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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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第2次朝木直子・傍聴人「撮影」事件(その後)
「要望書」を送付

 平成26年3月4日昼、元東村山警察署副署長だった千葉英司が東村山市議会を傍聴に行った際、議会控室前のロビーで前「草の根市民クラブ」で現在は「東村山を良くする会」(代表奥谷浩一)の朝木直子から携帯電話で写真を撮られた件で、東村山市議会議長は朝木を呼んで注意をしようとしたが、朝木が撮影の事実を否認したため、議長は注意するのを断念したようだという話が漏れ伝わってきた。なお当日、議長に対して口頭で厳重な対応を求めた千葉に対して直接の連絡はまだなかった。

 そこで千葉は議長宛に3月17日、「要望書」と題する以下の文書を送付し、重ねて厳重な処分を行うよう求めた。



「要望書」

 私は、平成26年3月4日、貴議会事務局から許可を受けて、本会議を傍聴しました。議会が休憩になり、私が議場隣りのロビーで知人と挨拶を交わしていた際、朝木市議が、約4メートル先から無言で私に携帯電話を向けてカメラのシャッターを切りました。私はその場で同市議に抗議しましたが、同市議は、嘲るような笑みを浮かべてエレベーターに逃げ込みました。その直後に、私は目撃者を伴って議長殿に、肖像権を侵害した同市議に対する処分を要請しました。仄聞するところによると、同市議は、議長殿に対し「撮影はしていない。」と返答したとのことですが、その返答は事実ではありません。

 朝木市議が傍聴者の私を無断で写真撮影したのは今回が2回目であります。前回は、平成21年6月2日、本会議が休憩になり、私が市役所玄関を出た途端に後ろから来た朝木市議が私の前方に回り込み、約5メートル先から無言でカメラを向け数回シャッターを切りました。私は、当時の議長に、同市議に対する処分を要請し、議長は本会議場で休憩時に同市議に対し注意をしました。

 後日、朝木市議は、自分が編集長であるインターネット版の東村山市民新聞のトピックスの《東村山市議会関係の『変えよう!議会を「親創価」に』》で前回撮影に関する記事を掲載しました。その記事では、私の「千葉」の氏をあえて「チバ」と表現した上で、

「チバを見かけた朝木市議が一計を案じ、撮影するポーズをわざと続けたところ、チバが見事に嵌り、毛ばりにかかり、撮影されたと勘違いし市民の面前で怒鳴り長い時間切れまくった。多くの市民が怒鳴り声に眉をひそめてそばを避けるように遠ざかっていた」

 等として私を誹謗中傷しました。注意をした当時の議長をも、「漫画チックなお笑いをやった」等として誹謗しました。以上の記事は現在も掲載されており、かように卑劣な手法で他者を誹謗中傷して自己の不正行為を正当化しました。朝木市議は前回議長から注意を受けたにもかかわらず、再び私に対して同様の行為を繰り返したのです。

 また今回、仮に朝木議員が写真を撮っていなかったとしても、市議会議員からカメラを向けられた時点で私は強い精神的苦痛を覚えました。傍聴に来た者としてとうてい許せる行為ではありません。

 上記のとおり、今回の朝木市議の行為は極めて悪質なものであり、朝木議員に対し、改めて厳重な処分を求めるものです。



 前回の件では、矢野穂積(前「草の根市民クラブ」代表)は朝木が「撮影するポーズ」をしただけだから問題ないなどと朝木を擁護したが、強制的にカメラを点検しないかぎり、実際に撮影していないかどうかを確認することはできない。また議会にそのような強制力はなく、しかも朝木が千葉ら傍聴者にカメラを向けたのは、市役所の敷地内ではあっても議場内ではなく、議長が朝木に対してなんらかの処分等を行う規則上の根拠もなかった。

 したがって、本会議場において、休憩中であるとはいえ、議長が朝木に対して直接注意を行ったのはきわめて異例のことだったといえる。市民の常識からすれば当然と思えるかもしれないが、規則を制定した議会もまた「議員が傍聴者に対して悪意をもってカメラを向ける可能性がある」とは考えもしなかったのである。

 議場内で議長が一議員に対して注意を行うのは重大なことであり、普通の議員なら、自らの行為を深く反省し、繰り返さないよう努力するところだろう。しかし朝木の場合には、議長の注意を何とも思わなかった。だから今回もまた、「東村山を良くする会」の朝木直子は同様の行為を繰り返し、それを横で見ていた同会派の矢野穂積は朝木の行為を止めるどころか、千葉の抗議に対して朝木を擁護したのである。

せせら笑いを浮かべた朝木

 しかし仮に撮影が実際にはなかったとしても、市会議員が自らの政治見解や政治姿勢に批判的な市民にカメラを向けたとすれば、それは市民がいかなる形であれ市政に関与しようとする気持ちを著しく阻害し、萎縮させることになりはしないか。矢野と朝木はともかく、「東村山を良くする会」の代表の奥谷浩一としても、まさかこれを市会議員としてふさわしい行為とは考えないのではあるまいか。

 万引きの被害者を脅し、あるいは議席譲渡事件を引き起こした人物であることを知りながら矢野、朝木と手を組んだ奥谷はともかく、朝木の行為を議長はどう判断し、また朝木に対して具体的にどんな対応をするのか。千葉が「要望書」を送付した時点で3月議会の最終日までにはまだ10日あった。

 千葉の「要望書」に対して議長が最終的な判断を行ったのは平成26年3月26日、東村山市議会3月定例会の最終日だった。午後の再開前、議長は前触れもなく「再開前に、朝木直子議員に申し上げます」と述べて、次のように続けたのである。



(議長による注意の内容=趣旨)

 ある傍聴者が議場隣のロビーで知人と挨拶を交わしていたところ、いきなり朝木直子議員にカメラを向けられ、シャッターを押された。傍聴者はその場で抗議したが、朝木議員はそのままエレベーターに乗って逃げたとのことです。

 数年前にも同様のことがあり、朝木議員は当時の議長から本会議場で注意を受けたにもかかわらず同じ行為を繰り返しており、議会として厳重な処分をしていただきたいということであります。

 会議中の出来事ではありませんので、これについては処分の対象外ですが、議会内外にかかわらず、議員として、公人としての自覚を持つようにお願いします。



 静まり返った本会議場に議長の声だけが低く響いた。朝木はこれまでのように激しく反発するかと思われたが、今回はあざけるような表情を浮かべて議長の様子を見ているだけだった。

 ところが議長の注意が終わろうとするころ、朝木は一声だけ意味不明の叫び声を上げた。自分に向けられた批判に対しては、自らを顧みるのではなく、理屈を超えて、その場で反撃しなければ気がすまない朝木特有の非理性的自尊心をとうとう抑えることができなくなったようにみえた。少なくとも議長の言葉を誠実に受け止めたという態度でないことは明らかだった。市民に無断でカメラを向け、シャッターを切ったことについて相変わらず朝木は、悔恨はもちろん、なんら反省の意思など持ち合わせていないのだった(朝木が非を認めて反省するような誠実さを持ち合わせていれば、最初から同じ行為を繰り返しはしない)。

 では、今回も朝木が千葉にカメラを向けてシャッターを切る現場にいて、千葉に対して「(おまえの)うしろの壁を撮っただけ」などとうそぶいていた矢野はどんな反応だったのか。矢野は議長が注意している間じゅう、議長の方にも朝木の方にもいっさい目もくれず、ただ書類をいじっているだけだった。「写真撮ったのは俺じゃないし、関わり合いになりたくない」とでもいうみたいに。

 議長が朝木に対して行った注意は、議会と市民との信頼関係という意味からも必要かつもっともなものだったと思う。しかし、注意を受けた当の朝木と現場にいた矢野はなんら反省の態度をみせなかった。やはり市民にとっては、彼らからカメラを向けられる恐れがなくなったとはいえないということになろうか。

(了)
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『週刊現代』事件 第49回
都合のいい「解釈」

 矢野が『フォーラム』で主張した東京地検の「『不起訴処分』の理由」(「事件に創価学会信者が関与した疑いは否定できない」)がいかに矢野の主観的な、矢野に都合のいいものにすぎないかは、以下の矢野の供述からも明らかだった。



「事件に創価学会信者が関与した疑いは否定できない」に関する矢野の供述

創価学会代理人  ……『フォーラム』では検察官の話として、「告訴から年間、十二分に捜査した結果、創価学会側(信者)が事件に関与した疑いは否定できないということで、不起訴の処分を決めたんですよ」と書いてますね。

矢野  そのとおりで間違いないですよ。

代理人  「(信者)」というのはどういうことなんですか。

矢野  「(信者)」というのは、わかりやすくこれは創価学会側ということで、関係したのは直接的には信者さんですからね。……

代理人  検察官が「(信者)」という言葉をいったのかいわないのか。

矢野  「側」ということで理解しておりますが。

代理人  いったのかいわないのか。

矢野  だから陳述書に、「創価学会側が」というふうにお書きしてるんじゃないでしょうか。

代理人  「(信者)」という言葉は実際には出てないんですね。

矢野  あまり関係ないと思いますが。



 実際に「信者」という文言が入っていたのかいないのか、問い詰められた矢野は最後には論点をはぐらかすしかなくなった、という図であることがよくわかる。「創価学会側」というのと「信者」という文言が加わっているのとでは、当然、それが示す意味が異なってくる。前者は組織を指しているし、「信者」が加われば組織ではなく一会員を指すことになる。

 創価学会の代理人が問題にし、追及しているのは、どこまでが検事が説明した事実なのかということであり、つまりは矢野の主張の変遷そのものであると言い換えてもいい。自ら供述するように「信者」とはあくまで矢野の「理解」であり主観にすぎない。地検の「説明」とする部分に矢野の主観が堂々と含まれるということになれば、矢野のいう地検の「『不起訴処分』の理由」それ自体が自分に都合のいい「解釈」そのものだったのではないかと疑われても仕方がない。

 少なくとも上記のやりとりは、「『不起訴処分』の理由」に関する矢野の供述のうち、事実が存在するとすれば、それはどの部分なのか、あるいはそもそも事実が存在するのかという根本的な疑念を抱かせよう。社会の常識では、こういう事態に陥った時点で、その「証言」には信用性がないと断定されるのである。


「健康問題」という居直り

 矢野が主張する「『不起訴処分』の理由」が本当は矢野が主張するようなものではなかったことは、その後の尋問で矢野自身が自白してもいた。『フォーラム21』事件の尋問で別の創価学会代理人が、矢野が創価学会代理人を提訴した事件の判決について聞いたときのことである。



矢野の主張する「不起訴処分の理由」の軽さ

創価学会代理人  これは、本件の事件『フォーラム』事件の訴状の記載、それから○○弁護士の陳述書の記載が、あなたの名誉を毀損するとして提起した裁判の判決ですね。

矢野  だと思いますが、途中で私は控訴だったか何かした後、入院して手術をして状態が悪くて、弁護士さんとのコミュニケーションがうまくいかなくて、残念ながらそのままになりました。

代理人  あなたの方は控訴理由書も提出しない、口頭弁論にもあなたも来ない、代理人も来ないということで、一審でのあなたの主張に基づいた判決が下されてますね。

矢野  あきれましたけども、事情が私の健康の問題でしたからやむを得ないと思って、今はそういうふうな理解をしております。

代理人  ……あなたのこの訴訟に対するまじめさというか、そういうのが伺えないんだけども。

矢野  あなたですね、失礼ながらいわせていただきますが、人間が健康上の問題だといってるときに信用しないとか何とかっていうのは、おかしいんじゃないですか。出られないから出られないといったんです。



 最後は、主張内容を立証できない者の、いわゆる逆ギレというやつだろうか。

 ここで矢野は控訴理由書を提出せず、口頭弁論にも出頭しなかった理由が健康上の問題だったと主張している。しかし仮に矢野が入院していたとしても、弁護士が代理人としてついているのだから、口頭弁論の日程を代理人が知らなかったということはあり得ず、したがって第1回口頭弁論の前日になって期日変更を申し立てることもあり得ない。
  
 それにしても、仮に矢野が聞いたという「『不起訴処分』の理由」なるものが事実とすれば社会的にも明代の遺族にとってもきわめて重大な問題で、とうてい矢野個人の健康問題などと引き換えにできるものではない。東京地検の「結論変更」が事実なら、まさに「『不起訴処分』の理由」を聞いたとする創価学会の代理人を相手にし、「『不起訴処分』の理由」そのものが争点となっている裁判で矢野はこの重大な「結論変更」を最後まで裁判所に訴えるべきである。

 弁護士との連絡がうまくいかず「残念ながらそのままになりました」では、明代も浮かばれまい。にもかかわらず矢野は尋問で、東京地検の「結論変更」が矢野の健康問題によって十分に主張できない結果となっても「やむを得ない」といっているのだった。

 矢野のこの供述をどう理解すればいいのだろうか。つまりは最初からその程度の代物にすぎず、前後の状況と合わせて総合的に判断すれば「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」などという話は口から出まかせだったといわれても仕方があるまい。

 矢野は『フォーラム21』事件でも東京地検の「結論変更」を立証するどころか、「創価学会側(信者)」へと検事の「発言内容」まで変遷させたことで、その主張に信憑性がないことをますます際立たせた。その上さらに別件判決のことを持ち出された矢野はついムキになり、矢野が聞いたとする「不起訴処分」の理由なるものが虚偽であることを自白したものと理解できよう。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第50回
『フォーラム21』事件における判断

『フォーラム21』裁判の尋問において矢野は、東京地検の「『不起訴処分』の理由」は「明代の転落死に創価学会が関与していた疑惑は否定できない」というものであると主張する一方、別件の控訴審で自分の健康上の理由によりその主張ができなくなったのは「やむを得ないことだった」と述べた。これは重大な「捜査の結論の変更」という事実を、場合によってはもう2度と訴えることができなくなってもかまわないといっているに等しい。これはまた、矢野が聞いたとする「『不起訴処分』の理由」について詳細な主張も立証もしなかった口実のようにも聞こえる。では、裁判官は矢野の主張についてどう判断したのか。

 問題の『フォーラム21』の記事は、〈昨年11月、朝木直子さんと矢野さんは、『東村山の闇』を上梓されました。その中で警察や創価学会が主張する『自殺』説を根底から覆す新事実を発表されています。〉と導入した上で、主要テーマとして矢野が聞いたとする東京地検の「『不起訴処分』の理由」を紹介することで、あくまで自殺を否定する『東村山の闇』における矢野と朝木の主張をより支援、正当化する作りになっている。だから、矢野の「『不起訴処分』の理由」に関する主張の真実性・相当性が裁判の主要な争点となったのである。

 矢野が主張する「『不起訴処分』の理由」の真実性・相当性を判断するにあたって東京地裁がまず着目したのは、矢野の説明する「『不起訴処分』の理由」の具体的内容が、時期によって異なっている点だった。矢野は東京地検の不起訴処分直後には〈朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑〉(『東村山市民新聞』第97号)としていたが、『東村山の闇』や『フォーラム21』では〈(明代の転落死)事件に関与〉へと変化していた。この矢野の主張の変遷について創価学会側は、当然ながら、それが事実に基づかないもの、すなわち虚偽であることを示すものであると主張していた。

 東京地裁はまず、矢野の主張が変遷しているかどうかについてまず次のように述べた。



(「不起訴処分」の理由に関する矢野の主張の変遷に対する裁判所の認定)

 被告矢野は……自ら現認したと主張する担当検察官の発言は本件不起訴処分がされた平成10年7月15日直後には、東村山市民新聞第97号(平成10年9月1日付)や別件訴訟の本人尋問(平成11年11月15日実施=筆者注=『聖教新聞』事件)においては、原告(筆者注=創価学会)が、朝木市議転落死事件そのものではなく、上記事件に至るまでの事件・嫌がらせに関与した疑いは否定できないとの趣旨であると述べていたところ、東村山市民新聞125号(平成14年4月30日付)以降は、「東村山の闇」(平成11月10日発行)、さらに本件検察官発言にあるように、原告が朝木市議転落死事件そのものに関与したとの趣旨であると主張するようになったもので、被告矢野の検察官の発言内容に関する供述には著しい変遷があり、……



 裁判所もまた〈朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑〉から〈事件に関与した疑惑〉へと変化した矢野の主張には「著しい変遷」があると認定したのである。通常、事実関係に対する供述に、基本的な事実を変えてしまうような変遷が認められる場合には、その供述には信用性がないと判断されることが多い。

「『不起訴処分』の理由」に関する矢野供述の信用性

 東京地裁は上記認定および創価学会代理人の供述から、矢野が主張する東京地検の「『不起訴処分』の理由」について次のように述べた。



(矢野が主張する「『不起訴処分』の理由」に対する東京地裁の判断)

 ○○弁護士は、本件における証人尋問において、担当検察官が上記のような発言(筆者注=矢野の主張内容)をした事実はない旨明確に記述していることにも照らすと、本件検察官発言を現認したとする被告矢野の供述は信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。



 東京地検の「『不起訴処分』の理由」に関する創価学会代理人の説明は終始一貫している。これに対して矢野の主張が具体的な根拠も示さないまま変遷していることを根拠に、東京地裁は「不起訴処分」の理由に関する矢野の供述は信用できないと断定したのである。ここで東京地裁が、東京地検の「『不起訴処分』の理由」について創価学会代理人の説明が信用できると述べているに等しい判断を示していることはきわめて重要である。

 さらに東京地裁は、「『その後』という文言によって、明代の転落死事件に対する捜査結果の発表が東京地検の不起訴処分の後だったかのように意図的に時系列を入れ替えている」として創価学会代理人の「不起訴処分」の理由に関する主張を否定している矢野の主張についても判断している。東京地裁はこの点について、創価学会代理人の「その後」とする記載について「文脈からすると必ずしも適切とはいえない」とした上で次のように述べた。



(創価学会代理人の主張を否定する矢野の主張に対する東京地裁の判断)

 しかし、上記陳述書(筆者注=創価学会代理人が提出した陳述書)には、「……平成10年7月15日、東京地検八王子支部は、上記刑事告訴について不起訴処分にするとの決定をしました」と、本件不起訴処分の日が正しく明示されているのである。そうすると、上記のように適切でない表現が使用されていたからといって、これをもって、被告らが主張するように、○○弁護士が本件検察官発言(筆者注=矢野が『フォーラム21』で主張した検察官発言)が虚偽であることを証するために、殊更に陳述書に虚偽記載を行ったものと認めることはできない。よって、○○弁護士が作成した陳述書中に一部事実と異なる記載があることを理由に、上記陳述書の記載内容が虚偽であるとする被告らの主張も失当である。

『フォーラム21』裁判でも、創価学会代理人が「その後」という文言を使用したことについて「適切な表現ではなかった」としつつも東京地裁は、捜査結果を公表した日付と不起訴処分を決定した日付を明確に記載しているとして、創価学会代理人が「不起訴処分」の日付をごまかそうとしていたとは認められないと認定したのである。

 矢野は「創価学会代理人は、自分が聞いた「『不起訴処分』の理由」という事実を否定するために、不起訴処分の日付をごまかした」と主張していた。するとこの認定は、創価学会代理人の証言の真実性を認定したに等しいといえる。

(つづく)
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『週刊現代』事件 第51回
完膚なきまでに否定

『フォーラム21』裁判で東京地裁は、東京地検の「『不起訴処分』の理由」に関する創価学会代理人の陳述書には〈虚偽記載を行ったものと認めることはできない。〉として、その内容が事実をそのまま述べたものであると認定した。その上で東京地裁は、矢野が主張した「検察官発言」の内容について次のように結論付けた。



(矢野が主張する「検察官発言」に対する東京地裁の判断)

 被告らが本件検察官発言が真実であることの根拠とするところは、いずれもこれを採用することができず、他に本件検察官発言を真実であると認めるに足りる証拠はない。



 東京地裁は矢野が東京地検で聞いたとする検事の発言(「創価学会が事件に関与した疑いは否定できない」)の真実性を否定したのである。矢野の主張する内容が「真実であると認めるに足りる証拠がない」ということになれば、必然的に東京地裁は創価学会代理人の述べる内容が事実であると認めたということになる。

 矢野と朝木は平成15年に発行した『東村山の闇』で、東京地検の「不起訴処分」について〈第7章 最初の勝利、刑事告訴を粉砕〉と題して丸々1章を割いて詳細に主張している。矢野と朝木がこの「不起訴処分」を「朝木明代の転落死は殺害事件だ」といいくるめるための重要な根拠として位置付けようとしていることがわかる。矢野はこの章において次のように述べている。

〈東京地検八王子支部は、十二分の捜査の結果、

「創価学会が事件に関与した疑いは否定できない」

 という理由で不起訴処分としたのだ。

 捜査機関からでてくることはないと思っていたこのような重大な判断が出てきたのだ。〉

 矢野と朝木はこう主張し、「不起訴処分」を〈最初の勝利〉であると述べている。この「不起訴処分」があたかも明代の転落死に対する結論(=「自殺」)と一連の判断であるかのようにみせているところが彼らのたぐい希な狡猾さである。この「不起訴処分」は明代の転落死に対する捜査の結論とは無関係である上に、「自殺」とする捜査機関の結論を覆すようなものでもない。

 上記記載は同時に、東京地検で矢野が聞いたとする「『不起訴処分』の理由」を否認する創価学会代理人の証言が虚偽であると主張するものでもあった。しかし、東京地検の「『不起訴処分』の理由」をめぐり矢野が創価学会代理人を提訴した裁判で東京地裁は、創価学会代理人が提出した陳述書の記載について「捏造はない」と断定して、創価学会代理人の証言に嘘がないことを認定した。

 さらにこの『フォーラム21』裁判においては、創価学会代理人の陳述書について信用性を認めただけでなく、矢野の主張内容についても直接言及し、その信用性を認めなかった。これは矢野と朝木にとってより厳しい判決であるというのみならず、「明代は殺された」とする彼らの主張を否定する判決がもう1つ加わったということでもある。

乙骨の姿勢を批判

 矢野と朝木が主張するように、創価学会が『週刊現代』の記事を告訴した事件で東京地検が「不起訴処分」とした根拠が「創価学会が事件に関与した疑いは否定できない」(『東村山の闇』)というものだったとすれば、これは明代の転落死について平成9年に東京地検が出した「自殺」とする結論を事実上覆すことになるきわめて重大な結論である。彼らの主張が事実とすれば、東京地検は社会に対して平成9年に行った発表を修正する旨の説明をしなければならないが、東京地検がそのような発表を行った事実はない。

 つまり彼らが主張する事実には、①東京地検がいったん出した結論を「疑いは否定できない」などというきわめて曖昧な理由によって覆してしまったこと、および②そのような重大な結論の変更であるにもかかわらず、その事実を社会に対していっさい公表していないこと――この通常では考えられない2つの事実が含まれているということになる。したがって、矢野が主張する東京地検の「『不起訴処分』の理由」の信用性を判断するにあたっては、東京地検においてそのようなことが本当に起こり得るのかどうかという視点も重要な要素となり得よう。

 東京地裁もこの点を十分に認識していたことが判決からもうかがえた。『フォーラム21』裁判では当然、発行人であるジャーナリストの乙骨も提訴されているが、東京地裁は検察官発言を真実と信じるについて相当性があるとする乙骨の主張も否定している。その理由を東京地裁は次のように述べた。



 被告乙骨は、本件検察官発言を掲載するに当たり、被告矢野に対する取材しか行っていないが、これは、上記発言を含む本件記事が、原告(筆者注=創価学会)が朝木市議転落死事件に関与したとの極めて社会的影響の大きい事実を摘示するものであることに照らすと、裏付け取材として十分なものであったとは言い難い。



 東京地裁は矢野の主張内容の社会的重大性を十分に認識しており、その点からも乙骨の取材は不十分であると認定したことが理解できる。

 乙骨が矢野の主張する「『不起訴処分』の理由」が何を意味するかを理解していなかったということはあり得ない。矢野の主張内容が、明代の転落死に対する東京地検の結論を変更するものであることを理解していたがゆえに記事化しようとしたのである。

 矢野が主張する東京地検の「『不起訴処分』の理由」が持つ重大な意味を考えれば、普通のジャーナリストなら当然、矢野以外の当事者に対する取材をするだろう。ところが乙骨は、矢野の主張を無批判に受け入れ、他の誰にも取材することなく記事作成を進めた。

 ジャーナリストとしてはほめられた対応とはいえない。常識では考えられない対応で、東京地裁が乙骨の対応に何か不自然なものを感じたとしても不思議はない。東京地裁の上記認定は、このような乙骨のジャーナリストとしての姿勢に対する批判であるともいえるのではあるまいか。

失った「他殺説」の根拠

 いずれにしても東京地裁は、東京地検の「『不起訴処分』の理由」について、創価学会代理人と矢野双方の供述に基づく事実判断と、矢野の主張する内容の社会的影響という2つの観点からどちらの主張が事実かを判断しようとしたことがうかがえる。その結果、矢野が主張する内容を〈真実であると認めるに足りる証拠はない〉と認定したのだった。

 この裁判で一審の東京地裁は、矢野と乙骨らに対して170万円の支払いを命じる判決を言い渡した。なお、控訴審で東京高裁は創価学会の請求を棄却したが、これは「記事自体に名誉毀損はない」と認定したためであって、矢野の主張する東京地検の「『不起訴処分』の理由」の真実性を認めたということではない。したがって、仮に矢野か朝木が「『フォーラム21』裁判で勝訴したから、『東村山の闇』で記載した東京地検の不起訴処分の理由は裁判所のお墨付きを得た」などと主張しても、それはまったくの虚偽だということを認識しておく必要がある。

 矢野と朝木は『週刊現代』の記事をめぐり創価学会から提訴された際には「取材を受けておらず、発言はしていない」と主張してはしごを外し、講談社に全責任を押しつけた。その一方で彼らはそれから6年後、『東村山の闇』において『週刊現代』を裏切った事実を隠し、あたかも現在も『週刊現代』と共闘関係にあるかのように装った上、記事に対する告訴が不起訴となったことを奇貨として、これに虚偽を交えながら「他殺」の宣伝に利用したのである。

 しかし、『東村山の闇』で「他殺」の根拠の1つとして1章を費やした東京地検の「『不起訴処分』の理由」は、同書の発行から3年後、東京地裁によってそれが虚偽であることが認定された。こうして矢野と朝木は、「明代は殺された」とする主張の大きな根拠の1つを失ったのである。

(了)
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『聖教新聞』事件 第1回
やや異例の会見案内

 平成8年8月5日、新聞、週刊誌などマスコミ各社に記者会見を告知する1通のファックスが送信された。差出人は「朝木明代記念基金」。会見の趣旨は〈昨年発生の朝木明代・東村山市議謀殺事件等につき、民事提訴を行う〉というもので、8月7日に提訴したあと、東京弁護士会館で会見を開くという。出席者には「朝木直子東村山市民新聞編集長、矢野穂積東村山市議」のほかに2名の弁護士の名前が記載されていた。

 会見の案内としてここまでは普通だが、やや異例に思えたのは、この案内にはさらに〈当事者(被告)〉として創価学会会長や千葉英司東村山警察署副署長、朝木明代から万引きされた被害者の氏名が実名で記されていたことである。記者会見に来ないメディアに対しても、「朝木明代謀殺事件」をめぐって民事裁判が提起されること、創価学会会長と捜査指揮官である東村山警察署の副署長、「朝木明代から万引きされた」と訴えている女性店主らが訴えられたという情報だけは最低でも伝えようとする意図があったように思える。しかし被告名を明記する一方で、〈(原告)〉としては〈故朝木明代議員遺族及び同僚市議〉とあるだけで実名は記載されてはいなかった。

 8月7日、霞が関の東京弁護士会館5階の記者会見場に着くと、会場にはすでに多くの記者が集まっており、テレビカメラも数台入っていた。警視庁が「自殺」の結論を出していても、マスコミはいまだそれなりの関心を持っていることがうかがえた。記者の中にはすでに『怪死』を刊行していたジャーナリスト乙骨正生もいた。私は会場に入るのが少し遅れたせいか、主催者が用意した訴状のコピーはもうなくなっていた。

 会見席には左から「草の根」支持者の小坂渉孝(明代が万引きで被害届を出されたあと、明代とともに被害店を脅しに行った人物)、矢野穂積、弁護士、朝木直子ともう1人支持者と思しき人物の計5名が並んでいた。その日はよく晴れた暑い日で、彼らの後方の窓からは強い西日が射していた。

回答書を掲げた代理人

 会見では主催側から案内どおりの提訴をしたとする報告があったあと、記者からの質問を受け付けた。質問をしたのは女性記者と私の2名だったと記憶している。最初に手を挙げた女性記者はストレートにこう聞いた。

「矢野さん、(万引き事件の)アリバイの証拠はあったんですか?」

 女性記者に対して矢野は何やら一言嫌味をいったあと、こう答えた。

「アリバイを証明するレジ・ジャーナルが存在することは間違いないからファミレスの本部に弁護士を通じて照会したが、『照会には応じられない』旨の回答があった。このため、アリバイの証拠はまだ入手できていない」

 隣に座っていた代理人弁護士は、ファミレス側からの「回答書」を記者席に向けて仰々しく広げて見せた。まさか弁護士はこれで、ファミレス側が対応を断った事実をもってアリバイを証明できない言い訳になるとは考えなかっただろう。しかし、「回答書」を見せられたマスコミの中には、「何者かの力が働いてレジ・ジャーナルを隠匿している」と受け止めたところもあったのかもしれない。

『怪死』の内容を否定した矢野

 女性記者がアリバイに関する質問をしたので、私もアリバイについて聞いた。同年5月に発行されたばかりの『怪死』(教育史料出版会)には次のようなくだりがあった。

〈このレシート(筆者注=明代が東村山署の取り調べの際、アリバイの証拠として提出したもの)は、朝木さんのアリバイを証明するものではなかった。朝木さんと矢野氏は勘違いによって、他人のレシートを提出してしまっていたのである。

「10日以上も前のことだったので、食事の内容に若干、記憶違いがあり、結果的に間違ったレシートをもらって提出していたのです。しかし、よくよく考えてみると食事内容が少し違う。そこで、正しいレシートを提出すべく、店側に再度レシートをリクエストしましたが、警察がレシートの控えをすべて押収してしまっていたため、レシートを出してもらうことはできませんでした。そこで、警察にレシートの控えを見せてほしいと申し入れていますが、応じてくれません」(矢野氏)〉

 私は上記記載に基づいて、「『怪死』には朝木さんがレストランにレシートを出してもらうにあたって伝えた『食事内容を間違えていた』と書かれているが、それは事実か」と聞いた。すると矢野は私に対して、「名誉毀損記事を書いてる人ですね。いずれ提訴しますからね」と前置きし、こう答えた。

「その記載自体が誤りで、その部分も含めて、この著者には訂正を求めている」(趣旨)

『怪死』では現実に聞いた矢野のコメントとして〈食事の内容に若干、記憶違い〉があったと書かれているが、矢野によれば、この箇所も事実ではないということになる。

 のちに矢野は「店長が間違えて明代に『レギュラーランチ』のレシートを渡した」と主張している。(アリバイが本当にあったとすれば)「明代が間違えた」か「店が間違えたか」は大問題だが、乙骨は『怪死』を書くにあたってなぜこんな大きな事実誤認をしてしまったのだろうか。

 矢野が主張するように乙骨が間違えたのか、あるいは矢野が主張を変えたのか。いずれにしても、記者会見という公の場で、刊行したばかりの著作の中でも重要な部分について取材したはずの本人から否定されては、乙骨も内心穏やかではなかっただろう。しかし当時、私には矢野が乙骨の記載を否定した意味や、矢野から著書の内容を否定された乙骨の心理まで思い至ることはなかった。

 記者会見で矢野はこのように記者の質問に対してきわめて強気に反論し、創価学会と闘っていく姿勢を鮮明にした。矢野が記者の質問に答えている間、視線を落としぎみに座っているだけだった朝木もまた、「裁判を通して母の万引き犯の汚名を晴らしたい」と述べた。

 弁護士会館にやってきたマスコミは、この時点ではまだ、訴状で朝木が「『週刊現代』の取材は受けていない」などと主張しているとは誰も知らなかった。

浮かぬ顔のジャーナリスト

 記者会見が終わり、ロビーで知り合いのジャーナリストと話していると、目の前を乙骨が通り過ぎていった。その表情に私はやや違和感を覚えた。

 この日の会見は、すでに創価学会から提訴されている朝木と矢野の側からの反撃、宣戦布告ともいえるもので、「他殺」を主張する乙骨にとってもきわめて重要かつ意義あるものと思われた。しかしそんな重要な記者会見の直後にしては、乙骨の表情にいまひとつ積極性のようなものを感じることができなかったのである。むしろ私には、なにか乗り気がなさそうな感じさえしたのだった。

 そのとき私はまだ、矢野が『怪死』の一部を否定したこと、ほかにも乙骨に対して訂正を申し入れていると述べたことの重大性を認識できていなかった。しかしのちに、『怪死』出版後に前述の「レシートの誤り」の箇所だけでなく、他の記述(〈朝木さんに対しても、「万引き常習者」だの「家族揃って万引きをしている」などと、それこそ根も葉もない誹謗中傷が必要に加えられているが、そうした誹謗中傷の極めつけにあるのが、W不倫情報。〉)をめぐっても、乙骨は矢野と朝木から訴えられていたことが明らかになった。今から思えば、記者会見の時点ですでに、乙骨には矢野と朝木に対する不信感を感じ始めていたとしてもなんら不思議のない状況にあったということだった。

 さらに訴状で朝木が「『週刊現代』の取材を受けていない」と主張していることがわかり、乙骨も彼らの特異さを知ったのではあるまいか。平成8年8月7日は、「他殺」を主張する者たちの間で決して表には出したくない軋轢と深刻な対立が生じた日でもあったようである。

(つづく)
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