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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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右翼M事件 第1回
敬意集める「行動する保守」A

 警視庁東村山警察署元副署長千葉英司が東京・中野区在住の右翼Mを提訴している裁判の第5回口頭弁論が平成22年10月6日午後1時30分から東京地裁立川支部で開かれた。この日も裁判所は駐車場入口に数名の職員が立ち、その脇には「街宣車の入場はできません」と書いた看板も立てられた。午後1時20分ごろに看板が撤去されたところをみると、右翼Mが街宣車で乗りつけることを想定していたことがうかがえた。

 法廷前に行くとこれまでどおり裁判所職員が数名立っている。「行動する保守」関連裁判では当事者以外は開廷5分前にならないと入廷できない。私は周辺を一回り見渡した。すると、法廷に向かって右脇にある待合スペースに、西村修平につき従っている女傑Mと並び称されるもう1人の有名な女性活動家Gがベンチに座っていた。女性活動家は私を認めると、抗議の感情を押し殺したような強い視線を投げてきた。西村の信奉者ということは、あるいはこの人も女傑なのだろうか。

 女傑G以外にはまだ「行動する保守」一行は到着していないようだった。私は女傑から一定の距離を置いてベンチに腰を降ろし、開廷を待つことにした。そこにやって来たのは「行動する保守」Aである。たいてい同行する弟子の姿はない。「行動する保守」Aはどうやら1人で来たらしかった。「行動する保守」Aはベンチに座っている私に気がついたが、以前とは異なり、私に近づいてはこなかった。

 数分後、エレベーターの方向がざわめいた。複数の人間が降りてきたらしく、足音に混じって話し声も聞こえてくる。それを聞きつけた「行動する保守」Aが法廷の方へ向かう。私も立ち上がって目をやると、右翼M一行が到着したところだった。それまで平穏そのものだった法廷前が一瞬にして不穏な空気に包まれた風情である。右翼Mは職員に促されてそのまま当事者入口から法廷へと消えた。

 右翼Mに同行してきたのは西村修平と女傑M、ほかに4名の支援者だった。西村はソフトケースに入った一抱えほどもあるハンドスピーカーを職員に預けている。閉廷後の街宣のために遠路、抱えてきたのである。

 背後では「行動する保守」一行とも一般の傍聴人とも明らかに雰囲気の異なる4名が彼らの様子をうかがっている。半年ほど前まではすでに西村から離反した幹部などに話しかける光景がしばしば見受けられたが、この日は誰も一行に話しかけようとはしない。一行に対するスタンスになんらかの変化があったのかもしれなかった。

 開廷時刻が近づき、職員に促されたのか、一行は1列に並び始めた。そこへ「行動する保守」Aが近づいていくと、2名の若い支援者が深々と頭を下げて挨拶していた。さすが「先生」と呼ばれる大物だけのことはある。それほど尊敬を集めているのだから、「行動する保守」Aは若者の期待に応えなければならない。

「行動する保守」Aは矢野と朝木が開催した「追悼集会」で挨拶に立ち、「内部告発者」に加え、衝撃的かつ奇抜な新しい「極秘情報」を公表したと伝えられている。いずれ「内部告発」の内容とともに明らかにされるのではあるまいか。なお、「内部告発」とともにその「極秘情報」に対する矢野・朝木のコメントはいっさいない。新たな「極秘情報」については一部支援者の間で不思議なことに、指導者が公表したとされる事実自体を頭から否定する声が多い。

 開廷5分前、「行動する保守」一行は列を乱すことなく法廷に入った。それを確認したのち、私も法廷に入った。一行をうかがっていた4名は最後列に座り、傍聴席の後方2カ所には裁判所職員が立った。傍聴席の後ろに職員が立つのは「行動する保守」関連裁判ではすでに見慣れた光景である。東京地裁における厳重な警備態勢といい立川支部の対応といい、「行動する保守」一行に対する裁判所の評価が定着したということと理解できた。

徹夜で提出した準備書面

 この日、私が注目していた点は2点あった。1つは、右翼Mが準備書面を提出するのかどうか。もう1つは、これまでなんら触れていない真実性・相当性を主張・立証するのかどうかという点である。前回の口頭弁論で裁判長は右翼Mに対して9月27までに準備書面を提出するよう命じていた。しかしこの日の午前中までに、千葉の元には書面は届いていなかった。

 しかし法廷に入ると、千葉が何かの書面に目を通しているのがわかった。あとで確認したところ、書面は10月6日午前4時に裁判所に届いていたことがわかった。右翼Mは書面を間に合わせるために徹夜したのだろう。よほど充実した内容なのだろうか。

 右翼Mの準備書面の内容を紹介する前に、千葉の訴えの内容とこれまで開かれた口頭弁論の流れを確認しておこう。

 千葉が右翼Mを提訴したのは平成21年9月8日。右翼Mは平成21年9月1日発行した「政経通信第38号」において次のように記載した。



(タイトル)
創価学会の犯罪を許さない
徹底した総力戦で粉砕するぞ!

(リード)
殺人さえも厭わない犯罪者集団が政治を牛耳る
高額賠償請求の乱発は司法を駆使した恐喝行為だ

(本文)
「東村山の闇」に光を!
(朝木市議の転落死事件は)創価学会が口封じに殺害した可能性が高く、現場の状況証拠から見て、これは確定的である。
 ……略……
 にも拘わらず捜査の指揮をとった東村山警察署の千葉英司副署長(当時))は強引に自殺として処理。(本件記載1)
 ……略……
 自殺に見せかけるためにはその動機が必要となる。そのために同年6月19日に朝木市議が駅近くの洋品店でブラウスを万引きしたという事件をでっち上げた。後日取調べを受けた朝木市議は書類送検されたことを苦に自殺したというストーリーまでお膳立てしていた。(本件記載2)
 ……略……
 この男こそ13年前、自殺事件にすり替えた張本人・千葉英司だったとわかった。警察を退職した今でも創価学会シンジケートで繋がり、店主を装って用心棒を演じていたとは。(本件記載3)



 千葉は、これらの記載(本件記載1~3)によって名誉を毀損されたと主張している。

(つづく)

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右翼M事件 第2回
牽強付会の主張

 千葉が問題とした記事と不法行為として摘示した箇所(本件記載1~3)について一般読者は、

「創価学会は殺人さえも厭わない犯罪者集団である」(タイトルおよびリード)

「朝木市議の転落死は創価学会が口封じに殺害した可能性が高いにもかかわらず、千葉は強引に自殺と捏造した」(本件記載1)

「創価学会は自殺とみせかけるために万引き事件をでっち上げた」(本件記載2)

「千葉はそのような創価学会という犯罪組織(シンジケート)の一員で、万引き捏造の事実を露顕させないために用心棒として洋品店で待ち受けていた」(本件記載3)

 と理解する、よって本件記載は千葉の社会的評価を低下させたと千葉は主張している。これに対して右翼Mは平成21年11月18日開かれた第1回口頭弁論で提出した答弁書においてそれぞれ次のように主張している。



(リード部分)
 リード部分は原告千葉が主張するところの「創価学会は殺人さえも厭わない犯罪者集団」ではない。「殺人さえも厭わない犯罪者集団が政治を牛耳る」が事実である。

(本件記載2)
 本事件「朝木市議殺害事件」に関して、「創価学会による犯行である」「創価学会が事件に関与している疑いがある」「万引きを苦にした自殺である」等の言論は、14年間に渡り種々雑多なのもが出版物及び言論活動で紹介されている。

 被告はそういった物の中から、自らの感性で創価学会に殺された可能性が高いと判断したものである。

(本件記載3)
「原告千葉が創価学会の犯罪組織に所属する人物である」とは一言も記述されていない。原告千葉による思い込みか捏造、または印象操作である。

(創価学会は右翼Mに対して訴訟という手段で幾多の攻撃を仕掛けている=右翼Mの主張の趣旨)が、こうした流れの中で、これらに追随して原告千葉が9月8日に本事件を提訴したというのは創価学会、及びその関係者と何らかの繋がり、接点があったと考えるのが妥当であるが、本件記事では、敢えて指摘せずに「創価学会シンジケートと繋がり」と軽く触れたに過ぎない。



 右翼Mの主張は、「リード部分」「本件記載3」についてはやや牽強付会の感が否めないように思える。とりわけ「本件記載3」については、右翼Mが「軽く触れた」と考えていたかどうかではなく、問題は読者がこの表現をどう受け取るかである。「創価学会シンジケートと繋がり」といわれれば、「千葉は(犯罪者集団である)創価学会と意を通じていた」と受け取るのが普通なのではあるまいか。 

 また、右翼Mは本件記事全体について次のように主張している。



(本件記事は)創価学会の悪行を糾弾するのを目的としたものである。この創価学会を批判する記事中において朝木市議殺害事件を冒頭に紹介し、次に公明党都議による選挙カーのガソリン代不正請求を糾弾している。冒頭の朝木市議殺害事件の内容を説明する過程で東村山警察署による他殺を自殺にすり替えた問題を論じている。更にその中で捜査の責任者として当時の副署長であった原告千葉の氏名が登場したに過ぎない。



 千葉に触れた箇所は「創価学会に対する糾弾」という記事のテーマではないから、名誉毀損にはあたらないと主張したいのだろうか。ただ一般に、当該記載箇所が本論であろうとなかろうと、記載された部分によって一般読者が当該記載事実を真実と受け止め、記載された者の社会的評価が低下したと判断されれば不法行為があったと判断されるようである。

求釈明の意味

 出版物や発言による名誉毀損裁判では①それが不特定多数に向けて発信されたものであるかどうか②事実摘示と社会的評価の低下の有無③それが名誉毀損であると認定されるものであれば、公共性・公益性があり、かつ真実性・相当性があるかどうか――が問題となる。

 訴えられた側はこれらの法律論をふまえて反論するのが通常だが、右翼Mの答弁書をみるかぎり、その主張は訴状の記載に従って反論しただけのもののようにみえた。平たくいえば、法律的に何がいいたいのかよくわからないように思えた。

 裁判所としても右翼Mの主張を法律的に整理する必要があると考えたのだろう。裁判所は平成22年1月27日に開かれた第2回口頭弁論終了後、右翼Mに対して次のような求釈明を行った。



被告に対する釈明事項

1 被告は、原告が主張する次の請求原因事実のどの部分を争うのか。
(1)被告は原告の社会的評価を低下させるような事実を流布したこと
(2)その点に被告に故意過失があったこと
(3)上記(1)により原告の社会的評価が低下する危険性が発生したこと
(4)原告の損害の発生及び額
(5)上記(3)と(4)の因果関係

2 被告は、抗弁としての、いわゆる真実性又は相当性の抗弁、あるいは公正な論評の法理の抗弁を主張するのか。

3 上記2の主張をする場合、原告が名誉毀損であると主張する「政経通信第38号」中の3つの記載について、どの部分が事実の摘示で、どの部分が意見又は論評であると主張するのか。

4 以上2及び3を踏まえ、抗弁事実を明らかにした準備書面を提出すること。



 この求釈明は具体的な事実関係などに対する釈明を求めるものではなく、一見すると、さほど身構えるほどのものではないように思えるかもしれない。しかし、とりわけ2以降の釈明事項は右翼Mの今後の応訴姿勢を限定するものであり、右翼Mとしても簡単には答えにくい部分もあったのではあるまいか。

 つまり、朝木明代の転落死については矢野穂積と朝木直子の主張はこれまでの裁判でことごとく排斥されており、転落死の実態が「万引きを苦にした自殺」であることは明らかになっている。右翼Mが2の釈明に対して真実性・相当性の抗弁をすると答えるとすれば、明代の転落死が「他殺」であることを立証しなければならないのである。少なくとも、次々回の口頭弁論からは証拠の提出も求められることになるのではないか。

 右翼Mは答弁書で明代の転落死について「自らの感性で創価学会に殺された可能性が高いと判断した」と堂々と述べているが、裁判官に対して「感性で判断した」と主張するなど、通常の感覚では恥ずかしくてとてもできるものではない。週刊誌の記事などを根拠に「あれは殺されたんだ」と主張することは、飲み屋の雑談としては成立しても、裁判所ではそれ自体で真実性・相当性の根拠として認められるとは考えられない。

「求釈明」を読んだ右翼Mがそこまでの流れを見通したかどうかは定かではないものの、この「求釈明」は今後の裁判の流れを限定するきわめて重要な意味があったと私はみている。

(つづく)

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右翼M事件 第3回
口頭で確認した裁判長

 右翼Mに対して裁判所が行った求釈明の意味は小さくないと思われた。第3回口頭弁論は4月14日に指定され、それまでに右翼Mは答弁しなければならない。ところがこの間に、右翼Mの身に普通ではめったにないアクシデントが起きた。3月18日、右翼Mは東京・中野区役所で騒ぎを起こして逮捕、拘置されたのだった。

 右翼Mは4月8日に釈放され、翌9日、東京地裁立川支部に電話を入れた。「逮捕・拘留されていたので準備書面が間に合わないので、延期してほしい」と。こうして第3回口頭弁論はさらに1カ月先延ばしとなった。なお、右翼Mは「逮捕された原因は創価学会にあり、裁判が延期になったのも創価学会のせいだ」とする趣旨の主張をしているようである。よくわからない主張だが、右翼Mの思考様式を知る上で興味深い。

 裁判長から求釈明を求められた右翼Mは平成22年5月26日に開かれた第3回口頭弁論当日の朝、第1準備書面を提出した。しかしこの準備書面で「求釈明」にわずかに触れているのは、右翼Mが発行した「政経通信」を置いている書店が「一般書店ではなく、したがってこの書店で『政経通信』を講読する読者も一般読者ではない」と主張した箇所のみだった。この主張がこの裁判においてどんな意味を持つのかについての言及はない。

 右翼Mが長く滞在していた拘置所から釈放されて20日後の4月28には、西村修平が千葉から提訴されていた裁判で、矢野と朝木の主張がことごとく排斥され、「明代には自殺の動機がなかったとはいえない」とまで言及する判決が言い渡されていた。右翼Mが裁判所の「求釈明」に対して真実性・相当性の抗弁に触れなかったことと何か関係があったのだろうか。

 いずれにしてもこの日右翼Mが提出した第1準備書面の内容は、裁判所からみて前回の「求釈明」に明確に答えたものとは見えなかったらしい。裁判長は口頭弁論の最後に、右翼Mに対して求釈明に対する回答を口頭で確認した。調書によれば、裁判長の質問に対して右翼Mが陳述した内容は以下のとおりである。



(裁判官の求釈明に対する右翼Mの回答内容)

1 原告が主張する請求原因のうち、「被告が原告の社会的評価を低下させるような事実を流布した」との点を特に争う。

2 被告が摘示し、あるいは被告が論評の前提とした以下の事実は真実であり、仮に真実でないとしても真実であると信じるについて相当な理由があったので、真実性または相当性の抗弁、あるいは公正な論評の抗弁を主張する。

(1)原告は、捜査の指揮担当者として、亡朝木市議に対する殺人事件を自殺として処理した。
(2)原告は、捜査の指揮担当者として、亡朝木市議の万引き事件が冤罪であるのに、万引きをしたという事件を   でっち上げた。
(3)原告は、創価学会シンジケートで繋がり、店主を装って用心棒を演じた。



 平たくいえば、裁判長は右翼Mの言質を取ったということになろうか。法律的にはこのような陳述を「自白」と呼び、正当な理由がなければ「自白」の撤回はできない。そのことを右翼Mがどこまで認識していたかは定かではないが、平成22年7月21日に予定されている第4回口頭弁論で右翼Mは上記の整理に沿った主張を提出するものとみられた。

期待はずれの準備書面

 平成22年7月21日に予定されていた第4回口頭弁論に際して、右翼Mが千葉のもとに準備書面を送付してきたのは同日午前3時43分である。しかしその内容は、右翼M自身が前回口頭弁論で述べた「求釈明」に対する回答に沿う部分はすべて「留保する」とするもので、実質的にはなんらの進展もみられなかった。街宣では威勢のいい右翼Mが、いったいどうしたのだろうか。

 右翼Mが提出した第2準備書面の中で唯一実質的主張といえたのは最後の部分だろう。右翼Mは「東村山の闇」判決の以下の部分を引用している。

〈論評たる本件著作物(=「東村山の闇」)の各記述が、職名とともに被控訴人(原告千葉)の氏名に言及したとしても、被控訴人(=矢野・朝木)が捜査の責任者たる副署長として捜査を指揮した東村山書の明代関係事件の捜査のあり方を強く批判し、事件の真相究明を求めるとの表明をしたものにすぎないから、職名と併せた被控訴人の指名への言及は、被控訴人の職務を離れた私的な言動につき個人として批判攻撃をしたものと解することはできない。また、当該記述中に捜査の責任者たる副署長としての被控訴人の捜査指揮のあり方に対する批判が含まれていると解することができるとしても、それは、東村山書という組織が行った捜査の責任者としての捜査方法、内容が批判されているにすぎず、そのことから直ちに被控訴人個人の名誉が毀損されたことにはならない。〉

 その上で右翼Mは、「政経通信」の記事は「自らの機関紙で政治活動家の立場で論評したものであり、何らの違法性を伴ったものではない。」と主張していた。『東村山の闇』の記述と「政経通信」の記載内容は異なるから、仮に双方ともに「論評」だったとしても、それだけで同じ結論になると考えるのは誤りである。「求釈明」で問われているのは「(論評だとしても)その論評の基礎となる事実の真実性・相当性」だと思うが、この右翼は「政治活動家の立場」での論評なら何をいっても許されると主張しているのだろうか。

 いずれにしてもこの日右翼Mが提出した第2準備書面の内容はとうてい裁判所の「求釈明」に応えたものではなかった。右翼Mは「求釈明」に対する自らの答弁内容について、とりわけ右翼Mの主張する「論評」の真実性・相当性を主張・立証するのか――。これが次回第5回口頭弁論(本連載第1回)の最大の注目点だった。

 その場合には当然、朝木明代の万引きを苦にした自殺が「他殺」であること、万引きが「冤罪」であることを立証しなければなるまい。この2点を立証しなれば、①千葉が殺人事件を自殺として処理した②千葉は明代の万引き事件が冤罪であるのに、万引きをしたという事件をでっち上げた(「求釈明」に対する右翼M自身の答弁)とする主張の前提が成立しない。右翼Mは答弁書で〈本事件は殺人事件であったか、自殺であったかを問うものではない。〉などと主張しているが、やはりその点を避けて通ることはできないのではないかと思われた。

(つづく)

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右翼M事件 第4回
真実性には言及しなかった右翼

 平成22年10月6日に開かれた第5回口頭弁論で、右翼Mを支援している「行動する保守」Aや西村、2人の女傑なども真実性・相当性の立証を期待していたのではあるまいか。ところが右翼Mが徹夜で書き上げたとみえる第3準備書面の内容は、支援者たちの期待をあっさり裏切るものだった。右翼Mが第3準備書面で主張していたのは①機関紙「政経通信」を販売している書店が「一般書店」ではないこと②機関紙が不特定多数に配布された事実はないこと――の2点だけだったのである。

 名誉毀損の不法行為は発言や印刷物に掲載された記事などが不特定多数に向けられたものでなければ成立しない。右翼Mは「機関紙は不特定多数に頒布・配布されたものではないから千葉の請求は棄却されるべきである」として次のように主張していた(趣旨)。



右翼Mの主張

模索舎における販売について

①模索舎は一般書店ではない。書店自らが開設するホームページの冒頭において、「模索舎はミニコミ(自主流通出版)・少量出版物の取り扱い書店です」「模索舎では、一般書店では扱われない自主制作作品を原則無審査で受け付けております」と紹介している如く原告が訴状において主張するような「一般書店」ではない。

②模索舎は特殊な嗜好を持つ所謂「マニア」の間でのみ認知された特殊な書店である。

③模索舎では1部50円で販売してもらっているが、売上はすべて書店に渡しており、被告は模索舎からいっさいの金銭を受け取っていない。

④模索舎に置いているのは30部のみであり、不特定多数には該当しない。

手渡し、ポスティング等による配布について
①原告は、被告が立川駅前で街宣した際に無料配付している状況を原告の家族とその知人が目撃したと述べているが、信憑性に疑問がある。

②原告が東村山市内で配布した事実はなく、東村山市内でポスティングされていたというのは悪質な捏造である。当日、被告は警視庁野方警察署の留置場に滞在しており、アリバイがある。



 これらの主張はいずれも「求釈明」に対する答弁の1だけに関する主張・立証である(「立証」は模索舎のホームページを提出したのみ)。右翼Mのこの主張が認められれば、名誉毀損の要件である「不特定多数」に対する頒布・販売行為はなかったということになり、名誉毀損性の有無にかかわらず右翼Mの不法行為責任は阻却されることになろう。もちろん、真実性・相当性を立証する必要はない。

期待される真っ向勝負

 右翼Mの上記主張が認容される可能性はどこまであるのだろうか。

 模索舎の性格がいわゆる「一般書店」とは異なることは客観的事実だろう。右翼Mは名誉毀損の判断基準が「一般読者の普通の注意と読み方」にあるとされていることを根拠に、「模索舎に来るのは一般読者ではないから、名誉毀損は成立しない」とする趣旨の主張をしている。しかし、模索舎が「一般書店」ではないとしても、そこに来る客もまた「一般の読者」ではないと決めつける理屈にはいささか無理があるのではあるまいか。

 まして右翼M自身が平成21年8月23日付ブログによって、それまで模索舎の存在を知らなかった一般人に対しても、模索舎に行けば「政経通信」が入手できることを周知している。いずれにしても販売相手が限定されないかぎり「不特定」であることに変わりはない。模索舎では誰が行っても「政経通信」を購入することができるのである。

 模索舎に関する主張の②③はいずれも「公然性」に関する主張で、「政経通信」が全国紙のような新聞ではないといいたいためのようである。全国紙の場合は、不特定多数に行き渡ることが自明だから、記事が掲載された時点で「公然性」が成立する。しかし「政経通信」の場合には全国紙と同じ扱いをすべきではなくしかも、模索舎に置いたのはわずか30部だというのである。

 裁判所が「政経通信」を全国紙と同等に扱うことは考えられないが、模索舎に置いたのが30部だったとしても、「政経通信」を購入した読者からその情報が他に伝えられる可能性がないとはいえない。千葉はその点について〈事実摘示の直接の相手が特定少人数であっても、彼らを通じて不特定多数へと伝播する場合には公然性がある〉とした最高裁判例(昭和34年5月7日第1小法廷)に基づき公然性に関する右翼Mの主張に反論している。右翼Mが最高裁判例を覆すには模索舎で販売された「政経通信」に伝播の可能性がないことを立証しなければなるまいが、これは至難の業ではあるまいか。

「無料配布・ポスティング」の事実については私も、実際にコピーを受け取った東村山市民から直接聞いている。東村山でポスティングを行ったのは浦安の行政書士らとみられ、「政経通信」の縮小コピーとともに二本松アニマルポリスのビラなどもいっしょに投函されていたという。

 右翼Mは東村山で「政経通信」が配布された時期は「留置場に滞在していた」として配布の事実を否定しているが、朝木事件をめぐり何度も右翼Mと街宣などで共闘していた行政書士が右翼Mから「政経通信」をもらい、それを自分の判断でコピーして配布したとしてもなんら不自然ではない。東村山における配布は右翼Mが関与したかどうかは関係がない。この問題に関していえば情報の伝播性の問題、すなわち行政書士が受け取った時点では「不特定多数」とはいえないとしても、ポスティングによって不特定多数の市民が読む可能性が生じたということなのである。

 街頭配布とポスティングについて千葉は手紙や実際の「政経通信」のコピーを証拠として提出したが、これをどう評価するかは裁判所の判断を待つしかあるまい。しかし模索舎における販売については、不特定の購入者を通じて情報が伝播する可能性を否定できないのではないだろうか。街頭配布やポスティングに対する事実認定にかかわらず、模索舎における販売だけで名誉毀損の構成要件を満たしているのではないかと私はみている。

 するとやはり右翼Mは、裁判所の「求釈明」に回答したとおり、①原告は捜査の指揮担当者として、亡朝木市議に対する殺人事件を自殺として処理した。②原告は、捜査の指揮担当者として、亡朝木市議の万引き事件が冤罪であるのに、万引きをしたという事件をでっち上げた。③原告は、創価学会シンジケートで繋がり、店主を装って用心棒を演じた。――の3点について具体的に立証する必要があるのではあるまいか。右翼Mは答弁書で、

〈本事件の審理の過程において、……自殺説を否定する根拠を示す必要が生じるのであれば、……具体的な事実の裏づけを以って示す用意はある。〉

 と述べている。敗訴するにせよ勝訴するにせよ、ここは右翼として武道家として、公然性に逃げるのではなく、堂々と問題の本質で勝負すべきではあるまいか。

待望久しい「内部告発者」

 余談だが、本件「政経通信」の記事をそのままブログに転載するなどして千葉から提訴されている「行動する保守」Aは、平成22年9月8日に開かれた第2回口頭弁論で「次回期日までに転載記事が真実であると信じるについて相当の理由があったことを詳細に主張する」と述べた。裁判長は当初10月に次回期日を指定しようとしたが、「行動する保守」Aは「証拠が揃うのが9月末になるので、もう少し時間をいただきたい」と申し立てた。

「行動する保守」Aが「朝木明代は創価学会に殺された」と確信した根拠であるという「現役警察官の内部告発」だけでもとりあえず十分と思うが、念には念を入れたいということなのだろう。裁判長は「行動する保守」Aの申し立てを容認して第3回口頭弁論を11月10日と指定し、書面の提出期限を10月20日とした。「行動する保守」Aの主張を待って千葉は次回口頭弁論までに反論を提出する段取りである。

「行動する保守」Aは自分の都合で口頭弁論期日を1カ月先延ばししたわけだし、これまでに当然それなりの「証拠」は蓄積しているだろうから、書面の提出期限は守るだろうと私は考えていた。ところが千葉に確認したところ、10月21日の本ブログアップの時点で書面はまだ届いていないということである。どうしたのだろうか。

(第6回口頭弁論以降につづく)

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右翼M事件 第5回
 機関紙『政経通信』の記事をめぐり警視庁東村山警察署元副署長の千葉英司が右翼Mを提訴していた裁判の6回口頭弁論が平成22年11月24日午後1時30分、東京地裁立川支部で開かれ、結審した。判決は平成23年2月16日午後1時30分に言い渡される。

閑散とした法廷

 東京地裁立川支部では「行動する保守」関連裁判に限り、法廷前で複数の職員が警戒にあたっていて、開廷5分前にならないと法廷には入れない。私は開廷15分前に法廷前に到着した。

 少し早すぎたと思ったが、法廷前の状況を見ておきたいという気持ちも少しあった。すると先客があった。女傑Mが1人、ベンチに腰掛けている。ほかには「行動する保守」らしき者はいない。私はいったん女傑の近くのベンチに腰を下ろしたものの、触らぬ神にたたりなしということもあると思い直し、すぐにその場を離れた。

 その数分後、右翼Mが大股で肩を左右に揺らしながら歩いてくるのが見えた。あたりを睥睨するような鋭い眼光である。珍しいことに、右翼Mに同行者はいない。右翼Mはこの日の午前11時30分過ぎに準備書面を提出していた。病気を理由に準備書面さえ出さない「行動する保守」Aに比べれば、開廷数時間前とはいえ、提出しただけまだマシというべきだろうか。右翼Mは私に気がつくと一瞬視線を投げて、法廷に入っていった。

 開廷5分前、傍聴人に対する入廷許可が出た。女傑が入廷し、入口を挟んで反対側で待機していた公安らしき4名がそれに続いた。ほかに入廷したのは私を含めて2、3名だけである。口頭弁論終了後の街宣活動を告知していた盟友の西村修平も「行動する保守」Aとその弟子も姿をみせない。彼らも「行動する保守」のリーダーとしてそれぞれの活動に多忙を極めているのだろうか。それが本当に社会のためになるのならよいのだが。

 かつて「行動する保守」関連裁判の法廷前では「朝木明代謀殺事件の真相究明=悪徳副署長糾弾」という妄念に支配された支援者たちが列をなした。西村敗訴後、傍聴に訪れる支援者の数が減ったのは確かだが、最近の少なさは敗訴のショックによるものだけのようにも思えない。

真実性・相当性の立証をしなかった右翼M

 さて、前回平成22年10月6日に開かれた第5回口頭弁論で右翼Mは第3準備書面を提出し、問題の「政経通信」が不特定多数にまかれたものではなく、名誉毀損は成立しない旨の主張を行っていた。このとき裁判長は、平成22年1月27日に行われた第2回口頭弁論の際に右翼Mに求釈明した真実性・相当性の主張・立証がいまだ行われていないことについてはもう触れなかった。

 5月26日の第3回口頭弁論で「真実性又は相当性の抗弁を主張すること」を口頭で確認し、その後7月21日の第4回口頭弁論、第5回口頭弁論と、右翼Mには3回にわたり真実性・相当性を主張・立証する機会が与えられている。それでも真実性・相当性の主張・立証をしないとすれば、裁判所が正当と認めるかどうかは別にして、それはそれで当事者の判断であり、裁判所が強制することはできない。

 裁判長は前回第5回口頭弁論で千葉に対し、右翼Mが提出した第3準備書面に対する反論があれば提出するよう求め、右翼Mに対しては千葉の反論に対してさらに反論があれば提出するよう求めた。こうして迎えたのがこの日の第6回口頭弁論である。

 10月19日、千葉は右翼Mの第3準備書面に対する反論を提出している。そのうち本件請求に直接関わる部分の主張は以下のとおりである。

①模索舎では購入者は限定されておらず、一般書店である。したがって模索舎での販売が不特定多数に対する頒布に該当しないとする被告の主張は失当である。

②街宣における配布も不特定の市民に対して行われたものであり、不特定多数に対する配布に該当しないとする被告の主張は失当である。

③機関紙のコピーが東村山市内に配布されたのは事実であり、原告による偽装工作であるとの被告の主張は失当である。

④本件記事で事実摘示または論評の前提とされた事実の重要な部分は⑴原告は捜査の指揮担当者として亡朝木市議に対する殺人事件を自殺として処理した⑵原告は亡朝木市議の万引き事件が冤罪であるのに、万引きしたという事件をでっち上げた⑶原告は創価学会シンジケートで繋がり、店主を装って用心棒を演じた――の3項目だが、被告はいまだ真実性・相当性の立証をしていない。

 そのほかに千葉は、右翼Mの洋品店襲撃事件の際の言動、裁判所内で千葉が右翼Mらに取り囲まれた件などについてもあらためて反論を行っている。

 これに対して右翼Mは、当日提出した第4準備書面において次のように主張した。



(第4準備書面における右翼Mの主張)

①被告が糾弾する対象は創価学会であり、東村山事件の全体像を説明する過程において、原告が関った万引きのでっちあげと、自殺処理を各4行(筆者注=つまり計8行)において記述したにすぎない。

②偶然に本件機関紙を読むことで原告に対する評価を低下させたという人物は存在していない。

③模索舎は「一般的書店ではほとんど手にすることのできない、ミニコミ・自主流通出版物のための書店です」といっているから一般書店ではなく、同書店における販売は不特定多数の一般読者に頒布したことには該当しない。

④街宣における配布は被告の演説を聞いて興味を持った5名が自ら進んで受け取りに来たので手渡したものであり、不特定多数に無料配布したものではない。

⑤東村山市内の住人宅に配布されたと主張していることについて被告は全く関与していない。この件は本事件の審理における「請求の原因」とは無関係である。



 右翼Mの主張は、問題の記事には千葉に対する名誉毀損はなく、不特定多数に配布されてもいないから不法行為は成立しないというものである。真実性・相当性の主張・立証はない。要するに、本件請求に関わる部分においては第3準備書面の内容を繰り返しただけである。前回第5回口頭弁論で裁判長から真実性・相当性について何もいわれなかったことで右翼Mは、もう真実性・相当性の立証は求められていないとでも考えたのだろうか。

(つづく)

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右翼M事件 第6回
「行動する保守」Aと重なる立証対象

 右翼Mは第6回口頭弁論においても真実性・相当性の主張・立証をまったくしなかった。しかし右翼Mの「公然性はない」とする主張はどこまで認められる可能性があるのだろうか。前回紹介した右翼Mの主張①については、問題は記事の分量ではなくその意味内容だろうし、②以下の主張についても裁判所が認めるとみるのは難しいのではなかろうか。

 とすれば、右翼Mはやはり真実性・相当性を主張しておく必要があったのではないか。しかし盟友の西村修平は千葉から提訴された裁判で矢野と朝木の全面的な支援を受けたものの、その主張はことごとく排斥されている。右翼Mも内心は、西村が行った立証活動では「朝木明代は謀殺された」とする事実を証明することはできないと考えているのだろうか。

「新証拠」による立証の可能性が残されているとすれば、「行動する保守」Aのいう「内部告発」以外にはないのではないか。「行動する保守」Aは本件記事を転載して千葉から提訴されており、真実性・相当性の立証対象は重なってこよう。「行動する保守」Aがこれまで提出されていない「証拠」を提出すれば、右翼Mにも立証の道が開かれる可能性がないとはいいきれないのである。「行動する保守」Aの裁判も始まっており、すでに3回の口頭弁論を重ねている。

 ところが、「行動する保守」Aが被告となっている裁判の口頭弁論が11月10日に開かれたが、代理人が急病ということで出廷せず、準備書面も提出しないという事態となった。この時点で「行動する保守」Aが「内部告発」の事実とその内容について主張していれば、右翼Mも11月24日の行動弁論までに真実性・相当性の主張・立証ができた可能性もあったのではあるまいか。その「行動する保守」Aは裁判終了後の街宣を知らせただけで、傍聴にも街宣にも姿を見せなかった。もちろん、真実性・相当性の立証をしなかったために一審で敗訴したとしても、控訴審で立証できれば状況が変わる可能性もないとはいえないが。

 この日、裁判官は原告被告双方から提出された準備書面と書証を陳述扱いとし、「これで双方の主張は出尽くしたと考えていますが、いかがですか」と双方に問うた。右翼Mが再三の求釈明にもかかわらず真実性・相当性の主張をしていない点について、裁判官はこの日も触れもしなかった。

 裁判官が真実性・相当性の主張が必要と考えているとすれば、右翼Mにはその機会を十分に与えたと考えているということだろう。その場合には、右翼Mが「真実性・相当性の主張・立証をしなかった」ではなく「真実性・相当性の立証がない(できなかった)」と認定されることになろう。

かなり食い違った主張

 このとき右翼Mから裁判長に質問があった。右翼Mは「原告は請求原因以外のこと(洋品店襲撃や裁判所内で千葉に詰問したり、裁判官を追いかけて壇上まで駆け上がったりしたこと)」をさかんに主張しているが、請求原因とは無関係のことについて被告は反論する必要があるのでしょうか」という。千葉としても直接関係ないことは承知の上で取り上げていると思うが、右翼Mとしては裁判長から千葉に対して「無関係のことを持ち出さないように」と注意してもらいたいとでも考えたのだろうか。これに対して裁判長は「被告が必要があると思えば反論すればいいし、必要がないと思えばしなければいいんじゃないですか」と答えた。

 右翼Mとしては千葉が背景事情として主張した請求原因とは直接関係ない点についていたく気になっていたようである。右翼Mは裁判長に問いながら、これらの点については第4準備書面で否認する主張を行っている。右翼M側の主張としてきわめて興味深いいくつかの点について紹介しよう。



(右翼Mの主張)

右翼Mが「情けない右翼だな」といわれたことについて千葉を詰問したことについて

 待合室で被告は原告に対しては、答弁書での質問と同様に「何に対して恥かしくないか、と聞いたんですか」「答えてください」等と、「です」「ます」調で紳士的に尋ねている、原告が記述するが如き「説明しろ」「答えろ」、と言った暴言的な聞き方はしていない。

 被告は常日頃の演説でもこのスタイルは常に堅持しており、暴言的な口調で訴える人間に対しては、一緒に活動に参加する人間であっても批判している。

 道理を踏まえた被告からの質問に対し、原告は一切聞こえないかの如く無視する姿勢を貫いて、被告が暴力に訴え出るのを待っていたのである。



 この現場に私もいたが、右翼Mと同調者らが千葉を取り囲んで詰問していた光景はとうてい「紳士的」だったとはいえない。千葉に罵声を浴びせる同調者を右翼Mが制止した事実もない。右翼Mは「同調者」について自分の支持者ではなく、

〈おそらく裁判当事者(西村)の支持者であると思われる。よって、その言動に関しても被告は関知していない。賛同も支援も行っていない。〉

 などと主張している。仮にそれが事実としても、右翼Mが「紳士的」に話したかったのなら、右翼Mの「方針」に反して暴言を浴びせている「同調者」を排除すべきだったろう。しかし右翼Mが「同調者」らに対して言葉を慎むよう求めた事実はない。右翼Mは「同調者」らの暴言を容認し、彼らと一体となって千葉を脱出できないように包囲していたのである。いまさら「その言動に関しても被告は関知していない。賛同も支援も行っていない」などといっても説得力はない。
 
 裁判所職員がその後千葉に対して「今日の傍聴はしない方がいいのではないか」とアドバイスしたのも、職員からみて千葉が右翼Mに近づけばまた危害を加えられる恐れがあると感じられたからだろう。すなわち少なくとも、右翼Mらが千葉を取り囲んで詰問する状況が「紳士的」だったとはみていないということである。



(右翼Mの主張)

「右翼Mが傍聴人を足蹴にした」ことについて

 当日、被告は傍聴席において創価学会信者と隣り合わせて着席したが、左隣の信者が大きく足を広げてきた為に、信者の右足太股が被告のスペースにはみ出し、被告の左大腿に密着してきた。これを気色悪く不快に感じた被告は、「太腿を擦り付けるな」、と左太腿で押し返したのであった。足蹴りにしたことはない。



 私と千葉が当事者から直接聞いたところでは、彼は明確に「右翼Mから蹴られた」と証言している。

(つづく)

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右翼M事件 第7回
「裁判官追いかけ事件」を正当化 

 右翼Mの請求原因とは直接関係ない部分に対する反論はまだあった。



(右翼Mの主張)

「裁判長を追いかけた」ことについて


 5月21日の東京地裁における口頭弁論での出来事と推察する。(筆者注=それ以外にあるのか?)

 証拠書類を提出して、これから審理に入ろうとしている矢先に担当する裁判官は、突然に次回判決言い渡し期日を口の中でモゴモゴと小声の早口で発すると、急いで退廷してしまった。

 被告と被告選任弁護人、傍聴者もアッケにとられてしまったが、被告は即座に気を取り直して、「今、何と言ったのですか。聞き取れませんでした」と言って席から立ち上がったのである。

 別段に裁判所職員から制止された訳ではない。

 選任弁護人も「長年やっているが、あんな裁判官初めて見たね」、とあきれ返っていた。

 なんら、被告が常軌を逸した言動をとっている訳ではない。「常軌を逸している」とは被告を貶めたい原告千葉による創作である。



 右翼Mが「裁判官を追いかけた」事実だけは認めていることは評価できるものの、その行為を正当化しようとしている点はどうかと思う。私の記憶では、傍聴席の女傑Mが「Mさんやめて」と叫び、右翼Mを追いかけて制止したのは確かに裁判所の職員ではなく西村の側近だった。裁判官を追って壇上まで駆け上がり、裁判官専用ドアのノブに手をかけてガチャガチャ回そうとした右翼Mの行動が、裁判所職員に直接制止されなかったから許されない行為ではないのだと考えてはまずかろう。

 右翼Mは判決言い渡しの際に2名のガードマンが配置されたのが、右翼Mの裁判官席への侵入と襲撃を阻止するためであることに思い至らないのだろうか。「政治活動家」を標榜するのなら、動機が何であれ、やっていいことといけないことぐらいの分別がなければいけない。それに法廷で裁判官を追いかけてもいいという弁護士がいるとすればきわめて問題だろう。



(右翼Mの主張)

「個人の家の前で街宣した」ことについて


(原告は)被告は思想信条が対立する人物の家へ押しかけて街宣活動を行っていると決め付けている。……

 しかし、被告が行っている広報宣伝活動は東村山事件の真相解明を訴える一般の広報宣伝であり、思想信条とは無関係である。

 平成21年6月14日は東村山市内、及び東大和市内において東村山事件の真相解明を訴えて駅前、創価学会文化会館等の施設前において広報宣伝活動を行ったものである。

 お礼参り的に公明党区議と都議の自宅へ押しかけた、とは原告による悪意を持った独占的(ママ)解釈である。……

(これは)被告が公明党区議の事務所を訪問して、「私が如何なる犯罪を犯したというのでしょうか」と、質問した行為である。訪問先は中野区議会ホームページで公表されている各区議の事務所である。何も違法性を伴わない正当な政治活動である。非難されるものではない。



 街宣禁止と110万円の支払いが命じられた東村山街宣について右翼Mは、「思想信条とは無関係」で、「一般の広報宣伝」だったとし、また個人の自宅に押しかけてはいないと主張している。一般社会では普通、街宣禁止命令が下るような街宣を「一般の広報宣伝」とはいわないだろうし、「創価学会の犯罪を許すなー」「創価学会は殺人をやめろー」などと大音量で騒ぐことも「一般の広報宣伝」とはいわない。

 また提訴はされなかったものの、右翼Mらが個人の議員宅に押しかけて街宣活動を行ったのは明白な事実である。右翼Mはその際、議員を名指しし「犯罪者」と決め付けた上、「出てこーい」と連呼している。どこからみても「一般の広報宣伝」ではない。

 中野においても、右翼Mが行ったのが議員個人の自宅であることは明らかである。右翼Mは〈「私が如何なる犯罪を犯したというのでしょうか」と、質問した行為である。〉と主張しているが、一般に、質問するのに相手の所在も都合も確認せず、一方的にハンドマイクでがなり立てる者はいないのではあるまいか。またハンドマイクで怒鳴られた方も、「野方の右翼のMさんが徒党を組んで、きわめて常識的かつ紳士的に質問に来られたから、誠実に答えなければ」とは思わないのではあるまいか。

 右翼Mは本件請求とは直接関係のない部分について反論しているものの、いずれもめったに聞けない言い分で、合理的かつ効果的な反論になっているとは思えない。むしろ反論しようとすることで特異な前提事実が存在したことを認める結果になっている。それはそれで正直だという評価もあろうが、裁判長もいうように、右翼Mが反論する必要はないと思っていたのなら、反論しない方が得策だったのではあるまいか。 

趣旨不明の書証

 さらに右翼Mは中野区役所における騒動で拘留された件についても反論しており、「消防団員の非行行為について」と題する右翼M自身による書面を書証として提出している。第4準備書面には、

〈創価学会・公明党が被告の「特別職地方公務員」の地位を剥奪、懲戒解雇処分とすることを目論み、被告所属の野方消防団に圧力を掛け、聴聞会を開かせた。これに対し、被告が事情と経過を説明した際の文書である。〉

 と説明されている。「創価学会・公明党が圧力をかけた」かどうかは定かでないが、右翼Mは野方警察署に拘留された件について野方消防団本部から懲戒解雇を視野に入れた事情聴取を受けたようである。

 書面は野方消防本部に対してあらためて拘留が不当だったことを主張するもので、右翼Mは、

〈もしも、任命権者が懲戒解雇の判断を下す事態になれば、私はあらゆる手段を駆使も徹底的に闘う覚悟を持っています。〉

 と宣言した上、返す刀で「他の消防団員による非行行為について」として、消防団員である2名の公明党中野区議(K区議とH区議)を名指しして「虚偽告訴という犯罪行為を実行し」たとし、

〈両団員が非行事実にあたる犯罪行為を実行していることは疑いようがありません。厳正なる処分をお願いします。〉

 と結んでいる。右翼Mの主張が事実なら、野方消防本部は右翼Mの拘留問題については不問に付し、両議員を懲戒解雇処分としなければならないことになるが、どうするのか。今度は野方消防本部が街宣の標的となるのだろうか。いずれにしても、すこぶる取り扱いの難しい人物である。

 私にはよく理解できないが、右翼Mはこの書面を書証として提出することに意味があると考えたのだろう。逮捕には根拠がなく、自分は千葉が主張するような人間ではないといいたかったものとみられる。
 
 しかし通常、自分の主張を立証するために自分の書いた書類を証拠提出しても客観性のある証拠とはみなされないし、そもそも右翼Mが拘留されたことは本件とは直接には何の関係もない。私にはこの書面についても、出す必要はまったくなかったというよりも、右翼Mの名誉のためにもむしろ出さない方がよかったのではないかという気がしてならない。

最後のメッセージ

 判決は予断を許さないが、判決言い渡し期日を通告したあと、裁判長は一呼吸置いて、最後にこういった。

「それから、判決当日は出頭する必要はありません。判決書はあとで郵送しますからね」

 双方が素人だから、裁判長も親切でいったのだと思うが、私にはふと「来ないでください」という間接的なメッセージのようにも聞こえた。とりわけ「行動する保守」関連裁判では警備に余計な人手が割かれるし、判決内容によっては何が起きるかわからない。そのような判決を想定しての発言だったとは思わないが、場合によっては立川支部も屈強なガードマンの配置を検討した方がいいのかもしれない。

(「判決後」につづく)

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右翼M事件 第6回
 機関紙の記載によって名誉を毀損されたとして千葉英司元警視庁東村山署副署長が右翼Mを提訴していた裁判の控訴審第1回口頭弁論が平成23年6月22日、東京高裁で開かれた。傍聴席にはやはり千葉から提訴され10万円の支払い命令が確定した西村修平や女傑Mなど4名ほどの支持者、ほかにそれ以上の人数の公安関係者などが集まっていた。

 かつて裁判官を追いかけて壇上に駆け上がった右翼Mが当事者ということで、この日も東京高裁は厳重な警戒態勢をとっていた。私と千葉は混乱に巻き込まれるのを避けるため開廷直前に入廷した。そのとき法廷周辺は平穏にみえた。ところがあとで聞いたところによると、開廷前、右翼Mが1人の傍聴人にいいがかりをつけ、10分間にわたって傍聴人を威力で拘束するという出来事があったという。何かよほど虫の居所でも悪かったのだろうか。

すべてを否定した一審判決

 さて千葉が問題としていたのは、右翼Mが発行した「政経通信」第38号(平成21年9月1日付)にトップ記事として掲載した〈創価学会の犯罪を許さない 徹底した総力戦で粉砕するぞ!〉と題する記事である。同記事において右翼Mは、

〈(創価学会=)殺人さえも厭わない犯罪者集団〉〈高額賠償請求の乱発は司法を駆使した恐喝行為だ〉

などとするリードのもと、

〈(朝木市議の転落死事件は)創価学会が口封じに殺害した可能性が高く、現場の状況証拠から見て、これは確定的である。〉

 などと記載した上で、千葉について次のように記載した。



〈にも拘わらず捜査の指揮をとった東村山警察署の千葉英司副署長(当時)は強引に自殺として処理。〉

〈自殺に見せかけるためにはその動機が必要となる。そのために同年6月19日に朝木市議が駅近くの洋品店でブラウスを万引きしたという事件をでっち上げた。後日取調べを受けた朝木市議は書類送検されたことを苦に自殺したというストーリーまでお膳立てしていた。〉

〈この男こそが13年前、自殺事件にすり替えた張本人・千葉英司だったとわかった。警察を退職した今でも創価学会シンジケートで繋がり、店主を装って用心棒を演じていたとは。〉



 一般読者が記事の流れに沿って上記記載を素直に読めば、「朝木明代市議は創価学会によって口封じのために殺された。ところが万引き事件をでっち上げた上に(この部分の主語は欠落しているが、読者が「創価学会が捏造した」と理解してもなんら不思議はない)、千葉はこれを強引に自殺と捏造した。千葉は現在も創価学会の犯罪組織に所属している」と理解するのではないか。千葉はこれらの表現によって名誉を毀損されたとして提訴したのである。

 これに対して右翼Mは、記事のテーマは創価学会による犯罪行為を糾弾することにあり、千葉に対する批判を目的としたものではなく、「シンジケート」という文言も「カルテルや商業組合」という意味で使用したものとかなり苦しい言い訳をした上、千葉については「創価学会シンジケートと繋がり」と軽く触れたにすぎず、「朝木市議は創価学会によって殺された」「副署長が自殺にすり替えた」「万引きはでっち上げ」などとの主張はこれまで多くのマスコミなどで流布されているのであり、本件記事があらためて千葉の社会的評価を低下させることにはならないなどと主張した。

 また右翼Mが発行する「政経通信」は「一般書店」では販売されておらず、被告が自ら協力者や支持者に対して郵送もしくは手渡ししているものであり、一般読者が目にする機会はほとんどなく、不特定多数に配布または頒布しているものではないから名誉毀損には該当しないと主張した。

 一審の東京地裁立川支部は平成23年2月16日、右翼Mの主張をことごとく排斥し、右翼Mに対して10万円の支払いを命じる判決を言い渡した。原告の千葉は判決言い渡しの日には出廷しなかった。裁判長が結審に際して「判決の日は来なくていいですよ」と述べたことに配慮したとのことである。私も無用の刺激を与えてもいけないので傍聴を自粛した。

 一方、傍聴人によれば右翼Mは出廷し、判決言い渡しの後、抗議とも取れる奇声を発したという。脅しや威圧が判決になんらかの影響を及ぼすことはあり得ないが、かなりいい年になっても感情の暴発を抑制できない幼児性が「行動する保守」の特性の1つだろうか。

再び深夜のファックス

 右翼Mの幼児性は控訴審が始まる以前にも発揮された。右翼Mは口頭弁論3日前の平成23年6月19日、千葉の自宅に控訴理由書をファックスで送信してきた。口頭弁論当日より前に送ってきたことはよい。しかし、その時刻は午前0時だった。

 千葉の自宅のファックスは電話と兼用で、受信すれば受信音が鳴る。会社などの事務所ならともかく、一般的には非常時以外は電話をかけるのを遠慮する時間帯である。一審でも同じようなことがあり、千葉は深夜の時間帯に書類をファックス送信しないよう申し入れていた。深夜に送るのも翌日の早朝に送るのも同じである。右翼Mは千葉の電話環境を知っていながら、再び深夜にファックスを送りつけたということになろう。千葉に対する執拗な反感を抱いていることがうかがえた。

 千葉は平成23年6月22日付答弁書の末尾で次のように抗議した。



 控訴人(筆者注=右翼M)は、被控訴人(筆者注=千葉)が洋品店に2回(平成20年9月1日、同21年9月1日)不法侵入を企てた際に被控訴人が阻止した件に関し、別件裁判を傍聴するために法廷の控室にいた被控訴人を支援者2名とともに取り囲み至近距離から罵声を浴びせる所業に及んだほか、法廷内で控訴人に対する威嚇行為を重ねている。

 また、原審において、午前3時に被控訴人の自宅に準備書面をファクシミリ通信で送信してきた。控訴人の自宅ファクシミリは電話と同じ番号であるため、電話の音で就寝中の被控訴人と家族が睡眠を妨害されたので、控訴人は、口頭弁論の際に抗議し、裁判長からも口頭注意を受けた。

 しかし、控訴人は、控訴理由書を、控訴人と家族が就寝中の平成23年6月19日午前0時前後に、ファクシミリ通信で送信してきたために、睡眠が妨害された。

 以上の控訴人の言動は、裁判の当事者である被控訴人に対する意図的な嫌がらせであり、ここに抗議するものである。



 念のため、千葉がいう法廷の控室で罵声を浴びせた事件とは、右翼Mが千葉から「情けない右翼」といわれたことについて「その意味を説明しろ」と迫った出来事である。

 平成23年6月22日、出廷した時点で右翼Mが千葉の答弁書をすべて読んでいたかどうかは定かではない。しかし右翼Mの心中は、2月16日に東京地裁立川支部で敗訴を言い渡された時点からそう変わっていなかったようである。千葉に対する感情、一審判決への不満、度重なる敗訴と控訴審への不安など、右翼Mの虫の居所を悪くする要素は少なくなかったように思える。いずれにしてもこの日、右翼Mは気持ちを高ぶらせており、それが開廷前の傍聴人に対する暴行につながったのかもしれない。

右翼Mの未練

 さて、この日の口頭弁論で裁判長は、当事者双方に対して提出書類の確認を行うと終結を宣言し、判決言い渡し期日を7月20日午後1時15分と指定し、閉廷した。この間、右翼Mからも千葉からもいっさい異論は出なかった。

 ところが裁判官が退廷したあと、右翼Mはなかなか退廷しようとせず、被告席に座ったままぶつぶつ不満のような声を漏らしていた。しかしはっきりとは聞き取れない。街宣は比較的聞き取りやすいのに、どうしたのだろうか。

 よく聞くと、「求釈明が、求釈明が」といっているように聞こえる。どうも右翼Mは、控訴理由書で「求釈明」をしたのに、裁判官は何も触れなかったといっているらしかった。いいたいことがあれば裁判官のいるときにいわなければ意味がないし、「求釈明」に裁判官が触れなかったということは判決に影響しないと判断したということと理解すべきなのである。

 裁判が終結したというのに控訴人席に座ったまま不満をいい続ける未練がましい態度こそ、右翼Mの自信のなさを表しているようにみえた。

(つづく)

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右翼M事件 第7回
事実と矛盾する主張

 平成23年6月22日に開かれた控訴審第1回口頭弁論は、裁判長が当事者双方に対して提出書面の確認をすると、「主張は出そろったと思います」としてただちに終結を宣言した。これに対して右翼Mも千葉もいっさい異議を申し立てなかった。

 控訴棄却を主張している被控訴人の千葉からすれば、弁論の終結とは新たな審理に入らないことと理解でき、この進行に特段の異議がないのはうなずけよう。しかし私には、控訴した右翼Mが黙って裁判官の指揮に従ったことにはやや違和感があった。右翼Mが提出した控訴理由書は、わざわざ第1回口頭弁論3日前の深夜に千葉のもとに送りつけてきたことだけでなく、内容的にも少なくとももう1回の審理を行うよう主張してもおかしくないとみえたからである。

控訴理由書で右翼Mは、

〈タイトルにも小見出しにも被控訴人の氏名は記述されていない。〉

〈犯罪性を持つ創価学会の所業を糾弾することを目的とした記事において、一連の経過説明を行う中で、被控訴人の氏名が部分的に記載されているにすぎない。〉

 としてまず名誉毀損の存在そのものを否定。その上で「朝木明代の転落死事件は殺人事件であると確信している」などとしてその理由と、「そう信じていること」の正当性を主張している。一審での主張の繰り返しでもあり、控訴審においてどの程度有効な主張であるかは定かでないが、右翼Mの物事に対する判断基準や考え方、さらには右翼Mが矢野と朝木の主張をどのような経緯で信じるに至ったかなどにも触れているという点で興味深い。あらためて右翼Mの主張をみよう。



 被控訴人としては……東京高等裁判所平成21年3月25日判決(筆者注=「東村山の闇」の記載をめぐり東京高裁は〈矢野らにおいて「朝木明代は殺された」と信じたことについて相当の理由がなかったとはいえない。〉などときわめて消極的ながら相当性を認定して千葉の請求を棄却した。しかしもちろんこの判決は、明代の「万引き捏造説」と「他殺説」が真実であると認定したものではない)及び、その焦点となった判決文中の「本件著作物」である「東村山の闇」を熟読した結果、朝木事件は殺人事件であり、万引き事件はでっち上げであるとの、確信をもったものであり、上記判決と異なる判決が出ていたとしても、控訴人が知る由はなく、上記判決内容を信じて、政治的論評としての政経通信を作成したことは何らの違法行為に当たらないことは、言うまでもない。



 ここで右翼Mは重大な自白をしたことに気づいているだろうか。右翼Mが朝木事件について、朝木の万引きは「捏造」で転落死は「他殺」であるとの「確信を持った」のは矢野と朝木直子による「東村山の闇」と、「東村山の闇」の記載を問題にして千葉が提訴した裁判の判決であると右翼Mはいっている。

 右翼Mが「行動する保守」Aらの「真相究明を求める」とする街宣に最初に参加したのは平成20年9月1日である。右翼Mはこの日、「万引き事件を捏造した」などと主張して万引き被害者の店にまで押し入ろうとした。右翼Mはこの時点ですでに朝木の万引きは「捏造」で転落死は「他殺」であるとの「確信」を持っていなければ、ここまでの言動はとれないだろう。

 右翼Mは明らかに「朝木明代は万引きの汚名を着せられて殺された」との確信を持っていたからこそ万引き被害者の店に押し入ろうとしたと見るべきである。すると、右翼Mの行動に現れた事実と控訴理由書の記載内容には明らかな矛盾があるということになる。

 この時点で「東村山の闇」は発売されているが、「東村山の闇」裁判の東京高裁判決は出ていない。あえていえばこの時点では「東村山の闇」裁判の一審判決がすでに出ており、結果だけでいえば矢野と朝木に対して30万円の支払いが命じられている。つまり右翼Mは、「東村山の闇」裁判の結果とは関係なく、洋品店襲撃事件の時点ですでに「万引きは捏造」で転落死は「他殺」であるという彼なりの「確信」を持っていたということになろう。

 せいぜい右翼Mは「東村山の闇」判決によって、矢野と朝木の記載によっても名誉毀損に問われないなら、自分がそう書いても問題ないと考えたというにすぎないのではあるまいか。右翼Mの判断において、記事の相当性を主張するのに「東村山の闇」判決は有効と思えたのだろう。しかし「東村山の闇」の表現内容と政経通信の表現内容およびその根拠が異なることは明らかで、裁判所でそんな主張が通用するはずもなかった。

「信じること」と「公言すること」

 さらに右翼Mは「何を信じるかは自由だ」として一審判決を批判している。右翼Mの考え方をうかがい知ることができる貴重な具体的実例(社会には通用しない実例)として紹介しておこう。右翼Mは次のように主張している。



 原判決では「他に被告が本件窃盗被疑事件や本件転落死事件においては、本件窃盗被疑事件が冤罪であることや本件転落死事件が殺人事件であることを被告が信じるについて相当な理由があったとは認めることができない」、と断じているが、信じるか信じないかは控訴人の内面的心情の問題であり、原判決で一方的に「信じた事」を認めないなどと断定できるものではない。



 右翼Mが何によって「朝木明代は殺された」と信じようが自由であることは間違いない。しかしそのことと、右翼Mがそう信じたことについて裁判所が相当の理由があったと認めるかどうかはまったく別の話であることを右翼Mはそろそろ理解した方がよかろう。

 何をどう信じるか(右翼Mのいう「内面的心情」も含む)について裁判所がそのこと自体を否定しているわけではない。しかし、その信じたことを不特定多数に向けて公言しようとすればそれはまた別の話で、その場合には自ずと責任が生じる。だから公言するに際してはより慎重でなければならないし、相当と認められる根拠がなければならないといっているのである。右翼Mならずとも「行動する保守」一行は今後この点をよく理解しておく必要があるのではあるまいか。
 
(つづく)

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右翼M事件 第8回
右翼Mを引き込んだ「内部告発」

 前回紹介した部分までは一審で主張した内容だが、右翼Mは「朝木明代は殺された」と信じた理由に関して1点だけ新たな主張をしていた。「行動する保守」Aが「行動する保守」一行を東村山デマに引き込んだ「内部告発」についてである。控訴理由書で右翼Mは次のように述べている。



 平成20年9月1日に東村山駅前で保守系団体(筆者注=「行動する保守」A、西村修平ら「行動する保守」一行)が開催した「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える」集会において主催者は明確に「殺人事件である」「創価学会の関与は間違いない」「万引きは捏造である」等々の演説を行っている。……

 上記、演説が行われる前段階として同年7月29日JR八王子駅前において、主催者の瀬戸弘幸は殺人事件であることを明言している。

 現職警察官の内部告発があり、瀬戸弘幸は国民運動として全貌を明らかにする決意を述べている。かようなる決意のもとで展開された国民運動に対し、同人の主宰するインターネット上での呼びかけを見て、控訴人は9月1日の集会に参加したものであり、集会タイトルからしても、純粋に朝木市議殺害事件の真相究明に期待したものである。

 本裁判では朝木市議の転落死が殺人であるか自殺であるかという真相を問うものではないが、控訴人が殺人事件であり、万引き事件は捏造と信じるには充分の状況にある。



 要するに、ここで右翼Mは「内部告発」があったという「行動する保守」Aの演説によって「朝木明代は殺された」と信じてしまったと述べていると理解できる。右翼Mにとって朝木事件に接するのは平成20年9月1日の東村山街宣が最初なのであり、「東村山の闇」を読んだのも「東村山の闇」判決を知ったのもその後のことにすぎない。したがって、右翼Mは控訴理由書で述べた〈「東村山の闇」と「東村山の闇」判決によって朝木明代の「万引きが捏造」と「他殺」を確信した〉とする主張を自分自身で否定していることになる。

後退した「内部告発」への期待感

 さて、「行動する保守」Aが「行動する保守」一行を東村山デマに引きずり込んだ「内部告発」について右翼Mが裁判書類で触れるのは創価学会から提訴された東村山街宣事件(平成22年12月21日付)以来、今回が2度目である。ところが今回提出された書面の内容には半年前に比べて微妙な変化がみられた。

「内部告発」について右翼Mは、創価学会から提訴された裁判では次のように述べていた。



(平成22年12月21日付控訴理由書)

(平成20年9月1日に開催された東村山街宣の)主宰者の訴外瀬戸弘幸は演説の中で、「創価学会の関与は疑いの余地が無い。警察関係者からの内部告発があった」、と断言している。

 当時の事件に関った警察関係者が創価学会の関与を知っているものであるから、この警察関係者が真実を証言すれば、創価学会が殺害事件に関与したことは明白となる。

 しかしながら現在はまだ、当の警察関係者が公に証言を行うことを躊躇しているものと思われる。警察関係者からの綿密且つ、正確な情報収集と証拠が提出できれば、事件の真相が解明されることは間違いない。

 今現在、関係者を通じて警察関係者との交渉で調査・聞き取りを継続している。



 右翼Mは「行動する保守」Aから聞かされたと思われる希望的観測を披瀝していた。右翼Mが気づいていたかどうか、「行動する保守」Aから聞いたと思われるこの期待感に満ちた展望は、実は「行動する保守」Aが「公表」した時点での「内部告発」話はまだ「事件の真相」を解明するほどのものではなかったことを告白するものである。

 しかしそれでも平成22年12月の時点で右翼Mは「行動する保守」Aのいう「内部告発」の内容を信じ切っていて、「行動する保守」Aが右翼Mに話したと思われる「調査」が進めば、「真相が解明」されると本気で信じてきたのかもしれない(そもそも彼らに対してあまり合理性を求めない方がよい)。

 ところが当時の控訴理由書に比較すると、今回の控訴理由書で触れられた「内部告発」話には「今後の展望」がいっさい語られず、最初に聞いた当時の話として停止してしまっていることがわかる。なぜなのか。

 その理由の1つは、「行動する保守」Aが千葉から提訴されていた裁判で、「内部告発」の詳細を明らかにして「朝木明代殺害事件の真相」を解明するどころか、千葉の要求を全面的に認めるかたちで和解に応じたことにあったのではあるまいか。思い込みが人一倍激しい右翼Mにしても、さすがにここに至り、「行動する保守」Aのいう「内部告発」話の信憑性にかすかながら疑問を感じたのかもしれない。それが今回の文面となって現れているように思われた。

 それが当たり前の、普通の感覚なのだが、どうも右翼Mはその事実を素直に受け入れられないようである。誤りは誰にでもある。しかしなぜか「行動する保守」一行には、「行動する保守」Aをはじめ、素直に誤りを認められない狭量な人物が多いように思えてならない。

千葉からの求釈明

 ただ、控訴理由書に朝木明代の万引きが「捏造」で転落死は「他殺」と信じた根拠の1つとして「行動する保守」Aのいう「内部告発」を取り上げている以上、千葉としては反論しないわけにはいかない。そこで千葉は右翼Mに対し答弁書で次のように求釈明した。



 控訴人(右翼M)は、瀬戸の演説を本件記事の真実相当性の根拠としているが、瀬戸はその演説内容を変遷させていること、そして、瀬戸の演説を信じた控訴人らが、名誉毀損の裁判で敗訴し窮地に陥ったことに鑑み、他殺の真実相当性の立証責任がある控訴人としては、演説内容の確認するために、瀬戸に証言してもらう必要がある。

 よって、控訴人は、瀬戸を人証申請する意思があるのか否かを明示されたい。



 もちろん右翼Mに人証申請の意思があればそれでいいし、その気がないなら千葉から人証申請する意図だった。ところが右翼Mにはこれがいたく気に入らなかったらしく、後日ブログで「申請したかったら自分でやれ」と息巻いている。なぜそこまで怒るのかはわからないものの、少なくともこの記事をみる限り、右翼Mには人証申請する気はなかったものと私は理解した。「行動する保守」Aには騙されたという思いがあるのかもしれない。

 いずれにしても、求釈明に対する右翼Mの回答を待つまでもなく、裁判長はさっさと結審してしまったから、求釈明自体の意味もなくなってしまった。千葉によれば、そうなること(1回の口頭弁論で結審すること)は予期できないことではなかったという。それでもいつ裁判官の気が変わるかもしれない。そのときのために求釈明をしたのである。

 右翼Mが控訴理由書を提出したのち、千葉は書記官から第1回口頭弁論期日までに答弁書を提出するよう要請されたという。本当のところはわからないものの、裁判所としては一応双方の主張を聞いた上でなければ結審できないということだったのかもしれない。

(つづく)

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