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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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西村・細川事件 第4回
 元警視庁東村山警察署副署長千葉英司が「主権回復を目指す会」代表の西村修平と元側近を提訴していた裁判の西村に対する分離裁判第2回口頭弁論が平成23年1月31日、東京地裁立川支部で開かれた。西村は1月24日までに具体的な主張をするよう命じられていたが、1月31日午前の段階ではまだ千葉のもとに準備書面は届いていなかった。

興奮状態の右翼M

 私が裁判所に到着したのは12時55分である。まっすぐ4階に上がると、法廷前にはすでに西村の一行が到着していた。一行は西村のほか、右翼Mら前回口頭弁論の傍聴に訪れた一行の一部、それに2人の女傑である。

「行動する保守」一行を東村山デマに引きずり込んだ張本人で、平成22年末には「(行動する保守は)民事訴訟も数多く抱えています。このような問題に関する裁判支援闘争などには引き続き参加していきたいと考えています。」などといっていた「行動する保守」Aはどこにもいない。前回弁論の際には現れた弟子の姿もない。口先だけの卑怯者なのだろうか。

 隣のベンチには2、3名の公安関係者らしき人物も座っており、私もその近くに腰を降ろした。するとなにやら、右翼Mがしきりに裁判所職員に噛みついているところだった。裁判所の駐車場には「街宣車の進入を禁止する」との看板が掲示されている。右翼Mはそのことについて抗議しているようだった。

 職員は「警備関係は6階にあるから、そちらに行ってください」と言い聞かせるが、右翼Mはいっこうに抗議をやめようとせず、女傑Mも制止するどころかときどき小声で賛意を示している。こうしてなんと右翼Mは傍聴者が入廷を許されるまで筋違いの抗議を延々10分近くも続けたのである。裁判の当事者でもないのに、右翼Mは何をそんなに興奮しているのだろうか。

提出されていた準備書面

 入廷が許されて原告席をみると、千葉が書面に目を落としているのがわかった。傍聴席には右翼Mらが入廷し、その背後に公安関係者とみられる数名、少し離れた席に公安関係者とは少し雰囲気の異なる人物が座った。元側近が提出した資料によれば、どういう趣旨のものかは定かでないものの、平成22年9月の時点で「主権回復を目指す会」には公安調査庁から毎月5万円が支払われているとのことである。正当な報酬を受け取ってなんら恥ずべきことはない。あるいはこの人物は公安調査庁の関係者なのだろうか。

 さて、口頭弁論が始まり、西村が準備書面を提出したことがわかった。のちに確認すると、西村が準備書面を裁判所にファックスで送付したのは1月31日午前11時だった。だから裁判所は千葉にはあえて転送しなかったのである。

 まず千葉の主張とそれに対する西村の主張(第1準備書面)をみよう。



請求原因①② 演説
①「朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」

②「訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長」

千葉の主張
①本件演説は「原告が朝木明代の万引き事件を捏造した」との事実を摘示するものである。

②「訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長」との発言は、一般聴衆に対し原告が、根拠が乏しく非難されるような訴訟提起を繰り返していると印象づけるものであって、原告の社会的評価を低下させるものである。

西村の主張
①被告西村は確定的言辞を避けて「万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」と、発言しているものである。

②原告千葉が「訴訟提起を繰り返している」と言うのは紛れも無い事実である。



請求原因② ウェブサイト上の記載
「朝木明代・東村山女性市議の謀殺事件を転落・自殺としたのが東村山署元副署長の千葉英司。自殺の動機を『万引き』を苦にしたとして事件を処理したが、これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。」

千葉の主張
 本件記述は…「原告が朝木明代謀殺事件を自殺と捏造した」との事実を摘示し、読者に対し、本来は適正な捜査をすべき原告が事件を捏造したとの印象を与え、原告の社会的評価を低下させるものである。

西村の主張
 ウェブサイト上の本件記事については、被告西村は関知していない。「創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会『御用達』は栄えある名誉の筈だぞ」とは、被告西村の主張である。しかしながら、「本件記述」に関して被告西村は一切の関与を行っていないし、このような記述をするように指示したこともない。



「会には権利がある」と主張

 第1準備書面の西村の主張を要約すれば、「万引きでっち上げ」については「千葉がでっち上げたとは断定しておらず、『そういわれている』事実を述べただけ」で、ウェブサイト上の記載についてはいっさい関知していない(=ゆえにいずれも責任がない)ということと理解できよう。

 裁判長は千葉の請求とそれに対する西村の主張(準備書面)に基づき西村に対して口頭で確認を行ったが、その中で裁判長が重要と認識しているとみられたのがサイトの運営権限が誰にあるのかという点である。この点についてのやり取りをみよう(発言はいずれも要旨)。

西村 「主権回復を目指す会」の代表は西村だが、ウェブサイトの管理は西村の権限外で、責任はない。

裁判長  ではウェブサイトは誰のものですか。

西村 「会」のサイトです。

「会」の代表が西村で、ウェブサイトが「会」のものなら、ウェブサイトの管理権限、管理責任は「会」の代表にあるのが普通である。ところが、西村はウェブサイトの管理権限は元側近にあり、したがって責任はすべて元側近にあると主張していた。これだけでも論理にかなり混乱があるように思えるが、裁判官が「管理権限を持つと西村が主張する元側近がサイトを閉鎖した場合に問題が生じるか」と聞くと、西村の主張はさらに混迷の度を深めた。

西村  運動をやってきましたから、今後は私がサイトを引き継ぎます。

裁判官 「会」にはサイトに関して権利があるのか?

西村  権利があります。

「会」に権利があるといいながら、「会」の代表である西村には権利がないという西村の主張はどういう理屈なのだろうか。混乱のすべては、西村が「会」の代表であるにもかかわらず、「会」のものであるウェブサイトに関しては権限も責任も持っていないと主張したことに始まっているように思えてならない。

 裁判長はそれでも西村に対して次回までにサイトの管理の問題を明確にするよう求めた。もう少しまともな主張をしなければ、「会」の代表である西村にウェブサイトの管理責任がないという理屈は通用しないのではあるまいか。

(つづく)

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西村・細川事件 第5回
元側近を激しく批判

 ウェブサイトの記載について西村はすべての責任は元側近にあると主張しているが、準備書面ではさらに「状況説明」として元側近を激しく批判している。

 準備書面で西村はまず、元側近が「主権回復を目指す会」に参加した動機と活動目的について次のように記載している。



 3年ほど前に被告細川が当会の活動に参加しだしたが、主な目的は活動状況の撮影と動画の配信であった。被告西村のような日本の主権を回復するといった政治的な目的は有してはいなかった。

 故に、芸術作品としての映像をユーチューブ他の動画サイトに投稿し、その映像の魅力を視聴者に発信することが狙いであったと思われる。その結果、閲覧者のカウント数が伸びることで満足感を得ていたと考えられる。



 代表である西村は公益目的をもって活動しているが、元側近は動画を撮影し、発信すること自体を目的としていた、つまり元側近と西村とでは活動の次元がまったく違うのだと西村は主張しているようである。

 西村の「状況説明」は続いて元側近の離反の経緯に移る。



 動画投稿サイトの閲覧数が伸びて世間の注目を浴びるようになると、更なる注目度の高い映像を撮りたいとの欲望が働くのか、昨年あたりから代表である被告西村に対し活動の形態や演説内容を指図するようになってきた。

 被告西村は政治を変革するためとの政治運動としての活動を遂行しているのであり、当然に拒絶した。このような経緯を以って、被告細川(は)昨年夏頃から当会の活動から離反しだした。

 そして、当会を辞めるに当たってはサイトの運営・管理費用として190万円あまりの法外なる金銭の支払を要求してきた。被告西村はこの要求に応じていない。過去3年間におけるインターネットの動画配信等の作業は被告西村の同意があったとは言え、被告細川が自らの意思で自主的に行ってきたものだからである。……

 被告細川は昨年9月、当会を辞めるに当たっては、被告西村の代表職退陣を要求し、これが受け入れられないと知るや訴外紫藤益男と結託して当会の解散を一方的に宣言した。



 これはいったい何の「状況説明」なのだろうか。西村の記載内容が事実かどうかを含め、「主権回復を目指す会」の内部事情は裁判とは何の関係もない。細川は西村と敵対関係にあることを理由に分離裁判を申し立てたが、そのこと自体によって西村が千葉との裁判で不利な状況に立たされるわけではない。

 したがって事情はともかく、裁判とは無関係の細川攻撃をすることは西村にとってあまり得策とはいえないのではあるまいか。政治団体の代表としてはやや大局観に欠けた大人げない対応に思えてならない。

右翼Mの厚情

 さて話は前後するが、私は口頭弁論終了後に西村が提出した第1準備書面を見ることができた。その体裁、書式、文体などを一見して直感したのは、右翼Mが千葉との別件裁判に提出した書面に酷似しているということだった。さらに書証に記された手書き文字(「号証」)を確認すると、その筆跡は右翼Mが提出した書証のものとこれまた酷似していた。西村が提出した準備書面は右翼Mが作成したものとみて間違ないようだった。

 そのこと自体を特段あげつらうつもりも責めるつもりもない。読者の中には「誰かほかにいなかったのか」という疑問を持つ人もいるかもしれないが、西村が自分が作成した文書として、十分にその内容を理解した上で、自己責任で提出する分には何の問題もない。

 それほど彼らは厚い信頼関係で結ばれているということなのだろう。あるいは千葉に対してのみならず、細川や紫藤に対してなんらかの共通の思いでもあるのだろうか。開廷前に右翼Mが見せた異様な興奮ぶりも、準備書面を作成したことと無関係ではなかったのかもしれない。

 なお、西村に対する第3回口頭弁論は3月3日午後2時と決まった。裁判長は西村に対して2月28日までに準備書面を提出するよう求めた。次回も右翼Mが支援するのだろうか。「行動する保守」Aが「内部告発」の内容を明らかにすれば、あるいは右翼Mがこれほど苦労することもなかったのかもしれない。

 その「行動する保守」Aは何を思ったのか、1月19日からブログで「東村山朝木市議殺害事件」なる「新連載」を開始している。ただ、あらたまって「新連載」というには今のところ何一つ目新しいネタがなく、逆に文章の端々から「行動する保守」Aの不誠実さが滲み出ているのが無惨である。これでは右翼Mも準備書面には引用しにくかろう。

パトリスへの誘い

 余談だが、口頭弁論終了後、私はエレベーターに乗り込もうとする西村に声をかけた。個人的に話しておかねばならないことがあったのである。政治団体指導者の立場を尊重して支援者から少し離れた場所に誘おうとするが、西村はなかなかエレベーターの前を離れようとしない。あまり話したくないようにもみえる。

 このため私は、支援者がそばにいることはわかっていたが、やむを得ずその場所で手短に用件の向きを伝えた。すると西村は、私の問いかけには具体的に答えず、こういった。

「一度、事務所に来なさいよ」

 警察庁が警戒対象としている団体の事務所にそうそう行けるものではないし、私の方からわざわざ出向かねばならないような性質の話でもない。「事務所に来い」という意味がわからなかった。私が「パトリスにはちょっと……」といいかけふと横を見ると、女傑Mがこっちを向いて不気味に笑っていた。

 思わず引いたスキにエレベーターがやってきた。西村は具体的な回答をしないまま、支援者とともに乗っていった。

(つづく)

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「越境通勤市議」事件 第1回
当選の適法性を認めた判決

 東京・東村山市議会議員の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)が平成18年9月以降、「越境通勤市議」「公選法違反」などとする宣伝を繰り返したことによって名誉を毀損されたとして同市議の佐藤真和が提訴していた裁判で、東京地裁立川支部は平成23年1月24日、矢野らの主張に真実性は認められないものの当時、彼らがそう信じたことについては相当の理由があったなどとして佐藤の請求を棄却する判決を言い渡した。

 要するに、佐藤を「越境通勤市議」「公選法違反」などと呼んで批判した矢野らの主張に真実性はなく違法だが、彼らがそう信じたことには理由があったと認められるから違法性は阻却される(=したがって損害賠償を命じることはできない)――ということである。「生活の本拠は一貫して東村山にあり、『越境通勤市議』『公選法違反』などといわれる理由はない」と主張してきた佐藤にとって、損害賠償請求は認容されなかったものの、「佐藤の立候補に違法性はない」と裁判所が認定、判断した点においてきわめて重要な意味があると評価できよう。

 この判決に対して矢野は平成23年1月31日、ウェブサイト『東村山市民新聞』において次のような記事を掲載した。



「越境通勤市議」訴訟で、佐藤まさたか市議(東村山)が敗訴!

 佐藤市議が、自分のことを「越境通勤市議」「公選法違反の疑いがある」と記述した東村山市民新聞等が名誉毀損に当たるとして、矢野、朝木両議員等を提訴していた裁判で、1月24日、東京地裁立川支部は、名誉毀損(不法行為)は成立しないとして、佐藤市議の請求を棄却、佐藤市議敗訴の判決を言い渡した。



 佐藤の請求が棄却されたことを伝えるのみで、たんに損害賠償の支払いを免れただけの判決の具体的内容についてはいっさい触れないところに矢野、朝木の落胆ぶりがうかがえた。今回の判決は「佐藤の立候補及び当選の適法性」を裁判所が認めたものにほかならず、4年以上にわたり「佐藤に市議の資格はない」と宣伝してきた矢野と朝木にしてみれば、相当性を認められたところで、結局は彼らの主張が否定された判決であることをよく理解しているのだろう。

 しかも今回の判決は、客観的事実に基づく論評をめぐる判断であり、矢野と朝木が佐藤を批判した時点での相当性を認めたものにすぎず、ある時点以降の相当性については成立しないことを間接的に説示するものである。したがって、彼らが今後あるいはある時点以降に類似宣伝を行った場合には相当性も否定される可能性がある。判決の実質的内容を明示しないことが彼らの精一杯の宣伝だったのだろう。

日野でもまかれたビラ

 佐藤は平成15年1月17日、職務上の必要などによって東京都日野市から東村山市に転入し、同年4月27日に執行された東村山市議選に立候補、当選して東村山市議となった。矢野と朝木が政治宣伝ビラ「東村山市民新聞」やウェブ版「東村山市民新聞」、矢野が実質的に運営する多摩レイクサイドFMを駆使して、佐藤に対する「越境通勤市議」「公選法違反」「詐欺登録罪の疑惑」などのネガティブキャンペーンを開始したのは、佐藤が当選してから3年半、次期市議選まで約半年という時期である。

 当時、配下の石田敏雄が日野に張り込んで佐藤の家族の洗濯物を撮影するなどし、また朝木はわざわざレンタカーを借り、近くの駐車場と賃貸契約までして張り込み、あるいは東村山の佐藤の自宅を毎日のように見回っていた。ちょうどそのころ佐藤は日野に住む家族がケガをしたため東村山から頻繁に通わねばならない状況にあり、張り込み中の石田や朝木と出くわしたことがあった。

 その時期を境に矢野と朝木は「立候補の時点から現在まで、佐藤の生活の本拠は東村山にはない」とするキャンペーンを始めたのである。彼らは通常の「東村山市民新聞」だけでなくB6版のビラもまいた。



前代未聞の「越境通勤市議」!! 佐藤市議、日野市内で生活
公選法違反・詐欺登録罪の疑惑(B6版)

公選法違反・詐欺登録罪/前代未聞の「越境通勤市議」!
動かぬ証拠だ! 本人が、ゴミ出し 日野のファミリーマンションで(B6版)

前代未聞の「出稼ぎ」市議、今や、こそこそ逃げ隠れの往復
佐藤真和市議家族と日野で生活!(通常版)



 B6版のビラは東村山だけでなく佐藤の家族が住むマンション周辺でもまかれているのが確認されている。矢野と朝木が佐藤の生活の本拠について疑いを持ち、一般市民に関心を持ってもらおうと考えたとしても、日野市民には関係がない。

 矢野と朝木はどんな目的をもって日野でこのビラをまいたのか。このビラを読んだ日野市民が「佐藤という人物は日野に住んでいることを隠して東村山市議をやっているのか」と信じ込む可能性もあろう。その結果、日野で生活している佐藤の家族が周囲からどんな目で見られるか、矢野と朝木には十分想像できただろう。矢野と朝木の狙いは、日野において佐藤の評判を貶めるだけでなく家族に対する嫌がらせをも意図していたと疑われてもやむを得まい。

おそろしい本音

 平成19年4月に執行された東村山市議選で佐藤は2回目の当選を果たした。しかし矢野と朝木はその後、市選管や東京都選管に対して「佐藤は東村山市内に生活実態がなく当選は無効である」と異議を申し立て、それが棄却されるや、東京都選管の裁決取消を求めて東京高裁に提訴するなど、佐藤に対する「当選無効」キャンペーンを継続した。

 当時、矢野と朝木は薄井政美に対して「セクハラ市議」などとする激しい攻撃を行っていたから、2人の市議に対して同時進行で誹謗中傷活動を繰り広げていたわけである。市民の利益のために働くべき市議として、普通は真似のできることではない。

 さて、当選に対する異議申立から裁決取消訴訟に至る流れは、その経過だけを見れば、過去にまったく同じ例があったことに気づこう。平成7年の東村山市議選で当選した朝木直子が落選した矢野を繰り上げ当選させるために虚偽の住民票移動を行った議席譲渡事件である(これこそ本当の「前代未聞」)。

 矢野と朝木は東村山市民(「草の根グループ」の議席の私物化を許さない会)から追及され、最終的に議会を追われた。佐藤の支援者には「許さない会」のメンバーもいた。平成19年に行われた選挙の前、東村山市民から佐藤に対する追及について聞かれた朝木はこう答えたという(趣旨)。

「私たちがやられたことを、やり返しているのよ」

(つづく)

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「越境通勤市議」事件 第2回
裁決取消訴訟における判断

 矢野と朝木はビラによる「越境通勤市議」キャンペーンを展開する一方、平成19年11月11日、東京高裁に対して東京都選管の採決取消を求めて提訴している。提訴に至る経過を振り返っておこう。

 矢野と朝木はまず平成19年3月6日、「選挙人名簿に関する調査及び登録抹消請求書」(同年3月5日付)を東村山市選管に提出。市選管は3日にわたる実態調査および佐藤に対する事情聴取を実施した上で佐藤を選挙人名簿に登録することについて問題なしと結論付けた。

 市選管の結論によっても矢野と朝木は納得しなかった。その後、同年4月22日に執行された東村山市議選で佐藤が当選すると、矢野と朝木は同27日「当選の効力に関する異議の申出書」を提出。同年7月27日、東村山市選管がこれを棄却すると、矢野と朝木はさらに同年8月16日、東京都選管に対して上記棄却決定に対する審査を申し立てた。東京都選管が同年10月10日、これを棄却すると、矢野と朝木は東京都選管の裁決取消を求めて東京高裁に提訴した。

 裁判で矢野と朝木が主張した主な論点は、「佐藤が住民登録した場所は保育所が賃借していたアパートであり、住民登録は許されない」(論点1)、「佐藤には平成15年1月以降、東村山に生活実態はない」(論点2)――というものである。これに対して東京高裁は平成20年4月30日、次のように述べて彼らの請求を棄却した。



論点1

 本件保育所は、……東京都が要綱により独自の基準を定めて制度として設けている認証保育所に該当するものであり、保育終了後の園舎の活用方法について法令で制限されているということはできないし、……そのような制限の有無は平成15年1月17日の本件転入届の時点に佐藤が……住居と定めてそれ以降同室に居住していた行為自体を否定する根拠とはなり得ないものであるから、原告らの主張する事情をもって本件選挙の期日の3カ月以上前から本件選挙の期日まで佐藤の生活の本拠が同室になかったということはできないというべきである。

論点2 

 佐藤の証人尋問における供述や陳述書の記載に証拠を総合すれば、……平成15年1月17日ころ、本件保育所が園舎の一部建替えのため賃借していた2DKのアパート……を佐藤の住居と定めてその日常生活の場とし、……同年(平成19年)5月に自ら賃借人となり、……佐藤は、本件選挙の期日の3カ月以上前から引き続き東村山市内の同室に生活の本拠を有していたというべきである。



 東京高裁は論点1について、認証保育所の使用について保育終了後の活用について東京都は法令で制限していないと正当に判断。論点2については、証拠および佐藤の供述と陳述書から総合判断し、佐藤が「平成15年1月17日ころ」そのアパートを「住居と定めてその日常生活の場」としたと認定している。

 佐藤はこの判決および事実認定を待って平成20年6月4日、矢野と朝木を提訴した。矢野と朝木は上告したものの平成20年12月5日、最高裁はこれを受理しない決定を行い、東京高裁判決が確定している。矢野は最高裁で朝木が譲渡した繰り上げ当選を無効とされたが、佐藤の当選は微動だにしなかったことになる。

きわめて重い事実認定

 佐藤が平成15年1月17日に東村山市に住所を定めた事実は最高裁で確定した。裁決取消申立訴訟で直接の対象となっていたのは平成19年の東村山市議選だが、この判決によれば平成15年における佐藤の当選にもなんら問題はなかったということになろう。

 では、平成15年1月時点での生活の本拠が直接の争点となった本件における裁判所の判断はどうだったのか。「平成15年1月17日」以降、佐藤の住所が東村山にあったことについて東京地裁は、

〈被告らは、平成15年1月17日の本件転入届の時点で、原告の生活の本拠は東村山市内になかったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。〉

 とした上で、次のように認定している(事実問題における論点は基本的には裁決取消申立事件と同じなので、同様に整理する)。



論点1

(被告らが)違法に本件保育所が賃借していた……(アパート)に居住したと主張する点は、住所かどうかは客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決せられることであるから、当該場所を個人の住居として使用することが保育所の運営に関する行政法規に適合するかどうかということとは基本的には無関係であり、……この点の被告らの主張も理由がない。

論点2

(被告らの)原告の生活状況に関する主張の主な部分は、いずれも本件転入届から3年以上が経過した平成18年以降のことである上、妻子と別居中の原告が妻子のけがや子供らの関係で必要な際に日野市内の妻子のもとに戻っていることがあったという上記認定に沿うものであり、本件転入届当時、原告の生活の本拠が東村山市内になかったことを積極的に根拠付けるものではない。



 東京地裁は最高裁判決に違背せず、平成15年1月17日以降、佐藤の住所は東村山にあったことを認定したのである。その上で、「越境通勤市議」「公選法違反」「詐欺登録罪」などの表現の真実性について次のように結論づけた。



(真実性)

 本件転入届の際、原告の生活の本拠が東村山市内になかったことは、被告矢野及び被告朝木が表明した意見ないし論評の前提となる事実の重要な部分であるところ、これを認めるに足りる証拠はないから、被告らの行為が違法性を欠くということはできない。



 東京地裁は、「越境通勤市議」という表現の前提である「佐藤の生活の本拠は東村山にはなかった」とする事実を真実と認めるはできないから、「矢野らの表現には違法性がある」と認定したということである。

 平成18年秋以降4年以上にわたる矢野と朝木の主張を真っ向から否定した点で、また裁決取消申立訴訟は直接的には平成19年時点での生活の本拠が争点となったが、今回の判決は転入時点での生活の本拠について「東村山にあった」と認定した点においてきわめて重大な認定と評価できよう。

(つづく)

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「越境通勤市議」事件 第3回
表現の違法性を認定

 東京地裁の「真実性」(生活の本拠の問題)までの事実認定は裁決取消訴訟における最高裁の判断と同じである。しかし、ある表現をめぐる名誉毀損にあっては、表現の自由も尊重されなければならない。本件裁判はあくまで表現に違法性があるかどうかをめぐるものだから、まず表現が原告の名誉を毀損するものであるかどうか、さらに表現に「真実性」及び「相当の理由」があったどうかも違法性判断の基準となる(「真実性」については本連載第2回で記載したとおり)。

 では、平成18年9月以降、矢野と朝木が佐藤に対して行ってきた「越境通勤市議」「公選法違反」などの記事や放送の文言に対する東京地裁の判断をみよう。



(名誉毀損性)

 これらの表現は、原告が、生活の本拠を東村山市内に有しないにもかかわらず、形式上、同市内に住民票を移転して、15年選挙の選挙権及び被選挙権を取得した上、同選挙に立候補して当選するとともに、選挙人として同選挙に投票し、さらには、これらの事実を追及されることを恐れて、逃げ回っているという事実をえん曲ないし間接的に摘示した上で、更に、このような事実が、公選法に規定する詐欺登録罪及び詐欺投票罪に該当するとの意見ないし論評を表明したものというべきであり、単に法的見解を表明したもので、事実を摘示したものではないとはいえない。

 そして、本件記事、本件サイト記事及び本件発言(筆者注=多摩レイクサイドFMにおける矢野の発言)は、その内容に照らしていずれも現職の東村山市議会議員である原告の社会的な評価を低下させるものであることは明らかであり、……被告矢野及び被告朝木は、本件記事、本件サイト記事により、原告の名誉を毀損したものであり、また、本件発言は、本件番組でのことであるから、被告法人の事業の執行についてなされたものである。



 東京地裁はこう述べて、矢野と朝木の個人的なビラとウェブサイトの記載だけでなく、総務省の認可を受けた公共性の高いFM放送における矢野の発言についても名誉毀損を認定している。

一定時期までの相当性を認定

 ただし、表現に名誉毀損性があっても、それが人身攻撃に及ばず、公共性・公益性があり、かつ真実性・相当性が認められれば違法性は阻却される。東京地裁が「真実性」を否定したことはすでに述べた。では、表現の「相当性」についてはどうか。東京地裁は次のように述べた。



(相当性1)

 本件転入届の際、原告の生活の本拠が東村山市内になかったとは認められないことは上述したとおりであるが、本件転入届は、平成15年4月27日に執行された15年選挙の選挙権及び被選挙権を得るための要件である3カ月前から引き続き東村山市内に住居を有している要件を満たすには10日しか余裕がない平成15年1月17日にされたものである上に、転入先はそれまで原告が日野市内から通勤をしていた当時の原告の勤務先である本件保育園の園舎の一部であった○○(アパート名)であり、外形的に明らかなこれらの事実だけからすれば、……被告矢野及び被告朝木において、原告が、15年選挙の被選挙権を得るために東村山市内に居住の実態がないにもかかわらず本件転入届に及んだのではないかという疑念を抱くことには合理的な理由がある。



 そのような「外形的事情があった」と認定する一方、続けて東京地裁は佐藤の側の対応にも触れて次のように述べた。



(相当性2)

 他方、本件転入届当時、○○(アパート名)が原告の生活の本拠たる実体を具備していたことについて、積極的にこれを裏付ける客観的証拠はなく、原告も、……原告のプライバシーに属する問題であったこともあって、19年選挙に関する裁決取消訴訟において平成20年3月21日に行われた本人尋問及びこれに先だって提出された陳述書に至るまでその詳細を明らかにしてこなかったことからすれば、被告らが疑念を抱き続けたことには合理的な理由がある。



 東京地裁は、「外形的事情」(相当性1)に加え、佐藤が「陳述書に至るまで詳細を明らかにしてこなかったこと」を理由に表現の相当性を容認したのである(「相当性1、2」の整理は筆者)。

なくなった「合理的な理由」

 しかしこれは言い換えれば、佐藤が平成20年に陳述書を提出したあと、あるいは遅くとも本人尋問終了後(尋問の法廷には矢野も朝木も出廷していた)に同じ表現行為を行えば、相当性も認められないと述べたに等しかろう。

 佐藤が陳述書を提出する前まで矢野は、どんな調査をしたのか、佐藤が東村山で借りていたアパートは「ワンルーム」と主張していて、裁決取消訴訟においても佐藤に対する尋問の直近に提出した58ページにおよぶ準備書面で、「佐藤が東村山で賃借しているアパートはワンルームで狭いから、日野の家財道具は運び込めない。よって東村山のアパートは生活の本拠とはいえない」(趣旨)と主張するなど、準備書面全体が東村山のアパートが「ワンルーム」であることが前提になっていた。

 当時、佐藤が東村山で借りていたアパートは2DKである。矢野は佐藤の東村山のアパートが単なる「居場所」であるという思い込みからそれが「ワンルーム」だと決めつけたのだろうか。

 いずれにしてもその後、矢野と朝木から「ワンルーム」の主張は消え、本件裁判では佐藤が当初東村山で借りていたアパートが「ワンルーム」だったなどとはいっさい主張しなかった。佐藤が明らかにしたことによって間違いだったと気がついたということだろう。

 この「ワンルーム」をめぐる矢野と朝木の主張の変化は、時期的にも〈19年選挙に関する裁決取消訴訟において平成20年3月21日に行われた本人尋問及びこれに先だって提出された陳述書に至るまでその詳細を明らかにしてこなかったことからすれば、被告らが疑念を抱き続けたことには合理的な理由がある。〉とした東京地裁の判断と一致している。彼らは「合理的な理由」がないと判断したがゆえに「ワンルーム」の主張をあっさり捨てたのである。

 すると佐藤の本人尋問以後、とりわけ、

〈佐藤の証人尋問における供述や陳述書の記載に証拠を総合すれば、……平成15年1月17日ころ、本件保育所が園舎の一部建替えのため賃借していた2DKのアパート……を佐藤の住居と定めてその日常生活の場とし、……同年(平成19年)5月に自ら賃借人となり、……佐藤は、本件選挙の期日の3カ月以上前から引き続き東村山市内の同室に生活の本拠を有していたというべきである。〉

 と認定した平成20年4月30日の東京高裁判決、あるいはどんなに譲歩してもこの東京高裁判決を追認した平成12月5日の最高裁判決後に佐藤を「越境通勤市議」などと呼ぶことについても「ワンルーム」と同様に「合理的な理由」はないということになるのではあるまいか。

 しかも裁決取消事件で東京高裁が佐藤の「平成15年1月時点での生活の本拠」の認定にあたり、その根拠として〈佐藤の証人尋問における供述や陳述書の記載に証拠を総合すれば〉としてまず〈佐藤の証人尋問における供述や陳述書の記載〉を挙げていることは、東京高裁が佐藤の供述を最重要視していたことをうかがわせる。この認定が最高裁で確定したという事実はきわめて重いというべきだろう。
 
 本件における相当性の判断にあたり、東京地裁が〈19年選挙に関する裁決取消訴訟において平成20年3月21日に行われた本人尋問及びこれに先だって提出された陳述書に至るまでその詳細を明らかにしてこなかったことからすれば〉と述べたのも、裁決取消訴訟における事実認定の経過を十分に意識したものと思う。したがって上記説示の趣旨からすれば、本件各表現の相当性が認められるのは陳述書の提出から本人尋問までと理解するのが自然なのではあるまいか。

おそろしい発想

 本件各表現の中には、「本人尋問」以後のものが含まれており、控訴審ではその部分については判決が覆る可能性もあるという判断もあった。しかし佐藤は、「平成15年1月当時、佐藤の生活の本拠は東村山にあった」とする事実認定を評価して控訴せず、平成23年2月9日、判決は確定した。

 朝木によれば、平成18年秋に開始した佐藤に対するネガティブキャンペーンは「やられたことをやり返している」つまり「仕返し」だったとのことである。「仕返し」という発想は、議席譲渡事件について彼らが何の反省もしていないことの表れである。わざわざレンタカーを借り、さらには駐車場まで契約して張り込んだ執念深さはなかなか真似のできないことと思うが、それも復讐の念を反映した一面もあったと考えれば納得もできよう。

 最高裁で繰り上げ当選が無効とされ、矢野が議会を追われたことの屈辱は十分に想像できる。しかしあれほど市政を混乱させたにもかかわらず、反省どころか逆に復讐の炎を燃やし続けていたところに矢野と朝木の本当のおそろしさがある。

(了)

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