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「行動する保守」肖像権侵害事件 第1回
 私が肖像権を侵害されたとして「行動する保守」Aとその弟子を提訴していた裁判は平成23年10月12日、さいたま地裁川越支部で第3回口頭弁論が行われ、進行上のいっさいの差し支えも遅滞も発生しないまま結審した。判決は平成23年11月21日午後1時15分に言い渡される。

「行動する保守」Aの今回の代理人は千葉英司から提訴された際の代理人と、同じ法律事務所に所属する若手弁護士の2名で、実務を担当したのは若手弁護士だった。今回は病気を理由に準備書面の提出が遅れることもなかった。なお「行動する保守」Aもその弟子も、川越には来ずじまいである。ブログ閲覧者1日1万人超を誇る「行動する保守」の重鎮としては、じきじきに出向くほどの相手ではないということだったのだろうか。

争点は5件の「肖像権侵害」

 この裁判で私が「不法行為」として問題にしているのは以下の5件である。



(訴状の「第2 不法行為」から引用)

 1 肖像権侵害1

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年9月4日付〈9・1東村山駅前街宣映像紹介〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2008-09.html?p=10#20080904)
において同年9月1日に西武新宿線東村山駅前で行った街宣活動の動画を紹介するとして、計12本の動画にリンクする計12のURLを貼り付けている(甲1の1)。

 (2) 原告は当日、当該街宣のもようを取材していたが、被告らがリンクした上記URLのうちの1つの動画(youtube8/8)には原告が映っており(以下、「本件動画」という)、本件動画には「創価学会を擁護している」などとするクレジットまで付けてあたかも原告が偏向記事を書いているかのように紹介している(甲1の2、3、4)。

 (3) 原告が撮影ならびにインターネット上で紹介されることを承諾した事実はなく、よって本件動画は原告の肖像権を侵害するものである。

 (4) 被告らは〈9・1東村山駅前街宣映像紹介〉とタイトルにうたうなどして原告が映っている本件動画を積極的に紹介するとともに、本件動画に直接リンクするURLを張り付けることによって原告の肖像権を侵害した。

 2 肖像権侵害2

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年9月12日付〈『或る浪人の手記』の管理人さんへ〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2008-09.html?p=6#20080912)
において、原告が被告らが行った街宣を取材した際〈集まった人たち全ての顔写真を取りまくっていました。〉などと原告について事実に反する記載をするとともに原告の顔写真を掲載した(以下、「本件写真1」という=甲2)。

 (2) しかし本件写真1の掲載について原告が承諾した事実はなく、本件写真1の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。

 3 肖像権侵害3

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年10月11日付〈創価学会御用ライター・宇留嶋瑞郎〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2008-10.html?p=7#20081011)
において、原告について「創価学会御用ライター」などと誹謗中傷するとともに原告の顔写真を掲載した(以下、「本件写真2」という=甲3)。

 (2) しかし原告が「創価学会御用ライター」などといわれるような事実に基づかない記事、あるいはことさら創価学会を擁護するような偏向記事を書いている事実はなく、また本件写真2の掲載について原告が承諾した事実もない。

 (3) よって本件写真2の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。

 4 肖像権侵害4

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成21年11月10日付〈〈創価関連裁判〉報告と告知のお知らせ〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2009-11.html?p=10#20091110)
において、原告が東村山市議の訴外矢野穂積と訴外朝木直子を攻撃する記事を書き続けてきたなどと批判的に紹介するとともに、原告が裁判所(さいたま地裁川越支部)に入る写真を掲載した(以下、「本件写真3」という=甲4)。

 (2) しかし原告が本件写真3の掲載について承諾した事実はなく、本件写真3の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。

 5 肖像権侵害5

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年11月8日付〈【番外編】朝木事件ウオッチャー・ブログの正体(8)〉と題する記事 (http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52083897.html)
において、原告について「創価学会の御用ライター」などと誹謗中傷するとともに原告の顔写真を掲載した(以下、「本件写真4」という=甲7)。

 (2) しかし原告が「創価学会御用ライター」などといわれるような事実に基づかない記事、あるいはことさら創価学会を擁護するような偏向記事を書いている事実はなく、また本件写真4の掲載について原告が承諾した事実もない。

 (3) よって本件写真4の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。



 上記「不法行為」の2、3、5の写真はいずれも、私が東村山駅前街宣の際に「行動する保守」Aに取材したときのものである。


 訴状ではこのほか背景事情として、①「行動する保守」Aが東村山市議の矢野穂積と朝木直子による「朝木明代は何者か(創価学会)によって殺された」とするデマ宣伝を鵜呑みにするとともに、「内部告発」などという伝聞の伝聞を何があったのか「証拠」と思い込み、あたかも「他殺の新証拠」であるかのように主張して大衆を煽動したこと②平成20年9月1日、「行動する保守」Aらが主催した東村山駅前街宣に集まった支援者らが万引き被害者の店を襲撃したこと――などを説明した。

(つづく)

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「行動する保守」肖像権侵害事件 第2回
混乱を感じさせた答弁書

 第1回口頭弁論が開かれたのは平成23年7月27日である。「行動する保守」Aは前日の7月26日に答弁書を提出。口頭弁論期日は擬制陳述として、当事者も代理人も出廷しなかった。

 答弁書の内容は請求の棄却を求めるというものだが、私の写真を無断で掲載したこと自体は認めており、すでに削除したとしていた。ここまでは理解できたが、答弁書には2点だけ不可解な点があった。1点目は答弁書の最後で次のように主張していた点である。



 被告らは、原告の写真を掲載したのみであって、原告を誹謗中傷などしていない。したがって、原告が誹謗中傷によって、精神的苦痛を受けておらず、損害は生じていない。



 私は肖像権侵害に基づく損害賠償を主張しているだけで、誹謗中傷については不法行為であるとまでは主張していない。したがって、「行動する保守」Aがなぜ「誹謗中傷によって精神的苦痛を受けていないから損害は発生していない」と主張するのか不可解だった。

 もう1点は、「行動する保守」Aが「第2 請求の原因に対する認否」の「3 請求原因第2について」において〈認める。〉として、訴状の「請求の原因 第2」の主張部分をすべて認めてしまっている点である。ここで「行動する保守」Aがいう「第2 請求の原因」とはに本連載第1回で引用した(訴状の「第2 不法行為」)にほかならない。

 訴状の「第2 不法行為」には肖像権侵害による不法行為だけでなく誹謗中傷についても主張している。訴状の「第2 不法行為」を丸々認めるということは、肖像権侵害による不法行為はいうまでもなく、誹謗中傷の事実についても私の主張を認めたということになる。すると、最後の部分にある「誹謗中傷によって精神的苦痛を受けていないから損害は発生していない」とする主張とも矛盾するということにならないだろうか。

 いずれにしても答弁書の限りでは、「行動する保守」Aの主張には若干の混乱があるように感じられた。また肖像権侵害とされた写真をすべて削除している点も「誹謗中傷によって精神的苦痛を受けていないから損害は発生していない」とする主張とは矛盾するような気がしてならない。

 なおこの日、裁判官は訴状と答弁書の陳述を認めたあと、私に対し「写真削除」の請求については取り下げるよう求めた。もちろん私はその場で取り下げに同意した。また裁判官は、「行動する保守」Aに対しさらに詳しい主張を提出してもらうので、「反論はまだしなくていいですよ。今回は、原告には宿題はありません」と述べた。

結審を求めた代理人 

「行動する保守」Aは第2回口頭弁論(同年9月7日)で「第1準備書面」を提出している。この書面については「行動する保守」Aがブログに掲載している。

 さて第2回口頭弁論には若手代理人が出廷し、答弁書と第1準備書面で主張は尽くしたとし、裁判官から聞かれてもいないのに自ら進んで「結審を求めます」と述べた。2回目の口頭弁論でもう結審とはいささか気が早いのではあるまいか。

 私は訴状で主張したのみで、「行動する保守」Aの主張に対する反論をいっさいしていない。訴状に対する反論をしただけで結審というのはアンフェアに思える。訴状は不法行為に関する基本的な主張をしているだけで、詳細な法律的主張や背景事情等はその後の口頭弁論で深めていくのが普通である。

「行動する保守」Aの代理人はなぜ結審を急ぐのだろうか。この申し立てに対して裁判官はこう述べた。

「では、原告は次回までに被告準備書面に対する反論と、どんな損害があったか、陳述書を提出してください。それで次回結審ということにしようと思います」

 こうして第2回口頭弁論はわずか数分で終了した。なお「行動する保守」Aは、重鎮としてのプライドだろうか、ブログで「和解はしない」と述べていた。「あいつと妥協などするもんか」という意味だろうか。私の方は裁判官から和解の斡旋があれば、話し合いに応じる用意もないではなかった。しかしこの日までの段階で、裁判官から和解の話はおろか、和解を勧告する可能性をうかがわせる発言さえいっさいなかった。

 かつて「行動する保守」一行の一翼を担い、「行動する保守」Aも若手のホープと持ち上げていた浦安の行政書士を提訴した際、あるいは西村修平を提訴した際には、さいたま地裁川越支部の傍聴席は彼らの支持者で埋まったものだった。「行動する保守」Aもその中の1人だった。

 ところがそれから3年がたち、傍聴席には行政書士も西村も、1人の支持者もいない。「行動する保守」Aもその弟子も出廷しないことを知っていたのか。「行動する保守」Aを軽視しているわけではあるまいが、公安の姿もなかった。

書証を確認したかった代理人

 私は平成23年10月7日、「行動する保守」Aが提出した答弁書と第1準備書面に対する反論(準備書面)と陳述書等を裁判所と「行動する保守」Aの代理人にファックスで送った。書証として提出予定の「行動する保守」Aの陳述書だけは第3回口頭弁論(平成23年10月12日)当日に提出する予定だった。

 ところが第3回口頭弁論の前日、裁判所から連絡が入った。「行動する保守」A側は代理人も出廷しない可能性があるから、送信しなかった書証(「行動する保守」Aの陳述書)もファックスで送ってほしいというのである。

「行動する保守」Aの代理人がもう主張することがないという事情は、前回口頭弁論で結審を求めたことからも察することができた。しかし、いかに主張することがないといっても、結審の日に本人だけでなく代理人も出頭しないという例は聞いたことがなかった。

 何かあったのだろうか。事情はよくわからないものの、提出したい書証が受領されない事態になっては困るので、私はすぐに裁判所と代理人宛にファックスで送った。

 ところが当日、法廷に入ってみると、「行動する保守」Aの代理人は先に法廷に入っていて、傍聴席で開廷を待っていた。来れるようになったということなのか。

 しかし冷静に考えると、「行動する保守」Aの代理人からすれば、仮に私が提出しようとする「行動する保守」Aの陳述書が結審当日に手渡されたのでは真贋が確認できないし、仮に捏造だった場合には反論も手遅れになりかねない。だから、「行動する保守」Aの陳述書が本物かどうか事前に確認しておきたかったということではないかと私はみている。

 私としては、私の手元にあるのはファックスだったので、ファックスのファックスでは不鮮明だから、よりクリアなものを手渡そうと考えただけで他意はない。

 なお、私が「行動する保守」Aの陳述書を書証として利用したのは、「行動する保守」Aが「ブログの閲覧者は日に1万人は下らない」と自白してくれている箇所があったからである。その影響力(被害)の大きさを立証しようとしたのだが、代理人が確認する必要があると考えたとすれば、提出した意味も少しはあったのかもしれない。

(つづく)

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「行動する保守」肖像権侵害事件 第3回
「行動する保守」Aに対する反論

 第3回口頭弁論は、裁判長が私の提出した準備書面と陳述書、書証を確認すると、予定どおり結審となった。私は「行動する保守」Aの主張に対し次のように反論した(準備書面の一部)。



第1 被告ら主張に対する反論

 1 被告らは答弁書及び第1準備書面において、「原告を誹謗中傷するような事実はないから肖像権侵害による精神的損害は発生していない」などと主張している。しかしこの主張は、肖像権侵害と名誉毀損等を混同した乱暴な主張であるといわざるを得ない。

 2 「肖像権」とは「自分の肖像を他人に使わせない人格的権利のこと」とされている。したがって、肖像権侵害の要件には誹謗中傷は含まれておらず、他人の肖像を無断で使用した時点で肖像権侵害は成立するのであり、誹謗中傷はしていないから損害は発生していないとする被告らの主張は失当である。また原告は名誉毀損による損害賠償を請求しているわけではない。

 3 被告らは、本件写真や動画は提訴された直後に削除しており、「肖像権侵害があったとしても、その期間は数カ月にも満たない」(第1準備書面3ページ15行目~16行目)などと主張するが、肖像権侵害は他人の肖像を無断で使用した時点で発生するのであり、提訴の時期とも関係がない。よってこの点に関する被告らの主張は失当である。

 4 また被告らは、「肖像権侵害の期間が短いこと、本件写真等の掲載が被告らの政治的、思想的活動の一環であること、原告がフリーのライターとして活動するものであることからすると、原告が被った精神的苦痛は、社会通念上受忍限度を超えるものではなく、損害は発生していない」(第1準備書面3ページ23行目~4ページ2行目)などと主張するが、そもそも肖像権侵害は個人の肖像権を侵害しても優先すべき社会的利益があるかどうかによって可否が論じられるべきものであって、名誉毀損による精神的苦痛やいわゆる社会通念上の受忍限度の問題とは関係がない。

 5 原告は私人であり、本件で原告が問題としている記事において原告の肖像権を侵害しても優先されるべき社会的利益があるとはとうてい考えられない。よって、この点に関する被告らの主張も失当といわざるを得ない。



 私は準備書面でこのほか、本件肖像権侵害の悪質性を主張した。



第2 本件肖像権侵害の態様(悪質性)

 1 原告に対する誹謗中傷

(1) 被告らは本件動画に付けられた「創価学会を擁護している」との原告に対するクレジットは「偏向記事を書いている」と評価することはできず、原告を誹謗中傷するものではない(第1準備書面1ページ「第2」冒頭)などと主張している。

    しかしこのクレジットは原告の記事内容を公平に紹介した上で付けられたものではなく、また本件動画は「朝木明代市議の転落死に創価学会が関与した」と主張する街宣を記録したものであり、閲覧者が原告に対する「創価学会を擁護するライター」とのクレジットをみたとき、原告が「事実を曲げて創価学会を擁護するライターである」と誤認する恐れは十分にある。

    現実社会は被告らが主張するような辞書的解釈だけで片づけられるわけではない。むしろこのクレジットを見た被告瀬戸の支持者のほとんどが、辞書的理解を超えて、原告について「創価学会を擁護する目的で記事を書く中立性のないライター」であると誤認した可能性はきわめて高い。

(2) 甲2では原告について、

   〈創価学会と関係のあるライター〉

   〈創価学会とつるむライター〉(いずれも2ページ目)

    とレッテルを貼り、創価学会については〈カルト創価学会〉と記載している。したがって、甲2の上記記載を総合すると、原告は〈カルト教団である創価学会とつるんでいるライター〉であるということになる。〈つるんでいる〉とは一般読者から公平な立場にないと受け取られても仕方のない表現であり、しかもその〈つるんでいる〉相手が〈カルト創価学会〉ということになれば、原告を誹謗中傷しているといわざるを得ない。

(3) また甲3においては〈創価学会御用ライター・宇留嶋瑞郎さん〉との記載がある。上記記載について被告らは、〈創価学会の御用聞き(都合のいい)記事を書くことが、社会的に影響(消極的作用)することを前提としなければならない。しかし、そのような前提がないことは明らかである。〉とし、上記記載は誹謗中傷には当たらないなどと主張している。

    しかしライターにとって、「中立性を欠いたライター」であるかのように宣伝されることはきわめて重大である。原告を批判するなら記事を具体的に批判すればよく、記事に対する具体的な批判もしないまま〈創価学会御用ライター〉とレッテル貼りするというやり方自体が、原告の社会的評価を低下させることを目的としたものといわざるを得ない。

(4) 本件肖像権侵害は上記のとおりの記事とともに行われたものである。

2 被告らの活動及び宣伝手法

(1)略

(2) ……被告瀬戸自身が別件裁判に提出した陳述書によれば、被告瀬戸のブログの閲覧者は毎日1万人を下らないとのことである(甲8、1ページ2行目)。

(3) 本件肖像権侵害のきっかけとなった東村山駅前街宣には50名近い支持者が集まった。「朝木明代転落死事件」はそれほど支持者の関心を集めた事案であり、被告瀬戸のブログは少なくとも通常の数倍の閲覧者があったものと考えられる。被告らは数万の閲覧者があることを承知の上で原告の写真を掲載したものである。

(4) しかも原告を「創価学会御用ライター」などと誹謗した上で、掲載の必然性がないにもかかわらず繰り返し原告の写真を掲載した。その目的は支持者をはじめとする閲覧者に対して原告をさらし者にすること以外には考えられない。すなわち本件肖像権侵害の本質は、言論・表現活動に名を借りた一種の私刑(リンチ)にほかならず、きわめて卑劣かつ悪質なものといわざるを得ない。



 なお、裁判官からは最後まで和解の話はいっさい出なかった。裁判上はあまり意味のない、「行動する保守」Aの「和解はしない」という毅然たる意思表示はどうも空回りしてしまったようである。

(「判決後」につづく)

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「行動する保守」肖像権侵害事件 第4回
 ブログに掲載された写真によって肖像権を侵害されたとして私が「行動する保守」Aとその弟子を提訴していた裁判は平成23年11月21日、判決言い渡しを迎えた。

 さいたま地裁川越支部1号法廷では午後1時15分から1件の口頭弁論と本件を含む2件の判決言い渡しが予定されていた。最初に扱われた口頭弁論が5分で終了し、書記官が私を原告席に招じ入れた。この日出廷した当事者は私1人。傍聴席もまったく見覚えのない人物がたった1名いただけだった。
 
 かつて西村修平と対峙し、判決言い渡しで西村が書類を机に叩きつけたのもこの法廷だった。1年半前のことである。そういえば西村は判決確定後、「社会運動家」らしく「法治国家だから判決には従う」といいながら、損害賠償金の支払いはいまだ終わっていない。

 私が原告席につくと、裁判官はひと呼吸置いて主文を読み上げた。



  被告らは、原告に対し、連帯して、10万円及びこれに対する平成21年11月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 
  原告のその余の請求を棄却する。

  訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の、その余を被告らの各負担とする。

  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。



 判決言い渡しが終わり、私が傍聴席に戻ると、1人だけいた傍聴人は続く判決言い渡しを聞くことなく法廷をあとにした。あるいは公安関係者だったのかもしれないが、定かでない。

すべての請求原因を不法行為と認定

 私が肖像権を侵害されたと主張していたのは以下の5件の記事である。



①平成20年9月4日付〈9・1東村山駅前街宣映像紹介〉と題する記事で、私を無断で撮影するとともに「創価学会を擁護している」とするクレジットを付けた動画にリンクしたこと。

②平成20年9月12日付〈『或る浪人の手記』の管理人さんへ〉と題する記事に私の写真を無断で掲載するなどしたこと。

③平成20年10月11日付〈創価学会御用ライター・宇留嶋瑞郎〉と題する記事に、私について「創価学会御用ライター」クレジットを付して私の写真を無断で掲載したこと。

④平成21年11月10日付〈〈創価関連裁判〉報告と告知のお知らせ〉と題する記事に、私が裁判所(さいたま地裁川越支部)に入る写真を無断で掲載するなどしたこと。

⑤平成20年11月8日付〈【番外編】朝木事件ウオッチャー・ブログの正体(8)〉と題する記事に、私について「創価学会の御用ライター」などとのクレジットを付して私の写真を無断で掲載したこと。



 これに対して「行動する保守」Aは、写真等を掲載した事実については認めたものの、

〈クレジットは原告を誹謗中傷するものではなく、本件記事等の掲載は政治的、思想的活動の一環として行ったものであり〉、〈また、被告らは、原告から本件写真等の削除を求められたことから、直ちにこれを削除しており、上記動画等が閲覧に供されたのは数か月にも満たないのであり、本件ブログ上の記載により、原告に損害が生じたということもできない」(判決文より)

 などと主張していた。これらの主張に対してさいたま地裁川越支部は次のように述べた。



 これらは、フリーライターをしていた原告が街宣活動を行っていた被告らの取材に訪れた際に、無断で撮影されたものであり、被告らは、これらに「創価学会を擁護する」、「創価学会御用ライター」、「創価学会の御用ライター」などとのクレジットを付して、本件ブログ上に掲載していたものであって、かかる掲載等の態様からしても、原告が、その同意なく撮影された本件写真等を本件ブログ上に掲載されることを受忍すべきものということはできず、本件写真等の掲載は違法性を有するものと認められる。



 その上で、慰謝料の算定についてさいたま地裁川越支部は、クレジット等については〈不法行為に当たるものとまで認めることはできない〉とし、肖像権侵害については、

〈当該写真は、原告が公道上で普通に話をしている場面を正面から撮影したものや、さいたま地方裁判所川越支部の建物に入る原告を背後から撮影したものであり、写真の内容自体が原告に大きな不利益をもたらすようなものではない〉

〈被告らは既に本件ブログ上から本件写真等を削除していること、本件写真等が掲載されたのは5回にとどまり、写真等の数もさほど多いものとはいえない〉

 などとして、〈原告が被った精神的苦痛は合計10万円と評価するのが相当である。〉と結論付けた。

 私の写真を無断で掲載したこと自体に対する評価(評価の仕方を含む)、判断についてはいささか不満がないわけではない。しかし現時点で裁判所が、私が請求原因として挙げた5件について包括的に違法性を認定したこと、その中でも背後から撮影した写真(本文中で写真の人物が私であることを明記している)についても肖像権の侵害を否定しなかったという点では、提訴の意味があったのかもしれないと考えている。

(了)
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第2次「行動する保守」事件 第1回
 東村山警察署元副署長の千葉英司がブログの記載などをめぐり「行動する保守」Aを提訴していた裁判の第1回口頭弁論が平成24年6月5日13:30から東京地裁立川支部で開かれることになった。ゴールデンウィーク前には期日が決定しているので、訴状はすでに送達されているものとみられる。

何も得るもののない和解

 千葉が問題としているのは「行動する保守」Aが運営するブログの平成23年9月1日付〈故朝木明代東村山市議殺害事件 16年目の命日を迎えて〉(以下、「記事1」)と題する記事および平成21年9月2日付〈告知と活動報告〉と題する記事(以下、「記事2」)である。

 記事1が掲載される4カ月前の平成23年4月20日、千葉から提訴されていた裁判で、「行動する保守」Aは千葉に10万円を支払うとともに記事および写真の削除など千葉の要求をすべて受け入れる内容の和解に応じている。慰謝料の支払い以外に裁判所が認容した千葉の要求は以下のとおりである。



(第1次裁判で認容された千葉の要求)

 ブログ「日本よ何処へ」における平成21年11月13日付「〈活動報告〉西村修平VS千葉英司(2)」に掲載したプラカードの写真にある「創価学会の四悪人」及び「千葉英二副署長」との文言削除。

 ブログ「日本よ何処へ」における平成22年5月4日付「反創価学会デモ(日護会)の紹介」に掲載したプラカードの写真にある「創価学会の四悪人」及び「千葉英二副署長」との文言削除。

 ブログ「日本よ何処へ」における平成21年7月13日付「黒田大輔『日本を護る市民の会』代表の裁判支援行動(6)」に記載した「大嘘つきの千葉英司元副署長」「大嘘つきの千葉英司元副署長に抗議」「千葉の虚偽発言」との文言削除。(筆者注=訴状では写真削除も求めていたが、提訴後に削除したため、写真削除については訴えを取り下げた)

 ブログ「日本よ何処へ」における平成21年11月20日付「〈活動報告〉槇泰智VS千葉英司」に記載した「にも拘らず捜査の指揮をとった東村山警察署の千葉英司副署長(当時)は強引に自殺として処理。」「この男こそが13年前、自殺事件にすり替えた張本人・千葉英司だったと分かった。警察を退職した今でも創価学会シンジケートで繋がり、店主を装って用心棒を演じていたとは。」との文言削除。



 これらの写真・文言の削除を約した上で、〈原告と被告らは、今後、相互に誹謗中傷しないことを確約する。〉などとする内容の和解が成立した。

 この裁判はいうまでもなく、「行動する保守」Aが「内部告発」が事実であることおよび「内部告発」の内容が事実であることを立証できていれば和解に応じる必要はなかった。しかし「行動する保守」Aは真実性を立証するどころか、「内部告発」が伝聞の伝聞にすぎないことを自らの陳述書で自白してしまった。代理人はとうてい勝ち目はないと判断し、千葉の要求をすべて飲むという惨めな和解を受け入れたのである。

卑小な自尊心

 しかし「行動する保守」Aは「行動する保守」の重鎮として、「内部告発」がどうみても一般社会ではまったく相手にされない代物であるにもかかわらず、軽率にもそれを事実と信じ込んでしまった自らの愚かさを認めたくないのか、記事1の冒頭で次のように述べた。

〈本日は東村山市議時代に創価学会を厳しく追及していた故朝木明代さんが、何者かによって東村山駅前のビルから突き落とされて殺害されたその命日であります。創価学会と命を賭けて戦った勇気ある女性市議の、その意思を後世に伝える為にも、今後ともこの問題を訴えて行く所存です。〉

 この文面だけを見れば、「行動する保守」Aは裁判では負けてもなお「真相究明活動」に対する意欲は衰えておらず、支援者に対して活動継続の強い意思を示したものと受け取ることができよう。「行動する保守」の重鎮として振る舞っている「行動する保守」Aとしては、体面だけは保ちたかっただけのようにもみえた。その後「行動する保守」Aがなんらかの「真相究明活動」を行った様子はうかがえない。

 続けて「行動する保守」Aは、面目を潰された相手である千葉についても次のように述べている。



 この事件を当時東村山警察署の副署長として捜査に当たった千葉英司副署長は、現在も朝木明代市議の仲間であった矢野穂積市議や娘さんの朝木直子市議を相手に民事で訴えています。

 ……当時捜査に当たった人物が、その後もこのように執拗にこの事件に関わっている異常性を私は不気味に感じるし、それ故にこの問題から離れる訳には行きません。



 自ら「内部告発」がデマだったことを認めただけでなく、矢野と朝木の主張がことごとく裁判所で排斥されてきた事実を見てもなお「行動する保守」Aは、何が真実かを判断できないようである。それどころかこの記載は、千葉がなにか不当な提訴を繰り返している人物であるかのような印象を与えよう。

 その上で「行動する保守」Aは裁判所から相手にされなかった陳述書を公表している。自分の陳述書の内容には理があるといいたかったのだろう。その感覚からしてすでに普通ではないと思うが、その中に千葉が問題としている記載があった。千葉の請求の1つとそれに対する「行動する保守」Aの主張である。



4 平成21年7月31日付ブログに記載した「大嘘つきの千葉英司元副署長」「大嘘つきの千葉英司元副署長に抗議」「千葉の虚偽発言」との文言及び原告の写真を削除せよ。
について

 この大嘘つきという文言は削除しません。なぜならばこれは裁判を傍聴していた我々に対して千葉氏が我々傍聴席を指し示すようにして、我々に対して事実と全く異なることを言い放ったからです。この裁判(千葉氏が黒田大輔氏を訴えた件)に関しては和解となっていますが、裁判の記録が取り寄せて読んで頂ければ、その真実は明らかだと思います。



「大嘘つき」に関する文言については千葉が削除を要求し、和解成立後に削除されている。にもかかわらず、「行動する保守」Aは「この大嘘つきという文言は削除しません。……」とする一文をあえて掲載したのである。これでは「行動する保守」Aはいまだ千葉に対して「大嘘つき」と呼んでいるに等しい。千葉は訴状で次のように主張している。



(訴状における千葉の主張)

(被告は原告が)異常な人物と断定した後で、「『大嘘つきの千葉英司元副署長』『大嘘つきの千葉英司元副署長に抗議』『千葉の虚言発言』との文言は削除しません。」と記載した。本件記事は、公然と、原告は異常で大嘘つきであると主張し、原告を侮辱するものである。



まれにみる卑怯者

 記事2については肖像権侵害による慰謝料の支払いを求めているが、訴状提出後、ほかにも肖像権侵害があったことが判明している。その中には第1次裁判で削除を要求し、裁判中に削除したにもかかわらず、その後復活していた写真もあった。「行動する保守」Aが意図的に再掲載したものであることは明らかで、やはりまれにみる卑怯者といわれてもやむを得まい。

 なお、私が「行動する保守」Aを提訴した裁判は、本件の1週間後、6月12日に第1回口頭弁論が開かれることが決まった。特別の事情がなければ、私の訴状も送達されているはずである。

(「第1回口頭弁論後」につづく)
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第2次「行動する保守」事件 第2回
2つの答弁書の共通点

 6月5日に第1回口頭弁論を迎える本件裁判は、平成24年5月18日付で「行動する保守」Aから答弁書が提出されている。またその1週間後に第1回口頭弁論が開かれる私が「行動する保守」Aを提訴していた裁判も、「行動する保守」Aが平成24年5月25日付で答弁書および証拠説明書ならびに乙第1号証~乙第3号証を提出している。

「行動する保守」Aのそれぞれの主張内容についてはあらためて詳述しようと思うが、2つの裁判の答弁書には微妙な共通点があった。1つは、答弁書はいずれも「行動する保守」A名義であること。当然、書類の送達場所も「行動する保守」Aの事務所となっており、どちらも代理人の名前は記載されていない。

 いずれも第1次裁判では答弁書の段階で代理人(弁護士)名義となっていた。つまり現段階で、「行動する保守」Aは代理人をつけていないということであると理解できた。

 2つ目の共通点は、千葉に送付された答弁書と私のもとに届いた答弁書の書式、および末尾の結び文句などがきわめて似ており、同一人の手によるものとみられることである。被告が同じなのだから当たり前だろといわれるかもしれないが、かつて「行動する保守」Aが提出した陳述書の文体との間に共通点はうかがえない。すなわち、もちろん是非をいうものではないが、2つの答弁書は「行動する保守」A以外の同一人が作成したものではないかと推測されるのである。

 なお、私のもとに送付された乙号証にはワープロ文字ではない手書き文字で「乙第○号証」と記載されている。その筆跡は、気のせいかもしれないが、かつて私が浦安の行政書士を提訴した際に送付された乙号証の手書き文字に酷似していた。

(「第1回口頭弁論後」に続く)
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第2次「行動する保守」事件 第3回
 東村山警察署元副署長、千葉英司が「行動する保守」Aを提訴していた裁判は平成24年6月5日、東京地裁立川支部において第1回口頭弁論が開かれた。「行動する保守」の重鎮が提訴された裁判とあって、裁判所は法廷および周辺に特別な警備態勢を敷いていた。もちろん目的は、すでに再三起きている「行動する保守」一行による当事者や傍聴人、さらには裁判官に対する威圧行為や暴力沙汰を未然に防止するためである。

 私は開廷15分前に法廷前に着いた。法廷前にはすでに6、7名の公安が立っており、奥の待合スペースを見ると「行動する保守」A本人とその弟子、それに支援者らしき人物が1名静かに座って開廷時刻を待っている。この日も「行動する保守」関連裁判の通例で、開廷5分前にならないと入廷が許可されないようだった。

 入廷が許され、法廷に入るとすでに裁判長が着席していた。定刻に開廷。裁判長はこれまで双方から提出された書類を確認していく。千葉から訴状の陳述。「行動する保守」Aから答弁書の陳述。さらに千葉が第1、第2準備書面を提出し、陳述が認められた。千葉は訴えの変更(4点の訴因の追加)を申し立てたが、これについては今回は陳述扱いとはならなかった。
 
 千葉の第2準備書面は6月5日付で、この日に提出されたが、書記官が「行動する保守」Aに書面を手渡した際、私にはちょっとした驚きがあった。書面を受領する際に受領印を求められた「行動する保守」Aは印鑑を取り出したが、その長さたるや、通常の認め印の2倍はあろうかというりっぱなものだったのである。

 私も千葉も印鑑としては初めて見るサイズで、威圧感十分だった。ちなみに千葉の認め印はごく普通サイズで印影は直径10ミリ。「行動する保守」Aのそれは直径21ミリで、印鑑のサイズにおいては「行動する保守」Aが圧倒していた。

 第1回口頭弁論は千葉の主張の確認をした以外は書面の確認だけで終了し、第2回口頭弁論は7月12日午後1時30分と指定された。裁判官は「行動する保守」に対して次回期日の1週間前までに反論を提出するよう求めた。なお、有名な重鎮の裁判であるにもかかわらず、弟子ら2名以外に支援者は最後まで姿をみせなかった。

和解で削除した文言を再び記載

「行動する保守」Aが提出した答弁書にも法廷で目撃した重厚な印鑑が押してあった。では中身はどうか。答弁書における「行動する保守」A(名義の)の反論をみよう。

 千葉は訴状で、平成23年9月1日付〈故朝木明代東村山市議殺害事件 16年目の命日を迎えて〉において、「当時捜査に当たった人物がその後もこのように執拗にこの事件に関わっている異常性を私は不気味に感じる」「『大嘘つきの千葉英司元副署長』」などの表現は「原告は異常で大嘘つきであると主張し、原告を侮辱するものである」と主張している。

 この点について「行動する保守」Aは次のように反論している。



(「侮辱」部分に対する反論)

「執拗にこの事件に関わっている異常性」とは、原告千葉を「異常な人物」と断定して人格攻撃しているのではなく、原告千葉の「朝木関係者」に対する提訴の多さが、度を超えた状態であることへの正当な意見又は論評であって、侮辱にはあたらない。



 仮にこの文言が千葉を「異常な人物」と断定するものでなかったとしても、「行動する保守」Aはこの文言について千葉の提訴が濫訴であると論評したものであると主張しているとも理解できる。とすれば、もちろん「濫訴」を行っているのは千葉だということになるから、この文言が直接的に千葉の人格攻撃をしたものではないと評価されたとしても、やはり千葉の社会的評価を低下させるものであることに違いはないといえるのではあるまいか。

 もっと問題なのは「『大嘘つきの千葉英司元副署長』『大嘘つきの千葉英司元副署長に抗議』『千葉の虚言発言』との文言は削除しません。」と記載した箇所である。「『大嘘つきの千葉英司元副署長』『大嘘つきの千葉英司元副署長に抗議』『千葉の虚言発言』」との文言はそもそも平成23年9月1日付記事に記載されており、第1次裁判の際に削除要求されていたものだった。

第1次裁判で「行動する保守」Aは千葉の請求に対して陳述書で「『大嘘つきの千葉英司元副署長』『大嘘つきの千葉英司元副署長に抗議』『千葉の虚言発言』との文言は削除しません。」と主張した。しかし和解協議において代理人は千葉の請求を受け入れ、和解調書にもこれらの文言を削除することが明記され、実際に平成21年7月13日付記事から削除されたという経緯がある。

 ところが「行動する保守」Aは、すでに記事からは削除された文言を、陳述書を公表するというかたちで再び掲示したのである。いかなるかたちであろうと、不特定多数の読者に向けて千葉を「大嘘つき」と呼んだことに変わりはなく、しかも「削除しません」と記載している。意図的であるとすればきわめて悪質であり卑怯であるというほかない。

 その上で「行動する保守」Aは、いったんは和解条項に従って削除したにもかかわらず、今回の答弁書では「侮辱には当たらない」などと主張していた。やっぱり削除は悔しかったということなのだろうか。

 余談だが、第1回口頭弁論で「行動する保守」Aから乙号証が提出されたが、その手書きの筆跡は私が受領した乙号証の筆跡と同一であり、やはり千葉が浦安の行政書士を提訴した際の乙号証の筆跡に酷似していた。「行動する保守」の結束は固いというべきか、あるいは複雑に入り乱れた難解な人間関係というべきなのだろうか。

(つづく)
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第2次「行動する保守」事件 第4回
聞き間違えた「行動する保守」A

「行動する保守」Aは、千葉に対する「大嘘つき」などという子供じみた悪口にどんな理由があるといっているのか。平成21年7月13日付記事には、千葉が浦安の行政書士を提訴していた裁判の口頭弁論で、平成20年9月1日に発生した洋品店襲撃事件の際に千葉が洋品店で待機していた理由について聞かれたときのこととして次のように述べている。



(ブログにおける記載)

(なぜ洋品店にいたのかと聞かれた)千葉英司氏は立ち上がり話を始めましたが、突然我々傍聴席のほうを見ながら次のように語り始めたのです。

「ここにいた皆が知っている……」

 千葉氏の発言の趣旨は、洋品店にいて訪問者と言い争いになった時のことを指しているのは明らかでした。

 ……千葉氏はあたかもその日、自分と口論した人物が傍聴に来ているという嘘をでっち上げ、裁判官に印象付けようと狙ったのです。



 すなわち「自分は洋品店で千葉とは口論していない。だから千葉を『大嘘つき』と記載したのである」と「行動する保守」Aは主張している。なおそのことについて「行動する保守」Aは、〈近く、正式に千葉英司氏になぜそのようなデタラメを言ったのか。そのことを書面で質問し、単なる勘違いであったとしても謝罪を求めることになりました。〉とまで述べている。

 しかし、「行動する保守」A自身も述べているように千葉がいった「ここ」とはどこのことと解するのが自然だろうか。この発言時に千葉がいた場所も、「行動する保守」Aがいた場所も法廷である。法廷にいる千葉が、洋品店を「ここ」ということはあり得ない。すなわち千葉がいった「ここ」とは当然、「法廷」である。

「ここ」が「法廷」なら、「法廷にいた皆が知っている」ではまったく意味が通じない。つまり千葉が口頭弁論で傍聴席の方を向いていったのは、正確には、

「ここにいる皆が知っている」

 だったのである。千葉によれば、なぜ洋品店にいたのかという質問に対して千葉が「ここにいる皆が知っている」といったのは、平成20年9月1日に西村や桜井誠、右翼Mなど「行動する保守」一行が洋品店に押しかけ、店主を誹謗中傷したあげく、警察官が出動してようやく収束した一連の騒ぎについて傍聴に来た人たちは皆知っている、という趣旨で、「行動する保守」Aのいう「自分と口論した人が傍聴に来ている」などという意味ではない。

「行動する保守」Aは「ここにいた」と過去形に聞き間違え、さらに「ここ」を「洋品店」と二重に誤解した。その結果、「千葉氏の発言の趣旨は、洋品店にいて訪問者と言い争いになった時のことを指している」と勝手にあらぬ方向に曲解してしまったということである。「勘違い」したのは「行動する保守」Aの方だった。「行動する保守」Aはとんだ早とちりから提訴されたということになろうか。

存在しない発言を捏造

 さて平成21年7月13日付記事で「行動する保守」Aは、千葉が「ここにいた皆が知っている……」といったと記載している。ところがなぜか、答弁書では千葉の発言について次のように記載している。



(答弁書における記載)

 原告千葉が、傍聴席にいた被告瀬戸及び訴外黒田の支援者に対し、「あなたたちも(平成20年9月1日に)洋品店へ行って妨害しただろ」と大嘘をついた事実を記載したに過ぎない。傍聴席にいた被告瀬戸及び訴外黒田の支援者並びに訴外黒田は、平成20年9月1日に洋品店へ行っていない。



「行動する保守」Aの平成21年7月13日付記事と答弁書の主張に対して、千葉は第1、第2準備書面で次のように反論している。



(「第1準備書面」「第2準備書面」における千葉の反論)

 原告は、別訴の被告(黒田大輔)から、洋品店で待機した理由を質問されたので、「それはここにいる皆が知っている」と答えたのであって、「あなたたちも洋品店へ行って妨害しただろう」と発言したものではなく、上記被告の主張は事実の歪曲である。(第1準備書面)

 被告は、……本件ウェブサイト平成21年7月13日付……記事の本文で、原告の法廷発言の内容「ここにいる皆が知っている」を「ここにいた皆が知っている」と変更し、そして、答弁書では「あなたたちも(平成20年9月1日に)洋品店へ行って妨害しただろう」と再度、変更した。よって、被告の原告の法廷発言に関する主張は信用できない。(第2準備書面)



「行動する保守」Aが答弁書に記載した「あなたたちも洋品店へ行って妨害しただろ」などという千葉の発言は存在しない。それは「行動する保守」A自身の平成21年7月13日付記事にそんな発言がいっさい記載されていないことからも明らかである。さらに答弁書に〈「あなたたちも(平成20年9月1日に)洋品店へ行って妨害しただろ」と大嘘をついた〉と記載したのでは、ますます「行動する保守」Aのいう千葉の発言が事実無根だったことを裏付ける結果になった。

「行動する保守」Aにも責任

 ところで「行動する保守」Aが千葉の発言を「洋品店で口論した」と曲解したとして、それだけでなぜ「行動する保守」Aはこれほど怒るのだろうか。「行動する保守」Aとしても、街宣参加者が洋品店に押しかけた事件が反社会的行為であると評価されてもやむをえないと考えていたということではないのだろうか。

 そもそも「朝木明代殺害犯を特定していたとする内部告発があった」などという箸にも棒にもかからない与太話を事実であるかのように宣伝し、「行動する保守」一行を東村山デマに引きずり込んだ張本人は「行動する保守」Aである。洋品店襲撃についても、直接的に襲撃を呼びかけた事実はなくても、デマの発信源である東村山市議の矢野穂積と朝木直子をシンポジウムに招き、支援者たちを煽動させた事実は否定できない。また「行動する保守」Aは襲撃事件が起きた街宣活動の主催者の1人でもあり、洋品店襲撃事件について「行っていないから責任はない」とはいえない。

「行動する保守」Aが答弁書で千葉が「あなたたちも洋品店へ行って妨害しただろ」と発言したことにした理由は明確にはわからない。おおかた、聞き間違えた発言をもとに勝手に解釈しているうちに、発言自体が変遷してしまったというところなのではあるまいか。自分自身のブログを確認すればそんな発言がないことは容易に判明するはずだが、「行動する保守」Aはそれすらしなかったのだろう。あるいは答弁書は別の人物が書いているから、「行動する保守」Aの過去の記事については知らなかったということかもしれない。

「行動する保守」Aは彼名義の答弁書で、「原告千葉が、公開の法廷で虚偽発言を先行したのであるから、……陳述書の内容は適切な範囲内にある。」などとし、侮辱には当たらないと主張している。しかし「千葉の虚偽発言」が存在しない事実は「行動する保守」A自身の主張の変遷からも明らかであり、「行動する保守」Aの主張は前提を欠くものということになる。

 なお答弁書で「行動する保守」Aは、自分だけでなくことさら訴外黒田も洋品店に行っていないことを強調しているような気がしてならない。ほかにも答弁書には頻繁に「訴外黒田」の名前が登場する。「行動する保守」Aの裁判の書面でなぜこれほど「訴外黒田」に触れるのか、私はやや違和感を覚えた。

(つづく)
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第2次「行動する保守」事件 第5回
弁護士に対する私情

 第1次裁判の和解条項で削除を約束し、ブログの記事から削除した「大嘘つきの千葉英司元副署長」「大嘘つきの千葉英司元副署長に抗議」「千葉の虚偽発言」との文言を別の形で再び掲載したことについて「行動する保守」Aは答弁書でもう1つの理由を主張していた。

 そのくだりでは第1次裁判における代理人弁護士に対する私情を披瀝している。本件とは直接関係はないが「行動する保守」Aの器のほどがしのばれるという意味でもきわめて興味深いので紹介しよう。「行動する保守」Aは答弁書で次のように述べている。



(答弁書における記載)

「別件裁判」につき、被告瀬戸は、当時の代理人弁護士中島敬行(以下、「代理人中島」という。)に対し、和解へ応じないよう依頼した。それにも関わらず、代理人中島が依頼に反して和解を強行したうえ、被告瀬戸が何度催促しても和解調書の交付を怠った。代理人中島は、現在、5年間の弁護士資格の停止を受けており、被告瀬戸が、和解調書の正式な内容を初めて知るに至ったのは、本件訴訟の書証(甲3)として添付されたためという特殊な事情が存在する。



 記事の削除と10万円の支払いという全面敗訴も同然の和解だったとはいえ、自分で弁護を依頼しておきながら、かつての味方である弁護士をここまで一方的に罵るとは、重鎮としてあまり褒められたものとはいえないのではあるまいか。

 ここで「行動する保守」Aが主張しているのは以下の4点である。

「行動する保守」Aは中島弁護士に対して和解に応じないよう依頼していた。

中島弁護士は「行動する保守」Aの意思に反して和解を強行した。

「行動する保守」Aは再三にわたって和解調書を送付するよう催促したが、中島弁護士は送付しなかった。

そのため「行動する保守」Aは、千葉から提訴されるまで具体的な和解条項を知ることができなかった。

「行動する保守」Aは答弁書で、弁護士に対して「和解へ応じないよう依頼した」と述べている。「和解へ応じないよう依頼する」とはあくまで闘うことを意味しよう。しかし「行動する保守」Aは裁判で現実的に闘う姿勢(真実性・相当性の主張・立証)をいっさい示さなかったし、それどころか和解成立直前の平成23年4月21日付ブログでは次のように書いているのである。



(和解成立直前の「和解」に関する記載)

(陳述書は)裁判所に提出済みであり、それを踏まえての裁判官の和解の打診であれば、弁護士に任せてはおりますがその意見に従うつもりです。但し相手方の考えはまだ聞いていないので判決ということになるかも知れません。



 この時点で「行動する保守」Aは「弁護士の意見に従う」と述べる一方、「和解へ応じないよう依頼した」とは記載していない。わずかに判決になる可能性に触れただけである。さらに和解成立後の平成23年5月11日付の記事ではこう書いている。



(和解成立後の「和解」関する記載)

 裁判官から事実上の和解勧告を受けたので、相手方次第でそれに応じる旨を弁護士には伝えてありました。ただ、内容については当方にも示されその是非をこちらが判断することが出来ると思っていましたが、弁護人は私が和解を受けるという事を言ったので、全面的に依頼されたものとして承諾したようです。



 何がいいたいのかよくわからないが、「行動する保守」Aは代理人に対して無条件かどうかは別にして「私が和解を受けるという事を言った」ことを自認はしていても、「弁護士に対して和解に応じないよう依頼していた」とは書いていない。したがって、「行動する保守」Aが答弁書で主張するように「弁護士に対して和解に応じないよう依頼していた」という事実がないことだけは確かなようである。

 また10万円の和解金について「行動する保守」Aは、

〈もし私が立ち会っていればこれは受けなかったと思います。〉

 などとも書いているが、最初から「和解へ応じないよう依頼した」のなら、和解自体が成立しなかったはずで、はやり「和解へ応じないよう依頼した」というのは嘘だということになる。

嘘を自ら立証

 弁護士との関係については本件とは直接関係ない話だからまだいいとしても、「弁護士が和解調書を送付しなかったから、提訴されるまでその内容を知らなかった」という主張はあまりにも間の抜けた言い訳だった。平成23年5月11日ブログで「行動する保守」Aは次のように書いている。



(調書入手直後のブログの記載)

 和解内容に関しては昨日入手したので、せと弘幸blog『日本よ何処へ』出張所に最後の準備書面と和解書の全文を掲載しました。私が和解金として10万円を支払うことになった合意書ですが、……



「行動する保守」Aは「出張所」に平成23年5月10日付で和解調書を全文掲載し、現在も掲載されている。

「行動する保守」Aとしては、和解で削除を約束した文言をブログに再び掲載したのは「弁護士が送付を怠ったために和解内容を知らなかったからだ」といいたかったものとみられる。仮にそれが事実だったとしても、普通の大人なら恥ずかしくて口に出せる話ではない上にすぐにバレる嘘だったというのでは、心証形成においてあまりいい影響は与えないのではあるまいか。

 この点について千葉が反論すると、「行動する保守」Aはこう応えた。



(第1準備書面における「訂正」)

(被告瀬戸が、和解調書の正式な内容を初めて知るに至ったのは、本件訴訟の書証(甲3)として添付されたためという特殊な事情が存在する。)までの記載は、被告瀬戸の勘違いであったので削除する形で訂正する。



 証拠を突きつけられてただちに撤回したのはよいとしても、まさか、和解調書を自分で公開しておきながら、「内容を知らなかった」と答弁書で主張したのは「勘違い」だったという話を信用する裁判官はいない。「行動する保守」Aは「弁護士は和解調書の交付を怠った」と記載しているが、その前に「被告瀬戸は何度催促しても」と書いている。「催促」した記憶はあったが、調書を受領した記憶がないということは通常は考えられない。つまり、答弁書の「今回提訴されるまで和解調書の具体的内容を知らなかった」とする主張は「勘違い」などではあり得ず、姑息な言い逃れだったとみるのが自然である。

 それだけ「行動する保守」Aは、本件が和解条項に違反した可能性があると自覚しているということだろうか。

(つづく)
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第2次「行動する保守」事件 第6回
いまだ「襲撃事件」を正当化

 本件で千葉が「大嘘つき」とする記載のほかに問題としているのは、「行動する保守」Aの平成21年9月2日付ブログ〈告知と活動報告 創価学会本体との裁判を前にして〉と題する記事に千葉の写真が掲載されていることである(肖像権侵害)。平成21年9月1日、「行動する保守」Aらは「朝木明代謀殺事件の真相徹底究明」と称する2回目の東村山駅前街宣を行った。その際のことについて「行動する保守」Aは次のように記載している。



〈(千葉は)我々の仲間に姿を見られるとコソコソと逃げるように立ち去り、我々が演説を始めると今度は故朝木市議に万引きされたという洋品店の前に立っていました。まるで用心棒を引き受けているようです。14年前に現職の警察官として関わった事件に、執拗に粘着する有り様はとても尋常ではありません。〉

〈(去年は)正義の人と紹介されていましたが、この人の行為が正義感とは無縁なものであったかは、その後の経緯で次々に明らかになりました。〉



 その1年前の平成20年9月1日、「行動する保守」Aは東村山に乗り込んで第1回目の街宣活動を行ったが、街宣活動が一段落して休憩に入った直後、「行動する保守」一行の一部が大挙して万引き被害者の店に押しかけた。ビデオカメラを構える者、ヘルメットをかぶり旭日旗を携えた者、万引き犯朝木明代の顔写真に「真相究明を!」などと記載したプラカードを掲げた者など、その数はざっと10名を超えていた。

 幅2メートル弱の歩道に面した洋品店の幅はざっと10メートル弱。その狭い範囲に集結した「行動する保守」一行が集まったのである。平穏を破る異様な光景に、隣接する不動産業者の社員も何が起きたのかと驚いたのは当然だった。

「行動する保守」らは洋品店襲撃事件をいまだに「表敬訪問」などと強弁している。しかしこれはどうみてもまともな訪問でさえない上に、万引き犯明代の写真を掲げて行くことは、矢野と明代が行ったお礼参りに等しい。集団は店の前でハンドマイクなどを使って「万引きのでっち上げを許さないぞー」「洋品店(=実名)の万引きでっち上げを許さないぞー」「万引きでっち上げの店○○(=実名)を許さないぞー」などと、洋品店が明代の万引き事件をでっち上げたとする誹謗中傷を繰り返した。

 矢野のデマに踊らされた連中がさらに街宣で気持ちを高ぶらせ、洋品店に押しかける可能性があるとみて千葉は店内で待機していた。「行動する保守」一行がやってきたことに気がついた千葉は店先で「行動する保守」らに対峙し、右翼Mの店内への侵入を阻止するなど、「行動する保守」一行の暴走を食い止めた。何の罪もない市民が、わけのわからない右翼どもから犯罪者呼ばわりされ、店にまで押しかけられるいわれはない。

繰り返された嫌がらせ

 明代が万引き容疑で被害届を提出されて以降、矢野と明代は再三にわたって万引き被害者を脅し、嫌がらせを繰り返した。彼らの年配の支持者が店をうかがっていることもあった。矢野らしき人物による執拗な脅しの電話や若い女の声で「やり方が汚いわよ」などと女性店主をなじる電話をはじめ、数えきれないほどの無言電話もかかった。

 たんに被害を申告しただけの市民がここまで理不尽な目に遭わされていいわけがない。だから千葉は、街宣の途中に右翼が押しかける可能性が十分にあるとみて万全の態勢を取ったのである。その千葉が、「行動する保守」Aが翌年にも東村山駅前街宣を行うと知って、再び洋品店の警戒に出向いたのは当然である。

 最初の襲撃事件の際、110番で駆けつけた警察官が右翼らを解散させ、誹謗中傷された以外に洋品店に実害はなかった。しかし、「行動する保守」一行が大挙して押しかけた事実は店主を怒らせただけでなく、「行動する保守」に対する警戒心を植え付けた。その後、店主は「行動する保守」一行が東村山に来ることを知ると、そのたびに閉店を余儀なくされたのである。万引き被害者が閉店を決断するまでにどれほどの心労や葛藤があったか。保身にのみ汲々とする「行動する保守」Aには想像もできまい。

 それどころか被害者を守ろうとする千葉の行為を〈執拗に粘着する有り様はとても尋常ではありません。〉としか考えられないとは、あまりにも器が小さかろう。支援者を東村山デマに引きずり込んだ「内部告発」の真相も説明できない「行動する保守」Aにはとうてい理解の及ぶところではないのかもしれない。

「行動する保守」Aは洋品店襲撃事件を正当化し、千葉が洋品店を守ろうとしていることが「異常」だと主張している。しかし2回目の東村山駅前街宣の際、「行動する保守」Aは右翼Mが1人で洋品店に向かったのを知っていながら、自分は直接千葉と対決することはしなかった。

「行動する保守」Aは最初の襲撃の際に警察官が来たこと、その直後の「追悼集会」の際にも公安が警戒に当たっていたことも知っている。だから「行動する保守」Aは保身を優先して洋品店には近づかなかったということではあるまいか。「行動する保守」Aには洋品店を追及する正当な根拠など持ち合わせてはいないのである。

 千葉は訴状で「行動する保守」Aの平成21年9月2日付ブログの記載を「誹謗中傷」であるとして次のように主張している。



(訴状における「肖像権侵害」に関する千葉の主張)

(本件写真と記事を)一体的に掲載したことにより、悪性を印象付けている。よって、撮影・掲載の態様とその目的からして、本件写真の掲載には公共性・公益性はなく、また、社会的必要性もなく原告の人格的利益を侵害するものである。



「行動する保守」Aは平成20年9月6日付ブログ〈朝木事件ウオッチャー・ブログの正体(4)〉でも本件記事と同様の記事と千葉の写真を掲載していた。しかし同記事が提訴された第1次裁判では提訴後に自発的に写真を削除している(当然だが、現在も写真は削除されたまま)。ところが今回の「行動する保守」Aの対応は、不思議なことに、前回とはだいぶ異なっていた。重鎮として、よほどプライドが許さなかったのだろうか。

(つづく)

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