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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第18回
問われた東村山市の主体性

 平成14年初頭以降の認可申請相談に始まり、平成16年10月1日の開園に至るりんごっこ保育園の認可申請問題は、たんに保育のあり方についての地方自治体の理念や考え方のみにとどまらず、地方自治体の主体性が問われるものでもあったと思う。

 平成15年6月17日、高野博子は同年4月30日に東京都が行ったりんごっこ保育園に対する不認可決定を不服として東京都、東村山市、東村山市議会などに対して東京地裁に提訴した。これに対して東村山市はどう対処したのか。

 東京都による不認可決定直後の平成15年5月から6月にかけて、東村山市は定員減などを含めて高野と話し合いを行うために市長や助役がりんごっこ保育園を訪ねている。すでにそれまで話し合いを拒否し、矢野や弁護士を通じて市長や助役を脅すような事業者に対して、行政の側、それもトップがなぜわざわざ出向くのかという疑問があった。東京都の不認可決定が下された時点で、東村山市は話し合いにも応じようとしないりんごっこ保育園をなぜ放置しなかったのだろう。

 東村山市が高野と正面から闘うことは議会に否決された計画(すなわち市長判断)が間違いだったことを自ら認めることでもある。行政(とりわけ市長)には、議会から予算を否決されたことでメンツを潰されたという思いがどこかにあったのではないか。あるいは、定員決定の場に金融機関を立ち会わせた市には、どうしても開園させねばならない事情でも生じていたのかもしれなかった。

闘う意思を見せなかった東村山市

 高野が提訴した裁判でも東村山市は、不認可決定を行ったのは東京都であり、東村山市は行政機関として淡々と事務を遂行しており、違法はないと主張するのみで、高野の認可申請そのもの、さらにはそれまでの高野や矢野の異常さに対する市としての主体的な意思をいっさい示さない応訴態度に終始した。もちろん、市の予算を否決した議会の意思をあくまで尊重するともいわなかった。東京都の応訴方針は、「保育の実施者である東村山市の意思を優先する」というもので、地方自治を尊重するという意味でも東京都の姿勢は一応理解できるものだった。

 被告である東村山市が高野の認可申請そのものについては争おうとせず、東京都が東村山市の判断を尊重するということになれば、裁判所が和解を勧告したのも当然のなりゆきだったのかもしれない。平成16年に入って裁判所は、

①原告高野は、損害賠償請求を取り下げ、再申請を行う。
②東京都は認可手続きを進める。
③東村山市は開園に向けた事務手続を進める。

 という内容の和解案を提示した。高野とその後見人である矢野穂積がこれまでどんな行動を取ってきたかを知らない裁判所は、認可基準を満たしていることのみを基準に、認可に向けた和解を進めることが最善の解決策であると判断したようだった。これに対して東村山市は、それまでの議会の意向を尊重して定員を減らすことが和解の条件であると回答した。

議会の意思を無視した和解条件

 しかし、東村山市の応訴姿勢がどこまで議会の意思を尊重するものだったのか、それから先の対応は大きな疑問が残るものだった。定員を減らすことが和解の条件であるとする東村山市の回答を受けて、裁判所は具体的な数字を示すよう指示した。すると東村山市は、なんとその場で「75名」という具体的数字を提示したのである。

 高野(矢野)側は当初、国基準をすでにクリアしていること、定員を減らせば借金の返済計画に支障が出ることを理由にこの条件を拒否したが、問題は東村山市が議会に相談もしないままなぜ「75名」という具体的な数字を出したのか、またその数字の根拠はどこにあったのかということだった。

 のちにそれを質された保健福祉部長は「(1人当たりの保育面積が)市内の公立保育園と同水準になる」と答えたが、実はそれは保育室のみを比較した数字にすぎず、ホールや廊下を加えた面積で比較すれば、やはり1人当たり面積の格差は歴然だったのである。

 さらに庭のないりんごっこ保育園が定員を75に減らしたところで、市内の公立保育園と同水準になることはあり得ない。重要なのは、東村山市が保育室のみを比較した数字を和解のテーブルに載せたこと、そして議会に対して、その数字によってりんごっこ保育園の保育環境が公立保育園並になるかのような説明をしたという点にあった。

 かつて東村山市内の園長数名がりんごっこ保育園を視察したことがあった。そのとき園長たちは異口同音に「どんなに多くても60名が限度」と答えたという。もちろんこれは保健福祉部長もよく知る事実である。当然、定員について議会に相談すれば、認可申請段階の81名からわずか6名減らしただけの「75」という数字が出てくるはずがなかった。つまり東村山市は、こうしたあらゆる状況を把握した上で、あえて独断で「75」という数字を提示したということだった。

 1億3500万円の負債を負った高野は毎月150万円近い返済をしなければならない。それには最低何人まで譲歩が可能なのか。それが東村山市の提示した「75」という数字だったとしか考えられなかった。東村山市は裁判で、高野に対して一定の保育水準の確保を求めるのではなく、1億3500万円の返済が可能となる子供の人数についておうかがいを立てたにすぎない。こうして和解協議は、いつの間にか「75名」が基準となり、どこまで高野の譲歩が得られるかという、保育にとってはまったく無関係な駆け引きが続けられることとなったのである。


(第19回へつづく)


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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第19回
議会の意向を無視した東村山市長

 東京地裁が和解を進め、東村山市が「75名」という和解条件を提示したことで、りんごっこ保育園の認可をめぐる裁判は和解に向けて動き出した。しかし、認可申請段階の定員81名が75名になったところでどれほど保育環境が改善されたといえるのか。少なくとも当時、自民党を除く与党会派(公明党、民主党=当時)は市が提示した和解条件を容認せず、市長に対して裁判の継続を申し入れた。

 しかし、細渕市長(当時)はこの申し入れを結果的に無視し、自民党にさえいっさい知らせないまま和解を決断したのだった。和解に向けた合意が成立したのは平成16年7月12日、しかも最終的に決められた定員は77名。認可申請から4名を減らしたものの、この和解内容によって保育環境が改善されたものとはとうてい考えられなかった。こうして、りんごっこ保育園は平成16年10月1日開園することになった(正式な和解成立は開園後)。

 では東村山市はその後、りんごっこ保育園の開園に向けて、保育関係者や議会に対してこの和解を含めてどう説明し、理解を得ようとしていたのだろうか。認可保育園は本来、その保育内容について地方自治体が主体性と責任をもって決定すべきものである。今回の合意内容が関係者の理解を得られなければ、この保育園はたんに法律上認められたというだけの孤立した存在となる。

 地域への説明もまったくなされておらず、理解を得るどころか、地元住民は戦々恐々として事態を見守っている。そんな状況のまま開園すれば、かわいそうなのは子供たちである。地域の理解がなければ、それでなくても狭い園舎に詰め込まれた子供たちは、ますます園内に閉じ込められることになりかねない。

行政は「再申請」と強弁

 認可と開園を前提とする合意が裁判所で成立したとはいえ、民主主義社会においてまったく市民に説明しないまま認可保育園が開園するということはあり得ない。本来なら市長が率先して説明の場を設定すべきである。しかし、市長の側からその動きはいっさいなかった。このため児童育成部会は市長に対し、りんごっこ保育園の具体的な扱いと東村山市の方針について説明するよう求めた。

 この段階ですでに、市長が和解を口実にして市民への説明を抜きにりんごっこ保育園を開園させようとしている様子がうかがえた。このことはまた、予算の扱いにおいても同様だった。認可保育園を開園するには当然予算措置が必要となる。本来なら東村山市は補正予算を組み、議会の審議を仰がなければならない。ところが当初、市幹部は保育関連予算の流用によってりんごっこ保育園への予算措置をすり抜けようとしていた。既成事実を作ってしまえば、いずれ議会も黙るだろうと市長が考えていたのなら議会軽視と批判されてもやむを得まい。はたして補正予算として提出されるりんごっこ保育園に対する予算措置を議会はどう判断するのか。

 児童育成部会から説明を求められた細渕市長が同部会で説明を行ったのは平成16年8月26日である。育成部会は平成15年12月に私立保育園の認可申請に関わるガイドラインを策定している。りんごっこ保育園についても、新たに申請を出し直すのなら、東京都への提出までにガイドラインに沿った手続きを行う必要がある。

 保育園関係者は、仮に当初の定員から4名減になったといっても、普通の民家2軒分に90名を超える人間が詰め込められることの危険性は変わらず、東村山市の認可保育園には園庭が必要と考えている。また、土地と園舎の費用がすべて借金で用意され補助金で返済されること、さらに返済後には高野の個人資産になるという巧妙なカラクリもあって、このままの認可を認める声は皆無だった。

 当然、ガイドラインを適用すれば、これらの問題点を解消するため設置者を交えた協議が必要となる。育成部会は高野を交えた協議の場を設定することを強く求めた。ところが、ガイドラインとの関係について市側はこう説明したのである。

「今回の申請は『再申請』で、ガイドライン策定前の申請ですので、適用されないと考えています」

市長の説明は中身ゼロ

 和解合意書(和解調書ではない)には「再申請」の文言はあるが、行政手続としての今回の申請は「新規の申請」である。東村山市が「再申請」とすることでガイドラインを無視しようとしていることは明らかだった。細渕市長は大要こう答えた。

「東村山には認可権限もありませんし、みなさんの熱意、精神を生かすよう最大限の努力をしていきますので、ぜひご理解ください」

 東村山市には認可権限がないから、認可される以上、開園を前提に進めるしかなく、市の指導には限界があるという趣旨のようである。東村山市が実施の判断をしたものについて東京都が審査を行い、認可決定を下すのであって、あくまで判断の主体は東村山市にある。ここでもまた市長は、実施主体である地方自治体としての主体的な判断を回避しようとしているようにみえた。「最大限の努力」をしても、今を生きている子供たちにとってそれが実現されなければ何の意味もない。市民を守るべき市長の、責任ある答弁と評価できるものとはとうていいえなかった。

「保育園はいろんな意見に耳を傾けて話し合うことを基本にしている人が作るんですよ。行政が実施者とよく話し合い、指導を聞き入れなかったら、そんな保育園を認可するのはやっぱりおかしいですよ」

 児童育成部会長の意見を市長はどう聞いたのか。市長が国基準の前では主体的判断ができないと考えているとすれば、それは地方自治体としての自律性を自ら放棄するものにほかならなかった。


(第20回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第20回
議会を壟断した市長の思惑

 土地・園舎の原資はすべて1億3500万円の借金、その大半を補助金(国民の税金)で返済し、完済後はめでたく自分のものになるという、公金による私有財産形成の巧妙なカラクリと、子供を後回しに返済を最優先した施設と保育計画――。このような認可保育園を東村山市議会は容認するのか。りんごっこ保育園をめぐり議会の良識が問われた東村山市議会の補正予算審議は平成16年9月30日、市民が誰一人として思いつきもしなかった醜悪な幕引きを迎えた。――


「こんなかたちで議会の意思を封じ込めることは許されない」

「早く議会を再開しろ」

 平成16年9月30日午後12時、東村山市議会を傍聴に詰めかけた50人近い東村山市民は、市民の意思を付託したはずの議会に対するたとえようのない無力感と怒りに打ち震えた。 

 りんごっこ保育園への予算支出を審議する東村山市議会は、予定から6時間30分遅れの9月30日午後8時にようやく実質審議が始まった。しかし10時40分過ぎ、渡部尚議長(現東村山市長)が「休憩」を宣言して議場を退出したまま、会期の時間的終期である9月30日午後12時までに会議を再開しなかった。会期の延長を決定しないまま終期を過ぎれば時間切れとなり、議会は議決をしないまま終了するという規定に基づき、議会が議決すべき議案を議決しなかったものと市長がみなせば、(それが正当なものであるかどうかは別にして)市長の判断で予算を執行できるのである(専決処分)。

開園日を和解事項に盛り込んだ真意

 りんごっこ保育園の認可をめぐり、施設長高野博子から提訴されていた細渕一男東村山市長が議会の意向を無視して和解に向けた合意を成立させて以降、議会をはじめ市内のあらゆる反対を押し切っても保育の実施に踏み切ろうとしているのはすでに明らかだった。

 和解に向けた合意内容とは、

①高野は損害賠償請求を取り下げ、認可再申請を行う。
②東村山市は10月1日開園に向けた事務を進める。
③東京都は認可する。

――というものである。

 これに従って東村山市は8月15日発行の市報で園児募集を行い、9月15日の段階で59名の入園児が決定、9月23日、りんごっこ保育園はすでに入園説明会を行っていた。

 一般に行政が予算執行を伴う施策を決定するには予算の裏付けが必要である。予算を支出するには、義務的経費を除いて議会の承認(議決)がなければならない。りんごっこ保育園の予算もまた義務的経費ではなく議会の議決を必要とした。仮に合意どおりに東京都が認可決定を出したとしても、東村山市議会で予算が承認されなければ東村山市は予算の支出ができず、りんごっこ保育園について認可保育園としての保育の実施はできない。認可権限を持つ東京都の担当者も、仮に認可を出して保育の実施ができなかったとしても、それは東村山市の事情でやむを得ないとする見解を述べていた。法律的には「認可」=「保育の実施」ではないのである。

 ところが、なぜか市長は和解に向けた合意事項の中に、予算の裏付けがないにもかかわらず「10月1日開園」という項目を盛り込むことに同意していた。開園日が決まれば当然、8月には園児募集を行い、入園児の審査もしておかなければならないことになる。

 いかに認可権限を持つ東京都が認可したとしても、実施者(東村山市)の判断を抜きに開園させるなどということは地方自治の本旨に反しよう。地方自治体の意思を無視して保育の実施を強制するなど、今の時代にできるはずがないし、法律的にも不可能なのである。

 裁判所で東京都が認可することに同意したことに基づき、東村山市がそれをただちに保育の実施を意味すると即断したところに、東村山市の地方自治体としての主体性のなさ、地方分権に対する認識の顕著な遅れをみごとに顕していた。

 しかし、これがもともと細渕市長の狙いだったのなら、開園日を先に決めたことにも相当の理由があったことになる。本来、東村山市は予算の裏付けを得た上で開園日を決定し、入園募集を行うべきだった。しかしその後の行政の動きは、既成事実を先行させることで議会の動きを制限する意図だったことを示していた。

保健福祉部次長の虚偽説明

 平成15年3月、りんごっこ保育園の認可計画が関係者にさえ情報開示されないまま水面下で進められてきたこと、その保育環境が劣悪であることを理由に議会が予算を否決したのち、同12月には、このような混乱を防止し、東村山の保育の水準を守ることを目的として市長の委託により東村山市は「東村山市私立保育所設置指導指針」(=ガイドライン)を策定している。その中には、認可保育園申請までには児童育成部会で慎重に検討することなどの条件が盛り込まれている。当然、今回の認可申請もガイドライン策定後のことであり、その適用を受けることになる。

 しかし、児童育成部会にはかれば園庭や定員の問題が出て、改善を迫られることは必定であり、それに応じなければ開園は認めないとする結論が出る可能性が高かった。そこで行政は、今回の申請は新規の申請ではなく「再申請」だとする詭弁によってガイドラインの適用をすり抜けようとした。

 児童育成部会の委員の質問に対して保健福祉部次長は当初「再申請」と説明したが、東京都の見解は「新規の申請」であることが明らかになった。すると次長は、今度は「三者(高野、東村山市、東京都)の代理人で協議している」と意味不明の説明をしたものである。しかし、東京都に「協議」の事実があるかどうかを確認すると、そのような事実は存在しなかった。つまり東村山市は、議会や市民に虚偽の説明をしてまで10月1日の開園を押し通そうとしていたことがわかる。


(第21回へつづく)



(つづく)

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