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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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久米川駅東住宅管理費等不払い事件控訴審判決(その1)
 東京・東村山市の久米川駅東住宅管理組合が、同住宅に居住する東村山市議の矢野穂積と、矢野と同居する認可保育園・りんごっこ保育園理事長の高野博子らに対して管理費等の支払いを求めていた裁判の控訴審で東京高裁は平成22年1月20日、管理組合の請求を認容した一審の東京地裁(八王子支部)判決を支持、矢野と高野に対して76万円余の支払いを命じる判決を言い渡した。

 管理組合が矢野らに請求していたのは組合員(住民)が毎月収めている長期修繕積立金1万円と管理費7000円(以下、「管理費等」)。矢野と高野は組合が発足した平成15年10月以降、管理費等を1度も支払っていなかった(請求範囲は平成15年10月分から提訴の時点である平成19年9月までの48カ月間)。

 一審で矢野は、管理費等を決定した総会の成立そのものが不適法で、管理費7000円とした決議も無効、管理費は3000円が妥当などと主張。また、平成15年10月以降の管理費等については平成16年3月から毎月1万3000円を法務局に供託しているから支払い義務はないなどと主張したが、平成20年9月24日、東京地裁八王子支部は矢野の主張をすべて退けていた。(宇留嶋瑞郎)

供託はしても支払わない奇怪さ

 一審判決後、矢野は理解しにくい行動に出た。矢野は平成20年10月8日控訴したが、控訴自体はまだわからないではないとしても矢野は同時に月額4000円×1年分と月額1万7000円×3年分の管理費等を法務局に供託したのである。月額4000円とは、管理組合側が矢野の供託金がそもそも不足していると主張し、東京地裁がその主張を認めた金額である。

 つまり矢野は、管理費等が1万7000円であることについては管理組合の主張を認めたようにみえるし、矢野が供託したということは矢野に支払いの意思があるということでもある。とすれば、矢野はなぜ目と鼻の先にある管理組合に直接支払いの意思表示をせず、往復2時間以上かけて東京法務局府中支局まで行き、わざわざ供託の手続をしたのだろう(平成16年以降、矢野は毎月法務局に行き、供託を繰り返していた)。このあたりが矢野の、常人の理解を超えるところである。

 矢野の行動を追跡する過程で、いつまでたっても消えることのない深い靄のようなものに突き当たるのは初めてのことではない。そのたびに私は何度も立ち止まったが、たいていの場合は一定の地点で引き返し、それ以上の追跡と探索を打ち切った。引き返せなくなるのではないかという恐れを感じることもあったが、何より体力的にもたなかった。

 さて、管理費等の供託をめぐる、普通に考えれば合理的理解の難しい矢野の行動は、矢野の思考の中でどう整合していたのか。

 矢野は一審で供託によってすでに管理費等の支払い義務は履行している旨主張していた。一方、管理組合側は、金額も不足しており、矢野が管理組合に対して管理費等の支払いの意思表示をしたこともなく、管理組合が受領を拒否した事実もないとして供託は無効と主張していた。しかし管理組合は、矢野と高野ら3世帯を除くすべての居住者が遅滞なく管理費等を支払っている事実および管理実務上の問題から矢野が供託していた1万3000円の最初の15カ月分19万5000円については受領し、管理費等に充当していた。

 供託が有効とされるのは、自分が支払いの意思を表示しているにもかかわらず相手方が受領を拒否している場合である。支払おうとしている相手方が供託を無効と主張している場合でも、その供託金を受領した場合には供託の有効性を認めたものと判断された判例もないことはない。矢野は控訴理由書で次のように主張している。



 被控訴人(管理組合)は、2005(平成17)年2月21日に、被供託者である被控訴人が供託所に前記供託を受諾する旨の書面を提出した上で「支払うべき額の一部として供託を受諾する」等の条件は一切付すことなく、異議なく前記供託を受諾し還付をうけた。

 前記事実は、被控訴人が「原告は、平成17年2月23日被告矢野が供託した合計19万5000円について支払を受けたので、これを平成15年10月分から平成16年12月分までの各滞納管理費と対等額で相殺すると、……」と自認していることからも明らかであって、この結果、控訴人(選定当事者=矢野)は、仮に本件管理費等を支払う義務があるとしても、適法に弁済供託をし、すでに被控訴人は還付を受けているから、有効な前記弁済供託により(平成15)年10月分から2004(平成16)年12月分までの控訴人の全ての債務は消滅した。



 矢野がここで主張しているのは、「管理組合は供託金の一部受領に際してなんらの条件も付けていないから、当該期間の管理費等について1万3000円と認めた」ということである。管理組合は1万3000円でよいと認めたわけではなく、その間の供託金を「対等額と相殺する」といっているにすぎない。管理費等が組合総会で1万7000円と決定されたことの適法性は一審で認められているのであり、また普通の住民なら管理組合が団地管理のためにやむなく供託金を受領したことにつけ込むような真似はしない。要するに矢野は、管理組合が管理義務を果たそうとしたことを理由として、不足分を踏み倒そうとしていたことになろう。

たぐいまれな自己正当化

 ただ、管理費等の額は1万3000円が正当とする矢野の主張からしても、今度は控訴後に4000円×1年分と月額1万7000円×3年分を供託したことと辻褄が合わなくなるのではないか。この点について矢野は次のように主張している。



 弁済供託が適法になされ、被控訴人も前記期間の本件管理費等の金額が1万3000円であるとして異議なく前記供託を受諾したことから、控訴人は、その後、一貫して本件管理費等の金額は月額1万3000円であるとして、2005(平成17)年10月分から平成19年9月分までの期間、弁済供託を行った。
――略――
 にもかかわらず、原判決は……事実誤認により、法令解釈を誤り、本件管理費等は1戸あたり月額1万7000円であると判示しているので、控訴人は、その差額4000円に、各弁済期から遅れたことによる年5%の遅延損害金1万3084円を付して、7万3084円を弁済供託した。

 この結果、控訴人は、仮に本件管理費等を支払う義務があるとしても、2003(平成15)年10月分から2007(平成19)年9月分の債務につきすでに遅延損害金を含めその全額を適法に弁済供託をしたから、被控訴人が主張する当該期間の控訴人に関する全ての債務は消滅した。



 矢野の主張をまとめると、管理組合は当初1万3000円の供託金を異議なく受諾したから、矢野は管理組合が管理費等は1万3000円でよいと認めたと判断して、以後、管理費等として1万3000円を供託し続けた。すなわち管理組合の受領以後、矢野が管理費等を1万3000円しか供託しなかったのは管理組合が供託を受諾したためである。しかし一審は「事実誤認により、法令解釈を誤り」管理費等は1万7000円であると判示したので、念のため受諾分の不足分として月額4000円と法定利息およびその後の管理費等1万7000円を供託したから、矢野はすでに(余分に)管理費等を支払ったことになる、ということになろう。

 矢野の供託の経緯をみると、矢野が管理組合総会の決議を無視して管理費等を支払わず、管理組合発足から1年も遅れて管理費等に満たない額を法務局に供託したことをもって「支払った」ことにしようとしたにすぎないように思える。ところが矢野の主張によれば、問題の発端は矢野が正規の管理費等を支払わなかったことにあるにもかかわらず、平成17年10月分以降1万3000円しか供託しなかったこともいつの間にか管理組合の責任であるかのようにすり替えられていることがわかる。その上で矢野は、1万3000円しか供託しなかった原因は管理組合にあるが、一応1万7000円を供託したから債務はないと主張しているのである。

 たぐいまれな自己正当化であり自己中心的論理であると思うが、控訴審はその後、矢野が主張する「管理組合による供託の受諾」の存否をめぐり、1年以上の審理が続けられることとなった。

(つづく)
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久米川駅東住宅管理費等不払い事件控訴審判決(その2)
供託の意味と狙い

 管理組合が供託金の一部を受領したことによって、管理費等として矢野が供託していた月額1万3000円を認めたことになると主張している矢野が根拠としたのは次の最高裁判例である。

〈金額に争のある債権につき、金額に対する弁済を供託原因として供託した金額が、債権者の主張する額に足らない場合であっても、債権者が供託書の交付を受けてその供託金を受領したときは、受領の際別段の留保の意思表示をなした等特別の事情のない限り、その債権の金額に対する弁済供託の効力を認めたものと解するのが相当である。〉

 この最高裁判例を示した上で矢野は、

「前記最高裁判例に言う『受領の際別段の留保の意思表示をなした等特別な事情』というのは、供託金の還付を受ける者は、法務局に提出する払渡請求書の『払渡請求事由及び還付取戻の別』欄に『供託受諾』である旨記載し、且つ払渡請求書の『備考』欄には、『支払いを受けるべき額(債権)の一部として供託を受諾する』等の留保の意思表示を明記しなければならないことを言うのであって……」

 とし、管理組合が供託金の一部を受領した際には払渡請求書に留保の意思表示をしていないから、矢野がした供託の効力を認めたことになると主張していた。すると矢野は、組合総会で決定した管理費等1万7000円に4000円足りない1万3000円を供託するに際して、これを管理組合が留保の意思表示をしないまま受領すれば、矢野の供託が有効になることを知っていたということになろう。

 矢野は昭和54年、福島県檜枝岐村で借りていた廃校舎の賃貸契約を村が打ち切ろうとした際、賃料を供託することで契約の有効性を主張したことがある(檜枝岐村事件)。村が供託金を受領すれば矢野の供託の有効性、すなわち契約が継続していることを認めたと矢野は主張することができる。檜枝岐村は供託金を受領しなかった。

 内容はまったく異なるが、供託によって自らの主張を法的に有効なものにしようとしたという点においては東住宅のケースも同じである。供託という行為の意味とその法律的効果について矢野には経験も知識もあったとみるべきだろう。つまり、供託の時点で矢野がそれを狙っていたのかどうかはわからないが、供託の法律的有効性が認められれば矢野は管理費等を他の住人よりも4000円安くすることができるのである。

 供託の有効性が認められれば、管理費等は1万3000円が妥当とする矢野の主張が認められたと宣伝することもできよう。そうなれば、実質的に矢野の勝ちである。控訴審で矢野が供託を争点とした背景には、たんに管理費等を支払うか支払わないかという実務上の問題を超えて、管理組合の決議に異を唱えた自らの主張に対する特異なこだわり、自らの主張を正当化させようとするなにか強固な意思のようなものがあったのではあるまいか。

 いずれにしても、矢野は供託した時点で、管理組合が供託金を何の留保もつけずに受領してくれるのを待っていたものと推測できる。そうなれば、矢野の狙いどおりの流れになるのである。

受領されなかった内容証明

 一方、久米川駅東住宅分譲棟(336世帯)の管理運営を担う管理組合としては、矢野・高野を含む3世帯の住民が管理費等を支払っていないという事実は、公平性の上からも実務上の問題からも見過ごしにできないのは当然である。また、管理費等を1万7000円としたのは総会決議によるものであり、矢野の主張する1万3000円という額を是認できるはずもなかった。

 管理組合が平成15年10月~平成16年12月分として矢野が供託した月額各1万3000円の供託金を受領したのは平成17年2月23日のことである。ただこのとき、法律の専門家でもない管理組合は供託の意味を厳密には知らず、受領の際、払渡請求書にそれが正規の管理費等の一部に充当するものである旨の留保の意思表示をしなければ、供託の有効性を認めることになるという知識もなかった。
 
 この局面だけを見れば、矢野が主張するとおり、管理組合は矢野が主張する管理費等1万3000円を容認したものと判断されてもやむを得ない状況にあったことがわかろう。その後管理組合は供託金の受領をしていないが、これは弁護士のアドバイスによるものだった。弁護士はのちのち問題が複雑化することを懸念したのである。

 ただし管理組合も、供託金の受領に関する細かな法律的知識はなかったものの、供託金の受領以前に矢野に対して1万3000円を是認するものではないとする意思表示をしていなかったわけではなかった。管理組合は供託金の受領前の平成16年7月15日付および平成16年11月11日付で月額1万7000円×滞納月分の支払いを求める督促状を矢野・高野宛に送付。それでも矢野から納付されなかったため、管理組合は供託金受領の20日前、平成17年2月3日付催告書を送付している。この催告書には供託金を受領する旨の記載があるが、矢野の供託額を是認するものではないとする次のような明確な意思表示がなされていた。



 当組合は管理組合規約に則って供託金のすべてを収納することをご通知申し上げるとともに供託の原因たる事実を当組合が承服したことではないことをご確認下さい。



 供託金受領の際の払渡請求書には留保の意思表示はないものの、管理組合が矢野に対して矢野の供託の有効性を認めていたものでないことは明らかだった。しかし、管理組合が送付した3通の内容証明をめぐっては奇妙な事実があった。管理組合が矢野・高野宛に送付した3通の催告書はなぜかいずれも、「受取人不在」を理由に受領されないまま管理組合に返ってきていたのである。

 平成16年7月15日から1週間、平成16年11月11日から1週間、平成17年2月3日から1週間、東村山市議である矢野と認可保育園の施設長である高野はそれぞれの間、たまたま2人そろって自宅に帰っていなかったのだろうか。

(つづく)

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久米川駅東住宅管理費等不払い事件控訴審判決(その3)
留保の意思表示を認定

 管理組合が矢野と高野に対して管理費等の支払いを求めて送付した3通の内容証明はいずれも受領されなかった。では東京高裁は、管理組合が供託金を受領したことによって管理組合は矢野の主張する管理費等1万3000円を容認したことになるとする矢野の主張をどう判断したのか。東京高裁は次のように述べた。

〈被控訴人(管理組合)が、平成17年2月21日控訴人矢野が平成15年10月分から平成16年12月分まで管理費等月額1万3000円として行った供託を受諾して還付を受けたので、1万3000円について債務消滅の効力が生ずることになる。しかし、管理費等は前記のとおり、月額1万7000円であるから、4000円について債務が消滅することはないし、被控訴人は、供託金の還付を受けたことにより管理費を3000円とすることを認めたものということもできない。〉

 矢野は管理組合から送付された内容証明の内容が何であるか、おおよその予想はついていただろう。しかし、矢野が管理組合からの内容証明を受領しなかったからといって、管理組合が矢野に示した意思表示そのものが消えてなくなるわけもない。東京高裁は臨時総会における決議や管理組合の居住者全員に対する立場、さらに矢野が受領しなかった内容証明の内容などを総合判断し、矢野の供託を認めたものではない(留保の意思表示)とする管理組合側の主張を容認したものと思われた。

 管理組合に留保なく供託金を受領させ、内容証明を受け取らないことによって、管理費は1万3000円が妥当とする主張を管理組合が認めたことにしようとした矢野のもくろみは裁判所には通用しなかったということになろう。

供託そのものの有効性も否定

 矢野と高野は東住宅の居住者として管理費等の支払い義務があったにもかかわらず総会決議を論難して支払わず、管理組合が受領を拒否している」という理由で供託したが、その金額は総会で決議した額に満たず、同時に供託した延滞利息も管理規約に規定されている14・6%を無視して勝手に5%の利息を供託した。
 
 矢野と高野の供託にはどこを探しても正当な部分はないように思えた。またそもそも矢野の供託は有効なのか。それらの点について東京高裁は、管理費等を1万7000円とした総会決議の有効性を認めた上で、次のように詳細に認定している。 

〈控訴人矢野は、平成15年10月分から平成16年12月分まで、管理費の未払い分として月額4000円と各月末から供託日まで年5%の割合による遅延損害金を付加して供託したことにより債務全額を供託したことになるから、同債務は消滅したと主張する。そして供託書の「供託の原因たる事実」欄に「被供託者(被控訴人)は供託者からの弁済を受領しない意思表示をしている」と記載しているが、被控訴人が弁済の受領を拒んだ事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、従前から控訴人らが適正金額の管理費等を業務時間中に被控訴人事務所まで持参すれば、いつでも受領することとしており、弁済の受領を拒んだことがないことが認められる。したがって、控訴人矢野がした供託は、供託の有効要件を欠くから、無効である。〉

〈管理規約によれば、遅延損害金の利率は年14・6%であり、その始期は毎月8日なのに、控訴人矢野は、各月末から年5%の割合とする計算で供託しており、従前の1万3000円の供託と併せても債務全額の供託となっていないから、控訴人矢野の供託は、一部供託として無効である。〉

〈控訴人矢野の平成17年1月分から平成19年9月分までの月額1万7000円と各月末から年5%の割合の遅延損害金の供託についても、供託の有効要件である被控訴人が弁済の受領を拒んだ事実を認めるに足りる証拠はなく、遅延損害金についての供託金額が上記のとおり、債務額に比して低額であるから、債務の本旨に沿った適法な供託ということはできないから、無効である。〉

 東京高裁はこう述べて、管理組合が矢野の管理費等の支払いを拒んだ事実はなく、遅延損害金の金利もその計算が間違っているから供託は無効であると認定し、管理組合が供託金を受領していない平成17年1月以降の供託についても同様の理由で無効と認定した。矢野の管理費不払いと供託に関する主張はことごとく排斥されたのである。

居住者全体の損失

 平成16年3月以降、法務局に毎月通って供託をしてきた矢野は、こうして法務局に残った供託金について自分の手で払い戻しを受け、直接管理組合に支払わねばならないことになった。管理組合がわざわざ法務局に出向いて受領の手続をする必要はない。矢野が管理組合に直接支払わなければ差押えという事態もあり得よう。

 ところで、管理組合が裁判で請求したのは平成19年9月分までである。矢野は平成19年10月以降も支払っていないが、それ以降の管理費等はどうなるのか。その点について確認すると、管理組合は平成19年10月以降現在までの管理費等についても追加請求しているので、矢野はそれも含めて直接管理組合に支払わねばならないとのことである。

 こうして管理組合発足から丸6年、矢野と高野らによる管理費不払い問題はようやく片づこうとしている。今回の判決で供託そのものが明確に無効と認定されたことで、矢野も今後は供託をしにくくなろう(普通なら「もう供託はしない」と断言できようが、こと矢野に限っては、そう断定する自信がない)。

 他の住民が問題なく支払っている管理費等を徴収するのに丸6年の月日をかけ、弁護士費用等の費用まで必要とした事態は異常というほかない。管理組合担当者の苦労もひととおりではなかったろう。当然、管理組合が負担した費用は組合員である居住者全体の損失である。

(了)

※なお、矢野と高野だけは2月1日付で上告していたことがわかった。繰り返し「供託は無効」と認定した東京高裁判決は、供託を得意とする矢野にとってよほどプライドを傷つけるものだったのだろうか。もちろん高裁判決後も、矢野は供託を続けている。
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西村修平事件第7回口頭弁論(その1)
 平成22年1月18日、私が西村修平を提訴した裁判の第2回口頭弁論がさいたま地裁川越支部で開かれた。この日、西村は訴状に対する反論を記載した準備書面を提出することになっていたが、開廷前に書記官に確認すると、西村から書面はまだ何も提出されていないという。西村は被告席に着いてなにやら書類をめくっていた。

 弁論が始まり、裁判官が西村に準備書面を提出していない理由を尋ねると、西村は代理人をつけたばかりで書面が間に合わなかったという。それでも裁判官は「それにしてもねー、2カ月ですよ。代理人がいなくても、あなたが何か出せるでしょ」と引かない。すると西村は、さきほどからながめていた書類を示して「関連資料ならあります」と答え、1通の書面を裁判官に差し出した。

 裁判官はその書面をめくるとこう感想を述べた。

「東村山事件のことはいろいろ判決もあって知ってますが、本件とは直接関係ないと思いますよ」

 西村は代理人を通じて反論したいとし、弁論の継続を主張した。しかし裁判官は判決言い渡し期日(3月8日午前11時)を先に決め、「弁論再開を申し立てる方法もありますので、代理人に聞いてください。継続するかどうかは裁判所が判断しますが」と述べた。

 閉廷後、書記官から西村が資料として提出した書面のコピーを渡された。その書面は千葉元副署長が西村を提訴していた裁判(1月27日に口頭弁論)に提出する準備書面7だった。1月18日の時点で、その準備書面はまだ千葉のもとには届いていなかった。当事者でもない私が、当事者よりも先に書面をもらったことになる。

 ところで、代理人に委任した場合、当事者は裁判所に対して訴訟委任状を提出しなければならず、委任状を提出しなければ代理人に委任したことにはならない。この日、西村は弁護士に委任したので書面の準備が間に合わなかったと弁解したが、1カ月後の2月19日午前の時点ではまだ委任状は提出されていないし、弁論再開の申立も提出されていない。したがって裁判所も、現状は西村の本人訴訟という認識のようである。弁護士に委任したのなら委任状の提出に時間はかかるまい。西村は書面を提出しない言い訳のために裁判官に嘘をついたのだろうか。

鍵は犯人が隠したと主張

 さて、千葉が西村を提訴していた裁判の第7回口頭弁論で西村は準備書面7を提出、千葉はそれに対する反論(準備書面)を提出したが、その中でまた新たな事実が明らかになっている。

 前回行われた尋問の前、千葉は明代の鍵が発見されたのがおしぼりケースの中であることを明らかにした。すると、これに対して矢野は、それがあたかも明代の転落死に第三者が介在し、鍵もその第三者=「犯人」グループが隠したもので、千葉はこの第三者が介在していたことの「証拠」である鍵発見の状況を意図的に隠していたかのように主張したものである。

 矢野と朝木は、当初矢野が主張していた事務所から誘い出されて拉致されたという説を否定し、自宅から拉致されたと主張するようになった。朝木は裁判所に提出した陳述書で次のように述べている(「創価新報」事件)。



 私たち(朝木と矢野)が、母が自殺したのではなく、殺害されたのだと考えている根拠についても述べておきたいと思います。

(1) まず、先にも述べましたが、母の遺留品からは履いていたはずの靴が発見されていない点です。この事実は、母が現場まで自ら歩いて行ったのではなく、母が事務所に電話をかけたときにいた何者かに連れ去られたことを物語っています。

(2) また、事件当日の夜、矢野市議が草の根事務所に戻った際には鍵が掛けられており、当時、矢野市議以外に鍵を持っていたのは、母のみであり、その鍵を掛けたのは母以外にありえません。ところが、瀕死の状態で発見された母は鍵を所持しておりませんでした。



 ここで朝木が述べているストーリーは、「明代は軟禁状態で矢野に電話をかけさせられ、そのまま転落現場まで拉致された」「事務所を出たときには鍵を持っていたが、発見されたときには鍵を持っていなかった」というものである。これに矢野の、「鍵は第三者=『犯人』グループが隠した」というストーリーを組み合わせると当然、犯人が鍵を奪ったということになる。

 西村は準備書面でこの矢野と朝木のストーリーに沿って次のように主張している。



 朝木明代市議が自殺したものならば、平成7年9月1日午後10時半過ぎに長女の朝木直子が朝木市議の自宅に着いたときには自宅に施錠してあったから朝木市議は自宅に鍵を掛けた後に落下ビルまで移動した筈であり、ビルから落下していた朝木市議は、自宅の鍵束を所持していたはずであるが、朝木市議は鍵束を所持していなかった。

――略――

 朝木市議を当夜自宅から拉致して、上記ビルまで運び、何階かは分からないが、同ビル階段から朝木市議を突き落とした殺人犯人以外に朝木市議の自宅に施錠した者は考えられない。



 だから、現場ビル2階で発見された鍵は「犯人」が捨てたものだと、西村は主張しているのである。

説明されない侵入方法

 矢野も朝木も明代は自宅から拉致されたと主張し、朝木は明代が矢野に最後の電話をかけた際にはすでに「犯人」グループが自宅にいたと主張しているものの、では「犯人」がどうやって朝木の自宅に侵入したのかについては不思議なことに一言も言及しない。同様に西村の代理人もまた、「犯人は明代を拉致した際に施錠した」とはいうものの、「犯人」がどうやって朝木宅に侵入したかについてはなんら説明していない。

「朝木宅の施錠」については朝木が所持していた鍵を使用したということで、矢野・朝木の主張も西村代理人の主張も一応の説明がつく。しかし、「犯人」が朝木宅に侵入できなければ朝木を監禁もできないし拉致もできない。

 平成7年9月1日午後10時30分前に自宅に帰った朝木は、そのとき自宅には特に変わった様子はなかったと供述している。「朝木宅に侵入した犯人」が玄関や窓の鍵をこじ開ければ朝木もすぐに気づこう。では、自宅に帰った明代は施錠していなかったのだろうか。いずれにしても、「自宅からの拉致説」を成立させるには「犯人」がいったいどのようにして朝木宅に侵入したかを明らかにしなければなるまい。ところがこれまでに、矢野も朝木も「犯人」の侵入方法を具体的に述べたことはない。

(つづく)

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西村修平事件第7回口頭弁論(その2)
「犯人」が侵入できた可能性

 矢野と朝木によれば、彼らは以前から「創価学会」からさまざまな嫌がらせを受けており、身辺には注意を払っていたという。9月2日に搭乗予定だった飛行機の搭乗券も偽名で予約していたほどである。その明代が、自宅に帰って鍵をかけなかったということは考えにくい。すると「犯人」はどんな方法で朝木宅に侵入したのだろうか。

 明代は午後9時10分前に転落現場ビル付近を1人で歩いているところを目撃されている。その明代が事務所にいた矢野に電話をかけた「ファイナルメッセージ」は9時19分である。現場ビル付近から朝木宅までは徒歩で約5分かかる。さらに9時13分にも事務所に電話をかけているから、「犯人」はわずか2、3分で鍵も壊さずに朝木宅への侵入に成功し、朝木を脅して電話をかけさせたことになる。

 そう考えると、「犯人」グループが夜の9時過ぎという早い時間帯に、左右を住宅に挟まれた朝木宅に人目をかいくぐって一分のスキもなく侵入できる条件として最も考えられるのは、自宅に帰った明代が鍵をかけていなかった場合である。身辺を警戒していたはずの明代は、鍵をかけ忘れたのだろうか。

 その点に関して千葉の準備書面の中にきわめて興味深い記載がある。



 朝木市議の自宅の玄関鍵は暗証番号方式と差込錠方式の併用であるが、本件転落死の約2年前からは殆ど暗証番号方式の鍵のみを使用していたことが朝木市議の子息(巌)の警察供述により判明している。



 暗証番号方式の鍵は自動施錠である。したがって、長男の供述内容が事実とすれば、帰宅した明代が鍵をかけ忘れたということはあり得ないことになる。「犯人グループ」が数分の短時間に朝木宅に侵入できた可能性はますます低くなろう。「犯人グループ」は物音も立てず、暗証番号方式の鍵を破壊して朝木宅に侵入したのだろうか。

西村の主張を朝木自身が否定

 西村は準備書面で、「犯人グループ」は明代から鍵を奪い、明代を拉致して鍵をかけていったと主張している。では明代の外出後に帰った朝木は、自宅の様子はどうだったといっているのか。朝木は、その日の自宅の様子について『聖教新聞』裁判で次のように供述している。



東京都代理人  それ(自宅)を見たときに、監禁されたとか、なにか人が入ってきたような形跡はありましたか。

朝木  私はそのとき、そういうところまで考えておれば。

代理人  いや、一見してです。こう入って。

朝木  ですから、今から申し上げます。どちらともいえません。そういうお答えでしたら、そういうふうに気をつけて、たとえばガラスが割れたりとか、そういうことはありませんでしたが、私はとにかくベッドに寝ているかどうかという、それだけを見たのと、家の中でどっかで倒れていないか、それだけですから、もしも監禁された、ガラスが割れていたりとか、そういうことは。

代理人  たとえば土足。

朝木  土足についても、うちはそんなにきれいにしているわけではありませんから、ですから、そういうことも含めて、泥がいっぱいついていたとか、ガラスが割れていたとか、そういうことはありません。

代理人  そういう、目に見えるようなあれはなかったというふうにうかがっていいですか。

朝木  はい。



 東京都代理人の質問に朝木は当初、不審者の侵入は頭になかったと質問をはぐらかそうとしたものの、最終的に「自宅には目に見えるような異変はなかった」と供述している。その夜、明代が自宅にも事務所にもいないことを知った朝木は、「虫の知らせ」で自宅に「飛んで帰った」。暗証番号方式の鍵が壊されていてもすぐに気がつくだろうし、「犯人」が明代の自宅に鍵をかけていったとすれば、朝木は「虫の知らせ」を感じたほどだから、2年間も暗証番号方式の鍵しか使っていないのにその日に限って差込錠の鍵がかかっていればただちにいつもと違う、おかしいと感じたはずである。

 朝木が自宅の様子に何の異変も感じなかったということは、朝木が帰宅したとき自宅にかかっていたのは暗証番号方式の鍵であり、差込錠はかかっていなかったということを意味しよう。朝木宅が暗証番号方式の鍵を使用していたという弟の供述は「犯人」が侵入した可能性と拉致説を否定している。つまり西村の主張は、頼りにしている朝木自身と弟の供述によってすでに否定されていたということになる。

 ところで矢野と朝木は、初動捜査後に鍵が発見された事実をもって、それが他殺を疑わせる根拠であると主張している。この主張はもちろん「自宅からの拉致説」とも関連している。千葉が「鍵はおしぼりケースの中から発見された」ことを明らかにしたあとの矢野の主張も、鍵が矢野以外の何者かによって奪われたことを前提とするものである。

 矢野は千葉が鍵発見の状況を公表していなかったことをもって「証拠の隠蔽」と主張している。ところがその一方で、矢野と朝木はこれまで、朝木宅の鍵が2年も前から暗証番号方式のものしか使用していない事実をなぜ明らかにしなかったのか。「真相究明活動を行ってきた」者としてきわめて不可解といえるのではあるまいか。

奇妙な朝木の言動

 矢野が「犯人」によって奪われたと主張する鍵が発見され、東村山署から連絡を受けた朝木は、鍵を「探していた」にもかかわらず連絡から3日後、ようやく弁護士をともなって東村山署を訪れている。鍵が明代のものかどうかを確認するのに、朝木はなぜ弁護士を同伴する必要があったのだろうか。その本当の理由をうかがわせる興味深い事実が千葉の準備書面で明らかにされている。

 朝木と矢野、弁護士らが鍵の確認に来たのは東村山署の玄関を入ってすぐ左手にある会計課である。通常、遺失物等を扱うのは会計課で、この取り扱い自体にはなんらの問題もない。千葉は当時、玄関からかなり奥まった位置にある副署長席にいて、朝木一行が来たのを確認した。当時の状況について千葉は準備書面でこう述べている。



 原告(千葉)は自席から確認の様子を遠目で見ただけで子細は判らなかったので、確認に立ち会った捜査員に直子氏の様子を聞いたところ、直子氏本人は「鍵を隠した人物として警察から疑われていると勘違いをしていたようであった」との報告であった。



 弁護士はいうまでもなく、人の弁護をするのが仕事である。朝木の鍵の確認に立ち会った捜査員の印象ではあるものの、朝木と矢野が「警察から鍵を隠したと疑われている」と考え、警戒していたとすれば、朝木が弁護士をともなって来た理由も理解できよう。普通、まったく身に覚えのない者が、「疑いをかけられている」と感じるとは考えにくい。

 東村山署が「鍵が見つかった」と朝木に最初の連絡をした際、朝木は鍵の発見状況について「ヒステリック」に質問したともいう。その上で、朝木はすぐには確認には来ず、弁護士と時間を調整した上で東村山署を訪れた。矢野と朝木は何かを警戒し、確認には弁護士の同伴が必要と考えた――一連の経過はそう理解してもいいのではあるまいか。

 鍵の確認に際して矢野と朝木は何を警戒し、また自宅が暗証番号方式の鍵であることを警察になぜ説明しなかったのか。その理由は明らかではないが、いずれにしても「鍵がない」と騒いだ者の言動としてはあまりにも不自然というほかなかった。

(つづく)

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西村修平事件第7回口頭弁論(その3)
矢野と朝木が述べる当日の「明代の行動」

 平成22年1月27日付で提出した千葉の準備書面の中には特に今回の西村準備書面に対する反論でない記載も含まれているが、その中にはこれまでの矢野と朝木の説明によって既成事実となっていた事実そのものに疑問を投げかけ、あるいは矢野と朝木の主張を否定する記載がある。

 一つは、平成7年1日の明代の行動である。転落死当日の明代の行動について矢野は陳述書(『聖教新聞』裁判)で、次のように述べている。



 朝木議員と私の9月1日当日の行動予定は、次のとおりでした。

 お昼前に、朝木議員は市役所の市議会事務局に、宗教法人法抜本改正を求める陳情を提出し、お昼ころ事務所で私と合流し、電車で新宿に向かい、この問題で世話人をしている小坂さんと西武新宿で落ち合って、都議会事務局に同旨の陳情を提出した後、小坂さんと別れ、私と一緒に、病院に入院していた「万引き事件」で委任していた弁護士さんと打ち合わせをして、夜7時前に東村山にもどり、私は市内野口町の市立四中会議室で行われた多摩湖町の自治会長会議に夜9時まで参加し、事務所に戻って、先にワープロで準備を進めている朝木議員とともに、9月3日のシンポジウムの講演の原稿をまとめあげるというものでした。

 都内での予定を終え、西武新宿付近で早めの夕食をすませて、朝木議員と私は東村山の事務所に戻ってきたのは午後7時ころでした。



『東村山の闇』では次のように記載されている。



 昼過ぎの電車に乗り、都庁では、陳情の世話人をしている小坂さんと一緒に都議会事務局に「宗教法人法及び関係税法の抜本改正を求める陳情」を提出した。入院している弁護士のところに立ち寄って、お見舞いを兼ね、打合せをした。新宿に戻った時は、時計はもう5時半をまわっていた。



 矢野の記載によれば、明代は「昼ころ」に矢野と合流し、午後7時に事務所に戻ってくるまで行動をともにしていた。明代はその前に議会事務局に立ち寄っているというから、遅くとも11時過ぎには家を出て午後7時までは自宅にはいなかったことになる。

 では、11時に外出するまでの行動はどうだったのだろう。その点について、朝木は陳述書(「創価新報」事件)に次のように記載している。



 9月1日の午前、勤務先から、私は、東村山の実家に電話をかけ、母にその日の予定を伝えました。そして、母からは、正午までに市議会に宗教法人改正(ママ)を求める陳情を出しに行った後、その足で午後には、都議会にも同じ内容の陳情を出すため都庁にもでかけて、弁護士と打ち合わせをして東村山に戻ってから、講演の原稿を準備するので、帰宅は夜遅くなるという話があり、また、「高知でゆっくりして、月曜に帰る予定になっていたけれど、9月議会が目前で質問通告の期限があるので日曜日には帰らないといけないかもしれない。でも孫たちには、何かお土産をみつけて買ってきてあげたいよね。」と話していました。この会話が、まさか私と母との最後の会話になるとは夢にも思いませんでした。



 朝木によれば、午前中に自宅に電話をかけ、明代と会話を交わしたという。以上の矢野と朝木の「証言」を総合すると、平成7年9月1日、明代は午前中に朝木と電話で会話を交わし、午前11時過ぎごろに外出し、昼過ぎに矢野と合流したあと、午後7時過ぎまで矢野と行動をともにしたことになる。

千葉が呈した「疑問」

 ただ、矢野と明代が弁護士と打ち合わせを行った時間帯について矢野はなぜか明確には述べていない。千葉が準備書面で述べているのはその点に関わる疑問である。千葉は準備書面で次のように述べている。



 被告は、矢野氏及び直子氏が主張するとおり、「朝木市議は転落当日に弁護士と会った結果、検察官による万引き事件に関する取調べに関し『楽観していた』のであり万引を苦にした自殺ではない」と主張する。しかし、「楽観していた」との情報を発信したのは虚偽宣伝と情報操作を常套手段とすると市民・マスコミから論評されている矢野氏と直子氏であることに鑑み、上記被告の主張は信用できない。

 矢野氏が主張する「朝木市議が弁護士と面会した」とされる時間帯に朝木市議は自宅にいた形跡があり、朝木市議が弁護士と面会したのは本当なのかと疑問視されている。



 千葉の記載は、弁護士と面会したのは矢野だけだったのではないかという疑問を呈するものである。明代が弁護士と面会していないとすれば、都庁に行ったというのも不自然ということになる。なお、朝木は『東村山の闇』で、この面会の際に高田治弁護士が語った内容として以下のように記載している。



 検察側は、万引など『軽微』な問題だと考えてますし、一連の『いやがらせ事件』のひとつとして捉えています。大丈夫ですよ。8月初めに担当検事と約束したとおり、矢野さんと一緒にきて、嫌がらせの実態について話してほしいといっているだけです。――以下略――



 この内容が矢野によるものであることに注意する必要がある。ヤメ検の弁護士が依頼人に対してこんな楽観的なことを本当にいったのか。この弁護士が本当にそういったのだとすれば、依頼人に対して軽々しく勝訴を保証するような発言をしてはならないとする弁護士倫理にも反しよう。いずれにしても、弁護士の楽観的な発言が事実であるという証拠はない。

 むしろ事実は、東京地検は明代の転落死後、東村山署に対して「明代の万引きの事実は認定する。しかし、被疑者死亡により不起訴とする」と通知している。したがって、9月5日に予定されていた矢野と明代に対する取り調べの内容が「本件証拠上、その存在を確定できない事実も多い」(「聖教新聞」裁判における東京地裁の認定)「嫌がらせの実態」についてだったとはとうてい考えられない。

 千葉は現段階ではまだ、明代が弁護士と面会したという事実が疑わしいとする根拠については明らかにしていないが、仮に明代が弁護士との面会の場に同席していなかったとすれば、それもまた「真相究明」につながる重大な事実といえるのではあるまいか。

(つづく)

※「久米川駅東住宅管理費等不払い事件控訴審判決(その3)」に追記しました。

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