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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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第2次「行動する保守」事件 第12回
「行動する保守」Aだけになった「真相究明」活動

 川越での裁判終了後、「行動する保守」Aが午後3時から東村山駅前で街宣を行うというので、私は千葉とともにそのまま東村山へ向かった。街宣内容はともかく、「行動する保守」Aや矢野穂積、朝木直子のデマ宣伝を妄信した支援者が朝木明代の万引き現場である洋品店に押しかける可能性があると考えたからである(街宣内容だけなら、「内部告発」が与太話であることが明らかになった今となってはわざわざ出向く必要もない)。参加者の誰かが万引き被害者に危害を加えるようなことだけは止めさせなければならなかった。

 定刻20分ほど前に駅前に着くと、すでに「行動する保守」Aとその弟子ら支援者が集まっていた。ほぼ同数の5、6名の公安とみられる人影が交番付近で待機していた。またわれわれ以外にも、万引き被害者を心配した市民が駆けつけていた。千葉は交番に立ち寄って警戒を要請すると、洋品店へ向かった。

 重鎮自ら呼びかけた効果か、私や千葉の予想の倍近くの支援者が集まった。しかし平成20年9月1日の街宣を共催した「在日特権を許さない市民の会」の桜井誠や「主権回復を目指す会」の西村修平、右翼Mの姿はもうない。彼らは少なくとも「行動する保守」Aが主張した「内部告発」がどれほど眉唾なものであるかに、さすがにもう気がついたのだろう。

 とりわけ右翼Mは110万円の支払いを命じられた裁判で「内部告発」に一縷の望みをかけたフシがうかがえるが、「行動する保守」Aは「調査を継続している」(右翼Mによる)などと甘い期待を抱かせただけでなんらの「調査」もしなかった。そもそも「行動する保守」Aの陳述書における記載(「本連載」第11回)を見れば、追跡調査などできるはずのない代物であることは歴然である。

 平成20年の街宣では「行動する保守」Aと並んでプラカードを示しながら千葉の責任を追及する演説を行った西村修平も、(本心はともかく)千葉の主張を全面的に受け入れ、ブログの記載を削除した。西村や右翼Mらとともに洋品店襲撃事件に加担した当時の西村の腹心は西村よりも先に千葉に謝罪するとともに、洋品店に押しかけた行為についても真摯に誤りだったことを認めている。一方重鎮の「行動する保守」Aは、「内部告発」について謝罪はもちろん撤回もせず、ただほとぼりが冷めるのを待つという卑劣な態度を取り続けている。

矢野も近寄らなかった「内部告発」

「内部告発」に信憑性が毛ほどでもあるとすれば、矢野と朝木が関心を示さないはずがない。それに警察官が「行動する保守」Aが聞いたとするような事実を把握していたとすれば、平成7年以後「真相究明活動」を行っている矢野と朝木に伝えられなかった方が不自然である。矢野には「内部告発」はなかったのか、平成20年8月7日、私は矢野に直接聞いた。

――「内部告発」があったそうですが。

矢野  何焦ってんの?

――先生のところには「内部告発」はなかったの? 「行動する保守」Aのところにあって先生のところにないのはおかしいですよね。

矢野  お前には用がないんだよ。

「内部告発」の内容が事実なら、真相究明活動においてきわめて重大な事実となろう。「内部告発」があったのなら「あった」と答えればいいだけの話である。すると矢野の回答は、矢野には「内部告発」はなかったものと理解してよかろう。それよりもむしろ、矢野が「内部告発」に関心を示さず、それどころかいっさい触れようともしないことはさらに不自然だった。

 平成8年に矢野は『週刊宝石』の取材に対して次のようにコメントしている。

「『朝木氏が4人の人にビルに連れ込まれるのを見た』……など、こちらには新たな話が集まっています」

 矢野のいうこの情報は出所不明で、その後矢野と朝木が追跡調査した形跡はまったくない。また当時、東村山署に匿名で同様の内容に加えて「創価学会の犯行だ」と断定するタレ込みがあった。千葉が「その際になぜ110番しなかったんですか」「なぜ創価学会員だとわかるんですか」と聞くと、電話の男はこう怒鳴って、一方的に電話を切ったという。

「ばかやろう。お前も創価学会から金をもらっているのか」

 捜査結果からみても男の反応からみても、このタレ込みが捜査の攪乱を目的としたガセ情報であることは明らかである。こんなデマを流す者がそうそういるはずもないから、矢野がコメントした内容と出所は同じである可能性が高い。

「行動する保守」Aが朝木の自殺とは無関係の警察官から「内部告発」の話を伝聞として聞いたのが仮に事実としても、その警察官が聞いたとする警察官が、矢野がコメントした記事を読んだだけである可能性もないとはいえなかった。むしろ「行動する保守」Aが「内部告発」の内容を追跡しようと思うのなら、矢野に聞いた方が早いのではないかという気がする。

 いずれにしても少なくとも矢野にとって「行動する保守」Aのいう「内部告発」の内容は初めて聞く話ではなかった。しかも矢野はすでにそれがデマであることまで知っていたと考えれば、矢野がまったく関心を示さなかった理由もわかるのではあるまいか。なお、矢野がなぜ「内部告発」の内容がデマであることを知っていたのかは定かでない。

横断幕がみてきた離合集散

 この日、「行動する保守」Aは平成20年9月に行った最初の街宣当時の横断幕を用意していた。横断幕に記載された〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明 創価学会・公明党の政教一致は憲法違反だ〉というタイトルは当時のままである。

 しかし横断幕の右下に並んでいた4つの協賛団体のうち「主権回復を目指す会」と「在日特権を許さない市民の会」、その後一時的に協賛団体として名を連ねていた「日本を護る市民の会」「政経調査会」の名は白く汚れたような塗料で塗り潰されて「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」と「NPO外国人犯罪追放運動」の名前が記載され、新たに「政教分離を求める会」の文字が書き加えられていた。

 平成24年1月26日の時点ではこの横断幕の協賛団体は「政経調査会」と「主権回復を目指す会」の2団体で、「行動する保守」一行を東村山デマに引きずり込んだ張本人である「行動する保守」Aの名前は消えていた。その半年後、西村と右翼Mの団体名が消え、「行動する保守」Aの名前が記載されたのである。

 この協賛団体のめまぐるしい変遷は、「行動する保守」内の離合集散と東村山デマをめぐる各団体の状況や距離感を反映しているようできわめて興味深い。この日記載されている3団体はいずれもいうまでもなく「行動する保守」Aが関与する団体であり、今回の街宣に他の新たな賛同者があったわけではないことがうかがえた。平たくいえば、「内部告発」に乗せられた他の団体がすべて手を引いたということになろうか。

 ただ街宣活動参加者の顔ぶれをみると、西村の配下の者や他団体と近い関係にあるとみられる者も含まれているようだった。西村のところで不要になった横断幕の返還に来たのだろうか。いずれにしても「行動する保守」の人間模様も一般社会同様、単純に割り切れるものではないらしい。

(つづく)
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第2次「行動する保守」事件 第13回
矢野の手法が手本

 午後3時に始まった「行動する保守」Aによる駅前街宣は、とりわけ朝木明代の万引きを苦にした自殺に関しては、「内部告発」に触れるでもなく、なんら新しい内容はなかった。矢野穂積や「行動する保守」Aのデマに乗せられた右翼Mが東村山駅前街宣をめぐって110万円の支払いを命じられ、街宣の禁止を言い渡されていることを十分に意識しているようにみえた。

 そのせいか「行動する保守」Aは、朝木明代の(万引きを苦にした)自殺を他殺疑惑として印象づけようとした矢野や乙骨らの手法をそのまま模倣したものだった。明代が自殺を遂げた翌日、マスコミを前に矢野は「創価学会を批判していた朝木明代議員が何者かによって殺されました」と説明していた。「行動する保守」Aは、この手法なら許容範囲だと考えたのだろうか。「行動する保守」Aは明代の自殺に関して次のように演説した。



(「行動する保守」Aの街宣)

 朝木明代さんはですね、創価学会と公明党の問題、これは政教一致、そういう存在であるで、東京都議会にですね、この公明党の解散を求めてですね、活動をしてきた方であります。えー残念ながらですね、その方が、……ビルの5階から転落死をしました。何者かによって殺害をされた。この問題を含めてですね、創価学会とヤクザ組織、あるいはですね、さまざまな社会的な動きを並べてですね、われわれは今後訴えていきたいとそういうふうに思います。

……

(街宣場所として)この東村山の地を選んだ理由はですね、最後に申し上げますけれども、「創価学会と公明党は政教一致だと、だからこういう政党は解散させなければなりません」、そのようにこの地で訴えてですねえ、「草の根」の朝木さんがですねえ、それを訴え続けながらも、無念な、無念にもですね、ビルの屋上から転落させられて死亡してしまった。われわれはですねえ、この遺志を引き継ぎですねえ、創価・公明党に対するですねえ、今後果敢な闘い、これを継続していきたい、こういうふうに思っております。



 具体的な表現は異なるものの、内容的には矢野の論法とまったく同じであることがわかろう。もちろん論法は同じでも、「行動する保守」Aがこう述べた以上、この演説の責任は「行動する保守」Aにある。

横断幕と演説の連携

 具体的に演説内容を検討すると、まず「行動する保守」Aはどういう根拠によってか、朝木明代が「何者かによって殺害された」「ビルの屋上から転落させられた」と断定している。演説する「行動する保守」Aの背後では弟子らが最初から、

〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明 創価学会・公明党の政教一致は憲法違反だ〉

 と書かれた横断幕を掲示している。また西村修平の支援者は、

〈危険なカルト団体 公明党・創価学会による政治支配粉砕〉

〈東村山女性市議転落死は本当に自殺か? 創価学会に物言えぬ警察と裁判所は恥を知れ〉

 と記載されたプラカードを首からぶら下げている。

 横断幕に記載された〈創価学会の「疑惑」〉とは何なのか。「創価学会が殺した」とは直接的にはいっていないものの、〈創価学会・公明党を批判していた朝木明代〉-〈謀殺事件の徹底究明〉という文言からは、〈創価学会の「疑惑」〉とは「朝木明代謀殺事件には創価学会が関与しているのではないか」という「疑惑」以外には考えられない。

 また西村の支持者は〈東村山女性市議転落死は本当に自殺か?〉と疑問を呈した上で、〈創価学会に物言えぬ警察と裁判所〉と断定している。「創価学会には疑惑がある」という前提であるのは明らかである。その理解に基づいてこれらの文言を総合的に読めば、「朝木明代が自殺したという結論には疑問があり、創価学会が関与した疑いがあるにもかかわらず、警察と裁判所は創価学会に対して手出しができないでいる」という趣旨であると理解できよう。

「創価学会に物言えぬ」とは言い換えれば「創価学会には警察や裁判所が物を言うべき疑いがある」ということで、婉曲に「朝木明代の転落死には創価学会が関与している」と主張しているようにも読めよう。その上で一般市民が「行動する保守」Aの演説を聞けば、「朝木明代は創価学会に殺されたのだ」と受け取られてもやむを得ない内容であるとはいえないだろうか。 

 たとえば110万円の支払いを命じられた右翼Mは東村山駅前で次のような街宣を行った。



(右翼Mの街宣)

〈公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は単なる自殺というふうに片付けましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです。〉

〈朝木明代市議が万引きして警察につかまったことを苦にして自殺したんだというストーリーまで作り上げているんです。これが創価学会の狡猾なやり方なんです。〉



「これは明らかに創価学会による犯罪なんです」と断定した部分を除けば、「行動する保守」Aの演説の趣旨は右翼Mの演説内容となんら変わらない。

 捜査ではなんら問題とされておらず、また多くの民事裁判で明代の自殺と創価学会の関連が否定されている現状を知れば、仮に本気で「朝木明代は殺された」と考えていたとしても、街宣で創価学会・公明党を関連づけるのは慎重でなければならないと考えるのが常識的な感覚だろう。しかしこの街宣を横断幕やプラカードと合わせて総合的に見ると、「朝木明代の転落死は他殺であり、創価学会が関与している疑いがある」と主張するものであるとしか考えられない。「行動する保守」Aがなぜこんな少人数の街宣でここまで踏み込むのか、理解に苦しむところである。

(つづく)
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第2次「行動する保守」事件 第14回
「出版妨害」を主張

 東村山駅前における「行動する保守」Aの演説は15分弱で終わり、本人も支援者も万引き被害者の店に近づくことなく、車に分乗して東村山市役所に向かった。千葉と私が市役所に着くと、市役所の入口付近で街宣が始まろうとしていた。おおむね東村山駅前にいたメンバーがそのまま移動したようにみえたが、「行動する保守」Aとその弟子は「取材の予定がある」ということでどこかに行ったらしく姿が見えない。

 一団は市役所の正面玄関入口付近に庁舎を背にして立っている。彼らの前には道路を挟んで中央図書館と市民センターがあり、市民の往来も少なくなかった。もちろん市役所内にも多くの市民が行き来している。

 彼らの背後、市役所の玄関付近では10名近い職員が動向を見守っていた。「行動する保守」Aらが街宣を行う予定であること、彼らがどのような傾向の集団であるか、また彼らが「草の根市民クラブ」の矢野、朝木と深い関係にあることは事前に情報を把握していたようである。そんな中で、主催者である「行動する保守」Aが不在のまま、支援者の1人が街宣を開始した。



(万引きすれば品物に)DNAが残るはずなんです。そういうことを調べもしていません。そして、物的証拠も何もなく、……(朝木明代は)万引き犯なんて仕立て上げられ、それが原因で自殺したなんて吹聴してたのが創価学会です。こんなことは許してはいけません(合いの手「そーだー!」)。朝木さんは、……政教一致だ、憲法違反だと創価学会をしきりに批判していた方でした。そのとたんに、このような不思議な事件(筆者注=転落死(=自殺)事件)が起きました。そしてそののちに、朝木さんはまったく関係のないマンションで転落死、非業な死を遂げました。しかしですねえ、この死にも非常に疑問が残ります。

 ……『憚りながら』という本、……山口組後藤組組長の後藤忠正組長が創価学会から○○の仕事を請け負い、その結果、多くの人を負傷せしめた、脅迫したと、……書いたものであります。その本をですねえ、創価学会はですよ、その絶大なる権力をもって、その本をですよ、発売禁止、言論封殺を行っているのであります(合いの手「とんでもなーい!」)。そして創価学会は、そういう反社会的なカルト的な宗教団体であります。その団体がですよ、……総体革命などといって日本を乗っ取ろうなどと企てています。このような創価学会・公明党の癒着をわれわれは質していきたいと思っています。



 この支援者は前段で、「朝木明代は創価学会を批判したとたんに非業な死を遂げた。ところが創価学会は、明代が証拠も不確かな万引き事件が原因で自殺したと吹聴した。警察が自殺と断定したこの死には、他殺ではないかとの疑問が残る。」と述べている。これもまた「行動する保守」Aの演説と同様に、婉曲に「明代の死には創価学会が関与している」と主張しているものと理解できよう。

 またこの支援者は後段で、「元暴力団組長が創価学会との反社会的な関係を記した本を出版したが、創価学会はその本の発売を禁止させている」と主張している。この支援者は創価学会が『憚りながら』の発売を妨害しているというのである。そのような事実を私は寡聞にして知らないが、何か具体的な証拠でもあるのだろうか。そのような証拠が存在しなければ誹謗中傷ということになる(ちなみにインターネットでは買えるようである)。無名の支援者であろうと「行動する保守」Aが主催する街宣活動で事実に反する発言をすれば、主催者も責任を問われる可能性がないとはいえまい。

ダメを押した女傑

 演説の最終盤には、1人の女性参加者が周囲にはっきり聞き取れる声で次のように発言して、この演説内容を全面的に支持した。

「創価学会は犯罪組織ですからね」

 新しい女傑の出現だろうか。その女傑は〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明 創価学会・公明党の政教一致は憲法違反だ〉と記載された横断幕の片端を支えている。女傑のこの発言によって、支援者の演説の趣旨はより明確化したように思える。〈創価学会は犯罪組織だから、朝木事件に関しても創価学会には「疑惑」がある〉と彼らが主張しているのは明白である。

 続いてこの女傑は、自らマイクを握ってこう演説した。


  
 日本人の方は創価学会と関わらないでください。在日系の犯罪組織ですから。海外ではちゃんと報道されています。特別番組なんかも出来て、報道されています。でも日本は、NHKをはじめとして電通もそうですけど、みな在日系の人たちに支配されてしまっているので、報道の自由がありません。……創価学会っていうのは、……中国や韓国が非常に侵略しやすいように手引きしている組織なんですよ。



 常識で判断すると、にわかに信じられない部分が多くあるが、いつの間にか街宣に戻ってきた「行動する保守」Aを含め、彼らの間では受け入れられているものと思われる。しかし創価学会を「犯罪組織」と言い切ってしまうのはいかがなものだろうか。仮に問題になった場合には当然、主催者である「行動する保守」Aに責任が及ぶことは避けられないのではあるまいか。

 彼らの立っている位置から道を挟んだところにある中央図書館から出てきて何事かと立ち止まる人もいる。この中に女傑の演説を真に受けた人は皆無であるという保証はない。

(つづく)
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第2次「行動する保守」事件 第15回
矢野とは会わない不思議

 ところで私には当初から、東村山市役所まで来たというのに、「行動する保守」Aは市会議員の矢野穂積、朝木直子とまったく連携していないのだろうかという疑問があった。平成20年8月以降、「行動する保守」Aと矢野、朝木は街宣だけでなくシンポジウムや追悼集会などを通じて関係を深めていた。「行動する保守」Aが議会の傍聴に来たこともあった。

 その「行動する保守」Aが市役所まで来るというのに、「真相究明活動」の中心であるべき矢野と朝木が「行動する保守」Aを無視するというのも不可解だし、「行動する保守」Aの側からしても、矢野、朝木とあえて連携しないのは不自然である。スケジュール上の問題だったとしても、何かメッセージでもあってもよさそうだが、それもいっさいない。

 明代の万引きを苦にした自殺をめぐり、西村が提訴された裁判では「自殺の動機がなかったとはいえない」とまで断定されるなどして矢野と朝木の主張が法廷ではまったく通用しないことが明らかになった。「行動する保守」A自身も「内部告発」が与太話にすぎなかったことを自白する事態に追い込まれた。「行動する保守」Aが矢野の宣伝がデマだったことに気づき、手を引いたことで矢野とは連携しなくなったというのならまだわかる。

 ところが事実はそうではなかった。「行動する保守」Aは再び東村山に乗り込んで「真相究明活動」を行うというのである。にもかかわらず矢野、朝木とは連携しないというのだから、私にはわかりにくい話だった。

「行動する保守」Aは「取材」があるといい、市役所に入って行った。そこで街宣の終了を待って「行動する保守」Aに聞いた。

――矢野さんには会われたんですか?

 これに対して「行動する保守」Aはこう答えた。

  あなたに答える必要はないよ。

「行動する保守」Aが平成20年に八王子で最初の街宣を行った際、矢野に共闘を持ちかけたものの断られていた。同様に、今回の街宣で矢野も朝木も姿を見せなかったということは、協力を得られなかったということと理解できよう。

 会話が成立しそうもないので、私は「『真相究明活動』をするのに矢野先生が協力しないのでは迫力に欠けますねえ」といい、市役所の方に行こうとした。すると、今まで演説をしていた女傑が私に向かってこういったのである。

「……覚えてろよ」

私が「行動する保守」Aに矢野のことを聞いたことが気に入らなかったのだろうか。具体的に何のことをいっているのか聞き取れなかったものの、「覚えてろよ」とは穏やかではない。主催者である「行動する保守」Aの弟子がいたので「参加者に人を脅すようなことをいわせるもんじゃない」というと、弟子はこの女傑について「よく知らない人」であると答えた。

 この程度ならまだいいとしても、仮に参加者の街宣内容が問題になった場合には、主催者として「よく知らない人だった」は通用しないのではあるまいか。

 弟子とそんなやり取りをしていると、さっきは回答を拒否した「行動する保守」Aが、どう気が変わったのか、取材目的をこう明かした。

「あなたのことで取材に行ったんだよ」

 何のことか見当もつかないものの、「行動する保守」Aは私に関する「取材に行った」と明かしたことで瞬間的にせよ優位に立ったような口ぶりだった。何か芳しい成果でもあったのだろうか。いずれにしても、矢野のこと以外なら話すことに差し支えはないということらしかった。

切実な申告を否定する行為

 その後、「行動する保守」A一行は徒歩で東村山駅方向に向かった。公安に続いてわれわれも後を追った。途中には万引き被害者の店がある。「行動する保守」A一行が再び襲撃する可能性がないとはいえなかった。千葉はまっすぐ洋品店に向かい、市民数人が千葉に続いた。警戒のために先回りしたのである。

 私は公安を挟んで「行動する保守」A一行について行った。すると一行は洋品店に近づくこともなく府中街道をまっすぐ北上し、東村山駅東口ロータリーに到着した。ただ一行がそのまま解散せず、駅前の喫茶店に入ったのはやや誤算だった。一行が東村山に止まっているうちは先に帰るわけにはいかなかった。しかし余計な時間を浪費させられたものの、彼らは最後まで洋品店には近づかなかった。

 ただそのことと、洋品店が矢野と明代の被害者であることを「行動する保守」Aをはじめとする一行がまともに理解したかどうかはまったく別の話のようだった。女傑は私に向かって自信満々に「早く目を覚ましてくださいね」と諭すようにいい、支持者の1人は「なぜそこまで洋品店を庇うのか?」と真顔で聞いた。いずれも洋品店が被害者であることを理解していれば出てくるはずのない発言であり疑問である。支持者の認識がそうであるということは、指導者である「行動する保守」Aの認識も同様だということと理解できよう。

 平成7年6月30日、万引きによる被害届を提出された朝木明代とそれを知った矢野穂積はすぐさま洋品店を訪れ、「証拠もないのに訴えると罪になる」と威迫した。矢野の行為の悪質さは、これがたんなるお礼参り=仕返しではなく、店主の切実な訴えを一方的に踏みにじり、意思を曲げさせようとしたところにある。

 矢野が「行動する保守」A主催の集会で述べたように、矢野と明代にとって普通の市民にすぎない洋品店は責めやすかったのだろう。矢野と明代はその後も同様の行為を繰り返し、心理的な揺さぶりをかけた。

 千葉には平成7年当時、矢野と明代が洋品店を脅すのを止められなかったという思いがあった。「行動する保守」Aらが洋品店に行くということは矢野のかつての不法行為を代行することにほかならない。だから千葉は、今も洋品店を守ろうとしているのである。洋品店襲撃事件の非を認めた者、多額の損害賠償を命じられて手を引いたとみられる者がいる一方で、「行動する保守」Aには何が真実なのかがいまだに理解できないようである。

 この日、「行動する保守」A一行は洋品店に近づくことなく、車で東村山を去って行った。千葉をはじめ多くの市民が警戒にあたっていたことも大きな理由だろう。多くの市民が心配してくれたことは心強い。しかし依然として「行動する保守」Aが東村山デマを妄信し、市民がなぜ洋品店を心配するのかを理解できない者までいる以上、彼らのうちの誰かが、再び洋品店襲撃を企てないという保証はない。

(つづく)

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朝木明代転落死・鍵隠蔽事件 第27回
速やかに削除した矢野

 平成7年9月1日に発生した東村山市議、朝木明代の自殺事件で、東村山警察署が行った現場検証後に自殺現場から発見された鍵をめぐり、東村山市議会議員の矢野穂積と朝木直子が捜査指揮官だった東村山警察署副署長(当時)、千葉英司が「朝木明代殺害事件の証拠を隠匿した」などと記載したことに対し、千葉が矢野と朝木を提訴していた裁判は平成24年7月26日付けで和解が成立した。

 なお和解条項には削除義務条項があったため、和解成立当日から8月2日までの間、矢野が発行し、朝木が編集するウェブ版「東村山市民新聞」ではかなりの箇所におよぶ削除や改変がなされた。和解調書は削除義務が履行されたことを確認できたのちに作成され、同年8月10日、当事者に送達された。和解条項は以下のとおりである。


 
和解条項

 被告らは、原告に対し、別紙甲1の1及び同1の2の被告らが管理、運営する下記のURLのウェブサイト「東村山市民新聞」における平成23年5月9日付「千葉英司元副署長とは?」とのページに記載された原告の氏名(千葉英司、千葉、チバ、C等を含む)を平成24年8月2日限り削除する。



 http://www.geocities.jp/higashimurayamasiminsinbun/page283.html
 
(※筆者注……「別紙甲1の1」とは、上記「東村山市民新聞」のトップページ、「同1の2」とは、上記「東村山市民新聞」における平成23年5月9日付「千葉英司元副署長とは?」とのページである。)

 被告らは、原告に対し、被告らが管理、運営する前項のウェブサイトにおいて、今後原告の氏名(千葉英司、千葉、チバ、C等を含む)を一切表記しないことを約束する。

 被告らは、原告に対し、被告らが管理、運営する第1項のウェブサイトにおいて、過去に掲載した原告の氏名(千葉英司、千葉、チバ、C等を含む)を速やかに削除するよう努力する。

 第1項、第2項及び前項については、既に書物として出版されたもの、判決及び原告作成の準備書面等のPDFファイル等は除くものとする。

 原告は、その余の請求を放棄する。

 原告及び被告らは、原告と被告らとの間には、本件に関し、本和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。

 訴訟費用は各自の負担とする。

以 上



 上記和解条項のうち、1~4はいずれも被告ら(矢野穂積と朝木直子)に対するもので、1は本件で千葉が問題にした記事に限定した「千葉の氏名等の削除義務(平成24年8月2日限り)」ものである。ここまでは裁判の争点と直接重なるが、2、3はウェブ版『東村山市民新聞』全体に及び、「今後、千葉の氏名等を記載しないこと」及び「過去に記載した千葉の氏名等を速やかに削除するよう努力する」というものである。和解条項1~4にいえるのは、いずれもウェブ版「東村山市民新聞」において、「千葉個人の氏名等の記載を削除あるいは削除するよう努力し、あるいは今後いっさい記載しない」と約束するものということになる。

 和解条項4は、ウェブ版『東村山市民新聞』に掲載したものであっても、出版物や判決など削除が不可能なもの、あるいは矢野が記載したものでないものについては除外するという趣旨である。

本件以外にも及んだ削除対象

 交代する前の裁判官は「千葉が朝木明代謀殺事件の証拠を隠蔽した」とする本件記載は事実摘示であるとする見解を示していた。矢野は真実性・相当性を主張・立証するよう求められたが、矢野が主張したのは結局「千葉が鍵の発見状況について公表したのはこれが初めてであり、これはすなわち証拠を隠匿していたということだ」という空虚な解釈論(言い換えれば、なんら具体的内容のない作文)にすぎなかった。したがって、本件記載が事実摘示と評価されるとすれば、千葉の請求は認容される可能性が高いとみられた。

 しかし、千葉の個人名を削除するというだけで、千葉が請求していた記事そのものの削除も慰謝料の支払いも含まれていない和解条項をみるかぎり、裁判官の交代とともに記事の評価も変わったことがうかがえる。ただ、裁判官が記事にまったく問題がないと考えていたわけでもないことは、千葉の個人名を削除するという条項が含まれていたことからも明らかだった。当時の東村山署の捜査について疑問を呈したとしても千葉個人を名指しするのは行き過ぎである――和解条項1は裁判官がそう判断した結果のように思われた。

 交代した裁判官が「千葉が朝木明代謀殺事件の証拠を隠匿した」とする記事を「事実摘示」と認定しなかったことについて、私がいささか違和感を覚えていることは否定しない。しかし裁判官が矢野と朝木に対して、本件請求とは直接関係ない部分についても千葉の個人名を削除する(努力をする)とともに今後も個人名を記載しないことを約束させた和解条項2、3の意味は小さくあるまい。

 長期的にみると千葉の個人名が特定されにくくなろう。より重大なのは、矢野が過去に書いてきたものを含め、未来永劫にわたり矢野の表現に「千葉の氏名を一切表記しない」という制限を加えることになるという点である(過去の分については「努力する」となっている)。

 矢野は、自ら1度口にしたものは絶対に撤回しない人物である。自尊心の塊である矢野が過去に書いたものを削除するなど考えられないことだった。ところが矢野はこの和解において、本件とは直接関係のない過去に記載した分についてまで「速やかに削除するよう努力する」ことに同意したのである。

 これはよほどのことではないかと私は思う。もちろん和解といっても裁判官が間に入った協議だから、限度を超えた要求と判断すれば認められまい。つまり、本件とは直接関係のない部分に関する削除については裁判官も妥当と判断したということだった。

 矢野と朝木が朝木明代の自殺を「謀殺事件」として宣伝し、東村山警察署の捜査に疑念を表明する中で捜査指揮官だった千葉を名指しで批判、誹謗してきたことには重要な意図があっただろう。「他殺説」を流布する上で具体名があるとないとでは訴求力に大きな差があるし、なにより矢野が深く関与したアリバイ工作を暴いた千葉に対する敵愾心の現れであり一種の報復だったのではないかと私は考えている。なぜなら本来、捜査批判の対象は東村山警察署の責任者である署長でなければならないのである。

 その矢野が「努力する」となっているとはいえ、争点とは直接関係ない部分の削除に応じるとは並大抵のことではない。矢野にとって関係ない部分の削除を受け入れても和解に応じることに、それなりの意味があったということになろうか。

 なおその後、矢野がウェブ版「東村山市民新聞」に掲載していた本件以外の千葉の氏名についても削除努力をした形跡が顕著にみられる。その姿勢は一応評価してよかろう。しかしそれでもなお、ウェブ版「東村山市民新聞」には数カ所、千葉の氏名が残っているようである。それがたまたまなのかどうかについては定かではない。

(つづく)
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