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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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名刺広告強要事件 第7回

自分本位の和解案

 さて、私があたかも名刺広告強要事件に関与したかのような印象を与える記事をめぐる裁判は平成19年10月10日に結審したが、もちろん裁判所がどう判断しているのかはわからない。ただ、私が請求していた項目のうち、インターネットホームページ「東村山市民新聞」に3年以上にわたり、私の顔写真と「名刺広告強要事件で、提訴され返金させられた問題業者の元社員」という文言が掲示されたページについては裁判長が口頭で削除を命じ、その翌日矢野が削除したという経緯がある。このため私はこのページに対する削除請求だけは取り下げたが、少なくともこの経緯に関するかぎりにおいては、裁判所も矢野も違法性を認めたものと理解していいのではあるまいか。

 矢野・朝木との和解協議は現在も継続しており、1月28日には7回目を迎えた。私は金銭解決を求めているが、矢野にはいろいろな思惑があるようでこれまでに4つの和解案を提示している。矢野が平成19年12月25日に提示した最新の和解案は以下のとおりである。

和解案4

1 被告ら(矢野・朝木)は、本件記事において、最高裁にて確定した「月刊タイムス事件」判決を紹介し、「潮」事件判決とともにその判旨について論評したものであり、原告の名誉を毀損する意図の下に掲載したものではないが、名誉を毀損されたとの原告の指摘を受け止め、遺憾の意を表明するとともに、今後、原告に関し名誉毀損記事または名誉毀損のおそれがある記事を執筆しないことを確約する。

2 原告(宇留嶋)は、2004(平成16)年11月から2007(平成19)年10月までの間に、被告らに関する14件の記事を執筆し、「月刊タイムス」に継続して掲載し、被告らの社会的評価を再三に渡って低下させたとの被告らの指摘を受け止め、遺憾の意を表明するとともに、今後、被告らに関し名誉毀損記事または名誉毀損のおそれがある記事を執筆しないことを確約する。

3 被告らは、前項記載の原告の遺憾の意の表明および名誉毀損記事を執筆しないとの確約をうけ、2004(平成16)年11月から2007(平成19)年10月までの間に原告が執筆し、「月刊タイムス」に継続して掲載した記事につき、現在係争中のものをのぞき、新たに不法行為の責任を問わないものとする。

4 原告は1996年以降、東村山市議会本会議場の障害者用専用席を専用し及び同市議会委員会室において、被告らのみを継続して撮影し、これを月刊タイムズに毎号のように掲載したこと、および被告らが立候補した市議会議員選挙の選挙運動期間中に、自転車で遊説中の被告らにつきまとって至近距離からフラッシュを焚くなどして撮影し、選挙の自由妨害に該当する行為であると被告から指摘された事実を認め、今後、このような市議会内での写真撮影、およびつきまとい行為、写真の無断撮影等は行わないことを確約する。

5 原告は、月刊タイムズ等に被告らの写真を無断で掲載しないことを確約する。掲載した場合には、1件につき金   万を被告に支払うものとする。

6 被告は前項までの和解条項をふまえ、本件訴訟2件の提起につき原告が負担した費用合計金  円を負担する。

7 本件和解条項につき、当事者双方ともにいかなる方法によっても第三者に伝える等、一切公表をしないものとする。公表した場合には、損害金 万円を相手方に支払う。

 この和解案のうち2、3にあるような、私が自分の記事について矢野に譲歩する理由はないと考えているし、2の後半部分および4、5は実質的に私の取材執筆活動を制限しようとするもので受け入れられないと回答している。また、7の「和解内容についていっさい公表しない」というのも受け入れられない。「何を書かれるかわからない」というのがその理由のようである。私は裁判の経過に基づいて書くつもりだと答えるしかなかったが、矢野はそれでは納得しなかった。実はこの原稿は、和解協議の過程で矢野に見せることを前提に書かれたものなのである(もちろん裁判官にも)。

 批判する相手について書いた原稿を、読者よりも先に相手に見せるなど通常はありえない話であり、あってはならないことである。ただ、私は原稿を見せるとはいったが、当然ながら、矢野からなんらかの訂正要求があった場合、それに従って記事を訂正することを約束したわけではないし、その意思もない。そのことを前提に裁判所に提出したのがこの原稿である。



「こんなに長いとは思わなかった」と矢野

 以上が、平成20年1月28日、和解協議の途中で矢野が「和解内容をいっさい公表するな」といい、その後「何を書かれるかわからないので怖いから内容を教えてほしい」といい出したため、第7回和解協議に裁判所から促されて提出した原稿である。矢野の主張が「事前に内容を教えれば公表してもよい」という方向へ軟化した(もちろん、矢野の許可なしに原稿を公表できないなどということはないのは当然)と受け取っていた私は、矢野は私が公表しようとしている原稿の内容を具体的に知ることができたのだし、これでもうこの問題はクリアできたのではないかと私は考えた。矢野が私の原稿の内容にクレームをつけて具体的にクレーム箇所を特定してくれれば、それはそれで興味深い。

 この第7回和解協議の日は、矢野と朝木は午前10時30分から千葉が提訴していた裁判(3月26日矢野・朝木敗訴=「インターネット「東村山市民新聞」裁判判決」参照)の口頭弁論に出廷し、11時20分から私との和解協議という予定になっていた。矢野は千葉との裁判の間も、私が送付した原稿に目を通していたものだった。はたして、私が原稿を提出したことで裁判所は今後の和解協議をどう進め、また矢野はどう対応するのか、それがこの日の和解協議に臨む私の関心だった。

 この日の和解協議では私が先に呼ばれて裁判官の見解を聞いた。裁判官は「言論の自由があるので、提出していただいた原稿について裁判所が注文をつけることはないが、裁判所としては、この裁判で現れた事実に基づいたものであれば問題ないと思う」ときわめて常識的な見解を述べただけで、内容について具体的には言及しなかった。私との協議はものの10分で終了した。

 では、矢野は私が原稿を提出したこと、および原稿の中身についてどんな態度を示したのか。矢野と朝木は私と入れ替わりに法廷に入ったが、協議は長引いたようで、私が再び法廷に呼ばれ、矢野・朝木と同席したのは30分もたったころだった。法廷に入ると裁判官は私に「被告は次回に和解案を提出するということですので」と継続の同意を求めた。矢野の希望に沿って原稿を提出したものの、私は協議が簡単に終わるとは思っていなかったので、継続に反対するつもりはなかったが、矢野はこのとき裁判官にこういったのである。

「(原稿が)こんなに長いとは思ってなかったもので……」

 最初、私がプロットだけを示したことに対して「これでは具体的な内容がわからない」というので具体的かつ詳細な原稿を見せると、今度は「こんなに長いとは」と言い出すとは不可解である。この日の和解協議で、矢野が裁判官に何を主張したのか具体的にはわからない。ただ、矢野が私の原稿を見たことで無条件に公表に同意するということではないかもしれないという雰囲気だけは感じた。


(第8回へつづく)
 

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名刺広告強要事件 第8回

再び公表を拒否した矢野

 これまで7回を数えた和解協議は和解内容(裁判の経過も含む)の公表をめぐる対立によって遅滞していたが、私が公表内容を具体的に示したことで、矢野が公表に応じるか否かにかかわらず、なんらかの進展があるものと思われた。そもそも、私が裁判内容を公表するに際して矢野や裁判所の承諾を得る必要はない。では、望みどおり私の原稿の内容を具体的に知った矢野は、公表についてどういってきたのか。矢野が2月20日に提出した「和解案5」を紹介しよう。

矢野和解案5

1 被告ら(矢野・朝木)は、本件記事において、最高裁にて確定した「月刊タイムス事件」判決を紹介し、「潮」事件判決とともにその判旨について論評したものであり、原告の名誉を毀損する意図の下に掲載したものではないが、名誉を毀損されたとの原告の指摘を受け止め今後、原告に関し名誉毀損記事または名誉毀損のおそれがある記事を執筆しないことを確約する。

2 原告(宇留嶋)は、2004(平成16)年11月から2007(平成19)年10月までの間に、被告らに関する14件の記事を執筆し、「月刊タイムス」に継続して掲載し、被告らの社会的評価を再三に渡って低下させたとの被告らの指摘を受け止め、今後、被告らに関し名誉毀損記事または名誉毀損の恐れがある議事を執筆しないことを確約する。

3 被告らは、前項記載の名誉毀損記事を執筆しないとの原告の確約をうけ、2004(平成16)年11月から2007(平成19)年10月までの間に原告が執筆し、「月刊タイムス」に継続して掲載した記事につき、現在係争中のものをのぞき、新たに不法行為の責任を問わないものとする。

4 原告は1996年以降、東村山市議会本会議場の障害者専用席を占用し及び同市議会委員会室において、被告らのみを継続して撮影し、これを月刊タイムズに毎号のように掲載したこと、および被告らが立候補した市議会議員選挙の選挙運動期間中に、自転車で遊説中の被告らにつきまとって至近距離からフラッシュを焚くなどして撮影し、選挙の自由妨害に該当する行為であると被告から指摘された事実を認め、今後、このような市議会内での写真撮影、およびつきまとい行為、写真の無断撮影等は行わないことを確約する。

5 原告は、月刊タイムズ等に被告らの写真を無断で掲載しないことを確約する。掲載した場合には、1件につき金  万を被告に支払うものとする。

6 被告は、前項までの和解条項をふまえ、本件訴訟合計4件の提起につき原告が負担した訴訟費用等合計金  円を負担する。

7 本和解条項につき、全文をそのまま公表することを除いて、当事者双方ともに合意までの経過を含め一切公表をしないものとする。公表した場合には、損害金  万円を相手方に支払う。

8 当事者双方は、以上をもって本件訴訟を終了させることを合意し、本件については、他に何ら債権債務のないことを相互に確認する。

 ――矢野が提出した「和解案5」は基本的には本連載第7回で紹介した「和解案4」となんら変わらず、むしろ最大の懸案事項となっていた「経過の公表」に関しては下線付きで強調、私が原稿を提出する前よりも態度を硬化させていることがわかる。「何を書かれるか不安だ」というから見せたのだったが、矢野は原稿の中身を知ってもっと心配になったということだろうか。2月20日に開かれた第8回和解協議の席で、矢野の代理人である弁護士の福間智人は私にこう聞いた。

「公表される内容はこれがすべてということですか?」

 こんな質問にいちいち答えなければならない理由がないことは弁護士である福間も十分承知の上だったろう。裁判官は「これがマックスだということですよね」と私に確認するので、

「この原稿に書いたことは前回の和解協議の時点の話であって、まだ終結していないわけですから、今後どうなるかはわかりませんよ」

 と私は答えた。私の回答に対して、福間からも裁判官からもそれ以上の質問はなかった。裁判官としては私が「和解を拒否する」といい出すことを懸念して間に入ったのだろう。公表内容を事前に聞くことがどういうことを意味するか。福間にしても矢野にしても、当然その意味をよくわかっているのである。

 その後、矢野と朝木だけが法廷に残り裁判官と協議を行ったが、その日矢野はようやく和解金について10万円程度なら応じる用意があると回答した。当初矢野が、5000円とか訴訟費用(数万円)なら払ってもよいといっていたことからすると一定の進展があったようにみえた。裁判官は私に原稿を提出させることで、和解金の交渉に入るための地ならしをしたようだ。裁判官は「双方から提出された和解案を検討して、次回に裁判所としての斡旋案を出します」とし、この日の和解協議を終えた。8回を数えた和解協議は終結に向かいつつあった。

(第9回へつづく)

 

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名刺広告強要事件 第9回(最終回)
                             ★第1回から読みたい人はこちら


裁判所からお墨付きを与えられた原稿

今度は「原稿を短くしろ」と矢野

 3月7日の第9回和解協議では、矢野と朝木が先に法廷に呼ばれ、入れ替わりに私が法廷に入った。当然だが裁判所は、私が裁判の経過を公表することを止めることはできないと矢野に告げたのだろう。すると矢野が新たな要求をしてきたことがわかった。矢野は私が提出した原稿について、原稿の「どの部分について」などの具体的な指摘はないまま、原稿を短くしろといってきたのである。その理由は何なのか、裁判所から説明はなかった。

 いかなる内容でいかなる方法で発表しようが私の勝手で、矢野から原稿の長さについて指図されるいわれはない。これもまた憲法で保障された自由な言論活動に対する間接的な介入である。しかし、ここまで慎重に和解を進めてきた裁判所としては矢野から最終的に一定の和解金を引き出すことが目的でもあり、双方の了承を得られるのなら矢野の希望を容れるのもやむを得ないと判断したようである。裁判長は私にこういった。

「提出していただいた原稿については裁判所としては問題はないと考えている。ただ、被告が短くしてほしいといってきているので、内容については裁判所がお墨付きを与えるわけですから、短くすることを検討してもらえないか」

「引用した部分(矢野が掲示板で誹謗中傷を繰り返してきたこと)は本件とは直接関係ないので、独立したものとして公表することは可能です」

 私はこう答えたが、矢野の目的は別のところにあった。私と入れ替わりに法廷に入った矢野は今度は別の要求を出してきた。矢野は原稿を短くするのはもういいから、

「朝木明代の転落死について『潮』判決で『自殺を裏付ける証拠はない』とされているのだから、『万引きを苦にした自殺』という表現をやめてほしい」

 といい、その点を和解条項に入れてほしいといってきたのである。その場合には和解金として15万円を支払ってもよいということらしい。10万円以上の和解金の支払いは避けられないと考えた矢野は、おそらくこの日、最初から交換条件を出すことを目的に「原稿を短くしろ」といってきたのだろう。裁判所も「『潮』判決でそうなっているのは事実ですが、どうですか。その後なにか新しい事実が出てくれば、『万引きを苦に自殺』と書いてもいいと思いますが」という。

「明代の事件は本件とはなんら関係がない。それに『潮』判決でも『自殺の証拠はない』といっているだけで『他殺』と認定されたわけではない。裁判官の見解としてはわからないではないが、それを和解条項に書くと矢野と朝木はそれをもとに『他殺』という虚偽宣伝に使うことは目に見えているので、和解条項として入れることは容認できない」

 私はこう主張し、裁判官も最終的に明代の件を和解条項には入れないこととした。こうして裁判所から示されたのが下記の和解条項案である。

裁判所による和解条項案

1 原告と被告らは、今後、相互に対して違法に名誉やプライバシーを侵害する記事を執筆ないし掲載しないことを相互に約束する。

2 原告は、被告らに対し、今後、被告らに対する取材活動を行う際、東村山市議会本会議場においては議事の進行を妨害するような態様で写真撮影をしないこと、同本会議場の外においては被告らから半径2メートル以内の場所でフラッシュをたくなどして写真撮影しないことを約束する。

3 被告らは、原告に対し、本件訴訟費用相当額等として15万円を支払う。

4 原告は、被告らに対するその余の請求をいずれも放棄する。

5 原告及び被告らは、原告と被告らとの間には、本件に関し、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。

6 訴訟費用は、各自の負担とする。

(※この和解案は私が提訴した2件の事件に対するもの。平成15年以降、私は4件提訴したが、うち2件は途中で取り下げている。矢野が今もなぜ「4件の訴訟費用相当額」などというのか、その理由は私にはよくわからない)

 なお、この前段階の和解案にはもう1項、

「被告らは、2004(平成16)年11月から2007(平成19)年10月までの間に原告が執筆し、『月刊タイムス』に継続して掲載した記事につき、現在係争中のものをのぞき、新たに不法行為の責任を問わないものとし、原告もまた被告らの過去の記事等に対して不法行為の責任を問わないものとする」

 とする条項もあった。しかしこの条項については、私は即座に拒否した。「私はすでに次の訴状を準備している」というのがその理由である。裁判官はすぐに納得し、この条項は削除された。

 裁判所が示した和解案のうち1、2は私がどうこうというものではなく、取材の一般的、常識的なマナーのレベルの話である。15万円という和解金額についても、裁判所が私の原稿にお墨付きを与えたこと(裁判所に提出した範囲)、矢野は当初5000円しか払わないといっていたことなどを総合的に判断すれば、おおむね満足できるものと考えた。裁判所が示した和解案と矢野の「和解案5」を比較すれば、矢野の主張がことごとく否定されていることがわかろう。こうして、私は裁判所が示した和解案を受け入れることに同意したのである。4時に始まった和解協議はこのときすでに1時間30分近くが経過していた。

和解金を投げて寄こした朝木直子

 あとは矢野と朝木が裁判所に和解案に同意するかだけである。私と入れ替わりに法廷に入っていった彼らはすんなり受け入れるのか――すると、彼らが法廷に入って10分ほどたったころのこと、朝木だけが法廷から出てきてどこかへ行ったのである。どうしたのだろう?

 朝木は法廷から出てどこへ行ったのか。私が再び法廷に招じ入れられてはじめて、朝木がどこへ行ったのかを知った。法廷には矢野と代理人の福間が残っていた。矢野と朝木は裁判所の提示した和解案に同意し、和解金についてはすぐに支払うとし、朝木は銀行に金を降ろしにいったのだという。和解金を私が受領した時点で、当初の和解条項3を、

「被告らは、原告に対し、本件訴訟費用相当額等として、15万円を本和解期日の席上支払い、原告はこれを受領した。」

 と改め、終結とするという。朝木の行き先は裁判所の前の甲州街道を挟んだところにあるセブンイレブンだった。余談だが、このとき朝木がセブンイレブンに入るのを見ていた人物がいて、「何をやっているのか」と思ったという(ちなみに、この思い出深いセブンイレブンはこの4月に閉店となった)。

 5分もすると直子が帰ってきて、私の30センチほど隣に座った。それを見届けた裁判官は「では、被告は原告に和解金を渡してください」と朝木にうながした。朝木はテーブルの上で金の入った袋を持っていて、私の方向に動かした。私は朝木がその封筒を私に手渡すものと思って手を出した。しかし次の瞬間、封筒は私の手をすり抜け、パサッという音を立ててテーブルの上に落ちた。朝木は封筒を直接私の手には渡さず、テーブルの上に放ったのである。さすがに20年以上矢野と付き合ってきた女だけのことはあると、私は感心したものだった。

「では、原告は中身を確認してください」と裁判官がいうので、私が札を数えようとすると朝木はこういった。

「機械が数えているので間違いないですよ」

 裁判官も朝木を疑っているわけではなく、手続き上の確認にすぎないのだが、朝木はどうしても何か一言いいたかったのだろう。

 さて、私が和解金を受領してすべてが終わるはずだったが、矢野と朝木は朝木明代の「万引きを苦にした自殺」という表現に関して確認したいという。つまり、和解条項に記載することを要求して退けられた内容について、もう1度裁判官の見解を聞きたいというのである。矢野と朝木は裁判官の説明をメモに取ると満足げな表情を浮かべたものだった。しかしすでに、「万引きを苦にした自殺」については「タイムス裁判」において表現の相当性が認定されている。また念のために、法律上の「和解条項」とは判決文と同等の法律的効果を持っている。言い換えれば、和解条項に記載されていない部分についてはなんらの法的効力も持たないということである。

 こうして、結審から5カ月に及んだ長い和解協議はようやく終わった。裁判官が退廷したあと、私は矢野に「お疲れさまでしたね」と声をかけた。しかし矢野は、俯いて視線を下に落としたまま私に一言の挨拶も返さなかった。裁判終結後、矢野と朝木は「どうみても実質勝訴」などと騒いでいる。しかし少なくとも私には、その日の矢野の姿は「実質勝訴」した者のようにはみえなかった。

(了)

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)   第1回
                             ★第1部から読みたい人はこちら


 東京・東村山市にある認可保育園、りんごっこ保育園で平成20年1月31日、複数の保育士が退職した結果、保育士数が国の定める認可基準を下回ったことが判明した。このため東村山市保健福祉部は認可権者である東京都と協議の上、2月18日付文書(「りんごっこ保育園職員等の改善について(通知)」)による改善指導を行った。その内容は①改善計画書の提出②資格の有無などの確認可能な職員名簿の提出――などである。

 定員77名のりんごっこ保育園に必要な保育士は最低10名。保育士の数が不足すればそれだけ園児に対する保育士の目が届きにくくなることは明らかで、保育士の不足はただちに園児の安全に影響を及ぼすことになる。東村山市が改善指導を行ったのは当然だし、これが認可申請段階であれば保育士が不足していることが明らかな保育園が認可されることはあり得ない。

 ところが、りんごっこ保育園の設置者、高野博子(東村山市議矢野穂積と同居)は同日、「東村山市による改善指導そのものが適法なものではない」などとして「通知」を「返上する」などとする回答を文書で行い、3月5日にも「(退職によって不足した)職員はすでに配置済み」「2月18日付文書を直ちに撤回せよ」などとする文書を東村山市に対して送付している。

「りんごっこ保育園問題とは何か 第1回」(第1部)で述べたとおり、東村山市が改善指導を行ったのは、東村山市と東京都が3名の保育士と1名の栄養士が退職した事実とその後の職員配置状況を高野に確認し、「職員の構成」と称する「職員名簿」の提出を受けたが、その名簿と現状に食い違いがあると認定した上でのことである。したがって、仮に東村山市の指摘事項が誤っていたのだとしても、改善指導を送付された高野の側は、職員が充足しているというのならその旨を文書で詳細に説明すればいいだけの話で、改善指導そのものを「返上」までする必要はあるまい。
 
 東京都と東村山市からすれば、いつまでたっても「りんごっこ保育園の保育士数は認可基準を下回った状態にある」という現状認識を改めることができないのはやむを得ないだろう。もちろん、「職員は充足している」という高野の主張が事実であると裏付けることもできない。これでは市民の子供を預かる東京都と東村山市は子供の安全を確保できる状態にあるとはいえず、市民に対する責任を果たしているとはいえない。この状態を放置していていいのだろうか。実施機関である東村山市も監督機関である東京都も立ち入り調査をしないまま年度末を迎えることになった。

再度の「通知」にも回答なし

 東村山市と東京都がりんごっこ保育園に対して保育士数の確認に動いたのは5月1日である。東村山市は保健福祉部長名で「改善計画書等の提出について」(通知)と題する書面を送付、5月16日までに改善計画書、資格の有無等を明記した職員名簿を提出するよう求めた。1週間後の5月23日、東京都と東村山市に確認すると、高野は書類の提出に応じるどころか、東村山市に対して質問書を送りつけてきたという。その内容はまだ確認できていないものの、その質問書が東村山市が送付した通知に対するものであることは確かだろう。東村山市が2度目の通知を送付したことに関して矢野あるいは朝木が東京都に出向いたという話もある。

 それが事実なのかどうか、また矢野あるいは朝木は何を目的に東京都に出向いたのか。5月23日、私は矢野と朝木に事実関係を確認しようとしたが、彼らは私の質問にはいっさい口を開かなかった。ただ、東京都に出向いた矢野あるいは朝木が、東村山市が送付した通知に対する回答を行ったという話は聞かない。

 私の質問に答えないことはさして重要ではない。しかし、東村山市が送付した通知に対してなんらの対応もしようとしないことは重大である。高野のみならず、運営委員としてりんごっこ保育園の運営に深く関与している矢野と朝木が、園児の安全を第1に考えるなら、保育士の配置状況を誠実に説明する義務があるが、2月以降の東村山市に対する高野や矢野の対応はどうみても一方的に彼ら自身のメンツと彼らの正当性のみを主張するものとしか思えない。これでは、園児を預かる東村山市や東京都が園児の安全を確認できず、したがって、りんごっこ保育園は東村山市長の責任において保育を委託するにふさわしい認可保育園とはとてもいえないと評価されてもやむを得まい。
 
 平成17年以降、りんごっこ保育園では「キャンディーチーズ窒息事件」「食中毒騒動退園事件」が相次ぎ、とりわけ食中毒騒動では保育園側(矢野、朝木、高野)による事実隠しとも受け取れる言動だけでなく、当事者に対する異常なまでの威迫的・脅迫的言動が目についた。自分たちの落ち度をいっさい認めず、自らを常に100%正当化しようとする姿勢、さらにそのためには手段を選ばない体質は、今回の「通知」に対する動きとなにか共通するものがあるように思える。

 自らを正当化するためには手段を選ばない矢野のやり方が、行政だけでなく在園児の保護者に対しても向けられるのではないかという心配は申請段階からあった。しかしそれが現実に起きてみると、やはりあらためて驚きを禁じ得なかった。平成20年2月以降の職員の退職と関係しているかどうかは定かではないものの、彼らが雇用する保育士など職員とて例外ではない。

 東京都はともかく、平成14年に始まった認可申請の前段階から付き合ってきた東村山市は今日のりんごっこ保育園の状況を予測できなかっただろうか。平成15年3月、りんごっこ保育園の認可申請は東村山市議会が予算を否決したことによっていったんは頓挫したが、その後も再申請に向けた動きは続いていた。この保育園を認めることが東村山市にとっていかに重大な禍根を残すことになるか――そう思わせる出来事は仕切り直しとなった認可申請の過程においても相次いだのである。                (宇留嶋瑞郎)


(第2回へつづく)

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第2次太田述正裁判判決
 元警視庁東村山警察署副署長の千葉英司氏がブログの記事によって名誉を毀損されたとして元仙台防衛施設局長で評論家の太田述正氏を提訴していた裁判で、平成20年5月27日、東京地裁(河野清孝裁判長)は千葉氏の請求を棄却する判決を言い渡した。

 問題となったのは「太田述正コラム」の平成18年4月15日付「裁判雑記(その3)」。その2年半前の平成15年11月10日、太田氏は東村山市議だった故朝木明代氏の転落死事件に関して、捜査機関が「万引きを苦にした自殺」と断定しているにもかかわらず、明代氏の万引き事件でアリバイ工作と万引き被害者に対する威迫行為など明代氏と隠蔽工作を共謀した東村山市議、矢野穂積氏と朝木直子氏の共著による虚偽の集大成『東村山の闇』の記載内容を鵜呑みにし、捜査指揮官だった「創価学会員の千葉氏が創価学会に配慮して捜査結果を曲げ、『他殺』を『自殺』として処理した」と断定する内容の記事を掲載。平成18年3月28日、千葉氏から「千葉が創価学会員であるという事実はなく、創価学会に配慮して捜査結果を曲げた事実はない」として提訴されていた。

 その裁判中に掲載されたのが今回問題となった記事である。改めて太田氏の記事を紹介しておこう。




<裁判雑記(その3)>
4 コラム#195の記述の問題点
 (1)不正確であった要約紹介
 以上の反論は、いわば一般論だが、私による上記の本の要約紹介内容に不正確な点があったことは否定できない。
 私による要約紹介は、以下の通りだ。

1 東京都東村山市は、創価学会の勢力が強いところで、市議26名中、(建前上はともかく創価学会の政治部以外の何者でもない)公明党は6名で、自民党の7名等とともに与党を構成しています。

2 明代市議は、議員活動の一環として創価学会脱会者の支援や人権侵害の被害救済活動を行っていたことから、東村山市の創価学会員や公明党市議らと緊張関係にありました。このような背景の下で、1995年に明代議員を被疑者とする万引きでっちあげ事件が起こり、更にその直後に明代議員殺害事件が起こったのです。

3 当時捜査当局によって、昭代市議(ママ)は万引きの被疑者として送検され、また、昭代議員のビルからの転落死は万引き発覚を苦にしての自殺と断定されてしまいます。

4 ところが、所轄の東村山警察署で転落死事件の捜査及び広報の責任者であった副署長も、彼の下で捜査を担当した刑事課員も、また、捜査を指揮した東京地検八王子支部の支部長及び担当検事もことごとく創価学会員だったのです。

 昭代市議(ママ)をビルから突き落として殺害した人間は創価学会関係者の疑いが強かったため、彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったと思われます。

5 しかし、彼らの画策したでっちあげや隠蔽工作は、この本の著者達やマスコミによって、創価学会の執拗な妨害を受けつつも、徹底的に暴かれ、社会の厳しい批判に晒されることになります。

6 なお、明代市議の殺人犯はまだつかまっていません。
 (番号は、便宜上、今回付した。)

 しかし、再度、この本を読み返してみたところ、副署長と刑事課員が創価学会員であった旨の記述はなかった。
 よって、今にして思えば、上記中の4は次のように記述されるべきだった。

4 これは第一に、転落死事件を担当した東京地検八王子支部の支部長及び担当検事が二人とも創価学会員であったところ、昭代市議をビルから突き落として殺害した人間は創価学会関係者の疑いが強かったため、彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったからであり、第二に、この地検支部の捜査指揮を受ける立場の所轄の村山警察署で転落死事件の捜査及び広報の責任者であった副署長も、彼の下で捜査を担当した刑事課員も、村山市(ママ)の創価学会関係者への配慮や上記地検支部長及び担当検事への配慮を、公僕としての義務より優先させたからである、と思われます。

(2)私の見解

 しかし、私は、私が副署長らを創価学会員と誤解したことに、重大な過失があったとは考えていないし、そもそも、副署長が創価学会員であろうとなかろうと、上記要約紹介全体の主旨が変わるわけでもないと考えている。

以下、それぞれについて、説明したい。




 以上の太田氏の「新記事」は「千葉は創価学会員である」とした部分を訂正しただけのもので、「千葉が創価学会に配慮して捜査結果を曲げ、『他殺』を『自殺』として処理した」とする部分についてはいっさい訂正されていない。それどころか、「千葉が創価学会員である」とする部分以外の部分についてはむしろ先行記事の内容を再確認したものとも受け取れよう。このため千葉氏は新たに名誉を毀損されたとして提訴した。これが今回判決が言い渡された裁判である。

 これに対して太田氏は、「千葉が創価学会に配慮して捜査結果を曲げ、『他殺』を『自殺』として処理した」とする部分について前回の裁判同様、真実性、相当性の主張をいっさいしなかったのみならず、「新たな事実を摘示するものではなく、訴え自体が成立せず、棄却されるべき」(趣旨)などと主張。太田氏は2回目の口頭弁論で「これ以上の主張はない」としたため東京地裁は結審とし、この日の判決言い渡しとなった。

 東京地裁は太田氏の記事についてこう述べた。

〈本件新記事のうち、「副署長も、彼の下で捜査を担当した刑事課員も、村山市(ママ)の創価学会関係者への配慮や上記地検支部長及び担当検事への配慮を、公僕としての義務より優先させた」との部分は、その前後の記事と併せて読めば、朝木議員が創価学会脱退者の支援や人権侵害の救済活動を行っていたために、朝木議員を被疑者とする万引き事件がでっち上げられた上、朝木議員が殺害されたというのが本件事件の真相であるにもかかわらず、当時、東村山警察署の副署長として本件事件の捜査に当たった原告が、創価学会員であった東京地方検察庁八王子支部の支部長及び担当検事、その他東村山市の創価学会関係者に配慮して、朝木議員が万引き事件を苦にして自殺したと断定し、もって、本件事件の真相を隠蔽した旨を論じたものと読みとることができる。
 
 そうすると、刑事事件の真相を隠蔽する行為は、警察官の職務に反するから、本件新記事のうち、上記部分それ自体は、本件事件当時、東村山警察署の副署長であった原告の社会的評価を低下させるに足りる内容を有するというべきである。〉

 東京地裁は記事自体については名誉毀損を認定したことになる。その上で東京地裁はこう述べた。

〈しかしながら、本件旧記事と本件新記事の内容の異同について検討すると、……上記訂正箇所以外はほぼ同一であることが認められる。〉

〈原告の名誉毀損の観点から同一性を検討すると、本件新記事と本件旧記事のいずれにおいても、原告が、創価学会関係者への配慮を公僕としての義務より優先させた旨をいうものであり、概ね同一のものと評価することができる。
 してみると、従前の本件旧記事の内容と本件新記事の内容は、原告の名誉毀損という観点からみると、事実の摘示及び行為の態様も同じであって、従前のホームページ上の掲載内容にはほとんど変化がないというべきものである。〉

〈仮に本件新記事の掲載により更に原告の社会的地位が低下したとしても、本件旧記事が先に掲載されていることからすれば、その低下の程度はわずかであると評価できること、本件前訴の審理において、既に、本件新記事のうち名誉を毀損し得る部分の存在が明らかとなり、同事実を踏まえてその審理が遂げられている以上、被告が原告に対し、本件前訴において確定した判決に従ってその損害賠償として50万円全額を支払っていること、本件旧記事と本件新記事は、連続する一連のホームページ上のコラム記事であり、しかも本件新記事は本件旧記事の訂正記事であるので、本件新記事の掲載を個別に取り上げてこれを独立の違法行為として損害賠償の対象とすることは相当ではないこと等にかんがみると、本件新記事の掲載には不法行為を構成する程の違法性はないものというべきである。〉

 すなわち東京地裁は、「新記事」は独立した記事とはみなせないから新たな名誉毀損はなく、独立して損害賠償を命じるのは相当ではないと判断したということである。

 余談だが、太田氏のブログのバックナンバーには数年にわたり「東村山市議殺人事件--千葉英司」なるタイトルのコラムがあったが最近、中身は変わらないものの、タイトルだけは「東村山市議転落死事件――千葉英司」に変わっていた。

千葉英司氏の話
「『新記事』の違法性が認められなかったのは残念だが、『訂正記事』についても再び裁判所が名誉毀損性を認定した点は評価できる。独自の裏付け調査をいっさいしないままデマを鵜呑みにし、『訂正記事』でも同じ過ちを繰り返した太田氏の事実認識のデタラメさがより明らかになったものと考える」

(宇留嶋瑞郎)


(第1次太田述正裁判ついてはこちら)


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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第2回
保育士数を明らかにしない高野博子の奇妙な対応

3度目の指導拒否

 東村山市保健福祉部が高野博子に対して平成20年5月1日付で送付した「改善計画書等の提出について(通知)」に対して高野が送付してきた文書の内容が明らかになった。保健福祉部は5月16日を回答期限としていたが、高野が文書を送付してきたのは期限1日前の5月15日。しかしそれは回答ではなく「保健福祉部長名義の文書について(質問書)」という、事実上、保健福祉部の指導を拒否するものだった。保健福祉部が2月18日付で改善指導を行ってから3度目の指導拒否である。

 高野は文書でいずれも保健福祉部の改善指導そのものが適法ではないなどとしている。しかしそもそも、改善指導のきっかけとなったのはりんごっこ保育園の保育士などが1月末日に複数退職し、同園に必要とされる保育士数が国最低基準を下回ったと判断されたことがきっかけだった。改善指導文書を送付する前の段階で、保健福祉部は高野に保育士の配置状況を確認したが、それに対して高野は2月8日、「職員の構成」と題する文書を提出している。東京都と東村山市保健福祉部はりんごっこ保育園に立ち入り調査を行い、職員に関する高野の報告と事実の食い違いを確認、すなわち保育士数が充足していないと認定し、2月18日に改善指導を行った。

 それから年度末が過ぎ、りんごっこ保育園にも職員の変動があったとみられる。したがって、平成19年度中に東京都と東村山市保健福祉部がなぜ再度立ち入り調査に入らなかったのかという疑問はあるものの、年度替わりから1カ月後にあらためて保育士配置について改善計画書を督促したのはタイミングとしては悪くなかった。東村山市民の子供を預かる自治体としては園児の安全が確保されているかどうか常に確認する義務がある。高野の指導拒否とは別に2月以降、東村山市と東京都はいまだその確認が取れない状態にあるのである。

 東京都も東村山市も、市長の名において市民の子供を預かっている以上、子供の安全を確認できないような施設に保育を委託することは許されない。すでに東村山市はりんごっこ保育園に新年度の園児を委託しているが、本来なら園児の安全を確認できない施設に保育を委託すべきではあるまい。少なくとも、新年度の園児は委託すべきではなかった。

 高野にしても認可保育園の設置者である以上、東村山市と東京都の不安の意味を理解できないわけではあるまい。認可保育園の設置者であるなら、まず園児の安全が確保されていることを示すのが先で、改善指導に疑義を唱えるのはそれからでも遅くはないのではないか。その信用性はともかく、改めて保育士資格の有無を明確にした「名簿」を提出すればすむ話である。高野がそれもしないのはきわめて不可解というよりなく、これでは東村山市保健福祉部が要求する改善状況の報告には答えられない、つまり2月以降現在も保育士が国最低基準を満たしていないからではないかと疑われても致し方あるまい。

 都合が悪くなると論点をすり替えるのは、高野と内縁関係にあり、りんごっこ保育園の運営委員でもある東村山市議、矢野穂積(草の根市民クラブ)の常套手段である。今回高野が送付した「質問書」はまさしく論点のすり替えにほかならず、東村山市保健福祉部が対応する必要はない。

更迭されていた東京都保育園担当幹部

 ところで、2月の段階で保育士が充足していないと認定した東京都と東村山市が再度の立ち入り調査をしなかった点について、東京都は「年度末は荒川区のじゃんぐる保育園(東京都認証保育所)の認証取消問題で手一杯の状態だった」と弁明していた。東京都保育園担当幹部がこの春他部署へ異動となったが、実はこれはじゃんぐる保育園の管理不行き届きの責任を問われての処分人事だったという。更迭された幹部の中には、りんごっこ保育園で起きた食中毒騒動退園事件(本ブログ「りんごっこ保育園食中毒退園事件」参照)の真相を知りながら、なんらの対応もしなかった課長も含まれている。

 じゃんぐる保育園は平成18年6月から8月中旬まで、規定では7名必要な保育士が2名しかおらず、その後も規定を満たしていなかった。それだけでなく同保育園は、書類上は7名の保育士が勤務していることにして補助金を虚偽申請し、約3800万円を不正に受け取っていたという。東京都が同保育園の認証を取り消したのが平成20年3月21日だから、幹部の更迭問題に発展していた東京都保育園所管が「手一杯だった」という説明もうなずけよう。

 では一方、東京都はりんごっこ保育園で保育士が国最低基準を下回っている(東京都と東村山市の見解)問題および設置者高野博子が改善指導そのものを拒否している問題にどう対処するのか。児童福祉法46条3項は、

〈都道府県知事は、児童福祉施設の設備又は運営が前条の最低基準に達しないときは、その施設の設置者に対し、必要な改善を勧告し、又はその施設の設置者がその勧告に従わず、かつ、児童福祉に有害であると認められるときは、必要な改善を命ずることができる。〉

 と規定し、同条4項は、

〈都道府県知事は、児童福祉施設の設備又は運営が前条の最低基準に達せず、かつ、児童福祉に著しく有害であると認められるときは、都道府県児童福祉審議会の意見を聴き、その施設の設置者に対し、その事業の停止を命ずることができる。〉

 と規定している。東京都が問題解決を先延ばしにすればするほど、子供の安全が確認できない状態が長引くことになる。


(第3回へつづく)



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