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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『聖教新聞」事件 第28回
 平成7年9月1日、東村山市議だった朝木明代が万引きを苦に自殺した事件をめぐり、『週刊現代』は〈夫と娘が激白!「明代は創価学会に殺された」〉と題する記事を掲載した。記事はタイトル部分を含め、大半が遺族や関係者の証言や主張に基づくもので、それまでの警察発表の内容をことごとく否定していた。とりわけ次のような朝木と父親大統のコメントはより創価学会が関与したと決めつけるものだった。

〈「創価学会はオウムと同じ。「自殺」したように見せて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」〉(朝木)

〈「妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、……自殺したというシナリオを作ったんです」〉(大統)

 これに対して、創価学会は『聖教新聞』で転落死に対する関与を否定するとともに、『週刊現代』およびコメントした朝木父娘ら「悪質なデマを流した」として強く批判した。「殺人犯」と断定されたのだから、反論しない方がどうかしていよう。

 ところがさらにこれに対して矢野と朝木らは、この記事によって名誉を毀損されたとして創価学会を提訴したのである。なお矢野らは同時に、マスコミに対して事実と異なる情報を流したなどとして万引き被害者や警視庁東村山警察署副署長の千葉英司も提訴した。

 問題の『週刊現代』をめぐってはすでに1年近く前に、創価学会が講談社とコメントを出した朝木父娘を提訴していた。この裁判で朝木は「コメントはしていない」と主張し、したがってコメントの内容について真実性の主張・立証活動はいっさいしなかった。

一転して積極的に「立証」

 しかし『聖教新聞』を提訴した裁判では、矢野と朝木は「『週刊現代』にコメントはしていない」と主張するとともに、「『万引きを苦にした自殺』が事実に反すること」について積極的な主張・立証活動を行った。朝木は幸福の科学によるインタビューで「万引きと自殺は表裏一体の関係にある」と述べている。「万引きが事実なら自殺という結論も正当性があるが、万引きが冤罪なら万引きの可能性もない」という趣旨である。

 したがって矢野は他殺を主張するとともに、「明代が万引きをしていないこと」についても詳細な主張、立証活動を行っている。明代の万引き事件に関して矢野は、明代の万引き犯の汚名が晴らせなければ、アリバイ証言を行った矢野も隠蔽工作に加担した当事者として責任を問われかねないという関係にあった。

「万引き事件当日、明代はずっと自分(矢野)と行動をともにしており、万引きがあった時間帯には2人はレストランで食事をしていたから、明代は万引き犯ではない」

 矢野はこう主張し、明代が取り調べで他人のレシートを提出したことについても「『日替わり』ランチのものと思って、そのまま提出した」と主張している。

隠せなかった動揺

 しかし『聖教新聞』を提訴した時点で、矢野はすでに取り調べで取調官から「日替わり」にメニューを変更したとしても、矢野がレストランに行ったと主張する時間帯には「日替わり」は売り切れていて注文さえできなかったことを聞かされていたのだった。そのことは矢野自身が証拠として提出した「事情聴取記録」からも明らかだった。

「事情聴取記録」によれば、矢野と明代がレストランに入ったと主張していた時間帯に「日替わりランチ」がすでに売り切れだったことを知らされた矢野は「ええっ、ウソっ」と驚きの声を上げ、絶句している。この矢野の反応こそ、矢野がまさか午後2時過ぎの時間帯に「日替わりランチ」が売り切れているとはまったく想定していなかったことを示していた。

 つまり矢野は「日替わりランチ」が売り切れていることを知らされるまで、「『レギュラーランチ』は誤りで実際は『日替わりランチ』だった」という言い逃れができると考えていたということである。しかし「日替わり」はすでに売り切れていて、「レギュラーランチ」以上に、彼らが注文することはあり得ないことが明らかになっていたのだった。

 矢野はその際、警察がレストランから提出された当日の注文・清算記録に基づいて作成した「注文・清算リスト」を見せられている。取調官はリストを見せながら、矢野と明代が「日替わりランチ」を注文するのは不可能だったことを説明し、彼らの主張するアリバイが虚偽であることを立証してみせたのである。

 しかし矢野が証拠として提出した「事情聴取記録」には、取調官が矢野にリストを示したことがわかる部分は削除されていた。平成11年5月31日付陳述書には、取調官から「注文・清算リスト」を見せられたことなどいっさい記載されていなかった。

それまでの時系列を否定する供述

 矢野はその取り調べで、矢野と明代が主張する「日替わりランチ」を注文することさえできなかった事実を同「リスト」によって突きつけられ、反論するどころかむしろレストランに行ったとする時間帯を、それまでの主張から2時間近くも繰り上げざるを得なかった。

 それまで矢野が明代とともに主張していた、「東村山市役所からレストランで食事をするまで」の時系列をすべて否定するもので、それまでの説明をすべて撤回したに等しい。これこそ取調官から「日替わり」が売り切れていた事実を突きつけられたことによる動揺そのものだった。

(つづく)
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「右翼の弟子」事件 第1回
 ブログの記事をめぐり私と千葉が「行動する保守」Aの弟子を提訴していた裁判は、平成26年9月17日に提訴してから2カ月後、当初は1人の裁判官による審理が予定されていたものが合議制となり、法廷も当初よりも広い405法廷に変更となった。かつて千葉が右翼Mとの裁判で使用された法廷である。東京地裁立川支部は、被告がネット右翼の重鎮で最近は在特会のヘイトスピーチ・デモにも参加する「行動する保守」Aの弟子であるという点を考慮したものと思われた。

 かつて千葉や私が「行動する保守」らを提訴した裁判では、多くの「行動する保守」支援者が集まり、廊下を埋めたものだった。とりわけ最初の、千葉が西村修平を提訴した裁判では、東京地裁八王子支部の法廷前廊下は平日だというのに「行動する保守」支援者で埋まり、その多くが傍聴できない事態となった。

「行動する保守」関連裁判の場合、「行動する保守」側には支援者・当事者を問わず相手方に危害を加える恐れがあるため、定刻の5分前まではドアが施錠され、職員から許可の知らせがあるまで入廷が許可されないのがいつしか通例となっている(普通の裁判ではもっと早く入廷できる)。また裁判所は法廷の脇に荷物置き場を用意し、「行動する保守」らはそこにプラカードやハンドマイク、日章旗などの街宣道具を預けなければならなかった。 入廷許可が下りると、ドアの両脇に2人の職員が立ち、傍聴人はその間を1列になって整然と入廷した。

 さて第1回口頭弁論が開かれた平成26年11月12日、午後2時開廷の5分前を過ぎた405法廷の周辺には20名近い裁判所職員が警戒にあたっていた。師匠である「行動する保守」Aの「人望・人徳」からすれば、その弟子の裁判に多くの支援者が集まってもなんら不思議はないと思われた。ところが私の見る限り、法廷前には支援者らしき人影をただの1人として見ることができない。私と千葉が入廷したのは5分前を過ぎていたから、もう支援者たちは全員入廷したのかもしれない――。

 そう思いながら法廷に入ると、被告席には「行動する保守」Aの弟子がすでに座っていた。原告席に向かいながら傍聴席に目をやると、中央最前列に師匠「行動する保守」Aが私たちに向かっていつにもましてするどい視線を投げかけていた。

 原告席に着席し、あらためて傍聴席をざっと眺めてみた。やはり支援者らしき傍聴人は1人もいない。最近弟子がさかんに持ち上げている若手活動家の姿もない。最後列に4、5名スーツ姿の傍聴人がいたが、これは公安関係者とみられた。平日だから、支援者も来れなかったのだろう。

 さて定刻になり、3人の裁判官が入廷した。裁判長はまずこの日までに提出された原告側の訴状と書証、および被告から提出された答弁書を陳述扱いとすることを確認した。答弁書は10月31日付で1週間前に送達された。答弁書には本人の署名がなされていた。したがって、弟子は代理人を立てず、本人訴訟で臨むつもりのようだった(後に詳述)。

 その後、裁判長から原告・被告双方に対して、問題の記事(後述)がいつまで掲載されていたかについて質問がなされた。私は知る由もないので、「わからない」と答えるほかなかった。ブログを運営している弟子ならわかるはずだが、確認していなかったのか、被告もまた「わからない」という。

 こうして、この日は掲載期間が確定できなかったため「次回に継続」(裁判長)とし、第1回口頭弁論は終了した。次回期日は平成27年1月15日午前11時と指定された。

本件提訴の概要

 本件裁判は、弟子が平成26年9月2日付でブログに掲載した記事における次の5カ所の記載によって原告らの社会的評価を低下させたとして提訴したものである。



(記載1)

駅周辺には、これまで自殺説を強く支持する観点から東村山市議転落死を追ってきたジャーリスト・宇留嶋瑞郎と、事件当時に捜査を指揮した元東村山警察署副署長の千葉英司らも偵察に訪れていたようである。(筆者注=私と千葉の氏名は赤字で表示)

(記載2)
 
現職を離れて久しく、いくら当時の捜査責任者と言えども(原文ママ)退官した後も東村山にこだわる理由はないだろう。仮に自ら指揮した捜査に手違いがあったとしても、それで何らかの法的責任を追及されるというわけではあるまいに。

(記載3)

宇留嶋ともども毎回の如く東村山駅周辺での行動には姿を現しており、まるで自殺でなければ困る、自殺での死亡のままにしておけと言わんばかりの執拗な付きまといっぷりである。平成20年に初の街頭演説を開催して以来、東村山での街頭演説活動ではこのようなことが繰り返されている。

(記載4)

宇留嶋の場合、少なくともジャーナリストとしての取材活動という名目があるのだろうが、年金生活者になっていると思しき元副署長・千葉の場合はジャーナリズムに携わっているわけでもなく、何のために東村山での行動につきまとっているのか、皆目意味が分からない。

(記載5)

 物理的な妨害こそないものの、街頭演説が終了して我々が東村山駅周辺から立ち去るまで、その動向を見張るかのように終始付きまとう様は常識的に考えて異常である。一連の行動には宇留嶋・千葉両人のみならず、創価シンパと思しきブロガーやウォッチャーまでおり、ある意味では「集団ストーカー行為」(筆者注=「集団ストーカー行為」は赤文字で表示)の一形態といえるのではないか?



 原告らはまず弟子が原告らの氏名を赤字で表示したことについて、「原告らの氏名を赤字で記載してことさらに注意を喚起した」と主張し、上記記載のうち記載2、3、4、5について千葉は、「千葉が本件街宣の現場に行った目的は『自殺での死亡のままに』しておくため、『真相究明』を訴えている本件街宣活動を見張り、つきまとうためであると断定するもの」と主張し、私は記載4、5について「宇留嶋が本件街宣の現場に行った目的は、取材目的ではなく、『真相究明』を訴えている本件街宣活動を見張り、つきまとうためであると断定するもの」と主張している。

 その上で原告らは、本件記事は「原告らが本件街宣現場に行った目的が社会的正義に反する不当なものであると主張するのみならず、原告らは法律で規制された犯罪行為であるストーカー行為を働いたと断定するもの」で、原告らの社会的評価を低下させたと主張し、原告らに対し各50万円の支払いを求めている。

(つづく)
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「右翼の弟子」事件 第2回
署名箇所に違和感

「行動する保守」Aの弟子の平成26年10月31日付答弁書は、その1週間後に送達された。答弁書に代理人の名前はなく、当事者の名前だけが記載されている。弟子はこの裁判に本人訴訟で臨むということだった。

 ただ私は本人の署名部分を見て違和感を覚えた。裁判に提出する書類には、署名・捺印しなければならない。通常は署名の右横に捺印するが、弟子の書面には署名の右横に㊞マークがあらかじめ印刷されており、弟子はその上に捺印していたのである。

 普通、自分で作成した文書の捺印箇所にわざわざ㊞マークを印刷する者はいない。つまり弟子の答弁書は、署名は弟子のものになっているが作成者は別に存在していて、㊞マークを記載することによって捺印が必要であることおよび捺印場所を教えようとしていたのではないか――私はそんな印象を受けた。

〈「行動する保守」A=「ネット右翼」〉を否認

 さて、弟子は当然、私と千葉の請求を棄却する判決を求めたが、その理由について順を追って紹介しようと思う。

 まず「原告ら」について弟子は、以下のように述べて私と千葉の主張を否認している。



「原告千葉について」

「当該市議」(筆者注=朝木明代)の「万引き事件」、「謀殺説」、謀殺説を「事実と盲信した被告らによって」「事件を捏造した警察官として誹謗中傷され続けて現在に至っている」については否認する。

「原告宇留嶋について」

「謀殺説の虚偽性を明らかにするために取材活動を続けている」について否認する。

筆者注=「」内は原告らの記載)



 東村山市議の矢野穂積、朝木直子、「行動する保守」A、右翼Mらが千葉について、「万引き事件の捏造に関わり、『他殺』の事実を隠蔽して自殺として処理した」と誹謗中傷している(した)ことについて、弟子はそのような事実はないと主張している。すなわち、矢野や「行動する保守」Aによる千葉に対する主張の内容は正しいと認識しているということだった。

 私の取材活動については、「真相究明のためではない」と主張しているようである。私が何のために執筆活動をしているかについて弟子は明言していないが、続いて以下のような、本件とどう関係しているのかわからないような一文を付け加えている。

〈なお、原告宇留嶋は、創価御用ライターとの呼称が名誉毀損にあたるとして、他者への別訴を複数回提起したが、いずれも敗訴している。〉

 弟子(あるいはこの答弁書を書いた人物)はよほど私が「創価御用ライター」との記述をめぐって提訴し、敗訴したことを強調したかったのだと思われた。弟子は、私が「創価御用ライター」だといいたいのだろうか。なお直接的に上記記述をめぐって私が提訴した相手は、矢野と朝木を除けば、ある法律関係の資格を持つ人物しか思い当たらない。

 被告である弟子について、われわれは訴状で〈万引き現場や自殺現場にほど近い東村山駅前や東村山市役所前等で事件の「真相解明」と称して街宣活動を行っている。〉と記載したが、これについて弟子は〈「真相解明」を求める活動をしていることは認める。〉とした。弟子は「行動する保守」Aらとともに「朝木明代は万引き事件を捏造され、謀殺された」という矢野のデマを宣伝しただけだと思うが、弟子はそれを「真相解明」活動だと信じていることだけはわかった。

 また、〈ネット右翼である訴外「行動する保守」A(筆者注=訴状では本名を記載)の弟子〉と記載したところ、弟子は「行動する保守」Aが〈「ネット右翼」であることを否認する〉とした。「行動する保守」Aはかつて「ネット右翼」であることを自認していたと思うが(それどころか「ネトウヨのカリスマ」だったらしい)、弟子は師匠の言葉をあっさり否定するつもりらしい。あるいは、弟子は答弁書の内容をよく読んでいなかったのだろうか。

記事を確認しなかった「筆者」

 では、私と千葉を「集団ストーカー」と記載した部分(記載1~5=前回参照)についてはどうか。

 まずわれわれは、弟子が本件記事で私と千葉の氏名を赤字で記載したことについてこう主張していた。

〈被告は本件問題部分において原告千葉の氏名を赤字で記載してことさらに読者の注意を喚起した〉(私に関する部分についても同様)

 これに対して弟子は答弁書でこう主張していた。

〈(弟子は)本件サイト上で個人名を記載する場合は、本件記事に限らず、色文字を使用するのが通常である。〉

 本件記事に限ってみても、本件記事には私と千葉以外に朝木明代、「行動する保守」Aや弟子の同志、香川大学教授のなどの個人名も実名で出ている。しかし、われわれ以外の名前については通常の黒の文字が使用されており、色文字が使われていないのは明らかだった。また本件記事以外の記事を見ても、特に個人名をすべて色文字で記載しているという事実はないようだった。

 したがって上記の弟子の主張は、本人ならおよそ間違えようのない単純な誤りである。答弁書の筆者は本件記事そのものを確認するという最も基本的な行為を怠ったのではあるまいか。

(つづく)
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「右翼の弟子」事件 第3回
捜査機関の結論には触れない弟子

 本件裁判で私と千葉が問題としているのは、「行動する保守」Aが東村山駅前で街宣を行った際の私と千葉の行動について、

〈……その動向を見張るかのように終始付きまとう様は常識的に考えて異常である。一連の行動には宇留嶋・千葉両人のみならず、創価シンパと思しきブロガーやウォッチャーまでおり、ある意味では「集団ストーカー行為」の一形態といえるのではないか?〉

 などと記載した箇所などである(詳細は第1回に記載)。

 上記の問題部分について弟子は、私と千葉に対していずれも「『集団ストーカーである』とは断定しておらず、疑問を呈したにすぎない(筆者注=「だから名誉毀損には当たらない」とする趣旨)」などと主張した上で、千葉に対しては続けてこう主張している。

〈原告千葉が、「東村山事件」の捜査責任者として、平成7年に国会で杜撰な捜査を批判されたという特段の事情を勘案すれば、本件記事は、原告千葉の受忍限度内にある。〉

 東村山市議だった朝木明代が万引きを苦に自殺した平成7年に、自民党の国会議員が根拠もなく「他殺が疑われる」などとして「事件性は薄い(すなわち自殺)」とみていた警視庁東村山警察署、とりわけ捜査指揮官の千葉を名指しで批判したことは事実である。それによって東村山署は書類送検を2カ月も遅らされた。しかし最終的に東京地検も「万引きを苦にした自殺」という警視庁の結論を追認して捜査を終結している。したがって、上記の弟子の主張は、国会議員が国会で千葉を批判したという事実のみを記載し、警視庁と東京地検の結論を記載していないという点で一方的な主張である。

 千葉に対する国会議員の質問こそ捜査結果を曲げようとする謀略そのものだった。弟子としては捜査機関の結論には触れられなかったものとみえた。

「行動する保守」独自の思考

 それにしても、弟子の上記主張の中でも驚くべき点は、千葉はかつて公的機関によって「ストーカー」と認定されたからではなく、国会で批判されたことがあるから、それだけで「集団ストーカー」といわれることについて人権が制限されると主張していることである。国会で批判されることはめったにない話かもしれないが、そのことによって人権が制限されるなどという話は日本ではあまり聞いたことがない。「行動する保守」独自の考え方だろうか。

 私に関する部分についても、弟子は「集団ストーカー」とは断定していないなどと主張した上で、次のように主張している。

〈原告宇留嶋が、他人への批判を生活の糧にしていること、「東村山事件」の遺族及び真相解明を求める関係者への中傷を行って複数の別訴で敗訴していること、創価御用ライターと呼ばれたことを提訴したが敗訴したこと等の特殊の事情を勘案すれば、本件記事は、原告宇留嶋の受忍限度内にある。〉

 この記載のうち、とりわけ「他人への批判を生活の糧にしていること、『東村山事件』の遺族及び真相解明を求める関係者への中傷を行って複数の別訴で敗訴」とする部分自体が私に対する新たな名誉毀損である。

 これについては対応を検討中だが、要するに弟子はここでも「宇留嶋は過去に他人を中傷して敗訴しているやつだから、『集団ストーカー』といわれても我慢しなければならない」と主張していると理解できよう。弟子は私に対しても、かつて私が公的機関によって「ストーカー」と認定されたからではなく、それとは関係のない「過去の悪行」によって、「集団ストーカー」といわれることについて私の人権は制限されると主張していることになる。

 このように、弟子は私も千葉も、本件とは無関係の過去の「特殊な事情」によって、「集団ストーカー」と呼ばれたことについて「受忍限度内にある」と主張している。弟子のこの考え方は、「行動する保守」Aとともに参加しているヘイトスピーチの短絡思考に通じるものがある。

 ただ無関係とはいえ、弟子が「受忍限度内にある」とする理由を挙げているところをみると、理由もなく「集団ストーカー」と呼ばれること自体は、当事者にとって社会的評価を低下させるものであるという自覚があるということだろうか。

 そのためかどうか、弟子は「集団ストーカー」という文言の法的解釈による反論を行っている。弟子が「(私たちの行為は)『集団ストーカー行為』の一形態」と記載したことについて「読者が、原告らは犯罪行為であるストーカー行為を働いたと理解することは明らか」とした私と千葉の主張に対して、弟子は次のように主張している。

〈「集団ストーカー」は、集団でのつきまといや威圧行為のことを指しており、原告らの主張する「平成12年に施行されたストーカー行為等の規制等に関する法律」で規制される「犯罪行為」のことを指していない。

 すなわち、同法が規制する「ストーカー行為」は、恋愛感情による付きまとい等であって、……同法で規制される「犯罪行為」と無関係なのも明らかである。〉

 そこまで理解していながら、弟子は「集団でのつきまといや威圧行為」をなぜわざわざ「集団ストーカー行為」と呼ぶのか。「行動する保守」の思考は本当に理解に苦しむというほかない。

(「第2回口頭弁論以降」につづく)
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『聖教新聞」事件 第29回
用意していた「反論」

 矢野は尋問で、「レストランで食事をしていた」とするアリバイについて追及された。尋問でアリバイが追及されることは、矢野としても当然予測していたものとみられる。

 矢野が「事情聴取記録」を証拠提出したのは、明代が取り調べ(書類送検前)の段階ですでに、「『レギュラー』は誤りで『日替わりランチ』だった」と供述していたと主張するためだったと思われた。しかしその一方で「事情聴取記録」には、「その時間帯にはもう『日替わり』は売り切れていた」と知らされて絶句してしまった場面も残されていた。しかも矢野は、それに対して反論できず、ずるずると入店時間を繰り上げてしまった。

「『日替わりランチ』が売り切れだった」という事実を前提に追及されれば、矢野と明代のアリバイは完全に崩されることになる。そこで矢野は、事実なら「『日替わりランチ』が売り切れだった」という捜査結果を覆す反論を用意していたようである。尋問をみよう。



(「『日替わりランチ』が売り切れだったこと」に対して矢野が用意していた反論)

――日替わりランチというのは、当日6月19日に、すでにあなた方が入ったときは売り切れであったということは聞いていますよね。

矢野  10月7日に、○○代理(筆者注=取調官)からトータル20食のリストを見せられました、警察で。で、「そんなばかなことはない。」というふうに申し上げました。50食通常作るランチが、5時までのランチがなぜ1時までになくなるのかと、それは申し上げております。……

――あなたと○○代理の会話をみますと、あなたは……「えっ、ほんと」というような形で、かなり動揺しているんではないですか。

矢野  動揺はしてませんよ。さっきから申し上げているように20食しか出ていないということを聞かされて「それはおかしいんじゃないですか」といったんです。



「『日替わりランチ』は売り切れていた」という取調官の説明に対して矢野が「反論した」としていることについては、4年後に発行した『東村山の闇』でも同じ主張がなされている。

『東村山の闇』でも同趣旨の記載

『東村山の闇』における記載は以下のとおりである。

〈この刑事課長代理(筆者注=取調官)は、6月19日のこのレストランの日替わりランチの「リスト」なるものを、私に見せた。が、それは警察側が手書きでつくった注文のあったという20食のリストだった。しかも、昼までに売り切れだったという。が、弁護士と私たちが確認したところ、当時、このレストランは、日替わりランチを11時から午後5時まで、1日50食作っていた。即座に、私はこの点を指摘した。〉

 ここで矢野が主張しているのは、「このレストランは当時、日替わりランチを1日50食作っていた。取調官から昼までに売り切れだったというリストを見せられたが、それは20食にすぎない。したがって、その後も日替わりランチは注文されているはずだ」というものである。だから矢野はこう主張を続けている。「だから警察に対しては注文リストの原本を出せと主張しているが、警察もレストラン側もこれに応じない。これは何か隠匿すべき理由があるからにちがいない」と。

 ただこの主張はまず、レストランが「当時、日替わりランチを50食作っていた」という前提になされている。こういえば「日替わりランチ」は必ず50食作っていたように聞こえるが、事実はそうではない。尋問では、矢野は「必ず50食作っていた」とはいわず「通常は」といっている。つまり「50食作らないこともある」というのが実情なのであり、明代が万引きした当日、「日替わりランチ」が20食しか作られていなかったとしても不思議なことでもなんでもないのである。

 しかも、矢野は取調官から「『日替わりランチ』は売り切れている」といわれて〈即座に、私はこの点(「日替わりランチ」を「1日50食作っていた」とする事実)を指摘した。〉と述べているが、矢野自身が提出した「事情聴取記録」には、そんな発言はいっさい記載されていない。「日替わりランチ」が売り切れだったことを知らされたあとのやりとりは以下のような記載があるだけである。



(「事情聴取記録」における「日替わりランチ」が売り切れだったことを知らされたあとの主なやりとり)


取調官 
 (矢野と明代がレストランに入ったという)2時12分の時点では、「日替わり」がないんです。

矢野  ええっ? ウソっ!

取調官  ホントなの。

矢野  ウソだ。


矢野
  じゃあ、ちょっと待って。仮にそれが正しいとするよね、そうしてもね、あの、それ以外にもあるの、こっち。……つまり、あの事務所にいない、2人ともいないわけ。


矢野
  「ない」っていうのは本当なの? それ、ちょっとわかんないな。

取調官  いや、ホントなの。それは。私は、あの日のカード、全部調べたの。

矢野  それはおかしいよ。


取調官  いやいや、おかしくない。あの日のカード、全部調べたら、もうね、すでにね、ええ、たとえば1時半ごろ入ったとしても、ああ、2時に入ったとしても、この時間に入ったとしてもね、もう売り切れなの。

矢野  売り切れてないよ、それ。

取調官  売り切れ。

矢野  たとえば、私は食べたんだから、だったら、その前になるよね。



 このように、矢野自身が作成した「事情聴取記録」には『東村山の闇』で主張するような〈即座に〉矢野が〈この点(「日替わりランチ」を「1日50食作っていた」とする事実)を指摘した〉事実などいっさい存在しない。したがって、この主張が虚偽であることは明らかである。

 むしろ矢野は警察の調査結果を「間違い」と指摘するどころか、自分が「食べた」とする時間帯がもっと「前になる」と、それまで自分が主張してきた時間帯に誤りがあったかのように供述を変遷させようとさえしている。それまで一貫して「レストランに入ったのは午後2時過ぎ」と供述してきた矢野が、「『日替わり』は売り切れている」といわれたとたんにあっさり前倒ししようとするとは、やはりよほどの動揺があったということと推測できよう。

 しかし矢野は「事情聴取記録」を提出したあと、取調官から「日替わりランチ」がすでに売り切れだったことを知らされて動揺し、反論するどころか、自ら入店時刻を前倒ししようとした事実が記録されていることに気がついた。その点はごまかさなければならないと考えた矢野は、今度は取調官が示した「注文・清算リスト」の信憑性を問題にしようとしたということではあるまいか。それはまた、「日替わりランチ」によるアリバイ主張を押し通すことにもつながった。

 その際に着目したのが、「日替わりランチ」の「通常」の数だったということらしい。矢野は「『日替わり』は売り切れていた」という捜査結果に反論するにあたり、「20食のリスト」を見せられたが、「それがすべてというのは通常とは異なっている(からおかしい)」というのだった。

 取調官から「日替わりランチ」が売り切れだったことを知らされて反論できなかった矢野は、警察が作成した「『注文・清算リスト』の信憑性」に論点をすり替えて、入店時刻さえ揺らいでしまった動揺ぶりを糊塗しようとしたのである。しかし、矢野自身が作成した「事情聴取記録」における記録とその後の主張内容が大きく食い違っていることは明らかだった。そのこと自体が、尋問や『東村山の闇』における上記の主張が虚偽であることを如実に物語っていた。

(つづく)
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