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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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久米川東住宅管理費等不払い裁判一審判決(第1回)
 平成20年9月24日、久米川駅東住宅に住む東村山市議、矢野穂積と認可保育園りんごっこ保育園の園長高野博子(同居)ら3世帯の住人が管理費(月7000円)と長期修繕積立金(同1万円)の不払いを続けているとして同住宅管理組合が矢野・高野らを提訴していた裁判で、東京地裁八王子支部(木下秀樹裁判長)は矢野・高野らに対して連帯して76万円払い余、他の2名に対してそれぞれ約75万円と約116万円(不払い分全額)の支払いを命じる判決を言い渡した。

 久米川駅東住宅は東京都住宅供給公社が昭和43年に開発した大規模団地で、そのうち336戸は積立分譲方式となっており、平成15年9月21日、区分所有者による管理組合総会が開かれ、管理組合が正式に設立された。その際、管理費(月額7000円)と長期修繕積立金(同1万円)の額が出席者の圧倒的多数で決議されている。

 東村山市議、矢野穂積(草の根市民クラブ)と高野博子は同団地の分譲棟に1室の所有権(それぞれ50%ずつ保有)を持っており、管理組合の組合員である。ところが矢野は、この総会の招集自体が役員らによる一方的なものだとして総会の延期を申し立てて総会には出席せず、管理費等の決議も無効であるなどと主張した。
 
 通常、適法に開かれた総会における決議事項は、仮に総会に出席してその議案に賛成しなかったとしても決議には従うのが民主主義のルールであり、現実に336名の区分所有者のうち矢野と高野ら4名を除くすべての住人が滞りなく管理費等を納入している。しかし矢野と高野は、管理組合が発足した平成15年10月以降平成19年9月までの48カ月間(訴訟での請求範囲=その後も状況は変わらない)、管理費等1万7000円を1度も支払っていなかった。

 このため管理組合が矢野と高野(および他2名の区分所有者)に対して不払いの管理費等の支払いを求めて提訴していたのが今回の裁判である。                                 (宇留嶋瑞郎)

総会決議の適法性は最高裁で確定

 平成19年9月に管理組合が提訴したのにはもう1つのきっかけがあった。矢野は平成15年9月の組合総会から約2年後の平成17年8月、「総会の成立および決議は無効」などとして管理組合を提訴していた(つまり、この提訴理由が管理費不払いの理由に共通するものとみられる)。

 その裁判で矢野は、組合側は総会の開催通知を団地外居住者に送付していないとか、委任状に不正があるとか、あるいは出席集計が捏造であるとか、また管理費および長期修繕積立金の額には根拠がなく、管理委託会社の選定にあたっても理事長と利害関係のある会社を選んだ上、勝手に高額の契約を結び、住民の管理費を浪費しているなどと主張していた。

 矢野の主張に対して東京地裁八王子支部は平成18年7月5日、総会の適法な成立を認め、総会での決議事項についても適法に議決されたものと認定して矢野の主張をことごとく排斥。東京高裁も同年12月26日、矢野の控訴を棄却。平成19年5月29日には最高裁が矢野の上告を棄却している。つまり、この時点で平成15年9月に開かれた管理組合総会の成立および同総会における決議内容についても裁判所のお墨付きが与えられたことになる。管理組合は最高裁の決定を待って矢野・高野ら3名の区分所有者に対して提訴に踏み切ったのである。

 したがって常識的な判断の範囲においては、提訴された矢野が管理費等の支払いをあくまで拒んだとしても矢野の主張が容認される可能性はきわめて低く、話し合いによる和解にせよ判決にせよ、最終的に矢野と高野が4年分の管理費等を納めさせられることになるのは提訴の時点ですでに時間の問題とみられた。運命共同体ともいえる同じ共同住宅の住人でありながら4年間にわたり管理費等を支払わず、総会の決議をめぐって裁判を起こし、敗訴してもなお自ら支払おうとはせず、ついには裁判という最終手段によらなければ管理費等の回収ができないこと自体、常識ではとうてい考えられないことというほかない。

 もちろん、東村山市議会議員である矢野とりんごっこ保育園の園長である高野が月々1万7000円の管理費等を支払えないほど経済的に困窮していたことはあり得ない。総会で決議された管理費等には4000円足りないが、矢野は「管理組合側が受領しない」という理由で毎月1万3000円を法務局に供託していたのである。

 4000円足りないのだから、管理組合としてこれを管理費等であると認めることはできないのは当然だが、矢野の側に支払いの意思があったのなら、わざわざ法務局に供託などせず、管理費等の窓口となっている公社か、矢野の自宅から徒歩1分の管理組合に直接その意思表示をすればよかろう。

 そもそも供託とは、支払いの意思表示をしているのに相手方が受領しないとか、相手方の居場所がわからないなどの理由があってはじめて認められるものである。しかし、管理組合側が矢野の支払い意思を確認していながらあえて受領を拒否する理由もそのような事実もなかった。管理組合は管理を委託している公社に矢野への督促を依頼するとともに、管理組合自身も内容証明を送付するなどして支払いを促したが平成15年10月以降提訴まで、矢野からはただの1度も支払いの意思表示を受けたことはなかったのである。すると、矢野の供託理由も正当なものとはいえなかったということになる。

 ただ矢野が、4000円足りないとはいえ供託していたという事実は、共同住宅で暮らす上で管理費等が必要であること自体については矢野も十分に認識していたことをうかがわせる。しかしなお、矢野にはすんなりと支払いたくない矢野なりの理由があったということらしい。問題は、矢野なりの理由なるものがはたして法律的にあるいは社会通念として容認されるべきものなのかどうかということである。


(その2へつづく)

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久米川東住宅管理費等不払い裁判一審判決(第2回)
自己中心的な「和解案」

 矢野は平成19年11月13日に開かれた第1回口頭弁論においてこう主張した。

「管理組合は非民主的な運営が行われていて信用できない。管理費等の支払い意思がないわけではなく、管理組合の理事長が交代し、運営が改善されれば支払う意思はある。その証拠に平成15年10月以降、毎月1万3000円を法務局に供託している」

 これに対して裁判長は、

「11月25日に開催される管理組合総会で新理事長が決まったのちに被告ら(矢野ら)がどういう対応をするのかを確認してから進行を含めて検討する」

 とした。理事長の交代によって矢野が管理費等をすんなり支払うことを約束すれば和解が成立するが、矢野がなんらかの別の条件を出してくるようなら和解の成立は困難なものとなろう。案の定、11月25日に開かれた管理組合総会で新理事長が承認されたが、矢野はいっこうに管理費等の支払い意思を示さなかった。その代わりに矢野が提出したのが次の和解案である。



和解条項(矢野案)

1 選定当事者矢野は、本年11月25日総会での新理事長による総会、理事会を含めた管理組合の運営の民主化及び経費節減を図るとの発言を評価する。

2 原告(管理組合)は、下記のとおり、管理組合の運営の民主化に努めるとともに、経費節減に努める。
⑴組合員に対して制限なく理事会の傍聴を認める。
⑵非居住者組合員にも平等に役員の被選挙権を認め、次期総会に規約改正を提案する。
⑶総会での組合員の発言を禁止または制限しない。
⑷積立金の費消を中止し、建替え準備金として積み立てる。
⑸次期総会に役員報酬の廃止を提案する。
⑹次期総会に事務員の雇用の中止および事務長の廃止を提案する。
⑺次期総会に、管理費減額を提案する。

3 原告は管理費等につき選定当事者矢野が供託した金員を受領し、選定当事者矢野は平成15年10月以降、原告に支払うべき月数に1万7000円を乗じた金員とに差額がある場合はその合計金員を原告に支払う。

4 当事者双方は、以上をもって、本件訴訟を終了させることを合意し、本件については、他に何ら債権債務のないことを相互に確認する。



 管理組合がこの矢野の和解案を受け入れるとどうなるか。

「管理組合の総会等の運営は民主的ではない」
「管理組合は経費や積立金を浪費している」
「管理費の決定も適正ではない」
「矢野の供託には正当な根拠がある」

 矢野の和解案を受け入れることは、これらの矢野の主張を認めるということにほかならない。矢野は前回の口頭弁論で述べた内容を反故にした上、管理費等の支払いに応じることと引き換えに、これまで矢野が団地内でばらまいてきたビラなどの主張を認めさせようとしていたのである。きわめて虫のいい、身勝手きわまる言い分というほかなかった。

 矢野と高野が組合員である以上、管理費等の支払いはそもそも当然の義務である。当然の義務を果たさせるために矢野の言い分をすべて認めるなどということはできないし、管理組合について矢野が主張しているような事実もない。管理組合が矢野の和解案受け入れを拒否したのは当然だった。

 裁判官としては、当初から団地内部の問題であり、話し合いすなわち和解の方向で解決させたいと考えていたように思える。しかし裁判は、矢野が当初の主張を簡単に覆し、管理組合側がとうてい歩み寄れない内容の和解案を提示したことで話し合いによる解決は難しい状況となっていった。


(その3へつづく)

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久米川東住宅管理費等不払い裁判一審判決(第3回)
 平成19年11月25日に開催された組合総会で新理事長が選出されたが、「理事長が交代すれば支払う用意がある」としていた矢野ともう1人の住人(A)は、それでも支払いの意思を示さず、和解協議でも双方の歩み寄りが期待できる状況とはならなかった。

1人の住人が応訴態度を一変

 平成20年に入ると、原告被告双方が書面を提出して主張をぶつけ合う通常の口頭弁論に移った。その過程で1人の被告住人が応訴姿勢を180度転換するという出来事があった。管理費等の支払いを請求されていた3人の区分所有者(矢野と高野博子は2人で1人分)のうち、Bは平成20年1月31日開かれた口頭弁論では裁判官に対して管理組合側の主張を全面的に認め、反論もないと述べていた。このため管理組合側は、Bについては矢野ともう1人の住人とは分離して話し合いによる解決の方法も検討していたほどだった。

 ところが2月21日に行われた口頭弁論でBは、一転して前回法廷で陳述した内容を翻し(法律用語でいえば「自白の撤回」というらしい)、全面的に争う趣旨の準備書面を提出したのである。Bに何が起きたのか、確かなことはわからない。しかし以後、管理組合が話し合いをしようと訪ねてもBはいっさい会おうともせず、手紙を入れてもなんらの回答もなかった。それがどんな理由によるのかは定かでないが、いずれにしてもBにはなにか重大な心境の変化があったようだった。

 一方矢野は2月21日、準備書面を提出。管理費等の支払いを求めて管理組合が提訴したこと自体について、理事会の議決があったかどうかについての求釈明を申し立てた。第1回口頭弁論において「(次回総会で)理事長が交代すれば支払う用意がある」と述べていた矢野が、なぜ提訴そのものの適法性を問題にするのか理解に苦しむところだった。蒸し返しといえばいいのか、あるいは裁判の遅延を狙ったものだろうか。

1人はその後の支払いについて同意

 平成20年5月27日に行われた口頭弁論で、裁判官は結審を考えていたようである。口頭弁論は11時に始まったが法廷にはまだ被告住人のAしか来ていなかった。裁判官から事情を聞かれたAはこう答えた。

「矢野さんは少し遅れるとのこと。Bさんについては、矢野さんなら事情がわかるかもしれない」

 応訴態度を一変させた住人は矢野といっしょに来るということなのだろうか。矢野とBが出廷するまでの間、裁判官はAに今後の方針について聞いたが、その中でAは意外なことを口にした。Aは、

「さきほど銀行引き落としの手続きをしてきた。7月分ぐらいから引き落としが始まると思う」

 Aは平成20年7月以降の管理費等については銀行引き落としで支払うことにしたと述べたのである。支払いの手続きをしたということは管理組合が決議した管理費等の適法性を認めたということで、すなわちAはA自身に支払い義務があることを認めたということにほかならない。しかし、それから先のAの主張は不可解だった。裁判官が「今後のことはそれでいいですが、これまでの分はどうなりますか」と聞いたのは当然だが、これに対してAはこう述べたのである。

「何より14・6%の遅延損害金が納得できない」

 この発言の前提には管理費等については支払う意思があるということと理解できる。管理費等の支払いを延滞した場合に14・6%の延滞利息が発生することも総会で議決したことである。Aの主張がいかに自分勝手な言い分であるかがわかろう。Aはさらに「遅延損害金だけは納得できない」と繰り返したが、裁判官はもう相手にしなかった。

裁判官の温情を理解できなかった住人

 口頭弁論開始から15分後、Bが入廷し、やや遅れて矢野も入廷してきた。矢野はこの日、新たな準備書面を提出した。裁判官はまず矢野の隣に座ったBに、応訴方針を転換したことについて聞いた。

裁判官  Bさんは当初原告の請求を認めるとしていた答弁を前回の書面で撤回したわけですが、その考えに変わりはありませんか。(前回書面の主張を)変えてもかまわないんですよ。

 原告の請求を認めれば話し合い解決が可能になるが、争うということになれば判決はやむを得ない。勝訴の可能性は限りなく低い上に、判決となれば差し押さえなどの法的強制力も発生する。前言を翻して和解による解決を拒否した矢野やAとは違い、裁判官はBについては話し合いによる解決をさせた方がいいと判断して、助け船を出したのだろう。しかしBには裁判官の心遣いを理解できなかった。Bは一瞬逡巡の表情を見せたものの、「従来どおり主張します」とのみ答えたのである。

 この日裁判官は、矢野については準備書面の提出を認め、その内容については次回検討することとなった。本来なら裁判官はこの日に結審したいと考えていたようである。しかし矢野が準備書面を提出したため、もう1回口頭弁論を開くことにしたようだった。こうして裁判は平成20年7月29日結審となった。


(その4へつづく)

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久米川東住宅管理費等不払い裁判一審判決(第4回)
                             ★第1回から読みたい人はこちら



矢野の主張はすべて排斥

 矢野がこの裁判で主張した内容は、

①管理費等の決議を行った平成15年臨時総会は不適法なものであり、決議は無効である。
②管理費を7000円とする理由はない。
③駐車場使用料収入を1組合員当たりに計算した額を管理費実額から控除し、月額1800円にすべきである。
④本件提訴の時点で管理組合の理事長は次期理事長候補選挙(8月5日)に落選しており、提訴は不適法である。
⑤本件訴えは理事会の決議を経ていないから不適法である。
⑥矢野は平成15年10月以降毎月1万3000円を法務局に供託しているから管理費の支払い義務はない。

――などである。では、これらの矢野の主張に対して東京地裁八王子支部はどう判断したのか。東京地裁の判断をみよう。

①②について 
 矢野は管理費等が決議された平成15年臨時総会の決議無効を主張し、また当時は区分所有者が確定してしなかったなどとして臨時総会の成立そのものの違法性を主張したが、これについて東京地裁はこう述べた。

〈被告矢野は、本件において臨時総会の決議が無効である旨の主張をするが、すでに前訴訟において臨時総会の決議に無効事由がないことが確定しているのであるから、臨時総会の管理費等の決議に基づく原告の管理費等の請求に対し、臨時総会の決議無効を主張して争うことは、前訴訟に抵触して許されないものである。〉

〈前訴訟で主張していなかった決議無効事由であっても、前訴訟で主張することができたのであるから、新たに本件で主張するのは、結局臨時総会の決議の効力の問題を蒸し返すものであって、信義則に反して許されない。〉

〈臨時総会において管理費を月額7000円とする決議が適法にされたことは、上記のとおりであるから、被告矢野の同主張は何ら理由がない。〉

③について
〈臨時総会では管理費とは別に駐車場運用規定等規則が可決されて駐車場使用料が定められたのであって、管理費と駐車場使用料は別であるから、管理費から駐車場使用料を控除すべき理由はない。〉

④⑤について
〈(矢野のいう当該理事長は)役員の任期中に行われた役員候補者を選出する選挙に落選したというにすぎないのである。そして、理事等の役員は、団地総会で選任されるところ、平成19年11月25日に開催された臨時団地総会において正式に新しい役員が選任され(た)。……(中略)…本件訴えが提起された同年9月21日時点では、同人は原告の理事であったのであるから、同人を原告の代表者理事とした本件訴えの提起は適法である。〉

〈平成19年7月7日原告の第Ⅳ期第12回理事会が開催され……(中略)……理事会は、本件訴訟提起について承認したこと、本件訴訟提起後の同年12月8日新たに選任された理事により原告の第Ⅴ期第4回理事会が開催され、新理事会として改めて本件訴訟提起について追認決議をしたこと、以上の事実が認められる。したがって、本件訴えの提起について理事会の決議があったとみられる。〉

⑥について
〈被告矢野が供託しているのは長期修繕積立金月額1万円を含めて月1万3000円であり、支払うべき管理費月額7000円に4000円も不足しているのであるから、同供託は無効である。〉

 矢野の主張と東京地裁の判断を比較してみれば、矢野の主張がほとんどいいがかりにすぎないものであることは明らかで、東京地裁が矢野の主張をすべて排斥したのは当然というべきだろう(他の2名も矢野の主張と同様)。こうして東京地裁八王子支部は平成20年9月24日、管理組合の主張を全面的に認容し、矢野と高野に対して76万円余、ほか他の2名の区分所有者に対しても未払い分の管理費等全額の支払いを命じる判決を言い渡した。

最悪の事態に追い込まれた住人

 なお、いったんは管理組合側の主張を認めて反論もしないと供述した被告Bについて東京地裁はこう述べている。

〈(被告Bは)第1回弁論準備手続(平成20年1月31日)において、原告の主張事実をすべて認めると述べたが、その後自白を撤回し、原告の主張を争い、被告矢野と同趣旨の主張をする。〉

〈被告Bは、その後自白を撤回する旨主張し、原告の主張について争うが、自白の撤回の要件について主張も立証もないので、自白の撤回は認められない。また、その主張内容は、被告矢野の主張内容とほとんど同一であり、仮に自白の撤回が許されるとしても、その主張が認められないのは、被告矢野の主張についての判断と同様である。〉

 当初、管理組合側の主張を認めていた被告Bがなぜ自白を撤回すると主張するに至ったのか。その理由は定かではない。しかし、のちに提出した準備書面の内容のみならず、裁判官が口頭弁論で被告Bの準備書面と矢野の準備書面が酷似していると指摘もしていることを考慮すれば、矢野が被告Bの準備書面を代筆した可能性も類推されよう。

 矢野にとってBが応訴に転じたことは、裁判官の心証はともかく、被告Aと合わせ被告3名の足並みがそろうことになり、主張もしやすくなるという利点があった。Bにしても、あえて自白を撤回して争う方針に転換したのは、矢野と同じ主張をすれば勝てると考えたものと理解できる。確かなのは、当初は話し合い解決の道も残されていた被告Bは判決によって、最悪の場合、住居が差し押さえられることも覚悟しなければならない状況に追い込まれてしまったということである。事態をようやく理解したのか、Bだけは控訴しなかった。

なおも非を認めない特異さ

 この判決によって平成15年に決議された管理費等の適法性が2度にわたり認められたことになる。普通なら非を認めて、すんなり支払いに応じるところだろう。しかし矢野と、延滞利息の支払いを拒否していたもう1名は控訴した。とりわけ矢野は、裁判所で敗訴したという事実だけはなんとしても受け入れがたいようだった。

 控訴後、決して自らの非を認めない矢野の特異性が現れた出来事があった。管理組合に対して2通の供託書が送られてきたというのである。そのうち1通は月額4000円×1年分の供託書。もう1通は、月額1万7000円×3年分の供託書である。矢野が供託していた1万3000円の最初の1年分については管理組合が受領したという事実があった。そのため正規の管理費等に満たない4000円を新たに供託したということ。つまり矢野は、管理費等が1万7000円であることについては東京地裁の判断に従ったということのようだった。

 すると矢野は、いったい何が不服で控訴したのか。そのあたりはまったく理解を超えるものというほかない。現実問題としても、法務局に供託するのなら管理を委託している公社に支払う方が手間が省けると思うが、矢野にとっては手間の問題ではないらしかった。

 管理組合としては手間暇をかけて供託金を受領しなければならない理由はないし、東京地裁の支払い命令は仮執行宣言付きで、すぐにでも不払い分を差し押さえることもできる。東京高裁でも支払い命令が出て、それでもなお矢野が素直に支払いに応じないようなら差し押さえという選択肢もあり得よう。同じ団地に住む住人同士でありながら、どうしても普通の人間同士の話し合いができない相手ということになればそれもやむを得まい。

 管理費等は住人すべてが公平に負担 実に毎年管理費として支出されている。他の住人との公平性の上からも、管理組合がいつまでも矢野の管理費等を不払いのまま放置することはできないだろう。

 管理組合にとっては、控訴に対する対応だけでなく、今回の判決に含まれない管理費等の問題がまだ残されている。今回の判決で支払いが命じられたのは提訴の時点までの不払い分だけで、平成19年10月分から現在までの分は含まれていないのである。常識が通用しない相手でもあり、新たな訴訟提起もあり得ないことではないとみられている。

 なお、控訴した矢野に対しては11月27日までに控訴理由書を提出するよう命じられていたが、同日までに提出はなされていない。

(了)

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佐藤市議当選無効申立事件最高裁判決
 平成19年4月22日執行された東村山市議選をめぐり、東村山市議、矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)が、同市議選で当選した佐藤真和市議の当選が無効であるとして東京都選挙管理委員会を提訴していた裁判で最高裁は、平成20年12月8日、矢野と朝木の請求を棄却した東京高裁判決を支持し、矢野らの上告を受理しない決定を言い渡した。これにより佐藤の当選の適法性を認めた東京高裁判決が確定した。

 裁判で矢野と朝木は、「佐藤は住民票上、平成15年1月17日に日野市から東村山市に転入していることになっているが、東村山での生活実体はなく、本件選挙における被選挙権を有しない」(要旨)などと主張。矢野と朝木は本件選挙約半年前の平成18年9月ころから同年12月ころにかけて、「佐藤の生活の本拠は日野にある」とのきわめて独断的な判断に基づき、調査と称して知り合いの者を日野市の佐藤の妻子が住むマンションに張り込ませ、また朝木自身がレンタカーを借りまた同マンション近くの駐車場を借りるなどして執拗な追跡を続け、マンションのドア付近やベランダに干した洗濯物を撮影し、その写真を証拠として提出するなどした。この結果、佐藤のみならず佐藤の妻子の平穏な生活まで脅かした。

 矢野と朝木の主張に対し東京高裁(石川善則裁判長)は判決で、

〈佐藤の生活の本拠たる住所は平成15年1月17日ころ以降一貫して東村山市内にあると認めることができるから、同年19日の佐藤の選挙人名簿への登録が違法である旨の原告らの主張は、その前提を欠いているというべきである。〉

〈佐藤は、本件選挙の期日の3カ月以上前から引き続き東村山市内の同質に生活の本拠を有していたものというべきである。〉

〈佐藤が○○(日野市内の妻子が住むマンション)を生活の本拠としていたと認めることはできないというべきである。〉

 などと述べて矢野らの請求を棄却していた。

議席譲渡事件のケースとはまったく別物

「住所の実体」をめぐる当選無効訴訟としては、平成7年4月に執行された東村山市議選で、当選した朝木直子が落選した矢野穂積を繰り上げ当選させることを目的として千葉県松戸市に住民票を移動した、有名な議席譲渡事件が思い出されよう。矢野と朝木のケースでは、民主主義を愚弄する行為であるとして東村山市民(「草の根」グループの議席の私物化を許さない会)が松戸における朝木の生活実体を調べ始めるや、朝木はわずか1カ月の間に最初の移転先を含めて3カ所を転々とした。最初の移転先には別の家族がすでに居住しており、2回目の移転先は千葉県浦安市の差し押さえ物件で、いずれも朝木が生活するにはあまり適切な住所とは思えなかった。

 今回の佐藤に対する執拗な「調査活動」について朝木は、知り合いに対して、

「私が昔やられたことをやり返しているのよ」

 といったと聞く。市民の当然の批判や生活実体のない住民登録(公正証書原本不実記載)についてなんらの反省もないどころか、「やり返す」などとはとうてい公人の言葉とも思えない。まして佐藤は平成7年当時は東村山市民ではなく、議席譲渡事件の追及にはなんらの関わりも持っていない。

 にもかかわらずなぜ「やり返す」ということになるのか理解に苦しむが、はっきりしているのは、佐藤の転入は矢野・朝木の議席譲渡事件の持つ身勝手さとその計画性、悪質性、反社会性とはまったく無縁の話だということである。その証拠には、今回の判決と異なり議席譲渡事件では、東京都選管は矢野の繰り上げ当選を認めたものの、平成9年8月25日、最高裁は矢野の繰り上げ当選を無効とする逆転判決を言い渡し、矢野の東村山市議の地位は剥奪されている。

 さて、矢野と朝木は佐藤の当選に異議を申し立てる一方で、市議選前から政治宣伝ビラやインターネット、矢野と朝木が実質的に運営する多摩レイクサイドFMなど彼らの自己宣伝メディアを総動員し、佐藤に対して「越境通勤市議」「公選法違反」「詐欺登録罪」などとする宣伝を続けてきた。佐藤は平成20年6月4日、これらの宣伝によって名誉を毀損されたとして矢野と朝木を提訴している。裁判はまだ始まったばかりだが、佐藤の当選の適法性を認定した今回の最高裁判決が、被告である矢野・朝木にとって少なくともプラスに働くことはないとみるべきではあるまいか。

(宇留嶋瑞郎)

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第1回)
 平成20年11月30日午後、私は東村山警察署元副署長、千葉英司とともに東村山東口駅前ロータリーを見渡せる喫茶店にいた。この日は午後から東村山商工会館で「朝木明代議員追悼の集い」(主催者名は「議員殺害事件真相究明の会」)が行われていた。

 9月1日、右翼集団が同駅前で「東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明」と題する街宣活動を行った際、参加者の一部十数名が明代による万引き被害者の洋品店を訪問し、「万引きの捏造を許さないぞ」などと大騒ぎするという出来事があった。さらに2週間前の11月16日には、平成7年に明代が窃盗容疑で書類送検された当時、被害届を撤回させることを目的に明代とともに被害者に対して再三にわたって威迫行為を繰り返した東村山市議の矢野穂積が、右翼が開催した「第3回政治と宗教を考えるシンポジウム」と題するシンポジウムで右翼の支援者を前に被害者への嫌がらせを煽動する発言をしていた。



矢野  さきほどちょっとお話しした万引きに関しては、具体的な関係者がいるわけです。で、この前の9月1日に、あの東村山においでになったみなさんの○○(実名)洋品店の前に行っただけで千葉元副署長とさっき名前が出た創価系のライターが、とうせんぼするとかガードに入るわけです。どうしてそういう態度に出るかというとですねえ、私の判断では、○○洋品店(実名)の洋品店主はおそらく創価学会そのものの、いわゆるシナリオ実行部隊ではないように思うんですよ。

 で、そうすると、一番弱い、そこへみなさんが抗議の声を、ちょっと距離が離れていても届けると、それだけで千葉元副署長は自分の書類送致をして、誤認送致をしたあとのその後の状況ってのは非常に不安ですよね。どこかでボロが出たり、どこかで真相を主張するような人が出てくると困るわけですよ。したがって、ああいうふうな千葉副署長自らがですねえ、洋品店のガードマンをやってのこのこと腹を突き出して、ガードに入るみたいなことをやるわけですねえ。

 したがって、これから先は具体的にはお話しはいたしませんが、一番弱い、そして一番効果的なところをお考えになって、事件の真相が解明するようなですね、たとえば東村山事件であればですね、そういう行動をお取りになっていただくと非常に効果的かなあというふうに思います。

 えー、千葉副署長は誤認送検の最大の責任者ですし、それから洋品店主については、それについて加担をその後しているわけですから、書類送致前はひょっとしたら自覚的じゃなかったかもしれない。ところが、証人尋問をしたり千葉副署長といろいろ会話をすれば、事実がどうだったのかということはもうすでにわかっているはずですから、そういったことについて、その部分についてですね、抗議をするないしは意見を聞き出していくということをおやりになるとですねえ、具体的な効果は絶大ではないかと思います。それは東村山警察に対しても同じだとおもいます。

 ちょっと気になる部分があるかもしれませんが、1人でも2人でもそういう声が届くことは彼らにとっても、とてもつらいことになるんじゃないかと思います。



 矢野は「一番弱い」洋品店に「抗議」することが「最も効果的だ」という。しかし、「明代が万引き犯である」という事実=真相はいくら「抗議」したからといってなんら変わるわけではないし、そのことを最も自覚しているのは平成7年当時に自分自身が威迫行為を繰り返したほかならぬ矢野自身である。つまり、「明代が万引き犯である」という事件の真相を知る者のいう「抗議」とは「嫌がらせ」にほかならない。矢野は嫌がらせを煽動したのである。

11月16日以後に相次ぐ嫌がらせ

 11月16日、矢野が煽動した翌週にはさっそく、「杉本」と名乗る者から洋品店の隣の不動産屋に「洋品店に電話したが出なかった」といって非通知の電話がかかってきた。通常、洋品店に用のある者が隣の不動産屋に電話をかける理由は考えられない。この電話にかぎっていえば、矢野の煽動を真に受けた者というよりも、平成7年当時矢野が洋品店に脅しの電話をかけた際、店主に助けを求められた不動産屋の社長が矢野に向かって「泥棒の仲間か」と怒鳴りつけたことを知っていた人物のうちの誰かであるとみるのが自然である。

 翌週の25日夕方には「インターネットを見た」という者から洋品店に電話がかかった。発信元は公衆電話だった。その日はパート店員が留守番をしていたが、電話の相手は名前を聞いても名乗らず、「あんたが奥さんだろ」「パートは何人いる」「名前を教えろ」「何時に閉店だ」などと聞いてきたという。

 いずれも身元を隠そうとしていることは明らかであり、電話の内容もどうみても嫌がらせのたぐいであることは明らかである。日曜日になると車の中から「万引き捏造を許さないぞ」などと大声で叫んでいく者も現れ、あるときには店の前を通りかかった男が突然、「万引き捏造」と大声を上げたこともあった。

 これらの嫌がらせが、矢野が11月16日のシンポジウムで行った煽動の結果であるという証拠はない。しかしいずれにしてもこれらの嫌がらせ行為が、矢野が13年間にわたりあらゆるメディアを動員して行ってきた虚偽宣伝によるものであることは疑う余地がなかった。

 この13年間、追悼集会はほぼ毎年行われてきたが、その内容はともかくとして、追悼集会の出席者がその当日、大挙してであろうと単独であろうと、万引き被害者の店を訪れ、嫌がらせなり抗議なりをしたという事実は聞いたことがないし、そのような恐れを感じたこともない。なぜならすでに証人威迫罪での立件も検討された矢野自身は、再び被害者を脅すようなまねをすれば自分自身が危ないことはおそらく自覚しているから、無言電話や匿名の電話をかける可能性はあっても、洋品店に対してそれが矢野と直接わかる形での嫌がらせをするとは考えにくかった。また、平成12年に「聖教新聞」裁判と万引き被害者から提訴されていた裁判で敗訴して以降、矢野は万引き事件にはあまり表立って触れないようになっていたからである。

 しかし今回だけは、これまでの追悼集会とは少し様相が異なるとみていた。9月1日の被害者に対する襲撃事件以降、右翼らは万引き事件に執拗にこだわるようになった。捜査機関および裁判での結果にもかかわらず大挙して押しかけ、被害者に対して「創価学会員」「万引き捏造洋品店」などという暴言を浴びせた行為に対して各方面から痛烈な批判が浴びせられた。右翼らはこれに反撃するためにも、万引き事件が「捏造」でなければならなかったのだろう。

 矢野もまた11月16日のシンポジウムで万引き事件を中心とした話をしていた。また右翼は追悼集会の開催について宣伝していたから当然、右翼グループのかなりの人数が出席するものと予測できた。シンポジウム後に嫌がらせが続いている状況も合わせ考えれば、追悼集会の前か後に右翼グループが被害者の店に再び立ち寄り、被害者に詰め寄る可能性は否定できない。私と千葉はそう考え、右翼らの動向をうかがうために駅前の喫茶店で待機していたのである。 
                            (宇留嶋瑞郎)


(その2へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第2回)
 午後3時を過ぎても駅前に動きはなかった。追悼集会は午後1時30分に始まっているはずだから、もう2時間近くになる。そろそろ追悼集会も終わるのではないか。右翼らが駅に戻ってくるのももうすぐだろう。やつらはすんなり帰途につくのか、それとも今日も9月1日のように、何の罪もない、ただ万引き被害を申告したにすぎない一市民を罪人扱いしようとするのか――。何事もなければいいが。

 ちょうどそのころ東村山駅前で行われていた北朝鮮拉致被害者の救済を訴える別の団体の街頭宣伝活動を眺めながら、私と千葉はそんなことを話していた。すると、3時30分を20分ほど回ったころだったろうか、偶然とはいえないが、私たちがまったく予期していなかったことが起きた。なにか妙にタイミングが合ってしまったといえばいいのだろうか、私たちがその動きを警戒していた右翼の一団が向こうから喫茶店に入ってきたのである。駅前方面ばかりに気を取られていた私たちにとってはまったく想定していない動きだった。右翼らは全部で5、6名。追悼集会の帰りであると推測できた。

 右翼らも私たちの存在にすぐに気がついて、グループのトップと目される人物がさっと1人で私たちのそばにやって来て、すぐ隣のテーブルに座った。さながら敵陣にたった1人で乗り込むとは、さすがにトップだけのことはあって度胸がすわっている。「久しぶりですねえ」などという右翼の唇は震えているように見えたが、彼にとっては当面の敵である私たち2人を目の前にしての武者震いだったのだろう。残りの者たちは少し離れ、私たちが見える位置に席を占めた。千葉はほどなくして手洗いに立った。

「盛会ではなかった」追悼集会

 今日の追悼集会の様子はどうだったのだろう。

――今日の追悼集会は盛会だったんですか?

 私がこう聞くと、右翼はただ一言だけこう答えた。

右翼  そうでもないよ。

 右翼はあっさり「盛会ではなかった」という。追悼集会の主催者である矢野穂積はすぐに「東村山市民新聞」のホームページで、〈★朝木明代議員追悼の集い 11月30日(日)、多数参加し行われる。〉と書いたが、具体的な人数も内容も書いていないところをみると、右翼がいったことは彼の率直な感想だったのだろう。8月に八王子で街宣を行って以来、右翼グループの間では「真相究明活動」にあれほど盛り上がっていたのに、地元に行ってみるとそうでもないことに拍子抜けしたのだろうか。あるいは参加者の多くが右翼関係者だったということなのだろうか。

 それにしても矢野や朝木の手前、敵に対してこれほど率直に本当のことをいってしまってもいいのか。また、どうみても場違いな話であるにもかかわらず、大まじめに「ウンコ事件」の報告をした西村修平に対しても同志としていささか配慮を欠いた発言だったのではないかという気もするが、この右翼もなかなか正直なところがあると私は感じた。

被害者を訪ねるつもりだった右翼

 では、右翼らはこれから被害者のところへ行くつもりなのか。

――まさかこれから、被害者のところへ行くつもりなんじゃないでしょうね?

右翼  今日はおれが1人で行こうかと思ってね。

 この右翼が本当に1人で行くつもりだったのかどうかはともかく、右翼らがこの喫茶店に入ったのはたんにひと休みするためではなかったことだけは確かなようだった。隣のテーブルに座った右翼が被害者の店を仮に単独で訪問するにしても、他のメンバーが「お先に」といって帰ってしまうとは考えにくい。被害者の店には誰が行くのか、被害者に何を聞き、どう追い詰め、どんな発言を引き出すか、誰がその様子を撮影するのか――など、彼らは被害者の店に行くことを前提に、そのための最終的な打ち合わせをするために喫茶店に入ってきたとみて間違いないようだった。

 右翼らが追悼集会後に洋品店を訪問するに際し、矢野と朝木を誘ったのかどうかはわからない。しかし、当事者である矢野が行こうとはしないのに、まったく無関係の、しかも事件から13年もあとに(おそらくは)思いつきで首を突っこんだだけの自分たちだけが、警察に通報される危険を冒してまで再び行こうとしていることについて、右翼らは何も疑問を感じなかったのだろうか。とすれば、私にはむしろそのことの方が不思議に思えてならなかった。


(その3へつづく)



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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第3回)
執拗な報復行為

 最初は「(他殺だったにもかかわらず事実を隠蔽し、他殺として処理したとする)内部告発があった」として自ら接近したようにみえるとはいえ、この右翼らはどこまで矢野にいいように利用され、無実の市民に迷惑をかければ気がすむのか。右翼が被害者の店に行ったからといって明代の万引きの事実が消えるわけでもないし、捜査結果が覆るはずもない。彼らが矢野の宣伝に乗って9月1日にやったこと、そしてこれからやろうとしていることは悪質な嫌がらせ、人権侵害行為にほかならず、その行為は彼ら自身にとっても取り返しのつかない汚点となり、社会的信用をなくすことにしかつながらないだろう。

 一方、万引き被害者からすれば、被害者は単純に明代による万引き被害を申告したにすぎず、そのことについて非難されるいわれはみじんもない。客観的な状況を調べもせず、一方的な情報のみによって「朝木明代を陥れた」と決めてかかる相手に対して、それも事件から13年もあとになっていちいち自分の無過失を説明しなければならない理由もない。

 洋品店が13年間にわたり裁判や矢野のデマ宣伝と闘うことを余儀なくされてきたことを考えれば、とうの昔に捜査機関の結論が出ているにもかかわらず、「万引きを捏造した」などといわれること、そのような疑いをかけられること自体が、矢野による威迫行為が実行行為者を変えて、あるいは匿名化されて繰り返されるに等しい。「犯人は朝木明代に間違いない」と主張すること、「ウチは創価学会員ではない」と反論するだけでも精神的な負担であることを想像するのは難しくない。

 逆にいえば、矢野の主張に基づいて洋品店を訪ね、あるいは電話をかけるだけで洋品店には大きな精神的負担となる。被害者をそんな目に遭わせることが、嫌がらせを煽動した矢野の狙いであり目的なのだろう。逆恨みに基づく執拗な報復である。

右翼との30分

 はたしてこの右翼は、矢野とちがって普通の会話が成立し、洋品店に行こうとしている彼らの判断がどれほど常軌を逸したものであるかについて理解してくれるのか。以下は右翼との会話の一部を要約したものである。



――いいかげんに、被害者をいじめるようなことはやめてもらえませんか。あなた方はいったいどんな根拠があって、無力な市民を責め立ててるんですか。東京地検は明代の万引きの事実を認定しているし、裁判所も洋品店の主張を認めている。洋品店が矢野を訴えた裁判では矢野に100万円の損害賠償が命じられているんです。「直子さんを信じる」なんていっていないで、資料を精査してください。あなた方はたんに矢野の言いなりになって乗せられているだけですよ。 

右翼  俺たちが矢野さんに煽動されているというのか?

――この前のシンポジウムでは、矢野は「一番弱い」洋品店に抗議しろといってるでしょ。煽動そのものじゃないですか。矢野は自分がやればお礼参りになるから、矢野がやったとわかるかたちではできない。だから矢野は、自分の手を汚さずに他人にやらせようとしてるんですよ。

右翼  「抗議しろ」といってたかな。俺はまだ動画をみていないんだよ。じゃあ、今度見てみようか。

――よく見直してください。現に、シンポジウムの後、洋品店に対して嫌がらせが起きているんです。あなたの支持者は、あなたが矢野に乗せられて「万引き捏造」だというからそれを信じ込んでいる。あなたは組織のトップに立つ人なんだから、あなたが間違った判断をすると支持者全員を間違った方向に導くことになるんですよ。
 それにしても、この前の(西村の)裁判にあんなに支援者が集まるとは思わなかったですよ、驚きました。

右翼  50人以上来たよ。

――すごいですねえ。あなたはそれだけ影響力があるということなんですよ。裁判所に来た人だけで50人なんですから、インターネットを見ている支援者はその数倍はいるということでしょう?

右翼  この前の参院選に出たときは1万8000票だよ(この数字は私の記憶)。

――そうなんですか、それは本当にすごいですねえ。だからね、それだけの支持者があなたを信じてるということなんですから、あなたは責任ある判断をしなきゃいけない立場にあるわけでしょう。あなたほどの人が、なぜ矢野のデマ宣伝に簡単に引っかかるんですか? それが私にはまったく理解できない。あなたがやすやすとデマに乗せられるから支持者も右へならえをしてるんでしょう? 支持者の判断を誤らせないためには、あなたが間違った判断をしちゃいけないんですよ。資料を精査してください。

右翼  俺たちは反創価学会活動をしているんだ。



 私は右翼に対して何度も事実を精査し、責任ある判断をしてほしいとお願いしたが、最後になると右翼は「反創価学会活動だ」と理解しにくい飛躍を繰り返した。当たり前だが、もちろん私は「反創価学会活動」がダメだなどといっているのではない。右翼とて、創価学会を批判することと明代の事件について客観的な判断をすることとはまったく別の話であることがわからないということはあるまい。

駅に向かった右翼

 右翼は「反創価学会活動」を持ち出し、事実を「精査してください」という私の申し出に対する回答を避けたように思えた。私はそれ以上、右翼に東村山事件に関する説明をしなかった。右翼がその気になりさえすれば、いくらでも調べることは可能なのだし、差し当たって重要なのは、右翼らが洋品店に行くのを思い止まらせることだった。

 なお、千葉は途中、やや長い手洗いから戻るとすぐ、「私は先に失礼します」といって喫茶店を出ていった。千葉はよほど右翼と同席するのがいやだったのだろうか。

 右翼が「そろそろ行くか」といってメンバーに合図を送ったのは喫茶店に入って30分もたったころだった。私は急いでレジをすませ、右翼らのあとを追った。喫茶店を出てまっすぐ歩き、左へ曲がれば洋品店、右へ曲がれば駅である。どっちへ曲がるのか見ていると、右翼らは迷うことなく右へ曲がり、改札口につながる階段の方向に歩いていった。曲がりしな、右翼が上半身をこちらに向けて振り返った。私がまだ見ているかどうかを確かめたかったのか。あるいは私とは別に、何か気になることでもあったのか。右翼は背後の様子を確認するとそのまま階段の入り口に消え、もう戻ってこなかった。

 その日、右翼が洋品店に行くのをあきらめた理由はわからない。しかし理由はともかく、重要なのは何をしたかである。洋品店に行かなかった右翼の判断は正しく、それも当初の予定を寸前で取りやめたとっさの状況判断は、9月1日に洋品店に押しかけた連中、とりわけ店に押し入ろうとした者や念仏を上げるなどした者たちとは少し違う、さすがにグループの指導者だけのことはあるというべきだろうか。
 
 ただ残念なことに、その後、右翼がそれまでの主張を撤回したり、支援者に対して洋品店への嫌がらせを止めるよう呼びかけた様子はうかがえない。


(その4へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第4回)
ナメられた右翼

 平成20年11月30日、私に対して11月16日の矢野の発言を「聞いてみる」といった右翼が、はたしてその言葉どおり聞き直したのかどうかわからない。もしまだなら、これからでも遅くないのでぜひ聞き直してもらいたいと思うが、矢野は右翼らに「万引き被害者に抗議しろ」とけしかける前に、明代の万引き事件に関して明らかに虚偽とわかる説明をしている。明代の万引きが捏造されたものであるとする主張を正当化させるためである。右翼らがこれまでの裁判記録を持っていないこと、あるいは持っていても精査などするはずがないとナメていたのだろうか。

 矢野の説明とは、万引き事件当日の明代の服装に関するものである。平成12年2月7日、「聖教新聞」裁判で矢野は初めて「万引き事件当日の明代の服装」と称する写真を提出し、被害者に対する尋問を行ったが、矢野はその尋問で「万引き事件が冤罪事件だったことが明らかになった」と主張しているのである。右翼が開催したシンポジウムにおける矢野の説明を聞こう。



矢野  2000年の2月の7日に証人尋問がありまして、○○(実名)洋品店主がですね、証言をすることになります。で、こちらはですね、実はその、問題の警察が銀行から押収して静止画像にした問題の写真というのはですね、朝木議員の服装の写真ですね、これは私どもは2回ほど見てるんです現物を。

 で、「東村山の闇」をご覧になった方はおわかりだと思いますが、実は信田検事、さきほど乙骨さんのお話から出ましたね、で、この人から1度、朝木(直子)議員が見たんですね。それからそのあと、後任の検事も私どもに一応あの、いろいろと事実関係を押さえるということで、確認させる意味で見せたんだと思いますが、私どもは見ました。したがって、その写真のことは2回も見てますから、朝木議員が当日着ていた服装の特徴というのはしっかりと頭の中に入ってるわけですね、記憶に。

 で、どういうことがわかったかというと、かいつまんでいうと、ベージュ色のパンツスーツ。襟がない、これは男の場合、こうやって折り返しの襟がありますが、襟のないスーツで、ベージュ色で、縦にストライプというかピンストライプが入ってます。こう縦縞のデザインになってるわけですね。

 で、それから裾が、上着の裾に紐が入っていて絞れるようになってる洋服で、しかもブラウスは襟がフラットで普通のタイプのブラウスで、ショルダーバッグをかけていたということなんですが、



不明確な「時期」と「回数」

 矢野と朝木が、平成7年6月9日の万引き事件当日、明代が銀行に立ち寄った際に映った防犯ビデオの静止画像を見せられたのは東京地検八王子支部においてである。矢野は「2回見た」といっているが、これは「2回も見たのだから自分たちの記憶は確かだ」といいたいのだろう。

 この「2回」というのは、この日の矢野の説明によれば、まず最初に朝木が見て、2回目は矢野と朝木が2人で見たように聞こえるが、「聖教新聞」裁判で矢野が平成11年1月11日付で提出した陳述書では、

〈私と朝木直子さんは、地検八王子支部で別件事件の事情を話した際、検察官から、合計2度に渡って、東村山署が「万引き」関係事件で作成した1995年7月22日付捜査報告書にはりつけてある何枚かの写真を見せてくれました。〉

 と述べている。陳述書では矢野と朝木の2人とも2度見たといっているように読める。ところが平成11年11月15日に行われた同裁判の本人尋問では、

矢野  私自身は、直子さんが見た翌年(平成8年)ですので、……。

 と供述し、平成12年2月7日に行われた同裁判の2回目の本人尋問では、

矢野  (見たのは)たしか97年(平成9年)の春だったと思いますが、……。

 と「矢野が見たのは1回」と供述している。同じ裁判に提出した陳述書と供述の間でさえ矢野が見た回数、さらにその時期についても食い違いがあるのはなぜなのか。「2回目」に見せられたのが矢野1人だったのか朝木と一緒だったかについても明確ではない。いつ、誰が、どこで本物の静止画像を見たのか、この基本的な事実関係を矢野がなぜ明確に述べないのか不思議だが、ともかく矢野はシンポジウムで「(2回も見たから)しっかりと頭の中に入ってるわけですね、記憶に」とし、その「記憶」を元に万引き事件当日の明代の服装を割り出し、「ベージュのパンツスーツだったことが判明した」と述べたのである。

 矢野は東京地検八王子支部で本物の静止画像を見たのがいつかをなぜ明確にしないのか。平成7年10月5日、矢野と朝木は東京地検で事情聴取を受けているが、この日は静止画像を見せられなかったのかどうか。その2日後の10月7日、矢野は東村山署でアリバイに関する取り調べを受けているが、矢野の口から明代の服装に関する質問はいっさい出ていない。

現物を捜査機関に提出しない不思議

 矢野によれば、彼らが明代の服装が「ベージュ」であると「確認」したのは平成8年か、平成9年春らしい。なぜここに1年もの開きがあるのか不可解だが、このとき矢野と朝木は被害者が供述した朝木の服装についても聞かされなかったのか。

 矢野が被害者の認識の誤りが明らかになったという被害者に対する尋問が行われたのは平成12年2月7日である。不思議なのは、明代の死後「万引き犯の汚名を晴らす」と言い続けてきた矢野と朝木が、「万引き当日の明代の服装を確認した」といい、それが「冤罪」の証拠であると主張しているにもかかわらず、「明代の服装を確認」してから2~3年もの間、なんら服装に関する主張をしていないことである。

 矢野と朝木はなぜこの日まで写真を出そうとしなかったのだろう。矢野・朝木の主張する「明代の服装」なるものが事実「襟のないベージュのスーツで、上着の裾に紐が入っていて絞れるように」なっているものだというのなら、その現物を東京地検にでも東村山署にでも持ち込んで本物の静止画像と照合・分析してもらえばよかったのではないか。

 地検の側から被害者の供述内容をいわなかったとしても、矢野が明代の万引きが冤罪だと確信しているというなら、被害者の主張する服装の特徴を聞けばいいだけの話である。捜査機関は当然、被害者が供述した明代の服装の特徴も調書に記録しているから、矢野が主張する明代のスーツの現物と静止画像の同一性が証明され、さらに被害者の供述と食い違っていることが証明されれば、明代の「万引き犯」の汚名はただちに晴らされ、裁判も一気に有利になった可能性がきわめて高いのである。

 それまで数多くの行政訴訟も起こし、全共闘に加わっていた学生時代から権力と闘うことには慣れているはずの矢野が、なぜそんな簡単なことをしようとしなかったのだろう。


(その5へつづく)




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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明(第5回)
なんら裏付けのない「服装」

「これが万引き事件当日の明代の服装だ」と主張するにもかかわらず、それが「判明」して以後3年間、矢野と朝木がなぜこれを捜査機関に持ち込み、明代の万引き犯の汚名をそそごうとしなかったのかはわからない。はっきりしているのは、矢野が右翼主催のシンポジウムで主張した「明代の本物の服装」なるものは、地検にある防犯カメラの静止画像との照合を経て初めて客観的に「本物」と認められるということである。

 したがって、矢野が「聖教新聞」裁判で「本物」と主張した明代の「事件当日の服装」なるものが客観的に本物であるという裏付けはどこにもないことになる。そのなんら客観的裏付けのない服装の写真を一方的に「本物」と主張し、それを前提に行ったのが万引き被害者に対する平成11年11月15日と平成12年2月7日の尋問だったということを十分に理解しておく必要がある。

矢野はシンポジウムで被害者の供述内容について次のように続けた。



矢野  で、これを覚えておいていただきたいんですが、問題の目撃証言、これはどういうふうに出たかというと、実はですね、一貫して今も同じです。目撃者、被害者であるという○○(実名)洋品店主がいってるのは、パンツスーツ、これは一致してるんです。上下がズボンで上が上着。ただ、その特徴は具体的には言ってません。

 次にですね、ブラウス。ブラウスは、ここがポイントなんです。チャイナカラーだといってるんですよ、わかります? スタンドカラー、要するに中国風を思い出していただくと、襟が立ってるチャイナカラー、ここは決定的に違いますね。それから黒のかばんをかけていたという、これはわかります。そこで問題は、チャイナカラー。ここが決定的に違うんですね。

 それと、問題のその朝木さんの当日の服装と、目撃証言の店主の内容とは具体的に不一致の部分があるというのが、わかったことですね。これは前からわかってたんです。で、ところが、さっきいった2000年の2月7日のその証人尋問で、さらにですね、この○○(実名)店主は具体的に当日の、万引き犯の服装の特徴を供述しています。

 どういうふうにいってるかというと、黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ、これも違いますよね。えー、ベージュ色ですからむしろ白っぽい洋服を朝木さんは、パンツスーツを着ていた。

 で、次はですね、チャイナカラー。これも一貫してるんです。襟は寝てなくて立ってる。それからですね、問題は、そのパンツスーツの、洋服のですね、ストライプは入っていない、こういう縦縞はありませんでしたってはっきり言ってます。おわかりになりますか?



ブレのない被害者の供述

 この矢野の説明の内容が事実なのかどうか。「聖教新聞」裁判と被害者が矢野を提訴していた裁判における明代の服装に関する被害者の実際の供述をみてみよう。



「聖教新聞」裁判主尋問(平成11年11月15日)

被害者代理人  それで、服の色なんですけど、ずばり万引き犯人の服の色というのは、あなたが見た色、何色でしたか?

被害者  グリーングレーです。

代理人  これについて、原告(矢野・朝木)のほうから、当時、明代さんが着ていたスーツはグリーングレーのスーツじゃないというようなことはいわれているんですけど、本当に犯人の服装で、あなたがごらんになったのはグリーングレー?

被害者  そうです。

代理人  どんな感じの色でしたか?

被害者  グレーで、でも緑っぽい。

代理人  緑っぽい。

被害者  はい、緑がかった色です。

代理人  濃い色でしたか? 薄い色でしたか?

被害者  どちらかといえば、薄い色だと思います。

代理人  黒っぽい服じゃなかったでしたか?

被害者  黒は、ブラウスです。

代理人  あなたが万引き犯人と対峙したとき、面と向かっていたとき、黒のブラウスの上にその薄い緑っぽいスーツを着ていたということですか?

被害者  はい。グリーングレーのスーツを着てました。

代理人  その下の黒いブラウスの部分というのは、かなり見えてましたか?

被害者  見えてました。

代理人  ということは、スーツの前ボタンはつけてなかった。

被害者  はい、外してました。



「聖教新聞」裁判反対尋問(平成12年2月7日)

矢野側代理人  あなたが現認したという万引きの犯人、この犯人の着ていた服装の特徴というのは今、いえますか?

被害者  はい。グリーグレーのパンツスーツに、黒のチャイナカラーのブラウスに、バッグが黒っぽいバッグを持っていました。



被害者が矢野と朝木を提訴した裁判での主尋問(平成12年2月23日)

被害者代理人  あなたが見た犯人の服装をもう1度いってください。

被害者  グリーングレーのパンツスーツに黒のチャイナカラーのブラウス、それから黒っぽいバッグを持っていました。

代理人  それだけあなたは犯人の服装を明確に覚えているわけですよね。

被害者  はい。



被害者が矢野と朝木を提訴した裁判での反対尋問(平成12年2月23日)

矢野側代理人  あなたはパンツスーツの色がグリーングレーであったと当初いってましたよね。

被害者  はい。

代理人  それが後に、灰色っぽい薄い緑色であり白っぽい感じのものと変遷しているんですが、これはどうしたんでしょう。

被害者  それは弁護士さんに、黒っぽいものか白っぽいものかといわれましたので、どちらかといえば白っぽいスーツだということをお話ししましたら、そのように書いてくださったんだと思います。



 このように、被害者は万引き事件当日の明代の服装について一貫して「グリーングレー」のパンツスーツだったと供述している。矢野にしても、この日のシンポジウムまで被害者が「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」だったといっているなどと主張したことは1度もない。しかしこの日、矢野が続けて「えー、ベージュ色ですからむしろ白っぽい洋服を朝木さんは、パンツスーツを着ていた」と続けているところを見ると、単なる勘違いではないことは明らかだった。


(その6へつづく)



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