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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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東京地検が不起訴の決定
 東村山市議の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)が平成27年3月15日付で発行した『東村山市民新聞』第185号が公選法違反(寄付行為)にあたるとして、千葉英司(元東村山警察署副署長)と私(宇留嶋)ら3名が告発していた件で、東京地検立川支部は平成27年12月22日、不起訴とする決定を下した。

 告発理由は以下のとおりだった。



①「公職選挙法第199条の2」(公職の候補者等の寄付の禁止)は、〈公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む)は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもつてするを問わず、寄付をしてはならない。〉と定めている。

②平成27年3月15日付『東村山市民新聞』第185号の配布期間は東村山市議選(平成27年4月26日執行)の約1カ月前の平成27年3月25日以降で、「矢野版」と「朝木版」の2種類が発行されている(通常の『東村山市民新聞』には、このような区別はなく1種類である)。「矢野版」には通常の3倍の大きさで矢野の顔写真を掲載し、経歴とともに「矢野の担当地域」として東村山市内の大半の町名が記載され、「朝木版」も同様の体裁で「朝木の担当地域」として東村山市内の町名が記載されていることから、本件ビラが1カ月後に迫った東村山市議選で当選を得ることを目的としたものであることが明らかである。

③『東村山市民新聞』第185号の1面には「定期購読料1部150円」と記載されており、本件ビラが有価物であることが明らかである。矢野らはこの「定期購読料1部150円」のビラ4万5000部を無料で東村山市内各戸にポスティングの方法によって配布した。



 私たちは、これらの行為が「寄付の禁止」を定めた公選法第199条の2に違反していると主張していた。

 平成27年1月、松島前法相が配布したうちわをめぐり告発されていた件で東京地検は不起訴の決定をしたが、その理由として、うちわについては有価物と認定、しかしうちわを配布したのは松島本人ではなく民主党支部だったと判断、また配布時期も特定の選挙を想定していたとは考えにくいと判断したこと――とされた(読売新聞による)。言い換えれば、仮に配布したのが松島本人で、選挙を特定できる文言が記載されていた等の事情があった場合には起訴された可能性があったということと理解できた。

 本件を松島の事例に照らすと、『東村山市民新聞』の発行人は矢野で、編集人は朝木であり、配布をしたのは矢野と朝木本人であると判断できる。また記載内容から、1カ月後に迫った東村山市議選を想定したものであることは疑いようがない。すると、「定期購読料1部150円」の有価物である『東村山市民新聞』第185号を東村山市内に無料配布した行為が寄付行為として公選法に抵触しない理由は考えにくい――私たちはこう判断し、告発に踏み切ったのである。

 今回の不起訴の決定はとうてい納得できるものではないが、東京地検にはそれなりの根拠があったということなのだろう。

(了)
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『聖教新聞事件』 第55回
「行動する保守」Aの要請を断る

 矢野はかつて『週刊宝石』で「朝木が4人の男に連れ込まれるのを見たという情報があった」とコメントしながら、その後この「情報」にはいっさい触れさえしなくなった。その矢野からすれば、「行動する保守」Aが「現職警察官による内部告発があった」などとし、その内容を聞かされたとき、自分が封印した「目撃情報」とあまりにも似ていることを直感したはずである。

 矢野がかつて『週刊宝石』でよく似た内容のコメントをしていたことを「行動する保守」Aは知らなかった。「行動する保守」Aがそれを知っていれば、すぐに「現職の警察官からこんなよく似た話を聞いた」と、「内部告発」の信憑性に関して矢野に意見を求めただろう。

 しかし「行動する保守」Aはうかつにも矢野のコメントそのものを知らなかった。「行動する保守」Aが「内部告発」なる与太話をどこで仕入れてきたのかはわからないが、「とんでもないネタ」と本気で信じたのだろう。軽率な重鎮というほかあるまい。

「行動する保守」Aは平成20年に八王子で最初の街宣を行うに際して矢野に参加を要請したものの、「行動する保守」Aによれば「『真相究明』は独自にやる」とやんわり断られた。「行動する保守」Aは当然、「内部告発」を聞いた旨を伝えただろう。しかし矢野の反応は意外にも淡白だった。そのことを「行動する保守」Aはいぶかしく思わなかったのだろうか。

「新情報」としか記載せず

 その後、矢野は「行動する保守」Aの誘いを断りきれなくなり、シンポジウムにパネリストとして参加し、平成20年9月1日には東村山駅東口で「行動する保守」Aらが主催した「朝木明代謀殺事件の真相究明を求める」と称する集会にも朝木直子ともども参加した。「行動する保守」の一行が「洋品店襲撃事件」を引き起こした直後に合流したのである。

 東村山駅での街宣に参加した矢野は「行動する保守」Aが東村山駅前で開催した街宣活動に触れざるを得なくなった。こうしてウェブ版『東村山市民新聞』に記載したのが〈新たな情報をもとに朝木明代議員謀殺事件究明に立ち上がった(「行動する保守」A)ら〉という文言だった。続いて、「行動する保守」Aが主催した東村山駅前街宣に自分たちが参加した旨も記載している。

 しかし、にもかかわらず矢野は、「内部告発」については〈新たな情報〉としか記載しなかった。「朝木明代謀殺事件の真相究明を求める」と騒ぐ「行動する保守」らを表向きは持ち上げながら、この街宣の最大の目玉である「内部告発」については傍観者的表現にとどめたのである。

 朝木とともに「真相究明活動」を進めてきた(と主張する)矢野が、立証されれば「真相究明」につながる可能性が高い「行動する保守」Aの主張する情報について、その中身にいっさい触れないのはやはり不可解というほかない。「行動する保守」Aはこのことを疑問に思わなかったのだろうか。

 国会記者クラブに席を置いている「ジャーナリスト」であり、ブログも運営している「行動する保守」Aが、『東村山市民新聞』をチェックしていないことはあり得ない。「行動する保守」Aは、矢野が「内部告発」について「新情報」としか記載していないことを確認し、内心では不服に感じていたかもしれない。

 しかし矢野が「内部告発」に触れないことを表沙汰にすれば支持者に動揺を与えかねないし、何より、やっとの思いで共闘態勢を作り上げた矢野との関係にヒビを入れかねない。だからあえてこのことには触れなかったということではあるまいか。「行動する保守」Aには「内部告発」についてその内容を立証できる自信などなかったということと理解できよう。

思い出されることを警戒か

 矢野としてはいったん「内部情報」と記載すれば、その中身まで触れないわけにはいかなくなる。「3人の犯人と思われる人物が特定されていた」と書けば、たとえば明代の万引き事件以降、少なくとも数年間は彼らと近い関係にあった乙骨正生など反創価学会ライターたちから取材の依頼が来ないとも限らない。

 そうこうしているうちに、平成8年に矢野が『週刊宝石』でコメントした内容(「朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た」)と似ていると気がつく者が出てくる可能性もある。そうなれば、「『週刊宝石』のコメントにあった話はどうなったのですか?」と矢野が聞かれる可能性がある。

 当然、最初に聞かれるのは「その話を誰から聞いたのか」ということである。その情報源が「行動する保守」Aが「聞いた」とされる人物と同一だった場合、あるいは情報の出所が共通していた場合には信憑性が高まる――そう期待したとしても不思議はない。

 しかし、昔のコメントを蒸し返され、情報の出所を聞かれて困るのが矢野であるのは明らかだった。「情報の出所」を答えられなければコメント自体がいい加減なものだったことが露顕するだろうし、「情報の出所」を答えれば答えたで、「当時なぜ情報の真偽を確認しなかったのか」と、今度は矢野の姿勢そのものが疑問視されかねない。その後の「箱詰め説」との矛盾も指摘されよう。

 いずれにしても、かつて『週刊宝石』に「拉致目撃情報」を明らかにした事実を蒸し返されることは、矢野にとってこれほど不都合なことはない――そう考えるのが自然というべきだった。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第56回
「迷惑」が本音

 矢野が『東村山市民新聞』に「内部告発」の内容をそのまま記載した場合、矢野の認識のいかんにかかわらず、それを見た読者は、矢野が「行動する保守」Aの街宣に参加している事実からも「矢野も『内部告発』の内容を信用している」と判断することは明らかである。「内部告発」が事実と証明される見込み、あるいはそれに近い事実があったことが判明するような見込みがあるのなら、記載したとしても「それなりの理由があった」と評価されるかもしれない。しかしこれがとんでもないガセ情報だった場合には、それを信用した矢野も「行動する保守」Aと同程度の恥をさらすことになる。

 その後の事実は、「行動する保守」Aは千葉から「内部告発」について追及され、「伝聞の伝聞」すなわちただの与太話にすぎなかったことを自白する事態に追い込まれた。「行動する保守」Aがここまで無残に恥をさらすことになろうとは予測できなかったとしても、矢野は「内部告発」がいずれは証明などされないまま尻すぼみになることを予見していたのだろう。

 だから「内部告発」の中身にはいっさい触れず、「新情報」と記載するにとどめた。一応「行動する保守」Aの顔を立てたようにみえるが、内心では「行動する保守」Aの主張する情報をなんら信用してはいなかったのである。

 矢野にはむしろ「内部告発」が「真相究明活動」の足を引っ張るものになる確信があった。立証されなければ、「他殺説」の裏付けとされた事実の信用性が揺らぐことになる。それは「他殺説」を主張する上でマイナスでしかない。

 そもそも「拉致情報」は矢野ともう1人の男によってのみ発信され、情報源も明らかにされていないもの、すなわちデマとしか評価できない「情報」あり、矢野自身がとっくの昔にお蔵入りさせていたネタだった。「内部告発」などを掲載すれば自分のコメントを蒸し返される恐れさえあり、矢野にとって何の利益もない。だから矢野は最初、「行動する保守」Aの協力要請を断ったと推測できよう。

 むしろ「いまさら『内部告発』など迷惑だ」というのが本音だったのではあるまいか。八王子から東村山での街宣、洋品店襲撃事件と続いた一連の騒動の中で、「内部告発があった」と本気で信じ、はしゃいでいたのは「行動する保守」Aと西村修平や右翼Mら「行動する保守」一行だけだった。

 その結果、相次ぐ損害賠償の支払いが待っていたとは、「行動する保守」Aらにとってこれほどの屈辱はなかっただろう。しかし、彼らの街宣を聞いた市民の中には彼らのデマを信じた人もいた可能性はある。矢野にとって「行動する保守」一行の主張に深入りせず、物陰に隠れて見ているかぎり、それなりのメリットはあったのである。

 「内部告発」がデマと確定したあと出てきた教授による新手の「拉致・謀殺説」にも矢野がいっさい触手を伸ばさなかったのも、「内部告発」に距離を置いたのと同じ理由によるのだろう。教授がこのまま「続報」しなければ、この「拉致・殺人説」も、荒唐無稽な与太話であることが確定することになる。(無理だと思うが)万が一、「続報」する場合には、教授には学究に従事する者らしく客観的な裏付けも示してもらいたいものである。

矢野の身代わり

 教授の「拉致・謀殺説」に対しても、「行動する保守」Aの「内部告発」に対しても、矢野はいっこうに関心を示さず、本人たちに詳細を確認もしなかった。いずれもかつて矢野自身と匿名の男が流した「拉致目撃情報」のストーリーに酷似していた。だから、ヘタに接近すれば、かつてのコメントをめぐり自分自身が情報の出所について追及されかねない――矢野がそう考えたとしても不思議はない。

「情報」の出所を聞かれる恐れがあることに気づいた矢野は平成8年、「拉致目撃情報」のストーリーをわずかひと月で密かに捨て去った。「情報」の出所を問われて困るのは矢野であり、しかもその「情報」自体が最初から実在しないものであることが露顕する恐れもないとはいえない。そうなれば、「明代の他殺疑惑」そのものの信憑性が疑われ、市民の信用も失われかねないのである。

 当時、矢野が「情報」の出所を聞かれては困ることに気づき、「拉致目撃情報」を吹聴するのをやめたのは正しい判断だった。それから10年以上をへて、矢野と匿名の男が流した「目撃情報」は「警察官の内部告発」、「創価学会職員の告白」へと姿を変えて蘇ったのだろう。だから「行動する保守」Aにしても教授にしても、矢野を源流とする「出所を聞かれては困る」という「情報」の本質にも変わりがなかった。

 千葉から「内部告発」の出所を追及された「行動する保守」Aは平成23年、それが「伝聞の伝聞」で出所のたどれない代物であることを自白した。それから4年後の平成27年、新たな「拉致・殺人」情報を公表した教授は、千葉から疑問点を追及されるとわけのわからない理由を付けて回答を拒んだ。

 彼らの「情報」はかつて矢野と匿名の男が流した「朝木明代拉致情報」に酷似しているだけでなく、「行動する保守」Aも教授も、千葉から追及された匿名の男が「バカヤロー」の捨てぜりふを最後に連絡を絶ったのと同じ末路をたどっているところまで酷似している。「デマ」の行き着く先はどれも同じということなのだろう。

 ただ、抜け目のない矢野はいち早く予測して追及から回避した。それから20年後、「行動する保守」Aと教授が矢野の身代わりとなって追及されているようにもみえる。「行動する保守」Aも教授も、しょせんは矢野のデマに踊らされ、愚弄された多くの者たちの1人ということになろうか。

 矢野に騙された者の多くは、そのことについて多くを語りたがらず、またそのことを認めようとしない。プライドの高い「行動する保守」Aと教授は、いまだそのことに気づいてさえいないのだろう。

 発信源である矢野がもう蒸し返したくないと思っていても、矢野の知らないうちに入れ替わり立ち代わり新たなスピーカーが出現し、そもそも根拠がない代物だから、そのたびに内容も更新され、そのときのスピーカーを信用している人たちがその主張(=デマ)を受け入れてしまうことで、デマが真実として扱われることになる。矢野と匿名の男を発信源とする「拉致」デマは、こうして10数年の沈黙をへて蘇ったのである。恐ろしいことというほかない。

 その一方で、発信源の1人である矢野は、多くの「『他殺』が疑われる根拠」を主張した『聖教新聞』裁判でも、「『朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た』との目撃情報があった」とは一言も主張しなかったのである。法廷で、その情報源は誰かと聞かれることを恐れたのかもしれない。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第57回
『聖教新聞』裁判の特異性

 矢野と朝木が『聖教新聞』を提訴したのは平成8年8月7日のことである。この裁判には特異な性質があった。そのことについてあらためて説明しておこう。

 平成7年9月1日、朝木明代が自殺を遂げた直後、同年9月23日付『週刊現代』(発行は同年9月11日)は〈夫と娘が激白! 「明代は創価学会に殺された」〉と題する記事を掲載した。これに対して創価学会は同年9月12日、名誉毀損容疑で刑事告訴するとともに、同年9月21日付『聖教新聞』に「秋谷会長-質問に答える」と題するコーナーで『週刊現代』記事に対する反論を掲載した。

 東村山署が「事件性は薄い」と判断しているにもかかわらず、『週刊現代』の記事は「創価学会の犯行と断定している」と批判。また同記事にコメントした朝木父娘に対しても次のように非難した。



(『聖教新聞』に掲載された朝木らに対する批判の内容)

〈同市議(筆者注=朝木明代)の長女は、「創価学会はオウムと同じ」「自殺したように見せて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」などと耳を疑うような学会中傷のコメントを「週刊現代」に寄せた。〉

〈また夫は、「妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです。」等と放言している。〉

〈いったい彼らは、どんな根拠があって、そう断言できるのか。……何の確証もなしに、こんな荒唐無稽の「シナリオ」を作って、何の関係もない学会を「人殺し」呼ばわりする……こんなでたらめな誹謗中傷〉



 同年10月6日、創価学会は上記の記事によって名誉を毀損されたとして『週刊現代』と朝木父娘らに対し損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて提訴した。記事はどう見ても朝木父娘や矢野に対する取材に基づいて作成されたものであることが明らかで、創価学会は朝木父娘のコメントに対しても名誉毀損の不法行為を主張していた。

 したがって当然、朝木らはコメントの真実性あるいはそう信じた根拠について主張、立証するものと思われた。朝木らの主張に相当の理由があると認められれば、同趣旨の記事を掲載した『週刊現代』も敗訴することはない。

半年後の裏切り

 ところが朝木は裁判開始から半年がたってもいっこうに具体的な反論に入ろうとせず、さすがの『週刊現代』側も朝木の応訴姿勢に対してしだいに違和感を覚えるようになった。その違和感が具体的な現実となって明確になったのが平成8年8月7日である。

 同日、矢野と朝木は平成7年9月21日付『聖教新聞』が掲載した『週刊現代』記事に対する反論の内容によって彼らの名誉が毀損されたとして『聖教新聞』と創価学会、さらには千葉と万引き被害者などを提訴した。被告の顔ぶれだけでも尋常ではないことがわかるが、訴状の中には『週刊現代』にとって目を疑うような一文が記されていた。

『週刊現代』の記事をめぐり創価学会から提訴されている被告が、記事に対する反論を掲載した『聖教新聞』を提訴するというのは、それだけならまっとうな反撃のようにもみえよう。しかしその訴状で朝木らは、明代の転落死に関する主張に加えてもう1つ、『週刊現代』にとってもきわめて重大な主張をしていた。朝木らはこう主張していた。



(『週刊現代』に対する朝木らの主張)

〈原告朝木大統及び原告朝木直子は、朝木明代の死亡に関して、「創価学会はオウムと同じ」「自殺したように見せて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」「妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです」「万引き事件も、今回の転落死事件も、学会が仕組んだ策謀」「学会と警察は共謀している」などと発言した事実は、一切ない。〉



『週刊現代』の記事は、タイトルに〈夫と娘が激白!〉とあるとおり、朝木父娘に対する取材およびそのコメントに基づいて成立しているとみるのが自然だった。ところが朝木らは「コメントの事実は一切ない」と主張している。つまり、『週刊現代』の記事に掲載された朝木父娘のコメントはすべて『週刊現代』による捏造であると主張していたことになる。訴状に目を通した『週刊現代』編集長は「裏切りやがったな」と怒りを隠さなかったという。

 朝木らにコメントの事実がないということになれば、当然、朝木らが創価学会の名誉を毀損した事実もないということになる。それどころか、『聖教新聞』における創価学会会長の発言は逆に矢野と朝木に対する名誉毀損となる。一方、被告になっている『週刊現代』裁判では、朝木父娘が『週刊現代』にコメントしていないのなら、彼らに損害賠償の責任はないということになる。一石二鳥とはこのことだった。恐るべき発想というべきだろうか。

異様な法廷風景

 その後、『週刊現代』と矢野、朝木の関係がおかしくなったのは当然である。『週刊現代』裁判の法廷では、『週刊現代』側と朝木側が被告同士でありながら激しく敵対し、コメントしたかしないかをめぐり激越な争いが繰り広げられた。

 裁判の最大の争点は本来、「明代は創価学会に殺された」とする表題に代表される記事の真実性・相当性を被告らがどう立証するかという点にあるはずだった。それが立証できなければ、損害賠償が命じられるのは明白だった。

 ところが裁判の途中ではしごを外された『週刊現代』側は、終盤に至っても「『遺族の声』の伝達」などという歯の浮くような形式論を主張するにとどまり、『週刊現代』側の敗訴は避けられない状況となった。その時点で裁判の最大の関心事は、「コメントはいっさいしていない」という朝木父娘の主張を裁判官がどう判断するか、すなわち朝木らの損害賠償責任を認定するかどうかに絞られていた。

 朝木としては被告となった『週刊現代』裁判は立証の見込みがなく、すなわち敗訴の可能性が高いと判断し、真実性・相当性の主張・立証よりも「コメントはしていない」としてひたすら逃げるのが賢明と判断したものと思われた。しかし一方、「矢野と朝木の主張はデタラメだ」とする創価学会の主張に反撃しないのも彼らのプライドが許さなかった。

『週刊現代』裁判の早い段階で「コメントはしていない」という方針は決まっていたのだろう。またその方針は『聖教新聞』を提訴する際にも有効であることも想定済みだったとみられる。『聖教新聞』裁判は原告だから、仮に敗訴しても損害賠償金を支払わされることはない。だからこちらの裁判では「コメントはしていない」とする主張だけでなく、「朝木明代は殺された」とする主張・立証を行うことで創価学会に反撃し、「疑惑」を継続させようとしたものと思われた。

(つづく)
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元市議名誉毀損事件 第3回
 政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』の記事によって名誉を毀損されたとして、元東村山市議の山川昌子が東村山市議の矢野穂積(「草の根市民クラブ」=社会福祉法人「林檎の木」理事長でもある)と朝木直子(同)を提訴した裁判の第2回口頭弁論が平成28年1月18日、東京地裁立川支部で開かれた。被告側は朝木と田中平八弁護士が出廷したものの、月水金は差し支えという矢野はこの日も出廷しなかった。

 第1回口頭弁論で、裁判官は原告側、被告側双方に書面の提出を命じていた。原告に対しては被告の答弁書に対する反論および陳述書、被告に対しては第1回口頭弁論で原告が指摘した点について準備書面において態度を明らかにするよう命じていた。

重要部分には認否せず

 このうち本件裁判の行方を左右するとみられていたのは被告の準備書面である。原告は訴状の「不法行為」の項で、矢野と朝木が『東村山市民新聞』に〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉〈言葉巧みに、一般市民から、借りて1860万円を返さず〉との見出しで掲載した記事は〈「原告が詐欺事件に関与した」との虚偽の事実を摘示し、原告の人格的価値について社会から受ける客観的評価を著しく低下させるものである。〉と主張している。これに対して矢野は、〈事実は、「東村山市民新聞」186号の1面及び2面に記載されているとおりである。〉と答弁していた。このわずか1行のみである。

 これでは、記事が「原告は詐欺事件に関与した」との事実を記載するものであることを認めるのか、あるいはなにかその他の「事実」を記載したという趣旨なのか、明確に特定することができない。このため原告は第1回口頭弁論で、「上記答弁は『記事は原告が詐欺事件に関与したとの事実を摘示している』と認めるものと理解してよいか」端的に答えるよう求めた。すると裁判官も原告の申し立てを認め、矢野側に対し、改めてこの項について第2回口頭弁論において明確に答弁するよう命じていた。

 原告は「『山川は詐欺事件に関与した』とする記事によって名誉を毀損された」と主張している。したがって、本件の主たる争点は、①被告が「山川は詐欺事件に関与した」とする記事を掲載したものと認めるかどうか、認めた場合には、②真実性の立証がなされるのかどうか、または「山川は詐欺事件に関与した」と信じたことについて相当の理由があったかどうか――という点にあることになる。

 矢野の代理人は、その点に関する認否が曖昧であるにもかかわらず、裁判官から聞かれるより先に「次回以降、立証活動を進めたい」と冒頭で述べた。ところが答弁書では、矢野側はまだ、「山川は詐欺事件に関与した」とする記事を記載したことを明確に認めているとは理解できなかった。だから原告側は、その点を明確にするよう求めたのである。

態度を明確にしなかった被告ら

 この代理人はいったい、根幹部分の認否もしていない段階で、何について「立証活動」を進めたいと考えていたのか。あるいは、最初の法廷だからとりあえず、記事には相当の根拠があると印象付けようとしただけだったのか。

 田中弁護士の認識は定かでないが、根幹部分に対する態度が曖昧なまま立証活動はあり得まい。無関係の事実について立証をされても意味がない。しかしいずれにしても矢野側は、第2回口頭弁論で「『山川は詐欺事件に関与した』とする記事を掲載したものと認めるかどうか」について明確な答弁をすることを命じられた。矢野の代理人は、「次回以降、立証活動を進めたい」といっていたにもかかわらず、裁判官の命令を何の反論もせずに受け入れたのだった。

 この弁護士は、名誉毀損部分に対する答弁が、不明確で、認否とはなっていないことがよくわかっていたのだろう。何の認否もしないまま「次回以降、立証活動を進めたい」と主張するとは、めったにない訴訟対応ではあるまいか。

 仮に矢野側が「『東村山市民新聞』に記載した事実とは、原告が詐欺事件に関与したとの事実である」と答弁すれば、矢野側は「原告が詐欺事件に関与したとの事実」が真実であること、あるいは「原告が詐欺事件に関与したとの事実」を真実と信じたことについて相当の理由があったことを立証しなければならない。したがって裁判の争点は、「原告が詐欺事件に関与したとの事実」について矢野側がどう立証するかに絞られることになると思われた。

開廷直後に提出

 一方、原告の山川は第2回口頭弁論の10日前、被告らの答弁書に対する反論を記載した準備書面と裁判官に命じられた陳述書(いずれも平成28年1月8日付)を提出。準備書面で原告は、本件の最大の論点すなわち原告が訴状で「被告らは、山川は詐欺事件に関与したと記載し、原告の名誉を毀損した」としている点に対する明確な答弁を求めた。

 しかし、被告らの準備書面は口頭弁論の前日、平成28年1月17日に至っても原告の元には送付されなかった。「山川は詐欺事件に関与した」とする『東村山市民新聞』186号の記載に明確な裏付けがあったとすれば、少なくとも相当性の立証はさほど難しいことではあるまい。また代理人の田中弁護士も、第1回口頭弁論の際、裁判官から聞かれる前に、「次回以降、立証活動を進めたいと思います」と述べていた。にもかかわらず、口頭弁論前日になっても準備書面が送付されないとは不可解なことに思われた。

 矢野らの準備書面は第2回口頭弁論の開廷直後、あわただしく提出された。それにしても、通常は事前に提出すべき準備書面がなぜ口頭弁論当日になったのか――。そのあたりの事情も準備書面の記載内容からうかがい知ることができた。

(つづく)
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元市議名誉毀損事件 第4回
原告が送付後に作成

 民事裁判では口頭弁論期日の1週間程度前に準備書面を提出するのが普通である。しかも矢野側は、〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉〈言葉巧みに、一般市民から、借りて1860万円を返さず〉との見出しで掲載した記事に対して原告が〈「原告が詐欺事件に関与した」との虚偽の事実を摘示し、原告の人格的価値について社会から受ける客観的評価を著しく低下させるものである〉と主張したことに対して明確な認否をするよう裁判官から命じられている。

 本来なら第1回口頭弁論で答弁すべきであり、十分な取材に基づいたものとして自信があるのなら最初から明確に「虚偽ではない」とする主張をすればよく、準備書面の提出が口頭弁論当日になることは通常ではあり得ない。どういう事情でこれほど提出が遅れたのか。

 その理由は準備書面や朝木の陳述書の記載そのものに示されていた。朝木の陳述書(平成28年1月12日付)には次のような記載がある。

〈原告山川の陳述書を読み、原告山川がこの「詐欺事件」に関与していたという確信がより強くなりました……〉

 山川が準備書面1と陳述書を裁判所に提出したのは平成28年1月8日である。山川は同日、被告代理人に発送しているから、被告らは1月9日には原告の書面を入手しただろう。朝木は山川の陳述書を読んだあとで、陳述書の作成にとりかかったということと理解できる。

 一方、田中弁護士が作成したと思われる被告準備書面は平成28年1月16日付である。その内容は朝木の陳述書に基づいていると思われる箇所がいくつもあった。田中弁護士は朝木の陳述書が完成するのを待って準備書面を作成したものと推測できた。準備書面の提出が1月18日、口頭弁論当日になったのにはこんな事情があったようだった。

 それにしても、記事に確かな裏付けがあったのなら、朝木はなぜもっと早めに陳述書を作成しなかったのだろうか。最初から意図したものかどうかは定かでないものの、原告の書面を見たあとに作成したものであるためか、被告準備書面も朝木の陳述書も、提出した時点で原告の最新の主張に反論するかたちになっていた。

 なお原告は準備書面と陳述書で、詐欺事件にはいっさい無関係であること、むしろ被害者から相談を受けて、被害者とともに警察に行き、弁護士を紹介するなど、被害者のために尽力した経緯を説明した上で、にもかかわらず「詐欺に関与」と断定した本件記事がいかに悪質であるかを主張していた。

「事件」そのものはすでに裁判所で和解が成立している。しかしその後返済が滞り、1860万円が未返済となっているのだった。

真実性を主張した矢野・朝木

 では、本件で最も重要な争点と思われる部分、すなわち〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉〈言葉巧みに、一般市民から、借りて1860万円を返さず〉との見出しで掲載した記事に対して原告が〈「原告が詐欺事件に関与した」との虚偽の事実を摘示し、原告の人格的価値について社会から受ける客観的評価を著しく低下させるものである。〉と主張したことに対する認否はなされていたのか。矢野側は今回提出した準備書面で次のように主張していた。

〈「原告の名誉を毀損された」と原告が主張する東村山市民新聞186号の「1860万円詐欺、元公明市議らが関与」、「創価、元市議らが仲介して」、「言葉巧みに、一般市民から、借りて1860万円を返さず」なる記事は、被告朝木直子が取材した事実関係に基づく記事であった。〉

 これだけではまだ答弁書の記載と同様に、何をいっているのか明確にはわからない。準備書面では「原告が詐欺犯のグループの一員であるMを被害者に紹介し、原告は被害者の個人情報を懇意にしていたMに漏らしたため、詐欺犯であるS(Mの妹)が被害者宅を訪ね、多額の現金を詐取した」などと主張した上で、次のように主張していた。

〈東村山市民新聞186号の「1860萬円詐欺、元公明市議らが関与、創価、元市議らが仲介して言葉巧みに一般市民から借りて1860萬円も返さず」は、事実であって、これにより原告の名誉が毀損されたことはない。〉

「事実だから名誉毀損はない」とは弁護士とも思えない乱暴な主張だが、真実性を争うという趣旨と理解すべきなのだろう。普通は、「真実性」に加えて「相当性」(=記載事実を真実と信じるに足りる相当の理由があった)も主張するが、矢野側の準備書面には相当性の主張はない。あくまで真実性を争うということなのだろう。

 なお名誉毀損訴訟では、それが真実だったとしても、「公益性」、「公共性」がなければ名誉毀損は成立する。ところが田中弁護士の準備書面には、「公共性」「公益性」に関する主張もなかった。

朝木が主張する「詐欺関与」の態様

 さて、そう述べた上で、矢野側は準備書面でこう結論付けていた。

〈原告が、高齢で高額な資産を有する独居女性についての情報、換言すれば、詐欺犯にとって耳寄りな犯行相手に関する情報を、詐欺犯の一味であるMに伝えたことは、この情報がMからS(詐欺の主犯)に伝わり、この高齢で資産家の独居婦人が詐欺常習犯のSによる格好の詐欺対象人物となったことは間違いなかった。〉

〈従って、創価学会員で公明党所属の東村山市議会議員であった原告が、詐欺師Sの高齢で独居中の被害者女性に対する詐欺事件に関与したことは間違いなく、Sの姉であり、詐欺グループの一員でもあるMに被害女性に関する上記情報を開示したことは、Sの被害女性に対する詐欺行為を仲介したものである。〉

「原告が、高齢で高額な資産を有する独居女性についての情報、換言すれば、詐欺犯にとって耳寄りな犯行相手に関する情報を、詐欺犯の一味であるMに伝えた」とは具体的にどういうことなのか。朝木は陳述書でその経緯についてこう述べていた。

〈(被害者は)夫と別居し、一人暮らしを始めたことを原告山川に話した。〉

〈原告山川に夫と独り暮らしになったことを話した途端に、その情報を原告山川から得たMが、再び被害者女性宅に訪ねて来るようになり……〉

 その後、「被害者はMの妹であるSに総額2600万円を渡すことになった」(要旨)という。この間に山川が具体的にどんな関与をしたのかに関する事実は記載されていない。つまり、朝木が「原告の関与」として指摘しているのは「被害者が独り暮らしを始めたことを山川に話し、山川はそれをMに伝えた」とする事実だけだった。準備書面ではこれを「仲介」であるとも主張している。

 仮に「被害者が独り暮らしを始めたことを山川がMに伝えた」とする朝木の主張が事実だったとしても、直接関与者でもないMに「被害者の状況を伝えた」というだけでただちに「詐欺に関与した」とまで結び付けるのは、常識的に考えてかなり強引なこじつけというべきではあるまいか。これだけでは、朝木はむしろ、「『山川は詐欺事件に関与した』とする事実の裏付けはありません」といっているに等しいように思えてならない。

 なお、第3回口頭弁論は、朝木に差し支えがあって、いったんは3月にずれ込むかに思われたが、最終的に2月10日午後1時10分と決まった。口頭弁論の間隔がわずか3週間ちょっととは異例の早さではあるまいか。

 余談だが、口頭弁論終了後、私と千葉、それに山川は地裁の地下にある食堂で遅い昼食をとっていた。するとそこへ、朝木と田中弁護士、それから外1名もやってきた。その日、東京は大雪で、裁判所に来るだけでも一苦労だった。彼らも昼食にありついていなかったのだろう。ところが、ちらと中を見た朝木はすぐに私たちの存在に気がついた。すると朝木一行はすぐに踵を返し、食堂から出て行った。

(「第3回口頭弁論以降」につづく)
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検察審査会に審査申し立て
「定期購読料1部150円」のビラを無料配布

 東村山市議の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」は、平成27年4月26日に執行された東村山市議選の約1カ月前の平成27年3月25日及びその後の数日間に、矢野が発行人、朝木が編集人である『東村山市民新聞』(平成27年3月15日付第185号=定期購読料1部150円)を東村山市内の各戸にポスティングにより4万5000部を無料配布した。

 矢野らが発行する『東村山市民新聞』は通常、各号1種類である。しかし『東村山市民新聞』第185号(以下=「本件新聞」)は特別に「矢野版」と「朝木版」の2種類が発行され、それぞれの4面には、〈市川房枝、朝木明代議員を受け継いで〉と題して彼らの政治的スタンス等を記載し、さらに「矢野版」には選挙ポスターのものと同一の矢野の顔写真を通常版の3倍の大きさで掲載するとともに、「矢野の担当地域」として東村山市内の大半の町名が記載されている。同様に、「朝木版」にも選挙ポスターのものと同一の朝木の顔写真を通常版の3倍の大きさで掲載するとともに、「朝木の担当地域」として東村山市内の4つの町名が記載されている。

「本件新聞」における上記記載内容は、1カ月後に予定されている東村山市議選を想定したものであることは議論の余地がない(事前運動の疑いもある)。

 したがって、矢野らが「本件新聞」を東村山市内に無料配布した行為は東村山市民に対する寄付行為(公選法199条の2)にあたり、公選法に違反するのではないか。矢野らの行為は矢野ら本人によるものであり、1カ月後の東村山市議選を想定したものである点を考慮すると、彼らの行為は公選法違反による罰則の適用対象ではないのか。

 なお、矢野らは過去3回(平成15年、同19年、同23年)の市議選直前においても今回と同様の行為をしており、悪質性が極めて高い。――

 元警視庁東村山警察署副署長、千葉英司と私ほか1名がこう主張して、東京地検立川支部に告発していた事件は、平成27年12月22日、不起訴処分とする決定が下された。

審査申立書を提出

 私たちは東京地検が矢野らの行為を不起訴としたことについて納得することはできなかった。そこであらためて、市民によって構成されている検察審査会に、今回の地検の判断について審査を求めることにした。以下は、平成28年1月27日付で提出した審査書申立書に記載した申し立て理由である。



(不起訴処分を不当とする理由)

1.「公選法199条の2」は、〈公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもつてするを問わず、寄付をしてはならない。〉と定めている。罰則については、当該選挙に関して寄付をした場合に限って科すこととされている。

2.平成26年8月から9月にかけて松島前法相が選挙区内で「うちわ」を配布したとして公選法違反容疑(寄付行為)で告発された事件について、東京地検は不起訴処分とした。東京地検は「うちわ」が有価物で、「うちわ」を配布したことは公選法上の寄付にあたる(=違法)と認定。しかし、「うちわ」の配布が特定の選挙を想定したものとは認められないと判断したこと、配布の主体が松島本人ではなく政党支部だったと認定したことから、松島の責任を認めず、不起訴とした。

3.上記1、2を本件に照らすと、「本件新聞」は〈定期購読料150円〉と記載されている以上、有価物であり、これを無料で配布することが寄付行為にあたることは議論の余地がない。〈定期購読料150円〉と明記されている「本件新聞」が「有価物ではない」と断定する客観的な根拠がない以上、「本件新聞」に記載されているとおり「有価物」と認定すべきである。価格が表示されていない「うちわ」が有価物と認定され、価格が表示されている「本件新聞」を「有価物ではない」と認定することは社会通念上もあり得ない。

4.「『本件新聞』に記載された価格は定期購読者に対してのみで、それ以外の読者は無料だ」との抗弁があり得たとしても、「本件新聞」が有価物であるという本質になんら影響しない。上記「2」の「うちわ」が有価物であると判断された理由は、「うちわ」に定価が付いていたからではなく「有価性がある」と判断されたからである。仮に「本件新聞」の価格が定期購読者に対してのみのものであるとしても、「150円」という定価が付いているという事実は「本件新聞」には「有価性がある」という本質を示している。したがって、「本件新聞」の定価が仮に「定期購読者」に対するものであったとしても、「本件新聞」が有価物であることになんら変わりがないのである。よって、「本件新聞」の配布は有権者に対する寄付行為にほかならないことになる。

5.被疑者らは「東村山市民新聞」について「単なる政治宣伝紙(不特定多数に対して無料で配布されるいわゆるビラの類)ではなく、公正な立場で東村山市に関する情報を同市の市民に提供しているミニコミ紙である」と主張している。この主張からも、被疑者らが「東村山市民新聞」に〈定期購読料150円〉と記載していることには理由があること、すなわち有価物であると認識していることを裏付けている。

6.「公選法199条の2」は、〈公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもつてするを問わず、寄付をしてはならない。〉と定めている。〈いかなる名義をもつてするを問わず〉とは、「いかなる理由をもってするを問わず」という意味と解されている。よって、仮に「本件新聞」が言論活動であるとしても「公選法199条の2」によって制限されることになるのは当然である。

7.また、「本件新聞」4面に掲載された被疑者らの写真が通常の3倍であること、被疑者らの「担当地域」が明記されていることなどから、「本件新聞」が1カ月後に控えた東村山市議選を想定し、当選を得る目的で発行、配布されたものであることは議論の余地がない。

8.以上のとおり、被疑者らの行為は1カ月後の東村山市議選を想定し、有価物である「本件新聞」を配布したものであることが明らかである。よって被疑者らの行為は、公選法199条の2に違反するものであるとともに公選法第249条の2(第4項)に規定する処罰規定に該当するのであり、不起訴処分は不当なものというほかない。

9.本件に目をつぶるならば、「新聞」あるいは「言論活動」の名を隠れ蓑にした実質的な事前活動、金にものをいわせた違法な地盤培養活動が容認されることとなり、「金のかからない選挙」の実現を本旨として「寄付の禁止」を規定した公選法199条の2の趣旨は著しく損なわれ、骨抜きにされることになる。その意味からも、本件は起訴されるべきである。     以上

(了)
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