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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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西村・細川事件 第1回
オールスターキャスト

 元東村山警察署副署長、千葉英司が名誉を毀損されたなどとして平成22年10月21日、「主権回復を目指す会」(全国的に有名な右翼「行動する保守」の一派)代表の西村修平と側近の細川勝一郎を提訴していた裁判の第1回口頭弁論が平成22年12月10日、東京地裁立川支部で開かれた。

 開廷15分前に裁判所に到着し、1階でエレベーターに乗ろうとすると、ロビーに西村、右翼M、「行動する保守」Aの弟子ら5名がたむろしているのが見えた。誰かを待っているのだろうか。

 私は西村と個人的に話をする必要があったので、西村をロビーの脇に誘った。すると途中で右翼Mが肩をいからしながら近づいてくるのがわかった。右翼Mは私に向かって「やるか」などと意味不明の言葉を投げたが、私は右翼Mに対応するヒマはなかった。口頭弁論が始まる前から右翼Mは、いったい何をそんなに高ぶっているのだろうか。

 西村との話が終わり4階に行くと、法廷前には女傑Mが1人で立っていた。これで最近の「行動する保守」先鋭メンバーのオールスターキャストがほぼ揃ったということになろうか。

 西村など「行動する保守」一行を東村山市議の矢野穂積、朝木直子を発信源とする東村山デマに引き込んだ最大の責任者である「行動する保守」Aは、この日も姿を現さなかった。この卑怯者は、何の影響力も及ぼすはずもない床屋政談に逃げ込みながら、万引き被害者や支援者らに対する責任をこのままうやむやにしてしまうつもりだろうか。

総額140万円と写真削除などを求める

 千葉が問題にしているのは平成21年11月1日、西村がさいたま地裁川越支部前で行った街宣の内容と、ウェブサイト「主権回復を目指す会」に掲載された平成21年11月2日付記事である。

 西村は支援者らが〈創価学会の疑惑に沈黙するな 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉などと記載した横断幕や、〈祝! 千葉英司敗訴「万引き」はでっち上げ!〉〈「自殺」は謀殺だった!!〉などと記載したプラカードを掲示する傍らで拡声器を使い、次のように演説した。



街宣

〈朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長と、えー、一心同体となっている宇留嶋瑞郎が、今、裁判所に今入って来ました。訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長と宇留嶋創価学会御用達ライターがね、これ名誉毀損といわれたその当人が今裁判所に入りました。〉



 この演説に対して千葉は、〈原告が朝木明代の万引き事件を捏造した〉との虚偽の事実を摘示するとともに、〈訴訟を乱発して……〉との部分は〈原告が根拠に乏しく非難されるような訴訟提起を繰り返していると印象づけるもの〉であるとし、それぞれ原告の社会的評価を低下させたと主張している。

 記事は街宣の翌日、平成21年11月2日に掲載されたもの(〈創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会「御用達」は栄えある名誉の筈だぞ! 言論・政治活動の自由をカルト教団から守れ〉)である。本文冒頭には次のように記載されている。



記事

〈朝木明代・東村山女性市議の謀殺事件を転落・自殺としたのが東村山署元副署長の千葉英司。自殺の動機を『万引き』を苦にしたとして事件を処理したが、これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。〉

 上記記載の下には〈創価学会の疑惑に沈黙するな 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉などと記載された横断幕、〈祝! 千葉英司敗訴「万引き」はでっち上げ!〉〈「自殺」は謀殺だった!!〉などと記載したプラカードの写真と千葉の写真を掲載している。



 これに対して千葉は、上記記事は下の写真とあいまって「原告が朝木明代謀殺事件を自殺と捏造した」との事実を摘示し、読者に対し、千葉は公正な捜査をすべき立場にあったにもかかわらず謀殺事件を「自殺」と捏造したとの印象を与え、社会的評価を低下させたと主張。また記事に千葉の写真を掲載したことおよび、記事に街宣当日の千葉の映像が映った動画をリンクしたとして肖像権侵害を主張している。

 千葉は、街宣については西村に対して慰謝料80万円、記事については西村および動画を撮影・編集した者として細川に対して連帯して60万円の支払いを求めるとともに、上記記事と写真ならびにリンクした街宣動画の〈朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長〉との西村の音声および原告の画像を削除するよう求めている。

いきり立つ「行動する保守」

 被告が2名で利害が共通する場合、被告らは共通の代理人を立てるか、あるいは少なくとも連帯して応訴するのが通常である。この裁判も内容的に被告間の利害は共通しており、少なくとも利害対立があるとは思えない。

 ところがこの裁判では口頭弁論前の段階で、被告2名の間の情報交通や人間関係が必ずしも良好とはいえない状態にあることをうかがわせる出来事があった。11月25日、千葉のもとに11月21日付の答弁書が届いたが、それは細川単独のもので、末尾には次のように記載されていた。

〈被告細川は、現在は被告西村とは立場を異にしており、訴訟は分離して進行することを希望する。〉

 具体的にどのように「立場を異にして」いるのかは定かでないが、とにかく細川は分離裁判を希望していた(「立場を異にして」いる程度では分離は難しかろう)。

 一方西村は、11月下旬になって裁判所に電話をかけてきた。「立川は遠いので霞が関でやってほしい」という。細川の答弁書には移送申立はなかったから、これは細川の意向を確認したものではなく西村単独の希望であるとみられた。相被告がいる場合には、まず相被告の意向を確認するのが普通だろう。書記官から意向を聞かれた千葉は、いうまでもなく西村の申し入れを拒否した。

 その後、第1回口頭弁論期日までの間にはもう1つの動きがあった。答弁書を提出した細川が裁判所に電話をかけ、あらためて分離裁判を申し入れたのである。その上で、細川は上申書を提出した。裁判所は細川に分離に関する上申書を提出するよう伝えたものとみられる。細川の上申書には「被告間で衝突する可能性がある」と書かれていたという。

「衝突する可能性」とはたんに「立場を異にする」ということとは明らかに事情が異なる。裁判所は「行動する保守」に対する経験則から「衝突」した場合に何が起きるかを具体的にイメージしたのではあるまいか。当然、たんに西村との間の1対1の「衝突」で終わるはずはなかろう。

 この結果、裁判所は「分離やむなし」の判断に傾いたようである。裁判所の意向を知らされた千葉はこれを了承した。当事者の身の安全は守られなければならない。

 こうして細川は答弁書提出による擬制陳述とし、第1回口頭弁論には出廷しないことになった。少なくともこの日、「衝突の可能性」は未然に回避されたということになろうか。第1回口頭弁論までにはおおむね以上のような動きがあった。

 開廷5分前になり、右翼Mらオールスターキャストが入廷した。ロビーに集まっていた者のほかに、新たに加わった者はいない。彼らは仲間を待っていたのではなかったのだろうか。裁判官の入廷を待つ間、右翼Mや背の高い男などがしきりに周囲を観察したり、メモしたりしている。その表情は何かに対して異常にいきり立っているように感じられた。

(つづく)

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西村・細川事件 第2回
 裁判官は入廷すると、提訴から第1回口頭弁論までの間には何事もなかったかのように、型通り審理を進めた。傍聴席には西村支援グループのほかに6名の公安関係者とみられる一団、数名の一般傍聴人のほかに1名、スーツを着込んだ雰囲気の異なる人物が訪れていた。何かの情報収集が目的だろうか。

 裁判官はこれまでの提出書類を確認すると、次回弁論の打ち合わせに入った。

裁判官  西村さんは書面をいつごろお出しいただけるのかな?

西村  次回弁論までに出します。

 裁判官は当初1月24日に期日を入れたい意向だったが、西村が差し支えがあるということで、第2回口頭弁論は1月31日1時10分となり、その1週間前の1月24日までに準備書面を提出することになった。

裁判官の労い

 裁判官としては次回期日を決めたあと、この裁判が分離裁判になることを伝えてこの日の弁論を終わりにする予定だったのではあるまいか。ところがこのあと、答弁書では3行しか書いていない西村が「立川まで出向く負担が大きすぎる」などとして東京地裁への移送を申し立てる。裁判官が千葉に意見を聞くと、千葉は「回付には反対でございます」と答えた。

 千葉の回答を受けて、裁判官は西村に対し「検討しますが、回付決定までは立川で審理を行います」と述べた。裁判官の真意は定かでないものの、いずれにしても移送の件について早々に切り上げようとしているように見えた。しかし西村はなおも食い下がった。

西村  原告は立川在住だから近いが、被告は千葉県の柏に住んでいて遠すぎる(趣旨)。

裁判官  被告のご希望は承りました。はい、ご苦労さまでした。

 裁判官は千葉県柏市からやって来たという西村を労ったようにも聞こえるが、たんに西村の発言を早く終わらせたかったのではないかという気もした。裁判官が「はい、ご苦労さまでした」と言い終わるや、西村が「それから」といったときの裁判官の態度にそれが表れていた。この裁判官にしては珍しく強い口調で「いいたいことがあれば、立っていってください」といったのである。

 今度は西村は立って、「千葉が訴状で削除を求めた写真はすでに削除した」とし、「その点の扱いはどうなるか」と裁判官に尋ねた。これに対して裁判官は、その点については書面で主張するよう申し渡した。削除したのなら答弁書でその旨を書証を付けて主張すればよかろう。口頭でいきなりいわれてもその場で確認もできないから、裁判官としてはこう答えるしかなかったろう。

書記官に八つ当たり

 これで西村の発言が終わったとみた裁判官は初めて、この裁判を分離して審理すると述べた。しかし裁判官は当初、その理由を明らかにしなかった。

 これを聞いた西村が再び口を開いた。

西村  細川さんは今日も来ていないし、私は答弁書を見ていないのでコピーをいただきたい(趣旨)。

 これに対して裁判官は、初めて細川が分離を希望していることに触れた上で、「閲覧はできるので、あとで書記官に相談してください」と答えた。「コピーはお渡しできない」という趣旨のようだった。

 分離裁判になることを知った西村は、細川の次回弁論期日についても裁判長に聞いたが、期日は決まっていなかった。この日の傍聴人の異様な雰囲気からすると、細川の弁論期日には西村ほか右翼Mら精鋭が集まることが十分に予測できた。

 第1回口頭弁論はこうして終了したが、法廷では裁判官の退廷後にもう1つの見せ場があった。西村と傍聴席の右翼Mが書記官に抗議するかのように、大声でこう詰め寄ったのである。

「(細川の)答弁書を見なければ準備書面が書けないんだよ」

 めったに聞けない本音である。政治団体の代表ともあろう者が、元側近の書面を見なければ反論が書けないとはいったいどうしたのだろう。だから答弁書に3行しか書けなかったというのか。

 西村はHPの記事をめぐってこれまでも何度か提訴されているが、掲載責任そのものを否認したことは1度もない。実務者が誰であろうと、政治団体の代表が政治団体のHPの記事について責任を負うのは当然で、西村がこれまで掲載責任を否定しなかったこと自体は評価できよう。

 したがってこれまでの例からすれば、西村が掲載責任を否定することはないと思われる(否定すれば、別件裁判での主張と齟齬が生じる)。すると、責任者として西村は、なぜ細川の答弁書を見ないと準備書面が書けないということになるのだろうか。部下だった細川が提訴から1カ月後には答弁書を提出している一方、代表の西村が答弁書にわずか3行しか記載せず、認否さえもしていないのは不思議なことというほかない。西村には何か、本論以外に気になることでもあったのだろうか。

 元部下の答弁書を見なければ準備書面が書けないなどとは、普通は情けないと思うが、それを人前でさらけ出すとはさすがに「行動する保守」というべきかもしれない。しかしそれにしても、裁判所は閲覧もできないといっているわけではないのだから、大声を出す必要はあるまい。どうしてそんなにいきり立つのだろうか。

(第2回口頭弁論後につづく)

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西村・細川事件 第3回
 元警視庁東村山警察署副署長千葉英司が総額140万円の支払いなどを求めて「主権回復を目指す会」代表の西村修平と元側近(細川)を提訴していた裁判の被告細川に対する第2回口頭弁論(分離後初)が1月28日、東京地裁立川支部で開かれた。

特別厳戒態勢

 注目されたのは、「(かつての部下である)細川の答弁書を見なければ準備書面が書けない」と普通でははっきりいいにくいセリフを堂々と公言していた西村が傍聴に現れるのか、また第1回口頭弁論の際、妙にいきり立っているようにみえた「行動する保守」Aの弟子や右翼M、女傑Mなど(要するに弟子以外は前日万世橋署前で気勢を上げた精鋭たち)の動向はどうなのか、という点だった。

 この日私は午後1時前に裁判所に着いた。一階ロビーを見渡してみたが、それらしい人影は見当たらない。そのままエレベーターで4階に上がると、法廷前は裁判所職員の数がいつもより多く、いつにもまして警戒感が強いように感じられた。公安関係者らしき人たちも5、6名、西村らがエレベーターから降りてくるのを待ち構えている。

 開廷10分前ごろになって姿を見せたのは細川の盟友紫藤だった。活動の一線から離れたためか色も白くなり、かつてのよくいえば精悍なイメージは影をひそめたようにみえる。細川を支援する気持ちとともに西村や右翼Mらとの対決も辞さない決意を秘めていたのかもしれない。

 開廷5分前になり、千葉が法廷に招じ入れられたが、傍聴人にはまだ入廷許可は降りない。結局、傍聴人の入廷が許されたのは開廷2分前だった。「行動する保守」関連裁判のいつもの入廷時間は5分前だから、裁判所がこの分離裁判に対してより特別な警戒態勢を取っていることがうかがえた。

平穏な法廷

 法廷に入ると、細川はすでに入廷していた。裁判長もすでに着席して傍聴席を見渡している。西村や右翼Mらは結局姿を現さなかった。大挙して押しかけることは細川に対する威圧と取られ、かえって心証を悪くするだけと正常な判断をしたのか、あるいはたまたま都合が合わなかっただけなのかは定かではない。傍聴人は紫藤と細川の支援者のほか3名と公安関係者とおぼしき6名だけである。

 裁判長はまず千葉に対し、細川に対する請求原因が動画及び写真の掲載に関わる点に限定することを確認した上で、細川に対して具体的に主張するよう求めた。細川は答弁書で動画および写真の掲載に関して「争う」としか答弁していない。具体的にどのような理由で「責任がない」と主張するのか、裁判長は細川に対して口頭で若干の質問をしたが、細川は次回弁論までに準備書面を提出することになった。
 
 こうして混乱もなく、細川に対する分離裁判は終了した。結局この日、西村らは最後まで裁判所に姿を現さなかった。

 一方、西村に対する分離裁判は1月31日に迫っている。はたして西村はどんな主張を行なうのか。西村は1月24日までに準備書面を提出するよう命じられていたが、1月29日の時点ではまだ提出されていないとのことである。

 西村は平成22年12月9日付答弁書では具体的主張はおろか認否さえもしていない。西村が細川の答弁書を見たかどうかは定かではないが、「主権回復を目指す会」の代表としてあるいは「行動する保守」の重鎮の1人として、西村が次回口頭弁論になんらの書面も提出しないということは許されまい。

かつての千葉と同じ立場

 さて数日前、私は細川が分離裁判を求めて提出した平成22年12月9日付上申書を閲覧することができた。上申書は要するに、細川が答弁書で述べた「現在は立場を異にしている」ことについて具体的に述べ、相被告として同席することがいかに困難であるかを説明したものである。
 
 上申書は次のようなあまり穏やかとはいえない一文から始まっている。

〈細川は、……(「主権回復を目指す会」)退会の経緯において細川は西村とその支援者により脅迫や本業に対する営業妨害等の嫌がらせを受けている。〉

 その「嫌がらせ」については「警視庁麻布警察署に相談中」であるという。これはもちろん細川の一方的な主張で客観的事実かどうかはわからないものの、私はこの一文を読んで真っ先に平成22年12月10日の第1回口頭弁論における西村や右翼Mらの苛立った表情や態度を思い浮かべた。

 続けて細川は、過去に細川が「主権回復を目指す会」の運営に際して負担していた経費をめぐり西村に対して民事調停の申立を予定しているとした上で次のように述べている。

〈細川と西村はむしろ敵対する関係となっており、……双方の支援者同士による法廷内及び裁判所敷地内でのトラブルの発生の可能性も否定できず、裁判を円滑に進行する上で障害となる恐れがある。〉

 かつて細川は西村が千葉や私から提訴された際、裁判所敷地内外で西村らが原告に対して行った様々な嫌がらせに側近として加担した。今回の千葉による提訴は、その嫌がらせがもたらしたものである。

 つまり、かつて西村の側にいた人間として細川は、西村の性格や彼らのやり方をよく知っており、それだけに「トラブル発生の可能性」と「トラブル」が発生した際の深刻性をより実感できたということだろう。当時の千葉の立場に自分自身が立たされたことで、少しは千葉の気持ちが理解できたのだろうか。

(つづく)

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西村・細川事件 第4回
 元警視庁東村山警察署副署長千葉英司が「主権回復を目指す会」代表の西村修平と元側近を提訴していた裁判の西村に対する分離裁判第2回口頭弁論が平成23年1月31日、東京地裁立川支部で開かれた。西村は1月24日までに具体的な主張をするよう命じられていたが、1月31日午前の段階ではまだ千葉のもとに準備書面は届いていなかった。

興奮状態の右翼M

 私が裁判所に到着したのは12時55分である。まっすぐ4階に上がると、法廷前にはすでに西村の一行が到着していた。一行は西村のほか、右翼Mら前回口頭弁論の傍聴に訪れた一行の一部、それに2人の女傑である。

「行動する保守」一行を東村山デマに引きずり込んだ張本人で、平成22年末には「(行動する保守は)民事訴訟も数多く抱えています。このような問題に関する裁判支援闘争などには引き続き参加していきたいと考えています。」などといっていた「行動する保守」Aはどこにもいない。前回弁論の際には現れた弟子の姿もない。口先だけの卑怯者なのだろうか。

 隣のベンチには2、3名の公安関係者らしき人物も座っており、私もその近くに腰を降ろした。するとなにやら、右翼Mがしきりに裁判所職員に噛みついているところだった。裁判所の駐車場には「街宣車の進入を禁止する」との看板が掲示されている。右翼Mはそのことについて抗議しているようだった。

 職員は「警備関係は6階にあるから、そちらに行ってください」と言い聞かせるが、右翼Mはいっこうに抗議をやめようとせず、女傑Mも制止するどころかときどき小声で賛意を示している。こうしてなんと右翼Mは傍聴者が入廷を許されるまで筋違いの抗議を延々10分近くも続けたのである。裁判の当事者でもないのに、右翼Mは何をそんなに興奮しているのだろうか。

提出されていた準備書面

 入廷が許されて原告席をみると、千葉が書面に目を落としているのがわかった。傍聴席には右翼Mらが入廷し、その背後に公安関係者とみられる数名、少し離れた席に公安関係者とは少し雰囲気の異なる人物が座った。元側近が提出した資料によれば、どういう趣旨のものかは定かでないものの、平成22年9月の時点で「主権回復を目指す会」には公安調査庁から毎月5万円が支払われているとのことである。正当な報酬を受け取ってなんら恥ずべきことはない。あるいはこの人物は公安調査庁の関係者なのだろうか。

 さて、口頭弁論が始まり、西村が準備書面を提出したことがわかった。のちに確認すると、西村が準備書面を裁判所にファックスで送付したのは1月31日午前11時だった。だから裁判所は千葉にはあえて転送しなかったのである。

 まず千葉の主張とそれに対する西村の主張(第1準備書面)をみよう。



請求原因①② 演説
①「朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」

②「訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長」

千葉の主張
①本件演説は「原告が朝木明代の万引き事件を捏造した」との事実を摘示するものである。

②「訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長」との発言は、一般聴衆に対し原告が、根拠が乏しく非難されるような訴訟提起を繰り返していると印象づけるものであって、原告の社会的評価を低下させるものである。

西村の主張
①被告西村は確定的言辞を避けて「万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」と、発言しているものである。

②原告千葉が「訴訟提起を繰り返している」と言うのは紛れも無い事実である。



請求原因② ウェブサイト上の記載
「朝木明代・東村山女性市議の謀殺事件を転落・自殺としたのが東村山署元副署長の千葉英司。自殺の動機を『万引き』を苦にしたとして事件を処理したが、これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。」

千葉の主張
 本件記述は…「原告が朝木明代謀殺事件を自殺と捏造した」との事実を摘示し、読者に対し、本来は適正な捜査をすべき原告が事件を捏造したとの印象を与え、原告の社会的評価を低下させるものである。

西村の主張
 ウェブサイト上の本件記事については、被告西村は関知していない。「創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会『御用達』は栄えある名誉の筈だぞ」とは、被告西村の主張である。しかしながら、「本件記述」に関して被告西村は一切の関与を行っていないし、このような記述をするように指示したこともない。



「会には権利がある」と主張

 第1準備書面の西村の主張を要約すれば、「万引きでっち上げ」については「千葉がでっち上げたとは断定しておらず、『そういわれている』事実を述べただけ」で、ウェブサイト上の記載についてはいっさい関知していない(=ゆえにいずれも責任がない)ということと理解できよう。

 裁判長は千葉の請求とそれに対する西村の主張(準備書面)に基づき西村に対して口頭で確認を行ったが、その中で裁判長が重要と認識しているとみられたのがサイトの運営権限が誰にあるのかという点である。この点についてのやり取りをみよう(発言はいずれも要旨)。

西村 「主権回復を目指す会」の代表は西村だが、ウェブサイトの管理は西村の権限外で、責任はない。

裁判長  ではウェブサイトは誰のものですか。

西村 「会」のサイトです。

「会」の代表が西村で、ウェブサイトが「会」のものなら、ウェブサイトの管理権限、管理責任は「会」の代表にあるのが普通である。ところが、西村はウェブサイトの管理権限は元側近にあり、したがって責任はすべて元側近にあると主張していた。これだけでも論理にかなり混乱があるように思えるが、裁判官が「管理権限を持つと西村が主張する元側近がサイトを閉鎖した場合に問題が生じるか」と聞くと、西村の主張はさらに混迷の度を深めた。

西村  運動をやってきましたから、今後は私がサイトを引き継ぎます。

裁判官 「会」にはサイトに関して権利があるのか?

西村  権利があります。

「会」に権利があるといいながら、「会」の代表である西村には権利がないという西村の主張はどういう理屈なのだろうか。混乱のすべては、西村が「会」の代表であるにもかかわらず、「会」のものであるウェブサイトに関しては権限も責任も持っていないと主張したことに始まっているように思えてならない。

 裁判長はそれでも西村に対して次回までにサイトの管理の問題を明確にするよう求めた。もう少しまともな主張をしなければ、「会」の代表である西村にウェブサイトの管理責任がないという理屈は通用しないのではあるまいか。

(つづく)

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西村・細川事件 第5回
元側近を激しく批判

 ウェブサイトの記載について西村はすべての責任は元側近にあると主張しているが、準備書面ではさらに「状況説明」として元側近を激しく批判している。

 準備書面で西村はまず、元側近が「主権回復を目指す会」に参加した動機と活動目的について次のように記載している。



 3年ほど前に被告細川が当会の活動に参加しだしたが、主な目的は活動状況の撮影と動画の配信であった。被告西村のような日本の主権を回復するといった政治的な目的は有してはいなかった。

 故に、芸術作品としての映像をユーチューブ他の動画サイトに投稿し、その映像の魅力を視聴者に発信することが狙いであったと思われる。その結果、閲覧者のカウント数が伸びることで満足感を得ていたと考えられる。



 代表である西村は公益目的をもって活動しているが、元側近は動画を撮影し、発信すること自体を目的としていた、つまり元側近と西村とでは活動の次元がまったく違うのだと西村は主張しているようである。

 西村の「状況説明」は続いて元側近の離反の経緯に移る。



 動画投稿サイトの閲覧数が伸びて世間の注目を浴びるようになると、更なる注目度の高い映像を撮りたいとの欲望が働くのか、昨年あたりから代表である被告西村に対し活動の形態や演説内容を指図するようになってきた。

 被告西村は政治を変革するためとの政治運動としての活動を遂行しているのであり、当然に拒絶した。このような経緯を以って、被告細川(は)昨年夏頃から当会の活動から離反しだした。

 そして、当会を辞めるに当たってはサイトの運営・管理費用として190万円あまりの法外なる金銭の支払を要求してきた。被告西村はこの要求に応じていない。過去3年間におけるインターネットの動画配信等の作業は被告西村の同意があったとは言え、被告細川が自らの意思で自主的に行ってきたものだからである。……

 被告細川は昨年9月、当会を辞めるに当たっては、被告西村の代表職退陣を要求し、これが受け入れられないと知るや訴外紫藤益男と結託して当会の解散を一方的に宣言した。



 これはいったい何の「状況説明」なのだろうか。西村の記載内容が事実かどうかを含め、「主権回復を目指す会」の内部事情は裁判とは何の関係もない。細川は西村と敵対関係にあることを理由に分離裁判を申し立てたが、そのこと自体によって西村が千葉との裁判で不利な状況に立たされるわけではない。

 したがって事情はともかく、裁判とは無関係の細川攻撃をすることは西村にとってあまり得策とはいえないのではあるまいか。政治団体の代表としてはやや大局観に欠けた大人げない対応に思えてならない。

右翼Mの厚情

 さて話は前後するが、私は口頭弁論終了後に西村が提出した第1準備書面を見ることができた。その体裁、書式、文体などを一見して直感したのは、右翼Mが千葉との別件裁判に提出した書面に酷似しているということだった。さらに書証に記された手書き文字(「号証」)を確認すると、その筆跡は右翼Mが提出した書証のものとこれまた酷似していた。西村が提出した準備書面は右翼Mが作成したものとみて間違ないようだった。

 そのこと自体を特段あげつらうつもりも責めるつもりもない。読者の中には「誰かほかにいなかったのか」という疑問を持つ人もいるかもしれないが、西村が自分が作成した文書として、十分にその内容を理解した上で、自己責任で提出する分には何の問題もない。

 それほど彼らは厚い信頼関係で結ばれているということなのだろう。あるいは千葉に対してのみならず、細川や紫藤に対してなんらかの共通の思いでもあるのだろうか。開廷前に右翼Mが見せた異様な興奮ぶりも、準備書面を作成したことと無関係ではなかったのかもしれない。

 なお、西村に対する第3回口頭弁論は3月3日午後2時と決まった。裁判長は西村に対して2月28日までに準備書面を提出するよう求めた。次回も右翼Mが支援するのだろうか。「行動する保守」Aが「内部告発」の内容を明らかにすれば、あるいは右翼Mがこれほど苦労することもなかったのかもしれない。

 その「行動する保守」Aは何を思ったのか、1月19日からブログで「東村山朝木市議殺害事件」なる「新連載」を開始している。ただ、あらたまって「新連載」というには今のところ何一つ目新しいネタがなく、逆に文章の端々から「行動する保守」Aの不誠実さが滲み出ているのが無惨である。これでは右翼Mも準備書面には引用しにくかろう。

パトリスへの誘い

 余談だが、口頭弁論終了後、私はエレベーターに乗り込もうとする西村に声をかけた。個人的に話しておかねばならないことがあったのである。政治団体指導者の立場を尊重して支援者から少し離れた場所に誘おうとするが、西村はなかなかエレベーターの前を離れようとしない。あまり話したくないようにもみえる。

 このため私は、支援者がそばにいることはわかっていたが、やむを得ずその場所で手短に用件の向きを伝えた。すると西村は、私の問いかけには具体的に答えず、こういった。

「一度、事務所に来なさいよ」

 警察庁が警戒対象としている団体の事務所にそうそう行けるものではないし、私の方からわざわざ出向かねばならないような性質の話でもない。「事務所に来い」という意味がわからなかった。私が「パトリスにはちょっと……」といいかけふと横を見ると、女傑Mがこっちを向いて不気味に笑っていた。

 思わず引いたスキにエレベーターがやってきた。西村は具体的な回答をしないまま、支援者とともに乗っていった。

(つづく)

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西村・細川事件 第6回
 ブログに掲載した記事をめぐり千葉英司元警視庁東村山警察署副署長が「主権回復を目指す会」代表の西村修平と元側近を提訴していた裁判の西村に対する第3回口頭弁論が平成23年3月3日、東京地裁立川支部で開かれた。西村は前日の3月2日に第2準備書面を提出している。

 私は午後1時45分ごろ、法廷前に到着した。周知のとおり、「行動する保守」関連裁判では、傍聴人は開廷5分前にならなければ入廷を許されない。法廷入口には5名ほどの職員が警備にあたっている。

 法廷前にはすでに西村が来ていた。傍らには女傑Mがいる。そのほか、最近になって西村の裁判や街宣に参加するようになったメンバー2名もいた。第1回口頭弁論では傍聴にやってきた「行動する保守」Aの弟子の姿はない。私はそばのベンチに腰を下ろした。右翼Mがいないせいか、西村を含む4名のメンバーにいきり立った様子は見えず、比較的静かに開廷を待っているようにみえた。細川と弁論を分離したことと裁判所の厳重な警備態勢の効果だろうか。

 しばらくすると右翼Mが大股で歩いてきて、どういうつもりか私の隣にドスンとベンチを揺るがして座った。しかし右翼Mもまた、これまでよりは冷静なようにみえた。すでに右翼Mも千葉に敗訴しているから、内心ではすでに「朝木明代は殺された」とする主張の真実性・相当性が裁判所から認められる可能性はほとんどないと感じているのかもしれなかった。それなら正常な感覚である。

かなり異なる現実認識

 西村は前日の3月2日に第2準備書面を提出していた。今回の書面も体裁、主張内容、文体のいずれをとっても右翼Mが千葉との裁判に提出した書面に酷似している。

 さて、前回口頭弁論で裁判長は西村に対し、「朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」とする表現についての主張とウェブサイトの管理権限について口頭で確認するとともに、ウェブサイトの管理権限については第3回口頭弁論までに明確にするよう求めていた。これらの点について西村は第2準備書面で次のように主張していた。



①「朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」とする表現について

 不法行為にはあたらない。

②ウェブサイトの管理権限について

(西村は)ウェブサイトの管理者ではなく、管理する技法を持たず、且つウェブサイト(本件記事)の内容を指示する立場にない被告西村においては一切の責任を問われるものではない。



 このうち、①については「『いわれている』との間接的な表現をしたにすぎない」とする趣旨のようにも読めるが明確ではない。そこでこの日の口頭弁論で裁判官は、口頭で「仮定抗弁しますか」と確認した。「朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」とする表現が読者に対して実質的に「千葉は万引き事件をでっち上げた」とする印象を与えるものであるとすれば、それに対する真実性・相当性の抗弁をするかどうかという問いである。

 これに対して西村は、「真実性・相当性を主張する」と答え、さらに裁判官に対して次のように述べた。

「真実性・相当性については、西村の主張が認められた判決があります」(趣旨)

 西村は街宣によって名誉を毀損されたとして同じく千葉から提訴された裁判で10万円の支払いを命じられており、その裁判では真実性も相当性もことごとく否定されている(「西村修平事件」最高裁判決)。西村はこの判決のどこに「認められた」部分があるというのだろうか。政治団体を名乗る団体の代表の言葉とはとうてい思えなかった。

 裁判官がこれをどこまで真に受けたかは別にして、西村が「真実性・相当性の主張をする」と述べた上、「真実性・相当性が認められた判決がある」というのなら西村は次回提出の準備書面で具体的に主張しなければならないだろう。判決のどこに「真実性・相当性を認められた」箇所があるというのか、西村の次回準備書面を待ちたい。

元側近退会後に写真を削除

 もう1点、西村に対して裁判官が確認したのはウェブサイトの管理責任についてだった。「主権回復を目指す会」の代表である西村修平が「主権回復を目指す会」のウェブサイトについて責任を持たないという主張が常識的かつ対外的に通用するとは思えない。「ウェブサイトの管理者ではない」とする西村の主張に裁判官がすんなり納得できなかったとしても不思議はない。

 西村は千葉の提訴後、問題となった写真等を削除している。その時点で元側近はすでに退会していて、ウェブサイトにいっさいタッチしていないようである。すると「ウェブサイトの管理者ではなく、管理する技法を持た(ない)」西村が、どうやって写真等を削除することができたのかという疑問が出てこよう。

 仮に第三者がその作業を行ったのだとしても、西村の許可や指示なしにはできないとみられる。西村が第三者に指示してやらせたのだとすれば、ウェブサイトの管理権限は西村にあるということになるのではないか。千葉はその点について明らかにするよう釈明を求めていた。

 西村は第1準備書面において「過去3年間におけるインターネットの動画配信等の作業は被告西村の同意があった」とも述べている。裁判官は西村がここで述べた「同意」の意味についても次回準備書面であらためて明確に述べるよう求めた。この間の経緯を見ると、裁判官はやはり、ウェブサイトの管理責任に関する西村の主張には疑問を持っているように思える。

 裁判官は西村に対して上記2点について確認すると、西村に対する次回口頭弁論を4月22日と指定し、4月4日までに準備書面を提出するよう求めた。裁判官は当初、4月15日を打診したが、西村は「4月10日から18日は用事がある」とのことだった。

(つづく)

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西村・細川事件 第7回
「矢野も朝木もおかしい」

 余談だが、この日の開廷前、隣に座った右翼Mから興味深い話を聞くことができた。いい機会なので私は、右翼Mにこう話しかけた。

――Mさんさあ、あなた、矢野から騙されてる、利用されたとは思わないの?

 これに対して右翼Mはいったん「矢野絢也か」ととぼけた。右翼Mにとってあまり好ましい質問ではなかったのかもしれない。しかし私が「矢野穂積に決まってるじゃないの」とたたみかけると、右翼Mは「週刊現代」裁判を引き合いに出しながら、意外にも比較的正面から私の質問に答えた。



右翼M 「週刊現代」裁判では一審は勝訴したが、二審では敗訴したように矢野と朝木にもおかしいと思うところはある。だが、朝木さんの転落死事件が謀殺によるものであるというのは自分なりに考えた結果だ。

 それに朝木事件は創価学会追及の一部にすぎない。



 この右翼は、「一部にすぎない」のなら、不特定多数に対して事実に基づかない主張をしても許されるといっているのだろうか。そうでないなら、「一部にすぎない」などという逃げ口上は最初からしない方がよい。

 さて「週刊現代」裁判で朝木直子は裁判開始から1年後、「明代は創価学会に殺された」とするコメントはしていないと証言を翻して「週刊現代」のハシゴをはずし、講談社を驚愕させ、激怒させた(講談社側が激怒したことについて私は、「当然」という同意の思いとともに「身勝手な論理」だという反発の思いを禁じ得ない)。

 右翼Mが「週刊現代」裁判の判決結果を知っているということは当然、朝木が180度証言を覆した経過ぐらいは知っているのだろう。右翼Mがいった「矢野と朝木にもおかしいところ(がある)」とはこの部分のことと思われた。

 平成7年当時、朝木は矢野に従ってマスメディアに向かって「創価学会疑惑」を喧伝していた。朝木が本当に「週刊現代」の取材を受けていないのなら、裁判当初から「『週刊現代』のコメントは捏造されたもの」と主張すればよかったはずである。

 また矢野と朝木が「明代は創価学会に殺された」とする主張に確かな裏付けを持っていたのなら、「真相を明らかにする」と公言していた朝木は提訴された直後にその「裏付け」を提示すべきだったろう。いずれにせよ、コメントを否定するのに提訴から1年も待つ必要はない。

 つまり、朝木が「コメントはしていない」と態度を翻したことにはたんに損害賠償の責任を免れようという意図だけでなく、そもそも「明代は創価学会に殺された」とする主張にはなんらの根拠もなかったことを示したものであるという2つの意味があった。右翼Mのいう「おかしいと思うところ(がある)」とはそういうことだろうと私は理解している。

珍しいセンスと「プライド」

 右翼Mはそこまで理解していながらなお、「自分なりに考えた結果」、明代の転落死は「他殺」であると判断したというのである。これは大変なことというべきだろう。なぜなら、「週刊現代」は複数の記者を取材に送り込んだもののなんら独自の証拠は得られず、記事のすべての「根拠」を朝木父娘のコメントに依拠していた。

 裁判に際しても講談社は、「コメント」の存在について朝木に念を押すことで朝木に責任を押しつけようとするだけで、講談社が独自に「コメント」の中身すなわち「明代は創価学会に殺された」とする事実の内容についていっさい主張・立証することはなかった。「週刊現代」は「明代は殺された」とする証拠などなんらつかんではいなかったということだった。

 同時に「週刊現代」は裁判を通じて、「明代は殺された」とする矢野と朝木の主張にはなんらの裏付けもないことを知った。ところが右翼Mはこの裁判の結果を知りながらなお、最終的に「独自の判断」で朝木の転落死は「他殺」であると結論付けたというのである。矢野も朝木も「週刊現代」もつかんでいなかった「他殺の証拠」を、右翼Mはつかんでいるというのか。

 しかし右翼Mがなんらの証拠も持っていないことは、平成23年2月16日に10万円の支払いを命じられたM自身の裁判からも明らかである。すると右翼Mはいまだに「行動する保守」Aのいう「内部告発」の存在を信じているということだろうか。

 その「行動する保守」Aは、自分の裁判でもいまだ「内部告発」について一言も触れさえしない。この事実を右翼Mはどうみているのだろう。それでも右翼Mが疑問を持たないというのなら、第三者からこれ以上、口の出しようもない。よほどのプライドでもあるのだろうか。

――Mさんなりに考えて結論を出したのなら仕方ないね。

 右翼Mの回答を聞いた私はこう応えるほかなかった。「他殺」を否定する多くの客観状況はあってもなお、右翼Mは自分の判断で「他殺」と判断したという。要するに自己責任だが、その尻拭い(カンパ)を堂々と支援者にお願いするとは珍しいセンスである。

――でもねMさん、いつになったら本当のことをわかってもらえるのかなー。

 これには右翼Mは何も答えなかった。内心では右翼Mも、すでに事態を理解しているのではないかと私は受け止めた。ここで会話が途切れたが、入廷許可はまだ出ない。そこで私は右翼Mに重要な確認をした。西村の準備書面についてである。

――ところでMさん、西村さんの準備書面はあなたが書いてるの?

 右翼Mは表情を緩めて口の中で何かごもごもいっていたが、明瞭には聞き取れなかった。言い訳でもしようとしていたのだろう。確かなのは、「自分ではない」と否定しなかったことである。

――いや別に、Mさんが書いてても問題ないんですよ。

 私がこういうと、右翼Mはもう言い訳はしなかった。右翼Mは4月4日までに、「朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」とする表現についての真実性・相当性の主張を盛り込んだ準備書面を提出しなければならないことになったわけである。

(「次回口頭弁論」以降につづく)

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西村・細川事件 第8回
「主権回復を目指す会」のブログ(平成21年11月2日付)に掲載された記事および写真をめぐり、元警視庁東村山警察署副署長千葉英司が同会代表の西村修平と元幹部の細川勝一郎を提訴していた裁判は平成23年10月27日、西村に対する第6回口頭弁論が開かれた。この日の傍聴者は支援者2名に公安3名と私。西村の準備書面を書いている右翼Mと、欠かさず応援にやってくる女傑Mは珍しく姿を見せなかった。

 西村に対する分離裁判は西村が掲載責任を否定しており、内容的にもたいした進展がないまま口頭弁論の回数だけを重ねてきた。ただ進行の上では、9月8日に開かれた第5回口頭弁論とこの日の第6回口頭弁論までの間にちょっとした動きがあった。

元側近の尋問を申請

 裁判の分離後、裁判官が西村に千葉の主張に対する反論を求めると、西村はしきりに一方の「細川の主張内容がわからない」(=だから主張できない)などと述べ、具体的な反論や立証活動をしないまま第5回口頭弁論を迎えていた。このため裁判官は西村にはすでに一定の反論機会を与えたと判断したのか、そろそろ結審の時期が近いことを示唆するとともに人証の必要性に言及した。通常の裁判では最終局面で本人あるいは証人尋問を行い、結審となることが多い。

 この日も西村が「細川がどういう主張をしているのかわからない」というので、裁判官は西村に対してこう聞いた。

裁判官  では被告は、細川さんの人証を行いますか?

 西村は次のように即答した。

西村  はい。細川の人証を申請します。

 千葉が問題とする記事と写真の掲載には責任がないと主張している西村としては当然、細川に対する尋問を通して「掲載は細川が勝手にやったこと」「西村には掲載責任がないこと=掲載責任は細川にあること」を裏付ける供述を引き出すことが目的であると推測できた。

「主権回復を目指す会」の代表は西村であり、すると「主権回復を目指す会」ホームページの責任者が西村であるとみなされるのは社会的な常識である。西村はその社会常識に反する主張をしているのだから、それを立証するためにはやはり細川の尋問は不可欠だろう。

 前回口頭弁論では、右翼Mが千葉の真ん前で睨みを利かせ、女傑が西村側に座って裁判長と西村のやり取りを聞いていた。まさかこれは、裁判官から細川の人証は必要か必要でないかと聞かれる流れとなり、西村としては行きがかり上も支援者の手前も「必要ない」とはいえなくなった、などという光景ではあるまい。

 裁判官も細川の尋問もあり得ると考えていたのか西村の申し立てを容認し、次回第6回口頭弁論(10月27日)に1時間の時間を取って細川に対する証人尋問、ならびに西村・千葉に対する本人尋問を行うこととなった。細川に対する尋問は西村から主尋問30分、千葉から反対尋問30分である。さらに裁判官は西村に対して、次回までに陳述書を提出するよう命じた。

あっという間の撤回

 この時点で、尋問における西村の論点は「記事・写真の掲載にあたって西村の指示・命令はなかった(=細川が勝手にやった)こと」が主になると思われた。この尋問はかつての代表と元側近が法廷で直接対決するものであり、関係者だけでなく公安からもかなりの注目を集める尋問になることは間違いないと思われた。

 ところがそれからわずか20日後、最大の見せ場はなくなった。西村が陳述書を提出し(もちろん右翼Mの代筆とみられる)、細川に対する人証申請を撤回したのである。あれだけ明確な意思表示をしたのに、どうしたのだろうか。

 確かに元側近を尋問するだけならいいが、千葉からの反対尋問も覚悟しなければならない。そのことについては、最初の千葉から提訴された裁判で西村はすでに経験済みである。それを警戒したのだろうか。

 それに、人証の撤回を申し出た陳述書とはそもそも、争点に関して自らが経験した事実を述べるもので何らかの主張をするという性質のものではない。撤回するなら「撤回する」と裁判所に伝えるだけでいいと思うが、わざわざ陳述書に記載したのは、人証の撤回には正当な理由があることを説明する必要があると考えたからなのだろう。「撤回する」というだけでは「西村は尋問から逃げた」といわれかねない。

 さて、陳述書の冒頭で西村は次のように主張している。



 10月27日に本人人証を行うとの事ですが、現在までの審理の状況を鑑みるならば、被告の立場から原告に対し尋問を行う必要性を見出せません。

 よって、下記の理由から裁判長は本裁判の訴えの取り下げを勧告することを要望します。



「尋問の必要性を見出せない」ことがなぜ、「訴えの取り下げ勧告」へと「よって」でつながるのか理解できないが、とにかく西村は「訴えの取り下げ勧告」をすべき理由を5項目にわたって述べる。



1 演説は不法行為ではなく、決着済みである事実
2 削除済みである事実
3 和解が成立済みである事実
4 使用者責任が存在しない事実
5 意味不明な原告の主張する「責任転嫁」



 そもそも裁判官が「訴えの取り下げを勧告」する場合とは、訴えの根拠がないと判断できる場合や訴えの利益がない場合などだろう。「請求棄却」という判決を出してもいいケースである。すると西村は請求棄却だけを求めればいいはずなのになぜ「訴えの取り下げ勧告」を求めるのか。早く終わらせてほしいという気持ちの表れだろうか。

 しかしざっと見出しを眺めたかぎりでは、裁判官が「訴えの取り下げを勧告」すべき内容であるとは考えにかった。

(つづく)
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西村・細川事件 第9回
独善的な言い訳

 では陳述書で西村は、「訴えの取り下げを勧告」するよう要望する根拠として各項目においてそれぞれ具体的にどんな主張をしていたのか。裁判所の判断に直接関係すると思われる1~4についてみてみよう。



1 演説は不法行為ではなく、決着済みである事実(西村陳述書の見出し=以下、同)

(西村の主張)

 私は「万引きがでっち上げ」、とは言っておらず、……「万引きでっち上げ」説は広く流布されているものであり、「でっち上げたといわれている」、との配慮を持った私の言い回しが不法行為となりうるはずはありません。

 この提訴自体、私が行った平成20年9月1日の東村山駅前での演説に対する訴え(第一次千葉裁判)と全く同様の内容であり、言い掛かり以外の何物でもありません。



「万引きをでっち上げたといわれている」(筆者注=正確には「いわれる」である)と千葉に配慮した言い方であり、断定していないから不法行為ではないという主張だが、この文言を単独で判断するのではなく、この文言がどのような趣旨の演説の中で使用されたのか、またこの文言を聞いた者にどのようなニュアンスをもって受け止められるかが問題となろう。

 ちなみにこの演説は、私が西村を提訴していた裁判が行われたさいたま地裁川越支部前で行われたものである。この街宣には〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉との横断幕、さらには〈祝 千葉英司敗訴 「万引き」はでっち上げ! 「自殺」は謀殺だった!! 東村山の闇に光を〉とのプラカードが掲げられている。要するにこの街宣全体の趣旨は「朝木明代は万引きをでっち上げの汚名を着せられて、謀殺された」というものであることが明らかである。

 仮にこの演説が客観的資料に基づき、矢野と朝木が「真相究明」を求める遺族と元同僚としてはきわめて不可解な言動を繰り返している事実および彼らの主張がことごとく裁判所で否定されている事実を述べつつ、その主張の中では「千葉が万引きをでっち上げたといわれる」という取り上げ方なら、聴取者はそれが客観的事実とは認められていない一方当事者による宣伝の一部であると受け止めるだろう。

 しかし西村が行ったこの街宣の中で「(千葉が)万引きをでっち上げたといわれる」といわれれば、聴取者は「千葉という警察官は万引きをでっち上げたとんでもない警察官」と受け止めることは明らかだろう。したがって、たんに「いわれる」という間接表現を使ったというだけで名誉毀損性がないとはいえないのではあるまいか。

いわゆる独自の主張

 またここで西村は、今回の提訴は前回の提訴と内容的に同じだから「言い掛かりだ」と主張している。しかし、一度提訴されたものと同じ名誉毀損を繰り返しても許されるという判例があるとは聞いたことがない。提訴されて真実性・相当性を立証もできなかった内容を再び繰り返すことは、前回よりもむしろ悪質性が高いというべきではあるまいか。つまり西村が千葉に対する誹謗中傷を繰り返さなければ、再び訴えられることもなかったにすぎない。西村の主張は法秩序を無視する発想で、少なくとも場所と時期が異なれば、それはまったく別の事件であるというのが一般的な法解釈である。



2 削除済みである事実

(西村の主張)


 本件写真・画像は既に平成22年12月4日にインターネットから削除されており、原告の主張するところの「社会的評価を低下させる」要因が存在していたとしても既に消滅しています。



「要因」は消滅していても、過去に原告の「社会的評価を低下させた恐れがある」事実は消滅していないし、過去に行われた肖像権侵害の事実も消滅していない。したがって西村は、掲載から削除するまでの間になされた不法行為に対する責任を免れることはできないのではあるまいか。



3 和解が成立済みである事実

(西村の主張)


 本件写真・画像をインターネットに投稿した当事者であるところの被告細川勝一郎と原告の間で、既に和解が成立しており、写真・画像の投稿者でもない私だけが損害賠償の責を負う意味がありません。



 千葉はブログ開設者として西村には責任があると主張している。ブログの開設責任者がブログ掲載記事の責任を負うのは普通のことで、投稿には関与していないから責任はないとする主張こそ社会常識を逸脱していよう。



4 使用者責任が存在しない事実

(西村の主張)
を要約すれば、問題とされた記事の投稿はすべて細川の裁量によって行われたもので、西村が指示・命令をしたものではなく、また金銭の支払いを約束していた事実もない、したがって西村には使用者責任はなく、本件記事の掲載にも責任はないと西村は主張している。



 しかし、記事掲載に関する事実が仮に西村の主張するとおりだったとしても、ブログの開設者が西村である以上、ブログの記事に対して西村が責任を負うのは当然なのではあるまいか。「主権回復を目指す会」内に「西村にはブログに関する責任はない」とする特殊の規約でもあったのなら法律との関連も含めて検討する必要が生じる可能性もあろうが、西村の主張の中には特段そのような内規があったとする主張はない。

 したがってブログ掲載記事の責任に関しては常識的な判断で足りるのではあるまいか。(そんなことはあり得ないが)仮に元側近が責任を被ると主張したとしても、西村は「主権回復を目指す会」代表として元側近を制して自らが率先して責任を取るべきなのである。部下に責任を押しつけようとするこのような姿勢こそ、西村という人物の器のほどをうかがわせる。

 いずれにしても、西村が陳述書で尋問放棄の理由として述べた主張はいずれも独自の主張というべきだろう。

(つづく)

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西村・細川事件 第10回
説得力を欠いた言い訳

 西村は尋問を放棄する理由について独自の主張を並べた上で、陳述書を次のように締めくくっている。



 以上3点(筆者注=尋問放棄の理由。本記事では4点)を鑑みた以上、以降の口頭弁論において争点となる事項を見出す事は不可能でありましょう。よって、私から原告に対し証言を求めるべき事案を発見することはできません。よって、次回10月27日の人証尋問の必要を認めません。

 同様に、細川に対する人証尋問の必要もありませんので、取り消しをお願いします。



 証人および本人尋問は新たな争点を探すことではなく、争点について法的にどちらの言い分が正当なのか、真実性・相当性があるのかどうかを判断することが主要な目的である。とりわけ「朝木明代転落死事件の真相究明を求める」などとする街宣活動に何度も参加してきた西村としては、千葉に改めて質したいことが1つや2つあってもおかしくない。その大きなチャンスを自ら放棄するということは、もはや千葉を追及する材料も気力もないことを認めたといわれても仕方があるまい。

 もちろん本人尋問においても西村は当然、千葉の追及を受けることになる。西村は尋問で「朝木明代の転落死を千葉が(万引きを苦にした)自殺として処理したことは、限りなくでっち上げに近いことが判明している」とする事実について、その具体的根拠、あるいは西村がそう信じるに至った理由を聞かれることになる。その場合、西村が再び法廷で窮地に立たされることになる可能性は高い。

 この裁判で西村は、もう東村山市議、矢野穂積と朝木直子の支援を受けられなかったらしく、証拠は現時点で何一つ提出していない。東村山駅前街宣をめぐって千葉から提訴された裁判で西村は、矢野と朝木の全面支援を受けたにもかかわらず「千葉が殺人事件を隠蔽して自殺をでっち上げた」とする主張をみじんも立証することができなかった。東京地裁は判決で、明代の転落死と万引きとの関係について「自殺の動機がなかったとはいえない」と認定し、東京高裁は「(千葉が)明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したという余地はない」と認定している。

 仮に西村に「朝木明代の転落死を千葉が(万引きを苦にした)自殺として処理したことは、限りなくでっち上げ」であるとする事実の裏付けを示す自信があるのなら、西村は千葉の反対尋問から逃げるべきではあるまい。つまり西村が千葉の尋問を放棄したということは、記事の裏付けがないことを認めたに等しいと考えていいのではあるまいか。

元側近との対決を回避

 さっぱりわからないのは、細川に対する人証申請撤回の理由である。そもそも細川の尋問を申請したのは西村の方である。ところが陳述書でその撤回理由として書かれているのはわずかに「同様に」の3文字のみだった。なぜ千葉に対する尋問の撤回理由と「同様に」なのか。要するに西村は、細川に対する尋問の撤回理由をこれだけですませたかったということと理解するほかない。

 細川の尋問を行えば、西村は細川を追及することはできるが当然、自分にとって不利な証言を引き出すことになりかねない。両刃の剣というよりも、かつて細川が西村を追及していた動画を見たことのある者からすれば、法廷で細川を追及するつもりが、逆に反論され西村が追及の言葉に窮している光景を想像するのはそれほど難しいことではない。

 細川が提出した陳述書には、西村が公安調査庁から毎月5万円を受領していたとする話や、細川が不適切と認識する西村の女性会員との関係なども含まれている。尋問の仕方によっては、陳述書には書かれていない事実が公表される可能性もないとはいえない。つまり客観的にみて、尋問によって西村にマイナスに働く可能性はあっても有利に働く要素は皆無のようにみえた。

 いったんは細川の尋問を申し立てたものの、冷静に考えれば、西村にとってむしろ不利な状況を作りかねないことに気がついた――そういうことではあるまいか。そうでなければ、自らの主張を立証するには不可欠と思われた細川の尋問を放棄することはあり得ない話である。千葉に対する尋問も含めて、西村と右翼Mもまたそう判断したとしてもなんら不思議なことではなかった。

 陳述書を代筆した右翼Mもまた「朝木明代転落死事件の真相究明」のモチベーションはかなり低下しているのではあるまいか。彼らを東村山デマに引きずり込んだ「行動する保守」Aの「内部告発」はいつまでたっても具体的根拠が示されなかった。「行動する保守」Aは右翼Mに対して「調査中」などと説明していたらしいが、千葉から提訴されるや「内部告発」が伝聞の伝聞以下のホラ話であることをさらけ出し、千葉が提示した条件を丸飲みする形で10万円を支払い、さっさと和解してしまった。

「行動する保守」Aが右翼Mに対して「『内部告発』については調査中」と説明したというのが事実なら、右翼Mは「行動する保守」Aから少なくとも2度にわたって騙されたことになろう。右翼Mは「行動する保守」Aのいう「内部告発」と矢野、朝木のデマを信じ込み、千葉から提訴された裁判では10万円、創価学会から提訴された裁判では110万円の支払いを命じる判決を言い渡されている。

 それでも右翼Mが表面上は矢野も「行動する保守」Aも責めず、「自分で判断した」と強弁するあたりは、やはり情けない右翼ということだろう。自分の不明を認めた上で、「行動する保守」一行をデマの深淵に引きずり込んだ「行動する保守」Aと矢野・朝木を批判するのが道理ではないのだろうか。これはいうまでもなく、右翼Mだけでなく「行動する保守」全体にいえることである。

ナメられた「行動する保守」

 右翼Mをはじめ「行動する保守」一行は、煽るだけ煽ってなんらの責任も取ろうとしない東村山市議矢野穂積と朝木直子にナメられていると考えるべきではあるまいか。余談だが、平成23年11月7日、千葉が矢野と朝木を提訴している裁判の第3回口頭弁論が開かれ、矢野と朝木も出廷した(この裁判についてはいずれ別稿で詳述する)。

 裁判所はこの日も、矢野の応援で右翼(「行動する保守」一行)が大挙して押しかけることを想定した警備態勢を敷いていた。裁判所は矢野と右翼が仲間であると認識しているようだった。

 さて口頭弁論が終わり、矢野と朝木に続いて私が法廷を出ると、エレベーター方向に歩いていた矢野がどうしたのか急に踵を返し、法廷前で警戒にあたっている職員に向かってこう話しかけたのである。



矢野  今日傍聴に来た人物(宇留嶋のこと)は副署長を応援している人物で、右翼じゃないからね。



 とっさの発言には本音が出ることがある。万が一にも「宇留嶋は右翼ではない」と私を擁護したわけではあるまい。矢野は裁判所が何を警戒しているかを承知の上で、右翼は来ていない、したがってわれわれ(矢野と朝木)は右翼とは関係がないから警戒の必要はないといいたかったようである。つまりここで現れた矢野の本音とは、「『行動する保守』一行は危ない連中だから警戒の必要がある」ということ、「自分たちは裁判所が警戒するような連中とは関係がない」ということであると理解できる。

 あれほど煽り、利用した「行動する保守」一行を「右翼」の一言で片づけ、すなわち見下し、「自分たちはそのような連中とは関係ない」と裁判所にアピールしようとするとは、さすがに『週刊現代』や『週刊新潮』をいとも簡単に裏切っただけのことはある。「行動する保守」一行も、全員がナメられていたことがこの一言でより明確になったと私は感じた。これでも右翼Mは「自分の判断だ」というのだろうか。

(「第7回口頭弁論」後につづく)

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