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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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万引き被害者威迫事件 第3回
裁判で食い違う矢野の供述

「許さない会」裁判での矢野の供述のかぎりでは、明代が最初の取り調べから事務所に帰ってきてからの二人のやりとりは、この時点ではまださほど切迫したものではないように聞こえる。これは〈いきなり万引きの被害届が出ているよといわれまして、冗談でしょうと笑って帰ってきたんですが、まあ、いたずらをする人がいるもんだというふうに、ずっとその後も思っておりましたけど〉と供述した『聖教新聞』事件(『聖教新聞』裁判では、聖教新聞社のほか、同社の報道の原因になる発言をしたとして万引き被害者の女性店主および、十分な捜査をしないまま書類送検したとして東村山署の当時の副署長、千葉英司も被告となった)における証言(平成11年11月15日=東京地裁)にまだ近い。

 しかし、別の裁判での矢野の供述は「なにかとんでもない変な話」「冗談でしょうと笑って帰ってきた」というようなのんびりしたものとはほど遠い、まさに「濡れ衣を着せられた」ことに対していち早く対応しようとした様子がうかがえるものである。矢野と朝木の政治宣伝ビラである『東村山市民新聞』の記事で万引き被害者から提訴された裁判(平成12年2月23日=東京地裁八王子支部)における矢野の供述は以下のようなものだった。

矢野代理人 市民新聞(=『東村山市民新聞』)に朝木明代議員の万引き事件のことについていろいろ触れられているんですが、あなたはこの記事をどういう公共性があると判断して市民に配布したんでしょうか。

矢野 まず95年6月30日に別の目的で警察に呼ばれたと理解して朝木議員が警察に出向いたんですが、帰ってきましたらば、自分が万引きしたというようなことをいわれている、内容は駅のそばの三角のビルの洋品店で1900円のTシャツを万引きをしたというようなことをいわれたということで、かなり怒っておりました。そういう報告を事務所で私がうかがいましたので、これはまず1つは市議会議員という公人の犯した犯罪事実であるとすれば辞職にもつながるような非常に重大な政治的社会的事件になるし、逆に警察に根拠もなく被害申告されたということであれば、政治生命を奪いかねないような重大な人権侵害事件になるので、いずれにしても社会的政治的な意味が大きいので、これはただちに取材をしなきゃいけないというふうに考えたこと。もう1つは、朝木議員というのは、地域新聞である東村山市民新聞の代表もやっておりましたから、公人としての朝木議員の問題とは別に、市民新聞自身の社会的な信用にもかかわりますので、そういった意味で真相を取材をして追及すべきであるというふうに二人で判断しまして、編集メンバーの何人かに即刻連絡を取って、その後即日その問題の万引きがあったと称する洋品店に行ってみようではないかと判断したわけです。

 明代が取り調べから帰ってきたときの様子について、『聖教新聞』裁判での矢野の供述では「冗談でしょうと笑って帰ってきた」というのだが、この『市民新聞』事件では「かなり怒っていた」と、明代の様子がまったく逆になっているのはなぜなのか。『聖教新聞』裁判における〈いたずらをする人がいるもんだというふうに、ずっとその後も思っておりました〉とする供述とも明らかに矛盾しよう。裁判こそ違え、どちらの供述も敵ではなく味方の代理人から聞かれる主尋問である。単純な事実を説明するのに、これほど正反対になるとはどういうことなのか。矢野にはなにか真実を覆い隠そうとする意思が働いていたということではないのか。

 取り調べの日に被害店に行った事情についても同じことがいえる。「許さない会」裁判では「降ってわいたような変な話」「夜にでも行ってみるかということで、お客様いないころを見はからって取材に行ってみようということになった」などと比較的のんびりした感じだが、「市民新聞」事件における矢野の供述では、「ただちに取材をしなきゃいけないというふうに考えた」「真相を取材をして追及すべきであるというふうに二人で判断(した)」「編集メンバーの何人かに即刻連絡を取った」「即日その問題の万引きがあったと称する洋品店に行ってみようではないかと判断した」と切迫感があり、その日の二人の反応に関する矢野の供述にはニュアンスにかなりの開きがある。

「許さない会」裁判では矢野と明代が被害店に行った理由が直接的な争点となっていた。一方、「ビラ」裁判では矢野は被告の立場にあり、ビラの記載内容の正当性を主張しなければならなかったという、裁判上の事情の違いはある。「ビラ」裁判と異なり、「許さない会」裁判では、矢野は被害店への来訪目的が脅しにあったことを否定する必要があった。しかしそれにしても、来訪目的を説明するだけならビラ裁判における供述内容でもなんら矛盾はないように思える。矢野供述の不可解な食い違いをどう理解すればいいのだろうか。


(第4回へつづく)
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