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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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万引き被害者威迫事件 第21回
矢野穂積からの訴状

 矢野が自らの発言内容を変えてまでパート店員との「会話記録」の信憑性を主張した平成14年11月28日の証言からひと月後、私は『東村山通信クラブ』(平成15年1月発行)という不定期ビラで次のような記事を書いた。シリーズで執筆していた「矢野穂積 知られざる実態」の第4回である。――

「“脅し”の手口 『万引き』隠蔽工作の構図」――善良な市民を追い詰める度重なる“威迫行為”

取調室では、「多忙」を理由に
何も質問しなかった明代氏

 自らに対する批判をいっさい受け付けず、批判する者に対しては「『裁判するぞ』と脅す」。この「草の根」の特異性は、平成7年6月19日に発生した朝木明代氏(元市議、故人)の「万引き事件」(同年7月12日に書類送検)でもいかんなく発揮された。

 矢野氏が明代氏を伴って最初に「事件」の舞台となった洋品店を訪れたのは、事件から10日ほどたった6月30日午後5時20分ごろのこと。実は、その1時間ほど前まで、明代氏は東村山警察署の取調室にいた。取調室で明代氏は、捜査官から「あなたに万引きされたという訴えが出ている」と告げられる。明代氏は、「まったく身に覚えがない話」などと語っている。

 しかし、身に覚えのないことで訴えられたというのなら、訴えたのは誰で、どういうわけで自分が犯人と名指しされたのか、その内容をまず確認するのが普通だろう。

 ところがその日、明代氏は「創価学会の陰謀です」と大声で主張するのみで、訴えの内容について何一つ質問しなかったという。これは不思議なことではあるまいか。その日は結局、警察は調書をとることはできず、明代氏は「多忙」を理由に30分で取調室を退去した。

まるで暴力団の“お礼参り”
「多忙」なはずの明代氏が矢野氏とともに万引き現場に現れたのは、取調室を出てから1時間もたっていない夕方5時20分ごろのことである。警察は被害者について「駅の近くの洋品店」としか伝えていない。ところが、「まったく身に覚えのない」はずの明代氏は、1時間もたたないうちに現場を探し当てたのである。

 東村山署の調べによればこの日、洋品店に店主がいなかったために彼らは都合3回店にやって来た。5時20分、7時、8時前の3回である。矢野氏は店員に「取材です」といい、最後の3回目にこう言い残した。

「オーナーに、証拠もないのに人を訴えると罪になると伝えて下さい」

 実は、店員は万引き事件について何も答えていない。つまり、矢野氏も明代氏も、その時点では何の「取材」もできていない。否、する気もない矢野氏は、「被害届を引っ込めた方が身のためだ」と言いたかったのだろう。善良な市民を追い詰めようとする彼の“威迫行為”は、まるで暴力団の“お礼参り”のようだ。

 彼らの“お礼参り”はまだ終わらなかった。それから2日後の7月2日には、今度は明代氏が支持者とおぼしき男(小坂渉孝)とともに洋品店を訪れた。その日、店には店主がいた。明代氏は、店内を一回りし、店主に向かってニヤリと挑戦的な笑みを投げると、何もいわずに立ち去ったのである。

 その30分後、明代氏は店主がいることを矢野氏に報告したのだろう。今度は矢野氏から電話がかかった。

「罪もない人を訴えると誣告罪になるんですよ」

 矢野氏は電話に出た店主に向かってこういった。店員に言い残したセリフと同趣旨である。つまり、6月30日の3度にわたる来訪、そしてこの日の明代氏の不可解な行動と矢野氏の電話が明らかに一連の動きであることがわかる。その内容は、矢野氏のいうような「取材」などではない。訴えを取り下げなければ告訴するぞという“脅し”ではないか。

改ざんした会話記録を証拠として提出
 明代氏の万引きをめぐる裁判で矢野氏は、6月30日の洋品店でのやりとりの録音反訳を証拠として提出している。ところが、その反訳には2回目までの会話しか入っておらず、1回目の時間も「5時20分ごろ」だったものが「7時」にすり替えられていた。取り調べの直後では早すぎて、「真犯人」であることを自白しているようなものだからか。そして、3回目しての会話からは最後の矢野氏のセリフがカットされている。それは、「オーナーに、証拠もないのに人を訴えると罪になると伝えて下さい」。自分でもそれが“脅し”であることを十分に自覚していたのだろう。

 被害者を脅した事実があったかどうかは、「『万引き事件』の真相究明(特に犯人性)において極めて重要な要素となる」と矢野氏自身も言っている。彼らの一連の行為は、明代氏が万引き犯であることの証であるといえまいか。

 矢野氏はこの時点ですでに、明代氏が犯した万引きの隠蔽工作に加担していたとしか考えられない。

――以上が『東村山通信クラブ』の記事である。その平成15年の11月10日、矢野と朝木直子は共著『東村山の闇』を上梓するが、東村山署が書類送検の理由の1つとし、また「会話記録を改ざん」とまで書かれた平成7年6月30日のブティックへの来訪の件には1行も触れられていなかった。矢野からこの『東村山通信クラブ』の記事をめぐり、500万円の慰謝料を請求する求める訴状が届いたのは翌平成16年2月14日、ビラ発行から約1年後のことだった。


(第22回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第22回
不可解な「請求原因」

『東村山通信クラブ』に掲載した記事の趣旨は①明代が万引き容疑で初めての取り調べを受けた当日、矢野とともに被害店に現れたこと②その目的は「取材」などではなく、被害者に被害届を撤回させるための脅しであり、お礼参りであったこと③矢野はのちの裁判で、脅しの事実を隠蔽するために改ざんした会話記録を裁判所に提出したこと④それはつまり、当日の矢野の行動が脅しであることを矢野自身が自覚しているからにほかならないこと⑤明代と矢野の訪問が脅し目的であるとすれば、それは明代の犯人性を証明するものであること――である。いわば、矢野の立場からすれば全編これ名誉毀損ということになるのだろう。

 平成7年7月12日、明代が窃盗容疑で書類送検されたことが全国紙で報じられて以後、一貫して「冤罪」を主張し、明代が自殺を遂げて以後も「明代の万引き犯の汚名を晴らす」と言い続けてきた矢野は、私のこの記事を提訴するのなら全編を対象にするのが当然と思われた。明代の万引きと自殺については、矢野と朝木直子の主張は平成15年11月までにあらゆる裁判で排斥されており、とりわけ『東村山の闇』発刊から2週間後の平成15年11月28日言い渡された「月刊タイムス事件」判決では、明代の万引きとアリバイ工作について東京地裁は、

〈被告(万引き被害者)が犯人と亡明代の同一性を間違える可能性は極めて低く、目撃者も3名存在することから、本件窃盗被疑事件の犯人は亡明代ではないかとの疑いが粗糖当の根拠をもつものということができる。

 そして、そのような疑いが、ひいては、本件窃盗被疑事件があったとされる時刻に、亡明代が本件レストランで原告矢野と食事をしていたとのアリバイが虚偽ではないかとの疑いを招き得るところであり、さらに、亡明代が平成7年7月4日の取調べにおいて、自らの上記アリバイを裏付けるものではない本件ジャーナル(レシート)を警察に対して任意提出して、上記アリバイを主張していたことは認定のとおりであり、原告矢野が4通もの詳細な陳述書を提出し、本人尋問においても供述しているにもかかわらず、本件レストランにおいて亡明代と食事をした際の状況について具体的に述べないのは不自然であることといった、亡明代が虚偽のアリバイ主張をしていたことをうかがわせる事情が存在することは、否定できない。〉

 と述べ、また「万引きを苦にした自殺」についても次のように述べて記事の相当性を認定している。

〈被告会社ら(月刊タイムス社及び宇留嶋)において、亡明代が、原告矢野の関与のもとに主張していたアリバイも虚偽であることが判明し、本件窃盗被疑事件を苦に自殺したことが真実であると信じるにつき相当な理由があったと認められる。〉

 この判決によって、矢野と朝木が生き残りをかけて発行した彼らの8年間の虚偽宣伝の集大成である『東村山の闇』はわずか2週間にして否定されたことになる。とすればなおのこと、『東村山通信クラブ』に対する提訴において明代の万引きの事実こそ正面から争うべきだったのではなかろうか。「万引きと自殺は表裏の関係にある」と直子がいうように、矢野は明代の万引きが「冤罪」であることを裁判所に認定させられれば、「他殺」であるとする主張にも初めて一定の合理性を認めてもらえることになろう。そうなれば、彼らが特異なエネルギーをつぎ込んだはずの『東村山の闇』を再評価させることにもつながるのである。

 ところが奇妙なことに、訴状には明代の万引きの事実について正面から争うような記載はなかった。訴状の「請求の原因」は以下のとおりだった。

〈2 名誉毀損記述 被告宇留嶋は、本件記事において、以下のとおり、客観的真実に反しているにもかかわらず、原告(矢野)が裁判所に提出した「反訳書」の記載内容には改ざんがあると断定し、原告があたかも裁判所を欺罔する不正を働く人物であるかのように一般市民に印象付け、原告の名誉を毀損して記述した。

《名誉毀損記述①》
「改ざんした会話記録を証拠として提出」

《名誉毀損記述②》
「明代氏の万引きをめぐる裁判で矢野氏は、6月30日の洋品店でのやりとりの録音反訳を証拠として提出している。ところが、その反訳には2回目までの会話しか入っておらず、1回目の時間も、「5時20分ごろ」立ったものが「7時」にすり替えられていた。取り調べの直後では早すぎて、「真犯人」であることを自白しているようなものだからか。そして、3回目しての会話からは最後の矢野氏のセリフがカットされている。それは、「オーナーに、証拠もないのに人を訴えると罪になると伝えて下さい」。自分でもそれが“脅し”であることを十分に自覚していたのだろう」

3 録音反訳と客観的真実
(1)録音期日と録音・反訳内容
 被告宇留嶋のいう右「録音反訳」というのは、東村山市民新聞の取材の目的で、原告と朝木明代議員が、1995(平成7)年6月30日午後7時ころ及び同月同日午後8時前ころの合計2回、訴外(被害者)の洋品店を訪れて、同洋品店員と会話した内容を、原告矢野が録音し、反訳したものである。
 したがって、録音テープは原告が保存しており、反訳書は録音内容をそのまま記述しているのであって、反訳書が録音内容と異なるものとなることはありえない。

(2)被告宇留嶋による名誉毀損記述
 被告宇留嶋は、本件記事において1995(平成7)年6月30日に5時20分、7時、8時の合計3回、原告が洋品店に訪れたと断定し、にもかかわらず、原告は、訪問回数を2回と偽るなどして反訳書を証拠として提出し、裁判所を欺罔した、と決め付けた。
 ところが、当の上記洋品店の店主は、別訴事件(「東村山市民新聞」の記事をめぐり、万引き被害者が矢野を提訴した事件))の本人尋問において、以下のとおり(本連載第16回参照)、原告はこの6月30日には2回しか来ていないと明確に証言しており、被告宇留嶋の3回だと断定した上記記述は客観的真実に反し、全く根拠がない。〉

 つまりこの訴状で矢野は、「自分は2回しか行っていないにもかかわらず、宇留嶋は3回行ったとし、さらに矢野が会話記録を改ざんして裁判所に提出したなどと虚偽の記載をしたことによって矢野の名誉を毀損した」と主張しているのである。矢野は平成12年2月23日、自らが行った尋問で被害者から引き出した供述を利用し、被害者に対する威迫発言をなかったことにしようとしていた。もちろんそれによって、明代の万引きもなかったことにしようとしているのは明らかなようだった。

 矢野と明代が当初、明代の万引きを否定するために持ち出したのが、万引きの時間帯、2人は東村山市内のレストランで食事をしていたとするアリバイだった。アリバイ作りのためにそのレストランに電話をし、適当なレジジャーナル(店側の記録)がないかどうか探りを入れたのも、最初に被害店を脅しに行った平成7年6月30日だった。しかし彼らは、まんまとジャーナルを入手したものの、それが他人のものであることを東村山署に簡単に見破られると、明代はついに取調室で、

「今日の調書はなかったことにしてください」

 とそれまでの供述をすべて撤回させられてしまった(この日の取調室の状況は『民主主義汚染』で詳述した)。もちろん一連の裁判でも、矢野は自ら提出した証拠によって明代の万引きが「冤罪」であるとする主張を立証することはできなかった。矢野が明代の「冤罪」を主張するために残されたのは、わずかに当事者たち(とりわけ万引き被害者)の証言の揚げ足を取り、あるいは失言を誘い、その矛盾を突いていくという姑息な方法だけだった。とりわけ矢野にとって最も使いやすかったのが平成12年2月23日、被害者が矢野の訪問回数を「2回」と誤認した供述だったのである。


(第23回へつづく)


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万引き被害者威迫事件 第23回
見られていた矢野と明代

 私には平成7年6月30日、矢野と明代が被害店を訪れたのが「3回」であるという確信はあった。本質的に重要なのは回数ではなく、矢野が平成7年6月30日に店員に対して「オーナーに、証拠もないのに人を訴えると罪になると伝えて下さい」と言い残したか、あるいはそのような事実はなかったのかということである。したがって、矢野が訴状で、裁判所に提出した「会話記録」の信憑性を問題にしている点においてこの裁判そのものが論点のすり替えであることがわかる。

 しかし、事実がそのとおりであったとしても、裁判で「2回」だったということになれば、矢野が提出した「会話記録」の正確さが認定されることになる。それはすなわち「威迫発言は存在しなかった」と認定されるに等しく、その認定が「事実」として定着してしまうことは避けられない。矢野にとって、すでに一連の裁判のすべてでその主張が排斥されているとはいえ、「威迫発言は存在しなかった」と認定されれば再び「冤罪」を主張する大きな材料を得ることになるのは間違いなかった。

 一方、「2回」であるという矢野の主張が否定され「3回」だったという事実が認定されれば、矢野の威迫行為の事実および明代の万引きの事実が確かに存在したことがあらためて確認されることになる。この提訴に際して矢野がどこまで自信を持っていたのかはわからないが、私はこの裁判を絶対に負けてはならない裁判と考えるとともに、明代の万引きの事実を裏付ける絶好のチャンスと受け止めていた。その根拠は、パート店員の警察での証言と、パート店員から報告を受けた被害者の「矢野さんが『なにか訴えられるぞ、みたいなことをいった』という証言である。2人の証言には事件から10年たってもまったくブレがないということがなにより心強かった。

 そのパート店員の証言をもう1度確認してみよう。パート店員は平成7年7月4日、東村山署の事情聴取で矢野と明代が来訪したときの状況について次のように供述している。

⑴平成7年6月30日、矢野と明代は①午後5時20分ごろ②午後7時少し前③午後7時45分ごろ――の3回、被害店を訪れた。

⑵3回目に男が1人で入ってきて、「オーナーはまだ帰ってきてませんか。今日は帰りますけど、オーナーに、無実の人を訴えると罪になると伝えてください」と言い残していった。

 これがパート店員が経験した矢野と明代の行動だが、実はこの夜、被害店にはもう1人の来訪者があった。パート店員は当初、矢野と明代が身元を明かさなかったために、2人が誰なのかについて薄々は感じていたものの、確信を持つには至らなかった。しかし店員は、もう1人の来訪者によって2人が誰であるかを教えられていたのである。

 そのもう1人の来訪者とは被害店のすぐ隣の不動産屋の社長だった。社長は矢野と明代が2回目に来て、出ていったすぐあとにやって来ると、パート店員にこういった。

「今の2人は問題の議員さんだね。2人は隣のラーメン屋に入ったぞ」

 矢野と明代はすでに被害店の営業時間が午後8時までであることを知っている。午後7時過ぎに並びのラーメン屋に入ったという2人の行動を普通に考えれば、夕食を取りながら店主の帰りを待っていたものと理解できる。言い換えれば、午後7時過ぎに1軒隣のラーメン屋にいた矢野と明代が、食事を終えたあと被害店に行かない方がむしろ不自然であるともいえるだろう。

 この点に関する矢野のきわめて興味深い供述がある。平成14年11月28日に行われた『許さない会』裁判で、被害店への来訪目的と回数を問われた尋問に続く部分である。

「許さない会」代理人  この日、あなたのお話では、(被害店に)7時とか8時とかに行ってるわけですね。食事、この日してますか。

矢野  してると思いますけどね。私のほうは夕食はすごい遅いときが多いですから、だいたい10時とか11時で普通ありますからね。だから、そんなことをお聞きになってもあんまり意味がないと思いますけど。

代理人  この日、どこかで食事をして待ってたとか、そういう記憶はありませんか。

矢野  たぶん、事務所に戻ったんじゃないかと思いますよ。案外近いところだから。食事とは関係ないと思いますよ。

代理人  全然記憶はないってこと、もしくは事務所に戻ったっていう記憶があるってこと。

矢野  だから、事務所ではないかという記憶です。

代理人  ぼんやりした記憶ということね。

矢野 さきほど申し上げたとおりです。

 この一見なんでもない短いやりとりの中には、ギリギリの駆け引きが凝縮していた。「許さない会」の代理人が来訪目的とは本来は無関係の夕食のことについてなぜ聞くのか、矢野はその意味を瞬時に理解したはずである。1軒隣のラーメン屋で食事をしたといえば、当然、被害者の帰りを待っていたのではないかと問われるのは間違いない。矢野はラーメン屋に入ったのを見られたことを悟り、「事務所に戻った」ことにしたのである。公の場ではなかなかボロを出さないこのあたりの矢野のとっさの機転は、常人にはとうていマネのできない特異な才能というほかない。

 ただ、とっさのごまかしや言い逃れで相手の追及をかわす矢野の特異な才能も、ウラを取られていなければの話だった。万引き事件でレストランからまんまと他人のレシートを入手して画策したアリバイ工作がウラを取られて簡単に見破られたのと同じように。

 裁判中の平成16年9月16日、私はパート店員の証言の裏付けを取るために不動産屋の社長を訪ねた。すると社長は、「被害店に教えに行ったこと」は覚えていなかったものの、「2人の議員がラーメン屋に入ったことは確かに記憶している」と答えた。パート店員は「2人がラーメン屋に入った」という情報を社長から聞いたと証言しており、それ以外にこの情報を知る機会はなかった。つまり、私に対する社長の証言はパート店員の証言を十分に裏付けるものと判断できた。矢野が1人で店に入ってきてパート店員に「無実の人を訴えると罪になる」という伝言を残していったのは社長が教えにきたあとのことであり、このときの状況はパート店員の記憶により鮮明に残ったのである。


(第24回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第24回
まったくブレのない被害者の供述

 パート店員の証言と不動産屋の社長に対する取材結果をもとに、私が裁判所に対して詳細な準備書面を提出したのは平成16年11月30日である。記事の真実性を争う裁判の場合、一方の当事者が真実性に関する主張・立証を行えば、相手方はそれに対する具体的な反論を行うのが普通である。ところが矢野は、「被告らは認否・抗弁もしていない」などとまったくかみ合わない主張を繰り返し、具体的な反論はいっさいしなかった。提訴して以降、矢野が明確に主張したのは、被害者が矢野を提訴した裁判で〈「平成7年6月30日に矢野と明代が来たのは2回だった」と供述した、したがって自分たちは「2回」しか行っていない〉ということだけだった。

 しかし矢野は、自らの尋問によって被害者から「2回」という供述を引き出したことに満足し、悦に入り過ぎていたのではないか。矢野は被害者が、『聖教新聞』裁判での尋問で「2回」という供述とは明らかに矛盾する供述をしていたことを忘れていたようである。『聖教新聞』裁判での被害者代理人による尋問の様子を改めてみてみよう。

被害者代理人  あなたが被害届を出されたのちに、今回原告になっている矢野穂積さんまたは朝木明代さんが、あなたのお店に来たということはありますか。

被害者  あります。

代理人  何回ぐらい、ありますか。

被害者  全部で、朝木さんが3回、私は確認してます。

代理人  一番最初に来たときは、あなたはお店にいましたか。

被害者  いません。

代理人  じゃあ、どうして来たということがわかったんですか。

被害者  留守番に頼んでおいたパートさんに話を聞きました。

代理人  そのとき、お店に来て、なにか矢野さんなり朝木さんなりが言っていったということはあるんですか。

被害者  はい。店長を出せということと、それから、訴えられるぞみたいな感じを言ったという話を聞きました。

代理人  それは、矢野さんが言ったんですか、朝木さんが言ったんですか。

被害者  矢野さんです。

代理人  朝木さんは何か言っていたということは、報告を受けてますか。

被害者  朝木さんは、お店の外で待っていたようです。

代理人  というように、パートさんがあなたに報告したんですね。

被害者  はい、そうです。

 ここでも重要なのは回数ではない。最初の取り調べが行われた当日に、矢野と明代が被害店にやって来て何をしたか、ということにほかならない。ここでの被害者の供述のうち、重要なポイントは2点、①矢野が「なにか訴えられるぞみたいな感じ」を言ったこと②このとき明代は「お店の外で待っていた」、すなわち矢野がこの発言を残していったとき、矢野が1人で店内に入ってきたということである。

 この尋問は平成11年11月15日、東京地裁で行われたものだが、それから5年後の平成16年10月9日、『許さない会』裁判で提出した陳述書で被害者は次のように述べている。

〈(夫は『許さない会』のメンバーに対して)矢野さん達が私どもの洋品店に来た際「店番をしていたパートの女性に対し、店長を出せといわれたこと」について説明をいたしました。ちなみにそのやりとりについては甲第146号証の私の本人調書24ページ(前掲の供述部分)にも記載されているものです。なお、店番をしていたパートの人が矢野さん達から「訴えられるぞ。みたいな感じを言われた」と記載されておりますが、これは「矢野さん達から、嘘をつくと訴えられるといわれた」というものです。〉

 被害者の供述には、枝葉の部分で若干の食い違いはあっても、明代の最初の取り調べが行われた当日、矢野が被害者に対して威迫発言をしたという事実についていささかのブレもない。これはつまり、矢野をにんまりさせた被害者の「2回」という供述とは矛盾する話である。この裁判においても、東京地裁八王子支部が被害者自身の相矛盾する供述をどう判断するかが最大の焦点だったといえる。


(第25回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第25回
夢にまで出てきた明代

 その2日後、矢野が被害者に電話で話した内容からも矢野による威迫発言の事実と来訪の目的が何だったのかが裏付けられよう。この点については『東村山通信クラブ』にも書いたが、ここでは被害者本人の供述を紹介しよう。前掲の矢野の威迫発言に続く部分である(『聖教新聞』裁判での尋問)。

被害者代理人  あなたが実際にいるときに、お店に矢野さんなり朝木さんが来たということはありますか。

被害者  あります。

代理人  そのときは、どういうようなことをいわれましたか。

被害者  そのときは、何も言っていません。

代理人  特に、いわれはしなかった。

被害者  はい。

代理人  ただ来ただけ。買物で来たということはないですか。

被害者  ないです。

代理人  それはどうしていえますか、買物じゃないというのが。

被害者  彼女と連れの男性の方は、私も知りませんけれども、その方はお店の中をまず見まして、それから、私が1人でいるということを確認しまして、店内に入ってまいりました。それから彼女は私が立っているレジの前まで来まして、ニタッと笑って、またお店の中、狭いんですけども、一周回りながら、ゆっくり、何ですか、私をなめ回すように見てニタッと笑いながら、そのもう1人の男性と2人と入ってきて、そのような行動を取って、出ていきました。

代理人  彼女というのは朝木明代さん。

被害者  そうです。

代理人  その男性というのは、どなたでしたか。

被害者  それは、私は知りません。

代理人  それは知らない男性。

被害者  はい。

 2日前の6月30日に万引き容疑で取り調べを受けたばかりの本人が現場に現れ、商品を見るでもなく、品物を取り返された被害者本人に対してニタッと笑い、何もいわずに立ち去るとは普通ではない。しかも、のちの尋問で矢野は6月30日の訪問について、「自分が本当に万引き犯かどうか確認してもらうことも含めて取材に行った」と供述している。矢野と明代は2日前に被害者本人とは会えなかった。とすれば、被害者本人が1人で店にいたこの日こそ、明代が「本当に万引き犯かどうか」確認してもらう絶好のチャンスだったはずである。にもかかわらず、明代はなぜ被害者に何も話しかけなかったのか。明代の言動は矢野の供述とは辻褄が合わないと言わざるを得まい。

 この日の明代の行動を被害者がどう感じていたのか。被害者は矢野からの尋問でこう供述している。

矢野  朝木議員がお礼参りに来たというようなお話をされてるんですが、朝木議員がお店の中に入ってにやっと笑ったことがお礼参りなんですか。

被害者  もしそうでなかったら、何かお聞きになるんじゃないでしょうか。

矢野  にやっと笑ったということがお礼参りだと思ってらっしゃるんですね。

被害者  ええ、そうです。

 ごく普通の暮らしをしている市民にとって、逃げる万引き犯を1人で捕まえることにどれほどの勇気を必要とするか。しかも相手は市議会議員で、2日前には同僚議員が「証拠もないのに訴えると罪になる」と言い残したことをパート店員から報告され、被害者は矢野が脅しに来たと認識していた。その本人が支持者とおぼしき男と店にやって来た。それだけで被害者は十分に緊張したにちがいない。明代が店内をなめ回すように一回りしてニヤリと笑ったときの被害者の恐怖は並大抵のものではなかったろう。明代は何もいわなかったが、被害者からも一言も発せられていないことが極度の緊張状態だったことをうかがわせる。

 明代と支持者の男が立ち去って30分後、今度は矢野が追い打ちをかけた。事務所に戻った明代から、被害者が1人で店にいるという報告を受けたのだろう。矢野は最初は名前を名乗らず、被害者に誰かと聞かれてやっと名を名乗るとこういった。

「知ってるんですか、証拠もないのに人を訴えると誣告罪になるんですよ」

 被害者は聞き慣れない「誣告罪」という言葉の意味がわからず、「警察にすべて話してある」といって電話を切ると、すぐにまたかかってきた。被害者は隣の不動産屋の社長に助けを求め、社長が、

「泥棒の仲間か」

 と一喝すると、ようやく矢野からの電話は止んだ。

 矢野のこの日の電話での発言は、2日前に言い残していった言葉とまったく同じ趣旨である。この点からもパート店員の証言の信憑性が裏付けられよう。つまり、6月30日の訪問とこの日の矢野と明代の行動は一連のものであり、その目的はとうてい「取材」などといえるものであるまい。矢野と明代の目的はどう見ても、被害者を威迫することによって被害届を撤回させることにあったと理解するのが最も自然なのである。

 平成7年6月30日、矢野と明代は被害店に行くとともに、万引きの日には行ってもいないファミリーレストラン(びっくりドンキー)に電話をかけ、アリバイ工作に使うための適当なレシートがないかどうか探りを入れている。運のいいことに万引きの時間帯に近いレシートが見つかり(ただし入店時刻だけ)、そのレシートを受け取りに行ったのが7月1日の深夜。明代の最初の取り調べの日から7月2日にかけて、矢野と明代がどれほど直接間接の隠蔽工作に集中していたかがわかろう。

 明代の万引きのみならず、この間の矢野と明代の行動がいかに自己中心的なものであったか。アリバイ工作は逆に明代自身の首を締めることとなり、被害者も矢野の脅しに屈することはなかった。しかし、取材の際の断固たる姿勢の一方で、彼らの一連の威迫行動は被害者の意識に大きな影を落としていた。明代が夢にまで出てきたというのである。そう聞いた私は、東村山署がお礼参りを書類送検の根拠の1つとした本当の理由を理解できた気がした。


(第26回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第26回
結審間際の矢野の反論

 パート店員と被害者の証言、パート店員の記憶の正しさを裏付ける不動産屋の社長の証言、さらには2日後の明代の行動と矢野からかかってきた電話の内容は、いずれも明代の最初の取り調べ当日、矢野が被害者に対する脅し文句を残していったとされる事実を否定するものではない。それどころか、矢野と明代が被害者に対する行動と平行して行っていたアリバイ工作の事実もまた明代の万引きを裏付けるものであり、これらの事実は被害店への訪問が「取材」であるとする矢野の主張をむしろ否定するものにほかならなかった。

 とすれば、矢野が裁判所に提出した「会話記録」はどういう位置づけになるのか。パート店員も被害者も、3回目は矢野だけが店に入ってきて脅し文句を残し、その間、明代は外で待っていたという。一方、矢野が提出した「会話記録」にはいずれも明代の発言が含まれており、矢野1人が入ってきた記録は存在しない。するとやはり、矢野が提出した「会話記録」は1回分が削除されているということになろう。

 ところが平成16年1月16日の提訴から1年半、それも判決言い渡し期日が近づいた平成17年6月7日、それまでほとんど具体的な反論をしてこなかった矢野が初めて、それも15ページにわたる準備書面を提出、私の主張に対する反論を提出したのである。その中から「録音テープの存在」と題する最後の部分を紹介しよう。

――すでに、2件の調書(『聖教新聞』裁判と『東村山市民新聞裁判』の被害者調書)として存在する訴外○○(被害者の実名)の上記供述(矢野が来たのは2回だったとする供述)によって被告ら(宇留嶋ら)による不法行為は成立しているのは明らかである。

 したがって、訴外○○自身がその洋品店に1995年6月30日に原告ら(矢野と明代)が2回訪れた際の店員とのやりとりの内容が原告の反訳した録音テープにそのまま録音されているのは明らかであって、2回しか訪問していないにもかかわらず、3回目の訪問が録音されていないなどということ自体が、まさにいいがかりでしかない。

 被告らは、1995年6月30日に原告らが○○(被害者)の洋品店を3回訪れたと何の根拠もなく思い込み、あたかも原告らが脅迫したかのように強調したいあまり、次のように主張する。

「裁判所に提出した『○○洋品店・女性店員との会話録音(反訳)』に記録されていたのは2回分だけであり、3度目の来訪時に残した脅し文句は記録されていなかった」

 しかし、「『脅し』た事実を隠そうとすれば、テープから削除するしかない」というように、推論の上に推論を築いていくという低質な自称「記者」の論法はそれ自体が名誉毀損行為というべきであって、録音テープの聴取しにくい箇所について判然としないことから反訳対象としなかったにすぎない部分(明代の「おかしな人たちですね」という発言)をことさら故意に削除したかのように被告らは思い込んで決め付けているが、聴取しにくい箇所はあるが全体として、原告らが訴外○○(被害者)の店を2回訪問した際の店員とのやり取りは記録されているのであって、改ざんの余地はない。――

 またこの準備書面で矢野は、次のような独自の論理を展開してパート店員の証言を否定していた。被害者が最初の証言でパート店員から報告された話として供述した矢野の文言は、

①「訴えられるぞみたいな感じ」

 である。一方、私がビラで記載した矢野の発言は、

②「人を訴えると罪になると伝えてください」

 というものだった。矢野によれば、この2つの発言には「重大な食い違いがある」という。どこに「食い違いがある」というのか。確かに文言そのものを取り上げれば①と②は大きく異なるとはいえるが、その趣旨に変わりはない。矢野はどこに「重大な食い違いがある」といっているのか。ここからが矢野の真骨頂だった。

 矢野の論理はこうである。①の「訴えられる」は「被害者側」が「訴えられる」というものだが、②の「人を訴えると罪になると伝えてください」は「被害者側」が「訴える」側へと、「発言内容が全く逆向きになっている」。したがって、パート店員が被害者に伝えたと称する内容は客観的な事実ではなく、「自分が受け止めた主観的な印象」を被害者に「矢野の発言として伝えたものでしかなく、パート店員の想像の域を出ないものにすぎない」――。これがたんに②の発言の中から「人を訴える」という部分だけを取り出して「発言内容が全く逆向き」としているにすぎず、発言全体をみればやはり被害者が「訴えられる」という趣旨であることは誰がみても明らかと思えるが、矢野の理解の中では「全く逆向き」ということになるらしかった。

 いずれにしても最終書面における矢野の主張は、威迫発言の不存在を自分自身の材料に基づいて自発的に主張・立証しようとするものではなく、私の主張やパート店員、被害者の証言の、悪くいえば揚げ足を取りながら反論することによって自らの主張を正当化させようとするものにほかならなかった。このことは、訪問回数が「2回」であるという主張にしても、被害者の供述をその重要な根拠の1つとしていることからも明らかである。矢野の具体的な反論が提訴から1年半後となったのは、自らに正当な根拠がなく、相手の出方を見ながら、そのスキをついて反論していくしか有効な手段がなかったからのように思えてならない。

 こうして、矢野と明代が最初の取り調べ当日に被害店を訪問した際の矢野の威迫発言の有無をめぐり、矢野が私と『東村山通信クラブ』発行人を提訴した裁判は平成17年6月7日、結審した。


(第27回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第27回
東京地裁八王子支部が被害者供述の信用性を認定

 矢野が威迫発言の存在を否定するために、すなわち明代の万引きを否定することを目的に裁判所に提出した「会話記録」に改ざんは本当になかったのか。改ざんがあったとすればそれは何を意味するのか。

 読者にはここでもう1度思い出しておいていただきたい。矢野が明代とともに被害店を訪問した際、矢野による威迫発言が仮に存在したとすれば、それがどんな意味を持つのかに関して平成11年5月26日、ほかならぬ矢野自身が「許さない会」裁判における準備書面で主張した内容である。

――「万引き事件」があったとされる翌日に訴外故朝木明代と原告の矢野が誰の指摘を受けることもなく被告○○の洋品店を訪れて被告○○を脅かした事実が存するとすれば、「万引き事件」への関与があると一般に疑われるという経験則から明らかなとおり、その存否が「万引き事件」の真相究明(特に犯人性)において極めて重要な要素となる事実である。――

 すなわち矢野は、「矢野と朝木が被害店を脅した事実が存在するとすれば、その犯人性が十分に疑われる」と述べている(「『万引き事件』があったとされる翌日」とは「許さない会」の誤認に基づくもので、ここで矢野が述べている趣旨になんら影響するものではない)。さらにいえば、威迫発言が存在したにもかかわらず矢野が提出した「会話記録」から威迫発言が意図的に削除されていたとすれば、ますます明代の犯人性および彼らの訪問目的、すなわちそれが脅し目的だったことが明らかになるということである。

 はたして裁判所は、朝木明代の万引き事件における犯人性を裏付けるきわめて重要な、被害者に対する威迫の事実についてどう判断したのか。平成17年7月26日、東京地裁八王子支部は、この裁判の争点について、

〈本件記述は真実か。すなわち、①原告(矢野)は、民事訴訟において、改ざんした会話記録を証拠として提出したとの事実及び②原告は、平成7年6月30日に、洋品店に3回行き、店員に対して、「人を訴えると罪になると伝えて下さい。」と言ったとの事実は真実か。〉

 と示した上で、記事の真実性について次のように述べた。

〈原告(矢野)は、「原告は、平成7年6月30日に本件洋品店には2回(午後7時ころと、午後8時前)しか訪れていない。原告が本件店員に対して、『人を訴えると罪になると伝えてください』と言ったことはない。平成7年6月30日に原告が2回しか本件洋品店を訪れていないことは、本件窃盗被疑事件に関連する民事訴訟において、平成12年2月23日に行われた本人尋問(被害者が『東村山市民新聞』の記事をめぐり矢野を提訴していた裁判)で○○(被害者)も認めている。」と主張する。

 しかしながら、被告宇留嶋が本件記述を執筆するに当たり参考にした前記千葉の陳述書は、本件窃盗被疑事件の捜査を指揮した東村山警察署の副署長である千葉が、本件洋品店の女性店員から、原告との対応の状況について、当時同人を取り調べた結果が記載された参考人供述調書を参考にして作成したものであり、その内容も、具体的で詳細であり、十分信用できるのに対し、○○=被害者は、原告と本件店員とのやり取りについては直接見聞したものではなく、原告らが帰った後に、本件店員から原告との対応の状況を聞いたものであり、また、その出来事から4年以上経過した後の供述であり、原告が同日に何回本件洋品店を訪れたかの点まで正確に記憶していなかったとしても不自然ではない(○○=被害者は、本件店員が「矢野さん達から、嘘をつくと訴えられると言われた」と聞いたとの点は、平成16年10月9日の段階でも記憶していると陳述書に述べている。)

 以上によれば、平成7年6月30日に、原告が本件洋品店を3回訪れ、3回目に訪れた際に、本件店員に対して、「人を訴えると罪になると伝えてください。」との趣旨の発言をしたとみる余地は十分にあり、仮に同事実が真実でないとしても、被告宇留嶋が、上記千葉の陳述書の記載などから、平成7年6月30日に、原告が本件洋品店を3回訪れ、3回目に訪れた際に、本件店員に対して、「人を訴えると罪になると伝えてください。」との趣旨の発言をしたと信じたことには相当な理由があるというべきである。

 そうすると、原告が作成した本件反訳書に、平成7年6月30日に原告が本件洋品店を訪れた際に、本件店員に対して、「人を訴えると罪になると伝えてください。」との趣旨の発言をしたことが記載されていないのは、原告が故意にその事実を隠したものであると被告宇留嶋が信じたことには相当の理由があるというべきである。〉

 東京地裁八王子支部はこう述べて、矢野の請求を棄却したのである。矢野がパート店員に対して「人を訴えると罪になると伝えてください」と言い残したこと、また矢野が提出した「会話記録」にその発言が記載されていないのは故意にその事実を隠したものである点について記事の相当性は認定したものの、裁判所自身の判断が直接的に示されていない点にやや不満は残った。しかし、威迫発言の事実に関する被害者の記憶の信用性を認め、矢野が威迫発言をしていないとする根拠の1つとした被害者の「2回」であるとする供述について、それが「正確に記憶していなかったとしても不自然ではない」として矢野の主張を排斥した点については十分に評価できるものと考えた。

 なおこの裁判で私たちは、矢野の提訴が当然、矢野自身の経験に基づくものであり、矢野は被害店に3回行ったこと及び被害者に対して脅し文句を言い残していったことが事実であることを知っているにもかかわらず、それが事実でないとする虚偽の事実に基づいて提訴したもので「訴権の濫用」に当たり、訴えは却下されるべきであるとも主張したが、裁判所は〈原告が本件記述が真実であることを知りながら、本件訴えを提起したことが明らかであるとは認められない〉などとして、この点に関する私たちの主張を退けた。

 余談だが、同日、同じ法廷で並行して審理されていたもう1つの裁判の判決も言い渡された。平成15年6月9日、東村山市議会本会議中、傍聴席から議会を撮影していた私に対して矢野が「恐喝事件に関与したアングラ記者」とする趣旨の発言をしたことについて、私が矢野に対して慰謝料を請求していた事件である(私が恐喝事件に関与した事実はない)。当初、私は議会関係者に、東村山市議会として矢野に対してなんらかの処分を下すことはできないかと問い合わせたが、ルール上、それは難しいということだった。

 議会では傍聴人の発言は禁じられており、発言権を持つ議員が傍聴人を一方的に誹謗してもなんらの処罰も受けないことになれば市民の傍聴の権利を脅かすことにつながりかねない。普通の議会ではめったにあることではあるまいが、東村山市議会に限っては今後も頻発する恐れが十分にあった。矢野はこれまでもたびたび他の議員を誹謗しては議会を空転させてきたのである。

 私の訴えに対し矢野は、私の撮影行為が議事妨害であるとし、議長に注意喚起したにすぎないなどと主張した。しかし、注意を喚起するのなら撮影行為を問題にすればすむ話で「アングラ記者」などと決めつける必要はない。東京地裁八王子支部は矢野の議場内での発言の違法性を認め、10万円の支払いを命じる判決を言い渡した。矢野は平成17年7月26日、2件の敗訴判決を言い渡されたのである。

 さて、被害店に行ったのは「2回」で、脅し発言もしていないとする主張を否定された矢野が、もちろん一審判決を受け入れるはずはなかった。


(第28回へつづく)

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万引き被害者威迫事件 第28回
一蹴された遅延工作 

 矢野が控訴状を提出したのは平成17年8月10日である。民事訴訟法では、控訴提起から50日以内に控訴理由書を提出しなければならない。ところが、矢野が控訴理由書を相被控訴人である「東村山通信クラブ」発行人の代理人に送ってきたのは控訴提起から89日後、平成17年11月8日に開かれた第1回口頭弁論の前日であり、代理人をつけていなかった私が受領したのは口頭弁論期日当日のことだった。

 最近の民事訴訟では、控訴審はよほど複雑な事件でないかぎり、1回の口頭弁論で終結させるのが裁判所の基本方針となっている。通常の裁判では、控訴人は控訴から50日以内に控訴理由書を裁判所と被控訴人に送付し、被控訴人は遅くとも第1回口頭弁論期日の1週間前にはそれに対する答弁書を提出する。裁判所は控訴人、被控訴人双方の主張を確認した上で、弁論を終結するか継続するかの判断をするわけである。

 しかし、口頭弁論期日の前日に控訴理由書を渡されたのでは、被控訴人が口頭弁論期日までに答弁書を提出することはきわめて困難であり、当日法廷で手渡された私に至っては、どうがんばっても当日、答弁書を提出しろというのは無理な話である。するとその後、どういう進展が予測されるかといえば、裁判官が1カ月か2カ月先に次回期日を指定し、被控訴人に対してそれまでに答弁書を提出するように命じ、それを見た上で終結か継続かの判断をするということになろう。つまり、矢野がそれを意図したのかどうかは別にして、その日の口頭弁論はまったくの徒労となり、判決は確実に1カ月ないし2カ月、先延ばしになるということである。

 朝木明代の自殺後、長女の朝木直子(現東村山市議)とともに「明代が着せられた万引き犯の汚名を晴らす」と公言し、平成15年には直子とともに「万引き冤罪」と「他殺」を主張する『東村山の闇』を出版までした矢野がこんなことでいいのだろうか。東京地裁八王子支部の判決によって、万引き被害者に対する威迫行為が認定されたとまではいえないものの、少なくとも被害者の、矢野の伝言を脅しと受け止めたとする証言の信用性が認定された。これは矢野が法廷に提出した「会話記録」の信用性を否定するものであり、被害者に対する威迫の事実を疑わせ、明代の万引きの事実をより一層疑わせることになる。明代の万引きを否定する矢野は、自らの証拠隠滅の疑いのみならず、ほかならぬ明代の名誉を守るために、何をおいてもいち早く一審判決を覆さなければならなかったはずである。

 まして、明代の第1回目の取り調べ当日、矢野と明代が被害店に脅しに行ったかどうかは矢野自身の経験したことであり、反論・反証にそれほど時間がかかるとも思えなかった。するとやはり、矢野が控訴理由書を第1回口頭弁論の本当にギリギリまで提出しなかったのは、結論の先延ばしをはかったと疑われても仕方あるまい。

 では、第1回口頭弁論期日ギリギリに提出した控訴理由書で矢野はどんな主張をしていたのか。前日に「東村山通信クラブ」発行人の代理人は矢野が裁判の引き延ばしを狙って控訴理由書の提出を遅らせたと判断し、前日の午後から急遽答弁書を作成して口頭弁論に間に合わせた。代理人は短時間で矢野の控訴理由書を詳細に分析し、的確に反論しているので、その一部を紹介しよう。

〈(矢野の)控訴第1準備書面には、原審の審理経過に関して虚偽の事実が記載されている。すなわち、控訴人(矢野)は、平成17年6月7日に行われた第9回口頭弁論期日において、あたかも原告第4準備書面に引用した書証の申出が斥けられたかのごとく記載しているが、そのような事実は全く存在しない。そもそも、同日の口頭弁論において、控訴人は甲第5号証以降の書証を提出してはいないし、もちろん被控訴人らもこれらの書証を受け取っていない。同口頭弁論期日において、裁判長が弁論を終結するにあたっても、控訴人及び控訴人代理人は、何らの異議も述べていない。

 また、原審において、「本件録音テープ」を準文書として提出し、本件録音テープを鑑定等行うことを求めたが、原審はこれを認めなかった」という記載も全くの虚偽である。控訴人は、そもそも録音テープを準文書として提出などしていないし、鑑定を申請した事実もない。このように、原審の審理経過について、明らかな虚偽の事実を記載し、これを控訴の理由とすることは、民事訴訟法第2条の定める訴訟上の信義則に違反している。〉

 矢野の提出した控訴理由書は23ページに及んだが、新たな主張といえるのは、発行人の代理人が指摘した虚偽の事実に基づき原審の訴訟指揮を批判した部分を含む5ページ分ぐらいのもので、あとは一審で提出した準備書面をコピーし貼り付けたものだったのである。分厚い書面を提出したことも、反論を遅らせるためだったのだろう(長ければそれだけ分析に時間がかかり、答弁が遅れる可能性が高い)。発行人の代理人は貼り付けた部分を赤でマーキングし、矢野の控訴理由にいかに新しい主張がないかを明示し、弁論の終結を求めた。素人にはちょっと真似のできない厳しい追及だった。 

 裁判が始まった当初から、この裁判は直接的には威迫発言の有無を争うものではあるが、結局のところ、それによって明代の万引きの事実を争うものであり、それまで幾多の裁判で否定された「冤罪」の主張を蒸し返すものにほかならないと考えていた。威迫発言の事実を争えば、当然、最終的にパート店員や被害者の尋問も考えられた。しかし、とりわけすでに被害者は、何の罪もないにもかかわらず矢野と朝木直子から提訴され、法廷に引きずり出された。これ以上、被害者に負担をかけることだけは避けなければならなかった。もちろん、発行人の代理人もそのことをよく理解しており、だからこそ矢野がギリギリに提出した控訴理由書に素早く対応し、矢野の控訴理由書の内容と提出期限を徒過していることなどを理由にただちに弁論を終結するよう求めたのである。

 これに対して矢野は、録音テープを準文書として証拠提出するとか、一審ではパート店員や被害者に対する尋問が行われていないから証人申請したいなどとし、裁判の継続を求めた。しかしそう主張しながら、矢野は録音テープを持参しておらず、また証人申請に必要な証拠申出書さえも準備していなかった。

 矢野は、たんに威迫発言をしていないことについて主張・立証すればよいと思われるが、なぜ原審の経過に関して虚偽の事実まで並べる必要があったのか。また、1日も早く明代の「万引き犯の汚名」を晴らしたいのなら、第1回弁論期日に必要な書類を準備すべきだったろう。矢野がそれをしなかったのはなぜなのか。

 これらの事実はどう見ても、矢野の側にはすでに有効な反論も立証材料もないことを示しているとしか見えなかった。東京高裁は矢野の言い分を聞き終わると結審を宣言、判決は12月15日に言い渡されることとなった。


(第29回へつづく)


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万引き被害者威迫事件 第29回(最終回)
                             ★第1回から読みたい人はこちら

東京高裁が示した威厳と正義

 弁論継続を求めた矢野の主張を東京高裁が受け入れず、判決期日を指定したことで、あとは判決を待つだけと考えていた。通常、控訴人の控訴理由に一定の正当性があると裁判所が考えれば審理を継続する場合が多く、一審判決の結論に著しい変更がない場合には一回の口頭弁論で終結することが多い。したがってこの裁判の場合も、矢野の請求が棄却される可能性が高いと考えられた。閉廷後、矢野もまた十分にそのことは予感していただろう。東京高裁が矢野の請求を棄却すれば、仮に上告したとしてもその判決が覆る可能性はほとんどない。

 しかし驚いたことに、矢野はまだ裁判の継続をあきらめていなかった。結審から2週間後の平成17年11月22日、矢野は東京高裁に対して「弁論再開の申立書」および「証拠申出書」(証人尋問が必要であるとする人物を指定したもの)「検証申出書」を提出したのである。「弁論再開の申立書」で矢野は次のように主張していた。――

1 本件については、原審及び当審において、被控訴人ら(宇留嶋ら)の事実捏造があったこと及びその事実捏造が存在すれば、被控訴人らにより控訴人(矢野)の名誉が毀損されたされたことは明白であるにもかかわらず、書証についてさえ一切証拠調べもなされておらず、被控訴人らが主張する事実の存否について全く検討をしていない。

2 したがって、控訴人の名誉が毀損されたことについて、控訴人には、上記1記載の「事実捏造」が存在するか否かに関する立証の機会と、被控訴人らにはそれに対する抗弁の機会が十分に保証されなければならない。以上のとおり、本件の弁論を再開するべき理由が十二分に存在することが明白であるので、控訴人は、ここに本申立をする次第である。――

「証拠申出書」ではパート店員を証人として申請し、「検証申出書」には矢野が被害店訪問時に録音したテープを検証してほしい旨の記載があった。

 しかしいうまでもなく、提訴から東京高裁での結審までに矢野には十分に証人申請する時間があったし、録音テープを提出するチャンスもあった。とりわけ録音テープは、提訴と同時に提出することもできたのである。つまり、今回矢野が提出した書面の内容はいずれも矢野が結審までにするべきことをせず、裁判所もまたその必要性を認めなかったものばかりだった。案の定、判決言い渡しまでに東京高裁から弁論を再開するとの通知は来なかった。矢野の弁論再開の申立は相手にされなかったようだった。

 こうして迎えた平成18年12月15日、東京高裁は私たちが予想したとおり矢野の控訴を棄却する判決を言い渡した。しかし、矢野と明代の威迫行為および会話記録の改ざんの事実認定に関する判断は東京地裁八王子支部の判決よりもはるかに踏み込んだものだった。東京高裁は地裁八王子支部の真実性判断の部分をすべて取り消し、改めて高裁としての判断を示した。その全文を紹介しよう。

――そこで、本件記述の真実性について検討する。

 前掲各証拠によれば、①千葉英司(以下「千葉」という)は、もと東村山警察署の副署長であり、本件窃盗被疑事件を担当していたこと、②千葉は、本件窃盗被疑事件の捜査において、本件洋品店の経営者である○○やその女性店員から事情聴取等を行ったこと、③上記女性店員は、捜査機関に対し、控訴人(矢野)や亡朝木が、平成7年6月30日、本件洋品店を3回訪れたが、その時刻は、1回目が午後5時20分ころ、2回目が午後7時少し前ころ、3回目が午後7時45分ころである旨を述べ、さらに、3回目の訪問に関して、訪れたのは男性1人(控訴人矢野)で、その男性が『オーナーはまだ帰ってきていませんか。今日は帰りますけど、オーナーに無実の人を訴えると罪になると伝えてください』と告げた旨を供述したことが認められ、これらの事実によれば、控訴人は、平成7年6月30日、亡朝木と共に、午後5時20分ころ及び午後7時少し前ころの2回本件洋品店を訪れ、午後7時45分ころには、1人で本件洋品店を訪ね、前記女性店員に対し、『オーナーはまだ帰ってきていませんか。今日は帰りますけど、オーナーに無実の人を訴えると罪になると伝えてください』と告げたこと及び④被控訴人宇留嶋は、千葉に対する取材により、上記③の事実を聞き出し、これに基づき、本件記述をしたことが認められる。

 なお、証拠によれば、○○(被害者)は、本件窃盗被疑事件に関連する民事訴訟において、平成12年2月23日に行われた本人尋問で、平成7年6月30日に控訴人(矢野)が本件洋品店を訪れた回数が2回であった旨の供述をしているが、前掲各証拠によれば、控訴人が本件洋品店を訪れた際、○○(被害者)は不在であって、前記女性店員から控訴人の来訪を聞いたにすぎないことが認められ、この事実にかんがみれば、○○(被害者)が上記供述をしたことが、前記③の事実の認定の妨げとなるものではないというべきである。

 そして、控訴人(矢野)が作成した本件反訳書(会話記録)においては、控訴人が、平成7年6月30日に本件洋品店を訪ねたのは、午後7時ころと午後8時前の2回であると記載され、また、3回目に訪ねた際に控訴人がした『人を訴えると罪になると伝えてください』との発言が記載されていないことは、事実に反するものといわざるを得ないから、これらの点に関する本件ビラ(東村山通信クラブ)の指摘は、真実であるか、仮にそうでなかったとしても、上記認定の事実に照らせば、被控訴人宇留嶋がこれを真実と信じたことには相当な理由があったというべきである。

 また、控訴人(矢野)が上記訪問の際に本件店員と交わした会話を録音していたことにかんがみれば、本件反訳書(会話記録)に記載された訪問の回数と訪問時間が事実に反し、また、上記発言が記載されなかったことも、控訴人が意識的にしたものと考えられることに照らせば、被控訴人宇留嶋が、本件記述において、控訴人(矢野)が本件反訳書を民事訴訟の証拠として提出したことをもって、改ざんした会話記録を証拠として提出したものとした本件ビラにおける記載も、真実であるか、仮にそうでなかったとしても、被控訴人宇留嶋が、これを真実と信じたことには相当の理由があったと解するのが相当である。――

 矢野が3回目に訪れた際に「人を訴えると罪になる」という発言をしたこと、またその発言が矢野の提出した「会話記録」に記載されていないと私がビラで指摘した点について東京地裁八王子支部はたんにその相当性を認めたにすぎなかった。ところが東京高裁は、

〈3回目に訪ねた際に控訴人がした『人を訴えると罪になると伝えてください』との発言が記載されていないことは、事実に反するものといわざるを得ない〉

 と認定し、矢野の主張する訪問回数と時間がパート店員の証言と食い違っている点および矢野が威迫発言を記載しなかった理由についても、

〈本件反訳書(会話記録)に記載された訪問の回数と訪問時間が事実に反し、また、上記発言が記載されなかったことも、控訴人が意識的にしたものと考えられる〉

 とまで一挙に踏み込んだのである。「意識的にした」とは、「隠そうとする意思をもって記載しなかった」ということであり、矢野が被害店への訪問目的、とりわけ最後の発言を「脅し」と認識していたということである。刑事事件と異なり、事実認定までにはあまり踏み込まない民事訴訟において、裁判所がここまで事実認定に踏み込んだ判決もあまり例がないのではないか。

 東京高裁は一審において矢野が最後の最後まで事実関係について主張しなかったこと、控訴提起についても一審の進行に関する虚偽の主張をしたこと、控訴理由書にも事実関係に関する新たな主張がなかったこと、結審に際して異論を述べなかったにもかかわらず、事後に弁論再開を申し立てて正当な裁判手続を無視しようとしたこと――などから矢野の特異性を見抜いたのだろう。その上で、威迫発言の事実関係についても、たんに記事の相当性を認定しただけでは再び矢野が被害者の法廷供述を根拠に「なかった」と主張しかねないと判断したのだろう。

 矢野が再び「会話記録」の正当性を蒸し返すことは、すなわちなんらの落ち度もない被害者やパート店員の証言を虚偽と決めつけるものであり、彼らの人権を著しく侵害するものにほかならない。東京高裁は、矢野に二度と被害者を嘘つき呼ばわりさせないためには、裁判所として一定の判断を示す必要があると考えたのではあるまいか。いずれにしても、ここまで事実関係に踏み込んだ東京高裁の判決は、嘘をつくことになんらの抵抗もない矢野の不誠実さと、自己保身のためには他人をどこまで陥れても平然としている不正義を許さない断固とした意思を示したものである。この判決に対して、矢野は上告しなかった。

 平成7年6月30日、取り調べ直後に矢野と明代が被害者に対して行った威迫行動について、矢野は平成11年の法廷での供述以後、さまざまに言葉を弄して「取材」であると主張し、あるいは被害者本人を追い詰めるかたちで威迫発言の存在をなかったことにしようとしてきた。もちろんそれは、明代の万引きの事実を否定するためであり、なにより矢野自身の隠蔽工作への関与を否定するためにほかならなかった。しかしこの東京高裁判決によって、矢野が平成7年以後12年にわたって主張してきたことのすべてが虚偽であることが確定したのである。

(了)   

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