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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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右翼M事件 第7回
事実と矛盾する主張

 平成23年6月22日に開かれた控訴審第1回口頭弁論は、裁判長が当事者双方に対して提出書面の確認をすると、「主張は出そろったと思います」としてただちに終結を宣言した。これに対して右翼Mも千葉もいっさい異議を申し立てなかった。

 控訴棄却を主張している被控訴人の千葉からすれば、弁論の終結とは新たな審理に入らないことと理解でき、この進行に特段の異議がないのはうなずけよう。しかし私には、控訴した右翼Mが黙って裁判官の指揮に従ったことにはやや違和感があった。右翼Mが提出した控訴理由書は、わざわざ第1回口頭弁論3日前の深夜に千葉のもとに送りつけてきたことだけでなく、内容的にも少なくとももう1回の審理を行うよう主張してもおかしくないとみえたからである。

控訴理由書で右翼Mは、

〈タイトルにも小見出しにも被控訴人の氏名は記述されていない。〉

〈犯罪性を持つ創価学会の所業を糾弾することを目的とした記事において、一連の経過説明を行う中で、被控訴人の氏名が部分的に記載されているにすぎない。〉

 としてまず名誉毀損の存在そのものを否定。その上で「朝木明代の転落死事件は殺人事件であると確信している」などとしてその理由と、「そう信じていること」の正当性を主張している。一審での主張の繰り返しでもあり、控訴審においてどの程度有効な主張であるかは定かでないが、右翼Mの物事に対する判断基準や考え方、さらには右翼Mが矢野と朝木の主張をどのような経緯で信じるに至ったかなどにも触れているという点で興味深い。あらためて右翼Mの主張をみよう。



 被控訴人としては……東京高等裁判所平成21年3月25日判決(筆者注=「東村山の闇」の記載をめぐり東京高裁は〈矢野らにおいて「朝木明代は殺された」と信じたことについて相当の理由がなかったとはいえない。〉などときわめて消極的ながら相当性を認定して千葉の請求を棄却した。しかしもちろんこの判決は、明代の「万引き捏造説」と「他殺説」が真実であると認定したものではない)及び、その焦点となった判決文中の「本件著作物」である「東村山の闇」を熟読した結果、朝木事件は殺人事件であり、万引き事件はでっち上げであるとの、確信をもったものであり、上記判決と異なる判決が出ていたとしても、控訴人が知る由はなく、上記判決内容を信じて、政治的論評としての政経通信を作成したことは何らの違法行為に当たらないことは、言うまでもない。



 ここで右翼Mは重大な自白をしたことに気づいているだろうか。右翼Mが朝木事件について、朝木の万引きは「捏造」で転落死は「他殺」であるとの「確信を持った」のは矢野と朝木直子による「東村山の闇」と、「東村山の闇」の記載を問題にして千葉が提訴した裁判の判決であると右翼Mはいっている。

 右翼Mが「行動する保守」Aらの「真相究明を求める」とする街宣に最初に参加したのは平成20年9月1日である。右翼Mはこの日、「万引き事件を捏造した」などと主張して万引き被害者の店にまで押し入ろうとした。右翼Mはこの時点ですでに朝木の万引きは「捏造」で転落死は「他殺」であるとの「確信」を持っていなければ、ここまでの言動はとれないだろう。

 右翼Mは明らかに「朝木明代は万引きの汚名を着せられて殺された」との確信を持っていたからこそ万引き被害者の店に押し入ろうとしたと見るべきである。すると、右翼Mの行動に現れた事実と控訴理由書の記載内容には明らかな矛盾があるということになる。

 この時点で「東村山の闇」は発売されているが、「東村山の闇」裁判の東京高裁判決は出ていない。あえていえばこの時点では「東村山の闇」裁判の一審判決がすでに出ており、結果だけでいえば矢野と朝木に対して30万円の支払いが命じられている。つまり右翼Mは、「東村山の闇」裁判の結果とは関係なく、洋品店襲撃事件の時点ですでに「万引きは捏造」で転落死は「他殺」であるという彼なりの「確信」を持っていたということになろう。

 せいぜい右翼Mは「東村山の闇」判決によって、矢野と朝木の記載によっても名誉毀損に問われないなら、自分がそう書いても問題ないと考えたというにすぎないのではあるまいか。右翼Mの判断において、記事の相当性を主張するのに「東村山の闇」判決は有効と思えたのだろう。しかし「東村山の闇」の表現内容と政経通信の表現内容およびその根拠が異なることは明らかで、裁判所でそんな主張が通用するはずもなかった。

「信じること」と「公言すること」

 さらに右翼Mは「何を信じるかは自由だ」として一審判決を批判している。右翼Mの考え方をうかがい知ることができる貴重な具体的実例(社会には通用しない実例)として紹介しておこう。右翼Mは次のように主張している。



 原判決では「他に被告が本件窃盗被疑事件や本件転落死事件においては、本件窃盗被疑事件が冤罪であることや本件転落死事件が殺人事件であることを被告が信じるについて相当な理由があったとは認めることができない」、と断じているが、信じるか信じないかは控訴人の内面的心情の問題であり、原判決で一方的に「信じた事」を認めないなどと断定できるものではない。



 右翼Mが何によって「朝木明代は殺された」と信じようが自由であることは間違いない。しかしそのことと、右翼Mがそう信じたことについて裁判所が相当の理由があったと認めるかどうかはまったく別の話であることを右翼Mはそろそろ理解した方がよかろう。

 何をどう信じるか(右翼Mのいう「内面的心情」も含む)について裁判所がそのこと自体を否定しているわけではない。しかし、その信じたことを不特定多数に向けて公言しようとすればそれはまた別の話で、その場合には自ずと責任が生じる。だから公言するに際してはより慎重でなければならないし、相当と認められる根拠がなければならないといっているのである。右翼Mならずとも「行動する保守」一行は今後この点をよく理解しておく必要があるのではあるまいか。
 
(つづく)

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右翼M事件 第8回
右翼Mを引き込んだ「内部告発」

 前回紹介した部分までは一審で主張した内容だが、右翼Mは「朝木明代は殺された」と信じた理由に関して1点だけ新たな主張をしていた。「行動する保守」Aが「行動する保守」一行を東村山デマに引き込んだ「内部告発」についてである。控訴理由書で右翼Mは次のように述べている。



 平成20年9月1日に東村山駅前で保守系団体(筆者注=「行動する保守」A、西村修平ら「行動する保守」一行)が開催した「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える」集会において主催者は明確に「殺人事件である」「創価学会の関与は間違いない」「万引きは捏造である」等々の演説を行っている。……

 上記、演説が行われる前段階として同年7月29日JR八王子駅前において、主催者の瀬戸弘幸は殺人事件であることを明言している。

 現職警察官の内部告発があり、瀬戸弘幸は国民運動として全貌を明らかにする決意を述べている。かようなる決意のもとで展開された国民運動に対し、同人の主宰するインターネット上での呼びかけを見て、控訴人は9月1日の集会に参加したものであり、集会タイトルからしても、純粋に朝木市議殺害事件の真相究明に期待したものである。

 本裁判では朝木市議の転落死が殺人であるか自殺であるかという真相を問うものではないが、控訴人が殺人事件であり、万引き事件は捏造と信じるには充分の状況にある。



 要するに、ここで右翼Mは「内部告発」があったという「行動する保守」Aの演説によって「朝木明代は殺された」と信じてしまったと述べていると理解できる。右翼Mにとって朝木事件に接するのは平成20年9月1日の東村山街宣が最初なのであり、「東村山の闇」を読んだのも「東村山の闇」判決を知ったのもその後のことにすぎない。したがって、右翼Mは控訴理由書で述べた〈「東村山の闇」と「東村山の闇」判決によって朝木明代の「万引きが捏造」と「他殺」を確信した〉とする主張を自分自身で否定していることになる。

後退した「内部告発」への期待感

 さて、「行動する保守」Aが「行動する保守」一行を東村山デマに引きずり込んだ「内部告発」について右翼Mが裁判書類で触れるのは創価学会から提訴された東村山街宣事件(平成22年12月21日付)以来、今回が2度目である。ところが今回提出された書面の内容には半年前に比べて微妙な変化がみられた。

「内部告発」について右翼Mは、創価学会から提訴された裁判では次のように述べていた。



(平成22年12月21日付控訴理由書)

(平成20年9月1日に開催された東村山街宣の)主宰者の訴外瀬戸弘幸は演説の中で、「創価学会の関与は疑いの余地が無い。警察関係者からの内部告発があった」、と断言している。

 当時の事件に関った警察関係者が創価学会の関与を知っているものであるから、この警察関係者が真実を証言すれば、創価学会が殺害事件に関与したことは明白となる。

 しかしながら現在はまだ、当の警察関係者が公に証言を行うことを躊躇しているものと思われる。警察関係者からの綿密且つ、正確な情報収集と証拠が提出できれば、事件の真相が解明されることは間違いない。

 今現在、関係者を通じて警察関係者との交渉で調査・聞き取りを継続している。



 右翼Mは「行動する保守」Aから聞かされたと思われる希望的観測を披瀝していた。右翼Mが気づいていたかどうか、「行動する保守」Aから聞いたと思われるこの期待感に満ちた展望は、実は「行動する保守」Aが「公表」した時点での「内部告発」話はまだ「事件の真相」を解明するほどのものではなかったことを告白するものである。

 しかしそれでも平成22年12月の時点で右翼Mは「行動する保守」Aのいう「内部告発」の内容を信じ切っていて、「行動する保守」Aが右翼Mに話したと思われる「調査」が進めば、「真相が解明」されると本気で信じてきたのかもしれない(そもそも彼らに対してあまり合理性を求めない方がよい)。

 ところが当時の控訴理由書に比較すると、今回の控訴理由書で触れられた「内部告発」話には「今後の展望」がいっさい語られず、最初に聞いた当時の話として停止してしまっていることがわかる。なぜなのか。

 その理由の1つは、「行動する保守」Aが千葉から提訴されていた裁判で、「内部告発」の詳細を明らかにして「朝木明代殺害事件の真相」を解明するどころか、千葉の要求を全面的に認めるかたちで和解に応じたことにあったのではあるまいか。思い込みが人一倍激しい右翼Mにしても、さすがにここに至り、「行動する保守」Aのいう「内部告発」話の信憑性にかすかながら疑問を感じたのかもしれない。それが今回の文面となって現れているように思われた。

 それが当たり前の、普通の感覚なのだが、どうも右翼Mはその事実を素直に受け入れられないようである。誤りは誰にでもある。しかしなぜか「行動する保守」一行には、「行動する保守」Aをはじめ、素直に誤りを認められない狭量な人物が多いように思えてならない。

千葉からの求釈明

 ただ、控訴理由書に朝木明代の万引きが「捏造」で転落死は「他殺」と信じた根拠の1つとして「行動する保守」Aのいう「内部告発」を取り上げている以上、千葉としては反論しないわけにはいかない。そこで千葉は右翼Mに対し答弁書で次のように求釈明した。



 控訴人(右翼M)は、瀬戸の演説を本件記事の真実相当性の根拠としているが、瀬戸はその演説内容を変遷させていること、そして、瀬戸の演説を信じた控訴人らが、名誉毀損の裁判で敗訴し窮地に陥ったことに鑑み、他殺の真実相当性の立証責任がある控訴人としては、演説内容の確認するために、瀬戸に証言してもらう必要がある。

 よって、控訴人は、瀬戸を人証申請する意思があるのか否かを明示されたい。



 もちろん右翼Mに人証申請の意思があればそれでいいし、その気がないなら千葉から人証申請する意図だった。ところが右翼Mにはこれがいたく気に入らなかったらしく、後日ブログで「申請したかったら自分でやれ」と息巻いている。なぜそこまで怒るのかはわからないものの、少なくともこの記事をみる限り、右翼Mには人証申請する気はなかったものと私は理解した。「行動する保守」Aには騙されたという思いがあるのかもしれない。

 いずれにしても、求釈明に対する右翼Mの回答を待つまでもなく、裁判長はさっさと結審してしまったから、求釈明自体の意味もなくなってしまった。千葉によれば、そうなること(1回の口頭弁論で結審すること)は予期できないことではなかったという。それでもいつ裁判官の気が変わるかもしれない。そのときのために求釈明をしたのである。

 右翼Mが控訴理由書を提出したのち、千葉は書記官から第1回口頭弁論期日までに答弁書を提出するよう要請されたという。本当のところはわからないものの、裁判所としては一応双方の主張を聞いた上でなければ結審できないということだったのかもしれない。

(つづく)

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右翼M事件 第9回
ひとりいきり立つ右翼M

 東京高裁で千葉との裁判が結審した翌日の平成23年6月23日午後1時50分ごろ、右翼Mは東京地裁立川支部4階の法廷前に大股でやってきた。この日は午後2時から「行動する保守」の盟友である西村修平と元側近が千葉から提訴されている裁判の西村分の第4回口頭弁論が開かれる。右翼Mは西村の支援にやってきたのである。少なくとも右翼Mは西村の準備書面を書いてやっているようだし(右翼M本人は否定しなかった)、もはや傍聴にさえ来なくなった「行動する保守」Aに比べれば、形の上でははるかに西村を支援しているといえるだろうか。

 法廷前のベンチでは女傑Mが妙にしおらしい風情で開廷を待っている。包囲する屈強な若い警察官たちに対して精神的に萎縮させる行為を強要したあの恐ろしいイメージからは想像しにくいかもしれない。しかし今も女傑Mは法廷内で、ときおり千葉にするどい視線を投げるという。表面上はおとなしくなったようにみえても、やはり女傑の本質は何も変わってはいないのである。

 この裁判も「行動する保守」関連裁判の例にもれず、開廷5分前にならなければ傍聴人の入廷は許されない。当事者および傍聴人の入口脇では裁判所の職員が4、5名、警戒にあたっている。ところが右翼Mは「千葉君に話がある」などといって当事者入口を勝手に開けて法廷内に侵入したのである。法廷内からは「まだ入廷しないでください」という職員の声と、それに抵抗する右翼Mの大声が響いてくる。どうも右翼Mは「千葉が求釈明しているから、答えてやるといっているんだ」といっているようである。

 その日の裁判の当事者は右翼Mではなく西村修平である。それに千葉はこの裁判で西村に求釈明などしていない。右翼Mはなんのことをいい、なぜ職員の制止に逆らってまで「求釈明に答え」ようとしているのか。いずれにしても常人にはちょっと理解できない行動というほかなかった。かつて裁判官を追いかけて壇上に駆け上がった人物だけのことはあるというべきだろうか。

 何の「求釈明」のことだったのかがはっきりしたのは右翼M自身のブログによってである。それによれば、右翼Mは西村の裁判で、前日にあった自分の裁判の際に千葉が答弁書で行った「『行動する保守』Aの人証申請をするのかどうかについての求釈明」の回答をしようとしていたようだった。

 口頭で求釈明に答えてはいけないという法はない。ただその場合には、相手との距離感、時と場所、それに答え方というものがある。いかに回答の内容が求釈明の趣旨とかけ離れたものでなかったとしても、たとえば相手方の自宅に押しかけ、ハンドマイクでがなり立てたりすれば、それはただの嫌がらせかお礼参りと判断されてもやむを得ないものとなる。右翼Mに限らず、「行動する保守」一行の多くがこのあたりの節度にかなり鈍感なようにみえる。もちろん場合によっては、鈍感や無知ではすまない。

 この日の右翼Mの行動もまともではなかった。右翼Mは入廷許可前の法廷内でしきりに「千葉が求釈明しているからだ」などと騒いだものの、ほどなく職員によって法廷から排除された。右翼Mの心中は計り知れないものの、なにかよほど千葉の求釈明が気に障ったものとみえた。

 右翼Mが「行動する保守」Aのいう「内部告発」の内容をいまだに信用するというのであれば、千葉に対して怒る前に人証申請しない理由を明らかにすればいいだけのことではあるまいか。あるいは右翼Mには、それを説明するには不都合な理由でもあるのだろうか。

裁判所職員に八つ当たり

 法廷から排除された右翼Mは興奮が収まらなかったのかもしれない。今度は入口で警戒にあたっている職員に向かって大声でこうまくし立てた。職員にすれば不運としかいいようがない。

「飯塚宏(筆者注=一審の裁判長)君はここにいるかね? (一審判決文中の)『本件洋品店の店主を装って用心棒を演じたことは、被告の推測にすぎない』との根拠は何かを聞きたい」

 そんなことに裁判官がいちいち取り合うことは100%あり得ないし、いかに裁判所の職員でも、いきなり別件事件の裁判長の名前をいわれても答えられるわけがない。

 職員の困惑などおかまいなしに右翼Mは「千葉が店主と偽っていた証拠がある」(趣旨)と一方的に言い立て、「本件洋品店の店主を装って用心棒を演じたことは、被告の推測にすぎないという認定は間違っている」などと裁判所職員に対して主張した。裁判官の名前だけでなく、個別の事件の判決内容まで持ち出されてはますます困ろう。常識を著しく逸脱した八つ当たりというほかないが、それほど右翼Mには気に入らない判決だったということなのだろう。

 右翼Mは千葉との裁判の控訴理由書で、



 原判決では当日、被控訴人が「本件洋品店の店主を装って用心棒を演じたことは、被告の推測にすぎず」、と決め付けている。つまり、「店主を装っていないのだから、創価学会シンジケートとは繋がりがない」との判断に至っている。



 と右翼Mなりに解釈し、「(洋品店襲撃事件の日)千葉は店主と偽っていた」ことを立証することで原判決の判断が誤りであると主張していた。右翼Mはその控訴理由書の主張を、結審の翌日、まったく別の裁判の場で、しかも裁判上の主張について何の権限も持たない職員に対して行っていたということだった。よほど自信があったのかもしれないが、一介の職員が相手では右翼Mのせっかくの能弁も何の意味もなさないのである。

 いったい何があったというのか。この日の右翼Mはいつにもまして高ぶっているようにみえた。開廷の時間が迫り、裁判所職員から「その裁判官なら4階の書記官室に行ってください」と諭されるまで、右翼Mの興奮は収まらなかった。

(つづく)

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右翼M事件 第10回
きわめて短絡的な解釈

 ところで、右翼Mが「判断の誤り」と指摘する一審判決の該当個所は次の部分である。



 原告が創価学会シンジケートで繋がり、本件洋品店での小競り合いの際、本件洋品店の店主を装って用心棒を演じたことは、被告の推測にすぎず、本件記事を記載した当時、これらの事実を被告が信じるについて相当の理由があったと認めることはできない。



 この部分をどう読めば、右翼Mのいうように〈「店主を装っていないのだから、創価学会シンジケートとは繋がりがない」との判断に至っている。〉という理解になろうか。

 判決は「店主を装ったか装っていなかったか」によって「創価学会シンジケートで繋がっているかどうか」が判断できるといっているのではなく、むしろ「創価学会シンジケートで繋がり」という事実が前提としてあり、その結果として「店主を装った」かどうかを判断しているのであり、「店主を装ったかどうか」を「創価学会シンジケートに繋がっているかどうか」の判断基準としているわけではない。したがって、上記の右翼Mの主張は独自の主張ということになろう。

 そもそも東京地裁立川支部(飯塚宏裁判長)は、右翼Mが記載した「(千葉は)創価学会シンジケートと繋がり」とする文言に対する一般人の理解について次のように認定している。



 当該用語は、創価学会の犯罪組織との意味として理解するのが一般人の通常の解釈であると認められる。

 また、被告は、……創価学会が犯罪集団であるという前提の下に、原告が、……本件窃盗被疑事件及び本件転落死事件の真実を歪曲したという本件記事の記載を見れば、……原告は、創価学会シンジケートなる組織との何らかの関係から、その意を受けて、当該行為(=前記「真実の歪曲」)を行ったと理解するのが一般の読者の読み方であり、……



 このように東京地裁立川支部は「創価学会シンジケートで繋がり」とする文言について、洋品店襲撃事件とは関係なしに、「(千葉はもともと)創価学会シンジケートなる犯罪組織と何らかの関係がある」と理解するのが一般人の通常の理解であると認定している。したがってこの点からも、〈「店主を装っていないのだから、創価学会シンジケートとは繋がりがない」との判断に至っている。〉とする右翼Mの解釈は誤りであるということになる。

DVDには言及せず

 控訴にあたり右翼Mは、どうしても千葉を「店主を装った」ことにし、「創価学会シンジケートと繋がっている」ことにしたかったのだろう。前回も述べたとおり、仮に千葉が「店主を装った」としても、そのことから千葉が「創価学会シンジケートと繋がっている」ということにはならないが、基本的に論理的整合性には特にこだわらないのが「行動する保守」一般の珍しい特性でもある。

 また万引き被害者襲撃事件をめぐって右翼Mは、千葉から「情けない右翼」ときわめて的確に指摘されたことを根に持っているようにみえる。プライドだけは高い右翼Mとしては、「情けない右翼」として広く知られることになった襲撃現場で千葉に一矢報いたいという思いが強いのかもしれない。いずれにしても、いまだに自らの過ちを認められないような器でしかないことこそ「情けない」ということなのである。

 では理屈はともかく、右翼Mは何を根拠に千葉が「店主を装った」といっているのか。右翼Mは控訴理由書で次のように主張している。



 被控訴人(筆者注=千葉)は、「店の人がダメだと言ったからダメだって言ったんだよ」と、言っている。この文言を平易に理解すれば、被控訴人が店主、若しくは店員であると公言しているのである。



 右翼Mはしきりにこう主張するが、私にはなぜこの発言によって千葉が「店主を装った」といえるのかよく理解できない。

 なおこの発言の事実関係について千葉は、右翼Mが提出した反訳しか裏付けがなかったため「動画の提出がないため検証できない」などと主張した。裁判所としても通常なら反訳の正確性を担保するDVDなどの提出を求めるところだろう。しかし東京高裁はDVDの件には触れさえしなかった。判決にはまったく影響しないから、反訳の正確性すら問題にしなかったものと思われた。

 右翼Mは前日の控訴審の結果を具体的にどう受け止めただろうか。私には、これまで裁判(敗訴)の経験を重ねてきた右翼Mにとって色よい判決を想像することは難しかったものと思われる。その焦慮のようなものが高じて、翌日の他人の裁判で、まったく筋違いの人間に意味不明の論争を吹っかけてしまうというめったに見られない醜態を演じさせたのではあるまいか。ただ「情けない右翼」の意味をいまだに理解していないように、右翼Mはたぶんこれを醜態とは思っていない。

平穏な開廷

 こんなちょっとした前哨戦を経て、ようやく傍聴人の入廷が許された。右翼Mはどうしたのか、わざわざ千葉が座る原告席側の最前列に座った。

 ほどなく裁判官が入廷し、西村・細川事件の西村に対する第4回口頭弁論が始まった。被告の西村はこの日の午前中、おそらくは右翼Mの代筆による第3準備書面を送ってきていた。

 裁判長は型通り、原告・被告双方から提出された書面を確認したが、特に西村が準備書面で主張した内容について踏み込むことはなかった。この日提出された準備書面にはまだ十分に目を通せていないということだろうか。あるいは新たに論点とすべきものは含まれていないという判断だった可能性もないとはいえなかった。

 新たな論点がないとすれば、これまでの経過からみて、裁判官は双方の主張等の確認と次回までの段取りを明確にした上で今日は終わるのではないか、またそろそろ結審を視野に入れた訴訟指揮もあるかもしれないと私は感じていた。少なくとも裁判官が書面を確認した時点では、原告・被告ともに特に意見を述べることもなく、取り立ててややこしい動きが起きる要素は見当たらなかった。

(つづく)

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右翼M事件 第11回
傍聴人の主張

 千葉が西村修平と元側近を提訴していた裁判の西村に対する第4回口頭弁論は当初、これまでの主張の確認等を行い、平穏に終わると思われた。ところが裁判官が、千葉が請求していた記事および写真の削除についてすでにそれが実行されているかどうかの確認を千葉に求めたとき、それまで静かだった法廷に異変が起きた。急に聞かれた千葉は、西村のホームページがどうなっているかすぐには思い出せず、明確に答えられなかった。そのとき、傍聴席の右翼Mが突然うなるような大声を上げたのである。

「12月に削除したじゃないか」

 右翼Mは開廷前の興奮状態が続いているのか、どこまでが自分の裁判で、どこからが他人の裁判なのか区別がつかなくなっているようだった。相手方は同じ千葉で、準備書面の代筆までしているとなると、自分も当事者のようなものだと考えたとしてもおかしくない。しかしだからといって、西村が提訴された裁判で右翼Mが当事者になれるわけでも代理人になれるわけでもない。右翼Mはたまに私的現実と公的現実の区別ができなくなるようである(たとえば右翼Mが西村と同じ立場で西村の準備書面を代筆することは右翼Mの私的現実だが、その準備書面はあくまで西村が書いたものとして提出しなければならないのは公的現実である)。

 法廷内で傍聴人の発言は許されない。温和な裁判官もさすがにこのときばかりは少し色をなし、強い口調で「(発言を)やめてください」と命じた。傍聴席から裁判官に向かって、野次ではなく当事者のように発言する者を見たのはこれが初めてである。このとき右翼Mは裁判長に制止されて発言を止めたが、退廷を命じられてもおかしくない状況だった。この間、当事者である西村は一言も発言しなかった。

 ちなみに千葉が請求している記事および写真の削除が実行されているかどうかあとで確認したところ、写真は削除されているが文言はまだ残っているようである。右翼Mは「削除した」と明言したが、写真を削除したことで要求に応じたものと勘違いしているのだろう。

戻ってきた裁判官

 右翼Mが発言を止めたことで法廷には平穏が戻り、最後に西村が「交通費と時間がかかるので移送の申し立てをしていたがどうなりましたか」などと間の抜けた質問をした。裁判官は「すでに却下したでしょ」ときわめて事務的に応じ、そのほかに意見等がないことを確認すると、次回口頭弁論を9月8日に開くことおよび準備書面は8月初めまでに提出することなどを双方に申し渡して閉廷した。裁判官は最後に「人証の申請があれば次回までに提出してください」と双方に伝えている。人証の話が出るのは結審が近いということで、人証が却下されれば結審となる可能性が高い。

 ところが裁判官が後ろを向き、専用のドアから退出しようとドアノブに手をかけようとしたそのときだった。右翼Mが裁判官の背中に向かってなにやら抗議の言葉を投げつけたのである。裁判官が閉廷を宣言した以上、もう裁判官には自分を黙らせる権限はないとでも考えたのか。右翼Mは裁判官に向かってうなり声を上げた。

「なぜそういう質問をするんだ」

 右翼Mは削除したかどうかを裁判官が確認したこと自体が気に入らなかったらしい。しかしそんな感情を表に出すような場所ではないし、また傍聴人である右翼Mにはそんな質問をする権利もない。裁判官はこれを無視して退廷してもよかった。しかしこの裁判官は立ち止まり、振り返って右翼Mを制止した。

「私がまだ法廷にいる間は、この法廷の管理権は私にあります。もうやめてください」

 千葉が西村と元側近を提訴していたこの裁判で、裁判所はとりわけ元側近の身の安全をどう確保するかに苦慮し、かなりの警備態勢をとってきた。その指揮をしたのは法廷管理者である裁判官である。それだけに右翼Mの傍若無人の振る舞いに対し、余計に毅然と対処しようとしたのだと思われた。

 それでも右翼Mは、削除の確認が、すでにわかっているのに意図的に行ったとしてさらに抗議し(趣旨)、しまいには裁判長に対して、

「そんなことをするのは北朝鮮と同じだ」

 とまで非難したのである。右翼Mの主張は、この裁判官が予断をもって判断しようとしており、最初から西村に不公平な進行をしようとしているとの趣旨のように私には聞こえた。どうみても裁判官はたんに確認しようとしただけだが、右翼Mはすべての裁判所が彼らに否定的であると感じているのかもしれない。それにしても、人権に最も配慮する裁判官に対して「北朝鮮と同じ」とまでいってしまったのではむしろ、右翼M自身の誇大性、非論理性を疑わせるだけではなかろうか。

 さいわいこの日、右翼Mは裁判長の壇上にまで行こうとはしなかった。学習の跡はみえるものの、裁判長の再三の退廷命令にもかかわらず抗議をやめなかったのは、やはりどうみても尋常ではなかった。他の傍聴人が職員に促されて退廷したあとも右翼Mは5分近く法廷内に居すわり続けた。

右翼Mの別の用事

 この日の右翼Mの異常さをどうみるべきか。やはり私には、右翼Mの気持ちは前日の裁判の延長線上にあったように思える。相手はいずれも千葉だし、西村裁判の準備書面も右翼Mが書いているとなればなおさらだろう。右翼Mはその内心を、異なる現実に合わせてうまくコントロールできなかったということのような気がした。

 そのうち右翼Mがようやく法廷から出てきた。右翼Mはまだ裁判所に別の用事があるのを忘れていなかった。どうしても行かなければならないというようなものでもないと思うが、右翼Mは飯塚裁判長のところに行くようだった。

 しかし右翼Mが追及すべきなのは第1に彼を東村山デマに引きずり込んだ「行動する保守」Aであり、東村山デマの発信元である東村山市議、矢野穂積と朝木直子なのではないのか。右翼Mはそれができないために飯塚裁判長に責任を転嫁しようとしているにすぎないような気がしてならない。やはりどこまでも「情けない右翼」である。

 私と千葉は西村や右翼Mが法廷前から消えたことを確認して、すみやかに裁判所をあとにした。われわれが余計な動きをすることは、結果として裁判所職員の手をわずらわせることになりかねないのである。

 したがって、右翼Mが飯塚裁判長と会えたかどうかは定かではない。はっきりしているのは、仮に右翼Mが飯塚裁判長に抗議できていたとしても、ひと月後(7月20日)に迫った控訴審判決には特になんらの影響も与えないだろうということである。

(「控訴審判決」後につづく)

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