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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「行動する保守」事件 第4回
 昨年末以来、「行動する保守」一行の一角を担っていた浦安の行政書士周辺で著しい足並みの乱れが生じ、様々な反目や離合も起きているらしい。軽いめまいを覚えるが、個々に程度の差はあるとしても、直近の動きはしょせん「行動する保守」内部のコップの中の嵐で、いずれも常識外の出来事のように思える。

 足並みの乱れということでは、最初に表沙汰になったのは「行動する保守」の重鎮、西村修平の「主権回復を目指す会」である。その後千葉が提訴した裁判で平成22年12月10日、離脱した相被告の元側近が西村との同席を忌避し、分離裁判を求めたことで、彼らの関係がたんなる離脱や退会ではすまないものとなっていることを内外に印象づけた。

 内情を知る者の造反は組織にとってやっかいである。そのせいか、東京地裁立川支部に集まった西村のほか右翼Mや「行動する保守」Aの弟子らは原告の千葉よりもむしろ袂を分かった元側近に対して苛立っているようにみえた。行政書士の周辺で発生したとされる一般には難解な事件をめぐっては衝動的かつ煽情的な彼らの生態の一端が暴露され、関係者は著しく信用を失墜させているようである。事情は異なるとはいえ、側近から反旗を翻された西村としても内心穏やかではないということなのかもしれなかった。

「行動する保守」Aの立場

(あくまで内輪の支援者から)指導者として敬意を集める「行動する保守」Aも、そんな「行動する保守」の状況をことのほか憂慮していたようである。「行動する保守」Aは平成22年末、「行動する保守」内部で起きた離反劇について「各団体の内部における問題なので、深く言及することは致しませんが」と前置きした上で「(当事者は)深く反省すべきであると私は感じました」と年長者らしく間接的な表現で苦言を呈し、またそれが自らの関係する団体にも波及したことについて「その責任を痛感した次第です」と述べている。

 ただ、「行動する保守」Aは最後に「責任を感じている」と受け取れる発言をしているものの、「行動する保守」内部で相次いだ反目や離反がいったいいかなる問題によって起きたのか、「行動する保守」Aがなぜ「責任を感じ」なければならないのかについてはさっぱりわからない。さらに「行動する保守」Aが、「そのような事情もまた……活動に足が遠のく原因になった」と告白していることについてはもっとわからない。「行動する保守」内部で起きた混乱が「(自分とは直接関係のない)各団体の内部における問題」にすぎないのなら、なぜ「行動する保守」Aが「活動に足が遠のく」ことになるのだろうか。

「行動する保守」Aは指導者として、こんな曖昧な一文で支援者らに対して十分な説明をしたと考えているのだろうか。あるいは「行動する保守」の内部にいれば、この説明で得心がいくということなのか。理由は定かではないものの、私には「行動する保守」Aが具体的な原因に言及することを意図的に避けているようにみえる。

 いずれにしても、それまでの信頼関係の崩壊は、西村と元側近の関係がそうであるようにいろいろな要素が積み重なった結果であるのが通常である。「行動する保守」においてその大きな原因のひとつをなしているのが、「行動する保守」Aが「内部告発者の証言を得た」として東村山デマ事件に「行動する保守」一行を引きずり込んだことにあると私は考えている。

 現に西村と元側近は千葉から提訴されて彼らが反目し合っている事実がいっそう顕著になった。それだけでなく、今後「行動する保守」の混乱に拍車をかけるような内部事情が暴露される可能性もないとはいえない。そのような事態にならなかったとしても、千葉から提訴されたこと自体、そもそも彼らを東村山デマに引きずり込んだ「行動する保守」Aの責任は免れまい。「行動する保守」Aが同じ記事で「逮捕された事件の裁判結果はまだ残されており、民事訴訟も数多く抱えています。このような問題に関する裁判支援闘争などには引き続き参加していきたいと考えています。」と述べているのは指導者としての責任感の表れとみるべきではあるまいか。

 ただし「行動する保守」Aは西村や右翼M、行政書士らが提訴された裁判の傍聴に行き、あるいは街宣に参加しただけでは「裁判支援闘争」に参加したとはみなされまい。「行動する保守」Aは一行を東村山デマに引きずり込んだ最大の責任者である。したがって「行動する保守」Aの「裁判支援」とは、彼が「直接会って聞いた」とする「現役警察官による内部告発」の事実を立証すること以外にはあり得ない。

「行動する保守」Aは「調査を継続」

「行動する保守」Aが「内部告発」なるものを公表したのは平成20年7月29日である。それから2年半になろうとするが、「行動する保守」Aはいまだその内容を公式に説明すらしていない。「行動する保守」Aがそれさえ立証すれば「朝木明代謀殺事件の真相」が明らかになり、一行が提訴されている裁判も有利になる可能性もあろう。

「行動する保守」Aは「内部告発」の内容をいつ詳細に説明し、立証するのか。この点について右翼Mは、行政書士とともに創価学会から提訴された裁判(東村山街宣事件)の控訴理由書(平成22年12月21日付)で、「内部告発」立証の進捗状況について次のように述べている。



 平成20年9月1日に東村山駅前において、民間団体が主宰する(ママ)「東村山市議朝木明代さんの謀殺事件の真相を究明する集会」が行われ、被告Mは参加している。

 主宰者(ママ)の訴外「行動する保守」A(筆者注=書面では実名)は演説の中で、「創価学会の関与は疑いの余地が無い。警察関係者からの内部告発があった」、と断言している。

 当時の事件に関った警察関係者が創価学会の関与を知っているものであるから、この警察関係者が真実を証言すれば、創価学会が殺害事件に関与したことは明白となる。

 しかしながら現在はまだ、当の警察関係者が公に証言を行うことを躊躇しているものと思われる。警察関係者からの綿密且つ、正確な情報収集と証拠が提出できれば、事件の真相が解明されることは間違いない。

 今現在、関係者を通じて警察関係者との交渉で調査・聞き取りを継続している。



 最後の一文は主語が欠落しているが、「調査・聞き取りを継続している」のはもちろん「行動する保守」Aで、右翼Mは「行動する保守」Aから直接こう聞いているということと理解できよう。

「関係者を通じて」というのは再伝聞で証拠とするには難しかろうが、「行動する保守」Aは最終的にこの「警察関係者」による実名の告発(陳述書あるいは人証)を提出するつもりなのだろう。「行動する保守」Aはすでに3年前、この「警察関係者」に「直接会った」というのだから、「関係者を通じ」るのではなく、また会えばいいのではあるまいか。

 一方、「行動する保守」A自身とその弟子が千葉から提訴された裁判の口頭弁論は1月19日に迫っている。「行動する保守」Aは平成22年9月8日付準備書面(第2回口頭弁論)で〈事実については次回期日までに詳細に主張する。〉と述べたものの、同年11月10日に開かれた第3回口頭弁論では準備書面を提出しなかった。第2回口頭弁論から4カ月、前回口頭弁論から数えても丸2カ月がたっている。

 したがって今度こそ「行動する保守」Aは「朝木明代謀殺事件が陰謀によって自殺として処理された事実」について「詳細に主張する」ものと思われるが、第4回口頭弁論まで1週間と迫った平成23年1月13日現在、「行動する保守」Aから準備書面はいまだ届いていないという。「調査・聞き取り」を継続しているのだろうか。

(つづく)

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「行動する保守」事件 第5回
 平成7年9月1日に発生した東村山市議朝木明代の転落死事件をめぐるブログの記事によって名誉を毀損されたなどとして、元警視庁東村山警察署副署長の千葉英司が「行動する保守」Aとその弟子を提訴していた裁判の第4回口頭弁論が平成23年1月19日、東京地裁立川支部で開かれた。

 千葉が問題としているのは、①平成21年11月13日付および②平成22年5月4日付ブログに掲載したプラカードの写真にある〈創価学会の四悪人〉〈千葉英二副署長〉との文言や別のブログ記事に千葉の写真が4回にわたって無断掲載されたこと(請求③~⑥)、さらに⑦平成21年11月20日付ブログに掲載した〈にも拘らず捜査の指揮をとった東村山署の千葉英司副署長(当時)は強引に自殺として処理。〉〈この男こそが13年前、自殺事件にすり替えた張本人・千葉英司だったと分かった。警察を退職した今でも創価学会シンジケートで繋がり、店主を装って用心棒を演じていたとは。〉などとする記事である。

 記事は要するに、朝木明代の転落死は「他殺」だったにもかかわらず、千葉は〈自殺事件にすり替えた。また(関与が疑われている)創価学会シンジケートと繋がっている〉と主張するものと理解できる。これに対して千葉は写真や文言の削除を求めるとともに記事によって名誉を毀損された(⑦)として総額140万円の支払いを求めている。

延びに延びた「事実立証」

 第3回口頭弁論終了時の段階で注目されていたのは、「行動する保守」Aが本人に「直接会って聞いた」とする「現役警察官による内部告発」の事実について主張・立証するのかという点だった。「行動する保守」Aのいう「内部告発」とは、「朝木明代の転落死は殺人事件だったにもかかわらず、自殺として処理された」というものである。事実なら東京地検および警視庁が発表した「万引きを苦にした自殺」という結論が覆る可能性もある。

「行動する保守」Aは平成20年7月29日、この「内部告発」を聞いたことによって朝木明代転落死事件の「真相究明活動」に乗り出したとし、以後、「行動する保守」一行を巻き込んでいった。その結果、これまでに西村修平は計30万円、右翼Mと浦安の行政書士は連帯して110万円の支払いを命じられるなど窮地に陥っている。

 しかし「行動する保守」Aが「内部告発」の内容を明らかにするとともにその内容を立証することができれば、自分の裁判だけでなく敗訴している盟友たちを泥沼から救い出すこともできよう。もちろんそれは朝木明代の「万引き犯」の汚名をそそぐことでもある。

「行動する保守」Aも平成22年9月8日(第2回口頭弁論)に提出した準備書面で、「朝木明代は謀殺されたにもかかわらず、千葉によって自殺として処理された」とする事実が「真実であると信じるについて相当理由があった」ことについて「次回期日までに詳細に主張する」と述べた。それこそ「行動する保守」一行をデマの泥沼に引き込んだ者が果たすべき当然の責任というべきだろう。

 この日の弁論で裁判長から「いつまでに準備書面は用意できるか」と聞かれた「行動する保守」Aは「資料が揃うのに9月いっぱいはかかる。それから書面に取りかかるので相応の時間をいただきたい」としたため、裁判長は第3回口頭弁論を11月10日とし、書面の提出期限を10月20日と言い渡した。

 この重鎮はその後10月1日には、東京・赤坂のビルから転落死した右翼と知り合いで、その転落死と朝木明代の自殺事件の間になにか、真相究明につながる共通点があるかのような主張を自信たっぷりに披瀝するとともに、次のように述べていた。

〈私はこの人物と当時仕事上で付き合いがあり、この人物の依頼で単行本を出すなどかなり親密な付き合いがありました。在日朝鮮人で右翼団体の会長という立場でしたが、この人物との関わりがなければ、私がこの朝木さんの事件で警察官と接触する機会を与えられることなどは絶対なかったことだけは確実です。〉

 ここでいう「警察官と接触する機会」とは「現職警察官による内部告発」のことを意味するのではないかと思われた。「行動する保守」Aはそれ以上は言及しないが、「内部告発者に会った」ことをあらためて自認する文言と受け取れよう。「資料が揃う」という10月には「朝木明代謀殺事件と隠蔽の事実」がいよいよ明らかにされると期待された。

 ところが裁判官から指定された10月20日を過ぎても「行動する保守」Aから準備書面はいっこうに提出されず、そのまま11月10日の第3回口頭弁論期日を迎えたが、当日になってアクシデントが発生した。代理人が「急病」になってしまい、出廷できないという。結局この日出廷したのは「行動する保守」Aとその弟子のみで、準備書面も提出しなかった。

「急病」はあり得たとしても、前回弁論から2カ月にもなるというのに準備書面も提出できないとは普通では考えにくい。ファックスで送ればいいのである。いずれにしても、準備書面も提出しない代理人の対応はどうみても不自然だった。翌日、第4回口頭弁論期日が平成23年1月19日と決まったが、「行動する保守」Aのいう「朝木明代謀殺事件と隠蔽の事実」の公表は、結果として当初の締切(10月20日)から3カ月も引き延ばされたことになる。

前日に提出された準備書面

「行動する保守」Aが準備書面2を提出したのは口頭弁論の前日(1月18日)夕方である。しかし結論からいえば、その準備書面では「内部告発」にはいっさい触れられておらず、それどころか「朝木明代謀殺事件と隠蔽の事実」についての具体的な主張・立証は何も書かれていなかった。その代わりに「行動する保守」Aが述べたのは「東村山の闇」裁判との関係だった。「行動する保守」Aは次のように述べていた。



 この控訴審(「東村山の闇」裁判)は、平成20年12月15日に弁論終結し、平成21年3月25日に判決が言い渡されたが、被告ら(「行動する保守」Aら)を含め創価学会・公明党に批判的な人々はどのような判決がなされるか、注目していたところで、この判決の内容は直ちにそれらの人々に知られるところとなった。

 上記1記載で明らかであるように、肖像権侵害と訴えられている、請求の趣旨、5及び6の、平成20年9月6日付ブログは、この判決がなさるより前のものであるが、これ以外は全て、判決がなされた後のものである。そして本件ブログで被告ら(「行動する保守」Aら)が述べたものの内容は、上記の訴訟で被告ら(矢野と朝木)が表現したものと変わるところはない。

 上記高裁判決は、抗弁を含めて、違法性ないし責任が阻却され、名誉毀損とならない、としたのであるが、これは、本件の被告らにも同様に該当する。さらに、この高裁判決により、被告らは、より積極的に、違法性ないし責任はないと認識するにいたったのであり、そのように解したとして、何ら非難されるべき点はない。



 要するに「行動する保守」Aは、本件ブログで表現した内容と「東村山の闇」の内容は同様のもので、しかも本件ブログは1件を除いてすべてこの判決後のものだから、違法性はないと主張していた。表現の日時、態様、具体的表現内容などが異なれば判断も異なるのが通常である。したがって、抗弁は具体的表現に則してしなければならない。

 ところがこの代理人は、ブログの表現を一括りに「東村山の闇」の表現と「変わるところはない」として、具体的表現についての主張・立証をいっさいしないまま違法性はないと主張していた。この内容なら答弁書の段階で主張できよう。この弁護士は、千葉が法律の素人だからといってナメているのだろうか。

 いずれにしても、千葉としては準備書面2の内容を訴状に対する具体的反論と認めるわけにはいかなかった。はたして裁判長はこんな大雑把な主張を具体的主張と認めるのかどうか。これが第4回口頭弁論に際しての千葉の当面の関心事だった。

(つづく)

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「行動する保守」事件 第6回
「行動する保守」Aの釈明

 平成23年1月19日午前、「行動する保守」Aのブログに次のような「お知らせ」が掲示された。

〈本日私が訴えられた裁判が東京地裁立川支部で午後から行なわれますが、弁護士と打ち合わせの結果、弁護士だけが裁判に出席することになっており私は今回は出席致しませんのでお知らせします。〉

 これが掲示された時点ではまだ「行動する保守」Aと弁護士との間でどんな「打ち合わせ」が行なわれたのかは定かでない。しかし急用なら弁護士との間で「打ち合わせ」する余地はないから、「行動する保守」Aは急用以外の理由で弁護士との「打ち合わせ」を行なったということになる。

「打ち合わせ」をした理由としてとりあえず考えられるのは、延ばしに延ばしたにもかかわらず、具体的中身のない準備書面の問題だろうと私は考えていた。「行動する保守」Aはこのまま真実性・相当性の主張をしないまま、すなわち「内部告発」を明らかにする責任から逃げるつもりだろうか。さすがの支援者たちも「行動する保守」Aの本心を察知し始めたのか、法廷には支援者とおぼしき人影は皆無だった。

「行動する保守」Aは、この日提出した準備書面2に真実性・相当性(とりわけ「内部告発」の事実)についての主張がいっさいなかったことに批判が集中したため、その言い訳をしておく必要があると考えたようである。口頭弁論翌日の1月20日になって「出廷しなかった理由」を自ら次のように釈明した。



 私の評論・論評は裁判所の下したこのような結果(過去に千葉が争った多くの別件裁判の結果)を踏まえ、この事件の真相究明を行なっているだけであって、それ以外の何ものでもありません。

 既に裁判で何度も争われその結果は出ています。私の評論活動はその裁判所が下した範疇の中にあるもので、それを超えるものではないという主張です。

 ……私としては裁判官がどちらの判決(千葉が勝訴した判決か敗訴した判決か)に軍配を上げるのかを待つだけです。

 これこそ早期の決着を求めたものであり、私としてはこれで結審すると思っていました。逆にまた次回期日が入ったことのほうが私には意外でした。



 私はこれほど(敵味方を含めて)人間をナメ、誠実さや責任などすべてに対して投げやりな言葉を知らない。事実を正面から見ようともせず、その態度のどこが悪いと開き直ったようにもみえる。

 あるいは論点のすり替えというのだろうか。もっともらしく聞こえるが、これまでの判決はそれぞれの具体的記載内容についてそれぞれ判断したもので、なんらかの「範疇」などという曖昧なものを示しているわけではない。ところが「行動する保守」Aは千葉が問題としている記載について「裁判所が下した(判決の)範疇の中にあるもので、それを超えるものではない」とし、だから「内部告発」の内容など真実性・相当性の主張・立証は必要ではないと主張していると理解できた。

 逆にいえば「行動する保守」Aは、準備書面2で「内部告発」の真実性・相当性に触れなかったことを正当化させるために、「範疇」などというわけのわからない屁理屈を持ち出したということである。「行動する保守」の重鎮として敬意を集め、あるいは「内部告発」の「事実」を唯一明らかにできる人物として期待されてきた者の言葉とも思えなかった。これでは真実性・相当性の立証すなわち「朝木明代謀殺事件」の「真相究明活動」から逃げたと評価されてもやむを得まい。まれにみる卑怯者である。

診断書の日付に疑問 

 さて1月19日に開かれた第4回口頭弁論は、「行動する保守」Aの代理人に対する裁判長の注意から始まった。裁判長は準備書面の提出が口頭弁論前日だったことについて「提出期日については連絡していたわけですし、書面の提出が口頭弁論前日では困ります。これまでの経過もありますから代理人は配慮してほしいですね」(趣旨)と苦言を呈した。今回の準備書面の提出について「行動する保守」Aに対し裁判長は期限を指定していたようである。

 第2回口頭弁論から第3回口頭弁論までに2カ月の時間を与えたにもかかわらず、代理人が「急病」を理由に書面を提出しなかった経過からすれば、裁判長が提出期限を設定したとしても無理はあるまい。それがいつだったのかは明らかではないが、通常、民事裁判では準備書面の提出は1週間前には提出を求められる。したがって、裁判長の設定した提出期限は1月15日以前だったとみるのが自然である。「行動する保守」Aによれば、「行動する保守」Aは1月15日に弁護士との「打ち合わせを終えていた」というが、すでにその時点で締切を過ぎていたということになろうか。

 これで弁論に入るかと思っていると、裁判長から被告代理人に対して千葉や傍聴人が予期していなかった確認が行なわれた。細部の事情まではわからないものの、裁判長は代理人に対して「診断書の日付はどういうことですか」と訊いている。前回「急病」で出廷せず、準備書面も提出しなかった代理人に対して裁判長が診断書の提出を求めていたのだろう。裁判長が「急病」の真偽を疑ったのかどうかは定かでないものの、代理人が提出した診断書の日付は裁判長を納得させるものではなかったようである。

 そのせいかどうか、裁判長は代理人に対してあらためて体調を尋ねた。すると代理人は「正月にゆっくり休んだので大丈夫です」(趣旨)と答えた。裁判長は代理人にまた「急病」になられても困るから、一応回復具合を確認したのだろう。代理人の返答は「もう急病にはなりません」という趣旨であると私は理解した。

 国民の人権を守るべき弁護士がたびたび「急病」によって裁判を遅滞させるようなことは避けなければならないし、遅滞に際して仮病が疑われるなど論外である。弁護士としての信用にもかかわろう。裁判長はこの短いやり取りにおいて「言質を取った」と言い換えてもいいかもしれない。

屈辱的な1日

 被告代理人に対する裁判長の対応は病み上がりの者に対するものとしてはやや厳しいようにもみえたが、裁判長の姿勢は準備書面の内容とも関係していたのではないかという気もする。前述のとおり、「行動する保守」Aは準備書面2においてなんら真実性・相当性の主張・立証をしていない。それどころか、この内容なら答弁書の段階で提出することも難しくはないように思えた。

「行動する保守」Aは真実性の立証(「内部告発」の立証)から逃げただけとみえるこの準備書面について、ブログではそれがあたかもまともな反論であるかのような言い訳を並べている。しかし裁判長の見方は異なっていたようである。裁判長は準備書面2に対して次のように述べた。

「別件事件の判決(「東村山の闇」事件)があったことはわかりましたが、本件では別件とは異なる具体的な反論が必要だと思います。次回までに本件記事に則して個別に記載の理由、目的などについて具体的に主張して下さい」

 記事の記載の主体、媒体、記載日時、表現内容、記載の態様、目的などが異なれば、それはもうまったく別の表現であって、他に似た事例があったとしても単純に同一のものとして扱うことはできない。「ブログの表現は『東村山の闇』の表現と同様である」などという準備書面2におけるきわめていい加減な主張は当然、無視されたということだった。

 法律の専門家である「行動する保守」Aの代理人がそのことを知らなかったとは考えられない。「行動する保守」Aは準備書面2によって十分な反論をしたと思い込んでいたらしいが、代理人は裁判長の見解を十分に予測できたのだろう。代理人はこの点に関しても口答え一つせず、裁判長の指示を素直に受け入れた。

 代理人の反応をみるかぎり、準備書面2に関する「行動する保守」Aと代理人の認識はかなりずれていたように思われた。少なくとも代理人は、準備書面2の内容では裁判所には通用しないことを自覚していたのだろう。だから代理人は裁判長に対して、書面の内容が「行動する保守」Aと協議の上のもので、これが結審を想定したものであるとはいえなかった。これで結審などとは、弁護士としては恥ずかしかろう。

 裁判長は次回期日を3月2日午後1時20分と指定し、被告代理人に対して準備書面の提出期限を2月18日午前必着とした。準備書面の提出期限について「午前必着」とまで言い渡した例も珍しかろう。この代理人と「行動する保守」Aに対する裁判官の不信感がうかがえよう。「行動する保守」Aの代理人にとって診断書の日付の齟齬に始まり、準備書面提出の遅れ、準備書面の内容すべてにおいてこの日はきわめて屈辱的な法廷だったのではないかと推察する。

 余談だが、閉廷後、千葉は横を通り過ぎようとする「行動する保守」Aの代理人に聞いた。

「Aさん、急病ですか?」(私には「仮病ですか」と聞こえたが、千葉はそれを否定した)

 すると代理人はこう応えた。

「お父さんが亡くなってから福島にいることが多いんですよ。今回は雪で来れなかったんです」

「行動する保守」Aが出廷しなかった理由について代理人は、雪のせいにするのが無難と判断したようである。

(つづく)

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西村・細川事件 第3回
 元警視庁東村山警察署副署長千葉英司が総額140万円の支払いなどを求めて「主権回復を目指す会」代表の西村修平と元側近(細川)を提訴していた裁判の被告細川に対する第2回口頭弁論(分離後初)が1月28日、東京地裁立川支部で開かれた。

特別厳戒態勢

 注目されたのは、「(かつての部下である)細川の答弁書を見なければ準備書面が書けない」と普通でははっきりいいにくいセリフを堂々と公言していた西村が傍聴に現れるのか、また第1回口頭弁論の際、妙にいきり立っているようにみえた「行動する保守」Aの弟子や右翼M、女傑Mなど(要するに弟子以外は前日万世橋署前で気勢を上げた精鋭たち)の動向はどうなのか、という点だった。

 この日私は午後1時前に裁判所に着いた。一階ロビーを見渡してみたが、それらしい人影は見当たらない。そのままエレベーターで4階に上がると、法廷前は裁判所職員の数がいつもより多く、いつにもまして警戒感が強いように感じられた。公安関係者らしき人たちも5、6名、西村らがエレベーターから降りてくるのを待ち構えている。

 開廷10分前ごろになって姿を見せたのは細川の盟友紫藤だった。活動の一線から離れたためか色も白くなり、かつてのよくいえば精悍なイメージは影をひそめたようにみえる。細川を支援する気持ちとともに西村や右翼Mらとの対決も辞さない決意を秘めていたのかもしれない。

 開廷5分前になり、千葉が法廷に招じ入れられたが、傍聴人にはまだ入廷許可は降りない。結局、傍聴人の入廷が許されたのは開廷2分前だった。「行動する保守」関連裁判のいつもの入廷時間は5分前だから、裁判所がこの分離裁判に対してより特別な警戒態勢を取っていることがうかがえた。

平穏な法廷

 法廷に入ると、細川はすでに入廷していた。裁判長もすでに着席して傍聴席を見渡している。西村や右翼Mらは結局姿を現さなかった。大挙して押しかけることは細川に対する威圧と取られ、かえって心証を悪くするだけと正常な判断をしたのか、あるいはたまたま都合が合わなかっただけなのかは定かではない。傍聴人は紫藤と細川の支援者のほか3名と公安関係者とおぼしき6名だけである。

 裁判長はまず千葉に対し、細川に対する請求原因が動画及び写真の掲載に関わる点に限定することを確認した上で、細川に対して具体的に主張するよう求めた。細川は答弁書で動画および写真の掲載に関して「争う」としか答弁していない。具体的にどのような理由で「責任がない」と主張するのか、裁判長は細川に対して口頭で若干の質問をしたが、細川は次回弁論までに準備書面を提出することになった。
 
 こうして混乱もなく、細川に対する分離裁判は終了した。結局この日、西村らは最後まで裁判所に姿を現さなかった。

 一方、西村に対する分離裁判は1月31日に迫っている。はたして西村はどんな主張を行なうのか。西村は1月24日までに準備書面を提出するよう命じられていたが、1月29日の時点ではまだ提出されていないとのことである。

 西村は平成22年12月9日付答弁書では具体的主張はおろか認否さえもしていない。西村が細川の答弁書を見たかどうかは定かではないが、「主権回復を目指す会」の代表としてあるいは「行動する保守」の重鎮の1人として、西村が次回口頭弁論になんらの書面も提出しないということは許されまい。

かつての千葉と同じ立場

 さて数日前、私は細川が分離裁判を求めて提出した平成22年12月9日付上申書を閲覧することができた。上申書は要するに、細川が答弁書で述べた「現在は立場を異にしている」ことについて具体的に述べ、相被告として同席することがいかに困難であるかを説明したものである。
 
 上申書は次のようなあまり穏やかとはいえない一文から始まっている。

〈細川は、……(「主権回復を目指す会」)退会の経緯において細川は西村とその支援者により脅迫や本業に対する営業妨害等の嫌がらせを受けている。〉

 その「嫌がらせ」については「警視庁麻布警察署に相談中」であるという。これはもちろん細川の一方的な主張で客観的事実かどうかはわからないものの、私はこの一文を読んで真っ先に平成22年12月10日の第1回口頭弁論における西村や右翼Mらの苛立った表情や態度を思い浮かべた。

 続けて細川は、過去に細川が「主権回復を目指す会」の運営に際して負担していた経費をめぐり西村に対して民事調停の申立を予定しているとした上で次のように述べている。

〈細川と西村はむしろ敵対する関係となっており、……双方の支援者同士による法廷内及び裁判所敷地内でのトラブルの発生の可能性も否定できず、裁判を円滑に進行する上で障害となる恐れがある。〉

 かつて細川は西村が千葉や私から提訴された際、裁判所敷地内外で西村らが原告に対して行った様々な嫌がらせに側近として加担した。今回の千葉による提訴は、その嫌がらせがもたらしたものである。

 つまり、かつて西村の側にいた人間として細川は、西村の性格や彼らのやり方をよく知っており、それだけに「トラブル発生の可能性」と「トラブル」が発生した際の深刻性をより実感できたということだろう。当時の千葉の立場に自分自身が立たされたことで、少しは千葉の気持ちが理解できたのだろうか。

(つづく)

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