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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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西村修平事件第6回口頭弁論(その5)
西村反対尋問(4)

 朝木明代の万引きを「捏造」とし、転落死を「他殺」と主張する西村がなんら独自の調査をしておらず、矢野と朝木の主張を鵜呑みにしたものにすぎないことはこれまでの尋問から明らかだが、この裁判では千葉から矢野らの主張を排斥した判決が提出されている。客観的に事件を検証しようとすれば、自分の見解とは相反する判断の根拠にも一応耳を傾けるべきである。裁判の当事者である西村は、千葉が提出した判決をどう見ているのか。千葉はその点についても聞いた。

 なお、私は数日前に尋問調書を入手した。今後は調書に基づいて尋問のやり取りを報告しようと思う(特に生のやり取りが必要と判断した場合を除き、要約)。前回までのやり取りについては、文言上は実際の調書とはかなり異なる部分も多々あるが、趣旨において大きな誤りはなかったものと考えている。



⑤関連事件の裁判結果について

千葉  朝木の万引き事件は捏造だと主張しているが、その客観的根拠は何か。

西村  ビニールカバーの指紋を捜査していないこと、レジジャーナルを開示していないこと、矢野が作成した再現写真の服装が違うことだ。

千葉  (千葉が書証として提出した「創価問題新聞裁判」の東京高裁判決を示す。上記西村の供述を含む矢野の主張をことごとく排斥した判決)この判決を、被告は見ているか。

西村  代理人に依頼しているから、これはすべて目を通していない。

千葉  見ていないということですね。

西村  はい。

千葉  (千葉が書証として提出した万引き被害者が矢野と朝木を提訴して勝訴した裁判の判決=判決では、「矢野と朝木の作成した再現写真が明代の服装と同一である証拠はない」と認定されている=を示す)これも見てないか。

西村  ざっと見たが、記憶に残っていない。



「創価問題新聞」裁判においても万引き被害者が矢野を提訴した裁判においても、西村が供述した問題点と称するものによって被害者の主張や東村山署の捜査に疑念が差し挟まれたことは1度もない。また判決には、東村山署が明代を万引き犯と認定した根拠と経過、転落死を事件性なしと判断した根拠が記載されている。その判決に、西村は目も通していないというのである。万引き被害者が矢野を提訴した裁判の判決については「ざっと見た」などというが、「覚えていない」というのだから見ていないに等しい。

「創価問題新聞」裁判の最高裁判決後、西村は「行動する保守」一行とともに最高裁前で判決を非難する街宣を行ったが、西村は判決も読まないで、つまりなんらその内容について検討もしないまま街宣活動を行っていたということになる。そのことを支援者は知っていたのだろうか。あるいは「行動する保守」では、これでもリーダーが務まるということなのだろうか。

 裁判の当事者として相手が提出した証拠を見ていないというのでは印象が悪いと思ったのか、西村は「代理人に依頼しているから」と言い訳している。しかし、東京地検八王子支部に「再捜査要望書」まで提出し、「朝木明代謀殺事件」の真相究明活動を行っている「行動する保守」のリーダーともあろう者が、捜査指揮官が提出した書証に目も通さないなどということでいいのか。「万引き捏造」と「他殺」を主張して街宣を繰り広げ、多くの当事者を傷つけ、迷惑をかけてきた者として、また多くの盲目的な支援者を街宣に駆り立ててきた者として、これまでの認識とそれに基づく行動に誤りはなかったのか、矢野に騙されていた可能性はないのかなどについて西村は自らの目(と頭)で確認する必要があるのではないのか。

 これは西村自身の責任の問題であり、裁判にあたって代理人を立てたこととは無関係なのである。代理人を立てたことを言い訳に、判決に目も通そうとしない西村の姿勢自体が、彼らのいう「真相究明活動」の本質と、自分たちに都合の悪い現実を受け入れようとしない「行動する保守」と称する連中の狭量さ(愚かさ)を示しているように思えてならない。


 
⑥千葉を「創価学会員」と呼ぶ根拠

千葉  プラカードの話に戻るが、私が創価学会(員)という根拠は何か。

西村  原告を創価学会とはいっていない。同じ穴の狢だとはいったが。

千葉  同じ穴の狢ではあるが、創価学会員ではないといっている?

西村  あなたが学会員かどうかはわからないが、検事が2人とも学会員で、事件もでっち上げに近いような万引き事件で、朝木さんを犯人と決めつけた。そういう意味で「同じ穴の狢」「創価学会の4悪人」と書いた。

千葉  そうすると、被告は原告のことを創価学会員だと思っていないのか。

西村  学会員かどうかはわからない。

千葉  被告はこの裁判のことを「創価学会との裁判」といっていないか。

西村  創価学会はいろんなメディアで「朝木は万引きした」といっている。われわれはそのメディアとも対立するから、創価学会の名前も出す。



 プラカードに「創価学会の4悪人」と書き、その1人として千葉の名前を挙げれば、支援者をはじめそれを見た一般市民は「千葉は創価学会員」と認識するだろうし、「原告を創価学会員とはいっていない」は通用しまい。また、西村などの「行動する保守」が千葉との裁判を「創価学会との裁判闘争」の1つと位置付け、宣伝していることもまた事実である。その事実自体について西村が否定しなかったのはいいとしても、その理由に関する西村の供述はまたしても根拠らしい根拠がないことを示すものと判断できた。

 そもそも、明代の万引きが発覚して以後、矢野が創価学会を持ち出したのは、明代の万引きを否定する客観的な根拠がなかったからにほかならない。矢野は「創価学会」の名前を持ち出すことで明代に向けられた非難を「創価学会」に向けようとした。逆にいえば、「明代は万引きをしていない」という事実(客観的な証拠)のみによって万引きを否定できるなら、「創価学会」を持ち出す必要はなかったのである。

 西村にしても、明代が万引きを苦に自殺したのではないという客観的な証拠があるのなら、根拠もないにもかかわらず、千葉を「創価学会員」と決めつける必要はあるまい。かつて矢野の宣伝に乗り、千葉の宗派を調べようとした当時の国家公安委員長白川勝彦も、のちに千葉から朝木事件について聞かれ、「捜査は事実によらなければならない」と語っている。白川は千葉に対して敗北を認めたのである。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その6)
西村反対尋問(5)

 これまでの千葉の尋問で、西村が東村山街宣の前になんら独自の調査もしておらず、その後も自分では何も調べていないこと、すなわち矢野と朝木の宣伝を鵜呑みにしてきたことが浮き彫りになった。続く尋問では、矢野が西村に提供した資料の重大な欠陥が指摘された。



⑦司法解剖鑑定書について

千葉  他殺であると主張する根拠は何か。

西村  山形大学名誉教授の「鑑定書」と声紋鑑定だ。2人ともその分野の権威だから、明らかにこれは他殺だと、そういうふうに結論する。

千葉  司法解剖鑑定書は証拠にならないのか。

西村  他殺の根拠になる。

千葉  (西村が提出した書証「司法解剖鑑定書」を示す)この写真(鑑定書に添付された明代の遺体の写真)を見ているか。

西村  はい。

千葉  この写真から、「他人がつかんだ痕」がどこにあるかわかるか。

西村  資料があまりにも不鮮明で、確認できない。

千葉  確認できませんね。この不鮮明な写真について、もっときれいな写真はないのかと疑問に思わなかったか。

西村  思わなかった。法医学の権威が見解を出しているから、写真を見るまでもない。この写真はコピーのコピーだから不鮮明だ。この写真からはわからない。私はあくまでも鈴木教授の文書によって判断した。

千葉  では、文書のどこに「他人がつかんだもの」という表現があるか。

西村  文書にはないが、上腕内側部の皮下出血は他人がつかまなければできない。

千葉  この文書のどこに書いてあるかと聞いている。

西村  書いてないです。

千葉  朝木直子は「司法解剖鑑定書には証拠能力がない」と主張していたが、知っていたか。

西村  知らない。



 西村の供述で重要なのは、西村自身が提出した司法解剖鑑定書に添付された写真が「あまりにも不鮮明」だということである。

 明代の司法解剖鑑定書には遺体を特徴づける16枚の写真が添付されている。「顔面の状態」「胸腹部の状態」「背面の状態」「右胸腹部の損傷」「右腰部、右臀部及び右大腿部の損傷」「頸椎の損傷」「右肋骨前面の骨折の状態」「左肋骨骨折の状態」「右肋骨背面の骨折の状態」「肺損傷の状態」「下肢の状態」「左足部内側の損傷」「左脛骨及び腓骨の骨折」「右下腿部の縫合創」「右足背部の損傷」「右腓骨骨折」の16枚である。

 これらの写真は鑑定書の記載に対応するもので、特に死因に結びついたと推測できる損傷のひどい箇所を選択して添付したものとみられる(この中には、矢野らが問題にする「上腕内側部の内出血の状態」は含まれていない。仮に鑑定医が上腕内側部の内出血が他人の介在を示すものだと判断したとすれば、写真に含まれていなければならない)。したがって、写真は鑑定書の記載内容を視覚的に補足するものと考えられるから、写真は損傷の状態を視覚的に確認できる状態のものでなければならないのは当然で、鑑定医が鑑定書を作成した段階では鮮明なものだったはずである(視覚的に確認できないような写真なら、添付する意味がない)。

 ところがこの裁判で西村が提出した司法解剖鑑定書の写真は、西村自身が正直に供述するように、とうてい遺体の損傷の状況を確認できるようなものではなかった。西村がそのような状態に加工する理由があるとは考えられず、西村が矢野からもらった時点で損傷の判別ができないようなものだったとみていいだろう。なぜなら、これまで矢野は「聖教新聞」裁判など他の裁判でもたびたび司法解剖鑑定書を書証として提出しているが、いずれの写真も西村がいうように「あまりにも不鮮明」なものだったからである。

 その「不鮮明さ」をわかりやすくいえば、昔のアナログコピー機で何度もコピーのコピーを重ねて劣化した状態である。矢野がなぜそのような劣化写真を付けたのかはわからないが、西村に渡した写真が不鮮明だったということは、朝木が山形大学名誉教授に鑑定資料として送ったのもこの不鮮明な写真だったと推測される(そうでなければ、西村にだけ不鮮明な写真をつける合理的な理由はない)。西村は写真が不鮮明だから、鈴木名誉教授の「文書の内容」だけで判断したというが、逆にいえば鈴木名誉教授もまた司法解剖鑑定書の記載と自らの経験のみによって「司法解剖鑑定書の鑑定」を行ったということになろう。

 さて、西村は上腕内側部の皮下出血の痕について、鈴木「鑑定書」には「つかまれた痕とは書かれていない」ことを認めながら、それでも「他人からつかまれなければできないもの」と供述している。しかし、上腕内側部だからといって、「他人からつかまれる以外に内出血はできない(それ以外の可能性はない)」とは断定できないことは誰が考えても明らかである。

 なお、矢野と朝木は司法解剖鑑定書の記載(上腕内側部の皮下出血の痕)に基づいて「他人からつかれまた証拠」と主張する一方で、朝木は救急隊裁判で司法解剖鑑定書の信憑性を否定していた。東京都(消防庁)は司法解剖鑑定書によって救急隊員の救命措置が適切だったことを立証しようとした。これに対して朝木は、鑑定書が作成されたのが司法解剖から1023日後だったこと、鑑定人の署名押印がなされていないことを理由に「信用できない」と主張していたのである。

 矢野と朝木は、その「信用できない」と主張する司法解剖鑑定書の記載に基づいて、上腕内側部の皮下出血の痕が「他人からつかまれた証拠」と主張していることになる。どういう思考経路をたどればこのような二律背反の主張に到達できるのか、常人には理解しがたいものがあろう。



⑧「万引きでっち上げ」の根拠

千葉  あなたは私が万引き事件をでっち上げたと主張するのか。

西村  今のあなたではない、公職に就いていた千葉英司元副署長が、ということだ。

千葉  元副署長が万引き事件をでっち上げた。

西村  と思わざるを得ない。

千葉  あなたはそう断定していなかったか。「思わざるを得ない」なのか。

西村  国民には公職に対して意見を述べる権利がある。警察のでっち上げといったことは許される行為だ。



『東村山の闇』裁判では、東京高裁は千葉に関する記載を警察捜査に対する批判であるとして千葉個人に対する名誉毀損はないとした。一方、西村の表現は「創価学会の4悪人」の1人として千葉を位置付けている。はたしてこの表現を警察批判とみるのか、または千葉個人に対する批判とみるかが判断の分かれ目となろう。

 千葉は最後に「行動する保守」Aが「朝木事件の真相究明活動」に乗り出すきっかけになった(という)「内部告発」について聞いた。



⑨「内部告発」

千葉  昨年、あなたの仲間は「朝木さんを殺した犯人を特定したという警察官の内部告発があった」といっていた。この話を知っているか。

西村  ちらっと聞いたことがある。

千葉  聞いたことはある。

西村  発信はわからないが、そういう話はあった。

千葉  週刊誌(『週刊宝石』)に矢野が「転落したビルに3人の男が朝木を連れ込むのを見たという話があった」というふうなコメントをしているが、その話は聞いているか。

西村  聞いていない。

千葉 「内部告発」というのは、「警察は犯人を特定したが創価学会の検事が握りつぶした」というような話だが、そんな話は聞いていないか。

西村  発信元はわからないが、聞いている。

千葉  その顛末はどうなったのか。

西村  それは自宅に帰っていろいろメモとか見なければわからない。



 西村は「行動する保守」Aのいう「内部告発」に関して「いろいろメモとか」があるという。「東村山署は明代殺害犯を特定していた」という情報が事実なら重大である。西村はこの日の尋問に際して、なぜ「いろいろメモとか」を自宅に置いてきたのだろう。

 またそれよりも、「裁判支援」のために傍聴に来ていた「行動する保守」Aは、このやりとりをどう聞いたのか。「内部告発者に会った」という「行動する保守」Aが陳述書を提出すれば、西村の「いろいろメモとか」よりも証拠価値が(少しは)高いことは明らかである。「行動する保守」Aが結審までに「内部告発」に関する陳述書を提出しなければ、立川駅前で何度街宣しようと、西村の裁判を支援したことにはなるまい。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その7)
千葉反対尋問(1)

 千葉による西村への反対尋問が終わり、ただちに西村代理人による千葉に対する反対尋問に移った。はたして西村代理人は「真相究明」のためにどのような尋問を用意しているのか。千葉に対する反対尋問は、尋問調書の一部を要約なしで紹介しようと思う。

代理人の「誘導」

 西村代理人は「万引き冤罪」問題から尋問に入った。



①朝木明代の服の色

西村代理人  それでは、万引き犯人の着ていた洋服の色について聞きますけれども、○○さん(万引き被害者)は、万引き犯人は朝木さんだというふうに警察では話したかもしれませんが、黒いブラウスを着て、襟がマオカラーであったと、そういうふうな話はしませんでしたか。

千葉  あったと思います。

代理人  それから、○○さん(目撃者の1人)も、犯人らしいそのイトーヨーカドーのほうに入っていった人は黒っぽい洋服を着ていたけれども、顔はよく覚えてないと、こういうことをいってますが、やはり黒っぽい洋服を着ていたと、こういうふうにいっていますね。

千葉  ○○さん(目撃者の1人)はそういっている。

代理人  そういっていますね。

千葉  はい。

代理人  平成7年6月19日午後2時過ぎ、北海道拓殖銀行の東村山支店の現金送金コーナーで、送金している朝木明代さん、で、この人を防犯カメラが4方向から撮っていた、この写真は東村山警察で押収していますね。

千葉  任意提出を受けております。

代理人  そうすると、そのときの朝木さんを4方向から撮っていた写真というのは、警察官であるあなたももちろん、警察官もそれを見ているのですか。

千葉  見ております。

代理人  この写真(矢野と朝木が作成した「再現写真」)は、別件であなたが法廷で見たことがありますよね。

千葉  あります。

代理人  これは、あなたが今いう任意提出を求めた北海道拓殖銀行から任意提出を受けた写真、ビデオの中から1コマを写真にしたものだと思うのですけれども、その写真に非常によく似ていますねと、こういっていましたね。

千葉  「雰囲気が似ている」と申しあげました。

代理人  よく似ていますねと、こういっていましたね。雰囲気というか、全体の感じで似ていますねといっていましたね。

千葉  「雰囲気は似ています」と申しあげました。

代理人  これは、朝木明代さんが、その銀行の送金コーナーに入ってくる状況を、ほぼ正面から撮った写真ですけれども、あなたがこの北海道拓殖銀行東村山支店から任意提出を求めたビデオの中には、こういう写真もあったことは間違いないですね。

千葉  そうですね。

――略――

代理人  そうしますと、朝木明代さんが、この現金送金機に入ってくるときを正面から撮った、写した写真はもちろんあったわけですよね。

千葉  そうですよね、これは正面だと思いますよ。

代理人  その正面の写真を見たら、朝木さんは黒い洋服は着ていない、これを見てください。白黒の写真ですけれども、黒くは写ってはないのですよ。

千葉  そうですね。



 ここまでの西村代理人の尋問を聞いていると、万引き被害者が証言する「黒いブラウス」と目撃者の1人が証言する「黒っぽい服」が両方とも「上着」であるという前提でなされているように思える。あるいは代理人は、千葉が「黒いブラウス」と「黒っぽい服」を混同することを期待して、あるいはそう混同するように誘導するために意図的に「黒いブラウス」も「上着」にしようとしたのだろうか。

 誰もが緊張する尋問の場で、まかり間違って千葉が代理人の誘導に乗るようなことになれば、千葉は「『再現写真』の上着は白っぽく写っているから、やはり朝木は万引き犯ではないではないか」と追及され、窮地に立たされかねない。

 代理人の尋問がたんなる勉強不足からくるものでなく、豊富な弁護経験に裏打ちされた老獪な深謀遠慮だったとすれば、なかなかの侮れない相手ということになろうか。続く尋問をみよう。



代理人  あなたは(写真の上着が白いことに)今気がついたのですか。

千葉  いえいえ。

代理人  前から気がついていたでしょう。

千葉  はい。

代理人  それから、襟はマオカラーではない、これを見ればわかりますね。

千葉  そのへんのところは、私は、カラーはマオカラーという解釈はいろいろありますからわかりませんが、黒っぽくないことはわかりますよ。

代理人  襟がマオカラーでないということは。

千葉  これじゃわかりませんね。

代理人  いやいや、それはあなたはわからないかもしれないけれど、○○さん(万引き被害者)が見ればすぐわかるでしょう。あなたは、こういう写真を。

千葉  ○○さん(万引き被害者)の話ですか。

代理人  ○○さん(万引き被害者)に見せたかと、私はいっているのです。

千葉  見せましたね。

代理人  これを見て、これというのは現金送金コーナーに入ってくる、朝木さんを正面から写した写真も見せて、そうして間違いないといったのですか。

千葉  そうです。

代理人  ○○さん(万引き被害者)は、その同じ写真(矢野と朝木が作成した「再現写真」)を見て、これは違うといっているのですよ。

千葉  ○○さん(万引き被害者)がこの写真が違うという、○○さん(万引き被害者)が、どこでそういう話をされているのですか。

代理人  調書をあなたに提示しますよ。

千葉  それを見せてください。でも、この写真(「再現写真」)は警察の押収した写真じゃありませんよ。

代理人  それは知っています。しかし、同じ洋服を着て撮った写真で、警察で押収したこの写真、それを矢野さんと朝木直子さんが検察庁で見せてもらっているのです。

千葉  そのようですね。

代理人  その写真の、これはもちろん白黒ですけれども、黒くは写ってない、そうすると、洋服の色が違っていることだけで、それから、正面から写っているのだったら、このカラーが違うということだけでも、万引き犯人でないということは、○○さん(万引き被害者)がそんなところを間違うはずがないのではないですか。



 ここでは西村代理人は、本物の写真と「再現写真」が同一のものであることを前提の上、明らかに「黒いブラウス」を「上着」として尋問を進めようとしていることがわかる。これが勘違いに基づくものでなかったとすれば、代理人としては、この質問に千葉がどう供述するかはこの尋問の最初の大きな分岐点だったのではあるまいか。

 千葉が混乱すれば、代理人の言い分を認める可能性もないとはいえない。そうなれば、尋問は代理人のペースにならないとも限らなかった。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その8)
千葉反対尋問(2)

代理人の独自の主張


(前回までの)代理人の尋問が「誘導」だったかどうかはともかく、「写真に写った明代の上着の色は白っぽいもので、被害者だけでなく目撃者も明代の服は黒だったと証言しているから、明代は万引き犯ではない」と確信をもって主張する西村代理人の質問に千葉はどう答えたのか。続く尋問を見よう。



千葉  ○○さん(万引き被害者)は、この服が黒だと一言もいっていませんよ。

代理人  ○○さん(万引き被害者)は、この服は黒でない。

千葉  いや、○○さん(万引き被害者)は、犯人の上着が黒いと申しておりませんよ。

代理人  いっていますよ。

千葉  見せてください。いってないはずですよ。

代理人  (万引き被害者の調書を示す)あとスーツ、それはいわずもがなの確認ですが、それは犯人とあなたが思っていた人がチャイナカラーのブラウスを着ていたという意味ですね。ええ。朝木さんが黒のチャイナカラーのブラウスを着て、パンツスーツを着ていました。だから、これを黒いブラウスを着ていたということになるのではないですか。



 万引き被害者は明代の服装について、「黒いチャイナカラーのブラウス」を着ていたとは証言しているが、スーツについて「黒」だったとはいっていない。千葉が反論すると、代理人は明確に「被害者は『犯人の上着が黒い』といった」と重ねて主張している。この代理人は何を根拠に被害者が「黒い上着」と証言しているというのだろうか。

 代理人の尋問は「誘導」ではなく、イトーヨーカドーの方向から見ていた目撃者が「黒い服を着ていた」と証言したから、その証言に引きずられて万引き被害者の証言の内容をたんに勘違いしただけなのか。しかしそれにしては、いったん「スーツ」といいかけながらスーツの色には言及せず、ブラウスの色だけに注目しようとするのもいかにも不自然である。

 このような不自然な主張が千葉に通用すると西村代理人が少しでも考えたとすれば、その見通しは甘すぎたというべきである。代理人の不自然な主張は、次の千葉の反論によって不自然さを通り越し、あまりにも常識はずれの突飛なものへと追い込まれる。



千葉  (黒いブラウスは)上着の下に、でしょう。

代理人  いや、そうじゃなくて。

千葉  いや、上着の下ですよ。

代理人  上着の下とは、ここには何も書いてないです。

千葉  そうですか。警察の調書では、上着の下に黒っぽいものを着ておったと、それから、黒いバッグを持っていたと、そういう供述なのですよ。それで、○○さん(目撃者)が、黒っぽいという服装をしていますね。そのときに、刑事や私の判断は、○○さん(目撃者)が見たのは黒っぽいバッグ、それからブラウスも黒だったことから、目撃者に往々にしてある見間違いがあってもやむを得ないと、○○さん(目撃者)が黒っぽい服装だと見間違えてもやむを得ない見間違いであると、私も刑事も認定しましてね。それで○○さん(目撃者)の調書は、朝木さんを犯人と名指しした○○さん(万引き被害者)の供述を裏付けるものとして扱っておりますよ。

代理人  扱っておりますよといっても、あなたは民事事件で、その調書というものを全然出してないのですよ。

千葉  はい。

代理人  あなたはうそをいっているのか、本当をいっているのか、われわれはちょっともわからない。ただ、あなたがそういっているだけで、そういうのだったら、ここに、下に黒いブラウスを着て、その上に何かの別の色のスーツを着ていたと、こう書かなければならないのだけれど、黒のブラウスと、こういっているから、それはそういうことじゃないかと思ったのです。ただ、問題はこの正面の現金送金機の部屋に入ってくる正面を撮れば。

千葉  (代理人が提示した万引き被害者の調書を示して)先生、ここに書いてあります。グリーングレーのパンツスーツといっているでしょう。

代理人  ですから、グリーングレーのパンツスーツに、黒のチャイナカラーのブラウスでしょう。このブラウスというのが、要するに、下か上かということがわからない。

千葉  はあ、ブラウスは下に着るものでしょう。と、私は解釈しますけれども。私はよくわかりませんが、この中に着るのがブラウスであって、ここでいう、○○さん(万引き被害者)がいうのは、パンツスーツというのは、男でいう背広のことじゃないですか。私もちょっと認識不足ですからね、確信はありませんが、私はそういうふうに解釈しております。



 ブラウスをスーツの上に着るとはどういうファッションだろう。ブラウスをスーツの下に着るか上に着るか、西村代理人が本気でわからないといっているわけではあるまい。また千葉に指摘されるまで、明代のスーツの色がグリーングレー(白っぽい上着)であることを認識していなかったということもないだろう(明代の上着がグリーングレーであると被害者が証言していることに気づいていなかったとすれば、代理人としてはその方がよほど恥ずかしいことである)。

 つまり代理人は、そのことを十分に認識しつつ、尋問では意図的に「黒いブラウス」を強調することで目撃者の「黒っぽい上着」という証言の信憑性を認めさせる方向に持っていこうとしていたということではないかと私はみている。千葉は代理人の意図をとっくに見抜いていながら、上着が「グリーングレー」(白っぽい上着)であること、「黒いブラウス」が上着の下に着るものである(当たり前)とはあえてただちに反論せず、じっと西村代理人の出方をうかがっていたようにみえる。

 明代の万引き捜査を指揮した千葉が上着の色とブラウスの色を混同するはずはなく、千葉から「(黒いブラウスは)上着の下に、でしょう」と一気に核心をつかれた西村代理人は「ブラウスが上着の下に着るものか上に着るものかわからない」という独自の主張をしなければならない状況に追い込まれた。その時点で代理人の負けである。千葉が「ブラウスは下に着るものでしょう。と私は解釈しますけれども」と反論したとき、それまで双方のやり取りを黙って見ていた裁判官も、千葉の主張にうなずきながらわずかに表情を緩めた。

 ただ、傍聴していた「行動する保守」の一行がこのやりとりの意味を理解できたかどうかについては保証の限りではない。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その9)
千葉反対尋問(3)

 西村代理人は「黒のブラウスは上か下かわからない」と強弁して裁判官の失笑を買ったが、それでも何事もなかったかのように論点を変えて尋問を続けたのは、内容はともかくさすが弁護士だけのことはあると感心させられた。素人ではとてもこうはいくまい。

 さて、続く尋問も矢野と朝木が作成した「再現写真」に関するものだった。西村代理人は、今度は万引き被害者が「再現写真」を見せられて「違うようだ」と答えたことについて千葉を追及した。はたして千葉を追い込むことができたのか。



②「再現写真」の真偽

代理人  これは○○さん(万引き被害者)の供述調書ですが、(矢野作成の「再現写真」)を示すと、これはおそらく、この訴訟で出ている写真ではないかと思うのですが。

千葉  さっきと同じ写真ですね。

代理人  あなたがいうその服装の特徴というのは、この写真と比べてどうですかと、これに対して、(万引き被害者は)ちょっと違うような気がしますと、――中略――この写真(「再現写真」)は北海道拓殖銀行の同じ店舗で、同じキャッシュコーナーで、改めて再現写真として撮影した写真なのですが、これは同じ防犯カメラに撮っている、だから、こちら側から捜査機関に対して、あるいは今回の訴訟の中でもそうですが、この防犯カメラに写った写真が捜査記録の中にあるはずだから、それを出してほしいといっているのですが、出してこないと、やむを得ず再現写真を撮ったと、その写真なのです。あなたが記憶に残っている、あなたの見せられた写真の服装の特徴と違うのですかといったら、(万引き被害者は)違いますと、こういってますね。

千葉  はい、そのとおりですね。

代理人  そのとおりですねというのは、とにかく、朝木さんはこの洋服しか着ていないのですけれども。



「服装は憶えていない」と供述

 西村代理人は矢野と朝木が作成した「再現写真」が「捜査時写真」と同一であると思い込んでいるようである。しかし、同一であるという以上はその根拠を示さなければなるまい。



千葉  今お示しになった証拠(「再現写真」)ですね、その写真は朝木さんが当日万引き当日に着ていたという確たる根拠はあるのですか。

代理人  万引き当時着ていたということは、それはお母さん(明代)から聞いているから、知っている、こういうことです。

千葉  お母さんは、警察では、当時の服装について聞かれ、服装は記憶にないと申しておりました。

代理人  そういうふうにいっておったといっても、それは警察の記録で、それを出してないから、こちらはわかりませんよ。

千葉  それはそうですね。「再現写真」というものについては、先生のご質問が警察の押収した写真じゃなくて、あくまでも矢野さんたちがお出しになった再現写真ですね。それに基づいているわけですね。

代理人  というのは、警察が押収したのを出してくれないものだから、本来ね。

千葉  そうすると、その「再現写真」は、私が出した高裁判決もありますけれども、あれは○○さん(万引き被害者)が矢野さんたちを訴えた裁判でも判決書に書かれていますけれども、その「再現写真」なるものは、朝木さんが万引き当時着ていたものと同一視はできないというように判示されると、私は記憶しています。



「再現写真」が「捜査時写真」と同一であるとする根拠を逆に聞かれた代理人は、またしてもたちまち馬脚を現した。朝木は「再現写真」の明代の服装についてこれまで「お母さん(明代)から聞いているから、知っている」などと供述したことは一度もない。明代が取調室で「当日何を着ていたかは憶えていない」と供述していたことは『週刊新潮』のコメントとも一致している。矢野と朝木は地検で見せられた「捜査時写真」を記憶し、撮影したと何度も供述している。実際には、白黒写真にすれば「捜査時写真」に近い色調になるベージュのスーツを捜して撮影したのである。

 少なくとも「お母さんから聞いていた」という代理人の説明は朝木自身のそれまでの主張とは食い違っているが、これはどういうことなのか。朝木が代理人に対してそれまでの主張に反する説明をしたとは考えにくい。なぜなら、朝木が明代から服装について聞かされていたとすれば、明代は捜査機関に対してもその服装を提出していなければならない。西村代理人はそのことに気がつかなかったのだろうか。

5年も提出しなかった矢野

 ところで、矢野がこの「再現写真」なるものを法廷に提出したのは平成12年2月7日のことである。朝木が地検で「捜査時写真」を見たのは、それから5年前の平成7年12月。矢野と朝木が『聖教新聞』を提訴したのは平成8年8月7日だから、矢野と朝木にその気があれば、提訴した時点でこの「再現写真」を法廷に提出することも可能だった。仮にこの「再現写真」が「捜査時写真」と同一で、矢野がすみやかに法廷に提出していれば、4年に及んだ『聖教新聞』裁判の終結も早まったかもしれないし、明代の万引き犯の汚名もそれだけ早くそそげたかもしれない。にもかかわらず矢野と朝木は、なぜそれほど重要な「証拠」を5年近くも提出しなかったのか。矢野が「再現写真」を提出した日、私は東京地裁で矢野にこう聞いた。

「そんな明確な『証拠』なら、書類送検される前に出せばなおよかったですねえ」

 すると矢野は、勝ち誇ったようにこう答えたものである。

「あの頃にはまだ、写真がないからね」

 東村山署の取調室で明代本人は、偽のアリバイをスラスラ話す一方、当日の服装については「憶えていない」と供述した。朝木が東京地検で「捜査時写真」を見たのは明代の死後で、「あの頃にはまだ写真がない」という矢野の言い分は時系列的には確かに矛盾がない。

 ただ、万引き当日明代と行動をともにしていたと主張している矢野が、もし書類送検前に明代の服装を思い出し、仮に被害者の証言と食い違っていることが証明されていれば、その時点で明代の万引き容疑は晴れ、自殺に追い込まれることもなかっただろう。とすれば、矢野が本気で明代の万引き犯の汚名をそそぎたいと思っているのであれば、矢野は明代が書類送検される前に明代の服装を思い出せなかったことをまず悔やむべきではなかったのか。

 しかし矢野が、明代の服装を思い出さなかったことについてこれまで自分の不明を悔やむ素振りをみせたことはただの1度もない。この事実は何を意味するのだろう。矢野は自分が関与したアリバイ工作と被害者に対する威迫行為が明代の書類送検につながり、自殺につながったという事実から世間の目をそらせるために、明代の冤罪を主張しているにすぎないことを物語っているように私には思えてならない。だからこそ、「再現写真」の時期について辻褄が合っているというだけで得意気に振る舞えるのだ、と。

提出命令申立を却下していた東京地裁

 西村代理人は千葉に反論されて追及の手段を失うと、ふた言目には警察が捜査記録を法廷に提出しないからわからないなどと主張するが、起訴されていない事件の記録を民事法廷に提出できないことは弁護士なら熟知していよう。それよりも代理人は、『聖教新聞』裁判で矢野が裁判所に対し、アリバイを立証するためと称して警察が持っているレジ・ジャーナルの提出命令を申し立て、却下されていたことを矢野から聞かされていないのだろうか。

『聖教新聞』裁判で東京地裁は東村山署の書類送検までの捜査になんら違法はないと結論付けたが、これは被害者の証言に疑念を差し挟む余地はないと判断したということでもある。裁判には書類送検に至る東村山署の捜査状況を克明に説明した準備書面も提出されており、東京地裁は警視庁にレジ・ジャーナルの提出を命じるまでもないと判断したのである。西村代理人が「警察が押収したものを提出しないからわからない」と千葉を非難するなら、これまでの経過を精査し、論証した上でなければ、ただの逃げ口上と評価されることになろう。

 しかも代理人は、被害者が矢野と朝木を提訴した裁判で、「再現写真」と「捜査時写真」の同一性が否定されていたことも知らないようだった。代理人はまた論点を変えるほかなかった。



③最初の「万引き」の件

代理人  そういうこと(「「再現写真」と「捜査時写真」の同一性が否定されていたこと」)を、私は今ここで急にいわれてもよくわかりません。あなたは朝木明代さんが万引き犯に間違いないということは、朝木さんは平成7年前の年にも、この○○(万引き被害者の店)のところで万引きしたと、そういうことを根拠にしているといっていますね。――中略――だけれども、○○さん(万引き被害者)は、朝木さんが1年前にも万引きをしたという確実な確証を、私は何もないといっているのです。

千葉  (確証は)ありませんね。○○さん(万引き被害者)がそう認識をして、その朝木さんが見えたので、用心して見ていましたという話ですね。

代理人  あなたの話は、今の話と違うのではないですか。○○さん(万引き被害者)の話によると、朝木さんは1年前にも○○(万引き被害者の店)で万引きをしたと、したがって、今回の万引きも朝木さんが万引きをしたことに間違いないと、そういうふうな文脈であなたは話したのではないですか。

千葉  いや、私はそう申しあげていませんよ。○○さん(万引き被害者)のお話として、被害届のいきさつとして、前にも万引きされた朝木さんが来たので、注意して見ていましたという、被害者の話を紹介したのであって、捜査の結果、前年の事件は捜査しておりませんので、私がこの返答をするはずがありません。



 以上が、万引き事件に関するやりとりである。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その10)
千葉反対尋問(4)

 これまでの西村代理人による千葉に対する反対尋問を聞いていて感じさせられるのは、尋問というものはただ聞きたいことを聞けばそれでいいというものではないということである。相手の供述に対する反論や矛盾を突くための十分な論拠や材料を持っていなければ、かえって相手の主張を固めさせるだけという結果になる。西村代理人は続けて転落死事件に関する尋問を行ったが、十分な準備はできていたのだろうか。

 代理人はまず、転落現場周辺で警察犬が明代の臭跡をたどれなかったことなどについて聞いた。代理人の質問の意図は、「警察犬が臭跡をたどれなかったということは、明代は歩いてビルまで行ったのではない」と主張するところにあったのだろう。これに対して千葉は、「警察犬は優秀だが、すべて結果が出るものではない」と答えた。続く尋問から見ていこう。



④初期捜査の状況

西村代理人  あなたは、これは自殺のあれは高くて、ただす点はないと、こういう判断を非常に早い段階からしていましたね。この警察が平成7年9月2日、現場付近の捜索を終わった、その直後の段階から、あなたはそういうふうなコメントをしているのではないですか。

千葉  そうです。

代理人  しましたね。

千葉  はい。

代理人  朝木さんは靴を履いていませんでしたね。

千葉  そうです。

代理人  それから、あなたの想定するシナリオでは、朝木さんは自宅にかぎをかけて、そうして、落下ビルまで歩いてきたか、あるいは自転車に乗ってきたか、いずれにしても自力で来たと、こういう想定でしょう。

千葉  私は想定では捜査しておりません。

代理人  じゃ、何かの原因がなければ、朝木さんはどうしてその落下ビルまで行ったのですか。そういうことを、あなたは何も考えないで自殺だといったのですか。

千葉  「何も考えない」ということでお答えしますが、先生は初期捜査というのをご存じで質問されていますか。

裁判長  質問に答えてください。

千葉  私は捜査規範にのっとった初動捜査を完了したのちに判断をしました。その判定にも、私の1人だけではなくて、主体は警察官のうちの専門官、検死官といいます。法医学の研修をした警察官です。その法医学を研修した検死官も呼んでおります。鑑識も呼んでおります。もちろん、臭気がつかめなかったのですけれども、残念ながら結果は出なかった警察犬も応援を求めて、捜査は殺人事件並みの指揮態勢をとって、現地で私が初期捜査の指揮をしました。

 その結果、朝方になって関係幹部が集まりまして、聞き込み捜査、検死の結果、目撃者の会話、それから検死官の意見等々も拝聴しながら意見を求めましたところ、全員一致で他殺ではないという鑑定、事件性は薄いという判定になりまして、私も同感でございました。そういった判定の下に、警視庁関係課と連絡の上、広報案文も本部警視庁との協議の上、署長の決裁を得て、初期捜査を終わった、その結果に基づいて広報したのが、事件性は薄いと広報したのであります。以上です。

代理人  あなたは大勢集まってみなさんの意見が事件性は薄いといったというのだけれども、なぜ事件性が薄いかという内容についての説明は実は今何もないのですよ。

千葉  陳述書で申し上げております。



 東村山署が初動捜査を終えた平成7年9月2日早朝、千葉は「事件性は薄い」と広報した。「事件性は薄い」とする判断は現場に立ち会った捜査関係者の一致した見解であり千葉の独断でないことは、千葉がこれまで何度も述べてきたとおりである。広報にあたっては警視庁本部および署長の決裁を得ている。

 千葉が「何も考えないで自殺と判断した」というのなら、当時捜査に当たった検死官や検事にも調査し、「何も考えなかった」とする言質を取った上でなければなるまい。むしろ初動捜査状況に関する千葉の供述は、捜査とその判断および広報がきわめて慎重に行われ、組織として十分な手順を踏んで行われていたことをうかがわせるものであり、一連の経過において千葉個人の責任が問われる要素があるとは考えにくい。当時、自民党国会議員が国会で、警視総監や署長をさしおいて副署長の千葉を名指しで非難したことこそきわめて異例といえるのではあるまいか。白川勝彦による宗派調べに続く千葉に対する揺さぶりの一環と理解するよりなく、いずれも背後には矢野と通じていた当時の自民党組織広報本部長で、かつて警察官僚だった亀井静香の暗躍があったと私はみている。

 さて、西村代理人は「なぜ事件性が薄いかという内容についての説明は実は今何もない」といいながら、なぜか千葉が陳述書で詳細に述べた「事件性が薄い」根拠について聞くこともなく、続けて司法解剖鑑定書に記載された明代の上腕内側部にあった皮下出血の痕について聞いた。



⑤上腕内側部の皮下出血の痕 

代理人  その(上腕内側部の皮下出血)確認をしているにもかかわらず、これは他殺ではないと、皆さんが一致してそういうふうな判定をしたのですか。

千葉  主に検死官の意見ですね。専門家ですから。私も死体を見ておりますから、数多く見ていますから、私も同感であると認識しました。

代理人  法医学の常識として、そういう上腕の内側のそういう変色というのは、犯人ともみ合ったときに強くつかまれて、そうして生じたものであるというのが、要するに法医学の常識ではあるというふうに聞いていますけれども、その検死官というのは、じゃ、違った考え方なのですか。

千葉  いや、先生のご質問がちょっと私は誤解しているのかしれません。上腕の内側に変色痕があれば、即、それが争ったものというのは、捜査の常識とはなっておりませんが。

代理人  そういう可能性が非常に強いということをいっているのですよ。

千葉  可能性としてはあると思います。「ただし」がつきます。



 遺体の上腕内側部に皮下出血があったというだけで、ただちに他人からつかまれたものと断定できるなどという捜査の常識はあり得ない。千葉のいう「ただし」がつくとは、他人からつかまれた可能性はあるが、皮下出血の状況、形状、遺体の状態、現場の状況などを総合的に検証した上でその皮下出血がどのように形成されたのかを判断するのが捜査である、という意味である。

 それが捜査の常識であり、この程度の常識を西村代理人ほどのベテラン弁護士が知らないはずがない。西村代理人の論理は矢野のコピーそのもので、すでに何度も排斥された矢野の詭弁をそのまま繰り返すようでは、千葉を窮地に追い込むのは難しいのではないかと思われた。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その11)
千葉反対尋問(5)

 上腕内側部に皮下出血の痕があったとしても、それがただちに他人からつかまれたものと断定できないのは当然である。西村代理人がその程度の常識をわきまえないはずはない。そこで代理人は、明代の上腕内側部に残された皮下出血の痕の生成原因が何であると千葉が考えているのかを聞いた。


 
⑥手すりに残された手の跡

西村代理人  あなたは別件の法廷で、裁判官からその上腕の内側の皮膚の変色というのはどういうときについたのだというふうに考えますかといったら、ビルから落下するときに、壁面にぶつかってできたのじゃないですかと、こういうふうにいっていますね。それは憶えていますか。

千葉  記憶しております。(筆者注・皮下出血の生成原因について千葉は、正確には「私の推測でございますが、手すりに打ったんではなかろうかと推測しております」と供述している=「聖教新聞」裁判)

代理人  どういうふうにビルから落下するときに、内側に、あるいはそういうふうにつくのですか。

千葉  さっきも話が出ましたけれど、手すりに触ったか触らないか争いがあるところですけれども、私どもは手すりに朝木さんは触れていると、指紋採取の結果、だれの指紋かは別ですけれども、手の跡が採取されておりますから、あれはほかの人がぶら下がったら間違いなく落っこちて死んでいます。TBSの人が実験したといっていますけれど、あれは実験していません。実験したら落っこちてしまいますよ。

 ぶら下がった場合は万歳状態で落下します。それは法医学の先生方も実験しております。それはだいたい、基本的にはそのままの状態で落下します。足から落下します。当然、手は上です。落下が何もないところならいいのですけれども、わずか50センチのところに手すりのフェンス、下にはいろいろなものが置いてある。そこへこの状態で落ちれば、へりに、フェンスにぶつかってもおかしくない。

 形状はまっすぐ、フェンスはまっすぐ、その形状からして、フェンスに打った可能性ですね。断定はしておりません。そういう変色痕の形状からして、近くにあったフェンスの形に似て、一直線の横線になっている。これらもふまえて、可能性として話しました。検死官も同じような見解をしておりました。



 千葉はここで、「聖教新聞」裁判で供述した「手すり」が正確にはビルと隣の駐車場との境界にある「フェンス」であることを明らかにしている。フェンスは上端が下方向に向けて折れ曲がっており、上方向からの強い力がかかったことを示していた。

 一方、その真上のマンションの手すりには外側からつかまった形で手の跡が残っていた。つまり、その手の跡は明代のものと考える以外になく、明代が手すりの外側からつかまったということは、ビル側を向いて足を下にした状態のまま後背部をフェンスに激突させたとみるのが自然である。

 実際に致命傷とみられる肺と肋骨の損傷は背部がより大きかった。上腕部後ろ側の内出血もその形状からみてフェンスに打ったものと推測してもなんら不合理はない。しかも千葉によれば、上腕部の皮下出血は「一直線の横線」だったという。その衝撃が内側部まで及んだとも考えられよう。少なくとも手すりに残された手の跡、フェンスの曲がり方、遺体の状況は、矢野や西村が主張するような「横倒し」の状態で転落したのでも、他人から投げ落とされた(言外に足を下にして落ちたものではないと主張している)ものでもないことを示している。

 上腕部の皮下出血の痕が「一直線の横線」だったという事実はこれまで公表されていない。しかし代理人はその点には触れず、手すりに残された手の跡にこだわった。



代理人  それではあなたは今、手でぶら下がった指紋があったと、こういわれましたね。その指紋があったのはどこにあったのですか。

千葉  先生がお出しになった「リバティ」、被告尋問したときに示したでしょう。「リバティ」の写真の何ページかに書いてあるでしょう。

代理人  あなたはだって、「リバティ」はあとで読んだことであって、捜査をしたのは東村山警察でしょう。

千葉  それはそうですよ。

代理人  そこに手の跡があって、指紋を採ったといっていましたね。

千葉  採りましたよ。

代理人  その指紋を採ったのだったら、朝木さんの手の指紋かどうかというのは即座にわかるじゃないですか。

千葉  いや、指紋といっても、手の跡と訂正します。指紋というのは識別可能なことを指紋といいますね。こすっていますから、こういうふうなところに粉をかけますと、残ります。そのことをいっているのであって、誰の指紋かわかるような鮮明な指紋はないという意味です。それがここに書いてある写真、これは先生がお出しになった写真で、(西村代理人の裁判資料を見て)これはカラーじゃないですか。ここに写っているじゃないですか。手の跡が入っているじゃないですか。

代理人  跡が入っているかどうかよくわかりません。

千葉  ここに入っているじゃないですか。黒い墨がカラーで。入っていますよ。先生からいわれたのは白黒、先生のお持ちのものはカラー。私も先ほどいいましたけれども、カラーならば写っているはずですが、私の白黒ではわかりませんと申し上げたのは、先生これですよ。あるじゃないですか、ご覧ください。筋が何本かついているでしょう。

代理人  いや、これだけ見たってよくわかりませんけれども。

千葉  私どもは見ております。記者さんも見ているから、こういうふうに書いてある。



 幸福の科学が発行した「リバティ」の写真とは、「朝木明代の転落死には創価学会が関与した」とする記事中に掲載されたものである。「リバティ」はカラー印刷されたもので、カラーコピーすれば手すりに残された手の跡がうっすらと黒く写る。ところが、代理人の持っているコピーはカラーだが、代理人が書証として千葉に渡したコピーは白黒だった。白黒にコピーすると、手の跡は写らないのである。

 西村代理人は自分の持つカラーコピーで手すりに手の跡が残っていることも確認していなかったのだろうか。あるいは確認していたが、あえて千葉には手の跡が確認できない状態になる白黒コピーを渡し、手の跡がなかったことにしようとしたのだろうか(少なくとも、千葉が代理人から渡された写真によっては手の跡の存在を具体的に指摘できない)。

 いずれにしても、「創価学会が関与した」とする記事に掲載された手の跡の写真は、記者が手の跡を指さしており、〈外壁に残された手跡。指紋は検出されなかった。〉と正確な写真説明がついている。手の跡が黒くなっているのは警察が粉をかけたからである。

 西村代理人が手すりに残された手の跡にこだわったのは、手の跡そのものがなかったといいたかったのか、手の跡は明代のものではないといいたかったのか。その点は必ずしも明確ではない。しかし警察の捜査に反して「他殺説」を唱えた「リバティ」自身が、この写真を掲載したことで、少なくとも明代の転落位置の真上に人間の手の跡が残っていたこと、および警察が手すりに残された手の跡を捜査していた事実を立証したことになる。

 千葉に自分自身が持っていた「リバティ」の写真を指摘された時点で、西村代理人は「手の跡はなかった」とはもういえなくなった。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その12)
千葉反対尋問(6)

 手すりに残されていた手の跡が誰のものであるかは、自殺を否定したい矢野にとっても西村にとっても大きな問題である。明代が何者かによって抱えられて落とされたとすれば、明代の手の跡が手すりに残るはずはない。手すりの手の跡が明代のものであるということは、矢野の他殺説を否定するということなのである。

 では、明代の転落位置の真上の手すりに残っていた手の跡は誰のものだったのか。「手の跡はなかった」とはいえなくなった西村代理人は、それが明代のものとは断定できないとする無理な尋問を継続する以外になくなった。



⑥手すりに残された手の跡(つづき) 

西村代理人  それじゃ、あなたは、その手の跡というのは、朝木さんの手がぶら下がった痕だと、こういう判断したと、こういうことですか。

千葉  そうです。

代理人  もしそうならば、そこの筋に朝木さんの手の組織の一部が必ず残っていたはずでしょう。

千葉  ほう。

代理人  ほうではなくて、そうでしょう。どうして東村山警察は、そこに残っていた組織を捜査しなかったのですか。

千葉  そこまでは捜査の必要性はなかったと思います。

代理人  なぜなのですか。

千葉  これをやれた方は、必ず落っこちるはずです。

代理人  落っこちているはずだけれども。

千葉  この跡は余人にはできません。



 西村代理人のいう「組織の捜査」の目的は、その組織が誰のものかを特定するため以外にはない。したがって、「なぜ手すりに残っていた組織を捜査しないのか」という質問は、その手の跡が誰のものかは断定できないではないかという趣旨である。ところが代理人は一方でそういいながら、「ぶら下がった人は必ず落ちるから、組織の捜査をする必要はない」とする千葉の説明に素直に同意した。

 手の跡の真下に明代以外の人間が転落していたのなら話は別だが、手の跡の真下に落ちたのは明代以外にはいない。組織を捜査する必要性を認めなかったとする千葉の説明には合理性がある。つまり西村代理人は、その点については認めたということになる。

 手すりは踊り場下の階段に合わせて階段状の構造になっており、手の跡は階段状の上部と下部についていた(つかまった手の位置は右が上、左が下と段差があるから、よけいにつかまりにくい)。その2カ所の手の跡が明代のものであることについては矢野も直子も認めていた。TBS『ニュースの森』の取材に矢野は、手の跡を指さしながら、それが明代のものであることを認めた上で、「生きようとする執念のようなものを感じる」とコメントしている(1回目の放送)。「意に反して落とされた」とでもいいたかったのだろう。人間の血が通っているとは思えないコメントである。矢野は「横倒しに落とされた」とも主張するが、横倒しで落とされた人間が両手で手すりにつかまることは至難の業ではあるまいか。

 代理人が「落っこちているはず」と千葉に同意したということは、手の跡が明代のものであると認めたということである。手の跡が存在したこと、およびそれが明代のものであることを認めれば、手の跡に関してそれ以上千葉に何を聞くことがあるだろうか。しかし、代理人はなお手すりに残ったはずの組織にこだわった。



代理人  そうじゃなくて、私は跡をいっているのではないのですよ。その跡が、ぶら下がった跡であって、そしてそこに、そういうふうな手の跡が残っている、指紋が採れないということは、手をこすっているはずなのですよ。いいですか。

千葉  はい。

代理人  そうすると、必ず手の組織の一部はそこに必ず残っているはずです。日本の警察の現在の技術からしたら、その組織を検査することによって朝木さんがぶら下がったものかどうかというのはすぐわかったはずです。だれもそのときに、それを調べようとした人はいないのですか。

千葉  調べなかったというのは、先生、何を根拠におっしゃっていますか。

代理人  だって、調べなかったのだから。

千葉  だれが。

裁判長  だから、そこを調べたのですか。

千葉  はあ、もう1回先生聞きますよ。これが朝木さんの手を調べたということですか。

代理人  手を調べたのではなくて、そこに残っている手の跡の中には、あなたのいわれる方法によりますと、必ず手をこすっていますから、朝木さんの手の組織がそこに残っていたはずだというのですけれども、それはいいでしょう。

千葉  そうですね。

代理人  それなら、その組織と朝木さんの手の組織を調べれば、これは朝木さんがそこからぶら下がったということは、これは証明できますよ。そこまで捜査をしましたかと聞いているのです。してないですね。

千葉  DNA鑑定をしたかという意味ですか。そういう趣旨の質問ですか。この朝木さんの手の付着物と、ここの付着物の一致する鑑定をしたかということですか。

代理人  そうです。

千葉  そういう趣旨ですね。

代理人  そうです。してないですね。しましたか。

千葉  していますよ。肉眼でわかる範囲でしかやりません。検死官が肉眼で見ればこれはわかるのです。手の先の付着物を採取するのです。採取して、ここのところを比べております。それは肉眼でありまして、機械にはかけてないことは事実です。専門家が見て、そういっています。

 ただしこれについて、矢野さんがおっしゃっているでしょう。矢野さんがここで異物鑑定をやっているでしょう。鑑定に頼んだでしょう。朝木さんのスカートがここから跡が残っていることで、矢野さんが鑑定に出したのですね。そうしたら、違うといわれましたね。そこでは鑑定されたでしょう。鑑定にお願いしたから。

裁判長  それは違う話なので、結論的には、今いわれた範囲では捜査した結果、科学的なものはしていないということですか。

千葉  科学的なものはしていません。肉眼ではやっております。採取しております。



 代理人は組織の捜査をしたかどうかを問いただすことで何を明らかにしようというのか。捜査がずさんだったといいたかったのだろうか。しかし、明代の手指の付着物を採取し手すりの表面の汚れ部分と比較したという説明で十分だったろう。裁判官も介入はしたものの、「肉眼でやった」とする千葉の供述に対してそれ以上何も聞かなかった。

 ところで、ここで千葉がいった「矢野が行った鑑定」とは、明代のズボン(千葉のいった「スカート」は単純な誤り)に横方向に入っていた何本かの白い筋がどこでついたものかを鑑定に出したことを指している。矢野はこの白い筋が手すりの塗料なのではないかとの推測を述べていた。つまり、ズボンに横向きの白い筋が入っていたということは、横倒しに落とされた証拠ではないかという意味である。

 しかし『ニュースの森』によれば、鑑定の結果は、何かにこすった痕ではあるが、手すりの塗料ではないというものだった。そもそも、矢野は手すりの手の跡が明代のものと認めているから、当初の想定自体に矛盾があったということである。

 さて、転落現場真上の手すりに手の跡があったことを認め、さらにそれが明代のものであることを認め、手の付着物が手すりに一致していたことまで明らかにされた西村代理人はこれ以上、手の跡に関する尋問を続けることはできなかった。逆にこれまでの尋問をみる限り、代理人は千葉を追い詰めるどころか、結局は千葉の判断の正当性、合理性を説明させただけだったように思える。

 代理人自身もそう感じたのだろうか。以下の代理人の尋問は、すでに尋問ではなくなった。本筋とは関係ないが、参考までに代理人の言い分を聞こう。



代理人  今初めて聞く話ですよ。あなた方は要するに、捜査をしたといったって捜査の記録を全然出さないから、本来は公判廷において被告人の要求に基づいてそれを出さなければならないものをいっさい出さないで、質問されると、やあ、実はやったのだとか、本当にやっているのかやっていないのか、それは全然わかりませんよ。あなたはそういうことは、この法治社会でまかり通ると思っているのですか。

千葉  先生のご質問は、民事裁判で刑事資料を出さないのがだめだと、こういう質問ですね。

代理人  民事裁判で相互の主張、立証をする重要な証拠というのは、これはやっぱり証拠というものは公平にあれしなければならないものですから、刑事事件でそれを利用する機会が奪われている以上は、民事裁判でも出すのが当たり前であるというふうには私どもは考えています。

千葉  現行の訴訟の中で、刑事資料を民事裁判に出さないのは原告に限ったことだというご質問ですか。

裁判長  そういう質問ではないのですけれど、その点はよろしいのではないでしょうか。



 西村代理人の言い分は一般論として一面においてはきわめてまっとうなものと思えるが、この尋問は一般論を主張する場ではない。しかも、手すりに残された手の跡の存在を否定できなくなり、最終的にそれが明代のものであることについて疑念を差し挟む余地がない状況に追い込まれたあとでは、正論も負け惜しみに映る。千葉の供述を待たず、この件に関する尋問を終わらせた裁判長の穏やかな口調が、よけいに心証の優劣を際立たせた。

 なお、「行動する保守」Aは千葉が尋問されている途中で法廷から出て行ったようである。

(つづく)

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第2次落書き裁判第6回口頭弁論
 千葉英司元東村山警察署副署長がブログの記事および写真を無断掲載されたことなどによって名誉を毀損され、肖像権を侵害されたとして千葉県浦安市の行政書士黒田大輔を提訴していた裁判は平成21年12月18日、和解が成立した。和解調書に記載された和解条項は以下のとおりである。



和解条項

1 被告は、原告に対し、被告が開設するインターネットブログ「日本を護る市民の会のブログ(仮)」の平成20年(2008年)9月5日付け記事中の原告の写真に不適切な記載をしたことについて、遺憾の意を表する。

2 被告は、前項のブログの原告の写真及び同写真の説明書(せつめいがき)6行分(「13年前の」から「おかしくない?」まで)を、平成21年12月25日限り、削除する。

3 原告と被告は、今後、お互いに誹謗中傷しないことを誓約する。

4 原告はその余の請求を放棄する。

5 原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

6 訴訟費用は各自の負担とする。



 なおこの和解は、書類上は12月18日に成立しているが、実際には黒田が和解条項に定めた削除を実行したのちに和解調書が作成されることになっていた。千葉に対して和解調書が送達されたのは12月23日で、消印は12月22日である。一方、記事および写真の削除に同意した黒田は12月23日午後になってもまだ削除義務を果たしていなかったが、夕方になって当該箇所の削除が実行されたことが確認されている。

 この経過をみると、裁判所が当該箇所の削除を確認しないうちに和解調書を作成することはあり得ないから、裁判所は22日に黒田に対して23日中に削除を実行するよう要請し、確約を取り付けた上で和解調書を作成し、千葉に送達したものとみられる。仮に黒田が18日に同意した削除を25日までに実行しなければ和解は不成立となり、判決となった可能性もないとはいえない。

 いずれにしても、黒田が当該箇所を期限よりも早く削除したことはさすがに法律家らしい賢明な判断である。和解協議当日に削除していればもっとよかったが、和解協議から6日間放置したのは法律家としてのプライドが関係していたのだろうと推測する。1日も早く削除することが彼自身の社会的信用を回復させることにもなる、ということにまでは考えが及ばなかったらしい。黒田を「若手のリーダー」として高く評価している「行動する保守」Aは先輩として何かアドバイスをしてやらなかったのだろうか。

和解成立直後にお礼参り

 さて、「チバー」「ウソ」などと落書きをした写真とともに黒田が削除した「説明書」とは以下の記述である。

〈13年前の「万引き捏造事件」の捜査指揮を取った当時の東村山署の千葉副署長が○○(洋品店)前へお出まし。彼ら(創価)にとって非常事態であることの表れだろう。瀬戸さんのブログから拝借した千葉さま♡ なんで、店の人間でもないのに西村さん達を排除したのか? 既に退職してるなら公権力の行使はできないぞ? おかしくない?〉

 和解協議では当初、削除対象は落書き付きの写真のみだったが、千葉が「万引き捏造事件は存在しない」などと主張して削除を要求。裁判所も千葉の主張を認容し、最終的に黒田も削除を受け入れた。

 削除の経過をみると、黒田が裁判官の勧告に納得したのかどうかは定かではない。むしろ12月18日午後、和解成立の直後に仲間を引き連れて洋品店に行ったところをみると、和解内容に不満を持っていたらしいことがうかがえる。千葉では相手が悪いから、指南役である矢野穂積のいう「弱いところ」を攻めようとしたようにもみえる。

 問題箇所がブログから消えてなくなったことは、実は彼自身のためでもある。そのことに気がつけという方が無理な注文なのだろうか。

(了)

(宇留嶋瑞郎)
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西村修平「婚外子」差別発言裁判判決(速報)
 外務省主催の意見交換会における発言によって名誉を毀損されたとして出席者の女性が主権回復を目指す会代表の西村修平を提訴していた裁判で、東京地裁は平成21年12月24日、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。

 裁判で原告は、西村から「私生児が、私生児が」「おまえは何人不倫の子を産んだのか」などと誹謗中傷されたことにより名誉を毀損されたと主張。これに対して西村は「私生児が、私生児が」などと発言しておらず、たんに婚外子問題に関する一般論を述べただけで原告の名誉を毀損していないと主張していた。

 法廷には西村を支援する「行動する保守」Aとその弟子ら20名近くが集まり、判決言い渡しの際には拍手も起きた。西村は棄却判決がよほど嬉しかったのだろう。わざわざ私に近寄ると、ねぎらいの言葉をかけるとともに握手を求めてきたほどだった。

 私がはしゃぐ西村を相手にせず退廷しようとすると、今度は「行動する保守」Aがドスを利かせた声でこういった。

「ちゃんと報告しろよ」

「行動する保守」一行のリーダーともなると、さすがに言葉の重み、威圧感が違うというべきである。

 なお、傍聴人の中に浦安の行政書士の姿は見かけなかった。

(宇留嶋瑞郎)
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