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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼を煽動した矢野穂積の虚偽説明 第10回(最終回)
                      ★第1回から読みたい人はこちら


嘘に嘘を重ねる矢野・朝木

 矢野はシンポジウムでなぜ、調書を確認するだけですぐに嘘とわかる説明をしたのだろうか。静止画像に映った明代の服装と被害者の供述に食い違いがあることを千葉は自覚しているから、静止画像を確認したのが書類送致後であったにもかかわらず、送致前に確認していたと嘘の供述をしたとすることで、書類送致そのものに事実の隠蔽あるいは改竄があったと印象づけるためであるとしか理解できない。千葉が真実を隠蔽するために嘘の供述をしていたということにすれば、「被害者が『黒っぽいグリーングレーのパンツスーツ』と供述していた」とする説明がより説得力を増すと考えたものらしい。

 しかしこうして資料を精査すれば、平成20年11月16日、矢野が右翼らを前に洋品店襲撃を正当化するために行った説明に一片の真実も存在しないことが容易にご理解いただけるのではあるまいか。矢野のデマを妄信した右翼におもねるために矢野は嘘を重ね、自分自身の嘘によって矢野はそれまでの主張が嘘であることをもあらためて実証したということである。

 平成20年11月30日、私は右翼に「(矢野の主張の内容を)精査してください」とお願いし、右翼はシンポジウムでの矢野の発言を聞き直してみるとはいったが、いまだ2月に予定しているという名古屋でのシンポジウムに矢野と朝木をパネラーとして招くと公言しているところから判断すると、右翼はいまだに矢野の発言内容が誠実に真実を述べたものであるかどうか精査していないようである。このまま矢野と朝木をシンポジウムに呼べば虚偽宣伝を繰り返すことは疑いなく、右翼の支援者たちに洋品店襲撃事件のような過ちを繰り返させるような事態を招きかねない。

 右翼がこのまま矢野と朝木の主張を鵜呑みにし、行動をともにすることは、たんに矢野らの虚偽宣伝に協力するということではすまない。むしろ右翼は矢野らの反社会的な企みに自ら積極的に加担することになる。ということはすなわち、誠実な日本国民すべてを敵に回すことを意味する。

白川勝彦との対決

 13年前の平成7年秋、政治レベルでは矢野穂積が発信した虚偽情報を政争の具として利用した亀井静香と白川勝彦を中心とした政治家どもの暗躍によって捜査結果の発表が3カ月も引き延ばされ、一方社会のレベルでは矢野のデマを鵜呑みにした一部マスメディアが「創価学会疑惑」を騒ぎ立てた結果、デマが真実を駆逐しかねない状況にあった。右翼らが今しようとしていることは、スケールこそだいぶ違え、まさに13年前に亀井と白川が働いた犯罪行為(捜査介入すなわち捜査への政治圧力)と本質的になんら変わらない。矢野はことあるごとに国会で千葉が名指しで批判されたことを持ち出すが、これこそまさしく国会議員による政治圧力の動かぬ証拠である。

 それから13年後のある日千葉は、今は弁護士となった白川勝彦に会う機会があった。そこではこんな興味深い会話がなされた。



千葉  東村山事件についての、白川先生の現時点での白か黒かの所見をうかがいたい。

白川  事件というのは証拠をもって論じるもので、憶測ではだめですね。

千葉  そのとおりですね。矢野市議とは現在も親交があるのですか。

白川  いや、ありません。



 表面上はきわめて短い淡々としたやりとりだが、その背後には当事者にしかわからない怒りと怯懦がある。白川は目の前の人物が「東村山署副署長だった千葉」と名乗った時、一瞬にして、政治権力をカサに様々な裏工作を行った13年前を鮮明に思い出したにちがいない。当時、白川は国家公安委員長として朝木事件に関するすべての捜査記録を見られる立場にあったし、警視庁上層部に報告させることもできる地位にあった。

 その人間が、国会でも名指しで厳しく追及された一介の副署長の質問に一般論で逃げ、「矢野とはもう接触していない」と素直に告白した事実をどう評価するべきか。この短い会話は当時の政治家による情報操作とそのからくり、および不当な捜査圧力の実態を雄弁に物語っているように私には思える。政治家が暗躍する陰で、すべてのデマの発信元である矢野穂積は望外の成果にほくそえんでいたのだろう。

 平成7年の民主国家日本の中枢で、事実を曲げ、さらに誠実に真実を訴えただけの市民、公正な捜査を行った警察官の忠実な職務行為とそれによって解明された真実が闇に葬られようとしていた。これこそ謀略と呼ぶにふさわしい。白川は謀略の実行者であり、その一部始終を知る者の1人である。弁護士バッジをつけた白川にとって13年前の出来事は暴かれてほしくない過去ということなのだろう。だからこそ白川は一般論に逃げ込むしかなかったのである。

 それでも右翼がなお矢野の主張を信用するというなら、元警察官僚の亀井静香と元国家公安委員長の白川勝彦に協力を要請すればよかろう。右翼は当時亀井、白川と近かったジャーナリスト乙骨正生の知己を得ているから間に入ってもらうこともできよう。首尾よく彼らの協力を得られれば、まさに右翼のいう「国民運動」にもつなげることも可能かもしれない。もちろん相手が千葉副署長と聞いて亀井と白川が尻尾を巻いて逃げ出さなければの話だが。

東村山に残っていた千葉

 ところで私が右翼と遭遇した日、千葉はそそくさと喫茶店を出て行ったが、ずいぶん冷たいなと思った読者もおられるかもしれない。しかし、千葉はそのまま帰宅したのではなかった。あとから聞いた話だが、千葉はすっかり日も暮れた午後6時近くまで東村山駅周辺の監視を続けていた。千葉は右翼が帰るのを確認した後も、残った支援者が被害者の店に行く可能性があると考えていたのだという。

 千葉がなぜこれほどまで被害者を守ろうとするのか。念のためにいっておくが、その理由は間違っても、矢野や右翼らのいうように「万引き捏造の事実が発覚するのを恐れるため」などではない。

 万引き事件の捜査は遂げたが、捜査の途中から矢野と明代のお礼参りが始まり、書類送検後も嫌がらせはやまなかった。被害者がどれほど矢野の電話におののき、不快な思いを重ねてきたか。嫌がらせ電話の中には「人殺し」呼ばわりするものまであった。矢野と明代の嫌がらせは千葉の責任ではないが、事件の渦中で現実に被害者と加害者の両方を見てきた捜査官の千葉には被害者を守れなかったという悔恨に似た思いが今も強く残っている。だから可能なかぎり、千葉は被害者を守ろうとしているのである。

 仮にも右翼を自称する者が、13年間の嫌がらせに耐えてきた被害者の思いをあざ笑い、誹謗していいのか。誰にでも過ちはある。しかし、同志や支援者たちに1度襲撃事件という過ちを犯させている以上、右翼はすでに「直子さんを信じる」は通用しない段階にさしかかっている(世間の常識では最初から通用しないが)。この程度の事実関係を把握もできず、何の罪もない1市民に苦痛を味わわせて一言の謝罪もできないような者に国を語る資格はない。矢野が作出した捏造話に支援者たちを巻き込ませないためにも、右翼は早急に事実関係を精査すべきだろう。名古屋シンポジウムまでにはまだ時間は十分にあるはずである。

(了)
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テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

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