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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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東村山街宣事件一審判決(その1)
 右翼Mと浦安の行政書士が東村山市内等で行った街宣活動によって名誉を毀損されたとして創価学会が提訴していた裁判で東京地裁は平成22年7月30日、右翼Mと行政書士に対して、連帯して110万円の支払いと街宣禁止を命じる判決を言い渡した。

矢野穂積に煽動された右翼M

 平成21年6月14日、右翼Mと行政書士は東村山市および東大和市で街宣車を使用し、

「今こそ創価学会の犯罪を暴き、東村山に安全な暮らしを取り戻しましょう。もう許さない、創価学会の横暴を。創価学会・公明党による議会の私物化をやめさせましょう。創価学会の被害者は声を上げて立ち上がりましょう。日本を滅ぼす諸悪の象徴、創価学会を追放しましょう。殺人罪の時効まであと1年。14年前の朝木明代市議会議員の転落死は自殺ではありません。事件を担当した東村山警察署、担当検事もカルト教団関係者。これで公正な捜査ができるのでしょうか」

 とする録音を流し、さらに右翼Mが拡声器で、

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」

「創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです」

 などと創価学会を誹謗中傷する街宣活動を行った(行政書士もまた同様の発言を行い、また右翼Mの街宣に積極的に賛意を示す発言を繰り返した)。この裁判はこれらの街宣を行った右翼Mと行政書士に対して創価学会が2640万円の慰謝料の支払いおよび上記内容の街宣禁止を求めて提訴していたものである。

 当時は東京都議選を控えた時期で、この街宣活動の前後には行政書士が東大和市や武蔵村山市内で公明党都議を誹謗中傷するビラを配布している。またこのビラ配布には、東村山市議の矢野穂積と朝木直子が関与していたことが明らかになっている。

 問題となった街宣活動もその流れに沿ったものとみられる。ただし街宣の情報源である矢野と朝木は、「朝木明代は創価学会に殺された」とする趣旨の発言やビラ(「東村山市民新聞」)の発行によってすでに損害賠償と謝罪広告の掲載を命じられているためか、右翼Mらの街宣活動にはいっさい姿を見せなかった。賢明な対応だった。

千葉を取り囲んだ「行動する保守」一行

 この日、私には判決の行方とともにもう1つの関心事があった。5月21日の結審の日、 
証人申請を却下された右翼Mが退廷する裁判官を追って裁判官席の壇上に駆け上がり、裁判官席の奥にある裁判官専用の入口ドアのノブに手をかけガチャガチャ回そうとするという異常な出来事が起きていた。

 裁判所が証人申請を却下するのはよくあることで、そのことと判決は別である。しかし右翼Mらは、これを自分たちの「敗訴宣告」に等しいものと受け止めたようだった。そうでなければ裁判官を追いかけるという珍しい行動に出ることもあるまい。

 この法治国家ではあり得ない光景に、右翼の代理人もただ呆然とするだけだった。法治国家において、訴訟指揮が気に入らないからといって直接行動に出ることは許されない(私が見聞するのは初めてである)。仮にその場に裁判長が残っていたとすれば、右翼Mがつかみかかった可能性もある。

 それから2カ月後の7月28日、右翼Mの行為を裁判所が重く見ていることがうかがえる出来事があった。その日は私が「行動する保守」の重鎮、西村修平を提訴していた裁判の控訴審判決言い渡しの日だった。判決言い渡しの15分ほど前に私が法廷に近づくと、待合室の方向がなにやらざわついていた。どこかの市民団体が関係する裁判があってその説明でもしているのだろうと思っていると、ざわめきを抜けて「東村山」という一言が私の耳に飛び込んできた。どうやら「行動する保守」一行がいるようだと判断した私は、おそるおそる待合室に近づき中を覗き込んだ。

 すると、左手前の隅で右翼Mら「行動する保守」3名が誰かを取り囲むようにして口々に何か詰問している光景が目に飛び込んできた。どうも右翼Mがしきりにいっているのは、「情けない右翼」とはどういう意味なのかということのようだった。おもむろに待合室の中に入り3名の後ろに近づいてみると、3名に包囲されていたのは千葉英司だった。千葉は椅子に腰をかけた状態で、広げた扇子を「行動する保守」らの方に掲げて何かを防いでいるようにみえる。3名のうちの1人は、右翼Mの詰問の間を縫って「この創価学会が」などと千葉に罵倒を浴びせかけている。

 右翼Mは「『情けない右翼』とはどういう意味なのか説明しろ」としきりにいっているが、どうみても冷静に説明を求めている光景ではなく、1人を大勢で取り囲み、つるし上げているようにしかみえない。しかも長椅子の隅に座っている千葉は、3人から隙間なく包囲されていて、その場を逃れようにも逃げ場がない。話を拒否する人物に対し、逃げ場のない状態にして口々に回答を求めたり罵倒を浴びせるのは、どう見ても尋常ではない。そのうち騒ぎを聞きつけた裁判所の職員が駆けつけて右翼Mらを千葉から引き離そうとしていたが、「行動する保守」は聞く耳を持たなかった。

 どうせ千葉に聞くのなら、そんなくだらない個人的なことではなく他にもっと重要なことがあろう。右翼Mはいったい何のために洋品店に行ったのか。「行動する保守」一行全般にいえることだが、彼らはどうも明代の「他殺」など立証できないことを薄々感じてはいるものの、個々のメンツの問題から非を認められなくなっているようにみえる。

「行動する保守」Aの器

 反対側の長椅子の入口付近には当日の私の訴訟相手方である西村修平と女闘士のMが並んで腰掛けて、右翼Mらの行為を傍観しながら時折なにごとか挑発的な言葉を発していた。私は西村に「あれはやり過ぎです。止めさせた方がいいですよ」と右翼Mらの行為を止めさせるよう求めた。すると西村は、右翼Mに自制を促すどころか大声でこう言い返した。

「おまえは関係ないんだよ」

 大声を上げた時点で、私はこれ以上西村を説得するのは困難であると判断した。西村の対応を確認した私は西村の左方向を見渡した。すると西村から少し離れた奥の方に、われ関せずといった様子で携帯電話か何かを見ている人物がいた。「行動する保守」の指導者Aだった。私は「行動する保守」Aなら右翼Mを諫めてくれるのではないかと期待して話しかけた。

「A先生、あれはやり過ぎでしょう。止めさせた方がいいんじゃないですか」

 1人の人間を取り囲んで返答を強要するような行為は「行動する保守」の評判を低下させるだけですよという趣旨だった。しかし、下を向いていた「行動する保守」Aは私の方を見上げたものの、チンピラかと思わせるような下卑た笑いを浮かべただけでいっさい口を開かなかった。その顔からは、ことあるごとに訳知り顔で「高説」を述べる指導者らしい見識も上に立つ者としての器の大きさも感じ取ることはできなかった。

 西村にせよ「行動する保守」Aにせよ、この程度の人物が指導的立場を維持できるのが「行動する保守」一行だということらしかった。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その2)
未熟な自尊性

 仕方なく私は裁判所職員に近づいて、右翼Mらの行為をやめさせるよう要請した。しかし、職員にしてもこんな場面に遭遇することはめったにないのだろう。数人の職員が応援に来てようやく右翼Mらが千葉のそばを離れるまでに5分近くを要した。右翼Mらは10分近く千葉を包囲し、ほとんど一方的に難詰していたのである。

「行動する保守」一行が待合室から法廷へ移動したあと、私と千葉はしばらく待合室に止まっていた。むやみに一行に接近して刺激してはいけないという判断だった。そばにいた職員に、右翼Mが以前、裁判長の壇上に駆け上がってドアを開けようとした人物であることを話すと、職員は右翼Mによる裁判長襲撃未遂事件の事実を把握していた。すでに東京地裁では、「行動する保守」一行に関する情報が担当部だけでなく裁判所全体の情報として共有されていることをうかがわせた。

 職員は私と千葉に対し「今日はもう法廷には入らない方がいいのではないか」という。私と千葉は職員のアドバイスもあって、この日は法廷には入らずにそのまま書記官室で待機し、判決文を受領して帰ったのだった。

 仄聞するところによれば、「行動する保守」一行の異常な興奮状態は法廷に入っても冷めなかったらしい。法廷内で「行動する保守」Aの弟子は傍聴人に体当たりを食らわせ、右翼Mは傍聴席に座った同じ傍聴人の足を蹴りつけたという。裁判でまともな対応ができず、敗訴を重ねていることに対する腹いせ、八つ当たりとみるべきだろう。裁判長襲撃未遂といい、この日の千葉や傍聴人に対する威圧、暴行といい、「行動する保守」一行は救いがたい未熟な自尊性とそれに基づく場当たり的攻撃性をあらわにしつつある。

 傍聴人に悪態をついたところで裁判には何の影響もないどころか、むしろ心証を悪くし、自分たちの評価を貶めるだけだということが彼らには理解できないのだろう。一行の指導者である「行動する保守」Aは高らかに公言した「朝木明代他殺説の根拠(=内部告発者の存在)」について具体的に立証する方針さえもいまだになんら明らかにせず、リーダーたちが相次いで提訴され、敗訴を重ねるに及んで焦慮を募らせていることの表れのようにもみえる。裁判のたびに行う街宣もシュプレヒコールにも虚しさを禁じ得ない。

 なお、私が西村修平を提訴していた裁判はその日、東京高裁で西村の控訴が棄却された(西村は平成22年8月6日付で上告)。また私が浦安の行政書士を提訴していた裁判では、行政書士に対して10万円の支払いを命じた東京高裁判決を不服として行政書士が上告していたが平成22年6月11日、最高裁が上告を棄却する決定をして東京高裁判決が確定。私は一審の仮執行宣言に基づき平成21年10月6日に4万9543円を差し押さえていたので、残金5万457円と遅延損害金を請求したところ、平成22年7月28日(西村裁判の判決当日)に行政書士から振込があり、この事件は完結した。

厳戒態勢の法廷

 さて、彼らが提訴されている裁判の中でも、おそらく彼らが最も警戒しているのが創価学会から提訴されているこの裁判だろう。なにしろ請求金額が2640万円とケタが違う。右翼Mらが千葉をつるし上げてからわずか2日後でもあり、法廷の混乱は容易に予測できた。

 その一方で裁判所が「行動する保守」一行に対する警戒を強めているのは明らかだった。したがって、仮に法廷で混乱が起きれば再び拘引などの措置が取られる可能性もあると私はみていた。法秩序を脅かす輩に対して裁判所が毅然とした対応をするのは当然である。

 7月30日、判決言い渡しは午後1時10分である。私は午後1時前に法廷に着いた。法廷前に行くと、通常はいない裁判所の職員が3、4名立っているだけで、「行動する保守」一行の姿はまだなかった。判決前、右翼Mが裁判所前での街宣を予告していたから、一行はまだ法廷に向かっている途中なのかもしれなかった。

 判決言い渡し5分前になり、裁判所の職員が「もう入れますよ」と教えてくれた。「行動する保守」一行関連の裁判に限っては、当事者以外は開廷5分前まで入廷させない方針になっているようである(立川支部も同様)。法廷内でも当事者に暴言を浴びせたり、傍聴人に対する威嚇を繰り返してきた実績からすれば、この対応もやむを得まい。

 この時点でもまだ法廷前は、普通の法廷のように平穏そのものだった。職員の表情にもまだ切迫した警戒感はうかがえない。彼らはまだ法廷のある5階には上がってきていないようである。

 法廷に入ってほどなく、入口のドアを開ける音が聞こえた。見ると、右翼Mのほかに10名前後の支援者が法廷に入ってきたところだった。右翼Mが2名の弁護士と被告席に向かっている。しかし、相被告である浦安の行政書士の姿はなかった。どうやらブログで予告していたとおり、行政書士は判決には立ち会わないらしい。原告席には創価学会側代理人の姿はなく、無人のままである。法廷に行けば「行動する保守」一行をいたずらに刺激するだけで無益と判断したのかもしれない。

 意外に感じたのは、傍聴席に着いた支援者の少なさである。ざっと見渡したところでは10名もいなかった。支援を表明していた「行動する保守」Aと西村修平の姿はなく、比較的知られたところでは「行動する保守」Aの弟子と女闘士Mぐらいである。前回の法廷で証人申請を却下されたことでさすがの「行動する保守」一行もかなり分が悪いことを感じており、わざわざ法廷まで出向くのは見合わないと考えたとしても不思議はあるまい。

 それでも傍聴席の後ろには数名の裁判所職員が立って警戒に当たっている。判決言い渡しの時刻が近づき、傍聴人が息を殺して裁判官の入廷を待っていたそのときである。傍聴人は民事裁判ではめったに見ることのできない光景を目にした。法廷の左奥のドアが開き、2名の見るからに屈強なガードマンが入ってきて、原告席側と被告席側の裁判官席寄りにそれぞれ仁王立ちしたのである。右翼Mが裁判官席に突進するのを想定した配置であることは、おそらく「行動する保守」一行を含め法廷の誰もが瞬時に理解した。並の警戒体制ではなかった。裁判所は右翼Mが再び裁判官を襲撃しかねないと考えていたということである。

「行動する保守」一行に対して裁判所の姿勢を十分に認識させた上で、3人の裁判官が入廷してきた。



 それでは判決を言い渡します。

主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成21年6月14日から支払い済みまで年5 分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告に対し、別紙1禁止行為目録記載の行為をしてはならない。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを20分し、その1を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
5 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。



 主文の宣告が終わり、「以上です」と裁判官が退廷しようとすると、敗訴を告げられた右翼Mが何事か抗議らしい声を上げた。その言葉は不明瞭で私にはまったく聞き取れず、なにか独り言のように聞こえた。他の傍聴人に聞くと、右翼Mはどうやら「審理が尽くされていない不当判決」という趣旨のことをいったらしいが、いずれにしてもその声には街宣のときのような迫力はなかった。

 それはそうだろう。被告席からわめいたところで110万円の支払いを命じた判決が覆るわけもない。一昨日の西村修平の敗訴に続く「行動する保守」の連敗である。そのせいか、わざわざ傍聴に来た支援者の間からは右翼Mの「抗議」に呼応する声は上がらなかった。法廷に虚しく響いた中途半端な右翼Mの独り言が「行動する保守」一行のショックの大きさを物語っているように思われた。

「行動する保守」一行のショックの大きさとは、110万円の支払い命令という現実と、右翼Mらの街宣活動を煽動した矢野穂積と朝木直子の主張との間の不整合感からくるものなのだろう。しかし、右翼Mらの街宣には近づきもしなかった矢野と朝木だけは、今回の判決になんらの違和感も抱かなかったはずである。

「行動する保守」一行は、なんらの責任も取ろうとしない矢野と朝木に対してどんな気持ちを持っているのだろうか――そんなことを思いながら私は法廷をあとにした。右翼Mらはその直後、再び判決の不当を訴えて街宣活動を行ったとのことである。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その3)
 判決から数日後、私は判決文の内容を具体的に知ることができた。その内容は、創価学会側にとっては完勝、右翼Mらにとってはその主張がことごとく排斥された無残としかいいようのないものだった。判決内容を見ていこう。

執拗な街宣

 まず東京地裁の認定によれば、右翼Mと行政書士が平成21年6月14日に行った街宣活動は9回で、その内容はそれぞれ以下のとおりである。



①街宣車を走らせての街宣(午前および午後/東村山市内および東大和市内)
 右翼Mは東村山市内および東大和市内において街宣車を走らせながら、街宣車に搭載したスピーカーで、

「今こそ創価学会の犯罪をあばき、東村山に安全な暮らしを取り戻しましょう。もう許さない、創価学会の横暴を。創価学会・公明党による議会の私物化をやめさせましょう。創価学会の被害者は声を上げて立ち上がりましょう。日本を滅ぼす諸悪の象徴、創価学会を追放しましょう。

殺人罪の時効まであと1年。14年前の朝木明代市議会議員の転落死は自殺ではありません。事件を担当した東村山警察署、担当検事もカルト教団関係者。これで公正な捜査ができるのでしょうか?」

 などと録音したテープを繰り返し流し、行政書士はテープの内容に合わせて「許さない」「追放しましょう」「カルトです」などの発言を繰り返した。

 街宣車には、「殺人罪の時効まであと1年」「創価学会の犯罪を許さない」「朝木明代市議は自殺じゃない」「東村山警察署・担当検事もカルト教団関係者」と記載した横断幕を取り付けてあった。

②東村山駅東口における街宣活動1(午前9時30分ごろ)
 右翼Mは東村山駅東口において同日午前9時30分ごろ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」

「朝木明代市議が万引きして警察につかまったことを苦にして自殺したんだというストーリーまで作り上げているんです。これが創価学会のやり方なんです」

「創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです」

「日本の国を牛耳ってやりたい放題、不正、犯罪のオンパレードなんです」

 行政書士は右翼Mの街宣に合わせて「そーだ」と繰り返し、街宣終了の際には「よろしくお願いしまーす」「ありがとうございまーす」と発言した。

③創価学会東村山文化会館前における街宣活動1(午前10時30分ごろ)
 浦安の行政書士は創価学会東村山文化会館前において同日午前10時30分ごろ、街宣車を降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「数々の嫌がらせ、犯罪行為をやってきた創価学会に宗教法人を名乗る資格はありません」

 右翼Mも街宣車を降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「朝木明代市議が駅前のビルから突き落とされて殺されました。殺人罪の時効、当時、あと1年で時効になります。いまこそ、この薄汚い創価学会の犯罪に対し、われわれ国民が、市民が糾弾の声、鉄槌を下していかねばなりません」

「創価学会はこの日本における最大最悪の犯罪集団」

「創価学会の犯罪を許すなー」

「創価学会は殺人をやめろー」

「犯罪者集団創価学会を許すなー」

 行政書士はその際、右翼Mの発言に合わせて「そーだ」と大声で賛意を示す発言をした。

④東村山駅東口における街宣活動2(午前11時ころ)
 右翼Mは東村山駅東口において同日午前11時ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」

「創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです。日本の国を牛耳ってやりたい放題。不正、犯罪のオンパレードなんです」

⑤東大和駅前における街宣活動(午後0時ころ)

 右翼Mは東大和駅前において同日午後0時ころ、街宣車を降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「殺人事件の時効まであと1年。朝木市議は自殺ではない。カルト教団創価学会が事件に関与している。朝木市議の事件を担当した警察の人間はカルト教団の関係者」

「カルト教団創価学会を糾弾し、東村山市議会を正常化させよう。カルト教団は許さない。創価学会の被害にあっている皆さん、立ち上がろう」

⑥創価学会東大和文化会館前における街宣活動(午後3時ころ)
 右翼Mは創価学会東大和文化会館前において同日午後3時ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「平成7年に、えー、殺害されました東村山市議朝木明代さん、その事件があと1年で時効になろうとしております。殺人事件の時効まであと1年。この創価学会による謀略」

「なんといっても宗教団体の皮を被りながら実際は犯罪のオンパレード、殺人組織化されているのが創価学会でありましょう」

「創価学会が殺人部隊を擁するということの証ではないですか」

「われわれ国民は創価学会の犯罪を許さないぞー」

「創価学会による殺人を許すなー」

 右翼Mの街宣の際、行政書士は拡声器で「叩き出せー」などと大声で発言し、右翼Mの発言に合わせて「そーですねー」「許さないぞー」などと賛意を繰り返すとともに「犯罪者集団、創価学会を日本から叩き出せー」「宗教の皮をかぶった詐欺師集団、創価学会を叩き出せー」などと発言した。

⑦創価学会東村山文化会館前における街宣活動2(午後3時43分ころ)
 右翼Mは創価学会東村山文化会館前において同日午後3時45分ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「創価学会によって殺害された朝木明代さん」

 行政書士はその際、右翼Mの発言に合わせて「許さない」「そうだ」「そうです」などと賛意を示す発言を行った。

⑧公明党市議会議員宅前における街宣活動(午後4時10分ころ)
 右翼Mは公明党東村山市議宅前において同日午後4時10分ころ、街宣車から降り、以下のような街宣を行った。

「創価学会というのは犯罪者の集団。殺人部隊さえ持った集団だ。暴力団も持ってるし、創価学会は右翼の街宣車だって自由に動かせるんだ」

⑨東村山駅東口における街宣活動3(午後4時50分ころ)
 右翼Mは東村山駅東口において同日午後4時50分ころ、街宣車から降り、拡声器で以下のような街宣を行った。

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署はたんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです。創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです。日本の国を牛耳ってやりたい放題。不正、犯罪のオンパレードなんです」



 東京地裁が認定した①~⑨の街宣をみると、右翼Mと浦安の行政書士が東村山および東大和で行った街宣活動は9時30分の東村山駅前街宣1(②)を皮切りに4時50分の東村山駅前街宣3(⑨)まで行い、各街宣地点への移動の間には街宣車から録音テープを流していた(①)ものとみられる。

 なお上記街宣のうち、について行政書士は「創価学会側が提出した録音データには改ざんまたは加工した可能性がある」と主張したが、東京地裁は「改ざんまたは加工がなされたことをうかがわせる証拠はない」と行政書士の主張を斥けている。またについて右翼Mは「創価学会によって殺害された朝木明代さん」との発言について否認し、行政書士はここでも「創価学会側が提出した録音データには改ざんまたは加工した可能性がある」と主張したが、東京地裁はいずれの主張も斥け、右翼Mが上記発言をした事実を認定している。

 街宣の内容を要約すれば「朝木明代を殺したのは創価学会である」「創価学会は犯罪者の集団だ」というものである。つまり右翼Mと行政書士は平成21年6月14日、東村山市内と東大和市内において午前9時30分から午後5時まで8時間近く、創価学会に対する誹謗中傷を繰り返したということになる。内容もさることながら、とりわけその執拗さは、仮に彼らなりの正当性があったとしても、それだけではとうてい理解しがたいものというほかなかった。

(つづく)

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東村山街宣事件一審判決(その4)
右翼Mの「予告」

 浦安の行政書士はこの日の街宣までに、同年5月31日、6月7日、6月13日と矢野穂積が作成した公明党批判のビラ(『北多摩市民新聞』)の配布に精を出しており、この日の街宣もその延長線上にあることがわかる。行政書士は当時、平成19年9月1日に東村山駅前で行った街宣活動をきっかけとして2件の裁判を提起されており、それが一層「創価学会批判」へと駆り立てたようにみえる。

 一方、右翼Mは西村修平が千葉から提訴された裁判では西村支援を鮮明にして、口頭弁論当日に行われた街宣活動にも参加している。したがって当時、右翼Mはまだ裁判の当事者ではないものの、行政書士が置かれた状況や動きに触発されるところがあったのかもしれない。右翼Mは街宣前日のブログにこう書いている。



 去年の9月1日行ったきりご無沙汰だなあ。またそろそろ行かなくちゃならない時期かも。……高級婦人洋品専門店「○○」か、懐かしいな。



 東村山の話題を持ち出してまず朝木明代の万引き被害者の店を懐かしむとは、右翼Mにとって「洋品店襲撃事件」がよほど印象に刻まれていたものとみえる。あるいはこれは、「お礼参りはさせてもらう」という右翼Mなりの脅し(強がり)だろう。なかなかの凄味だが、客観的根拠を欠いては負け犬の遠吠えと一般社会からは相手にされまい。

 いずれにしてもこの時点で、すでに右翼Mと行政書士の間で街宣の打ち合わせができていたとみるのが自然である。6月14日になぜ東村山で街宣をする気になったのか、確かなところはわからないものの、右翼Mは6月17日昼には立川で千葉を誹謗する街宣に参加したあと、その足で地元中野に向かい、公明都議を追及する街宣を行っている。右翼Mは翌6月18にも中野で同様の街宣を繰り返した。7月12日に迫った東京都議選に向け、右翼Mもまた「創価学会批判」活動をより活発化していたことがうかがえる。

 ちなみに右翼Mの平成21年6月18日付ブログによれば、右翼Mの街宣車に搭載しているスピーカーは「巨大音量」を発生できる「高性能・ハイ出力の最新式ハイパースピーカー」なのだそうである。街宣対象となった公明都議は6月19日、右翼Mを名誉毀損罪で告訴している。

「高性能スピーカー」の「真実性」

 さて、創価学会側は6月14日の街宣について、①大音量でなされたこと(争点1)、②右翼Mと行政書士が共謀して行った(争点2)、③「創価学会が朝木明代を殺害した」との虚偽の事実を摘示した(争点3)ことによって創価学会の名誉が毀損され、平穏な宗教活動が妨害されたと主張し、右翼Mらに対して連帯して2640万円の損害賠償および街宣禁止を求めていた。これらの争点について右翼Mらはいかなる主張を行い、裁判所はどう判断したのか、順を追ってみていこう。

争点1 街宣の態様

 ある発言が他人の社会的評価を低下させたか否かについては、その発言が不特定多数を相手になされたものであるかどうかが基本的な構成要件となる。右翼Mは一部の街宣について、不特定多数に向けられたものではなかったと主張しようとしたものとみられる。



(右翼Mの主張)
 本件街宣活動のうち①、⑤ないし⑨(本連載「その3」参照)は大音量ではない。また、街宣車のスピーカーは出力35Wの極めて音量の小さなものであり、区役所の広報宣伝カー(軽自動車)に搭載しているものと同種のタイプで、大音量は出せない。



 右翼Mは①街宣車の移動中における街宣と午後の街宣(⑤ないし⑨)については大音量だったことを否認している。それも音量を絞ったからではなく、そもそも街宣車に搭載したスピーカーの性能上、大音量は出せないとする主張のようである。行政書士もまた、街宣が大音量だったとする点については否認している。

 右翼Mは東村山街宣の4日後に中野区で行った街宣のあとブログで、街宣車のスピーカーは〈「巨大音量」を発生できる「高性能・ハイ出力の最新式ハイパースピーカー」〉であると自賛しているが、右翼Mは中野での街宣に備えて4日の間にスピーカーを付け替えたということなのだろうか。しかし裁判で、右翼Mが東村山街宣から中野街宣までの間にスピーカーを取り替えたと主張した形跡は見当たらない。すると右翼Mは、東村山街宣の大半が不特定多数に向けられたものではない(少なくとも「大音量」ではないから、「不特定多数」の度合いは低い)と主張することで損害賠償額を減らそうと姑息な努力をしたということだろうか。

 この点について東京地裁はどんな判断をしたのか。



(東京地裁の判断)
 本件街宣車に取り付けられている拡声器は、一見して区役所等が広報宣伝活動に用いる軽自動車等に取り付けている拡声器よりも高性能なものであること、本件街宣活動は本件街宣活動を除き、本件街宣車に取り付けられている拡声器又は手持ち式の拡声器を用いて行われていたことの事実が認められる。――略――

 他方、甲12(創価学会側が提出した書証)にも、本件街宣活動が拡声器を用いてなされたものであることや大音量でなされたことの記載はなく、これらの事実を認めるに足りる証拠は他にもない。したがって、本件街宣活動⑧については、近隣に住宅があることを配慮し、極力音量を絞り、ハンドスピーカーを○○宅の方にのみ向けたとの被告Mの主張は、否定されず、そのような程度にとどまるものであったものと認められる。



 東京地裁はこう述べて、右翼Mが主張した⑧以外の街宣について「大音量だった」と認定し、街宣の公然性を認定している。しかしこの認定によって、ただちに名誉毀損の不法行為が認められるわけではない。公共性、公益性があり、かつ真実性・相当性が認められれば不法行為責任は阻却される。右翼Mらは街宣内容の真実性・相当性を正面から主張・立証すればよいのである。

 したがって、街宣の音量問題だけに限定すれば、右翼Mがブログで自賛したとおり、右翼Mの街宣車のスピーカーが〈「巨大音量」を発生できる「高性能・ハイ出力の最新式ハイパースピーカー」〉であることの真実性が裁判所によって認定されたということだから、これは右翼Mにとってむしろ名誉なことと受け止めるべきなのではあるまいか。

 公明議員宅前の街宣については、使用した拡声器がハンドスピーカーだったとしても、私が確認したかぎりにおいてはかなりの音量であり、議員宅の周辺に聞こえないような音量だったとは考えにくい。この点に関する判断には疑問があると私は考えている。

(つづく)

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