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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第23回
不可解な「置手紙」

保育士の退職に伴い、平成20年1月18日から3月22日までの期間においては、保育士が1名不足しているが、看護師が配置されており、保育士とみなすことができることから、職員の配置基準は満たされている。保育士の退職等に備え、必要な保育士有資格者を配置することにより、最低基準に示された職員配置を行なうこと。

 平成20年9月10日、東京都指導監査室はりんごっこ保育園(認可保育園)とりんごっこ第1保育園(東京都認証保育所)に対する立ち入り検査を行なった。検査は「運営管理」56項目、「保育内容」46項目、「会計経理」75項目について行なわれるが、冒頭に記した一文は、検査終了後に東京都がりんごっこ保育園に置いていった、その日の時点での「運営管理」に関する指摘事項のうちの1つである。

 9月13日、りんごっこ保育園設置者の高野博子と同居・内縁関係にあるりんごっこ保育園の運営委員で市会議員の矢野はインターネット「東村山市民新聞」で次のような記事を掲載した。

〈都の定期監査で「りんごっこ保育園は、児童福祉施設最低基準の上で特に問題なし」との結論を講評、文書を交付して終了。(9月10日)〉

 矢野のいう「児童福祉施設最低基準の上で特に問題なし」とは、都が置いていった文書中の「職員の配置基準は満たされている」との文言に基づくものであるらしい。

職員大量退職以後の事実経過

 りんごっこ保育園では平成20年1月31日付で3名の保育士と1人の栄養士が退職した。東村山市保健福祉部は、1月31日の時点でりんごっこ保育園の保育士は7名となり、最低基準を3名下回る状態になったと認定した。この経緯に関してはりんごっこ保育園問題とは何か」第1回第2回で詳述したが、あらためて時系列の経過を確認しておこう。

平成20年1月31日  りんごっこ保育園で3名の保育士と1名の栄養士が退職。
2月8日  東村山市保健福祉部の問い合わせに対し、高野は「職員の構成」と題する職員名簿を提出。しかし、その名簿に記載された保育士のうち1名は育休中であり、その保育士を含めて3名の保育士が不足していることが判明。
2月13日  東村山市保健福祉部は同保育園を訪問して保育士が不足している事実を確認。
2月18日  東村山市保健福祉部は東京都と協議の上、認可基準を下回った職員数を速やかに補充するよう文書による改善指導(「りんごっこ保育園職員等の改善について(通知)」)を行う。指導内容は、①改善計画書の提出②職員名簿(職名、氏名、勤務時間、採用年月日、常勤、非常勤、資格の有無、担当クラスを明記)の提出を①については「速やかに」、②については「改善後直ちに」というもの。
2月20日  高野博子から東村山市保健福祉部に対し、「2月1日付で2名の保育士を採用したこと」「2月18日に行った改善指導については適法なものではなく返上する」旨の「事務連絡(常勤職員等について)」と題する文書がファックスで届く(なお、文書の日付は2月18日付)。同文書には新採用の保育士名が記されていたが、2月8日提出の「職員の構成」には2名の名前は存在しない。
3月5日  高野博子から東村山市保健福祉部に対し、「2月18日に行った改善指導については適法なものではなく返上する」などとする内容の「2月18日付貴殿名義の文書について」(3月5日付)と題する書面が届く。
4月1日  新年度より、東村山市は全認可保育園に対し毎月の職員名簿を提出することを要請。
5月1日  東村山市保健福祉部は高野博子に対し、2月18日付通知に対する回答(改善計画書の提出等)を早急に提出するよう求める内容の「改善計画書等の提出について(通知)」(5月1日付)と題する文書を送付。なお、東村山市はその提出期限を「5月16日」とした。
5月19日  高野博子、東村山市保健福祉部に対し「職員名簿(5月1日現在)」を提出。2月8日に提出した「職員の構成」には存在していない保育士2名が含まれている(採用年月日は当然2月8日以前)。
6月6日  高野博子、東村山市保健福祉部に対し「職員名簿(4月1日現在)」と「職員名簿(6月1日現在)」を提出。2月8日に提出した「職員の構成」には存在していない保育士2名が含まれている(採用年月日は当然2月8日以前)。

東村山市(東京都子育て支援課)の認識と著しい齟齬

 東村山市保健福祉部が5月1日付通知を送付して以後、高野からは同通知に対するなんらの回答もそれらしきものも送付されていない。平成20年6月議会において佐藤真和市議がこの点をただしたのに対して保健福祉部長は「保育士の件でございますけれども、現在、りんごっこ保育園より、改善後提出書類の提出はございませんが、保育士有資格者は確保されており、改善されております」「改善の報告書が出ていない状況でございますので、再度、こちらのほうとしても、書類の提出をお願いしていきたいと思います。実際には、保育士がもうその時点からすぐに改善されているわけでありますから、何ゆえに出さないのか、ちょっと私も非常に疑問には思っておりますが、ぜひ出していただきたいと思っております」(6月12日)と答弁している。ただし、東村山市保健福祉部はこの時点で、りんごっこ保育園に対するなんらかの実態調査を行ったわけではなく、「有資格者は改善されている」というのはあくまで書類上の話で、それもこの答弁の1週間前にようやく提出された4月の職員名簿によって、あくまで書類上、「4月以降は改善されている」といっているにすぎない。また「その時点(2月1日の時点)からすぐに改善されている」というのも、あくまで高野が東村山市保健福祉部の「通知」を無視して一方的に提出した書類上の話なのである。

 なぜなら、東村山市保健福祉部は5月1日の時点で「5月16日までに改善報告をするよう」求めているのであり、それに対する回答はないのだから、仮に4月以降、職員配置が改善されていたとしても、2月時点での職員状況について保健福祉部長が「改善されていた」と判断する根拠がないことは明らかである。この保健福祉部長答弁以後も、高野博子から「通知」に対するなんらの回答もない。つまり現在もなお、少なくとも平成20年2月から3月末日までの間、りんごっこ保育園の職員配置状況が国最低基準を満たしていたかどうか、東村山市保健福祉部も東京都もなんら確認していないのである。

 この点について高野博子は「看護師1名は保育士1名とみなされる」と主張し、矢野穂積もしきりに議会で保健福祉部を追及してきた。しかし、看護師1名が保育士1名とみなされるとしても、依然残る2名が確保されていたかどうかについてはなんら確認されておらず、りんごっこ保育園が国最低基準を下回っていたのではないかという疑念はいっこうに晴れてはいないし、なぜか不思議なことに矢野は残る2名の実態についていっさい触れない。4月以降はともかく、2月1日以降3月末日までの職員配置状況の実態はどうだったのか。少なくとも現在もなお、東村山市保健福祉部の認識が「りんごっこ保育園が2月1日以降、国基準を3名下回った状態となり、看護師1名を保育士1名とみなしたとしてもやはり2名下回っていた」というものであることになんら変わりはない。

 そんな状況の中で突如出てきたのが冒頭の、東京都指導監査室の「指摘」だった。これはどうみても不可解を通り越して、明らかに東村山市と東京都子育て支援課の認識に反するものである。いったい指導監査室は、実施主体である東村山市も認可権限者である東京都子育て支援課も知らない間にいつ、どんな実態調査を行ったのだろうか。

 ちなみに、矢野は冒頭の「指摘」内容についてあたかも公文書が交付されたかのように書いているが、指導検査終了後、指導監査室がその日の時点での結果を残していくのは通例であり、通称「置手紙」と呼ばれているという。指導監査室は後日正式な(最終的な)「施設指導検査指摘事項」を作成するが、その日の時点での状況を記したこの「置手紙」はそのための資料としての性質を持つにすぎず、公文書ではあるがあくまで正式な「施設指導検査指摘事項」ではない(東京都はこの「置手紙」について「正式な文書ではない」という理由で情報開示を拒否した前例もある)。したがって矢野がいうように、正式の文書でないものを「結論を講評」したものなどといえる道理はないことになる。


(第24回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第24回
現時点での回答を拒否した指導監査室

 平成20年2月1日の時点で「3名の保育士が不足していた」(看護師1名を保育士とみなしたとしても2名不足)とする東村山市と東京都子育て支援課の認識に対して、正式の文書ではないとしても東京都指導監査室が「1名不足していた」としているのはなぜなのか。10月2日、私は東京都子育て支援課と指導監査室に聞いた。

子育て支援課の認識



――9月10日に行った指導検査で、2月1日以来の保育士の不足数について指導監査室は「1名」だったと記載している。不足数は「3名」だったはずだが、どういうことなのか。

課長  指導監査室がどんな記録を残していったかについては承知していない。

――私は指導監査が残していった文書を確認して電話している。では、子育て支援課の認識はどうなのか。東村山市は東京都と協議の上で2度改善指導を行っている。

課長  2月1日以降、東村山市が「3名」不足していると認識していたことは承知している。

――東京都子育て支援課の認識も「3名」不足だということと理解してよいか。

課長  東村山市が改善指導したことは承知しているが、「3名不足」の事実は確認できていない。

――指導監査室が「1名」不足しているとしている点は、東村山市の認識とは齟齬があるが、指導監査室は子育て支援課と情報を共有していないのか。

課長  指導検査は指導監査室が行うもので、指導検査について子育て支援課はいっさい関知していない。指導監査室が書いたことについて子育て支援課としては何も答えられない。



 優等生の回答である。保育士の不足数について課長の回答が若干他人事のように聞こえるのは、この課長は今年4月に就任したばかりで2月当時はまだ前任課長の時期だったということもあるのかもしれない(ちなみに前任課長は、「食中毒騒動退園事件」で保護者が退園に追い込まれた際、事実関係を承知していながら見て見ぬフリを決め込んだ人である)。ただ、この課長も東村山市が東京都と協議の上で改善指導を行ったこと自体を知らないわけではなく、5月に再度改善指導を行った際にはすでに課長の地位にあったのだから、今回の指導監査室の記載についてまだ事実確認をしていないとはいえ、「3名」と「1名」の齟齬についてなんらかの感想ぐらいはあっていいのではあるまいか。

「3名不足の事実は確認できていない」ということもあるのかもしれない。しかし、このことは「最低基準を満たしていた」かどうかも確認できていないということなのである。認可権限を持つ東京都は、自ら認可した保育園が国最低基準を満たしているかどうか確認する責任がある。東村山市は高野が名簿等を提出したことによっても信用できないから改善指導を行ったのであり、書類上で事実確認ができないなら確認に出向くべきだし、それをやるのは東京都と東村山市の責任である。 

 この課長は保育士が国最低基準を下回っている恐れがあるという事態をどう考えているのだろうか。保育士が足りないということはただちに子供の安全が脅かされる(可能性が高まる)ということであり、だからこそ保育士が充足しているかどうか確認しなければならないのである。2月以降、保育士が不足している可能性があるにもかかわらず「確認できていない」とは、東京都が必要な確認を怠ったからにほかならず、課長自身の口からこのような発言が出ること自体、無責任きわまるものといわれても仕方あるまい。

指導監査室の奇妙な対応

「置手紙」の記載内容について子育て支援課長が「いっさい関知していないから答えようがない」という以上、それ以上課長と話してもらちが明かない。そこで私は指導監査室に電話し、りんごっこ保育園の指導検査に出向いた担当者に記載内容について聞いた。



――9月10日、りんごっこ保育園に対して行った指導検査のことでおうかがいしたい。

担当者  指導検査の内容についてはいっさい答えられない。

――私の手元に当日の指導検査結果をメモした書類がある。当日の状況についてはこの書類でおおよそはわかるのだから、その記載内容について聞きたい。

担当者  ああ、「置手紙」のことですか。しかし、指導検査の内容についてはお答えできない。

――すでに手元に当日のメモがあり、私はその内容について聞きたいといっている。東京都が作成した公文書の内容について具体的な質問に答えられないとはどういうことか。



 担当者はしばし沈黙し、上司の指示を仰いだようだ。数分後、電話口に戻った担当者は「どんな質問でしょうか」というので、私は「置手紙」の記載内容を読み上げて聞いた。



――りんごっこ保育園の保育士不足の問題は今年2月以降表面化していて、東村山市も東京都もその時点で「3名不足」の状態にあると認識していた。今、子育て支援課長に確認したところ、「3名不足」と認識しているといっている。それが指導監査室ではなぜ「1名不足」となっているのか。この明らかな齟齬について東村山市は「遺憾だ」といっている。いったい東京都は関連部署と情報を共有していないのか。

担当者 「置手紙」は正式な文書ではなく、最終的な指導検査結果が出るまでは何もお答えできない。

――今年2月の時点で何名不足していたかについては半年も前から問題となっていたもので、今回の指導検査とは直接関係がない。だから指導検査結果とは関係なく答えられるのではないか。なぜ指導監査室では「3名ではなく1名」なのか、来週でもいいからお答えいただきたい。



 担当者は再び沈黙してしまった。公務に関わる文書ならメモさえも情報公開の対象になる時代に「まだ正式文書の段階ではないから答えられない」とは妙である。しかし、電話の向こうで黙られては聞きようもない。私は仕方なく、「では、指導検査結果が出た段階でいいので、『1名』不足だったという明確な根拠をご説明願いたい」といって電話を切った。ちなみに担当者によれば、「指導検査の結果はいつ出るかわからない」とのことである。

 正式な指導検査結果ではないとはいえ、「置手紙」として残していった文書に改善指導の対象となったとみえる事実について実施機関の認識とは異なる数字が記載されていたことの意味は小さくない。りんごっこ保育園が国最低基準を満たしていたかどうかに関わる内容であり、その不足人数について指導監査室が言及したということは、少なくとも指導監査室がこの問題を無視できないと考えていたということでもあろう。

指導監査室の根拠

 いったい、指導監査室は何を根拠に東村山市や東京都子育て支援課の認識とは異なる数字を持ち出したのか。東村山市保健福祉部や東京都子育て支援課といっさい連携することなく、独自の調査を行ったのか。だとすれば、指導監査室は東村山市が東京都と協議の上で改善指導した事実を知っているのだから、結果が判明した時点で調査結果を報告すべきだし、高野博子は看護師を保育士とみなすかどうかなどではなく、「不足していたのは『1名』だったこと」を東村山市に回答すべきだろう。不足していたのは「3名」ではなく「1名」だったと判明した時点で指導監査室はなぜ東村山市に事実を伝えなかったのか。あるいは指導検査担当者の単純なミスだとすれば、これはあってはならないミスである。いずれも通常は考えられない話というほかない。

 もう1つ、「3名の不足」が「1名の不足」となった理由が考えられないこともない。現時点で明らかなのは、2月以来の保育士数が国最低基準を下回っていた問題は、指導監査室が「不足分は1名だった」としたことによって「りんごっこ保育園にはなんらの瑕疵もなかった」こととなり、半年以上も懸案となっていた問題が一気に落着するということを意味する。考えたくはないが、東村山市の反応と東京都子育て支援課の回答の範囲で「3名」が急に「1名」になった理由を考えていくと、指導監査室は問題の決着をはかるために「3名」を「1名」にしたというのもあり得ないことではないように思える。「1名」不足だったのなら、看護師1名を保育士とみなすことによって、りんごっこ保育園が国最低基準を下回った事実はなかったことになるのである。

 一時的にせよ、東京都が認可した保育園で保育士数が国最低基準を下回っていたとすれば、この問題が解決しないまま推移すれば、今度は指導監査室の対応が問われることになる。しかし、りんごっこ保育園が最初から保育士は不足していなかったということになれば、東村山市保健福祉部が2月、5月と2度にわたって文書による改善指導を行ったにもかかわらず回答の姿勢さえみせない高野博子の対応についても、指導監査室は取り立てて問題視する必要もなくなるし、指導監査室が不作為を批判される前提も消えてなくなるのである。東村山市と東京都子育て支援課の見解を聞いた範囲では、その可能性も100%ないとはいえないのではないか。

 万が一、監査指導室が問題の収束を目的に「3名」を「1名」にしていたとすれば、これは2月1日以降、不安にさらされてきた園児および保護者に対する重大な裏切り行為となる。2月1日以降すでに、東村山市保健福祉部および東京都子育て支援課に複数の当事者が園内の異常な状況を直接伝えているし、東村山市長も直接園児の保護者に会って話を聞き、市長自ら子育て支援課に出向いている。そのことを監査指導室は知らなかったというのだろうか。いずれにしても、仮にこの検査が問題の収束を意図したものだったとすれば、ずさんを通り越して東京都民に対する違背行為であり、この指導検査自体が行政監査の対象となろう。当然、指導検査は厳正なかたちでやり直すべきである。

 高野博子が2月8日と同20日に東村山市保健福祉部に提出した文書とはまったく整合性がないものの、「置手紙」にはこれまでいっさい話題にのぼらなかった「1月18日から3月22日まで」という具体的な期間も示されている。したがって、指導監査室には「1名が足りなかった」とするよほど確かな裏付けがあるらしい。

 保育士が充足していたかどうかの問題はりんごっこ保育園で園児の安全が確保されていたかどうかの問題であり、指導監査室や子育て支援課のメンツの問題ではない。確かな裏付けがあるのなら、市民に対してその根拠を明らかにすることについてなんらの支障もあるまい。正式な指導検査書類が出た段階であらためて取材させていただこうと考えている。


(第25回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第25回
民主主義のルールを破ることによって成立した保育園

 平成16年9月30日に起きた東村山市議会の議会としての自殺行為、議長が会議を再開しないまま時間切れを迎え、自然流会に追い込んでしまうなどという茶番劇を防ぐ方法がなかったわけではない。仮に「時間切れはやむをえなかった」などと、この異常事態を甘受している議員がいるとすれば、その議員もまた議長と同様の錯覚に陥っているといわれても仕方あるまい。日頃の緊張感の足りなさが議長権限の濫用を許したとすれば、東村山市議会全体の責任という言い方もできよう。

 行政が当初は予算の流用によって、議会の審議を経ないままりんごっこ保育園の予算を手当てしようとしていたこと、予算書が開園ギリギリに提出され、審議日程が開園前日に設定されたという和解合意以後の流れを見れば、民主主義のルールを無視してでも開園させるという結論が不動のものとして決定していた様子がわかる。

政治テクニックの勝利

 それを決定したのは細渕一男市長である。初めに「開園」という結論があり、細渕市長はそれをあたかも正当な手続きを踏んだ開園であるかのように辻褄を合わせようとしていたにすぎない。違法性を糊塗する最後の関門が予算上程だったが、共産党が反対の意思を示したことで市長の目論見は大きく崩れた。しかしそれでも「開園」の結論は動かなかった。渡部議長が市長の専横を政治的な火種を残すことなく実現させるには、会議を流会に持ち込むしかなかったのである。

 渡部議長が述べた「議会の自殺行為」とは、議会の意思を明らかにしないということのみならず、議長自身がそれと知りつつ、結局は市長の専横とそれを支える見えない力に抗しきれないことを認めてしまったところにあった。つまりこの保育園は、民主主義のルールを破ることによってしか成立しないものだったことになる。東村山市民は今後ずっとこの保育園に年間1億円近い、補助金という名の血税を支払わされることになる。

 今回の東村山市議会の末期的な混乱によって明らかになったのは、りんごっこ保育園の認可問題がそもそも東村山における民主主義の危機の問題だったということである。議長は今後自らの責任を明らかにしていくというが、議長が責任を取ればそれですむ話ではない。市民の多くが指摘したように、今回のような事態がまかり通れば、東村山という町では議会の予算拒否権はまったく有名無実化し、それどころか議会そのものが無用の長物となってしまおう。

渡部尚議長の詭弁

 9月30日(正確には10月1日午前0時30分ごろ)、りんごっこ保育園に対する補正予算案が廃案となった直後、渡部議長は傍聴者の前で、

「このまま審議を継続して予算が否決されれば、市政に与える影響が大きいと判断した」

 と弁明。また東京新聞の取材に対しては、

「議会が否決した場合、予算がつかずに保育園は宙に浮き、否決後の専決処分では、議会の意思をないがしろにしたことになる」

 と説明している。地方自治法では、市長が提案した予算案について議会が否決しても、客観的に正当と認められる理由があれば、市長は予算を執行することができるとされている。つまり議長のこの説明からうかがえるのは、9月30日、議会がりんごっこ保育園の予算を否決したとしても、市長は専決処分を行っただろうということ。しかしこの場合、議会の意思に背くことになり、その後の市政運営に大きな禍根を残すことになる。だから議長は、議会の意思を明らかにしなかったというのである。

 しかし、本当にそうだろうか。議決があろうとなかろうと、議会の意思が「否決」にあったことは議長自身が認めている。形式上、今回の専決処分は審議未了・廃案となったことが根拠になっているものの、市長が議会の意思に反する処分を行ったことになんら変わりはない。実際に、9月29日に市決められた発言通告によれば、定員26名のうち、公明6、民主クラブ3、共産5、希望の空1が明確に反対の意思を示しており、生活ネット2も発言通告の段階では賛否の意思こそ示していなかったものの「反対」だったことが明らかになっている。つまり、定数26のうち、はっきりと「賛成」の意思表示をしていたのは市長を担ぐ自民党だけで(議長を含めて7)、「反対」が17を占めていたのである。

 ここまで議会の反対の意思が明らかであるにもかかわらず、議会の「否決」という結果が残りさえしなければ、市長が専決処分によって予算を執行しても議会との禍根が残らないとする議長の説明には合理性があるとはいえまい。地方自治法では、地方自治体の予算はすべて議会の承認「賛成」が必要とされている。つまり、市長の専決処分は認められてはいるが、議会が否決したという結果が残っていた場合、住民訴訟を起こされれば敗訴する可能性が生じる。だから議長(=市長)は、「否決」という形を残したくなかったということではないのか。

 渡部議長がいうように、本当に入園が決まった子供や保護者に対する影響が大きいというのなら、市長は議会に否決させた上で、堂々と専決処分をすればよかったのである。しかしその自信は細渕市長にはなかったようだった。なぜなら、その保育園は掛け値なしに、普通の善良な保育園だと言い切る自信がなかったからにちがいあるまい。


(第26回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第26回
市長の専決処分を承認しなかった東村山市議会

 行政に都合の悪い議決が予想された場合、議長が会議を流してしまうなどという議会運営がまかり通ったのでは、東村山では議会は必要ないことになってしまう。議長は市民に対してなんらかのけじめをつけなければならなかった。そこで議長は辞表を提出、議会の議決を求めるために臨時議会の招集を市長に要請した。

 臨時議会が開かれたのは、審議未了からちょうど1カ月後の平成16年10月30日。この日の議会では、議長の辞任と合わせて専決処分の報告も行われた。市長が専決処分を行った場合、議会の承認を得なければならないのである(否決されても専決処分の効力には影響を与えない)。

 臨時議会は議長選びに手間取り、午前10時開会予定が午後4時30分にずれ込んだ。冒頭、議長の辞任理由が示され、議会は議長の辞任を承認、合わせて公明党副議長も辞任を申し出て承認された。議長が正当な理由もなく会議を開かない場合、副議長は議長に代わって会議を開くことができる。地方自治法は議長の権限濫用を防止する方法を定めているのである。しかし9月30日の事実経過はどうみても、副議長は議長の独断を許し、審議未了を受け入れたとしか受け取れなかった。副議長がその責任を取ったのは当然だろう。

国最低基準がすべてという「保育理念」

 では、夜の7時15分に始まった専決処分に関する質疑と決議はどうなったか。質疑で注目されたのは、開園前に懸念されていた施設上の問題点(避難用滑り台の脇の隣地のフェンスを開閉できるようにすること)や、弁護士を介さなければ所管との話し合いに応じなかった設置者・高野博子の独善的な姿勢がどのように改善されたかについてである。

 結果からいえば、「賛成」を表明していた自民党でさえ指摘していた施設上の問題点はいっさい改善がなされておらず、設置者にはその意思もないらしいこと、高野は開園後に開かれた市内の私立保育園園長会にも出席していないなど、補助金を支弁されて市の保育事業を委託された事業者としてきわめて不誠実であることが改めて確認された。それどころか、高野と同居する矢野は疑義が提出されるたびに、

「どこにやらなきゃいけない根拠があるんだ」(フェンス問題)

「出席の義務があるとどこに書いてるんだ」(園長会)

 などと不規則発言を繰り返した。のちに運営委員となる矢野にとって、保育園は国最低基準という箇条書きの条文さえクリアしていれば、保育士が次々と退職し、園児や保護者がどれほど不安にさらされようと、そんなことはどうでもいいらしい。運営側が保育環境をどう作るかについて国最低基準には具体的な記載はないからである。

 なお、フェンスの問題に関して矢野と高野は、最近の裁判で「避難口」設置に代わる対策として「2基の脚立を活用した避難システム」なるものを考案したことを明らかにしている。要は、フェンスをまたぐかたちで脚立を2基設置し、脚立を昇り降りさせて園児を保育園側から駐車場側へ避難させるという、矢野によれば「画期的なシステム」である。一秒を争う不測の事態にあって、フェンスが開閉式になっているよりもこのシステムの方が、あるいは開閉式と同等に効率的な避難ができるとのことである。だったら議会で「どこにやらなきゃいけない根拠があるんだ」などと怒る必要もないと思うが、矢野にはまだその「画期的な」アイデアがなかったということなのだろう。

開園当初から保育士不足の疑い

 高野が9月7日に提出した認可申請書類の職員名簿に、すでに経営している東京都認証保育所の職員と新しい認可保育園の職員に重複があったことも判明した。もちろん職員の重複勤務は認められていない。東村山市はりんごっこ保育園の開園日である10月1日にその事実を確認し、10月27日に是正させたというが、是正までになぜそれほど時間がかかったのだろう。

 この件について東村山市保健福祉部は(保育士が足りなかったのではなく)「重複は書類上の単純ミスで、勤務実態に重複があったわけではない」としたが、時間がかかったことについては「係争中だったので」と意味不明の答弁をしたものだった。「書類上のミス」なら翌日には是正できようし、その事務作業と係争中であることとはなんらの関係もなかろう。指摘から「改善」までに26日も要したのはなぜなのか、きわめて不可解というほかない。

 その後、平成18年になってまたしても「書類上の単純ミス」(東村山市の説明)によって高野は民改費(民間施設給与等改善費)という補助金の申請にあたり、平成16年度の申請分について民改費の対象ではない非常勤の職員を常勤として申告(過請求)していたことが発覚、東村山市が法的手段を通告したことでやっと返還したという出来事もあった。

 東村山市はこれも「ミス」だというが、平成20年2月、保育士の大量退職後に提出した職員名簿のデタラメさをみても、こと職員に関わる高野の申告は開園当初からおしなべて信用できないものだということは否定しようがない。それでも東村山市保健福祉部がそれを「故意」ではなく「単純ミス」として庇い続けるのはなぜなのだろう。

矢野と朝木は採決直前に議場を退出

 いずれにしてもこうして、専決処分の承認をめぐる質疑の結果、高野が認可保育園の設置者としてどうみても適格性に欠けること、背後に特定議員(矢野穂積)が関与しているのは明らかなこと、施設、運営についても行政の指導や保育関係者の意見を受け入れるなどりんごっこ保育園にはとうてい期待できないことが改めて確認されたのである。採決の直前、矢野と朝木直子は「ちゃんとやれよ」「裁判所が見てるからな」などといいながら、議場を退出してしまった。まさか当事者だから、自ら率先して除斥にしたわけではなかろうが、彼らの行動を理解するのは常人には困難というほかなかった。採決の結果は自民党以外は全員「反対」、17対7(草の根は棄権)で市長の専決処分は不承認となった。議会は改めてりんごっこ保育園予算に対する否決の意思を明らかにしたことになる。

 9月30日、りんごっこ保育園に対する予算案を廃案に追い込んだ際、その理由について議長は「否決後の専決処分では議会の意思をないがしろにしたことになる」と述べた。しかし今回の不承認決議によって、時期は前後したものの、市長の専決処分が議会の意思をないがしろにするものであることが明らかになった。こうなることを議長は承知していたはずである。

 事後の不承認決議なら議会の意思をないがしろにしたことにはならないという理屈は通らない。市長が専決処分の意思を固めているかぎり、議長は議会の意思を無視する以外にはなかったのである。議長が市長の意思を知らなかったことはあり得ない。つまり9月30日、議長が会議を再開しなかったのは議会と市長との関係に配慮した結果ではなく、最初から市長の専決処分が目的だったということになる。


(第27回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第27回
満面の笑みを浮かべた細渕市長

 議長の独断による審議未了と市長の専決処分、さらに専決処分に対する議会の不承認というかたちで、市長にとっては無事、りんごっこ保育園に対する予算執行が可能となった。こうしてりんごっこ保育園の予算をめぐる茶番劇の幕は降りたが、細渕市長が最も恐れていたらしい高野との裁判の行方はどうなったのか。

和解協議を欠席した高野博子

 平成16年7月12日に成立した和解合意書によれば、東京都が認可し、正常に開園した場合には、その日付で東京都と東村山市に対する提訴を取り下げることになっていた。その条件の限りでは、高野は10月1日をもって提訴を取り下げていなければならない。もちろん、東村山市も東京都もそう理解していたはずである。

 しかし、高野は10月1日の開園を過ぎても提訴を取り下げず、さらに開園から1カ月が過ぎた10月30日現在もなお、提訴を取り下げてはいなかった。東村山市は議会の意思を無視し、民主主義のルールを侵してまで予算を執行することで高野との合意内容を履行したはずである。この点についてだけは市側も自信を持って「まことに不誠実で遺憾だ」などと答弁したものだった。

 これに対して矢野は議場で、

「市が約束通りにやらないからだ。7月12日の段階で専決処分をやらなかったのが悪いんだ」

「このままだとどうなるか、わかってるんだろうな。敗訴して金を払いたかったのか」

 などと威圧的な不規則発言を繰り返した。矢野の発言内容はたんなる高野の支援や代弁を超えて、矢野がこの裁判に直接的に関与していることを示していた。

 それにしても、東村山市が合意内容を履行してもなお「約束を守っていない」とする矢野の発言の根拠は何なのか。10月末には1回目の補助金約700万円が高野に支払われている。定員の77名に対して実際の園児数は57名となったが、これは応募数が割れたためで市の責任ではない。定員割れした分については相当の補てんもなされている。常識的にみれば、高野が提訴を取り下げない理由はみつからなかった。

 専決処分採決に際して議場から出ていった際、矢野は「裁判所が見ているぞ」という捨てぜりふを残した。裁判所が認可を認めた以上、議会も予算を否決することはできないという趣旨のようだった。しかし矢野とて、東京都が認可し、東村山市が保育の実施を決定したからといって、議会が無条件に予算を承認する義務がないことは百も承知だろう。地方自治体の予算は原則としてすべて議会の承認(議決)を経なければならないのである。和解合意項目の中にも議会の議決は含まれていない。したがって、矢野のいうように和解合意が成立した段階で行政が独自に専決処分をすることなどできないのも当然なのである。

 和解に合意し、開園して1カ月が過ぎたにもかかわらず、高野が提訴を取り下げないばかりか、法廷にも出廷しない理由を理解するのは困難というほかなく、このこと自体、認可保育園設置者としての高野の不適格性を物語っていた。

不承認直後の大名行列

 専決処分の可否が問われた10月30日臨時議会は午後11時55分にようやく閉会となった。市長の専決処分に対して議会が承認しようと不承認だろうと、それが現実には何の影響力もないことを知らない者はいない。問題はこの不承認という結果を何人の議員が茶番と感じたかである。この結果は、一部の者たちの間ではすでに1カ月以上前から予定されていたのにちがいなかった。

 臨時議会終了後、細渕一男市長は助役を引き連れて大名行列よろしく自民党控室を訪ねてにこやかに挨拶を交わし、帰りしな保健福祉部長を見かけると、今度は満足げに左手を上げて労をねぎらった。その表情は、議長と副議長を辞任に追い込んだ上、つい今しがた自らの専決処分を否定された市長のものとは思えなかった。

 地方自治体の予算は町づくりや行政計画に対する首長の考え方や理念を反映するものであり、予算案が否決されるということは首長にとってその理念を否定されるに等しい。細渕市長にとって、今回の専決処分の否決は平成15年3月にりんごっこ予算が否決されて以来2度目のことである。予算を否決された市長が自ら辞職して民意を問うことはよくあるが、それほど予算が否決されることの意味は大きい。

 しかし、専決処分否決後の市長の表情を見ていると、東村山市の市長にとって世の中の常識は通用しないとしか思えなかった。どうやら東村山は、行政行為の責任を誰も取ろうとはしない町のようだった。責任の所在も覚悟もはっきりしない町に、行政の理念やなんらかの確固たるビジョンを求める方が間違いだったのかもしれない。そこにりんごっこ保育園が認可されるスキがあったのだと私は感じた。


(第28回へつづく)


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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第28回
裁判を取り下げなかった高野博子

 平成16年10月30日、市長の専決処分の可否を問う臨時議会が終わり、細渕市長にすれば否決されたとはいえ、りんごっこ保育園に対する予算に関する手続きはすべて終了したことになる。しかし、高野博子はいっこうに提訴を取り下げず、それどころか平成16年11月になって逆に弁論の再開を申し立てた。同居人の高野を陰でコントロールしている矢野としては、専決処分に対する議会の不承認がいたく気に入らなかったものとみえた。弁論の再開を申し立てた理由として高野(=矢野)は、

「(議会が承認していない状況では)平成17年度予算についても否決される可能性が高く、これでは保育園の継続的、安定的運営が保証されたとはいえず、開園の約束を履行したことにはならない」(要旨)

 としたのである。

 一方、東村山市と東京都は、合意事項を履行したとして請求の却下を申し立てた。保育園は単年契約であり、いったん認可開園したからといって、最初の委託契約が未来永劫保証されるところはどこにもない。高野の申立が理不尽なものであることは明らなように思えた。当時の東村山市政策室長は高野の申立についてこう述べている。

「市側は合意内容を履行したものと考えている。このまま高野氏が訴訟を取り下げなければ、今後、高野氏との関係を根底から考え直さなければならないと考えている」

「高野との関係を根底から考え直さなければならない」という政策室長の発言がどこまで本気であるのかはきわめて疑問であるものの、その時点での東村山市としては当然の反応というべきだろう。

予算決議に合わせて弁論期日を変更

 再開された最初の口頭弁論が開かれたのは平成17年2月24日。やはり高野は取り下げの意思を見せず、再び話し合いが持たれることになった。平成17年度予算の審議・議決が行われるのは3月25日に迫っていた。どうやら矢野は、一方で損害賠償の裁判を継続しながら、予算審議の動向を見ようとしているようだった。議会に対して予算を否決するなら裁判は取り下げないぞというあからさまな意思表示である。つまり、矢野は議会に対して頭を下げろと迫っているのだった。

 次回期日はいったん3月8日に決まったが、矢野はその日のうちに期日の変更を申し入れた。変更となった期日は予算決議の前日である3月24日。平成17年度予算は本会議での予算議決以前に予算委員会で審議され、だいたいの方向性ははっきりする。矢野は予算審議の模様をながめながら、取り下げか継続かの判断をしようとしているようだった。

 このように裁判を脅しや駆け引きに利用して議会に揺さぶりをかける矢野のやり方に対して議会はどう対応するのか。このままりんごっこ保育園の予算を通してしまうようでは未来永劫、議会は矢野の前にひれ伏してしまうことになりかねない。そのころ、りんごっこ保育園は表面上は特に大きな問題もなく運営されているように見えた。しかし、議会が市長の専決処分を承認しなかった当時と状況は何も変わっておらず、議会が当時の意思を変える要素は何一つなかった。

 万が一、議会が既成事実の積み重ねを容認して予算を通してしまうようなことがあれば逆に、あの不承認は何だったのかということになる。東村山市議会が市長の専決処分によって奪われた民主主義を再び取り戻すことができるのかどうか。議会としては、議員個々の認識と覚悟が再び問われていた。

着々と形成された既成事実

 一方、待機児解消という課題に対応しなければならない行政の立場からすれば、すでにりんごっこ保育園に園児が通っているという既成事実が重いものであるのもまた事実だった。いかに保育環境が市内の既存保育園よりも著しく劣るからといっても、当時はまだ目に見える問題が発覚していたわけでもなく、保育内容に関する保護者からのクレームが表面化していたわけでもない。行政の立場として、裁判所における高野の不誠実な対応と保育園の認可問題を同列に論じることはできない。

 議会にも行政の空気が伝わらないはずはなかった。現実に保育園の恩恵を受けている園児と保護者に罪はない。いかに異常な経過をたどって開園した保育園であるとはいえ、既成事実もまた現実的には実績なのだった。再び予算修正となれば、今度こそ市長辞任、議会解散という事態に発展することも十分に予測できた。

 予算修正の動きがなかったわけではない。しかし結果からいえば、予算修正に積極的な姿勢を見せていたのは公明党と希望の空(佐藤真和市議)にとどまり、予算特別委員会で修正動議を提出しても可決される見通しはなくなっていた。こうして平成17年3月17日、予算特別委員会においてりんごっこ予算はついに可決された。

 ただ討論においては、行政との話し合いを拒否し、いっこうに施設改善に着手しようとしないばかりか、開園したにもかかわらず提訴を取り下げない高野の姿勢については各党から批判が相次いだ。とりわけ、すでに市長の専決処分についても承認していた自民党からも厳しい討論が展開されたのは異様な光景だった。それもまた自民党の本心だったのだろう。

 市民からみて、それならなぜ予算を付けて開園させたのか、最後まで闘わなかったのかという疑問を解消することは難しいというほかなかった。しかしいずれにしても、これまで一度も議会の承認を得られていなかったりんごっこ保育園に対する予算は、ついに堂々と議会の理解(=市民の理解)を得たことになったのである。通常、予算特別委員会の決議が本会議で覆ることはない。すなわちこの時点で、りんごっこ保育園の予算は本会議を通過することが事実上確定したのだった。


(第29回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第29回(最終回)
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生かされなかった附帯決議

 平成17年3月17日、予算特別委員会においてりんごっこ予算は可決され、25日の本会議でも議決されることが確定的となった。では、裁判を取り下げるかどうかは議会の動向を見てから判断するとして3月24日に弁論期日を指定した矢野は、その日にどんな結論を出したのか。矢野は結論を出さなかった。その日矢野は、「明日(25日)の本会議での議決を待ってから」として、またも取り下げを保留したのである。

 取り下げたとたんに予算特別委員会の結果が覆り、本会議で否決される可能性があると考えたのか。裁判を駆け引き材料とし、議会をたんに自己利益を実現させる場としか考えていないらしい矢野にしかできない判断だった。

議決の3日後にやっと取り下げ

 3月25日の本会議は予算特別委員会での採決通りの結論となった。しかし、「草の根」を除く市議会としては、予算が可決されるのはやむを得ないとしても、りんごっこ保育園の現状を容認しているわけではなかった。平成17年度予算が可決された直後、民主党から「りんごっこ保育園に関する附帯決議の議決を求める動議」が提出され(提案者は「草の根」を除く全会派=自民党、公明党、民主党、生活者ネット、共産党、希望の空)、「草の根」を除く全会一致で議決されたのである。提案内容は以下のようなものだった。

1. 東村山市は、高野博子氏に対して、和解のための合意書に基づき、速やかに訴えを取り下げさせること。

2. 東村山市は、新年度を迎え、りんごっこ保育園に対し、都がいう新規申請ということから、東村山市私立保育所設置指導指針(ガイドライン)に基づいた園庭の確保、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを速やかに行うよう、強く指導すること。そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること。その際は、次年度以降の予算も含め、市議会としても厳しい対応をせざるを得ない。

3. 東村山市は、りんごっこ保育園に対して、個人立から速やかに法人化するよう強く指導すること。

4. 東村山市は、各保育園の保育内容や運営をチェックするために、第三者評価制度を創設すること。

 改善内容も含め、実質的な期限付きという意味で高野にとってはかなり厳しい内容である(もちろん、東村山市議会が現実に附帯決議どおりの断固とした意思を持っていればの話だが)。保育環境の問題について矢野は当初から「国基準を満たしている以上、その必要も義務もない」と主張してきた。したがって、矢野の主張を真っ向から否定する附帯決議付きでは、予算は認められたとはいえ、はたして高野が提訴を取り下げるかどうかは微妙とみられていた。しかし決議から3日後の3月28日、高野は矢野、朝木とともに和解協議に出席し、「取り下げ」の意思を明らかにしたのだった。

 附帯決議にもかかわらず提訴を取り下げたということは、矢野は予算を認めた議決内容を附帯決議も含めて一応は評価したということだろうか。あるいは附帯決議など形式的なものにすぎず、一度予算さえ通ってしまえばあとはどうにでもなるとタカをくくったのだろうか。

議決と現実のはざま

 いずれにせよ、高野が提訴を取り下げ、議会が予算を承認したことで、その後の注目は東村山市行政が附帯決議の内容に沿った指導をし、高野がどの程度行政の指導に従うのか、また議会が具体的な改善の進行をどう監視していくかという点に移った。附帯決議は市民の代表である議会(「草の根」を除く)の決議であり、市民に対する誠実義務を負う行政は決議の内容を無視することはできない。これまで行政は「裁判中」を理由に「指導ができない状態にある」と言い続けてきたが、今後はその言い訳も通用しない。

 あるいは矢野は、附帯決議には法的拘束力がないことを見越して、国基準を満たしている以上、改善の必要はないとして行政の指導を拒否できると軽視し、取り下げに応じたのかもしれなかった。そもそも矢野は、国基準を満たして認可されている以上、議会が予算を付けるのは当然の義務であるかのような主張を繰り返してきたのである。つまり、高野は附帯決議にある「訴訟の取り下げ」には応じたが、その他の部分について議会の要求に応じる可能性はきわめて低いとみられた。

 しかし高野の対応はともかく、議会としては附帯決議に法的拘束力がないという理由でその後の改善についてチェックできないという言い訳はできない。議会は附帯決議後の経過を見届けなければなるまい。行政や高野だけでなく、議会もまた議会自身が行った附帯決議について重い責任を負ったということである。

 ただその一方で、どんなかたちであれ平成16年10月1日に開園したりんごっこ保育園には現実にすでに70名を超える園児通っている。その保育内容や職員待遇など細かな部分を無視すれば、東村山市がりんごっこ保育園の開園によって70名を超える待機児を解消したという現実、その分の家庭が市の子育て支援の恩恵を受けているという現実を無視することはできなかった。少なくとも当時、りんごっこ保育園内部から、あるいは保護者からはなんらの不満や不安の声も洩れてきてはいなかった。そのような状況下において、仮に高野が附帯決議の要求に応じなかったとしても、議会として改善を求める以上の対応をすることは困難だったという見方もできよう。東村山市議会は平成18年度予算決議においても附帯決議を議決するが(*)、高野が歩み寄ることはなく、現実にはなんらの効果も発揮しないままとなった。

いよいよ露になってきた異常さ
 
 しかし、いかに現実に70名を超える園児が通っているからといって、それだけの理由で認可取消にはできないとする根拠にはならないし、ものには限度というものがある。すでに2度目の附帯決議が議決された当時、りんごっこ保育園では矢野と高野の批判をいっさい受け入れない特異な体質を露顕させるチーズキッス事件と食中毒騒動退園事件が相次いで起きていた。附帯決議をめぐる裁判で東村山市は一審で敗訴したが、りんごっこ保育園がいかに国基準をクリアしているとしてもなお「劣悪な保育園」であると評価されてもやむを得ない背景事実があったのである。

 不調を訴える子供を病院に連れて行って医師に事情を説明しただけの保護者に対して、逆にそれを「意図的な虚偽情報」を伝えたなどとして責め立て、事実上退園に追い込んではいけないなどとは国基準には書いていない。もちろんだからといって、いかに反道義的行為が繰り返されていてもよいとは東京都も東村山市も考えてはいないだろう。

 とりわけ食中毒騒動の際には保健福祉部のみならず議会や市長宛に被害者から実情を訴える文書まで送付されていた。東京都と東村山市は、それでも結果としてなんらの対応もしなかった。議会も附帯決議は行ったものの、その後は何もしていないに等しかった。

 行政はいったい何を守ろうとしているのだろうか。平成14年に高野が朝木をともなって保健福祉部に認可相談に行っていた当時、担当者はすでに高野の背後に矢野がいることを知っていた。その高野に認可保育園を任せればどういうことになるか、担当者もあらかた見当はついていた。しかし行政は、行政手続法上、適法な認可申請を断ることはできなかった。

「認可申請を拒否すれば、今度はこっちがやられる」

 担当者はそういった。もちろん、保育という公共事業の委託をめぐり、申請を断ればただちに「やられる」という言葉が出ること自体、保育に携わっている人からみればかなり違和感のある反応と受け取られるかもしれない。申請者や申請内容について行政の側に不十分と考えられる点があれば話し合いによって歩み寄ればよいのではないか、というのが普通の感覚だろう。

 実際に、それまで東村山ではそうやってきた。しかし、高野と矢野にかぎっては通常の判断は通用しないと担当は考えていたということである。それでも、認可後に東村山市が負うことになる多大なリスクを考えれば、東村山市は仮に提訴されても高野の申請を拒否すべきだった。事実、多くの市民の懸念はすでに現実となった。

 自らの利害のためなら形式上違法でなければ(あるいは違法が発覚しなければ)何をしてもよいと考えている者と、行政がそれに対して正面から闘おうとせず、市民ではなく自分たちの立場を守ることを優先することを選んだ結果、りんごっこ保育園は認可された。さらに認可した側はその後、監督責任を問われることから逃れるために相次ぐ不祥事に目をつぶっているようにみえる。りんごっこ保育園は、行政の自己保身と責任放棄、それにつけ入り利用しようとする者が生み出したいびつな行政決定の、市民にとってきわめて不幸な実例ということになろうか。

 矢野と高野が住む久米川東住宅には広々とした園庭を持つ認可保育園がある。その保育園では秋の陽差しの中で園児が園庭を元気に駆け回り、歓声があふれていた。

(了) 

*高野が名誉を毀損されたとして提訴したのは平成18年度予算決議における附帯決議

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千葉英司元東村山警察署副署長が西村修平を提訴(その1)
 平成20年9月1日、右翼らが東村山駅前で行った「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える!」と題する街宣の内容をめぐり、千葉英司元東村山警察署副署長が「主権回復を目指す会」代表の西村修平を9月26日、東京地裁八王子支部に提訴していたことがわかった。
 
 この街宣では何名かの支援者がプラカードを掲げていたが、その中に「創価学会の四悪人」として、

東村山署  須田豊美?
  〃 ?  千葉英二副署長
地検八王子 吉村弘
         信田昌男

 と記載したものがあった。西村は演説でこのプラカードを指さしながら、

「東村山署須田豊美刑事係長、千葉英司副署長、この2人が朝木さんが謀殺された事件を自殺として覆い隠した張本人」

「(創価学会検事と)同じ穴の狢」

「この4人が殺人を自殺に仕立て上げた」

 などと演説した。千葉は西村のこれらの発言によって名誉を傷つけられたとして100万円の損害賠償を求めて提訴したもの。

 西村のこの発言内容は、故朝木明代の転落死が「殺害事件」であるにもかかわらず、「創価学会員である」千葉らが事実を隠蔽して「自殺」として処理したとする趣旨で、その内容が千葉の名誉を毀損するものであることは明らかだろう。すると当然、裁判では西村の発言内容の真実性・相当性が争点となろうが、西村がどのような主張・立証を行うのか注目される。

 第1回口頭弁論は東京地裁八王子支部で11月13日午後1時30分を予定している。

願ってもない真相究明の舞台

 さて、西村が街宣での主張内容の真実性(相当性)を主張するには、前提として故朝木明代の転落死が「万引きを苦にした自殺」ではなく「他殺」であることを立証する必要がある。そこで思い出されるのは、西村の同志である右翼が突然言い始めた「現職警察官による内部告発」である。私はその発言を聞いて、いまだに「(創価学会による)他殺説」を信じ込んだのみならず、人前で堂々と訴える人物が現れたこと自体に「度肝を抜かれた」。彼は平成20年7月29日、八王子駅前の街宣でこう訴えた。



 私がなぜこの問題を今回取り上げるか。その最大の理由はですね、これは現職の警察官が私に内部告発をしたからであります。これは今日、初めて明らかにします。現職の警察官は、「自分たちは犯人を特定した」と。「3名であった」と。「しかし、検察側からの圧力があって捜査を断念せざるを得なかった」と、そういうふうにはっきりと述べました。

「だから、瀬戸さんたちはこの運動を時効前に国民運動として盛り上げてくれるならば、われわれはその全貌を明らかにする用意がある」と、こういうふうにはっきりと断言したのであります。

この件について今日、初めて明らかにさせていただきます。



 翌7月30日付ブログではこう書いている。 



 私がなぜこの事件を取り上げてこのような訴えに立ち上がったのか。それは内部告発です。現職の警察官から、この事件をこのままにしておくことはできない。これは自殺などではなく殺人事件であり、3人の犯人と思われる人物の特定もなされていました。



 街宣では「3名の犯人を特定した」と明言しているが、翌日のブログでは「3人の犯人と思われる人物」となった。「思われる」があるとないとでは大違いで、ブログでは犯人の特定に関してやや後退がみられるような気もしないではないが、このへんのあいまいさはともかく、この「内部告発」なるものが彼らのいう「他殺という事件の真相」に深く関わっていることだけは確かなのだろう。

 その「内部告発」なるものは現在のところ、内部告発者が何人で(複数であるらしいことは右翼の発言からうかがえる)、事件当時警視庁のどのような立場にいた者であるのかを含め、内部告発の信憑性を証明する事実はいっさい公表されていない。この右翼の説明を総合すれば、内部告発者および告発内容を保護するためであるらしい。

 しかし今回、西村修平が立証を求められるのは法廷という公正さが担保された場所である。内部告発者(ら)自身も捜査を中断させられたことに義憤を感じているようであり、「われわれはその全貌を明らかにする用意がある」ともいっているのだから、この期に及んで証言に尻込みすることもあるまい。少なくとも確たる証拠なしに「その言葉を信用した」というだけでは、支援者はともかく裁判官を納得させることは難しかろう。「真相究明」のため、同志西村を助けるためにも、法廷の場で「真実」を明らかにしてもらいたいものである。

 なお、これまで矢野穂積と朝木直子は「朝木明代は殺された」と主張して多くの裁判を起こしてきたが、被告となった事件も含めてことごとくその主張は排斥されている。したがって、矢野らが提出した証拠等(司法解剖鑑定書の記載等)によって「他殺」を立証することはきわめて困難と思われる。                                       
                                                         (宇留嶋瑞郎)



(その2へつづく)



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千葉英司元東村山警察署副署長が西村修平を提訴(その2)
 余談だが、明代の自殺後13年にわたって他殺デマを発信し続けてきた矢野は、右翼のいう「内部告発」についてどう考えているのだろうか。平成20年7月29日、八王子街宣が行われた当日の午前11時30分ごろ、東京地裁八王子支部で矢野に直接聞いた。

――今日の集会には行くんですか?

 しかし矢野は、その日に集会が行われる予定であることについては知っているらしい表情で私を見たものの、なぜか私の質問にはいっさい答えなかった。明代の転落死の「真相究明」を求める集会に、13年間にわたって「真相究明活動」を続けてきた遺族の朝木直子と同僚の矢野穂積が顔を出さないというのでは、どうみても間の抜けた話である。彼らは右翼の集会には顔を出さないのだろうか。

 午後1時前、八王子駅前には右翼ら10名ほどの者たちが横断幕やプラカードを持って集まってきた。しかし、矢野と朝木の姿はどこにもなかった。そこで主催者である右翼に「矢野は来ないのか」と聞いた。すると彼はこう答えた。

「彼とは方針が違う。われわれは独自にやっている」

「方針が違う」ということは、矢野には参加を申し入れたが断られたということを意味しよう。連絡してそれなりの話をしなければ「方針が違う」かどうかはわからない。それにしても、重要な「内部告発」が明らかにされるというのに、矢野はなぜ断ったのだろう。どういう「方針の違い」かはわからないが、「真相究明」につながる「新事実」があるのなら矢野も「方針」にこだわっている場合ではあるまい。あるいは、遺族の朝木にも矢野に対してもこの重要な「内部告発」の事実は知らされなかったのだろうか。

そっけない矢野の対応

 それにこの「内部告発」者は、告発の相手としてなぜ13年間にわたって「真相究明活動」を続けてきた(と称している)当事者の矢野と朝木ではなく、それまでなんら「真相究明活動」などしてこなかった右翼を選んだのだろう。「内部告発者」が警視庁の人間なら、矢野が「他殺説」を主張してきたことを知らないはずはないし、朝木はほかでもない明代の長女である。また矢野は「殺害犯人」に関する有力情報には1000万円の懸賞金まで払うと宣伝しているのだから、矢野に「内部告発」する方が現実的なメリットもよほど大きかろう。にもかかわらず朝木と矢野に対しては「内部告発」はなかったのか。その点について8月7日、私は東京地裁八王子支部で矢野に直接聞いた。

――「内部告発」があったそうですが……

矢野  何焦ってんの。

――先生のところには(「内部告発」は)なかったの? 右翼のところにあって、先生のところにないというのはおかしいですよね。

矢野  (お前には)用がないんだよ。

 矢野はなぜか「内部告発」の件には触れたくないようだった。矢野は「内部告発」の内容を知らないか、あるいは聞かされてはいたが眉唾だとでも考えていたのだろう。なぜなら、明代の自殺の動機とみられる万引き事件でアリバイ工作に関与し、事件を隠蔽するために被害者へのお礼参りを繰り返したのは矢野自身である。アリバイ工作を企て、被害者を脅したという事実こそ、明代の万引きが事実であることを矢野が知っていたことを裏づけるものにほかならない。仮に明代の自殺を否定する「内部告発」があったとしても、それが事実を覆すようなものであるはずがないことを誰より知っているのは、アリバイ工作と被害者威迫の共犯、矢野穂積なのである。

 矢野は右翼のいう「内部告発」の信憑性が強調されればされるほど、化けの皮がはがされたときには矢野と朝木自身にとってもより大きなダメージとなる。矢野はそのことを予感していたのではあるまいか。とすれば、そのような「内部告発」があったとする右翼とは最初から関わりを持たない方が無難だと矢野が考えたとしても、それはむしろ矢野と朝木にとって自然であり、賢明な判断だったろう。関わりを持ってさえいなければ、「実情を知らない右翼が勝手にやったことで自分たちは無関係」といえるのである(だから矢野のホームページでは「内部告発」とはいわず「新たな情報」という曖昧な表現で逃げている。「そっくりさん」と同じでどんな荒唐無稽なガセネタでも「情報」は「情報」)。

 いずれにしても私はそのとき、矢野が右翼との関係を持つことについて少なくともあまり積極的とはいえないのではないかという印象を持った。その一方、右翼は右翼で、7月30日付ブログで〈私が告発を続ける地元の市民団体(=矢野と朝木以外にはない)と連絡を取らずとも、この問題を取り上げた理由については理解いただけるものと思います。〉と書いて「内部告発」そのものの重大性を力説していた。右翼は右翼なりに、矢野と朝木の協力が得られないことを少しは気にしていた様子がうかがえる。

 ところがその後の8月24日、矢野と朝木は何事もなかったかのように右翼主催のシンポジウムに参加している。判断の是非は別にして、右翼の側にも矢野の側にもそれまでの間になんらかの「方針変更」があったということになろう。しかし、明代の「冤罪」を信じ、またアリバイについても転落死の夜の状況についても最もよく知るはずの矢野が、「真相究明」の場であるにもかかわらず、朝木にだけしゃべらせたとはどういうことなのか。明代の「万引きを苦にした自殺」という汚名を晴らすためにも、矢野は口内炎を乗り越えて「事実」を語るべきだったのではないか。

「断れなかった」矢野

 私の矢野に対する印象を裏づける発言もあったと聞いた。9月1日、東村山駅前で行われた街宣活動の翌日のことである。街宣の現場で「(この人たち=右翼らと)あまり関わり合いにならない方がいいよ」と矢野から親切な言葉をかけられた市民が議会で矢野と出くわした。その人は矢野とおおむねこんな会話を交わしたという。

――昨日の集団はどういう人たちなのよ。

矢野  あれは極右だよ。

――あなた、なんで極右と付き合ってんの?

矢野  「真相究明」のためといわれれば仕方ない。

 つまり、本音は付き合いたくないが「断れない」という趣旨の発言であると理解できた。それにしても、ものには言い方というものがあろう。矢野の立場にあって、彼らをたんに「極右」で片づけるというのはいかがなものか。だがその人に対しては「明代の転落死の真相究明をしてくれている人たち」ともいえなかったのだろう。なぜならその人物は、矢野の正体を知り尽くしている人だったから。

 右翼らが街宣の途中で暴走し、白昼堂々、集団で万引き被害者の店を襲撃するという行動に出たことも、矢野にとって「自分の協力者」と呼ぶことを強くためらわせたのだろう。

「朝木明代さんの謀殺を許さないぞー!」

「万引きのでっちあげを許さないぞー!」

 どうみても正気の沙汰ではないが、矢野としては襲撃事件について右翼との関係から表立って否定できず、肯定すれば不法行為を容認することにもなりかねないからそれもできない(だからホームページでも触れない)。矢野の本心としては、このような「極右」と積極的に付き合っていると思われたくはない(実際に付き合いたくもない)というところだったのではあるまいか。


(その3へつづく)

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千葉英司元東村山警察署副署長が西村修平を提訴(その3)
                             ★その1から読みたい人はこちら



お邪魔虫

 7月29日の八王子街宣に始まり9月1日の東村山街宣と万引き被害者襲撃に至った右翼について矢野はどう思っているのか。想像や推測ばかりでは仕方がないので9月17日、決算特別委員会の傍聴席でたまたま矢野が近くに座っていたので単刀直入に聞いてみた。

――あの右翼にはいい迷惑でしたね。

矢野  お邪魔虫。

――先生、あの右翼には困っちゃったね。

矢野  お邪魔虫。

――いつまで付き合うんですか、あの右翼と。

矢野  黙って聞きなさい。

「黙って聞きなさい」といわれても委員会は休憩中で、何も聞くことはない。だから矢野に聞いたのだが、返ってきたのは「お邪魔虫」の一言だけだった。還暦を過ぎた市議会議員の言葉とも思えないが、それはともかく、この「お邪魔虫」という言葉はいったい誰に向けられたものと理解すればいいのだろうか。右翼なのか、それとも私なのか。私とも右翼とも取れるし、私も右翼も両方「お邪魔虫」なのだとも取れる。少なくとも「いい迷惑でしたね」といわれて一言も否定しなかったのは右翼に対して失礼というものではなかっただろうか。

「本人に聞け」と矢野

 矢野が右翼をどう思っているかはともかく、こと「内部告発」については矢野自身が自らのホームページで「(他殺を裏づける)新たな情報」と位置付け、街宣についても「真相究明行動」などと紹介している。これは西村らが行った万引き被害者に対する集団による誹謗中傷行為を事実上容認するものであり、「内部告発」についても「新たな情報」として一応敬意を表しているようにも見える。「新たな情報」という限りは、矢野も「内部告発」の内容を知っているということか。普通の感覚では、内容を確認していなければ「新たな情報」などとはいえない。

 右翼のいう「内部告発」=矢野のいう「新たな情報」をめぐっては、矢野と朝木が千葉から提訴されている裁判でも話題にのぼった。その裁判も朝木明代の転落死をめぐるものである。9月26日開かれた口頭弁論で千葉は矢野にこう聞いた。

「ある右翼が『新事実』(内部告発)があると主張している。あなたは自分のホームページでも紹介しているし、東村山で行われた集会にも参加している。あなたも『真相究明を求める』と称して闘っているわけだから、この裁判でその『新事実』について説明したらどうだ」

 すると矢野は、「(右翼)本人に聞け」といって自分から説明することを拒んだ。「新事実」が明代の「他殺」を証明するものなら千葉との裁判も有利になるはずだが、なぜ矢野は「新事実」について説明しようとしないのか。自分のホームページでは「新事実」などと宣伝に利用しておきながら、説明を求められると「(右翼)本人に聞け」とはまたずいぶん虫のいい話のようにも思える。退廷後も、矢野はまだ朝木や弁護士に「本人に聞けばいいんだよな」としきりに同意を求めていたという。

 これはどういうことなのだろう。「内部告発」の事実自体は確かに「新事実」なのだろう。だが、それは矢野の口からは説明できないものだということのようである。なぜ矢野が説明できないのか。「(右翼)本人に聞け」とは、①聞いているがとうてい法廷で堂々と主張できるような代物ではないと判断している②聞かされていないが、矢野は明代の万引きを苦にした自殺の事実を知っているから、右翼から聞かなくてもそれが荒唐無稽なものであることがわかっている――このどちらかということになろう。この点については西村裁判で明らかになるのではなかろうか。

口も目も閉じてしまった矢野

 ところで右翼は、西村裁判の口頭弁論の3日後、11月16日に再び「真相究明」のためのシンポジウムを開くという。10月14日、東京地裁八王子支部の書記官室前に矢野が1人で椅子に座っていた。矢野がこちらをちらっと一瞥したので、私はシンポジウムのことについても聞こうと近づいた。私に気がついた矢野は目を閉じてしまったが、かまわず聞いた。

――11月にまた集会をするそうですね。

矢野  ……(瞑目した状態)

――無視することはないでしょう?

矢野  ……(瞑目した状態)

 矢野は一言も発せず、目を閉じたままだった。「真相究明」ができるというのならもっと積極的に答えてくれてもよさそうだが、この矢野の態度はどうしたことなのだろう。右翼は「徹底究明」すると独りいきり立っているようだが、やはり矢野としては右翼から誘われるのがよほどいやなのだろうか。

「社会運動家」か、ただのハッタリ屋か

 それはともかく、はたして千葉から提訴された西村の裁判で、矢野はなんらかの形で協力するのかどうか。また、西村の同志である右翼は「内部告発」の具体的内容を明らかにするのかどうか。実は「内部告発者」に関して、9月1日の東村山街宣の最中、右翼が私のところに近づいてきたので一言だけ聞いた。

――あなたは「内部告発者」に直接会ったのか。

すると右翼は「当然でしょ」といわんばかりにこう答えた。

右翼  もちろん会ってますよ!!

 取材対象に会うことは取材の基本である。したがって右翼が「内部告発者」に会ったこと自体に対しては素直に評価するが、右翼が「内部告発者と会った」という事実と、その人物が本物の「真実を語る内部告発者」なのか、あるいは単なる思い込みと憶測を述べただけの自称「内部告発者」にすぎないのかは別問題である。

 しかし、右翼がこれほど自信たっぷりに「会ってますよ!!」という以上は、その「告発内容」もよほど確たる裏付けがあり、右翼自身もそれを客観的に確認したということなのだろう。「社会運動家」としての責任を果たすためにも、西村や右翼を信じきっている無辜の支持者を失望させないためにも、ぜひとも法廷で明らかにしていただきたいものである。

 法廷外の「余裕」など何の意味もないし、いつまでたっても中身が明らかにされない「内部告発」では内部告発の体をなさないのだから。

(了)


テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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