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『週刊現代」事件 第25回
データ原稿の信用性を認定

 東京地裁は「遺族のコメントを掲載したことは公正な紛争報道であり、名誉毀損はない」とする講談社の主張を認めず、講談社の名誉毀損を認定した。では、「コメントはいっさいしていない」と主張している朝木直子らに対する判断はどうだったのか。

 常識的には、コメントの事実が認定されれば、朝木もまた名誉毀損が認定されることは免れないとみられていた。朝木のコメントは『週刊現代』記者のデータ原稿として編集部に上げられ、記事に反映された。したがって東京地裁はまず、データ原稿の信用性を検討している。

 東京地裁はデータ原稿の信用性を検討するにあたり、その前提として『週刊現代』で作成するデータ原稿が原則として〈取材の直後に取材記者自身が、自身の主観を入れずに取材対象者が話した内容を忠実にそのまま客観的に記す形で作成する〉、〈取材記者が取材の結果を編集部に報告するため、謝罪の過程で常に作成している〉もので雑誌に掲載される記事の直接の元となっており、〈取材を受けた者の生の声を最も直接にそのまま反映している資料である〉と認定している。その上で、本件のデータ原稿の信用性について次のように認定した。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 1)

 データ原稿の役割及びその作成過程に照らせば、一般に取材の有無ないし取材を受けた者の発言内容等の検証においては、データ原稿の記載内容には相当の信頼が置けるものというべきであり、本件の……データ原稿においても、特に右の理は変わるものではない。



 東京地裁は本件における『週刊現代』のデータ原稿の作成について「信頼が置ける」と述べた上で、具体的な記載内容について次のように述べた。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 2)

 本件のデータ原稿の記載内容は、具体的でかつ朝木市議の遺族の発言としては自然なものである。……朝木市議の遺体の解剖方式をめぐる遺族側と警察側とのやりとりが、被告直子の言葉で臨場感豊かに語られているほか、被告直子がまだ幼かったころの母である朝木市議の思い出が具体的に語られており、それが取材に基づかない単なる作文であるとの疑念を抱かせるような事情は全く見当たらない。


 
 東京地裁はこう述べて、データ原稿の具体的な内容についても信用できるものと認定した。朝木がどんなタイミングで、またどういう心境から記者に対して母親の思い出を話したのかなど詳細は不明であるものの、記者が取材メモで朝木のとりわけ「幼少期の母の思い出」を捏造することは考えにくく、裁判官が取材メモの信用性を認める理由の1つとしたことは納得できよう。

 このデータ原稿をまとめた記者はデスクから「できるだけ直子氏にも話を聞くよう」指示されていた。記者が明代の人となりを聞く過程で幼少期の思い出も話した可能性はあろう。なお問題の記事が発行されたあと、その記者は朝木だけでなく矢野穂積とも〈個人的に会食する関係が生じている〉(講談社準備書面)という。

 東京地裁はデータ原稿の信用性に加え、取材記者の証言内容についても、

〈特に、被告大統に対する取材時の状況について供述した……の証言内容は、……同被告の自宅の状況と符合していること、同被告宅を訪問して同被告に取材を申し込んだときの状況についての証言内容も、具体的かつ臨場感にあふれており、作り話であるとの疑いを抱かせる事情は見当たらない。〉

 として、〈被告朝木らに対する取材の経過及び内容に関する限り、その大筋において信用することができるというべきである。〉と認定した(筆者注=いうまでもないが、そのデータ原稿に記載された内容の真実性を認めたわけではない)。

たぐい希な虚言体質

 一方、朝木は記者が朝木宅を訪問したと主張する日には大統は不在で、取材は不可能だったなどと主張し、記者の証言を否定した。朝木の主張に対して東京地裁は次のように述べた。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 3)

 被告朝木らの代理人は……(記者が)被告大統を取材することは客観的に不可能であることを根拠に、同証人の証言は虚偽であり、被告大統が被告講談社から取材を受けた事実はないと主張する。しかし、……右取材日についての証言内容に重きを置いてその証言全体の信用性を検討することは相当ではないというべきである。したがって、(記者)が平成7年9月4日に被告大統を取材したと証言したことを前提とする被告朝木らの代理人の主張は、その余の点を判断するまでもなく採用することはできない。



 東京地裁はこう述べて朝木の主張を排斥し、取材は存在したとする記者の証言について信用性があるものと認定したのである。その上で東京地裁は、「『週刊現代』から取材は受けておらず、コメントはいっさいしていない」とする朝木の主張に対して次のように結論付けた。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 4)
 
(記者ら)の各証言及び供述は、被告朝木らに対する取材の経過及び内容に関する限り、その大筋において信用することができるというべきであり、これに対し、被告講談社から被告朝木らが取材を受けたことはない旨述べる右被告直子の証言及び供述は、右両名の証言及び供述の各内容並びに前記データ原稿の内容等に照らし、信用することはできない。



 東京地裁はこう述べて朝木の主張を否定し、朝木父娘が『週刊現代』に掲載されたコメントをしたという事実を認定したのである。

 明代の自殺直後には好意的に取材に応じてくれていた長女の朝木が、最終的に取材そのものの存在を否定し、「コメントはしていない」と主張するとは、記者も編集者も夢にも思わなかったにちがいない。それが通常の信頼関係というものだろう。しかしそれから1年後、週刊誌記者も想定し得ない事態が起きたのだった。

 この判決から3年前の平成8年、有名な議席譲渡事件の尋問で、朝木は当選を辞退した理由について当初の主張とはまったく異なる理由を持ち出して市民を驚かせた。朝木は自己正当化、あるいは保身のためならどんな嘘をつくことも辞さない特異な人物であることを改めて知らしめたのである。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第26回
報道を期待していた朝木

 東京地裁は「取材は受けておらず、コメントもしていない」とする朝木の主張を否定し、『週刊現代』が掲載したとおりのコメントをしたものと認定した。記事の名誉毀損が認定された場合に朝木父娘がコメントをしたと認定されれば当然、朝木父娘にも不法行為責任が及ぶものと誰もが予想していた。

 矢野と朝木は、具体的な表現は異なっていたとしても、『週刊現代』以外のメディアに対しても「明代は殺された」と主張し、「創価学会の関与」をほのめかし続けていたし、彼らには「他殺」あるいは「他殺の疑い」と報道されることを期待するだけの理由があった。矢野には、明代が犯した万引きと万引きを隠蔽するために矢野自身が関与したアリバイ工作という犯罪を露顕させないためという自分自身の保身に関わる理由があり、朝木にとっては実の母親が犯した万引きの事実だけは否定したかった。

 朝木と個人的にも親しかった乙骨正生の『怪死』には、〈朝木さんに対しても、「万引き常習者」だの「家族揃って万引きをしている」などと、それこそ根も葉もない誹謗中傷が執拗に加えられている〉とする記載がある。明代の万引きを苦に自殺したことが世間に知られれば、乙骨のいう「誹謗中傷」がまんざら嘘でもなかったことが明らかになってしまうのである。実際、窃盗容疑で書類送検された明代は死亡したため不起訴となったが、東京地検は明代の万引きについては事実だったと認定している。

 矢野と朝木が明代の万引きとそれを苦にした自殺を否定するには東村山署副署長千葉英司がマスコミの取材に対して「事件性はない」とする判断を示していたことほど目障りなものはなかったはずである。矢野と朝木のメディアへの対応をみる限り、東村山署の見立てを打ち消すためにもメディアを味方につけ、「他殺説」を宣伝したかったように思える。

 もちろん『週刊現代』に対する思いも同じだったろう。だからこそ記事が発行された際、朝木はデスクに対して「よくここまで書いてくれましたね」と礼まで述べていたのである。だから、創価学会に対する名誉毀損の度合いは編集部と同等であり、当然、責任も同等であると私は考えていた。

東京地裁が示した判断基準

 朝木が『週刊現代』にコメントしたことが名誉毀損の不法行為を構成するか否かについて判断するにあたり、東京地裁は以下のように論点を示した(要旨)。

――一般に雑誌記事の編集権は出版社にあり、採用不採用を含めてコメントの使い方は出版社が判断・決定するものである。一方、取材された側は通常、発言内容がそのままの形で雑誌に掲載されるとは考えない。したがって、仮に被取材者に第三者の社会的評価を低下させる発言があったとしても、その発言を資料として作成した記事の公表によって生じた名誉毀損との間には原則として相当因果関係はない。

 しかし、取材を受けた者が出版社と意思を通じ、自らの発言がそのまま雑誌に掲載されることを承知した上で第三者の社会的評価を低下させる発言をしたというような特段の事情が認められる場合には「相当因果関係を認めることができるというべきである」――と。

 その上で東京地裁は、朝木と『週刊現代』の関係について次のように述べた。



(朝木らに対する東京地裁の判断 1)

 本件取材当時、被告朝木らは被告講談社の発行する週刊現代の記者の取材であることを認識しつつ、……自らの発言内容の一部が右雑誌記事に掲載されるかもしれないことについて、被告朝木らがその認識を有していたことは推認できるものの、それ以上に、自らの発言をそのまま右雑誌記事に掲載することにつき、被告朝木らがあらかじめ被告講談社と意思を通じていた事実については、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。



 東京地裁はこう述べて、朝木らがコメントしたことと掲載された記事との間の相当因果関係を否定したのである。とりわけ大統については、〈同被告の自宅を訪問した○○記者の取材申込みにたまたま短時間応じたに過ぎない〉とした。

裁判所に救われた朝木

 ただ大統とは異なり、取材に積極的かつ好意的に応じて記者と親密な関係を作り上げ、記事発行後には担当者に礼まで述べていた朝木直子の取材対応に対する東京地裁の評価は異なっていた。裁判の途中から「取材を受けておらず、コメントはしていない」と主張してきた朝木の『週刊現代』に対する姿勢について東京地裁は次のように述べた。

〈被告直子については、本件取材当時から、朝木市議の遺族として朝木市議の死亡に原告が関与しているのではないかとの強い疑いを有しており、朝木市議の死亡直後から朝木市議の議員活動の拠点であった事務所に詰めて他のマスコミからの取材に応じ、右疑惑の存在を繰り返し指摘していたことが認められる。

 したがって、被告直子は、被告講談社の取材に対しても、自らの持つ右疑いが右雑誌記事へ掲載されることを意欲していたことが窺われるところである。〉

 東京地裁は改めて、朝木が明代が万引きを苦にして自殺したことを否定するために彼らの主張を取り上げられることを期待し、『週刊現代』の取材に対して積極的に対応していたことを認定した。ここまでは当然の判断と思われた。しかし東京地裁は、朝木が取材を受けたことと現実の記事との相当因果関係について次のように述べたのである。



(朝木らに対する東京地裁の判断 2)

 しかしながら、被告直子がいくら自らの発言内容の右雑誌記事への掲載を意欲したところで、……被告講談社との間に意思の連絡が認められない限り、本件直子発言部分の趣旨の発言が記事として雑誌に掲載されるかどうか、……を予見することは困難である。そして、被告直子と被告講談社との間に、本件直子発言部分の本誌への掲載公表について意思の連絡があった事実は、本件全証拠を総合してもこれを認めるに足りない。……
 
 そうである以上、本件取材時における被告直子の発言と本件直子発言部分による原告の社会的評価の低下との間に相当因果関係を認めることはできないと言わざるを得ない。



 東京地裁はこう述べて、朝木父娘が取材に応じてコメントしたことと記事掲載との間には明確な共謀性が認められないから名誉毀損を構成しないと結論付け、朝木らに対する請求を棄却した。「コメントはしていない」とする主張を虚偽であると認定しても、裁判所は朝木がまったく主張しなかった理由によって朝木側の不法行為責任を否定し、形としては矢野と朝木が望んだとおりの結果となったのである。

 しかし結果はともかく、裁判の過程では『週刊現代』の無責任ぶりとともに、朝木が責任から逃れるためにはどんなに卑劣で、尋常ではあり得ないと思える嘘であろうと、なりふりかまわず主張できる希有な人間であることを世間に知らしめた。朝木がコメントの事実を否定して真実性の主張・立証から逃げたことで、矢野とともに主張していた「他殺説」にも根拠がなかったことを自白したも同然だった。

 そのことを十分に理解している矢野は判決後、矢野は私に対してこう言い放った。

 「朝木の責任が認められなくて、残念だったな」

 その顔はどうみても、明代の転落死の「真相究明」を真摯に訴えている者のようにはみえなかった。
 
(つづく)
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『週刊現代』事件 第27回
担当者の本音

 一審の東京地裁は朝木が『週刊現代』の取材に応じ問題のコメントをした事実を認めたが、不法行為の成立は認めず、講談社に対してのみ200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じる判決を言い渡した。朝木に対する思いも含め、この判決について講談社はどう考えていたのか。判決後、講談社は広報室名で次のようなコメントを発表している。



講談社の公式コメント

 判決内容は遺憾である。判決は当社が主張した中立報道の原則を一般論ではあるが初めて認め、朝木父子取材の適格性をそのまま認定したものであり、この点は評価に値する。しかしながら、朝木父子の声を読者に伝えることの重要性について理解がなされていない。社会的に注目を集めた死亡事件に関して遺族の声の伝達が許されないとするこの結論は、報道に対する重大な脅威ではないか。控訴を検討したい。



 裁判所が朝木のコメントの存在を認定したことを評価する一方で、いまだ「遺族の声の伝達」が無条件に許されるとする主張を繰り返すこのコメントからは、有名週刊誌のプライドと朝木に対する深い恨みのようなものを私は感じた。ただ判決内容は、朝木の責任を認めなかった点を除き、見直される要素があるとは思えなかった。講談社は「控訴を検討」するというが、本音のところはどうだったのか。

 そこで私は講談社に今後の方針を含めて直接聞いてみることにした。私が講談社に電話したのは判決から2週間後である。対応してくれたのは広報部でも編集部でもなく、法務部だった。私はまず控訴理由を聞いた。



(講談社法務部の回答 1)

――具体的な控訴理由は何か。

法務担当者  謝罪広告命令は異例であり、しかもスペースが大きすぎる。謝罪広告はよほどのことがなければ、そのような命令が出るものではない。謝罪広告というのは、出版社にとっては大きな意味がある。謝罪広告の中身も原告の要求をほぼ満たしている(講談社として容認できる内容ではない)。

 また賠償金額200万円というのも、通常の名誉毀損裁判の額とは1ケタ違うほどの額で、とうてい承服できない。



 控訴の具体的理由を聞いた質問に対する答えが謝罪広告の内容や大きさ、金額であるとは争う方向からしてすでにおかしくなっていた。これでは原判決よりも謝罪広告のスペースや金額の減縮を目的とした控訴で、つまり記事そのものに非があることは認めているものと受け取られかねない。



(講談社法務部の回答 2)

――記事に非があったことは認めるということなのか?

担当者  そうではない。スペースや金額はあくまで感想としていったまでで、たんに遺族のコメントを伝えただけの記事であり、表現行為そのものに違法はないというのが基本的な主張だ。私の感想もその延長線上のものだ。



 法務担当者はムキになることもなく、冷静な調子でこう答えた。しかし法務担当として、記事に違法性がないと考えているなら、最初に謝罪広告のスペースや賠償額が口をついて出てくることはなおさら矛盾していよう。担当者としてもそのことは十分承知しているようにも聞こえる。法務担当者として「非は認めるが、控訴もしないのでは世間的にも恰好がつかないから控訴するのだ」とはいえるはずもないのだった。

 私が反論を控えて聞いていると、担当者は続けた。



(講談社法務部の回答 3)

担当者
  『週刊現代』の取材はあったと認定した部分は評価する。控訴審では、「取材はあった」とするところを基本に争われることになると思う。しかし、記事の内容を争うのは困難だろう。



 担当者がここでいう「記事の内容」とは「『明代は創価学会に殺された』とする事実」そのものである。朝木のコメントが存在したことはともかく、その発言およびその内容を肯定的に記載した記事の内容について、担当者が「争うのは困難」とまで明確に発言するとはよほどのことではあるまいか。「記事の内容を争うのは困難」とは、記事内容を自ら否定したに等しいと私は感じた。朝木に対する不信は行き着くところまで行っている、と。

不毛な裁判

 そこで私は朝木に対する思いを聞いた。



(講談社法務部の回答 4)

――コメントを出した朝木らに対しては不法行為が認められず、講談社だけが責任を負わされたことについてどう考えるか。また、朝木父娘に対して裏切られたという思いはないか。

担当者  当初から信頼していた朝木父娘に裏切られたという思いはある。また、講談社が不法責任を問われるならば、コメントを出した側も当然そうではないか。しかしこの点に関しては、原告創価学会が控訴しているので、あちらがやるだろう。当方としては、あくまで正当な表現行為だったということを主張していくつもりです。



 講談社ほどの規模の出版社が部外者に対してここまで内情をさらけ出すことは珍しかろう。会社の不明を自ら認めることにほかならないからである。それも、見ず知らずの取材者に対して担当者がここまで率直に述べること自体が朝木に対する「裏切られた」という思いの強さを物語っている。

 担当者の姿勢は、同じく矢野のデマに騙されて賠償金を支払うハメになった「行動する保守」Aや右翼Mとは比べものにならないほど率直で、潔いと私は思う。しかしそれでも、相被告の立場である以上、講談社が朝木の不法行為を主張することはできないのである。朝木については敵であるはずの創価学会に期待していたのだろう。

 控訴審について担当者は「正当な表現行為」を主張するという。しかし講談社はすでに内心では非を認めており、あえて控訴審で期待するとすれば、謝罪広告の取り消しぐらいだったのではないかと思われた。

 朝木がコメントの事実を認め、共闘態勢を組んで正面から真実性・相当性を争うというのなら、結果は別にしてもまだ一応の闘い甲斐もあろう。しかしもはや講談社にとってこの裁判は、どういう負け方をするかというだけの不毛な闘いとなっていた。その意味において、関係者の怒りと徒労感は察するに余りある。

 その一方で、『週刊現代』を利用した矢野は、「朝木の責任が認められなくて残念だったな」とせせら笑っていたのである。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第28回
矢野特有の詭弁

 朝木父娘に対する責任を認めなかった東京地裁の判決に対して、創価学会は当然、控訴した。

 控訴審において創価学会は、とりわけ朝木らの責任について、「本件発言が掲載された『週刊現代』を国家公安委員長宛の請願書に添付して提出するなど積極的に利用するなど本件記事の内容について追認する行動をとっており、掲載自体に共謀性はないとしても、記事の成立について講談社とともに共同不法行為責任を負う」などと主張。

 これに対して朝木らは一審同様に「コメントはいっさいしていない」と主張するとともに、新たな主張を追加していた。朝木は新たに次のように主張していた。

「朝木らが『朝木市議死亡までの一連の事件に創価学会関係者が関与しているのではないかとの疑いがある』と指摘したとしても、それは事実の摘示ではなく論評であり、違法性阻却事由の立証対象は『疑い』や『疑惑』を基礎づける前提事実に関する真実性、相当性である。朝木議員の死亡に関しては創価学会の関係者が関与しているのではないかと疑われる事実が存在するから、これを指摘した朝木らの行為に違法性はない」――と。

 矢野を当事者とする複数の別件裁判でも登場するもので、「立証対象は事実の真実性・相当性ではなく、『疑惑』の真実性・相当性である」という主張である。「疑惑を指摘しただけ」と主張することで立証のレベルを下げようという思惑らしい。矢野でなければ思いつかないような詭弁だが、言い換えれば事実に対する真実性・相当性の立証を免れようとするものにほかならない。一応「コメントはしていない」と主張するつもりではあるものの、再び排斥されることを想定して手を打ったものとみられた。

引っ張り出された大統

 さて控訴審においても朝木らはなおも執拗に「コメントはしていない」と主張したため、東京高裁はこの点についてより慎重に判断しなければならなくなった。裁判所は大統に対する尋問を行うことを決定し、大統は「尋問には1時間しか耐えられない」(矢野)状態であるにもかかわらず東京高裁の証言台に立たされることになったのである。

 大統に対する取材の状況について『週刊現代』記者は、朝木宅を訪問した際、「大統は介助なしに杖もつかず、普通に飛び石の上を真正面を向いて歩いて門のところまで出てきて、渡された名刺を見ていた」と供述。これに対して朝木らは、大統は『週刊現代』の取材当時すでに「失明状態」にあり、記者が証言したような状況はあり得ないなどと主張していた。東京地裁は朝木だけでなく大統の「コメント」もあったと認定したが、大統に対する尋問は行っていなかった。このため東京高裁は実際に大統の供述を聞いた上で、その主張が真実なのかどうか判断したいと考えたのだろう。

 大統は当時、本当に失明していたのかどうか。開廷前、早くも朝木側の「失明していた」とする主張を疑わせる光景が見られたという。裁判に慣れていない実の父親を証人にしたのなら、障害がなくても当事者席まで案内するのが普通だろう。ところが法廷で見ていた千葉によれば、大統が被告席に行くまで娘の朝木が手を取るなどの介助をすることはなく、大統は独りで支障なく被告席まで歩いていったという。

 なお、証言にあたっては宣誓書に署名・捺印をしなければならない。その署名を見ると、大統の筆跡は判読ができる程度に漢字の部品が離れたり、近づきすぎたりしており、捺印も横向きになっていた。ただ、それが意図的になされたものではないという保証もなく、大統が「失明」状態にあったという証拠にならないことはいうまでもない。

乙骨が「失明状態」を否定

 では、大統の代理人が聞いた主尋問からみよう。代理人は冒頭、『週刊現代』にコメントしたかどうかあらためて聞いている。



(朝木大統に対する主尋問)

代理人
  あなたはこのような取材を受けたことはありましたか。

大統  ありません。

代理人  なぜ、ないというふうに言えるのですか。

大統  ……全く事実に反するようなことが書いてあったし、とんでもないことだということで、もし取材を受けていればそんなことはなかったはずです。

……

代理人  ……あなたはこの事件について取材を受けたことがありましたか。

大統  ありません。

代理人  講談社の週刊現代の記者から取材を受けたこともないんですね。

大統  ありません。



 代理人の質問に対し、大統は明代の転落死についてあらゆる媒体を含めていっさい取材を受けたことはなく、もちろん『週刊現代』の取材も受けていないと明言したのである。

 その大きな理由の1つが「失明」していたということで、『週刊現代』の取材について大統は、自力では玄関から門のところまで飛び石の上を歩いて行くことができないから、取材に応じられるはずがないと主張していた。

 しかし少なくとも当時、大統が玄関から門まで独りで歩いて出ることができたことを裏付けるもう1つの事実があった。『週刊現代』が取材した1カ月後の平成7年10月、東村山署の刑事が自宅を訪問した際、大統は玄関から門まで出てきて対応していたのだった。

 矢野と朝木が「靴がない」と騒いでいたため、自宅の靴箱を見せてほしいと要請に行ったのである。大統はこの要請を拒否した。この点について大統はこの尋問の際に「そのような要請があり、それを断ったという記憶はない」と供述したが、矢野や朝木と親しいジャーナリストの乙骨は別の裁判で、「大統さんから『東村山署が靴箱をみせてほしいといってきた』と聞いたことがある」と供述している。

 乙骨の供述は東村山署の記録を裏付けている。したがって東村山署の記録からも当時、大統は少なくとも独りで歩ける程度には目が見えており、「失明状態」にあったとする主張は虚偽であると判断できた。

 なお大統は東村山署の事情聴取に応じている。千葉によれば、その調書には大統自身が通常の文字で署名しているとのことである。

(つづく)
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『週刊現代」事件 第29回
至近距離に近づいた代理人

 講談社代理人の反対尋問ではとりわけ印象的な場面がみられた。講談社代理人の質問に対して大統が「平成5年ごろから両方の目が見えなくなり、誰かの助けを借りないと日常作業もできなくなった」と供述したあとのことである。代理人は東村山の「びっくりドンキー」で朝木側と顔合わせを行った際、目の前で大統が何の支障もない様子でハンバーグを食べる光景を見ている。そこで代理人は聞いた。



(講談社代理人による反対尋問 1)

代理人  食事なんかはどうですか。

大統  食事は目の前にあるものは自分で、はしで探せますから。

……

代理人  大変失礼なんですけれども、今1メートルぐらい前にある水のボトルは、もやにかかりながらも見ることはできますか。

大統  ほとんど見えません。見えません。



「ほとんど見えない」とは「見える」ということである。そのことに気がついた大統は、即座に「見えません」と言い直した。

 また、いくら食事が目の前にあったからといって、「失明」している者がはしで探して食うことは超能力者でもなければ不可能なのではあるまいか。大統は「びっくりドンキー」で食事をしているのを見られたことは否定できないと考え、先手を打ったつもりだったのだろう。しかし、「はしで探して食事ができる」と明言したということは「見えている」といったに等しかろう。

 法廷では珍しいと思われる場面が見られたのはそのあとである。大統がどうしても「見えない」と主張するので、代理人はあえて大統の顔の前に近づきこう聞いた。

「(代理人は被告の)1メートルくらい前に顔を置きます。朝木さん、私の顔は見えますか」

 しかしそれでも大統は「見えない」と言い張った。障害物の多い法廷内を難なく歩いていた者が1メートル前の弁護士の顔も見えないというのは、というのはどうみても不自然だった。そこで、講談社弁護士はこう聞いた。

「朝木さん、私と会ったことありますね。記憶あるでしょう」

 すると大統は「ファミリーレストランで会った」と即答したのである。尋問が行われたのは「びっくりドンキー」で顔合わせをしてから5年半も後のことである。しかも講談社側はそのとき4名で行っている。その中の1人を、当時も今も顔が「見えていない」にもかかわらず、大統は声を聞いただけでわかるというのである。目がよくないのは事実としても、少なくとも「まったく見えない」という大統の主張は信じがたいという印象は拭えなかった。

「見えない」と言い張る大統

 自分と会った事実を覚えていることを確認した上で、講談社代理人は大統が食事をしていた事実について次のように念を押した。



(講談社代理人による反対尋問 2)

代理人  大統さんは、あのとき、お食事をされていましたよね。

大統  はい。

代理人  私の記憶ではハンバーグ定食を食べていたようなんですが、記憶ないですか。

大統  食べたと思ってます。

代理人  私どもが行ったときには、すでに食事の注文をされて、食べてらっしゃいましたね。

大統  はい。

代理人  あのとき私は、目がそんなにお悪いとは考えていなかったんですけど、当時はまだ不自由されてなかったんじゃないでしょうか。

大統  いや、片目のときはよかったんですが、両目になってからはもう全く行動ができなくなってしまいました。

代理人  お食べになってるときに、目のこと悪いとお聞きしてたけど、全然そんな感じしなかったんですが、実際どうだったんですか。

大統  それは食べることは最低限できますけど、それ以外のことは非常に。



 代理人は大統が食事をしている様子をただ漫然と目撃したのではなく、大統が目が悪いことを事前に知っていて、「それほど悪いようには見えないな」と思いながら見ていたのである。代理人の見た印象は、ただ「食べるのを見た」というだけの記憶とは異って信憑性が高いと評価できよう。

 それを聞いた大統は「それは食べることは最低限できる」と弁解したが、大統はたんに「食べることはできる」といったのではなく、「はしで探せる」とも供述している。「はしで探せる」ということは、程度の問題はあるにせよ、「見えている」ということだとみるのが常識的なのではあるまいか。まして、「食べること」はできるが「それ以外のとこはできない」とする供述はとうてい信用しがたいというほかない。

最も唖然とさせた供述

 5年半も前にたった1度あっただけの人物を、声を聞いただけでその人物と断定できるという普通では考えられない大統の主張は、さらに常識的にもあり得ない話へと発展した。創価学会代理人に代わり、当時の大統の仕事について質問が及んだときの供述である。尋問を聞いてみよう。



(創価学会代理人による反対尋問)

代理人  会社では実際にはどのような仕事をしていたんですか。

大統  銀行出身だということで、銀行のお相手をしてほしいということでした。

代理人  ……具体的にいったらどういうことをするんですか。

大統  融資の話です。

代理人  具体的に書類等を確認し、見ながらすることになるわけですね。

大統  それは私はできませんので、担当の人が、経理部長なりがやっておりました。



 書類も見えない状態で、大統は銀行の担当者とどう融資の話をするというのか。代理人が聞くと、大統は「応対役みたいな形」であるという。そういわれても、書類をまったく見ないで銀行の応対などできるのか。代理人はさらに聞いた。



代理人  あなたは先ほど、1メートル先の講談社の弁護士の顔も見えないといわれたけれども、1メートル先の相手方の顔も見えないで応対できるんですか。



 的確な質問である。それに対する大統の供述は、この日の供述の中でも際立って聞く者を唖然とさせた。大統は堂々とこう答えたのである。



大統  声でやってますから、それは顔見なくても大丈夫でした。



「声でやってるから大丈夫」といわれても、これでは相手方の金融機関も正直なところ困惑しよう。そんな常識的にはちょっと考えられない話が信託銀行の支店長まで務めた人物の口から出てくるとは、驚きを超えて、むしろ哀れをさそった。当時すでに「失明していた」という「設定」に従えば、大統は自分の仕事についてこんなあり得ない説明をするほかなかったのだろう。大統が「失明していた」という話が最初に出てきたのは平成8年7月9日、議席譲渡事件における朝木直子に対する尋問の際である。

 なお、のちに矢野は明代の司法解剖鑑定書に記載された「上腕内側部の皮下出血の痕」が「他殺の証拠」であると主張しているが、矢野はこの裁判の一審判決前に司法解剖鑑定書を入手している。しかし一審では朝木はそのような主張はいっさいせず、コメントの存在を否定するとともに、「創価学会が関与した疑いを指摘しただけ」などという回りくどい主張をしただけだった。朝木が初めて「上腕内側部の皮下出血の痕」が「他殺の証拠」であると主張したのは入手から半年後の控訴審においてだったのである。
 
(つづく)
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