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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第3回
 上告理由書のもう1つの主張の柱は明代の万引き事件に関してである。矢野と朝木はこう主張している。

本筋を離れた主張



〈原判決は、1995年7月22日付捜査報告書に貼付された防犯ビデオ写真(捜査時写真)と再現写真(乙31=万引き事件当日の明代の服装であるとするキャッシュコーナーの写真、乙32=同じ服装のファミレス駐車場で撮影したカラー写真)について、以下のように、証拠の評価を誤った違法があり、ひいては事実を誤認したものといわざるを得ず、また、これが単なる事実認定上の問題にとどまらず、法律判断を誤り、判決に影響することは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとなることは明らかである。〉



 矢野と朝木は東京高裁判決のどの部分が「証拠の評価を誤り」、「事実を誤認した」と主張しているのか。彼らは続けて原判決を引用し、それに対する反論を以下のように述べる。



〈すなわち、原判決は、以下のとおり判示している。

「東村山署は、本件窃盗被疑事件の書類送検後に、明代が本件窃盗被疑事件が発生したとされる時刻前に銀行のキャッシュサービスコーナーに寄ったことについて裏付け捜査をし、銀行の監視カメラにより明代を斜め後方から撮影した白黒の映像(写真)を入手し、捜査資料として追送致した。これに対し、控訴人らは、その写真の閲覧ができなかったため、控訴人朝木において明代が当日着用していたとする服装を着用して再現写真(乙31)なるものを撮影、作成した。

 そして、……(S新聞事件)において平成12年2月7日に実施された○○(万引き被害者)の被告本人尋問において、○○(万引き被害者)は、明代の服装について、グリーングレーのパンツスーツに黒の襟の立ったチャイナカラーのブラウスに黒っぽいバッグを持っていた、監視カメラの写真と上記再現写真とは服装の雰囲気が違うような気がするなどと供述した。また、同日に実施された被控訴人(千葉)の証人尋問において、被控訴人は、上記再現写真は監視カメラの写真と服が同じか断定できないが、雰囲気としてよく似ている、監視カメラの写真の服装等と○○(万引き被害者)の供述はほぼ一致していた、……などと供述した。

 なお、控訴人ら(矢野、朝木)は、平成10年3月3日にも、明代の服装の再現写真(乙32)なるものを撮影、作成しているが、2枚の再現写真の服装が同一であるとは判定できない。

 原判決の前記判示のうち、太字傍線部2箇所は全く客観的事実に反する。すなわち、「控訴人らは、その写真の閲覧ができなかったため、」と原判決は断定するが、これは、全く客観的真実に反する。このことは、「監視カメラの写真(捜査時写真)」が1995年7月22日付け捜査報告書に貼付されていた事実を申立人らが知っていることは、すでに申立人らが「監視カメラの写真(捜査時写真)」を現認した事実を示す明らかな証左であって、その記憶に基づいて「再現写真」が撮影されたことも明らかなのであって、この再現写真によって、洋品店主○○が目撃した「チャイナカラー」のブラウスを着用した「万引き真犯人」と「監視カメラの写真(捜査時写真)」つまり「再現写真」に写った朝木明代議員の服装は一致しておらず、朝木明代議員は「万引き犯」でないことが……判明したのである。〉(下線は矢野



 さらに矢野と朝木は、監視カメラの写真(捜査時写真)を見たとする状況について次のように主張している。



〈朝木直子は、同年(平成7年)11月、同地検支部で本件朝木明代議員関係事件に関して事情を担当信田検事に話した際、同検事が1995年7月22日付前記「捜査報告書」に貼付された「写真」(「捜査時写真」)に映った朝木議員の服装を閲覧させたため、見入ることができ、その後も別の検察官から、控訴人矢野、同朝木はこの写真(「捜査時写真」)を見せられたので、朝木明代議員の「万引き事件」当日の服装は鮮明に記憶に残った。〉



 つまり矢野と朝木は、捜査報告書に貼付された「監視カメラの写真」を「閲覧」していて、それを鮮明に記憶できたのだから、彼らがその記憶に基づいて作成した「再現写真」の明代の服装は「監視カメラの写真」と同一なのだといいたいらしい。

 矢野と朝木が検察官から「監視カメラの写真」を見せられたことはおそらく事実だろうと私はみている。そうでなければ、白黒にすれば「監視カメラの写真」によく似たものになる「再現写真」を作ることはできない。検察官は明代の万引きが事実で、言い逃れできるものではないことを彼らにわからせるために、被害者の供述と一致した「監視カメラの写真」を見せたのではないかと私は推測している。

 ただ、検察官が彼らに「監視カメラの写真」を見せたということが東京高裁判決のいう「閲覧」にあたるかどうかは別問題だろう。通常、裁判書類の「閲覧」という場合には手続きが必要で、刑事裁判書類の場合には公判終了後に限られる。明代の万引き事件は「被疑者死亡により不起訴」で終結しているから当然、「閲覧」の対象とはならない。通常の手続で刑事訴訟記録を閲覧できた場合には、当事者や代理人であれば捜査記録のコピーすることもできる。したがって、矢野と朝木が本当に「捜査時写真」を検察官から見せられたとしても、それは厳密な意味での「閲覧」とはいえず、東京高裁の「写真の閲覧ができなかった」とする認定は必ずしも誤りとはいえないことになる。

地検に「本物」を提出しなかった不思議

 また、矢野と朝木が検察官から見せられたことをもって「閲覧」したといえたとしても、彼らはなぜたんに「記憶にとどめる」だけでなく、「監視カメラの写真」をコピーすることを要求しなかったのか。弁護士もついているのだから、彼らが本気で服装の違いを訴えたいのなら「明代の無実を証明するため」としてコピーを要求し、それが「再現写真」と同一なのであれば、その「ベージュ」のパンツスーツを地検に提出すればよかったのではあるまいか。

「ベージュ」の上着には、裾が紐で絞れる構造になっているという特徴があり、ブラウスにも襟の立ったチャイナカラーという特徴がある(彼らの「再現写真」のブラウスは襟の立っていない普通の形状のブラウスで、明らかな違いがある)。それを「監視カメラの写真」と照合し、一致すれば、平成7年の段階で明代の無実が証明でき、「自殺説」を否定する重要な材料となっただろう。

 しかし、これまでの訴訟記録のどこを探しても、矢野と朝木が検察官に対して「監視カメラの写真」のコピーを要求したという話はまったく出てこない。また、朝木がそのスーツを着て写真撮影したのは平成10年3月3日である。この間になぜ3年以上の時間を要したのだろう。

 さらにその「再現写真」を公にしたのが、その2年後の『聖教新聞』裁判の被害者に対する尋問の場だったのはなぜなのか。裁判は平成8年に始まっていた。「再現写真」が本物だというのなら、裁判の途中で彼らの主張する「明代の服装」を明らかにすることに何の支障もあるまい。しかし矢野と朝木は、万引き被害者に対する尋問の日まで「再現写真」を明らかにはしなかった。これは不思議なことではあるまいか。

 いずれにしても、重要なのは朝木が母親の明代に扮し、矢野が撮影させた「再現写真」が本当に万引き事件当日の明代の服装だったかどうかである。矢野と朝木が地検で「監視カメラの写真」を仮に見ていたとしても、「再現写真」の服装が「監視カメラの写真」の服装と同一だったという客観的な裏付けはどこにもない。むしろ、法廷で「再現写真」を見せられた万引き被害者はその同一性を否定している。

 矢野と朝木は「監視カメラの写真(捜査時写真)」=「再現写真」とする強引かつ一方的な前提のもとに、「再現写真」を被害者が否定したことをもって「明代の服装は万引き犯の服装とは異なる」と主張している。しかし、そもそも「監視カメラの写真(捜査時写真)」=「再現写真」という主張にはなんらの裏付けもない。したがって、被害者が「再現写真」の服装が事件当日の明代の服装ではないと証言したことは、たんに「再現写真」がニセ物であるという以上の意味を持たないのである。

 したがって、東京高裁の「閲覧ができなかったため」という認定が仮に「見ていない」という趣旨だったとしても、「再現写真」がニセ物であるという判断にはなんらの影響も及ぼさない。「見た」ものとその「再現写真」がただちにイコールであるという保証がどこにあろうか。矢野と朝木は東京高裁の「閲覧ができなかったため」などという文言をあげつらう前に彼らの「記憶」が間違っていないことを立証しなければならない。

 はっきり記憶したというのであれば、万引き当日の明代の服装を矢野と朝木はなぜただちに探し出し、地検に提出しなかったのか。彼らが主張するベージュのスーツには特徴があるのだから、探すのはそう難しくはなかったはずである。本物と主張するにもかかわらず、そのスーツを地検に提出しなかった事実もまた「再現写真」がニセ物であることを示している。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第4回
 上告理由書ではもう1点、万引き被害者と千葉元副署長の「聖教新聞」裁判における供述をめぐり、客観的な前提を欠く主張を展開している。

きわめて正当な認定

 被害者は「聖教」裁判で、矢野から「再現写真」を見せられ、そこに映った明代の服装が「万引き当日のものとは違うようだ」と供述。千葉は「断定できないが、雰囲気としてよく似ている」(趣旨)と供述している。東京高裁は被害者と千葉の供述を次のように評価し、明代が万引き犯ではないとする矢野らの主張を退けた。

〈控訴人ら(矢野と朝木)が明代の服装として作成した再現写真と明代の監視カメラの写真について、○○(万引き被害者)は、服装の雰囲気が違うような気がすると供述し、被控訴人(千葉)は、服が同じか断定できないと供述しており、被控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成しているところ、控訴人らは、アリバイの裏付資料としてアリバイを裏付けることのできないレジジャーナルを提出するなどしていることに照らすと、他に本件窃盗被疑事件の真犯人の服装と明代の服装が異なることを認めるに足りる証拠はない。……
 以上によれば、明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉

 ほぼ正当な認定判断である。

客観的前提を欠いた主張

 しかし、この東京高裁の判断に対し、矢野と朝木は上告理由書でこう反論した。



〈原判決は、洋品店主○○は「監視カメラの写真と上記再現写真とは服装の雰囲気が違うような気がするなどと供述した」と認定し、一方、相手方千葉は「被控訴人は、上記再現写真は監視カメラの写真と服が同じか断定できないが、雰囲気としてよく似ている」と供述した旨認定した。

 結局のところ、相手方千葉は、「監視カメラの写真(捜査時写真)」=「再現写真」であると供述したのに対して、洋品店主○○は「再現写真」≠「監視カメラの写真(捜査時写真)であると供述し、客観的にみて、洋品店主○○が目撃した「万引き犯」の服装は「再現写真」とも「監視カメラの写真(捜査時写真)」とも一致することはありえないにもかかわらず、原判決は、何の理由も示さずに「監視カメラの写真等と○○(被害者)の供述はほぼ一致していた」としたのである。

 しかも、これに加えて、原判決は、千葉証人証書に明確に記載された以下の相手方千葉の供述のうち、一部分だけを切り取って、趣旨が全く逆に加工、変造しているのである。

 相手方千葉の供述は、「服もちょっと断定はできませんが、雰囲気としてはよく似ておりますね。鮮明ですね。撮影を教えていただければ幸いですか。」であるのに対して、原判決の認定は以下の通りである。

「しかしながら、控訴人らが明代の服装として作成した再現写真と明代の監視カメラの写真について、○○(万引き被害者)は、服装の雰囲気が違うような気がすると供述し、被控訴人は、服が同じか断定できないと供述しており、被控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成している」

 要するに、原判決は相手方千葉が「断定はできませんが、雰囲気としてはよく似ておりますね。鮮明ですね。……」と供述し「よく似ている。鮮明だ」としているのを「被控訴人は、服が同じか断定できない」と供述したように相手方千葉の供述内容を作り変えた上で、「被控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成している」と決め付けている。

 因って、原判決には、「監視カメラの写真(捜査時写真)」及び「再現写真」に関する前記証拠の採否及び証拠の評価を誤った違法があり、ひいては事実を誤認したものといわざるを得ず、また、これが単なる事実認定上の問題にとどまらず、法律判断を誤り、判決に影響することは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとなることは明らかである。〉



 矢野は、千葉が「再現写真」と「捜査時写真」の服装が「同一」と認めたことにし、被害者が「再現写真」の服装と犯行当日の明代の服装が「違う」と供述したことを利用し、「犯人は明代ではない」とするややこしい詭弁を組み立てていたのである。もちろんその前提として、「再現写真」の服装が「捜査時写真」の服装と同一であることが客観的に証明されていなければならない。ところが、矢野はその同一性が自明であるかのように主張しているものの、彼らがそう主張しているだけにすぎず、なんら客観的な証拠はなかったのである(むしろ「再現写真」が、白黒にすれば「捜査時写真」に近くなるスーツを選んで本物に仕立て上げた「よく似たニセ物」であることは本連載第3回で述べたとおりである)。

 矢野は東京高裁が千葉の供述を逆の意味に「加工、変造している」などと主張しているが、「雰囲気としてはよく似ている」とする千葉の供述が「監視カメラの写真」と「再現写真」の同一性を認めたものでないことは明らかで、東京高裁の判断にはなんらの不自然もない。なお、「監視カメラの写真」も「再現写真」もモノクロのビデオを静止画像化したもので、そもそもそれほど鮮明なものではない。したがって、東京高裁が矢野の作出した「再現写真」とカラーの「再現写真」の同一性を認めなかった点も、写真の性能に起因するものと考えられる。

 本連載第3回で触れたように、「再現写真」が本物ならばわざわざ直子に着せて、たくぎんにキャッシュコーナーのカメラを借りて撮影するというような手の込んだことをする必要はない。ベージュのスーツが本物と主張するのなら、現物を地検に持ち込む方がより確実にしかも早く明代の万引き犯の汚名を晴らすことができるのである。

 矢野と朝木がそれをしなかったのは、明代の犯行時の服装は被害者の証言どおり、グリーングレーのパンツスーツにチャイナカラーのブラウスだったのであり、ベージュのパンツスーツではなかったからにほかならない。したがって、どちらもニセ物なのだから、2枚の「再現写真」が同一であろうとなかろうと、同一性の判断が判決に影響する余地はない。最高裁が矢野の上告理由を棄却したのはきわめて妥当な判断だったのである。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第5回
「創価問題新聞」裁判の控訴審判決で東京高裁は、朝木明代の「万引き」とそれを苦にしたとみられる「自殺」について、矢野と朝木がそれを否定するために持ち出した「目撃者証言」、「万引き当日の明代の服装の再現写真」(以上、万引き事件)、「上腕内側部の皮下出血の痕に関わる法医学者の鑑定」(転落死)をすべて否定し、

〈明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

〈本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

 と結論づけた。この東京高裁とその判断を追認した平成21年7月3日の最高裁判決ほど、矢野と朝木の主張する「万引き冤罪説」と「他殺説」を明確に否定した判決はなく、その点においてこの判決はきわめて重要な意味を持つ。

「創価問題新聞」判決を「否定した」という虚偽宣伝

 一方、矢野と朝木が「万引き冤罪」と「他殺」を主張して平成15年に発行した『東村山の闇』の記述をめぐる裁判では平成21年3月25日、東京高裁は一審判決を覆して千葉の請求を棄却する判決を言い渡し、「創価問題新聞」の最高裁判決から11日後の平成21年7月14日、最高裁は千葉の上告を棄却する判決を言い渡した。裁判官は独立した存在で、法律と最高裁判例以外には拘束されないとはいえ、同じ事件をめぐる裁判であるにもかかわらず、主文においてなぜこれほど正反対の判決になったのか。

「東村山の闇」事件の最高裁判決後、矢野はホームページでこう書いている。



〈7月14日、最高裁は、千葉元副署長の申し立てを却下する決定を行い、最終的に、矢野、朝木両議員の勝訴が確定しました。
 この結果、千葉元副署長が、これまで矢野、朝木両議員を提訴した合計11件の裁判がすべて終了し、最高裁の最終的な朝木明代議員殺害事件に対する判断が示されたことになります。〉

〈この最高裁決定の11日まえの7月3日には、同じく千葉副署長が提訴していた「創価問題新聞」で、最高裁は、東京高裁(7民)の事実を意図的に書き換えた判決を追認する決定をだしていましたが、最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります。チバ元副署長、ごくろう様でした。〉



 矢野は「千葉元副署長が、これまで矢野、朝木両議員を提訴した合計11件の裁判がすべて終了し、最高裁の最終的な朝木明代議員殺害事件に対する判断が示された」と、あたかもその11件の裁判に連続性があるかのように主張し、その上で「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります」と書いている。矢野は「最後の判決」である7月14日の最高裁判決で勝訴した自分が最終的には勝ったと主張しているのである。つまりこう書くことで矢野は、「万引き冤罪」と「他殺説」が認められたのだといいたいらしい。

 しかし、裁判官の独立は憲法で保証されているから、裁判官を拘束するものは法律と最高裁判例以外にはない。たとえ同一の事実背景を持つ裁判であってもそれぞれの裁判はすべて独立したもので、矢野のいう11件の裁判にしても、訴えの対象は時期、媒体、表現が同一ということはなく、事実認定の部分で心証として裁判官の判断に影響を与える可能性はあっても、裁判そのものの連続性は存在しない。したがって、「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります」とする矢野の主張は虚偽あるいは情報操作にほかならないことになる。矢野はこう主張することによって「創価問題新聞」判決を否定したかったのである。

「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判の違い

 では、「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判で正反対の判決となったのか。問題となったそれぞれの表現を確認しておこう(いずれも一審判決で名誉毀損が認められたもの)。



「創価問題新聞」裁判の表現

(見出し)
〈証人尋問〉〈「謀殺」の構図が〉

(本文)
〈前号予告の通り、朝木議員殺害を、自殺扱いした千葉元副署長の証人尋問が2月7日に、「冤罪」の朝木明代議員を「万引き犯」と決め付けた○○洋品店主(万引き被害者)の尋問が2月7日と23日に行われました。
 が、千葉副署長は、熊谷グループと一緒に、自分と関係がない事件なのに○○(万引き被害者)尋問を傍聴。7日も23日も尋問終了後、○○店主夫婦と千葉副署長は人目もかまわず、法廷の外で公然と打合せ。誰がみても、グルになっている風景です。
 ○○店主の目撃証言や千葉元副署長の捜査が全くデタラメだったことが判明しましたので、次号から連載で報告を掲載します。〉

「東村山の闇」の表現

〈「事件の中で登場する『キーパーソン』の何人かについて触れておくことにしたい。」
「第二番目は、(中略)東村山警察署の千葉英司副署長。このひとも重要な登場人物だ。千葉副署長は、朝木明代議員事件の捜査責任者であり、報道関係者に対する広報責任者である。この千葉副署長は、1995年7月12日に朝木明代議員を『万引き容疑』で書類送検した。1995年9月1日の殺害事件発生直後は、捜査結果判明した事実をどんどん書き換え、『自殺説』を広報した。」〉

〈千葉副署長の「万引き」、「自殺」という判断も、2002年3月28日の判決によって否定された。また、報道関係者に対して発表した内容が、ころころ変わっていった。〉

〈東村山警察は動かなかった。動かないだけでなく、朝木明代議員自身が「飛び降りてない」というダイイング・メッセージをはっきり残しているにもかかわらず、事実を書き換えるようにして、自殺説をことさら強調していった。千葉英司副署長が、事実と異なる広報をしたり、ろくな捜査をしていない点を週刊誌の記者が指摘すると、逆ギレして、出入りを禁止するなどした。真剣な「捜査」がなされる様子は全くみられなかった。〉



「創価問題新聞」と「東村山の闇」とでは表現が異なっており、双方がまったく別の裁判であることは明らかである。だが、いずれの記事も、趣旨としては千葉が「ろくな捜査もせず、朝木明代を万引き犯扱いし、転落死も他殺であるにもかかわらず自殺として処理した」とするもののように思える。にもかかわらず、判断が分かれた理由はどこにあったのだろうか。

 また本当に、「東村山の闇」裁判の最高裁判決が、矢野と朝木が主張するように「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これら(『創価問題新聞』裁判の高裁および最高裁判決)をすべて否定する最終的判断を下したことになります」と評価すべきものなのか。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第6回
「事実摘示」か「論評」か

 記事の表現をめぐる名誉毀損の裁判では、記事内容が事実を摘示するものか論評であるかによって立証責任の度合いが異なる。記事が「事実摘示」と判断される場合には、被告は摘示した事実が客観的に真実であること、あるいはそれを客観的真実であると信じたことについて相当の理由があったことを立証しなければならない。

 一方、記事が「論評」と判断される場合には、論評の前提となる事実が客観的に真実であることの立証までは求められず、被告は論評の前提について相当と認められる理由(それなりの理由)があったことを立証すればいい。つまり、名誉毀損とされた記事が「論評」と判断される場合には、論評の前提が客観的真実に基づいたものであるかどうかは、名誉毀損の有無の判断とは関係がないとされているのである。

 では、「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判において、東京高裁は名誉毀損の有無を判断するにあたり、その前提としてそれぞれの記事をどう位置づけ、どんな立証が必要であると判示しているのか。それぞれの判決文から該当個所をみよう。



「創価問題新聞」裁判

〈本件記事1は、東村山署副署長として捜査に当たった被控訴人(千葉)が、殺人事件(他殺)である本件転落死を自殺扱いしたとの事実、及び明代が万引きをしていない(えん罪)にもかかわらず、明代を被疑者として本件窃盗被疑事件を捜査した事実を摘示し、これらの事実を前提として(捜査の具体的な内容については事実の摘示を全くしていない。)、被控訴人のした捜査が全くデタラメであったという控訴人らの意見ないし論評を表明しているものと認めるのが相当である。〉

〈本件における……真実性及び相当性の証明の対象となる事実は、本件転落死が殺人事件であること、及び明代が万引きをしていないこと(本件窃盗被疑事件がえん罪であること)である。〉

「東村山の闇」裁判

〈本件は、……本件窃盗被疑事件について明代を犯人と即断して捜査を尽くさないまま書類送検し、本件転落死についても、「万引きを苦にした自殺」というシナリオを描き、早々に自殺説を打ち出して外部に広報し、他殺の証拠を無視するなどして捜査をねじ曲げたもので、適正、公正を欠くと、被控訴人(千葉)の職務(捜査や広報)のあり方を批判するものであるから、全体として意見ないし論評の表明に当たると捉えるのが相当である。〉

〈したがって、行為者(この場合は矢野と朝木)において上記意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されることになるから、まず、控訴人ら(矢野、朝木)において、上記の意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があったか否かを検討することとする。〉



 こうに並べてみると、2つの裁判において裁判所が記事の性質をどう捉え、何が真実性・相当性の証明の対象であると判示しているか明らかだろう。「創価問題新聞」裁判では「本件転落死が殺人事件であること、及び明代が万引きをしていないこと(本件窃盗被疑事件がえん罪であること)」であり、「東村山の闇」裁判では「控訴人ら(矢野、朝木)において、上記の意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があったか否か」である。

 つまり、「創価問題新聞」裁判では客観的な真実性・相当性の証明が要求されているのに対し、「東村山の闇」裁判では客観的な真実性・相当性の証明を要求せず、論評の前提としている事実の重要な部分について「控訴人らにおいて」のみ真実と信じた相当の理由があればよいとした。その結果、東京高裁は矢野と朝木が明代の転落死について「他殺」と信じたこと、万引きについても「えん罪」であると信じたことについて「相当の理由がないとはいえない」と結論付け、千葉の請求を棄却したのである。

 したがって、「創価問題新聞」裁判と違い、「東村山の闇」裁判では一方的に矢野らの主張について検討したのみで、東村山署の捜査結果など客観的証拠に照らしてその真実性が検討されたわけではない。矢野と朝木がそう信じたことにはそれなりの理由がなかったとはいえない、と判断したにすぎないのである。違法性判断の前提として「東村山の闇」の記載を論評と認定したことが千葉の請求棄却という判決につながったということだった。「事実摘示」か「論評」かが、2つの判決の分岐点となったのである。

否定されていない「創価問題新聞」判決

 こうみてくると、「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判の2つの裁判に連続性があるかのように主張し、7月14日の「東村山の闇」判決によって「創価問題新聞」判決が否定されたとする矢野と朝木の主張がいかに判決内容を無視したものであるかがおわかりいただけるのではあるまいか。

 矢野と朝木の立証と東村山署の捜査に基づく千葉の立証のどちらに真実性があるかを比較検討した上で、

〈明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

〈本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

 と結論づけた東京高裁判決は、なんら否定されてはいないのである。明代の「万引き」と「転落死」の客観的真実を評価するにあたり、2つの判決のどちらが重要であるかはいうまでもあるまい。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第7回
判決の趣旨を改ざん

「創価問題新聞」裁判の判決と「東村山の闇」裁判の判決を読み比べれば、2件の裁判に連続性は存在しないこと、「創価問題新聞」裁判では真実性の検討が行われているが「東村山の闇」ではいっさい行われていないことを理解するのは難しい話ではない。したがって、明代の「万引き」と「転落死」に関して「明代の万引きが冤罪」であるとは認められず、転落死が「他殺」であるとは認められないとする事実認定を行った「創価問題新聞」判決の方が重要であるのは明らかだった。真実性の認定に関して、「東村山の闇」判決はなんらの影響力も持ち得ないのである。

 ところが矢野と朝木は、「東村山の闇」裁判の最高裁決定によって、あたかも「創価問題新聞」裁判の高裁判決が否定されたかのように主張する一方、次のようにも書いている。



〈最高裁で確定したこの判決は、朝木明代議員殺害事件を「万引き苦に自殺」と結論づけた千葉元副署長の指揮した捜査が不十分と言われても仕方がない点があり、朝木明代議員殺害事件に関する、矢野議員と朝木直子議員が出版したこの「東村山の闇」という著書の記述には、違法性がなく不法行為は成立しないとし、矢野議員らが逆転勝訴が確定しました。〉



 この記載によれば、あたかも「東村山の闇」裁判で東京高裁が「千葉元副署長の指揮した捜査が不十分と言われても仕方がない点がある」と認定したかのように読めるだろう。しかし、東京高裁が「千葉の捜査が不十分といわれても仕方がない点がある」などと認定した箇所は判決文のどこにも探すことはできない。矢野の使用した文言に則していえば、東京高裁は「矢野と朝木が『捜査は不十分』と言ったことには、(客観的事実とは別に、矢野と朝木において)理由がなかったとはいえない」と述べたにすぎない。

 矢野はこう書くことによって、「東村山の闇」判決があたかも彼らの主張する「万引き冤罪説」と「他殺説」を認めたかのように思わせたかったのだろう。そうでなければ、「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これら(「創価問題新聞」判決)をすべて否定する最終的判断を下したことになります。」とはいえないからである。

 しかし判決文を読めば、東京高裁が「千葉の捜査が不十分といわれても仕方がない点がある」などと認定した事実がないことは容易に判明する。判決文まで精査する一般読者はいないと彼らは踏んでいたのだろうか。

 平成21年4月に発行した政治宣伝ビラ「東村山市民新聞」で矢野は「他殺判明の朝木明代議員殺害事件の犯人逮捕へ!」と書いている。まるで犯人が特定されたかのような口ぶりだが、こんなデマ宣伝を行ってきた矢野にとって、彼らの主張をことごとく具体的かつ明確に否定した「創価問題新聞」判決ほど不都合なものはなかった。だから矢野と朝木は、判決の趣旨を改ざんしても、「東村山の闇」判決によって「創価問題新聞」判決が覆されたと主張するほかなかったのだと理解できよう。

普通ではマネのできない発想

 矢野が明代の「万引き」と「自殺」を否定するために出してきた最後の切り札ともいえる法医学の権威による司法解剖鑑定書の「鑑定書」と朝木にニセの服を着せた「再現写真」を真っ向から否定した「創価問題新聞」判決が矢野と朝木にとってどれほど痛手だったかは、最高裁決定後の異常な狼狽ぶりからもうかがえた。

 最高裁が矢野と朝木の上告受理申立を受理しない決定を出したのは平成21年7月3日である。決定書は簡易書留でその日のうちに発送され、翌7月4日午後2時ごろ、千葉は決定書を受領している。ネット上に「矢野の上告棄却」の情報が流れたのは同日夜である。千葉が決定の内容を誰かに知らせたとすれば、その内容がネット上に流れたとしてもなんら不思議はないし、何の問題もない。

 ところが、7月4日の段階でまだ決定書を受領していなかったらしい矢野は、インターネット「東村山市民新聞」でこう書いたのである。



〈7月5日現在、最高裁決定の通知は当事者に届いていないが、7月3日に決定したとの「事実」が、なぜか7月4日にはネット上で公表されている。〉



 ここで矢野がいう「当事者」とは矢野と朝木のことを指していると思われるが、裁判の当事者は彼らだけではない。もう1人の当事者である千葉は7月4日に受領していた。矢野と朝木は代理人を立てていたため最高裁は代理人事務所宛に発送したが、7月4日は土曜日で代理人の事務所は誰もおらず、日本郵便は7月6日に再配達している。たったそれだけの話である。この経過のどこに不審な点があろうか。

 ところが矢野は、自分たちの敗訴確定をネット上で公表されたことが気に障ったのか、何の不自然もない公表の経過についておよそ常人では思いもつかないいいがかりをつけたのである。



(上記引用の続き)
〈このことは、最高裁内部に、創価のために情報収集活動をする職員がいるという事実が判明したということだ。最高裁は、この事実を踏まえ、厳正な処置をとるよう強く求めるものである。〉



 こんなことを求められても最高裁職員も困惑するだけだろうが、矢野には「万引き冤罪」と「他殺」の主張が完膚なきまでに否定された判決が確定した事実から読者の目をそらせようという狙いもあったのだろう。ただ、「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これら(「創価問題新聞」判決)をすべて否定する最終的判断を下したことになります。」という情報操作はともかく、「最高裁スパイ説」についてはあまりに荒唐無稽で、これを信用する読者はさすがにいないのではないかと、私は考えた。

 ところが、世の中は何が起きるかわからない。その後ほどなくして私は、自分の考えが甘かったことを思い知らされたのである。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第8回
珍しい一行

「創価問題新聞」判決をめぐる矢野と朝木の情報操作とデマ宣伝にいち早く同調を示したのは「行動する保守」と自称する者たちだった。そのうちの1人は、矢野が掲示した最高裁にスパイ活動の撲滅を求める「申出書」なるものをさっそく自らのブログに貼りつけた。

 この人物は法律関係の国家資格を持っているらしいから、裁判所の一般的な事務処理の実務に照らし、「矢野議員の言い分はもっともだ」と判断して掲示したのだろうか。その判断ははなはだ軽率ではないかと思うが、仮にただ引用しただけだったとしても、引用だからといって引用の内容に関して彼が責任を免れるわけではない。国家資格者の社会的信用に深い傷をつけることにならなければよいが。

 ところがその後、引用や同調とは比較にならない、通常ではあり得ない出来事が起きた。「東村山の闇」判決から10日後の平成21年7月24日、「行動する保守」の一行十数名が最高裁前にやって来た。もちろん一行は最高裁の見学に来たわけではなかった。彼らは明代の「万引き冤罪説」と「他殺説」を排斥した「創価問題新聞」判決を追認した最高裁に抗議するために来たのである。

 稚拙あるいは無知といえばいいのだろうか。最高裁に対する街宣などというものを発想すること自体、きわめて珍しかろう。裁判所という場所は法的根拠(最低でもそれらしきもの)をもって書面を提出すれば、大きな声を出さなくても対応してくれるが、通常の役所や企業などとは違い、ただ建物の前で大きな声を出したり抗議したからといってなんらかの対応をしたり、ましてなんらかの社会的、法律的効果を生むような機関ではない。「行動する保守」だから、社会常識など関係ないということなのだろうか。いずれにしてもきわめて珍しい一行というべきだろう。

はなはだしい考え違い

 最高裁前で最初にマイクを握ったリーダー格の「行動する保守」Aはこう口火を切った。



〈今月の7月3日と7月14日にですね、この最高裁判所で確定した高裁判決が2つあります。この2つの事件は原告被告が同じであり、同じ事件をめぐって名誉毀損で争われ、片方の裁判、当事者はですねえ、千葉英司という東村山署の副署長の訴えがこれが認められて、最高裁判所で確定しました。(筆者注=「創価問題新聞」事件)

 そしてもう1つ、14日にはですねえ、まったく同じ裁判で、同じ当事者同士で、しかも同じ事案を扱った事件で、今度はですねえ、東村山署の、東村山市議の矢野さんと朝木さんがですねえ、高裁で逆転勝訴したものが認められた(筆者注=「東村山の闇」事件)。つまり3日と14日、この間はたった11日しかありません。
 
 何がいいたいのかといえば、この最高裁判所においてですねえ、同時に1つの案件が審理されていて、まったく違ったですね、結論がこの最高裁判所によって確定したわけであります(デタラメだー)。……中略……

 であればですねえ、これは正していかなくてはなりません。なぜならば、真実は1つなんです。そのことに対してですよ、この3日の日と15日でまったく異なる最高裁の確定がなされた。この異常事態というかですねえ、この最高裁判所における、あえて申すならば、裁判というかですねえ、もっといわせていただけるならば、デタラメぶり、これを今日われわれは糾弾しにやってまいりました。

 この事件の詳しいことについて触れる前にですね、まず最初に断っておきますけれども、3日の最高裁判所における判決は、これは不当な判決の確定であります。そして15日におけるですねえ、最高裁の判決は、これはですね、これは正当で正しい判決であります。

 なぜならば、まず最高裁はですね、最初3日に下された不当な判決をですね、これを知らないはずはありません。にもかかわらず、その11日後にはですね、それとまったく逆な判決を確定させているわけですから、これはどう考えてもですね、この15日に下された判決の方が正しい判決である。そういうふうにわれわれは思っているわけであります。〉



 この「行動する保守」Aの論旨は、「創価問題新聞」事件と「東村山の闇」事件が同じ事案を扱った事件だから、先に出た判決よりも後に出た判決の方が当然正しいと主張しているものと理解できる。矢野の「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります。」とする詭弁を鵜呑みにしたのだろう。

 この2つの事件に対する裁判所の捉え方の違い、および2つの裁判に連続性がないことは本連載(第5回第6回)で説明したとおりである。「行動する保守」Aが、後から出た判決という理由で「東村山の闇」判決が正しく、「創価問題新聞」判決が間違っていると考えたとすればはなはだしい考え違いというほかなかろう。

 また確かに、「行動する保守」Aがいうように真実は1つである。しかし、そのことと裁判で名誉毀損が成立するか否かは別の問題で、1つの真実に対して裁判所が矛盾する態度を示したということを意味しているのではない。「行動する保守」Aは後から出た判決の方が正しいとし、だから「創価問題新聞」判決を糾弾するという主張らしいが、2つの判決の真実に対する態度は必ずしも矛盾するものではないということを「行動する保守」Aはよく理解していないように思える。

 2つの最高裁決定についてどう考えるかは自由だが、「行動する保守」のリーダー格としては、人前で考えを披瀝する場合には事前に熟慮した方がよかったのではあるまいか。リーダーが方向を誤れば、彼を信頼する者たちすべてが方向を誤ることになりかねないのである。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第9回
皮下出血を「圧迫痕」にすり替え

「創価問題新聞」判決と「東村山の闇」判決の関係性に関して「行動する保守」がいかに考え違いをしているかについては前回述べたとおりだが、判決における事実認定の内容を理解するには普通の読解力があればさほど難しいことではあるまい。「行動する保守」のリーダー的存在である右翼Aは続けて、「具体的にですねえ、前の判決(「創価問題新聞」判決)が何が間違っているか、……1つだけ訴えを絞ってですね、皆様たちにあるいはこの最高裁判所にですね、この声が聞こえているならば、ぜひとも訴えたいことがあります」と、「創価問題新聞」判決が「誤っている」とする箇所を具体的に挙げ、批判し始めた。



〈東村山市の朝木明代さんが、ビルから何者かによって突き落とされ、転落死したときにですね、東村山署はですね、解剖を行って、鑑定書を作っておきながら、その鑑定書をですね、何年間にわたってもこれをですね、公開せずに隠していた(とんでもないじゃないかー)。

 しかしこれはようやく、3年後だと思いましたけど、……この鑑定書に上腕、両腕の内側にですね、圧迫痕がみられました。この圧迫痕はですね、ちょうど人の指によってですね、つかまれた痕である。そして、それはですね、揉み合ったときに何者かによってつかまれて圧迫痕ができたということがはっきりと、これが法医学者によって明らかにされ、その鑑定書が裁判所にですね、民事訴訟でありますけど、その裁判所に提出されたわけであります。〉



 司法解剖鑑定書の作成や位置付けについては現実の捜査状況や事件に対する捜査機関の判断等によって異なる。「行動する保守」Aは「東村山署はですね、解剖を行って、鑑定書を作っておきながら」などときわめて大雑把に導入し、さらに「東村山署は……何年間にわたってもこれをですね、公開せずに隠していた」などと主張しているが、すべて虚偽である。

 司法解剖をしたからといってすぐに司法解剖鑑定書を作成するとはかぎらない。朝木明代の転落死の場合には、地検も東村山署も事件性があるとは認めていなかった。司法解剖の結果も、無数のアザがあったものの事件性をうかがわせる状況にはなかった。そこで司法解剖に立ち会った刑事が司法解剖医の所見に基づいて「司法解剖立ち会い報告書」を作成し、捜査書類に添付したのである。その内容はいうまでもなく、事件性をうかがわせるものではないし、「隠していた」などという事実も存在しない。

 続いて「行動する保守」Aは、明代の遺体の左右の上腕に「圧迫痕」があったというが、司法解剖鑑定書には「皮下出血の痕」とあるだけだから、これもきわめて正確性を欠く表現である。皮下出血の原因には圧迫もあれば打撲もあろう。この「行動する保守」は、現場も遺体も見ていない法医学者の「他人からつかまれた痕」という主張に説得力を持たせるために意図的に「皮下出血」を「圧迫痕」と言い換えたのだろう。

理解できない「誤読」

「行動する保守」のリーダーAの虚偽はさらに続く。 


 
〈千葉英司を勝たせた高裁の裁判官はですね、この鑑定書についているこのアザはですね、これは他人ともみ合ったときにつけられたものであるということが、これは認めたのですけれども、それがなぜ転落につながるのかと、転落死につながるのかと、そういうことについては推認できないと。そしてこれはですね、サインもしませんでした(鑑定書の意味がないじゃないか、これじゃー)。

 問題になるならば、法医学者が鑑定して申請したものをですねえ、これを裁判官が否定するにはですね、違う法医学者の鑑定書をですね、照らし合わせて、そしてどちらが正しいかを判断をすべきなんです。法医学者でもなんでもない裁判官がですね、その法医学者の鑑定書をもとにですね、アザはあるけれども、それはひょっとすると自分でつけたのかもしれないとかですね、あるいはなぜついたかのその理由も述べずに、それがその転落死と関係あると推認できないなどと、驚くべきですね、見解を出した(なんだそれー)。〉



 どうすればこんな嘘が次から次に出てくるのだろう。東京高裁が明代の上腕内側部の皮下出血の痕について「他人ともみ合った」ものと認めた事実はない。この点について東京高裁は判決で次のように述べている。

〈司法解剖鑑定書には、本件損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はなく、本件損傷の存在からは、鈴木医師の意見書に記載されているとおり、その生成原因として、明代が他人ともみ合って上腕を強くつかまれた可能性があることが認められるだけであり……〉

 これをどう読めば、「行動する保守」Aのいうように、東京高裁が「他人ともみ合ったときにつけられたものであるということが、これは認めた」ということになるのだろうか。

 また、「アザがなぜついたのかその理由も述べずに、それがその転落死と関係あると推認できないなどと、驚くべきですね、見解を出した」というが、東京高裁は判決文でこう述べている。

〈他の(筆者注=他人からつかまれた以外の)可能性を否定する根拠も十分なものでないと言わざるを得ず(鈴木医師が控訴人らから提供されて検討したとする乙56の1ないし8、57ないし61によって、他の可能性を否定することはできない。)、鈴木医師の鑑定書の上記記載は採用することができない。

 そして、司法解剖鑑定書の記載に加えて、前記認定の明代転落前後の状況(明代が転落前に人と争った気配はないこと、明代が転落後に意識があるのに、救助を求めていないこと、明代が落ちたことを否定したこと、明代が転落箇所から真下に落下していること等)を併せ考慮すると、明代が他人に突き落とされたもの(他殺)ではないことがうかがわれる。〉

 朝木直子から司法解剖鑑定書の「鑑定」を依頼された山形大学名誉教授の鈴木庸夫は、明代の上腕内側部の皮下出血の痕について、いくつかの可能性を検討した上で、他人からつかまれた以外に上腕内側部の皮下出血を引き起こすことは考えられないと結論付けた。これに対し東京高裁は、鈴木が挙げた以外にも皮下出血が起きる可能性もあり得ると判断し、鈴木の主張を退けている。東京高裁が上腕内側部の皮下出血の痕について「他人からつかまれたもの」と認定していないことは明らかである。東京高裁が「他人ともみ合ったときにつけられたものであるということが、これは認めた」とする「行動する保守」Aの主張がはなはだしい誤読に基づくものであることがわかろう。

 また「行動する保守」は東京高裁が皮下出血の原因を特定していないなどとも主張しているが、矢野が鈴木の「鑑定書」を証拠提出して「他殺の証拠」と主張しているのだから、東京高裁が判断すべきは皮下出血が「他人につかまれたもの(=他殺)」であるかどうかだけであり、その論拠として鈴木名誉教授の「鑑定書」が十分なものといえるかどうかである。したがって「アザがなぜついたのかその理由も述べなかった」などと非難するのはかなり的外れというべきではなかろうか。

 間違いは誰にもある。しかし、「行動する保守」Aは一行の中でもリーダー的存在である。そのAが街宣を行う以上、明確な事実の裏付けがなければなるまい。ところがAの街宣内容にきわめて単純な文言のすり替えや誤読が目立つのはどういうことなのだろうか。一行はどう見てもAの主張を信用しきっているように見える。「行動する保守」のリーダーともあろう者が、こんなことでいいのだろうか。

 ところが、「行動する保守」Aの嘘はこれで終わりではなかったのである。

(つづく)

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