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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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「拉致」デマを検証する 第6回
穏便な「質問状」

〈暴力団員2名が、朝木議員の体をビルの6階の外側に抱え上げて、創価学会に敵対する活動を止めなければ落とすぞと脅していた。ところが、誤って朝木議員を落として死亡させてしまった〉とする「他殺説」は、高倉教授の陳述書をみる限りでは客観的な裏付けもない上に、内容自体もにわかに信じられるような代物ではないように思われた。

 ただ高倉教授がこの「拉致説」に関して知り得た情報を1通の陳述書にすべて記載したとは限らない。またこの「出来の悪いデマ」と扱われかねない話を高倉教授が「事実」と信じたことには、第三者にはうかがい知ることのできない理由があった可能性もないとはいえない。仮にそうでなかったとすれば、国立大学の、それも法律を専攻する教授が、ただの伝聞情報を、裏付けを取ることもなく「事実」として吹聴するなど、常識ではちょっと考えられない。

 高倉教授は何を根拠にこの伝聞を「事実」と判断したのか――。明代の転落死事件の捜査を指揮し、「事件性なし=(万引きを苦にした)自殺」と結論付けた当時の東村山署副署長千葉英司は、高倉教授に直接その根拠を聞いてみることにした。

 千葉が高倉教授に対し平成25年7月23日付でファックス送信した質問は以下の4項目だった。



 本件記事は、現職警察官の内部告発(警察は、朝木市議殺害犯人を特定したが創価学会員の検事が握り潰した=筆者注=「行動する保守」Aによる伝聞の伝聞)及び朝木直子の問題発言(週刊誌に「創価学会に殺された」とコメント)と関連しているのか。

 法律学者である貴殿は、伝聞の伝聞である事実を公表するに当たり、十分な検証を行ったはずであるから、その検証結果を具体的に明示されたい。

 野崎氏(筆者注=高倉教授が陳述書で「拉致」の模様を話したとする人物)は、本件記事を公表することを承諾したのか。

 重大な野崎証言を公表や告発もせず9年間も放置した(筆者注=高倉教授はこの「拉致」説を「平成16年7月18日」に聞いたと述べている)、その理由は何か。



 仮に高倉教授が「伝聞の伝聞」の客観的裏付けを取っているとすれば上記質問はきわめて穏便なもので、教授を困惑させるようなものではあるまい。

不可解な求釈明

 これに対する高倉教授の回答書はすみやかに届いた。なぜかファックスではなく内容証明郵便だった。千葉の「質問状」は住所とファックス番号が明記されているとはいえ、それが実際に千葉が送信したものであるという証明はない。したがって高倉教授は、記載された住所が実際に千葉の住所に間違いなく、また発信者が千葉であることに間違いがないことを確認するために内容証明郵便を利用したのかもしれなかった。郵便物が遅滞なく届けば「質問状」に記載された氏名と住所が事実であることが一応は確認できよう。

 ただ高倉教授の回答をみると、「質問状」の送り主が元警視庁東村山署副署長の千葉英司であることを疑っている様子はなかった。しかし高倉教授は回答書の冒頭で次のように述べていた。

〈質問にお答えすることにやぶさかではありませんが、前提に不可解な点が多々あります。不可解な点が解消された後、質問にお答えしたいと思います。〉

 高倉教授のいう「不可解な点」とは、千葉が「質問状」において「職業」を「無職(元東村山事件書記捜査指揮者)」と記載していたことである。高倉教授はこれが「肩書」の記載にあたるとし、警察官はそのような「肩書」は使わないから、これは「経歴詐称にあたる」と主張していた。千葉には意外な反応だった。

 千葉は「質問状」において自らが何者であるかについて〈無職(元東村山事件書記捜査指揮官)〉と記載し、本文では〈初期捜査の結果、事件性は薄い(他殺を否定)と判断した私は〉と記載している。しかし、ファックスの送信主が実際に千葉であると証明するものは何もない。だから高倉教授が、送信主の真正性を問題にし、まず送信主が元東村山警察署副署長の千葉英司であることの証明を求めたというのならまだわかる。ところが高倉教授は、送信主が千葉であることについては特に疑念を表明せず、千葉が自分について「元東村山事件書記捜査指揮官」と記載したことについて「経歴詐称」であると主張していたのである。

 その上で高倉教授は、千葉が「経歴詐称」をするのは不可解であるなどとし、それを前提に千葉に対してその理由について数点の項目を挙げて釈明を求めていた。教授は「不可解な点」が解消されたあとで、千葉の質問に答えるとした。

 高倉教授が「回答書」で千葉に示した質問については詳述を避けるが、第三者からみると、相手が千葉であると認めたのなら、「伝聞の伝聞」の検証結果を明らかにすることに何の支障があるのだろうか。むしろ相手は当時の捜査指揮官でもあり、捜査機関の出した結論が誤りであることを告発、あるいは追及する絶好の機会というべきだろう。にもかかわらず、教授は不可解な釈明を求めた。

 これはやはり不自然な対応に映る。あるいは高倉教授は、千葉の質問に答えるだけの裏付けを実は何も持っていなかったのだろうか。

裏付けを明らかにしない教授

「経歴詐称」などと決めつけた高倉教授の求釈明に対して千葉は、「(そのような)事実はないので、釈明要求には回答しない。」とし、これ以上の書面でのやりとりは無用である旨の回答をファックスで返送した。理解しにくい教授の求釈明によって、千葉は一定の感触を得たのかもしれない。それに対して高倉教授はすぐにブログでこう述べた。

〈私は、内容証明郵便での回答をお願いしたのですが、ファックスでの文書送付でした。残念で、かつ、不可解なことです。〉

 高倉教授は千葉の送付方法についてこう感想を述べたが、千葉の「経歴詐称の事実はない」との回答内容には特にコメントしなかった。「経歴詐称」の主張といい「内容証明」への執着といい、高倉教授の論点の示し方にはやや違和感を覚える。

 その後高倉教授は問題の「伝聞の伝聞」について触れようとはしない。仮に高倉教授が裏付けを取っているのだとすれば、教授のいうように朝木明代の転落死は「万引きを苦にした自殺」ではなく「他殺」ということになり、警視庁および東京地検の「自殺」とした判断は誤りだったことになる。大学教授として捜査機関の結論を真っ向から覆す主張を行ったからには、高倉教授が再捜査の要求など何らかのアクションを起こしてもおかしくない。

 かつて朝木明代の転落死(自殺)についてしきりに「他殺」を主張していた元国家公安委員長で弁護士の白川勝彦は、千葉から「東村山事件は今でも『他殺』とお考えですか」と問われて「事件捜査は客観的証拠に基づかなければいけませんね」と答えた。その一方で白川はもう「他殺」であるとはいっさい主張しなかった。つまり当時の「他殺」とする白川の主張には客観的証拠がなかったことを認める発言だったということと理解できた。

 釈迦に説法と思うが、今回の伝聞情報に基づいて「再捜査」を要求する際には、陳述書だけでは素人がみても相手にされないと思う。だから高倉教授は当然、捜査機関を納得させるだけの証拠を添えるのだろう。

 しかし、今のところ高倉教授が捜査機関に対して「再捜査」を働きかけた様子はない。今後、高倉教授が「明代他殺説の伝聞情報」に関してなんらの現実的アクションも起こさないとすれば、それはやはり「行動する保守」Aの「内部告発」同様の与太話だったと考えるのが常識的な判断というべきだろう。

(了)
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右翼M事件・債権取り立て編(その4)
「表敬訪問」を匂わせた右翼M

「朝木明代殺害犯を東村山署は特定していた」などという「行動する保守」Aの与太話(いわゆる「内部告発」)に騙されて、機関紙『政経通信』第38号において〈(明代の転落死は他殺である)にも拘わらず捜査の指揮をとった東村山警察署の千葉英司副署長(当時)は強引に自殺として処理。〉などと記載した右翼Mは裁判所から10万円の支払いを命じられた。

 ところが右翼Mは裁判所の命令にもかかわらず、常識では理解できない理由を持ち出していまだ損害賠償金を支払っていない。千葉が平成25年3月7日付け書面で支払いを督促したのに対し、右翼Mは千葉の請求について同年4月5日付け書面で〈今般、貴殿が私に対し不当とも言える金員の支払を強要するような事態に直面し〉などと、千葉の請求が不当であるとするとともに、あたかも千葉が創価学会となんらかの関係があるかのような主張を並べるなどして、判決によってのみでは損害賠償の支払いに応じないとの意思表示を行っていた。

 さらに右翼Mは判決を無視し、記事によって千葉の評価を低下させた事実はないと主張し、「千葉の評価の低下が起きるとすれば、千葉の住所周辺」などとおよそ非論理的かつ強引な理屈を作出した上で千葉の住所を示し、こう述べた。



(貴殿の)信用と評価を低下させた人々に対しては、私から直接に聞取り聴取することは可能です。その上で、低下させた事は全くの誤読と誤解によるものであり、貴殿の信用及び評価を低下させてはならないことを充分に説明させていただく用意があります。



 千葉の自宅の近所で戸別訪問し、千葉にまつわる評価を聞かせて歩くとは尋常の沙汰ではなく、嫌がらせにほかならない。これは「行動する保守」Aら一派が得意とする自宅街宣あるいは「表明訪問」と称する個人宅に押しかけて一方的に相手や敵を論難、誹謗する行為と同じの発想ではあるまいか。千葉を脅す意図でもあろう。だから右翼Mは論理性などどうでもよく、とにかく「千葉の評価の低下が起きるのは住所周辺」と決めつける必要があったのである。こうして右翼Mは、現状では支払いの意思はないこと、および千葉の近所まで行って嫌がらせする意思があると明言したのだった。「(「その3」まで)

2回目の督促状

 その後、右翼Mの盟友だった西村修平からは微々たる額ではあるものの一応、損害賠償金のごくごく一部が振り込まれたが、右翼Mからは1円の支払いもない。そこで千葉は右翼Mに対し平成25年7月2日付で2回目の督促状を送付した。

 2回目の督促状で千葉は計11万7800円の支払いを要求したあと、右翼Mの前記4月5日付け書面に対して以下のように回答と反論を行っている。



(右翼Mに対する回答と反論)

〈千葉の損害賠償金請求が「不当な請求である」との主張について〉

 賠償金の支払い請求は、貴殿が公表した記事が、私の名誉を侵害したとして、貴殿に賠償金の支払いを命じた確定判決に基づくものであり、不当な請求ではない。

 矢野穂積や瀬戸弘幸の根拠のない「冤罪及び謀殺説」を確認・検証しないままに公表した貴殿に責任があるのであって、私に責任を転嫁することは、本末転倒である。また、創価学会・公明党員、そして、私の近隣住民は、賠償金の支払いとは無関係である。



 その上で千葉は、〈貴殿の書面での主張と質問は、支離滅裂である上に、私に対する嫌がらせであり、極めて不愉快である。〉と結んでいる。

裁判所の結論を再び否定

 これに対して右翼Mから回答が来たのは1カ月以上たった8月8日のことだった。回答書で右翼Mはあらためて、自らが裁判所の判断を無視してよいとするきわめて独善的な考えの持ち主であることを露呈させていた。右翼Mは、

〈貴殿が過去の所業を反省し、今後は一切の関わりを持たないとの意志の下で沈黙しているものと理解し、私からの接触は控えてきました。また、今後も接触することはないと思っていましたが、貴殿としては将来に渡り私との緊密なる交誼を継承することを望んでいるものと理解します。〉

 と、まず千葉が督促を重ねたことをあざ笑ったあと、こう述べた。

〈「私の書いた本件記事が全面的に誤りであった。その結果、貴殿に対し上記の如きご迷惑が掛かった」、というのであれば真摯に受け止め、反省の上に立って、賠償しなければならないと考えております。〉

「ただちに損害賠償金を支払います」といっているのではない。〈「私の書いた本件記事が全面的に誤りであった。その結果、貴殿に対し上記の如きご迷惑が掛かった」、というのであれば〉という条件付きであり、裁判所の判決後にまだこんなことを主張しているということからすれば、その判断をするのは裁判所ではなく右翼M自身である。右翼Mは裁判所が「千葉に迷惑がかかったから10万円を支払え」と命じているのに、裁判所の判断を認められないといっているのだった。

 右翼Mは、自分が裁判所よりも上の存在と勝手に考えているらしかった。独善性もここまで来ると反社会性を帯びよう。

本当だった「表敬訪問」

 そのことを如実に物語る事実を右翼M自身が回答書の中で以下のように記載していた。



〈私が調べたところでは○○市○○町○丁目○番地○号(筆者注=千葉の住所)近辺において本件記事に接触した住民には行き当たりませんでした。〉

〈本件記事の熟読を以って、結果貴殿に対し「信用及び評価を低下させてしまった人」とは誰なのでありましょうか。実在するのであれば具体的に示していただきたくお願いしております。〉



 右翼Mはその上で、千葉が「信用及び評価を低下させてしまった人」を明らかにしないまま損害賠償の請求をすることは根拠のない要求とみなすなどと主張していた。名誉毀損訴訟において、法は原告に対して信用及び評価の低下を具体的に立証することを要求していない。名誉毀損はある人に対して「信用及び評価が低下する」恐れが生じた時点で成立するというのが最高裁の見解である。

 これだけでも右翼Mの思考がどれほど偏狭であるかがわかろうが、右翼Mがただの反社会的存在ではないと実感させたのは、実際に千葉の住所地近辺を尋ね歩いたと述べている点である。前回4月5日付け「回答」で「表敬訪問」を予告し、今回の「回答」では〈私が調べたところ〉〈行き当たりませんでした〉といっているのだから、そう理解するのが自然である。

 住民の回答いかんにかかわらず、右翼Mの「表敬訪問」は法律的には何らの効果も生まない。それどころか、訪問の態様によっては千葉に対する報復行為と受け取られる可能性もないとはいえない。それでも右翼Mは「表敬訪問」に行ったのである。「近所に行った」と「回答書」に記載することで千葉を脅そうとしているようにもみえる。これはもはや、ただの独善性を超えていよう。

 なお、8月8日に届いた「回答」は複数ページあるように思えたが、千葉のもとには最初の1ページしか届いていないとのことである。
 
(つづく)
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右翼M事件・債権取り立て編(その5)
3回目の督促状

 平成25年8月8日に右翼Mから届いた「回答」は1ページしか届いていない。しかしそれが支払いの意思表示をしたものでないことは、その後に右翼Mからの支払いがいっさいなされていないという事実が証明していた。これまでそうだったように右翼Mは、自分が千葉の社会的信用を低下させたことを自ら確認しないかぎり支払いに応じないつもりであることがうかがえた。

 自分の意に沿わない判断をした裁判官を法廷で追いかけ回したように、客観的判断(判決)よりも自らのつまらない虚栄心を優先させるのが右翼Mの根本的な行動規範なのだろう。しかしもちろん、そんな子供染みたわがままな理屈が大人の社会に通用するはずはない。

 そこで千葉は8月21日、ファックスで3回目の督促状を送付するとともに、右翼Mが8月8日付け「回答」で主張した内容に対して以下のような反論を行った。



(千葉の反論1)

①私は、貴殿との関係で反省や沈黙をした事実はない。

②私は、貴殿と交誼を結ぶことを希望したことはない。



 上記主張は右翼Mが〈貴殿が過去の所業を反省し、今後は一切の関わりを持たないとの意志の下で沈黙していると思っていましたが、貴殿としては将来に渡り私との緊密なる交誼を継承することを望んでいるものと理解します。〉ときわめて身勝手な解釈をしていることに対する反論である。

 千葉が右翼Mに対する請求を放棄したことはなく、千葉が再三にわたって損害賠償の支払いを請求したからといって、それは右翼Mに対して交誼を結ぼうとしているわけではない。常識をわきまえない者が裁判所の命令に従わないために、やむなく督促していることが、この右翼には理解できないのだろうか。

 右翼Mは犯罪の隠蔽に加担した市会議員(矢野穂積)のデマに容易に騙され、被害者の店に威迫を目的で侵入しようとするような人物である。説明を尽くしてもなお正義と不正義を判別できず、被害者を責めようとするような者と交誼を結んでいるとあっては、それだけで恥ずかしいし、信用にも関わろう。できればそのような「情けない右翼」とは近づきにはなりたくないというのが本音ではあるまいか。

 続いて千葉は、損害賠償金を請求する根拠について述べている。



(千葉の反論2)

③私は、判決に基づき金員を請求したのである。

④金員の支払い請求には、私の説明は全く必要ない。



 これ以上の説明はないし、そもそも通常、こんな説明を強要する被告はいない。これに応じられないというなら、右翼Mは日本の司法制度を否定することになる。判決に納得できないということはあり得ても、だからといってそれは判決に従わなくてもいいということではないのである。右翼Mにはその区別もつかないのだろうか。

 千葉は反論のあと、右翼Mが千葉の近所を訪問したことに触れて次のように警告している。



警告

 貴殿は、私の自宅周辺で調査活動をしたとのことであるが、今後、調査活動をする際には、地域住民は防犯意識が高いので変事が起きると直ぐに110番通報するので注意されたい。

 今後、債権者である私に対する質問や調査等を口実に嫌がらせをした場合には、その程度に相応した罪名で刑事問題とすることを申し添えておく。(例 債務を免れるために債権者(家族を含む)を脅迫した場合→恐喝罪)



 千葉が送付した3回目の督促状に対する右翼Mからの回答は9月になっても来なかった。

「嫌がらせ」と認識

 このため千葉は9月4日、右翼Mに対し4回目の督促状を送付した。その中で千葉は、朝木明代の「万引きとそれを苦にした自殺」の捜査をめぐり右翼Mが千葉を非難している点について以下のように反論している。



(千葉の反論3)

「責任の取り方を知らない政治活動家」

 貴殿が敗訴した原因は、「東村山事件は、万引き冤罪と謀殺」との宣伝を、その真偽を確かめずに記事にしたことである。貴殿は私が反省すべきであると的外れの主張をするが、本当に反省すべきは、上記の宣伝をした矢野と瀬戸、そして、その宣伝を妄信した貴殿の3人である。

 矢野と瀬戸らは、私に賠償金と和解金を支払った。しかし、貴殿は、賠償金の支払いを免れるために、判決を無視し私に嫌がらせを続けている。矢野と瀬戸らに比べ責任の取り方は雲泥の差がある。



 東村山市議の矢野と「行動する保守」Aがデマ宣伝したことを反省しているわけではない。その点では右翼Mと同じである。ただ、矢野と「行動する保守」Aは裁判所の斡旋や命令にはおとなしく従った。つまり法律に従うのか従わないのかという点において、右翼Mの対応は矢野や「行動する保守」Aとはかなり異なる。右翼がこんな情けないことでいいのだろうか。

 さらに千葉は、右翼Mが千葉の自宅近辺を訪問したことに対して、あらためて次のように警告した。



「重ねての警告」

 貴殿は、私の自宅近辺で私に関する調査をしたらしいが、これは私に対する嫌がらせである。今後、私やその家族に対し面会要求や街頭宣伝をした場合には、債務を免れるために債権者を脅迫した恐喝罪(2項)で訴える。



 少なくともこれまでの右翼Mの対応をみるかぎり、債務を踏み倒すために因縁をつけていることは明らかである。右翼Mが騙されたデマを世に送り出した東村山市議の朝木直子もまた、ある印刷会社に因縁をつけて債務を踏み倒したことを思い出す(「選挙ポスター印刷代金踏み倒し事件」)。嘘をつくことを恥ずかしいと思わない人物には共通した性向があるようである。なお、朝木は最終的に議員報酬を差し押さえられた。

 また動きがありしだい報告したい。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第18回
想定を超えた相手

 朝木直子に対する尋問は平成10年11月8日に主尋問、同年12月7日に1回目の反対尋問(講談社からの反対尋問)、平成11年2月15日に2回目の反対尋問(創価学会側からの反対尋問)の計3回行われた。この間、原告の創価学会とともに相被告である講談社側も反対尋問を行った。

 反対尋問とは、原告であれ被告であれ、自らの主張に相反する当事者の主張に対してその真実性や正当性をただし、結果として自らの主張の正当性を主張しようとするものである。したがって被告の間には利害対立がないのが普通と思われるが、この裁判では被告である講談社側が相被告の朝木に対して反対尋問を行った。

 講談社側は、問題の『週刊現代』発行当時、いかに両者の関係が良好で、「そんなコメントはしていない」などと抗議されたこともない事実を確認しようとした。しかし、これに対して朝木は最後まで取材と発言の事実を認めず、シラを切り通した。主張の不自然さもさることながら、ここまで嘘をつき通せること自体が驚きだった。傍聴席では矢野穂積がときおり満足げな笑みを浮かべていた。

 尋問が終了し、千葉とともに法廷を出てエレベーターホールに向かうと、そこに講談社の2名の代理人弁護士もいた。その表情はなにか冴えないようにみえた。

 かつては協力関係にあった相被告が、『週刊現代』を利用するだけ利用すると裁判の途中で裏切り、「そんなコメントはしていない」としてすべての責任を『週刊現代』に押しつけたのだ。どんなに証拠を示しても朝木はその不実きわまる主張を曲げなかった。また裁判ですぐに「コメントはしていない」と主張しなかった理由についても「講談社側に配慮した結果」とうそぶいた――。講談社の弁護士としては、ここまで嘘をつける人物が存在していたことに戸惑っていた面もあったのではあるまいか。

 そのうちエレベーターがやってきて、私と千葉は講談社の代理人といっしょに乗り込んだ。エレベーターの中には私たち4人しかしない。私たちは奥の方に、講談社の代理人はドア側に立っていた。すると先輩格の弁護士が、朝木に対する反対尋問を行ったもう1人の弁護士にこう話しかけた。
 
「今日の朝木直子の証言は講談社のためにしてくれたようなもんだね」

 明らかな過去の自分の行為を平気で否定する難しい相手を追及した後輩への労いの言葉でもあったろう。尋問で代理人は朝木に発言があったことを認めさせることはできなかった。しかし総合的にみると、発言が確かにあったこと、朝木がその責任から逃れようとしていることを歴然と、しかも醜悪なかたちで印象付けられたのではないかという趣旨と思われた。つまり裁判官の心証は朝木に対してより悪くなり、それによって講談社の責任は相対的に軽減されると。

 確かに傍から見ていると、朝木が次々と事実を否認していく経過は悪質そのものであり、彼らの発言をそのまま活字にした講談社が、うまく利用されたあげく裏切られただけであるかのような錯覚を覚える瞬間があった。それを講談社に対する同情と言い換えればよりわかりやすいかもしれない。講談社の代理人があえて2名の部外者がいる前で語ったのは、つまりはそういうことではなかったか。

 このベテラン弁護士は、エレベーターに乗り合わせた敵か味方かわからない素人2名に対しても、朝木の供述が裁判でどういう意味を持つのかあえてレクチャーしてくれたのだろう。しかし、仮に朝木の供述が講談社との関係で意味を持つものだったとして、講談社と創価学会との関係に影響を与えるかどうかはきわめて不透明であると思われた。

 その一方で矢野は数日後、朝木の供述について私に対して満足げにこう言い放った。

「この前の朝木さんの証言はよかっただろう?」

 可能な限りデマ宣伝の媒体として利用し、デマの責任を問われることを予感するや、いっさいの関与を否定するなど、そうそうできることではない。矢野と朝木はいとも簡単に『週刊現代』を裏切っただけでなく、それを悪びれるどころか自画自賛しているのだった。講談社にとって矢野と朝木が想定をはるかに超える相手だったことは間違いあるまい。

講談社の憤り

 尋問終了後に提出した最終準備書面で講談社側は朝木の姿勢について次のように心情を吐露した。


 
(最終準備書面における講談社の主張)

 残念なことに被告朝木大統、直子両名は、本訴において本件報道の正当性を主張し原告創価学会の企てた表現の自由への重大な侵害、言論妨害と正面から闘うことを放棄し、「そんなことはいっていない」という責任のがれに終始してきた。当法廷における被告直子の不誠実なそして不自然な証言にはなりふりかまわぬ責任のがれ以外の何ものも見出すことはできないものであった。

……

 被告直子らが背信的な虚偽の主張を掲げるに至った1996年9月9日までの間、被告直子らもその代理人も信頼していたし、共に原告創価学会の言論妨害と闘う同志として意識して行動してきた。それは何よりも当初の「びっくりドンキー」における会合において、また東京弁護士会館における第1回目の会合においても、「述べていない」などということは言わないという確認が示されたからである。「びっくりドンキー」における乙骨正生氏の同席までも否定する嘘を重ねた被告直子の証言は一体どこから来るものか。……被告朝木らの証言は虚偽を重ねたものである。



 朝木と矢野に対する講談社側の思いは、実際にはこれ以上のものがあっただろうことは想像に難くない。

(つづく)
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