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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第30回
すでに『聖教新聞』裁判で敗訴

 平成13年2月1日に行われた本人尋問で朝木大統(以下=大統)は長女の朝木直子(以下=朝木)と口裏を合わせ、『週刊現代』の取材には応じておらず、朝木父娘のコメントを前提とする問題の記事は捏造であると主張した。その2年前、「取材を受けておらずコメントはしていない」と言い張った朝木の供述(平成11年2月15日)を、矢野は「いい証言だったろ」と称賛したものだった。

 しかし、朝木が証言台に立ったときと大統の尋問のときとでは状況は明らかに異なっていた。この裁判の一審判決で東京地裁は、朝木父娘の損害賠償責任は認めなかったものの、コメントの有無についてはその存在を認定している。

 それだけではなかった。『週刊現代』の記事などをめぐり矢野と朝木を批判した『聖教新聞』と創価学会だけでなく、明代の転落死について「(万引きを苦にした)自殺」と広報した千葉副署長、万引き被害者などをまとめて提訴していた裁判(『聖教新聞』裁判)で、矢野と朝木は大統に対する尋問の半年前(平成12年6月26日)にすでに敗訴していた。しかもその判決において東京地裁は、朝木父娘が『週刊現代』にコメントしていたものと認定した上で、彼らのコメントを掲載した同記事が〈創価学会の社会的評価を相当に低下させる名誉毀損行為であることは、その内容に照らして明らかである。〉とも認定していたのである。

『聖教新聞』裁判の判決から2カ月後の平成12年8月29日には、矢野と朝木の政治宣伝ビラである『東村山市民新聞』の記載をめぐり創価学会から提訴されていた裁判(「朝木明代の転落死には創価学会が関与している」とする趣旨の記事の掲載した同ビラの第68号~第72号に対して創価学会が提訴していた事件=『東村山市民新聞』事件)で、矢野の本人尋問が予定されていた。ところが当日、出廷したのは代理人だけで、代理人は裁判長に対して「矢野さんはめまいを起こして出廷できなくなった」として期日の変更を申請したという出来事もあった。裁判長はやむなく改めて尋問期日を設定し「次回はめまいにならないでくださいね」と申し渡した。ところが最終的に矢野は、裁判所が最大限の譲歩をして期日を指定した尋問にも出廷しなかったのである(この経緯の詳細は稿を改める)。

「他の関連裁判に直結する」

『聖教新聞』裁判の判決言い渡しの約半年前(平成11年11月)、東京地裁1階のエレベーター前ロビーで矢野は私に向かって自信満々にこういったことがある。

「この裁判(『聖教新聞』裁判)の判決は、他の関連裁判に直結する」

 と。『聖教新聞』裁判の判決が「関連裁判に直結する」だろうことについて大筋において異論はなかった。

 ただいうまでもなく、このときの矢野の様子からはその前提が「『聖教新聞』裁判で勝訴する」であることは明らかだった。だから『聖教新聞』裁判の敗訴によって矢野のもくろみは大きく崩れたのではないかと思われた。それが『東村山市民新聞』裁判で尋問に出廷しないという、朝木に対しても支援者にもとうてい顔向けできないような醜態につながったものと理解できよう。

「次回はめまいにならないで下さいね」という裁判官の言い方からは、裁判官は「めまい」が引き延ばしのための言い訳とみていたことがうかがえる。私も矢野は尋問から逃げたと考えているが、それには具体的な根拠があった。

 矢野が「めまい」を理由に尋問を欠席してからひと月後、私は東京地裁で矢野と会う機会があり、こんな会話を交わしたのである。



――めまいはもう大丈夫なんですか?

矢野  まだよくないんだよ。

――でも、3、40分しか尋問に耐えられないということはないんでしょう?

矢野  それは大統さんだよ。おれは今も1分も耐えられない状態なんだよ。ところでお前、まだ足がついてたのか。



 最後の一言は意味不明だが、脅しか何かだったのだろうか。それはともかく、ここで矢野は「めまい」の状況について「まだ1分も耐えられない状態だ」と述べている。ところがこの日矢野は、1時間近くかけて東村山から霞が関までやってきて、2件の裁判をこなしている。つまり「まだ1分も耐えられない状態だ」というのが嘘であることは矢野自身が目の前で証明しており、さらに「まだ」といっている以上、当初の尋問期日の状態も現在に含まれているから、その当時の矢野の「理由」も嘘だったということになる。

 確かに矢野が1年前にいったとおり、『聖教新聞』裁判の結果がまさしく「他の関連裁判に直結」したということなのだろうか。計算違いだったのは、『聖教新聞』裁判で「万引きの汚名を着せられて殺された」とする主張がことごとく排斥されて敗訴したことのようだった。

「失明状態」にあったとする朝木大統に対する尋問が行われたのは、そんな裁判状況の中だった。大統が『聖教新聞』裁判の判決でコメントの存在が認定されたことを知っていたかどうかはわからない。いずれにしても大統は、「失明していた」と主張することで「コメントはあった」と断定した一審の認定が覆る可能性があると考え、尋問の要請に応じたのだろう。

 しかし大統は、『東村山市民新聞』裁判で矢野が仮病を使って尋問から逃げていたことを、おそらく知る由もなかったにちがいない。大統の尋問からひと月もたたない平成13年2月27日、『東村山市民新聞』裁判で東京地裁は、矢野と朝木に対して200万円の支払いと、謝罪広告の掲載を命じる判決を言い渡した。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第31回
的中した「予言」

『聖教新聞』裁判でコメントの存在を認定された上、敗訴した矢野は、はたして控訴審で逆転勝訴できると本気で考えていたのかどうか。当事者(『週刊現代』裁判)である朝木はともかく、矢野は「『聖教新聞』裁判の判決は他の関連裁判に直結する」と断言していたほどだし、まして東京地裁は判決で「朝木父娘のコメントは創価学会に対する名誉毀損行為である」とまで言及していたのだから。

『週刊現代』裁判の控訴審判決が言い渡されたのは大統の尋問から3カ月後の平成13年5月15日である。一審で損害賠償責任を免れた朝木父娘は控訴審でも一審判決が維持されることを期待しただろう。しかし判決は矢野が「『聖教新聞』裁判の判決は他の関連裁判に直結する」と予言したとおりの結果となった。東京高裁は一審判決のうち朝木父娘に対する判断を変更し、「各自200万円」の支払いとともに謝罪広告の掲載を命じる判決を言い渡したのである。

 通常は講談社と「連帯して200万円を支払え」というところと思うが、この朝木父娘に対する命令は、「各自」という文言を使うことによって、この損害賠償200万円については講談社だけでなく朝木父娘にも同等に支払う責任があることを明確にしたもののように思われる。あるいは東京高裁も、講談社と朝木父娘に対して「連帯して」というのも非現実的過ぎると考えたのかもしれない。

欄外の広告にまで言及

 判決で東京高裁はまず『週刊現代』の記事について、〈一審原告(筆者注=創価学会)の名誉を毀損するものであり不法行為を構成するもの〉と認定した上で、その理由について一審判決の説示に加えて次のように述べている。

〈本件大見出しは、死亡した朝木市議の夫と娘の言い分という形がとられてはいるものの、「明代は創価学会に殺された」との部分が、そのうちで最も大きな字で記載されていて、……読者に朝木市議が一審原稿関係者に殺された旨の印象を強く与えるものとなっているというべきである。〉

 さらに東京地裁は、本件記事が当時発生していたオウム事件とイメージを重ね合わせるかたちで読者に訴えようとしていたことがうかがえる点に言及して次のように述べた。

〈「オウムのような犯行の手口」との小見出しがその(筆者注=前記大見出しの)直下に配されており、本誌発行の約半年前に起きたオウム真理教によるいわゆる地下鉄サリン事件をきっかけに次々明らかとなった坂本弁護士一家殺害事件をはじめとする同教団による組織的犯罪が発覚したことにより、当時宗教団体一般に対する不信感が醸成されていたことを背景に、一審被告朝木らの主張を強く印象づけるものとしている(ちなみに、本件記事の欄外の広告も、一審被告講談社発行の「実行犯がすべて語った!! 坂本弁護士一家殺害事件」なる書籍のものにあてられている。)〉

「欄外の広告」は〈「明代は創価学会に殺された」〉という衝撃的なタイトルのある見開きページの左端に配置されており、見開きの右ページには〈「オウムのような犯行の手口」〉とする小見出しもある。確かに東京高裁が述べるとおり、この広告を配置したこともまた朝木明代の「転落死」がオウム事件に似た背景を持つものであるかのように印象づける効果を狙ったものとみるのが自然である。

 オウム事件と同列に並べた矢野、朝木と『週刊現代』の戦略によって、オウム事件と朝木明代の自殺は「宗教団体による殺人事件」として多くの読者や市民の記憶の中にいったん1つの共通するイメージとしてまとめて収められた可能性は高い。その影響が今も根強く残っていることは、平成20年に東村山に乗り込んで「朝木明代は創価学会に殺された」とする街宣を行った右翼らがさかんに「オウムのような」という文言を利用したことからもうかがえよう。

 今年、東村山の知人から届いた1枚の年賀状には、「市外から引っ越してきた方の中にはまだ『朝木明代は創価学会に殺された』と思い込んでいる人がたくさんいます」と書かれていて、いまさらながら、「東村山デマ」の根深さに驚かされた。いったん正しい情報として刷り込まれたイメージは、それがデマであると認識を改めさせることは簡単ではないということなのだろう。

「紛争報道」を否定

 さて、東京高裁は記事が朝木らの主張の紹介に偏っている点についても言及している。

〈警察においては朝木市議の死因は自殺であるとしていて、一応の公の判断が下されているのであるから、その判断の根拠について掲載することによって、記事内容のバランスを保つことが可能であると考えられるにもかかわらず、……本件記事では全く触れておらず、かえって、「いい加減な警察の初動捜査」の小見出しの下で、捜査に不備があると一審被告朝木らが主張する点ばかりが指摘されているのであり、……被告らの主張を補強し、これを支持するものと読者において理解するような内容となっている。〉

 東京高裁はこう述べた上で、記事は公平な報道とはいい難く、〈紛争報道として名誉毀損を構成しないものと解することは到底できないといわざるを得ない〉と結論付けた。

 当時、『週刊現代』は別件ですでに警視庁から取材を拒否されており、明代の件でも東村山署には取材していない。しかし東村山署が「自殺」と判断をしていたことは新聞等で報じられており、『週刊現代』が東村山署の判断を知り得なかったということはあり得ない。

 通常の判断なら東村山署の判断を知った時点で「創価学会に殺された」とする矢野と朝木の主張を全面的に採用することには慎重になるところだろう。ところが『週刊現代』は何をどう錯誤したのか矢野らの説明と主張のみに基づき、結論だけでなく捜査のあり方にまで踏み込んで東村山署を一方的に非難したのである。これを「公平な報道とはいい難い」と断定した東京高裁の判断は一審にもまして厳しいもののように思えた。

(つづく)
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『週刊現代」事件 第32回
大統の勤務状況も重視

『週刊現代』の記事に対する東京高裁の判断は十分に予測されたものだった。では、東京高裁が朝木父娘に対する判決を変更するに至った理由は何だったのか。

 控訴審における最大の関心は①「コメントはしていない」とする朝木の主張をどう判断するか②コメントの存在が認められた場合に朝木父娘の責任が認定されるのか否か――という点にあった。まず「コメントをしていない」とする朝木大統の供述についてどんな判断をしたのか。東京高裁はこう述べた。



(朝木大統の供述に対する東京高裁の判断)

 一審被告(筆者注=大統)は、……当時は既に失明していて証人○○(筆者注=『週刊現代』記者)の供述するような対応(筆者注=記者が朝木宅を訪ねた際、大統が玄関から門まで出てきて取材に応じたこと)は不可能であった旨などを供述するが、同供述は、一方で同人が当時松戸市内の不動産会社で支障なく勤務していたとするなど、にわかに措信し難い内容となっていることから、到底これを採用することができず、原判決の認定事実を左右するに至らない。



 東京高裁はこう述べて、大統が当時失明していて取材にはいっさい応じていないとする主張は信用できないとし、『週刊現代』に掲載されたコメントをした事実を認定したのである。その理由の中でもとりわけ、大統が不動産会社で銀行との応対を「声だけで問題なくやっていた」などと供述した部分を取り上げて「措信し難い」と述べたことはきわめてまともな判断というべきだろう。

判断材料の1つとなった政治宣伝ビラ

 コメントの存在に関する東京高裁の判断は一審と同じだった。一審の東京地裁は「朝木は『週刊現代』の取材にコメントするにあたり自らの主張がそのまま掲載されることを意欲していたことがうかがわれるが、それがそのまま掲載されるかどうかについて編集部と意思の連絡があったとはいえない」などと述べ、コメントをした事実とそれが本件記事に掲載されたこととの間に相当因果関係があったとは認められないとした。ところが東京高裁はこの相当因果関係について踏み込んだ判断を示したのである。

 東京高裁は記事に朝木らのコメントが掲載されるにあたり、まず朝木らの側に「明代の転落死には創価学会が関与している」との主張を報道機関を通じて社会に訴えようとしていたと認定している。その理由として挙げているのは以下の3点である。

朝木と大統が『週刊現代』の取材に対して述べた主張の内容は共通したもの(「明代は万引き事件によって思い悩んだ末に、それが原因で自殺したという筋書きの下で創価学会に殺された疑いがある」というもの)だから、2人の間には事前に意思の連絡があったものと推認できること。

 朝木らの主張に真実性も相当性も認められないことは、本件記事について東京高裁が不法行為であると認定している時点で自明である。したがって上記①は、朝木らの主張が事実に基づくものではなく、齟齬が生じないよう口裏を合わせた上でコメントしていたと認定するもので、朝木父娘には「明代は創価学会に殺された」とする虚偽の事実を流布させようとする計画性があったと東京高裁がみていたことがうかがえる。

朝木らが問題の『週刊現代』の発売後、講談社に対して抗議、苦情の電話をかけたとは認められないこと。

 朝木は尋問で『週刊現代』が発売された日に、編集部に電話して「コメントはしていない」と抗議したと供述したが、東京高裁は朝木のこの供述は〈採用し難い〉、すなわち虚偽であると述べた。むしろ東京高裁は、その日の夕方、担当者が「草の根」事務所を訪ねて朝木、矢野と面会したこと、朝木がその際「よくここまで書いてくれましたね」と礼をいったという担当者の証言を信用できると判断したということと理解できよう。

朝木が編集に関与する彼らの政治宣伝ビラ、『東村山市民新聞』(筆者注=矢野が尋問から逃げた記事)においては本件記事発行後も継続して「創価学会疑惑」記事を掲載しているほか、ラジオ番組や他の週刊誌などでも同旨の発言を繰り返していること。

 東京地裁はこれらの理由から、朝木父娘(少なくとも朝木直子)が「明代は創価学会に殺された」とする主張を、〈積極的に報道機関を通じて訴えようとしていた〉ものと認めたのである。「積極的に訴えようとしていた」ということは、たんに聞かれたからコメントしたということではなく、掲載されるよう努力したということでもあろう。

双方の「意欲」を推認

 その結果、朝木らのコメントが本件記事に掲載をみた理由について東京高裁は次のように推測している。

〈本件記事の掲載についても、それは一審被告朝木らの意図に沿うものであり、一審被告講談社においてそのような記事を掲載することを意欲していたものと推認される〉

 東京高裁は、本件記事がかたちとなって成立したのは『週刊現代』側と朝木側双方の意図と意欲が合致したからであると判断したフシがうかがえた。

 さらに東京地裁は、当時のオウム真理教による大量無差別殺人事件によって、〈社会一般が宗教団体全般に対して批判的となっていた風潮の下において〉、朝木らの主張も「大衆向け週刊誌」である『週刊現代』なら、〈創価学会に対する批判的論調の1つとして好意的に取り上げられることが強く予測されたというべきである〉とも述べた。

 判決では触れられていないものの、本件記事にはかねてから朝木側と『週刊現代』側双方と関係があったジャーナリストの乙骨正生が登場し、朝木および『週刊現代』の主張を肯定するコメントを提供している。乙骨は明代の自殺から2カ月前の万引き事件の時点からすでに矢野と明代の「冤罪」とする主張に与するなど親密な関係にあった。このような乙骨との関係からも朝木らは、『週刊現代』が彼らの主張を好意的に取り上げる可能性を予見できたのではないか――、こうみることもなんら不自然ではあるまい。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第33回
踏み込んだ判断

 東京高裁は朝木が彼らの主張を『週刊現代』が取り上げることを意欲し、『週刊現代』の側にも朝木の主張を好意的に取り上げるだけの時代的背景もあったとした上で、朝木父娘の不法行為責任について次のように結論付けた。

〈一審被告朝木らが一審被告講談社の本件取材に応じたのも、その見解をマスメディアによって一審原告批判として取り上げられたいとの意図に基づくものであったと推認することができる。そうすると、一審被告朝木らは、本件記事の掲載につき、その結果を意図してこれに加巧したものであるから、一審被告講談社らとともに一審原告に対する名誉毀損につき共同不法行為責任を負うというべきである。〉

 一審の東京地裁は朝木らが「明代は創価学会に殺された」とする主張を取り上げてもらうことを意欲していたことまでは認定したが、コメントの掲載について『週刊現代』と意を通じていたという証拠がないとして、朝木らの不法行為責任を認めなかった。しかしこの点について、東京高裁はこう述べた。

〈もっとも、……(いかに朝木らが意欲しても)編集者の意思の関与がなければその目的を達し得ない関係にあるといえる。しかし、本件では前記のような事情が認められる以上、一審被告朝木らは一審被告講談社らの本誌の編集行為を利用して一審原告の名誉を毀損するという不法行為をしたとの関係が認められ、編集という他人の行為が介在することの一事をもって、因果関係が否定されるものでもないから、……編集行為の介在が、一審被告らの一審原告に対する不法行為の成否に消長を来すことはないと解すべきである。〉

 上記記載の中で特筆すべきは、東京高裁が〈本誌の編集行為を利用して〉ときわめて踏み込んだ判断を示していることである。この前提に朝木父娘のコメントが根拠のない虚偽であるという判断があることは、続く〈一審原告の名誉を毀損するという不法行為をした〉とする記載からうかがうことができる。つまり東京高裁は、朝木らが根拠のないデタラメのコメントを掲載させようとしたとする判断があり、それが〈本誌の編集行為を利用して〉とする文言を使用させたのではないかという気がする。

 あるいは『週刊現代』に掲載されることを意欲して積極的にコメントを提供したにもかかわらず、「コメントはしていない」として責任から逃げた朝木父娘の不誠実きわまる対応も事実認定に大きく影響したのだろう。とりわけ大統の供述内容は裁判官の心証をより悪化させたのではあるまいか。

50ページに及ぶ主張

 大統の供述に加えてもう1つ、裁判官の心証をさらに悪化させたとみられるのが、「朝木らの行為は事実の摘示ではなく『創価学会が関与しているのではないかとの疑いを指摘した論評』である。したがって立証対象は『疑いや疑惑』を基礎づける事実の真実性等であり、それを裏付ける多くの事実がある」と主張したことである。この詭弁は矢野が当事者となった『東村山市民新聞』事件の控訴審(矢野は一審ではこのような主張はしていない)でもより詳細に主張されることになる。矢野と朝木はこう主張することによって、立証のハードルを下げようとしたようにみえる。

 一般人からすると頭が痛くなるような難解な主張だが、朝木の主張を理解するために改めて整理すると、この主張は「①『明代の転落死には他殺を裏付ける多くの事実があり』、②『その事実に創価学会が関与しているのではないかという疑いがある』と主張したにすぎない」という二重の論理構造になっている。したがって、立証対象は『殺害の事実への関与』ではなく『他殺を裏付ける事実への関与』であるといっているようである。

 単刀直入に「創価学会が朝木明代を殺害した証拠はこの事実である」といえない時点ですでに苦しいと思うが、朝木(矢野)は控訴審において上記2段階の分類に従い、①〈他殺であることに関する真実性、相当性〉(13項目)と②〈控訴人創価学会関係者の朝木議員死亡までの一連の事件への関与に関する真実性、相当性〉(37項目)に分けて、それぞれ具体的事実を列挙している。

 ①ではたとえば、「遺書の不存在、事務所内の状態」「臭路の未確認、靴、目撃者の未発見」「鍵の捜査の放棄」「墜落時の体位」「争った痕跡」など13項目が挙げられており、「争った痕跡」のところで司法解剖鑑定書に「上腕内側部に皮下出血の痕」があると記載されていることに触れている。ただ、『聖教新聞』裁判の準備書面では図面(『東村山の闇』に掲載されているもの)を示してこれを「他殺の証拠」と主張しているが、この裁判では千葉が一般論として、「捜査上、上腕内側部の皮下出血の存在が争った痕跡を示す証拠と認識されると証言した」とした上で、「明代の司法解剖鑑定書にも上腕内側部に皮下出血が存在したことを示す記載がある」と述べるにとどまっている。

 ②では、「創価学会による刑事告訴(筆者注=本件記事に対する刑事告訴)の不起訴処分の理由」「創価新報(創価学会機関紙)関係者による尾行」「公明党議員による集会妨害行為」「創価学会による組織的な東村山市民新聞配布妨害」「地元青年部創価信者による矢野議員に対する襲撃殴打事件」(筆者注=いわゆる「少年冤罪事件」)「朝木直子ポケベルへの嫌がらせ事件(筆者注=4444という数字が打ち込まれた事件)――など37項目を挙げている。

不可解な不起訴処分の「理由」

 上記②の中で、裁判官に信用されれば最も説得力があると思われたのは本件記事をめぐる「刑事告訴」に関する主張である。東京地検八王子支部はこの刑事告訴について平成10年7月5日、不起訴処分を決定したが、その理由について矢野は偶然、検察官が創価学会の代理人に対して「十分の捜査の結果、創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」という処分理由を説明しているのを聞いたと主張していた。なお、この件について朝木はすでに一審でも「矢野さんから聞いた話」として陳述書でも尋問でも供述しているが、一審で朝木は特にこの点についての主張はせず、争点とはなっていない。

 この準備書面が提出される1カ月前、矢野は自分が上記内容を現認したとする陳述書を提出している。これに対して、当事者でもある創価学会代理人は矢野が証言するような事実はないとする反論を行っている。 

 朝木のこの主張に信用性があると判断されれば、素人目にもそれだけで少なくとも真実性の根拠になりうると思える話だった。むしろ、そんな地検の重要な「判断」をなぜいままで主張しなかったのか、またこの「重要な」事実がなぜ、①ではなく②の「一連の事件への関与に関する」部分で主張されているのか不可解だった。この項目は②の最初に入れられているから、くくりを間違えたということはあり得ない。すると、ここでいう「事件」とはたんに朝木がいう「一連の事件」と称するもののことなのか。

 ちなみにこの不起訴処分が行われた直後に発行した『東村山市民新聞』第97号(平成10年9月1日付)にはこう書かれていた。



(「不起訴処分の理由」に関する『東村山市民新聞』の記載)

〈捜査の結果、創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できないことが判明する事態となったのが不起訴の大きな理由となっており……〉



 こんなことが不起訴の理由になるとは思えないが、この記載をみるかぎり、ここでいう「事件」とは「一連の事件」のことのようである。

 いずれにしても朝木の真実性・相当性に関する主張は①②を合わせてB5で50ページにも及んだ。②で延々と主張した「疑惑」が①の「他殺」と直接的につながることがあるのかどうか。①と②の直接的なつながりを立証できなければ、「創価学会に疑惑がある」とする真実性・相当性の立証とは永遠にならないということだけは確かなように思われた。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第34回
相手にもされなかった詭弁

 50ページにも及んだ朝木の「前提事実の真実性・相当性」という主張に対して東京高裁はこう述べた。



(朝木の詭弁に対する東京高裁の判断 1)

 朝木らは、当審で、……被告らの行為は事実の摘示ではなく、朝木市議死亡等に一審原告関係者が関与した疑いを指摘したという論評であるから、その疑いを基礎づける事実の真実性等が違法性阻却事由の立証対象と解されるところ、これを疑わせる事実が存する旨主張する。しかしながら、一審被告大統、同直子がそれぞれ○○記者……に対して述べた内容及びこれに基づいて掲載された本件記事に照らして、同一審被告らの述べたところは……その旨の事実を指摘するものであることは明らかである。



 東京高裁は朝木父娘のコメントは「殺害に関与した(のではないか)とする事実」を指摘するものであると明快に認定。その上でこう結論付けた。



(朝木の詭弁に対する東京高裁の判断 2)

 仮に同一審被告らが疑いを指摘したものとしても、その場合の違法性阻却事由の立証対象は、単に疑いの存在を立証したことでは足りず、原則としてその疑わしいとされた事実の真実性を立証することを要すると解すべきであるから、……同主張を採用することはできない。



 朝木父娘が「明代は創価学会に殺された」と断定したことは事実と思うが、東京高裁は仮にそれが「疑い」の指摘だったとしても、「疑いを裏付ける事実への関与」などではなく「殺したとする疑い」自体の真実性を立証することが必要だと述べ、朝木の詭弁を排斥したのである。つまり朝木が準備書面で主張した「①『明代の他殺を裏付ける事実の存在』と②『その事実に創価学会が関与している疑い』」などという二重の論理は相手にされなかったということになる。

 東京高裁は朝木が準備書面で並べた真実性・相当性を主張するための50項目のうち、ただの1項目さえ判決文に記載していない。このことがなにより朝木に対する東京高裁の不信感を物語っているように思える。もちろん矢野が東京地検で聞いたとする「不起訴処分の理由」の件についても、一言半句も触れられていなかった。

 この裁判で重要なのは、朝木と矢野が「明代は創価学会に殺された」とする事実を立証しようとせず、「殺害を裏付ける事実に関与しているのではないかという疑いがある」などとし、違法性を否定しようとしたことである。コメントの存在を否定したのみならず、自らコメント内容に対する立証のハードルを下げたという事実こそ、そもそもコメントの内容に客観的な根拠などなかったことを自白したに等しい。この主張を思いついたのは朝木ではなく矢野だろう。

 こうして東京高裁は講談社に対する一審判決を維持し、朝木父娘に対しても各自200万円の支払いとともに講談社とは別に『週刊現代』誌上における謝罪広告の掲載を命じた。その後、講談社と朝木父娘はそれぞれ上告したが平成14年10月29日、最高裁は上告を棄却し、東京高裁判決が確定した。

 確定からしばらくして講談社は創価学会に対して200万円を支払い、『週刊現代』誌上に命じられたとおりの謝罪広告を掲載した。その内容は以下のとおりである。



(講談社の謝罪広告)

 株式会社講談社及び「週刊現代」編集人兼発行人元木昌彦は、「週刊現代」平成7年9月23日号において、「東村山女性市議『変死』の謎に迫る 夫と娘が激白!『明代は創価学会に殺された』」との大見出しの下、あたかも貴会が、東村山市議の朝木明代を殺害したかのような印象を与える記事を掲載頒布しました。
 株式会社講談社及び元木昌彦は、右記事によって、貴会の名誉を著しく毀損したことに対し、謹んで謝罪の意を表します。



 一方、東京高裁が朝木父娘に対して命じた謝罪広告の内容は以下のとおりである。



(朝木父娘の謝罪広告)

 朝木大統及び朝木直子は、「週刊現代」の取材に対し、朝木明代が創価学会関係者に殺害された疑いが強い旨述べたところ、これが同誌平成7年9月23日号において、「東村山女性市議『変死』の謎に迫る 夫と娘が激白!『明代は創価学会に殺された』」との大見出しの下で掲載され、あたかも貴会が朝木明代を殺害したかのような印象を与えることになりました。しかしながら、このような疑いがあるとしたことは根拠に欠けるものであり、この発言が「週刊現代」誌上に掲載されたことにより、貴会の名誉を著しく毀損したことに対し、謹んで謝罪の意を表します。



 朝木が「明代は創価学会に殺された」とする主張に根拠がないことを自ら認めた謝罪広告を命じられた意味は大きかろう。謝罪広告の掲載命令を朝木が履行し、『週刊現代』に掲載されたという話は聞かない。しかしこのころから矢野と朝木は、「明代は何者かに殺された」という文言は使用しても「創価学会」の文言は使用しなくなったのである。

自分自身に語った朝木

 ところでまだ『週刊現代』裁判が終結をみないころ、東京高裁の待合室で偶然矢野、朝木に出くわしたことがある。嘘にまみれて人生を生きることは多大の苦痛を伴おう。彼らが「朝木明代は万引きをしておらず、自殺とみせかけて殺されたのだ」と主張し続けることは、自分自身を騙し続けるということでもある。

 待合室は入口から見て左右にベンチが設置されている。ドアを明けると、右側に矢野が座り、左側に朝木が向かい合って座っていた。私は朝木に並んで腰を下ろし、こう話しかけた。

――いつまで嘘をつき続けるつもりなのか。あなたはまだ若いし、いくらでもやり直しができるだろう。

「嘘をつき続けている」といわれれば、プライドの高い朝木なら当然、食ってかかってきてもおかしくない。ところが朝木は、私の発言になんら反論することもなくこう答えたのである。

朝木  私はもう若くないから。

 その声と口調は、それまで法廷で見てきた敵意むき出しのものではなく、むしろ自分自身に向かって語っているようだった。それを聞いた矢野はすかさず私に向かって「今度は説教か」と割り込んだ。しかし少なくとも、「嘘をつき続けている」といった私の言葉に朝木がそのとき一言も反論しなかったのは事実だった。朝木は嘘をつき続けていることを十分に自覚していたということだろう。それを瞬時に察した矢野があわててその場をごまかした--この一瞬の場面は、まぎれもなくそういう光景であるように思えた。

 しかし、最高裁決定後にコメントを求めようとすると朝木は露骨に嫌な顔をし、そばにいた矢野に助けを求めた。以後、朝木は私が何かを聞こうとしてもほとんど口を開かなくなった。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第35回
主張が認められたかのような宣伝

『週刊現代』事件は、東京高裁が朝木父娘の「コメントはしていない」とする主張と50ページにも及ぶ「前提事実の真実性・相当性」などという詭弁を排斥し、最終的に講談社だけでなく朝木父娘に対しても各自200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じて終結した。講談社は提訴されたとたんに自分たちだけは責任を逃れようとするような者たちに心を許し、利用されるだけ利用されたあげくにみごとにはしごを外されてしまうというメディアとしてこの上ない恥をさらすことになった。

 しかし朝木と矢野は、ただ裁判の上で責任を逃れようとしただけではなかった。一審判決後には、彼らは裁判の状況など知る由もない市民に対しては政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』で、『週刊現代』を裏切ったことを隠して「勝訴」(敗訴しなかっただけ)という結果のみを宣伝し、『週刊現代』の裁判対応についてはむしろ次のようにこき下ろしさえしたのである。



(平成11年9月1日付『東村山市民新聞』第107号の記載=一審判決後)

創価を連続撃破

(刑事告訴が不起訴処分になったことを記載したあと)7月19日に、同じ「週刊現代」の記事を創価本部が、名誉毀損裁判に訴えた事件で、東京地裁は、私と父に対する請求を棄却し、私達は続いて勝訴。

「週刊現代」側は、証拠を出して事実を証明する努力をしなかったため敗訴。

 しかも裁判所は「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もない」との部分を認めず、創価本部にまた激震。



〈私達は続いて勝訴〉〈裁判所は「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もない」との部分を認めず〉という部分を読むと、読者がまるで「明代は創価学会に殺された」という朝木の主張が認められたものと錯覚してもおかしくない書き方である。そう書く一方で、『週刊現代』は立証の努力をしなかったため敗訴したと、『週刊現代』だけに落ち度があったと印象づけた。『週刊現代』に関する記載は事実かもしれないが、彼らにもまた立証責任があったにもかかわらず、彼らはコメントの責任から逃げたのである。

 東京地裁は朝木父娘のコメントが名誉毀損であることは認めたものの、それを記載するかどうかの決定権は『週刊現代』にあり、また掲載について意を通じていなかったとし、朝木父娘はかろうじて敗訴を免れたにすぎない。しかしそのことを一般の読者は知る由もないのだった。それを「勝訴」と宣伝するのは虚偽とはいえないが、「コメントはしていないと主張したが否定され、名誉毀損性を認定された」という重要な事実を伝えていないという点で詐欺的な記事である。

並大抵でない特異さ

 さらに末尾の〈裁判所は「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もない」との部分を認めず〉とする記載は、何も知らない読者は内容的にも「明代は創価学会に殺された」とする朝木の主張が認められたと誤解する可能性が高いという点で悪質というほかない。東京地裁判決は、朝木父娘のコメント及び『週刊現代』の記事が創価学会の名誉を毀損するものと認定している。すなわち東京地裁は「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もない」と認めたに等しい。

 すると〈裁判所は「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もない」との部分を認めず〉とする朝木の記載は事実に反するように思える。しかし実は、この部分だけに限れば必ずしも虚偽ともいえない、という複雑な経緯があったのである。

 どういうことか。創価学会が講談社と朝木父娘に対して請求した謝罪広告には「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もなく」という文言が入っていた。ところが東京地裁が講談社に対して命じた謝罪広告にはこの文言が入っていなかった。朝木(矢野)はすかさずこの点につけ込み、〈裁判所は「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もない」との部分を認めず〉と記載したということだった。

 部分的には嘘ではないという主張は可能かもしれない。しかし記事を総合的に理解すると、東京地裁があたかも明代の転落死に創価学会が関与していたことを認めたかのような印象を与える点で、記事は読者を欺くものといえるのではあるまいか。自分たちは〈事実を証明する努力〉どころかコメントをした事実から逃げ、すべての責任を講談社に押しつけたにもかかわらず、判決が言い渡されるや都合のいい部分だけを利用し、自分たちだけは誠実に事実を主張してそれが認められたかのように宣伝するとは、やはり矢野と朝木の悪質さ、特異さは並大抵ではないということである。

 この記事掲載から半年後に発行した『東村山市民新聞』第110号(平成12年2月1日付)でも朝木は同様の記事を書いている。



(『東村山市民新聞』第110号の記載)
 
「週刊現代」事件の裁判では、創価側は朝木議員殺害事件に無関係だと主張しましたが、しりぞけられています。掲載記事の事実の証明をしなかった「週刊現代」は敗訴しましたが、朝木遺族側は創価に勝訴。



 この記事では第107号の記載よりも単刀直入になった分、さらにストレートに、「明代は創価学会に殺された」とする彼らの主張があたかも裁判所から認められたかのような記載になっていることがわかるのではあるまいか。

 創価学会が請求した謝罪広告にあった「朝木市議の死亡と創価学会は何らの関係もなく」とする文言が裁判所の命じた謝罪広告の中に入っていなかった点を捉えて「明代の転落死に無関係だとした創価学会の主張が退けられた」と言い換え、「事実の証明をしなかった『週刊現代』は敗訴したが、朝木側は勝訴した」と書けば、あたかも朝木らが「明代は創価学会に殺された」とする事実の証明をした結果、勝訴したかのように読めよう。「コメントはしていない」と逃げただけの事実からははるかにかけ離れた宣伝である。表現を徐々に彼らの主張したい方向に引き寄せていき、内容においても彼らの意図に合わせていこうとしている様子がうかがえる。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第36回
「創価べったりの判事」と主張

 一審判決後、朝木は損害賠償責任を免れたことで、あたかも彼らの主張が裁判所から認められたかのような宣伝を行った。では、朝木父娘にも損害賠償と謝罪広告が命じられた東京高裁判決後、矢野と朝木はどう書いたのだろうか。控訴審判決(平成13年5月15日)を2週間後に控えた平成13年4月30日付『東村山市民新聞』第119号で朝木は次のように予告している。

〈この裁判は、(一審は)私達朝木議員遺族は勝訴しましたが、敗訴した創価は不服として控訴し、東京高裁でこの5月に判決が出る予定です。〉

 一審判決後に都合の悪い部分はいっさい表に出さなかった朝木が判決の「予告」までするとは、矢野と朝木には控訴審でも逃げ切れるという目算があったのかもしれない。

 この判決について記載したのは『東村山市民新聞』ではなく平成13年5月付『草の根市民新聞』第7号だった。矢野が『草の根市民新聞』として発行するのは、国政選挙や東京都議選が行われる場合に東村山を含む周辺地域を配布対象地域とする場合のようである。基本的にビラの名前が変わるだけで、中身は『東村山市民新聞』とほとんど変わらない。控訴審判決について朝木は次のように記載した。



(東京高裁判決後の『草の根市民新聞』の記載)

 創価学会は……私と父、「週刊現代」編集長を刑事告訴しました。が、……徹底的に捜査した東京地検は、……不起訴の決定をしました。創価の刑事告訴は門前払いとなったのです。……

 ……(地検はともかく)裁判所には創価べったりの判事がいて一方的な審理や判決をしています。

 例えば、創価は……「週刊現代」記事が名誉毀損だとして、私達を民事提訴し、99年7月の判決で、私達朝木議員遺族が勝訴。が、……今度は高裁で5月に、遺族が「週刊誌を利用した」などと全く奇妙な理由をつけ逆転判決です?! 



 あえて要約すると、「東京地検は刑事告訴を不起訴としたが、裁判所には〈創価べったり〉の裁判官が存在しており、その裁判官が理不尽な理由をつけて〈逆転判決〉となった」ということらしい。のちに『東村山市民新聞』事件でやはり200万円の損害賠償と謝罪広告の掲載が命じられた際、矢野は証拠や主張によってではなく「『裁判官が創価寄り』だったために不公正な裁判が行われた結果、敗訴に追い込まれた」と印象付ける記事を掲載したが、裁判が「創価寄りで」で不公正であるとの印象操作はこの頃から始まっていたのである。「明代は殺された」とする証拠をなんら明らかにできないから、印象操作に逃げ込んだということと理解できよう。

 またこの記事には朝木父娘に各自200万円の支払いと謝罪広告を命じた判決内容も明示されていない。少し裁判の知識がある人なら「逆転判決」の意味はわかろうが、それでもこの裁判がどうなったのか、この記事のかぎりでは普通の読者は確信をもって理解するには至らない。あえて「敗訴」という表現を使わず〈逆転判決〉とのみ記載したところに、自分たちに都合の悪い判決結果は可能なかぎり明示したくない彼らの本音が透けて見える。

ますます曖昧な表現に

 平成14年10月29日に言い渡された朝木らの上告を棄却した最高裁決定について報告されたのは平成15年1月31日付『東村山市民新聞』第129号である。記事は『週刊現代』事件以外の『聖教新聞』事件など関連裁判の結果を報告するという体裁になっており、いずれもあたかも彼らに有利な判決が下されたかのように記載されている。そのような記事に囲まれた中で朝木は『週刊現代』裁判について次のように述べている。



(最高裁判決後の『東村山市民新聞』の記載)

〈「週刊現代」最高裁判決10/29〉

 この裁判は「週刊現代」が「明代は創価学会に殺された」と書いた記事を、創価イケダ本部が刑事告訴と併せて提訴したものです。刑事告訴は「創価の事件関与の疑いは否定できない」として、98年7月東京地検は創価イケダの告訴を門前払いしました。創価べったりで信用できない裁判官もいる事を証明した判決ですね。



 ここに至ってはもう、〈「創価の事件関与の疑いは否定できない」として〉〈告訴を門前払いした〉と、東京高裁が相手にしなかったあり得ない理由を挙げた上で、「不起訴」という結果を記載しているが、見出しにある民事の最高裁判断についてはどこにも具体的に明記していない。文字数もそのほとんどが「不起訴」の説明に費やされていて、「最高裁判決」に関する記載がどこにあるのかにわかに判断できないような扱いになっているところに苦心の跡がみえる。

 ところで、上記記事の中で創価学会のことを「創価イケダ本部」と記載していることに違和感を持たれた読者もあろう。冒頭では「新興宗教・創価イケダ教信者」という文言がある。これらの記載からは、朝木が「創価イケダ本部」といういかにもいかがわしげな実在もしない団体名を記載することによって、創価学会に対して「新興宗教」=反社会的団体というイメージを被せようとする意図が感じられる。記事は読者に対して最初に創価学会が「社会的信用のない」「新興宗教」であるとするイメージを与えた上で、「不起訴」の話へと続け、相対的に自分たちの主張が認められたと主張しようとしているように思える。

 この記事を読んだ読者は〈創価べったりで信用できない裁判官もいる事を証明した判決〉という部分から結果を類推するしかないが、やはり実際にはどうなったのか確信は持てない。その一方で、「刑事告訴が不起訴になったこと」と朝木が「〈創価べったりの裁判官もいる〉といっていること」だけは読者の印象に残る――という構造の記事である。朝木としては、〈証拠を出して事実を証明する努力をしなかったため敗訴〉した講談社だけでなく、自分たちも同様に真実性・相当性の立証ができずに敗訴した事実をよほど明らかにしたくなかったものとみえた。

 なお、『週刊現代』が提訴されて以後、朝木はビラに〈『週刊現代』が掲載した朝木議員遺族の発言そのものは事実と異なってはいる〉とは記載したが、「『週刊現代』には取材を受けておらず、コメントもしていない」とはついに1度も書かなかった。「事実と異なっている」のと「コメントもしていない」というのとでは大きな違いがあろう。「取材を受けていない」のなら、『週刊現代』の記事は捏造だというべきなのである。

 しかし、「コメントはしていない」と書いてしまったのでは、実は彼らが『週刊現代』と敵対関係にあることを市民に悟られる恐れがある。彼らの今後にとっても、これはさすがにかえってマイナスになりかねないと判断したのだろうか。いずれにしても矢野と朝木はこうして、裁判の結果などについて一般市民に対して事実とは異なる説明をしていたのである。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第37回
批評を「控えた」矢野

 矢野と朝木は『東村山市民新聞』第129号(平成15年1月31日付)で彼らの上告を却下した最高裁決定に関する記事を掲載するまで、〈事実の証明をしなかった「週刊現代」は敗訴しましたが、朝木遺族側は創価に勝訴〉などと、『週刊現代』は自分たちと違ってやるべきことをやらなかったために敗訴した(趣旨)と記載してきた。しかし矢野と朝木が平成15年11月に発行した『東村山の闇』には『週刊現代』を批判するような記載はいっさいない。というよりも、この裁判に関する記載自体がなかった。

 その代わりに丸々1章を充てていたのが、同じ『週刊現代』の記事をめぐって創価学会が刑事告訴した件だった。第7章の見出しには〈最初の勝利、刑事告訴を粉砕――「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」〉とあり、最初の小見出しは〈「週刊現代」は勝った〉というものだった。第7章の書き出しはこうである。

〈1995年9月11日、殺害事件後、トップを切って講談社の「週刊現代」が発行された。「明代は創価学会に殺された」と題する記事だ。編集権は週刊誌側にあるから、私たちが内容について批評することは控えるが、すぐさま創価学会は刑事告訴を警視庁に行った。〉

 上記記載では『週刊現代』の本来のタイトルから〈夫と娘が激白!!〉という文言が省かれているが、これは偶然ではなく、記事作成の過程に朝木父娘が関与していたことを隠したいという意識が働いたものと私はみている。

 さらにここで矢野は、〈編集権は週刊誌側にあるから、私たちが内容について批評することは控える〉という。編集権が週刊誌にあるのは当然としても、だからといって外部の者が記事について批評できないということはない。矢野はここで「批評を控える」などと無関係を装うが、これには2つの理由があるのではあるまいか。

 1つは、朝木と大統は「取材を受けておらず、コメントもしていない」と主張してすべての責任を『週刊現代』に押しつけようとしたこと、控訴審ではこの第7章のタイトルにもある「刑事告訴」の件についても真実性・相当性の根拠として主張したが相手にもされず、結局は講談社ともども各自200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じられたという事実から読者の目をそらせるためだろう。現に、『東村山の闇』には民事裁判の経過は記載されていない。

 もう1つは、〈編集権は週刊誌側にある〉ということで、仮に朝木がコメントしていた(取材に応じていた)としても、それをどう扱うかは『週刊現代』の権限であり、記事に掲載されたコメントについて朝木が責任を負うことはないということをあらためて読者に訴えるため――だったのではあるまいか。いずれにしても、〈編集権は週刊誌側にある〉という文言には、矢野の自説に対する強いこだわり(一度口に出した主張は絶対に引っ込めることがない)をうかがうことができる。

きわめて不可解な「背景」説明

 続けて矢野は、創価学会による『週刊現代』に対する刑事告訴が不起訴になるまでの「背景事情の変化」について述べている。要約すると、この刑事告訴は当初たいした捜査はされなかったが、明代の万引き被疑事件と転落死(=万引きを苦にした自殺)の捜査を担当した当時の創価学会員である東京地検八王子支部の検事が異動した後、〈スタンスを変えているように見えた〉という。つまり、それまでは明代の転落死について「万引きを苦にした自殺」と判断していたもの(スタンス)が変わってきた――と矢野はいうのである。

 平成9年4月14日、東京地検は次席検事が記者会見を行い、明代の転落死について「自殺の可能性が濃い」とする最終捜査結果を発表している。ところがそれ以後になって、東京地検のスタンスが変わったと矢野は述べる。その後の平成10年7月15日、『週刊現代』に対する刑事告発について不起訴の決定をした。さらにその理由について東京地検は、〈告訴から3年間、十二分に捜査した結果、創価学会側が事件に関与した疑いは否定できないということで、不起訴の処分を決めた〉と述べたと矢野はいうのだった。

 時系列でみると、東京地検は「自殺」とする結論を出した翌年に「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」とする結論を出したことになっており、「自殺」の結論が覆ったという関係になっていることがわかる。矢野の記載によれば、東京地検は当初はまともな捜査もせず証拠に基づかない恣意的かつ不公正な判断をし、さらに検事が変わったとたんに記者会見までして公表した結論を覆し、その事実をもう公表しないまま確定させたことになる。民主国家日本において、検察だけはそんないい加減な組織だということなのか。矢野のいうように創価学会の影響力がなくなって結論が変わったというのなら、変更後の結論を公表しないのは、なおのこと不可解なのである。

 矢野が「不起訴の理由」について『東村山の闇』の記載に近い説明を初めて行ったのは不起訴の決定から3カ月後の平成10年9月1日付『東村山市民新聞』においてである。このときは、〈捜査の結果、創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できない〉として不起訴になったと宣伝している。したがって『東村山の闇』における上記の記載はその5年前、不起訴決定の直後の時点で発想されていたことがわかる。


あり得ない告訴事情

『東村山の闇』の記述によれば、担当検事は東村山市議だった朝木明代の転落死について「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」といったという。東京地検が「巨大宗教団体が明代の転落死に関与した」と結論付けたとすれば、それはまさしく記者会見して社会に広く公表すべき重大な結論である。しかし、東京地検がそのような記者会見を開いた事実は存在しない。その事実からすれば、東京地検が当初の判断を覆したという矢野の説明は説得力に欠けよう。

 また、矢野が主張するように東京地検が〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉とする結論を本当に出したのだとすれば、創価学会は捜査機関から事件に関与していたとする結論が出される危険を自ら冒してまで、あえて告訴に及んだことになるが、そんなことがあり得るだろうか。身に覚えのある者が、告訴しなければ捜査されることはないという状況にあって、あえて自分自身を危険な立場に追い込むようなことは普通はしない。

 しかし矢野は平成10年9月以降、平成15年の『東村山の闇』に至るまで、微妙にその内容は変化しているものの趣旨としては一貫して、創価学会があり得ない告訴をし、その結果、東京地検が当初の結論を覆して〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉とするきわめて重大な捜査結果の変更を行い、しかもその事実をどこにも公表しないという、あり得ない事実が起きたと主張しているのだった。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第38回
あまりに詳細な「証言」

 東京地検が創価学会による『週刊現代』、朝木父娘に対する刑事告訴を不起訴処分にした理由に関する矢野の主張内容は、当初の〈捜査の結果、創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できない〉(平成10年『東村山市民新聞』)とするものから平成15年に出版した『東村山の闇』においてはついに〈創価学会が事件に関与した疑いは否定できない〉とするものへといつの間にか変遷を遂げ、明代の転落死について東京地検が平成9年に発表した「万引きを苦にした自殺」とする結論が覆されたことになった。

 しかし不可解なことに、上記のような理由は告訴した当事者である創価学会側代理人も聞いていなかった。では、公表もされていないこのような不起訴の理由について矢野はいかにして知り得たのか。「不起訴の理由」を知ったとする状況について矢野は『東村山の闇』の第7章において詳細に述べている。その状況を要約すると以下のようになる。



(矢野が説明する「不起訴の理由」を知った状況)

 矢野は平成10年7月15日、当時17歳だった少年から暴行を受けたと訴えた件(いわゆる「少年冤罪事件」)などの事情を話すため、東京地検八王子支部の担当検察官の部屋にいた。するとちょうどそのときに外部から電話が入り、検察官はその電話に対応を始めた。

 検察官の話す内容から、用件はどうも創価学会が『週刊現代』を告訴した件であるらしいことがわかった。検察官は「はい、本日決定しました」といい、しばらくすると「告訴から3年間、十二分に捜査した結果、創価学会側が事件に関与した疑いは否定できないということで、不起訴の処分を決めたんですよ」と説明した。電話の相手は創価学会の代理人であることを、あとで検察官から教えられた。また検察官から、「このことは明後日、当事者の朝木直子さんに直接話すので、それまでは口外しないよう」と指示した。



 こんな、あり得ないとは断定はできないが、かなり奇跡的なタイミングで矢野は、創価学会の告訴が不起訴になったこと、その理由が「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」というものだったことを知ったというのである。しかも検察官が矢野に「明後日、朝木に直接話す」といったと記載するなど、その内容は詳細かつ臨場感にあふれていた。


にわかに措信できない状況

 ただ証言内容があまりに詳細なのは、一見すると信憑性があるようにみえる反面、詳細であること自体が証言が嘘であることを自白する結果になることもある。それが事実ではないことが明らかになった場合には、たまたま間違えたのではなく意図的に嘘をついたと判断されることにもなる。

 たとえば万引き事件で書類送検された朝木明代は、詳細なら警察を騙せるだろうと、アリバイ工作の舞台に使ったレストランのメニューを暗記し、取り調べで料理の内容を寸分違わず供述した。しかし明代が矢野と食事をしたとする時間帯には、そのメニューを注文することはできなかったことが判明するなどした。こうして明代の供述は詳細だったことが嘘であることを証明しており、言い逃れの態様は悪質と判断された。この結果、明代は東京地検に書類送検されたのである。明代が虚偽のアリバイを主張した陰には矢野の協力があった。

 また、1つの局面に関する証言の信憑性を判断するには、証言の内容と前後の事実関係や状況を含めた総合的な見地から照らし合わせることも必要だろう。『週刊現代』に対する告訴の場合に最も重要な事実は、平成9年に東京地検が明代の転落死について「自殺の可能性が濃い」とする結論を発表し、その結論が変更されたという事実はないということである。すると矢野が東京地検八王子支部の検事室で聞いたという話をにわかに信用するのは難しいという状況にあることは否定できない。

「蟻の一穴」

 不起訴処分の理由をめぐる矢野の詳細な説明については、詳細すぎるために矛盾が生じている。矢野は『東村山の闇』で、検事が電話で説明しているのを聞いたあと、検事からその内容について〈明後日、当事者の朝木直子さんに直接話すので……〉といわれたと述べている。「明後日」とはまた詳細な再現である。

 朝木がこの「不起訴の理由」について裁判の中で主張したのはまさしく『週刊現代』裁判だった。朝木は不起訴の決定から4カ月後、平成10年11月9日付陳述書でこの経緯について次のように述べている。



(平成10年11月9日付陳述書の記載)

 刑事告訴は、本件7月15日に東京地検八王子支部が不起訴の処分を決定しました。処分のあった同じ日に、別件の告訴していた事件で地検支部に出向いていた矢野議員がそして翌々日に私自身が地検八王子支部で処分のあったことをお聞きし、9月1日の事件までの一連の事件や嫌がらせに、創価学会関係者が関与していたのではないかという疑惑は否定できないというのが、不起訴処分が決定された理由であることを知りました。



 朝木は矢野が聞いたという日の〈翌々日〉に検事から説明を受けたと供述している。矢野が『東村山の闇』で記載した〈明後日〉と矛盾せず、辻褄が合っている。ところがこの陳述書を提出してから3カ月後の平成11年2月15日に行われた尋問で行った朝木の供述はややニュアンスが異なった。やり取りを聞こう。



(尋問での朝木の供述)

創価学会代理人  この(不起訴の)理由をもう1回いってもらえますか。

朝木  不起訴処分ですか。私は、これは矢野さんから聞いた話ですのでそれを前提にしていただきたいんですが、……一連の事件も含めて、創価学会が関与した疑いが否めないというようなことで、不起訴になったんじゃないかというふうに聞いておりますが。

代理人  一連の事件に関与した疑いがあるということですか。殺害事件に関与した疑いがあるということではないんですね。

朝木  殺害も、私は直接検事さんから聞いたわけではないので、ちょっとあまり細かいことを私に聞かれるとお答えはできないんですが。

代理人  あなたの陳述書、そういうふうに書かれてあるんです。……

朝木  ……それは、私は文書でもらったわけではありませんから、わかりません。

代理人  ……矢野さんからあなたが聞いたという話はいっさい出てないんですけれども、矢野さんからそういった話を聞いたことは間違いないわけね。

朝木  たぶんその電話を矢野さんがそばで聞いていたんだと思います。



 追及されるたびに朝木の供述はあいまいになっているように思える。いずれにしても朝木は尋問で、矢野が聞いたとする日の「翌々日」に検事から直接聞いたとは一言も供述していないことがわかろう。当初は「検事から直接聞いた」といった者が「実は矢野さんから聞いた」と供述したのでは、当然、「矢野から聞いた」とする内容それ自体の信憑性が大きく揺らごう。矢野の詳細すぎる説明は、詳細すぎたがゆえに早くも破綻の危機に瀕していたということではあるまいか。蟻の一穴ということもある。実際に、『週刊現代』裁判で東京地裁はこの話を相手にもしなかったのである。

 しかしそれにしても、朝木はなぜ陳述書の内容とは異なる供述をしたのだろうか、と読者は思うのではあるまいか。陳述書を朝木自身が作成したという前提なら考えにくい話である。しかし陳述書を作成したのが矢野だったとすれば、打ち合わせ漏れという可能性もあり得ないことではないのだった。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第39回
代理人が聞いた「不起訴」の理由

 矢野が検事室で検事が電話で不起訴の理由について説明しているのを聞いたとする日に、創価学会の代理人が検事から不起訴の決定を知らされ、その理由について質したというのは本当である。しかし創価学会の代理人によれば、不起訴の理由は矢野が聞いたと主張するようなものではなかった。創価学会の代理人が聞いたという内容については『東村山の闇』でも同代理人の陳述書を引用して掲載している(矢野が創価学会代理人の主張を掲載した目的は、その内容を否定し、自らの主張する内容が事実であるとするためである)。

 創価学会代理人は平成10年7月15日に検事から不起訴の決定をしたことを電話で聞き、その理由を質した。それに対して検事は次のように回答した。

「朝木直子、大統については、本人らはそのような発言はしていないと供述している。講談社側は、朝木らから取材してその発言を記事にして掲載したものであるといっており、名誉毀損にならないと判断した」

「本件では当事者の言い分が真っ向から食い違っており、その場合に告訴された一方の当事者だけを起訴することは公平を欠くことになる。講談社側もそれなりに取材して記事を掲載したものであり、嫌疑不十分とした」

 とうてい納得できる理由ではなかったが、結論が変わる雰囲気でもなかったため、代理人はそれ以上の追及をあきらめた。しかし、検事が創価学会代理人に述べた不起訴の理由はこれだけで、「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できないことから、不起訴の処分を決めた」と発言した事実はなく、「矢野の主張は事実と全く異なります」と創価学会代理人は陳述書で述べている。

 社会的に注目を集めた朝木明代の転落死に関して平成9年4月に発表した「自殺」とする結論を東京地検が変更したとは公表していない事実からしても、創価学会代理人の説明に不合理な点はない。むしろ、当初は不起訴の理由として〈創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できない〉といっていたのが、いつの間にか〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉へとその内容がしだいに直接的なものへと変遷していること、朝木が「自分が直接聞いた」といったり、「矢野さんから聞いた」といったりして説明に一貫性がないことなどからすると、矢野の主張を信用するのは難しいというべきではあるまいか。

「別件」の説明をしない不思議

 ところで矢野は『東村山の闇』で創価学会代理人の陳述書を引用したが、その陳述書について〈別件裁判で……提出した〉と記載しただけで、「別件裁判」がどんな裁判だったのかについてはいっさい明らかにしていない。同代理人が東京地検の不起訴理由について聞いたところを陳述書として裁判に提出したということは、矢野がその裁判でも不起訴理由について〈「創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できない」というものだった〉と主張したため、これに反論しようとしたということである。

 創価学会の代理人が陳述書を提出したほどだから、不起訴の理由について矢野もそれなりの主張をしたということである。ところがなぜか矢野は『東村山の闇』で、この裁判については「別件」と記載したのみで、詳細にはいっさい触れていないのである。事実を明らかにしようとするなら、矢野の見解はともかく、客観的な状況なり結果なりを記載することが重要と思うが、矢野はなぜ詳細を述べようとしないのか。

 この「別件裁判」とは、明代の転落死について東京地検が「自殺」とする結論を公表したのに基づき、これを報道した『創価新報』および発表した東京地検(訴訟当事者となったのは国及び法務大臣)を平成11年3月7日、矢野と朝木直子、大統が提訴した事件である。創価学会だけでなく東京地検も相手なのだから、矢野としても重要な裁判だったのではあるまいか。

 矢野と朝木は当然この裁判でも「朝木明代の転落死は自殺ではなく殺された」と主張し、創価学会が『週刊現代』に対して行った告訴が不起訴になった理由についても主張した。平成14年3月4日付陳述書で朝木直子は次のように述べている。



(『創価新報』事件での「不起訴」に関する朝木の主張)

 ……(創価学会が『週刊現代』を告訴していた事件に対する)処分のあった同じ日に……矢野議員が担当検事の部屋にいた際、……電話でのやりとりから、この刑事告訴の処分理由が9月1日の事件までの一連の事件や嫌がらせに、創価学会が関与していたのではないかという疑惑は否定できないというものであることが、矢野議員にわかったのです。……

 そして翌々日に私自身も、地検八王子支部で、処分のあったことをお聞きしました。



 この陳述書では、『週刊現代』裁判で提出した陳述書と同様に朝木は「(矢野が聞いた)翌々日に私自身も」検事から聞いたことになっている。「不起訴」の理由を朝木が直接検事から聞いたのなら、その内容だけを記載すれば足りると思うが、朝木(あるいは矢野)はなぜかやはり矢野が電話での会話を聞いた話を繰り返す必要があると考えたようである。また矢野は尋問で次のように供述している。



(『創価新報』裁判での「不起訴」に関する矢野の供述 1)

矢野  ……創価学会が、朝木議員関係の事件に関与した疑いは否定できないということで結論を出しましたというような部分が、私はしかと聞き及びました……



『週刊現代』の記事に関する告訴が不起訴になった理由について矢野と朝木がこう供述したため、創価学会代理人は自分が体験した事実に基づき陳述書として提出したのである。

 一方、被告となった東京地検としても、矢野の聞いたとする話が事実とすれば平成9年の「自殺」とする結論を覆すものであり、検察組織を揺るがす一大不祥事となってもおかしくない重大な証言だろう。さらに矢野はより直接的にこう供述している。



(『創価新報』裁判での「不起訴」に関する矢野の供述 2)

創価学会代理人  同じ検察庁でありながら、先ほど、東京地検の最終捜査発表が自殺の可能性が高いといったことは、全然○○検察官(筆者注=『週刊現代』の記事について不起訴の決定をした検察官)の認識とは違うということですか。

矢野  驚くほど正反対の捜査をしていただきましたので、ある意味では感謝しております。私どもは告訴しておりませんけれども、いずれ特定されれば告訴も考えております。



〈(平成9年の結論と)驚くほど正反対の結論〉であるのなら、発表の当事者である東京地検を提訴した裁判は、矢野にとって「正反対の結論」をより確かなものにするまたとないチャンスである。それが確定できれば、創価学会代理人の陳述書を引用する必要もなかろう。

 ただ一方で、東京地検としても内部の話だから、矢野が「聞いた」とする話が事実かどうかを確認するのはさほど難しいことではないという事情もあっただろう。いずれにしても矢野は、「告訴も考えている」ほどだったにもかかわらず、不可解なことにその裁判の結果を『東村山の闇』には1行も記載しなかったのである。

(つづく)
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