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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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万引き被害者威迫事件 第2回
「多忙」の中、被害店を訪ねた明代と矢野

 被害店への来訪目的は威迫ではないと主張する矢野の側にその裏付けが皆無である一方、これまでに確認された矢野と明代、彼らの支持者の男の行動と発言、パート店員、万引き被害者と目撃者の証言を総合的に検証すると、明代の初めての取り調べの日、矢野と明代が被害店を訪れたのは被害者に対する威迫が目的だったという答しか出てこない。もちろん、矢野と明代が被害店を脅す理由は明代が万引き犯であるからにほかならず、その目的は被害届を撤回させることにあった。では、矢野と明代のいかなる行動や発言をもって、威迫目的だと結論づけられるのか。

 まず、「多忙」を理由に取調室を退出してきた明代が、「多忙」の中、矢野とともに被害店に行くことになったのはどんな経緯だったのか。この点については平成14年10月3日、東京地裁八王子支部で行われた「許さない会」裁判(矢野と直子による議席譲渡事件で矢野の繰り上げ当選無効を勝ち取った「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」が提訴された事件。この裁判でも万引き被害者も「情報提供者」として提訴された)における矢野の供述がある。すでにこの当時、最初の取り調べの日に矢野と明代が被害店に現れた目的が何だったのかについて何度も問題にされていて、矢野はその尋問の意味を十分に認識していた。そのことを前提にお読みいただきたい。

「許さない会」代理人 (平成7年)6月30日に明代さんから警察での万引きの話を相談受けたんですか。

矢野 相談を受けたんじゃなくて、朝木さんが警察から帰ってきて、なにかとんでもない変な話が降ってわいたんだよという話を聞きましたけど。

「許さない会」代理人 それでどういう話になったの?

矢野 どういう話じゃなくて、こうこうこういうふうなところの人が被害届出しているというから、じゃあ夜にでも行ってみるかということで、お客様いないころを見はからって取材に行ってみようということになったんですね。

「許さない会」代理人 警察から帰ってきたのは何時ごろなの?

矢野 4時か4時半くらいじゃないですか。

 万引きの「濡れ衣」を着せられながら、取調室では訴えの内容について一言も質問しなかった明代が「取材」とは妙な話だが、明代は矢野がいなければ質問もできなかったということだろうか。いずれにしても、この供述のかぎりでは矢野は「相談を受けた」のではないという。「相談を受けた」ということになれば、明代の身に深刻な問題が発生したことを認めることになりかねないが、矢野の供述では明代も矢野も、その日の取り調べをさほど深刻なものとは受け止めていなかったようにも聞こえる。

 とすれば、明代は「多忙」だったのだから、別にその日のうちに行かなくても、「多忙」でないときに行けばよさそうなものだが、ただの「なにかとんでもない変な話」であるにもかかわらず、明代は「多忙」を押してまでわざわざ被害店に直接出向いたことになるが、これは不自然な話ではないだろうか。取調室での明代の主張は「陰謀によって冤罪の濡れ衣を着せられている」というものであり、むしろ明代にとって深刻な問題ではなかったのか。少なくとも「なにかとんでもない変な話」ですまされるようなものではあるまい。無視できない話だったからこそ、明代は「多忙」を押してまで、その日のうちに被害店に行ったのだと考える方がよほど筋が通るというものだろう。

 つまり矢野はこの尋問で、「被害店を脅しに行くような事情にはなかった」ということを強調しようとしたものと思える。本当に矢野が「相談」を受けなかったのかどうか、また今後の対応を話し合わなかったのかどうかについては、その後の矢野と明代の行動と発言から明らかになる。

 ちなみに、前記の矢野の供述中、明代が「4時か4時半」に警察から帰ってきたという部分だけは私の取材結果と一致している。


(第3回へつづく)
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