ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第14回

歯の浮くような「保育理論」



(再び経営基盤)

井村 「保育所を経営をするために必要な基礎があること」――。さきほど、現在の認証保育所の経営はどうですかと、というのは、それをふまえての質問だったわけです。株式会社には資本金というものがあります。これは、会社が存続するかぎり維持しなければならないもので、これが必要な経済的基礎であるわけです。ところが、個人では資本金という概念はありません。個人は個人的な財産、貯えや不動産、そういうものしかありません。ですから、今現在の認証保育所の経営がどうかが気になります。それでですね、4月1日開園を予定されていたわけですが、それが現実には開園できないということになりますと、元利の返済が相当あると。

高野  元利まではまだ……。

井村  利息だけを今は返済されているということですね。

須藤  1億3500万の借金というと、10年で返すというと1年間に1500万円ぐらい?

井村  利息を入れて1600万円ぐらいですか。月額で元利120万円ぐらい。



 今年7月、札幌市の認可保育園が申請時に4000万円の借金があったにもかかわらず、それが寄付であるかのように偽装していた事実が発覚した。設置者は多額の借金があったのでは「経済的基礎」がないと判断されることを恐れたとみられる。その上この設置者は、借金返済のために職員から寄付を集め、またバザーや物品販売の売上を返済に充てていたという。つまり、この設置者の収入では返済能力を超えていたか、あるいは職員に借金の尻拭いをさせていたことになる。借金が保育現場に悪影響を及ぼしていた例である。

 経済的基盤どころか1億3500万円の借金を抱える高野は毎月の支払い額について明言しなかったが、はたして借金の返済が保育園の健全な運営に影響を与えていないのかどうか。とりわけ保育士が1人でも辞めればたちどころに国最低基準を下回ってしまうような保育士の配置状況(現在も国基準を満たしているのかどうかについては確認されていない)、保育材料費が他園に比較して著しく少なく抑えられている点など、どうみても経済基盤のないことが保育に影響を及ぼしているように思えてならない。


 
(高野の見る東村山の保育の現状)

井村  高野先生の最初のお話の中に、3年ぐらい前に「本当の意味の子育て支援をしてほしいという要請があって」というふうにおっしゃったと思いますが、先生が考えていらっしゃる子育て支援というのは、どういうことなのか。あるいは当市が行ってきた保育の現状というのが、先生の目から見て「ここが悪いんだ」「ここがいいんじゃないか」――そういうふうに思えるところがあったら、お話ししていただきたいんですが。

須藤  先生が考えたんじゃなくて、先生に勧めた人が考えていたわけでしょう?

井村  さきほどですね、先生の話の中に、現在の認可外保育所の改革に寄与してきたというお話があったんですね。ですから、やはり先生の目からご覧になっても、この3年間で東村山市の認可外保育園、保育室のここが悪い、というところがあったらぜひお話しいただいてよりよいものにしていきたいと思います。

高野  あのー、何が良くて何が悪いというものではないと思うんです。そこここの園のやり方があり、園の方針がありますよね、ですから、そのことにはちょっとズレがあると思います。私はあのー、やはり、まあ子供は、あのー宝だと思っておりますし、愛されてなんぼという、そういう子供たち、愛されて育った子供は愛された顔をしています。愛されずに虐待された子供は、虐待をしてしまいます。そういう意味の、まあ、保育、私はあのー、なんていうんでしょう、東村山のいいとか悪いとかそういうものじゃないんですよ、さきほどから申しますように、そこここのやり方があります。ですので、ただ私の考えとして、私の保育の理念として、あのー、たとえばけじめのある子、ですね。それから、人を、あのー敬ってくれる、要するに敬うことを知っている子、こういう子供を育てていきたいんです。



 高野はりんごっこ保育園のホームページでこう書いている。

〈認可外保育所などに、もうけ主義が蔓延している東村山の保育を改革するため、保育園をたち上げる協力を依頼されて、東村山市で保育園を始めました。〉

「もうけ主義」の保育所とは、要するに子供を口実にして金儲けしているという意味だが、それが事実なら、高野のいうようにたんに「園の方針」とか「いいとか悪いとかそういうものじゃない」ですまされる話ではない。高野はなぜ育成部会の場で堂々と「子供を口実にした儲け主義」を批判しないのだろう。それが「園の方針」なら悪質というよりなく、「東村山の保育を改革」するというのなら、まず最初に問題提起すべき話ではないのか。

 仮にホームページの記載に具体的根拠がないとすれば東村山の認可外保育所に対する誹謗中傷にほかならず、このような記載をすること自体、高野の保育園設置者としての資質が疑われることになろう。



(高野の保育理念)

高野  あのー、今の子供に何が欠けているかっていったら、やはり尊敬するというか、人を敬う気持ちというものが、ちょっとここんとこ欠けているんじゃないかなー、と思うんですね。で、自分はあのーいつもいうんですけど、やっぱり、人を尊敬するとか、親を尊敬するとか、それから先生を尊敬するとか、そういうものがないと、なんでもありみたいな状況になりがちではないかと、そういうふうに思うんですね。ですから、たとえば先生をちゃん付けとかさん付けとか、友達感覚のような、いうふうな保育というものは、私はまず、あのー、しません。

 というより、それは誰も狙ったんですよ。そういうものではないんですね。やはり、何かをしていて、いつもちゃん付けでやっているのがいけない、ほら、ということになると、はたして子供はそこでさっと切り替えられるかどうか、という大事な場面が絶対出てきます。ですので、ただ私はそういうことは好きではありません。

 であのー、さきほどの「けじめ」ではないですけど、人のお花畑をこう、なんていうんですか、平気で走り回ってお花をつぶしてしまったりですとか、そういう保育というのもやはり、私は違うんじゃないか、そう思います。児童館で、わがもの顔で、この児童館は自分たちのもの、みたいな感じで、赤ちゃんがそこで寝てても平気で飛び越えてしまったり、走り回ってしまうとか、そういうけじめのなさというのは、どうなんでしょう。

 そういうふうな保育の考え方、ですね。ですから、さきほど経済的なことをずいぶんいろいろ指摘して下さってありがたいと思うんですが、そういうものも確かにもちろん一番大事な部分でありますが、子育ての部分で、私は、あのー、忘れ物をして育ってはいけないと思うんです。そこだけは、やはりちょっと、ポイントをしっかり押さえないと、このたびあったホームレスの殺人事件のような、本当にあのー、人を大事に思う、そういう一番大事な部分を忘れて育っちゃった子供さんを、絶対、誰かがどこかで察知すればああいうふうにはならなかったと思いますし、あのー、どこかで絶対誰かが出してるはずなんですよ、だからあの子たちの、私がよくいわれたことにはね、そのー、0歳、1歳、2歳の一番大事な時期に、なんていうのか、そのときの忘れ物が、絶対に思春期に出ますよ、そういうふうなことをいわれてきました。

 ですが、その0歳、1歳、2歳の一番大事な時期に、きちんとしたちっちゃな世界のちっちゃなルールを守れるような、ちっちゃい子供ですけどね、そういうものを持って育った子は、思春期に入っても、きっと軌道修正できるはずです。そういう基礎をたくさん学んできました。ですので、そういう保育をしたい、そういう部分、うーん、答になってるかどうかわかりませんが。



「ちっちゃな世界のちっちゃなルール」を教えることも大事かもしれないが、それをどう教えるかが問題だろう。それにしても、保育士が子供にさよならもいえないままに退職していかなければならない状況をどう評価すればいいのだろう。これがどうして、子供に「人を尊敬すること」を教えることになるのか理解することは難しい。

 また「人を尊敬することの大事さ」をいう設置者のいる保育園で、わずか半年の間に14人もの職員がなぜ次々と辞めていくのか。食中毒騒動で子供を病院に連れていっただけの保護者がなぜその直後に転園したのか。不思議なことというほかない。


(第15回へつづく)

関連記事

テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

TOP