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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「重要容疑者」事件 第7回
 平成23年7月19日に開かれた控訴審第1回口頭弁論で、東京高裁は「重要容疑者」という文言は具体的な「容疑」を指摘していないとして、矢野に対し、それ以外に矢野の名誉を毀損する記述があれば指摘するよう言い渡した。一審の東京地裁は「重要容疑者」とする文言は矢野穂積の社会的地位を低下させるものであると認定していたから、東京高裁の見解は一審とはだいぶ異なるようだった。

一審判決の正当性を主張

 これに対して矢野が準備書面を提出したのは8月31日である。しかしその内容は、新たな名誉毀損箇所を提示するというものではなかった。矢野は準備書面で一審の判断がいかに正当なものであるかを繰り返し主張していた。

 たとえば矢野は一審判決について次のように述べている。



(準備書面における矢野の主張①) ※○数字は筆者が便宜的に付したもので、準備書面における矢野の主張の順番ではない=以下同

 前記①乃至⑤の各記述(かなりの思い込みがあると思える原判決の評価に基づく本件記事の各記述の要旨)がなされていることから、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とした場合、「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」という本件記述を含む本件記事は、朝木明代議員の転落死は「単なる自殺」ではなく、前記「争い」の内容自体が、被控訴人(筆者注=矢野)が朝木議員に対し自殺の教示、強要等といった自殺幇助罪に相当し得る犯罪行為を行い、「捜査機関によって自殺幇助罪の嫌疑をかけられている者」であるとの「被控訴人に関する特定の事項」たる客観的事実を摘示したものとした原判決の認定は、その範囲において極めて適切である。



 結審間際になって新たな名誉毀損箇所を提示するということ自体それまでの主張を放棄するに等しい。したがって、矢野が一審の判断にこだわったのも無理からぬところだったようにも思える。

無関係の「新証拠」

 ただ矢野は、一審判断の正当性を主張するだけでは不十分と考えた。矢野もまた、第1回口頭弁論における裁判長の見解を自分にとって芳しいものとは受け止めていなかったのである。

 そこで矢野は本件記事における「重要容疑者」との文言がいかなる意図のもとに使用されたかを立証するとして、柳原が一審判決(平成23年4月25日)直前に同ブログに掲載した記事を証拠として提出した。「別の名誉毀損箇所があれば示してください」という裁判長の指示をこれによって果たそうとしたわけではあるまいが、一審判決の正当性をただ主張するだけでは弱いと考えたということもあったのだろう。

 矢野が書証として提出したのは平成23年4月15日付〈条件闘争で勝負するしかない人びと〉と題する記事で、矢野が強調しようとしたのは次の一節である。



実際は矢野が朝木明代を自殺に追い込んだ張本人であるにもかかわらず、そうした責任を免れる目的で、ためらい自殺事件を殺人事件にでっち上げたと見られること。……中略……逆にいえば矢野本人にとって、これほど不名誉な指摘もないと思われる。

筆者注=「中略」の部分も矢野が記載した通り。なお、「中略」部分には「矢野が保身のためなら手段を選ばない人物であること」「朝木母娘との特異な関係」「矢野の特異性」などについて柳原の論評が述べられており、「私はこれらの事柄を、裏づけをもって記述してきたつもりだが、(逆にいえば矢野本人にとって)」と続く)



 ここで柳原がいう「矢野が朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」であるという論評については私もまったく同感である。ただしこの論評は、明代の万引き発覚後に矢野と明代が共謀したアリバイ工作、万引き被害者に対する威迫行為をはじめとする一連の隠蔽工作全体を念頭に置いた抽象的な表現で、矢野が「明代を自殺に追い込んだ」ということによって具体的なある1つの行為、事実を指しているわけではない。

 ところが矢野は準備書面で、「真実性の証明は事実摘示の時点だけに限定しない」(趣旨)とした最高裁判例を根拠に次のように主張していた。



(準備書面における矢野の主張②)

(柳原は)本件「コラム日記」のその後の記事中で、「実際は矢野が朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」であり、このように指摘されることは「矢野本人にとってこれほど不名誉なこともない」と記述しているのであるから、「被控訴人が実際は朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」だと指摘することによって、すでに本件記事中の「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」という本件記述の真意が「実際は朝木明代を自殺に追い込んだ張本人」であるとの事実を記載したものであるというその認識を明らかにしているのである。



 つまり矢野はここで、「事実」と「認識」を混同して不法行為が成立すると主張しているように思える。最高裁判例が述べるのはあくまで客観的事実についてであり、真実性については事実摘示に関わる真実性を立証する事実が事後に明らかになった場合でも証拠として成立するという趣旨である。

 読者は表現によってなんらかの印象を持つのであって、認識に対してではないし、事後にその認識が「立証」されたとしても、過去の読者の印象に影響を与える道理もない。裁判での立証という点において、本件記事とその後の記事は無関係というほかなかろう。

 また当然だが、何かに対する名誉毀損が問われるのは「表現」のみであって、表面に現れない筆者の「認識」や「思い」が不法行為に問われることはない。したがって、苦心の跡は十分にうかがえるものの、事後の記事を持ち出した矢野の主張が採用されるのは難しいのではないかと思われた。

(つづく)

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「重要容疑者」事件 第8回
どさくさに紛れた主張

 ところで準備書面で矢野は、一審判決の正当性を主張する過程で独自の妙な主張を紛れ込ませていた。その一節をみよう。



(一審の東京地裁は)当該記述(「重要容疑者」)部分の前後の文脈を含めた本件記事全文を詳細に検討した上で、次のように判示認定している。

「被告は、本件記事中で、朝木議員の転落死の原因が、同議員の自殺であることは明確に記されていると主張するが、第10段落では、むしろ朝木議員の身辺の異変、すなわち同議員が『自殺』するかもしれないという結末を、原告が知っていたかのように記述しているのであって、それが単なる自殺でないこと、要するに自殺を装った事件もしくは事故であることを示すように受け取れる表現が用いられているのであるし、第3段落で、朝木議員が、発見直後に自ら救急車の手配を断るなど、何者かからの襲撃を受けたとは思えないような行動をしていたと記述する点は、同議員が自ら死を選ぼうとしたことを暗に指摘していると解する余地があるけれども、逆に見ず知らずの何者かに襲われたのではなく、親しい知人との争いの結果として、自分では意図せずに転落し、その何者かをかばおうとしたものと受け取る余地もあるのであって」、と判示し、本件朝木明代議員転落死事件が、単なる「自殺」とはいえないと認定しているのである。



 一審の東京地裁はあくまで柳原の記事を一般読者がどう読むかについての判断をしたのであって、「自殺か他殺か」の事実認定をしているわけではない。まして東京地裁は「(読者は柳原の記事を)『自殺』と解する余地はあるけれども、逆に争いの結果として意図せずに転落したものと受け取る余地もある」と述べたにすぎないことは明らかである。これをどう読めば、明代の自殺事件が「単なる『自殺』とはいえない」と認定したことになるのか、かなりの主観的飛躍があるというほかない。

 矢野がここでいう「単なる『自殺』とはいえない」とは「何者かとの争いの結果、自分では意図せずに転落した」という意味である。「何者かとの争い」と「意図せず転落」が重なれば、すなわちそれは「他殺」と言い換えることもできる。裁判長の発言の様子から逆転敗訴を覚悟した矢野は、どうせ請求が棄却されるのなら、一審では明代の自殺が「単なる『自殺』ではない」=「他殺」と認定されたことにしようというところだったのではないかと私はみている。見上げた執念というべきだろうか。

交代した裁判長

 こうして平成23年9月27日、第2回口頭弁論を迎えた。矢野は開廷10分前に入廷し、開廷直前には朝木も入廷した。朝木は今も自殺直前に明代は事務所に立ち寄っていないとする矢野の説明を信じているのか、あるいはすべての事実を知った上で矢野に従っているのか。

 余談だが、10年ほど前、東京地裁の控室で私は朝木に聞いたことがある。

――もういい加減に嘘をつくのをやめてはどうか。まだ若いんだから、いくらでもやり直しはできる。

 すると朝木は床に視線を落としたままこういった。

朝木  私ももう、若くないから……。

 もう若くないから、やり直す時間はないという意味であると理解できた。それは明らかな誤りであるものの、何かに対する正直な告白であると私は受け止めた。朝木は自分自身にそう言い聞かせているようでもあった。

 このやりとりをそばで聞いていた矢野の心中は穏やかではなかっただろう。朝木がまともな部分を見せたのはそれが最後だった。

 さて、柳原は矢野の準備書面に対する反論を提出していたが、双方の書面のやりとりは前回口頭弁論における裁判長の指示に基づくものだった。ところが第2回口頭弁論の終了間際になって、どうもこれらのやりとりはほぼ無駄なものになったような印象を受けた。

 冒頭、裁判長は裁判長が交代したことを告げ、双方が提出した準備書面を確認した上で結審した。しかしその後、裁判長は判決言い渡し期日を平成23年11月17日午後1時15分と指定したあと、双方に和解を勧告したのである。

 前回、裁判長は矢野に対して別に名誉毀損箇所があれば指摘するように言い渡した。その時点で、東京高裁は「重要容疑者」との表現に名誉毀損は成立しないとの判断に傾いているのではないかとみられた。少なくとも第1回口頭弁論後の書面のやり取りは、「重要容疑者」との文言には名誉毀損性がないという判断を前提とするものだったと考えられた。

 和解を勧告するのなら、最初から書面のやり取りは必要ない。つまり、裁判長が交代したことで判断の内容にもなんらかの変化があったことをうかがわせた。

 和解協議では「重要容疑者」とする表現が矢野の社会的評価を低下させたかどうかだけでなく、記事の他の部分についても明代の転落死に矢野が関与していたと読めるかどうかという点も焦点になるものと思われた。しかし最終的に和解は成立せず、平成23年11月17日午後1時15分、判決が言い渡されることになった。

 一審判決が維持されるのか、なんらかの変更がなされるのか。確かなのは、最も重要な「明代が自殺直前に事務所に立ち寄り、矢野と会っていた可能性」が否定されることはないだろうということである。

(「判決後」につづく)

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佐藤ブログ事件控訴審 第1回
 東村山市議、佐藤真和のブログに掲載されたコメントをめぐり同市議の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)が佐藤を提訴していた裁判で東京地裁立川支部は平成23年6月29日、矢野らの請求を棄却する判決を言い渡した。これに対して矢野らは控訴。10月3日、控訴審の第1回口頭弁論が開かれ、平成23年12月21日午後1時に判決が言い渡されることになった。 

思い余ったコメント

 平成19年4月に行われた東村山市議選の翌日、矢野穂積と朝木直子が突然、新人で当選を果たした薄井政美に対する誹謗中傷を開始した。

 矢野と朝木が他の議員を誹謗するのはこれが初めてではない。佐藤真和に対しても市議選の半年前から「越境通勤市議」などと、あたかも佐藤に東村山市議に立候補する資格がないかのような激しいネガティブキャンペーンを繰り返していた。だから矢野と朝木が他人を誹謗中傷すること自体は珍しいことではなかったものの、市民を驚かせ、怒らせたのはその内容だった。

 矢野と朝木による薄井に対する誹謗中傷は前職を問題とするものだった。これに対して市民の間から職業差別だとする批判の声が挙がり、この動きはインターネットを通じて全国に広がった。

 しかし、いかなる非難を浴びても自らをいっさい省みないのが矢野と朝木の顕著な特異性である。彼らは薄井攻撃をいっそう強めるとともに、薄井を擁護する市民らに対してもハンドルネームを名指しし、「法的手段」を匂わせるなどして恫喝を繰り返した。要するに、訴えられたくなければ薄井擁護と彼らに対する批判を止めろという趣旨であると理解できた。

 誹謗中傷の激しさだけでなく、批判をいっさい受け付けず、それどころか彼らを批判する側に対してまで矛先を向けてくる矢野と朝木の特異な体質を初めて経験した市民は驚き、名指しされた本人の中には恐怖におののいたという人もいた。佐藤真和が運営するブログに市民から次のようなコメントが寄せられたのは、そんな騒動のさなかのことだった。



(コメント1)

(矢野と朝木は)自尊心を欠如させたトラウマ=自分の問題と向き合う辛さを避けて、トラウマの原因とは全く関係ない他人を攻撃することで、心の虚無を埋めようとする方々とお見受けしました。心理学では、

「共依存」?
「境界性人格障害」
「攻撃性人格障害」
「パワーゲーム」など

 幾つかの名を付けて分析・対処方法を研究しているはずです。

(コメント2)

 草の根の人たちは、病気なんです。他人を攻撃することで、自己のアイデンティティを保っているんですから。まあ、昔から住んでいる市民なら、みんな知ってることですが。

(コメント3)

 こんにちは! 佐藤さんや薄井さんのブログを愛読している東村山新住民です。矢野・朝木両市議が発行する東村山新聞は、一読しただけで……と判ります。この二人が市議として存在することが東村山の大問題ではないでしょうか。たまこさんが挙げておられる心理学上の分類に「サイコパス」も追加させてください。

筆者注=このコメントについては一部に差別用語が含まれており(……の部分)、佐藤が当該部分を修正した旨を説明した上で掲載した。)



 公人である矢野と朝木の特異性に対してこのような評価があってもなんら不思議はないし、とりわけ直接的な攻撃を受けた市民からすればむしろ自然な感覚だろう。ただ個人的には、不特定多数に対して公表するについてはやや思い余った部分があったような気もする。

 これに対して矢野と朝木は、ブログを運営する佐藤に対して名誉毀損に基づく慰謝料の支払い等を求めて提訴したのである。

「事実を表明するもの」と認定

 東京地裁立川支部は矢野と朝木の請求を棄却したが、彼らが問題とした3つのコメントについてどんな判断をしたのか。東京地裁は前記コメント1、2、3について次のように認定した。



(コメント1について)

(コメント1)は、原告らがパーソナリティ障害等の障害を有するとの事実を表明するものと認められる。

 ……パーソナリティ障害は、精神病ではないとはいえ、精神医学で取り扱われ、治療の対象となっているものであるから、その指摘が名誉毀損となるか否かの観点からは、やはり病気の一種であり、その指摘は事実の表明と認めるべきである。

(コメント2について)

(コメント2はコメント1の)パーソナリティ障害等との指摘に同意し、さらに、「草の根の人たちは、病気なんです。」と付言しているが、……精神医学におけるパーソナリティ障害等の取扱いを考慮すると、上記「病気」の付加は、原告らが病気の一種であるパーソナリティ障害等を有するとの事実を表明したものと認めるべきである。

(コメント3について)

(コメント3はコメント1の)パーソナリティ障害等との指摘に同意し、さらに、「たまこさんが挙げておられる心理学上の分類に「サイコパス」も追加させてください。」と付言しているが、……サイコパスが人格障害とほぼ同義と解されていることからすると、……原告らがパーソナリティ障害等を有するとの事実を表明するものと認められる。



 これらコメントがブログ管理者(佐藤)自身によって記載されたものなら、コメントによって社会的評価が低下したと認定された場合、直接的に真実性・相当性の立証が必要になると思われる。しかし今回のケースは、佐藤のブログに投稿されたコメントをめぐるものであるという違いがあった。

 ブログ掲示板の記載に関わる法律にはプロバイダ責任制限法がある。プロバイダ責任制限法とは、プロバイダが負う損害賠償責任の範囲や情報発信者の情報の開示を請求する権利を定めた法律である。佐藤が同法にいう特定電気通信役務提供者に該当すると判断されれば、今回のコメントは同法の規定に基づいて判断されることになる。

 同法によれば、コメントをめぐって管理責任が問われるケースでは、特定電気通信役務提供者は、あるコメントに真実性及び相当性が存在しないことを知っていたか、知ることができたにもかかわらず当該コメントを放置した場合には損害賠償責任を問われる可能性が高い。

 問題は、本件がプロバイダ責任制限法が適用されるケースであるかどうかである。一般に特定電気通信役務提供者とは、いわゆるプロバイダだけに限らずコメント欄を設置するブログ管理者なども含まれるとされている。この点について東京地裁は次のように述べた。



 プロバイダ責任制限法2条3号にいう特定電気通信役務提供者とは、特定電気通信設備を設置又は所有している者である必要はなく、特定電気通信設備を他人の通信の用に使用させていれば足りると解される。



 東京地裁は佐藤がプロバイダ責任制限法に定める特定電気通信役務提供者であると認め、本件が同法が適用されるケースであるとした。

(つづく)

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佐藤ブログ事件控訴審 第2回
佐藤の削除義務を否定

 東京地裁は佐藤がプロバイダ責任制限法が定める特定電気通信役務提供者であると認定した。この場合、ブログ管理者である佐藤がコメント1、2、3に真実性および相当性が存在しないことを知っていたか、あるいは知ることができたと認めるに足りる相当の理由があった場合には削除等の対応をしなくてはならず、真実性・相当性が存在しないことを知りながらこれを放置したことが立証された場合には、損害賠償責任が生じることもあり得る。

 すると問題となるのは、コメント1、2、3を掲載するにあたり佐藤にプロバイダ責任制限法が定める「権利侵害の事実を知っていた、あるいは知ることができた場合」に該当するような事由があったかどうかである。この点について東京地裁はとう判断したのか。東京地裁は、

〈被告ブログ掲示板の管理者である被告につき、(プロバイダ責任制限法)に該当する事由があったと認めることはできない。〉

 とした上で、次のように述べた。



 かえって、後記イ~オに説示するとおり、原告ら(筆者注=矢野と朝木)にはパーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があったものである



 したがって、佐藤にはコメント1、2、3について削除義務が生じることはなく、これらのコメントを掲載したことに違法性はないと認定したのである。

 それにしても、それどころか裁判所が、あろうことか現職の市議会議員をつかまえて〈パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があった〉と認定するとはよほどのことではあるまいか。しかし、東京地裁がこの認定の根拠とした以下の事例をつぶさに見れば、この判断もやむを得ないと読者も十分に納得できるのではあるまいか。

「パーソナリティ障害等を疑わせるそれなりの言動」

 東京地裁は続いて〈原告ら(筆者注=矢野と朝木)にはパーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があったものである〉とした根拠を述べる。その根拠として挙げられたのは矢野と朝木が彼らの政治宣伝メディア「東村山市民新聞」「東村山市民新聞インターネット版」「多摩レイクサイドFM」で行ってきた誹謗中傷の例だった。

 もちろんこれらは佐藤が証拠として提出したもので、その内訳は①万引き被害者に対する誹謗中傷(「東村山市民新聞」第84号)②無実の少年に対する暴行事件の捏造と裁判官に対する誹謗(「東村山市民新聞」第118号)③佐藤、薄井に対する常軌を逸した執拗な非難・中傷(「東村山市民新聞」第148号、第152号、第153号、第154号、第155号、第165号、多摩レイクサイドFM平成18年12月6日放送、さらには④東村山市議に向けられた揶揄や雑言の数々(複数のビラ)⑤矢野の特異性に言及した判決(「石井事件」「パラノイア事件」「超党派で作る新聞事件」)――などである(なお、「東村山市民新聞」インターネット版も前記「東村山市民新聞」の内容と重なっている)。

 矢野と朝木の特異性がより顕著に知られるようになったのは平成7年に執行された東村山市議選直後である。この市議選で朝木直子は母親で後に万引きを苦に自殺を遂げる朝木明代とともに当選したものの、矢野は次点で落選した。ところが直子は千葉県松戸市に住民票を移し、自らの当選の無効化をはかり、まんまと矢野を繰り上げ当選させた。有名な議席譲渡事件である。

 2年後、最高裁が矢野の繰り上げ当選を無効とする判決を言い渡し、矢野は東村山市議会を追われた。しかし矢野も直子も市民に対してなんらの謝罪もしておらず、それどころか彼らの暴挙と責任を追及した市民に対して告訴や民事提訴を繰り返した。

 議席譲渡事件発生から2カ月後に起きたのが朝木明代による万引き事件である。最終的に明代は書類送検され、このことが自殺の動機になったのではないかとみられている。トップ当選議員である明代にとって、また社会的批判を浴びた議席譲渡の末に東村山市議となった矢野穂積にとって、明代の万引き発覚は痛手だったにちがいない。矢野と明代は万引き被害者を脅し、あるいはアリバイ工作を共謀するなどして事件の隠蔽をはかった。しかし逆に、これらの工作が悪質と判断され、明代は書類送検されるに至った。

 矢野は明代の自殺後も万引きの事実を認めず、「草の根」の政治宣伝紙「東村山市民新聞」で逆に万引き被害者について「あたかも万引き事件を捏造し、明代を陥れた」かのような宣伝を繰り返した。万引き被害者は平成9年、矢野と朝木直子を提訴したが、彼らはその際「東村山市民新聞」第84号で万引き被害者を次のように揶揄した。



(「東村山市民新聞」第84号=佐藤提出の書証①)

「飛んで火に入る夏の虫?」
「『真犯人の指紋のついたTシャツのビニールカバーを保管もしないで、なぜ物的証拠もなしに朝木議員をTシャツ万引きの犯人扱いしたの』と指摘した本紙を女洋品店主が提訴。本人尋問ができ、逆に手間省け。」



 明代の万引きの事実を誰より知りながら、しかも万引き被害者をどこまでも加害者扱いするとはやはり尋常とはいえない。被害者が矢野と朝木を提訴したこの裁判では、東京高裁が矢野らに100万円の支払いを命じる判決を言い渡している。この事実からも、矢野の記事が事実を隠蔽しようとするものだったことがわかろう。

役に立たない「東村山の闇」判決

 矢野・朝木の共著『東村山の闇』の記載をめぐり当時の捜査責任者、千葉英司から提訴された裁判で東京地裁は〈控訴人ら(筆者注=矢野・朝木)において、本件窃盗被疑事件について明代が犯人でないことをうかがわせる証拠があると信ずるについて相当の理由がなかったとはいえない〉と判示し、千葉の請求を棄却した。矢野は佐藤を提訴したこの裁判で「東村山の闇」判決を理由に、「戸塚に敗訴した判決の判旨が否定された(明代の犯人性が否定された)」(趣旨)などと主張した。これに対して東京地裁は次のように述べて矢野らの主張を排斥している。



 警察の捜査や広報のあり方についての批判が名誉毀損にならないことから直ちに、私人である「被控訴人(万引き被害者)が創価学会や公明党と共謀の上、本件万引き事件を捏造して故明代を罪に陥れようとしたとの事実」を「真実と信ずるについて相当の理由があった」ことにはならないものであるから、上記原告らの主張は理由がない。



 万引き被害者の訴えを捏造呼ばわりするなどした被害者に対する矢野の執拗な嫌がらせの事実を事実上認定したに等しく、東京地裁はこの事実もまた、矢野と朝木が〈パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動〉の一つと考えたことがうかがえた。

(つづく)

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佐藤ブログ事件控訴審 第3回
常軌を逸した雑言の数々

 矢野、朝木による他の議員に対する誹謗中傷の例では、最近では佐藤に対する「公選法違反の疑惑」などとする執拗なネガティブキャンペーン、薄井政美に対する「エロキャスター」などの誹謗中傷(佐藤提出書証の③=本連載第2回)が記憶に新しいが、矢野は市議になる以前から朝木明代以外の東村山市議に対してさまざまな揶揄や暴言を繰り返している(佐藤提出書証の④=同)。これらについて東京地裁は次のように認定している。



 その批判に当たり使用された文言及び回数については、例えば「ピーマン議員」「アホキピーマン」「心身症」「失語症」「ハエ男」「足の長さが足りなくて」「常軌を超える偏執」「偏執症」のように、口汚く(一部は、差別的でさえある)、激烈であり、執拗であるとの批判が当てはまるものである。



 これらの文言には議員に対する批判を超えてなんらかの個人的な感情やこだわり、あるいは必要以上に市議たちを見下そうとする矢野特有の優越意識が働いているように思える。少なくともここに挙げられた文言はどうみても政治的批判とは無関係のように思える。

 また矢野と朝木は裁判で、佐藤と薄井に対する非難をめぐる裁判(薄井については一部)では違法性は認められなかったとして、これらについて批判されるいわれはないなどとも主張していた。この主張に対して東京地裁はこう述べた。



 意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会において不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであり、不法行為法上違法とはならないことと、不法行為法上は違法ではない意見を表明した者が公選の公務員としてふさわしいか否かを判断するために、そのような意見表明がどの程度の根拠を有してされたか、その際の表現方法が過激なものかについて論評することは、別問題である。



 簡単にいえば、その表現行為が不法行為に当たるかどうかということと、その表現内容がまともであるかどうかについて論評することは別問題で、その点について市民が論評することには問題がないということである。その上で東京地裁は佐藤、薄井に対する批判を含めた市議に対する誹謗中傷の点について次のように述べた。



 他者に対する批判につき正当な根拠を有する場合であったとしても、表現方法における口汚さ、過激さ及び執拗さは、公選の公務員としての適格性を判断するに当たって当然考慮されるべき事項であるが、原告らには、表現方法の点で、厳しい批判を受けてもやむを得ない点があったものである。



 東京地裁は佐藤や薄井、さらにはかつての他の議員たちに対する誹謗中傷の事実についても、矢野と朝木の「パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動」の重要な根拠とみなしたようである。きわめて正当な判断ではあるまいか。

過去にも「特異性」を認定

 ところで、矢野と朝木の特異性が認定されたのはこれが初めてではない。

 明代の自殺後、これを「他殺」と印象づけたかった矢野は「暴漢に襲われた」として見ず知らずの少年を暴行犯に仕立て上げたことがある(=少年冤罪事件)。少年はいったんは東村山署の取り調べを受けたものの即日、嫌疑なしとして釈放されている。ところが矢野は、今度はこの少年に対して民事で損害賠償請求訴訟を提起したのである。裁判は2年に及んだが、東京地裁八王子支部は矢野の請求を棄却する判決を言い渡し、矢野について次のように述べている。

〈仮にも公職にある者(筆者注=矢野)がこの曖昧な記憶に基づき、しかも司法警察職員による捜査……がなされながら刑事訴追の手続きが執られていない被告を名指しで犯人であると断定している点において極めて特異であると言わねばならない。〉(佐藤提出の書証⑤=同)

 この判決に対して矢野が、そもそも裁判官が「中立ではなかった」として非難したのが「東村山市民新聞第118号」(佐藤提出の書証②)の「……95年7月16日夜に、暴漢に襲われて前歯をおるなどの重傷を負った事件で……創価より裁判官はこの事実をわざと無視。」とする記事である。

 この判決の存在について今回の裁判で東京地裁は次のように述べている。



 公選の公務員の適格性を有するか否かを判断するに当たっては、不当な訴訟上の請求の存在は、それが多くの訴訟上の請求の全部ではない場合であっても、当然批判の対象となるものである。



 さらに矢野と朝木による議席譲渡を追及した「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」(以下=「許さない会」)を矢野と朝木が提訴した裁判でもきわめて的確な判断がなされた。有名な「パラノイア裁判」(佐藤提出の書証⑤=同)である。

 平成9年12月、「許さない会」は議席譲渡事件を追及する『手を結ぶ市民のニュース』で矢野と朝木について次のように記載した。



(「手を結ぶ市民のニュース」の記載)

〈一人の異常とも思える人間(筆者注=矢野を指す)〉

〈矢野氏は物事を自分本位に解釈して、訴訟を計画し、これをもって時には脅し、執拗なまでに実行します。また自分の憶測を理屈づけ、朝木直子さんという媒体を巧みに利用し、多くの市民を味方に惹きつけようとしています。精神分析のリポートによりますと、パラノイア(偏執病・妄想病)の中でも好訴妄想者がこうした傾向を示す場合が多いと云います。〉



 東京地裁はこの文章について、矢野の行動が「パラノイアの中でも好訴妄想者」と同様の傾向を示すものであると論評するもので、矢野の社会的評価を低下させるものと認定したが、東京地裁は次のように判示し、矢野の請求を棄却した。



〈原告矢野は物事を自分本位に解釈する、また、自分の憶測を理屈づけるとの論評及び……一人の異常とも思える人間との論評の前提となる事実は相応の根拠があるということができる。〉

〈原告矢野は訴訟を計画し、これをもって時には脅し、執拗なまでに実行するとの論評の前提となる事実は相応の根拠がある。〉

〈パラノイアに関する論評は、上記各論評を前提にしたものであることからすると、表現自体はやや穏当さを欠くものであるが、当該論評の前提たる事実もまた相応の根拠があると認められる。〉



 矢野は控訴したものの、控訴審第1回口頭弁論当日、なぜか控訴を取り下げて一審判決が確定している。また「超党派で作る新聞」事件では「矢野は訴訟を脅しに利用」などとする記載について東京地裁は「記事の前提には根拠がある」と認定し、確定している。

 これらの判決もまた「パーソナリティ障害等」をうかがわせるコメントの前提として、相当性の根拠として提出され(佐藤提出書証の⑤)、東京地裁はこれらの判決もコメントの相当の根拠と認めた。

 こうして矢野と朝木の請求は棄却されたのである。

矢野と朝木をよく知る構成

 当然、矢野と朝木は控訴し10月3日、控訴審第1回口頭弁論が開かれた。裁判官席を見ると、これまで何度か見たことのある裁判官が並んでいた。薄井が矢野と朝木を提訴した事件を裁いた加藤新太郎裁判長、右陪審は八王子地裁時代に千葉が提訴した事件の裁判官で矢野と朝木の人となりをよく知る加藤見枝子裁判官である。この2人は偶然かどうか、私が浦安の行政書士を提訴していた裁判も担当していた。

 さて矢野と朝木は8月下旬に83ページに及ぶ控訴理由書と分厚い書証を提出しており、控訴審も予断を許さないと私はみていた。加藤裁判長は開口一番、とぼけたセリフを口にした。

裁判長  控訴人も被控訴人も、いずれも議員さんですね。

 念を押したということかもしれないが、2人が市議会議員であることを加藤裁判長が知らないはずがない。特に矢野と朝木には、薄井の裁判で100万円の支払いを命じたばかりである。

 加藤裁判長はこの裁判をどう見ているのか。しかし裁判長はこんな独り言をつぶやいただけだった。

裁判長  (2人とも議員だから)議会で議論すればいいと思うけど、そうもいかないのかな……。

 裁判長は「そうもいかない」理由も薄々承知のはずだが、あえて議論うんぬんを持ち出したのはあてつけだろうか。いずれにしても、これだけでは裁判長の心中を推し量ることは難しい。結局、裁判長は最後まで特に裁判の内容には触れないまま、判決期日を言い渡した。

裁判長  はい、それではこれで結審といたします。判決言い渡しは12月21日午後1時とします。

(「控訴審判決後」につづく)

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「行動する保守」肖像権侵害事件 第1回
 私が肖像権を侵害されたとして「行動する保守」Aとその弟子を提訴していた裁判は平成23年10月12日、さいたま地裁川越支部で第3回口頭弁論が行われ、進行上のいっさいの差し支えも遅滞も発生しないまま結審した。判決は平成23年11月21日午後1時15分に言い渡される。

「行動する保守」Aの今回の代理人は千葉英司から提訴された際の代理人と、同じ法律事務所に所属する若手弁護士の2名で、実務を担当したのは若手弁護士だった。今回は病気を理由に準備書面の提出が遅れることもなかった。なお「行動する保守」Aもその弟子も、川越には来ずじまいである。ブログ閲覧者1日1万人超を誇る「行動する保守」の重鎮としては、じきじきに出向くほどの相手ではないということだったのだろうか。

争点は5件の「肖像権侵害」

 この裁判で私が「不法行為」として問題にしているのは以下の5件である。



(訴状の「第2 不法行為」から引用)

 1 肖像権侵害1

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年9月4日付〈9・1東村山駅前街宣映像紹介〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2008-09.html?p=10#20080904)
において同年9月1日に西武新宿線東村山駅前で行った街宣活動の動画を紹介するとして、計12本の動画にリンクする計12のURLを貼り付けている(甲1の1)。

 (2) 原告は当日、当該街宣のもようを取材していたが、被告らがリンクした上記URLのうちの1つの動画(youtube8/8)には原告が映っており(以下、「本件動画」という)、本件動画には「創価学会を擁護している」などとするクレジットまで付けてあたかも原告が偏向記事を書いているかのように紹介している(甲1の2、3、4)。

 (3) 原告が撮影ならびにインターネット上で紹介されることを承諾した事実はなく、よって本件動画は原告の肖像権を侵害するものである。

 (4) 被告らは〈9・1東村山駅前街宣映像紹介〉とタイトルにうたうなどして原告が映っている本件動画を積極的に紹介するとともに、本件動画に直接リンクするURLを張り付けることによって原告の肖像権を侵害した。

 2 肖像権侵害2

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年9月12日付〈『或る浪人の手記』の管理人さんへ〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2008-09.html?p=6#20080912)
において、原告が被告らが行った街宣を取材した際〈集まった人たち全ての顔写真を取りまくっていました。〉などと原告について事実に反する記載をするとともに原告の顔写真を掲載した(以下、「本件写真1」という=甲2)。

 (2) しかし本件写真1の掲載について原告が承諾した事実はなく、本件写真1の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。

 3 肖像権侵害3

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年10月11日付〈創価学会御用ライター・宇留嶋瑞郎〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2008-10.html?p=7#20081011)
において、原告について「創価学会御用ライター」などと誹謗中傷するとともに原告の顔写真を掲載した(以下、「本件写真2」という=甲3)。

 (2) しかし原告が「創価学会御用ライター」などといわれるような事実に基づかない記事、あるいはことさら創価学会を擁護するような偏向記事を書いている事実はなく、また本件写真2の掲載について原告が承諾した事実もない。

 (3) よって本件写真2の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。

 4 肖像権侵害4

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成21年11月10日付〈〈創価関連裁判〉報告と告知のお知らせ〉と題する記事
(http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2009-11.html?p=10#20091110)
において、原告が東村山市議の訴外矢野穂積と訴外朝木直子を攻撃する記事を書き続けてきたなどと批判的に紹介するとともに、原告が裁判所(さいたま地裁川越支部)に入る写真を掲載した(以下、「本件写真3」という=甲4)。

 (2) しかし原告が本件写真3の掲載について承諾した事実はなく、本件写真3の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。

 5 肖像権侵害5

 (1) 被告らは、被告瀬戸が運営するインターネット上のブログに掲載した平成20年11月8日付〈【番外編】朝木事件ウオッチャー・ブログの正体(8)〉と題する記事 (http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52083897.html)
において、原告について「創価学会の御用ライター」などと誹謗中傷するとともに原告の顔写真を掲載した(以下、「本件写真4」という=甲7)。

 (2) しかし原告が「創価学会御用ライター」などといわれるような事実に基づかない記事、あるいはことさら創価学会を擁護するような偏向記事を書いている事実はなく、また本件写真4の掲載について原告が承諾した事実もない。

 (3) よって本件写真4の掲載は原告の肖像権を侵害するものである。



 上記「不法行為」の2、3、5の写真はいずれも、私が東村山駅前街宣の際に「行動する保守」Aに取材したときのものである。


 訴状ではこのほか背景事情として、①「行動する保守」Aが東村山市議の矢野穂積と朝木直子による「朝木明代は何者か(創価学会)によって殺された」とするデマ宣伝を鵜呑みにするとともに、「内部告発」などという伝聞の伝聞を何があったのか「証拠」と思い込み、あたかも「他殺の新証拠」であるかのように主張して大衆を煽動したこと②平成20年9月1日、「行動する保守」Aらが主催した東村山駅前街宣に集まった支援者らが万引き被害者の店を襲撃したこと――などを説明した。

(つづく)

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「行動する保守」肖像権侵害事件 第2回
混乱を感じさせた答弁書

 第1回口頭弁論が開かれたのは平成23年7月27日である。「行動する保守」Aは前日の7月26日に答弁書を提出。口頭弁論期日は擬制陳述として、当事者も代理人も出廷しなかった。

 答弁書の内容は請求の棄却を求めるというものだが、私の写真を無断で掲載したこと自体は認めており、すでに削除したとしていた。ここまでは理解できたが、答弁書には2点だけ不可解な点があった。1点目は答弁書の最後で次のように主張していた点である。



 被告らは、原告の写真を掲載したのみであって、原告を誹謗中傷などしていない。したがって、原告が誹謗中傷によって、精神的苦痛を受けておらず、損害は生じていない。



 私は肖像権侵害に基づく損害賠償を主張しているだけで、誹謗中傷については不法行為であるとまでは主張していない。したがって、「行動する保守」Aがなぜ「誹謗中傷によって精神的苦痛を受けていないから損害は発生していない」と主張するのか不可解だった。

 もう1点は、「行動する保守」Aが「第2 請求の原因に対する認否」の「3 請求原因第2について」において〈認める。〉として、訴状の「請求の原因 第2」の主張部分をすべて認めてしまっている点である。ここで「行動する保守」Aがいう「第2 請求の原因」とはに本連載第1回で引用した(訴状の「第2 不法行為」)にほかならない。

 訴状の「第2 不法行為」には肖像権侵害による不法行為だけでなく誹謗中傷についても主張している。訴状の「第2 不法行為」を丸々認めるということは、肖像権侵害による不法行為はいうまでもなく、誹謗中傷の事実についても私の主張を認めたということになる。すると、最後の部分にある「誹謗中傷によって精神的苦痛を受けていないから損害は発生していない」とする主張とも矛盾するということにならないだろうか。

 いずれにしても答弁書の限りでは、「行動する保守」Aの主張には若干の混乱があるように感じられた。また肖像権侵害とされた写真をすべて削除している点も「誹謗中傷によって精神的苦痛を受けていないから損害は発生していない」とする主張とは矛盾するような気がしてならない。

 なおこの日、裁判官は訴状と答弁書の陳述を認めたあと、私に対し「写真削除」の請求については取り下げるよう求めた。もちろん私はその場で取り下げに同意した。また裁判官は、「行動する保守」Aに対しさらに詳しい主張を提出してもらうので、「反論はまだしなくていいですよ。今回は、原告には宿題はありません」と述べた。

結審を求めた代理人 

「行動する保守」Aは第2回口頭弁論(同年9月7日)で「第1準備書面」を提出している。この書面については「行動する保守」Aがブログに掲載している。

 さて第2回口頭弁論には若手代理人が出廷し、答弁書と第1準備書面で主張は尽くしたとし、裁判官から聞かれてもいないのに自ら進んで「結審を求めます」と述べた。2回目の口頭弁論でもう結審とはいささか気が早いのではあるまいか。

 私は訴状で主張したのみで、「行動する保守」Aの主張に対する反論をいっさいしていない。訴状に対する反論をしただけで結審というのはアンフェアに思える。訴状は不法行為に関する基本的な主張をしているだけで、詳細な法律的主張や背景事情等はその後の口頭弁論で深めていくのが普通である。

「行動する保守」Aの代理人はなぜ結審を急ぐのだろうか。この申し立てに対して裁判官はこう述べた。

「では、原告は次回までに被告準備書面に対する反論と、どんな損害があったか、陳述書を提出してください。それで次回結審ということにしようと思います」

 こうして第2回口頭弁論はわずか数分で終了した。なお「行動する保守」Aは、重鎮としてのプライドだろうか、ブログで「和解はしない」と述べていた。「あいつと妥協などするもんか」という意味だろうか。私の方は裁判官から和解の斡旋があれば、話し合いに応じる用意もないではなかった。しかしこの日までの段階で、裁判官から和解の話はおろか、和解を勧告する可能性をうかがわせる発言さえいっさいなかった。

 かつて「行動する保守」一行の一翼を担い、「行動する保守」Aも若手のホープと持ち上げていた浦安の行政書士を提訴した際、あるいは西村修平を提訴した際には、さいたま地裁川越支部の傍聴席は彼らの支持者で埋まったものだった。「行動する保守」Aもその中の1人だった。

 ところがそれから3年がたち、傍聴席には行政書士も西村も、1人の支持者もいない。「行動する保守」Aもその弟子も出廷しないことを知っていたのか。「行動する保守」Aを軽視しているわけではあるまいが、公安の姿もなかった。

書証を確認したかった代理人

 私は平成23年10月7日、「行動する保守」Aが提出した答弁書と第1準備書面に対する反論(準備書面)と陳述書等を裁判所と「行動する保守」Aの代理人にファックスで送った。書証として提出予定の「行動する保守」Aの陳述書だけは第3回口頭弁論(平成23年10月12日)当日に提出する予定だった。

 ところが第3回口頭弁論の前日、裁判所から連絡が入った。「行動する保守」A側は代理人も出廷しない可能性があるから、送信しなかった書証(「行動する保守」Aの陳述書)もファックスで送ってほしいというのである。

「行動する保守」Aの代理人がもう主張することがないという事情は、前回口頭弁論で結審を求めたことからも察することができた。しかし、いかに主張することがないといっても、結審の日に本人だけでなく代理人も出頭しないという例は聞いたことがなかった。

 何かあったのだろうか。事情はよくわからないものの、提出したい書証が受領されない事態になっては困るので、私はすぐに裁判所と代理人宛にファックスで送った。

 ところが当日、法廷に入ってみると、「行動する保守」Aの代理人は先に法廷に入っていて、傍聴席で開廷を待っていた。来れるようになったということなのか。

 しかし冷静に考えると、「行動する保守」Aの代理人からすれば、仮に私が提出しようとする「行動する保守」Aの陳述書が結審当日に手渡されたのでは真贋が確認できないし、仮に捏造だった場合には反論も手遅れになりかねない。だから、「行動する保守」Aの陳述書が本物かどうか事前に確認しておきたかったということではないかと私はみている。

 私としては、私の手元にあるのはファックスだったので、ファックスのファックスでは不鮮明だから、よりクリアなものを手渡そうと考えただけで他意はない。

 なお、私が「行動する保守」Aの陳述書を書証として利用したのは、「行動する保守」Aが「ブログの閲覧者は日に1万人は下らない」と自白してくれている箇所があったからである。その影響力(被害)の大きさを立証しようとしたのだが、代理人が確認する必要があると考えたとすれば、提出した意味も少しはあったのかもしれない。

(つづく)

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「行動する保守」肖像権侵害事件 第3回
「行動する保守」Aに対する反論

 第3回口頭弁論は、裁判長が私の提出した準備書面と陳述書、書証を確認すると、予定どおり結審となった。私は「行動する保守」Aの主張に対し次のように反論した(準備書面の一部)。



第1 被告ら主張に対する反論

 1 被告らは答弁書及び第1準備書面において、「原告を誹謗中傷するような事実はないから肖像権侵害による精神的損害は発生していない」などと主張している。しかしこの主張は、肖像権侵害と名誉毀損等を混同した乱暴な主張であるといわざるを得ない。

 2 「肖像権」とは「自分の肖像を他人に使わせない人格的権利のこと」とされている。したがって、肖像権侵害の要件には誹謗中傷は含まれておらず、他人の肖像を無断で使用した時点で肖像権侵害は成立するのであり、誹謗中傷はしていないから損害は発生していないとする被告らの主張は失当である。また原告は名誉毀損による損害賠償を請求しているわけではない。

 3 被告らは、本件写真や動画は提訴された直後に削除しており、「肖像権侵害があったとしても、その期間は数カ月にも満たない」(第1準備書面3ページ15行目~16行目)などと主張するが、肖像権侵害は他人の肖像を無断で使用した時点で発生するのであり、提訴の時期とも関係がない。よってこの点に関する被告らの主張は失当である。

 4 また被告らは、「肖像権侵害の期間が短いこと、本件写真等の掲載が被告らの政治的、思想的活動の一環であること、原告がフリーのライターとして活動するものであることからすると、原告が被った精神的苦痛は、社会通念上受忍限度を超えるものではなく、損害は発生していない」(第1準備書面3ページ23行目~4ページ2行目)などと主張するが、そもそも肖像権侵害は個人の肖像権を侵害しても優先すべき社会的利益があるかどうかによって可否が論じられるべきものであって、名誉毀損による精神的苦痛やいわゆる社会通念上の受忍限度の問題とは関係がない。

 5 原告は私人であり、本件で原告が問題としている記事において原告の肖像権を侵害しても優先されるべき社会的利益があるとはとうてい考えられない。よって、この点に関する被告らの主張も失当といわざるを得ない。



 私は準備書面でこのほか、本件肖像権侵害の悪質性を主張した。



第2 本件肖像権侵害の態様(悪質性)

 1 原告に対する誹謗中傷

(1) 被告らは本件動画に付けられた「創価学会を擁護している」との原告に対するクレジットは「偏向記事を書いている」と評価することはできず、原告を誹謗中傷するものではない(第1準備書面1ページ「第2」冒頭)などと主張している。

    しかしこのクレジットは原告の記事内容を公平に紹介した上で付けられたものではなく、また本件動画は「朝木明代市議の転落死に創価学会が関与した」と主張する街宣を記録したものであり、閲覧者が原告に対する「創価学会を擁護するライター」とのクレジットをみたとき、原告が「事実を曲げて創価学会を擁護するライターである」と誤認する恐れは十分にある。

    現実社会は被告らが主張するような辞書的解釈だけで片づけられるわけではない。むしろこのクレジットを見た被告瀬戸の支持者のほとんどが、辞書的理解を超えて、原告について「創価学会を擁護する目的で記事を書く中立性のないライター」であると誤認した可能性はきわめて高い。

(2) 甲2では原告について、

   〈創価学会と関係のあるライター〉

   〈創価学会とつるむライター〉(いずれも2ページ目)

    とレッテルを貼り、創価学会については〈カルト創価学会〉と記載している。したがって、甲2の上記記載を総合すると、原告は〈カルト教団である創価学会とつるんでいるライター〉であるということになる。〈つるんでいる〉とは一般読者から公平な立場にないと受け取られても仕方のない表現であり、しかもその〈つるんでいる〉相手が〈カルト創価学会〉ということになれば、原告を誹謗中傷しているといわざるを得ない。

(3) また甲3においては〈創価学会御用ライター・宇留嶋瑞郎さん〉との記載がある。上記記載について被告らは、〈創価学会の御用聞き(都合のいい)記事を書くことが、社会的に影響(消極的作用)することを前提としなければならない。しかし、そのような前提がないことは明らかである。〉とし、上記記載は誹謗中傷には当たらないなどと主張している。

    しかしライターにとって、「中立性を欠いたライター」であるかのように宣伝されることはきわめて重大である。原告を批判するなら記事を具体的に批判すればよく、記事に対する具体的な批判もしないまま〈創価学会御用ライター〉とレッテル貼りするというやり方自体が、原告の社会的評価を低下させることを目的としたものといわざるを得ない。

(4) 本件肖像権侵害は上記のとおりの記事とともに行われたものである。

2 被告らの活動及び宣伝手法

(1)略

(2) ……被告瀬戸自身が別件裁判に提出した陳述書によれば、被告瀬戸のブログの閲覧者は毎日1万人を下らないとのことである(甲8、1ページ2行目)。

(3) 本件肖像権侵害のきっかけとなった東村山駅前街宣には50名近い支持者が集まった。「朝木明代転落死事件」はそれほど支持者の関心を集めた事案であり、被告瀬戸のブログは少なくとも通常の数倍の閲覧者があったものと考えられる。被告らは数万の閲覧者があることを承知の上で原告の写真を掲載したものである。

(4) しかも原告を「創価学会御用ライター」などと誹謗した上で、掲載の必然性がないにもかかわらず繰り返し原告の写真を掲載した。その目的は支持者をはじめとする閲覧者に対して原告をさらし者にすること以外には考えられない。すなわち本件肖像権侵害の本質は、言論・表現活動に名を借りた一種の私刑(リンチ)にほかならず、きわめて卑劣かつ悪質なものといわざるを得ない。



 なお、裁判官からは最後まで和解の話はいっさい出なかった。裁判上はあまり意味のない、「行動する保守」Aの「和解はしない」という毅然たる意思表示はどうも空回りしてしまったようである。

(「判決後」につづく)

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