものと判断できる。

 東京地裁は判決で〈被告らは、原告に対し、別紙1禁止行為目録記載の行為をしてはならない〉と命じた。「別紙1」の記載内容は以下のとおりである。



(別紙1)禁止行為目録

 自ら若しくは補助者又は第三者をして、
⑴ 別紙東京都東村山市内図面1、同東京都東大和市内図面2、同東京都東大和市内図面3の赤線で囲まれた区域内において、拡声器若しくは街頭宣伝車等の車両を用いて演説を行い、原告の宗教活動等の業務を妨害し、その名誉を毀損し、誹謗中傷したりする一切の行為
⑵ 東京都東村山市及び東大和市内において、拡声器若しくは街頭宣伝車等の車両を用いて別紙2記載の趣旨の演説を行い、原告の名誉を毀損し、誹謗中傷したりする一切の行為

(別紙2)街宣禁止内容

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死致しました。この事件を担当した東村山警察署は、単なる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会の犯罪なんです」

「創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです」

「日本の国を牛耳ってやりたい放題で犯罪のオンパレードなんです」

「朝木明代市議が、駅前のビルらか突き落とされて殺されました。殺人罪の時効、あと1年で時効になります。いまこそ、この薄汚い創価学会の犯罪に対し、我々、国民が、市民が、糾弾の声、鉄槌を下していかねばなりません」

「創価学会は、この日本における最大最悪の犯罪者集団」

「創価学会の犯罪を許すな」

「創価学会は殺人をやめろ」

「犯罪者集団創価学会を許すな」

「何と言っても宗教団体の皮を被りながら実際は犯罪のオンパレード、殺人組織化されているのが創価学会でありましょう」

「宗教の皮を被った殺人集団、創価学会を叩き出せ」



 東京地裁は平成21年6月29日、本件東村山街宣に関して街宣禁止の仮処分決定を行っている。しかし右翼Mと行政書士がこの仮処分を無視し、その後の平成21年9月1日にも同趣旨の街宣を行っている事実を認定。その事実から、右翼Mらが〈将来も請求の趣旨第2項記載の行為(=本件街宣)を繰り返す高度の蓋然性があり〉と認め、右翼Mらに対して別紙2記載の内容の街宣を東村山市内等で行うことを禁止したのである。

 通常の相手なら、発言の内容で名誉毀損が認定されれば、以後は同じ過ちを犯さないようにするだろう。しかし右翼Mと行政書士は仮処分決定を無視し、提訴されてもなお口頭弁論のたびに誹謗中傷を繰り返している。裁判所が右翼Mら「行動する保守」一行に限っては、損害賠償命令だけでは不十分と判断したとしてもなんら不思議はない。

「行動する保守」一行は、禁止項目目録の冒頭に〈自ら若しくは補助者又は第三者をして〉と記載されている点にも注意すべきだろう。今後、「行動する保守」一行が右翼Mらとともに東村山街宣と同趣旨の街宣を行えば、街宣禁止命令に違反することになる。右翼Mが参加していなかったとしても、また東村山や東大和以外の場所で行ったとしても提訴されれば敗訴は免れまい。

 110万円の損害賠償命令は平成21年6月14日に行った街宣に対してのみ向けられたもの、つまり過去の行為に対する責任が問われたものだが、一方、街宣禁止命令は未来にわたりまだ行われていない行為を具体的に示してあらかじめ禁止するものである。言論の自由が憲法で保障された現代において、将来にわたり特定の言論行為が禁止されるとはよほどのことというべきで、街宣禁止命令がいかに重いものであるかがより鮮明になろう。

判決に寄与した「行動する保守」A

 なお、街宣禁止の仮処分決定のあとに行われた平成21年9月1日の街宣の呼びかけ人は「行動する保守」Aと西村修平である。すると今回の判決において前年の街宣の事実が考慮されていることを考えれば、「行動する保守」Aと西村もまた110万円の損害賠償と街宣禁止命令に少なからず寄与したことになると理解していいのではあるまいか。

 右翼Mと浦安の行政書士が東村山で行った街宣は、平成20年7月29日、「行動する保守」Aが八王子駅前で行った街宣に端を発するものである。とりわけ「行動する保守」Aが追及の根拠として提示した「警視庁内部の告発者の存在」という「新事実」はきわめて衝撃的だった。その後、東村山デマの発信元である東村山市議の矢野穂積、朝木直子の協力を得て、「行動する保守」一行は平成20年9月1日、ついに東村山に勇躍乗り込んで街宣を行った。右翼Mと行政書士による街宣もまたその流れの中にある。

 しかし右翼Mらによる東村山街宣の違法性が認定され、さらに「行動する保守」Aが呼びかけ人として開催した平成21年9月1日の街宣を街宣禁止命令の理由の1つとしたからには、裁判所が前年の街宣にも違法性を認めたということでもある。この街宣以外にも「行動する保守」一行は裁判所前などこれまで多くの場所で同じ趣旨の街宣を繰り広げてきた。つまり今回の判決は、「明代は創価学会に殺された」とする内容の街宣のすべてを否定したものとみるべきであると私は考えている。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その8)
深刻な「誤読」

 右翼Mと浦安の行政書士による東村山街宣をめぐり東京地裁が彼らに言い渡した110万円の支払い命令は軽いものではない。また街宣禁止命令も一言一句まで具体的に示していたから、普通の判断力があれば、同じ趣旨の街宣はしないだろうと考えられた。

 しかし一方で、「行動する保守」一行のそれまでの街宣の状況をみる限り、その態様は尋常なものとはとうていいえず、とりわけ報復的な街宣を繰り返してきた「行動する保守」Aや西村修平、右翼M、行政書士に限っては常識が通用するのだろうかという懸念が払拭できなかったのも正直なところである。ひと月後には朝木明代の命日も迫っていた。指導者たちが街宣をするといえばまだそれなりの支援者が集まる可能性がないとはいえない。そうなれば、再び万引き被害者に対する襲撃事件の再現もないとは言い切れないのだった。

 案の定、判決直後には右翼Mが東京地裁前で街宣を行って判決を非難し、また「平成21年9月に行った追悼街宣も仮処分決定違反にあたり、裁判所から事実上否定された」と指摘された「行動する保守」Aは〈仮処分を無視して街宣を強行?〉のタイトルの下、次のように反論して、日頃の指導者然とした訳知り顔の物言いからはかなりかけ離れた浅慮を披瀝した。

〈その街宣活動(平成21年9月1日の街宣)に対して「街宣禁止の仮処分」が申し立てられていたとは今回初めて知りました。……このような「街宣禁止の仮処分」を申し立てていたのなら、それを是非明らかにして欲しいと思います。〉

 この「行動する保守」Aの記事が公開されたのは平成22年8月8日、判決から1週間以上もあとのことである。「行動する保守」Aが呼びかけ人となって行った平成21年の「追悼街宣」を批判した人物は、「裁判所が街宣禁止を命じるかどうかの判断においてその後の追悼街宣も考慮しているから、追悼街宣もまた違法性が認定されたに等しい」と指摘したにすぎず、「追悼街宣」にも街宣禁止の仮処分が申し立てられていたなどと指摘したのではない。ところが「行動する保守」Aは批判の論旨を取り違え、自分が主導した街宣もまた仮処分禁止命令が出ていたにもかかわらず、その命令を無視して強行されたものと批判されたと考えたらしい。

 仮にそう誤読したとしても、「行動する保守」の指導者ともあろう者が、いちいち目くじらを立てるほどのことでもなかろう。ところが「行動する保守」Aはこの指摘を誤読し、上記の反論に至ったのだった。枝葉末節にこだわるところに「行動する保守」Aの器量のほどがうかがい知れよう。判決文を正確に理解していればこんな反論など普通はしないだろうが、この時点で「行動する保守」Aは判決文をどう理解していたのだろうか。

 少なくとも「行動する保守」Aには、自分が呼びかけ人となった平成21年9月の「追悼街宣」について違法性が認定されたという認識はなかったのではないかと私はみている。そうでなければ上記のような誤読を犯すことは通常では考えられない。つまり「行動する保守」Aが自らに対する批判を誤読したのは、判決文の判示するところが何なのかについて正確な理解に至っていなかったことに起因しているのではないかと推測できた。

 平成20年11月に「行動する保守」Aと直接遭って以後、私はこの指導者が、通常の話がおよそ通じない人物であること、自分の主張を通すため、自分のプライドを守るためなら事実にも平気で目をつむり、それどころか保身のためには嘘の宣伝もまったく苦にしない人物であると確信した。その前提からすれば、「行動する保守」Aは東京地裁の判示する意味をおおむね理解していたが、自分に向けられた批判の矛先をかわすために、「追悼街宣」そのものに対して仮処分の申立がなされていたかどうかという話に意図的に論旨をすり替えたという見方もできる。

 いずれにしても「行動する保守」Aの主張をみるかぎり、今年の9月1日にも東村山で「追悼街宣」が行われる可能性は、東村山街宣に対する判決によっても否定されないということらしかった。

重要なアピールの場

「行動する保守」Aが主導して平成20年、21年と2年連続して行ってきた朝木明代の「追悼街宣」は彼らにとって、「朝木明代の転落死事件は自殺ではなく、再捜査されるべきだ」との主張の正当性を訴えるためにもけっして絶やしてはならない重要な年中行事である。その真意がどうであれ、明代の命日に東村山で街宣することには「行動する保守」Aら幹部の支援者に対するプライドがかかっているようにもみえる。

「行動する保守」Aは、「内部告発者」が存在するとして明代の転落死の「真相究明」と称する活動に乗り出してきた。しかし「行動する保守」Aは、それから丸3年が経過する現在に至っても「内部告発者」の存在どころかその具体的内容すらも明らかにしない。いまや「行動する保守」Aの口から積極的に「内部告発者」の話題に触れることもほとんどなくなり、「内部告発者」の話自体が根拠のないデマであるとする評価がほぼ定着している。

 また西村修平の裁判でも、彼らが頼みにしていた矢野と朝木の主張がことごとく否定され、「行動する保守」一行を東村山事件に引き込んだ責任者として「行動する保守」Aの立場はますます苦しいものになっていると推測できた。そんな内情を否定してみせるためにも、「行動する保守」Aは「追悼街宣」が禁止対象になってしまったことを認めるわけにはいかなかったということではあるまいか。明代の命日に東村山で街宣を行うことは「われわれが信じたことは間違っていない」という支援者をつなぎ止めておくための重要なアピールの場と言い換えてもよかろう。

 したがって、右翼Mと行政書士に対して街宣禁止命令が出たからといって、ひと月後に迫った9月1日に「行動する保守」一行が東村山で街宣を行わないとみるのは早計と、千葉と私はみていた。「行動する保守」に限っては常識的な判断は通用しないということである。

 案の定8月28日、「行動する保守」Aは9月1日に浦安の行政書士とともに東村山駅前で街宣することを告知した。呼びかけ人の中になぜ右翼Mが入っていないのかは不明だが、その内容は「創価学会を批判していた朝木明代市議は殺害された」とする趣旨のものになると予測できた。当然、行政書士にとっては街宣禁止命令に反することになるし、「行動する保守」Aも提訴されれば敗訴する可能性が高い。行政書士はともかく「行動する保守」Aは、提訴されても客観的に立証できる自信があったのだろうか。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その9)
老獪な弁明

 8月30日午前、「行動する保守」Aは行政書士が離脱を表明してもなお1人で街宣を行うと告知した。しかしその後に起きたぶざまな経緯からみると、「行動する保守」Aが「明代は創価学会によって殺された」とする根拠を示す自信があったのかどうかについてはかなり疑問だったのではないかと考えるほかない。迫る9月1日の追悼街宣をめぐり、「行動する保守」Aの周辺では次のような醜態が演じられた。

「行動する保守」Aは8月28日に街宣の告知を行ったが、その2日後の8月30日午前5時前、行政書士は「重要な作業があるため時間的、物理的に」参加できなくなったと表明。これを知った「行動する保守」Aは同日6時30分、行政書士が参加できなくなったことを告知した。この結果、呼びかけ人・弁士は「行動する保守」A1人となった。要するに、判決の内容を理解した行政書士はいち早く避難したということと理解できた。

「行動する保守」Aが主張するように、判決は「行動する保守」Aが東村山駅前で街宣することを禁止するものではない。しかし、「行動する保守」Aが右翼Mと同じ内容の街宣をすれば今度は「行動する保守」A自身が提訴される可能性がある。もちろんその場合、敗訴は免れまい。それでもなお「行動する保守」Aは、1人になっても街宣を行うというのだから相当の決意と覚悟があるものとみえた。

 あるいは行政書士が手を引いてもなお「行動する保守」Aはその真意に気づかず、また判決の内容をまともに理解していなかったのだろうか。常識が通用しない者の真意を推し量ることは困難だが、いずれにしても「行動する保守」一行の側からみれば、1人でも街宣を行うという「行動する保守」Aの姿勢は「行動する保守」一行の指導者として、また「行動する保守」一行を矢野のデマに引き込んだ責任者として、中身はともかくその心意気だけは評価できよう。支援者もますます敬意を深めたのではあるまいか。「さすがはA先生」と。

 ところが支援者の士気を鼓舞し、勇気づけたかに思えた「A先生」はその6時間後、「やっぱり9月1日の街宣はやめることにした」と支援者が登りかけたはしごをあっさり外したのである。その理由もまた「行動する保守」Aらしい、よくわからないものだった。「行動する保守」Aはまずこう弁解した。

〈一緒に戦ってきた同士と綿密な打ち合わせをすることもなく、今年もまた呼びかければ参加していただけると言う軽い考えでことを進めてしまったことで、混乱を招いた責任を取ることと致します。〉

 参加しないことを表明した行政書士のことをいっているとみられた。つまり「行動する保守」Aは無断で「呼びかけ・弁士」として行政書士の名前を出したが、危ないことを知っている行政書士から断られたということのようである。

 ただわからないのは、行政書士が街宣に来ないことになったとして、それがどんな「混乱を招いた」というのか。「朝木明代の転落死の真相を究明する」という点において行政書士が参加しようがしまいが支援者にとっては何の影響もないし、「混乱」したとすれば「行動する保守」Aと行政書士との関係、あるいは「行動する保守」A個人の内面においてだけなのではあるまいか。
 
「行動する保守」Aは「混乱を招いた責任を取る」といって街宣を中止するという。しかしこの際、「行動する保守」Aが「責任を取る」とは、最後まで支援者の期待や「敬意」に応えることなのではなかったか。責任者が堂々と「1人でも街宣は行う」と表明すれば、支援者の戸惑いなどあっという間に消えてなくなるはずである。本当の指導者ならそう考えるだろう。

「行動する保守」Aは行政書士が追悼街宣には参加しないといってきたことで判決の意味をようやく理解し、東村山で街宣を行うのは危ないことがわかった。しかし支援者に対してそんな弱気を見せるわけにはいかない。そこで「混乱の責任を取る」というかたちで街宣を中止したということではないかと私は推測している。要するに「行動する保守」Aは、なんら責任のない支援者をダシにして「危ない」街宣から手を引く口実にしたということになろうか。さすがに老獪である。

矢野と行政書士に対する嫌悪感

 一方、「行動する保守」Aが8月28日に街宣の告知を行った際、「呼びかけ人」として名前が挙がっていなかった右翼Mは翌29日、どういうわけか「行動する保守」Aらが予告した街宣開始時刻の1時間前に街宣を行うという告知を行っている。「行動する保守」Aらの街宣が始まる時間帯には街宣を終えるというのだから、右翼Mは「行動する保守」Aらとは一線を画し、独自に街宣を行うということらしかった。

 それどころか、右翼Mの平成22年8月29日付ブログからは矢野と朝木、さらには行政書士に対する非常な嫌悪感のようなものがひしひしと伝わってくる。わざわざ「追悼街宣」を告知するタイミングで矢野・朝木と行政書士を並べて間接的に批判していることには何か意味があるようにも思える。もともと行政書士と矢野・朝木は、矢野が作成したビラの配布を通じて「草の根」の議員控室で懇談するなど東村山街宣以前から関係が深い。そのことを右翼Mもよく知っているはずである。

「朝木市議転落死事件の真相究明」という目的は共通しているはずなのに、それまで共闘していた右翼Mと行政書士や「行動する保守」Aが判決後なぜ急に、別々に街宣を行うことになったのか。裁判で行政書士は、相被告であるにもかかわらず街宣の責任を右翼Mに押しつけるかのような主張をした。行政書士はこれまでの裁判の結果から、矢野・朝木の資料によっても真実性・相当性が認められる可能性がないことを薄々感じており、それなら自分だけは責任を免れる道を選ぶ方が得策と判断したようにもみえる。

 かつて矢野と朝木も、「週刊現代」裁判で同様の手法をとって相被告である講談社と決裂したというよく似た例もある。保身のためなら人を裏切ることなど何とも思わない者にとってはよくある話のようである。判決が確定した場合、右翼Mと行政書士が連帯して命じられた110万円の支払いをめぐっても、すべての責任は右翼Mにあると主張している行政書士が右翼Mに対してすんなり連帯責任を認めるとも考えられない。

 責任をなすりつけようとする相被告と控訴審をどう戦うのかという問題もあろう。その過程で、右翼Mと矢野・朝木、行政書士との間で何かがあり、それが彼らに対する嫌悪感をあらわにした右翼Mの筆致につながったようにも思える。当然そのことは「追悼街宣」のやり方にも影響を与えただろう。

 ところで8月27日、右翼Mは地元中野で政治集会を開催している。「行動する保守」Aはこの集会を自身のブログで紹介するとともに参加を表明、右翼Mはこのことをブログで嬉々とした様子で紹介している。「行動する保守」Aが右翼Mを排除するかたちで「追悼街宣」の告知を行ったのはその翌日のことである。

「行動する保守」Aがその集会に参加したとすれば、9月1日に開催しようとしていた「追悼街宣」について右翼Mとなんらかの相談をした、あるいはそのつもりだったということではあるまいか。ところが不思議なことに、その後右翼Mは集会の報告記事をブログに掲載したものの、「行動する保守」Aについては触れてさえおらず、「行動する保守」Aが参加したのかどうかも定かではない。結果として、「行動する保守」Aは「追悼街宣」で右翼Mを排除し、右翼Mは独自に街宣を行うことになったという事実だけが残った。

 その後、行政書士と「行動する保守」Aは相次いで街宣から手を引いた。その時点で周囲からは中止した方がいいという声もあったようである。しかし、右翼Mは「1人でもやる」と息巻いた。右翼Mの記事からは「自分は駆け出しのネット系ウヨクとは違うのだ」という強い自尊心のようなものが感じられた。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その10)
根強い煽動の影

 平成22年9月1日、私は街宣開始予定時刻の30分ほど前に東村山駅前に到着した。私には街宣開始前に確認しておきたいことがあった。実はその日の昼ごろ、さほど大きくない花束を抱えたジーパン姿の若者が1人、東村山駅からいったん万引き被害者の店方面に向かい、数分後にまた駅方面に引き返してきたという目撃情報が東村山市民から寄せられていた。その若者が花束を最終的にどこに持って行ったのかまでは確認されていなかった。

「行動する保守」Aらによる2度の東村山街宣などの結果、明代の転落死が「万引きを苦にした自殺」ではなく、万引き犯にでっち上げられた末に(宗教団体によって)自殺を装って殺害されたと思い込んでいる者がまだ多くいることは明らかである。さらにすべての東村山デマの発信源である東村山市議の矢野穂積が万引き被害者に対する嫌がらせを煽動したという経緯もあり、花束を抱えた若者が嫌がらせの意図をもって洋品店に近づいた可能性は捨てきれなかった。現実に矢野の煽動後、洋品店には頻繁に嫌がらせ電話がかかっているという事実もあった。

 若者が「行動する保守」Aと矢野にたぶらかされた者なのか、まったくの無関係の市民にすぎなかったのか。花束をどこに持って行ったかが確認できれば、若者の行動を推測することができよう。私は千葉や街宣を見に来ていた市民2名とともに転落死現場のビルに向かった。そのころ、東村山駅東口ロータリー周辺に「行動する保守」とおぼしき者の姿はまだ見かけなかった。

 現場ビルに着き、平成20年9月1日に「行動する保守」Aが矢野、朝木直子とともに追悼の献花を行った周囲をざっと見渡すが、花束は見当たらない。捨てられたのだろうか。そう思いながら、私はフェンスで仕切られた隣のビルとの隙間に目を凝らした。

 隙間は30センチほどで、空き缶などのゴミが散乱している。するとその中に、薄茶色の紙で包んだ花束が1つ、捨てたように置かれていた。包装紙の色は目撃情報と一致しており、まだ汚れもほこりも付いていない。中にはまだ生き生きとした黄色の菊が3、4本入っていた。もちろんこれだけでは断定はできないが、東村山市民から寄せられた情報の若者が置いていったものである可能性がきわめて高いと私と千葉は判断した。

 死者を悼む気持ちそのものを否定するつもりはない。しかしそれが、矢野によって万引き事件は捏造だったと信じ込まされ、明代は殺害されたのだという妄想に基づくものだったとすれば痛ましい話である。若者は妄想に支配され、人生の貴重な時間を浪費したということになるまいか。

 余談だが、私が妄想の花束を撮影していると、後方から「勝手に写真を撮っちゃダメだよ」と声をかけてきた者がいた。右翼Mだった。私が「献花ですか」と聞くと、右翼Mはこういった。

「おれとケンカやるのか?」

 さすがに日本拳法の達人というべきだろう。右翼Mはなにやらパソコンを抱えた年配者とともに転落現場を見に来たらしかった。「殺害」の証拠でも探そうとでもしたのだろうか。

 現場ビルを離れてロータリーへ向かっていると、府中街道につながるロータリーの出口付近に公安関係者らしき数人が到着していた。しかしまだ、支援者らしき者は1人もいなかった。 

退屈きわまる街宣

 そんなちょっとした前哨戦もあったが、右翼Mの街宣は予定どおり午後4時15分過ぎに始まった。街宣開始時刻には7名の支援者が集まっていた。有名どころは女傑Mだけで、あとは私にはなじみのない顔ぶれである。違法性を問われかねない右翼Mの街宣活動に参加した支援者たちは、女傑Mを筆頭に「行動する保守」一行の中でも選りすぐりの精鋭なのだろうと推測された。

 さて、街宣禁止命令が出されている中であえて街宣を強行する以上、その内容が後退したものでは意味がなかろう。しかしその内容は、右翼Mが「1人でもやる」と息巻いて強行したわりには目新しいものは何もなかった。

 右翼Mは街宣の冒頭で「朝木明代が創価学会を批判していた」「転落死事件は自らの意思で飛び降りたものではないことが誰の目にも明らかであるといわれている」「万引き事件は冤罪であるにもかかわらず書類送検された」「創価学会という組織は邪悪な集団である」などと述べ、さらに「今回の創価学会による提訴は言論弾圧を目的とした訴権の濫用である」「今回の判決は公正なものではない」などと主張した。総合的に判断して創価学会に対する名誉毀損に当たるか否かは別にして、直接的な表現を避けたことがわかる。

 ただ右翼Mとしては、不法行為になるのを避けるだけではやはり「ネット右翼とは違う」右翼としてのプライドが許さなかったらしい。右翼Mとしては不法行為を避けながら、本心を伝える方法はないかと思案したのだろう。その方法として右翼Mが考え出したのが街宣禁止の仮処分決定をそのまま引用することだった。

〈(街宣禁止命令では)「この『朝木明代さんの死というものは創価学会によって殺害された』といって誹謗中傷してはならない」ということでありますので、私は現在、これに従いながら訴えをしております〉

 右翼Mなりに工夫したことはわかるが、はたしてこれで不法行為を免れられるのだろうか。心配なのは、右翼Mだけでなく支援者たちが首から下げたプラカードの文言が街宣をより悪質なものにしてしまっていることである。プラカードには以下のような文言が記載されていた。

〈朝木明代市議謀殺事件! ヤクザと結託 自殺と見せかけた 警察は明らかに判断を間違っている〉

〈創価学会は犯罪的な集団〉

〈邪教集団による言論弾圧を許さない〉

〈東村山転落事件 時効目前! 創価学会による司法介入許さないぞ〉

〈オウムに匹敵する殺人集団 創価学会は日本から出て行け〉

 名誉毀損が成立するかどうかは発信者の意思にかかわらず、受け取る側がそれをどう理解するかによる。プラカードの文言と街宣内容を総合すれば、聴取者が「朝木明代は創価学会によって殺害されたと主張している」と受け取ったとしてもなんら不思議はないと思われた。

 平成22年9月1日、右翼Mがわざわざ違法行為の危険まで冒して東村山までやって来て行った「追悼街宣」のうち、明代の転落死に関連した街宣はわずか20分でしかなく、どういうわけか右翼Mはその後の20分間を街宣前に千葉や私と遭遇したことや何の関係もない中野区の話に費やした。きわめて中途半端な、情けない街宣だったというほかない。

矢野と朝木は高見の見物

 この日の街宣は複数の私服警察官が監視していた。右翼Mが再び万引き被害者の店に行く恐れは十分にあった。右翼Mは街宣終了後、駅前の喫茶店に入ったが、東村山を離れるまでは監視を解くことはできなかった。約1時間後、支援者とともに喫茶店を出てきた右翼Mは周囲をうかがって公安がまだ待機していることを確認すると、洋品店に近づくことなく東村山駅に向かった。右翼Mなりに状況を判断したのだろう。その判断は間違っていない。

 こうして右翼Mは公安の監視の下、違法行為の危険を冒してまで街宣を敢行したが、では右翼Mにここまでデマを信じ込ませた張本人である矢野と朝木がこの街宣に何か協力したのかといえば、そんな形跡はまったくみられなかった。

 その日は東村山市議会が開かれていたが、午後3時には散会している。矢野と朝木が街宣に参加しようと思えば時間的には十分に可能だった。しかし矢野と朝木は、過去2回の街宣には参加(平成21年の街宣は朝木が姿をみせた)していたにもかかわらず、今回の街宣には顔さえみせなかったのである。とりわけ「行動する保守」Aらが行った平成20年の最初の街宣の際には、矢野と朝木は朝から喪服を着るほどの力の入れようだったことを考えると、その対応には雲泥の差があるようにみえる。

 同じ趣旨の街宣をするのに、主催者によって対応が変わるとは不可解な話だった。しかも矢野と朝木はこれまで「行動する保守」一行とは政治的主張を超えて(「反創価学会」という点では立場を同じくするが)協力してきた関係にある。それが右翼Mに限ってはなぜ無視したのだろうか。

 右翼Mと行政書士に対して街宣禁止と110万円の支払いを命じた判決もその理由の1つとみられた。ヘタに関われば不法行為の巻き添えにされかねないと考えたとしても不思議はあるまい。しかも右翼Mは洋品店を襲撃さえしかねない。矢野と朝木が右翼Mを敬遠したとしても無理はなかった。

 しかも矢野と朝木はすでに「明代は創価学会に殺された」と公言して200万円の損害賠償を命じられており、また彼らの主張する「万引き冤罪説」と「他殺説」が裁判所に通用しないことは十分に認識している。したがって、彼らはもう不特定多数に向けてそのような主張はできなくなっている。

 しかし右翼Mのように彼らのデマを妄信する者がいて、その者たちがデマ宣伝を繰り広げてくれるぶんには何の問題もない。矢野と朝木は高見の見物をしていれば、違法行為の責任はすべて「行動する保守」一行がかぶってくれるというわけである。

 2日前に右翼Mが矢野・朝木に対する嫌悪感を述べ、矢野と朝木が10月2日に行った「追悼集会」には「行動する保守」A、西村修平、行政書士といった「行動する保守」の歴々が顔を揃えたが、右翼Mだけは参加しなかった。しかしそれが、自分たちは矢野と朝木に利用されたと感じたためなのかどうかは定かではない。

(了)

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