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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第25回
民主主義のルールを破ることによって成立した保育園

 平成16年9月30日に起きた東村山市議会の議会としての自殺行為、議長が会議を再開しないまま時間切れを迎え、自然流会に追い込んでしまうなどという茶番劇を防ぐ方法がなかったわけではない。仮に「時間切れはやむをえなかった」などと、この異常事態を甘受している議員がいるとすれば、その議員もまた議長と同様の錯覚に陥っているといわれても仕方あるまい。日頃の緊張感の足りなさが議長権限の濫用を許したとすれば、東村山市議会全体の責任という言い方もできよう。

 行政が当初は予算の流用によって、議会の審議を経ないままりんごっこ保育園の予算を手当てしようとしていたこと、予算書が開園ギリギリに提出され、審議日程が開園前日に設定されたという和解合意以後の流れを見れば、民主主義のルールを無視してでも開園させるという結論が不動のものとして決定していた様子がわかる。

政治テクニックの勝利

 それを決定したのは細渕一男市長である。初めに「開園」という結論があり、細渕市長はそれをあたかも正当な手続きを踏んだ開園であるかのように辻褄を合わせようとしていたにすぎない。違法性を糊塗する最後の関門が予算上程だったが、共産党が反対の意思を示したことで市長の目論見は大きく崩れた。しかしそれでも「開園」の結論は動かなかった。渡部議長が市長の専横を政治的な火種を残すことなく実現させるには、会議を流会に持ち込むしかなかったのである。

 渡部議長が述べた「議会の自殺行為」とは、議会の意思を明らかにしないということのみならず、議長自身がそれと知りつつ、結局は市長の専横とそれを支える見えない力に抗しきれないことを認めてしまったところにあった。つまりこの保育園は、民主主義のルールを破ることによってしか成立しないものだったことになる。東村山市民は今後ずっとこの保育園に年間1億円近い、補助金という名の血税を支払わされることになる。

 今回の東村山市議会の末期的な混乱によって明らかになったのは、りんごっこ保育園の認可問題がそもそも東村山における民主主義の危機の問題だったということである。議長は今後自らの責任を明らかにしていくというが、議長が責任を取ればそれですむ話ではない。市民の多くが指摘したように、今回のような事態がまかり通れば、東村山という町では議会の予算拒否権はまったく有名無実化し、それどころか議会そのものが無用の長物となってしまおう。

渡部尚議長の詭弁

 9月30日(正確には10月1日午前0時30分ごろ)、りんごっこ保育園に対する補正予算案が廃案となった直後、渡部議長は傍聴者の前で、

「このまま審議を継続して予算が否決されれば、市政に与える影響が大きいと判断した」

 と弁明。また東京新聞の取材に対しては、

「議会が否決した場合、予算がつかずに保育園は宙に浮き、否決後の専決処分では、議会の意思をないがしろにしたことになる」

 と説明している。地方自治法では、市長が提案した予算案について議会が否決しても、客観的に正当と認められる理由があれば、市長は予算を執行することができるとされている。つまり議長のこの説明からうかがえるのは、9月30日、議会がりんごっこ保育園の予算を否決したとしても、市長は専決処分を行っただろうということ。しかしこの場合、議会の意思に背くことになり、その後の市政運営に大きな禍根を残すことになる。だから議長は、議会の意思を明らかにしなかったというのである。

 しかし、本当にそうだろうか。議決があろうとなかろうと、議会の意思が「否決」にあったことは議長自身が認めている。形式上、今回の専決処分は審議未了・廃案となったことが根拠になっているものの、市長が議会の意思に反する処分を行ったことになんら変わりはない。実際に、9月29日に市決められた発言通告によれば、定員26名のうち、公明6、民主クラブ3、共産5、希望の空1が明確に反対の意思を示しており、生活ネット2も発言通告の段階では賛否の意思こそ示していなかったものの「反対」だったことが明らかになっている。つまり、定数26のうち、はっきりと「賛成」の意思表示をしていたのは市長を担ぐ自民党だけで(議長を含めて7)、「反対」が17を占めていたのである。

 ここまで議会の反対の意思が明らかであるにもかかわらず、議会の「否決」という結果が残りさえしなければ、市長が専決処分によって予算を執行しても議会との禍根が残らないとする議長の説明には合理性があるとはいえまい。地方自治法では、地方自治体の予算はすべて議会の承認「賛成」が必要とされている。つまり、市長の専決処分は認められてはいるが、議会が否決したという結果が残っていた場合、住民訴訟を起こされれば敗訴する可能性が生じる。だから議長(=市長)は、「否決」という形を残したくなかったということではないのか。

 渡部議長がいうように、本当に入園が決まった子供や保護者に対する影響が大きいというのなら、市長は議会に否決させた上で、堂々と専決処分をすればよかったのである。しかしその自信は細渕市長にはなかったようだった。なぜなら、その保育園は掛け値なしに、普通の善良な保育園だと言い切る自信がなかったからにちがいあるまい。


(第26回へつづく)
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テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

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