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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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西村修平事件第6回口頭弁論(その14)
矢野が送っていたメール

 矢野がマスコミに対しては「他殺の証拠」として「ファイナルメッセージ」が録音されたテープを提供した一方、警察には提出しなかったことについては、まだ警察から要請されていないという言い訳もできないではない。しかし、東村山署が事務所と自宅をみせてほしいと申し入れたにもかかわらず拒否したとなると積極的な捜査協力拒否である。

 朝木はTBS「ニュースの森」の取材にはテレビカメラを入れ、自宅の靴箱を撮影させているし、事務所内の映像もある。ところが警察の捜査には協力しないとはどういうことを意味するのか。はっきりした理由はわからないが、少なくとも遺族の対応は不自然とみられても仕方があるまい。もちろん矢野も朝木もそのことを十分に自覚しているのか、「東村山署から捜索の申し入れはなかった」と主張している。西村代理人は、今度は矢野と朝木のこの主張について聞いてきた。



西村代理人  それでは、あなたはしばしば否定していますけれども、矢野さんも朝木大統さんも直子さんも、東村山警察から朝木さんの自宅とかあるいは草の根市民クラブの事務所を、これをとにかく捜索させてくれというふうな申出をいっさいなかったと、したがって断ったこともなかったと、それは間違いないですか。

千葉  警察は捜索という言葉は使っておりません。任意捜査ですから、家の中、事務所をみせてくださいと申し入れました。

代理人  そういうこともないといっているのです。

千葉  いや、あります。先生がお出しになった矢野調書がありますね、私が提出しました甲号証で、矢野氏の調書の中でも入っています。そういう要請があった、それから私の出した乙骨さんの調書、その中でも、その件については私の主張に沿ったことは証言しております、2人とも。申し入れをしたと、それを断ったということが。



 千葉は尋問(平成21年11月11日)に先立つ平成21年10月29日付準備書面で、「週刊新潮」裁判における乙骨正生の供述と「聖教新聞」裁判における矢野自身の供述(「西村修平事件第5回口頭弁論その2」参照)を書証として提出し、東村山署が「草の根」事務所と朝木の自宅を見せてくれるよう要請した事実および矢野と朝木大統がそれぞれ申し入れを拒否した事実を述べている。これに対して、西村代理人が千葉の準備書面を矢野に見せたところ、矢野が代理人にメールを送ってきたという。メールには次のような記載があった。

〈甲26(乙骨調書)、甲5(矢野調書)、甲20(千葉陳述書)それぞれどのような証拠が提出されているか、不明ですが、千葉の主張する「証言」を当方がしている事実はありません。〉

 矢野が西村代理人にこのようなメールを送ってきたということは、代理人から少なくとも千葉の準備書面と証拠説明書が送られているということである。証拠説明書には、その証拠がどのようなものであるかが明示されている。すると矢野が、千葉が準備書面で示した証拠について「それぞれどのような証拠が提出されているか、不明ですが」と述べるのは不可解である。仮にわからなかったとしても、矢野が警察の要請を拒否したかどうか重要と考えているのなら、代理人にその書証が何なのか、また何が書かれているのかを確認すればよい。また代理人も、矢野が「不明」といっているのならただちに説明すればよかろう。

 矢野が仮に乙骨の供述内容を知らなかったとしても、自分自身が供述した内容を知らないことはあり得ない。代理人にしても、矢野の調書は千葉から提出されているのだから、矢野が「東村山署から立ち入り調査の要請があったこと」を認めていないのかどうかは容易に確認できる。千葉が提出した調書を確認すれば、申し入れの存在を否定する矢野の主張の方がおかしいことはすぐにわかるのではあるまいか。

 矢野は「東村山署は立ち入り調査の要請もしていない」とする主張を真っ向から否定する確かな証拠を提出されたために、その証拠がどのようなものか「不明」とすることで具体的な反論を避けようとしていることも明らかだろう。代理人は、裁判所が尋問の供述に基づいて作成した調書の方が信用できないというのだろうか。

 しかし、西村代理人は続けて「本人はそんなことはいった覚えが全然ないといっていますけれども」と食い下がったものの、「お出しください、その私の書証を。違うとおっしゃるならば」と千葉に反論されると、この点に関する追及をあっさり切り上げた。自らの供述を記録した調書の内容を否定する矢野の主張が信用できるというなら、千葉の目の前で調書を示し、千葉に指摘させればよかろう。しかし代理人はそうはしなかった。

 なぜなのか。代理人は千葉に指摘されるまでもなく、矢野調書の内容を認識しており、千葉の反論に乗って調書を出すことによって千葉の主張を裏付けてしまう結果にしかならないことがわかっていたのだろう。

目撃者の公表を求めた西村代理人

 その代わりに代理人は再び、当時東村山署が通話記録を確認していなかったこと、警察犬が明代の臭跡をたどれなかったことを根拠に、東村山署が明代の転落死直前の動きを把握していなかったのではないかと千葉を追及した。そんな状況で、どうして自殺(「他殺」ではない)と断定できるのかという趣旨である。これに対して千葉は目撃証言によって当夜の明代の動きはほぼ把握できていると供述した。すると代理人は、今度は千葉のいう目撃証言の信用性に疑問を呈した。



代理人  目撃者証言というけれど、それはあなた方がそういうだけであって、目撃した証言の内容はこちらはわかりませんから、どういう人間なのか、またどういう内容の証言をしたのかをまったくわかりません。

千葉  目撃者は誰かということは、警察は発表しないのが原則でございます。

代理人  それは刑事事件についての問題でしょう。

千葉  民事事件でも同様でございます。

代理人  警察は発表しないで、そして目撃証人がいるといってただその主張をするだけだったら、それが証拠として価値があるのかどうかというのは相手方はまったくわからないではないですか。

千葉  いや、地検の捜査結果でも目撃者がいたということになっているのではないですか。私が示したのが、別件の裁判で判決はそうなっているのでしょう。警察の捜査だけではないですよ、地検の捜査でもわかっているのですよ。



 西村代理人は警察が発表し、東京地検も認めている目撃証言が信用できないという。その上、刑事事件では目撃者を公表しないことを認めているにもかかわらず、民事では公表すべきだと主張している。

 目撃者の証言に価値があるのは、利害関係のない第三者によるものだからである。弁護士である代理人は、刑事事件で利害関係のない目撃者を公表しない理由が、証言者の保護にあることは十分に理解しているのだろう。仮に関係者に目撃者が特定された場合、目撃者にお礼参りなどの危害が加えられる可能性があるし、その場合には証言内容が曲げられる可能性もある。つまり、目撃者を公表しない目的は証言者の保護とともに事実の歪曲ないしは隠蔽という不正義が行われることを防ぐことにある。警察が目撃者を公表したのでは報復を恐れて証言する者もなくなろう。

 民事裁判だからといって目撃者保護の大原則が変わる理由はない。すでに万引き被害者が矢野と明代から脅され、転落した明代の身を案じて声をかけたファーストフード店員が朝木から難詰されている東村山事件においてはなおさらそうである。捜査指揮官である千葉もまた亀井静香や白川勝彦による政治圧力を受けている。むしろ目撃者を公表すれば、矢野と朝木がお礼参りに行く蓋然性がきわめて高いとみるべきだろう。捜査機関がこれ以上新たな被害者を増やすようなことをするはずがあるまい。

 東村山事件では、証言に対する警察の判断について地検が異論を差し挟んでいるのならともかく、地検も警察の判断を追認し、裁判でも警察の捜査に違法はないと認定している。そのような状況で、西村代理人の目撃者とその証言内容を明らかにしなければ信用できないという主張に説得力があるとも思えなかった。

 代理人は千葉の供述を聞くとそれ以上は反論せず、尋問を終えた。裁判長は目撃者については一言も言及せず、千葉に対して「これ(陳述書)はあなたの言い分をお書きになったものということでよろしいですか」とだけ確認し、尋問は終了した。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その15)
尋問当日に提出された書証

 千葉と西村に対する尋問が行われた平成21年11月11日、西村代理人は準備書面とともに矢野からのメールを書面化したものを書証として提出している。尋問における代理人の尋問内容と主張は大筋において矢野の書面と符合しており、代理人の尋問が矢野の書面に基づいて行われたものであることがうかがわれた。

 代理人が書面化した書証は「千葉準備書面(6)の疑問点」と題して9ページ。証拠説明書の日付によれば、矢野からのメールは1週間前の11月4日に送られてきたものとみられる。その内容は前回紹介した事務所および自宅の調査の申し入れに関する主張のほか朝木事件全般にわたるが、いずれもすでに裁判で排斥された主張がほとんどである。

 その中で、これまであまり裁判で主張してこなかったことといえば、千葉の主張の根拠とりわけ物的証拠など警察の捜査資料が法廷に提出されていないこと、万引き事件などの目撃者が明らかにされておらず、反対尋問にもさらされていないから信用性がないなどとする主張である。前回までにみてきたように、千葉を追及するはずが逆に捜査結果の正しさを認めさせられ追い詰められた西村代理人が最後に、警察は捜査資料を提出していないとか目撃者の身元を明らかにせよなどと主張したのも、矢野のメールの影響を受けたもののように思えてならない。

 要は、捜査資料の提出を求める以前の問題として、矢野も代理人も裁判所にその主張を認めさせるだけの反証も提出できず、また合理的な反論もできなかったということにすぎない。たとえば実際に矢野は、「聖教新聞」裁判で明代がアリバイを主張したレストランのレシート一覧の提出命令の申立をしたが、東京地裁はこれを却下している。もちろん矢野が代理人にそんな経過を説明しているはずはない。今回の尋問で裁判長が、千葉に対して捜査資料の提出も目撃者の公表も求めなかったことも同様の経過といえるのではあるまいか。

 尋問を終えた西村代理人が、書証の提出から主張に至るまで全面的に依存した矢野の主張と説明をどう考えているのかは定かではない。しかしこれまでの経過を知る者からみれば、矢野が送ったメールの内容にはなんらの真実もなく、なんとか代理人を丸め込もうとしているようにみえる。参考までにその一部を紹介しよう。

自ら否定していた拉致・監禁説

 明代が矢野に最後の電話をかけてきたときの状況について矢野と朝木は、「生命の危機的状態にある」という声紋鑑定の結果が出たことを理由に、明代が脅された状態で電話をかけさせられたものだと主張している。その後、転落ビルまで連れて行かれ、突き落とされたというのが矢野と朝木の主張で、西村もまた同じ主張をしている。これに対して千葉は準備書面で、矢野自身が拉致・監禁説について否定した事実を紹介するかたちで拉致・監禁説を否定した。これに対して矢野はメールで次のように反論している。

〈「被告の主張は、拉致・監禁中の朝木市議が自宅から矢野氏に電話したとの前提であるが、別件の聖教新聞事件裁判で拉致・監禁説を否定した矢野氏の証言とも矛盾する。」との千葉の主張は我田引水の典型で、NTT通話記録(証拠あり)から特定できます。〉

 矢野はそういいながら、なぜ千葉の主張が「我田引水」といえるのかについて具体的な説明はいっさいしていない。もちろん千葉がここで「明代が矢野に電話してきたこと」それ自体に疑念を唱えているわけでないのは明らかである。したがって、「NTT通話記録(証拠あり)から特定できます。」ということによって矢野が何をいいたかったのか趣旨不明というほかない。具体的な説明ができなかったものと理解できよう。

 千葉がここで主張しているのは、「明代は犯人から脅された状態で最後の電話をかけさせられた」すなわち「明代は事務所から拉致され、自宅に一時的に監禁されたのちにビルから突き落とされた」とする矢野の主張は、矢野自らが否定しているということ、すなわち「拉致・監禁説」にはなんらの根拠もないことを西村の唯一の情報源である矢野自身が認めているということである。「聖教新聞」裁判において矢野は以下のように供述している。



東京都代理人  具体的にはどのような方法でそういう殺人が行われたというふうに、あなたは考えているんですか。

矢野  殺人が行われた方法を私に教えろといわれてもですね、それは推測の域しかできませんし、5階の階段手すりあたりから落とされたということ以外にないんじゃないでしょうか。

代理人  今明らかになっている時点では、自宅に監禁されていたということでしょ。自宅に監禁されていて9時19分ごろ、あなたのキャッチに何か墜落したパイロットの交信みたいな形で危機に瀕したようなトーンだったと、こういうことですよね。

矢野  そのとおりですが。

代理人  その前は、そもそも明代さんは、どういうふうに呼び出しをかけられたんですか。

矢野  だから、私は主尋問では何もお話ししてないと思いますが。鑑定の結果については資料を基にお話ししたと思いますが。



 こう供述して、それまで主張してきた「拉致」の状況について話そうとしない矢野に対して、代理人は矢野が高知の反創価学会活動家に対して電話で語った内容を具体的に突きつける。



代理人  東村山の駅まで、だから駅にだれか来てですね、交番がすぐにあるんですが、交番の側にはボックスがあって、そこから電話をかけてきて、どう行けばいいかって聞かれてるでしょう。そうする。じゃあ待ってて、迎えに行ってあげるからという調子でですね、全部を置いて鍵だけかけて迎えに行って帰ってくると2分、その状況で消えているんですと。

矢野  イメージは。

代理人  イメージはということで、これがあなたの拉致殺人説の基本的な筋なんじゃないんですか。

矢野  ちょっと、もう少し文脈を読んでから聞いていただきたいんですが、それは時間の経過というか、時間の経過がどのくらいの関係だったかと、それを例示してイメージでお話ししただけであって、別に殺害事件のストーリーをそこでシナリオをいっているわけでは全然ありませんから、誤解のないようにしてください。

代理人  違うんですか。それではあなたが思っている本件が殺人であるというような状況というのは、1つは自宅に監禁されていたと、そこから電話をしたんだとそういうことですね。それも違うの。

矢野  私は監禁されたとまでは公表しておりませんが、自宅から21時19分に9・5秒のキャッチホンを私にかけてきた、それが最後の電話であると、したがって、最後こちらと連絡を取ったのは自宅であると、それははっきりしているという事実しか言っておりませんが。

代理人  そうですか。

矢野  はい。そこから拉致された、どこへ行ったという話はどこにも出ておりませんよ。この件に関しては殺害事件ですから、不用意な発言はいっさいしておりませんし、市民新聞にも書いておりません。



「時間の経過」を説明するのに、なぜ駅の近くの電話ボックスから何者かが草の根事務所に電話をかけ、明代を呼び出したなどという具体的かつ詳細なイメージが出てくるのかわからないが、矢野がこのストーリーを第三者に話していたことは動かせない事実である。重要なのは、理由はどうあれ、矢野が法廷で自ら話したストーリーを否定したという事実だろう。

 もう1つ重要なのは、矢野が第三者に対して自宅監禁説を主張していながら、尋問ではなぜか「自宅監禁説」「自宅からの拉致説」を公表した事実はないと主張している点である。本当だろうか。矢野は明代の葬儀が営まれた平成7年9月4日に放送されたラジオ番組のインタビューに次のように答えている。



――矢野議員としては、朝木さんは脅かされた中で電話をしてきたということなんでしょうか。

矢野  そのへんはちょっと確言はできませんが、非常に自由がきかない状態でかけてるんじゃなかろうかと思います。

――略――

――ということは、拉致監禁というような状況にあったかもしれないということですか。

矢野  そういう推定ができるということと……――以下、略――。



 明代は拉致監禁という状態で電話をかけてきた(と推定できる)と矢野は述べている。これは「自宅監禁説」を公表したということにならないのだろうか。また矢野は、当の「聖教新聞」裁判で尋問前に提出した陳述書で次のように述べている。

〈この事実(靴が発見されていない事実)は、朝木議員が現場まで自ら歩いていったのではなく、事務所に電話をかけたときにいた自宅から何者かに連れ去られたことを物語っています。〉

 これが「自宅からの拉致説」でなくて何だろうか。ここで矢野が、転落した明代が最初から靴を履いていなかったことを認めている点も興味深いが、いずれにせよ矢野は裁判官の前で陳述書にも記載した「拉致・監禁説」を否定し、「最後のメッセージ」は9時19分に明代がかけてきたもので、それが最後の電話であり、自宅からかけたものであるという事実しか意味しないことを認めたのである。 

〈「被告の主張は、拉致・監禁中の朝木市議が自宅から矢野氏に電話したとの前提であるが、別件の聖教新聞事件裁判で拉致・監禁説を否定した矢野氏の証言とも矛盾する。」との千葉の主張は我田引水の典型で、NTT通話記録(証拠あり)から特定できます。〉(再掲)

 矢野の主張と尋問での供述の経過をふまえて、矢野が西村代理人に送ったメールの記載内容をあらためて確認すると、矢野が代理人に対して何を隠したかったのか、事実がどこにあったのかということがよりご理解いただけるのではあるまいか。西村代理人は矢野のこの説明に何も疑問を感じなかったのだろうか。

 矢野は自分自身が「拉致・監禁説」を否定したことを隠したかった。自分たちに対して主張したことを実は矢野自身は否定していたことを知れば、いくら「行動する保守」一行でも、少しはおかしいと気づくかもしれない。それだけでなく矢野にとって、「拉致・監禁説」を否定するということは「他殺説」を自ら否定するに等しい。すると当然、明代の転落ビルまでの足どり、すなわち明代は転落前に草の根事務所に立ち寄らなかったのかという疑問も出てこよう。

 そんな事情も知らないまま、西村ら「行動する保守」一行は矢野の「拉致説」を鵜呑みにしたのである。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その16)
鍵受領の経緯について

 千葉の準備書面の中でも、矢野と朝木がことのほか強い反応を示したのが初動捜査で発見されなかった「鍵」の件である。矢野と朝木は鍵について、「発見のされ方が不審」である上に発見後の扱いもずさんだとし、東村山署が「まともな捜査をしなかった」とする理由の1つに挙げている。

 これに対して千葉は、矢野と朝木は「鍵がない」と騒ぎ、そのことが「他殺」が疑われる理由の1つと主張しながら、それらしい鍵が見つかったので確認を求められてもすぐには応じなかったと主張している。鍵発見後の経緯について千葉は準備書面で次のように記載している。



千葉準備書面

 鍵が発見されたのは朝木市議死亡当日の9月2日午後5時30分頃で、発見者が警察へ届けたのは9月4日午前0時45分である。――略――

 鍵の捜査が終了した9月11日に鍵を保管する会計係員が直子氏に探していた鍵らしいのが発見されたので確認に来るようにと電話で伝えたところ、弁護士と相談してからとか、多忙を理由に確認に応ずることを渋った。警察の再三にわたる催促を受け、直子氏が弁護士らを伴って警察に来たのは9月14日である。直子氏が確認を渋った事実を隠蔽しつつ、鍵が不明なのは謀殺事件の証拠だとマスコミに向けて喧伝していたことは不可解というほかない。確認した日は「東村山の闇」にも明記していない。



 これに対して矢野は、西村代理人に送ったメールで次のように反論している。



矢野メール 

「その後、警察が所要の捜査をしたところ、鍵は転落現場のビル2階の廊下に置いてあったカゴに入った使用済みのおしぼりの間に入っていたもので、」という事実は今回、千葉の指摘で初めて知りました。「何者が何の目的で置いたかは解明できていないが、警察犬が帰った後に置かれた可能性がある」というのなら、なぜ、カギ拾得者の「○○(実名)」及び焼肉店オーナー「○○(実名らしい)」(事件現場ビル内在住)を徹底的に取り調べなかったのか不明です。特に「○○」(オーナー)については「出頭をかけたが拒否し、在日なので呼べなかった」と地検の担当佐藤検事が私(矢野)に伝えています。

――略―― 

「警察の再三にわたる催促を受け、直子氏が弁護士らを伴って警察に来たのは9月14日である。」という千葉の主張ですが、「潮」事件判決でも指摘されているとおり、「虚言癖」ともいうべき千葉の特性です。全くそのような事実はありません。



 朝木が鍵の確認に来たのが連絡を受けてから3日もあとの9月14日だったとする千葉の主張を「虚言癖」といっているにもかかわらず、矢野はなぜ確認に行った日がいつだったのかを具体的に明らかにしないのか、きわめて不可解である。

 しかしこの件に関する本質的な問題は、矢野が鍵の確認に行った日を明らかにしないことよりも、鍵の確認に行ったのが連絡を受けてから3日後だったこと、またその点を指摘されたことに対して矢野はなぜこれほどムキになって反論する必要があるのかというところにあるような気がしてならない。確認に行ったのが3日後になった理由がたんに都合がつかなかっただけだったのなら素直に認めればいいのではあるまいか。

 にもかかわらず矢野が、朝木が鍵の確認に来たのは3日後だったという指摘にこれほど執拗に反論するのは、実際にはやはり何か、彼らなりの思惑があったからではないかという疑念を逆に生じさせる。そうでなければ、確認に行った日付も明らかにしないまま「虚言癖」の一言で片づけるのは一方的過ぎよう。

特定された時間と場所

 鍵が見つかったとの連絡を受けた朝木は、他殺の重要な証拠」と主張しているにもかかわらず、ただの確認に行くまでになぜ3日もかかったのだろう。明代の鍵かどうかを確認するだけだから、もちろん弁護士を同伴する必要があるとも思えない。むしろ「他殺」を主張しているのだから、それが明代の鍵かどうかを確認するのが先決なのではないのか。早ければ早いほど捜査が進展する可能性も高まろう。

 しかし、それはもちろん明代の転落死に第三者が関与していればの話である。東村山署の捜査では、事件発生前後に不審な人物の目撃情報や争う声を聞いたという証言はなく、現場でも他殺すなわち第三者が介在したと判断できる状況は発見されていない。明代が置いた可能性があるかといえば、矢野もいうように、どう考えても明代がおしぼりケースの中に鍵を隠す理由は考えられない。すると、鍵をおしぼりケースの中に入れたのは誰なのか。明代の転落死に犯行グループが存在しないとすれば、明代の鍵を入手することのできる人物は限られてこよう。

 それはともかくとして、鍵が発見された時刻からみて、鍵がおしぼりケースの中に入れられた時間は警察の捜査終了後から発見まで、9月2日の数時間に限定される。また、おしぼりケースは前日から同じ場所にあったもので、遅くとも9月1日午後9時30分前後まで明代が鍵を所持していたのは明らかだから、鍵が入れられた場所と発見場所が同一であることもほぼ特定できよう。つまり、鍵が入れられた時間帯が絞られ、鍵を入れた場所が限定されるということは、鍵を入れた人物をかなりの範囲で限定させるということである。

(つづく)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その17)
鍵を入れた思惑

 矢野と朝木が騒ぐ「なくなった鍵」がおしぼりケースに入れられた時間帯と場所は絞られた。では、発見状況はどうだったのか。鍵はおしぼりの間に入れられており、店員が鍵を発見したのはおしぼりの出し入れの際である。つまり、たまたま店員が鍵周辺のおしぼりを取り出すかなにかしたために発見されたのであり、偶然性が高い。鍵をおしぼりの間に入れた人物は、すぐには発見されないことを想定していたか、そうもくろんでいたと推定できるのではあるまいか。

 店員が触ったおしぼりが鍵の近くでなければ、現場では発見されないままリネン業者あるいはクリーニング業者へと運ばれ、転落現場とは無関係の場所で発見された可能性もある。その場合には、鍵がいつ、どこで、誰によって入れられたのかを確定することはより困難となる。あるいはそのまま鍵は永遠に発見されず、矢野と朝木の主張する「疑惑」がよりいっそう深まる結果になった可能性さえあろう。

 鍵をおしぼりケースに入れた人物にとって、鍵を入れた時間帯と場所も、靴が発見されていないのと同様に確定されない方が都合がよかったのだとすれば、初動捜査が終了したその日のうちに、しかも転落現場の2階で発見されたことは予定外だったということになるのではないか。鍵を入れた人物は、自分に疑いが向けられる可能性をまず警戒するだろう。それなりの口実を用意しておかなければならないと考えるだろうし、警察がどこまで事実をつかんでいるのか見極める必要があるとも考えるだろう。

 鍵がないと騒ぎながら、矢野と朝木が鍵の確認に出向くまでに3日を要し、ただの確認にすぎないにもかかわらず弁護士まで連れて行ったのはなぜなのか。また鍵の確認に行ったのが「9月14日だった」とする千葉の供述が「虚言癖」と主張する一方で、矢野はなぜ受領の日を具体的に述べないのか。通常、遺失物の受け取りには受け取った者が自分自身で受領証に日付と署名・捺印をするはずで、偽造でもしないかぎり、その日付は一応客観的なものと判断できる。その客観的に証明できる日付を千葉が偽っていったいどんな利益があろうか。

 しかも、「他殺の重要な証拠」と位置付けている鍵について、電話の会話を漏れなく録音するほど注意深い矢野と朝木が、まさかその重要な鍵受領の日付を記録していないはずがない。たったそれだけのことをなぜ矢野は明らかにしないのか。また西村代理人は、そのことを不審には思わないのだろうか。

 この間の矢野の対応はきわめて不可解というしかないが、さらに不思議なのは、矢野の口ぶりが何の利害関係もない発見者が鍵の隠匿に関与していたかのように聞こえることである。矢野はいったいどんな根拠があって発見者があたかも鍵の隠匿に関与していたかのような書き方をするのか。もちろん発見者に何か不審点があるとする客観的根拠も矢野は示していない。

婉曲にアリバイを主張

 矢野が「発見者が鍵の隠匿に関与している」と主張したいのだとすれば、それは何のためなのか。そう主張することによって、鍵をおしぼりケースの中に入れたのは自分ではないと婉曲に主張しようとしているのだろうか。とすればなおのこと矢野は、鍵受領の経緯を明確に説明すればよかろう。

 明代が転落直前に事務所に本当に立ち寄っていないのか否か、矢野が明代のバッグの中身を見たとき問題の鍵は本当に入っていなかったのか否か。その真相はいまだ客観的には解明されていない。何の根拠も示さないまま発見者が何か不審であるかのように書き、「千葉の虚言癖」とまで論難しながら鍵受領の日付を明確にしないという姿勢では、矢野はかえって疑いを持たれることになるのではあるまいか。

 なお、矢野は「東村山市民新聞」ホームページで千葉の「(鍵は)警察犬が帰った後に置かれた可能性がある」とする準備書面の記載を取り上げ、〈「警察犬が帰った後」というのは「2日午前1時ころ死亡の確認された朝木明代議員の遺体」がようやく東村山警察に搬送されたころなのである。〉とし、「警察犬が帰った後」の時間帯を明代の遺体が東村山署に搬送された時間帯、すなわち「午前3時20分ごろ」に限定しようとしているようにみえる。この時間帯、矢野は朝木らとともに東村山署にいたはずである(少なくとも転落現場にはいない)。

 これによって矢野は何をいいたいのか。〈「警察犬が帰った後」というのは「2日午前1時ころ死亡の確認された朝木明代議員の遺体」がようやく東村山警察に搬送されたころ〉とすることで、その時間帯に自分は転落現場にはいなかったので鍵を置くことはできないということをいいたいのではないか。自分にはアリバイがあると。

 しかし、「警察犬が帰った」のは「明代の遺体が東村山署に搬送されたころ」ではなく午前7時30分前後である。「警察犬が帰った後」を普通に読めば、「帰った後」とはある特定の時刻を指すのではなく、「警察犬が帰った後」から鍵が発見されるまでの長い時間帯を指すことは明らかである。したがって、矢野がそれを鍵が置かれた時間=「明代の遺体が東村山署に搬送されたころ」とあえて限定するのはやはり、自分が置くのは不可能と印象づけるためであると理解するほかないのではあるまいか。

鍵がないことを早くから知っていた不思議

 ところで、人がビルから飛び降り自殺をした際、飛び降りた場所に靴を脱いで揃えておくことがある。だから明代の場合も、靴を履いていなかったため初動捜査で靴の行方を入念に捜索した。言い換えれば、通常の状態なら靴は当然履いているもので、明代は裸足だったから靴がないことがすぐに判明したということである。たとえば仮に明代がふだん眼鏡をかけていたのに転落現場になかったということなら、眼鏡が捜索の対象になったかもしれない。

 しかし矢野と朝木が騒ぐ鍵については、その鍵がないために自宅や事務所に入れないという事情があったわけでもなく、すぐに「ないのはおかしい」と気づくようなものだろうか。乙骨正生の『怪死』には、次のようなきわめて興味深い記載がある。早朝の6時に矢野から「朝木さんが殺されました」と連絡を受けた乙骨が東村山署に駆けつけた直後、矢野から説明を受けたときのもようである。



〈(検察官の検死の前に)以下、矢野氏は、私の問いかけに答えて、
①略
②しかし、履いていた靴がなく、所持していたはずの鍵も見つからないなど不自然かつ疑問点が多い。以下略〉



 身内が突然の不審死を遂げた場合、遺族は悲嘆にくれていて、所持品のことになど考えが回らないのが普通だろう。矢野は遺族でないから比較的冷静だったとしても、靴は別にして、霊安室で遺体に対面しただけで明代が鍵を所持していないことなどどうしてわかるのだろうか。千葉は、矢野から警察に対して明代の所持品についてなんらかの確認があったという話は聞いていない。だから東村山署も初動捜査の際、鍵を捜索するという意識はなかった。矢野だけが鍵がないことを知っており、意識していたことになる。

 また仮に矢野が、明代が鍵を持っていないことに気がついたとしても、それが事務所や自宅などを入念に探した後なら「鍵がない」と騒いでも、その態度がおかしいとはいえないかもしれない。あるいは9月3日、朝木は東村山署からパンツスーツ、時計など明代の遺品の返還を受けている。その中に持っているはずの鍵がなく、鍵がないのはおかしいと言い出したのならまだわからないでもない。

 ところが矢野は、どこもまだ詳細には探していない段階ですでに明代が「鍵を持っていない」と騒いでいたというのである。矢野自身も、初動捜査終了直後の現場の状況について最近の「東村山市民新聞」にこう記載している。



 このため、カギ束・靴など朝木明代議員の所持品が未発見ということが知られていたから、報道だけでなく、一般市民も現場階段を多数が上り下りし、……



 一般市民までが知っていたかどうかは別にして、マスコミが靴だけでなく鍵もないことを知っていたとすれば、警察はその時点では鍵がないことなど知らないのだから、その情報源は矢野以外にはない。遺品も返してもらっていない段階で、矢野はなぜ明代が鍵を持っていないことを知り得たのだろうか。

(つづく)

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佐藤ブログ事件第2回口頭弁論
 東村山市議の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)がブログのコメント欄に投稿されたコメントによって名誉を毀損されたとして同市議の佐藤真和を提訴していた裁判の第2回口頭弁論が平成22年1月25日午後1時10分、東京地裁立川支部で開かれた。

 この日、原告の矢野と朝木はめずらしく開廷20分も前に裁判所に姿を見せたという。なお、矢野・朝木と親密な関係にある「行動する保守」一行の姿は傍聴席には1人もみかけなかった。

 冒頭、裁判官は、本件を通常の不法行為(原告らが問題とする表現が原告らの名誉を毀損するものであるか否か)として考えるのか、プロバイダ責任法と関係する部分があるものと考えるのか、原告・被告双方に対して意見を求めた。

 これに対して原告側は、本件はプロバイダ責任法とは関係ないものと考える旨回答。一方、被告側もプロバイダ責任法は直接は関係がないと考えるとしたが、部分的に援用する可能性について含みを持たせた。

 一連のやり取りを聞いた範囲では、裁判官としては、ブログの投稿コメントを被告自身の記事と同次元のものと扱うことには若干躊躇する部分があると考えているようにも感じられた。この日の弁論はこれで終了し、裁判官は2月末までに本件記事(投稿コメント)の性質および弁論の方向性について双方の主張を提出するよう求めた。

 またこの日、原告らが従来の請求原因のほかに「サイコパス」の文言を含むコメントの削除請求を追加したことが明らかになった。被告側は次回までに、新たな請求原因に対する対応および答弁も行うとした。

 余談だが、本件の裁判官の顔には見覚えがあった。東村山市議の薄井政美がビラやインターネットで「セクハラ市議」などと書かれたことによって名誉を毀損されたとして本件の原告である矢野と朝木を提訴していた事件の裁判官である。

 裁判官は本件の次回口頭弁論を弁論準備手続にするとし、期日は3月8日午後2時と指定したが、その日が薄井裁判の判決言い渡し期日(午後1時10分)であることを思い出したようである。裁判官は原告の矢野と朝木の方を見ながらこういった。

「3月8日はその前に判決もありますねえ。1時10分の判決が気に食わないからといわれても困りますから、弁論準備は切り離してお願いします」

(宇留嶋瑞郎)

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西村修平事件第6回口頭弁論(その18)
 平成21年11月4日、矢野が西村代理人に送り、同11月10日に代理人が書証化して提出した文書の内容は、これまで見てきた部分(「事務所と自宅の調査を拒否した件」、「鍵受領の経緯を説明しない件」)からも明らかなように、具体的な根拠を示さないままの一方的主張やごまかしに終始している。矢野のメールには細かなごまかしが多く、西村代理人が裁判を通じて矢野からいくらかの材料をもらっていたとしても、とうてい細部にわたる指摘はできないと矢野はみていたのだろう。

 11月11日に行われた尋問における西村代理人の尋問内容は、千葉に反論されて再反論の手段を失うと、最後は捜査資料を提出していないから証拠はないと主張するなど、おおむね矢野のメールの内容に沿ったものだった。しかしそれでも、矢野のメールの内容のうち西村代理人が尋問で口にしなかった部分があった。いかに事件の詳細を把握していないといっても代理人は弁護士である。弁護士として、矢野のメールの内容をそのまま尋問の場で主張するにはさすがに抵抗があったのではないかと推測された。

裁判官に対する誹謗中傷

 西村代理人が尋問で採用しなかった部分とは、裁判官が創価学会の影響を受けているかのように主張している部分である。たとえば、万引き事件で明代の最初の事情聴取が行われた平成7年6月30日、矢野は明代とともに万引き被害者の店を訪れ、「無実の人を訴えると罪になる」と威迫した。この発言は明代の万引きの事実を間接的に裏付けるものである。そのことを十分に自覚している矢野は威迫発言の存在を否定するために、別件裁判でこの発言を削除した当日の会話記録を証拠として提出したのだった。証拠の改ざんである。

 しかしこの改ざんの事実が争われた裁判(「通信クラブ事件」=原告矢野、被告宇留嶋外2名)で東京高裁は平成17年12月15日、次のように述べて威迫発言の存在および改ざんの事実を認定して、矢野の請求を棄却している。

〈控訴人(矢野)が作成した本件反訳書においては、控訴人が、平成7年6月30日に本件洋品店を訪ねたのは、午後7時ころと午後8時前の2回であると記載され(筆者注=実際には3回)、また、3回目に訪ねた際に控訴人がした『人を訴えると罪になると伝えてください』との発言が記載されていないことは、事実に反するものといわざるを得ない〉

〈控訴人が上記訪問の際に本件店員と交わした会話を録音していたことにかんがみれば、本件反訳書に記載された訪問の回数と訪問時間が事実に反し、また、上記発言が記載されなかったことも、控訴人が意識的にしたものと考えられる〉

 この判決に対して矢野はメールで西村代理人に対して次のように主張していた。



「矢野氏が万引き被害者を脅した事実を隠蔽するため証拠を捏造した」(千葉の主張)という根拠はありません。親創価の裁判官の恣意的認定です。

「被告(西村)が取り上げた○○(万引き被害店)店員と矢野氏の会話録音については、別件の「証拠改ざん事件」(通信クラブ事件)の判決において、脅迫発言部分が削除されていると認定された控訴審判決が確定しているのであり、脅迫部分を意識的に削除したことこそ矢野氏がお礼参りをしたことを自認している証左である」とちばは(ママ)主張しますが、この裁判は、書証の提出が初回に間に合わなかったことから、控訴審は裁判長が代理人弁護士をどなりつけるような、あからさまな創価学会よりの訴訟指揮で、1回だけで打ち切りのような形で結審になり、十分な主張、立証ができずに、敗訴となりました。
 私が「脅迫部分を意識的に削除したこと」を裏付ける事実はありませんし、「矢野氏がお礼参りをしたことを自認している」事実もありません。



 矢野が威迫発言を削除した事実を東京高裁が認定した最大の理由は、店員の証言および店主の供述を信用したこと、さらに万引き事件で矢野と明代がアリバイ工作を企てるなど、明代の万引きの事実が動かせないものと判断したことにあると私はみている。矢野は控訴審で、一審判決から2カ月以上も時間があったにもかかわらず、控訴理由書の提出は控訴審第1回口頭弁論の前日で、しかもその内容も大半が一審での主張の蒸し返しにすぎなかった。「書証の提出が間に合わなかった」のではなく、矢野にはすでに威迫発言の存在を否定する論拠などなかったのである。矢野は控訴審結審後、弁論の再開を申し立てたものの、当然ながらこの申立も却下された。

 それでも威迫発言がなかったとする根拠があるというのなら、その内容を1行でもこのメールに書けばよかろう。もちろん矢野はそれもできないから、「親創価の裁判官」「あからさまな創価よりの訴訟指揮」と裁判官を誹謗することで、代理人に対し判決の不当性を主張するしかなかったのである。

 ただ、矢野が東京高裁の裁判官が「親創価の裁判官」で「あからさまな創価よりの訴訟指揮」と考えたなら、弁論再開申立でその旨を主張したかといえば、もちろんそれはしていない。浦安の行政書士は別件裁判で堂々と「あからさまな創価よりの訴訟指揮」と主張したが、矢野はそこまで無知でも無邪気でもない。矢野はビラでは主張したことはあるが、裁判所に提出する書類などで矢野が裁判官に対して「親創価」「あからさまな創価よりの訴訟指揮」などと批判したことは1度もない。矢野は本心ではそうは考えていないし、そんな荒唐無稽な主張が裁判所に通用するはずがないことも矢野自身が十分に自覚しているのである。

 つまり、西村代理人に対するメールの「親創価の裁判官」「あからさまな創価よりの訴訟指揮」とする言い訳はあくまで公にはできない主張で、たんに自分寄りの者を説得するためのものにすぎないということになろう。代理人がそう受け取ったかどうかはともかく、代理人は「行動する保守」一行とは違って歴とした法律家である。裁判所が公正・中立が厳しく守られている機関であることは代理人がよく承知していよう。西村代理人はさすがに自らの署名入りの準備書面でも尋問の場でも、矢野の主張する「親創価の裁判官」「あからさまな創価よりの訴訟指揮」などとは1度も主張しなかった。

奇妙な内部連絡

 さて、西村代理人はこれまで紹介してきた矢野からのメールを書証化して提出したが、矢野の主張を裁判官に示そうとするのなら矢野に陳述書を依頼すればよく、代理人がなぜわざわざメールを書証化したのかという疑問がある。読者もお気づきのことと思うが、メールは「ですます調」で通常の文書とは趣が異なる。さらにメールの文末には「西村陳述書」についてと題する次のような一文がある。



 朝木明代議員の司法解剖の鑑定嘱託を請求したのは、正確には、小泉昭検事で、創価信者吉村弘支部長検事ではないので、西村陳述書8頁25行の部分はご注意ください。



 内容は別にして、この部分が裁判所ではなく西村代理人に宛てた内部連絡であることは明らかだろう。つまり、矢野がメールでこれまで裁判所に対しては主張しなかった裁判官に対する「親創価」などの誹謗中傷をしていること、「ですます調」であること、明らかに代理人に対してアドバイスしていることなどを総合すると、このメールはあくまで西村代理人に対して宛てたもので、矢野はこのメールがそのまま裁判所に提出されるとは予定していなかったのではないかと私はみている。
 
 内部連絡まで書証化する必要はないと思うが、西村代理人は書証化にあたり矢野の承諾を得ていたのか否か。いずれにしても代理人は当事者である矢野、朝木の「証言」の必要性を感じており、その代替として矢野のメールを書証化したのではないかと私は推測している。ただ、藁をもつかむ思いという事情もわからないではないが、裁判所に提出する以上はそれが裁判所に通用するようなものなのかどうか十分検討すべきではなかっただろうか。

(了)

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