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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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エフエム東村山・東村山市民新聞併合事件最高裁判決
 エフエム東村山(現多摩レイクサイドFM)の放送内容と東村山市民新聞(「新聞」と称しているが、実態は政治宣伝ビラ)の記載によって名誉を毀損されたとして東村山警察署元副署長千葉英司氏が上記放送の実質的運営者でありビラの発行人である東村山市議、矢野穂積氏と朝木直子氏(いずれも草の根市民クラブ)を提訴していた裁判で平成20年9月16日、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は裁判官5名の全員一致で矢野氏らの上告を受理しない決定を行った。これによって平成20年2月7日、矢野・朝木両氏にそれぞれ20万円の支払いを命じた東京高裁判決が確定した(詳細はエフエム東村山・東村山市民新聞併合事件控訴審判決を参照されたい。なお、矢野・朝木両氏に支払いが命じられた計40万円については差押済)。

 余談だが、最近になって万引きを苦に自殺した故朝木明代の司法解剖鑑定書に記載された上腕内側部の皮膚変色痕(アザ)をめぐり、これを「他殺の証拠」とする矢野・朝木の主張を鵜呑みした妄言が飛び交っている。中には、捜査機関に対して訴追請求すべきと呼びかけている珍しい人もいるらしい。

 その根拠として挙げられているのが、①司法解剖鑑定書が作成されたのが事件発生から3年後の平成10年7月21日だったこと(3年も要したことは不審である)②権威ある法医学者が「他人からつかまれた痕である可能性が高い」と認定していること――である。

 これらの点について若干説明しておこう。

 まず①については、通常、司法解剖鑑定書が作成されるのは他殺が強く疑われる場合(公判に必要な場合)である。明代の転落死については、救急車の出動を断ったなどの捜査結果から、ほぼ自殺と断定されていた。だから司法解剖はしたものの鑑定書の作成までは要求しなかったということにすぎない。

 矢野らは「司法解剖鑑定書が作成されていないのに自殺と結論づけたのは根拠がない」などとも主張しているが、警察は司法解剖に立ち会い、解剖医の説明を基に司法解剖鑑定書に匹敵するほどのきわめて詳細な「解剖立会報告書」を作成している。したがって、司法解剖鑑定書が作成されないままに「自殺」と結論づけたとしても、そのことをもって捜査が不十分だという根拠にはならない。解剖立会報告書が司法解剖鑑定書に代わるものとして捜査書類とともに送検され、その結果、東京地検は「自殺の疑いが濃い」とする結論を公表したのである。

遺体も現場も見ないまま「鑑定」した大家

 確かに、明代の上腕内側部のアザについて「他人からつかまれたものである可能性が高い」とする意見(「亡朝木明代殿に関する意見書」)を述べている法医学者もいる。山形大学名誉教授の鈴木庸夫(つねお)である。鈴木は平成18年になって矢野、朝木から「鑑定」を依頼されているが(もちろん有料で)、その「鑑定」資料として提供されたのは死体検案書と司法解剖鑑定書だった。いわば、鈴木が行ったのは司法解剖鑑定書の鑑定にすぎない。

 司法解剖とはいうまでもなく、生の遺体を観察、解剖するものであり、司法解剖鑑定書はその結果を記録するとともに、現場の状況等から総合的にその死因を鑑定するものである。明代の遺体には多くのアザ(内出血)が存在したが、司法解剖では当然、それが何かにぶつかって生じたものか、他人によってつけられたものか(つかまれたものか)の判断も行う。その結果、明代に関する司法解剖鑑定書には権威ある鈴木名誉教授のいうような、「他人の介在」や「他殺」をうかがわせるような記載はいっさい存在しない。ところが、法医学者が遺体を解剖の上、作成した司法解剖鑑定書をさらに鑑定して、まったく別の結論を導いた鈴木という法医学者とはよほどの大家なのだろう。

 大法医学者の鈴木庸夫は上腕内側部のアザが「他人につかまれた可能性が高い」と結論づけたが、その論理は、「上腕内側部はアザがつきにくい部位である」→「他人からつかまれた可能性が高い」→「救急隊も明代の上腕内側部をつかんでいない」→「するとやはりそれ以外の第三者が介在した可能性が高い」というものである。大法医学者にしてはきわめてずさん、仮にも科学者とも思えない机上の論理というほかなく、このような論理に基づいて結論を導こうとすること自体、大法医学者の名を汚すものではあるまいか。

 上腕内側部がアザのつきにくい部位であるとしても、他人につかまれる以外にアザがつく可能性がないかといえば、そんなことはない。明代は一瞬だったとしても手すりにつかまり(手すりに外側からつかまった跡が残っていたことは矢野も認めている)、バンザイの状態でそのまま落下し、真下の駐車場のフェンスに激突している。落下の際に上腕内側部が何かにぶつかった可能性もある。少なくともそれが人間の手でつかまれてできたものか、何かにぶつけてできたものかについて、法医学者ならまず遺体を観察し、現場の状況等から総合的に判断するだろう。

 しかし、遺体も現場も見ていない名誉教授は観察する材料がない。最も重要な遺体という判断材料なしの「鑑定」とは現実的にいかなる意味を持とうか。大法医学者の「意見書」の中で、「遺体も現場も見ていない」という最大の弱点が露呈しているのが次の箇所である。



亡朝木明代殿の死因は、高所よりの「転落による出血性ショック」とされることから、亡朝木明代殿にある創傷の成因機転は、転落の際の地面との衝突によるものであるが、転落に際して、左右上腕の内側に地面が衝突することはほとんど考えられない。従って、亡朝木明代殿の左右上腕内側の皮下出血は、この転落で生じたことはほとんど考えられず、やはり、上腕を強く揉まれた際の圧迫により生じたと推認できる。(意見書3ページ)



 矢野も朝木も、この大法医学者に「鑑定」を依頼するに際して現場の状況など伝えていなかったらしい。それともこの大法医学者はフェンスが上部からの力によって下方に降り曲がった写真を見事に見落としたのだろうか。明代が地面に直接転落したのでないことは現場の状況が物語っている(まさか地面に転落した明代がバウンドしてフェンスに激突したとはいわないだろう)。つまり、この大法医学者が「上腕を強く揉まれた際の圧迫により生じたとする推認」の前提を誤っていることは明らかである。

 法医学者を名乗る者として、遺体も現場も見ないまま自他殺の判断につながる意見を出すこと自体きわめて軽率であるのみならず、実際に執刀した慈恵医大の北村教授に対する冒涜であり、法医学に対する重大な違背行為にほかなるまい。この名誉教授は、遺体も現場も見ないのに鑑定はできないと矢野・朝木の要請を拒むべきだったのである。いったい何がこの名誉教授の判断を狂わせたのか。

恐るべき思考の転倒

 鑑定料に対する朝木への礼状の一節になると、この大法医学者は実際に遺体を見て鑑定したかのような錯覚に陥っているのではないかとさえ思える。鈴木は朝木にこう述べている。



左上腕の皮下出血の部位と形(朝木の作成の図)をみると、これらは、むしろ積極的に、手で掴まれた痕跡といえるのではないかと思っています。



 繰り返すが、「手で掴まれた痕跡」であるのか「衝突による皮下出血」であるのかを最終的に判断する材料は遺体と現場の状況であり、その結果が司法解剖鑑定書に記載されるのである。ところが、この大法医学者は司法解剖鑑定書のみから遺体の状況を語ろうとしている。大法医学者ともなると、司法解剖鑑定書のみによって遺体の状況が見えてくるのか。

 凡人にはとうてい理解できないが、いずれにしても、この名誉教授の「意見書」が「明代は殺された」とする矢野・朝木のデマに加担する結果となっているのは事実である。さらに訴追請求を提出しようとする珍しい一団まで後押ししていると知れば、名誉教授も内心冷や汗ものなのではあるまいか。珍しい一団がこの「意見書」を証拠として捜査機関に提出すれば一笑に付されよう。学界がこの事実を知れば、山形大学名誉教授としての信用も失墜することになるのではないかと他人事ながら心配である。

(宇留嶋瑞郎)
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テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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