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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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太田述正事件 第1回
太田述正事件                                 宇留嶋瑞郎


矢野もメディアもことごとく敗訴

 東村山市議会議員だった故朝木明代の万引きとそれを苦にした自殺をめぐり、万引き事件で明代とともにアリバイ工作を企て、また万引き被害者に対する執拗なお礼参りを共謀した矢野穂積(現東村山市議=「草の根市民クラブ」)と明代の長女、朝木直子(同)が捏造した「創価学会疑惑」に踊らされた者は少なくない。明代が自殺を遂げた平成7年9月1日以降、矢野と直子が捏造した「創価学会疑惑」とは、明代が万引き容疑で書類送検され、ビルから転落死を遂げた背景には創価学会の暗躍があるとするものである。

 矢野と直子は彼らが発行する政治宣伝ビラ、『東村山市民新聞』における「疑惑」記事について創価学会が提訴していた裁判で、平成13年12月26日、東京高裁は彼らに200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じ、以後、矢野と直子は直接的に事件と創価学会のつながりを匂わせるような発言をピタッとひかえるようになった。しかし、平成7年当時の彼らのデマに乗せられ「創価学会疑惑」の喧伝に一役買ったメディアの中で、『週刊現代』は平成13年5月15日、朝木直子、大統(故人)父娘とともに200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じられ、『週刊新潮』も200万円の支払いを命じる判決を言い渡されている(いずれも原告は創価学会)。

 しかも、『週刊現代』も『週刊新潮』も裁判で取材源である矢野と直子の協力を得られなかったというおまけまでついた。とりわけ『週刊現代』は直子が相被告だったにもかかわらず、裁判開始から1年後、直子が「『週刊現代』の取材など受けていない」、記事は『週刊現代』が勝手に作文したものなどと主張しはじめ、原告である創価学会そっちのけで被告同士がいがみ合うという醜態を演じたのだった(この興味深い経過の詳細については改めて報告する機会があろう)。

 いやしくもジャーナリズムを名乗る以上、取材源が主張したからといって裏付け取材もせず、その言い分をそのまま記事にしてしまった『週刊現代』の責任は免れない。ところが『週刊現代』は裁判でも直子と大統のコメントに頼りすぎたように見える。『週刊現代』裁判で展開されたのは、母親であり妻である朝木明代の万引きを否定するために、なんらの裏付けもなく「創価学会に殺された」などとコメントした朝木直子、大統父娘と、独自取材も客観的判断もなく、朝木父娘のコメントに踊らされたメディアによる責任のなすり合いの光景にほかならなかった。つまり、どっちもどっちだったというのが公平な判断なのではないかと思う。

 矢野と直子のデマ宣伝は尋常なものではない。しかし、その主張をそのまま記事にしたメディアの姿勢とその報道も異常というほかないものだったという意味では、矢野と直子から証人出廷を断られ、控訴を断念した『週刊新潮』の場合も似たりよったりだろう。


(第2回へつづく)


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太田述正事件 第2回
法秩序に対する挑戦

『週刊現代』と『週刊新潮』がそれぞれ200万円の支払い(『週刊現代』には謝罪広告の掲載も命じられた)を命じられたころにはすでにメディアから「創価学会疑惑」報道はほとんど姿を消した。しかし、裁判でことごとくその主張が排斥されていたにもかかわらず、矢野と直子が「万引き冤罪」と「他殺説」の主張をあきらめたわけではなかった。明代の「万引きとそれを苦にした自殺」を認めることは、矢野のアリバイ工作への加担と被害者に対する威迫行為などの隠蔽工作、さらには彼らがそれまでの8年間の間繰り返してきたデマ宣伝の事実を認めることでもある。だから、彼らは裁判で主張した内容を出版というかたちで訴えようとした。これなら、出版社を説得できさえすれば、誰にも論難される心配もなく、彼らの主張を一方的に展開できるのである。

 裁判で否定された事実を主張するには相当の根拠がなければならない。矢野と直子はそのために「新証拠」なるものを主張したが、それも実はすでに裁判で「証拠」と主張したものの、裁判官からは相手にもされなかった代物にすぎなかった。つまり、彼らは「新証拠」をでっち上げ、第三者の判断の及ばない場所で法廷や捜査機関の結論を覆そうと企てたということである。

 また、すでに「東村山市民新聞」裁判で敗訴している矢野と直子は『東村山の闇』では直接的な表現を慎重に避けていた。「言論の自由」とのバランスにおいて「これなら名誉毀損とは認定できないだろう」という意図とみえた。つまり「新証拠」なるものを捏造して公的判断を覆そうとしたこと、法廷での名誉毀損認定の実情を見越した上で直接的な表現を避け、その上で創価学会へ疑いの目が向けられるよう計算したことがうかがえる。平成15年11月10日に発行した『東村山の闇』(第三書館)は、自らの非を決して認めない矢野穂積の特異性を現したものであるという以上に、その出版自体が法秩序に対する挑戦でもあった。

 ただ、名誉毀損とならないように直接的な表現を避けてはいるものの、矢野と直子の狙いが、この出版によって裁判で否定された「創価学会疑惑」を蒸し返すことにあったことは疑う余地がない。矢野と直子にとって「真相究明活動」とは、明代の万引きの事実と矢野の隠蔽工作への関与という事実から目をそらさせるための大義名分にすぎない。そもそも彼らにとって、「創価学会疑惑」を蒸し返せなければ出版には何の意味もないのである。

 冒頭部分には、出版にあたっての彼らの意図と狙いをうかがわせる文章が断続的に繰り返されている。以下に掲げる箇所は、読者が断片と断片を重ね合わせ、理解を積み重ねることによって事件と創価学会の関連をうかがわせるよう意図したものとしか思えなかった。

A〈「非合法テロ」によって(朝木明代議員を=筆者)殺した側は、この議員が取り組んでいた問題や打ち鳴らした警鐘が、自分の存在自体を脅かしかねないと考えたからにちがいない。〉

B〈朝木明代議員が「万引き」や「自殺」をするような人物でないことは、多くの市民が知っているのだが、自称三〇〇〇世帯そして市議会議員を六人当選させている創価学会は信者ぐるみで、「万引き苦にして自殺した」と宣伝するとなると、少々話は違ってくる。
 しかも、こういう事件の捜査を担当する警察を指揮する立場にある地検、つまり東京地方検察庁八王子市部の当時の支部長や当時の担当検事までが創価学会の幹部だったとすると、簡単明瞭な真実すら、これを証明するためには大変な努力と時間がかかることになる。〉

C〈殺された朝木明代議員は、議員活動の一部として、東村山市内外の創価学会の脱会者の支援や人権侵害の被害救済活動をし、創価学会信者らと緊張関係にあった。他の議員は後難を恐れて、この分野の問題には手をつけなかった。〉

D〈(事件のキーパーソンとして=筆者)登場する人物の第一番目は、事件の捜査を担当する警察の捜査を指揮する検察庁支部の面々だ。……いずれも創価学会の幹部信者である。……信田昌男検事は、朝木明代議員が「万引きの犯行をした」ときめつけた担当検事である。〉

E〈第二番目は、これらの地検支部検事らによって指揮された東村山警察署の千葉英司副署長。このひとも重要な登場人物だ。……(千葉副署長は=筆者)捜査結果判明した事実をどんどん書き変え、「自殺説」を広報した。〉
 
 ――上記のAとCから推認されるのは、〈「非合法テロ」によって殺した側〉とは〈創価学会〉のことであり、Bの前半部分、〈創価学会は信者ぐるみで、「万引き苦にして自殺した」と宣伝〉していた理由についても、読者は「犯行を隠蔽するため」だったと理解するのではないか。さらにBの後半部分とDおよびEによって、東京地検八王子支部とその指揮下にあった東村山署千葉英司副署長が、真実の追及よりも創価学会の組織防衛を優先した結果、「他殺」の事実を隠蔽して「自殺」として処理したと理解する可能性は高い。

 とりわけ、事件発生直後から矢野と直子の宣伝に乗せられた週刊誌を中心とするメディアの報道に一定の信頼を置いていた読者が、〈八年目の真実〉と称して発刊されたこの本の記述を信用した可能性を否定できない。彼らの多くは、その八年の間に争われた多くの裁判のすべてで矢野と直子の主張がことごとく排斥された経過はもちろんその事実さえおそらく知らない。もちろん、『東村山の闇』で「万引き冤罪」「他殺」の「新証拠」と矢野と直子が主張する事実もまたすでに法廷で否定されていたことも。


(第3回へつづく)

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太田述正事件 第3回
デマを鵜呑みにした元エリート官僚

 社会に対する根強いある種の偏見と偏向した考え方を持つ者にとって、また常に物事に対する客観的な判断をしようとしない者にとって『東村山の闇』がどう理解されたか。同時に、バランス感覚を持った判断力と学歴や社会的地位とはまったく関係がないのだということも教えてくれる人物が現れた。太田述正という、旧防衛庁の元官僚だった人物である。この東大法学部出身のエリートが『東村山の闇』をどう読んだか。平成15年11月26日、このエリートがブログで発表した〈今次総選挙と日本の政治〉と題するコラムをみよう。

〈1 キャスティングボード(原文ママ)を握っている公明党

 矢野穂積・朝木直子「東村山の闇――「女性市議転落死事件」8年目の真実」(第三書館2003年11月)を読みました。著者のお二人はともに東村山市議であり、殺害された「女性市議」朝木明代さんの同志と娘さんということで、怒りがみなぎった筆致となっており、繰り返しも多く、ちょっと読みづらい本です。しかし、書かれている内容はこの上もなく重いものです。
 1995年に起こったこの殺人事件については、当時マスコミで相当話題になり、国会でも取り上げられたので、ご記憶の方も少なくないと思います。

 東京都東村山市は、創価学会の勢力が強いところで、市議26名中、(建前上はともかく創価学会の政治部以外の何者でもない)公明党は6名で、自民党の7名等とともに与党を構成しています。
 明代市議は、議員活動の一環として創価学会脱会者の支援や人権侵害の被害者救済活動を行っていたことから、東村山市の創価学会員や公明党市議らと緊張関係にありました。このような背景の下で、1995年に明代議員を被疑者とする万引きでっちあげ事件が起こり、更にその直後に明代議員殺害事件が起こったのです。
 当時捜査当局によって、昭代(ママ)市議は万引きの被疑者として送検され、また、昭代(ママ)議員のビルからの転落死は万引き発覚を苦にしての自殺と断定されてしまいます。
 ところが、所轄の東村山警察署で転落死事件の捜査及び広報の責任者であった副署長も、彼の下で捜査を担当した刑事課員も、また捜査を指揮した東京地検八王子支部の支部長及び担当検事もことごとく創価学会員だったのです。
 昭代(ママ)市議をビルから突き落として殺害した人間は創価学会関係者の疑いが強かったため、彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったと思われます。
 しかし、彼らの画策したでっちあげや隠蔽工作は、この本の著者達やマスコミによって、創価学会の執拗な妨害を受けつつも、徹底的に暴かれ、社会の厳しい批判に晒されることになります。
なお、明代市議の殺人犯はまだつかまっていません。

創価学会は、1996年にフランスの国会の委員会がとりまとめた報告書において、フランス国内最大規模のカルトと名指しされています。
 こんな創価学会すなわち公明党が、1993年、非自民連立政権の下で初めて政権の一翼を担い、1994年には創設メンバーとして新進党に合流し、1999年からは死に体の自民党を与党として支える、という具合に日本の政治のキャスティングボード(ママ)を握っています。
 背筋が凍るような話だとお思いになりませんか。〉

 公正中立であるべき検察庁幹部と警察官、とりわけ東村山署の副署長が、私的に所属する団体の組織防衛をはかるために「殺人事件」という犯罪事実を隠蔽したのみならず、そのために無実の人間に犯罪者の烙印を押した――。これが事実とすれば、とうてい「背筋が凍るような話」ではすむまい。一党独裁国家ならまだしも、これが現代の民主主義国家日本で起きた事実だというのなら、きわめて重大な国家的危機にほかならない。太田はそう認識したからこのコラムを書いたのだろう。

 ただし常識人なら、本に書かれていたからといって、事実確認もせずに行動を起こすことはしない。私が彼の立場であれば、まず矢野と朝木が本で主張している内容が事実かどうかの確認作業をまずやろうとするだろう。

 もちろん太田にしても元防衛庁の幹部だったほどの人物だから、そのあたりの手順をわきまえていないとは考えられない。ところが『東村山の闇』を読んだ彼に何が起きたのか。太田はその根拠がどこまで真実なのかについては独自の調査をしないまま、一方当事者である矢野と朝木が主張する内容のみに基づいてこのようなコラムを書いたのである。

 このとき、少なくとも太田述正というエリートに対しては『東村山の闇』はまさしく矢野と朝木の狙い通りか、それ以上の効果を挙げた。頼んだわけでもないのに太田は自発的に彼らを美化し、本の好意的な宣伝までしてくれたのだから。一方、コラムを書いた太田は、コラムの内容がどう見ても創価学会や当時の東京地検の捜査担当者、東村山署の千葉英司元副署長の名誉を毀損するものであることについてどれほど自覚していたのだろうか。


(第4回へつづく)

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太田述正事件 第4回

エリートの独自の弁明

『東村山の闇』の著者である矢野と朝木が、明代の万引きの事実を知っており、したがって自殺の動機があったことを知りながら、当初から創価学会やたまたま捜査を担当した東京地検の検事や東村山署元副署長に疑いの目を向けさせることを意図していたのと異なり、太田にことさら検事や副署長を陥れようとする意図があったとは思えない。しかし、悪意のいかんにかかわらず、結果として太田が矢野と朝木の情報操作の片棒を担ぐことになったことは事実だった。特に太田のような経歴を持つ知識人が「なお、明代市議の殺人犯はまだつかまっていません」などと断定すれば、読者のうちの何人かは本当に、明代の万引きを苦にした自殺が「殺人事件」だったのだと思い込まないともかぎらない。

 東村山署元副署長、千葉英司が太田のコラムによって社会的評価を低下させられたとして提訴したのは、平成18年3月28日のことである。これに対して太田は同年4月11日付コラムでこう書いた。

〈(この裁判の)ポイントは、①原告が名誉を傷つけられたとしている箇所は本の内容の紹介であること②本の内容の紹介は、公党批判――高度の公益性あり――を行うためのマクラであること③捜査機関の業務執行に係る疑惑を紹介することには公益性があること④原告はこれまで私の上記コラムに関し反論や名誉回復を全く試みずにいきなり訴訟を提起したこと、等だと考えている。〉

 だから何だといいたいのか。私にはよくわからないが、太田は自分が書いたコラムには違法性はないといいたかったのだろうか。第1回目の口頭弁論で、原告被告とも代理人をつけていないことに関して裁判官から、今後も代理人をつけないのかどうか確認があった。その際太田は「私も法学部を出てますから」と、一定の法律知識は持ち合わせているとの趣旨とも「東大法学部出身」というプライドの現れとも取れる回答をしたものだった。

 記事による名誉毀損の違法性が争われる裁判においては、①記事が公共の利害に関するものであり、②記事の目的がもっぱら公益を図ることにあった場合、③摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとき、または記事の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があったと認められるとき――この3つの条件が満たされた場合には、記事の違法性は阻却(問われない)されるという判断基準が確立している。

 この基準に太田が示したポイントをあてはめてみるとどうか。③と②の「公党批判」については法的な判断基準に則した主張といえるが(公共性・公益性)、①と④および②の「マクラ」については愚痴か言い訳のたぐいでしかないように私には思えた。④の「いきなり訴訟を提起した」に至っては、「いきなり訴訟を提起してはならない」という法は存在しない上に、調査不足という自らの怠慢を棚に上げた自己中心的な主張というべきだろう。

 太田は問題のコラムで「こんな創価学会すなわち公明党が、……日本の政治のキャスティングボード(ママ)を握っています。背筋が凍るような話だとお思いになりませんか。」と結んでいるが、この部分は「本の紹介」ではなく明らかに太田自身の見解である。コラム全体の流れからすれば、ここでいう「こんな創価学会」が指すのは、直前の「カルト」の話だけでなく、「敵対する議員に万引き犯の汚名を着せたあげく、『公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ』て殺人事件を自殺として処理するような検事や警察官を会員に含むような反社会的な団体」ということでもあると理解できる。

 太田はこの結論の前提となる部分を「本の内容の紹介」として、あたかも自分の主張ではないかのように述べるが、自分の見解として「背筋が凍るような話」と結論づけている以上、前提部分はたんなる「本の内容の紹介」ではなくすでに太田自身の認識として提示されていると評価できるのではあるまいか。とりわけ「昭代(ママ)市議をビルから突き落として殺害した人間は創価学会関係者の疑いが強かったため、彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったと思われます。」とする箇所に至っては、「本の内容の紹介」というよりも明らかに太田自身の見解にほかならない。

 また「マクラ」であろうとなかろうと、それがコラムの結論を左右する重要な前提であり、事実摘示を含むものであるかぎりそのことを理由に免責される道理もない。つまり、千葉が提訴した直後に発表した太田コラムの内容は、ブログ上の意見表明としては存在し得てもとうてい法廷では通用しない、太田独自の論理にすぎないように思われた。


(第5回へつづく)

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太田述正事件 第5回

独自調査の皆無を正当化

 ブログでの見解表明(前回)から約3週間後の平成18年4月28日、太田は400字詰原稿用紙にして50枚にも及ぶ答弁書を提出した。はたしてその主張は、ブログにおける自己中心的な認識から少しは現実をふまえたものになったのだろうか。

太田は答弁書で、

①「原告が問題視している箇所は他人の著作物の引用紹介である」
②「その要約紹介には公共性・公益性がある」③「部分的に不正確な要約紹介があった」
④判例学説
⑤「私は原告の社会的評価を低下させていない」
⑥「よって訴えの棄却を求める」

 という6項目について主張を展開している。具体的にみよう。

①「原告が問題視している箇所は他人の著作物の引用紹介である」

 ここでは千葉が名誉毀損であると指摘した箇所(本連載3回目で紹介した太田ブログの前段部分)が「要約紹介」であるとした上で次のように主張している。

〈原告(千葉)は、当該コラム中のこの本の要約部分に「虚偽性」があり、原告本人の「社会的評価をいたく低下せしめた」と主張しているところ、この本の著者または出版社を追及するのならともかく、この本の内容の単なる要約・紹介者に過ぎない私(太田)を追及するのは筋違いである。(ちなみにこの本は、現在も引き続き販売されている)
 仮に、発言や出版物において引用した本等の内容の非虚偽性(真実性)について、引用した者が証明しなければならない、ということになれば、世上のほとんどの発言や出版ができなくなり、表現の自由は有名無実になってしまうだろう。〉

 ――前回も述べたとおり、問題のコラムの前段部分は、太田自身がコラムで「昭代(ママ)市議をビルから突き落として殺害した人間は創価学会関係者の疑いが強かったため、彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったと思われます。」と書いているのであり、コラム全体の結論の重要な前提としている点からすれば、太田がここで主張するような「単なる要約・紹介」とはいえまい。太田は表現の自由について言及するが、他人の著作物の内容に基づいて論評を行おうとする者は、とりわけ『東村山の闇』のような引用によって第三者の社会的評価の低下につながる恐れがある著作物についてはより慎重に扱わなければならないということではないだろうか。

 普通、ジャーナリズムに携わる者は、取材が十分でないと考えれば「書けない」と判断し、記事にすることはひかえる。これはジャーナリスト自身の判断の問題であり、「表現の自由」の問題ではない。

 したがって、「著者本人ではなく太田を追及するのは筋違いである」とする主張についても、コラム執筆者である太田が一定の認識に基づいて紹介した部分について問題にしたものであって、「筋違い」ということにはならないだろう。なお、千葉はすでに平成16年3月4日、『東村山の闇』をめぐって矢野と朝木を提訴しており、同じく東京地裁で係争中だった。ちなみに、太田裁判を扱うことになったのは『東村山の闇』裁判を審理している民事28部だったことも付言しておこう。

 さらに太田はこの項で、『東村山の闇』の内容を真実と信じたことについての相当性を主張している。しかしその主張は、現実社会では通用しにくいのではないかと思われた。太田はこう主張している。

〈当該コラムの導入部の記述の真実性を調査することは私には事実上不可能であった上、そもそも私はその内容を真実と信じる相当の理由があった、ということを付言しておきたい。

 私には部下はおらず、協力者もほとんどいないため、執筆材料の独自取材は原則として行わないこととし、もっぱらインターネットと公刊書籍に依拠して執筆している。その私が、インターネットや公刊書籍の記述の真実性を調査することは不可能に近い。

 また、当該コラム導入部が典拠としたこの本は、東村山事件を対象に、言及された捜査関係者から名誉毀損で訴えられたり、関係捜査機関によって報復的に微罪を追及されたりする懼れがあるにもかかわらず、転落死した東村山市議の同僚市議(公選された公務員)2名によって執筆され、歴とした出版社(第三書館)によって出版されたものであり、本の内容において、私が知っている事実に関し誤りがなかったこともあり、私としては当時、本の他の部分も真実性が高い、と判断する相当の理由があったと思っている。

 ちなみに、前述したように、(自発的にあるいは裁判等によって、絶版にされることなく、)この本が現在もなお市場に出回っていることは、私の当時のこの判断の妥当性を事後的に裏付けるものであると考える。〉

 ――たとえば『東村山の闇』で矢野がさかんに取り上げている『聖教新聞』裁判の裁判資料を閲覧することは誰にでもできるし、それを元に千葉本人に対して取材することがどうして不可能なのか。それが執筆方針だからだといわれても、私の認識の範囲では、現実社会から相手にされるような話ではない。

 公人2名によって執筆され、出版社が出版し、現在も売られていることが真実であるとの裏付けとなるかといえば、こんなことが裏付けとはなり得ないのは常識である。太田は「私が知っている事実に関し誤りがなかった」と主張するが、必要なのは太田が「知っている事実」を「何によって知ったか」なのである。太田が事件当時の『週刊現代』や『週刊新潮』『週刊文春』『文藝春秋』などで「知った」というのなら、これは法廷では「相当性がある」ということにはならないし、矢野・朝木と2つ週刊誌が「疑惑報道」の真実性・相当性を否定され、損害賠償の支払いを命じられていることは本連載の第1回で報告したとおりである。

 最初に「引用・紹介者にすぎないから責任はない」と主張した太田は、念には念を入れるつもりで相当性を主張したのだろうか。しかし私には、どうみても裁判所に通用する主張とは思えなかった。


(第6回へつづく)

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太田述正事件 第6回

ふてぶてしい訂正

③「部分的に不正確な要約紹介があった」
 この項では答弁書の中で唯一、コラムの誤りを認めている。「副署長は創価学会員だった」とした部分についてである。太田は答弁書で、〈再度、この本を読み返してみたところ、副署長(原告)と刑事課員が創価学会員であった旨の記述はなかった。〉と述べ、この部分が誤りだったことを認めた。太田は、「原告と創価学会との癒着を示唆する記述」として『東村山の闇』の他の部分の記述を数カ所例示し、〈このような記述から、私は、副署長は創価学会員であるとこの本に記してあると、誤解してしまったようだ。〉と述べている。

 ここまではまだ、これが判決にどう影響するかは別にして、素直に非を認めたという点で一応の評価はできよう。ただ、この事実誤認にも斟酌すべき理由があったとして長々と自己弁護を並べたのはどうかと思われた。太田はこう述べたのである。

〈この種の思い込み、勘違い、記憶違い、もしくはミスプリは、人間にはつきものであって、完全に排除することは不可能だ。

 本や雑誌の場合、時間的余裕があるので、何度も校正等を行うことによって、このようなミスを発見し是正することが相当程度できるし、新聞やTV・ラジオの場合なら、時間的余裕がなくても、複数の人間がチェックすることでこのような誤りを発見・是正することがある程度はできる。

 しかし、私のように、たった一人で、現在では毎日おおむね二篇弱のコラムを執筆・上梓し、当該コラム上梓当時でも既におおむね毎日一篇のコラムを執筆・上梓しているような場合、最低一度は読み直すものの、ミスを発見・是正することは容易ではない。

(もとより、ミスを読者から指摘されれば、ネット掲載文書の性質上すみやかに、遡って訂正したり、訂正文を上梓する形で対応することが可能であるし、実際そうしてきたところだ。しかし、当該コラムについては、上梓以来、二年半弱の間、創価学会員云々についてはもとより、いかなるミスの指摘もなく、読み返したことすら一度もなかった。)

 よって私のミスはやむをえない面があったと考えるものである。〉

 この主張については特に論評の必要もあるまいが、このエリートは「自分は毎日二篇もの(ありがたい)コラムを発表しているのだから特別扱いされるべきだ」といっているのだろうか。

 ところで、太田は答弁書で「副署長は創価学会員だった」とした部分について誤りだったことを認めたが、この点によって千葉の社会的評価を低下させたということはない。問題なのはコラムの〈彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったと思われます。〉という部分、すなわち「事実を曲げて明代に万引き犯の汚名を着せ『他殺』を『自殺』として処理した」とする趣旨の記述にほかならない。「副署長は創価学会員だった」という誤認は、読者に対してたんに問題部分の説得力を増すという役割を果たしているにすぎない。問題なのは、太田は誤認について認めた上で、続けて〈今にして思えば、(問題箇所は)は次のように記述されるべきだった〉としてあらためて次のように書き直したことである。

〈これは第一に、転落死事件を担当した東京地検八王子支部の支部長及び担当検事が二人とも創価学会員であったところ、昭代(ママ)市議をビルから突き落として殺害した人間は創価学会関係者の疑いが強かったため、彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったからであり、第二に、この地検支部の捜査指揮を受ける立場の所轄の村山警察署(ママ)で転落死事件の捜査及び広報の責任者であった副署長も、彼の下で捜査を担当した刑事課員も、村山市(ママ)の創価学会関係者への配慮や上記地検支部長及び担当検事への配慮を、公僕としての義務より優先させたからである、と思われます。〉

 千葉は訴状で「万引き事件を捏造し、殺人事件を隠蔽した事実は一切ない」と主張している。ところが太田は、独自の調査をいっさいしていないことを自認しているにもかかわらず、自らのコラムで示した見解を見直すべきかもしれないという考えはいささかも持ち合わせていないようだった。問題のコラムが仮にこう書かれていたとしてもやはり千葉の名誉を毀損するものであり、真実性・相当性の証明ができなければ違法性を問われかねないものであるとは考えなかったのだろうか。これはあくまで答弁書の記載ではあるが、太田がインターネットのコラムでこれを不特定多数の読者に公表すれば、読者は最初のコラムよりもさらに確信をもって書かれた内容と受け取る可能性があろう。

 禍根を残すことにならねばよいが、いったい太田に、矢野と直子の主張をここまで信じ込んでしまうどんな理由があるというのだろうか。エリートの考えることはわからない。


(第7回へつづく)



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太田述正事件 第7回

プライドを示した和解提案

 太田は千葉元副署長から提訴されたことを自身のブログで公表したが、読者からのアドバイスに基づいて援用したと思われるのが「④『判例学説』」(第5回)のうちの「判例」だった。太田が答弁書で引用した判例は次のようなものである。

〈意見ないし論評が他人の著作物に関するものである場合には、右著作物の内容自体が意見ないし論評の前提となっている事実に当たるから、当該意見ないし論評における他人の著作物の引用紹介が全体として正確性を欠くものでなければ、前提となっている事実が真実でないとの理由で当該意見ないし論評が違法となることはないと解すべきである。〉

 したがって、コラムで紹介した『東村山の闇』の要約紹介は「副署長は創価学会員」とした部分以外は全体として正確なものだから、違法性はないと太田は主張したかったようである。

 しかし、太田のコラムが『東村山の闇』に関する意見ないし論評ではなく、むしろその内容を無批判に信じ込み、創価学会・公明党批判という結論につなげているのがこのコラムであることは明らかだった。また太田が自信満々に援用したこの判例自体、ある著作物に対する批判が違法行為に当たるか否かが争われたもので、引用の正確性を欠かなければいかなる場合にも違法行為とはならないという趣旨ではない。太田のコラムが仮に正確な引用だったとしても、それをその著作物以外のものに対する論評の前提として使用している以上、太田自身が引用の内容を事実とみなしているということにほかならない。

 するとやはり、太田のいう要約・紹介はその正確さではなくその真実性・相当性が問題になるということになろう。千葉はまったく的外れな判例の引用で意味がなく、真実性・相当性の主張をすべきであると反論した。しかし、太田は最後まで「コラムにおける著作の引用紹介が全体として正確性を欠くか否かだけが名誉毀損としての違法性の有無の認定基準となる」として譲らず、準備書面ではこうも主張した。

〈著作の内容が名誉毀損にあたると考えた者は、その著作の引用紹介者ではなく、その著作に対して裁判を提起すれば足りるからである。すなわち、原告が著作の引用紹介者に対して裁判を提起したことは筋違いも甚だしいのであって、この点だけからも訴権の濫用であると考える。〉

 要するに太田は、訴えるなら著者を訴えればいいじゃないか、と言いたかったのかもしれない。しかし、虚偽の著作を無批判に利用し、その記載事実を不特定多数の読者の閲覧に供すれば名誉毀損の被害を拡大させることになるというのが判例であり、千葉の提訴が「筋違い」であるとはいえまい。

 太田の主張する「⑤『私は原告の社会的評価を低下させていない』」の項は、千葉がすでに『東村山の闇』だけでなくインターネット上でも同じ論調の記事や書き込みによって社会的評価を低下させられており、太田のコラムによって新たな名誉毀損が生じることはないという趣旨である。しかし当然、太田のコラムによって被害が拡大したことは否定できないし、太田コラムによって『東村山の闇』の内容を初めて知った読者もいたはずで、その場合にはやはり新たな被害が生じたということになる。

 むしろおよそ筋違いなのは太田の主張と思えてならないが、ブログのコラムで多数の読者を持つ太田は「⑥『よって訴えの棄却を求める』」の項ではこう主張した。

〈そもそも、言論に対しては言論で対抗すべきであり、原告は、私のホームページ上の掲示板に匿名または実名で当該コラムに対する反論を投稿する等の手段をまず講じるべきであった。
 また、訴えの提起は最終手段であって、原告が、私に対して書状やメールを送ること、或いは私と面談すること等によって問題の解決を図ろうとせず、いきなり訴状を提起したのはいかがなものかと思う。〉

 もちろんこれが太田の一方的な言い分にすぎないことはいうまでもないが、太田は答弁書の最後で「原告が、賠償請求を取り下げるのであれば、私は和解に応じる用意がある」として次のような提案を行った。

〈原告が、実名を明記して自分に「警察官としての職務能力、中立性、忠実性などを疑わせる」作為不作為はなかった旨の主張を記し、これを私のホームページの掲示板に投稿した場合、これを削除することはしない。
 また、原告が上記主張を、実名を明記して、私のコラムの一環として配信するとともに、私のホームページに掲載することを希望するのであれば、これを受け入れる。
 なお、原告が上記を匿名で行うことを希望する場合は、原告の執筆であることが私には分かる形であれば、これを受け入れる。
 ……私が当該コラムで原告を創価学会員と誤って記述した点について、原告が私に対し、私のコラム上での謝罪を要求する場合は、創価学会員であることが、なにゆえ「警察官としての職務能力、中立性、忠実性などを疑わせ」るのか、……についての原告の見解を同時に私のコラム上に掲載するという条件を原告が受け入れた場合に限り、謝罪を行うことを受け入れる。〉

 太田自ら、自分のホームページに紛争の相手方の主張を掲載してくれるという寛容な申し出だが、この提案には「自分は間違ったことはしていない」「希望するなら掲載してやってもよい」という元エリート官僚らしいプライドが見え透いている。もちろん、これによって損害賠償は負担しないという虫のいい話だった。非を認めてそれなりの和解金の支払いを約束し、その上で言い分を掲載しましょうというのならまだ検討の余地もあろう。千葉がこの提案を無視したのは当然である。

 だがこのエリートは、自分の提案がいかに傲慢なものであるかについてまったく気がついていなかった。千葉が和解提案を拒否すると、太田は次の準備書面で再びこう述べたのである。

〈原告が反論文掲載請求を行っていないにもかかわらず、しかも私自身は名誉毀損が成立しないと主張しているにもかかわらず、私が原告に対し、私のホームページへの原告による反論文掲載を認める、という破格の和解提案を行っていることについて、原告が一顧だに与えていないことは、私には到底理解できない。
 私としては、この提案を原告が多とし、名誉回復を図る絶好の機会を与えられたと受け止め、提案を受け入れた上で、反論文掲載を試みることを強く促したい。〉

 こう述べたあと、このエリート官僚は元副署長に対して、反論文の中身についてアドバイスまでしてくれた。

〈この反論文において、原告は、私が執筆した評論(コラム)における著作の引用紹介(要約紹介)、が「全体として正確性を欠く」という主張を行うこともできるが、より重要なのは、原告が自分に職務怠慢はなかったという主張を(具体的な根拠を挙げて)行うことだ。〉

 自分はただ『東村山の闇』をほぼ正確に引用・紹介しただけだから立証の責任などないが、お前がそれを虚偽だと主張するなら、お前が立証することが重要だと、このエリートは助言しているらしい。通常、立証責任は被告の側にあるが、もともと提訴そのものが不当と考えているらしいこのエリートには、原告に立証しろという言い分が常識に反するものであるという認識がないようだった。

 最後に太田はこうつけ加えた。

〈もとより、原告のかかる主張が、私や第三者による批判に晒される可能性はあるが、真実は議論によってしか究明されえないことにかんがみ、原告は、本当に自分の職務怠慢疑惑が事実無根であると信じ、名誉回復を図りたいというのであれば、私の提案を受け入れ、臆することなく反論文掲載を試みるべきであろう。(批判に対する原告による再々反論等も歓迎する。)〉

 太田は議論によってのみ真実が究明されるという。なんらの独自調査もしないまま矢野と朝木の主張を鵜呑みにした理由も理解できる気がするが、このような偏った考え方を持つ者のホームページに反論を投稿したところで大きな成果が期待できるとは考えにくかった。


(第8回へつづく)



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太田述正事件 第8回

東京地裁は太田の主張を全面的に排斥

 記事による名誉毀損の存否が争われる裁判では、記事に書かれた内容が真実であったか、あるいは真実と信じるに足りる相当の理由があったかが争点になることが多い。しかしこの裁判では、被告である太田は「原告が問題とする部分は『要約・紹介』にすぎないから違法性はない」とし、当初から真実性・相当性の立証をする必要がないとする意思を明らかにしていた。したがって、裁判所が立証の必要があると判断した場合には太田の敗訴は確実となる。この点について東京地裁はどう判断していたのか。

 平成16年5月9日に開かれた第1回口頭弁論から4カ月後の同年8月31日に開かれた第3回弁論準備手続のあと、裁判官から原告・被告双方に対して和解の意思があるかどうの確認が行われた。一般に裁判所が和解を持ち出す場合、原告有利と考えていることが多い。わずか3回の口頭弁論ですでに裁判官は太田の主張には無理があると考えていたフシがうかがえた。

 裁判官から和解に応じるつもりがあるかと聞かれた太田は、「原告を創価学会員と誤認した点については非金銭的な方法であれば応じる用意がある」と答えたという。ホームページでの謝罪・訂正のことである。これに対して裁判官は和解金について切り出した。以下はそのやりとりである。

裁判官  和解金を支払うつもりはないのか。

太田  昼飯代くらいなら考慮できる。

裁判官  昼飯代とは1万円ぐらいか。

太田  フレンチのランチ代ではあるまいし、1万円は昼飯代としては高すぎる。

――和解が成立する場合には和解金の額は認容額よりもいくらかは安くなるのが普通だが、太田は状況をどう理解していたのだろうか。「『他殺』の事実を曲げて『自殺』として処理した」と断定した部分についてはなんらの非も認めず、「1万円も払う意思はない」というのでは、140万円の損害賠償を請求していた千葉が和解を拒否したのもやむをえまい。東京地裁はこの日をもって弁論を事実上終結した。

 判決が言い渡されたのは平成18年12月26日。東京地裁は太田コラムによる名誉毀損の成立を認定し、太田に対して50万円の支払いを命じる判決を言い渡した。東京地裁は判決で太田の主張した主な論点について次のように述べた。

①「原告が問題視している箇所は他人の著作物の引用紹介である」

〈一般読者の普通の注意と読み方とを基準として解釈した意味内容に従えば、東村山警察署で本件事件の捜査及び広報の責任者を務めていた創価学会員である副署長らは、公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、本件窃盗事件を捏造し、本件転落死事件の隠ぺい工作を行ったとの事実を摘示したものと認められる。〉

〈本件記事は、その記述の内容、表現方法等に照らせば、本件書籍が存在していること及びその内容を正しく紹介するにとどまるも期ではなく、本件書籍において記述されている事実が、あたかも客観的に存在する真実であるかのように指摘するものであると認められるところ、本件記事において摘示された事実がその重要な部分において真実であるとの主張はない。〉

 なお、太田が主張した「相当性」について東京地裁はこう述べた。

〈被告は、本件書籍が公選された公務員2名が執筆した公刊書籍であること、本件書籍が絶版とされておらず現在においても流通していることを根拠として、本件記事において摘示した事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があると主張する。
 しかし、現在も流通しており、かつ、公選された公務員が執筆した公刊書籍の記載内容が真実であるということについて、社会通念上、高い信頼が確立しているとまではいうことはできないから、このような書籍に基づくとの一事によって、直ちに、その記載内容を真実と信じたことに無理からぬものがあるとはいえない。〉

 ついでにいえば、『東村山の闇』の著者である公選された2人の公務員が太田のように正直ではないこと、それどころか彼らこそ市民を罪に陥れ、被害者を脅してまで明代の万引きを苦にした自殺を隠蔽しようとした事実は多くの裁判記録からも明らかである。

④判例

〈被告が引用する判決は、他人の著作物に関し、その執筆姿勢を批判する内容の論評についての名誉毀損が問題となった事案において、その前提としての引用紹介が全体として正確性を欠くとまではいえないとして、当該論評に名誉毀損としての違法性があるということはできないと判示したもので、本件とは事案を異にするから、この点についての被告の主張は独自の見解というほかなく、これを採用することはできない。〉

⑤「私は原告の社会的評価を低下させていない」(千葉への誹謗はすでにインターネット上などに多く出回っていたから、コラムによって千葉の社会的評価を低下させるものではないとの主張)

〈本件記事の掲載当時、原告について上記の指摘(インターネット等での誹謗)がされていることが広く一般に知られていたものとまでは〉いえない。

 ――太田の認識はともかく、東京地裁の判断はいずれもきわめて常識的なものと思われた。


(第9回へつづく)


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太田述正事件 第9回(最終回)
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太田裁判を知っていた矢野

 裁判を甘く見ていたのか、一審で代理人をつけなかった太田は、控訴審では代理人に委任した。委任した弁護士は、明代の自殺から13年、矢野穂積と朝木直子のいいなりになって今も「他殺」を主張しつづけているジャーナリスト乙骨正生の代理人も務めている共産党系弁護士だった。

 弁護士への依頼に関しては、太田が提訴された直後、かつての自民党・四月会による「創価学会疑惑」キャンペーンに裏方として関与したと称する人物から次のようなアドバイスがあった。

〈私は以前白川勝彦元衆議院議員と一時期行動を共にして白川新党自由と希望を応援したものです。またそれ以前から東村山問題についてもやっておりました。
 矢野氏はいろいろあったようでたいへん疑い深く、難しい人物です。私もそれでたいへん嫌な思いをしたことがあります。
 ですのでこの問題、白川勝彦に頼ってみればいかがでしょうか。――後略――〉

〈私が白川勝彦から直接伺った話を少しお話ししますと、朝木市議が転落死した当時の事を話しておりました。もちろん国家公安委員長だったわけですから、……当時の警察の最高幹部の地位にいたわけですので、詳細を知っております。白川に頼るのが一番早道でしょう。
 ……白川は弁護士資格も持っており、当時国家公安委員長の席にいたわけですので、彼に弁護を頼むのもいい手法かと思いますがいかがでしょうか。〉

 要するにこの人物は、著者である矢野は「難しい人物」だから、矢野には援助を頼まない方がいいといっているらしい。つまり矢野は、「他殺説」を信じ込んでいる者からもなにか敬遠されているものとみえた。

 それはともかく、白川が出てくれば、事件当時、白川自身が警察の捜査に介入し、捜査に圧力をかけた事実が、まさに現場の責任者として圧力を受けた当事者である千葉本人から逆に追及されることになっただろう。太田が白川に接触したのかどうかはわからないが、仮に弁護を依頼されたとしても、白川に千葉と対決する度胸があったとは思えない。いずれにしても、太田は最終的に反創価学会人脈の一人である乙骨の代理人に弁護を委任したのである。

 では、『東村山の闇』の内容を事実と信じ込んだ太田が、著者である矢野と朝木に相談を持ちかけなかったのかどうか。なんといっても、彼らは「新証拠」によって明代の「万引き冤罪」と「他殺」が裏付けられたと主張しているのだから。それもまた定かではないが、『東村山の闇』の内容を引用したコラムが原因で太田が千葉元副署長から提訴された事実を矢野と朝木が知っていたことだけは事実である。矢野と朝木は『東村山市民新聞』第145号(平成18年5月31日付)で、〈元副署長また提訴! 今度は元防衛審議官〉のタイトルでこう書いている。

〈昨年5月13日に、朝木明代議員遺族・矢野議員側の勝訴が確定した最高裁判決が、朝木明代議員が自殺したとする東村山警察の捜査結果を、事実上、否定していたことをおしらせしました。(=ここでいう「最高裁判決」とは、明代の万引きとアリバイ工作の事実を認定し、「万引きを苦にした自殺」の相当性を認定した「月刊タイムス」裁判のこと。したがってこの記載は虚偽である)。――中略――元副署長は「自殺」として私(矢野)や朝木直子議員を計5件も提訴。最近『東村山の闇』を読んだ元防衛審議官の方を提訴しています。〉

 矢野自身の著書である、警察と検察の捜査結果を覆す内容の『東村山の闇』を読んだ読者が、その内容を信用してコラムを執筆し、それが提訴されたことを知った矢野は、真実性・相当性の立証に関して太田を支援したのかどうか。もちろん矢野と朝木が太田を支援しなければならない義務はないが、明代の死後13年間、「明代の万引き犯の汚名を晴らす」と公言し続けてきた矢野と朝木が支援を買って出ても不思議はなかろう。

 しかし、仮に矢野と朝木が太田のために証言したとしても、結果にはなんら影響を与えることはできなかっただろう。なぜなら、太田裁判を扱ったのは、原典である『東村山の闇』をめぐる裁判を審理している部だったのである。『東村山の闇』裁判は太田裁判よりも2年も前に始まっている。太田裁判がわずか3回の口頭弁論で終結に至ったのも、裁判官が『東村山の闇』裁判を通じて東村山事件をよく理解していたからでもあったと思われた。

 太田は控訴審で代理人をつけたものの1回の口頭弁論で結審、平成19年6月7日、東京高裁は太田の控訴を棄却する判決を言い渡し、太田が上告を断念したことで50万円の支払いを命じる判決が確定した。コラムの内容、裁判経過からして当然の結果といえたが、驚いたのは賠償金の支払いをめぐる太田の対応だった。太田は損害賠償を支払うためにコラムでカンパを呼びかけたのである。自分の調査不足が原因であるにもかかわらず、読者に尻拭いを頼むなど、普通の感覚ではとても恥ずかしくてできることではないが、もっと驚いたのは太田の呼びかけに応じた読者が少なからずいたらしいことだった。

 一方、『東村山の闇』をめぐり千葉が矢野と朝木を提訴していた裁判は平成19年12月18日結審し、平成20年3月25日、判決が言い渡されることになった。『東村山の闇』を読んだ太田述正というエリートが、「千葉が『他殺』の事実を隠蔽し『自殺』として処理した」するコラムを書き、裁判所がその内容が名誉毀損であると認定した事実は小さくあるまい。また常識的にみて、『東村山の闇』を要約引用した執筆者に対して損害賠償を命じた裁判官が、コラムの原典である『東村山の闇』の著者である矢野と朝木については違法性を認めないということも想定しにくい、ということだけは確かである。

 おそらくそんな事情を知らない太田は、控訴審判決後も「千葉が『他殺』の事実を隠蔽し『自殺』として処理した」とする見解を撤回しておらず、それどころかコラムで次のように述べている。

〈『東村山の闇』という本に記述されているところの市議転落死事件に関する、千葉英司氏の東村山署副署長当時の捜査指揮への疑問、あるいは当時の東村山署や検察の捜査への疑問にはそれなりの根拠があったことが2つの裁判を通じてほぼはっきりしたといってよい〉

〈これは、……典拠の信頼性を見抜く私の力が改めて裏付けられたことを示すものでもあります。〉

〈第一審と第二審の裁判官は、典拠の信頼性を見抜く私の力など全く評価してくれなかったわけです。〉(いずれも平成19年7月10日付)

 太田のいう2つの裁判とは『宝島』裁判と『第1次エフエム東村山』裁判のことだが、仮に疑問を持つこと自体には根拠があったとしても、そのことからただちに「千葉が『他殺』の事実を隠蔽し『自殺』として処理した」と断定したことについても根拠があるといえるかどうかはまったく次元の違う話である。太田に「典拠の信頼性を見抜く力」があるかどうかは「千葉が『他殺』の事実を隠蔽し『自殺』として処理した」という記載事実が真実であるかどうかにかかっていよう。3月に迫った『東村山の闇』裁判判決は、太田の「典拠の信頼性を見抜く力」が本物か偽物かを明らかにするものでもあるということになる。

 この連載が終盤にさしかかったある日、平成19年に書かれた「千葉が『他殺』の事実を隠蔽し『自殺』として処理した」とする趣旨の新たな太田コラムをめぐり、千葉元副署長は再び太田を提訴した。提訴されているにもかかわらず、独自調査をしないまま再び同趣旨のコラムを掲載するとはよほど『東村山の闇』を信頼しているということだろうか。それともなにか他に理由があるのか。いずれしても、前回はことさら千葉を貶める意図はなかったと思うが、2度目となれば「悪意はなかった」という抗弁は通用しまい。「後悔先に立たず」とならないためにも、太田にはぜひ自分の裁判で「典拠の信頼性を見抜く力」を証明してもらいたいものである。


(了)


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