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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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万引き被害者威迫事件 第1回
万引き被害者威迫事件--宇留嶋瑞郎



取り調べからわずか1時間後には被害店に

 平成7年9月1日に発生した朝木明代の転落死を自殺とみる最大の根拠は、同年6月19日に東村山市内のブティックで万引きをし、同年7月12日、警視庁東村山署が明代を窃盗容疑で書類送検していたという事実である。東村山署が万引きという一般には軽微な犯罪で書類送検に踏み切ったのは、明代が矢野穂積(現東村山市議)と共謀してアリバイ工作を企てたこと(アリバイ工作の詳細とそれが崩された経過については拙著『民主主義汚染』参照)に加え、矢野と明代が万引き被害者であるブティック店主に対して執拗なお礼参りを繰り返していたからだった。

 刑法上、アリバイ工作は「証拠隠滅罪」、この場合のお礼参りは「証人威迫罪」に該当する。当時、とりわけ東村山署は被害者に対するお礼参りを重視し、証人威迫罪での立件も視野に入れた。つまりこの時点で、万引き事件とは別の新たな事件が発生しており、今度は矢野も明らかな事件の当事者として認識されていたということになる。しかし上層部との協議の末、最終的に一連の犯罪行為の原点である窃盗罪のみでの立件という結論に至った。この結果、東村山市議という公人の立場にありながら、積極的にアリバイ工作とお礼参りを共謀した矢野穂積はすれすれのところで立件を免れたのである。

 その一方、明代が転落死を遂げたあともなお、矢野は明代の万引きを否認し続けた。明代の万引きの事実を認めれば、自分自身が関与したアリバイ工作と被害者に対する脅しの事実も認めることになる。矢野としては、明代の名誉のためではなくむしろ自分自身の市議会議員としての地位を守るために明代の万引きを否定しなければならなかったのである。もちろん朝木直子自身もいうように、「万引きと自殺は表裏の関係にある」。矢野と朝木にとって、明代の自殺の事実を認めることはただちに万引きの事実も認めることになる。彼らが今も明代の自殺を否定し続けているのは万引きの事実を認めるわけにはいかないからであり、さらに明代が書類送検される原因となったアリバイ工作と被害者に対する威迫行為に矢野が当事者として関与していた事実を隠蔽するためにほかならない。

 被害者に対する矢野と明代の動きは早かった。矢野と明代が被害者の店に最初に現れたのは、明代が初めて万引き容疑で任意の取り調べに呼ばれた平成7年6月30日。通常、身に覚えのない人間が被害届を提出されれば、その内容について細かく聞くだろう。議会では税金の使途について、内容はともかく、とにかく厳しく追及することで有名な2期連続のトップ当選議員ならなおさらのことである。しかし不思議なことに、明代は被害届の内容について質問することもなかった。明代はただ「創価学会の陰謀です」などと大声で犯行を否認すると、「多忙」を理由にわずか30分で取調室を出て行った。「多忙」であるはずの明代と矢野が被害者の店に現れたのはその日の午後5時20分ごろ。明代が取調室を出てからわずか1時間後のことだった。

 万引き被害者に対する威迫の事実について矢野は現在も否認を続けている。しかし、これまでに確認された状況の中に、矢野の主張を裏付けるものはただの1つも出てきていない。


(第2回へつづく)


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万引き被害者威迫事件 第2回
「多忙」の中、被害店を訪ねた明代と矢野

 被害店への来訪目的は威迫ではないと主張する矢野の側にその裏付けが皆無である一方、これまでに確認された矢野と明代、彼らの支持者の男の行動と発言、パート店員、万引き被害者と目撃者の証言を総合的に検証すると、明代の初めての取り調べの日、矢野と明代が被害店を訪れたのは被害者に対する威迫が目的だったという答しか出てこない。もちろん、矢野と明代が被害店を脅す理由は明代が万引き犯であるからにほかならず、その目的は被害届を撤回させることにあった。では、矢野と明代のいかなる行動や発言をもって、威迫目的だと結論づけられるのか。

 まず、「多忙」を理由に取調室を退出してきた明代が、「多忙」の中、矢野とともに被害店に行くことになったのはどんな経緯だったのか。この点については平成14年10月3日、東京地裁八王子支部で行われた「許さない会」裁判(矢野と直子による議席譲渡事件で矢野の繰り上げ当選無効を勝ち取った「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」が提訴された事件。この裁判でも万引き被害者も「情報提供者」として提訴された)における矢野の供述がある。すでにこの当時、最初の取り調べの日に矢野と明代が被害店に現れた目的が何だったのかについて何度も問題にされていて、矢野はその尋問の意味を十分に認識していた。そのことを前提にお読みいただきたい。

「許さない会」代理人 (平成7年)6月30日に明代さんから警察での万引きの話を相談受けたんですか。

矢野 相談を受けたんじゃなくて、朝木さんが警察から帰ってきて、なにかとんでもない変な話が降ってわいたんだよという話を聞きましたけど。

「許さない会」代理人 それでどういう話になったの?

矢野 どういう話じゃなくて、こうこうこういうふうなところの人が被害届出しているというから、じゃあ夜にでも行ってみるかということで、お客様いないころを見はからって取材に行ってみようということになったんですね。

「許さない会」代理人 警察から帰ってきたのは何時ごろなの?

矢野 4時か4時半くらいじゃないですか。

 万引きの「濡れ衣」を着せられながら、取調室では訴えの内容について一言も質問しなかった明代が「取材」とは妙な話だが、明代は矢野がいなければ質問もできなかったということだろうか。いずれにしても、この供述のかぎりでは矢野は「相談を受けた」のではないという。「相談を受けた」ということになれば、明代の身に深刻な問題が発生したことを認めることになりかねないが、矢野の供述では明代も矢野も、その日の取り調べをさほど深刻なものとは受け止めていなかったようにも聞こえる。

 とすれば、明代は「多忙」だったのだから、別にその日のうちに行かなくても、「多忙」でないときに行けばよさそうなものだが、ただの「なにかとんでもない変な話」であるにもかかわらず、明代は「多忙」を押してまでわざわざ被害店に直接出向いたことになるが、これは不自然な話ではないだろうか。取調室での明代の主張は「陰謀によって冤罪の濡れ衣を着せられている」というものであり、むしろ明代にとって深刻な問題ではなかったのか。少なくとも「なにかとんでもない変な話」ですまされるようなものではあるまい。無視できない話だったからこそ、明代は「多忙」を押してまで、その日のうちに被害店に行ったのだと考える方がよほど筋が通るというものだろう。

 つまり矢野はこの尋問で、「被害店を脅しに行くような事情にはなかった」ということを強調しようとしたものと思える。本当に矢野が「相談」を受けなかったのかどうか、また今後の対応を話し合わなかったのかどうかについては、その後の矢野と明代の行動と発言から明らかになる。

 ちなみに、前記の矢野の供述中、明代が「4時か4時半」に警察から帰ってきたという部分だけは私の取材結果と一致している。


(第3回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第3回
裁判で食い違う矢野の供述

「許さない会」裁判での矢野の供述のかぎりでは、明代が最初の取り調べから事務所に帰ってきてからの二人のやりとりは、この時点ではまださほど切迫したものではないように聞こえる。これは〈いきなり万引きの被害届が出ているよといわれまして、冗談でしょうと笑って帰ってきたんですが、まあ、いたずらをする人がいるもんだというふうに、ずっとその後も思っておりましたけど〉と供述した『聖教新聞』事件(『聖教新聞』裁判では、聖教新聞社のほか、同社の報道の原因になる発言をしたとして万引き被害者の女性店主および、十分な捜査をしないまま書類送検したとして東村山署の当時の副署長、千葉英司も被告となった)における証言(平成11年11月15日=東京地裁)にまだ近い。

 しかし、別の裁判での矢野の供述は「なにかとんでもない変な話」「冗談でしょうと笑って帰ってきた」というようなのんびりしたものとはほど遠い、まさに「濡れ衣を着せられた」ことに対していち早く対応しようとした様子がうかがえるものである。矢野と朝木の政治宣伝ビラである『東村山市民新聞』の記事で万引き被害者から提訴された裁判(平成12年2月23日=東京地裁八王子支部)における矢野の供述は以下のようなものだった。

矢野代理人 市民新聞(=『東村山市民新聞』)に朝木明代議員の万引き事件のことについていろいろ触れられているんですが、あなたはこの記事をどういう公共性があると判断して市民に配布したんでしょうか。

矢野 まず95年6月30日に別の目的で警察に呼ばれたと理解して朝木議員が警察に出向いたんですが、帰ってきましたらば、自分が万引きしたというようなことをいわれている、内容は駅のそばの三角のビルの洋品店で1900円のTシャツを万引きをしたというようなことをいわれたということで、かなり怒っておりました。そういう報告を事務所で私がうかがいましたので、これはまず1つは市議会議員という公人の犯した犯罪事実であるとすれば辞職にもつながるような非常に重大な政治的社会的事件になるし、逆に警察に根拠もなく被害申告されたということであれば、政治生命を奪いかねないような重大な人権侵害事件になるので、いずれにしても社会的政治的な意味が大きいので、これはただちに取材をしなきゃいけないというふうに考えたこと。もう1つは、朝木議員というのは、地域新聞である東村山市民新聞の代表もやっておりましたから、公人としての朝木議員の問題とは別に、市民新聞自身の社会的な信用にもかかわりますので、そういった意味で真相を取材をして追及すべきであるというふうに二人で判断しまして、編集メンバーの何人かに即刻連絡を取って、その後即日その問題の万引きがあったと称する洋品店に行ってみようではないかと判断したわけです。

 明代が取り調べから帰ってきたときの様子について、『聖教新聞』裁判での矢野の供述では「冗談でしょうと笑って帰ってきた」というのだが、この『市民新聞』事件では「かなり怒っていた」と、明代の様子がまったく逆になっているのはなぜなのか。『聖教新聞』裁判における〈いたずらをする人がいるもんだというふうに、ずっとその後も思っておりました〉とする供述とも明らかに矛盾しよう。裁判こそ違え、どちらの供述も敵ではなく味方の代理人から聞かれる主尋問である。単純な事実を説明するのに、これほど正反対になるとはどういうことなのか。矢野にはなにか真実を覆い隠そうとする意思が働いていたということではないのか。

 取り調べの日に被害店に行った事情についても同じことがいえる。「許さない会」裁判では「降ってわいたような変な話」「夜にでも行ってみるかということで、お客様いないころを見はからって取材に行ってみようということになった」などと比較的のんびりした感じだが、「市民新聞」事件における矢野の供述では、「ただちに取材をしなきゃいけないというふうに考えた」「真相を取材をして追及すべきであるというふうに二人で判断(した)」「編集メンバーの何人かに即刻連絡を取った」「即日その問題の万引きがあったと称する洋品店に行ってみようではないかと判断した」と切迫感があり、その日の二人の反応に関する矢野の供述にはニュアンスにかなりの開きがある。

「許さない会」裁判では矢野と明代が被害店に行った理由が直接的な争点となっていた。一方、「ビラ」裁判では矢野は被告の立場にあり、ビラの記載内容の正当性を主張しなければならなかったという、裁判上の事情の違いはある。「ビラ」裁判と異なり、「許さない会」裁判では、矢野は被害店への来訪目的が脅しにあったことを否定する必要があった。しかしそれにしても、来訪目的を説明するだけならビラ裁判における供述内容でもなんら矛盾はないように思える。矢野供述の不可解な食い違いをどう理解すればいいのだろうか。


(第4回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第4回
矢野供述の共通点

 もう1つ、明代が第1回目の取り調べから帰ってきた際の様子に関する「月刊タイムス」裁判(平成15年5月9日=東京地裁)での矢野の供述をみよう。

月刊タイムス代理人 6月30日に最初に明代さんが警察に呼ばれましたね。

矢野 そうですね。

代理人 そのときに、取り調べに行くと、呼ばれているという話はあなたは聞いていましたか。

矢野 ええ。別件で高松っていう人物の件で、たしか刑事告訴してましたから、その件の補充のお話だろうと伺ったんですけどね。

代理人 ところが、実際は明代さんに対して万引きの容疑で被害届が出てるということで、明代さんは用事があるっていって、1時間もたたないで、すぐ出てきましたね。

矢野 いや、用事があるというか、1時間ぐらいはいたんじゃないですか。すぐじゃなかったと思いますけど。1時間までいかなかったかな。それなりの時間だったと思いますよ。

代理人 その話を聞いて、あなたはどうしましたか。

矢野 いや、30日のお話だとすれば、万引きがあったという日のその時間に何をしてたか思い出すのが普通の人のやり方だと思うんですね。朝木さんもひどい話だといいながら、一生懸命考えてましたね。

「タイムス」裁判でも矢野と明代の被害店への来訪目的自体が直接的な争点とはなっていなかった。「タイムス」裁判ではアリバイ工作が争点の1つとなっていたため、矢野の供述ではすぐにアリバイの話に移ったものとみられる。ただ、明代が「ひどい話だといいながら、一生懸命考えていた」という話と「許さない会」裁判での「降ってわいた変な話」、『聖教新聞』裁判における「冗談でしょう」とではかなりの開きがあろう。明代と矢野がただの「降ってわいた変な話」「冗談」と受け止めていたのなら、「一生懸命考える」必要は何もあるまい。なぜなら、明代は「多忙」だったはずなのだから。

 明代や矢野のいうように身に覚えのない万引き容疑をかけられて、すぐに「万引きがあったという日のその時間に何をしてたか思い出す」というのも普通ではない。身に覚えがないのなら、アリバイではなく、万引き事件の当日、どこに行ったか、あるいは万引きを疑われるような場所に行かなかったかどうか、ダイアリーをめくりながらまず思い返そうとするだろうし(市会議員なら予定を書き込んだ手帳ぐらいは持っているだろう)、それでも思い当たることがなければ、相手に直接会って、万引き犯が本当に自分に間違いないか、見間違いではないかと確認しようとするだろう。身に覚えのない者に、「万引きがあったという日のその時間に」何をしていたか、すなわちアリバイなど思い出す必要はないし、そもそもそのような発想が最初に浮かぶ方がどうかしていよう。

 いずれにしても、明代が取り調べから帰ってきた直後というごく限られた時間帯の状況を聞かれただけで矢野の供述がこれほど二転三転するのは、それぞれが異なる裁判だからということだけが理由ではあるまい。普通、1つの事実が確実に存在したのなら、またそれを説明しようとしたのであれば、同じ人間の供述がここまで180度異なるものだろうか。それがなぜなのか、矢野の内心を忖度するのは常人には至難の業というほかないが、それ以上に、常人にとって、1つの事実をこれほど多彩かつ能弁に説明することは困難というべきだろう。

 しかし、1つだけ、矢野の供述には共通している点があった。間違いなくいずれの供述も、「明代の万引きを否定する」という目的のもとになされているということである。


(第5回へつづく)
 


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万引き被害者威迫事件 第5回
矢野と明代はなぜ被害店を特定できたのか

 明代と矢野が、最初の取り調べからわずか1時間後には被害店に現れたことに関しては2つの疑問があった。1つは、なぜ明代が取り調べからわずか1時間で被害店を特定できたのかという点。通常の捜査では、証拠隠滅やお礼参りを防ぐ観点から、加害側に対してはだいたいの事件の状況は伝えても、被害者の名前や住所が特定されるようなことは伝えないのが常識である。

 2点目は、「身に覚えがない」と主張している明代が、いったい何の目的で被害店に、それも取り調べを終えた直後にわざわざ出向いたのかという点である。「身に覚えがない」のなら、放置しておいてもよかろう。少なくとも、この時点ではまだ警察は事件を公表もしていないのだし、推移を見てからでも遅くない。

 この2点についても矢野の尋問記録が複数ある。その中からまず「なぜ被害店を特定できたのか」に関して、『聖教新聞』裁判における矢野の供述(平成11年11月15日午前10時30分)をみよう。

警視庁代理人 それでは、6月30日の取り調べのことでちょっとお聞きしますけど、警察で事情を聞かれた明代さんが、事務所に戻って、あなたにこういうことで万引きの疑いがかけられたと、こういうようなことを言いましたね。 

矢野 ええ、聞きました。

代理人 そのときに、具体的な店名、どこが被害場所なのかということを聞きましたか。

矢野 店の名前は聞かないけれども、例のイトーヨーカドーの手前の三角ビルの中の洋品店だと聞きました。そのように、私は聞かされました。

代理人 名前は?

矢野 名前は聞かなくてもわかるということで、あそこだっていうふうに言われました。

代理人 なんでわかるんですか?

矢野 1軒しか、洋品店はありませんから。

代理人 あなたは、もともと知っていたわけですか?

矢野 知ってるというか、三角ビルは知っておりますし、そこに洋品店が1軒、小さいのがあったなっていうのは覚えておりますが。

代理人 あなたは6月30日にそういう話を聞いて、すぐその被害店に行ってますよね。

矢野 すぐではありませんよ。

代理人 その日に行ってるわけでしょう?

矢野 その日の、そうですね、7時半ごろ行きました。夜のです。

代理人 その日に行ったわけですね。

矢野 その日というか、そうですね。

代理人 それはもう、そこだという頭があったわけですか?

矢野 いや、取調官(調書では実名)から事実上教えていただいてますからね。

代理人 いや、だって、名前まで知らないわけだから。

矢野 名前は知らなくても実際に場所はわかっておると。

 読者にはすでにお察しのとおり、このやりとりの論点は、最初の取り調べのすぐあとに矢野と明代が被害店に行ったのは不自然である、すなわちこれは矢野と明代がすでに被害店の場所を知っていたこと、これこそ明代が万引き犯であることを証明するものではないのか、ということである。当然、矢野もそのことに気づいているから、「すぐにではない」、行ったのは「7時半」であるといい、すぐに「夜のです」とつけ加えて「すぐに行ったわけではない」ことを強調しようとしていることがうかがえる(朝の7時半に行く者はいない)。「すぐに」行ったということになれば、明代が真犯人であること(真犯人だから現場を知っていた)を自白するようなものだと、矢野は認識していたということである。この点について矢野自身、「許さない会」裁判の準備書面で次のように述べている。

〈「万引き事件」があったとされる翌日に訴外故朝木明代と原告矢野が誰の指摘を受けることもなく被告の洋品店を訪れて被告(万引き被害者)を脅かした事実が存するとすれば、「万引き事件」への関与があると一般に疑われるという経験則から明らかなとおり、その存否が「万引き事件」の真相究明(特に犯人性)において極めて重要な要素となる事実である。しかるに、右事実は存在せず、全くの虚偽内容である。〉(矢野が『許さない会』裁判で提出した平成11年5月26日付準備書面の一部。この裁判でも、「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」のメンバーとともに万引き被害者が提訴されていた)。
(※この準備書面の中で「『万引き事件』があったとされる翌日(平成7年6月20日)」とは「許さない会」側に日付の事実誤認があり、矢野はその単純な誤りを強調することで全体を否定しようとしたようだ。)
 
 明代の万引き事件の場合には、被害店について「市内の」とか「駅の近くの洋品店」程度はいったとしても、ベテラン刑事が矢野のいうように「イトーヨーカドーの手前の三角ビルの中の洋品店」などという、店が特定できるような言い方をしたとは考えられなかった。矢野は「店の名前は(刑事から)聞いていない」と認めている。すると、被害者の立場に配慮して店名を明らかにしなかった刑事が、にもかかわらず店の場所を特定できるような言い方をしたというのは不自然というほかなかった。


(第6回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第6回
みごとに馬脚を現した矢野

 矢野は被害店が特定できた理由について『聖教新聞』裁判では「イトーヨーカドーの手前の三角ビルの中の洋品店」だと聞いたからだと供述している。しかし、この説明では「イトーヨーカドーの手前」がどこを起点にしたものかわからないし、むしろ東村山署から見れば、現場は「イトーヨーカドーの向こう側」になる。矢野が「イトーヨーカドーの手前」と聞いただけで(本当に聞いたとすれば)「駅側」だと認識する根拠はない。

 また東村山には「三角ビル」などという通称名を持つビルも存在しない。確かに被害店が入居している建物は土地の形状に合わせて南側が三角形の頂点のようになっているが、北側は長方形で、道路に面して右から被害店、不動産業者、ラーメン店が並んだ全体としては細長い2階建ての建物であり、どう見ても一見して誰もが「三角ビル」と認識するような建物でもない。したがって、取調官が「洋品店」の入居している建物を特定したとしても、それを「三角ビル」と呼んだとは考えにくかった。

 つまり矢野は、被害店をすぐに特定できた理由として「イトーヨーカドーの手前の三角ビルの中の洋品店」と聞いたからだと供述したのだが、これはたんに矢野にとって「こう説明されれば特定できる」と考えた説明にすぎないのではないか。その反省に立ったのかどうか、その3カ月後に行われた『東村山市民新聞』裁判の尋問では、自分の弁護士に対して「駅のそばの三角ビルの洋品店」「線路のそばの三角ビルの一番端にある小さい洋品店」と聞いたと供述し、平成14年7月の「許さない会」裁判の尋問では「線路脇のヨーカドーの手前の三角のビルの洋品店」と、被害店の位置関係をさらに絞り込んでいる(いずれの裁判でも、「イトーヨーカドーの手前」とは「駅を起点」が前提になっている)。すぐに特定できたことに合理的な根拠があることを強調するためである。

 しかし、東村山駅から線路沿いにイトーヨーカドーへ向かうと、つまり「イトーヨーカドーの手前」には駅のすぐ脇に1軒の別の洋品店がある。平成14年11月に行われた「許さない会」の尋問ではまずこの点が訊かれた。

「許さない会」代理人 駅からヨーカドーに行く間に(被害店以外に)洋品店が1つありませんでしたか。

矢野 それはロータリーに面してるところでしょう。

代理人 駅に近い方ですね。……そこにあなたは取材に行きませんでしたか。
 
 矢野のいう「三角ビル」は一見してそう認識できるような建物ではなく、「駅からみてイトーヨーカドーの手前」ということなら、「身に覚えのない」彼らは当然、この店にも行っていなければおかしな話になる。もちろんその洋品店には一瞥もしていない矢野はこう答えた。

矢野 私の証言は、……警察で朝木さんが聞いてきた話、この店らしいということを聞いてきた話というのは、線路に沿って、ずっとイトーヨーカドーに近づいたところにある店らしいということを聞いてるわけですよ。質問の前提が違うでしょう。だから、それはあまり意味がないと思いますよ。行く必要がなかったと思いますね。

代理人 今、イトーヨーカドーの近くというふうにおっしゃった。

矢野 線路に沿ってイトーヨーカドーに向かって行くと三角のビルがあって、その中にあるようだよという話を聞いてるということですよ。ほかのところを探す必要もないぐらい、該当するようなものがほかにないじゃないですか。

 矢野は駅の近くに洋品店があることを認め、そこには行かなかったのかと訊かれて混乱したようだ。矢野はその洋品店に行かなかったことを正当化するために、被害店の場所について聞いたとする内容をさらに詳しくしてしまった。弁護士はなにも矢野に前言の説明を求めたわけではない。弁護士が「今、イトーヨーカドーの近くというふうにおっしゃった」と間髪を入れずに詰め寄った意味は別のところにあった。


(第7回へつづく)


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万引き被害者威迫事件 第7回
矢野の供述が一貫しない理由

 駅の近くの洋品店に行かなかったことについて「許さない会」の代理人から追及され、反論したつもりだった矢野の供述の中で、代理人が着目し、そのとき矢野がまったく気づいていなかった重要な点とは何だったのか。続く代理人の追及をみよう。

「許さない会」代理人 じゃ、こう聞きます。あなたが聞いたという中には、「イトーヨーカドーの近くに」という言葉はなかったですね。「イトーヨーカドーの近く」の店だと聞きましたか。

矢野 だから、線路に沿って、イトーヨーカドーの近くに三角のビルがあるから、その中に入っている洋品店らしいということを聞いたということです。

代理人 さっきは、イトーヨーカドーの方に向かった道の左側と言ってる。今は、「近くに」と言ってる。どっち。

矢野 向かって行って、近いところに三角ビルがあるという意味でしょう。趣旨をつかまえて言っていただかないと。

代理人 趣旨なんかつかまえない。あなたは何を聞いたのかを聞いてんの。

矢野 線路に沿って行って、イトーヨーカドーに近づいたときに、その三角のビルがあるらしいよという、そして、その中に入ってる洋品店らしいということを聞いてるということですよ。

 最後にこう供述した矢野は、これで逃げきったつもりだったのかもしれない。しかし、最初は「イトーヨーカドーの手前の三角ビルの中の洋品店」、次いで「駅のそばの三角ビルの洋品店」「線路のそばの三角ビルの一番端にある小さい洋品店」、さらに「線路脇のヨーカドーの手前の三角のビルの洋品店」としだいに詳しくなり、「イトーヨーカドーの手前」には幅がある(実際に洋品店もある)ことを指摘されると、ついには「線路に沿って、ずっとイトーヨーカドーに近づいたところにある店」へと矢野の供述は変わっていった。変遷に変遷を重ねた矢野の供述をどう見ればいいのだろう。「許さない会」代理人が着目したのは、矢野の説明の中身よりも矢野供述の変遷そのものだった。

 平成11年11月15日、『聖教新聞』裁判で矢野は「取調官から事実上教えていただいた」と供述しているが、これは被害店の具体的な名前、場所は聞いていないということを矢野が認めていることを意味する。では、具体的には教えなかった取調官が明代にこれほどいろいろな説明をしたというのか。誰が考えても、まさかそんなことはあり得まい。
 
 一般に証人尋問で重視されるのは、「何を見たのか」「何を聞いたのか」という事実そのものの一貫性とその合理性である。通常それによって、その証言が信用するに足りるものであるかどうか、すなわちその信憑性が判断できる。矢野の場合はどうか。明代が取調官から聞いたと称する「被害店の場所の説明」という事実は1つしかない(取調官が何度も別の表現で説明したという供述はない)。にもかかわらず、尋問の流れによって次々に「説明」の内容を変えていった矢野の供述をどう評価すべきか。

 矢野は「取調官から事実上教えていただいた」と供述しているが、矢野は取り調べ当日に被害店に行った事実の不自然さ、すなわち明代が万引き犯であるからこそ取り調べ直後に被害店に行けたのだという事実を隠蔽するために、取調官が被害店を特定できるような説明をしたという虚偽の供述をしたということ、つまり明代が取調官から被害店を教えられた事実は存在しないとみるのが常識的かつ合理的な判断というべきだろう。

 この点について明代の万引き事件で捜査を指揮した当時の東村山警察署、千葉英司元副署長はこう語っている。

「通常、警察が加害側に被害者の住所、氏名を特定できるような情報を漏らすことはありませんが、今回の場合は特に、万引き現場での被害者との会話状況(明代は現場を押さえられたにもかかわらず『いいがかりをつけないでよ』などと、謝るどころか逆に被害者を非難するなどした)、取り調べの際の態度などを総合すると、お礼参りの可能性がある事案であり、被害店を特定できるような話はしていません」

『聖教新聞』裁判の尋問は、教えていない事実を取調官にあらためて確認し、それを前提に行われたものだったのである。

「許さない会」裁判で矢野は、「ほかのところを探す必要がなかった」ことの合理性を主張しようとするあまり、「イトーヨーカドーの近く」という新たな場所の説明を加えた。致命的なミスだった。そのことによって、「取調官から事実上教えていただいた」という事実の信憑性は決定的に崩れた。矢野の混乱と狼狽ぶりは「教えていない」という千葉元副署長の証言を裏付けるものである。

 初めての取り調べからわずか1時間で、誰からも教えられていない被害店を矢野と明代はいったいどうやって探し当てることができたのか。明代が万引き犯だから、という以外の答を導くことが困難であるのは明らかというほかなかった。

(第1部 了)

(第8回へつづく)


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万引き被害者威迫事件 第8回
被害店を訪ねた目的

 明代が取り調べから事務所に帰ってからわずか1時間で被害店を割り出せた理由(明代が取調官から聞いたとする内容)について矢野は様々な供述をしたが、一転して、その目的についての供述内容はどの裁判でも終始一貫していた。彼らが被害店に行った目的とは「取材」であるという(もちろん、「万引き事件とは無関係」と主張する矢野と明代が「取材」以外の目的で被害店に行ったとすれば、それがいかなる目的であれ、不自然である)。では、この点に関する法廷における矢野の最初の供述(平成11年11月15日=『聖教新聞』裁判)をみよう。 

警視庁代理人 あなたが出した録音テープによりますと、なにか、取材に来たというようなことを言っているんですけども、違いますか。

矢野 取材に行きましたですよ。

代理人 取材に。

矢野 私が編集長でしたから。東村山市民新聞の当時は編集長。

代理人 なんで、その取材に行ったんですか。

矢野 これは大事件でしょ。真実であれ虚偽であれ、どっちにしてもこれ放置できないから、取材して記事化しようという前提です。

代理人 だって、あなた方は、最初の時点では軽く考えてたわけでしょう。そんなアリバイもあるんだし、そんなことは疑いをかけられたってなんでもないというようなふうに思っていたんじゃないですか。

矢野 最初にお話ししたのは、これはいたずらだろうと、嫌がらせだろうというふうに、自分たちの立場ではそう思いましたけどね。一般市民の立場にしてみれば、これは放置できない問題だろうというふうに、一方で認識したからです。

代理人 そうかもしれませんけれども、調べを受けたその日に、その被害店に行くというのは、これはちょっと性急すぎやしませんか。

矢野 性急すぎるって、どういうお考えで被害届を出したのかなというお伺いするのは別に性急でも何でもなくて、脅かしてるでも何でもないんですから、テープをご覧になれば、反訳を見ればわかるとおりです。

「一般市民の立場にしてみれば、これは放置できない問題だろうと」認識したと矢野はいう。趣旨は必ずしも明確ではないが、一般市民から見れば、トップ当選の市会議員が万引きを疑われているというが、それは事実なのかという疑問を持つだろう、だからその疑問に応えるためにも真相を究明しなければならない、という趣旨だろうか。とすれば、明代の万引きが疑われている事実が公になってからでも遅くはないような気もするが、どうだろうか。まして、明代は「身に覚えがない」はずなのだから。いずれにしても矢野と明代は(彼らの対外的宣伝意識からすれば)「東村山市民新聞」というメディアの編集長と発行人として、東村山で発生した重大な冤罪事件の真相を明らかにすべく「取材」に行ったと主張したいことだけは確かなようで、その限りではそれなりに合理的な説明のようにも聞こえる。

 それが事実なら、収入にはまず100%結びつかない取材にすぐに飛んで行くとはさすがに「庶民派」、見上げた無償の奉仕精神というべきだが、続く警視庁代理人の「調べを受けたその日に、その被害店に行くというのは、これはちょっと性急すぎやしませんか」という質問に対して、矢野が「別に性急でも何でもなくて、脅かしてるでも何でもないんですから」と答えたのはどういうことだろうか。

 代理人は「性急すぎやしませんか」と聞いただけである。「脅しに行ったのではないですか」と聞かれてこう答えたのならまだ理解できるが、代理人の質問の中には「脅し」という文言は一言もない。普通、万引きも脅しの事実も身に覚えがないのなら、ここまで過敏に反応することもあるまい。「市議会議員が冤罪で訴えられるというのは大事件だから、性急ということはない」と答えればすむ話である。

 矢野はおそらく、それまでの裁判の経過などから、代理人が矢野の供述から何を引き出そうとしているかを察知していた。だから「脅かしてるでも何でもないんですから」と先回りすることで、「意図は先刻わかっている」といいたかったのだろう。矢野という人物は、とりわけ対立する相手に対しては、いかなるささいな局面であろうと、常に優越していなければ気がすまないというきわめて珍しい性格の持ち主である(だから、誰かと議論していて不利になったと感じると次々に論点をずらし、最後には何が問題だったのか議論がうやむやになってしまうということがしばしば起こる)。矢野は代理人に先回りして脅しを否定しようとしただけでなく、尋問の意図は見抜いていると暗に伝えることで、尋問における精神的優位性を保とうとしたような気がする。

 本来、矢野と明代の長女、朝木直子が『聖教新聞』と創価学会を提訴した目的は、「明代が着せられた万引き犯の汚名を晴らすため」だったはずである。とすれば、「アリバイ工作」にも「被害店に対する威迫」にも無関係であるはずの矢野は、警視庁代理人の尋問に真摯に答え、それによって正面から堂々と明代の「無実」を訴えればよかろう。ところが、供述の内容以前に、矢野の供述姿勢が最初から尋問を揶揄するような調子に聞こえたのは不思議なことだった。


(第9回へつづく)


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万引き被害者威迫事件 第9回
「脅し」発言の存在を否定した矢野

 平成7年7月12日、明代を書類送検した時点で東村山署は、6月30日に矢野と明代が被害店に3回現れ、3回目に矢野だけが一人で入ってきて、パート店員に対して「オーナーに、無実の人を訴えると罪になると伝えてください」と言い残していった事実を、パート店員の証言から把握していた。すでに矢野が共謀した明代のアリバイ工作も崩れており、明代の犯人性は明らかだった。

 その明代と矢野が被害店に対して「無実の人を訴えると罪になる」と言い残すとはどういうことか。矢野の言葉はたんなる忠告や警告にとどまらず、仮に店主が矢野の言葉に怯えて被害届を取り下げれば、明代の万引き事件はなかったことになってしまうという現実的効果をもたらすものでもあった。平たくいえば、矢野の発言は被害届を取り下げろという脅しであり、パート店員から伝え聞いた店主もまた、矢野の伝言を脅しと受け取った。

 捜査を指揮していた副署長の千葉英司はアリバイ工作とともに被害者に対する威迫の事実を重視、すでに万引きという軽微な事件ではなくなっていると判断して、明代を区検ではなく東京地検八王子支部に書類送検したという経緯があった。その経緯を十分に理解した上でなおも明代の万引きを否定している矢野が、被害店への来訪目的が「取材」だったと主張したのは当然だった。

 万引き被害者を原告とする『東村山市民新聞』裁判(平成12年2月23日=東京地裁八王子支部)及び「許さない会」裁判(平成14年10月3日=東京地裁八王子支部)での尋問では、矢野の代理人は被害店に対する来訪目的が脅しではなかったのかどうかについて単刀直入に聞いている。味方の弁護士による尋問で、打ち合わせの上で行われたものではあるが、そのやりとりはスムーズである。『東村山市民新聞』裁判からみよう。

矢野代理人 そのときの訪問で店長を出せとか脅したとかいうことが言われているんですが、そんなことはあるんですか。

矢野 全然そんな話はしておりません。まず経営者の方がわかりませんから、お名前はどういう方ですかというふうなことを聞いただけですから。

代理人 この反訳はあなたがご自分でなさったのですか。

矢野 そうです。

代理人 テープの反訳ですか。

矢野 テープです。大事な事件ですので、このときはテープを所持しておりまして録音しておりました。

代理人 この当日の店員とあなたたちの会話のやりとりを録音して全部反訳したものですか。

矢野 そのとおりです。

 ここでは矢野は、店主を脅すような発言はしていないこと、その事実はテープの反訳からも明らかであると主張していることがわかる。


(第10回へつづく)


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万引き被害者威迫事件 第10回
矢野の独壇場となった法廷

『東村山市民新聞』裁判では弁護士が尋問によって矢野をリードしたかたちだが、平成14年10月3日に行われた「許さない会」裁判における尋問では矢野自身による説明に時間が割かれた。普通では真似のできない矢野の能弁ぶりを知ることができるというだけでもきわめて貴重な記録である。

矢野代理人 この書面は「○○洋品店・女性店員との会話録音(反訳)」です。○○洋品店というのは○○さん御夫婦の経営されるお店ということでしたね。

矢野 そのとおりです。

代理人 これは1995年6月30日にあなたと朝木明代議員が被告である○○さんの店に行って、そこの店員さんとの間の会話を録音したと、その録音を反訳した文書ということですね。

矢野 そういうことです。

代理人 この訪問の理由とか録音した理由、そういったことを簡単にご説明していただけませんか。

矢野 万引きということ自体が、ふっとわいた話というか、まったくあずかり知れないところから出てきた話ですので、一度、これは市民新聞の代表と編集長という関係ですので、その代表者が万引きをした、しかも市会議員であるということになりますと、いろんな意味で社会的信用にかかわりますので、やはり市民新聞として総力を挙げて取材調査をして真相を究明しなければいかん、それを市民の皆さんに説明する責任があるだろうということで、ちょうどこの日は、朝木さんが警察に別件で呼ばれたんだろうと行ったらこんな話が出てきたものですから、じゃあ、そのお店へ行ってどういうふうなお考えなのか、実際朝木はこの人なんだけれども、あなたは見覚えがあるんですかという話も含めて、ちょっと取材をしてみようということでまいりました。
 このときは、7時前に行って店主の方はいらっしゃらないということなので、また1時間後くらいに行きまして、8時くらいには店を閉めるのでそのころには店主が帰ってくるというふうなお話しだったものですから、また行ったんですが、どうもやっぱりお会いしていただけなかったですね。会うのがいやだというような印象がありました。内容は反訳にあるとおり、店員の方と、別に脅迫でも脅しでもなんでもなくて、どういう事情なんですかというふうにお聞きして、それで帰ってきたと。ただ要領を得ないで、この人は知らないといっていましたから、その程度のことなのかなあというふうに思いましたし、万引きはしょっちゅうあるというので、またこれもびっくりしましたけれども。

代理人 この中で、たとえばあなた方、朝木さんと矢野さんが店員さんを脅かしたということはないわけですね。

矢野 そうですね。テープを取っておりますし、反訳のとおりですから、脅かすったって意味がないですよね。こちらの事実経過をお聞きして、実際どういった経過になっているのか、それを知りたかったということですから。

 あたかも矢野の独壇場とでもいうべき法廷風景だが、ここで矢野は「取材の目的」について重要な供述をしている。「朝木はこの人なんだけれども、あなたは見覚えがあるんですかという話も含めて」「取材」に行ったというのである。

 ちなみに一連の朝木関連裁判の中でこの尋問が行われた平成14年10月3日という時期を見ると、この日の矢野の供述は、矢野と朝木直子が明代の「万引き冤罪」と「他殺」を主張して提訴し、最も「立証活動」に力を入れた『聖教新聞』裁判で全面敗訴(一審判決=平成12年6月26日、控訴審判決=平成13年9月11日)、創価学会を原告とする『東村山市民新聞』裁判でも矢野が「めまい」を理由に2度も証人尋問から逃げたあげくに敗訴し(平成13年12月26日)、さらに彼らを取材源として創価学会疑惑記事を掲載した『週刊新潮』裁判で矢野と直子が証人出廷を拒否するなどして新潮社が敗訴(平成13年2月23日)したあと、という関係にある。

 つまり矢野は、それまでにすでに3度の敗訴を重ね、証言から逃げさえしたにもかかわらず、「許さない会」裁判ではここまでの証言ができたということである。その意味でも、矢野のこの日の能弁ぶりがとうてい余人の及ぶものではないことがよくわかろう。


(第11回へつづく)


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