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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第21回 
議会の権能を放棄した東村山市議会

 行政が強引なかたちでりんごっこ保育園を開園させてしまおうとしているとしかみえない動きをする一方、開園にともなう予算執行の手続きに関しても、説明責任を果たして議会=市民の理解を得ようとしたものとはとうていみえなかった。

開園2日前に上程された予算案

 認可されれば自動的に保育を実施しなければならず、それには当然予算もつけなければならないと説明していた行政は当初、補正予算を上程しないで流用の形で予算をつけようとしていたが、議会の説得で9月議会に補正予算を上程することとなった。しかし、他の補正予算案が盛り込まれた予算書にはなぜかりんごっこ保育園の予算は含まれていなかった。10月1日開園の保育園に対する予算であれば、9月議会の冒頭に示されてもおかしくない。結局、りんごっこ保育園の補正予算書が議会に配布されたのは、審議が行われる前日、開園2日前の9月29日だったのである。


(第22回へつづく)

 行政としては、上程する以上はなんとしても予算を可決してもらわなければ市長のメンツが立たない。否決されるぐらいなら、当初の予定通り、違法覚悟で流用するという選択肢もあったのかもしれなかった。したがって、予算案を上程した以上、市としても可決される見通しができたということではないかともみられた。

 いずれにしても、りんごっこ保育園の予算は、開園2日前に上程され、開園前日に審議されるという異常な状況だった。開園は迫るが、事態も見極めなければならないというギリギリの判断を迫られていた行政の内情がうかがえた。そんな状況を作ってしまったこと自体、すでに重大な失政であり、この予算審議の異常さを示していたといえる。

共産党は反対へ方針転換

 予算審議にあたっての議員の質問通告の期限は審議1日前、9月29日の午後5時だった。その通告内容によっておおむね賛否の状況が予測できる。公明、民主、生活者ネットなどは当初から反対を表明していたが、注目されたのは市議会で5名の勢力を持つ共産党の動向だった。平成15年の予算審議で賛成に回った共産党は9月24日、市長に対して4点の改善要求を突きつけるなど、りんごっこ保育園が1年たってもなんら代わっていない状況を深く憂慮していた。国基準の緩和によって保育の水準が低下することに対してこれまで最も批判し続けてきた共産党は、やはりこれまでの主張の筋を通す方向へ方針を転換している様子がうかがえた。

 施設長の高野と同居する矢野穂積と朝木直子が賛成するのは当然としても、仮に共産党が反対に回れば、賛成8、反対17の圧倒的多数で予算が否決されるのは確実な情勢となる。質問通告書提出段階での情勢がどうだったのか、確かなところは知る由もない。しかし、まさしく9月30日、開会予定が6時間30分もずれ込むという異常事態が賛否の情勢を物語っていた。

 市長与党である自民党は、認可計画の不透明さと施設の劣悪さ、保育関係者の反対があることを知りながら、案の定「すでに入園児も決定している」という既成事実を理由に予算を追認する方向で固まっていた。すでに市長は平成15年3月、りんごっこの予算が否決されたことでいたくプライドを傷つけられている。再び否決されるようなことがあれば、市長は今度こそ決定的にメンツを潰されるのみならず、この間の混乱の責任を問われることにもなりかねなかった。

議長室に閉じこもった議長

 渡部尚議長は市長を担いだ自民党の市議であり、会議を再開すれば3たび市長に恥をかかせることになることをよく理解していたはずである。りんごっこ保育園の予算審議が休憩に入ったままの9月30日午後11時ごろ、公明、民主、共産の代表は会議の再開と会期延長の強く申し入れていたという。

 再開した時点で、3党は会期の延長を求める動議を提出するつもりだった。しかし渡部議長は議長室で「会議は再開しません」といったきり押し黙った。市長を守るために、自分1人で泥をかぶろうとしていたのである。市長がメンツを守るために和解合意に応じたように、今度は議長が議会の大多数の意見を無視して市長を守ろうとしていたことになる。

 しかしこれは、本当に議長1人の判断だったのか。地方自治法には「議長に事故あるときは副議長がこれに代わることができる」とする規定がある。当時の副議長は公明党の議員だった。副議長は「会議を再開しない」といったきり口を開こうともしない議長に代わり、会議を再開させることはできなかったのか。いずれにしても、平成16年9月30日、東村山市議会で起きた議会の自殺ともいうべき出来事をもたらした責任を副議長もまた免れることはできない。

 議員として守るべきものは何なのか。このとき渡部議長は、著しい錯誤に陥っていたというほかない。議長として守るべきは議会制民主主義であり、市民であり、この審議においてはまず子供でなければならない。与党として市長を守りたいというのなら、大きく踏み誤った市長の判断を正常な方向に引き戻すことが市長を守ることになるのである。

 会期期限は刻々と迫っていた。議会運営委員会が開かれているはずの会議室前には続々と傍聴者が集まり再開要求の声を上げ始めた。

「早く始めろ」

「これだけの市民が待ってるんだ」

 たまりかねた市民の1人が会議室のドアを叩き、ドアを開けて再開を要求すると、駆けつけた議会事務局職員が会議室前に立ちはだかった。しかし、市民は議会を再開させる権限を持っていなかった。むなしく時間だけが経過し、ついに時計の針は10月1日午前0時を回った。

 会期の延長を決定しないまま会期の終期を過ぎることは、この日の予算審議が審議未了のまま閉会することを意味する。会議開始予定の午後1時30分から午前0時までの10時間30分のうち、実質審議が行われたのはわずか2時間30分にすぎなかった。しかしこうして、まれにみる議会の混乱と市民の深い失望を代償に、市長は自らの判断でりんごっこ保育園への予算を執行できる状況を得たのである。

(つづく)


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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第22回
渡部尚議長の弁明

 会期の終期を過ぎても、渡部議長は議長室の鍵を内側からかけたまま市民の前に現れようとはしなかった。市民の怒りは収まらなかった。十分な時間があったにもかかわらず、議長はなぜ会議を再開しなかったのか。市民は議長室の前から誰1人立ち去ろうとはせず、説明を求めた。渡部議長が自らの判断で市民への説明を決断したのは10月1日午前0時30分を過ぎていた。「議長がこれから説明します」という議会事務局職員の案内で市民がそれぞれ傍聴席に戻るとまもなく、渡部議長が議場に姿を表した。数名の議員と50名近い市民の前で行った渡部議長の弁明をお聞きいただきたい。


 遅くまでお残りをいただきました傍聴人のみなさんや、また議員のみなさんに、ただいまの時間切れ、流会の件について、議長の方から説明せよ、という申し出がありましたので、私の方から説明をさせていただきたいと思います。

 もうこれは時間が過ぎておりますので、正式な議会ではございません。私としてもこのようなかたちでですね、議会を終了することについては大変心苦しく思っておりますけれども、諸般の様々な状況、(野次、聞き取れず)(りんごっこ保育園が)本日付で開園をされるという状況の中で、仮にこのまま審議を継続してですね、議会の意思を明らかにした場合(否決)に、非常に大きな影響があるという状況の中でですね、苦渋の選択ではありましたけれども、私としては開会をすることに、どうしても踏み切ることはできませんでした。

 議会の意思をですね、明らかにしない、ということについては、まさにある意味、議会にとっての自殺行為といっても過言ではないという(野次、聞き取れず)、それは十分に責任を痛感をいたし、今後明らかにしてまいる所存であります。

 いずれにしてもですね、私もりんごっこの保育園についてはですね、このまま開園をさせていいのかどうかということについては、非常に熟慮に熟慮を重ねてきたつもりであります。

 こうした保育園が今後ですね、日本全国に建設をされるという事態になった場合に、本当に日本の子供たちの保育の現状というものがどうなるのか、そういったことを考えれば、大変胸がつぶれる思いでありますけれども、(野次、聞き取れず)(傍聴人から「再開してください」「日本語がわからないよ」と呼ぶ者あり)その一方でやはり一定の法的な手続を踏んで、議会としてもですね、和解の席に参加をして、私も議会を代表してその席に参加をしてまいった経過等もありますので、(傍聴人から「まだ和解してないよ」「市民が納得できないですよ、それじゃ」「議会は必要ないじゃないですか」「ここは法廷じゃないんですよ」などと呼ぶ者あり)(議会を再開することは)できない、というふうに思ったしだいで、ま、いろいろご批判は甘んじて受けさせていただきますけれども、
(傍聴人から「だめだ」「それじゃ通らないよ」「恥ずかしくないんですか」と呼ぶ者あり。市議会議員丸山登「なにいってんだ」「もういいよ、いいかげんにしろよ! 議長」、傍聴人「逃げないでください」
 みなさんのご理解を……いただきたいと思います。以上でございます。


審議すれば「否決」だったりんごっこ予算

 議長の弁明は細渕一男市長の答弁よりはまだマシだが、とうてい市民を納得させるものではあり得なかった。議長の弁明から明らかなのは、議会の意思がりんごっこ保育園の補正予算案に「ノー」だったということである。つまり議長は、議会の結論が「否決」になるのを避けるために会議を再開しなかったことを大勢の市民の前で認めたことになる。

 この結果、高野博子と内縁関係にある矢野穂積が背後で暗躍し、情報公開を拒否しながら水面下で進められてきたりんごっこ保育園の認可計画は、平成14年12月に発覚した当時からすでにそうだったように、最後の局面でも議会の意思を無視し、市長の専決処分という名の独断で予算が執行される見通しとなった。

 議長は他の自民党議員が説明していたとおり、すでに既成事実が動いていることを会議を再開しなかった理由に挙げた。しかし、10月1日開園予定の保育園の予算が否決されることによる影響よりも、りんごっこ保育園のような施設で子供が何年間も生活することによる影響、高野の背後に脅しも辞さない矢野が控えていることによる影響、またこの予算が認められることによって無から有を生じるような私財形成の手法が公認のものとなることによる影響の方がはるかに大きいというべきではなかっただろうか。

 議会の開閉の権限は議長にある。しかし、議員の多数(法律的には半数)が再開を要求すれば、議長は会議を再開しなければならない。それでも議長は再開しなかった。これは議長権限の明らかな濫用にほかならない。

 議長の弁明をわずかに評価できるとすれば、この若い議長が自らの判断で恥を忍んで市民の前に説明に立ち、自らの不当な判断と欺瞞の論理を市民の前にさらしたことだろう。市民の代表として地方自治体の施策や予算を決定する権限を付託された議会が、審議を尽くすことなく時間切れによって終了させることを法が許しているわけではない。そのことを十分認識しながら、また「否決」の理由を十分に理解しながら、あえて議長が再開を拒否するという事態に至ったこと自体が、りんごっこ保育園問題の異常性と民意のありかを示していた。


(第23回へつづく)


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エフエム東村山・東村山市民新聞併合事件最高裁判決
 エフエム東村山(現多摩レイクサイドFM)の放送内容と東村山市民新聞(「新聞」と称しているが、実態は政治宣伝ビラ)の記載によって名誉を毀損されたとして東村山警察署元副署長千葉英司氏が上記放送の実質的運営者でありビラの発行人である東村山市議、矢野穂積氏と朝木直子氏(いずれも草の根市民クラブ)を提訴していた裁判で平成20年9月16日、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は裁判官5名の全員一致で矢野氏らの上告を受理しない決定を行った。これによって平成20年2月7日、矢野・朝木両氏にそれぞれ20万円の支払いを命じた東京高裁判決が確定した(詳細はエフエム東村山・東村山市民新聞併合事件控訴審判決を参照されたい。なお、矢野・朝木両氏に支払いが命じられた計40万円については差押済)。

 余談だが、最近になって万引きを苦に自殺した故朝木明代の司法解剖鑑定書に記載された上腕内側部の皮膚変色痕(アザ)をめぐり、これを「他殺の証拠」とする矢野・朝木の主張を鵜呑みした妄言が飛び交っている。中には、捜査機関に対して訴追請求すべきと呼びかけている珍しい人もいるらしい。

 その根拠として挙げられているのが、①司法解剖鑑定書が作成されたのが事件発生から3年後の平成10年7月21日だったこと(3年も要したことは不審である)②権威ある法医学者が「他人からつかまれた痕である可能性が高い」と認定していること――である。

 これらの点について若干説明しておこう。

 まず①については、通常、司法解剖鑑定書が作成されるのは他殺が強く疑われる場合(公判に必要な場合)である。明代の転落死については、救急車の出動を断ったなどの捜査結果から、ほぼ自殺と断定されていた。だから司法解剖はしたものの鑑定書の作成までは要求しなかったということにすぎない。

 矢野らは「司法解剖鑑定書が作成されていないのに自殺と結論づけたのは根拠がない」などとも主張しているが、警察は司法解剖に立ち会い、解剖医の説明を基に司法解剖鑑定書に匹敵するほどのきわめて詳細な「解剖立会報告書」を作成している。したがって、司法解剖鑑定書が作成されないままに「自殺」と結論づけたとしても、そのことをもって捜査が不十分だという根拠にはならない。解剖立会報告書が司法解剖鑑定書に代わるものとして捜査書類とともに送検され、その結果、東京地検は「自殺の疑いが濃い」とする結論を公表したのである。

遺体も現場も見ないまま「鑑定」した大家

 確かに、明代の上腕内側部のアザについて「他人からつかまれたものである可能性が高い」とする意見(「亡朝木明代殿に関する意見書」)を述べている法医学者もいる。山形大学名誉教授の鈴木庸夫(つねお)である。鈴木は平成18年になって矢野、朝木から「鑑定」を依頼されているが(もちろん有料で)、その「鑑定」資料として提供されたのは死体検案書と司法解剖鑑定書だった。いわば、鈴木が行ったのは司法解剖鑑定書の鑑定にすぎない。

 司法解剖とはいうまでもなく、生の遺体を観察、解剖するものであり、司法解剖鑑定書はその結果を記録するとともに、現場の状況等から総合的にその死因を鑑定するものである。明代の遺体には多くのアザ(内出血)が存在したが、司法解剖では当然、それが何かにぶつかって生じたものか、他人によってつけられたものか(つかまれたものか)の判断も行う。その結果、明代に関する司法解剖鑑定書には権威ある鈴木名誉教授のいうような、「他人の介在」や「他殺」をうかがわせるような記載はいっさい存在しない。ところが、法医学者が遺体を解剖の上、作成した司法解剖鑑定書をさらに鑑定して、まったく別の結論を導いた鈴木という法医学者とはよほどの大家なのだろう。

 大法医学者の鈴木庸夫は上腕内側部のアザが「他人につかまれた可能性が高い」と結論づけたが、その論理は、「上腕内側部はアザがつきにくい部位である」→「他人からつかまれた可能性が高い」→「救急隊も明代の上腕内側部をつかんでいない」→「するとやはりそれ以外の第三者が介在した可能性が高い」というものである。大法医学者にしてはきわめてずさん、仮にも科学者とも思えない机上の論理というほかなく、このような論理に基づいて結論を導こうとすること自体、大法医学者の名を汚すものではあるまいか。

 上腕内側部がアザのつきにくい部位であるとしても、他人につかまれる以外にアザがつく可能性がないかといえば、そんなことはない。明代は一瞬だったとしても手すりにつかまり(手すりに外側からつかまった跡が残っていたことは矢野も認めている)、バンザイの状態でそのまま落下し、真下の駐車場のフェンスに激突している。落下の際に上腕内側部が何かにぶつかった可能性もある。少なくともそれが人間の手でつかまれてできたものか、何かにぶつけてできたものかについて、法医学者ならまず遺体を観察し、現場の状況等から総合的に判断するだろう。

 しかし、遺体も現場も見ていない名誉教授は観察する材料がない。最も重要な遺体という判断材料なしの「鑑定」とは現実的にいかなる意味を持とうか。大法医学者の「意見書」の中で、「遺体も現場も見ていない」という最大の弱点が露呈しているのが次の箇所である。



亡朝木明代殿の死因は、高所よりの「転落による出血性ショック」とされることから、亡朝木明代殿にある創傷の成因機転は、転落の際の地面との衝突によるものであるが、転落に際して、左右上腕の内側に地面が衝突することはほとんど考えられない。従って、亡朝木明代殿の左右上腕内側の皮下出血は、この転落で生じたことはほとんど考えられず、やはり、上腕を強く揉まれた際の圧迫により生じたと推認できる。(意見書3ページ)



 矢野も朝木も、この大法医学者に「鑑定」を依頼するに際して現場の状況など伝えていなかったらしい。それともこの大法医学者はフェンスが上部からの力によって下方に降り曲がった写真を見事に見落としたのだろうか。明代が地面に直接転落したのでないことは現場の状況が物語っている(まさか地面に転落した明代がバウンドしてフェンスに激突したとはいわないだろう)。つまり、この大法医学者が「上腕を強く揉まれた際の圧迫により生じたとする推認」の前提を誤っていることは明らかである。

 法医学者を名乗る者として、遺体も現場も見ないまま自他殺の判断につながる意見を出すこと自体きわめて軽率であるのみならず、実際に執刀した慈恵医大の北村教授に対する冒涜であり、法医学に対する重大な違背行為にほかなるまい。この名誉教授は、遺体も現場も見ないのに鑑定はできないと矢野・朝木の要請を拒むべきだったのである。いったい何がこの名誉教授の判断を狂わせたのか。

恐るべき思考の転倒

 鑑定料に対する朝木への礼状の一節になると、この大法医学者は実際に遺体を見て鑑定したかのような錯覚に陥っているのではないかとさえ思える。鈴木は朝木にこう述べている。



左上腕の皮下出血の部位と形(朝木の作成の図)をみると、これらは、むしろ積極的に、手で掴まれた痕跡といえるのではないかと思っています。



 繰り返すが、「手で掴まれた痕跡」であるのか「衝突による皮下出血」であるのかを最終的に判断する材料は遺体と現場の状況であり、その結果が司法解剖鑑定書に記載されるのである。ところが、この大法医学者は司法解剖鑑定書のみから遺体の状況を語ろうとしている。大法医学者ともなると、司法解剖鑑定書のみによって遺体の状況が見えてくるのか。

 凡人にはとうてい理解できないが、いずれにしても、この名誉教授の「意見書」が「明代は殺された」とする矢野・朝木のデマに加担する結果となっているのは事実である。さらに訴追請求を提出しようとする珍しい一団まで後押ししていると知れば、名誉教授も内心冷や汗ものなのではあるまいか。珍しい一団がこの「意見書」を証拠として捜査機関に提出すれば一笑に付されよう。学界がこの事実を知れば、山形大学名誉教授としての信用も失墜することになるのではないかと他人事ながら心配である。

(宇留嶋瑞郎)

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久米川駅東住宅管理費等不払い事件判決(速報)
 久米川駅東住宅に住む東村山市議、矢野穂積と認可保育園りんごっこ保育園の園長高野博子(同居)ら3世帯の住人が管理費(月7000円)と長期修繕積立金(同1万円)の不払いを続けているとして同住宅管理組合が矢野・高野らを提訴していた裁判で、東京地裁八王子支部(木下秀樹裁判長)は平成20年9月24日、矢野・高野らに対して不払い分全額の支払いを命じる判決を言い渡した。

 被告らが命じられた金額は、矢野と高野が連帯して76万円余、他の2名がそれぞれ約75万円と約116万円。矢野と高野は管理組合が設立された平成15年10月以降、1度も管理費等を支払っていない。

 管理費は組合の総会で承認されたもので、通常の集合住宅において支払い能力があるのに支払いを拒む例は珍しかろう。実際、東住宅で不払い状態にあるのは336世帯のうちこの3世帯だけで、このうち矢野・高野ともう1人については支払い能力がないわけではないことが裁判で確認されている。

最終的に決裂した和解交渉

 裁判は当初、裁判官が双方に話し合いでの解決(和解交渉)を斡旋する方向で始まった。矢野ともう1人の住人は「管理費等については法務局に供託している」などとして、支払いの意思がないわけではないなどと主張、管理組合自体あるいは管理組合の運営等に対する不平不満から支払いに応じていないかのような説明をしていた。とりわけ矢野は平成19年9月の段階で「この11月に役員改選が行われるから、理事長が交代し、組合の運営が民主的に行われるようになれば支払いに応じる」などとし、役員改選後に「和解案」を提出した。

 矢野の提出した和解案には「管理組合の運営の民主化に努める」、「矢野が供託した金員を受領する」などの条項が記されていた。しかし、「管理組合の運営の民主化に努める」との文言が入れば、それまで管理組合の運営が民主的なものでなかったことになるし、供託自体についても、矢野が供託していたのは月1万3000円にすぎない上、矢野が管理組合に対して支払いの意思表示をしたことは一度もなかったという。

 供託とは支払おうとする相手が受領を拒否したり、相手の居場所がわからないなどの場合、支払いの意思あることを担保するために法務局に預けるものである。すると、そもそも矢野には供託の要件がなかったことになるが、矢野の和解案にある供託金を管理組合が受領することに同意すれば、「支払いの意思表示をしたにもかかわらず管理組合が受領しなかった」という矢野が主張する事実を認めてしまうことになる。言い換えれば、矢野の和解案は自分には非がなく、むしろ不払いの原因を作ったのは管理組合の側にあるという事実を一方的に押しつけるものにほかならない。管理組合側として、矢野の側にのみ都合のいい和解案を飲むわけにいかなかったのは当然である。

 また、矢野・高野以外の2名の住人のうち1人は、口頭弁論の過程で平成20年7月以降、管理費等を支払う手続きをとったが、平成20年6月までの不払い分については素直に支払いの意思を示さず、判決やむなしの状況となり、同日の判決に至った。なお判決にあたり東京地裁八王子支部は、各被告それぞれに対する支払い命令のほかに、確定判決前に強制的に執行(差し押さえ)することのできる仮執行宣言を付した。

 矢野は管理費等の決定そのものについて適法なものではなかったなどとして、総会決議の無効を主張する裁判を起こしていたが、平成19年5月29日、同決議は適法である旨の判決が最高裁で確定している。管理費の支払いを求めた本件裁判はこの最高裁判決を受けてのものだった。今回の提訴にあたり管理組合側がより慎重に対処しようとしていたことがうかがえよう。

(宇留嶋瑞郎)

 

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