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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第19回
議会の意向を無視した東村山市長

 東京地裁が和解を進め、東村山市が「75名」という和解条件を提示したことで、りんごっこ保育園の認可をめぐる裁判は和解に向けて動き出した。しかし、認可申請段階の定員81名が75名になったところでどれほど保育環境が改善されたといえるのか。少なくとも当時、自民党を除く与党会派(公明党、民主党=当時)は市が提示した和解条件を容認せず、市長に対して裁判の継続を申し入れた。

 しかし、細渕市長(当時)はこの申し入れを結果的に無視し、自民党にさえいっさい知らせないまま和解を決断したのだった。和解に向けた合意が成立したのは平成16年7月12日、しかも最終的に決められた定員は77名。認可申請から4名を減らしたものの、この和解内容によって保育環境が改善されたものとはとうてい考えられなかった。こうして、りんごっこ保育園は平成16年10月1日開園することになった(正式な和解成立は開園後)。

 では東村山市はその後、りんごっこ保育園の開園に向けて、保育関係者や議会に対してこの和解を含めてどう説明し、理解を得ようとしていたのだろうか。認可保育園は本来、その保育内容について地方自治体が主体性と責任をもって決定すべきものである。今回の合意内容が関係者の理解を得られなければ、この保育園はたんに法律上認められたというだけの孤立した存在となる。

 地域への説明もまったくなされておらず、理解を得るどころか、地元住民は戦々恐々として事態を見守っている。そんな状況のまま開園すれば、かわいそうなのは子供たちである。地域の理解がなければ、それでなくても狭い園舎に詰め込まれた子供たちは、ますます園内に閉じ込められることになりかねない。

行政は「再申請」と強弁

 認可と開園を前提とする合意が裁判所で成立したとはいえ、民主主義社会においてまったく市民に説明しないまま認可保育園が開園するということはあり得ない。本来なら市長が率先して説明の場を設定すべきである。しかし、市長の側からその動きはいっさいなかった。このため児童育成部会は市長に対し、りんごっこ保育園の具体的な扱いと東村山市の方針について説明するよう求めた。

 この段階ですでに、市長が和解を口実にして市民への説明を抜きにりんごっこ保育園を開園させようとしている様子がうかがえた。このことはまた、予算の扱いにおいても同様だった。認可保育園を開園するには当然予算措置が必要となる。本来なら東村山市は補正予算を組み、議会の審議を仰がなければならない。ところが当初、市幹部は保育関連予算の流用によってりんごっこ保育園への予算措置をすり抜けようとしていた。既成事実を作ってしまえば、いずれ議会も黙るだろうと市長が考えていたのなら議会軽視と批判されてもやむを得まい。はたして補正予算として提出されるりんごっこ保育園に対する予算措置を議会はどう判断するのか。

 児童育成部会から説明を求められた細渕市長が同部会で説明を行ったのは平成16年8月26日である。育成部会は平成15年12月に私立保育園の認可申請に関わるガイドラインを策定している。りんごっこ保育園についても、新たに申請を出し直すのなら、東京都への提出までにガイドラインに沿った手続きを行う必要がある。

 保育園関係者は、仮に当初の定員から4名減になったといっても、普通の民家2軒分に90名を超える人間が詰め込められることの危険性は変わらず、東村山市の認可保育園には園庭が必要と考えている。また、土地と園舎の費用がすべて借金で用意され補助金で返済されること、さらに返済後には高野の個人資産になるという巧妙なカラクリもあって、このままの認可を認める声は皆無だった。

 当然、ガイドラインを適用すれば、これらの問題点を解消するため設置者を交えた協議が必要となる。育成部会は高野を交えた協議の場を設定することを強く求めた。ところが、ガイドラインとの関係について市側はこう説明したのである。

「今回の申請は『再申請』で、ガイドライン策定前の申請ですので、適用されないと考えています」

市長の説明は中身ゼロ

 和解合意書(和解調書ではない)には「再申請」の文言はあるが、行政手続としての今回の申請は「新規の申請」である。東村山市が「再申請」とすることでガイドラインを無視しようとしていることは明らかだった。細渕市長は大要こう答えた。

「東村山には認可権限もありませんし、みなさんの熱意、精神を生かすよう最大限の努力をしていきますので、ぜひご理解ください」

 東村山市には認可権限がないから、認可される以上、開園を前提に進めるしかなく、市の指導には限界があるという趣旨のようである。東村山市が実施の判断をしたものについて東京都が審査を行い、認可決定を下すのであって、あくまで判断の主体は東村山市にある。ここでもまた市長は、実施主体である地方自治体としての主体的な判断を回避しようとしているようにみえた。「最大限の努力」をしても、今を生きている子供たちにとってそれが実現されなければ何の意味もない。市民を守るべき市長の、責任ある答弁と評価できるものとはとうていいえなかった。

「保育園はいろんな意見に耳を傾けて話し合うことを基本にしている人が作るんですよ。行政が実施者とよく話し合い、指導を聞き入れなかったら、そんな保育園を認可するのはやっぱりおかしいですよ」

 児童育成部会長の意見を市長はどう聞いたのか。市長が国基準の前では主体的判断ができないと考えているとすれば、それは地方自治体としての自律性を自ら放棄するものにほかならなかった。


(第20回へつづく)
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テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

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