ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

「朝木宅襲撃事件」 第6回
「朝木宅襲撃事件」第5回より続く)

「殺害未遂事件」と断定

 平成18年3月31日付「東村山市民新聞」第144号1面に、トップ記事に並ぶ扱いで(しかしトップ記事ではない)次のような見出しが躍った。

〈殺人未遂事件〉〈暴漢、朝木直子議員を日曜早朝に襲う!〉

〈やっぱり! これではっきりした11年前の朝木明代議員殺害事件の真相〉

〈酔っ払いを装い、朝木直子議員を狙い大胆不敵な犯行。調査進み、殺人未遂事件で刑事告訴へ〉

筆者注=「東村山市民新聞」第144号は「2005年3月31日」発行となっているが、「2006年3月31日」の誤りである。)

「『暴漢』が朝木直子議員を襲った」と称する事件が起きたのは平成18年2月5日午前6時30分ころのこと。私の知るかぎり、矢野と朝木は「事件」について同年2月10日以降、それが酔っ払いを装ったもので、朝木直子襲撃を目的に侵入したものであるなどと繰り返し「報道」および主張をしてきた。その経過と内容の変遷をまとめると以下のとおりである。

①2月10日  多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」
②2月28日  多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」
③3月2日   多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」
④3月3日   多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」


筆者注=多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」は新しい日付の日に、放送内容が改変されている。前の放送から次の日付の日までは同一内容のまま1日に6回繰り返し流された。めったにみられない放送局である。)

 ここまでの放送における基礎情報は同一録音のもので、その趣旨は「『暴漢』は朝木直子に危害を加える目的で朝木宅敷地内に侵入してきた。この事件が起きたことで朝木明代の転落死が『殺人事件』だったことが明らかになった」というものだった。なおこの時点で、矢野が主張する「暴漢侵入事件」と朝木明代の転落死との因果関係について具体的な説明はない。

⑤3月3日   東村山市議会本会議において矢野が「『暴漢侵入事件』は『殺人未遂事件』である」と発言

 平成18年3月3日に行われた東村山市議会本会議の一般質問で矢野は大げさに声を張り上げ、講談を思わせる語り調子で次のように「暴漢侵入事件」に言及した。

矢野  ところで本年の2月5日未明に、諏訪町の朝木直子議員自宅敷地内に暴漢が侵入し、……ぶっ殺してやるなどと叫びながら、ガラスを蹴破って押し入ろうとする殺人未遂事件が起きたのであります……。……今後、どういう展開になるかは非常に興味深いところでありますが、このことをもってしても、朝木明代議員の事件に犯人がいることは明らかになったといわざるを得ないのであります。

 矢野が「暴漢侵入事件」に関して「殺人未遂事件」という文言を使用したのはこれが初めてである。「住居侵入」と「殺人未遂」では罪の重さがだいぶ異なろうが、前日の「ニュースワイド多摩」の放送で矢野は基礎情報のあと、〈事件がその後、経過が注目されるんですが、この件に関して続報が入りましたらまたお伝えしたいと思います〉と述べるにとどまっており、同日放送の「ニュースワイド多摩」でも同じ録音が流されている。

 3日の「ニュースワイド多摩」が2日放送分と同じ内容であるのは録音を更新する時間がなかった可能性があるとしても、前日の放送から一般質問までの間に矢野は「暴漢侵入事件」を「殺人未遂事件」と断定するだけの「続報」を入手したのだろうか。その点に加え、一般質問の時点で「暴漢侵入事件」と明代の事件にいかなる具体的な因果関係があったのかに関する説明もいっさいない。

⑥3月8日   多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」

※基礎情報はこれまでの放送と同一だが、この日に至ってもまだ矢野が本会議場で「殺人未遂事件」と断定したことに関する具体的情報は示されず、3月8日の放送では朝木宅の門近くに人間のものとおぼしき半固体排泄物が置かれていたとし、「暴漢侵入事件」との関連を匂わせるにとどまった。もちろんこの半固体排泄物を置いたのが誰かは、あれから7年が経過した現在もいっこうに明らかになっていない。


⑦3月9日   多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」
⑧3月10日  多摩レイクサイドFM「ニュースワイド多摩」

※基礎情報はこれまでの放送と同一。矢野は3月8日に続いて翌9日にも「ニュースワイド多摩」の録音を更新した。しかし、前日の放送で取り上げた半固体排泄物についてこの日も「暴漢侵入事件」の真相に深く関係しているかのように解説したが、その具体的な根拠は示されない。しかし同日の放送で矢野は「犯行グループ」という文言を初めて使用し、「暴漢侵入事件」が組織的な犯行であることを匂わせた。ただしなぜ「犯行グループ」といえるのか、その根拠は示されない。

 3月10日もここまでは同じ内容だったが、別のニュースの中で唐突に事件に触れ、「『ぶっ殺してやる』といっていたので、殺人未遂と同じようなもの」と発言。「ニュースワイド多摩」で初めて「殺人未遂」の文言が使われた。この日の矢野の主張によれば、「『ぶっ殺すぞ』といった」ことが「殺人未遂」である根拠ということらしい。

 これはどこの国の法律だろうか。朝木直子が事件の被害者であること自体を否定するつもりはない。しかし憶測や誇張を交えて被害を過大に訴えることは、かえってどこまで本当なのかと不信感を持たれかねないし、加害者に対して存在しない罪を被せることになるのだった。

(つづく)
TOP
「朝木宅襲撃事件」 第7回
「酔っ払いには見えなかった」という主観

 平成18年3月31日付「東村山市民新聞」第144号の「暴漢侵入事件」の記事は、矢野によるFMラジオや議会における質問を利用した宣伝を経て掲載されたものだった。さらに3面の「やの議員の頁」には〈殺害未遂事件〉〈私は朝木議員殺害を狙った犯人を見た〉と題して矢野の「目撃談」なるものが掲載されている(「目撃談」はのちにウェブ版「東村山市民新聞」「矢野ほづみ議員のページ」に掲載されたものと同じ内容である)。

 このタイトルからすれば、犯人はたんなる「住居侵入犯」ではなく「殺人未遂犯」であると多くの読者は受け取るのではあるまいか。しかしこの「目撃談」とは、パトカーに乗せられた「犯人」の顔を見たというものにすぎず、犯行現場を目撃したというものではない。その上で記事は「おとなしく神妙にしている様子は、とても酔っ払いには見えませんでした。」と、矢野の主観で締めくくっている。

 記事には犯人が「住居侵入犯」ではなく「殺人未遂犯」であるという客観的な根拠は何も示されていなかった。つまりこの記事は、矢野の主観を並べることで読者に対して事件が「殺人未遂事件」だったかのように印象付けることが目的だったのではないかという見方ができよう。それをよりうかがわせたのが、矢野の「目撃記事」の隣に朝木明代の自殺を「殺害事件」とする記事が掲載されていたことである。

隣に「殺害事件」と題する記事

 記事は〈殺害事件〉〈最高裁判決は警察捜査結果を否定した!〉と題し、本文には次のように記載していた。

〈昨年5月13日に、朝木明代議員遺族・矢野議員側の勝訴が確定した最高裁判決が、朝木明代議員が自殺したとする東村山警察の捜査結果を、事実上、否定していたことがわかりました。これまで、朝木明代議員の遺体には、加害者と争った証拠とされる上腕内側部に変色痕(アザ)があったことが「司法解剖鑑定書」に書かれてあったことなどから自殺ではない、との判断が判決書には書かれていましたが、さらに加えて、自殺を裏付ける事情があるとする東村山警察の捜査結果では「自殺を推認するに足らず、他に朝木明代が自殺したと認めるに足りる証拠はない」と断定していることがわかりました。

 2月5日の朝木直子議員殺人未遂事件も発生しており、真相がはっきりしたといえます。〉

「昨年5月13日」とは平成17年5月13日である。この日の最高裁判決とは月刊タイムス裁判の最高裁判決を指している。その中で矢野がいう「裁判所が東村山警察の捜査結果を否定していた」箇所とは、東京高裁判決の以下の部分であると類推できる。



……現場の状況、亡明代の死亡直前の言動、死体の状況及び関係者の供述を総合考慮すると、亡明代が自殺したことを裏付ける事情が存在することは確かである。

 しかしながら、他方で、……司法解剖の結果、亡明代の左右上腕内側部に皮膚変色が認められたこと、亡明代の事務所の鍵が、平成7年9月2日夕方になってから、本件マンションの2階踊り場付近で発見されたこと、亡明代の靴がいまだに発見されていないこと、亡明代が同年8月において本件窃盗被疑事件が冤罪であると主張して徹底的に闘う決意を表明していたことが認められ、これらの事実に照らせば、上記亡明代が自殺したと断じるにはなお疑問が残るところであり、上記亡明代が自殺したことを裏付ける事情をもって、自殺を推認するに足らず、他に亡明代が自殺したと認めるに足りる証拠はない。



 東京高裁は明代の自殺に関する東村山警察署の捜査結果について、矢野がいうように〈自殺を推認するに足らず、他に朝木明代が自殺したと認めるに足りる証拠はない。〉と述べた。しかしこれはあくまで、東村山警察署の捜査結果に基づき〈現場の状況、亡明代の死亡直前の言動、死体の状況及び関係者の供述を総合考慮すると、亡明代が自殺したことを裏付ける事情が存在することは確かである。〉と東村山署の「自殺」の結論に同意を示した上での話で、裁判所が自殺を否定したものでも、まして「他殺」であると断定したものでないことは明らかである。

 また矢野は記事で〈これまで、朝木明代議員の遺体には、加害者と争った証拠とされる上腕内側部に変色痕(アザ)があったことが「司法解剖鑑定書」に書かれてあったことなどから自殺ではない、との判断が判決書には書かれて(いた)〉とも主張している。しかし、裁判所が明代の「自殺」(あるいはその可能性)を否定したことは1度もない。

 たとえばタイムス裁判以前の判決としては「潮事件」判決があり、一審の東京地裁は上腕内側部の変色痕などを理由に〈亡明代が自殺したとの事実が真実であると認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉と認定した。しかしこれも東村山署の捜査結果に基づき〈亡明代の死因が自殺であるとみる余地は十分にあるというべきである。〉と認定した上でのことで、自殺を否定したわけでも、まして「他殺」であると断定したものでもない。

 したがって「東村山市民新聞」144号における〈朝木明代議員の遺体には、加害者と争った証拠とされる上腕内側部に変色痕(アザ)があったことが「司法解剖鑑定書」に書かれてあったことなどから自殺ではない、との判断が判決書には書かれていました〉とする矢野の記載は虚偽であるということになる。矢野は上記記事と「暴漢侵入事件」の記事を並べることで相互に信憑性を持たせる効果を狙ったのではないかと私には思われた。

 いずれにしても、平成18年2月10日に多摩レイクサイドFM(「ニュースワイド多摩」)で「事件」の第一報が伝えられて以後、なにやら関連性があるかと思わせる事件の発生(半固体排泄物放置事件)も含めて、事件を伝える矢野の表現内容は徐々に強まり、ついには「殺人未遂事件」となったものの、客観的裏付けが示されることはなかった。私が朝木直子に直接聞いた際には「もう調べはついてるんでしょ」というのみで、朝木の口からはなんらの具体的な説明も聞かれなかった(本連載第3回)。また同年3月上旬、私が矢野にその後の状況を聞くと矢野は、私に対してこういったのである。

「お前も仲間なんじゃないのか」

 もちろん私に身に覚えはなかった。矢野のこの発言からも、矢野が事件について具体的な根拠もなく「暴漢が朝木に危害を加える目的で侵入した」と主張しているのではないかと強く感じた。

(つづく)
TOP
「朝木宅襲撃事件」 第8回
最初に取り上げた『週刊新潮』

 矢野と朝木がいうように、朝木に危害を加えることを目的に暴漢が朝木宅に侵入したのだとすればきわめて重大な事件である。またこの事件が本当に、朝木明代の転落死と関係があるのだとすれば、とりわけかつて「殺された」と騒いだ週刊誌にとっても、取り上げるかどうかは別にしても、より興味深い事件であることは事実だったろう。

 それらの週刊誌の中で真っ先に事件を取り上げたのは、ことのほか創価学会にこだわりを持つとみえる『週刊新潮』だった。『週刊新潮』は東村山事件のデマ報道で創価学会から提訴された際、真実性・相当性を立証する切り札として取材源である矢野と朝木に証言を依頼したが、当初の予定とは異なり、尋問の直前になって証言を断られたようだった。裁判長に対して当惑気味にその旨を伝える代理人の姿からは、矢野と朝木の対応に大きな変化があったことが感じられた。

 平たくいえばハシゴを外されたということだろう。『週刊新潮』もそう感じたのか、結果として『週刊新潮』は200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じられたが控訴せず、判決を受け入れた。平成13年5月18日のことである。

 それから5年がたち、矢野、朝木に対するわだかまりも薄らいだということだろうか。『週刊新潮』(平成18年2月23日付)は独立した記事ではないものの、〈ワイド「50年の50人」〉というワイド特集の中の1本としてこの「事件」を取り上げたのである。タイトルは〈謎の墜落死「東村山市議」宅に今度は「暴漢乱入」〉。かつて朝木明代の自殺に対して「創価学会疑惑」などとしたタイトルに比べればはるかに後退していることがうかがえるが、過去の記事に対するこだわりは捨てきれないらしかった。

不可解なコメント

 記事は朝木の次のコメントから始まっている。

〈「午前6時20分ごろでした。私は自宅の2階で寝ていたのですが、外で何か男性のわめき散らす声が聞こえてきたのです。私の家は入り組んだ路地の奥に建つ一軒家。繁華街から離れているし、何で朝早くからこんな路地に酔っ払いがいるのだろうと思ったのです」〉

 少なくとも朝木は当初、家の外でわめいているのが「酔っ払い」だと思っていた。そのうち男は敷地内に入ってきて窓ガラスを叩きはじめた。朝木は続けて次のように語る。

〈「男はガラスがびくともしないのでイラついて、何度も何度もドンドンと蹴りつけたのです。それこそ、家が揺れるくらいに強く蹴りながら“てめぇ出て来い”“出て来い! この野郎”と何度も叫んだのです」〉

 読者は朝木のコメントの中に重要な文言が含まれていないことに気づこう。多摩レイクサイドFMでも『東村山市民新聞』でも、「暴漢」が侵入した際、「出てこいこの野郎、ぶっ殺してやる」といったことになっている。だからこそ矢野は、この文言を根拠に「殺人未遂事件」とまでいっているのである。ところが『週刊新潮』において朝木は、その「暴漢」は「『出て来い! この野郎』と何度も叫んだ」とは説明しているものの、「『ぶっ殺してやる』と叫んだ」とはいっていない。これは奇妙なことではあるまいか。

『週刊新潮』が取材したのは発行日(2月23日=発売日は1週間前の2月16日)から逆算すると、多摩レイクサイドFMが最初の放送を行ったのと同時期とみられる。するとなぜ『週刊新潮』は「ぶっ殺してやる」という文言を記載しなかったのか。事件の真相に迫るという点においてはもちろん、読者に対するインパクトという点でも無視すべき文言ではなく、『週刊新潮』ともあろうものがこの発言を見逃すはずがない。

「ぶっ殺してやる」という発言が多摩レイクサイドFMでは放送され、『週刊新潮』では記載されなかったことをどう理解すべきなのだろう。朝木は『週刊新潮』の取材に対して「『ぶっ殺してやる』といわれた」とはコメントしなかったと考えるのが自然である。

 一方、「暴漢」が実際に朝木に対して「ぶっ殺してやる」といったとすれば朝木が『週刊新潮』に対してそうコメントしない理由は想定できない。すると『週刊新潮』の朝木のコメントの中に「ぶっ殺してやる」とする発言がなかった理由は、そもそも「ぶっ殺してやる」という発言は最初から存在せず、だから朝木もそうコメントしなかったと考えるのが最も合理的なのではあるまいか。

「伝えた」と主張する朝木

「暴漢」は本当に朝木に対して「ぶっ殺してやる」といったのか。私の代理人が法廷でこの点を朝木に確認した際のやり取りをみてみよう。



代理人  (『週刊新潮』の記事の中で)不思議だったのは、「てめぇ、ぶっ殺してやる」という発言が、記者の方に伝わっていないようなんで、このとき、取材を受けたとき、そういうふうにいわなかったのか、いったけど出なかったのかどうなのか。

朝木  全部犯人のいった言葉は鮮明に覚えてましたので、全部お伝えしてあると思いますが、私は伝えてあります。

代理人  伝えてあるけれども、たまたま載せなかったんじゃないかと。

朝木  これは、私が書いた記事ではありませんから、この記事について私がコメントする立場にはありません。

代理人  さっきいったようなことを記者には伝えたと。

朝木  伝えてあります。



 朝木が確かに伝えていたとすれば、『週刊新潮』は「てめぇ、ぶっ殺してやる」というこの重要な発言を聞き漏らしたか、記載し忘れたということになるのだろうか。しかしタイトルにも使えそうな、メディアにとってこれほどおいしいセリフを無視するとはやはり考えにくい。するとあるいは、朝木のいう「全部伝えた」中に「てめぇ、ぶっ殺してやる」は最初から含まれていなかったということなのか。

(つづく)
TOP