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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

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少年冤罪事件 第9回(最終回)
                               ★第1回から読みたい人はこちら

ただちに弁護士を解任した矢野

 証人申請を却下され、法廷から出てきた矢野は、私がそれまで見たこともないほど沈痛な表情だった。私が見解を聞こうと話しかけても、矢野は一言も口を開かなかった。たった1回の弁論で終結したことがよほどショックだったのか。あるいはその現場を、裏事情を知る人間に見られたことがショックだったのか。おそらくその両方だったのだろう。

 矢野と直子が主張していた明代の死を「他殺と疑わせる」様々な事件の中で、少なくとも暴行事件については、事件そのものの存在さえ疑わせるに十分な判決が言い渡される可能性が高まったのは明らかだった。とりわけ、創価学会から提訴されていた『週刊新潮』は当時「黒い野球帽の男」という見出しで取り上げていたが、矢野の代理人は『週刊新潮』の代理人でもあった。矢野の主張が排斥されれば、暴行事件に関して矢野は『週刊新潮』の面目をつぶすことにもなるのである。矢野と直子、代理人弁護士の3人は、視線を下に向けたまま、無言でエレベーターに乗り込んだ。
 
 矢野が代理人の弁護士を「背信行為があったため」という理由で解任したのはその2日後のことだった。「背信行為」が具体的に何を意味するのかはわからない。2日前の裁判で、本来は弁護士が提出すべき控訴理由書を提出しなかったことと何か関係があったのだろうか。矢野の論理からすれば、「お前のせいでこうなった」ということなのかもしれなかった。利用できなくなった者を、手のひらを返すように切り捨てる判断の速さと非情さもなかなか真似のできるものではない。

 しかしそもそも、それまで何の接点もなかった未成年の少年を「暴行犯」と断定したこと自体、異常なことだった。弁護士としては依頼人である矢野の利益のために働く義務があるが、それにしても不当な提訴であることを代理人も感じていたのかもしれない。おそらく代理人は、どう考えても少年が「暴行犯」であることを前提とする控訴理由書は書けなかったのである。仮に書いたとしても、控訴審で再び目撃者と称する若者に対する証人申請を行ったことからすれば、訴状以上の新たな主張はできなかっただろう。

 いずれにしても、1回の弁論を開いただけで終結した高裁の判断は妥当なものだった。なぜなら、このような冤罪であることが確かな事件をこれ以上長引かせることは、矢野の企みに裁判所が加担して少年を苦しみから解放することを阻害することになりかねず、矢野の証人申請を認めることは、裁判所自らが裁判途中に少年以外の新たな被害者を生み出すことになりかねないのである。

 平成12年11月29日、東京高裁は矢野の控訴を棄却する判決を言い渡し、少年の長く理不尽な闘いはようやく終わった。しかし、矢野と朝木が判決から3年後の平成15年11月に出版した『東村山の闇』の中でこの事件について訴状以上に詳細に触れていることは周知のとおりである。ここでは『東村山の闇』の記載内容に対する細かな論評はしないが、その内容は裁判所が否定した内容を一方的に蒸し返したものにすぎない。一度言い出したことは何があっても譲ることのない矢野と朝木の執拗さは、まさに東京地裁八王子支部が述べたように「極めて特異」というほかない。

 余談だが、『週刊新潮』裁判で『週刊新潮』側は矢野と共通の代理人を通して矢野に証言を依頼し、当初、矢野は証言台に立つことを承諾していたようである。しかし、少年冤罪事件裁判の控訴審終結後、矢野も直子も証言を拒否した。尋問を前に彼らがなぜ出廷を拒否したのか、確かなことはわからない。明代の死後、一貫して「明代の万引き犯の汚名を晴らす」と言い続けてきた矢野と直子が、どんな事情があったにせよ、「潔白」を「証明」する大きなチャンスを自ら放棄したというのは理解しにくい話だった。間違ってもそのことが直接の原因ではないが、『週刊新潮』は敗訴し、控訴も断念したのである。

(了)
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