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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その1)
「選挙対策号」

 東村山市議会平成27年3月定例会は同年3月26日、閉会した。3月議会で「草の根市民クラブ」の矢野穂積は数人の議員に対して市議会議員としてふさわしくないかのような質問を繰り返したものだった。4月26日に執行される4年に1度の東村山市議選を視野に入れた側面もあるようにみえた。

 その矢野と朝木直子が市議選前になると必ず発行するのが政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』である。今年も3月議会閉会前に3月15日付第185号をいち早く発行し、市内の一部に無料配布された。その後も配布活動が続けられている。

 B4二つ折4ページからなるビラの第4面(1ページはB5)には〈市川房枝、朝木明代議員を受け継いで〉と題して「草の根市民クラブ」の基本的スタンスなどを1ページを割いて記載しており、矢野穂積の顔写真がB5の約4分の1の大きさで掲載されている。写真の周囲には履歴とともに「矢野の担当地域」として東村山市内の大半の町名が示されている。

 これは『東村山市民新聞』「矢野穂積版」で、その他の地域には顔写真のページを朝木の写真に差し替えた「朝木直子版」が配布されている。ビラ第185号は東村山市議選のための「選挙対策号」でもあるということである。 

 もちろん選挙を意識したビラを配布するのは彼らだけではない。ただ通常の候補者が配布するビラは自らの政策などを有権者にアピールしているだけなのに対し、矢野と朝木のビラが特異なのは他の議員など個人に対する誹謗中傷が掲載されていることである。

 他人を貶めれば相対的に彼らの優位性を強調することになるから、通常の選挙用ビラよりも効果があると考えているのかもしれない。かつては現職市議すべてを顔写真付きで取り上げ、勝手な「採点」(誹謗中傷や揶揄を含む)をしていたものだった。

 なお私の知る限り、ビラはいつも東村山市議会3月定例会の最終日より前に配布が始まっている。矢野は今年も3月議会の開会中に選挙対策活動を始めたということになろうか。

予算委員会での発言を自ら否定

 選挙対策用『東村山市民新聞』第185号が批判(誹謗中傷を含む)の対象としているのは行政(市長)、与党である自民党議員、公明党議員から野党の佐藤真和、生活者ネットにまで及んでいる。それに対して、共産党とつい最近まで会派を組んでいた民主党の奥谷浩一などについては言及がない。

 その中で、平成26年12月に発行したビラ第184号および今年3月議会の予算委員会で主張したテーマを継続し、より具体的に主張している記事がある。3月の予算委員会では誰のことをいっているのか名指ししなかった、ある自民党市議の生活の本拠に関する主張である。

 3月議会で矢野は「生活の本拠」についてこう述べていた。

「住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の生活、資産の所在等が、客観的事実に基づいて、そこに一緒に住んでいるということになんなきゃいけない」

 矢野が問題視する自民党市議はそれまで隣市に家族とともに住んでいたが、前回市議選の3カ月前に単身東村山に引っ越してきたという。矢野はこの議員の東村山における住所は生活の本拠とはいえず、被選挙権はないと主張している。3月の予算委員会でこの議員の生活実体が東村山にないとする根拠について、「判例ではこうなっている」として述べたのが上記の主張だった。矢野の主張によれば、判例では「住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族が一緒に住んでいなければならない」となっているように聞こえよう。

 このような判例が存在するのなら、矢野が問題とする議員は確かに東村山の被選挙権がないということになるのかもしれない。それは本当だろうか。この点について矢野は、予算委員会における主張をビラ185号でより具体的かつ詳細に述べている。矢野は裁判所が認定する「生活の本拠」についての判例として次のように記載している。

〈住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当で……、その者が間断なく居住することを要するものではなく、……〉

 この判決のどこに「(生活の本拠は)住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族が一緒に住んでいなければならない」と書いてあるのだろうか。判決はその者の「生活の本拠」を認定するにあたり「配偶者その他の親族の存否……等の客間的事実に、居住者の言動等により……」総合的に判断するのが相当といっているのであり、「親族が一緒に住んでいるかどうか」もまた判断の一要素といっていると理解すべなのではあるまいか。むしろ私にはこの記載によって矢野は予算委員会における自分自身の主張を否定しているように思える。

強引な結論

 矢野はこの判決の紹介に続いて、当該市議が〈自分名義の一戸建て住宅(資産)を有していることから、生活の本拠は東大和市である可能性が非常に高い〉と結論付ける。矢野がこう結論付けるに際して、この判例をどう理解したのかはわからない。しかし断定まではしていないところをみると、矢野も実際には裁判所が「住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族が一緒に住んでいなければならない」といっていると理解しているわけではないらしいことがうかがえる。すると、予算委員会における上記発言ははったりだったということになろうか。

 もちろん、矢野が「生活の本拠が東村山にはない」とする根拠としてここで加える「資産」の存在も、矢野が引用する判例によれば、「生活の本拠」がどこにあるかを判断するための一要素にすぎない。したがって、「家族の居住」と「資産」の存在から「生活の本拠は東大和市である可能性が非常に高い」とする結論も、そう決めつけるにはやや根拠に乏しいように思えてならない。

(つづく)
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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その2)
改めて佐藤を誹謗

 ビラ185号で市議の「生活の本拠」をめぐり自民党市議をひとしきり批判すると、矢野の矛先は案の定、もう1人の市議に対しても向けられた。予算委員会では氏名を特定はしなかったものの〈越境通勤市議〉を〈前にやった人〉として誹謗した市議である。矢野はビラ185号でその市議を佐藤真和と名指しした上、裁判所が〈「越境通勤市議」と言われても仕方がないという判断を示した〉などと記載している。

 これでは、誰の目から見ても佐藤がそういわれても「仕方がない」と裁判所が判断したかのように読める。どうかすると、裁判所が佐藤について「越境通勤市議」であると認定したとも受け取られかねない表現であるとさえいえよう。

 矢野と朝木は平成18年から19年にかけて、「東村山市民新聞」、ウェブ版「東村山市民新聞」、ミニFM放送「多摩レイクサイドFM」において、佐藤に対して「越境通勤市議」「詐欺登録罪」「詐欺投票罪」などとする宣伝を繰り広げた。彼らが佐藤に対して「越境通勤市議」などと宣伝したことについて、東京地裁は実際にはどう判断したのか。改めて判決文を紹介しておこう。

 東京地裁は上記の佐藤に対する表現は〈いずれも現職の東村山市議会議員である原告(筆者注=佐藤)の社会的な評価を低下させるものであることは明らか〉とした上で、これらの表現の真実性について次のように述べている。



(「越境通勤市議」などとする表現に対する東京地裁の判断=真実性判断)

 原告の生活の本拠が東村山市内になかったことは、被告矢野及び被告朝木が表明した意見ないし論評の前提となる事実の重要な部分であるところ、これを認めるに足りる証拠はないから、被告らの行為が違法性を欠くということはできない。



 東京地裁はこう述べて、「佐藤の生活の本拠は東村山市内にはなかった」とする矢野らの主張を否定したのである。

 ただ東京地裁は、矢野と朝木が「そう信じたことについては相当の理由があった」と認定し、不法行為責任を否定した。矢野がビラ185号で〈(裁判所は)「越境通勤市議」と言われても仕方がないという判断を示した〉と書いた根拠はわずかに、彼らがそう信じたことはやむを得なかったと認められた点にしかない。

 ところがビラにおける〈「越境通勤市議」と言われても仕方がないという判断を示した〉とする矢野の表現には、「矢野と朝木がそう信じたことに限って」という限定はいっさい記載していない。したがってこの表現は、普通の読者の読み方からすれば、裁判所があたかも、佐藤は誰から「越境通勤市議」といわれても仕方がないと判断したかのように読めるだろう。

 その上ビラ185号では、〈「越境通勤市議」と言われても仕方がないという判断を示した〉に続き、〈(佐藤は提訴したことで自ら)墓穴を掘る結果となりました。〉と記載している。「自ら墓穴を掘る」とは、自分を有利にするためにした行動によってかえって自分をますます不利な状況に追い込むことである。すると、矢野の記事を総合すると、「佐藤は『越境通勤市議』ではない」と主張するために矢野を提訴したが、逆に裁判所からそう認定されてしまった」という趣旨であるということになろう。

 しかし裁判所は、〈これ(筆者注=「佐藤が『越境通勤市議』であるという事実」)を認めるに足りる証拠はない〉と認定しているのである。したがってビラ185号における佐藤に関する記事は、佐藤に対するきわめて悪質なデマ宣伝といわれても仕方があるまい。

公的機関がすでに5度否定

 佐藤に対する「越境通勤市議」とする矢野の主張が否定されたのは、佐藤が提訴した上記の裁判だけではない。この裁判以前に、矢野と朝木は「佐藤の生活の本拠は東村山市内にはなかった」と主張し、東京都選管に対して佐藤の当選(平成19年に行われた東村山市議選)は無効であるとして異議申出を行ったが、東京都選管はこれを棄却(それ以前に東村山市選管も棄却)した。矢野らはさらに平成19年11月11日、これを不服として東京高裁に提訴したものの東京高裁は棄却し、最高裁も彼らの上告を受理しない決定を行っている。

 佐藤に対しても、矢野と朝木はかつて彼らが引き起こした議席譲渡事件で市民から追及されたとおりの手順で追及したことになる。しかし、いずれも矢野と朝木の主張を否定した。矢野と朝木による「佐藤の生活の本拠は東村山にはない」とする主張は、佐藤が提訴した裁判を含めて5度、公的機関によって否定されているのである。ビラ185号に記載された佐藤に対する記載がいかに根拠のないデマであるかがよくわかろう。

 佐藤が名誉を毀損されたとして提訴した「越境通勤市議」などの表現は、東京都選管や東京高裁などがその事実を認めない判決(裁決)を下す以前になされたものである。したがって、佐藤が提訴した裁判で東京地裁が、矢野らがそう信じたことについては相当の理由があったとして不法行為の成立を認めなかったこともやむを得ないのかもしれない。しかし、佐藤が東村山に生活の本拠があることを認めた5件の認定よりも後、なおも佐藤を「越境通勤市議」と呼ぶことに相当の理由があるといえるだろうか。

 しかもビラで「佐藤は提訴によって『墓穴を掘った』」とまで書き、裁判所が矢野らの主張を認めたかのように主張するに至っては、きわめて悪質なデマ宣伝というほかない。

(つづく)
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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その3)
最初の「証言」者

 矢野と朝木が東村山市議会平成27年3月定例会の会期中に発行、配布を開始した彼らの政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』185号第1面に見ると、左半分には東村山市役所と創価学会に対するデマ宣伝および今期で辞職を表明した公明党議員に対する一方的な批判が掲載されている。創価学会に対するデマ宣伝を掲載することは、それによって矢野と朝木が創価学会・公明党に批判的な立場であることを改めて市民に訴える狙いもあるのだろう。

 矢野が彼らのスタンスを鮮明にするために持ち出したのは平成7年2月9日付『週刊新潮』の記事だった。矢野はビラ185号で次のように書き出している。



〈朝木明代議員が、殺害された1995年、「週刊新潮」に「創価学会に占領された東村山市役所の歪み」〉という記事が掲載された。

 ……現在の東村山市役所の現状はさらに創価学会に占領されているといってもいい状態だ。〉



〈占領されている〉とは、「東村山市役所は創価学会の意向のままに動いている」という意味だろうか。また〈現状はさらに〉といっているところからは、「当時からそうだった」と、矢野が『週刊新潮』の記事内容がそのとおりであると同意していることがうかがえる。『週刊新潮』の記事について矢野はビラ185号ではそれ以上の情報を明らかにしていないが、普通では看過できないと思われる大胆なタイトルの記事にはどんな根拠が示されているのか。

 記事に最初の証言者として登場するのは、なんと矢野穂積だった。なお当時、矢野はまだ『東村山市民新聞』発行人で市議にはなっていない。矢野はこの2カ月後に執行された市議選に立候補し、次点で落選。その直後に矢野と朝木直子が引き起こしたのが議席譲渡事件だった。

 矢野は記事でこうコメントしている。

〈「市職員は1000名余ですが、うち約1割が学会員といわれているんです。……部長級に2人、課長級にはっきりしているだけで6人。しかもそれぞれが、役所で要職を占めています。係長以下、一般職員にも多数の学会員がいるし、……学会を辞めた人がいくら周りで嫌がらせを受けても、市役所に相談に行けないんです」〉
 
 市の職員に創価学会員が在職しているとしても、日本では信教の自由が保障されているのであって、そのことに何の問題があろうか。問題だというのなら、日本人のほとんどが檀家として所属している宗派も問題にしなければならなくなる。

 そう考えると、東村山市の職員に創価学会員がいることを問題視すること自体がよほど人権を軽視していることになる。したがって、矢野のこのコメントによっては〈「創価学会に占領された東村山市役所の歪み」〉の根拠とはとうていなり得ない。あえていう必要もなかろうが、コメントの最後の「学会を辞めた人」のくだりは市政とは何の関係もない。

 矢野はビラ185号で当時の『週刊新潮』を紹介するにあたり、記事に自分が関与していた事実をいっさい明らかにしていない。明らかにすれば、客観性を疑われることを恐れたのかもしれない。記事が矢野の主張する方向に偏っているのは事実だった。

万引き事件前の朝木明代も登場

 次に『週刊新潮』の取材に答えているのは、「草の根市民クラブ」所属の東村山市議で、この4カ月後に万引き事件を起こし、同年9月1日に自殺を遂げる朝木明代だった。明代はこんなことをいっている。

〈「東村山の公明党を作ったといわれる古株の元市議の息子さんも市役所にいます。この元市議の場合は夫人も学会の有力者で、現在の助役もその人の自宅に出入りしているそうです」〉

 明代はことさら公明党・創価学会が市政に影を落としているといいたげである。しかしこの話のどこに問題があるのだろうか。矢野は記事の中で〈「このままでは次の市長も学会、公明党に牛耳られるのは目に見えています。東村山は、嫌な街になってしまいそうなんですよ」〉などとも述べ、あたかも創価学会・公明党が東村山で不当に影響力を行使しているかのように主張している。

市長が抗議

 矢野はそんな状況が20年前から変わらず今も続いているというのだろうか。しかしこの『週刊新潮』の記事の中ではそのような事実はないとする市職員の声も紹介されているし、市長は『週刊新潮』に対して次のような抗議文を送付している。



『週刊新潮』に対する市長の抗議文

 貴社は、週刊新潮2月9日号に、特集『創価学会に占領された東村山市役所の歪み』と題し、また、記事中に『学会優先の行政』の小見出しを配し、記事を掲載し刊行されました。

 私としては、取材にお答えした通り、このタイトル等が表示するような事実はないと考えております。にもかかわらず、こうした表現で報道されたことは、一般市民にいたずらに不信感を募らせる等、地方自治体の信頼にかかる問題であり行政運営の責任者として、極めて遺憾とするところです。こうした不穏当な記事を掲載されたことに対し、強く抗議します。



 矢野は当時の平成7年3月1日付『東村山市民新聞』第62号でこの『週刊新潮』の記事を取り上げ、市長の抗議文を紹介しつつ、次のように結んでいる。

〈創価学会本部の反応と同じで、「学会が占領」を自ら証明!〉

 創価学会本部と市長が「東村山市役所が創価学会に占領された事実はない」と同じ回答をしたことが、なぜ「学会が占領」を自ら証明したことになるのか、理解するのは困難というほかない。

監査請求を起こさない不思議

 ちなみに矢野はこれまで行政に対して100件近い監査請求や行政訴訟を起こしている。東村山行政が本当に創価学会・公明党による不当な影響を受けているというのなら、矢野と朝木が当然、問題にしないはずがあるまい。ところが矢野と朝木が東村山市に対して起こしてきた争訟を精査しても、「創価学会が行政に不当な影響力を行使したこと」に対する請求は1件も存在しない。

 矢野はビラ185号において〈現在の東村山市役所の現状はさらに創価学会に占領されているといってもいい状態だ。〉などと主張している。しかし20年前に同じ主張をしていた矢野は、これまで1件の監査請求も起こしていない。客観的な根拠がないからにほかならない。したがって、矢野がいうように東村山市役所が〈さらに創価学会に占領されているといってもいい状態〉になることもあり得ないのである。

 つまり矢野は市議選に向けて、20年前とまったく同じネタと手法で情報(イメージ)操作をしようとしているということになろうか。この事実こそ、記事がデマであることを何より物語っている。

(つづく)
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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その4)
議員と一般会社員を同一視

 ビラ185号では、20年前の『週刊新潮』のデマを蒸し返した記事の上に、前号(第184号)に引き続き、公明党市議を批判する記事が掲載されている。タイトルは〈公明・小松市議、10カ月超も長期欠席〉、サブタイトルは〈「辞職勧告決議」が出される事態に……〉というものである。本文にはこんな記載がある。

〈公明党所属の小松賢市議は、昨年2月28日から10カ月以上も長期欠席を続けた。が、報酬48万円は毎月ちゃんと受け取っている。仕事をしないで、市議の報酬やボーナスまで受け取っていることに……納得できない市民からは「辞職勧告」を出してほしいという陳情が議会に出された。〉

 記事は要するに、「公明党の小松は仕事もしていないのに(議会に出席していないのに)報酬を受け取っているのはおかしいから、辞めるよう勧告してほしい」という陳情が提出され、矢野もこの陳情に全面的に賛同しているという趣旨であると理解できる。

「議会に出席せず、つまり仕事もしていないのに報酬を受け取るのはおかしい。そんな議員は辞めさせろ」というのは、市民感情に訴えるにはきわめてわかりやすい話だろう。一般の会社員なら、仕事をしなければクビというのは当然だからである。まして事情を知らない市民にとって、現役の市議会議員である矢野と朝木からそう主張され、〈「辞職勧告」が出される事態〉とまで書かれれば、「それはけしからん」ということになりかねない。

 しかし、選挙で選ばれた議員の地位について一般の会社員と同じ理屈で論じられるかといえば、そうではない。市民の負託を受けた立場にある議員の地位は公的なものであり、外部から簡単に辞めさせることのできるようなものではない。任期途中で議員を辞めたいと思っても議会の承認を必要とする(地方自治法の規定)など、自分の意思だけでは辞職も許されていない。市民の負託を受けるとはそれほど重いものと位置付けられているのである。

 したがって、議員に対して「議会に出席しなければ報酬をもらえないのは当然」などという理屈を振りかざすのはあまりにも軽率というほかない。記事は、議員の地位というものが一般の会社員とはまったく異なるものであることをまったく考慮していないか、意図して読者になんら説明していないという点で、公明党議員に対し、短絡的かつ一方的に市民の憤りと批判を煽ろうとするものといわれても仕方があるまい。

事実関係も虚偽

 記事の中身をみていくと、小松は〈昨年(平成26年)の2月28日から10カ月以上も長期欠席を続けた〉とあり、サブタイトルには〈「辞職勧告決議」が出される事態に 慌てて12月議会に突然出席した〉となっている。これらの記載によれば、あたかも小松が「辞職勧告決議を免れるためにあわてて12月議会に出席した」かのようである。これは事実なのか。

 念のためにいっておくと、サブタイトルの〈「辞職勧告決議」が出される事態〉の「辞職勧告決議」とは正確には「辞職勧告決議を求める陳情」のことで、これは平成26年12月17日に提出され、同月18日に議会運営委員会に付託された。この日は本会議も開かれており、小松は出席している。矢野のいう〈慌てて12月議会に出席した〉というのはこの日のことを指している。

 サブタイトルにある「辞職勧告決議」は、仮にそれが現実に出されることになったとしても、いうまでもなく「辞職勧告決議を求める陳情」が採択されたあとの話である。つまり、小松が本会議に出席した平成26年12月18日の時点では陳情が付託されたにすぎず、審議もされていないから、「辞職勧告決議」が出されていることはあり得ない。したがって、小松が〈「辞職勧告決議」が出される事態に 慌てて12月議会に突然出席した〉とする記載は、その前提からして虚偽であるということになる。

 その上、本文では〈陳情は3月議会で取り下げられた。〉とも記載している。「決議」が出たあとで、その原因となった陳情が取り下げられることはあり得ず、その点からも〈「辞職勧告決議」が出される事態に 慌てて12月議会に突然出席した〉とするサブタイトルは支離滅裂であり、虚偽なのである。

 なお、小松は同年12月9日に開かれた生活文教委員会にも出席しているが、矢野のビラには一言も触れられていない。

不可解な陳情取り下げの理由 

〈「辞職勧告決議が出される事態」に 慌てて12月議会に突然出席〉とするサブタイトルは、「小松はそれまでの長期欠席によってすでに辞職勧告決議が出されても仕方がない状況にある」とする趣旨も含まれよう。ところが、〈(陳情が出された)その翌日小松議員が議会に出席したため、陳情は3月議会で取り下げられた。〉という。

 1日出席したからといって陳情を取り下げるというのは、「長期欠席」を批判する陳情の趣旨に矛盾しよう。「陳情を出した翌日に出席したから」などという理由で取り下げるぐらいなら、そんな陳情など最初から出さない方がいいし、その日のうちに取り下げればよかろう。ところが実際には、陳情を取り下げたのは東村山市議会平成27年3月定例会の初日である同年2月26日のことだった。

 これはどういうことなのか、矢野はビラで陳情が提出されてから取り下げに至る事情についていっさい説明していない。しかし陳情を取り下げた理由は「陳情を出した翌日に出席したから」などというものではなく、どうやら本当の理由は別にあったようなのである。

(つづく)
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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その5)
議運で不採択の決定

「辞職勧告決議を求める陳情」は平成27年1月30日、議会運営委員会で審議されていた。「『陳情が出された翌日小松議員が議会に出たため』という理由でこの陳情は取り下げられた」と矢野は説明するが、その日から2カ月がたっているにもかかわらず、陳情は取り下げられていなかった。

「小松議員が議会に出たため」取り下げたというのなら、わざわざ議会運営委員会に審議させる必要もなかろう。取り下げの理由は「小松議員が議会に出たため」ではなかったと理解するのが自然である。

 さて委員会における各委員の意見は次のようなものだった(いずれも趣旨)。



「議員がその進退について決めるのは自らの問題。小松議員も、議員としての職責をまっとうしようと、体調不良と闘って、委員会や本会議に出ようと努力されていると聞いている」(石橋博委員)

「選挙で選ばれた議員は、途中で体を壊して公務につけないことがあっても、議員の身分を失うことはない。あとはご本人の判断の問題」(奥谷浩一委員)

「ご本には大変苦しまれたと思う。12月議会に体調を整えられて出席されたことはよかった。公人にも病気や不慮の事故はありうるのであって、それによって公人としての資格がないとは思わない。辞職勧告決議はまったくなじまない」(大塚恵美子委員)

「議員が選挙で選ばれたことの重みをどう考えるかということに尽きる。あくまでも本人が判断すること」(佐藤真和委員)

「政治家の出処進退は本人が決めるもので、私たちは議会が組織として辞職を勧告する意思決定をすべきとは思わない」(伊藤真一委員-公明党を代表しての反対討論)



 委員たちの意見はいずれも「議会として小松に対する辞職勧告決議をすべきではない」とするものだった。委員のうち、この陳情が提出された時点(平成26年12月17日)では矢野、朝木と会派(「東村山を良くする会」)を組んでいた奥谷浩一(現民主党)だけは、しきりに「市民感情としてはよくわかる」と陳情に理解を示すなど、なにやら複雑な背景事情をうかがわせた。しかし会派の問題は関係ないと思うが、奥谷も結論としては陳情を採択すべきではないとする意見を述べた。

 また委員会に出席していた議会事務局長は、委員の質問に答え、議員が職を失うケースについて次のように説明した。

「議員が職を失う場合としては、まず①議員が自ら辞職を申し出て、議長の許可を得て辞職する場合。②被選挙権を有しなくなるなど、議員としての資格を失った場合。③直接請求制度による解散請求(筆者注=リコール)があった場合などが考えられます」(番号は筆者)

 さらに局長は、病気等による長期欠席を理由に議員の職を失うことはないこと、および条例上も、長期欠席により報酬が減額されるという条項もないことを付け加えた。

 委員個々の内心は別にして、議会運営委員会が全体としてこの陳情に対してきわめて冷静に議論していたことがわかろう。これに対して、現役市議の矢野と朝木の騒ぎようは異様に思える。

診断書も提出

 また矢野はビラで〈欠席届は議長に出すようになったが! 欠席の理由は説明せず、隠す〉と記載し、小松があたかも当初は無断で欠席しており、その理由はいまだ説明していないかのように主張している。この点についてはどうなのか。議会事務局長は委員会で次のように説明している。

「欠席については、届出を要することになっております(筆者注=東村山市議会会議規則第2条)。診断書を添付しなければならない理由はないんですが、小松議員については診断書も提出されております」

 局長は小松が届出を提出していないとはいっていない。また診断書を提出したということは、小松は議長に対して本来は必要のない説明をしていることになり、矢野のいう〈欠席の理由は説明せず、隠す〉という主張は公的事実としては虚偽ということになる。仮に矢野が説明を受けていないとしても、そのことがただちに議長にも説明していないことにはならないのである。

 こうして平成26年12月18日、議会運営委員会に付託された小松市議に対する「辞職勧告決議を求める陳情」は平成27年1月30日、全会一致で不採択となった。この結果は3月議会の本会議で報告される予定だったが、陳情人は3月議会の初日である平成27年2月26日、陳情を取り下げた。

 この流れはどうみても、陳情が提出された翌日に小松が本会議に出席したからではなく、議会運営委員会での不採択の結果を受けて取り下げたとみるのが自然だろう。陳情の採否が確定するのは本会議で行われる採決によるが、このままいけば、本会議でも不採択となるのは必至だったのである。

 しかしビラ185号で強調されているのは、小松が長期欠席したという事実、陳情が提出されたという事実だけで、陳情が議会運営委員会で審議され、委員全員の反対によって不採択となった事実はいっさい記載されていない。つまりこの記事は、小松(すなわち公明党)に対するきわめて悪質な情報操作と評価されても仕方があるまい。

戻ってこなかった矢野

 このビラ185号の発行から10日後の3月26日、東村山市議会3月定例会は閉会した。この日、小松は本会議に出席して重要な予算の採決に参加した。議事終了後、小松は今期の任期満了をもって議員を退く旨の挨拶を行った。

 ところで最終日の午後、本会議場には小さな異変があった。午前中は出席していた矢野が、昼の休憩が終わり、会議が再開しても議場に戻ってこなかったのである。矢野が戻ってこないことについて議長からは何の説明もなかった。だから、他の議員たちには事情がわからなかった。

 通常、議員が欠席する場合には自席の名札は掲示されていないが、矢野の名札はそのままだったから、そのうち戻ってくるのだろうと思っていた議員もいた。ところが、矢野は最後まで議場には戻ってこなかった。

 重要な予算の採決も残っている。またあれほど虚偽を交えて小松の欠席を批判していた矢野が重要な会議を欠席するとは、どうしたのだろうか。

 のちに聞いたところによれば、この日、矢野は体調が悪く、「病院に行くので午後から欠席する」旨、議長に連絡していたという。議会の最終日でもあり、来年度予算の採決を行う重要な会議を欠席するとは、よほど急迫した事情があったのだろうか。いずれにしても、ビラ第185号を発行した時点では、自分自身が体調の問題で欠席することになるとは予測できなかったもののようだった。

(つづく)
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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その6)
事実なら市役所の不正

 矢野穂積と朝木直子の政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』第185号は、自己宣伝以外の記事のほとんどが議員個人や市長の批判、誹謗に費やされているが、その中である議員、および議員の家族を巻き添えにした記事が2カ所にわたって記載されている。

 1カ所目は第2面、裏側の見開き右ページの左隅にある〈職業選択の自由?〉という趣旨不明のタイトルが付けられた短い記事である。矢野はこう主張している。



(第2面の記載)

〈市議選挙の候補になっている熊木としみ氏は、自分が市議会議長当時、自分の娘を市の職員に採用させたが、これを指摘されると「職業選択の自由」だから問題ないと、開きなおった。どこが問題かわかりませんかねえ?〉



 熊木の名前である「敏己」をわざわざ「としみ」と記載しているのは、選挙ポスターの表記を意識してのことだろうか。第3面、裏側の見開き左ページの右隅(すなわち上記記事の左隣あたり)には次のような記載がある。



(第3面の記載)

〈自民党熊木議員の娘も熊木議員が議長だった時に東村山市役所に就職したため「情実採用ではないか」と指摘されましたが「職業選択の自由だ、市役所に就職するのは本人の自由だ」と。議場で延々と言い訳して開き直っています。〉



 彼らは熊木が市議会議長という立場を利用して、自分の娘を東村山市役所職員に採用させたと主張しているのだった。ただし、矢野は〈「情実採用ではないか」と指摘されましたが〉とあたかも第三者が指摘したかのようにいうが、「情実採用ではないか」などといっているのは矢野と朝木しかいない。あたかも自分たち以外にも指摘している者がいるかのように印象付けようとしているように思える。

 いずれにしても、矢野と朝木が主張するような「情実採用」の事実が存在したとすれば、採用された側だけでなく採用した側、すなわち東村山市役所そのものも「情実採用」という不正に関与したことになる。ことは個人の問題にとどまらない大事件に発展しよう。矢野が主張するような「情実採用」の事実はあったのだろうか。

市側は完全否定

 矢野と朝木が「情実採用があった」と主張し始めたのは2年前、東村山市議会平成25年3月定例会の一般質問においてである。矢野はまず「行政を監視する立場にある市議会議員の家族が、市職員として自分を採用するよう市に申し込むことは、当該議員が市長に働きかけをするしないにかかわらず、すでに情実人事をやってほしいと依頼していることに等しい」などと、一般論としてもかなり偏った考えを披瀝した。その上で、過去に自民党や公明党市議の子弟が市役所に採用されていることについて「情実人事であって、行政の私物化の典型だ」と決め付け、行政側の見解をただした。

 矢野の主張によれば、市議だけでなく、市役所内で一定の影響力ある立場にある職員の子弟は市職員に応募することが許されないことになるが、そんな無茶な話があるのだろうか。総務部長は「事前に家族状況についての把握はいっさいしていない」、すなわち「情実人事」の事実を否定した上で次のように答弁した。



総務部長  地方公務員の職につきましては平等原則、また家族状況等、いっさい関係なく誰でも受けられるとなっておりますので、もちろん議員のご家族の方、職員のご家族であっても受験することは可能ですし、成績が合格基準に達すれば合格するものでございます。



 総務部長の答弁は当たり前の話で、議員の子弟だから市の職員を志してはならないという方がどうかしていよう。しかし矢野はなおも、こう絡んだ。



矢野  私がいっているのは、議会を監視するサイドに立っている議会の議員の子弟が、職員として入って……監視することができるのかと聞いているんですよ。……息子、娘がやっていることだったら、フリーパスで全部オーケーなんですか。



 総務部長は「(それは)議員の方の考え方だと思います。私どもは……そういう制限は設けていないということでございます」と答えた。議員の子弟がその後市役所で何をやっても許されるはずがないし、総務部長はそんなことはいっさいいっていない。職員採用における平等原則と、その後の勤務状況は別の話である。

「情実人事であって、行政の私物化の典型だ」と決め付けたにしては、議論としてもだいぶ後退している。しかし矢野は、強引にでも「議員の子弟が市職員に採用されること」それ自体が、なにか不正の温床でもあるかのように印象付けたいとしか思えなかった。矢野は質問の最後にこう言い放った。



矢野  (私がいったことは)議場だけのやりとりになっていますが、市民は納得するかどうか、よく考えた方がいいですよ。



 捨てぜりふのようにも、一種の脅しのようにも聞こえた。

「市政私物化」と断定

 それから1カ月後に発行した政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』第178号(平成25年4月30日発行)には、トップ記事として自民党市議の子弟が市職員に採用されたとする記事が掲載され、〈こんな市議らに市政を任せていいのか!〉〈市長が最終的に、市職員採用を認めて、決定!〉〈「市政私物化」の典型!〉などとするサブタイトルが付いていた。これではあたかも、東村山市役所では「情実採用」が常態化しており、市長がそれに加担しているかのようだった。

 本文でもこう記載している。



〈行政を監視することが、第1の役割である市議の子弟が市の職員に採用されるのは「情実人事」であり、市長と組んだ行政の私物化の典型そのものだ。〉



 矢野は1カ月前に本会議で質問し、総務部長は「そのような事実はない」と答弁している。にもかかわらず、「情実人事」が行われていると断定していた。

 それ以後、矢野は同様の批判を繰り返してきた。最初の質問から2年後の平成27年3月15日に発行したビラ185号に記載した〈「情実採用ではないか」と指摘された〉とは、上記の本会議における質問であり、また第178号を含む以後の記事のことだった。

 当然、具体的な根拠もなく「情実採用」といって市議や市長を非難すれば、職員となった本人の名誉や気持ちをいたずらに傷つけ、動揺させることになってもなんら不思議はない。矢野と朝木にとって、それも十分に計算のうちだったのだろう。

(つづく)
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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その7)
不正を認めたかのように記載

「草の根市民クラブ」の矢野穂積は東村山市議会平成25年3月定例会において、市議会議員の子弟が市職員に採用されたことについて「情実採用」であると主張した。「情実採用」とは、正規の合格基準を満たしていないにもかかわらず「市議の子弟だから」という理由で採用された、つまり「不正採用」ということである。

 ビラ185号ではこの件について、当該市議は矢野の批判に対して「職業選択の自由」だと開き直ったかのように記載している。念のため、あらためて矢野の記載を再確認しておこう。矢野は以下のように記載している。



(ビラ185号における記載)

 熊木としみ氏は、自分が市議会議長当時、自分の娘を市の職員に採用させたが、これを指摘されると「職業選択の自由」だから問題ないと、開きなおった。



 これではあたかも、熊木が市議会議長の立場を利用して自分の娘を採用するよう働きかけたかのようである。さらにそれを矢野から指摘されると、熊木は「情実採用」の事実を認めた上で開き直ったかのように聞こえよう。そんな事実があったのだろうか。

 熊木の口から「職業選択の自由」という発言があったことは事実だった。「情実採用」とする矢野の執拗な非難に対して熊木は東村山市議会平成25年12月定例会の一般質問で「うちの娘の話になります」と前置きし、次のように述べた。


 
(東村山市議会平成25年12月定例会における熊木の発言)

  大学を卒業して数年企業で働き、キャリアアップということで、……自分で勉強して受けたんだろうと。試験を受けた結果、……元の企業も含めて選んだのが、たまたま東村山市であったということでございます。

 ややこしい議員がいるからやめておけという忠告もさせていただきました……が、本人が選んだというのが事実で、……おじいさんの姿を見てなのか……東村山で育ったから東村山で働きたいという気持ちでいっぱいなんだろうと思っております。職員、行政の方々のご子息であれ、議員の子息であれ、選んだ仕事、職業の選択の自由というのはあると思っております。



 これが、矢野がビラ185号で「熊木は情実採用であるにもかかわらず『職業選択の自由』だから開きなおった」とする発言がされた場面である。これをどう解釈しても、「情実採用」の事実を認めた上での発言とは思えない。熊木は親の職業に関係なく誰にでも市の職員を目指すことができると述べただけで、「情実採用」の事実を認めて開き直ったわけではないことは明らかである。

 熊木が「職業選択の自由」と発言したことについて矢野は、直後に発行したビラ180号(平成25年12月20日付)で〈(そういえるには)試験の制度にこれらのコネが合否に関係しない制度の確立していることが必要ですが、東村山市役所には問題がありすぎます。〉と反論している。しかし、どんな問題があったかについてはいっこうに明らかにしない。

 職員採用試験において関係者の子弟を優遇するような不公正が明るみに出ていれば東村山市役所を根底から揺さぶる大事件となっただろう。しかしもちろん、「情実採用」と騒いだのは矢野と朝木だけだった。

市長の関与も匂わせる

 熊木が本会議でこの発言をする2日前、矢野は一般質問で、「市長側」が熊木に対して「1次試験だけは点数を取っておくようにと助言したという話が伝わっている」などと、あたかも市長が熊木の娘さんの採用にあたって便宜をはかったかのように匂わせる発言をしている。熊木はこの発言に対する反論も行った。



筆者注=「市長側から、1次の筆記試験だけは点数をとっておくようにとの助言まであったという話が伝わっている」という発言に対し)私側から聞いたのであるとすると、私は「1次試験はみっともない点は取るな」といった覚えがあります。これは試験を受ける親の気持ちとして皆さんもおわかりになるんじゃないかと思います。



 万が一、矢野が主張するように、市長が便宜をはかったというのが事実なら追及されてもやむを得ない。しかし、この一般質問から2年半になろうとしている現在に至ってもなお、矢野は「市長が便宜をはかった」とする具体的裏付けは公表していない。

「市長側」とは誰のことかもわからない。あるいは裏付けがないために「市長」と名指しすることを避け、「市長側」とぼかした可能性もあろう。こう考えると、やはり矢野が一般質問で述べた話は裏付けの取れない「伝聞」にすぎないと判断せざるを得ない(仮に熊木が娘さんにいった言葉を、「市長側」の言葉にすり替えたとすればより悪質である)。

矢野が掲載しなかった部分

 なおここまでの発言は、矢野がビラ180号で〈熊木前議長が本会議場で「言い訳」〉の見出しで掲載している。しかし熊木が最後に述べた次の発言だけは掲載しなかった。



 ……いつもにこにこ明るい子として育ててきた彼女でございます。そんな彼女から笑顔を奪うことはやめてほしいと、この場をもっていわせていただきます。



 傍聴席から聞くかぎり、熊木の発言に嘘があるようには私には思えなかった。

 東村山市役所の職員採用について「情実採用」がはびこっているとすれば、そのような採用は取り消されてもやむを得ないのかもしれない。しかしそのような事実が存在しないのなら、矢野の一連の非難は議員だけでなく、市職員を志望した若者の気持ちをもいたずらに傷つけるものとなる。熊木の最後の発言を掲載しなかったのは、矢野もそのことを直感し、かえってマイナスになると判断したからなのではあるまいか。

 ビラ185号の〈職業選択の自由?〉と題する記事までにはこのような経緯があった。「情実採用」があったとする矢野の主張にはかなり無理があるとみるのが常識的な判断というべきではあるまいか。

(了)
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