被害店を訪ねた目的
明代が取り調べから事務所に帰ってからわずか1時間で被害店を割り出せた理由(明代が取調官から聞いたとする内容)について矢野は様々な供述をしたが、一転して、その目的についての供述内容はどの裁判でも終始一貫していた。彼らが被害店に行った目的とは「取材」であるという(もちろん、「万引き事件とは無関係」と主張する矢野と明代が「取材」以外の目的で被害店に行ったとすれば、それがいかなる目的であれ、不自然である)。では、この点に関する法廷における矢野の最初の供述(平成11年11月15日=『聖教新聞』裁判)をみよう。
警視庁代理人 あなたが出した録音テープによりますと、なにか、取材に来たというようなことを言っているんですけども、違いますか。
矢野 取材に行きましたですよ。
代理人 取材に。
矢野 私が編集長でしたから。東村山市民新聞の当時は編集長。
代理人 なんで、その取材に行ったんですか。
矢野 これは大事件でしょ。真実であれ虚偽であれ、どっちにしてもこれ放置できないから、取材して記事化しようという前提です。
代理人 だって、あなた方は、最初の時点では軽く考えてたわけでしょう。そんなアリバイもあるんだし、そんなことは疑いをかけられたってなんでもないというようなふうに思っていたんじゃないですか。
矢野 最初にお話ししたのは、これはいたずらだろうと、嫌がらせだろうというふうに、自分たちの立場ではそう思いましたけどね。一般市民の立場にしてみれば、これは放置できない問題だろうというふうに、一方で認識したからです。
代理人 そうかもしれませんけれども、調べを受けたその日に、その被害店に行くというのは、これはちょっと性急すぎやしませんか。
矢野 性急すぎるって、どういうお考えで被害届を出したのかなというお伺いするのは別に性急でも何でもなくて、脅かしてるでも何でもないんですから、テープをご覧になれば、反訳を見ればわかるとおりです。
「一般市民の立場にしてみれば、これは放置できない問題だろうと」認識したと矢野はいう。趣旨は必ずしも明確ではないが、一般市民から見れば、トップ当選の市会議員が万引きを疑われているというが、それは事実なのかという疑問を持つだろう、だからその疑問に応えるためにも真相を究明しなければならない、という趣旨だろうか。とすれば、明代の万引きが疑われている事実が公になってからでも遅くはないような気もするが、どうだろうか。まして、明代は「身に覚えがない」はずなのだから。いずれにしても矢野と明代は(彼らの対外的宣伝意識からすれば)「東村山市民新聞」というメディアの編集長と発行人として、東村山で発生した重大な冤罪事件の真相を明らかにすべく「取材」に行ったと主張したいことだけは確かなようで、その限りではそれなりに合理的な説明のようにも聞こえる。
それが事実なら、収入にはまず100%結びつかない取材にすぐに飛んで行くとはさすがに「庶民派」、見上げた無償の奉仕精神というべきだが、続く警視庁代理人の「調べを受けたその日に、その被害店に行くというのは、これはちょっと性急すぎやしませんか」という質問に対して、矢野が「別に性急でも何でもなくて、脅かしてるでも何でもないんですから」と答えたのはどういうことだろうか。
代理人は「性急すぎやしませんか」と聞いただけである。「脅しに行ったのではないですか」と聞かれてこう答えたのならまだ理解できるが、代理人の質問の中には「脅し」という文言は一言もない。普通、万引きも脅しの事実も身に覚えがないのなら、ここまで過敏に反応することもあるまい。「市議会議員が冤罪で訴えられるというのは大事件だから、性急ということはない」と答えればすむ話である。
矢野はおそらく、それまでの裁判の経過などから、代理人が矢野の供述から何を引き出そうとしているかを察知していた。だから「脅かしてるでも何でもないんですから」と先回りすることで、「意図は先刻わかっている」といいたかったのだろう。矢野という人物は、とりわけ対立する相手に対しては、いかなるささいな局面であろうと、常に優越していなければ気がすまないというきわめて珍しい性格の持ち主である(だから、誰かと議論していて不利になったと感じると次々に論点をずらし、最後には何が問題だったのか議論がうやむやになってしまうということがしばしば起こる)。矢野は代理人に先回りして脅しを否定しようとしただけでなく、尋問の意図は見抜いていると暗に伝えることで、尋問における精神的優位性を保とうとしたような気がする。
本来、矢野と明代の長女、朝木直子が『聖教新聞』と創価学会を提訴した目的は、「明代が着せられた万引き犯の汚名を晴らすため」だったはずである。とすれば、「アリバイ工作」にも「被害店に対する威迫」にも無関係であるはずの矢野は、警視庁代理人の尋問に真摯に答え、それによって正面から堂々と明代の「無実」を訴えればよかろう。ところが、供述の内容以前に、矢野の供述姿勢が最初から尋問を揶揄するような調子に聞こえたのは不思議なことだった。
(第9回へつづく)
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