ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

「重要容疑者」事件 第1回
消滅した「事務所からの拉致」説

 東村山市議だった草の根市民クラブの朝木明代が平成7年9月1日、万引きの果てに自殺を遂げた事件にはいまだ解明されていない部分がある。平成7年9月1日の自殺当日、とりわけ自殺直前の明代の足どりである。

 その点について明代の万引きから自殺に至る経過をつぶさに知る東村山市議の矢野穂積は「当日午後7時過ぎに事務所で別れてから会っていない」とし、午後9時過ぎに事務所に帰ってきたときの事務所内の様子をマスコミに対して大要次のように説明している。

〈事務所のドアには鍵がかかっていたが、事務所内の照明とエアコンはついたままで、デスクの上にはワープロが文書作成中の状態で電源が入ったままだった。またデスクの上には明代がいつも持ち歩く黒のショルダーバッグが置いたままだった。バッグの中には財布も入っていた――。その後、21時19分に自宅にいた明代から「ちょっと気分が悪いので休んで行きます」との電話がかかっている。〉

 この矢野の説明のうち、客観的な裏付けがあるのは、①矢野が事務所に帰った際、明代が不在だったこと②その後、明代から電話がかかってきたこと――の2点のみである。矢野が詳細に説明するそれ以外の事務所内の状況が事実だったのかどうかについて客観的な証拠はない(自殺当夜、明代のバッグが事務所にあったのは客観的事実だが、矢野が事務所に帰った時点であったとしている点については客観的な裏付けがない)。

 注意すべきは、矢野が夕方7時以降、明代と会っていないとしていることを含め、これらの説明はすべて明代の転落死が明らかになったあとのことで、「他殺」であるとする矢野の主張と矛盾せず、むしろ「他殺」であるとする主張に沿うものであるということである。とりわけ事務所の蛍光灯とエアコン、ワープロがつけっ放し、バッグを置いたままという状況説明は、矢野が当初主張していた「事務所からの拉致説」を想定させる有力な材料として説明されていた。

 途中から矢野と朝木直子(同じく東村山市議)は「事務所からの拉致説」を事実上撤回し、今度は「自宅から拉致された」と主張するようになる(しかしこの「自宅からの拉致説」も、「家の中はふだんと変わらなかった」という朝木直子自身の供述によって否定されている)。当初、「事務所内の状況」が「事務所からの拉致説」の根拠として主張され、いつの間にか「事務所からの拉致説」自体が消えていった経過からみても、矢野の説明する「事務所の状況」を客観的事実として信用することは困難である。

バッグはいつからあったのか

 ただ、矢野の説明のうち1点だけ、ごまかしのきかないものがある。「帰ってきたときに事務所にあった」と矢野が説明する明代のバッグである。照明やエアコン、ワープロは矢野が電源を入れることができても、明代のバッグだけは明代にしか置いていけない。あるいは、明代にしか持って来られない。問題は、明代のバッグがいつから事務所にあったのかということである。

 当初、矢野が主張していたように明代は事務所から拉致されていたのではなく、自らの意思で自宅に帰っていた。すると、事務所に帰った矢野が「(明代は)ちょっとそこまで出た感じだった」という矢野の「主観的」説明とは根本的に状況が異なろう。

 しかも明代は、平成7年9月1日午後9時すぎ、東村山駅前方向から事務所方向に1人で歩いているのが目撃されている。つまり明代は、事務所からまっすぐ自宅に帰ったのではなく、東村山駅方向に行ったのちに自宅に向かった可能性が高い。するとその時点で、明代がいつも持ち歩いていたショルダーバッグを事務所に置いたままにしていたとはよけいに考えにくい。明代が自宅に帰った際、バッグを持っていたとみるのが自然なのではあるまいか。

 乙骨正生の『怪死』(教育史料出版会)には当日の明代のバッグの状況について、矢野への取材に基づいて次のように記載されている。



〈外出のとき常に持ち歩くカバンは事務所に置かれたまま。中には、翌日、高知に行くための普段より多めの現金が入った財布も残されたままだった。〉



 乙骨によればそのバッグは、明代が「外出のとき常に持ち歩く」もので、「普段より多めの現金が入った財布」も入っていたらしい。ならばなおのこと、自らの意思で自宅に帰っていた明代がバッグを置き忘れたとは考えにくい。

 すると矢野が9時過ぎに事務所に帰ったとき、明代のバッグが残されていたとする説明には疑問があると考えざるを得ない。その上、明代は矢野に電話して「休んでから事務所に行きます」といっていた。するとやはり明代はその後事務所に行き、バッグもその際に明代が持っていったとみるのが自然であるように思えてならない。

バッグの中身を覗いた理由

 矢野は事務所に帰ってきた時点で、明代の身に少なくとも自殺に走るような異変が起きているとは感じていない。ではその時点で矢野はなぜ、他人の妻である明代のバッグの中だけでなく、財布の中身まで覗いたのか。何かよほどの異状を自覚したからこそ矢野は他人のバッグの中を覗くという異常な行為に及んだ、そうみるのが自然なのではあるまいか。

 こう考えると、明代のバッグが事務所に置かれたのはやはり、9時過ぎに矢野が事務所に帰る前ではなく、明代から「少し休んで行きます」という電話があったあとであるとみるのが最も自然であるといえないだろうか。つまり、自宅から矢野に電話したあと明代は「草の根」事務所に行った。事務所から転落現場までは100メートル足らずである。矢野はその後、明代のバッグの中身を覗く(財布の中の金額まで確認しているということは、たんに「覗いた」というだけではない可能性もあろう)必要を感じるほどの異常事態を察知したということではないかと私は考えている。

 そう考えなければ、何の異状も自覚していなかった矢野が、明代のバッグの中身を覗く必要があった理由が説明できない。しかし矢野は、電話のあとで明代が事務所に行った事実を否定している。

 事実はどうだったのか。自殺直前の明代の行動は、明代の自殺から間もなく丸16年になろうとする今も謎に包まれている。その点に関わる初めての裁判として注目されていたのが、矢野がジャーナリストの柳原滋雄を提訴した「重要容疑者」裁判である。

(つづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第2回
「事務所に立ち寄った」ことに合理性

 東村山市議、矢野穂積(「草の根市民クラブ」)が問題にしたのは柳原滋雄コラム日記の平成20年9月13日付記事の一部分である。記事は〈「朝木明代」はなぜ救急車を断ったのか?〉と題し、平成7年9月1日午後10時ごろ、明代が東村山駅前のビルから転落したあと、第一発見者に対し救急車の出動を断った事実を軸に、この転落死がどのような性質のものだったのかを考察している。

 柳原はまず救急車の出動を断った事実について、仮に明代が何者かによって突き落とされたとすれば真っ先に助けを呼んだはずで、明代がいっさいそれらしいことを訴えず、それどころか救急車を断った事実は〈転落事件がどのようなものだったかを浮き彫りにする。〉と述べて、筆者の見解が明代の転落死が第三者が介在したものではないとするものであることを示唆している。捜査を担当した東村山署もそう判断した。きわめて常識的な判断である。

 しかしこの転落死を自殺と認めたくなかったのが、明代の万引き事件でアリバイ工作を共謀し、さらには万引き被害者を執拗に脅した市会議員の矢野と、明代の長女、朝木直子だった。彼らが「他殺」の根拠の1つとして主張しているのが司法解剖鑑定書に記載されていた上腕内側部の皮下出血の痕だった。彼らはそれが第三者と争った痕にちがいないと主張しているのである。柳原はこの点に言及して次のように記載した(記載1)。



(記載1)
 確かに、司法解剖の鑑定結果によれば、両腕にアザがあった旨記載されているが、かといって争った際によく見られるボタンが飛ぶなどの痕跡は全くなかった。おそらく、このビルにたどりつく前にだれかと争った可能性も考えられるが、本人が死亡した以上、そのことを確定させることは困難と見られる(ただしそれは事件性の有無と結びつくものではなく、この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人)。



 柳原はさらに、矢野が明代に自殺の動機があったことを知っていながらその事実を隠すために「他殺」を主張している点についてこう述べた(記載2)。



(記載2)
 もし仮に明代が蘇生し、今も生きていればどうなったか。転落にいたった動機も、本人は正直に話さざるをえなかっただろう。それでいちばん困ることになったのは、矢野穂積ではなかったろうか。



 明代が万引き容疑で書類送検された平成7年7月12日以降、矢野と明代は市民やマスメディアに対して万引きを否定するとともに、万引き被害者や創価学会・公明党が結託して明代を万引き犯に陥れたとする宣伝を続けていた。したがって、仮にビル5階から飛び降りた明代が一命を取り止め、万引き事件や矢野と共謀したアリバイ工作の真相を語ったとすれば当然、矢野は道義的責任を免れない――少なくとも事実経過からは、そう考えたとしても相当の合理性があると私は思う。

文言にこだわった矢野
 
 さて、矢野が提訴したのは上記記載1と記載2に関してである。矢野は訴状で次のように主張している。

〈被告柳原は原告について、「柳原滋雄コラム日記」2008(平成20)年9月13日付記事中で「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」であると記述し、何の根拠もなく、公選による公職者たる原告矢野が、朝木明代議員の転落死に関し犯罪の重要容疑者であると決めつけて事実を摘示し、公職者たる市議会議員として著しく適格性を欠く人物であるかのように印象付け、同年同月同日以降、現在にいたるまで、24時間、不特定多数の閲覧に供し、原告の社会的評価を著しく低下させた。〉

 確かに「重要容疑者」という表現自体については不穏当あるいは不適切という評価もあり得よう。しかし柳原はその前提として「ただしそれは事件性の有無と結びつくものではなく」とただし書きを付けており、この文章内でいう「重要容疑者」とは、仮に明代が自殺の直前に誰かと争ったとすれば、その相手として可能性が高いのは矢野であるという趣旨にすぎず、一般的に使用される「犯罪に関与した疑いの強い者」という意味ではないようにみえる。

 この点について矢野は裁判で次のように主張した。

〈一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすれば、本件記事のうち、「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」であると記載した部分は、「朝木議員の転落死について、原告が何らかの犯罪を犯し、捜査の重要な対象となっている被疑者である」と理解されるものであり、それが事実を摘示して原告の社会的評価の低下を招く記事となっていることは明らかである。〉

 これに対して柳原は次のように反論した。

〈本件記事は、朝木議員の転落死が自殺であること、また朝木議員が転落死する直前に何者かと諍いを起こした可能性があることを明記しており、一般の読者の通常の理解に照らして、その転落死が何らかの犯罪によるものであるとか、原告がその重要容疑者であるなどと理解する余地はない。

「この件ではむしろ矢野は需要容疑者の一人」という表現は、あくまでも、朝木議員が転落死する直前に諍いを起こしていた相手が、原告であるとの疑いがあることについての、被告の意見・論評を示す記述に過ぎない。

 また「重要容疑者」というのは、そもそもその被疑事実も、その根拠も示されることなく、単に被告の意見・感想として記述されているに過ぎない表現であって、それが朝木議員の死亡について、「何らかの犯罪を犯した被疑者」という法律用語としての「重要容疑者」であるとの事実を摘示したものでないことは明白であり、その表現をもって、原告の社会的評価を低下させるものということもできない。〉

 記事全体を読めば、「重要容疑者」という言葉はやや穏当さを欠くとは思うが、明代の自殺に関して矢野が何らかの犯罪に関与したというふうには読み取れないと私は思う。ただ一般読者がどう読むかは難しい判断ではないかと思われた。裁判所は被告に対し、問題部分についての真実性・相当性の立証を求めた。

(つづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第3回
かみ合わない主張

 真実性・相当性を主張・立証する場合、その対象が何になるのかが争点になることもある。この裁判では「重要容疑者」という文言をどう捉えるかで主張が対立した。被告は〈「重要容疑者」とは犯罪の容疑者という意味ではなく、明代と何者かの間で諍いがあったとすれば、その相手が矢野だった可能性が高いという趣旨である〉と主張している。一方矢野は、被告の立証対象について次のように主張している。

〈被告柳原が本件記事中に「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」との本件記述を記載し、原告を「捜査の対象となっている犯罪の重要容疑者」と決め付け、その社会的評価を低下させている以上、原告が「捜査の対象となっている犯罪の重要容疑者」であることにつき、もはやその名誉毀損性を否定することができないのは明らかであるから、被告柳原は、仮定抗弁として、目的の公共性、事実の公共性、真実性、相当性を速やかに主張、立証しなければならない。〉
 
 矢野が「重要容疑者」という文言の辞書的意味にこだわっていることがわかる。しかし柳原はそもそも本件記事で明代の転落死は「自殺」であると主張しているのだし、記事中にも「(諍いの存在は)事件性の有無と結びつくものではなく」と明記しており、「重要容疑者」を矢野が主張する「捜査の対象となっている犯罪の重要容疑者」と規定しているわけではない。矢野はそのことを承知の上であえて柳原に対し、柳原が最初から想定していない「矢野が明代の転落死に犯罪者として関与した」とする事実の真実性・相当性を立証せよと迫ったものとみえた。

千葉が陳述書を提出

 判断以前の立証対象において双方の主張が対立したことになるが、この点は裁判所の判断に任せるほかない。柳原は東村山警察署副署長として明代の万引きと自殺事件の捜査を指揮した千葉英司の陳述書を提出し、明代が自殺直前に事務所に立ち寄り矢野と会った可能性があったことについてあらためて主張した。この点に関する千葉の陳述内容は以下のとおりである。



(千葉の陳述内容)

「故明代が当該事務所(筆者注=「草の根」事務所)に立ち寄る必然性と蓋然性」

 平成7年9月1日……、夕方に、故明代は矢野に「講演原稿が仕上がっていないので、今日は半徹夜になるかもしれない……」と言い、……当該事務所で半徹夜の仕事をする決意を表明しています。

 そして、当該事務所は、自宅から転落現場にいたる経路の途中にあり、当該事務所と転落現場までは100m足らずの距離にあるという地理的条件に照らせば、故明代は電話の後で少し休憩し午後10時近くには、矢野がいた当該事務所に行く必然性と、また、当該事務所に行ったという蓋然性があると判断した警察は、故明代が、転落現場に至る途中に、矢野1人がいた当該事務所に立ち寄ったと判断しました。

 また、故明代が、当該事務所で最後に会ったのは誰かということになれば矢野ということになります。

 その際に、同日の昼に弁護士と打ち合わせた立証不可能なアリバイに関する警察に対する説明について話合いが持たれ故明代が警察に行き何らかの説明をする印象を矢野に与えたと仮定すれば矢野が

「そちらに行っていないかと思い電話しました」

 と警察に電話で確認したことの整合性があります。



 ここで千葉が、矢野が東村山署に「そちらに行っていないかと思い電話しました」と話したとしているのは、平成7年9月2日0時30分ごろに矢野からかかってきた電話のことである。矢野は明代の安否を尋ねたがその際、こう述べたのである。電話を受けた署員は千葉に対し、「矢野は故明代が深夜に警察に行く可能性があると認識していた」と報告したと千葉は陳述書で述べている。

 矢野が「故明代が深夜に警察に行く可能性があると認識していた」とすれば当然、その理由が何であるかもわかっていただろう。東京地検の調べに備えて弁護士と打ち合わせをした当夜に警察に行く理由とはいうまでもなく、万引きに関する説明にほかならないのは自明である。

 少なくとも朝木直子が「警察に電話してほしい」と電話してきた午後10時30分に矢野が東村山署にすぐに電話しなかったのは、万引きで追い詰められた明代の窮状を知っていたからにほかならない。また矢野が警察に電話したのが翌9月2日0時30分だったにもかかわらず9月1日9時30分に電話したと事実に反する主張をしているのも、矢野が明代の窮状を知っていた事実を隠そうとしているように思える。

 問題は、明代が警察に行くとまで言い出すほど精神的に切迫した状況になったことを矢野が知ったのはいつの時点なのかということになろうか。さらに千葉は、その他の状況証拠として次のような事実を挙げている。



(千葉が挙げたその他の状況証拠)

①明代は自殺の数時間前から現場周辺を打ち沈んだ様子で徘徊していた。

②警察は、明代の自宅周辺、当該事務所周辺、本件ビル周辺における聞き込み結果から、本件転落死に第三者が関与していたことを示す証拠と理解することのできる客観的証拠は発見されなかった。

③矢野は……、不明であった靴の捜査等のために当該事務所への立入調査の要請を拒否したこと。

④矢野は……故明代の所在確認のために警察に電話をした時間を変更したこと。

⑤矢野は、マスメディアに他殺とコメントしていながら警察には、拉致犯人が電話で故明代を当該事務所から誘い出したとか、矢野がマスメディアに公開した故明代が最後に矢野と会話した電話の録音記録など他殺を裏付ける(とする)資料を一切提出しなかったこと。



 客観的に判明している事実のうち、矢野が時刻をごまかしているのは、矢野が警察に電話したとする時間だけである。これは不思議なことではあるまいか。

(つづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第4回
抜け落ちた「事務所の状況」

 千葉が提出した陳述書に反論するかたちで矢野も陳述書を提出している。主要な論点について矢野の主張を確認しておこう。



(矢野陳述書――朝木直子から「警察に電話してほしい」と連絡を受けるまで)

 私は、会議が終わって9時ころ事務所に戻りましたが、カギがかかっていたので、自分のカギで開けて中に入りました。が、朝木明代議員はいませんでした。

 しばらくして、9時20分少し前、朝木明代議員から電話があり、「気分が悪いので休んで行きます」ということでした。私は、その直前に、議会事務局から、翌週の月曜日が9月議会の質問通告の〆切日だとの連絡の電話があったので、……質問通告書を急いで作成しなければならず、その作業にかかりっきりでした。

 そして、午後10時すぎに、松戸から東村山に向かっていた朝木明代議員の長女朝木直子さんから携帯電話が私にかかってきたので、お母さんは気分が悪いので家で休んでいるはずと伝えると、「自宅に電話したけど、誰も出ないので、父と弟を置いて先に自宅に戻ってみる」ということでした。

 私が、まだ完成しない質問通告書に取り組んでいると、10時半ころ、自宅に戻った朝木直子さんから事務所の私に、再び「誰もいない。心配なので、警察に連絡をとってほしい」という電話がありましたので、私はすぐに東村山警察署の大木刑事に「93-0110」で電話を架け「朝木明代議員が『行方不明状態』なので情報が入ったら教えてほしい」と伝えました。……時刻は10時30分過ぎでした。……



 その上で「諍い」について矢野は次のように結論づけている。



(「諍い」について)

 以上の経過から明らかなように、朝木明代議員から9月1日午後9時20分少しまえに、事務所に電話が架かってから、朝木明代議員は行方不明になったままでしたから、事務所にいて質問通告書を作成していた私は、朝木明代議員と「諍い」を起こすはずがありません。



 9時19分に明代が事務所の矢野に電話をかけて以降、矢野と会っていたのかどうかという問題とは直接関係はないが、この陳述書では矢野が事務所に帰ってきたときの状況がきわめて淡白に書かれているのは不可解である。明代の自殺直後、矢野は明代が事務所から「拉致された」と主張し、その有力な根拠として事務所内の状況を詳細に説明していたものである。たとえば矢野が「聖教新聞」事件で提出した平成11年5月31日付陳述書(筆者注=関連裁判で矢野が提出した最初の陳述書である)では次のように記載している。



(平成11年5月31日付陳述書で記載された「事務所内の様子」)

 会議終了が遅れて、私が事務所に戻ったのは午後9時10分前後だったと思います。事務所は外から見ると明かりがついているのに、ドアには鍵が掛かっていたので、カギをあけて室内に入ると、エアコンもついたままで、ワープロもスイッチが入ったまま、画面も打ち掛けのままでした。おまけに、朝木議員のバッグも置いたままです。

 朝木議員は几帳面な人で、数分で戻る時を除いて、事務所を出掛けるときは、必ず電気やエアコンを消して、付け放しにするようなことは一度もありませんでしたので、変だとは思いましたが、戻るまでにそんなには掛からないだろうと思い、……



「聖教新聞」事件で陳述書を提出した時点で矢野はすでに「事務所からの拉致説」を事実上否定していた。したがって陳述書で「事務所からの拉致説」を主張するとおかしくなる。かといって事件直後から説明していた「事務所内の様子」を否定することもできない。その結果、「事務所からの拉致説」は霧消したが当初矢野が説明していた「事務所内の様子」だけがデマの残骸として残ったという事情と察することができた。ちなみに「事務所からの拉致説」を放棄した証拠に、矢野は同陳述書で次のように記載している。



(「事務所からの拉致説」を放棄した証拠)

 朝木議員は午後7時半ころ1度徒歩で自宅に戻ったことが、知人の証言でわかり、そのあと午後8時半ころ、今度は自宅から事務所へ歩いて行ったことも近隣の方の証言でわかりました。そして、そのあと、再び、事務所に明かりやエアコンやワープロを付け放しにしたまま、もう1度自宅に戻っていたのです。



 なお矢野は「午後8時半ころ、今度は自宅から事務所へ歩いて行ったことも近隣の方の証言でわかりました。」と記載しているが、正確には「事務所方面に向かって歩いている姿を目撃された」というだけで、明代がそのまま事務所に入ったかどうかは確認されていない。他の目撃情報を総合すれば、明代は事務所前を素通りし、東村山駅あるいは万引き現場方向まで歩いて行った可能性が高い。明代は午後9時すぎに自殺現場付近を東村山駅方向から事務所方向(=自宅方向でもある)に歩いているのを目撃されていたのである。

 事務所内の状況説明が淡白であるという以上に、読者は最近矢野が妙に力を入れて主張している「なくなった鍵」にも関連する明代のバッグが事務所に置いたままだったという話さえいっさい出ていないことに気づかれるだろう。バッグの中だけでなく、「ふだんより多め」だったという財布の中身まで確認したことを矢野はなぜ話さないのか。

 矢野は明代のバッグがあったことを自ら明らかにすることによって、では明代はいつ事務所に立ち寄ったのかという疑問をあらためて裁判官に与える危険性を察知したもののように思えてならない。要するに、バッグが事務所にあったという事実は矢野にとって都合の悪い事実となったということではあるまいか。

(つづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第5回
 平成7年9月1日午後9時19分に事務所の矢野に「ちょっと休んでから行きます」という電話をかけたあと、明代は本当に矢野のいうように事務所には行かなかったのだろうか。矢野は7時過ぎに別れて以後、明代とは会っていないと主張するが、それにしては矢野の状況説明の変遷ぶりは不可解であり、不自然である。

 法廷では通常、主張が変遷した場合、合理的な根拠がなければ、当初の主張だけでなく変遷後の主張にも信用性がないと評価される。一方、千葉の陳述内容は一貫しているだけでなく、当夜の明代の動き、矢野にかけた電話の内容、9月2日0時30分ごろに矢野が東村山署にかけた電話の内容などを総合的にみると、明代が事務所に立ち寄ったとする推測には合理的な根拠があるように思える。

不自然な状況説明の背後

 ただ、裁判所がこの点を裁判の争点と考えているかどうかは別問題だった。平成23年4月25日、東京地裁は柳原に対し30万円の支払いを命じる判決を言い渡した。では、矢野勝訴の判決を言い渡した東京地裁の判断の根拠はどこにあったのか。

 東京地裁は柳原の記事を段落ごとに趣旨を要約したのち、まず「重要容疑者」という文言に対する裁判所の基本的理解を次のように明示している。



(「重要容疑者」に対する東京地裁の基本的理解)

「容疑者」という言葉は、……捜査機関によって犯罪の嫌疑をかけられている者を示す語であることは明らかであるし、特に「重要容疑者」という表現は、かかる容疑者の中でも、最も強い嫌疑をかけられている者を示す語であると理解される。



 文言自体の意味としてはそのとおりというほかないが、重要なのは記事全体の趣旨との関係において「重要容疑者」という文言がどのような意味を持っているかという点だろう。東京地裁は本文をどう理解したのか。東京地裁は続けて次のように述べた。



 被告は、本件記事中で、朝木議員の転落死の原因が、同議員の自殺であることは明確に記されていると主張するが、第10段落では、むしろ朝木議員の身辺の異変、すなわち同議員が「自殺」するかもしれないという結末を、原告が知っていたかのように記述しているのであって、それが単なる自殺ではないこと、要するに自殺を装った事件もしくは事故であることを示すように受け取れる表現が用いられている……



 第10段落とは矢野が「10時30分過ぎ」と事実を偽り、実際には翌9月2日0時30分ころ東村山署に明代の安否を尋ねる電話をしたことに対する柳原の推理を述べた部分である。

 午後10時30分ころ、朝木から警察に電話するよう依頼された矢野はすぐには電話せず、矢野が東村山署に実際に電話したのは2時間後のことだった。しかし朝木に対しては(メディアに対しても)10時30分過ぎに電話したことにした。この事実から類推されるのは、①矢野には10時30分過ぎに警察には電話できない理由があった②しかしそのことを朝木には隠す必要があった――ということである。

 さらに9月1日午後10時(朝木明代が自殺を遂げたとみられている時間帯)を迎えるにあたっては、明代が窃盗容疑(万引き)で書類送検されたにもかかわらず、矢野と明代はメディアや市民に対してアリバイを主張するとともに冤罪を主張していた――つまり世間に対して嘘をついていたという大前提がある。しかし刑事手続きは粛々と進められており、明代と矢野は自殺の数日後には東京地検に出頭し、事情聴取を受けることになっていた。

 9月1日午後、事情聴取を控えて矢野は弁護士に面会した。矢野の説明によれば明代も同席したことになっているが、長男の供述など客観的状況からは、明代は同席していないことがうかがえる。同席していないはずの明代が同席したとする矢野の説明も不自然に思える。

 つまり、9月1日夜の不可解な状況の背後には、明代の万引きの事実および明代が着実に窮地に立たされつつある事実を矢野は隠蔽しなければならないという大前提があった。その点は柳原の記事も同様である。明代の万引きと、明代がこれまであくまで強気に容疑を否認してきたという背景事情を理解していれば、9月1日夜、明代をさらに追い詰めるなんらかの出来事があり、そのことを矢野が知っていたとすれば、明代が自殺する可能性があると矢野が考えたとしても少しも不自然ではない。

飛躍した記事理解

 しかし裁判所は記事をたんにそれだけでなく、〈それが単なる自殺ではないこと、要するに自殺を装った事件もしくは事故であることを示すように受け取れる表現が用いられている〉とまで解した。これはやや飛躍した理解ではないかと思うが、明代が転落現場で救急車を断ったこと、被害を訴える言葉がなかったことについても次のような理解を示している。



 朝木議員が、発見直後に自ら救急車の手配を断るなど、何者かからの襲撃を受けたとは思えないような行動をしていたと記述する点は、同議員が自ら死を選ぼうとしたことを暗に指摘していると解する余地があるけれども、逆に見ず知らずの何者かに襲われたのではなく、親しい知人との争いの結果として、自分では意図せずに転落し、その何者かをかばおうとしたものと受け取る余地もある……。



 その上で東京地裁は、明代が万引き事件で書類送検されたことと矢野との関係に関する記述を次のように解している。



 さらに第6段落や第7段落では、朝木議員が蘇生して転落に至った動機を正直に話せば、原告が一番困ることになったであろうとか、転落死の数日後には朝木議員が万引き事件で起訴され、いずれ有罪になるであろうこと、そうすれば、同議員と同一会派の原告は、議員としての再選が困難となったであろうこと等を指摘することで、原告には、朝木議員に死んでもらいたいと考えるだけの動機があったように読み取れる記述となっているのである。



 仮に明代が一命を取り止め、万引き事件から転落死に至る経過をありのままに話したとすれば、最も困ることになるのは矢野であることに異論はない。もちろん、だからといってそれがただちに矢野が明代に手をかけたという主張になるということではない。また、手をかけたことについて具体的な証拠やそれを疑わせる証拠がないかぎり、「一命を取り止めた場合には最も困る」というだけでそれが手をかける「動機」であるという言い方もできないだろう。

 ところが東京地裁は、「朝木議員が蘇生して転落に至った動機を正直に話せば、原告が一番困ることになったであろう」と記載されていたことをもって「原告には、朝木議員に死んでもらいたいと考えるだけの動機があったように読み取れる」と述べたのである。ここにも論理的な飛躍があるように思えてならない。いずれにしてもこれが東京地裁の記事全体に対する基本的理解のようだった。

(つづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第6回
強かった文言へのこだわり

「重要容疑者」という文言の字義的解釈および〈全体として、朝木議員の転落死の原因が、明らかな自殺であることを示す記述とはなっていない。〉〈原告には、朝木議員に死んでもらいたいと考えるだけの動機があったように読み取れる〉とする理解の上で東京地裁は、本件記事における「重要容疑者」という表現について次のように認定した。



(「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」の中の)「この件」という表現は、むしろ朝木議員の転落の原因となった事件そのもののことを指すと考える方が自然である。……「重要容疑者」という表現の持つ意味とその強烈さ、また前示のように、原告が、朝木議員の「自殺」の結末を知っていた等とする指摘があることを考えると、前記「争い」の内容自体が、原告による朝木議員に対する自殺の教示、強要等といった自殺幇助罪に相当し得る犯罪行為を想起させる表現であるといわざるを得ない。



「重要容疑者」の文言を含む一節の最後に柳原は「ただしそれは事件性の有無と結びつくものではなく」とただし書きを加えている。明代がビルから転落する直前に事務所で矢野と会い、なんらかの諍いが起きていたとしても、(「この件」は)転落に関わる事件性の有無とは関係がないという趣旨のように読み取れる。

 したがってその意味では、「重要容疑者」という文言も、「犯罪の重要容疑者」という通常の意味で使用されたものではないように思える。それでも東京地裁は、文言の持つイメージの強烈さやそれまでの記事全体に対する印象(理解)から、「争い」の内容について〈原告による朝木議員に対する自殺の教示、強要等といった自殺幇助罪に相当し得る犯罪行為を想起させる〉とした。

 つまり裁判所が考える「重要容疑」とは〈自殺の教示、強要等といった自殺幇助罪に相当し得る犯罪行為〉ということになろう。ただ、一般読者が「容疑者」の法律的な意味を含め、裁判所がここで挙げた罪名あるいはそれらの罪名に「相当し得る」とまで考えるだろうかという疑問はある。

 しかし東京地裁は「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」とする表現に対する一般読者の読み方について次のように結論付けた。



(「重要容疑者」)という文言に対する東京地裁の結論

「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」という表現は、一般読者の注意と読み方をもってすれば、朝木議員の転落死について、原告が、何らかの犯罪行為、すなわち、自殺幇助のみならず、殺人、傷害致死、過失又は重過失致死等といった容疑を含む行為を引き起こしたとして、捜査機関の嫌疑を受けている「重要容疑者」である事実を指摘する表現であると解さざるを得ない。



 こうして東京地裁は矢野の主張を認め、記事の名誉毀損を認定したのである。真実性・相当性については、被告側はそもそも矢野が何らかの犯罪に関与した「重要容疑者」であるとする原告側主張を否認しているから当然、その点に関する真実性・相当性の立証をしていない。このため東京地裁は、真実性・相当性の証明もないとして被告に対し30万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 当初から「重要容疑者」という文言に対する東京地裁の心証は芳しいものではなかったと聞く。最後まで裁判所の「重要容疑者」という文言に対する字義的、法律的解釈へのこだわりは強かったようにも思われた。

見覚えのある顔ぶれ

 これに対して柳原は控訴し、控訴審第1回口頭弁論は平成23年7月19日に開かれた。控訴審においても、「重要容疑者」をどう解釈するかが焦点になるとみられた。

 東京高裁は「重要容疑者」という文言について字義どおりの判断をするのか、あるいは控訴人(柳原)が主張するように、犯罪とは無関係の出来事に関与した疑いという程度の文言として捉えるのか。柳原は一審判決について字句にとらわれた解釈であると主張していた。

 裁判長は開廷を告げるとすぐ、被控訴人に向かってこういった(発言内容は趣旨)。



裁判長  原判決は「重要容疑者」という文言に引きずられてると思うんですよね。具体的に何の犯罪の容疑と書いてあるわけではありませんしね。



 裁判長はこういうと、矢野に対して次回期日までに「もう1回やりますので、被控訴人はそのほかに名誉毀損箇所があれば挙げてください」と言い渡し、閉廷した。裁判長の発言の趣旨は、「重要容疑者」に関する東京高裁の見解は少なくとも原審と異なり、名誉毀損は成立しないということのようだった。

 だから「重要容疑者」という文言を問題とするだけでは名誉毀損にならないから、ほかに名誉毀損となる記載があれば主張してほしいと東京高裁はいう。しかし私には、これはかなりの無理難題のように思えた。なぜなら、そもそも「重要容疑者」以外に名誉毀損と主張する記載は存在しないからである。

 第2回口頭弁論は9月27日に開かれる。はたして矢野は「重要容疑者」以外の名誉毀損記述を挙げることができるのかどうか。仮に矢野の主張に一定の理由があると認めた場合には、控訴人に対してさらに反論を求める可能性もないとはいえないが、その可能性はきわめて低いのではないかと私はみている。

 余談だが、控訴審で合議する3人の裁判官のうち、裁判長ともう1人の裁判官は別件事件でみたことのある顔だった。2人とも朝木関連裁判を担当したことがあり、朝木事件で矢野がどのようなことをしてきたかについても熟知する人物だったのである。とりわけ陪席裁判官はかつて東京地裁で矢野が被告となった事件を担当し、矢野に170万円の支払いを命じたことがあった。

(「第2回口頭弁論後」につづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第7回
 平成23年7月19日に開かれた控訴審第1回口頭弁論で、東京高裁は「重要容疑者」という文言は具体的な「容疑」を指摘していないとして、矢野に対し、それ以外に矢野の名誉を毀損する記述があれば指摘するよう言い渡した。一審の東京地裁は「重要容疑者」とする文言は矢野穂積の社会的地位を低下させるものであると認定していたから、東京高裁の見解は一審とはだいぶ異なるようだった。

一審判決の正当性を主張

 これに対して矢野が準備書面を提出したのは8月31日である。しかしその内容は、新たな名誉毀損箇所を提示するというものではなかった。矢野は準備書面で一審の判断がいかに正当なものであるかを繰り返し主張していた。

 たとえば矢野は一審判決について次のように述べている。



(準備書面における矢野の主張①) ※○数字は筆者が便宜的に付したもので、準備書面における矢野の主張の順番ではない=以下同

 前記①乃至⑤の各記述(かなりの思い込みがあると思える原判決の評価に基づく本件記事の各記述の要旨)がなされていることから、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とした場合、「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」という本件記述を含む本件記事は、朝木明代議員の転落死は「単なる自殺」ではなく、前記「争い」の内容自体が、被控訴人(筆者注=矢野)が朝木議員に対し自殺の教示、強要等といった自殺幇助罪に相当し得る犯罪行為を行い、「捜査機関によって自殺幇助罪の嫌疑をかけられている者」であるとの「被控訴人に関する特定の事項」たる客観的事実を摘示したものとした原判決の認定は、その範囲において極めて適切である。



 結審間際になって新たな名誉毀損箇所を提示するということ自体それまでの主張を放棄するに等しい。したがって、矢野が一審の判断にこだわったのも無理からぬところだったようにも思える。

無関係の「新証拠」

 ただ矢野は、一審判断の正当性を主張するだけでは不十分と考えた。矢野もまた、第1回口頭弁論における裁判長の見解を自分にとって芳しいものとは受け止めていなかったのである。

 そこで矢野は本件記事における「重要容疑者」との文言がいかなる意図のもとに使用されたかを立証するとして、柳原が一審判決(平成23年4月25日)直前に同ブログに掲載した記事を証拠として提出した。「別の名誉毀損箇所があれば示してください」という裁判長の指示をこれによって果たそうとしたわけではあるまいが、一審判決の正当性をただ主張するだけでは弱いと考えたということもあったのだろう。

 矢野が書証として提出したのは平成23年4月15日付〈条件闘争で勝負するしかない人びと〉と題する記事で、矢野が強調しようとしたのは次の一節である。



実際は矢野が朝木明代を自殺に追い込んだ張本人であるにもかかわらず、そうした責任を免れる目的で、ためらい自殺事件を殺人事件にでっち上げたと見られること。……中略……逆にいえば矢野本人にとって、これほど不名誉な指摘もないと思われる。

筆者注=「中略」の部分も矢野が記載した通り。なお、「中略」部分には「矢野が保身のためなら手段を選ばない人物であること」「朝木母娘との特異な関係」「矢野の特異性」などについて柳原の論評が述べられており、「私はこれらの事柄を、裏づけをもって記述してきたつもりだが、(逆にいえば矢野本人にとって)」と続く)



 ここで柳原がいう「矢野が朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」であるという論評については私もまったく同感である。ただしこの論評は、明代の万引き発覚後に矢野と明代が共謀したアリバイ工作、万引き被害者に対する威迫行為をはじめとする一連の隠蔽工作全体を念頭に置いた抽象的な表現で、矢野が「明代を自殺に追い込んだ」ということによって具体的なある1つの行為、事実を指しているわけではない。

 ところが矢野は準備書面で、「真実性の証明は事実摘示の時点だけに限定しない」(趣旨)とした最高裁判例を根拠に次のように主張していた。



(準備書面における矢野の主張②)

(柳原は)本件「コラム日記」のその後の記事中で、「実際は矢野が朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」であり、このように指摘されることは「矢野本人にとってこれほど不名誉なこともない」と記述しているのであるから、「被控訴人が実際は朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」だと指摘することによって、すでに本件記事中の「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」という本件記述の真意が「実際は朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」であるとの事実を記載したものであるというその認識を明らかにしているのである。



 つまり矢野はここで、「事実」と「認識」を混同して不法行為が成立すると主張しているように思える。最高裁判例が述べるのはあくまで客観的事実についてであり、真実性については事実摘示に関わる真実性を立証する事実が事後に明らかになった場合でも証拠として成立するという趣旨である。

 読者は表現によってなんらかの印象を持つのであって、認識に対してではないし、事後にその認識が「立証」されたとしても、過去の読者の印象に影響を与える道理もない。裁判での立証という点において、本件記事とその後の記事は無関係というほかなかろう。

 また当然だが、何かに対する名誉毀損が問われるのは「表現」のみであって、表面に現れない筆者の「認識」や「思い」が不法行為に問われることはない。したがって、苦心の跡は十分にうかがえるものの、事後の記事を持ち出した矢野の主張が採用されるのは難しいのではないかと思われた。

(つづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第8回
どさくさに紛れた主張

 ところで準備書面で矢野は、一審判決の正当性を主張する過程で独自の妙な主張を紛れ込ませていた。その一節をみよう。



(一審の東京地裁は)当該記述(「重要容疑者」)部分の前後の文脈を含めた本件記事全文を詳細に検討した上で、次のように判示認定している。

「被告は、本件記事中で、朝木議員の転落死の原因が、同議員の自殺であることは明確に記されていると主張するが、第10段落では、むしろ朝木議員の身辺の異変、すなわち同議員が『自殺』するかもしれないという結末を、原告が知っていたかのように記述しているのであって、それが単なる自殺でないこと、要するに自殺を装った事件もしくは事故であることを示すように受け取れる表現が用いられているのであるし、第3段落で、朝木議員が、発見直後に自ら救急車の手配を断るなど、何者かからの襲撃を受けたとは思えないような行動をしていたと記述する点は、同議員が自ら死を選ぼうとしたことを暗に指摘していると解する余地があるけれども、逆に見ず知らずの何者かに襲われたのではなく、親しい知人との争いの結果として、自分では意図せずに転落し、その何者かをかばおうとしたものと受け取る余地もあるのであって」、と判示し、本件朝木明代議員転落死事件が、単なる「自殺」とはいえないと認定しているのである。



 一審の東京地裁はあくまで柳原の記事を一般読者がどう読むかについての判断をしたのであって、「自殺か他殺か」の事実認定をしているわけではない。まして東京地裁は「(読者は柳原の記事を)『自殺』と解する余地はあるけれども、逆に争いの結果として意図せずに転落したものと受け取る余地もある」と述べたにすぎないことは明らかである。これをどう読めば、明代の自殺事件が「単なる『自殺』とはいえない」と認定したことになるのか、かなりの主観的飛躍があるというほかない。

 矢野がここでいう「単なる『自殺』とはいえない」とは「何者かとの争いの結果、自分では意図せずに転落した」という意味である。「何者かとの争い」と「意図せず転落」が重なれば、すなわちそれは「他殺」と言い換えることもできる。裁判長の発言の様子から逆転敗訴を覚悟した矢野は、どうせ請求が棄却されるのなら、一審では明代の自殺が「単なる『自殺』ではない」=「他殺」と認定されたことにしようというところだったのではないかと私はみている。見上げた執念というべきだろうか。

交代した裁判長

 こうして平成23年9月27日、第2回口頭弁論を迎えた。矢野は開廷10分前に入廷し、開廷直前には朝木も入廷した。朝木は今も自殺直前に明代は事務所に立ち寄っていないとする矢野の説明を信じているのか、あるいはすべての事実を知った上で矢野に従っているのか。

 余談だが、10年ほど前、東京地裁の控室で私は朝木に聞いたことがある。

――もういい加減に嘘をつくのをやめてはどうか。まだ若いんだから、いくらでもやり直しはできる。

 すると朝木は床に視線を落としたままこういった。

朝木  私ももう、若くないから……。

 もう若くないから、やり直す時間はないという意味であると理解できた。それは明らかな誤りであるものの、何かに対する正直な告白であると私は受け止めた。朝木は自分自身にそう言い聞かせているようでもあった。

 このやりとりをそばで聞いていた矢野の心中は穏やかではなかっただろう。朝木がまともな部分を見せたのはそれが最後だった。

 さて、柳原は矢野の準備書面に対する反論を提出していたが、双方の書面のやりとりは前回口頭弁論における裁判長の指示に基づくものだった。ところが第2回口頭弁論の終了間際になって、どうもこれらのやりとりはほぼ無駄なものになったような印象を受けた。

 冒頭、裁判長は裁判長が交代したことを告げ、双方が提出した準備書面を確認した上で結審した。しかしその後、裁判長は判決言い渡し期日を平成23年11月17日午後1時15分と指定したあと、双方に和解を勧告したのである。

 前回、裁判長は矢野に対して別に名誉毀損箇所があれば指摘するように言い渡した。その時点で、東京高裁は「重要容疑者」との表現に名誉毀損は成立しないとの判断に傾いているのではないかとみられた。少なくとも第1回口頭弁論後の書面のやり取りは、「重要容疑者」との文言には名誉毀損性がないという判断を前提とするものだったと考えられた。

 和解を勧告するのなら、最初から書面のやり取りは必要ない。つまり、裁判長が交代したことで判断の内容にもなんらかの変化があったことをうかがわせた。

 和解協議では「重要容疑者」とする表現が矢野の社会的評価を低下させたかどうかだけでなく、記事の他の部分についても明代の転落死に矢野が関与していたと読めるかどうかという点も焦点になるものと思われた。しかし最終的に和解は成立せず、平成23年11月17日午後1時15分、判決が言い渡されることになった。

 一審判決が維持されるのか、なんらかの変更がなされるのか。確かなのは、最も重要な「明代が自殺直前に事務所に立ち寄り、矢野と会っていた可能性」が否定されることはないだろうということである。

(「判決後」につづく)

TOP
「重要容疑者」事件 第9回
 平成7年9月1日午後9時19分、朝木明代は自宅から事務所にいた矢野に「ちょっと休んで(から事務所に)行きます」という電話をかけた。明代は午後10時ごろ、東村山駅前のビルから転落、死亡したが、矢野によれば、9時19分の電話のあと明代は事務所には立ち寄っていないという。

 しかし、この矢野の説明は事実なのか。当初矢野が主張していた「事務所からの拉致説」を自ら否定した事実、その後「自宅からの拉致説」に変遷した事実、警察の捜査では拉致を裏付ける事実は発見されていないこと、明代の自宅から自殺現場に向かう途中には矢野のいた「草の根」事務所があること、明代は「事務所に行く」といっていたことなどを総合すると、明代は実際には自殺直前に事務所に立ち寄っていたのではないかという疑いをぬぐいきれない。

一審判決を変更

 矢野と明代は万引き容疑で東京地検の取り調べを数日後に控えていた。自殺直前に明代が事務所に立ち寄っていたとすれば、万引き容疑で東京地検の取り調べを数日後に控えていたという背景から矢野と明代の間で何かがあった可能性があるのではないか――この点について柳原はブログにおいて、

〈おそらく、このビルにたどりつく前にだれかと争った可能性も考えられるが、本人が死亡した以上、そのことを確定させることは困難と見られる(ただしそれは事件性の有無と結びつくものではなく、この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人)。〉

 と記載した。この記載をめぐり東村山市議の矢野穂積が提訴していた裁判で東京高裁は平成23年11月17日、一審から減額したものの、柳原に対し20万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 一審判決では記事全体について〈朝木議員の転落死の原因が、明らかな自殺にあることを示す記述とはなっていない。〉などとし、最終的に「重要容疑者」との文言について〈原告が、何らかの犯罪行為、すなわち、自殺幇助のみならず、殺人、傷害致死、過失又は重過失致死等といった容疑を含む行為を引き起こしたとして、捜査機関の嫌疑を受けている「重要容疑者」である事実を指摘する表現であるといわざるを得ない。〉と結論付けた。

 では、これに対して東京高裁は「重要容疑者」についてどんな判断をしたのか。東京高裁はこう述べた。



 ④(筆者注=『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』とある部分)を除く部分において述べられている内容を要約すると、……本件記事は、朝木議員の転落死は自殺であろうけれども、この自殺には同議員の背後にいる被控訴人が関与しており、被控訴人には何らかの方法で自殺に関与した犯罪の嫌疑があるとの事実を暗に摘示したと見るのが相当であり、同議員が転落死する原因に関する控訴人の意見を表明した論評にとどまるものではない。



 本件記事に対する理解において大きく異なるのは、一審の東京地裁が「明らかな自殺であることを示すものではない(「他殺」の含みもある)としているのに対し、東京高裁は「自殺であるとする記述である」としている点である。しかしそれでも東京高裁は、「被控訴人には何らかの方法で自殺に関与した犯罪の嫌疑があるとの事実を暗に摘示したと見るのが相当」とした。判決内容の変更はこの違いによるもののようである。

明白な事実誤認

 すなわち東京高裁は、明確には判示しないものの、「重要容疑者」との文言について記事全体の意味内容を検討した上で「何らかの方法で自殺に関与した犯罪の嫌疑がある」との趣旨であると判断したとものとみられる。ただ、東京高裁は「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」とある部分を除く部分について検討したと述べるが、現実的にそのようなことが可能なのだろうかという疑問もないではない。

 やはり東京高裁も、「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」との文言を意識しているがゆえに記事全体の趣旨について〈被控訴人には何らかの方法で自殺に関与した犯罪の嫌疑があるとの事実を暗に摘示した〉ものと理解したということはあり得ないのだろうか。

 仮にその可能性があるとすれば、控訴審判決には今回の判断に重大な影響を与えたかもしれない明白な事実誤認がある。東京高裁は「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」とする文言について次のように述べている。



 本件記事のうち、『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』とある部分(④)と上記摘示事実(筆者注=「何らかの方法で自殺に関与した犯罪の嫌疑がある」との摘示事実)との関係は必ずしも明らかではなく、④の記述だけを取り上げれば、朝木議員が転落現場のビルに赴く前に何者かと争った可能性もあり、その相手が被控訴人であった可能性が高いと読むことも不可能ではないが、仮にそうであれば、『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』との部分にわざわざアンダーラインを引いて強調する必要はない……



 柳原がブログで「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」との文言にアンダーラインを引いた事実はない。矢野が提訴の際、ブログ記事のコピーを甲1とし、ブログ記事をコピーして貼りつけたものを甲2として提出したが、甲2の「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」との箇所にアンダーラインを引いていた。東京高裁はこれをブログのコピーと勘違いしたのだった。明白な事実誤認である。

 東京高裁はこの明白な事実誤認の上で、さらに次のように断定している。



 控訴人は、この部分を強調することによって、被控訴人が『重要容疑者』であるとのイメージを読者に植え付け、そのことで、朝木議員の自殺についての被控訴人の関与が犯罪を構成するものであり、被控訴人が捜査機関の嫌疑を受けた人物であると印象づける効果を狙ったと解するのが相当である。



 つまり、東京高裁のこの部分の認定は明白な事実誤認に基づく重大な認定の誤りにほかならない。この事実誤認に基づく誤った認識が、記事全体を読むにあたって影響を与えなかったと言い切れるのかどうか。

 東京高裁は「重要容疑者」の文言だけなら〈朝木議員が転落現場のビルに赴く前に何者かと争った可能性もあり、その相手が被控訴人であった可能性が高いと読むことも不可能ではない〉と述べた上で、アンダーラインを引いているという理由で控訴人の主張を否定した。アンダーラインを引いているという明白な事実誤認がなければ、この部分に関する控訴人の主張は認容されたわけである。その場合でも記事全体の読み方に変わりはないといえるのだろうか。

(了)

TOP