ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

朝木明代転落死・鍵隠蔽事件 第26回
趣旨不明確な詭弁

 第6回口頭弁論(平成23年5月14日)で矢野が提出した「仮定抗弁」において、矢野が「千葉が朝木明代殺人事件の証拠を隠匿した」とする事実について直接的な真実性・相当性の主張・立証を行ったかといえば、そのような記載はどこにもなかった。

 裁判官の指示に従って矢野はその後、6月27日に開かれた第7回口頭弁論までに前回陳述扱いとならなかった第4準備書面の修正版(重複箇所を削除したもので、内容的に変更はない)および5月31日付第5準備書面を提出している。矢野は第5準備書面でも再度「仮定抗弁」を主張していたが、その内容は第4準備書面に記載された内容とほとんど変わりはなかった。矢野は第5準備書面の冒頭で次のように述べている。

〈以下のとおり、被告らが、本件記事又はその一部である本件文言において、仮に原告千葉は訴外明代が第三者に殺害されたことの証拠となる明代の鍵束を発見したのに、その事実を隠匿したとの事実を摘示したとしても、前記摘示事実の重要な部分は「原告開示事実」と一体をなすものであって……〉

 つまり、第5準備書面でも矢野は「摘示事実の重要な部分は『原告開示事実』と一体をなす」などという不明確きわまる詭弁を繰り返していた。「明代の鍵束が現場の捜索後におしぼりの間から発見された」という事実は「明代が殺害されたこと」を裏付ける証拠ではないし、その事実を千葉が最近まで「公表しなかったこと」が「明代殺害事件の証拠を隠匿した」ことになるという論理は成立しない。

 また矢野は「訴外明代が何者かに殺害された可能性がある事実」などとして、いずれもこれまでの裁判で排斥された事実を並べたものの、「千葉が朝木明代殺害事件の証拠を隠匿した」とする事実について直接的な真実性・相当性の主張をしたものとは思えなかった。その内容は第4準備書面とほとんど同一である。

執刀医から説明を受けた朝木

 これに対して千葉は、矢野が「訴外明代が何者かに殺害された可能性がある事実」として主張する根拠に対して第7、第8準備書面で反論している。



(矢野の主張1)

 訴外朝木明代の司法解剖鑑定書には、遺体の上腕内側部に皮下出血を伴う皮膚変色痕が複数存在すると記載されている事実から法医学の専門家が同人は何者かに殺害された可能性があることを指摘していること

(千葉の反論1)

 平成7年9月2日に行われた司法解剖の担当医師は、解剖に立ち会った警察官に他殺と認定しなかった解剖所見を伝え、警察官は平成7年9月4日付の解剖立会報告書を作成し、警察署長を経由して不起訴処分決定(平成9年4月14日)前の平成7年12月22日に担当の検察官に送致したという通常の手続きをした。

 送致を受けた検察官は「自殺の可能性が強く、他殺の確証は得られなかった」として被疑者不詳の殺人被疑事件については通常の処分である不起訴処分としたのであって、本件鑑定書が不起訴処分決定後に作成されたことを根拠に捜査は尽くされていないとする被告らの主張は失当である。



 矢野がここでいう「法医学の専門家」とは山形大学名誉教授の鈴木庸夫である。しかし鈴木教授の主張は千葉が西村修平を提訴した裁判において東京地裁は〈本件上腕部内側の皮下変色部が亡明代と他人が争った際に生じたことが最も考えやすいとする本件鑑定補充書の記載は採用することができない。〉などと認定して西村(すなわち矢野)の主張を否定している。またその他の裁判でも、鈴木教授の説が認容された例はない。つまりもはや鈴木教授の主張は、矢野と朝木にとっても、「明代は殺害された」とする相当性の根拠とはならないのではあるまいか。

 続けて千葉は、司法解剖を行った医師が他殺の可能性をうかがわせるような見方をいっさい示していないことを朝木直子が知っていた可能性があることについて、次のように述べている。



(千葉の反論2) 

 被告直子は司法解剖終了直後に解剖執刀医に面談し「他殺を疑う所見はなかった」との説明を受けている。被告らの政治ビラ「東村山市民新聞」では、解剖執刀医から説明を受けた事実を認める記事を掲載している。解剖執刀医が、被告直子に、解剖立会い警察官に説明した内容と異なる説明をする道理はない。よって、被告直子は、本件鑑定書が公表される以前に、解剖失当医師が他殺と認定しなかった事実を知りながら、本件鑑定書が遅れて公表されたことをもって他殺と主張しているのである。



 ここで千葉が指摘しているのは平成7年9月27日付「東村山市民新聞」の記事である。矢野は次のように記載している。



(平成7年9月27日付「東村山市民新聞」の記載)

 ……遺族が執刀した医師に直接会って確認したところ、「手すりからぶら下がって落ちた」などと朝木議員があたかも自殺したかのような警察の千葉副署長の説明は、全く根拠のないことがわかった。



 確かに司法解剖鑑定書には、死因として「多発外傷に基づく出血性ショックを主体とする外傷性ショック」、「凶器の種類、その用法」として「(明代の遺体に認められる)創傷は何れも鈍体による打撲、圧迫、擦過等により形成されたものと思われる。」としか記載されていない。現場検証をしたわけでもない解剖医が転落の状況までわかるはずがないし、自分がわからないことを遺族にしゃべることは通常はあり得ない。

「東村山市民新聞」の記載はこのあと、明代が「横倒しで落とされた」などとあたかも何者かによって落とされたかのような記載が続くが、もちろん司法解剖鑑定書にそのような記載はない。すなわち「東村山市民新聞」の記載は、「医師に直接会って確認した」とする箇所以外はすべて医師から聞いた内容とは関係がないということになる。

 事実を検証する上で重要なのは、矢野が「遺族が執刀した医師に直接会って確認した」と書いていることである。千葉が準備書面で主張するように、司法解剖を行った医師が警察と遺族に異なる見解を示すことはあり得ない。朝木が解剖医に直接会ったのなら、やはり他殺を疑うような見解は示されなかったとみるのが常識的で、「朝木は司法解剖執刀医から警察が聞いたのと同じ説明を受けた」とする千葉の主張には合理性があるというべきではあるまいか。

裁判官が和解を勧告

 なお、6月27日に開かれた第7回口頭弁論で裁判官は双方に対して和解を勧告した。この裁判では裁判官が2回交代している。2人目の裁判官は矢野に対して「千葉は朝木明代殺害事件の証拠を隠蔽した」とする記載は事実摘示であるとする見解を示していた。矢野が違法性を阻却されるには真実性・相当性の立証が必要だが、矢野がこれまでに真実性・相当性の主張・立証をしたとは思えない。

 その段階で和解を勧告したということは、少なくとも3人目の裁判官の認識は2人目の裁判官とは別のところにあるということのようだった。弁論準備手続きを終えてエレベーターを降りてきた矢野と朝木の表情には笑みが漏れているように見えた。

 裁判官は最終的にどんな和解内容を想定しているのか。またそれによって折り合いがつく可能性があるのかどうか。次回の和解協議は7月26日に行われることになった。

(つづく)

TOP
第2次「行動する保守」事件 第8回
 平成24年7月12日、第3回口頭弁論が開かれた。私は所用があって傍聴できなかったため、以下に記載する法廷内の様子はいずれも法廷内にいた人物への取材に基づくものである。

 第1次裁判ではほとんど出廷しなかった「行動する保守」Aはこの日も自ら出廷した。「行動する保守」Aはやはり代理人は依頼しないようだった。「行動する保守」Aの弟子と支持者1名、ほかに公安らしき人物3名などが傍聴に来ていた。

書面とは異なる主張

 口頭弁論で裁判官は、前回千葉が提出した「訴え変更申立」(訴因の追加)および第3準備書面、「行動する保守」Aが提出した第2準備書面を陳述扱いとした。その上で裁判官は、「行動する保守」Aが千葉について「大嘘つき」などと記載したことを千葉が侮辱と主張している点について、千葉の書面では事情がよくわからないとして、双方に対して口頭による事実確認を行った。

「行動する保守」Aが千葉について「大嘘つき」などといったのは、千葉が別訴の法廷で「『行動する保守』Aが洋品店襲撃に参加したと嘘の発言をした」と認識したことに基づくものである。事実関係はどうだったのか。裁判官が確認しようとしたのは、別訴の法廷で千葉が実際に、具体的にどういったのかということである。裁判官の質問に千葉はこう答えた。

千葉  (具体的発言は)「ここにいる皆が知っている」です。

 裁判官は「行動する保守」Aに対しても、千葉の発言がどういうものだったかを聞いた。すると「行動する保守」Aはこう答えた。

  (具体的発言は)「ここにいた皆が知っている」です。

「行動する保守」Aが千葉の発言として答えたのはこれだけである。これまで「行動する保守」Aは同じ千葉の発言としてさまざまに主張していた。



(書面における「行動する保守」Aの主張)

(「答弁書」の記載)


「あなたたちも(平成20年9月1日に)洋品店へ行って妨害しただろ」

(「第1準備書面」の記載)

「あなたたちも(平成20年9月1日に)洋品店へ行って妨害しただろ」
「それはここにいる皆が知っている」



 この日「行動する保守」Aが述べたのは上記書面に記載した「発言」とは異なるものであることは歴然である。千葉の主張が「ここにいる皆が知っている」で一貫しているのに対して、「行動する保守」Aの主張はなぜこれほど変遷するのだろうか。ちなみに「行動する保守」Aは、最初に別訴における千葉の発言を取り上げた記事(平成21年7月13日付)の中で、まさに千葉は「ここにいた皆が知っている」といったと記載している。この日の法廷で、「行動する保守」Aの主張は最初のものに戻ったことになろうか。

「行動する保守」の主張の変遷については別の見方もあろう。この日提出された「行動する保守」Aの第2準備書面を含め、これまで「行動する保守」Aが提出した書面はすべて浦安の行政書士が提出した書面に共通した特徴があった。これらの事情を総合すると、この日の回答とこれまで提出した書面の内容が異なる理由は、たんに「行動する保守」Aが自分で書いたものではないというところにあるのではないかという推測も成り立とう。

 あえて非難するものではないが、和解調書送付の経緯など、本人であれば間違えるはずのない間違いを犯していることも、少なくとも「行動する保守」Aの書面は本人が作成しているものではないとすれば辻褄が合うのではあるまいか。

 裁判官の質問に対する答弁によって「行動する保守」Aは、千葉が別訴の法廷で行ったとする発言はこれまで「行動する保守」Aが書面で主張してきたようなものではなかったことを認めた。答弁書と第1準備書面における主張を自ら否定したということになる。主張の変遷というだけで信用性が疑われるのはやむを得ない。

 その上で、あらためて千葉の発言についてこの日の双方の主張のどちらに合理性があるかを検討すれば、「行動する保守」Aのいう「ここにいた皆が知っている」では日本語の用法からしても不自然なのは明らかである。「行動する保守」Aは「ここにいる」を「ここにいた」と聞き違え、(恥ずべき行為である)洋品店襲撃に加担したといわれたものと思い込んだということではあるまいか。

裁判官の質問の意義

 別訴における千葉の発言をめぐって裁判官が双方に対して行った質問には2つの大きな意義があったと思う。1つは、「行動する保守」Aが書面における主張を事実上撤回したこと。もう1つは、原告被告どちらの主張が信用するに値するかについて裁判官はおおよその心証を得たのではないかということ――である。

 千葉の発言がどういう意味だったかが明らかになれば、「大嘘つき」という文言に相当の理由があったのか、思い込みによる的外れなものだったのかどうかも自ずと明らかになろう。裁判官はおおむね質問の目的を達したのではあるまいか。

 裁判官は千葉が提出した第3準備書面のうち、「大嘘つき」に関する部分(いきさつ)がわかりにくいとして修正を命じたが、そのこと自体をあげつらうのは浅慮というべきだろう。裁判官が「大嘘つき」に関する部分の修正を命じたということはその部分を重視していると理解すべきで、この日に裁判官が行った質問と密接な関係があるとみるべきだろう。判断に影響しない部分について修正を命じることは考えにくいと私には思われた。

 なお、第3回口頭弁論は9月14日午後2時からと指定された。

(つづく)

TOP
第2次「行動する保守」事件 第9回
4件の訴因を追加

 千葉は当初の2本の記事以外に、下記の4本の記事においても肖像権侵害があったとして、訴因を追加した(不法行為3~6)。それに伴って、請求額も100万円から200万円に増額している。追加した4本の記事は以下のとおりである。



(千葉が追加した4件の訴因と千葉の主張)

1 
平成22年8月28日付〈街頭宣伝活動のお知らせ〉
  肖像権侵害(不法行為3)

「事件に執着するこの有り様はとても尋常ではありません」との原告を誹謗する記事と一体的に、……掲載し、……掲載の態様とその目的からして、……原告の人格的利益を侵害するものである。

 平成21年7月13日付〈黒田大輔『日本を護る市民の会』代表の裁判支援行動(6)〉
  肖像権侵害(不法行為4)

 被告は、別件訴訟1の第1回口頭弁論前に本件写真1(注=当該写真)を削除したので、原告が、請求の一部(本件写真1の削除請求)を取り下げた。そして、被告が原告に謝罪したことから別件訴訟1は、平成23年4月20日和解した。

 被告は、削除した原告の本件写真1を平成24年5月31日現在の……本件ウェブサイトに、再度、法廷で嘘を言ったとする原告を批判する記事と一体的に、掲載していた。よって、掲載の態様とその目的からして、……原告の人格的利益を侵害するものである。 

 平成21年6月7日付〈東村山市庁舎で千葉英司氏が大声で吠える〉
  肖像権侵害(不法行為5)

(平成21年6月、東村山市庁舎の玄関で)東村山市議会議員の朝木直子が、至近距離からカメラを向けたので、「撮るな」と注意し、……議場で朝木直子は議長から不適切な行為であるとして注意を受けたことを取り上げ、……原告を批判する記事を掲載した。その記事と一体的に、無断で撮影した原告の本件写真1を無断で掲載し、……原告の人格的利益を侵害するものである。

 平成20年11月11日付〈「語る保守」から「行動する保守」運動へ〉
  肖像権侵害(不法行為6)

 被告は……別件訴訟(千葉が西村修平を提訴した裁判)を取り上げ、訴えた人物は、疑惑の捜査を指揮した渦中の人である千葉英司元副署長ですとの原告を批判する記事と一体的に、……槇泰智が洋品店に不法侵入を企て、それを阻止した際の原告の写真を無断で撮影・掲載し、原告の人格的利益を侵害するものである。



 1~3については当初の訴因と同じ写真で、4は洋品店襲撃事件で右翼Mが明代の写真が掲示されたプラカードを脇に抱えて洋品店に侵入しようとするのを千葉が阻止しようとしている写真である。このうち上記2の肖像権侵害については、提訴されて削除したにもかかわらず、請求が取り下げになるや再び掲載したもので、きわめて悪質かつ卑劣である。

訴えの追加に対して異議を申し立て

 千葉の訴因追加に対して「行動する保守」Aは平成24年7月8日付第2準備書面で「認められない」として異議を申し立てている。各訴因に対するそれぞれの理由をみよう。



不法行為3=上記)

 不法行為3の主張は、「別件訴訟1」(筆者注=「行動する保守」Aとの第1次裁判)の和解成立前に被告瀬戸がブログ上で掲載した写真に関するものであり、和解成立によって蒸し返すことができない事実に関する二重提訴であって認められない。また、原告千葉は、甲6の2(筆者注=不法行為3)での本件写真1の掲載時期が和解成立後である旨を立証していない。



「行動する保守」Aは、第1次裁判の和解条項(「原告及び被告らは、原告と被告らとの間には、この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務がないことを相互に確認する」)を根拠に、「不法行為3は和解成立前に掲載されたものだから、二重提訴になる」と主張しているものと理解できる。

 ところで、インターネット上の名誉毀損にあっては、最初に掲載した時期が時効にかかっていても、現時点で掲載されていれば時効とはならないという判例がある。つまり時効で問題となるのは、最初に掲載した時期ではなく、最後にインターネット上に残っていた時期だということである。

 不法行為3の写真については少なくとも千葉が訴因追加を申し立てた時点では掲載されていた。したがって、和解成立後だから二重提訴であるとする「行動する保守」Aの主張については、そもそも不法行為3は第1次裁判とは無関係で、訴因追加の時点でインターネット上に残っていたという2つの事情が判断の分かれ目となるのではあるまいか。

「仕返し」だったことを自白

 さて、不法行為3の写真は第1次裁判では削除請求の対象とはなっていなかったものの、「行動する保守」Aの方で自発的に削除したものという。ところが「行動する保守」Aはその後、いったん削除した写真を再び掲載した。裁判とは関係ないが、その理由が「行動する保守」Aの行動基準と器のほどを推し量る意味できわめて興味深いので紹介しておこう。「行動する保守」Aは第2準備書面で次のように記載している。



 原告千葉と実質的に一心同体である訴外宇留嶋が、別件訴訟1の第1回口頭弁論前に本件1が削除されたことを逆手に取り、別件訴訟1に関する一方的な印象操作及び被告(「行動する保守」A並びに関係者への誹謗中傷といった先行行為を開始した。

 そこで、被告(「行動する保守」A)は、原告千葉及び訴外宇留嶋の一方的な印象操作に対抗するため、審理の対象外であった同ブログ記事上の本件写真1については削除を止め、別件訴訟1の係属中に原状へ復したのである。



 ここには宇留嶋のどの記事のことをいっているのか、どの点が「一方的な印象操作」で「誹謗中傷」なのかについて具体的な指摘はいっさいない。いずれにしても宇留嶋の記事が原因で、それに対抗するため本件写真1を再度掲載したということらしい。宇留嶋の記事が「一方的な印象操作」で「誹謗中傷」というならまずその点を問題にすべきと思うが、それらしい具体的な動きはない。本件写真1を再度掲載することで憂さを晴らしたということなのだろうか。

 なお、第2回口頭弁論後に平成22年8月28日付記事に掲載された本件写真1を探したところ発見することができなかった。どういう事情なのか、宇留嶋の「一方的な印象操作」及び「誹謗中傷」記事のあと原状に復したこの写真は再び削除されたのかもしれない。

(つづく)

TOP
第2次「行動する保守」事件 第10回
著しく論理性を欠いた主張

 では、第1次裁判で削除請求され、自発的に削除したにもかかわらず和解成立後に再び掲示した不法行為4(本連載第9回)について「行動する保守」Aはどんな主張をしているのか。



(不法行為4に対する「行動する保守」Aの主張)

 別件訴訟1(筆者注=第1次裁判)の口頭弁論前に、(「行動する保守」A)が、平成21年7月13日付ブログに掲載した本件写真1を削除した事実は認める。但し、平成23年4月20日成立の和解において、(「行動する保守」A)は原告千葉に遺憾の意を表したに過ぎず、謝罪はしていない。

 なお、(「行動する保守」A)の代理人弁護士中島敬行が、(「行動する保守」A)の依頼に反して和解を強行したのだが、後に、代理人中島から和解が成立したとの報告を受けたので、(「行動する保守」A)は、和解についてやむなく従ったに過ぎない。また、代理人中島は、(「行動する保守」A)が別件裁判1の弁論用に交付していた重要な証拠を提出していなかったことも判明した。



「行動する保守」Aは「遺憾の意は表したが謝罪はしていない」から写真を原状に復したといっているのか、代理人が「行動する保守」Aの意に反して「和解を強行した」から写真を原状に復したといっているか、はたまた代理人が「重要な証拠を提出していなかったことも判明した」から写真を原状に復したといっているのか、よくわからない。

「遺憾の意は表したが謝罪はしていない」と主張するのはまだよいとしても、そもそも本件写真1が削除されたという事実が和解の前提となっているのであって、「謝罪」したかどうかは削除義務とは無関係である。「行動する保守」Aはそのことが理解できないのだろうか。

 また代理人が「行動する保守」Aの意に反して「和解を強行した」としても、「行動する保守」Aは「和解についてやむなく従った」と記載している。やむなくだろうと喜んでだろうと、社会のルール維持において重要なのは「従った」事実である。「行動する保守」Aほどの経験を積んだ人物がなぜこんな未熟な主張をするのか、理解しがたい。

 不法行為4に対するここまでの「行動する保守」Aの主張をみても、和解前に削除し、それが和解の前提だったにもかかわらず、和解成立後に再び掲載した理由は明確ではない。しかしこれまでの主張を総合すると、「行動する保守」Aは不法行為4の写真を再度掲載したことは不当ではないと主張しているようである。

 その上で「行動する保守」Aは、不法行為4に関する千葉の主張は〈……別件訴訟1の和解成立前に「行動する保守」Aがブログ上で掲載した写真に関するものであり、和解成立によって蒸し返すことができない事実に関する二重提訴であって認められない。〉と主張している。ただ、和解したからといってその後に発生した不法行為について提訴できないという規定はない。

 第1次裁判で提訴されたあと不法行為4の写真をいったん削除した事実は「行動する保守」A自身が認めており、1本の記事として重要な変更がなされていることは事実である。さらに再び写真が掲載されたとなれば、記事は別のものになったとみなされる可能性もないとはいえまい。そのあたりの裁判所の判断も注目されるのではあるまいか。

別の写真にもややこしい履歴

 平成21年6月7日付ブログに掲載された写真をめぐる不法行為5と平成20年11月11日付ブログに掲載された写真をめぐる不法行為6についての「行動する保守」Aの主張は同じである。「行動する保守」Aは次のように主張している。



「本件写真1」の撮影に(「行動する保守」A)は関わっていない。不法行為5の主張は、「別件訴訟1」の和解成立前に(「行動する保守」A)がブログ上で掲載した写真に関するものであり、和解成立によって蒸し返すことができない事実に関する二重提訴であって認められない。(筆者注=不法行為6については「本件写真1」を「本件写真2」に、「不法行為5」を「不法行為6」と入れ換えていただきたい)



 写真を掲載したブログを管理者が「行動する保守」Aで、「行動する保守」Aの責任で掲載した以上、その責任の所在と「行動する保守」Aが写真の撮影に関わっていたかどうかは無関係である。また不法行為5および不法行為6の写真が最初に掲載されたのが和解成立前だったとしても、和解成立後の時点で不法行為が行われていた場合には、最初の掲載日時に関係なく不法行為が成立するというのが判例で、二重提訴であるとする「行動する保守」Aの主張が認容されるのは難しいのではないかと私はみている。

 さらに私はまったく知らなかったが、不法行為5と不法行為6の写真にもまたややこしい履歴があった。この写真もまた第1次訴訟の第1回口頭弁論前に「行動する保守」Aが自発的に削除していたが、不法行為3の場合と同じ理由(「千葉と実質的に一心同体である訴外宇留嶋が一方的な印象操作及び「行動する保守」Aらに対する誹謗中傷といった先行行為を行ったため」=本連載第9回参照)によって再び掲載されたのだという。

 千葉から提訴された「行動する保守」Aがまたもや千葉のあずかり知らぬところで疑心暗鬼を生じ、さまざまに策を講じていたことがうかがえる。その程度のものなら、削除したままにしておけばよかったのではないかと思うが、それができないのが「行動する保守」Aの器だろうか。 

 なお第2回口頭弁論後、不法行為4、5の写真もブログから消えているようである。いうまでもなく、点いたり消えたりしているこれらの写真の履歴からすれば、この状態が続くとみるのは楽観的過ぎよう。

 余談だが、「行動する保守」Aが平成24年7月8日付で提出した第2準備書面にも手書きの文字があった。それもまた、私が浦安の行政書士を提訴した際に見た筆跡に酷似していた。

(つづく)

TOP
第2次「行動する保守」事件 第11回
 平成24年7月24日、私がインターネット上のブログで肖像権を侵害されたとして「行動する保守」Aを提訴していた裁判の第2回口頭弁論がさいたま地裁川越支部で開かれた。この日は「行動する保守」Aが口頭弁論終了後に東村山駅前で街宣活動を行うと告知していたせいか、「行動する保守」Aの支援者は弟子と支援者が2名と前回よりも1名上回っていた。傍聴人はその他に4名と公安が3名ほど右翼らをマークしていた。

 この日の弁論に際して私が答弁書に対する反論(準備書面1)を提出、「行動する保守」Aも第1準備書面を提出し、それぞれ陳述扱いとなった。

「行動する保守」Aが存在しない事実を主張

 私が主張する肖像権侵害について「行動する保守」Aは答弁書で次のように主張していた。

〈宇留嶋は、……氏名を名乗らずに物陰からの盗撮及び参加者の無断撮影を行った。そのため、原告宇留嶋は、訴外黒田といった複数の参加者から、氏名を名乗らないのであれば取材は拒否するという抗議及び意思表示を直接受けたにも関わらず、盗撮及び無断撮影を繰り返した。そこで、(「行動する保守」A)は、執拗に付きまとっていた原告宇留嶋を一部の参加者から引き離すため、原告宇留嶋に「離れろ!」と言ったのである。〉

 それほど宇留嶋の取材態様は悪質だったから、「本件写真の掲載は、原告宇留嶋の受忍限度の範囲内にある」と「行動する保守」Aは主張していた。

 しかし平成20年9月1日、私は本件写真が撮られた際に「行動する保守」Aから「離れろ」といわれた事実はない。行政書士(=その時点ではそれが誰なのか知らなかった)ともう1人の参加者から写真を撮るなといわれた事実があったことは否定しないが、それも本件写真が撮られるよりもずっとあとの時間帯だった。したがって「行動する保守」Aの上記主張は、本件写真の掲載を正当化するために、私が行政書士らから撮影を拒否された事実を利用して作出した捏造話にすぎない。

 本件写真のシーンは、私が「朝木明代殺害犯を確保していたとする内部告発があった」と主張していた「行動する保守」Aに「内部告発者に直接会ったんですか」と質問した場面である。電話などでは、その内部告発者が本人なのかさえ確認できない。だから最低限、「内部告発者」に会ったかどうかを確認したかったのである。私の質問に「行動する保守」Aは「会った」と明言した。

 ところが3年後、「行動する保守」Aは自分自身の陳述書によってこのときの回答が虚偽だったことを自白している。「行動する保守」Aが自白したことについて、「行動する保守」Aは答弁書で、

〈警察の「内部告発」について、「伝聞の伝聞」であると(「行動する保守」A)が自白したことはなく〉

 と否認している。しかし「行動する保守」Aは自らの陳述書に次のように記載していた。



(「内部告発者」に関する「行動する保守」Aの記載)

(「行動する保守」Aが朝木事件とは縁もゆかりもない警察官と会ったとき)私が朝木さんの事件で、あれは殺されたのではないですか? と聞いたところ、警察官は次のように話をしました。「当時現場近くで怪しい3人が目撃をされており捜査が進むものと思ったが、上の方(検察)がやる気をみせないのでそのままになってしまった。後でその検事が創価学会員だと分かったので、上の方に圧力がかかったのかも知れないと当時聞いた。」との話を伺いました。



 このとき「行動する保守」Aが会ったのは「内部告発」をした警察官ではなく、「圧力がかかったのかもしれない」という程度の憶測を「聞いた」とする警察官にすぎない。その警察官が、その伝聞情報を誰から聞いたのかも明らかでない。「伝聞の伝聞」かそれ以下の、出所不明、確認不能の話であり、裁判所がまともに相手にしなかったのも当然である。

 この陳述書の内容は、「行動する保守」Aが最初の街宣で主張した「内部告発」なるものがまるで根拠のない与太話(「伝聞の伝聞」)だったことを自白しているというだけでなく、「内部告発者に会った」とする私に対する回答も口から出まかせだったことを自白するものでもあった。さすがの「行動する保守」Aも、伝聞とはいえ、「内部告発者」に直接会ったことにしないとまずいとは感じていたことをうかがわせた。

 本件写真が撮影された当日、「行動する保守」Aが私に対して「離れろ」といったどころかなんらのクレームもつけていないことは、「行動する保守」A自身が平成20年9月12日付ブログ等でも述べている。「行動する保守」Aはそのときの都合で簡単になかったこともあったと主張できる人物なのだろうか。私は「行動する保守」Aが「離れろ」といった事実はないことなどを主張する準備書面1と書証を提出した。

「行動する保守」Aが時効を主張

 私が準備書面1を提出したのは口頭弁論期日の1週間前である。しかし「行動する保守」Aが第2回口頭弁論で提出した第1準備書面には私の主張に対する反論は記載されておらず、今度は時効を主張していた。不法行為に基づく損害賠償請求権は3年で消滅するが、本件の提訴は3年を過ぎているから訴え自体が違法であるとする主張である。

 双方の準備書面を確認した裁判官は私に対して次回までに「時効」に関して反論するよう求めるとともに、「行動する保守」Aに対し、「離れろ」といったのはいつなのか、当日の出来事を時系列で説明するよう求めた。「行動する保守」Aとしては、行政書士が私にクレームをつけたあとで私に「離れろ」といった事実を立証することになるのだろう。現実に存在しない事実を「行動する保守」Aがどうやって立証するのか、興味深いところである。

 裁判官は次回口頭弁論を9月11日と指定し、双方に対して期日の1週間前までに準備書面を提出するよう命じて閉廷した。

(つづく)

TOP