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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第6回
襲撃事件を正当化しなければならなくなった右翼

 万引き事件当日の明代の服装について万引き被害者が一貫して「(どちらかといえば白っぽい)グリーングレー」と証言していることを矢野はこれまで何度も確認している。にもかかわらず、矢野はなぜ右翼主催のシンポジウムで「洋品店主は黒っぽいグリーングレーと供述している」などとすぐにわかる嘘をいったのか。やはり、右翼らはこれまでの経過を何も調べてもいないし、今後調べることもないとナメていたとしか考えられない。

 これは推測だが、平成20年8月末の段階で右翼との連携に消極的だった矢野は、しだいに右翼らの動きに引きずられるようになり、9月1日の東村山街宣と万引き被害者に対する襲撃事件を経て、11月16日のシンポジウムになると右翼の支持者の前で自ら積極的に「万引き冤罪説」と「他殺説」を主張しなければならなくなったようにみえる。とりわけ万引き被害者の店に日章旗を持ったヘルメット姿の男たちなどがプラカードを掲げて大挙して押しかけ、「万引き捏造を許さないぞ」などと大騒ぎした襲撃事件は右翼らの社会的信用を決定的に揺るがした。

 それまで「現職警察官による内部告発があった」として、朝木明代の転落死が「他殺」だったとする主張を行ってきた右翼はこの襲撃事件以後、明代の自殺の動機とみられる万引き事件の「追及」に焦点を移した。被害者への襲撃事件で(右翼の認識の範囲では)予期せぬ批判にさらされたために、右翼らは襲撃の大義名分を示さなければならないと考えたらしい。

 一方矢野は、襲撃事件は自分が街宣に参加する前のことで、襲撃そのものに関してはなんらあずかり知らないことでもあり、襲撃事件に対しては、否定はしないものの積極的に肯定的な発言をすることもなかった。よくいえば、矢野は右翼らと一定の距離を置いていたといえる。被害者が「万引き事件を捏造した」という根拠があるのなら、襲撃事件に対する批判が沸き上がった時点で、事件の当事者として、また右翼らによる被害者襲撃の原因を作った者として矢野には当然、なんらかの見解を出すべき責任があろう。しかし矢野はなぜか、11月16日のシンポジウムの日まで襲撃事件に対する態度を直接的には明らかにしなかった。

 右翼からみれば、襲撃事件を正当化させるには「万引き捏造」の根拠を示す以外になく、それができるのは矢野だと考えたのも無理はなかったろう。こうして矢野は11月16日、「万引き捏造」の根拠ないしは「万引き犯が朝木明代である」とする被害者の証言が「事実に反する」根拠を支援者の前で説明しなければならなくなったということではあるまいか。

目撃者Sさんの証言

「万引き犯は朝木明代に間違いない」とする被害者の証言を否定するために、右翼らは書類送検後に明らかになった新たな目撃証言の存在を持ち出していた。その目撃者はイトーヨーカドー付近で騒ぎを目撃し、「犯人は黒っぽいスーツ姿だった」と証言していた。銀行の防犯カメラに映った明代は白っぽいスーツを着ていた。すると、この新たな目撃証言が記憶違いでなく事実とすれば、万引き犯は明代とは別人ということになる。

 この目撃者Sさんの存在を矢野が知ったのは遅くとも平成7年7月23日である。Sさんの記憶によれば、Sさんが東村山署の事情聴取を受けたのは書類送検から5日後の同年7月17日のことという。Sさんが東村山署の事情聴取を受けることになった経緯について野田峯雄というジャーナリストが矢野に送った書面には次のように書いてある。ちなみに野田峯雄とは、今も朝木明代の「他殺説」を主張し、矢野と連携を取っている人物である。

〈(当日、)私は帰宅のためタイム・カードを押した。タイム・カードの時刻は、あとでみたら「午後3時13分」だった。ヨーカドーから表の道路に出た。駅のほうへ向かった。すると、前方の道路端で2人の女の人が何やら言い合っていた。この時刻は、タイム・カードの時刻から考えると、それから2~3分後だから、午後3時15分過ぎか16分過ぎだった。〉

〈2人のうちの1人はすぐにヨーカドーのほうへ歩いていってしまった。「黒っぽいスーツ姿だった」としか思い出すことができない。顔はよくみていない。どんな顔だったのか、はっきりしない。私は朝木さんの名前は聞いたことがあったけれど、顔はまったく知らなかった。〉

〈店の前(表)に、こぎれいな感じの、40代の、地元の人らしい女が一人いて、私がそっちへ(女のほうへ)いくと(つまり、駅方向へいくと)、女は「あれは朝木市議だ」といった。あのとき、「朝木」といったのは彼女だけ。彼女は店の人(○○)に「警察へいけ」としきりにいっていた。客はこの女以外だれもいなかった。私はたまたま通りがかっただけ。〉

〈7月13日、私はこの出来事を(たこやき屋の)店長(○○の妻のほうと思われる)に話した。と、店長が客の○○(夫)に(私の話したことを)話し、7月17日に警察の事情聴取を受けることになった。事情聴取は(7月17日の)午後4時から9時ごろまでです。〉(実名を伏せた部分以外は原文のまま。文中の「私」とはSさん、「客」とは被害者の夫である)

 Sさんは被害者の夫を通じて東村山署の事情聴取を受けたということのようである。Sさんが事情聴取で供述した内容と野田が取材した内容に齟齬はない。Sさんは事情聴取でも万引き犯のスーツの色について被害者とは食い違う証言を行っている。矢野は被害者と捜査機関がグルになって朝木明代を陥れた(「万引き捏造説」)などと主張しているが、被害者が「無関係」の明代を陥れようとしていたのなら、わざわざ被害者とは異なる証言をするような人物の存在を警察に教える必要もないし、東村山署もまた書類送検後にどんな証言をするかわからない新たな証人を事情聴取するなどという危険を冒す必要はあるまい。明代を陥れようとしていたのなら、すでに書類送検によって目的は達成されていたはずだからである。

 さて、矢野はSさんの「犯人は黒っぽいスーツを着ていた」という部分に着目し、証言のこの部分をもって「犯人は明代ではない」とする主張の根拠の1つとし、右翼らもまた矢野の主張のままSさんの証言を「万引き捏造」の根拠とする主張を繰り返した。矢野が11月16日のシンポジウムで明代の万引き当時の服装に関する被害者の供述を捏造(「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」)したのも、右翼らがSさんの証言をしきりに取り上げていたからにほかならない。防犯カメラに写っていた明代が白っぽいスーツを着ていたことは間違いない事実であり、一方で目撃者の1人が「黒っぽいスーツ」と証言していた上に、被害者自身も「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」と供述していたということになれば、明らかに明代は万引き犯ではなかったということになる。矢野は右翼もその支援者も確かな資料をもって事実を検証することはないと踏んでいたのだろう。

 しかし、はたしてこのSさんの証言のみをもって明代の万引きを否定することができるのだろうか。


(その7へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第7回
被害者の供述と矛盾しないSさんの証言

 矢野は警察が銀行の防犯カメラに映った明代の姿を確認したのが書類送検後だったこと、およびSさんの事情聴取をしていなかったことをもって「ろくな捜査をしないまま書類送検した」などと主張している。注意していただきたいのは、矢野のこれらの主張がいずれもアリバイを崩されたあとのものであり、被害者の証言が明代の「服装」の点において「食い違いがある」と強弁するためのものにすぎないということである。

 通常、人が犯罪行為を目撃したときに最初に認識するのは「行為」と「風貌」である。とりわけその犯罪者が顔見知りだった場合には、それが誰だったか(顔)を忘れることはない。警察が目撃情報によって犯罪者を特定するための最も重要かつ基本的な要素は「誰が、何をしたか」なのである。被害者はファッションの専門家だったから、明代と至近距離で対峙した際に明代の服装を細部にわたって克明に記憶したが、普通ではそうはいかないし、服装の記憶はあくまで副次的な要素にすぎない。

 その点において、東村山署は書類送検までに被害者自身と現場に居合わせた目撃者2名に対する事情聴取を行い、被害者に対しては明代の事情聴取の際にマジックミラー越しの面通しを行うなど十分な特定作業を行っていた。矢野と明代による被害者に対するお礼参りの事実が明らかになり、明代の主張するアリバイも崩れていた。書類送検後には、銀行の防犯カメラに映った明代の静止画像を被害者が確認し、万引き事件当時の明代の服装(静止画像は白黒で、明代の服装は白っぽく写っていた)、髪形、持ち物(黒いバッグ)が酷似していたことも確認している(画像が不鮮明であるため100%の断定はできなかった)。そのような状況においてSさんの証言はどのような意味合いを持つだろうか。

 野田峯雄のレポートの中で、Sさんが明代の服装以外に直接見聞した事実として述べているのは、「前方の道路端で2人の女の人が何やら言い合っていた」という状況と、「そばにいた女性が『あれは朝木市議だ』といった」ということである。Sさんのこの部分の供述は、「(被害者が)明代を追いかけて行って問い詰めた」「店にいた客も『あれは朝木市議だ』といった」という被害者の供述となんら矛盾しない。被害者も店にいた客も、明代の顔を知っていたから万引き犯が明代であると供述したのである。

 矢野はSさんの証言の「犯人は黒いスーツを着ていた」という部分のみを取り上げて「だから万引き犯は明代ではない」と短絡的に主張するが、目撃者Sさんの「犯人は黒いスーツを着ていた」という証言の信憑性は、被害者や2人の目撃者が「犯人は明代」と証言していること、防犯カメラに映った白っぽいスーツを着た女性の画像を確認した被害者が「明代によく似ている」と証言していることなど、それまでの捜査結果をふまえた上で総合的に判断しなければならない。

 万引き当日の明代の服装が白黒映像で見た場合に「白っぽいスーツ」だったことは防犯カメラの静止画像から明らかで、仮にSさんの記憶に間違いがなく、Sさんが目撃した人物が実際に「黒っぽいスーツ」を着ていたとすれば、明代は万引き犯ではないということになる。しかし、被害者や2人の目撃者の証言、さらに防犯カメラの映像からは明代のスーツに関するSさんの記憶は誤りだったと判断するのが自然である。また、「黒」という部分に関しては被害者の「黒いチャイナカラーのブラウスを着ていた」「黒いバッグ」という供述からすれば、ブラウスの「黒」を「黒っぽいスーツ」と混同した可能性が高く、服装を「黒」と認識した点においては被害者の証言と一致しているとみることもできよう。

 むしろ東村山署は、(服装以外の)万引き事件当日の状況についてのSさんの証言は被害者や2人の目撃者の証言と矛盾せず、とりわけ店のそばにいた女性が「犯人は朝木市議だといっていたのを聞いた」とする証言を重視し、Sさんの証言を明代の万引きの事実を裏付けるもの、少なくとも明代が万引き犯であることを否定するものではないと判断し、供述調書を追送致していた。この東村山署の判断が合理性を欠くものとはいえないだろう。また、確認できた範囲の証人の供述をすべて送致している点において東村山署の捜査姿勢が明代を意図的に陥れようとするものと見ることはできず、「捜査が不十分」(矢野)といえるものでもないことがわかるのではあるまいか。その一方、矢野は「聖教新聞」裁判で野田峯雄が矢野に宛てたレポートを証拠として提出し、「明代は万引き犯ではない」と主張したが、東京地裁は矢野の主張を斥けている。

法廷ではいっさいしなかった主張

 矢野は、平成20年11月16日のシンポジウムの時点で、内心では「万引き犯のスーツは黒だから明代は犯人ではない」と主張するにはSさんの証言だけでは弱いと考えていたのではあるまいか。しかし、被害者も「黒だった供述していた」といえばSさんの証言はがぜん説得力が増すことになる。だから矢野は、「黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ」を着ていたなどと、被害者の法廷での供述を捏造したのであると理解できよう。
 
 これは単純な捏造だから、矢野のシンポジウムでの発言と調書を照合するだけで簡単に確認できる。真相を究明しようという気がありさえすれば、主催者の右翼にもそれほど困難な作業ではあるまい。

 右翼らが被害者への襲撃事件で批判にさらされていたという状況の中で、矢野が右翼とその支援者たちの支援を失わないために、なにか説得力のある説明をしなければならないという心理状態にあっただろうことは推測に難くない。私には、これほど明らかな虚偽を述べたことで矢野は逆に自ら明代の万引き犯の汚名を逆にますます確かなものとしてしまったように思える。右翼が調書を確認するとすれば、(単純な間違いではない)矢野の捏造をどう評価するのだろうか。


(その8へつづく)

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第8回
目撃されていた「チャイナカラーの黒のブラウス」

 万引き事件当日の明代の服装の問題は、矢野と明代がアリバイを主張するためにニセのレシートを提出したものの、それが他人のものであることが見破られたためにアリバイ主張をあきらめ、万引きを否定するための次なる手段として持ち出したものにすぎない。そもそも明代は取り調べの際に「事件当日の服装は覚えていない」と供述しており、書類送検までにはなんら争点とはならなかったのである。むしろ明代が当日の服装を覚えていれば、明代の犯人性はより確かなものとなっただろう。

「聖教新聞」裁判で白黒で映せば本物に近いものになる偽物のスーツを用意した矢野は、スーツだけでなく被害者が証言した「チャイナカラーの黒のブラウス」についても平成12年2月7日の尋問で次のように否定している。



矢野側代理人  (被害者が供述している)チャイナカラーの黒のブラウス、これはあなたの記憶あるいは御遺族の話で、(明代が)持っていたという話は聞いたことがありますか。

矢野  ああいう派手なものを着るような方ではありませんし、このスタンドカラーというんですか、詰め襟みたいに立っていて、しかも斜めに切れているというような、そういうものを、朝木さんは議員ですし着ません。見たことがありません。



 矢野はこう供述し、明代は「議員だから」チャイナカラーのブラウスなど着ないと主張した。しかし、そもそも裏付けのない偽造写真を提出したあとの供述では裁判官が矢野の供述を信用するはずもなかった。

 ところで、スーツの下に着るブラウスがチャイナ服タイプというのは見る人が見れば印象的なのだろう。実は、明代がこのブラウスを着ているのを見て「しゃれた服を着ているな」と思ったという人物が東村山にいた。その人物によれば、万引き事件以前に一度見かけ、万引き事件当日にも東村山駅で「チャイナカラーの黒のブラウス」を着た明代を見かけたという。もちろん、その人物が誰であるかを明らかにすることはできない。

提出されないことを前提にした尋問

 ブラウスに関しては被害者が矢野と朝木を提訴した裁判における平成12年2月23日の尋問でさらに次のようなやりとりがあった。まず、原告である被害者に対する矢野側からの反対尋問。



矢野側代理人  防犯カメラから(明代が)チャイナカラーのシャツを着ていたのはわかりましたか?

被害者  その襟だと、私は判断しました。

代理人  その判断の根拠は襟だけですか?

被害者  はい。

代理人  後ろからの写真で、チャイナカラーであることはわかるんですか?

被害者  いえ、わからないと思います。



 確かに、後方から見て襟が立っているというだけでは、それがチャイナ風のブラウスかどうかはわからない。防犯ビデオの静止画像は明代が機械操作をしている写真で、前方から映したものではない。矢野側の代理人はその点をついたのである。このやりとりをふまえ、続く矢野に対する本人尋問では次のようなやりとりがあった。



矢野側代理人  警察で見せられたものは後ろ姿しかないわけでしょう?

矢野  だから警察としては、一連の流れで写っているはずですから、前から映る写真もビデオではあったんではないかと。

代理人  当然あるわけですよね。

矢野  なぜこういうものだけになっているのかがわかりません。

代理人  ところがわれわれには見せてくれないと。

矢野  そうですね。

代理人  ○○さん(被害者)にも見せてくれない。

矢野  (捜査書類に)貼りつけてないわけですから、捜査自体除いているということです。

代理人  目撃者がチャイナカラーを着ていたんだということであれば、この再現写真を正面から撮ったものを出せば一発でわかるわけでしょう。

矢野  そのとおりだと思います。



 この尋問では矢野と代理人が、裁判官に対して「正面から撮った映像があるはずだ」という仮説、憶測を前提に、なにか東村山署が真実究明に関わる重要な写真を意図的に隠蔽しているかのように印象づけようとしていることがうかがえる。自らの主張が認められないと自覚したときに、今度は相手の主張や証拠の欠点を探し出し、そこに論点をすり替え、自らの主張を押し通そうとする矢野の得意とする手法である。

母親を演じた朝木直子

 明らかな根拠もなしに、矢野がここまで大胆に、あたかも東村山署や東京地検八王子支部が証拠を隠蔽したかのような主張ができるのには理由がある。民事裁判に刑事事件の証拠が出てくることはないからである。矢野がシンポジウムで主張した「再現写真」が本物かどうかは、地検の捜査資料にある静止画像と照合すれば一目瞭然だろう。しかし、地検が保管している静止画像が民事の法廷に出てくることはない。そのことを知悉しているからこそ、矢野は直子に白黒で映せばよく似た色調になる偽物を着せ、「万引き事件当日の明代の服装」と称して法廷に提出することができたのである。

 徒労に終わったとはいえ、矢野が「聖教」裁判であらゆる手段を尽くして明代の万引きを隠蔽しようとしたことだけはおわかりいただけよう。ただ、矢野と朝木の裁判での努力は逆に彼らの特異性を際立たせた。

 いかに捜査機関が刑事事件の証拠を民事の法廷に出すことはないことを知っていたとしても、万引きを隠蔽するために偽物を実の娘に着せ、それをわざわざ同じ防犯カメラで撮影して「再現」するなどという手の込んだ芸当は普通の良心を持った人間にできることではない。矢野の目的を知りながら亡き母親のスーツを着、ショートカットのかつらまでかぶり、キャッシュディスペンサーの前で母親役を演じた娘の心境もまた、常人にはとうてい推し量ることはできない。


(その9へつづく)

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第9回
シンポジウムでのもう1つの嘘

 平成20年11月16日に開かれた右翼のシンポジウムにおける矢野の発言の中には、「被害者が『(明代は)黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ(を着ていた)』と供述した」というもののほかにもう1つの重要な虚偽がある。「千葉副署長が『書類送検前に防犯カメラの画像を確認していた』と嘘の説明をした」とする趣旨の発言である。シンポジウムにおける矢野の発言をみよう。



矢野  ということで、かばんをかけていたというのは同じですが、はっきりいえることは、私どもがちょっと気がつかなかったのは、書類送致の前には振込明細からわかった銀行からのその押収した静止画像の写真、朝木さんの服装が映ってる写真ですね、これは警察は入手をしていない、したがって、今申し上げたように一致してないわけですね。

 犯人と朝木さんの服装の特徴は、決定的にブラウスの襟が違う、チャイナカラーとフラットカラーとではまるで違います。それが一番大きいところ。それから縦縞が入っていないというところ。こういったことがはっきりわかって、これは供述調書の中に残っていますから、みなさんも確認することができます。

 で、にもかかわらずですね、千葉副署長は、書類送致をした理由として、あたかもこの銀行から押収した静止画像の朝木さんの写真ですね、朝木さんの服装と目撃者、被害者の戸塚洋品店主が語っている供述内容は一致してたので書類送致をしたというふうにいってるんですね。

 だから、今のお話でおわかりになったと思いますが、この万引きうんぬんの件に関しては非常にやっかいですが、今はっきりわかったことは、実は、警察は犯人と朝木議員の同一性をきちんと確認しないまま書類送致をしたんだということ、そしてその後ですね、銀行から押収した、この服装の違いをですね、具体的にはどこにも言ってないんです。



 矢野の発言は明確さに欠けるものだが、要約すれば、被害者の主張と静止画像の服装は一致していないということ、また千葉副署長が「書類送致前に」静止画像を被害者に見せたといっているが、その事実はない(だから判断を誤った)ということのようである。

千葉副署長の供述

 このシンポジウム以後、矢野は「東村山署の誤認送検の事実が明らかになった」などと宣伝しているが、これは被害者の主張する万引き当日の明代の服装が防犯カメラの画像と一致していないとの虚偽の事実を前提とするものである。矢野が裁判で提出した画像が朝木に偽物のスーツを着せて撮影したものにすぎず、本物の静止画像と目撃者の供述が一致していたことはこれまで説明してきたとおりだが、書類送検とSさんの証言および静止画像の関係について副署長千葉英司はどう供述しているのか。平成12年2月7日、「聖教新聞」裁判での反対尋問をみよう。



(Sさんについて)

矢野側代理人  (Sさんから)初めて事情を聞いたのは、このSさん(実名)の場合には送致よりあとということになりますね。

千葉  はい。

代理人  これはなぜ、その捜査が終了したというふうに先ほどおっしゃいましたけれども、当然目撃証人がもう1人いらっしゃれば、送致前に事情を聞かなければいけないかと思うんですが、そのへんの捜査を尽くさなかった理由というのはどういうことなんでしょうか?

千葉  捜査を尽くさなかったというご質問ですか? 送致の段階では捜査を尽くしたと確信しましたので、私の判断で送致したわけです。

代理人  尽くした尽くさないじゃなくて、特にそのSさん、この方の事情聴取をされなかった何かの合理的な理由はいうのはあるんですか?

千葉  合理的な理由ですか? 目撃者がわかった段階で、私どもは聞いております。わからない段階では調べることは不可能じゃないですか。

代理人  当時は、要するに送致の段階では、まだ彼女がわからなかったということですね。

千葉  そういうことです。

代理人  ただ、もう1人、そういう人がいたかどうかというのはわかっていたんですか? 1人、だれかいたんだろうと。

千葉  私どもではわかっておりませんでした。



 千葉が「書類送検までに捜査は尽くした」といっているだけで、Sさんの事情聴取が送致前だったとは一言もいっていない。矢野はSさんを聴取していなかったことをもって「捜査が不十分だった」と主張したいようだが、千葉はSさんの聴取は補充捜査であると認識していたのである。 



(防犯カメラの静止画像との同一性について)

矢野側代理人  (静止画像の確認は)これは当然、裏付け捜査ですね。要するに本当にそこに寄ったのかということの捜査をされたかと思うんですけど、これは送致前にされたんですか?

千葉  裏付け捜査を完了したのは送致後です。

代理人  で、これは○○さん(被害者)には見せたですね?

千葉  そうです。

代理人  これは、顔は写っていたわけですか?

千葉  顔は正面撮影でございませんので、横顔あるいは後ろだと記憶しております。

代理人  それで、○○さん(被害者)の供述とは、これは合致したわけですか?

千葉  合致いたしました。



 千葉は被害者が静止画像を確認したのは送致後であることをなんら隠しておらず、被害者の証言と静止画像が一致したと明確に供述している。「千葉は『書類送検前に静止画像を確認した』と主張した」とする趣旨の矢野の説明が虚偽であることは調書から明らかである。


(その10へつづく)


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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第10回(最終回)
                      ★第1回から読みたい人はこちら


嘘に嘘を重ねる矢野・朝木

 矢野はシンポジウムでなぜ、調書を確認するだけですぐに嘘とわかる説明をしたのだろうか。静止画像に映った明代の服装と被害者の供述に食い違いがあることを千葉は自覚しているから、静止画像を確認したのが書類送致後であったにもかかわらず、送致前に確認していたと嘘の供述をしたとすることで、書類送致そのものに事実の隠蔽あるいは改竄があったと印象づけるためであるとしか理解できない。千葉が真実を隠蔽するために嘘の供述をしていたということにすれば、「被害者が『黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ』と供述していた」とする説明がより説得力を増すと考えたものらしい。

 しかしこうして資料を精査すれば、平成20年11月16日、矢野が右翼らを前に洋品店襲撃を正当化するために行った説明に一片の真実も存在しないことが容易にご理解いただけるのではあるまいか。矢野のデマを妄信した右翼におもねるために矢野は嘘を重ね、自分自身の嘘によって矢野はそれまでの主張が嘘であることをもあらためて実証したということである。

 平成20年11月30日、私は右翼に「(矢野の主張の内容を)精査してください」とお願いし、右翼はシンポジウムでの矢野の発言を聞き直してみるとはいったが、いまだ2月に予定しているという名古屋でのシンポジウムに矢野と朝木をパネラーとして招くと公言しているところから判断すると、右翼はいまだに矢野の発言内容が誠実に真実を述べたものであるかどうか精査していないようである。このまま矢野と朝木をシンポジウムに呼べば虚偽宣伝を繰り返すことは疑いなく、右翼の支援者たちに洋品店襲撃事件のような過ちを繰り返させるような事態を招きかねない。

 右翼がこのまま矢野と朝木の主張を鵜呑みにし、行動をともにすることは、たんに矢野らの虚偽宣伝に協力するということではすまない。むしろ右翼は矢野らの反社会的な企みに自ら積極的に加担することになる。ということはすなわち、誠実な日本国民すべてを敵に回すことを意味する。

白川勝彦との対決

 13年前の平成7年秋、政治レベルでは矢野穂積が発信した虚偽情報を政争の具として利用した亀井静香と白川勝彦を中心とした政治家どもの暗躍によって捜査結果の発表が3カ月も引き延ばされ、一方社会のレベルでは矢野のデマを鵜呑みにした一部マスメディアが「創価学会疑惑」を騒ぎ立てた結果、デマが真実を駆逐しかねない状況にあった。右翼らが今しようとしていることは、スケールこそだいぶ違え、まさに13年前に亀井と白川が働いた犯罪行為(捜査介入すなわち捜査への政治圧力)と本質的になんら変わらない。矢野はことあるごとに国会で千葉が名指しで批判されたことを持ち出すが、これこそまさしく国会議員による政治圧力の動かぬ証拠である。

 それから13年後のある日千葉は、今は弁護士となった白川勝彦に会う機会があった。そこではこんな興味深い会話がなされた。



千葉  東村山事件についての、白川先生の現時点での白か黒かの所見をうかがいたい。

白川  事件というのは証拠をもって論じるもので、憶測ではだめですね。

千葉  そのとおりですね。矢野市議とは現在も親交があるのですか。

白川  いや、ありません。



 表面上はきわめて短い淡々としたやりとりだが、その背後には当事者にしかわからない怒りと怯懦がある。白川は目の前の人物が「東村山署副署長だった千葉」と名乗った時、一瞬にして、政治権力をカサに様々な裏工作を行った13年前を鮮明に思い出したにちがいない。当時、白川は国家公安委員長として朝木事件に関するすべての捜査記録を見られる立場にあったし、警視庁上層部に報告させることもできる地位にあった。

 その人間が、国会でも名指しで厳しく追及された一介の副署長の質問に一般論で逃げ、「矢野とはもう接触していない」と素直に告白した事実をどう評価するべきか。この短い会話は当時の政治家による情報操作とそのからくり、および不当な捜査圧力の実態を雄弁に物語っているように私には思える。政治家が暗躍する陰で、すべてのデマの発信元である矢野穂積は望外の成果にほくそえんでいたのだろう。

 平成7年の民主国家日本の中枢で、事実を曲げ、さらに誠実に真実を訴えただけの市民、公正な捜査を行った警察官の忠実な職務行為とそれによって解明された真実が闇に葬られようとしていた。これこそ謀略と呼ぶにふさわしい。白川は謀略の実行者であり、その一部始終を知る者の1人である。弁護士バッジをつけた白川にとって13年前の出来事は暴かれてほしくない過去ということなのだろう。だからこそ白川は一般論に逃げ込むしかなかったのである。

 それでも右翼がなお矢野の主張を信用するというなら、元警察官僚の亀井静香と元国家公安委員長の白川勝彦に協力を要請すればよかろう。右翼は当時亀井、白川と近かったジャーナリスト乙骨正生の知己を得ているから間に入ってもらうこともできよう。首尾よく彼らの協力を得られれば、まさに右翼のいう「国民運動」にもつなげることも可能かもしれない。もちろん相手が千葉副署長と聞いて亀井と白川が尻尾を巻いて逃げ出さなければの話だが。

東村山に残っていた千葉

 ところで私が右翼と遭遇した日、千葉はそそくさと喫茶店を出て行ったが、ずいぶん冷たいなと思った読者もおられるかもしれない。しかし、千葉はそのまま帰宅したのではなかった。あとから聞いた話だが、千葉はすっかり日も暮れた午後6時近くまで東村山駅周辺の監視を続けていた。千葉は右翼が帰るのを確認した後も、残った支援者が被害者の店に行く可能性があると考えていたのだという。

 千葉がなぜこれほどまで被害者を守ろうとするのか。念のためにいっておくが、その理由は間違っても、矢野や右翼らのいうように「万引き捏造の事実が発覚するのを恐れるため」などではない。

 万引き事件の捜査は遂げたが、捜査の途中から矢野と明代のお礼参りが始まり、書類送検後も嫌がらせはやまなかった。被害者がどれほど矢野の電話におののき、不快な思いを重ねてきたか。嫌がらせ電話の中には「人殺し」呼ばわりするものまであった。矢野と明代の嫌がらせは千葉の責任ではないが、事件の渦中で現実に被害者と加害者の両方を見てきた捜査官の千葉には被害者を守れなかったという悔恨に似た思いが今も強く残っている。だから可能なかぎり、千葉は被害者を守ろうとしているのである。

 仮にも右翼を自称する者が、13年間の嫌がらせに耐えてきた被害者の思いをあざ笑い、誹謗していいのか。誰にでも過ちはある。しかし、同志や支援者たちに1度襲撃事件という過ちを犯させている以上、右翼はすでに「直子さんを信じる」は通用しない段階にさしかかっている(世間の常識では最初から通用しないが)。この程度の事実関係を把握もできず、何の罪もない1市民に苦痛を味わわせて一言の謝罪もできないような者に国を語る資格はない。矢野が作出した捏造話に支援者たちを巻き込ませないためにも、右翼は早急に事実関係を精査すべきだろう。名古屋シンポジウムまでにはまだ時間は十分にあるはずである。

(了)

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創価問題新聞事件 第1回
 元東村山警察署副署長千葉英司がインターネットホームページの掲示によって名誉を毀損されたとして東村山市議、矢野穂積と朝木直子を提訴していた裁判の控訴審で、東京高裁(大谷禎男裁判長)は平成21年1月29日、矢野らに10万円の支払いを命じた一審判決を支持し、矢野らの控訴を棄却する判決を言い渡した。
 問題となった記事は、矢野と朝木がインターネット上にかつて開設・運営していた「創価問題新聞」(平成12年8月5日~平成15年6月頃閉鎖)に平成15年2月19日以降掲示された

①平成12年4月1日付『東村山市民新聞』記事
②平成12年12月1日付『東村山市民新聞』記事
③「創価問題新聞」創刊号「はじめに」に掲載された記事

――の3本。それぞれの記載内容は以下のとおりである。



①見出し
〈証人尋問〉〈「謀殺」の構図が〉
本文
〈前号予告の通り、朝木議員殺害を、自殺扱いした千葉元副署長の証人尋問が(平成12年)2月7日と23日に行われました。
が、千葉副署長は、熊谷グループと一緒に、自分と関係がない事件なのに、○○(万引き被害者の実名)尋問を傍聴。7日も23日も尋問終了後、○○(万引き被害者の実名)店主夫婦と千葉副署長は人目もかまわず、法廷の外で公然と打合せ。誰がみても、グルになっている風景です。
○○(万引き被害者の実名)店主の目撃証言や千葉元副署長の捜査が全くデタラメだったことが判明しましたので、次号から連載で報告を掲載します。〉

②見出し
〈警察、マスコミの中にも〉〈「べったり」さん!〉
本文
〈(平成12年12月1日の裁判所でのこと。朝木議員謀殺事件当時の例の東村山署・千葉英司副署長が、自分が被告になっている裁判で、法廷の傍聴席に姿を見せました。
 が、自分の裁判が終わった後、自分の裁判とは無関係の法廷に、創価の御用記事ばかり書いているアングラ誌の関係者と親しげに談笑しながら再び登場。
 スリ・痴漢の多い鉄道警察隊から、定年まで2年でやっと大井警察署の署長となったのですが、現職の警察官には、政治的中立という法的義務のあることを忘れ、創価べったりです。〉

③見出し
〈はじめに〉
本文
〈1995年(平成7年)9月1日、現職の市会議員だった朝木明代議員は、西武新宿線・東村山のビル5階裏階段から、何者かによって落とされ、謀殺されました。

 朝木議員は、議員活動の重要な柱の一つとして、他の議員がタブー視して取り上げようとしなかった政教一致の創価・公明の民主主義否定の危険性を訴え、創価や創価信者に被害を受けた人の活動を続けている最中に謀殺されました。ビルから落とされた翌日には高知市での創価問題シンポジウムに講師として出席するため空路出発を予定していました。事件後にわかったことですが、出発の数日前には、シンポ主催者に
「講師が五体満足で高知の地を踏めると思ったら大間違いだぞ。」
という脅迫電話もかかっていました。

 すでに事件から4年と7ヶ月が過ぎようとしていますが、95年9月当時、マスコミでは連日のように、この謀殺事件が報道され、この謀殺事件までに東村山の朝木市議周辺に頻発した一連の事件や嫌がらせに創価信者の関与が実際にあったことから、疑惑として大きく取り上げられました。しかし他殺であることははっきりしていても、同僚の私や朝木議員遺族は、まだ実行犯の特定ができていない事や決定的証拠に乏しい事から、現在まで刑事告訴の手続はとっておりません。

 1997年(平成9年)4月に東京地検が、この殺害事件について嫌疑不充分で不起訴処分を決め、創価本部は事件が終わったと宣伝しているようですが、実は、私たちが刑事告訴したものが不起訴になったわけではないのです。マスコミが大きく取り上げたことから、東京地検が殺人被疑事件として司法解剖を決定し、一定の捜査の後、結論を出したに過ぎないのです。皆様もご承知のとおり、当時の千葉英司副署長が指揮した東村山署は、捜査をするのではなく証拠を証拠として取り上げない態度でしたから、当然の結果ですが、自分達で殺人被疑事件で司法解剖しておきながら、嫌疑不充分で不起訴を決めるというのは、捜査をろくにしなかったことを自分で証明したような、まるでマンガみたいな話です。しかしながら、私達は、殺人事件としての時効にはまだ時間もありますので、落ち穂を拾うようにコツコツと真相究明の戦いを続け、犯人を特定し、朝木議員謀殺事件で刑事告訴を行い、捜査を促したいと考えております。〉



 それまで虚偽宣伝の手段としてほぼ毎月1回、新聞折り込みによって市内に全戸配布していた『東村山市民新聞』という紙媒体しか持っていなかった矢野と朝木は平成12年8月5日、インターネットという手段を手に入れた。矢野と朝木にとってインターネットもまた、デマ宣伝と誹謗中傷の道具として以外の利用法はいっさい想定されないようだった。

 これらの記事によって名誉を毀損されたとして千葉が提訴したのは警視庁を退職(平成13年3月)後の平成15年2月21日。それまで矢野と朝木は『東村山市民新聞』で再三にわたり千葉を誹謗し、「万引き被害者と共謀して万引き事件を捏造して明代を陥れ、創価学会を利するために殺害事件を隠蔽して自殺として処理した」とする宣伝を繰り返してきた。「千葉と被害者がグル」「創価べったり」と印象づけることで、矢野が関与したアリバイ工作および被害者に対するお礼参りと明代がそれによって追い詰められることになった事実を隠蔽するためにほかならなかった。しかし千葉は公務員という立場上、矢野と朝木の宣伝にじっと耐えるしかなかったのである。

 その間、矢野と朝木は平成12年にインターネットによってますますデマ宣伝を加速・拡大させ、また万引き被害者や千葉など彼らに敵対する者たちへの攻撃を強めていた。矢野と朝木の主張は裁判ではことごとく排斥されたが、矢野と朝木が裁判でいくら敗訴を重ねようと、現実社会の中で彼らの主張が生き延びたのでは意味がない。インターネットの普及とともに彼らのデマ宣伝が現実社会において一定の効果を持つことも十分に懸念された。そんな状況の中、千葉が初めて矢野・朝木を提訴したのがこの裁判だった。
                                                     (宇留嶋瑞郎) 


(その2へつづく)



テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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創価問題新聞事件 第2回
「草の根掲示板」の支配者

 本題に入る前に、初代「創価問題新聞」の閉鎖と重要な関係があると推測できるもう1つの出来事についてお話ししておきたい。

「創価問題新聞」には「草の根掲示板」という掲示板があった。この掲示板は投稿は自由だが、ひとたび矢野・朝木の主張に疑問や異論・反論を唱えたら最後、ただちに MIDNIGHT MESSENGERあるいはTWILIGHT MESSENGERなるハンドルネームの投稿者が現れ、交代で袋叩きにしたあげく、一方的に勝利宣言するという光景が繰り返された。掲示板を舞台にした言葉による公開処刑さながらだった。「管理人」あるいは「管理人代理」なる者が出てきて「矢野議員・朝木議員に対する名誉毀損」を理由に一方的に投稿を削除することもあった。

 矢野も朝木も「草の根掲示板」に登場することは1度もなかったが、当然MIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERが矢野側の人間であることは明らかで、むしろたとえば今日あった裁判の詳細をその日のうちに把握しているなどの投稿内容をみると、この2人が矢野・朝木にきわめて近い人物であると推測された。あるいは、最近右翼の街宣活動に参加し、「追悼」集会にも参加したらしい矢野・朝木の支援者であるNは「MIDNIGHT MESSENGERは矢野議員、TWILIGHT MESSENGERは朝木直子議員」と断定し、「なぜ実名で堂々と書き込まないのか」と詰め寄ったほどだった。正論というべきだろう。

 Nは(敗訴が続いたため)支持者に裁判の報告をしない矢野・朝木に対して「報告すべきだ」と当然の疑問を呈したにすぎなかった。たったそれだけのことが発端となり、NはMIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERから集中砲火を浴びたのである。本人が覚えているかどうかはともかく、当然NはMIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERから激しい非難を浴び、「創価の仲間」呼ばわりされ、ついには掲示板から追放された。しかしいまだに街宣に参加しているところからすると、Nはもうそんなことは忘れているらしい。あるいはよほど寛容な人物なのだろう。

比類のない雑言

「草の根掲示板」では、矢野・朝木に対する批判に対しては一方的な集中非難、削除が頻繁に行われたが、その一方で矢野・朝木の敵側の人間に対する誹謗中傷に類する投稿に対してはきわめて寛容という偏向的管理姿勢もきわめて顕著だった。とりわけMIDNIGHT MESSENGERの千葉に対する投稿内容は常人の域をはるかに超えるものとしかいいようがなかった。今はもう見ることのできない、自然な四国訛りを感じさせる比類をみない雑言の数々をごらんいただきたい。



もうひとつ、ある!「ウリシマタロー」やい 投稿者:MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月9日 
 あのな、あの殺人事件の現場のビルじゃ、東村山駅のそばの朝木議員が落とされて殺されたあのビルじゃ。あのビル2階で「焼肉や」の店員が朝木議員の持ってた金色のはでなわっかのついた「かぎ束」ひろたちゅうて、交番にとどけたはええが、警察のよびだしにも、地検の呼び出しにも拒否したあの「焼肉や」じゃ。東村山警察の千葉のあほが、証拠消すために、立ち入り禁止のロープも貼らんかったよって、野次馬から「ブンヤ」まで、あのビル中をじゃ、さがしまわったのに、でてこんかった「かぎ束」が12時間もたって、この2階の「焼肉や」の裏口ドアあけたところで、見つけたちゅうて、駅前交番に持ってたのが、この「焼肉や」の女じゃ。名前もわかっとる。……東京地裁の裁判官・下田め、「掻垢」を勝たせたんじゃ、あいつは、臭い!「掻垢」じゃ。風呂に入ってない、臭い!ぷんぷん、におうぞー!

※(事実かどうかは別にして、事件に関する主張は矢野のまったくのコピーである。私は矢野と朝木から何度も「臭い」「風呂入れよ」などといわれたことがある)

あはれじゃから、ひとつだけ、おしえといてやろートーメイこと「うりしまたろー」 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月9日
 東村山署の元・副署長じゃった千葉じゃ、千葉英司のどあほ、でもじゃ、「朝木議員が自殺した」ちゅうなんぞ、言ってないちゅう、証言を法廷でしたちゅうことは、ちゃあんと、情報はいっとる、何とか企画ちゅう「虫害日報」以下のあほ、そうじゃ「○○きかく」のあほが「ウシオ」にあほ記事書いたがじゃ、「警察は自殺と断定」ちゅう、記事書いて、あのあほの千葉から「そんことゆーとらん」ちゅうこと、法廷でバラされてしもうて、大恥かいたのもしらんのか、おまえも、なーんも、しらんで、よーこの掲示板でてくるのう、そうとうの「どあほ」じゃ、やっぱり、なあ。「○○きかく」の「○○」にきけ、このうすらばか!

※(この人物は証人尋問の内容、「ウシオ」執筆者の会社名まで知っているようだが、矢野が第三者に対してここまで細かく教えたというのは考えにくい。よくわからないが、どうもこのMIDNIGHT MESSENGERは「うりしま」が「トーメイ」のHNで掲示板に投稿していると勘違いしているらしかった。そういえば、私は矢野から「ネットカフェに行ってるらしいな」などと探りを入れられたことがある。もちろん私がこの掲示板に投稿したことはない)

「ウルシマタロー」のトーメイ、もひとつ、おしえたろか 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月9日
 あのあほの千葉はじゃ、証拠、消しくさった千葉じゃ、あいつは、いまはじゃ、どじのなれのはてじゃのう、「すりチカン」係り、やっとる。鉄道警察隊のぞいて、やってくれや!やりすぎるとのう、しまいは、あはれじゃ。

※(「どじのなれのはて」が誰かについては異論もあろう。千葉が「やりすぎた」というが、これは第三者の言葉とは思えない)

[ 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年9月10日
 ……ところがじゃ、「透明人間」こと、「らんほう」こと「掻垢」の手先・「月刊タイムズ」に巣食っておる「宇留嶋瑞郎」はじゃ、指名して、わしに小生意気、言ってきよったくせして、わしの一太刀に、なんの反論もできずにおる。
 しかもじゃ、「警察が朝木明代議員は自殺と断定した」うんぬんと大嘘かきくさってながら、らじゃ(あほの千葉ですらじゃ、こんなことはいっとらんのんじゃ)……。

※(私が投稿したとまだ勝手に思い込んでいる)

つかいふりしのアホネタじゃ 投稿者: MIDNIGHT MESSENGER 投稿日 平成12年11月4日
「店側は朝木市議が同日来店しなかったこと、同市議が他人の領収書の写しを後日もっていったことを証言した。」ちゅう、なんの根拠も証拠もないこつ、わめいとるな。いよいよ、おいつめられたようぢゃ。わしは、この点も十分に東村山市で調査したんぢゃ。先ず第一にぢゃ、95年6月19日午後、朝木明代議員と矢野議員がこの「びっくりドンキー」東村山店に来店してないなんちゅう証言は、店関係者は誰もしてないな!ふれまわっとるとすればぢゃ、千葉英司副署長らクサーイ連中のでっちあげぢゃ。

※(普通は裁判当事者か、つぶさに取材している者にしか把握し得ない情報である。「まず」を「先ず」と表記する例はあまり見ないが、矢野の準備書面では必ず「まず」が「先ず」と表記される)

いまさらでもないで 投稿者:M 投稿日 平成14年3月25日
■矢野議員はんや朝木議員はんの周辺の話しではぢゃ。千葉ちゅうのは、警察定年でひまちゅうこともあるが、自分に関係ない裁判まで、せっせと傍聴しに、きちょるそうぢゃ。
■しかもぢゃな、掻垢手先のウリシマとなかようしとるのを隠しもせんよってに、これはもう、掻垢側の人間ぢゃろ、いまさらゆうまでもでもないがの。
■こうゆうのが、警察におるんからこまったもんよ。
■警察だけやないがな、ほれ、地検八王子支部の朝木明代議員殺害事件当時の事件担当検事・信田昌男と地検支部長・吉村弘が掻垢信者ちゅうことは、裁判所でも認定された事実ぢゃからの。
■オウムの事件をオウム検事が捜査でけるか!これはもう、疑惑のレベルやないで。

※(MIDNIGHT MESSENGERはいつの時期からかMに短縮された。本件裁判で問題とされた『東村山市民新聞』の記載②と内容的に同一)



 MIDNIGHT MESSENGERほか矢野・朝木自身によるとみられる4年分の投稿は膨大な数にのぼるが、一般人が一時に読むにはもう限度と思う。

削除要求に応じた矢野と朝木

 千葉はこれらの投稿によって名誉を毀損されたとして平成15年1月21日、矢野と朝木に対して削除と謝罪を求める内容証明を送付した。これに対して矢野と朝木は謝罪には応じなかったもののMIDNIGHT MESSENGERおよびMの名誉毀損発言を削除した。さらに千葉は同年2月25日、重ねて謝罪とMIDNIGHT MESSENGERおよびMの身元を明らかにするよう求める内容証明を送付したが、これに対する回答はなかった。

「草の根掲示板」における誹謗中傷は千葉や私に対するものだけではなかった。「草の根掲示板」が開設された当時はまだプロバイダ責任法もなく、匿名での投稿はそれが人権を侵害するものであっても発信元が特定されないかぎり責任を問うことはできなかった。そのインターネットの法的不備を見逃すことなく最大限に利用しようとしたのが矢野・朝木だった。仮にMIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERが矢野・朝木ではなかったとしても、掲示板を運営する者として彼らの雑言の数々を放置することは許されない。

 平成14年5月にはプロバイダ責任法が施行され、投稿者の身元が明かされなくても管理人の責任が問われることになった。「草の根掲示板」を放置しておけば、千葉以外の者からも提訴される可能性が十分にあった。MIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERが誰なのかを追及される恐れもあろう。矢野は千葉が2度目の内容証明を送付してからほどなくして「草の根掲示板」を閉鎖。その2カ月後には本体である創価問題新聞も全面的に閉鎖したのである。


(その3へつづく)




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