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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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第2次朝木直子・傍聴人「撮影」事件
踵を返した矢野

 平成26年3月4日午後12時5分ごろ、東村山市議会議会事務局で傍聴手続きをすませた直後、議員控室前のロビーにいた私のところに受付の職員がわざわざやってきて、たった今、午前中に行われていた3月定例会本会議の一般質問は昼の休憩に入ったことを教えてくれた。午後の再開は13時20分となった。

 ロビーは四角い本会議場の議長席の裏手に接する角にあって、その外側に議長室、会議室が並び、ロビーの角の頂点から右に各会派の控室が並んでいる。ロビーの中央部には低く大きな丸テーブルが2つとそれぞれに6個ずつ椅子が配置され、議長室側から見て右の角には議員用のコピー機が置かれている。

 昼休みになると、ロビーでは議員を待つ市民をよくみかけるが、この日は誰もおらず、休憩に入った議場からは緊張から解放されたようなざわめきが漏れ聞こえてきた。そこに元東村山警察署副署長の千葉英司が傍聴席の方からやってきた。胸には議会事務局が交付した傍聴章を付けている。千葉は午前中の会議を傍聴していたのだった。

 私たちがロビーの議長室側の端で挨拶を交わしていると、私たちから見てロビーの右側の角、コピー機の向こう側にちらっと矢野穂積の姿を認めた。矢野の来る方向から左回りにロビーを抜けたところに議会事務局があり、その正面にエレベーターがある。矢野は昼食にでも行こうとしているようだった。

 ところが、こちらに来ようとしているように見えた矢野はどうしたのか、いったんロビーの角から踵を返して姿を消した。こっちには来ないのかと思っていると、その直後、今度は朝木直子と並んで姿を現したのである。

準備していた朝木

 事件は次の瞬間に起きた。朝木が矢野の前に回り込み、ロビーの右角にあるコピー機の前に来るとさっと携帯電話を構え、千葉の方向に向けたのである。シャッター音が聞こえたため、千葉はすぐに「写真を勝手に撮るんじゃない」と抗議した。すると朝木の後方にいた矢野が、朝木に代わって「後ろを撮っただけだよ」と弁解した。もちろん市会議員の矢野は、無断で人の写真を撮ってはいけないことを知っているのである。

 しかし、朝木がロビーの角から姿を現してから千葉を撮影するまで5秒もかかっていない。千葉がいることに気づいてから撮ろうとしたのでは、ここまでの早業はとうてい不可能である。矢野は最初にロビーの角に来たとき千葉の存在に気づき、戻って朝木に知らせたのだろう。

 私の記憶では、朝木は千葉に携帯電話を向けた際、それをどこかから取り出したのではなく、すでに手に持っていた。つまり朝木は、ロビーに現れる前から千葉の写真を撮るという強固な意思を持っており、すぐに構えられるように準備していたのだと思う。千葉はなおも抗議したが、彼らは嘲るような笑みを浮かべたままエレベーターに逃げ込んだ。

5年前にも議長が「注意」

 議会規則を定める前提として、市役所内や控室前ロビーなら議員が市民に対して嫌がらせ目的でカメラを向けてもいいと考える議員が存在することは想定されておらず、同規則は議場内の行為しか対象にしていない。しかし矢野と朝木は現実に本会議場内外で、傍聴人を撮影する行為を繰り返している。矢野は第三者が本会議中に議場内で無断撮影した傍聴人の写真を使用したこともあるから、第三者を使って撮影させるという可能性も否定できない。

 平成21年6月議会の際にも、市役所玄関付近で朝木が千葉ら2名の傍聴人にカメラを向けて撮影したことがあった。千葉が抗議すると、今回と同様に、そばにいた矢野が「後ろのスロープを撮っただけ」などと言い訳したという。

 このときには、千葉ら2名は議長に対し、東村山市議会として朝木に対してなんらかの対応をするよう求める要望書を提出。東村山市議会の代表者会議は共産党を除いて「議会としてなんらかの見識を示すべき」との意見が大勢を占めた。この結果を受けて、議長は本会議の休憩中に朝木に対して異例の注意を行った。

 会議を「休憩」とした上で注意したのは、朝木が千葉らにカメラを向けた行為が議場内でなされたものではなく、議会としての処罰対象とはならないからだった。しかし、いかに「休憩中」とはいえ、本会議場で議長がわざわざ議事の時間を割いて注意をした意味は重いはずである。普通の議員なら重く受け止めるところだろう。

市民を議会から遠ざける行為

 しかし再び朝木が千葉にカメラを向けたことで、朝木も矢野も5年前に議長から受けた注意を何とも思っていなかったことが明らかになった。議会を軽視していると言い換えてもよかろう。

 今回の朝木の行為も議場内の出来事ではない。しかしこの行為は、東村山市議会議員が本会議場脇のロビーで無断で市民にカメラを向け、シャッターを切ったものであり、カメラを向けられた側とすれば嫌がらせか威迫行為に等しく、とうてい看過できるものではない。

 矢野と朝木が立ち去ったあと、千葉は議長に面会を求め、厳重な対応を求めた。面会の場には私も証人として、また議会側からは副議長が立ち会った。千葉の抗議に対して議長は「議会としてなんらかの対応をしたい」と述べた。

 のちに聞いたところによると、議長の対応は早かった。午後の再開前に開いた代表者会議で議長は、「朝木から写真を撮られた」として傍聴人から抗議があったことを報告した上で、朝木が所属する会派「東村山を良くする会」の代表である奥谷浩一に「朝木さんに、今後市民に対してそのようなことはしないように伝えてもらえませんか」と話しかけた。しかしこれに対して奥谷は「ウチの会派はすべての考え方が一致しているわけではない」(趣旨)という理由で断ったとのことである。

 議長はその後開かれた本会議ではその件には触れず、閉会後、朝木を呼んで注意した。すると朝木は「写真は撮っていない」と撮影の事実を否認し、当然、反省の意思を示すことはなかったと聞く。万引きを苦に自殺した朝木の母親が、万引き事件で警察から呼び出されても、アリバイ工作が崩されるまでは頑として容疑を否認したことを思い出す。

 ただ仮に朝木が写真を撮っていなかったとしても、議会として、議員が傍聴に来た市民に少なくともカメラを向けたことを見過ごしにしていいのだろうか。傍聴に来た市民が議員からカメラを向けられれば、市民はもう怖がって議会を敬遠するようになろう。議員が市民を議会から遠ざけるような行為をしていいのか――今回の朝木の行為は、そういう問題でもあるのではなかろうか。

(了)
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『週刊現代』事件 第45回
期日直前の延期申請

「不起訴処分」の内容をめぐる裁判で東京地裁は矢野に対して、名誉を毀損されたとする「特段の事情」について主張・立証するよう求めた。しかし矢野がこれに応じなかったため、東京地裁は矢野の請求を棄却する判決を言い渡した。

 矢野は判決を不服として控訴したが、その後の訴訟追行姿勢は控訴した者としてややその積極性に疑問を感じさせるものだった。矢野は平成17年3月6日に控訴状を提出している。控訴した者は控訴状に控訴理由を記載していない場合、控訴状の提出から50日以内に控訴理由書を提出しなければならない(民事訴訟法)が、矢野は控訴状の提出から50日を経過しても控訴理由書を提出しなかったのである。

 矢野が控訴した他の裁判では控訴理由書を第1回口頭弁論当日にファックスで送ってくるという事例がたびたびみられた。いずれも法定期限を過ぎていたが、裁判所が時機を逸したという理由で控訴理由書を受理しなかったという例はない。心証はともかくとして、控訴理由書の提出期限が常に厳密に運用されているわけではないのだった。

 ところがこの裁判では、矢野は控訴審の第1回口頭弁論が開かれた平成17年6月21日に至っても控訴理由書を提出しなかった。矢野はすでに一審と同じ弁護士を代理人に立てる旨の訴訟委任状を裁判所に提出していた。弁護士が代理人についていながら控訴理由書を提出しないとはどういうことなのか。

 私の知るかぎり、矢野はこれまで大幅に遅れたことはあっても、第1回口頭弁論期日までに控訴理由書を提出しなかったことはそれまでに1度しかなかった。「少年冤罪事件」の控訴審だった。裁判長から追及された代理人はなにごとか言い訳をしたものの、裁判長は終結を通告し、矢野の請求は全面的に棄却された。やはり、多少の遅れは大目に見てもらえても、第1回口頭弁論期日に至っても控訴理由書を提出しないというのは許されないのである(「少年冤罪事件」の場合には、提出していたとしても矢野の請求が認められることは100%なかっただろう)。

不可解な理由

 では、東京地検の「不起訴処分」の理由をめぐる裁判で矢野はなぜすんなり控訴理由書を提出しなかったのだろう。第1回口頭弁論期日の前日になってその理由を推測させる動きがあった。矢野の代理人は、「矢野の体調不良と代理人の別件事件との重複による差し支え」を理由に口頭弁論期日の変更を申請したのである(矢野の供述によれば、控訴したのち、「入院して手術をして状態が悪かった」という)。矢野の体調不良はともかく、別件と「期日が重なる」というのならその意味は容易に理解できるが、「別件事件との重複による差し支え」とは微妙な言い回しだった。

 しかし、矢野が代理人として委任したのは一審と同じ弁護士で、裁判の経緯を熟知している上に、矢野が委任したのは同年4月30日付である。したがって、矢野が「体調不良」だったからといって代理人が出頭すればすむ。「別件事件との重複による差し支え」の意味するところは定かではないが、それがたんに期日上の差し支えを意味するのであれば、重複が明らかになった時点で期日の変更を申し立てればよかろう。

 あるいは「別件事件との重複による差し支え」が期日上の問題でないとすれば、「訴訟戦略上の差し支え」である疑念も出てこよう。仮にこの申請に他意がなかったとしても前日に期日を変更するのは事務手続き上も難しいと思うが、「別件事件との絡み」と受け取られたとすればなおのこと変更を認めてもらうことは難しかろう。その場合にはむしろ、期日変更の申請は時間稼ぎか引き延ばしの意図と疑われても仕方がないのではあるまいか。

 いずれにしても、東京高裁は期日変更を求める矢野代理人の申請を却下した。翌日開かれた第1回口頭弁論には体調不良の矢野はもちろん代理人も出頭せず、控訴理由書も提出されなかった。これでは客観的にどうみても、裁判官からどんな判断をされても文句のいえない訴訟追行態度というほかあるまい。

 それでも東京高裁は一応、矢野の申請等に対する創価学会代理人の見解を聞いた。これに対して創価学会代理人は、一審で矢野が裁判所の求める主張・立証をしなかったという経緯、いまだ控訴理由書が提出されていないことなどを理由に弁論の終結を求めた。東京高裁は双方の訴訟追行態度と主張内容等を慎重に検討し、その場で弁論を終結させたのである。

「重複による差し支え」の意味

 その翌日、東京地検の「不起訴処分」に関する矢野の発言が争点の1つとなっている『フォーラム21』裁判で乙骨正生と創価学会代理人に対する尋問が行われた。この日は矢野の代理人も出廷し、乙骨と創価学会代理人に対して尋問を行っている。前々日、東京高裁に対して期日変更を申請した際に矢野の代理人がいった「別件事件との重複による差し支え」とは、内容的にもこの尋問のこととみられた。

 そもそも『フォーラム21』事件と矢野が創価学会代理人を提訴した事件が、東京地検の「『不起訴処分』の理由」が争点となっている点において「重なっている」ことは当初からわかっていたことで、その状態は矢野が別訴を提起したことによって生じたといえる。すると、自分で「重複」の状態を作っておきながら、そのことを理由に期日変更を申請するとは身勝手もはなはだしいということになろう。

 また、たとえ2つの裁判の争点が「重複」していたとしても、本来なら事実に基づく主張をすればいいだけである。実際に創価学会代理人は『フォーラム21』裁判でも矢野から提訴されたこの裁判でも、東京地検が伝えた「不起訴処分の理由」について一貫して〈創価学会が事件に関与した疑いは否定できない〉というようなものではなかったと主張している。

 事実に基づくかぎり、「別件事件との重複による差し支え」など起こりようがないのである。ところが、東京地検の「不起訴処分」に関して矢野が創価学会代理人の陳述書に記載されていた「その後」という一言を捉えて証言のすべてを否定しているように、相手の単純な言い間違えや言葉尻につけ込もうと狙っている者にとってはそうではないのかもしれない。

 第1回口頭弁論の翌日には『フォーラム21』事件の創価学会代理人に対する尋問が控えていた。控訴理由書を提出することによって手の内を見せるようなことはしたくない――矢野の代理人がいったという「別件事件との重複による差し支え」とはそういうことだったのではないかと私はみている。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第46回
「欠席」翌日の尋問

 矢野は東京地検の「不起訴処分」をめぐって創価学会代理人を提訴した裁判で控訴したものの、「別件事件との重複による差し支え」があるなどとして控訴理由書を提出しなかった。ここで矢野がいう「別件事件」とは翌日(平成17年6月22日)に創価学会代理人に対する尋問が行われた「フォーラム」事件のことと思われた。では、「フォーラム」事件でなにか「差し支え」が生じるような尋問がなされたのだろうか。

 あらためて尋問の内容を確認してみると、矢野の代理人が創価学会代理人に聞いたのは主として以下の内容である。



(矢野代理人の主な尋問内容)
 
1 先行記事について

 創価学会代理人は平成14年以降、矢野が東京地検の不起訴理由について「創価学会の関与は否定できない」とするものだったと主張したことは事実に反すると公に主張し始め、平成16年には雑誌『フォーラム21』に掲載された東京地検の不起訴理由に関する矢野の発言などを問題として提訴した。しかし一方、矢野はすでに平成10年9月1日付『東村山市民新聞』において、〈捜査の結果、創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できないことが判明する事態となったのが不起訴の大きな理由となっており〉と記載したが、これについては提訴していない。その理由は何か。



――『フォーラム』の記事については問題にし、『東村山市民新聞』の記事は提訴しないのは一貫性がないと主張したいらしい。また「不起訴処分」直後の記事を提訴しなかったのは真実性に自信がないからだという主張のようにも聞こえる。ただもちろん矢野の代理人は、矢野の証言が真実であるとする裏付けを示すことはできない。



(矢野代理人の主な尋問内容)

2 検事に電話した時刻


 創価学会代理人が告訴の結果を聞くために担当検事に電話した時刻とその正確性について。



 ――何かの矛盾があれば揚げ足を取ろうと考えたと思われるが、創価学会代理人は事実に基づいて供述しているのでまったくブレがなく、追及のスキがない。



(矢野代理人の主な尋問内容)

3 「その後」の意味


 創価学会代理人が陳述書において、〈このこと(筆者注=「不起訴処分」の理由が矢野が主張するような「明代の転落死に創価学会が関与した疑いは否定できない」というようなものではないこと)は、その後東京地検が朝木明代氏の転落死事件そのものについて……平成9年4月14日に「自殺の疑いが強く、他殺の確証は得られなかった」と事実上自殺と断定……していることからも明らかだと思います。〉と記載した部分のうち、特に矢野が問題視している「その後」とする部分について聞いた。「『不起訴処分』の理由が都合の悪いものだったがゆえに時系列を意図的に逆転させているのではないか」という趣旨である。



 これに対して創価学会代理人は、「不起訴処分」の理由をめぐって矢野から提訴された裁判の答弁書で述べたとおり、(「『不起訴処分』の理由について検察官と話した後」ではなく)「転落死事件後」の意味であると明解に答えた。陳述書には「転落死事件」そのものに関する東京地検の発表と「不起訴処分」が決定された日時が明記されており、この陳述書を見た裁判所が誤読する可能性もない。

アダになった控訴

 矢野の代理人が創価学会代理人に対する行った尋問は以上だった。いずれも矢野が「不起訴処分」の理由をめぐって代理人を提訴した裁判の訴状で主張している内容で、目新しい内容はない。矢野はその裁判の控訴審で「裁判の重複による差し支え」を理由に期日変更を申し立てたが、尋問の内容からすると特段、控訴理由書を提出することによって差し支えが生じるものとは思えない。

 この裁判は一審の進行と結論からみて、東京高裁もそれほど弁論を重ねるとは考えにくかった。一方、争点が重なっている『フォーラム21』裁判はまだ一審の証拠調べの段階で、弁論終結までにはまだ半年近くはかかりそうな情勢にあった。すると「不起訴処分」をめぐって提訴した裁判の判決の方が先に出てしまう可能性が高く、しかも一審の東京地裁の判断内容からすれば、控訴審においても矢野の請求が認容される可能性があるとはみえなかった。

 するとこの裁判の結論が先に出そうな状況の中で、矢野がこの裁判の判決が『フォーラム21』裁判の判断に影響することを危惧したとしても不思議はない。これらの状況を総合的にみると、矢野が控訴理由書を提出せず期日変更を申し立てた背景には、なるべく結論を先送りにしようとする意図があったのではないかと思えてならない。

 しかしいかなる事情があったにせよ、第1回口頭弁論の前日になって延期を申し立てたのは戦略的にみてどうだったのか。控訴理由書を提出できない言い訳と受け取られても仕方があるまい。

 結果として東京高裁は予定通り第1回口頭弁論を開き、裁判の終結を求める創価学会代理人の主張を容れて同日、弁論を終結した。また判決は弁論終結から1カ月もたたない平成17年7月19日に言い渡された。矢野の期日変更の申し立てが裁判官の訴訟指揮や判決に影響したとは思わない。しかし、現実は矢野の申し立てとは逆の進行をたどったことになる。

 判決内容も矢野の思惑とは反するものとなった。東京高裁もまた一審同様、矢野の請求を棄却したが、それだけでなく東京高裁はより踏み込んだ判断を示しており、矢野にはより不利な内容となっていたのである。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第47回
「ねつ造の意図」についても判断

 では、東京地検の「不起訴処分」をめぐり矢野穂積が創価学会代理人を提訴していた裁判で東京高裁はどんな判断をしたのか。一審の東京地裁は「民事訴訟に提出された書面について違法行為を認定するには『特段の事情』がなければならないが、原告はそれに関する主張をしないので主張自体が失当」などとして矢野の請求を退けた。東京高裁は一審の上記判断に加え、もう1つの判断理由を付け加えていた。

 朝木明代の自殺をめぐり『週刊現代』が「朝木明代は創価学会に殺された」などとした記事を掲載したため、創価学会は『週刊現代』と取材に応じてコメントした朝木直子らを名誉毀損で告訴した。東京地検は平成10年7月15日、「不起訴処分」の決定を行ったが、矢野がその理由について担当検事から「『十分な捜査の結果、創価学会側が事件に関与した疑いは否定できないことから不起訴の処分を決めた』と伝えられた」と主張。これに対して創価学会代理人は、検事がそのような発言をした事実はないと反論する陳述書を提出した。裁判で矢野は、創価学会代理人によるその記載が「矢野が虚偽事実を主張し裁判所を欺罔する人物との事実を摘示し、市議会議員である矢野の社会的評価を著しく低下させるもの」であると主張していた。

 東京高裁が付け加えた判断理由とは上記の矢野の主張に関するものだった。東京高裁は創価学会代理人が提出した陳述書について〈体裁、表現等を検討しても、これが控訴人の社会的評価を低下させるものとは到底考えられない。〉と述べ、その上で矢野が同陳述書について「ねつ造の意図がある」旨の主張をしている点に対する判断を示したのである。東京高裁は次のように述べた。



(創価学会代理人の記載が「ねつ造」とする矢野の主張に対する判断)

 控訴人は、別訴陳述書において、不起訴処分をした日時を誤解させるような記載がされているので、被控訴人らには事実ねつ造の意図があった旨主張するが、陳述書の記載から、控訴人の主張する誤解を生ずる余地はなく、被控訴人らにねつ造の意図があったとは認められない。



 上記判断のうち矢野が主張する「不起訴処分をした日時を誤解させるような記載」とは、創価学会代理人が陳述書で矢野が検察官から聞いたとする「不起訴処分」の理由を否定したあとで、〈このことは、その後東京地検が朝木明代氏の転落死事件そのものについて捜査し、……事実上自殺と断定し、捜査を終結する旨の発表をしていることからも明らかであると思います。〉とした箇所の中の「その後」という記載である。矢野はこの「その後」が「創価学会代理人は『不起訴処分の後』の意味として記載している」と主張し、さらに訴状では次のように主張していた。



(訴状における「その後」に関する矢野の主張)

(創価学会代理人は)検察処分のうち、後で決定された「第2次処分」(※1)の理由につき、原告の上記現認内容が虚偽であって自分の主張が正当であることの裏づけとして、すでに1年3ヶ月前に決定された「第1次処分」(※2)(1997(平成9)年4月14日付)が、「第2次処分」(※3)(1998(平成10)年7月15日付)の「その後」になされたとして、明らかに客観的真実に反する記述をしたのである。

筆者注=※1~3
 ここで矢野は明代の転落死事件について東京地検が平成9年に「自殺の可能性が濃い」とする結論を出したことを「第1次処分」、創価学会が『週刊現代』らを名誉毀損で告訴したことに対する東京地検の「不起訴処分」を「第2次処分」と称している。しかしそもそも双方の処分は連続性を持つものではなく、「第1次処分」「第2次処分」などと呼ぶような必然性はない。矢野は「不起訴処分」によって転落死に対する結論が覆されたと主張する意図をもって、あたかも連続性のある処分であるかのように「第1次処分」「第2次処分」と記載しているにすぎない。



 矢野は訴状で、問題としている「その後」について、創価学会代理人が「自分の主張が正当であることの裏づけとして」使用された重要な文言であると主張している。その上で、創価学会代理人は「客観的事実に反する記述をした」と主張しているのである。また矢野は『東村山の闇』でも「その後」について、明代の転落死に関する結論と『週刊現代』に関する「不起訴処分」の関係が連続性を持つものであるかのように主張した上で、創価学会代理人が2つの結論の時系列を「判らない振りをしようとした」と主張している。

 しかし矢野の主張に対して東京高裁は〈陳述書の記載から、控訴人の主張する誤解を生ずる余地はなく、被控訴人らにねつ造の意図があったとは認められない〉と述べ、「その後」という記載にはなんらの意図もないと認定したのである。この認定の意味は小さくない。

東京高裁の認定の意味

 東京高裁はこの認定によって「不起訴処分」に関する矢野と創価学会代理人の主張のどちらに真実性があるかについて直接的な判断は示していない。しかし、「創価学会代理人は『その後』という文言によって『不起訴処分』に関わる前後関係をごまかそうとしている」という矢野の主張が「創価学会代理人は『不起訴処分』の本当の理由を隠匿しようとしている」という事実を前提としていることは明らかだから、東京高裁が「(創価学会代理人に)ねつ造の意図があったとは認められない」と認定したことは、創価学会代理人には「不起訴処分」の理由を隠匿しようとする意図はなかったと認定したに等しいことになる。

 すなわちこの認定は、事実上、「十分な捜査の結果、創価学会が我が事件に関与した疑いは否定できないことから不起訴の処分を決めた」とする矢野の説明を否定した創価学会代理人の主張内容を間接的に認めたものといえるのではあるまいか。

 いずれにしても、東京高裁が創価学会代理人の陳述書の内容について捏造の意図があったとは認めなかった。にもかかわらず矢野は、『東村山の闇』においてなおも、創価学会代理人があたかも事実をごまかそうとしているかのように主張しているのである。

(つづく)
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『週刊現代」事件 第48回
検事の発言内容がまたも変遷

 創価学会が『週刊現代』を告訴した事件で東京地検が「不起訴処分」とした理由をめぐり、矢野は『東村山の闇』において、創価学会代理人は「不起訴処分」の時期をごまかしているから、代理人の主張する理由には信用性がないと主張している。しかしその後、まさしく東京地検の「不起訴処分」の理由をめぐり矢野が創価学会代理人を提訴した裁判で、東京高裁は創価学会代理人の〈陳述書の記載から、……誤解を生じる余地はなく、……ねつ造の意図があったとは認められない〉と認定し、矢野の主張を否定した。

「ねつ造の意図がない」とは、「不起訴処分」の理由に関して「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」などとする矢野の「聞いた」とする「証言」を否定した創価学会代理人の陳述書の内容を事実上、認めたに等しい。矢野が期日変更申立書で述べた「別件事件との重複による差し支え」という視点でみると、この判決は「別件事件」すなわち『フォーラム21』事件に影響を及ぼす可能性もないとはいえない状況にあったとみていいだろう。

 矢野は「不起訴処分」の理由に関して『フォーラム21』では『東村山の闇』とは微妙に異なる主張をしている。矢野はこう述べている。

〈この日、私は……担当検察官と話をしていたところ、創価学会の代理人である○○弁護士から検察官に電話がかかってきました。話の内容は、不起訴の決定に対する不満であり、不起訴にした理由を執拗に問い質すものでしたので注意して聞いていたところ、検察官は、「告訴から3年間、十二分に捜査した結果、創価学会側(信者)が事件に関与した疑いは否定できないということで、不起訴の処分を決めたんですよ」と発言したのです。

 ○○弁護士はその後、創価学会に対する別件の裁判に提出した陳述書で、この検察の処分の時期を偽るなどしてそうした会話はなかったと否定しています。しかし検察官は不起訴理由の1つに関与についての疑惑がある旨、指摘しました。〉

『東村山の闇』では「創価学会側が事件に関与した疑い」となっているが、『フォーラム21』では「創価学会側(信者)が事件に関与した疑い」となっており、どこまでが検察官の発言なのかわからなくなっている。矢野のいう検察官の発言が事実なら「(信者)」などという「解釈」は付け加えるべきではないだろう。

 この『フォーラム21』が発行されたのは平成16年1月15日である。『東村山の闇』の発行から2ヶ月しかたっていない。にもかかわらず、「明代は殺された」とする根拠の根幹に関わる部分が早くも改変されたのは不可解というほかない。

 なお、「不起訴処分」の直後に発行した『東村山市民新聞』第97号では〈捜査の結果、創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できない〉となっている。当初の記載からすると、「犯行の行為者」から「犯行内容」まで異なっていることがわかる。こうみると、矢野の主張が『東村山の闇』から『フォーラム21』までの変遷など、もはや特別に驚くようなことではないとみた方が賢明なのかもしれない。

なおも「ねつ造」と強弁

 さて、『フォーラム21』事件の矢野に対する尋問は、矢野が創価学会代理人を提訴した裁判の判決から7ヶ月後の平成17年9月26日に行われた。矢野は「不起訴処分」の理由に関して創価学会代理人の主張に対して次のように批判している。




(『フォーラム21』事件における矢野の供述)

矢野代理人  ○○弁護士は、あなたが現認した検察官発言についてうそだというように端的に主張しておられるんですが、この点はどうですか。

矢野  うそというのはあり得ないことで、陳述書を見てもまるで子供じみた反論をされていて、事実の書き換えをやってるのは○○さんの方じゃないかと、私は理解しておりますが。

代理人  事実の書き換えをしたというのはどういうことですか。

矢野  ……私が現認した検察官と○○さん(筆者注=創価学会代理人)との通話内容を、……事実にそんなものはないということを一生懸命お書きになった後、「不起訴処分」よりも)1年も前のことが「その後」というふうに出てきますから、そんなばかなことはないので、これは事実の捏造以外にはないと思いますね。つまり、自分たちが検察官発言について自信がないから、こういうふうなことまでいって否定しようとしたんじゃないかというふうに、理解しております。



「その後」については、自分が提訴した裁判ですでに〈(矢野が主張するような)誤解を生じる余地はなく〉〈ねつ造の意図があったとは認められない〉と認定されている。矢野の言い方を借りれば、創価学会代理人は自分が検察官から聞いた内容には自信があるから、「不起訴処分」の日時をごまかしはしなかったということなのである。

 言い換えれば、確たる証拠も示さず、創価学会代理人の陳述書の記載の中でもわずかに「その後」という文言のみを取り上げて全体が虚偽であるとする矢野の主張こそ、自らの自信のなさを示していよう。自らの主張を真っ向から否定する判決が出た直後であろうと、なおも自説を強弁できるところはやはり特異性で知られる東村山「草の根市民クラブ」の矢野穂積というべきかもしれない。

 東京地検の検察官が仮に「創価学会側(信者)が事件に関与した疑いは否定できないということで、不起訴の処分を決めたんですよ」といったとすれば、朝木明代の転落死事件についての結論が覆されるきわめて重大な発言である。その「事実」を裁判官に認めてもらおうとすれば、代理人としても「発言」を聞いた状況等についてより詳細な供述をさせようとするだろう。

 ところが、この日行われた矢野に対する本人尋問の中で、問題の検察官発言について述べたのはわずかにこれだけだった。矢野の主張が排斥されたその裁判でも代理人を務めていたこの弁護士も、さすがにこれ以上聞くのは困難と感じていたのではあるまいか。

(つづく)
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